愛してるの数 恋愛

ある日、普通のサラリーマンである哲平は家に帰ると、 従兄弟の千尋に求婚される。 とんでもないと言い聞かせるが、千尋は幼い頃に哲平と 約束したのだと泣き出してしまう。 幼い頃のプロポーズは結ばれるのか……? 【不思議従兄弟×リーマン】
悠二 33 0 0 03/29
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第一稿

・自宅前

家のドアの前に男が座り込んでいる
それを見て不思議な顔をする加々見哲平《かがみてっぺい》(28)
すると男が哲平に気がつき、手を広げて走ってくる

哲平M「 ...続きを読む
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・自宅前

家のドアの前に男が座り込んでいる
それを見て不思議な顔をする加々見哲平《かがみてっぺい》(28)
すると男が哲平に気がつき、手を広げて走ってくる

哲平M「俺が仕事から帰ったら、家の前に誰かが座り込んでいて、俺に気が付いたと思ったら、手を広げて走ってきて」

男、哲平の手を取ると満面の笑みをする

男  「てっちゃん! 十八歳になったよ! 結婚して!」

哲平M「とかなんとかぬかしやがった。こんな奴見たこともないし、結婚の約束した覚えも無い」

哲平、驚く

哲平M「誰だと問いただしたら」

男  「ちーだよ!」

哲平M「とか膨れて言った」

***
・自宅(リビング)

哲平M「俺が知ってるちーはこんなデッカイ男じゃない!」

ソファに座っている哲平と永久千尋《ながひさちひろ》(18)

哲平 「本当にちーか……」
千尋 「うん。そーだよ? ほら、ここのホクロとかぁ、目の色とか。変わってないでしょ?」
哲平 「確かに、その目の下のホクロと、茶色の目はちーと同じだけど……」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「しっかしまぁ、大きくなって……」

哲平M「俺の記憶の中のちーは、もっと小さくて、初めて会ったとき女の子と間違えたくらい可愛くて、なんかこう、例えて言うならウサギみたいで、ふわふわしてて……」

哲平 「こんなになるとは思ってもみなかった……」

哲平、頭を抱える

千尋 「てっちゃーん。僕も男なんだからさぁ、大きくなるのは仕方が無いと思うんだけど」
哲平 「あぁ、まぁ、そうだけど……」
千尋 「ふふふっ」
哲平 「で? 何しに来たわけ? こんな突然。連絡くらい……」
千尋 「だからさっきも言ったでしょー? 僕、十八歳になったんだぁ。だからやっとてっちゃんと結婚できるの! お待たせ!」
哲平 「はぁ?」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「へへへじゃなくて、何言ってんだお前」
千尋 「えぇ?」
哲平 「えぇ? って言いたいのはこっちだって」

哲平、笑う

哲平 「そんな冗談はいいからさ、お前ちゃんとおじさ……じゃなかった、恵《けい》ちゃんに言ってきたの?」
千尋 「……」

千尋、俯く

哲平 「恵ちゃんに黙ってたら」
千尋 「冗談じゃないもん……」
哲平 「へ?」
千尋 「冗談なんかじゃないもん……」

千尋、泣き出す

哲平 「あ、え? おい、なんで泣くんだよー?! 俺なんか悪いこと言った?!」
千尋 「てっちゃんのうそつきー! ばかー! うわああああん!」
哲平 「嘘つきって何で?!」
千尋 「てっちゃ……覚えて……えぐっ……ないの……?」
哲平 「何を?」
千尋 「てっちゃんが僕と結婚してくれるって言ったの」
哲平 「はぁ?!」

***
・自宅(リビング)

哲平M「ここで情報を整理してみようと思う。ちーが言うに」

千尋 「僕が五歳。てっちゃんが十五歳の時に……」

哲平 『ちー! お前ホントに可愛いなぁ!』
千尋 『へへへっ。ねぇ、てっちゃん、てっちゃん』
哲平 『ん~?』
千尋 『僕がね、大きくなったらね、結婚してくれる?』
哲平 『あぁ、いいよ! ふふふっ、かぁわいいなぁ』

千尋 「って言ったんだもん」

哲平M「何てことだ! あんな約束無効に決まってるだろ! っつか! あんなの誰でも言うだろ! 俺は父親のような気分で……!」

哲平 「いや、あの、な、俺達は従兄弟だから結婚できる間柄ではあるが、それは、男女だった場合で、俺男、お前も男。その時点で無理なの! 分かる?!」
千尋 「心配しないでー、あのね、男同士の場合だとね、養子にするんだよ? 年上の方の名字になるからー、僕は加々見《かがみ》千尋になるんだ~」
哲平 「……」

呆然とする哲平
千尋、ヘラヘラ笑っている
千尋の肩を掴む哲平

哲平 「ちー、目を覚ませ! どこでそんな知恵を貰ってきた?! ほら、お前顔だけはすんげぇいいんだからさ、女の子の一人や二人や三人や四人いるだろ?! その子達と愛をはぐくんで、健全な家庭を築きなさい。ね?」
千尋 「えー、僕女の人に興味ないしー」
哲平 「え……?」
千尋 「僕、男の人が好きなの」
哲平 「あ……え……?」
千尋 「てっちゃんが一番好き!」
哲平 「……」

哲平M「神様、仏様、お母様。僕は今、金槌で頭を殴られた気分です。助けてください……」

***
・自宅(リビング)

哲平 「百歩譲って、お前がその、ゲイだってのは認める。いや、俺だって偏見あるわけじゃないし、そんなの個人の自由だし、ちーの好きなように生きていけばいいと思う。俺も応援するよ。でもな、俺はその、ゲイじゃないし、お前と付き合うとか、まして、結婚するだなんて、出来ない」
千尋 「……」

千尋、俯く

哲平M「あーあー、また泣いちゃうの……?」

哲平 「あ、あの、な、あんな昔の口約束なんか、忘れてさ、お前だったらさっき言ったように、男の人の一人や二人や三人や四人や五人、すぐに見つけられると思うぞ? な、俺なんか、顔は普通だし、金も持ってねぇし、こんな狭い家に住んでるし、将来大出世できるわけでもなし……」
千尋 「てっちゃん、彼女いるの?」

千尋、哲平を見る

哲平 「あ、え?」
千尋 「彼女、いるの?」
哲平 「彼女……」

哲平M「そうだ! 彼女! 彼女がいたら諦めるだろ!」

哲平 「あぁ、いるよ! 彼女! いる!」
千尋 「……」
哲平 「だからさ……」
千尋 「その人セックス上手いの?」
哲平 「せっ?! はぁ?! 何言って!」
千尋 「その人より良かったら僕と結婚してくれる?」
哲平 「ちょちょちょ、ちょっと待て! 何だ急に! 何の話をしてんだお前!」

千尋、にじり寄ってくる

千尋 「ねぇ」
哲平 「おい、それ以上近寄るな! 何でそんな話になんだよ!」
千尋 「てっちゃん」

千尋の手が哲平に触れる

哲平 「千尋! いい加減にしろ!」

怒鳴る哲平
千尋の手が止まる

哲平 「お前何考えてんだよ……こんなの、普通じゃないよ……」

哲平、額を押さえて立ち上がる

千尋 「……」
哲平 「あんなの嘘だったって分かる歳だろ、もう」
千尋 「……」
哲平 「俺達ただの従兄弟だろ」

振り返ると、千尋、泣いている

哲平 「ちー……」
千尋 「それでも……僕は、てっちゃんのこと、ずっと好きだったんだ……」
哲平 「……」
千尋 「ずっと、あの頃からずっと、てっちゃんだけが好きだったんだ……」
哲平 「……」
千尋 「あんなの嘘だって分かってても、それでも忘れられなかったんだよ……」

泣いているちーをただ見ている哲平

哲平M「泣きながら、俺に好きだと言うちーは、あの頃と何にも変わってなかった。そういえばこいつは、泣くとき茶色の瞳から涙をこぼして、目じりにあるホクロを濡らしてたなぁと、なんか他人事みたいに考えるしかなかった。俺にこいつの気持ちを受け止めることは、どうやったって出来やしないから。それでも、彼女がいるだなんて嘘をついて、ごまかそうとしたことは悪いなと思った。でも今更、嘘だなんて言えなかった。俺、嘘ばっかついてんな」

***
・カフェ

哲平M「ちーが泣きはらした顔で帰っていった翌日、ちーの父、恵ちゃんが電話をかけてきた。とっさに〝怒られる!〟と思ったが、恵ちゃんは豪快に笑いながら」

恵  『うちの息子を泣かせたのはどこのどいつだぁ?』

哲平M「と言って、また豪快に笑った。この人も相変わらずだった」

先に来ていた永久恵《ながひさけい》(38)が哲平を見つけて手を振る

恵  「よークソガキ! 元気だったか?!」
哲平 「おじ……じゃなくて、恵ちゃんもお元気そうで」
恵  「よしよし、ちゃんと覚えてるじゃん」
哲平 「そりゃ、〝おじさん〟って呼ぶたびにケツ叩かれてたんじゃ、自然となるよ……」
恵  「はっはっは! しつけしつけ!」
哲平 「それで、何ですか、昨日といい、今日といい……」
恵  「俺の可愛い愛息子を泣かせておいてその言い草、ちーもなんでこんな奴好きになったんだか」
哲平 「へっ?! 知ってんの?」
恵  「あぁ、もう、そりゃあちーっちゃい時からずーっと」
哲平 「うそ?!」
恵  「嘘じゃねぇよ。口を開けばてっちゃんてっちゃん。うるさいうるさい」
哲平 「な、なんとも思わなかったんですか」
恵  「んー? 別に。恋愛なんか個人の自由だし? それに俺の教育のモットーは何事にもフリーダムだから」
哲平 「だって俺男ですよ?!」
恵  「知ってるよ。そんなこと。ちーならまだしもお前は女には見えないって」
哲平 「う……。全部知ってるってわけですか……」
恵  「えぇ。もう全部。襲おうとしたら失敗したとか」

笑う恵

哲平 「ぐっ……!」

哲平M「こうなった原因ってこの人なんじゃないか……?」

恵  「彼女いるってー? やるじゃん。どんな子? 可愛い?」
哲平 「あ……その……」
恵  「あぁ、嘘か。やっぱりな」
哲平 「あぅ……」
恵  「まぁ、お前の気持ちも分からんでもないわ。っつか、普通の反応なんじゃない?」
哲平 「そう言ってもらえるとありがたいです……」
恵  「でもまぁ、親としては、子を応援するわな」
哲平 「はぁ……」
恵  「迷惑かもしれないけどさ、ちょっとだけ付き合ってやってよ。十四年も思い続けてたんだから。ちーのこと嫌いじゃあないだろ?」
哲平 「そりゃあもう。従兄弟としては大好きですよ」
恵  「ありがとう」
哲平 「いえ、でもいつ戻ってきたんですか?イタリアから……」
恵  「んー、昨日」
哲平 「昨日?!」
恵  「即行会いたくなるほど好きだったってことよん」

笑っている恵

哲平 「……」
恵  「何、ちょっとは可愛い奴とでも思った? 揺らいだ?」
哲平 「……。ホントにちーの味方なんですね」
恵  「そりゃあもう」

***
・自宅前

家の前に行くと玄関の前に女の子が座っている
俯いている

哲平M「俺が家に戻ったら、玄関の前に女の子が座ってた。なんか、デジャヴ……」

控えめに顔を覗く哲平

哲平 「あの……」
千尋 「おかえり!」

ぱっと顔を上げて立ち上がる千尋

哲平 「はぁ……」
千尋 「恵ちゃんと会ってたんでしょ?」
哲平 「あぁ。ちょっとまて、その前にだ」
千尋 「うん?」
哲平 「なんで女装なんかしてんだ……」

哲平M「そこらの女より可愛い……。しかしでかい……」

千尋 「てっちゃんが男が嫌っていうなら、僕……じゃない、私女になるわ」

小首をかしげて笑う千尋
哲平、吹き出す

哲平 「やめろやめろ! 男のままでいいから、とりあえず中入れ。俺疲れた」

部屋の鍵を開ける哲平

千尋 「男でいいの?!」
哲平 「あ、いや、そういう意味じゃなくて……まぁいいから入れよ。その代わり、変なことしたらもう入れないからな」

ドアを開ける哲平

千尋 「えー……まぁいいか。わーい」
哲平 「ふふっ」

***
・自宅(リビング)

哲平、冷蔵庫を開けている
ソファに座っている千尋

哲平 「なんか飲むー? ジュースとか無いけどー、紅茶かコーヒーか」
千尋 「あ、僕お水でいいー」
哲平 「水? いいの?」
千尋 「うん。今ね、水しか飲んじゃ駄目ーって言われてて」
哲平 「何で? ん」

水を渡すとソファに座る哲平

千尋 「ありがとう。あのね、僕ね、お仕事するんだー」
哲平 「仕事? なんの」
千尋 「モデル」
哲平 「モデル?! あー。いや、お前ならありえるか……」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「あー、だから帰ってきたの?」
千尋 「ううん、違うよー。てっちゃんに会いたかったから帰ってきたのー」
哲平 「……」

哲平M「たぶん恵ちゃんは仕事させるためにだと思うぞ…」

哲平 「ちーさー、恵ちゃんに何でも話すの?」
千尋 「うん。話すよ? 駄目?」
哲平 「いや、いいんだけどさ。仲いいね」
千尋 「うん!相談するんだー」
哲平 「相談ねぇ……」

哲平M「こいつのこの独特の変な話し方は昔っから全然変わってなくて、よく見れば背が高くなって、ちょっと骨格が男っぽくなっただけで、他は何にも変わってなかった。髪の毛は猫っ毛で、光に当たるとほんのり茶色くなって、肌なんか白くてすっげぇ綺麗。どうしてこんなに恵まれた奴が俺なんかのこと好きになるかなんか、全然見当も付かない」

哲平 「なぁ、ちーでも髭とか生えんの?」
千尋 「なーにー、僕も男の子だよー? 生えるよ」
哲平 「そーかぁ。なんか想像できねぇ」
千尋 「え? なに、てっちゃんって髭フェチ? だったら僕も生やそうかなぁ。でも僕似合わないと思うんだよねぇ。どうしよう?」
哲平 「いや、どうしよう? じゃなくて、別に俺は髭フェチでもなんでもねぇから、生やさんでいい」
千尋 「そうなの? よかったぁ」
哲平 「で、今日は何しにきたの?」
千尋 「ん~? てっちゃんに会いに来たんだよー?」
哲平 「それだけ?」
千尋 「うーん、口説き落としに?」
哲平 「あぁ、そうか、うん。そろそろ帰れ」
千尋 「あーん。もうちょっとだけ!」
哲平 「別にいいけど、お前恵ちゃんと住んでんだろー? 怒られないの?」
千尋 「恵ちゃんが泊まってきてもいいよって言ってたよ? 泊まる?」
哲平 「泊まる? じゃねーよ、仕事は? まだ始まらないの?」
千尋 「ううんー、もうね、打ち合わせ? とかやってるー」
哲平 「その打ち合わせは明日は無いわけ?」
千尋 「あるよー。十時からー」
哲平 「だったら帰れよ。早く寝て仕事に励みなさい」
千尋 「うん。恵ちゃんがね、てっちゃんちに迎えに行ってあげるって言ってたよ」

哲平M「何してくれてんだあのオヤジ!」

哲平 「駄目駄目。俺怖くて寝らんないもん」
千尋 「えー? てっちゃん僕のこと怖いの?」
哲平 「怖いよ!」
千尋 「てっちゃん、いくら僕がてっちゃんのこと愛してるからって節操なく、いつでも襲ったりなんかしないよー。僕このソファで寝るから、てっちゃんはベッドで寝てね」
哲平M「あ、愛してるだと……?!これはイタリアで培ってきたものか?!」
哲平 「……」
千尋 「ん? てっちゃん僕と一緒に寝たいの?」
哲平 「ばーか! そんなわけねぇだろ! んじゃあ寝たらもう俺の部屋入ってくんなよ!」
千尋 「あーん、やっぱなんかケダモノ扱いされてない?」

***
・自宅前

哲平M「その日はホントに何にも無くて、起きたらちーはソファで静かに寝てた。起こそうとして近づいたら、やっぱりこいつは綺麗な顔してて、でも涎が出てたからなんか笑った」

恵  「よーっす。おはよう」

車の中から手を挙げる恵
千尋、車に乗り込んで恵の頬にキスをする

恵  「で? 上手くいった?」
千尋 「ううん、ソファで寝たよ」
恵  「何? けしからん」

車の横に立っている哲平

哲平 「何がけしからんですか。普通反対でしょ?」
恵  「一緒に寝てあげればいいじゃん。もしくはてめぇがソファで寝ろ」
哲平 「そんなむちゃくちゃな」
恵  「はっはっはっは! じゃあねー」
千尋 「またねー」

去っていく車
車に向かって呆れながら手を振る哲平

哲平M「よくわかんねー親子……」

***
・自宅(リビング)

哲平M「それから俺は毎日、愛の告白を聞き続けることになった」

哲平に抱きつく千尋

千尋 「てっちゃ~ん、大好きー!」

***
・スーパー

哲平M「仕事終わりにうちに現れ」

二人で買い物をしている

千尋 「僕ねー、メロンパン好きなのー。買っていい?」
哲平 「あー」
千尋 「あ! メロンパンはてっちゃんの次に好きなんだよ? 一番はてっちゃん!」

***
・自宅(玄関)

哲平M「ことあるごとに」

玄関で千尋を送りに出ている哲平

千尋 「なんで夜なんかにお仕事あるんだろう」
哲平 「そういう仕事なんだから仕方ないだろ、行って来い」
千尋 「だって夜はてっちゃんと一緒にいるためにあるのに……」
哲平 「……」
千尋 「てっちゃん、これだけは忘れないで」
哲平 「ん?」
千尋 「愛してるよ」

***
・会社前

哲平M「好きだの、愛してるだの言われ続け」

会社から出てくる哲平
千尋が会社の前にいるのに気がつく

哲平 「あれ、ちー? どしたの」
千尋 「この近くでご飯だったのー、恵ちゃんが待ってればいいと思うよって!」
哲平 「あぁ、そう」
千尋 「僕ね、てっちゃんに早く会うために頑張ってお仕事してきたんだよ?」
哲平 「そう……それはようございました……」
千尋 「あーん、呆れた顔も大好き」

***
・自宅(リビング)

哲平M「それに慣れてしまいそうな俺も」

ソファに座っている二人

千尋 「てっちゃん、好きー」
哲平 「あー」

***
・自宅前

哲平M「そろそろイカれてきてんじゃないかと思う……」

家の前で千尋を送りに出ている哲平

千尋 「てっちゃん聞いてる?」
哲平 「なにー」
千尋 「愛してる」
哲平 「はいはい、行ってらっしゃい」
千尋 「てっちゃん、愛してるは行ってきますとは別だよ?」
哲平 「お前にとっちゃ同じもんだろー、ほら、恵ちゃん待ってんぞ」
千尋 「もー、じゃあね」

千尋、哲平の頬にキスをする

哲平 「なっ……!」

哲平M「まぁ、これは恵ちゃんにもしてることか……イタリア育ちってつくづく怖い……」

***
・会社

哲平、デスクに座っている
伸びる

哲平 「んー……あと五分……」
同僚A「加々見ー、今日用事あるー?」
哲平 「いや、別に」
同僚B「ねぇねぇねぇねぇ!」

窓際から手招きする同僚B

哲平 「ん?」
同僚B「見て、なんか入り口のとこにすっごいイケメンがいる!」
同僚A「イケメンー?」
哲平 「イケメン……」

三人で窓から外を見る

同僚B「ね! ね! スーツでオールバック! あんな人いないよ普通!」
同僚A「おぉ、ほんとだ、誰の知り合い?」
哲平 「……」

会社の前に黒のスーツにオールバックの千尋がいる

同僚B「いいなぁ、あたしもあんな人とお知り合いになりたいー」
同僚A「無理無理、ありゃ貴族だ貴族」
同僚B「えぇ?」
哲平 「すまん、今日無理だわ」
同僚A「え? あれお前の知り合い?!」
同僚B「うそうそ! 紹介して!」
哲平 「機会があったらなー、っとそんじゃ」

出て行く哲平

同僚B「えー! 絶対よー!」
同僚A「あいつ貴族だったの……?」

***
・会社前

植え込みの前に立っている千尋
哲平が会社から出てくる

哲平 「ちー!」
千尋 「あ、てっちゃーん。お疲れ様ー」
哲平 「なに、どうしたの、その格好……」
千尋 「へへへぇ。カッコイイでしょー?撮影でねー、着させてもらったのー。そしたら恵ちゃんがこのまま会いに行けーって。あとねー、ご飯食べて来いーって言ってたのね。お店予約してるんだって、てっちゃん予定あるー?」
哲平 「いや、無いけど……」
千尋 「……てっちゃんこういうの嫌? 目立つ?」
哲平 「いや、すっげぇカッコイイよ。お前やっぱ一般人じゃねぇな……」
千尋 「え~? でもてっちゃんにカッコイイって言われたらすごく嬉しい~」

哲平M「黒のスーツに髪をオールバックにした千尋は、今までに見たことないくらい、確かに格好よくて、歩くたびに人が振り返るほど、綺麗だった。喋ると普段のふわふわした顔になるのに、黙ってるとこいつはもう大人の男の顔だった」

***
・店

哲平 「な……」

店に入って言葉を無くす哲平

哲平M「恵ちゃんが予約したとかいう店に行ってみると、そこはもう俺なんかが簡単に入れるような感じの店なんかじゃなくって、こんな会社帰りの毎日着てるようなスーツで入ってもいいのかっていうか、入れてくれるのか? と思うような高級料理店だった」

哲平 「ち、ちー……。俺こんな格好でいいの……? ってか俺全然金持ってないんだけど……」
千尋 「大丈夫だよー。てっちゃん何着ててもかっこいいよ~。僕一番スーツが好きだなぁ」
哲平 「や、お前が好きとか嫌いとかじゃなくってね?」
千尋 「お金はねー、僕のおごりー。けいやくきん? が入ったの。いっぱいあるからー」
哲平 「そんな……」

***
・店

哲平M「天井にはキラキラ光るシャンデリアなんかがぶら下がってて、ピアノの生演奏なんかしちゃってたり、窓からはすんげぇ綺麗な夜景が見えるし絶対俺なんかには場違いな場所を歩かされ、通された所は、一番奥の個室だった」

丸テーブルに向かい合わせで座っている二人
哲平、メニューを持って固まっている

哲平 「……」

哲平M「メニューが読めねえよ……ここは日本だよな……」

千尋 「てっちゃん何がいいー?」
哲平 「な、なんでもいい……」
千尋 「じゃあ僕が選んであげるねー。てっちゃんワインは白と赤どっちがいー?」
哲平 「白」
千尋 「オッケー」

哲平M「スラスラなんかよくわかんないものを注文していくちーは、やっぱり俺とはもう別世界の人間に見えた。幼い頃と何も変わらないと思っていたのに、もう何もかもが変わってしまっているんだと分かった気がした。なんか惨めだなぁと、十歳も年下の男を見て思う」

***
・店

食事をしている二人

哲平 「うま……」
千尋 「ねー、おいしいねー」
哲平 「仕事、上手く行ってんの?」
千尋 「うん。楽しいよー、いろんな人がいっぱいいてね」
哲平 「そか」
千尋 「……」

千尋、哲平を見る

哲平 「ん?」
千尋 「てっちゃん、僕が他の人と仲良くするのいや?」
哲平 「はっ? いや、何で? 友達とか出来るのはいいことじゃん」
千尋 「そっかー。てっちゃんはお仕事順調ー?」

千尋、少ししゅんとする

哲平 「あぁ、まぁ」
千尋 「友達いっぱいいるー?」
哲平 「うーん。どうだろな。この年になって若い頃みたいに友達っつーのは中々な」
千尋 「そうなの? 大人って大変だねぇ」
哲平 「はははっ! 何だそれ? お前も十分大人だって。今日なんかびっくりしたし」
千尋 「大人ー? 僕まだ十八歳だよ?」
哲平 「いや、年齢とかじゃなくってさ。あの頃とは全然違うし、お前一人でもやっていけるようになってんじゃん。そういう大人って意味」
千尋 「うーん。そうかなぁ」
哲平 「自覚ない?」
千尋 「うん。だって、送り迎えは恵ちゃんがしてくれるしー、スケジュールも恵ちゃんがやってくれてるしー。僕はただ、写真撮られたり、なんか打ち合わせとか出てるだけだしなぁ。皆ね、いろんなこと言うんだけど、僕何言ってるか半分くらいしかわかんないの」
哲平 「はははっ! そんなんで大丈夫なのか?」
千尋 「恵ちゃんがね、まだ日本のこと分かりませんって言ってればいいよって言ってたよ。でも可笑しいよね、僕日本人なのにー」
哲平 「でも、イタリアに住んでた方が長いじゃん。恵ちゃんが言うのもまぁ一理あるんじゃない? そっちのが上手くいくっていうのもあるだろうし」
千尋 「そーかなぁ」
哲平 「ちーはさ、イタリアと日本だったらどっちが好き?」
千尋 「うーん。どっちも好きー。でも日本のがちょっと上」
哲平 「なんで?」
千尋 「だっててっちゃんがいるもん」
哲平 「あ……そうか……」
千尋 「うん。でもイタリアにはパパがいるからね」
哲平 「うん……」
千尋 「どっちもね、好き」
哲平 「そっか」

哲平M「あー、なんで俺こんな質問したんだろう。ちーがパパって言うのを久しぶりに聞いた。こいつに父親が二人いたことも思い出した。こんな質問するまで、忘れてただなんて俺そんなにちーのこと深く考えなかったのかと、疑問に思う」

***
・店

哲平M「食事ももうほぼ食べ終えた頃に、突然ケーキが運ばれてきた。二人用の、小さなケーキ。チョコプレートに〝ちー誕生日おめでとう〟と書かれていた」

テーブルの上にケーキが置かれている

哲平 「え?! お前今日誕生日なの?!」
千尋 「そーだよー」
哲平 「そーだよーって十八歳になったって言ってたのは?!」
千尋 「僕ねー、誕生日二つあるの。こっちがホント……あれ? あっちがホント?」
哲平 「何だよそれ……なんで二日もあんの? それより、先に言っててくれればなんか用意したのに……」
千尋 「ホントに? でも僕プレゼント貰ったよー。てっちゃんと二人でご飯食べたし」
哲平 「そんなの普段してるだろ……」
千尋 「ううん。普段とは違うよー。夜景だって綺麗だし、あのマンションからは見えないよー?」
哲平 「あー、まぁ、そうだけどさ」
千尋 「ケーキ食べようよ」
哲平 「あぁ。でもちゃんとプレゼントするから! な!」
千尋 「ふふふっ。楽しみにしてる」
哲平 「あぁ」

***
・店

千尋、窓際に立って外を見ている

哲平 「あーやばい、飲みすぎた……」

哲平、テーブルに肘をついて額に手をやる

千尋 「ずるいなぁ。僕は水しか飲めないのにー」
哲平 「や、だってこんな美味いワイン飲んだことないんだもん」
千尋 「僕が選んだんだよ? 当たり前でしょ?」

微笑む千尋

哲平M「多分すんげぇ値段なんだろうな……誕生日プレゼント何買えばいいんだよ……」

悩む哲平、ふと千尋を見る

哲平 「外そんなに綺麗?」
千尋 「うん。夜景も綺麗だけどね、月が出てるの」

哲平、千尋の隣に立つ

哲平 「あーほんとだ。満月」

哲平、窓に触れる

哲平 「あー、冷たくて気持ちい……」
千尋 「はははっ。僕の手は~? 冷たいでしょ?」

千尋、哲平の頬に触れる

哲平 「うわっ、冷てぇ……なんでこんなに冷たいの? でも気持ちいー」
千尋 「てっちゃんだいぶ酔ってるね」

微笑む千尋

哲平 「うんー」

哲平M「このとき、すぐにでも離れなかったのは、きっと酔っていたからだ」

千尋、哲平にキスをする

哲平 「……」
千尋 「プレゼント、これがいい……駄目?」

哲平M「きっと素面だったら一言怒るくらいしてたはずなんだ」

哲平 「……」

哲平、千尋から目線を外せない

千尋 「今日だけ……ゴメンね……」

少し悲しげな顔をするとキスをする千尋

哲平 「……ん……っ……」

哲平M「ふわふわする頭で、ただ目を閉じながら、俺の体温が熱いから、こいつの口の中は冷たいんだなとか、ケーキの甘い味がするだとか、考えていた」

哲平 「……っぅ……ん……」
千尋 「……ありがとう……」

離れるともう一度軽くキスをする千尋

哲平M「こんなに切ない顔をしたちーを見たのは初めてだった」

千尋 「彼女に悪いことしちゃった……」

少し俯き加減で哲平を見ながら悲しげに微笑む千尋

哲平M「今にも泣きそうな顔をしながら呟いたちーに、こんなこと言ったのも全部、酔っていたからだ」

哲平 「彼女なんか、いないよ……」

哲平、千尋を見ないで言う

***
・自宅(寝室)

哲平M「あれから、家に帰るまで何も話さなかった。店に呼んでもらったタクシーに二人別に乗って帰った。酔っていたせいで、あんなことになったのに、それを思い切り後悔すればいいのに、なんだかそんな気も起こらなくて、やっぱり俺はどうかしてしまったんだと思いながら、土曜の休日を昼過ぎまで布団の中で過ごした」

布団の中で寝返りを打つ哲平

哲平M「その日、ちーは家に来なかった」

***
・会社前

哲平M「あれから一週間経つ。ちーはあれ以来家に来ない。あんなことして、正気に戻ったのかとか、考えた。それはそれでよかったんだとも思った。そうすると、きっとちーはもう一生俺には会いにこないんじゃないかと思う。ちーにはちーの新しい世界があるし、会うのも気まずくなることを、俺達はしてしまったんだ。どっかで寂しく思ってる自分がいる……」

恵  「よークソガキ。てめぇは元気そーだな!」

止まっている車の中から声をかけられる

哲平 「恵ちゃん……」
恵  「んー?それほど元気でもないか」

恵、笑う
哲平、車に近づく

哲平 「全部知ってるんでしょう?」
恵  「いや」
哲平 「へ?ち ーは何も話さなかったんですか?」
恵  「あぁ、珍しいことにな。聞いても教えてくれなかった。とうとうやっちゃった? だからあいつ熱出したのか?」
哲平 「え? 熱? ちーが?!」
恵  「あー、お前なんも知らなかったのか? あいつ熱出して寝込んでんの」
哲平 「知らないです。あいつから、何の連絡もこないし、俺のことももういいのかと」
恵  「ばーか、あいつお前の名前ばっか呼んでるっつーの。とりあえず乗れよ」
哲平 「でも」
恵  「いいから。無理やり連れていかねぇって。話しにくいだろ?」

***
・車

運転している恵、助手席に座っている哲平

恵  「何、やったの、やってないの」
哲平 「やってませんよ」
恵  「なーんだ。じゃあやっぱただの風邪だな」
哲平 「……」
恵  「でも何も無かったってことは無いんだろ?」
哲平 「……」
恵  「何だよ、二人してだんまりか。面白くねぇな」
哲平 「ちーの誕生日。なんで二日もあるんですか」
恵  「あー、何、そのことでもめたー?」
哲平 「いえ、ただ気になって」
恵  「誕生日ねぇ。生まれたのは十一月の六日だよ。で、〝もう一回の誕生日〟が十二月の十八日」
哲平 「もう一回の誕生日って?」
恵  「〝パパ〟が家に帰ってきた日。……あいつの本当の親父が死んだ日だ」
哲平 「え……」
恵  「あいつの親父が俺じゃないってことは知ってるだろー?」
哲平 「えぇ……」
恵  「あいつの四歳の誕生日を三人で迎えられなかったんだよ。パパは病院にいたから。ケーキを一緒に食べられなかった。家にパパが帰ってきて、やっと三人になれたねって。誕生日しようって。あいつが言い出したの。それからあいつの誕生日は年に二日あるようになった」
哲平 「……」
恵  「ただそれだけの話。あいつにとっては年を取るのが十一月、本当の誕生日は十二月のってことになってるみたいだな」
哲平 「だからどっちが本当かわかんないって……」
恵  「やっぱり? まぁ別に二日あるからってどうってことないからな」
哲平 「……ちーは……今家にいるんですか?」
恵  「あぁ、寝てるよー。仕事もさせらんない」
哲平 「……会いに行ってもいいですか」
恵  「どうぞ?」

恵、ハンドルを切る

***
・千尋宅

哲平、千尋の部屋の前に立っている
ノックをする

千尋 『はい』

部屋の中から声がするとドアを開ける哲平

千尋 「てっちゃん?!」

起き上がろうとする千尋

哲平 「いいよ、寝てろ!」
千尋 「てっちゃんこんなとこ来ちゃ駄目だよー、風邪うつっちゃうよ」

ベッドの隣に行く哲平

哲平 「ゴメン。お前が風邪ひいたとか知らなかった」
千尋 「知らせたくなかったのー、恵ちゃんでしょ?」

哲平、控えめに微笑む

哲平 「……なんで、恵ちゃんに相談しなかったんだ?」
千尋 「してもいいの? きっと恵ちゃんからかうよ?」
哲平 「ははは」

声だけで笑う哲平

千尋 「……てっちゃん元気ないねー」
哲平 「え?」
千尋 「後悔してるでしょ? ……怒ってたもんね」

千尋、少し俯く

哲平 「……」
千尋 「僕ね、ずるいことしたもん」
哲平 「……」
千尋 「酔ってたからね、あの時。てっちゃん、抵抗できなかったもんね」
哲平 「後悔……」
千尋 「ん?」
哲平 「後悔、すると思ってたんだ……」
千尋 「……」
哲平 「酔ったせいにすればいいとか、思ってた。俺の方がずるいことしてた」
千尋 「いいよ、それで。それが普通だよ」
哲平 「お前が普通とか言うなよ……」
千尋 「どうして?」
哲平 「一番似合わない言葉」
千尋 「普通が?」
哲平 「うん」
千尋 「そうかなぁ」
哲平 「……」

困った顔をする千尋を見て少し笑う哲平

千尋 「僕ね、誕生日を恵ちゃん以外の人とするの初めてだったんだ。それがてっちゃんでさ、それだけで十分プレゼントだったのに、欲張っちゃった」
哲平 「……」
千尋 「だから罰が当たったんだよね。お仕事にも出らんなくて、恵ちゃんにも迷惑かけちゃった」

千尋、声だけで笑う

哲平 「……ちーは」
千尋 「ん?」
哲平 「ちーは、どうして俺のことなんか好きなんだ……?」
千尋 「……」
哲平 「俺あの時びっくりしたよ。お前すっげぇ格好よくて、綺麗で、見たこと無い顔しててさ、正直、ドキドキしたんだ……」
千尋 「……てっちゃん……」
哲平 「でも、やっぱりお前が俺なんか好きになる理由がわかんなくって、俺はあの時からなんにも変わんなくて、年取っただけで……昔はさ、俺のが年上で、お前はなんかふわふわしてたし、俺が守ってやろうとか、そんなこと思えもしたけど、今はもう俺なんかいなくてもちゃんと仕事だって出来るし、俺が必要な理由なんか見つからなくて」
千尋 「てっちゃん。それちがうよー」
哲平 「え?」
千尋 「人を好きになるのに、好きな人に傍にいてもらうことに、理由なんかいるの?」
哲平 「でも」
千尋 「どうしてもいるなら、言うよ」
哲平 「え……」
千尋 「僕が生きるために必要なんだよ。てっちゃんは」
哲平 「生きる……?」
千尋 「僕はてっちゃんがいるから生きていけるんだよ。この十四年間、てっちゃんだけのことを思って生きてきたんだ」
哲平 「そんな……」
千尋 「きっかけはね、手を繋いだことなんだ」

微笑む千尋

哲平 「手を繋ぐ?」
千尋 「うん。僕が初めて日本に来て、初めててっちゃんに会ったとき、遊ぼうって言って、真っ先に手を差し出してくれたんだ。その手がね、僕の知ってる手だった。僕はその手を二つ知ってる。恵ちゃんと、パパの手。その手は一生懸命に僕を守ろうとしている手。それが同じだった。それから何人もの人と手を繋いだけど、同じだったのはてっちゃんだけだった」
哲平 「……」
千尋 「それで、あの時結婚してねって言ったら、ぎゅーって抱きしめて、いいよって言ってくれたの。恵ちゃんとパパも同じだったよ」
哲平 「恵ちゃんとパパも……?」
千尋 「うん。恵ちゃんとパパ、結婚したんだよ」

微笑む千尋

哲平 「え……」
千尋 「あれ? 知らなかったの?」
哲平 「あ、いや、……うん」
千尋 「そっかー。じゃあ恵ちゃんは秘密にしてたのかなぁ? 怒られちゃうねぇ」
哲平 「あぁ……」

笑う千尋

千尋 「大きくなるに連れてね、あの時の約束はもしかしたら嘘かもしれないとか、もう忘れてるかもしれないとか、思ってたけど、でも会いたいって気持ちのほうが大きかったから」
哲平 「それで俺は、忘れていたし、嘘だって言ったのか……」
千尋 「はははっ」
哲平 「ごめん」
千尋 「いいよ、だってキスしたの、後悔してないんでしょう?」
哲平 「……うん」
千尋 「それは僕のこと好きってこと?」
哲平 「……正直俺自身わからない……」
千尋 「そっかー。でも嫌じゃなかったんだよね?」
哲平 「うん……」
千尋 「てっちゃん怖かっただけだよ」

千尋、哲平の頬に触れる

哲平 「え?」
千尋 「誰でも知らないところに行くのは怖いでしょ? どうなるかわからないの怖いでしょ? でもね、僕がその怖いの取ってあげる」

千尋、哲平に軽くキスをする

哲平 「なっ……!」
千尋 「軽くだったら風邪うつんないでしょ?」
哲平 「そういう─」
千尋 「でも僕にとってキスなんか日常茶飯事でー」
哲平 「俺は日本育ちなんだ!」
千尋 「あははははっ! うん。わかった。ごめんね」
哲平 「ごめん。こんな時にする話じゃなかったな。お前しんどいのに」

申し訳なさそうにする哲平

千尋 「いいよ。もう明日には治りそう」
哲平 「え? なんで?」
千尋 「てっちゃんの魔法のキスで治っちゃうから」
哲平 「お前恥ずかしいことを軽々と……」
千尋 「恥ずかしい?」

首をかしげる千尋

哲平 「いや、なんでもない、きっとお前には一生わかんない」
千尋 「え~?」
哲平 「じゃあ俺帰るよ。しっかり寝ろよ?」
千尋 「は~い」

哲平、部屋を出ようとする

千尋 「てっちゃん!」
哲平 「ん?」
千尋 「愛してるよ」
哲平 「お前は……」
千尋 「へへへ」
哲平 「受け取っておくよ」

***
・玄関

恵、玄関で車のキーを振り回している

恵  「送りますよー」
哲平 「それは珍しい」

***
・車

恵、運転している
助手席に座っている哲平

哲平 「恵ちゃんの謎が一つ解明された気がするよ」
恵  「は~? 何」
哲平 「俺ずっと恵ちゃんの名字がどうして急に変わったのか不思議だったんですよね」
恵  「あいつ、言いやがったか」
哲平 「はい」
恵  「まぁそういうことだな。別に隠してたわけじゃねぇけど、大人は全員知ってたしな」
哲平 「じゃあ正式にはちーの兄ってことになるんですか?」
恵  「んー、戸籍上は」
哲平 「そうですか」
恵  「類は友を呼ぶってやつだな」

笑う恵

哲平 「……」
恵  「でもお前がそうってことは血かもしれねぇな。兄貴には黙っといてやるよ」
哲平 「まだそうなったわけではないです」
恵  「同じようなもんだろ、お前帰ったらうがいしろよ。軽くでもうつるぞ、風邪」
哲平 「は?! なんで知って?!」
恵  「勘。当たってたか」

笑う恵

哲平M「恵ちゃんは相変わらず豪快に笑っていたけど、どこか嬉しそうだった。恵ちゃんには黙っていたけど、実はもう一つ分かっていた。どうして親戚連中が恵ちゃんと少し距離をとっているのか。恵ちゃんがイタリアからちーを連れて帰ってきた後から皆がどこかよそよそしくなっていた気がしていた。それは昔から豪快なことをしでかしていた恵ちゃんだからまた何かしたんだろうとか思ってはいたけど、そんな簡単なことではなかった。俺もそれに片足突っ込んでることになるんだ」

***
・自宅(寝室)

ベッドに寝転びながら手を天井に向けている

千尋 『それから何人もの人と手を繋いだけど、同じだったのはてっちゃんだけだった』

哲平M「この手があいつをそんな気にさせたのは、きっと何も知らなかったからだ。よそよそしくはなったけど、はっきりと拒絶をしなかった大人たちは、ちーのこともはっきりとさせなかった。全く血が繋がらないであろう、ちーを疎外もしなければ、心から受け入れようともしなかった。それをちーは幼いながらに感じ取っていた。守ってくれる手を知っていたから」

哲平 M「俺がもし、その頃ちゃんと、事情を知っていたら、どうしてたんだろう……」

***
・自宅(リビング)

ソファに寝ている千尋の布団を剥ぐ哲平

哲平 「おいちー! 起きろよ! 今日八時からなんだろ?」
千尋 「やだー。寝たのさっきだもーん」
哲平 「わざわざこっちにくるからだ! 家帰って寝ればいいものを! ほら! もうすぐ恵ちゃん来るぞ!」
千尋 「だって眠いー……」
哲平 「恵ちゃんにケツ叩かれても俺助けねぇからな!」
千尋 「うんー……てっちゃんが叩いてよー」
哲平 「はぁ? 分けわかんないこと言ってないで起きろって!」

クラクションの音が聞こえる

哲平 「ホラ! 来た!」
千尋 「うわ~ん。皆で僕をいじめる……」

ふらふら立ち上がり枕を持ったまま玄関に向かう千尋

哲平 「あ! おい! 服着替えろ!」

玄関の扉が開くと恵が入ってくる
千尋と哲平を見て呆れる恵

恵  「はぁ~…御戯れの所申し訳ありませんがね、お仕事なんですよ。昨日何時まで遊んでたんだ?!」
千尋 「さっきまでー。ねぇ恵ちゃん僕眠くてお仕事できないー……」
恵  「おいクソガキ! うちの息子弄って遊ぶのはいいけど、ちゃんと次の日のことを考えてしろ!」
哲平 「はぁ?! 何のことですか! 俺は何にもしてません!」
恵  「え? 俺はてっきりお前が上だと思ってた。お前ネコか」
哲平 「何の話をしてるんですか! 俺も仕事なんですよ! さっさと出て行け馬鹿親子!」
恵  「こえぇ~。ちーなんでこんな奴がいいの?」
千尋 「え~なに~?」
恵  「まぁいいや。んじゃなー」

出て行こうとする恵

哲平 「あ! 待って! 服!」

千尋の服を持っていく哲平

恵  「あ、こいつジャージかよ。車ん中で着替えろ」
千尋 「うんー。あ、待ってー。てっちゃ~ん」

戻ってくる千尋

哲平 「何」

千尋、哲平にキスをする

千尋 「愛してるよ」
哲平 「な……」
千尋 「じゃ~ね~」

去っていく千尋
哲平、呆然と立ち尽くす

哲平M「あいつは相変わらずです……」

***
・会議室

沢山の人が座っている

スタッフA「えーでは、今回の写真集のカメラマン、相模暁《さがみさとる》さんから一言お願いします」
暁   「相模暁です。えー、ファースト写真集ということですが、千尋くんの普段の仕事を拝見させてもらったところ、カナリいけると思うので、最初から狙って行きたいと思います。千尋くん、よろしくね」

暁、千尋に向かって笑う
千尋、表情だけで笑う

千尋  「よろしくお願いします」

***
・楽屋

千尋、椅子に座りながら伸びる
恵、隣に座っている

千尋 「恵ちゃーん、今日何時に終わるの~?」
恵  「あー、お前の頑張り次第だけど、八時九時には終わるよー?」
千尋 「じゃーてっちゃんちまで送ってねぇー」
恵  「おぉ。でもお前程々にしとけよ? あいつも仕事あるんだから。翌日に響くようなのはー」
千尋 「えー、大丈夫だよー。僕達ゲームしてるだけだもん」
恵  「ゲーム? ……如何わしいゲーム?」
千尋 「違うよー」
恵  「何? お前ら何にもしてないの?! まだ?!」
千尋 「してないよー」
恵  「何で?! 付き合ってんじゃねぇの?!」
千尋 「わかんないー。でもてっちゃんキスしても怒らなくなったよー?」
恵  「こんな可愛いのが目の前で寝てるのに何もしないだなんて! あいつは不能か?!」
千尋 「あははは~」
恵  「もうお前無理やりやっちゃえばいいじゃん。それかまた酔わせろ」
千尋 「恵ちゃん、無理やりは犯罪だよ~?」
恵  「あ~、俺の可愛い息子があんなクソガキに手を出してもらえないなんて……」

恵、千尋を抱きしめる
ノックがすると離れる二人

恵  「どーぞー」

扉が開きスタッフAが顔を出す

スタッフA「準備完了しましたので、スタンバイお願いします」
恵  「はーい。ほら、千尋行ってこい」
千尋 「はい」

***
・スタジオ

撮影をしている千尋

カメラマン「千尋くん今日ノってるねぇ~」

千尋、軽く笑う

カメラマン「いいよいいよ~」

遠くでそれを見ているスタッフB、C

スタッフB「千尋くん、やっぱカッコイイよねぇ~」
スタッフC「ホント、無口だけどさー、それがさらに引き立てるというか」
スタッフB「帰国子女だって? イタリアから」
スタッフC「そうそう、でも謎が多いんだよね、仕事も写真オンリーだし、インタビューも受けないっていうんだから」
スタッフB「あーでもそれって日本語が分からないからって聞いたけど?」
スタッフC「違うよー、イタリア育ちで、口を開けば誑し込んじゃうからマネージャーの永久さんがきつーく言い聞かせてるって!」
スタッフB「え~、千尋くんになら誑しこまれた~い」
スタッフC「ね~」

***
・楽屋

千尋、椅子に座りながら伸びる
傍に立っている恵

千尋 「もう終わり? 永久さん」
恵  「あぁ」
メイク「今日も順調でしたねー。写真集、楽しみにしてるんで頑張ってください!」
千尋 「ありがとう」

千尋、表情だけで笑う

恵  「それじゃあ、お疲れ様です」
千尋 「お疲れ様」
メイク「お疲れ様でーす!」

出て行く二人

***
・廊下

暁  「あ、いたいた」

千尋に気がついて近寄ってくる暁

恵  「ん?」
暁  「お疲れ様です。もうお仕事これで終わりですか?」
千尋 「えぇ」
暁  「親睦深めがてら、食事に誘いたいんですが、いかがでしょう?」

暁、恵を見る

恵  「えぇ、どうぞ」

千尋、恵を見る

暁  「あ、予定があったかな?」
千尋 「いえ、喜んでご一緒させてもらいます」
暁  「それはそれは」
恵  「それでは、私はここで失礼します。千尋」

千尋に耳打ちをする恵
聞こえないように会話する二人

恵  「あんま喋んなくていいから、〝地〟だけは出すなよ!」
千尋 「恵ちゃんの馬鹿ー」
恵  「営業だと思え営業!」
千尋 「営業ってなぁにー」
恵  「いいから! さっさと行け!」

離れる二人

恵  「じゃあ、明日は十時だから」
千尋 「お疲れ様です」

***
・店

静かなレストランで食事をしている千尋と暁

暁  「こういう店は気に召さなかったかな?」
千尋 「いえ、とても雰囲気も良くて、料理も美味しいです」

微笑む千尋

暁  「無口なのは元々? それともキャラ設定?」
千尋 「どうでしょう?」

笑う千尋

暁  「中々崩せそうにもないね」

暁、笑う

暁  「イタリア帰りだって聞いたけど、お母様はイタリア人?」
千尋 「いえ、日本人ですよ」
暁  「じゃあ生粋の日本人なわけだ。確かに永久さんも凄く綺麗な顔をしていらっしゃるけど、お母様もさぞ綺麗な方だろうね、一度お会いしてみたいよ」
千尋 「……母は、もう他界しているんです」
暁  「そうか……すまない」
千尋 「いえ、お気になさらず。僕が生まれてすぐに亡くなったので、僕自身覚えてないんですよ」
暁  「そうか。写真の仕事しかしないのは何故?」
千尋 「話すのがあまり得意ではないので。そうだ、僕は写真に詳しくは無いんですが、この間、相模さんの写真集を拝見させていただいたんです。僕あの、風景写真が凄く好きです。イタリアの」
暁  「あぁ、見てくれたの。ありがとう」
千尋 「日本に帰ってきてまだそれほど経っていないのに、なんだか凄く懐かしくて、写真だと思えないくらい素晴らしかった。特にあのAngel's Ladder《エンジェルラダー》」
暁  「あぁ」
千尋 「僕あの近くに住んでいたんです。あそこにはパパが……あ、いえ、父が」
暁  「ふふふっ」
千尋 「あ、あの」
暁  「いや、すまない。やっぱり君のはキャラ設定だね。噂とはまったく違うじゃないか。無口だなんてまったくの嘘」
千尋 「あっ……」
暁  「やっぱり食事に誘ってよかったよ。君の本質を垣間見れた。この調子だと、いい写真が撮れそうだよ。よろしくね」
千尋 「はい」

まずいという顔をする千尋

***
・街

哲平、仕事終わりで同僚Aと同僚Bと歩いている
反対車線に千尋と暁を見つける

哲平 「あっ……」

哲平M「ちーと……誰だ? ちーが恵ちゃん以外の人といるなんか珍しいな……。仕事の人か」

同僚A「何? あ、この前の貴族の子じゃん」
同僚B「うそうそ! どこ?!」
同僚A「あっちの歩道」
同僚B「ほんとだー! ねぇ加々見くん! いつ紹介してくれるの?!」
哲平A「え? あ、紹介? あー、いつだろう?」
同僚B「何それー、あーでもやっぱあれくらいの上玉だと女の二人や三人いるかぁ」
同僚A「そうそう、貴族は一般人なんかに手出さないのよー」
同僚B「はぁ~」
同僚A「でも何、加々見はどういう知り合いなわけ? お前も貴族……なわけねぇよなぁ」
哲平 「失礼だなぁ。従兄弟だよ従兄弟」
同僚A「従兄弟?! じゃあやっぱお前も貴族か!」
哲平 「なんだそりゃ。飲みに行くんだろー? さっさと行こうぜ」

***
・自宅(リビング)

風呂上りでテレビを見ている哲平
扉が開く

哲平 「ん? ちー?」

玄関の方を確認する哲平
千尋が入ってくる

千尋 「てっちゃーん」
哲平 「何、お前、またこっちに来たの?こんな遅いんだったら恵ちゃんとこ帰れって。また怒られるよ?」

千尋、哲平を後ろから抱きしめる

千尋 「シャンプーのいい匂いがするー」

千尋、首筋に顔を埋める

哲平 「おい、ちょっと、くすぐったいからやめろ! っつかお前酒くせぇぞ! 飲んだのか?!」
千尋 「ちょっとだけね」
哲平 「てめぇ未成年だろうが」
千尋 「イタリアでは十六歳から飲めるよー」
哲平 「ここは日本!」
千尋 「あーん。意地悪」

千尋、哲平を膝の上に倒してキスをする

哲平 「んっ……!……ちょっとっ……ちー!」
千尋 「いやー?」
哲平 「だってっ……お前……酔ってるじゃん」
千尋 「ちょっとだけだよ?」

キスをする千尋

哲平 「……んっ……ぅ……」
千尋 「てっちゃん。なんか薬みたいなの飲んだでしょ」
哲平 「え……?」
千尋 「苦い……」
哲平 「嫌ならどけ!」

哲平、千尋から逃れる

千尋 「え~」
哲平 「もー、明日何時から?」
千尋 「十時ー」
哲平 「じゃあさっさと風呂入って寝ろ」
千尋 「一緒に入ろー?」
哲平 「嫌だ! 俺はもう入ったし!」
千尋 「男同士なのに何が恥ずかしいの?」
哲平 「お前はいろいろ普通じゃないんだ! ばーか!」
千尋 「ひどいー!」

***
・自宅(寝室)

哲平、違和感を感じて目を覚ます

哲平 「……ん……って! ちー?」

隣に寝ている千尋

千尋 「……スー……スー……」
哲平 「なんでお前がここで寝てんだよ……」
千尋 「……んー……スー……スー……」
哲平 「まぁいいか……」

寝る哲平

***
・自宅(寝室)

朝、鳥の鳴き声が聞こえる
目覚ましが鳴っている

哲平 「んー……」

目覚ましを止める

哲平 「おい、ちー。起きろ。お前仕事だろ……」

目を瞑ったまま声をかける哲平

千尋 「んー……後五分……」
哲平 「また恵ちゃんに怒られるよー」
千尋 「やだー……」
哲平 「だったら起きろって、もう来るよー」
恵  「もう来てるよ」

寝室の戸口に立ってる恵

哲平 「な!」

飛び起きる哲平

恵  「仲良くご就寝のところ申し訳ないのですが、例によって、千尋さんはお仕事なのでお貸しいただいてもよろしくって?」
哲平 「恵ちゃん目が笑ってないです……」
恵  「おいちー! さっさと起きろ! 次こんなだったらもうこっちに来させないからな!」

布団を引っ張る恵

千尋 「やだー……恵ちゃんの意地悪ー……」

布団を離さない千尋

恵  「そういうことは布団から出て言え!」
千尋 「はーい……」

すごすごと布団から出る千尋

恵  「お、なんだちゃんと服着てんじゃん」
千尋 「えー?」
恵  「酔った勢いでやっちゃったんじゃないの?」
哲平 「やってません!」
恵  「なーんだ。つか! なんで同じ布団で寝てやる気になんねぇの?!」
哲平 「てめぇと一緒にすんな!」
恵  「おいちー! こいつ絶対不能だ! やめとけこんな奴!」
千尋 「恵ちゃん大丈夫だよー。ちゃんと勃つよーてっちゃんの」
哲平 「はぁ?!」
恵  「なんだやってんじゃん。嘘つき」
哲平 「やってねぇって言ってんだろ?! ちーなんでそんな!」
千尋 「昨日布団に入ってー、触ってみたら、ちゃんと勃ったもん」
哲平 「はぁ?!」
恵  「昏睡させてやったのか……ちー、それは無理やりより酷いよ?」
哲平 「う、うそだ!」
千尋 「無理やりなんかやってないよー。触っただけ。へへへぇ」
哲平 「ななななっ!さっさと出て行け変態親子!」
千尋 「うわ~ん!」

***
・車

運転している恵、助手席に座っている千尋

千尋 「ねぇ恵ちゃんー」
恵  「んー?」
千尋 「あのカメラマンの人にね、ちょっとだけ演技ばれちゃった」
恵  「え? 何で、喋っちゃったの?」
千尋 「うんー、写真のね、話したらね、無口っていうの嘘だねーって」
恵  「それだけ?」
千尋 「うーん。その後、別のお店行ってー、お酒飲んでー、もうちょっとばれっちゃったかも」
恵  「もうちょっとってどれくらい」
千尋 「うーんとね、好きな人がいるって言っちゃった? 言わされた?」
恵  「はぁ? 何それ」
千尋 「それでねー、恋することは、いいことだよ。って言ってた」

暁の真似をする千尋

恵  「ふーん」
千尋 「あと、可愛いねーだって」
恵  「ふん。ちょーっと危ないかもなぁ」
千尋 「やっぱり駄目だった? 怒った?」
恵  「怒んないよ。まぁ二人で行かせたのは俺だしな。やっぱ俺も行った方がよかったか。作戦しっぱーい」
千尋 「しっぱーい?」
恵  「うん。でもお前その後どっか行った? こっち来て約束したのちゃんと覚えてる?」
千尋 「その後てっちゃんちに帰ったよ、あの人とは何にもしてないよー。てっちゃん怒っちゃうんでしょ?」
恵  「じゃーいいや。ちゃんと約束守れてるんだったら。でも気をつけろよ? 多分狙われてんよ、ちー」
千尋 「え~? あの人そんな人じゃないよー、多分」
恵  「お前の読みはあてになんねーよ。さぁ、今日もキビキビ働きましょー」
千尋 「はーい」
恵  「あとさ、お前らそろそろちゃんとケジメつけろよ。宙ぶらりんでちゅーばっかしてんじゃねぇ」
千尋 「何それ、駄洒落? 恵ちゃんもおじさんになったねぇ」
恵  「憎たらしいのはこの口か!」

千尋の頬を摘む恵

千尋 「やーん! あははははっ!」

***
・自宅(寝室)

朝、鳥の鳴き声が聞こえる
目覚ましが鳴っている

哲平 「んー……」

目覚ましを止めると起き上がる哲平

哲平 「……」

哲平M「珍しく来なかったな……仕事忙しいのか……?」

***
・自宅(リビング~玄関)

テレビからニュースが流れている
それを見ている哲平

哲平 「ふぁ~あ……」

哲平M「写真集だったっけ……まぁ忙しいんだろな」

玄関の扉が開く

千尋 「てっちゃーん……」

千尋が入ってくる

哲平 「え? ちー?!」

***
・自宅(玄関)

玄関に座り込む千尋

哲平 「何、どーしたの。もう朝だぞ?」
千尋 「今までお仕事だったのー……」
哲平 「じゃあ寝てないのか?! なんでこっちくんだよ! 家に帰って寝ろよ!」
千尋 「だってーてっちゃんに会いたかったんだもん……」
哲平 「……。はぁ、まぁとりあえず中入れ」
千尋 「立てないー」
哲平 「はぁ? もう、ホラ、あっちまで頑張れ」

肩を貸す哲平
哲平に抱きつく千尋

千尋 「あ、てっちゃんの匂いだ~」
哲平 「んなこと言ってないでまっすぐ歩けー」
千尋 「う~ん……」

***
・自宅(リビング)

千尋をソファに降ろす哲平

哲平 「で? どうすんの、ここで寝てる? 俺もう仕事行かなきゃいけないし」
千尋 「うんー。てっちゃんお仕事何時まで?」
哲平 「今日は七時」
千尋 「じゃあ入れ違いになっちゃう……」
哲平 「お前七時から仕事なの?」
千尋 「うん」
哲平 「そっか、仕方ないな」
千尋 「僕、てっちゃんに会えないんだったらお仕事なんかしたくない……」
哲平 「何言ってんだよ、仕事楽しいんだろ? それにお前一人の問題じゃないんだろうし、俺に会えないだけでそんなこと言うなよ。いつでも会えるじゃん」
千尋 「でも僕お仕事するために帰ってきたんじゃないよ。てっちゃんに会うために帰ってきたのに。こっちに帰ってきたらてっちゃんとずーっと一緒にいれると思ってたのに……」

哲平M「だからそれは恵ちゃんの……」

哲平 「……うーん。でも俺お前の写真集楽しみにしてるんだけどな」
千尋 「え?」
哲平 「写真集、撮ってんだろ? 今。それ見たいな、俺」
千尋 「ホント?」
哲平 「うん。だから頑張ってお仕事して、早く俺に見せてよ」
千尋 「てっちゃんがそう言うなら頑張る……」
哲平 「うん、まぁ俺そういう仕事のことなんか全然わかんないけどさ、お前にしかできないことなんだから、精一杯頑張って来い! ちーが辛くない程度にこっち来てもいいから、な?」
千尋 「うん! じゃあベッドで寝ていいー?」
哲平 「いいよ」
千尋 「わーい!」

***
・スタジオ

スタッフA「休憩入りまーす!」

千尋、椅子に座る

恵  「最近忙しいのに調子いいね。なんかあった?」
千尋 「楽しみに待ってる人がいるんで」

千尋表情だけで笑う

恵  「あー、なるほどね。そういえばあいつ」
暁  「千尋くん、ちょっといいかな」
千尋 「はい」
暁  「次のセットでのことなんだけど」
千尋 「えぇ」

恵M 「……まぁいいか」

***
・楽屋

椅子に座っている千尋、恵を見る

千尋 「恵ちゃん、なんか話あるらしくって、暁さんとご飯行ってきていい?」
恵  「ん? あぁ……いいけど、お前大丈夫なの?」
千尋 「大丈夫だよ? あれ以上バレてないからー」
恵  「あぁ、まぁそれだったらいいんだけどさ……」
千尋 「なぁに?」
恵  「あ、いや、別に。んじゃ俺先帰ってるからな」
千尋 「はーい。お疲れさまー」
恵  「うぃー」

***
・自宅(寝室)

哲平、カレンダーを見ている

哲平M「今日で一週間……か……」
哲平M「ちーは仕事が相当忙しいらしく、毎日どんな時間でもこっちに顔を出していたのに、あの日以来、ぱったり来なくなった。あいつがイタリアにいる時は、それが当たり前だったのに、なんだかこの家で一人でいるのが寂しいと思ってしまうようになった。写真集の撮影ってどのくらいかかるんだろう、とか考えても想像も付かないことを考えてしまう。ちーに会いたいと思うこの気持ちは、恋愛感情としてなのか、それとも、ただ一緒にいて楽しいからなのか、俺自身まだ分かっていなかった」

ベッドに寝転んで携帯を眺める

哲平M「電話ってしていいものなのか……?」
哲平M「仕事中だったら……。そんなことを思ってやめようと思ったのにふと連絡が無かったときのことを思い出す。今度は俺から連絡を取るべきなんじゃないか?」
哲平M「仕事中だったら出ないだろうし……、もし出なかったら留守電にでもメッセージ入れとけばいい」

電話をかける
呼び出し音が鳴る

千尋 『もしもし?』
哲平 「あ、ちー?」

哲平M「……静かだ……」

千尋 『てっちゃん、久しぶり』

千尋、話し方がいつもと違う

哲平 「あ、あぁ。お前今家?」
千尋 『ううん、ちょっと仕事関係で』
哲平 「え? あ、ごめん。まずかったな。別に用事は無いんだ。どうしてるかなと思って。切るよ。ごめんな」
千尋 『うん、ごめん……』
暁  『いいよ、私のことは気にしないで』

哲平M「……男の声……仕事相手か」

千尋 『いえ、すみません。てっちゃん、ごめん、また僕のほうからかけなおすから』
哲平 「……あぁ、ごめんな。じゃあ」
千尋 『おやすみなさい』
哲平 「……おやすみ」

電話を切る

哲平 「……」

哲平M「聞いたことも無い話し方をしていた。それに驚いた。でも、そんなもの仕事の上の話で、きっとそれは恵ちゃんの指示で、別になんて事の無いことなのに、それなのに、何故か……ちーがどんどん遠くに行ってしまう気がする。ちーは俺のものでもなんでもないのに、それが今まで普通のことだったのに」

ベッドに倒れる

***
・会社

終業時刻、帰ろうとする哲平

同僚A「加々見ー、飲みいかねぇ?」
哲平 「すまん、ちょっと用事あるから今日はパス」
同僚A「そっか、うん。わかった。じゃーな、お疲れさん」
哲平 「あぁ、お疲れ様」

***
・自宅(リビング~玄関)

哲平M「今日で十日目。自然と俺は家にいるようになっていた。いつちーがうちに来てもいいように。いつでも会えるように。でも、一向に現れない……。電話も、あれからかかってこない……」

テレビを見ている哲平
インターホンが鳴る

哲平M「ちー?」

急いで玄関を開ける

哲平 「お前今まで!……あ、……すみません……」

隣人が立っている

隣人 「いえ、あの回覧板です。それじゃあ」
哲平 「ご苦労様です」

扉を閉める

哲平 「……」

哲平M「何で連絡してこないんだよ……。一言くらい……話す時間あるだろ……」
哲平M「時が経つに連れて、会いたい気持ちが大きくなる……あんなに毎日一緒にいたのに……」

千尋 『てっちゃん、ごめん、また僕のほうからかけなおすから』    

哲平M「嘘つき……。何がかけなおすだ。何が好きだ。愛してるだ……。全部嘘だったのか……?」

***
・街

会社帰りで一人で歩いている哲平

哲平M「こっちからまた連絡なんかできっこなかった。恵ちゃんに連絡するのも気が引けた。最後に会った日の、ちーとの会話もなんだかぼんやりとしか思い出せない。あの電話での会話がそれを阻む。あんな声知らない。あんなのちーじゃない。俺の知ってるちーは、もういないのか……?」

車のクラクションが鳴る
それに驚いて車道を見る
反対車線の歩道に千尋を見つける

哲平 「……ぁ……」

哲平M「ちーだ……間違いない……あれはちーだ……誰かと一緒なのか? 姿は見えないけど……」

すぐ後ろの信号が青になる

哲平M「一言だけ、一言でいいから話がしたい……!」

哲平、信号を渡る
近づいていくが、千尋の前に車が現れる
その車の中の男と何か話をしている千尋

哲平M「くそっ! もう行ってしまうのか……?!」

哲平 「ち──っ!」

呼ぼうとすると同時に、千尋、車の中の男とキスをする

哲平 「……な……ん……」

楽しそうに話をしている千尋と男
見てられなくなって走り去る哲平

***
・自宅(リビング)

ぼーっとテレビを見ている哲平

哲平 「……」

電話が鳴る
画面に千尋の名前が表示されている

哲平M「……ちー……」

呼び出し音が鳴り続ける
画面を見つめたまま出ようとしない哲平
少しして留守電になる

哲平M「何してんだ……俺……」

***
・街

会社帰りの哲平、一人で歩いている

哲平M「それから何度も電話があった。でも出られなかった。留守電も聞いていない。怖かった。きっと俺のことはもういいと言うに決まっているんだから。きっとあの時と同じ声で、話し方で、俺に別れを告げるんだ……」
哲平M「何考えてんだ……まだ何にも始まっていないのに……」
哲平M「そう思ったらなんだか笑けてきた。思えば初めからおかしな話だったんだ。俺もおかしくなってたんだ。俺はもういらないと、そう告げられたところで、何も変わらない。だって俺達は従兄弟なんだから、初めから、ただの従兄弟だったんだ。それでいい。それが普通。十歳も年下の奴に、何を思ってるんだか……」

電話が鳴る
画面を見ると千尋の名前が表示されている

哲平M「ちー……、いや、もう分かったことだろ? 普通に、元に戻るんだ」

電話に出る

哲平 「もしもし?」
千尋 『てっちゃん!?』
哲平 「なんだよ、でっかい声出して。聞こえてるよ」
千尋 『僕何度も電話したんだよ! どうして出てくれなかったの?! 留守電聞いた?!』
哲平 「ごめん、忙しかったんだ」
千尋 『そっか、ゴメンね。てっちゃんもお仕事あるもんね。あのね、僕もずっと撮影してて電話しようと思ってたんだけど、なかなか出来なかったんだ、ホントにごめんね』

哲平M「……嘘だ…」

哲平 「あ、あぁ、分かってるよ。あの時、ごめんな。仕事中だったんだろ?」
千尋 『ううん、いいの、僕の方こそ……、あのねてっちゃん、今から会えない?』
哲平 「今……から……?」
千尋 『うん、てっちゃんお仕事終わった?』
スタッフA『千尋さーん!あ、お電話中すみません』
千尋 『あ、はい。てっちゃんごめんちょっと待って』

話し方が変わる千尋

哲平M「……あの時の……話し方……」

哲平 「っ……い、いいよ。切るよ。仕事中なんだろ?」
千尋 『待って! 切らないで! すぐ終わるから!』
哲平 「ちー」
千尋 『お願い。切らないで』
哲平 「わ、わかった……」
千尋 『すみません。何ですか?』
スタッフA『あの、撮り逃しがあったみたいで、相模さんがお呼びなんですけども……』
千尋 「わかりました。すみませんが、少し待っていただくようにお伝えできませんか?」
スタッフA『はい。それでは、失礼します』
千尋 『てっちゃん? ごめん、今から』
哲平 「仕事だろ。行けよ。俺となんかいつでも会えるって言ったじゃん」
千尋 『いいから、僕のことは気にしないで。ホントは今日これで終わりなんだよ。どうしても仕事しなきゃいけなくても、すぐに終わらせるから。お願いだから会って。僕話したいこと沢山あるんだ』
哲平 「話したい……こと……」
千尋 『お願い。てっちゃん……』

哲平M「これで……終わりだ……」

哲平 「分かった。待ってるよ」
千尋 『ありがとう。すぐに行くから!』

***
・自宅(リビング~キッチン)

哲平M「電話を切るとなんだか急に力が抜けた。変に喉が乾いて、落ち着かない」
哲平M「俺、やっぱりおかしい……別にふられるわけでもないのに……従兄弟に好きな奴が出来たってだけ。それを俺は祝福してやるんだよ。それくらいどうってことないだろ? 初めに俺があいつに言ってやったことじゃないか……)

玄関の扉が開く
千尋が入ってくる

千尋 「てっちゃん!」

千尋が入ってくるのを見て、立ち上がり
キッチンに行って冷蔵庫を開ける哲平

哲平 「よう。久しぶり。その辺座れよ、何飲む? 水?」

千尋、後ろから抱きつく

哲平 「っ……!」
千尋 「てっちゃん」
哲平 「な、何だよ……急に抱きつくなって……離せよ……」
千尋 「やだ」
哲平 「……離せって……」
千尋 「やだ。すっごく会いたかった」
哲平 「っ!」

哲平、千尋の腕を振り解こうとする

哲平 「離せって言ってんだろ!」
千尋 「……てっちゃん……?」
哲平 「なにが……会いたかっただ……」
千尋 「え……?」
哲平 「何しに来たんだよ?! さっさと言うこと言えよ!」

哲平M「こんなこと言うはずじゃない……」

哲平 「嘘ばっか言ってんじゃねぇよ……」

哲平M「こんなこと言いたかったんじゃない……」

哲平 「会いたかったなんか……」
千尋 「どういうこと……?」
哲平 「俺が聞きてぇよ……」
千尋 「わかんないよ! どうして僕が嘘なんか」
哲平 「嘘だろ……全部……俺見たんだ……」
千尋 「見た?」
哲平 「一昨日の夜、お前駅前にいただろ」
千尋 「……うん」
哲平 「俺、お前がいるの見つけて、声かけようと思って、近くに行ったんだ」
千尋 「……」
哲平 「そしたらお前、知らない奴と……キス……してた……」
千尋 「ぇっ……」
哲平 「楽しそうに、笑ってた……」
千尋 「てっちゃん」
哲平 「もう俺なんかどうでもいいんだろ? もうどうでもいいって言いに来たんだろ? それならさっさと言ってくれ……いつもの様になんか、しなくていいから……そうじゃないと俺」
千尋 「てっちゃん!」
哲平 「……」
千尋 「ごめん。謝るよ。本当にごめん」
哲平 「っ……」
千尋 「でもね、僕てっちゃんのことどうでもいいだなんて思ったことないよ! そんなこと言いに来たわけでもない!」
哲平 「じゃあ何で! お前認めた……」
千尋 「あのキスはそんなキスじゃない!」
哲平 「……そんな」
千尋 「僕、小さい頃からの癖なんだ。恵ちゃんとパパがいっつも僕にキスしてくれてたから、それが抜けなくて、でも皆嫌がらなくて、だからあっちではもうそのままだったんだけど、こっちに来てそんなことしちゃ駄目だって恵ちゃんが言ってたから、だからちゃんとしないように気をつけてたんだけど」
哲平 「……」
千尋 「でもお酒が入ったら、時々その癖が出てきちゃって、無意識のうちにしちゃうんだ……」
哲平 「あの……時も……?」
千尋 「そう。僕あのとき凄く酔ってて、キスしたのも殆ど覚えてない……」
哲平 「嘘だ……」
千尋 「嘘なんかじゃないよ。お願い。信じて。僕、本当のキスは、てっちゃんにしかしたことない」
哲平 「本当に……?」
千尋 「本当だよ。てっちゃんとしかしたくない」
哲平 「……」

千尋、キスしようとする

哲平 「嫌だっ……」
千尋 「どうして……?」
哲平 「その口でキスなんかしたくない……っ」
千尋 「でも僕、口取りかえれないよ……」
哲平 「……」
千尋 「どうしても嫌?」
哲平 「……」
千尋 「じゃあ消毒させて?」
哲平 「え……?」

千尋、哲平をキッチンの端へ追いやる

哲平 「な、なに……」
千尋 「これでね、消毒するの。僕の口」

千尋、哲平のズボンに手をかける

哲平 「は、はぁ?! ちょ、ちょっと! ちょっと待て!」
千尋 「いいから。てっちゃん何もしなくていいから。ね?」

必死に手で阻止する哲平

哲平 「何考えてんだよ! やめろ!」
千尋 「……」

千尋、ベルトとボタンを外す

哲平 「ちょっ! ホントに! ……ぁっ……やめろ……!」

ズボンを下げると下着の上から触る千尋

哲平 「どこっ……さわ! ……っ……ほん、とに!やめっ……ぁっ」
千尋 「てっちゃんの……おっきくなって来たよ……?」
哲平 「んっ……ぁ、ちょっと……ほんとに……だめ、だってっ……ぁっ」
千尋 「てっちゃんが悪いんだよ……? 僕の口は取り替えられないもん……」
哲平 「ぇ? ……はぁっ、ん、やっ……めろ」
千尋 「だから、消毒……させてね……?」

千尋、哲平の下着を下ろすと咥える

哲平 「ぁあっ……やめっ! ……んぁ、ちー……ぅっ、んっ」
千尋 「ん……はぁ……んくっ……てっちゃん……?」
哲平 「なにっ……ぁぁ、あっ……やめ、ッ……っく……」
千尋 「っん……気持ちいい……?」
哲平 「な、ッッ……ほんと、やめっ、俺、っぁぁ……お前は……っ……んんッ、殴れっ……無い、からっぁ……ほんっと……だめっ……だって」
千尋 「んむっ……ふふっ……いいよぉ、てっちゃん……僕のこと……んっ……殴って」
哲平 「あぁっ、む、りっ……だろ……っああ……ホント……やめっ……ぁう……」
千尋 「だって……ん……僕、てっちゃんに……はぁ、嫌な思いさせちゃったから……んっ……ん……」
哲平 「そ、んなっ……ぅっ、無理……ん、ぁっ……あぁ……やめっ……そこ、だめ、だっ……」
千尋 「んー……ここ? ……んっ……」
哲平 「だめっ、だって…あぁッ……はぁっ、やめ、そこばっかっ……ッ……ぅぁっ……あ、あ……」
千尋 「んん……ん……っ……ぅ、ん……てっちゃ……ん……許して……んっ、ん、ん……」
哲平 「ぁぁっ……ほんと、に、そこっ……だめ……ッ」
千尋 「ん、ん……っ……許してくれる? ……んぁ……んっ」
哲平 「ゆる、ゆるす、からっ、もう……やめっ……ッッ……あぁ、っん……ぁぁ……」
千尋 「……ん、んっ……じゃあ、もっと……んく……気持ちよくしてあげるね……ん、ん……」
哲平 「あ……え……? ……っ! あぁ……なに……や、や、あぁぁッ……んあぁ……」
千尋 「ん……ん、ん、ふ、ん……」
哲平 「あ、あ、あ、あぁっ……なに、これ……ッ……もう、だめ、っ、だ……でるっ……あぁ……」
千尋 「ん……いいよ、出して……んむっ……ふ……ん……」
哲平 「やだっ、だめだ、あぁっ……くち、はなしッ……あぁ……ほんとに、あっ……もうっ」
千尋 「んっ……ん……っ……んん……」
哲平 「あ、あっ……いくっ……ッ……あ、っぅ……あぁっ……んっ……あぁっ─っ!」
千尋 「ん、ん、んく……ん……」

飲むと千尋、濡れた唇を舐める

哲平 「はぁっ、はぁ、はぁ……はぁ……っ……」
千尋 「てっちゃん」

千尋、立ち上がり哲平を抱きしめる

哲平 「おま、え……なに考えて……」

千尋、キスをする

哲平 「ぁ……ん……っ……ん」
千尋 「好きだよ……ほんとに……愛してる……」
哲平 「……」

哲平、目をそらす

千尋 「てっちゃん……」
哲平 「俺も……好きだよ……」

俯きながら言う哲平

千尋 「てっちゃん」

微笑む千尋

哲平 「今度他の奴としてみろ……もう一生許さないからな……」
千尋 「うん。絶対しない。てっちゃんだけ」

キスをする二人

***
・自宅(キッチン)

キッチンでまだキスしてる二人
クラクションが鳴る

哲平 「……ちー、あれ、恵ちゃんじゃないの」
千尋 「うん……ん……」
哲平 「んぅ……仕事なんじゃないの? ……いけよ……ん」
千尋 「ふ……ん……でも……離れられないもん……ん……」

哲平、千尋の胸を押す

哲平 「駄目だって。行けよ。じゃないと皆に迷惑かかるだろ。ちゃんと待ってるから」
千尋 「……」
哲平 「ちー」
千尋 「……分かった。行ってくる……」
哲平 「うん。頑張れ」

千尋、もう一度キスをする

***
・自宅(玄関)

哲平 「行ってらっしゃい」
千尋 「行ってきます」

数歩行ったところで振り返る千尋

哲平 「?」

走って戻ってくる千尋
抱きしめてもう一度キスをする

哲平 「ん……ちー……?」
千尋 「てっちゃん。言いたいことあるの忘れてた」
哲平 「何」
千尋 「一緒に暮らそう?」
哲平 「え……」
千尋 「考えといてね」

千尋、走って行く

哲平 「あ……え……」

下の道路から手を振っている千尋
振りかえす哲平

哲平 「……」

***
・車

運転している恵、助手席に座っている千尋
恵、怒っている

恵  「一言言うのに一時間半ですか」
千尋 「ごめんなさい……」
恵  「どれだけ長い一言なんだ。俺は一言って言うから連れてきてやったのに」
千尋 「恵ちゃん……」
恵  「こんな寒空の下で一人で待たせやがって。どうせお前らはヌクヌクちゅっちゅしてたんだろー? くっそ。俺だって……俺だって……」
千尋 「あはは」
恵  「笑うな馬鹿息子! もう罰として休み一日減らす!」
千尋 「あーん、それだけはやめてよー」
恵  「で? 何話したの?」
千尋 「えっとね、一緒に暮らそうって」
恵  「は?!」
千尋 「駄目?」
恵  「あ……えっと……」
千尋 「?」
恵  「ホントに……?」
千尋 「うん」
恵  「じゃあ家出て行くの……?」
千尋 「うん? そうなるのかな?」
恵  「……」
千尋 「駄目?」
恵  「考えさせて……」
千尋 「恵ちゃん?」

恵M「やだやだやだやだ! 絶対阻止する!」

***
・楽屋

椅子に座っている千尋と恵

千尋 「恵ちゃん、今日これで終わりだよねー? てっちゃんちまで送ってー?」
恵  「っ! ち、ちー、もう四時だぞ? あいつ寝てるよ。今日は家でいいじゃん……」
千尋 「? いいよー、顔見るだけでもいいから。そのまま僕も寝るから、また迎えに来てねー」
恵  「あ、あいつもこんな時間に来られたら、め、迷惑なんじゃない?」
千尋 「いいって言ってたもんー。どうしたの? 恵ちゃん今までそんなこと言わなかったのにー」
恵  「べ! べつに! 分かったよ! 送ればいいんだろ! ふん!」
千尋 「恵ちゃーん?」

***
・自宅(寝室)

朝、鳥の鳴き声が聞こえる
目覚ましが鳴っている

哲平 「……ん……」

目覚ましを止める哲平
隣で寝ている千尋に気がつく

哲平 「あ……ちー、来てたの……?」
千尋 「んー? ……もう朝……?」
哲平 「うん。でもお前仕事まだなんじゃないの? 寝てろよ」
千尋 「うんー。てっちゃーん。キスしてー?」
哲平 「え、え?」
千尋 「お願い」
哲平 「……もう……」

哲平、顔を近づける

恵  「起きろー!」

恵が突然入ってくる

哲平 「う、うわぁ!」
千尋 「恵ちゃーん……?」
恵  「ちー! 起きろ! 仕事だ!」
千尋 「えー? でもさっき寝たとこだよー? まだ二時間も寝てないよー」
恵  「仕事ったら仕事だ!」
千尋 「やだよー……僕まだ眠いー……」
恵  「さっさとしろ! 車で着替えていいから!」
千尋 「恵ちゃーん……」

恵、無理やり千尋を連れて行く

千尋 「てっちゃん助けてー……」
哲平 「し、仕事なんだろ? 頑張れ……」

恵、振り返る

恵  「ばーか! ふんっ」
哲平 「は、はぁ?! 俺なんかしましたか?!」
恵  「しらねぇよ! 自分の胸に手当てて考えてみろ!」

玄関の扉を勢いよく閉める恵

哲平 「な、なんだよ……?」

***
・自宅(リビング)

夕飯を食べている哲平
電話が鳴る

哲平 「お、ちーだ」

電話に出る

哲平 「もしもし?」
千尋 『てっちゃん? 今何してたー?』
哲平 「んー、飯食ってる」
千尋 『あ、そうなの? ゴメンね邪魔しちゃって』
哲平 「いいよ。どした?」
千尋 『あのね、今日は行けそうにないのー……だから声だけでも聞きたくって』
哲平 「ふーん、そっか。今は? 休憩中とか?」
千尋 『うん。そーだ、あの話、考えてくれたー?』
哲平 「あの話?」
千尋 『一緒に暮らそうって話ー』
哲平 「あぁ、あれか」
千尋 『あのね』
恵  『ち、ちー! もう休憩終わるよ!』
千尋 『えー? まだもうちょっとあるでしょー?』
哲平 「いいの?」
千尋 『うん、まだ大丈夫だから。なんだかね、最近恵ちゃんおかしいんだよ?』
哲平 「え?」
千尋 『なんかねー、怒ってばっかなのー』
恵  『なっ!』
哲平 「あ…」

恵  『ばーか!ふんっ』(回想)

哲平M「そういえば……」

哲平 「なぁ、ちー?」
千尋 『なぁにー?』
哲平 「その一緒に暮らそうって話、恵ちゃんにした?」
千尋 『したよ?』
哲平 「いいって言ったの?」
千尋 『んー? 考えとく……だっけ? 恵ちゃん』
恵  『あ、え? 何?』
千尋 『てっちゃんと一緒に暮らしてもいい? って話ー』
恵  『う、うん! あぁ! まだ考え中!』
千尋 『えー? なんでなのー? 駄目なのー?』

哲平M「あー、なるほどな……」

恵  『ほ、ほら! ちー! もう時間!』
千尋 『えー? あ、ほんとだー。てっちゃんごめんね。また電話するねー』
哲平 「うん。分かった。頑張れよ」
千尋 『はーい。じゃーねー』
哲平 「じゃあな」

哲平M「恵ちゃんの気持ちも分からんでもない……ここは協力してやるか。ちーには悪いけど……」

***
・自宅(リビング)

風呂上りで、二人リビングにいる

哲平 「はい、水」

千尋に水を渡す

千尋 「あー、ありがとう」
哲平 「あのさ、あの話なんだけど」
千尋 「考えてくれたのー?」
哲平 「うん。まだいいんじゃないかなぁって」
千尋 「え……? てっちゃんは嫌?」
哲平 「ううん。そうじゃなくて。嫌とかじゃないよ。俺もお前と一緒に暮らした方が一緒にいられる時間が増えるだろうし、いいと思うんだけど」
千尋 「だけど?」
哲平 「まだ恵ちゃんの傍にいてあげなよ」
千尋 「え?」
哲平 「親と傍にいられる時間って実は結構短いんだよ。俺もさ、二十歳ん時に家出たんだけど人の一生のうちの二十年しか一緒にいなかったってことだよ。八十歳で死ぬとして」
千尋 「え? 人は百歳まで生きるんでしょ?」
哲平 「あー、と、じゃあ百歳まで生きるとしてな、二十年。あとの八十年は他の人と暮らすんだよ。二十年なんかこれっぽっちだろ?」
千尋 「うん」
哲平 「だからさ、まだ恵ちゃんと一緒にいてあげな? 最近怒ってるのもそのせいだよ、きっと」
千尋 「ほんと?」
哲平 「恵ちゃんはちーのこと死ぬほど大事にしてるからな。はははっ」
千尋 「そっかー。うん。そうだね。わかったよ」

哲平M「あの人も結構めんどくさい人だよなー……」

***
・千尋宅(リビング)

恵、リビングのソファに座って雑誌を読んでいる

千尋 「ねぇ、恵ちゃんー」

千尋、恵の隣に座る

恵  「んー? なにー?」
千尋 「あの話なんだけどー」
恵  「どの話ー?」
千尋 「てっちゃんと一緒に暮らしたいって話ー」
恵  「! ……まだ言ってんの?! やめとけやめとけ。大体、お前あいつの何がいいわけ? 金持ってないし、家だって狭いし、賃貸だし。もっといいやつが」

やたらとページを捲る恵

千尋 「……どうしてそういうこと言うの……」
恵  「え?」
千尋 「なんでそんなにてっちゃんのこと悪くいうの?!」
恵  「そ、それは……」
千尋 「てっちゃんのこと悪く言う恵ちゃんなんか大っ嫌い!」

千尋、走って出て行く

恵  「え……大っ嫌いって……俺のこと……嫌いって……」

恵、持ってた雑誌を落とす

***
・自宅(寝室)

眠っている哲平
電話が鳴る

哲平 「ん……何……電話……?」

電話に出る

哲平 「もしもし?」
千尋 『てっちゃーん!』
哲平 「なに、どうしたの、こんな時間に。今日恵ちゃんと話するって」
千尋 『恵ちゃんがてっちゃんの悪口言うー!』
哲平 「え? そんなのいつも」
千尋 『違うもんー! いつもと違うの!』
哲平 「はぁ? っつか今どこにいるの」
千尋 『わかんない、家の外歩いてる』
哲平 「え? 何がどうなってんの?」
千尋 『あのね、恵ちゃんにね、あの話やっぱやめにするって話しようとしたらね』
哲平 「うん」
千尋 『やめとけやめとけって』
哲平 「だから、それがいつもの」
千尋 『違うもん。恵ちゃんいつもはちゃんと目を見て話してくれてたもん……』

哲平M「ややこしい親子だな……」

哲平 「それは勘違いしてただけだろ。きっと恵ちゃん、また出て行くって言うと思って言ったんだよ。で、何でもいいから話をはぐらかしたかったんじゃないのー?」

哲平M「なんで自分の悪口言ってる奴のフォローしてるわけ?」

千尋 『ほんとにー?』
哲平 「ほんとに。ちゃんと話してみろよ。恵ちゃんのこと一番知ってんのちーじゃないのー?」
千尋 『うん……。わかった。家に戻るね』
哲平 「あぁ。気をつけろよ」
千尋 『うん! てっちゃん愛してるよー』
哲平 「はいはい。おやすみ」
千尋 『おやすみー』

哲平M「あー、もう……ほんとややこしい……」

また寝る哲平

***
・千尋宅

玄関の扉を開ける千尋
リビングに行くが恵はいない
奥から声が聞こえてくる

恵  『なぁ春《はる》ー……なんでなんだよー……早いと思わない? まだ十八だよ十八。出て行くとかまっだまだ先だと思ってたのに……』

声のする部屋へ近づく千尋

恵  『でも俺が間違ってんのかなー……普通だったらもう出て行ってもおかしくない年? 干渉しすぎ? 俺ってウザい? ……あんたがいたらどうしてたー?』

部屋のドアが少しだけ開いている
仏壇の前に座って話している恵

恵  『でもさー、俺あいつのことすっげぇ大事なの……まだ、離れたくないんだよ。俺……一人になったらどうすればいいの……? 寂しいんだもん……仕方ねえじゃん……あんたが早く逝くから悪いんだからな……』
千尋 「……」
恵  『あんたもよく知ってるだろうけど、俺って素直じゃないじゃん? どうにか阻止しようとか思ってたら、あーんなことなっちゃって、俺、あいつに初めて嫌いって言われたよ……そんだけあのガキのこと好きなんだろーとは思うけどさー。初めて言われてさー。お父さんショーックって感じで……ははは……』

千尋、部屋に入って行って、後ろから恵を抱きしめる

恵  「うわっ?! ちー?! いつからいたの?!」
千尋 「ごめんなさい」

千尋、泣いている

恵  「な、なに、何が?」
千尋 「僕恵ちゃんのこと嫌いなんかじゃないよ! ごめんなさい……」
恵  「あ、そんなの別に、気にしてないよ……」
千尋 「今ショーックって言ってたじゃん……」
恵  「聞いてたのかよ!」
千尋 「うん……恵ちゃん、僕まだ出て行かないよ……」
恵  「え?!」
千尋 「僕まだ恵ちゃんと一緒にいる」
恵  「お、お前……無理しなくていいんだぞ? 俺のことなんか気にしなくていいんだぞ?」
千尋 「恵ちゃん、嫌なんだったら嫌って言ってよ」
恵  「……」
千尋 「恵ちゃんの意地っ張り」
恵  「嫌だよ! ……やだよ……なんでお前まで早くどっか行こうとすんの?! なんでお前ら二人して俺から離れてこうとすんの?!」
千尋 「僕傍にいるよ? パパもいるもん。会えないけど、ずっといるよ」

恵、泣いている

恵  「俺、寂しいんだよ……。でもな、いつかはこうなんの分かってるよ? 分かってるんだ……分かってるんだけど……まだ一緒にいてよ……」
千尋 「うん。うん。ごめんね。泣かないで」
恵  「泣いてねぇよ……」
千尋 「はははっ、そうだね」
恵  「あぁ」
千尋 「恵ちゃん。僕ね、夢があるの」
恵  「なにー」

恵、鼻水をすする

千尋 「あのね、イタリアのあの家で、僕と、恵ちゃんと、てっちゃんと、パパと。四人で暮らすの。パパのあのお店で、もう銀細工は出来ないけど何か売ったりして、のーんびり暮らすんだよ。あの頃みたいにたまーに来るお客さんとなんでもない話をして、クラウディオのパンをあの海で食べたりするのもいいね」
恵  「……っぅ……うん……そ、だな……」
千尋 「だから恵ちゃんは一人ぼっちになんか絶対にならないんだよ」
恵  「……っ……うん……」
千尋 「恵ちゃんは僕のお父さんでしょう?」
恵  「……ぅ……あぁ……」
千尋 「ずーっと一緒なんだよ」

恵、振り返って千尋を抱きしめる

恵  「ちー、ごめんな。ごめん」
千尋 「ううん。僕も、出て行くだなんて言ってごめんね」
恵  「うん……うん……」
千尋 「僕頑張って働いて、お金を貯めるから、いっぱい貯まったら、イタリアに帰ろうね」
恵  「うん……」
千尋 「パパのとこに、帰ろうね」
恵  「うん」

***
・電車

女子高生A、Bが椅子に座って話をしている

女子高生A「ねぇ、あれ、あの広告のって千尋じゃない?」
女子高生B「あ、ほんとだー。すっごい綺麗な顔してるよねー。女より綺麗!」
女子高生A「なんかぁ、イタリアからの帰国子女だって」
女子高生B「知ってる知ってる! あたしあの、香水の写真。待ち受けにしてる」
女子高生A「あーあれ! マジいいよね! 超カッコイイ!」
女子高生B「テレビとか出ればいいのにねぇー。喋ってるとこ見たくない?」
女子高生A「見たいみたい! でもなんかー、情報無さ過ぎて超謎じゃない?」
女子高生B「だよねー。もっと知りたいのにー!」

***
・街

広告塔の巨大な写真を見上げる哲平

哲平M「近頃ちーはもう誰もが知ってる存在になりつつあった。相変わらず、写真の仕事しかしてなかったけど、それでも超有名ブランドの専属になったり、こんなデカイ写真になったりしてる。綺麗だってことももちろんだけど、情報を一切流さない恵ちゃんのやり方が功を奏したのか、〝謎の美男子〟だなんてキャッチコピーで最近騒がれている」

恵  『男同士だし、従兄弟だし、別に大丈夫だとは思うけど、あんまり大胆なことはすんなよ』

哲平M「さすがに、俺もそんなことになるとは思わないし、世間もまさかちーと俺が付き合ってるだとかは思わないだろうと思う。それでもちーのことを狙ってるカメラマンが俺のとこまで来たことにはびっくりした」

***
・自宅(玄関~リビング)

玄関の扉を開けて勢いよく入ってくる千尋

千尋 「てっちゃーん!」
哲平 「え? 何、どうしたの」

玄関へ行く哲平

千尋 「今ね、下にカメラ持った人がいたの! びっくりしちゃった!」
哲平 「え? ここに?! なんで?!」
千尋 「わかんない。ばれちゃったのかなー?」
哲平 「うそぉ?!」
千尋 「でも中は見えないしねぇ? どうしたんだろ……」
哲平 「なんでもいいから後つけてんじゃないの? 大丈夫なのか?」
千尋 「うーん。恵ちゃんに聞いてみるけど……。ここに来れなくなったらどうしよう……」
哲平 「あー、うん。でもまさかなぁ……」
千尋 「僕やだよー……忙しいのにそれに加えて会えなくなるなんて、ホントに死んじゃう……」

千尋、抱きつく

哲平 「うーん、よしよし」
千尋 「てっちゃんにも迷惑かかっちゃうし……ホントにごめんね……」
哲平 「いいよ、俺のことは気にしないで。あんま無闇に逃げんなよ? それで事故でも起こったら、それこそ俺やだよ?」
千尋 「うん。大丈夫。気をつけるから」

千尋、キスをする

千尋 「なんか見られてるかと思ってドキドキするね」
哲平 「俺は怖いんだけど……」

***
・楽屋

椅子に座っている二人

千尋 「え?! 海外?! なんで?!」
恵  「写真集の撮影だよ」
千尋 「なんでわざわざ海外なんかに行くの?! それにもう撮り終えたんじゃ」
恵  「お前の人気があまりにも出てきたからってクライアントの希望。ページ数増やすって」
千尋 「そんなぁ……何日? どこに? ……てっちゃんに会えなくなっちゃう……」
恵  「二週間。イタリア」
千尋 「え……?」
恵  「イタリアは相模さんの希望」
千尋 「ホントに……?」
恵  「ほんとだよ。今週末出発」
千尋 「恵ちゃん! てっちゃんも一緒に連れてっちゃだめ?」
恵  「初めから答えがわかるような質問すんじゃねぇ! それでなくても狙われてんのに、何考えてんだ。しかも二週間もサラリーマンのあいつに休み取れるわけねぇだろ」
千尋 「そんな……」
恵  「たったの二週間だよ。それくらい我慢しろ」
千尋 「ううう……」
恵  「ったく」

***
・楽屋前

楽屋前で話を偶然聞いていた暁

暁M「なるほどねぇ……ふふっ」

ノックをする

恵  「はい」

扉を開ける恵

暁  「ロケの会議がてら、スタッフと飲みに行こうって言ってるんだけど、お二人もどうですか?」
恵  「えぇ、もう、是非」
千尋 「参加させていただきます」
暁  「それは良かった」

***
・居酒屋

哲平、同僚と飲んでいる

同僚A「加々見と飲むのも久しぶりだな! 最近いそいそ帰っちゃうし」
同僚B「何? 彼女でもできた?!」
哲平 「や、そんなんじゃねぇよ」
同僚A「うそだね! だってこいつ顔つき変わったもん! 恋してるって顔!」
哲平 「はぁ?! 女の子じゃあるまいし、何言ってんだよ」
同僚B「あぁー。言われて見ればそうかも……」
哲平 「お前まで……俺ちょっとトイレー」

席を立つ哲平

同僚A「あー、逃げんなよー」

***
・トイレ前

トイレから出てくる哲平

千尋 「あー!」
哲平 「え……?」

サングラスをかけている千尋、咳払いをする
周りを気にしてこそこそ話し方を変える

千尋 「てっちゃんも飲みに来てるの? 会社の人?」
哲平 「ち、ちーか……誰かと思った」

哲平、周りを見る

千尋 「伝えたいことあったんだ。帰ったらまた連絡するよ」
哲平 「あ、あぁ……」

こそこそする

千尋 「てっちゃん……浮気しちゃ駄目だよ……?」
哲平 「ば、ばかなのこと言ってんじゃねぇよ……!」
暁  「千尋くん?」

二人ともビックリする

千尋 「あ、暁さん」

哲平M「この顔……あの時の……それにこの声……これも電話の向こうで……」

暁  「お知り合い?」
千尋 「あ、はい。従兄弟の加々見哲平さんです」
哲平 「どうも。従兄弟の加々見哲平です」
暁  「ご親族の方でしたか。私はこのたび千尋くんの写真集のカメラマンをさせていただいてます、相模暁と申します。よろしく」
哲平 「あ、はい。千尋がいつもお世話になってます」
千尋 「ふっ……」
哲平 「?」
千尋 「いや、ごめん。なんかお父さんみたいだなって」
哲平 「あぁ、まぁ、そんなもんです。はははっ」
暁  「随分仲がいいみたいですね」
哲平 「はぁ、まぁ」

哲平M「なんだ……?意味ありげに……」

千尋 「それじゃあ、僕はこれで、てっちゃんも席に戻るんでしょう?」
哲平 「あ、あぁ」
暁  「それでは」

千尋、哲平、戻っていく

暁  「加々見さん」

哲平、立ち止まって振り向く

哲平 「はい?」
暁  「いろいろと、気をつけた方がいいですよ?」
哲平 「は? どういう」
暁  「いえ、世の中いろんな人がいますから。それでは」

暁、去っていく

哲平 「……」

哲平M「なんなんだあいつ……」

***
・街

会社帰りに一人で歩いている哲平 
目の前にスモークの車が止まる

哲平 「なっ……」

窓が開く

暁  「お久しぶりです」
哲平 「あ、この前の……どうも」
暁  「少しお話があるんですが、時間をいただけませんか?」
哲平 「話……? 今から……ですか」
暁  「えぇ、あなたのためにも、千尋くんのためにも……」
哲平 「え? 千尋……? 何か……」
暁  「お話は後ほど……乗ってください」

車のドアが開く

哲平 「……」

乗る

***
・車

暁が運転をしている、助手席に座っている哲平

哲平 「話ってなんですか」
暁  「そんなに焦らないで。いいお店があるんですよ。そこでワインでも飲みながら話ましょう」
哲平 「……」

***
・店

個室で向かい合わせで座っている暁と哲平
ワインを出されるが手をつけない哲平

哲平 「話ってなんなんですか……」
暁  「あなたもせっかちですね」
哲平 「話があるって仰ったのはそちらでしょう。俺は飲む気はありませんので」
暁  「そうですか、では本題に」

テーブルの上に封筒を置く暁

哲平 「なんですか……これ……」
暁  「どうぞ、中のものをお確かめになってください」

暁、表情だけで笑う

哲平 「……」

封筒を手にとって中のものを出す哲平
千尋が写っている写真が出てくる
捲っていくと千尋と哲平が玄関先でキスしている写真が出てくる

哲平 「なっ……!」
暁  「これはどういうことですかねぇ……」
哲平 「ど、どういうことって……ただの……挨拶ですよ。ご存知でしょう? あいつがイタリア育ちで、挨拶代わりにキスするっていうことくらい」

暁、立ち上がり、近づいてくる

暁  「ふふっ、千尋くんは隠しているつもりみたいですがね、私知ってるんですよ……」
哲平 「なに……を……」

耳元で囁く

暁  「あなたと千尋くんの関係を……」
哲平 「な、何を言って……!」
暁  「あなた、私と千尋くんがキスしてるところを見ていたでしょう?」
哲平 「ぇ……」
暁  「今にも泣き出しそうな顔をして去っていかれた。あなたの気持ちも分からないでもない。〝恋人〟が見ず知らずの男とキスして笑っていたんだから」
哲平 「……っ……」

暁、窓際へ行く

暁  「この写真。出回れば、大変なことになると思いますよ?今、千尋くん凄く人気があるから。それにどのメディアも千尋くんの情報を喉から手が出るほどに欲しがっている。しかもこの話題。恋人が男だっていうんだからなぁ」
哲平 「何がしたいんだ」
暁  「そうですねぇ……」

再び哲平に近寄ってくる
哲平の顎を指でなぞる暁

暁  「千尋くんと別れてもらいましょうか」
哲平 「なっ……!」
暁  「それが一番得策だとは思いませんか? この写真が出回ればあなたも会社にはいられなくなるかもしれませんよ? 千尋くんもまぁ、騒がれはしますが、売名行為だとも思われるだろうなぁ……。ちょうど写真集がでますしね。いい宣伝効果だ。私はそれでもいいんですがね」
哲平 「……」
暁  「しかし、世間が同性愛をどれほど理解しているかだ。千尋くんのファンは女性ばかりですしね。ファンは激減するでしょうね。千尋くんの仕事はどんどん減っていくだろうなぁ。あなたも社会的立場を失う。最悪、遠くへ逃げなければいけなくなる可能性も」
哲平 「っ……」
暁  「さぁ、どうしますか?」

哲平、暁を睨みつける

哲平 「俺のことはどうでもいい。それで千尋は助かるんだな?」
暁  「えぇ、それは保証しますよ」
哲平 「……」
暁  「表向きだけで済むと思わないでください?」
哲平 「……え……」

暁、笑う

***
・自宅(玄関~リビング)

玄関の扉を開ける哲平
千尋が部屋の中にいる

千尋 「てっちゃーん? 遅かったねー、どこ行ってたの? 飲み会?」
哲平 「ちー……」
千尋 「なーに? どうしたの?」
哲平 「話がある」
千尋 「うん?」
哲平 「もううちには来るな」
千尋 「え?」
哲平 「もう、会わない」
千尋 「てっちゃん? どうしたの? 急に……何言ってるの?」
哲平 「ちー」
千尋 「てっちゃん……?」
哲平 「別れよう」
千尋 「え……?」
哲平 「……」
千尋 「てっちゃん! どういうこと?! どうしたの?! 何があったの?!」

哲平、目線を合わせようとしない

千尋 「黙ってても僕わかんないよ! どうして?! どうしてそんなこと言うの?!」
哲平 「もう……嫌なんだ……」
千尋 「何が嫌なの?! カメラ持った人がここにも来るようになったから? それなら僕ここに来ないようにするよ。時間が経てば来ないようになるでしょ? その間、僕の家で会えばいいじゃない。ね?」
哲平 「何もかもが嫌なんだ……」
千尋 「そんな、どうして……急に……わけわかんないよ……そんなの……」
哲平 「お願いだから、もうここには来るな」
千尋 「やだよ……そんなこと言わないで……てっちゃん」
哲平 「もう、好きじゃない」
千尋 「え……」
哲平 「お前のこと、好きじゃない」
千尋 「や、やだ! お願い……そんなこと言わないで……何がいけなかったの……? 僕、全部直すから……そんなこと……言わないでよ……」

涙を零す千尋

哲平 「出て行け」
千尋 「やだ」
哲平 「出て行けよ!」
千尋 「嫌だ! 絶対嫌だ! お願いだよ! 理由《わけ》を教えて! それまで僕出て行かない!」
哲平 「わかった」
千尋 「てっちゃん」
哲平 「お前が出て行かないなら俺が出て行く」
千尋 「てっちゃん?!」

哲平、走って出て行く

千尋 「てっちゃん!」

***
・街

走っていく哲平

哲平M「遠くでちーの声がした。俺は無我夢中で、何もかも考えられないように走った。それでも、もっと言い方があっただろうとか、これが本当に正しい答えなのかとか、どんどん考えは溢れてくる。あんなこと言いたくなかった。ちーがどうしようもなく好きなのに。あいつがいないと、もう何もできないくらい好きなのに。どうしてこんな風にしかあいつを守ってやれないんだろう……」

***
・街

早朝、家の前まで戻ってくる哲平
部屋の窓を見上げると電気が消えている

***
・自宅(リビング)

誰もいない
テーブルの上に置手紙がある

哲平 「……」

手に取る哲平

千尋 『ずっと待っていたかったんだけど、お仕事で今日から二週間イタリアに行かなきゃいけないから一旦帰るね。でも僕は絶対に納得なんかしないから。あんな風に終わるなんて考えられないから。帰ってきたら、またちゃんと話をさせてください。何があったのか、分からないけど。お願いだから僕を捨てないでください。僕の気持ちは変わりません。愛しています。千尋』

哲平 「ぅ……っ……ぅぁ……っ……」

哲平、泣き崩れる

哲平M「ちーの最後の声が、頭から離れない。泣きながら、俺の名前を呼ぶ声が、ずっと頭に響いていた」

***
・会社

喫煙室にいる哲平
手に持ったままの煙草の火が、指に付きそうになっている

同僚B「あ、いたいたー。ってちょっと! 危ないよ! 火傷する!」
哲平 「え……? あ、ほんとだ……」
同僚B「ほんとだ、って……大丈夫? なんか朝から沈んでるみたいだけど……」

灰皿に押し付ける哲平

哲平 「あぁ、うん。何?」
同僚B「ホントに大丈夫? あのね、なんかアンケートとらされてて、社内新聞みたいなの作らされてんの。それに載せるんだけど、なんか紙回しても皆やらないだろってことで一人ずつ聞いて周ってんだけど、何個か質問していい? あ、名前は載らないから」
哲平 「あぁ」
同僚B「んじゃ、一つ目。学生時代に打ち込んだ部活などはありますか? それは何?」
哲平 「あー、陸上」
同僚B「そういえば言ってたねー、短距離だっけ」
哲平 「うん」

新しい煙草に火をつける哲平

同僚B「じゃあ二つ目。学生時代で一番の思い出は?」
哲平 「うーん……」

恵  『おい、哲平。こいつ俺の息子。仲良くしてやって』
哲平 『え?! 息子?! 女の子じゃないの?!』
恵  『違うよ。でも可愛いだろ~?』
哲平 『うん。びっくりしたー。名前は?』
千尋 『ちー』
哲平 『ちー?』
千尋 『千尋だよー』
哲平 『そっか。ちー、よろしくな。俺哲平って言うんだ』
千尋 『てっちゃん?』
哲平 『ん? あぁ、てっちゃん。あははっ』
千尋 『てっちゃん!』

哲平 「……中二の時に、弟みたいな存在が出来たこと……」
同僚B「ふーん。そっか。んじゃあ最後。三つ目。過去の自分に一言」
哲平 「……プロポーズにイエスと答えるな……」
同僚B「……。あ、ありがとう。ねぇ、あたしが乗れる相談だったら乗るよ。大丈夫?」
哲平 「大丈夫だよ。ありがとう」
同僚B「だったらいいんだけど……」
哲平 「あぁ。大丈夫なんだ」

***
・イタリア

海岸で撮影をしている千尋
恵、遠くから千尋を見ている

恵   「ねぇ、ちょっと休憩入れさせてもらえる?」
スタッフA「はい、わかりました」

***
・海岸

スタッフA「三十分休憩でーす!」

恵、千尋の手を引っ張る

千尋 「な、永久さん……? 痛い……」
恵  「いいからちょっと来い」

トレーラーに連れて行く

***
・楽屋

扉を閉める恵

恵  「ちー、何があった? こっち来る前からおかしいとは思ってたけど、お前普通じゃないぞ」
千尋 「普通じゃない? どうして? 僕、普通だよ。お仕事もちゃんとしてるでしょ?」
恵  「それが普通じゃないって言ってんだよ! 何があった?!」

恵、しゃがみこんで千尋の手を取る

千尋 「け、いちゃん……」
恵  「お前のこと何年育ててきたと思ってんの?! 俺には言えないことなの?」
千尋 「……っ……ぅ……」

千尋、涙を零す

恵  「ちー……」
千尋 「て、っちゃんが……」
恵  「うん」
千尋 「ぼ、くのこと……もう……好きじゃないって……」
恵  「え?!」
千尋 「別れようって……僕……何がなんだか……わかんなくって……どうしたらいいのかわかんなくって……」
恵  「いつ?」
千尋 「出発する前の日……家で待ってたら……帰ってくるの遅くて……」
恵  「うん」
千尋 「帰ってきたと思ったら……急に……あんな……」
恵  「急に言われたの?」
千尋 「うん……帰ってきて……すぐ」
恵  「話し合わなかったの?」
千尋 「話し合おうって言ったら、出て行けって……嫌だって言ったら、それなら俺が出て行くって言って、帰ってこなかった……僕、お仕事行かなきゃいけないから……手紙置いて、帰ってきたの……」
恵  「……なんでもない振りして、仕事してたの?」
千尋 「早く終わらせて、早く戻りたいから……」
恵  「そか……。でもちー、表情に出てるよ……いつものちーじゃない」
千尋 「……」
恵  「……」
千尋 「恵ちゃん。僕……どうしたらいいの……?」
恵  「……ごめん。俺にもわかんない」
千尋 「……」
恵  「でも俺が悪いのかもしれないな……俺の考えが間違ってたのかもしれない……」
千尋 「恵ちゃん?」
恵  「ごめんな。ちー……」

千尋を抱きしめる

千尋 「恵ちゃん……?」

***
・浜辺

砂浜に立って、水平線を眺めている千尋

スタッフB「千尋くん。こっち来てからずーっとあんな感じだね……」
スタッフC「あの表情もすっごいいいんだけどさ、なんかこっちまで切なくなってきて」
スタッフB「あー、あたしもちょっと泣きそうになった」
スタッフC「何があったんだろうね……」
スタッフB「うん……」

波の音が響く

***
・ホテル

出窓に座って夜景を眺めている千尋
恵、ベッドの上で書類を確認している
ノックが聞こえる
恵、ドアを開ける

恵  「あ、相模さん。どうかされましたか?」
暁  「千尋くんをお借りしても?」

恵、窓辺の千尋を見る
千尋、ゆっくりこっちを見る

暁  「どう? あっちでワインでも」
千尋 「はい」

千尋、ゆっくり降りて来る
出て行こうとするとき、恵、耳打ちをする

恵  「無理しなくていいからな」

千尋、表情だけで笑うと出て行く

恵M 「あんな顔……させたかったわけじゃないんだけどな……やっぱりこんな仕事させるんじゃなかったか……俺が出て行くべきなのか……本人に任せるか……」

ベッドに寝転ぶ恵

恵M 「あー……お父さんピーンチ……春助けてくれー……」

***
・ホテル

暁の部屋
ワインを注ぐ暁
前に出されるが千尋、手をつけない

暁  「久しぶりのイタリアはどう?」
千尋 「……楽しいですよ」
暁  「はははっ、楽しそうな顔には見えないけど?」
千尋 「そんなことありませんよ」

千尋、表情だけで笑う
暁、近づいてきて、グラスをテーブルに置く
千尋の耳元で囁く

暁  「〝てっちゃん〟のことが気になる……?」
千尋 「ぇ……」

千尋、暁を見上げる

暁  「ふふっ。どうして知っているっていう顔してるね」
千尋 「何を……」
暁  「大好きなてっちゃんに振られたんだろう……?」
千尋 「……」

千尋、驚いている

暁  「知っているもなにも、私があの子に助言してあげたんだよ」
千尋 「どういうことですか……!」

暁、あの写真をテーブルの上に置く

千尋 「な、に……これ……」
暁  「よく撮れてるだろう? これをマスコミに売ったらどうなると思う?」
千尋 「ぇ……?」
暁  「目線は隠されるだろうが、すぐに分かるだろうね。あの子だって。そしたらどうだ。ゲイというレッテルを貼られ、会社も辞めざるを得ないだろう。最悪今住んでいるところにも居られなくなって、あの子の人生台無しだ」
千尋 「そんな……」
暁  「あの子、それが怖くて君に別れを告げたんだよ。自分の身を守るのが一番だってね。最低な男だよ。まぁ、そんな奴とは別れて正解だと思うけどね」
千尋 「嘘だ……」
暁  「嘘? 現に君は振られたんだろう?」
千尋 「てっちゃんはそんな人じゃない! どんなことになっても僕のことを守ってくれる人だ! そんな……こと……絶対にない……」
暁  「千尋くん……現実を見てみなさい。君の傍にはもうあの子はいないんだよ」
千尋 「あんたがてっちゃんの何を知ってるって言うんだよ?!」
暁  「ふふっ。何とでも思っていればいい。しかし、この写真が出回れば、あの子の人生は確実に変わる。それでもいいと言うならば、あの子の元に戻ってやればいい」
千尋 「そんな……!」
暁  「一時の感情に任せて君があの子の人生を変えてしまってもいいと思うならばそれでいいじゃないか」
千尋 「……っ」

千尋、暁を睨み付ける

暁  「はははっ、まぁよく考えるといい」
千尋 「……っ……」

もう一度近づき、囁く

暁  「あの子は君を守ろうとしていたがね……」
千尋 「っ!」

暁、笑う

千尋 「全部……全部あんたのせいだ……!僕達……何にも悪いことなんかしていないのに……どうして……こんな……こと……」

千尋、泣く

千尋 「てっちゃん……ごめんなさい……っ……」

千尋、額に手を当てて、悔しげに涙を流す
シャッターが切られる

暁  「出来るじゃないか、そういう表情が」

千尋、部屋を飛び出す

***
・ホテル

部屋のベッドで考え込んでいる恵
突然、千尋が泣きながら帰ってくる

恵  「ちー?」

千尋、恵に抱きつく

恵  「ちー? どうした? 何があった?」
千尋 「……っ……ぅぅ……」
恵  「何か言われたのか? おい、どうした?」
千尋 「僕の……せいだ……」
恵  「ちー、どうしたんだよ」
千尋 「僕がてっちゃんに……あんなこと……言わせて……辛い思い……させてた……」
恵  「どういうこと?」
千尋 「暁さん……が、僕らの……写真……持ってて……ぅ……マスコミに……っ売ったら……てっちゃん……もう人生めちゃめちゃにされちゃうだろ……って! ……てっちゃん……っぅ……僕のこと……っ、守ってくれた……んだ……」
恵  「あいつが脅してきたのか?!」
千尋 「僕……っ……僕もう戻れないよ……っ……てっちゃん……にっ……会えないっ……」
恵  「あいつが悪いんだな?!」
千尋 「……っぅ……」

恵、部屋を飛び出していく

千尋 「恵ちゃん!」

***
・ホテル

暁の部屋のドアを叩く恵
暁、出てくる
それと同時に暁を殴る恵

暁  「っ……」
恵  「おい、てめぇ何してくれてんだ?!」
暁  「ふっ……今騒ぎを起こしていいとは思いませんがね」
恵  「どうでもいいんだよ! そんなこと! 俺は自分の息子を傷つけられて黙ってるような親じゃねぇんだ!」
暁  「何をするもなにも、ただ手に入れた情報を使って取引をしただけですよ。私はいい写真が撮れればいい。それだけの話だ」
恵  「写真?」
暁  「あなたの作戦でしょうけど、それがなければ千尋くんも、あの彼も。こんな思いをしなくて済んでいたかもしれませんね」

暁、笑う

恵  「どういうことだ」
暁  「私は本質を撮りたかっただけですよ。あんな演技をしている千尋くんを撮ったって何の面白みもない。あんなにいい素材を持っているのに、あの演技のせいで半分以上潰されていますよ。あの子は」
恵  「……」
暁  「しかし感情を出さずにはいられない状況を作り出せば、あの子もいい表情を出してくれると思っていましたからね。丁度いいところに舞い込んでくれました。彼は。お陰でいい写真が撮れました。はははっ」
恵  「っ!」

恵、もう一度殴る

暁  「っ!……」
恵  「何笑ってんだよ! このクソ野郎! たかが写真くらいであいつら傷つけやがって! 引っ掻き回してそれで終わりか?! 写真撮るために人傷つけて、お前最低だよ!」
暁  「なんとでも言うがいい。これが私のやり方だ」
恵  「くそ!」

恵、殴る
騒ぎを聞きつけてスタッフAが来る

スタッフA「どうしたんですか?! 永久さん! やめてください!」
恵   「こいつのせいで!」

そこへ千尋が来る

千尋  「恵ちゃん! もういいよ……もういいから……」
恵   「ちー……」
千尋  「もういいんだ……」
恵   「っ……」
千尋  「帰ろう……」
恵   「……」

千尋、恵の手を引っ張っていく

スタッフA「……。相模さん。大丈夫ですか……」
暁    「あぁ。大したことない」
スタッフA「あの……」
暁    「このことは公にするな」
スタッフA「でも」
暁    「わかったな」
スタッフA「はい……」

***
・自宅(リビング)

テレビがついている

テレビ『では次の話題です。皆さん、もう知らない人はいないと思われますが、この男性をご存知でしょうか? 名前は千尋。公表されているのは名前のみという謎の美男子なのですが、先日、彼の写真集が発売されました。タイトルは「|lacrima《ラクリマ》」イタリア語で涙という意味だそうですが、その名の通り、表紙ではこの千尋さんが涙を流しています。このなんとも言えない表情で心を打たれた女性が多いということで、私も──』

テレビを切ると家を出る哲平

***
・電車

女子高生A「見てこれ、やっと手に入ったんだぁ!」
女子高生B「あ! 千尋の写真集じゃん! 見せて見せて!」
女子高生A「この表紙。マジやばくない?! 超切ない!」
女子高生B「これって演技に見えないよねぇ~。本気で泣いてるよ!」
女子高生A「このね、泣きぼくろに涙が光ってるのとかマジでやばい!」
女子高生B「あー、でも知ってる? このイタリアのロケから帰ってきてないらしいよー」
女子高生A「え?! なんでなんで?!」
女子高生B「なんかー、もう引退するんだって」
女子高生A「えぇ?! マジで?! ショックー! もっと見たいのにー!」

***
・会社

喫煙室で煙草を吸う哲平
ソファに千尋の写真集が置いてある
それを見つけて手に取り、表紙を見る

哲平 「……」

喫煙室に同僚二人が入ってくる

同僚A「あー、それ今話題の奴じゃん」
同僚B「ねぇ、あたしずっと聞きたかったんだけどさ、それって加々見くんの従兄弟じゃないの?」
哲平 「あぁ」
同僚B「やっぱり!」
同僚A「へぇ、じゃあやっぱあの貴族だったわけねぇ。すっげぇ!」
同僚B「イタリアから帰ってきてないってホント?」
哲平 「うん」
同僚A「ふーん。やめっちゃったって?」
哲平 「らしいな」
同僚A「お前も会ってないってわけかー」
同僚B「ねぇねぇ、これのね、イタリアの写真から表情全然違うの。すっごい切ない顔してんだよね。何かあったの?」
哲平 「……」

千尋 『てっちゃん!』

哲平 「さぁ? そういう設定なんじゃないの?」
同僚B「やっぱ演技なのかなぁ? そういう風には見えないんだよねぇ。でもこれが演技だとしたらめちゃくちゃ凄いよ。天才。世の女を全員虜にしてる」
同僚A「はっはっは! 凄いな!」
同僚B「そうだ、加々見くんってイタリア語分かる? 最後のページに……」
哲平 「え?」

ページを捲る

同僚B「これ、直筆で書いてあるの。どういう意味?」

哲平M「ページの最後に、ちーの字で、|Ti voglio bene《ティ・ヴォリオ・ベーネ》と書かれている……」

哲平 「ごめん、わかんない。なんだろね?」
同僚B「英語だったら分かるかもだけど、さすがにイタリア語はなぁ」

哲平M「あれから三ヶ月経った」

***
・自宅(リビング)

ぼーっとテレビを見ている哲平

哲平M「もうちーのことは忘れたいのに、それなのに世間がそうさせてくれない。テレビをつけても、街を歩いても、泣いているちーが、いつもどこかに居る」

哲平M「なぁ、どうしてあんな顔して泣いてるんだ? 今どこで、何をしてる? 元気でちゃんと笑ってる? 俺のことなんかで泣かないでくれ。辛いなら、俺のことなんか忘れてくれればいい。俺は今でもお前のことが好きだから。だから安心して、忘れてくれればいい……」
哲平M「あんな顔して泣かないでくれ……」

クラクションが聞こえる

哲平 「……」

家を飛び出す

***
・マンション前

見慣れた車が止まっている

恵  「よークソガキ! 元気だったか?!」

運転席から顔を出す恵
哲平、近づいて笑う

哲平 「あなたも相変わらずで」
恵  「そんな顔して笑うな。乗れよ」

乗る

***
・車

運転している恵、助手席に座っている哲平

哲平 「恵ちゃんもイタリアにいるんだと思ってた」
恵  「いたよ。ちょっと帰ってきてんの。いろいろとやらなきゃいけないことあるからさ」
哲平 「ちーは……元気?」
恵  「あぁ、元気だよ」
哲平 「そっか。よかった」
恵  「それだけー?」
哲平 「うん。それだけでいい」
恵  「寂しいこと言うねぇ。若いくせに」
哲平 「……」
恵  「ふー……」
哲平 「あの」
恵  「ん?」
哲平 「あの写真集の……最後のページ……」
恵  「あぁ、見た?」
哲平 「どういう意味なの?」
恵  「……」
哲平 「……?」
恵  「君を強く思う、君の幸せを祈る」
哲平 「え……」
恵  「お前にだよ」
哲平 「……っ……」

哲平、涙を零す
恵、左手で頭をガシガシ撫でる

恵  「あいつ全部知ってんだよ」
哲平 「え……?」
恵  「お前に何があったのか。それであいつも同じことやられてんの。お前の生活壊せないからって、もう会えないって」
哲平 「うそ……」
恵  「嘘なんかじゃねぇよ。俺もずーっと説得してたんだよー? もう仕事もしなくていいってなったのに、それでも日本に居たら少なからずお前に迷惑がかかるからって」
哲平 「そんな……」
恵  「あいつに会いに行ってやってよ。仕事とかさ、あるの分かるし、無理言ってんのは分かってる。でも俺もさ、あいつのあんな顔見てんの辛いんだよね」
哲平 「でも」
恵  「俺が珍しく頭下げてんだぞ? それとも何。もうホントに好きじゃなくなったー?」
哲平 「そんなこと!」
恵  「だったらさ、お願い。ちーに顔みせてやって」
哲平 「恵ちゃん……」
恵  「んー?」
哲平 「俺、なんて謝ればいいのかわかんないよ……」
恵  「馬鹿だなぁ。そんなの一言言ってやればいいんだよ」
哲平 「え……?」
恵  「愛してるって」
哲平 「……ぅ……っ……わ、かった……」
恵  「ん」

恵、また頭を撫でる

***
・イタリア

海岸で一人、防波堤の上を歩いている千尋
ポケットからハーモニカを出し、適当に吹く
夕日が沈んでいく海を見る
またハーモニカを吹きながら歩き出す
バランスを崩して海に落ちそうになる

哲平 「危ない!」

哲平、千尋を抱きとめる

千尋 「え……?」
哲平 「ちゃんと前見て歩けよ……」
千尋 「え……てっちゃん……なんでここにいるの……?」
哲平 「えっと……」
千尋 「ほんもの……?」
哲平 「うん……あの……」
千尋 「どうして……だって……」
哲平 「ちょっと黙ってろ……」
千尋 「え……」

哲平、千尋を抱きしめる
顔が見えない

哲平 「愛してるよ。迎えに来た」
千尋 「……」
哲平 「ごめんな。来るの遅くなって」

千尋、涙を零す

千尋 「……ぅ……ぅぅ……」
哲平 「ちー?」
千尋 「う……ぅぅ……っ……」

哲平、千尋の顔を見る

千尋 「最悪だよもう……」
哲平 「え……?」
千尋 「てっちゃん……かっこよすぎて……忘れられなくなっちゃうよー……」
哲平 「はははっ、忘れないでよ」

哲平、千尋にキスをする

千尋 「てっちゃん……」
哲平 「あーもう! 恥ずかしい!」

哲平、顔を真っ赤にして背ける

千尋 「……っ」

千尋、防波堤の上に哲平を押し倒す
哲平、頭を打つ

哲平 「いってぇ……」
千尋 「てっちゃん。後悔しないでよ。もう僕離せないよ? 何しても離さないよ?」
哲平 「うん」
千尋 「今のうちだからね……」
哲平 「あぁ、離さないでよ」

哲平、笑う

千尋 「てっちゃん、愛してる」
哲平 「うん。俺もだよ」

何度もキスをする二人

***
・イタリアの家

千尋の部屋で抱き合っている二人

哲平 「んっ……あ、まって、はぁっ……ちー、そこ、ばっか……やめっ……」
千尋 「だって……っ……ここがいいんでしょ?……ん……」
哲平 「あ、あ、あ、あッ、だって、そんな……ぁぅ……んんっ……すぐっ、あぁ……」
千尋 「いいよっ……んっ……イって……ほら……」
哲平 「だめっ……だって……ほんと、に、あっ……ぁあ……もう、だめっ……」

千尋、キスをする

千尋 「ん……ぅ……んん」
哲平 「ふん……っ……ん! ……んー! ……ッ! ん、ん、んん! ……ぁっ!」
千尋 「っ! ……ん……」
哲平 「はぁっ、はぁ、はぁ、はっ……」
千尋 「はぁ……はぁ……はぁ……」
千尋 「ふふっ、てっちゃん……いっぱい出たね……」

千尋、指ですくう

哲平 「もう……はぁっ……はぁ……最悪……っ……」
千尋 「えー? なんで?」
哲平 「やだって言ったのに……っ」
千尋 「だって気持ちよかったんでしょ?」
哲平 「知らん!」
千尋 「もーてっちゃん」

千尋、抱きしめる

哲平 「なに」
千尋 「愛してるよ」
哲平 「……うん……」
千尋 「結婚、してくれる……?」
哲平 「……」
千尋 「……」
哲平 「……うん……」
千尋 「え!?」
哲平 「えってなんだよ。しなくていいんならしないけど」
千尋 「やだやだやだ! する! やったぁ!」
哲平 「あー……俺……なんか道を踏み外してる気がする……」
千尋 「僕が居るから大丈夫だよ。僕がひっぱり上げてあげるから」
哲平 「……」
千尋 「愛してるよ」
哲平 「あぁ……」

キスをする

***
・イタリアの家

庭を二人、手を繋いで歩いている

千尋 「てっちゃん。愛してるよ?」
哲平 「お前さー、あんまりいい過ぎると価値なくなっちゃうよ? 現にもう挨拶みたいになってんじゃん……」
千尋 「分かってないなぁ! 愛してるの数はね……」

千尋、哲平の首に手を回す

哲平 「?」
千尋 「その人を思う分あるんだから。言っても言っても出てくるものなんだよ? その意味分かる?」
哲平 「っ……。でも……」
千尋 「愛してるよ」
哲平 「うん……」

キスをする
二人、向かい合って笑いあう

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