fall 恋愛

恋人が失踪した。彼女が向かった街は、だんじりで盛り上がる大阪府岸和田市。 男は恋人を求めて、一度捨てた街に舞い戻る。
山岸遼 24 0 0 04/03
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第一稿

登場人物
垂木松良(26) 町工場作業員
竹邑芽依(26) 垂木の恋人
結城暖(25)  垂木の幼馴染
佐原一華(30) 垂木の先輩
箕田紘司(58) 垂木の元担任
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登場人物
垂木松良(26) 町工場作業員
竹邑芽依(26) 垂木の恋人
結城暖(25)  垂木の幼馴染
佐原一華(30) 垂木の先輩
箕田紘司(58) 垂木の元担任

〇垂木家・リビング(夕)
   激しい雨が窓に打ち付ける。ベランダに吊るされた風鈴から滴り落ちる雫。紐が切れかかった状態。
   棚に飾られた垂木松良と竹邑芽依の写真の数々。高校時代から最近のものまで。ツーショットやピン写など。笑顔の2人。
8周年のケーキを囲む写真。右下に「2023年9月18日」とある。
   テーブル席に手紙。「垂木香子」や「一周忌」の文字。
竹邑芽依(26)、テーブル席。ハンカチで目元を拭う。
   垂木松良(26)、ソファに座り、項垂れている。
芽依「……なんで教えてくれへんかったの」
垂木「……」
芽依「私、言うたよね。ご挨拶したいって」
垂木「……」
芽依「ねえ!」
垂木「……」
芽依「なんか言ってよ……」
垂木「……芽依には関係ない」
芽依「……!」
   何かを諦めるようにゆっくりと息を吐き出し、
芽依「結局、何も話してくれへんのやね」
   と、立ち上がり、
芽依「いつも、いつだって」
   と、一瞬だけ縋るような目で垂木を見るも、すぐに部屋を出る。
垂木「芽――」
と、立ち上がろうとして、やめる。再びソファにかけ、虚ろな目でカレンダーに目を移す。
   壁にかかったカレンダー。「9月18日」に♡マークがついている。
垂木「……」
   ベランダ、大雨。風鈴、紐が切れて、
落ちる。

〇タイトル『fall』

〇新幹線・車内
   空席が目立つ車内。車窓から工場群が望める。窓際の席で俯く垂木。パーカーのフードを被っている。スマホを見つめる。
   スマホには、垂木と芽依の写真。笑顔の2人。

〇垂木家・リビング
   真っ暗な部屋。小窓から微かに陽の光が差す。
   棚に飾られた写真の数々。ゴミ箱の中には、割れた風鈴。

〇新幹線・車内
   スマホ画面、芽依とのLINE。「9月1
日」のやり取り。「ごめん。失くしたものを探しに行く」との芽依からの文言。垂木からの不在着信が続く。
   「まもなく新大阪」とのアナウンスが流れる。
   垂木、顔をあげる。その目から涙が流れる。

〇岸和田城近くの道
   お堀を挟んで、岸和田城が聳え立つ。ベンチで佇む芽依。肩にかかる髪を後ろでひとつに束ねている。手にはスマホ。画面、垂木とのLINEのやりとり。
   わずかに色づき始めている木々。
   芽依、スマホをしまう。城を見上げる。
   結城暖(25)、走ってくる。その姿、法被に鉢巻。だんじりの正装。
   芽依、立ち上がる。振り向くと、結城と目が合い、
結城「(立ち止まって)芽依?」
芽依「暖くん……」
   結城、鉢巻を外す。
   無言で見つめ合う2人。

〇商店街
   シャッター街の商店街。明かりの灯る喫茶店がある。喫茶「もみぢ」の看板。

〇喫茶もみぢ・店内
   昔ながらの喫茶店。がらんどうの店内。カウンターにはマスター。暇そうに漫画を読んでいる。
   窓外を眺める芽依。小型のだんじりを曳いた少年たちが商店街を駆け抜ける。
   結城、入る。Tシャツにジーパン姿。芽依の隣のテーブル席に座って、
結城「お待たせ」
芽依「なんで向かい座らへんの?」
結城「正面切って話すには時間が経ちすぎた」
芽依「……ごめんね、急に」
結城「ほんまやで、しかもこないな時期に」
芽依「週末よね、試験曳き」
結城「ようわかってるやん」
芽依「さっき張り紙見た」
結城「……8年振りか?」
芽依「うん。高校3以来」
結城「その間いっぺんも帰って来うへんかったん?」
芽依「この時期には、ね……」
結城「思いやりっちゅうことか」
芽依「……」
結城「でも、今はここにおる。謎に俺に連絡を寄越した。別れた? それとも別れたくなった?」
芽依「わからへんなった。彼に愛があるんか」
結城「……探しに来たっちゅうわけか」
   芽依、力なく頷く。

〇岸和田駅・外観

〇岸和田駅・ホーム
   岸和田駅の駅名標。電車が到着する。
   垂木がホームに降り立つ。
   どこからか、だんじりの音が響いている。
垂木「……」

〇フラッシュ/大通り
   転がった片方の足袋。
   血だまり。
   鳴り響く救急車のサイレン。

〇岸和田駅・ホーム
   垂木、顔を歪める。

〇大通り
   だんじりがゆっくりと進んでいく。法被を着た男たちが声を上げ、子供たちも懸命に声を出している。沿道には人だかり。その中に佐原一華(30)の姿。法被を羽織っている。腕には赤ちゃん。前方で綱を持つ少年に手を振る。
   柱に交通規制を知らせる張り紙。「9月7日・8日は試験曳き」とある。
   だんじりが進む。
   垂木、通りに出る。だんじりを見上げる。
   一華、垂木を見る。ハッとする。赤ちゃんを隣の人に預けて、垂木のもとへと向かう。
   垂木、左腕に手を当てる。力を籠める。
一華「今更何の用?」
   垂木、すっと左腕から手を離す。振り返る。
一華「それもこんな時期に。……あんた、この街捨てた。……逃げた」
垂木「先輩……」
一華「どういうつもりなん」
   一華の鋭い視線。垂木、真剣な眼差しで一華を見つめ返して、
垂木「もう、逃げるわけにはいかないんです」
   だんじりがスピードを上げて、垂木の横を通過する。

〇喫茶もみぢ・店内
   結城、マスターからコーヒーのおかわりを貰って、
結城「正直、もう別れてると思ってた」
   芽依の手元のカップ、手つかず。
芽依「なんで?」
結城「秋って、愛が育ちにくい時期やねん」
   と、元の席に戻って、
結城「世間的にはイベントが一番ない季節やろ。秋を舞台にしたドラマって、パッと思い浮かぶか」
芽依「相変わらずやね」
結城「穿った見方。でもな、事実俺も、周りも、秋に付き合ったら短命に終わるっちゅうジンクスある」
芽依「この街にはだんじりがあるやん」
結城「松良は昔から嫌いやった」
芽依「そうなんだよね……」
結城「俺も松良も、曳かへんっちゅう選択肢はなかった。親も親戚も、みんな曳いてるからや。せやけど、あいつは逃げた」
芽依「事故が原因やろ」
結城「あんなんただの掠り傷や」
芽依「じゃあ――」
結城「芽依、あいつからほんま何も聞いてへんのか?」
芽依「やから連絡したの。知りたいから」
結城「あいつの母ちゃんのことも?」
芽依「手紙見つけた。ついこないだ」
   結城、合点がいったように、頷く。
結城「……付き合ってもうすぐ9年やっけ?」
   と、立ち上がり、芽依の対面に腰掛ける。
結城「9年……」
芽依「そんな変?」
結城「大謎や。……あいつにとって秋は、愛
が育ちにくい時期なんてもんやないねん。愛を失った季節や」
芽依「……?」
結城「松良の父ちゃん、だんじりから落ちて、命落としてるんや」
   芽依、愕然。

〇公園
   岸和田城が近くに聳え立つ。
   キャッチボールをする少年と男性。ともにだんじりの正装。
   ベンチに座る垂木と一華。それぞれ別のベンチ。2人の間に距離がある。一華の傍にベビーカー。赤ちゃんが眠っている。
一華「まだ震えるみたいやな」
   垂木、袖を捲る。左腕に傷。
垂木「ただの掠り傷です」
一華「なんで帰ってきた?」
垂木「恋人がいて……」
一華「知ってる。だんじり好きの芽依ちゃんな」
垂木「はい。今は小学校の先生をしています。仕事に熱心で、真面目で、残業多くても文句ひとつ言わなくて」
一華「できた子やな」
垂木「なんでも話してくれました。どんなに取り留めのないようなことでも、楽しそうに、いつだって」
一華「振られたか?」
垂木「失踪しました」
一華「なるほど。ほんで、なんで岸和田なん?」
垂木「思い当たるとこどこ探してもいなくて……」
   ボールが垂木の足元に転がってくる。
   グローブを掲げる少年。
   一華、垂木に頷きかける。
   垂木、立ち上がり、ボールを投げ返す。
   ボールはあらぬ方向へ飛んでいく。
一華「下手くそ」
   垂木、申し訳なさそうに、座る。
一華「……もし仮に、会えたとして、あんたはどうするつもりなん?」
垂木「ずっと考えています。どうすればいいか。どうしたいのか」
一華「そんな中途半端な気持ちでどうするん」
垂木「……」
一華「あんたは芽依ちゃんと向き合うことから逃げたんや」
垂木「もう逃げるわけにはいかない」
一華「誰が信用する?」
垂木「それは……」
一華「別に逃げることが悪やとは言わん。やけど、もうちょっと周りの気持ちを考えてもええんとちゃう? あんたと過ごしていた期間、大好きなだんじりを見れんかった芽依ちゃんの気持ち、あんたにわかる?」
   と、立ち上がる。ベビーカーを押して、少年と男性のもとへ駆け寄る。
   仲睦まじい家族の姿。
   垂木、その場で立ちつくす。苦悶の表情。

〇ホテル・外観(夕)

〇同・客室(夕)
   シングルルーム。ユニットバス、顔を洗う垂木。鏡に映る自分の姿を見て、
垂木「……」
   ベッドに置かれたスマホ。
   垂木、バスルームから出てくる。スマホを取る。
   スマホ画面、芽依とのLINE。
   垂木、「一度話し合いたい」とメッセージを打つ。が、送信せずにメッセージを消す。

〇墓地
   墓前に手を合わせる芽依と結城。「垂
木家之墓」とある。「垂木葺地・垂木香子」の名前が彫られている。
結城「(目を開けて)おばちゃんの葬儀、松良は顔を出さんかった」
   墓前に、カーネーション。
芽依「(目を開けて)うん……」
結城「おじちゃんが事故で亡くなって、あいつはずっとだんじり辞めたいと思ってた。愛する人を殺しただんじりを続ける方が無理ちゅう話で……、そんで中学んとき、一回おばちゃんと大喧嘩した。せやけど、あいつの気持ちは通らんくて……」
芽依「でも……」
結城「たったひとりの家族、そんな模範解答じゃ量られへん」
芽依「……」
   ×   ×   ×
   歩きながら話す芽依と結城。
結城「高3の秋、松良は急に上京するって言いだしたよな」
芽依「うん……」
   結城、芽依を一瞥して、ぎこちなく微笑む。
結城「芽依といたいから。あいつは俺にようそう話してた」
芽依「そうなんや……」
結城「でも、俺にはわかってた。逃げるための口実でしかないことを」
   芽依、立ち止まる。天を仰ぐ。
   結城、少し距離を取って立ち止まり、振り返って、
結城「岸和田ってな、ちょっと変わってる。客観的に祭りに参加してる俺の主観やけど、命懸けてるやつが仰山おるんや」
芽依「……」
結城「松良の親戚も、おばちゃんも、おじちゃんだってみんなそう。むしろ名誉ある死なんやって、本気で思ってる。松良だけ、ズレてた」
芽依「何も知らなかった……」
結城「あいつ関西弁話さんやろ。謎に思わんかった?」
芽依「そういうもんやって思ってた」
結城「地元への反抗や」
芽依「反抗……」
結城「臆病やろ、そんなんでしか対抗できん。せやからもっと、確かな何かが欲しかった」
芽依「それが、私……?」
結城「であり、左腕に負った傷。高3の祭りんとき事故って……、結果傷は浅かったけど、おじちゃんと同じ結末になる可能性を、あいつは身をもって実感した。それで辛うじて繋がっていた糸がプツンと切れたんや」
芽依「私は……」
結城「愛があったんか、それを知りたい言うたな」
芽依「……うん」
結城「俺は芽依が好きやった。だからあいつが俺と同じもん持ってるかくらいわかる」
芽依「……」
結城「ほんま謎やねん。上京したらすぐ、あいつは芽依のもとから逃げるって思ってた。……9年か」
   結城、歩き出す。
   芽依、苦しさと悲しさが混ざる複雑な表情。

〇だんじり小屋・前
   「土生秋町地車庫」と記された木製の看板。
   立ち尽くす垂木。震える左手。右手で抑え、震えを止める。
   垂木の瞳に、だんじりが映る。

〇回想/大通り
   柱に衝突しただんじり。慌ただしく走りまわる人々。鳴り響く救急車のサイレン。
   法被を着た垂木(8)、転がった片方の足袋を拾う。
   目の前に人だかり。「葺地!」「葺地くん!」など叫んでいる人たち。
   人だかりをかき分ける垂木。目の前に垂木葺地(35)が現れる。頭から血を流し、倒れている。裸足。
   垂木、足袋を落とす。

〇だんじり小屋・前
   垂木、拳を握りしめる。
   小屋の中に、だんじり。
垂木「……」
スマホが鳴る。ポケットからスマホを取り出す垂木。確認して、驚く。
スマホ画面、箕田紘司からのメッセージ。「会えますか?」と一言。

〇工場群・全景(夕)
   大阪湾が広がる。埋立地には工場が建ち並ぶ。夕日が差す。工場から煙が立ち上る。

〇走る車内(夕)
   車窓から工場群を眺める芽依。後部座席、助手席の後ろにいる。
運転するのは、結城。ルームミラーで芽依を一瞥して、
結城「懐かしいやろ」
芽依「せやね」
結城「何年経っても、この街は何も変わらん」
芽依「暖くんも?」
結城「何がかによる」
芽依「……まだ私のこと」
結城「何ちゅう質問や」
   助手席に置かれた法被と鉢巻。
結城「もし、せやったら、俺は今頃だんじり曳いてへんやろな」
芽依「確かに」
結城「それがすべてで、それ以上も以下もない。高2の秋、芽依があいつに告白する前に、告って、振られて、それで終わりや」
芽依「冷めてるね」
結城「名前に反してな」
   信号が赤になる。車は停止する。
結城「芽依」
芽依「何?」
結城「……そろそろ、嘘はしまいにせんか?」
芽依「……」
   ルームミラーに映る結城の鋭い眼差し。芽依は、目を背けて、
結城「ほんまは、松良の気持ちを探しに来たんとちゃうやろ」
芽依「なんでそう思うの?」
結城「そう聞き返すときは大抵図星や」
芽依「相変わらずやね」
結城「俺は何も変わってへんねん。変わったんは芽依。……なんで冷めた? いつから気持ちが離れたん?」
芽依「……」
   信号が青になる。車が発進する。
   ルームミラーから目を背ける結城。
   窓外を見る芽依、涙が滴り落ちる。

〇竹邑家・芽依の部屋(夜)
   きれいに整頓された室内。高校の参考書等が勉強机に並べられたまま。法被が掛けられている。写真立てには、だんじりを背景に横並びで立つ芽依(18)と垂木(18)の写真。水なす串を手に持つ2人。芽依は笑顔で、垂木はぎこちない微笑。法被姿。
   スーツケースがベッドの傍に置かれている。
   芽依、入る。そのままベッドに倒れこむ。
   笑顔の写真。法被を着た2人。
   芽依、写真が目に入って、起き上がる。写真立てを倒す。

〇岸城高校・外観
   岸和田城を間近に望む校舎。

〇同・屋上
   岸和田城を眺める箕田紘司(58)。首から下げたネームプレートには教頭とある。
   垂木、やって来る。
垂木「先生」
   箕田、垂木を一瞥して、
箕田「お久しぶりですね」
   垂木、箕田の傍に立ち、
垂木「どうして?」
   箕田、スマホを取り出し、垂木に見せる。写真、箕田と一華が写る。法被を着た箕田と一華。箕田が一華の子供を抱えている。
箕田「去年のもんです。毎年祭りの日には必ず会うてます」
垂木「そうなんですね……」
箕田「一華さん、はっきりもの言うでしょ」
垂木「ええ」
箕田「ちょっと言い方きついの難点ですけど、でもそれ、誰にでもってわけちゃうんです」
   どこからか、だんじりの音が聞こえてくる。
箕田「興味なんてなかったらね、普通、何も言いません。無関心」
垂木「……(ハッとする)」
箕田「かくいう私も、一華さんと同じです。君のこと、気になってましたよ」
垂木「印象に残るようなことしていません」
箕田「関西弁使わんでしょ」
垂木「それは……」
箕田「ま、冗談です。でも当時、私は君に、ある種の危うさを見ていました」
   箕田、岸和田城を眺める。
   聳え立つ岸和田城。周囲には色づき始める木々。
   垂木、怪訝な視線を箕田に向ける。

〇同・廊下
   人ひとりいない静かな空間。窓が開き、風が吹いている。
   「3年8組」のクラス表札。

〇同・教室
   黒板をきれいにする箕田。
   掲示板には、休校を知らせる張り紙。「祭りに伴い」「9月7日から15日まで」などの文言。
   窓から岸和田城が見渡せる。
   垂木、真ん中列最後尾、徐にかける。
箕田「(手を動かしたまま)君が問題を起こそうとか、そういう風に思ってたわけちゃいます」
   と、振り向いて、
箕田「この街は、祭りを基準にして動いてるでしょ」
垂木「ええ」
   休校を知らせる張り紙。
箕田「君はそれに、逆行するようにして生き
てた」
垂木「……(苦笑)」
箕田「思春期特有の青さ、儚さ、脆さ、いうんですかね」
垂木「ずっと嫌いでした」
箕田「だからね、不思議やったんですよ。芽依さんと交際したって知って」
垂木、前の席を見る。抽斗から紙がはみ出している。
箕田「芽依さん、祭り大好きやったでしょ。君がだんじりを曳く姿に魅せられたってよう話してました」
垂木「そんな話、するんですね」
箕田「教頭になった今でも、その手の相談がようけ舞い込んできます」
   と、照れくさそうにはにかむ。垂木もぎこちなく微笑する。
箕田「それこそ2年のとき、君と席前後になったのは運命やって」
垂木「運命……」
   垂木、立ち上がる。はみ出した紙を抽斗の中にそっと戻す。
箕田「君はどうでした?」
垂木「……」
   箕田、黒板消しを置く。微かにチョーク粉が舞う。
箕田「暖くんは、逃げる口実として利用したと思ってたみたいですけど、ほんまにそうなんでしょか」
   箕田、垂木のもとへと歩み寄って、
箕田「ひとつ、聞いてもいいですか?」
   箕田の真剣な視線。垂木、顔をあげて、箕田を見つめ返す。
箕田「……君は、芽依さんのことをどう思っているんですか?」
   前後に並ぶ2つの机。

〇商店街
   シャッター街の通り。横並びで歩く芽依と結城。
   2人の傍を、小型のだんじりが通り過ぎる。
結城「気をつけろよ」
   少年たちが手を挙げて応じる。
   芽依、立ち止まる。
結城「なあ、いつまで――」
   結城、振り返る。芽依の視線は、壁に貼られたポスターに注がれている。
   だんじりのポスター。
結城「芽依?」
芽依「ほんまに愛してた。言葉にすれば途端に軽くなるから、言いたくなくなるくらい」
結城「ああ」
芽依「一目惚れやったの」
結城「席が前後になったからとちゃうんか」
芽依「違う。もっと前から知ってた。一方的に」
   結城、芽依の隣に立つ。ポスターを見つめる。
芽依「かっこよかったんよ、ほんまに」
結城「なるほどな」
芽依「高2で同じクラスになって、しかも席前後で、運命やって思った。神様に感謝した」
結城「初めて聞いた」
芽依「箕田先生にしか話したことない」
結城「見かけによらず恋愛マスターやな」
芽依「ほんまそれ」
   見つめ合い、微笑む2人。
   芽依、すぐに笑みを消して、
芽依「……多分ずっと不満はあった。何も言わんところとか。同じ温度感を共有できんところとか」
結城「うん」
芽依「でも、そういう人やって最初からわかってたし。言葉より行動で示してくれる人やった。常に私のことを最優先に考えて行動してくれてた」
結城「うん」
芽依「愛を感じてた。私も愛してた」
結城「……(真剣に耳を傾ける)」
芽依「彼はわからへんけど、私は結婚を考え始めたてた。でも……」
結城「手紙」
芽依「お母さんの一周忌を知らせる内容。初めて知った。亡くなってること」
結城「確執があったから、言えなかったんやろう」
芽依「でも少し前に、一度紹介してほしいって言ったことあるの。そのときに言うことだってできた。でも彼は何も言わんかった」
   芽依の目から涙が滴り落ちる。
芽依「なんかね、将来のことを真剣に考え始めてた時期やったから一層。そんな大事なことも言ってくれへんのやって。価値観が根本的に違うって思い知った。そしたらなんか、すーっと、ほんますーっと、熱が冷めていくのを感じた」
   結城、芽依にハンカチを渡す。
結城「ありがとう、ほんまのこと話してくれ
て」
芽依「(受け取って)ごめん」
結城「……芽依はどうしたい?」
芽依「このままじゃあかんと思ったから、探しに来た。彼のことを知って、昔の気持ちを思い出したら変わるんちゃうかって」
結城「それで、変わった?」
芽依「お父さんのことも、なんで話してくれへんかったんやろって……」
結城「話さんかったらよかったな」
芽依「ううん、違うの。違うの……」
結城「話すべきやな」
芽依「え?」
結城「あいつとちゃんと、思ってることぶつけ合うべきや」
芽依「それは……」
結城「任せとき。俺に考えがある」
   と、はにかむ。
   芽依、結城の眼差しを全身で受け止める。

〇岸城高校・正門・外(夕)
   岸和田城に夕日がさしている。
   垂木、正門から出てくる。岸和田城を眺める。
   少しして、箕田、正門から出てくる。その手には写真が握られている。写真を垂木に渡して、
箕田「よかったら、これ」
   垂木、受け取る。
箕田「今の君なら、持っててもええんちゃうかな」
垂木「これ……」
   だんじりを背景に横並びで立つ芽依と垂木の写真。水なす串を持つ2人。
箕田「2枚現像したんですけど、1枚はずっと私が持ってて」
垂木「すいません」
箕田「正直ね、未だに自信がないんです。ほんまに君の力になれたんかって」
垂木「先生は、何も言わずに背中を押してくれました」
箕田「親御さんからは止めてくれって何度も相談されましたけどね」
垂木「そうなんだ……」
箕田「君の人生や。だから逃げたってなにしたってええ、私はそう思います。でも、その前に伝えることをやめたらあかん」
垂木「……」
箕田「君の傍に誰かがいるんやったら尚更。ちゃんと想いを言葉にせな。……って、熱血教師すぎますか?」
   と、照れくさそうに頭を掻く。
垂木「いえ……」
箕田「ほな以上。私からはこれで終わりです」
   垂木、深々と頭を下げる。
垂木「ありがとうございました」
箕田「また帰ってきたら、連絡してください。待ってるで」
   と、嬉しそうに立ち去る。
   垂木、頭を上げる。その目は決意に満ちている。

〇同・教頭室(夜)
   暗がりの室内。デスクに置かれた電灯が箕田の顔を照らす。
   箕田のスマホが振動する。
   箕田、スマホを確認し、満足そうに頷く。電話に出て、
箕田「無事帰りましたわ」

〇だんじり小屋・前(夜)
   「土生秋町地車庫」と記された木製の看板。門は開いたままで、庫内の明かりがだんじりを照らしている。
   だんじりの手入れをする男たち。
   少し離れたところに、結城。スマホを耳に当てている。
結城「すんません。ご無理を言って」
箕田の声「一華さんにもお礼をしておいてく
ださい」
結城「子供の洋服、あげますわ」

〇岸城高校・教頭室(夜)
   箕田、笑って、
箕田「それはええですね」
結城の声「先生にも今度お礼します」
箕田「私はいいですよ。教え子に会えただけで十分」
結城の声「ほんま変わらへんっすね」
箕田「どの口が言うてるんですか。暖くんかて」
結城の声「俺、冷たいってよう言われますよ」

〇だんじり小屋・前
   小屋の中から、結城を呼ぶ声。
   結城、手を挙げて応答する。
箕田の声「……暖くん、どうしてそこまで?」
結城「推し、なんすよ」
箕田の声「なるほど」
結城「……あれ、俺なんか謎なこと言いました?」
箕田の声「いや、相変わらずですよ」
結城「ほんまですか」
   小屋の中から、結城を呼ぶ声。
結城「ごめんなさい先生、戻らんと」
箕田の声「お構いなく。またいつでも」
結城「ほなまた恋愛相談します」
   と、電話を切る。
結城「ちょっとくらい休ませんかい。減るもんちゃうねんから」
   と、気だるそうに小屋の中へと入っていく。

〇岸城高校・教頭室
   スマホを置く箕田。嬉しそうにニヤリと微笑む。

〇岸和田駅・外観

〇同・改札・外
   だんじりの音が鳴り響いている。
   改札から、大勢の人が出てくる。法被を着ている人や、バッジやキーホルダーなど、だんじりのグッズを身に着けている人もいる。
   「祭りの為、臨時ダイヤ」と記された立て看板。

〇商店街
   シャッター街の商店街。大勢の人が列になって歩く。
   明かりの消えた喫茶「もみぢ」。表の看板には、「臨時休業」と手書きされた紙が無造作に貼られている。

〇大通り
   沿道には出店が軒を連ねる。大勢の人で溢れかえっている。その中に、一華の姿。抱える赤ちゃんも法被を着てい
る。
   だんじりがゆっくりと進んでいく。子供から大人まで、大声を張り上げている。
   後梃子を担当する結城、額に汗が滲んでいる。
   人の間を縫って、芽依が沿道の前方に出る。
   芽依の間近にだんじり。
   芽依、感嘆する。
   結城、芽依を見る。目が合う2人。結城、頷く。
   だんじりが通過する。

〇ホテル・客室
   だんじりの音が聞こえてくる。
   机上にスマホ、LINE画面。結城とのやり取り。9月6日のメッセージ。「芽依はこっちおる」「松良もはよ来い」などの文言が並ぶ。
垂木、スマホを取る。「ありがとう」と送る。
垂木「……」
   窓外を見る垂木。走るだんじりが見える。
   垂木、電話をかける。

〇大通り
   沿道の人たちがぞろぞろと歩く。どこからともなくだんじりの音が聞こえる。
   芽依、出店の前で立ち止まる。
   水なすの出店。串に刺さった水なす。
   懐かしそうに微笑むと、スマホが鳴る。
   芽依、画面を確認して、笑みを消し、
芽依「……ごめんね」
垂木の声「俺もごめん」
芽依「ううん」
垂木の声「……今どこ?」
芽依「岸和田」
垂木の声「だんじり、聞こえてるよ」
芽依「……水なすの前におる」
   水なすの出店の看板。

〇ホテル・客室
   垂木、僅かに笑みを浮かべて、
垂木「久しぶりに聞いた」
芽依の声「やでな。東京にこんな出店ない」
垂木「芽依、好きだった」
芽依の声「松良も好きやったやん」
垂木「……会える?」

〇大通り
   出店の店主が訝しげに芽依を見つめている。
芽依「帰る前に、岸和田城寄ろうと思ってる」
垂木の声「……登ったことない」
芽依「私1回。近くにあると、却って遠いってことなんかな」
垂木の声「どうせ行くなら、姫路城とか大阪城とか行く」
芽依「確かに、やっぱ近すぎた。城の前にある高校って何って感じ」
垂木の声「確かに」
芽依「……先、行ってるね」
垂木の声「うん」
   芽依、スマホをしまう。
   串に刺さった水なす。
芽依「2個ください」
   と、2本指を立てる。微笑む。

〇ホテル・客室
   響くだんじりの音。
   垂木、スマホをしまう。決意に満ちた表情。客室を出る。
   窓の向こう、岸和田城が聳え立つ。

〇岸和田城・外観
   陽の光が、天守閣を照らし出す。
   だんじりの音が聞こえてくる。

〇同・広場
   閑散とした空間。風が吹き、木々が揺らめいている。
   天守閣を見上げる芽依。その手には水なす串が2本入ったトレイ。
   垂木、やって来る。
垂木「芽依」
芽依「(振り返って)……」
垂木「久しぶり」
芽依「久しぶり……」
   芽依、嬉しそうな、悲しそうな笑み。
   ×   ×   ×
   垂木と芽依、ベンチに腰掛ける。2人の間には微妙な距離。
   芽依、水なす串を1本、垂木に渡して、
芽依「はい」
垂木「(受け取って)ありがとう」
   しばしの沈黙。水なすを食べる2人。
垂木「……震えた」
芽依「え?」
   垂木、袖を捲る。左腕の傷。
垂木「やっぱりまだ怖かった」
芽依「掠り傷ちゃうんよね。全部聞いた、お父さんのことも、お母さんとのことも」
垂木「うん……」
芽依「ごめん」
垂木「……ごめん」
   風が吹き、ひとひらの葉が落ちる。
芽依「……私」
垂木「芽依、別れよう」
芽依「……」
   垂木、芽依を見据える。芽依も垂木に視線を向け、見つめ合う2人。

〇大通り(夕)
   だんじりが勢いよくカーブを曲がる。
結城、必死の表情で走る。
   沿道からあがる歓声。
   箕田、楽しそうにその光景を眺めている。
   箕田から少し離れたところに一華。嬉しそうに声を上げ、拍手をしている。

〇岸和田城・広場(夕)
   夕日が垂木と芽依を照らす。水なすがなくなった串が2本。トレイに置かれている。
垂木「……高2で同じクラスになって、席が前後で、俺は正直運命とは感じなかった」
芽依「何それ」
垂木「むしろ左隣に幼馴染がいて、そのことに安心してた感じ」
芽依「うん」
垂木「でも、すぐに芽依が前の席でよかったって思うようになった。たくさん話しかけてくれるのが俺には心地よかった」
芽依「初めて聞いた」
垂木「苦手なんだ」
芽依「……せやね」
垂木「最初の席替えで、遠く離れて、ショッ
クで……」
芽依「……」
垂木「それでまた次の席替えで今度は隣になって、嬉しくて……。想いを自覚した」
芽依「初めて聞いた……」
垂木「うん。自覚するだけ自覚して、俺は何もできなかった。芽依はこれでもかってくらい想いを伝えてくれていたのに」
芽依「私はいつも不安やったよ。でも誰にも見せない笑顔を見せてくれてたから、想いは等しいって思ってた」
垂木「言うべきだったんだ、もっとたくさん、ちゃんと」
芽依「伝えても届かへん現実を知ってたから、怖かったんでしょ?」
垂木「え?」
芽依「お母さん。だんじり辞めたいって伝えても聞き入れてもらえんかった」
垂木「そのことと、芽依のことは関係ない。関係があっちゃダメなんだ」
芽依「ごめんね、何も知らないのに会わせてとか言って」
垂木「それも、話すべきだった。芽依は俺のことをずっと一番に考えてくれた」
芽依「松良だって……」
垂木「ううん。……本当はずっと帰ってきたかったよね。だんじり、大好きだから」
芽依「……」
垂木「俺はこの9年、芽依から大切なものを奪い続けた。きっと甘えていたんだ、隣に芽依がいることを、それが当たり前だと。……ごめん」
芽依「……松良が悪いんちゃう。私も悪い。半々やから」
垂木「半々……」
芽依「そう。私らの間に起きたことは全部半々。どっちかが悪いんじゃなくて、どっちも悪くて、どっちも悪くない」
垂木「芽依……」
芽依「私ね、愛してたよ。だけど、どれだけ
抱えてるもんがあったとしても、私にだけは隠さんでほしかった」
垂木「……ごめん」
芽依「超えたらあかんラインってそれぞれにあると思ってて、何年一緒におるとか関係なくて……そのラインが、私には今回のところにあった。お母さんが亡くなってること隠されたんが、堪えた。私が同じ立場やったら、きっと話してたから」
垂木「ほんとにごめん……」
芽依「……私こそごめんね。勝手にいなくなって、松良のことを調べたりして」
垂木「ううん、ありがとう、俺のことを知ろうとしてくれて」
   と、涙ぐむ。
垂木「……俺は、今でも芽依のことを愛してる。それだけはちゃんと伝えておきたい」
芽依「うん……」
   芽依、涙ぐむ。
   垂木、芽依の手にそっと触れて、
垂木「でもだからこそ別れよう」
芽依「松良……」
   見つめ合う2人。
垂木「一緒にいられてよかったし、楽しかった。ありがとうって思うこと、たくさんありすぎて、何から伝えていいのかわかんなくなるくらい」
芽依「遅い。……遅いよ」
   芽依、ぎゅっと垂木の手を握る。
垂木「それで、遅いんだけど、遅すぎるんだけど……」
   垂木、微笑む。
   岸和田城。夕日に照らされ、聳え立つ。

〇岸和田駅・外観
   雨が降っている。

〇大通り
   まばらな交通量。ちらほらと、傘をさす歩行者がいる。

〇商店街
   アーケードに雨が打ち付ける。シャッター街。だんじり開催の張り紙はもうない。
   喫茶「もみぢ」の店内から明かりが漏
れている。看板には、営業中の札。

〇喫茶もみぢ・店内
   カウンター内、暇そうに漫画を読むマスター。壁にはだんじりの法被がかかっている。
   垂木、窓際の席にいる。コーヒーを啜る。
   結城、入る。
結城「マスター、いつものやつね」
   と、垂木の左隣のテーブル席につく。
垂木「向かいじゃないの?」
結城「お前の左隣が定位置やろ」
垂木「確かに」
結城「つかなんやねん」
垂木「?」
結城「別れる必要あったんか」
垂木「……けじめ、だから」
結城「でも、また付き合ったんやろ。今度はお前が告った」
垂木「うん」
結城「別れる意味ないやん。ほんま大謎や。芽依なんて冷めた言うて泣いてたんやで。どんでん返しが過ぎるて」
   垂木、嬉しそうに微笑んで、
結城「なんや?」
垂木「嬉しそうだなって」
結城「どこがやねん」
垂木「どうしてそこまで俺たちのこと?」
結城「ああ……それ、先生にも聞かれたわ。ほったらかしたら、寝覚め悪そうやなって、思っただけや」
垂木「……そっか」
   マスター、コーヒーを出す。
結城「(マスターに)ありがとう」
   マスター、ニタっと微笑んで、カウンターに戻る。
結城「……でも、安心した」
垂木「え?」
結城「お前をここに呼んでよかった」
垂木「ありがとう」
   結城、居心地が悪そうにコーヒーをぐいと飲む。
   垂木、嬉しそうに笑う。

〇商店街~岸和田駅近くの道
   アーケードに打ち付ける雨。
   垂木と結城、喫茶「もみぢ」から出てくる。駅へと歩きながら、
結城「お前、雨好きやったよな」
垂木「よく覚えてるね」
結城「だんじり前になると絶対てるてる坊主作ってた」
垂木「そうそう、中止になるの祈ってた」
結城「つくづくこの街にはそぐわんかったな」
   垂木と結城、傘をさす。
結城「コーヒー、1杯だけな」
垂木「え?」
結城「それくらいやったら奢ったるちゅう話や」
垂木「ケチなのに」
結城「うるさいわ。……だから、帰って来いよ」
   岸和田駅の駅舎。
   垂木と結城、立ち止まる。
結城「これからは芽依と一緒に」
垂木「うん」
結城「じゃあ!」
垂木「じゃあ、また連絡する」
結城「気長に待ってるわ」
   垂木と結城、それぞれ別の方向に歩いていく。
   結城、立ち止まり、振り返る。ニヤリと笑う。
   垂木の後ろ姿、遠ざかっていく。

〇竹邑家・芽依の部屋
   芽依、アルバムの整理をしている。写真立てに飾ってあった写真をアルバムに入れる。代 わりに、1枚の写真を写真立てに。
   右下に日付、「2024年9月15日」。だんじりを背景に立つ箕田、芽依、垂木、結城、一華の姿。みな飛び切りの笑顔。
   芽依、写真立てを机に飾る。嬉しそうに微笑む。

(完)

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