縁の品 ドラマ

目黒正(38)は、父の通夜の際、縁の品を探す。 仕事一辺倒で真面目だった筈の父の部屋からは、クラブのマッチが無数に見つかる。 目黒はマッチを母に隠そうとするが、それには目黒の知らない意外な縁があった。
西村正英 8 1 0 03/29
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第一稿

人物
目黒正(38)
目黒政子(66)
目黒清一(83)
葬儀屋

本文
◯目黒家・外観(夕)
   住宅街の真ん中、「目黒」の表札がかけられた、木造二階建ての一軒 ...続きを読む
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人物
目黒正(38)
目黒政子(66)
目黒清一(83)
葬儀屋

本文
◯目黒家・外観(夕)
   住宅街の真ん中、「目黒」の表札がかけられた、木造二階建ての一軒家。
   家の前には、白いバンが止まっている。

◯同・玄関(夕)
   電話台の置かれた、古い作りの玄関。
   普段着の目黒正(38)と目黒政子(66)、廊下に立ち、葬儀屋は靴を履いている。
目黒「じゃあ、明日話す内容は、いただいた
台本の通り整理しておけばいいんですね」
葬儀屋「はい、あとは何か縁の品などもござ
いましたら、いくつかご準備いただければ」
政子「縁の品……何かあるかしら?」
   葬儀屋、立ち上がって一礼し、引き戸を開けて出て行く。
目黒「父さんの書斎に何かあるでしょ。探し
ておくよ」
政子「じゃあ、正に任せるわね。清一さん、
真面目で、趣味も飾り気も無い人だったか
ら……」
目黒「日本じゃそんなお父さん、珍しくも無
いよ。それでも探せば、意外な趣味の一つや二つ、あるかもしれないよ?」
政子「そうかしら?」
目黒「そうだよ。明日は忙しくなるだろうか
ら、母さんは適当なところで切り上げてね」
   玄関の外から、車のエンジン音が響き、遠ざかる。

◯同・書斎(夜)
   古くて黒い木の机がある書斎。
   部屋の壁を覆って据え付けられた本棚に、測量系の技術書が詰まっている。
   目黒、部屋の中央で本棚を一瞥する。
目黒「さすが父さん、見事に仕事の本ばかり
で、色気が全く無いな……と」
   目黒、机の引き出しを何気なく開ける。
   引き出しの中には、同じ柄のマッチ箱がギッシリ入っている。
目黒「ハハハ、やっぱり」
   目黒、マッチ箱の一つを引出しから取り出し、眺める。
目黒「クラブ、セントリバー、ね。古そうな
名前だよ……」
   目黒、机に座る。
目黒「ま、父さんにも若い頃があったってこ
とだ。それは結構なんだけど……」
政子の声「正、ちょっといいかしら?」
   政子、部屋に入ってくる。
   目黒、咄嗟に引出しを閉め、手にしていたマッチ箱をポケットにしまう。
政子「そろそろ、火の番、代わってもらえな
いかしら。……どうしたの?」
目黒「いや……わかったよ」
   目黒と政子、部屋を出る。

◯同・寝室(夜)
   壁に大きな時計がかけられた和室。
   時計の音が響く部屋の中央で、寝化粧を施された目黒清一(83)、布団に横たわっている。
   清一の枕元、香炉が焚かれている。
   清一を挟み、目黒と政子、座っている。
目黒「話って何だい母さん」
政子「ううん、話って程のものじゃないけど、
父さんの部屋、何か見つかったかしら?」
目黒「いや……何も」
政子「そう、わかった」
目黒「……」
清一「……」
政子「……」
目黒「母さん?」
政子「ごめんなさい。ただ、悲しくてね」
目黒「こんな仕事馬鹿の亭主関白でも、やっ
ぱり死んだら悲しいんだ?」
政子「正」
目黒「……ごめん、言い過ぎたよ」
政子「良いのよ。別に死んだことが悲しいわ
けじゃないし」
目黒「え?」
政子「ただ、この人の部屋で何も見つからな
かったことが悲しいだけ」
目黒「……」
政子「ごめんなさい。もう私、寝るわね。火
の番、よろしくね」
   政子、部屋を出て行く。
目黒「父さん……全く、最後の最後に、とん
だ大災害だよ」
   目黒、短くなった線香の先を見つめる。
目黒「あんなに沢山通い詰めて、よく母さん
に隠し通せたね」
   目黒、新しい線香を取り出すと、ポケットからマッチ箱を取り出し、中を見る。
   マッチ棒、ギッシリと詰まっている。
目黒「吸わなかったもんな。酒だってそんな
に飲めないくせに」
   目黒、マッチを使って線香に火を点け、香炉に刺す。
目黒「……」
   目黒、マッチ箱を見つめる。
政子の声「大丈夫?」
   目黒、マッチ箱をポケットにしまう。
   政子、部屋に入ってくる。
目黒「いや、何にもないよ?」
政子「何かあったら大変だわ。火の元が心配
だし、やっぱり私も付き添うわね」
   目黒、ポケットを一瞬見やる。
目黒「いや、俺一人で大丈夫だよ」
政子「駄目よ。あなたにお嫁さんでもいれば、
話は違ったでしょうけど」
目黒「はぁ……今、それを言わないでよ」
政子「こんな時でもないと落ち着いて話せな
いから話してるのよ」
目黒「父さんはね、母さんのそういう神経質
なところ、内心うんざりしていたと思うよ」
政子「な……」
目黒「そうでもなければ、こんなもの、出て
こないものな!」
  目黒、マッチ箱を取り出し、政子に突き付ける。
政子「え、これは……」
目黒「書斎の引き出しから沢山出てきたよ」
   政子、マッチ箱を受け取り、見つめる。
目黒「父さんも隅に置けないよね。実直を絵
に描いたような人だと思ってたけど、妻子に内緒で通ってたんだ」
政子「……」
目黒「……嘘だよ。それは俺が通ったお店で」
政子「このお店、もう無いわよ」
目黒「……え?」
政子「そう、これが、沢山……」
   政子、顔を上げると、涙を目に浮かべている。
清一「……」
目黒「……父さん!なんでこういうの処分し
とかないんだよ!母さん泣いてるじゃないか!」
清一「……」
政子「正、違うの」
目黒「違わないよ!厳格で実直な父親の顔し
 といて、最後の最後でこんな裏切りってな
いじゃないか!」
政子「正!」
   政子、目黒の頬を叩く。
政子「……違うのよ」
目黒「え?」
   政子、マッチ箱を抱きしめ、清一を見つめる。

◯同・書斎(夜)
   目黒と政子、部屋に入ってくる。
政子「きっと、ここね」
目黒「……母さん」
   政子、机の引き出しを開ける。
政子「やっぱり、清一さんらしい」
   政子、引出しの皿に奥を探ると、一葉の写真を取り出す。
目黒「え?」
政子「クラブセントリバーに勤めてた若いホ
ステスの写真よ。この人が40過ぎくらい
の頃かしら」
目黒「母さんだ……」
政子「マッチ、持って戻りましょう?今夜は
沢山使うものね」
   政子、目黒を見つめ、笑う。

◯同・寝室(夜)
   布団に横たわる清一を挟んで、目黒と政子、座っている。
   香炉の脇にマッチ箱の山が出来ている。
目黒「じゃあ、父さんはクラブのお客さんで」
   目黒、線香を取り出し、マッチで火を点ける。
政子「くっついた時には、ちゃんとお店は辞
めていたわよ?デキ婚でもないし」
   政子、清一を見つめる。
清一「……」
   目黒、線香を香炉に刺す。
政子「吸わないのに、必ず毎回、マッチ箱を
持って帰ってたのよ。まさか残してて、それが息子に見つかるなんてね」
   政子、マッチ箱の一つを手に取り、見つめる。
目黒「母さん、父さんに幾ら貢がせたの?」
政子「その分、きちんとこっちで貯め込んだ
し、尽くしたつもりよ」
目黒「そして父さんも、それに応えた、か」
政子「そう、だから話を戻すけど、男の人は
40過ぎてもまだ間に合うんだから……」
   政子、清一の頬に触れる。
政子「早く、孫の顔を、私達に見せなさい?」
目黒「……わかったよ。きちんと相手探すよ」
政子「上司の誘いを断らないで、お酒を飲み
に行くだけでも違うみたいよ?」
目黒「そこで惚れ込んで、通い詰めるような
相手が見つかれば、ね」
   目黒、窓の外を見ると、日が昇っていく。
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