はじめての自殺 SF

ブラック企業のサラリーマン佐鳥魁は、人生に疲れ自殺を図る。再び目を覚ました時、佐鳥は一週間という期限付きで人造人間として甦ったのだった。故郷に戻り旧友たちと合流、そこで中学時代に別れた彼女、高山雅とも再会する。だが、その喜びも束の間、佐鳥は期限付きの命であるという運命を突きつけられるのであった。(応募時からタイトル・内容の一部を改変をしております。読み辛い箇所多々あります、すみません)
浅見貴弘 55 0 0 06/13
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第一稿

登場人物
佐鳥魁   (27) サラリーマン
    (8) 小学期
    (13) 中学期
    (15) 中学期
高山雅 (27) 佐鳥の元彼女
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登場人物
佐鳥魁   (27) サラリーマン
    (8) 小学期
    (13) 中学期
    (15) 中学期
高山雅 (27) 佐鳥の元彼女
    (13) 中学期
    (15) 中学期
満島蓮司(27) 佐鳥の親友
    (8) 小学期
    (13) 中学期
田島百子(27) 民宿オーナー・佐鳥の同級生
    (13) 中学期
真木才知 (44) 医師

佐鳥孝文 (58) 佐鳥の父
佐鳥清子 (54) 佐鳥の母
佐々木芳子(72) 近所のおばさん
運転手


〇帰り道(真夜中)
   夜空を見上げながら、歩いているスー
   ツ姿の佐鳥魁(27)、どことなく浮か
   れている。
佐鳥のN「甘えてる? 誰が?」
   佐鳥、腕時計を見る。時計の針は、夜
   中の二時三十七分を指している。

〇アパート・玄関内(真夜中)
   暗闇の玄関に入ってくる佐鳥、玄関扉
   を完全には閉めない。手にはビニール
   袋。
佐鳥のN「俺が? どこが?」

〇同・和室(真夜中)
   差し込む月明りを頼りに、和室に入っ
   てくる佐鳥。欄間の下でビニール袋か
   ら太い紐を取り出す。
佐鳥のN「ああ、めんどくさい。もうどうで
 もいいでしょ、そんなこと」
   ×     ×     ×
   佐鳥、欄間に垂れ下がった太い紐を首
   に括り付ける。
   深呼吸する佐鳥。スマホの通知音が鳴
   る。
佐鳥「ったく、ほっとけよ」
   鳴り続けるスマホをポケットから取り
   出し、操作しようとするが手が震えて
   しまう佐鳥。

〇スマホの画面
   『三月二十五日、日本人ピアニストと
   して、初の快挙。××国際コンクール
   金賞』の見出し。

〇アパート・和室(真夜中)
佐鳥のN「そういや、夢、叶ったんかな?」
   佐鳥、スマホを床に落とす。
   自嘲したあと、椅子を蹴り倒す佐鳥。

〇タイトル「はじめての自殺」

〇病院・病室
   ゆっくりと目を開ける佐鳥。ベッドの
   脇に座っている佐鳥孝文(58)、佐鳥
   清子(54)。
佐鳥「あれ、何で?」
   孝文と清子、目を覚ました佐鳥を見て、
   慌てている。
孝文「先生!」
   と、席を立ち、病室を出ていく孝文。
   佐鳥、身を起こす。
佐鳥「訳わかんねぇよ」
   佐鳥たちの病室に向かってくる足音。
男の声「目を覚ましたようですね」
清子「真木先生、ありがとうございます!」
佐鳥「(目をつぶったまま)真木先生、親父、
 お袋……これが、死後の世界なのか」
   白衣姿の真木才知(44)が、佐鳥の瞳
   にペンライトを向ける。
真木「眩しいですか?」
佐鳥「あ、はい」
真木「手術は成功しました」
   孝文、清子、頭を下げている。
   佐鳥、頭を抱えている。
佐鳥「ちょっと待って、成功、どういうこ
 と? 俺助かったの? なわけないよな」
真木「初めまして、佐鳥さん」
佐鳥「初めまして」
真木「私は再生医療の研究をしております、
真木才知と申します。不躾ですが、あなた
 は、既に亡くなっております」
   真木、ベッドの脇に設置されたテレビ
   をつける。
真木「今日は三月二十七日。佐鳥さんが、亡
 くなってから二日経ちました」
   テレビでは、××国際コンクール金賞
   の日本人ピアニストを、賞賛する番組
   が流れている。
佐鳥「(唖然として)このニュース、首吊る
 前に、スマホで見ました」
真木「佐鳥さんが亡くなったであろう、時間
 帯に入った速報ですからね」
   真木、メスを取り出す。
真木「少し腕を伸ばして頂けますか?」
   真木、無理やり佐鳥の腕を伸ばす。
真木「痛みはありませんよ、死んでますから」
   佐鳥、恐る恐る自分の腕を見る。
佐鳥「あれ? 透明」
   腕から透明の液体が滴る。
   真木、傷口を手で押さえている。
真木「こうすれば、傷口は修復されます」
   真木、佐鳥の腕から手を離すと、傷口
   は完全にふさがっている。
真木「幼少期から亡くなる直前までの画像音
 声データをご両親からお借りしました。そ
 れらの情報は、全て医療用高性能チップに
 記録、佐鳥さんの壊死した脳に埋め込まれ
 ています」
佐鳥「あの~」
真木「また視覚神経や聴覚神経などを認識す
 るAIをはじめ、四肢への運動伝達を促す
 電気信号のリレー化」
   佐鳥、自分の頭に触れる。
真木「佐鳥さんが選んだ方法が、不幸中の幸
 いでした」
佐鳥「はい?」
真木「皮膚は亀裂が入らないよう伸縮性薬剤
 を注入し、表面には防腐処理を施してあり
 ます。また油圧管を体内に巡らせ、作動油
 を心臓部のモーターで循環させています」
佐鳥「どちらにせよ俺は、死んでるというこ
 とで間違いない、でしょうか?」
真木「その通りです」
佐鳥「でも、今は生きている?」
真木「いえ、死んでいます」
   佐鳥、頭を抱えている。
真木「期限付きで動ける人造人間、これが一
 番わかりやすい表現かもしれません」
   真木、笑っている。
真木「ちなみに一週間だけです」
佐鳥「一週間?」
真木「防腐処理に使用した薬剤の効力が約一
 週間なんです」
佐鳥「先生、死んだ俺を甦らせる理由は?」
真木「治験です。このことに関しては、ご両
 親の了解を頂いております」
佐鳥「そりゃあ、この治験で世の中の役には
 立てるかもしれません。でも、俺の許可は
 取ってませんよね?」
真木「亡くなった人に、許可は取れません」
佐鳥「あ、そうか」
   真木、テレビを消す。
真木「過去、私はたくさんの自殺体を目にし
 てきました。そこで疑問を抱くようになっ
 たんです。自ら命を絶った方々は、何かや
 り残したことや、後悔がないものかと」
佐鳥「(言葉を遮り)だからって勝手なこと
 するなよ」
清子「魁、先生に向かって」
真木「治験というものは、完璧ではありませ
 ん。完璧なものにする為に、治験が存在す
 るのです」
   佐鳥、ため息を吐く。
真木「この治験にはいくつか制約があります。
 亡くなる前の佐鳥さんの現住所は、東京で
 すが、強制的に県外へ転出となります」
佐鳥「はぁ」
真木「飲食もできません。佐鳥さんの食道及
 び胃や腸などの消化器類は、腐敗を進行さ
 せるため、すでに取り除いてあります」
   佐鳥、自分のお腹を触る。
真木「充電に関してですが、ちょっと失礼」
   真木、佐鳥の左側頭部に触れる。
真木「心臓部のポンプモーターを回すには、
 電力が必要です。家庭用のコンセントで問
 題ありませんので、一日の終わりには、必
 ず充電をお忘れなく」
   佐鳥、左側頭部の端子に触れる。
真木「最後に忠告がございます」
佐鳥「?」
真木「未来への執着を示す言葉は、絶対に口
 にしてはなりません」
佐鳥「……仮に、その忠告を破ると?」
真木「佐鳥さんの体内に埋め込まれた破壊装
 置が発動され、激しい痛みや苦しみを伴い
 ながら、肉体は完全抹消となります」
  佐鳥、真木を見つめる。
真木「研究所では、常に佐鳥さんのデータを
 受信しております。一週間という期限付き
 ではありますが、万が一受信データで異常
 値を捉えた場合、即拘束し、研究所にて抹
 消とさせて頂きます」
   孝文、清子、絶句している。
真木「勘違いされては困ります。死を望み、
 選択したのは、佐鳥魁さん本人です」
   真木、佐鳥の左手の甲に注射する。
真木「データ送信器付きのGPSを埋め込ん
 でおきます」
佐鳥「監視下ということですね」
真木「佐鳥さんの安全を保障するためです、
 ご理解ください」
   佐鳥、病室の窓から、外を眺めている。

〇佐鳥家・駐車場
   孝文が運転する車が入ってくる。
   車から降りる佐鳥、孝文、清子。
   佐々木芳子(72)が通り掛かる。
芳子「あら(佐鳥に気づき)魁くん?」
佐鳥「あ、はい。ご無沙汰してます」
   芳子、佐鳥に近づき、
芳子「久しぶりね~。東京の大学受かって、
 上京した以来だったものね」
   孝文、清子、心配そうに見ている。
芳子「おばさんは、この通りぴんぴん、朝晩
 毎日、歩きまわっているから、足腰が強く
 てね。そうそう、漬物屋のちいちゃん、憶
 えてる? あの子ね」
佐鳥「すみません。電話が入ったみたいで」
   スマホを出し、電話に出る(ふり)。
佐鳥「(ふり)もしもし、ああ、お世話にな
 ります、実家で、はい」
   芳子に目顔で謝ると、玄関へと向かう
   佐鳥。

〇同・リビング
   佐鳥、リビングに入ってくる。
   荷物を抱えて、入ってくる孝文と清子。
   ソファに腰を下ろす佐鳥。
清子「お茶は体にいいのよ。癌の予防になる
 んだから。ジュースばっかり飲んでるんで
 しょ? 若いからって、不摂生しないで」
佐鳥「だからさ」
   と、笑っている佐鳥。
清子「息子の体の心配してるだけでしょ?」
佐鳥「真木先生の話、聞いてた? 飲食でき
 ないの」
  清子、目を伏せる。
佐鳥「やめやめ、そういう顔しない。俺はあ
 と一週間だけなんだよ」
   清子、微笑む。
清子「もう……遅いのよね」
佐鳥「え?」
   台所に向かう清子。
  佐鳥、清子から目を逸らす。

〇同・階段
   階段を上がっている佐鳥。

〇同・佐鳥の部屋
   部屋に入ってくる佐鳥。
   壁にバンドのポスター、本棚には漫画
   本などが並んでいる。ベッドに座り、
   部屋を眺めている佐鳥。
?「残り五十パーセントです」
   と、突然アナウンスが響く。
   驚く佐鳥、頭の端子に触れる。
佐鳥「そうか(と納得する)」
 机の片隅に置かれた、年季の入ったア
 ルミの箱。
佐鳥「懐かしい!」
   佐鳥、嬉しそうにアルミの箱に駆け寄
   ると、抱えて再びベッドに座る。
佐鳥「まだ、残ってたんだ」
   箱の蓋を開けると、大量の手紙やプリ
   クラ、写真が出てくる。
佐鳥「(笑顔で)満島のこの顔、腹立つ~。
 田島、細いな、いやけっこうかわいいぞ」
  と、写真を見ていく。
佐鳥「!」
   佐鳥、一枚の写真を手に取る。
佐鳥「雅……」
   箱の中から手紙を取り出す。佐鳥、一
   枚一枚読んでいく。
   『プロになったら、私の演奏を特別席
   で聴かせてあげる』
   『魁が免許取ったら、魁の運転でマイ
   マイワールド、連れてってね。約束し
   たからね』
   『お父さんとお母さんに、超叱られた
   よ。でもね、夜の恋人岬、また魁と行
   きたいな~。魁があたしをお嫁にもら
   えば、堂々と行けるんだけどね』
   佐鳥、最後の一枚を手に取り読む。
   『ずっと、言えなくてごめん。もし、
   待っててもらえるなら――』
   佐鳥、手紙を読むことをやめる。
   突然、スマホが鳴る。電話の相手は、
   満島蓮司(27)。
佐鳥「もしもし?」
満島の声「おい! 帰って来てんなら、連絡
 しろ、馬鹿!」
佐鳥「何で、知ってんだよ」
満島の声「佐々木のおばちゃんとこ配達行っ
 たら、出るわ出るわ、お前の話」
佐鳥「あっという間だな」
満島の声「昼夜問わず、この町の情報を求め
 奔走する、ジャーナリズムに満ちた」
佐鳥「単なるゴシップ好きだろ」
満島の声「よし! 今夜飲むぞ」
佐鳥「どうしてそうなる?」
満島の声「いいからいいから。夕方には、迎
 えに行く」
佐鳥「(言葉を遮り)満島、その前に頼みが
 ある」

〇走っている満島の車(夕)
   田舎道を走っている軽ワゴン。
   ワゴンには、『満島物産』の文字。

〇同・内(夕)
   荷台では野菜や、加工品のビン類が揺
   られている。
   運転席で、煙草をふかしている満島。
   助手席に佐鳥。
満島「それにしても、数年会わねぇうちに、
 ずいぶんと白くなったな、まるで死人だ、
 ははは」
佐鳥「……」
満島「怒るなよ、冗談冗談」
佐鳥「間違ってねぇよ」
満島「ん? 何か言ったか?」
佐鳥「別に」
   車窓から外を眺める佐鳥。
満島「俺がボケて、お前が真面目にツッコむ。
 どんなに時間が経っても、あの頃と、何も
 変わっていないことがさ、俺は純粋に嬉し
 いんだ」
佐鳥「青春映画臭いわ、その台詞口調やめて」
   我慢できず吹き出す佐鳥、満島。
満島「これこれ、この感じ!」
   満島、嬉しそうにしている。
   佐鳥、満島を見て微笑む。

〇中学校・事務所入り口内(夕)
   佐鳥、懐かしそうに室内を見ている。
神戸の声「誰かと思えば、このコンビか」
   神戸巌(59)が、佐鳥たちに向かって
   歩いてくる。
満島「ご無沙汰~、神戸ちゃん」
神戸「お前は歳食っても、相変わらず中身は
 空っぽだな」
   神戸、佐鳥を見て、
神戸「久しぶりだな、佐鳥、元気してたか」
佐鳥「ご無沙汰してます」。
神戸「あ!」
満島「急に何」
神戸「お前の顔見て思い出したが、あいつと
 は、もう会ったのか?」
佐鳥「え、誰ですか?」
神戸「高山だよ。ほら、中学卒業して、アメ
 リカに留学した」
   佐鳥、驚いている。
満島「マジ? じゃあ、こっちに帰って来て
 るってこと?」
神戸「昨日の夜、ここに来たからな」
   佐鳥、満島と視線を交わしている。
神戸「詳しいことはわからんが、ピアノ辞め
 たらしいぞ」
佐鳥「!」
満島「高山は一人?」
神戸「いいや、田島と一緒だったが」
   満島、にやにやしている。
佐鳥「行かねぇよ」
満島「いいから」
   満島、出ていく。
神戸「ところでお前ら、俺に何の用だ?」
満島「佐鳥、気が済んだろ? ということで、
 もう、大丈夫」
神戸「(呆れる)んだ、それ」
   佐鳥、頭を下げる。
佐鳥「久しぶりに話ができてよかったです。
 お体には気をつけてください、お元気で」
神戸「お元気で、はやめてくれよ。なんか寂
 しいじゃねぇか」
   佐鳥、苦笑いをする。
   満島と神戸、笑っている。神妙な表情
   の佐鳥。

〇同・駐車場(夜)
   車に向かって歩いている佐鳥、満島。
佐鳥「なあ、満島」
   満島、振り返る。
佐鳥「俺は、もう……」
   佐鳥、頭の左側頭部を触る。
満島「知ってるよ」
佐鳥「!」
満島「別れたんだろ?」
佐鳥「いや」
満島「でもって、未練タラタラなんだよな」
   満島、笑っている。
満島「とりあえず、車乗れ。話はそれからだ」
佐鳥「(照れる)ち、違う!」
満島「いいから、運転手はこの俺だぞ」
   満島、佐鳥の肩に手を回す。
佐鳥「わかった」
   歩き始める佐鳥、満島。

〇民宿『田島屋』・駐車場(夜)
   モダン調の真新しい建物。
   満島の車が入ってくる。

〇満島の車・内(夜)
   満島、窓から田島屋を見上げている。
佐鳥「田島は、何やってるの?」
満島「民宿のオーナーだけど」
佐鳥「あれ、電機メーカー勤めてたよな?」
満島「工場が地方に統合されることになって、
 行くか辞めるかの選択で、あいつは辞め
 た。で、民宿を手伝い始めた」
佐鳥「そっか」
満島「よし、行くぞ」
   佐鳥と満島、車から降りる。

〇民宿『田島屋』・駐車場(夜)
   建物を見上げている満島。
佐鳥「でも、神戸先生と会ったのは昨日だ
 ろ? もう帰ってんじゃないか?」
?「残り二十五パーセントです」
   と、アナウンスが響く。
   満島、不思議そうに周囲を見渡す。
満島「残り二十五パーセント?」
佐鳥「やべ、充電が」
満島「お前のスマホかよ、驚かせんなって」
女の声「聞き覚えのある声だと思えば」
   満島、佐鳥、振り返る。
   田島百子(27)、高山雅(27)並
   んで立っている。
   雅、右手にグローブをしている。
百子「(目を凝らす)佐鳥? 超、久しぶり
 じゃん!」
佐鳥「ご無沙汰だね」
百子「ほら、雅」
雅「え? 何」
   百子、雅の手を引いて、佐鳥の前に押
   し出す。佐鳥と雅、見つめ合っている。
佐鳥「(緊張して)ご無沙汰してます」
百子「(緊張して)こちらこそ」
雅「ねぇ、せっかくだから、みんなで飲みに
 行かない?」
満島「奇遇だな。な、佐鳥?」
佐鳥「ああ」
   佐鳥と雅、笑う。

〇居酒屋・外観(夜)
   赤提灯が似合う、古民家風居酒屋。

〇同・内(夜)
   四、五組の客。狭い店内。
   佐鳥と満島、雅と百子が並び、四人掛
   けのテーブルに対座している。
   満島と百子、何やら言い合っている。
雅「ねぇ、魁」
佐鳥「ん?」
雅「中学の時の約束、憶えてる?」
佐鳥「約束?」
雅「いいの。変なこと聞いちゃったね。気に
 しないで」
   嬉しそうに笑っている雅。
佐鳥「その約束、手紙に書いた?」
   ガッツポーズをする佐鳥。
佐鳥「マイマイワールドに、俺の運転で行く」
雅「そう」
佐鳥「あとは、恋人岬に、二人きりで行く」
   雅、涙を溜めながら頷いている。
佐鳥「どう、かな?」
雅「憶えてて、くれたんだね」
佐鳥「もちろん、憶えてるよ」
   雅、両手で涙を拭っている。
   佐鳥、雅の右手のグローブを見つめる。
佐鳥「! 雅がプロのピアニストになったら、
 特別席で聴かせてもらえる、だよね?」
   雅、右手をテーブルの下に隠す。
雅「(寂しそうに)そうだったね……」
   雅の行動を目で追う佐鳥。
   百子、音を立ててジョッキをテーブル
   の上に置く。
   雅、ちびちびと酒を飲んでいる。百子、
   雅を気に掛けている。
佐鳥「何か、気に障ることでも、言った?」
雅「ううん、何でもない。ごめん、お手洗い」
   席を立つ雅。満島、うたた寝している。
百子「佐鳥、佐鳥、ちょっと(手招きする)」
   顔を突き出す佐鳥。
百子「この際だから、あんたに頼みがある」
佐鳥「何?」
百子「雅の手見たでしょ?」
   自分の右手を叩く百子。
百子「ピアノ、もう無理みたいだよ」
佐鳥「神戸先生もそんなこと言ってたかも」
百子「気づけ! デリカシーがないわ」
   咳払いする百子。
百子「留学先で、事故に遭ってね」
佐鳥「事故?」
百子「朝のラッシュ時に、駅の階段から落ち
 ちゃって、右手の人差し指、中指、手首の
 骨折。本人曰く怪我そのものは、完治して
 るみたいだけど」
佐鳥「それ、最近の話?」
百子「ううん、もう二年前」
佐鳥「でもリハビリ、続けてたんだよね? 
 治れば、また弾けるんじゃない」
百子「だったら、雅は帰ってきてないよ」
   百子、ビールを飲んでいる。
百子「自分で選んだとはいえ、ピアノに打ち
 込む為に、色々犠牲にしてきたんだよ。事
 故で積み上げてきたものを失って、多分壊
 れちゃったんだろうね」
   佐鳥、うつむいている。
百子「佐鳥!」
佐鳥「はい?」
百子「あの子、自殺を考えて、ここに来たか
 もしれない」
佐鳥「自殺?」
   佐鳥、視線を漂わせる。
百子「雅のこと頼んだよ」
佐鳥「頼む? 何を」
百子「色々! わかった?」
佐鳥「(気圧されて)はい」
   雅、席に戻ってくる。押し黙る佐鳥。
   咳払いしている百子。
雅「ごめんね」
   入れ替わるように百子、席を立つ。
百子「トイレ~」
   口パクで、『ほら』と佐鳥を注意した
   後、トイレに向かう百子。
佐鳥「あの、さ」
雅「?」
佐鳥「いつまで、こっちにいるの?」
雅「どうして?」
佐鳥「その」
   と、言った瞬間、
?「残り十パーセントになりました。充電を
 して下さい」
   と、アナウンスが響く。
雅「?」
佐鳥「俺のスマホ!(咳払いをする)そんな
 ことより、マイマイワールド、行かない?」
雅「マイマイワールド……魁と一緒に?」
佐鳥「約束してたことだし、いいでしょ?」
雅「やったぁ!」
   喜んでいる雅。
佐鳥「そんなに?」
   百子、席に戻ってくる。
百子「どうした、どうした?」
雅「モモ! あたしマイマイワールド、行く
 んだよ」
百子「あんな廃れた遊園地に? どうせ、行
 くなら」
雅「(遮る)いいの~」
百子「まあ、あんたが楽しそうでなにより」
佐鳥「あ!」
   雅、百子、佐鳥を見る。
百子「びっくりした」
佐鳥「俺、運転免許ない」
百子「免許ないの?」
佐鳥「いや、免許は取ったんだけど」
百子「じゃあ、あるんじゃん」
佐鳥「でも、持ってない」
百子「不携帯ってこと?」
佐鳥「そうなる」
   佐鳥、頭を掻いている。
雅「ねぇ」
   佐鳥の左側頭部を指さす雅。
雅「魁、それ何?」
   慌てて、髪を撫でつける佐鳥。
百子「わかった。こいつに運転頼もう」
   百子、寝ている満島を見る。
雅「満島くんが運転してくれるなら、モモも
 行くべきだよ~」
百子「行くべきって、訳わかんない。いい、
 いい、遠慮しとく」
佐鳥「そうだよ。満島も行くなら、田島も一
 緒じゃないと」
雅「満島くんが、一人になっちゃう」
百子「そ、そう? なら仕方ないね」
   佐鳥と雅、視線を交わしている。
?「残り五パーセントです、早急に充電して
 ください」
   と、アナウンスが響く。
雅「魁のスマホだよ」
   百子、佐鳥を見る。
百子「てかさ、顔色悪くない?」
   雅、佐鳥に手鏡を渡す。
   鏡に映る佐鳥の顔、肌の色が変色して
   いる。
佐鳥「ごめん、ちょっと先に帰る」
雅「魁?」
   席を立つ佐鳥、数千円をテーブルに置
   いて、店外へ出る。

〇同・外(夜)
   ふらふらと店外へ出てくる佐鳥。

〇帰り道(夜)
   胸を押さえながら、歩いている佐鳥。

〇佐鳥家・佐鳥の部屋(夜)
   照明をつけて、ベッドに横たわる佐鳥。
   充電コードを左側頭部のコネクタに装
   着する。
   テーブルに置かれている、アルミの箱
   を見つめている。
   (先行して)はしゃいでる声。

〇マイマイワールド・出入口
   ローカルな遊園地、閑散としている。
   雅、はしゃいでる。
   佐鳥、満島、百子、雅についていく。
雅「懐かしい~」
百子「雅~ちょっと」
   百子、雅を追いかける。
   佐鳥、満島、並んで歩いている。
佐鳥「昨日に引き続き、申し訳ない」
満島「いいよ、どうせ俺は、暇な社長だから」
雅の声「魁、早く」
   雅、遠くから佐鳥に手を振っている。
   満島、佐鳥の背中を押す。
満島「呼んでるぞ」
佐鳥「ああ」
   佐鳥、雅のもとへ駆け寄る。
   その光景を見て、微笑んでいる満島。
   
〇同・内
   佐鳥、雅に腕を掴まれ、驚いている。
雅「行こう?」
   雅、佐鳥の顔を覗き込んでいる。
   照れている佐鳥。
雅「か~い~? お~い」
   雅に、スマホで写真を撮られる佐鳥。
佐鳥「!」
雅「保存保存」
   照れ笑いを浮かべる佐鳥。
   ×   ×   ×
   メリーゴーランドに乗車している佐
   鳥と雅。
   ×   ×   ×
   コーヒーカップに乗車している佐鳥、
   雅、百子、満島。
   ×   ×   ×
   ウォータースライダーに乗車している
   佐鳥、雅、百子、満島。

〇同・フードコート
   バーガーショップ前で雅と百子が買い
   物している。テーブルを挟み、椅子に
   座っている佐鳥、満島。
満島「二人を見てるとさ、なんかこう安心す
 るっつーか、ほっこりって言うのかな」
佐鳥「それ、癒し系ってことじゃない?」
満島「自分で言うか?」
   佐鳥と満島、顔を見合わせ吹き出す。
満島「思い出すんだよ、中学時代を」
   佐鳥、満島を見る。
満島「やっぱ、お似合いだよ」
佐鳥「ありがとう」
   佐鳥、雅を見ている。
佐鳥「俺にはふさわしくないから」
満島「こんな廃れた遊園地デートに巻き込ん
 でおいて、しらけたこと言うなよ」
佐鳥「本当にごめん」
満島「違うだろ、こういう時はお前の」
佐鳥「俺も戻せるなら戻したい。いや、戻さ
 ない、というか、(小声で)戻せない」
満島「お前に、その気があるなら絶対いける、
 間違いなくいける。高山のあの楽しそうな
 笑顔見ただろ?」
佐鳥「ちゃんと、俺生きてる?」
   佐鳥、テーブルを見つめている。
満島「急にどうしたんだよ」
佐鳥「みんなの目には、俺が、どう写ってる
 のかなって思って」
   満島、無理して笑っている。
満島「生きてるよ、俺が保証する」
   満島、雅と百子を指さして、
満島「今だって、モモたちがハンバーガーを
 買って来るの、待ってんだよ。生きてるか
 らこそ、腹も減るんだよ」
佐鳥「減らないんだ。俺は、もう」
満島「お前、病んでるだろ?」
佐鳥「全然」
満島「絶対おかしい。顔色も悪いし、こんな
 急な帰省も変だし。まさか、癌とかじゃね
 ぇよな?」
   佐鳥、頭を振っている。
佐鳥「お前に再会できて嬉しかった。雅や田
 島にも再会できた。だけど、俺はここに帰
 ってくるべきじゃなかった」
満島「質問に答えろよ!」
   佐鳥と満島、顔を見合わせる。
   自嘲する佐鳥。
満島「なあ佐鳥、俺が話を聞く! 一体何が
 あったんだ?」
佐鳥「もう、遅いんだよ」
満島「遅くねぇよ。話して楽になることもあ
 んだから」
   佐鳥、テーブルに置いてあるステーキ
   ナイフを見つめている。
佐鳥「俺、死んでるんだ」
満島「死んでる?」
   佐鳥、テーブルにあるステーキナイフ
   を手に取ると、左手に突き刺す。
佐鳥「全然痛くない」
満島「何してんだよ!」
   佐鳥、髪をかき上げ、コネクタを露
   出させる。
佐鳥「肌は防腐処理されている。心臓代わり
 のモーターで作動油を体中に回している。
 おまけに、GPSまで埋め込まれて、すっ
 かり人造人間」
   満島、首を振っている。
佐鳥「人生が嫌んなって、首吊って死んだん
 だよ。そんでもって六日後に、もう一度死
 ぬんだそうだ」
満島「帰ってきて、いきなり人造人間です。
 手にナイフを刺すわ、死んでるわ、訳がわ
 からん」
佐鳥「驚かせて、悪かったな」
満島「わかった、わかったから、モモたちが
 戻ってくる前に、それを抜いていくれ」
   佐鳥、ナイフを引き抜く。
   満島、目を伏せている。
佐鳥「ほら、人造人間らしいだろ?」
   と、傷口から滴る油を満島に見せつけ
   る佐鳥。満島、恐る恐る滴る作動油に
   触れる。
満島「段々、ムカついてきたわ」
   佐鳥、視線を漂わせている。
満島「俺たち四人は、偶然が重なって再会し
 たかもしれない。でも俺は、ずっと、みん
 なに会いたいと願ってたんだよ。叶ったん
 だよ!」
佐鳥「……」
満島「死んだら終わりだぞ?」
   フードコートで雅と百子、ハンバーガ
   ーを受取っている。
満島「お袋さんや親父さんのこと、神戸ちゃ
 んのこと、俺やモモのこと」
   満島、佐鳥を睨みつける。
満島「高山のこと」
佐鳥「悪いと思ってるよ」
満島「思ってるだけじゃ意味ねぇんだよ!」
   佐鳥、肩をすくめる。
満島「例え、お前が決めた覚悟であったとし
 ても、お前の人生に一度でも関わった人に
 対する責任は、絶対に消えないんだよ」
佐鳥「責任……」
   佐鳥、テーブルの上にあるナプキンを
   見つめている。
満島「?」
   佐鳥、ナプキンに手を伸ばす。
満島「おい、佐鳥?」
   左手から何かを抜き取って(伏線の為、
   手元は映さない)、ナプキンに包み、
   満島に渡す佐鳥。
満島「何だよ、これ」
佐鳥「考えがあるんだ。あとで話す」
満島「佐鳥!」
雅の声「お待たせ~」
   雅と百子が戻ってくる。
   満島、何かが包まれたナプキンをポ
   ケットにしまう。
満島「(切り替え)腹減ったよ~」
   佐鳥、左手をテーブルの下に隠してい
   る。

〇信号待ちしている満島の車・内(夕)
   後部座席では、雅と百子が寝ている。
   運転席の満島、心配そうに助手席の佐
   鳥を見ている。外を眺めている佐鳥。
   
〇佐鳥家・外(夜)
   満島の車、停まっている。
   車の脇に立っている佐鳥。
   車内には満島、百子、雅がいる。
佐鳥「じゃあ、また」
   雅、百子は反応を示すが、満島は無表
   情のまま。
百子「満島~佐鳥がじゃあね、って言ってる
 よ? おい、聞いてんの?」
   雅、百子の肩を軽く叩く。
雅「帰ろう?」
   佐鳥、慌てて、
佐鳥「疲れてるみたいだから」
   と、促す佐鳥。
   満島、車を発進させる。雅、不安げな
   顔で佐鳥に手を振っている。
   走り去っていく満島の車、曲がり角に
   消えていく。

〇回想・マイマイワールド
満島「例え、お前が決めた覚悟であったとし
 ても、お前の人生に一度でも関わった人に
 対する責任は、絶対に消えないんだよ」
   (回想終わり)
   
〇佐鳥家・外(夜)
   佐鳥、肩を震わせ、しばらく立ち尽く
   している。
   突然、玄関に向かって走り出す佐鳥。

〇同・佐鳥の部屋(夜)
   部屋に飛び込んでくる佐鳥。
   テーブルの上にあるアルミの箱、佐鳥、
   その箱を開ける。中学時代の思い出の
   品を手に取り、握る。
佐鳥「全部、俺が悪いんだよ」
   佐鳥、歯を食いしばって泣いている。
?「残り三十パーセントです」
   と、アナウンスが響く。
   膝を抱えて、泣いている佐鳥。

〇同・同(朝)
   充電器を頭から外す佐鳥の左手、傷が
   ふさがっている。

〇同・リビング(朝)
   リビングに入ってくる佐鳥。孝文は新
   聞を読んでいる。清子は台所で料理を
   している。
佐鳥「おはよう」
清子「ずいぶん早いじゃない」
佐鳥「うん」
   佐鳥、リビングを見渡している。
   家族旅行や高校入学、成人式の写真も
   飾ってある。
   佐鳥、それらの写真を眺める。
佐鳥「この写真、どこ行った時だっけ?」
孝文「草津だろ」
清子「あんたが風邪引いたせいで、温泉どこ
 ろじゃなかったのよ」
佐鳥「そうだっけ」
清子「お父さんも、久々に連休だったのにね」
佐鳥「しょうがねぇじゃん、風邪なんだから」
孝文「そうだそうだ、鬼押出し園の帰りにな」
佐鳥「うるせぇな。わかったよ、今度は、俺
 が旅費全額出して、温泉に……」
   と、言いかけて押し黙る佐鳥。
   清子、孝文も黙る。
佐鳥「(か細い声で)ごめん」
清子「何が?」
佐鳥「今回のこと、本当にごめん」
清子「どうして」
   と、涙を堪えている清子。
清子「どうして、あんなことしたの?」
佐鳥「……」
清子「あんたを産んだ親である以上、こんな
 に悲しくて、悔しいことはないのよ」
佐鳥「ああするしか、なかった」
清子「そんなことない」
佐鳥「俺だって、苦しかったんだよ!」
清子「(首を振る)聞きたくない」
   孝文、立ち上がる。
清子「親はね、そんなこと望んでない。お腹
 を痛めて産んだ子どもが、ちゃんと幸せに
 なってほしいって願ってるの」
佐鳥「じゃあ、どうしたらよかったんだよ!」
   佐鳥、涙を堪えている。
清子「親よりも先に逝く、わが子の人生を覚
 悟しろだなんてできるわけないでしょ!」
   リビングを飛び出していく清子。
   孝文、佐鳥の肩に手を乗せる。
孝文「よく、耐えたな」
   佐鳥、唇を噛んでいる。
佐鳥「ちょっと、出掛けてくる」
   リビングを出ていこうとする佐鳥。
孝文「魁?」
   と、声を掛ける孝文。
孝文「気をつけてな」
   佐鳥、微笑んでリビングを出ていく。

〇住宅街(朝)
   古めかしい住宅が建ち並んでいる。
   佐鳥(8)、満島(8)、歩いている
   現在の佐鳥を抜かしていく。

〇川沿いの歩道
   佐鳥(13)、満島(13)、歩いている
   現在の佐鳥を自転車で抜かしていく。
   雅(13)、百子(13)も自転車で抜か
   していく。

〇中学校前の歩道
   佐鳥(15)と雅(15)が仲睦まじく歩
   いている。
   現在の佐鳥とすれ違う。

〇漁港(夕)
   港で働いている老人たち。
   ビットに立って、背伸びをしている夏
   服の雅(15)が転びそうになるが、佐
   鳥(15)が腕を掴み、支える。その隣
   を通り過ぎていく、現在の佐鳥。
   
〇児童公園前の歩道(夕)
   児童公園前の歩道を歩ている現在の佐
   鳥。園内ではマフラーを巻いて、おで
   んを食べている佐鳥(15)、雅(15)
   は楽譜を開いて、ピアノのイメージト
   レーニングをしている。

〇民宿『田島屋』・前(夜)
   歩ている佐鳥。
百子の声「佐鳥!」
   佐鳥、振り返る。
   百子、佐鳥に駆け寄ってくる。
百子「雅、見なかった?」
佐鳥「何かあったの?」
百子「スマホも財布も、荷物全部置きっぱな
 しで」
   百子、苛立って頭を掻いている。
   佐鳥、動揺している。
百子「雅が行きそうなとこ、見当つかない?」
佐鳥「ごめん、わからない」
百子「まさか……」
   と、顔を歪める百子。
佐鳥「そんなことない。人は、そんな簡単に」
百子「何がわかるの?」
佐鳥「え?」
百子「雅からの連絡に一回も返事しなかった
 くせに」
佐鳥「それは……」
百子「昔からそう。佐鳥は、都合が悪くなる
 と言い訳ばっか。連絡しないのは、雅のた
 め? 本当にそうなの?」
佐鳥「俺は、雅がピアニストになる夢を応援
 したくて」
百子「そういのがウザいの! 電話も手紙も、
 全部拒絶したの、あんたなんだよ」
   百子、ため息を吐く。
百子「あの子は、片時も忘れてない」
   佐鳥、百子の顔を見る。
百子「留学中だって、興味のない佐鳥の話を
 さ、何年にも渡って、聞かされた身にもな
 ってよ」
佐鳥「それ、本当なの?」
百子「嘘だと思うなら、自分で聞け」
百子、佐鳥の両肩を持ち、正面に立つ。
百子「無意味に自分を卑下して、心痛めて、
 雅から目を逸らすのやめなよ」
   百子、佐鳥の両肩を叩く。
百子「これが、最後のチャンスだよ」
   佐鳥、頷き、走り出す。
   百子、反対側に向かって走り出す。

〇住宅街(夜)
   佐鳥、見渡しながら走っている。

〇漁港(夜)
   佐鳥、見渡しながら走っている。

〇児童公園・内(夜)
   佐鳥、見渡しながら走っている。
佐鳥「雅! 雅!」
   と、大声で呼び掛けている佐鳥。
佐鳥「(独り言)ごめんな、雅」
?「残り三十パーセントです」
   と、アナウンスが響く。
   スマホが鳴り、着信に出る佐鳥。
佐鳥「もしもし! 田島?」   
満島の声「さっさと恋人岬に向かえ!」
佐鳥「満島?」
満島の声「佐々木のおばちゃんに感謝するん
 だな」
   佐鳥、振り返る。その視線の先に、月
   明りに照らされた恋人岬。
満島の声「もっと、ゆっくり話したかった」
佐鳥「申し訳ない」
満島の声「絶対に許さねぇから」
   電話口で声を詰まらせる満島。
佐鳥「……」
満島の声「でも……お前が果たすべき責任、
 少しだけ手伝ってやるよ」
佐鳥「……ありがとう」
満島の声「早く行け!」
   スマホを切り、走り出す佐鳥。
   その先に見える恋人岬。

〇走っている真木の車・内(夜)
   走っている真木の車。
   後部座席には真木、苛立ったように外
   を睨みつける。
真木「昨日の午後から、データ送信が途絶え、
 位置情報が安定していない」
運転手「おそらく、連動しているGPSに何
らかの弊害が生じたものかと」
   真木、タブレットで位置情報を確認し
   ている。

〇恋人岬・出入口(夜)
   出入口に立つ佐鳥。
?「残り十パーセントです、早急に充電して
 ください!」
   と、アナウンスが響く。
佐鳥「うるさい!」
   山道へ飛び込んでいく佐鳥。

〇同・山道(夜)
   走っている佐鳥。

〇とある山林・前(夜)
   車から真木と運転手が降りてくる。
   タブレットで、位置情報を確認してい
   る真木。
   山林へ入っていく運転手、真木。
   
〇恋人岬・山道(夜)
   転びそうになりながら、走っている佐
   鳥。

〇とある山林・内(夜)
   運転手、真木、走っている。
運転手「もう、近くです」

〇恋人岬・山道(夜)
   辛そうに顔を歪ませ、歩いている佐鳥。
?「残り五パーセントです。早急に充電して
 ください」
   突然、座り込む佐鳥。

〇とある山林・内(夜)
   座り込んでいる人陰。
   運転手、真木、安堵した表情。
真木「佐鳥さん? 無茶はいけませんよ」
   人陰に手を伸ばす真木。

〇恋人岬・山道(夜)
   立ち上がって歩き始める佐鳥。

〇とある山林・内(夜)
   驚いている真木。
   立ち上がる人陰、振り返る。
満島「初めまして、満島と申します」
真木「どうなってるんだ!」
満島「これを追ってたんですね?」
   GPSチップを見せる満島。唖然とし
   ている真木。
満島「騙してすみませんでした。でも、あい
 つには、最期にやらなければならないこと
 があるんです」
   神妙な表情の満島。

〇恋人岬・展望台(夜)
   展望台の広場に飛び込んでくる佐鳥。
佐鳥「雅!」
   落下防止の外側に立つ雅、ゆっくり振
   り返る。
佐鳥「俺も一緒に飛び降りようか?」
雅「魁、冗談はやめて」
   佐鳥、微笑む。
雅「そうだよね、くだらないよね、あたしの
 人生も、命も」
   と、自嘲する雅。
   佐鳥、雅に近寄る。
佐鳥「自分の人生なんだから自分で決めたら
 いい。死んでしまえば、誰の声も届かない
 から」
雅「……」
佐鳥「雅に、最初で最期のお願いがある」
雅「何?」
佐鳥「俺の愚痴聞いてから、飛び降りるかど
 うか、決められないかな?」
   雅、ゆっくり頷いている。
雅「わかった」
佐鳥「ありがと」
   佐鳥、雅を見つめている。
佐鳥「信じて進んだ道だったはずなのに、い
 つの間にか足かせ手かせで自由を奪われて
 て、真っ暗な先の見えないトンネルに、迷
 い込んじゃったんだよね」
   と、自嘲する佐鳥。
佐鳥「逃れるには、人生終わらせるしかない
 って、あの時は、それが正解だった」
   雅、頷いている。
佐鳥「よく考えたし、納得もした。でも、自
 殺って、単純によくない」
雅「魁が言ってることは綺麗ごとなんだよ。
 ここで引き返してたって、何も変わらな
 い! 苦しくなるに決まってる?」
佐鳥「綺麗ごとでも、雅が生きていてくれれ
 ば、それだけでいい」
雅「答えられないよ。あたしは魁になれない
 し、魁はあたしになれないの! あたしは、
 死にたい。終わりにしたい」
   雅、体を震わせながら海へ体を向ける。
佐鳥「俺は……もっと、生きていたいよ」
   雅、ゆっくり振り返る。
?「破壊装置発動します」
   と、アナウンスが響く。
   佐鳥の肌の色が急激に変色していく。
佐鳥「首を吊って、一回死んでんだよね」
雅「何言ってるの? 馬鹿にしな……」
   佐鳥、上半身を脱ぐと、機械部分を露
   わにする。
   雅、驚いている。
佐鳥「これが、俺にしかしできない責任」
   首を振りながら、動揺している雅。
佐鳥「あと数分もすれば、肉体は跡形もなく」
   佐鳥の体が消滅し始める。
   雅、目を大きく見開いている。
   佐鳥、雅に手を伸ばすが、膝から崩れ 
   落ちる。
雅「魁!」
   展望台側に戻ってくる雅。
佐鳥「戻ってきてくれた……よかった」
雅「ちゃんと説明して! ずるいよ、こんな
 やり方。死んでるなんて、嘘つかないで」
   佐鳥、雅の肩に腕を掛け立ち上がる。
佐鳥「ごめんね、雅」
   落下防止柵の上に腰掛ける佐鳥。
佐鳥「たくさんの思い出に、やっと再会でき
 たってのに、もう一回死ぬって考えると怖
 くて、悔しくて、もっと生きていたいって
 思うんだよ」
  佐鳥、堪え切れず泣き出す。
佐鳥「時間は残酷だね」
   雅、佐鳥を強く抱きしめる。
佐鳥「全然約束守れなくて、ごめんね」
雅「そんな言い方しないで、あたしこそ、ご
 めんね」
   佐鳥の足が消滅していく。
雅「魁、魁!」
   佐鳥の右腕が消えていく。
   佐鳥、残った左腕で雅を抱きしめる。
   雅、佐鳥の体にしがみついている。
雅「絶対に離さないから」
佐鳥「そろそろ逝かなきゃ……」
   佐鳥、雅の頭を撫でる。
佐鳥「(笑顔で)さよなら、雅」
   と、左腕で雅を展望台側へ突き飛ばし、
   海に身を投げる佐鳥。
雅「いやぁ!」
   泣き崩れる雅、月明りに照らされいて
   いる。満島、百子、真木、運転手が展
   望台に飛び込んでくる。
満島「佐鳥……」
百子「佐鳥? 嘘でしょ?」
   百子、雅に駆け寄る。
   真木、顔を歪ませている。
百子「雅、どういうこと、ねえ」
   百子の問いかけに、反応できない雅。
   満島、落下防止柵の前に立ち、海を見
   つめている。
満島「(呟く)じゃあな、佐鳥」
   と、微笑んだあと、堪え切れず泣き始
   める満島。

〇漁港
   漁船が往来している。
   T「一ヶ月後」

〇公民館・前
   百子、看板を設置している。
百子「センスいいわ、あたし」
   満島の車が停車し、子どもたちが降り
   てくる。
満島「慌てないで、順番にね」
   百子、子どもたちを中に入るよう促し
   ている。
百子「どうぞ、中に入ってください」
   商工会議所に入っていく子どもたち。
   満島、百子の隣に立ち、
満島「(看板を見て)心配してたけど、けっ
 こういいじゃん」
百子「はあ? 偉そうに」
満島「褒めてんだから、素直に喜べよ」
百子「その上から目線な発言、むかつくわ」
満島「どうして、そうなるんだよ」
   笑い合っている満島と百子。
百子「佐鳥にも、聴かせたかったな」
   孝文、清子が現れる。
満島「おじさん、おばさん、どうぞ」
孝文「招待してくれてありがとう」
   孝文、清子、商工会議所に入っていく。
   腕時計を見て、
百子「そろそろ時間だね」
   と、満島の腕を掴む百子。
満島「! え?」
   百子と満島、商工会議所に入っていく。
   看板には、『高山雅 ピアノ演奏会』
   と色とりどりに描かれている。

〇同・小さなホール
   大きな窓があり、その窓からは恋人岬
   が見える。
   ピアノが置いてあり、パイプ椅子が並
   んでいる会場。
   子どもから大人まで老若男女が座っ
   ており、会場内は賑やかである。
   雅、会場に入ってくると、拍手で迎え
   られる。雅、驚きながらも、どことな
   く嬉しそうに笑う。
   百子と満島も会場に入ってくる。
   ステージ上のグランドピアノの前に移
   動し、椅子に腰かける雅、鍵盤に指先
   を乗せる。
   静まる会場内。場内の端で、並んで立
   っている満島と百子。
満島「俺のおかげで、あいつは特別席で聴
 けるんだよ」
百子「え? どういう意味?」
   満島、口元にシーっと指を立てる。
   百子、不満そうな顔をする
○同・ステージ上
   雅、深呼吸をしたあと、弾き始める。
   ピアノの譜面台に、佐鳥の写真。
   
                (了)

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