〇人物
柳川瀬いちか(17)高校二年生
北尾一穂(5)(23)大学院二年生
柳川瀬一典(70)いちかと北尾の父親
山口翔(23)北尾の友人
北尾あさひ(31)北尾の母親
〇大学病院・病室(夕)
巨大な個室。
ベッドに横になる柳川瀬一典(70)。
ベッドサイドに柳川瀬いちか(17)が立っている。
柳川瀬「俺が死んだら、財産は全てお前に譲ろう。最期までこんな俺を世話してくれたのはお前だけだ」
弱々しく窓の外を眺め、呟く柳川瀬。
柳川瀬「俺は死んだら地獄へ行く。願わくは死ぬ前にもう一度だけ、あいつに会いたかったものだな」
いちか「『彼』のことですか? 北尾の家の」
柳川瀬「ああ。北尾の家もあいつもきっと、死んでも俺を許すことは無いだろう。それでもあいつは・・・・・・一穂は、いちかと同じ、大切な俺の子供だ」
いちかへ視線を向ける柳川瀬。
柳川瀬「遺産の在処は、俺の書斎に隠しておいた。最終的な判断はお前に委ねるが・・・・・・。お前さえ良かったら、一穂にも分けてやって欲しい。俺はあいつに、父親として何一つ幸せを与えることができなかった」
柳川瀬を見つめ、頷くいちか。
〇大学・研究室
実験器具が並ぶ研究室。
北尾一穂(23)が顕微鏡を覗いている。
白衣を脱いで立ち上がる山口翔(23)。
山口「じゃ、おれ先昼飯買って来るわ」
北尾「おー」
山口、ドアを開けると制服姿のいちかが立っている。
山口「えっと・・・・・・君、何の用かな?」
いちか「宇田川研究室の、北尾一穂さんに用があって来ました」
振り返る山口。
山口「おい、一穂。JKがお前に会いに来てるぞ」
北尾「は?」
顔を上げる北尾、ぎょっとした表情。
北尾「もしかして・・・・・・」
ぺこりと頭を下げるいちか。
いちか「ご無沙汰してます、一穂さん。柳川瀬いちかです」
〇同・カフェテリア
椅子に座るいちかの前に緑茶の缶を置く北尾。
北尾「はい」
いちか「ありがとうございます」
北尾、いちかの前に座る。
北尾「で、柳川瀬家の方が何の用」
いちか「先週、一典さんが亡くなりました」
動揺する北尾、平静を装って
北尾「そう。それだけ伝えに来たの?」
いちか「・・・・・・」
北尾「言っておくけど、俺はあの男を父親だとは思ってないよ」
いちか「それでも! お父さん・・・・・・一典さんは貴方に会いたいと願っていたんです。彼が亡くなる最後の日まで!」
いちか、学生鞄から写真を取り出す。
いちか「一典さんは遺産の在処を書斎に隠したと私に伝えました。書斎には『いちか・一穂へ』と書かれた袋が置いてあって、中には古いフィルムカメラが」
写真を受け取る北尾。
モノクロ写真にチューリップの花が映っている。
いちか「その写真はカメラの中に一枚だけ残されていたものです」
北尾「これが遺産の在処を示していると?」
いちか「はい」
北尾「面白い話だけど、俺には関係ないね。あの男が遺した財産なんかに興味はないから、それで君の母さんと幸せに暮らせば良いだろう? 俺と母親を捨ててまで手に入れた女性だ」
いちか「母は・・・・・・もういません」
北尾「え?」
いちか「二年前に自殺しました」
言葉を失う北尾。
いちか「二年前には既に一典さんの余命が少ないことは分かっていました。財産だけが目当てなら、自殺する必要なんてなかった」
唇を噛みしめるいちか。
いちか「あの時母親がどうして死ななくちゃいけなかったのか、私にはまだ分かっていないんです」
ため息をつく北尾。
北尾「・・・・・・研究室に写真サークルの奴がいる。取り急ぎこの写真をカラーに現像出来ないか聞いてみよう」
慌てて立ち上がり、頭を下げるいちか。
いちか「ありがとうございます!」
〇同・サークル部屋(夕)
壁一面に写真が貼られた写真サークルの部屋。
パソコンに向かう山口の後ろに北尾が立っている。
山口「とりあえずスキャンした写真をソフトに取り込んで・・・・・・こうだな」
パソコン画面を見て驚く北尾。
画面には黒いチューリップの写真が表示されている。
山口「何だこれ。やけに不吉な色のチューリップだな」
北尾「黒いチューリップ・・・・・・」
山口「写真の感じからすると結構古そうだよな。フィルムカメラだったそうだし、昔撮影したやつなんじゃねえの?」
考え込む北尾、首を振る。
北尾「俺も何か引っかかるんだが・・・・・・駄目だ。思い出せない」
〇柳川瀬家・リビング(夜)
ソファに座って印刷されたカラー写真を見つめるいちか。
北尾が向かい合って座っている。
北尾「そのチューリップ・・・・・・『ブラックパーロット』って言う品種らしい。見覚えはある?」
いちか「いいえ。チューリップにそんな種類があることすら知りませんでした」
北尾「恐らくあの男がこれを撮影した場所が、遺産のヒントになるって訳だ」
ポケットからスマートフォンを取り出すいちか。
いちか「ブラックパーロット・・・・・・」
立ち上がり、室内を歩き回る北尾。
キャビネットの上には、スケッチブックに絵を描く北尾の幼少期の写真が飾られている。
はっとした表情を浮かべる北尾。
〇(回想)旧柳川瀬家・庭
色とりどりの花が咲き乱れる庭。
ベンチに座って絵を描いていた北尾(5)、困ったように首を傾げる。
背後から覗き込む北尾あさひ(31)。
あさひ「一穂、どうしたの?」
北尾「ピンクのチューリップが描きたかったのに・・・・・・。クレヨンがない」
あさひ「別の色にしたら?」
北尾「でも、緑は使っちゃったし、あと残ってる色は・・・・・・」
あさひ「黒はどうかしら」
黒いクレヨンを手に取り、北尾の描いた茎の上に黒いチューリップの絵を描くあさひ。
あさひ「黒いチューリップも素敵よ。品があって、綺麗で。・・・・・・そうだ一穂、花言葉も教えてあげる」
やつれたあさひの横顔。
あさひ「『思いやり』とね、それから・・・・・・『私を忘れて』」
顔を上げるあさひの視線の先に、ブラックパーロットが群生している。
〇柳川瀬家・リビング(夜)
ソファに座ってスマートフォンの画面を読み上げるいちか。
いちか「ブラックパーロットは、ユリ科の球根植物です。原産地は中央アジアで、日当たりの良い場所を好みます。ちなみに花言葉は・・・・・・」
写真を見つめたまま震える北尾。
北尾「『思いやり』と『私を忘れて』」
驚いて振り返るいちか。
叫び声を上げてうずくまる北尾に慌てて駆け寄る。
いちか「一穂さん! 大丈夫ですか!?」
北尾「思い出した・・・・・・ブラックパーロット! 昔住んだ家に咲いていた。母さんはあの家で花を育ててずっと待っていたのに・・・・・・! あの男は君の母親と駆け落ちした。結局母さんは頭がおかしくなって精神病院へ・・・・・・」
冷や汗をかく北尾の背中をそっとさするいちか。
いちか「確かに一典さんは私のお母さんと再婚しました。でも今の話で、一つ分かったことがあります」
北尾「何?」
いちか「一典さんはあなたのお母さんが大切にしていた花を、遺書に選んだということです。私の母が好きだった花は、高価なばかりの胡蝶蘭でしたから」
北尾「・・・・・・」
いちか「行ってみましょう、一穂さんが暮らした家。きっとそこに、二つの家族の秘密が隠されているはずです」
北尾、いちかを見つめて頷く。
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