人 物
山本大志(27)無職
名塚史也(28)大志の先輩
山本美樹(27)大志の妻
高野尚子(40)大志の客
〇ファミリーレストラン・中
山本大志(27)と高野尚子(40)、対面して
座っている。
大志は両手は膝に、背筋を伸ばして真
剣な表情。
尚子、早口で話している。
尚子「全然気にもしないし、どう思います⁉」
大志、目を瞬かせて
大志「どう? どう……」
大志、眉間に皺を寄せ、顔前で手を揉
んだり、擦り合わせたりする。
尚子「聞いてないとか、え、そんなことあり
ます? この距離で」
大志「いえ! いえ、聞いてます。もう、ね?
4周目ですし……」
尚子「同じことばっかりって言いたいの?」
大志「いやいやいや。そういうことでは」
尚子、大志を睨みつける。
大志、尚子の視線から逃れるように鞄
からノートと筆箱を取り出す。
大志「整理しましょう」
大志、机の上にノートを広げ、ペンを
片手に高野家の相関図、悩み、言い分
をノートに書いていく。
大志、ノートを書き終えて、確認しな
がら
大志「長男夫婦を説得……は無理。施設、は
定員なし。在宅ヘルパーは、お義母さんが
嫌……」
大志を睨む目が険しくなっていく尚子。
大志、ノートから目を離して、尚子に
大志「どうしようもないじゃないですか」
尚子、机を大きく叩いて、立ち上がる。
大志、肩を震わせる。
尚子「帰ります」
大志「……お金……」
尚子、乱暴に千円札を置いて、去る。
茫然と尚子を見送る大志。
大志の席の隣、仕切りの向こうに座る
名塚史也(28)が顔を出して
名塚「成長しないのな、お前」
力なく名塚に視線を移す大志。
× × ×
テーブル上、かき氷と瓶に入ったプリ
ンが向かい合わせにある。
対面して座る大志と名塚。
大志、かき氷のトッピングを、外した
受け皿へ順番に移動している。
名塚、プリンの瓶を手に取って食べ
名塚「最近のプリンってさ、プリンって感じ
しないよな」
大志「……正解は、何なんでしょう」
名塚「何だろう。トロリン?」
大志、トッピングを外し終えたかき氷
を手前から崩して溶かしていく。
名塚「無視すんなよ」
大志、手を止めて大きく項垂れる。
名塚「まあ、あれだな。話聞くことだな、根
本」
大志「聞いてますよ。聞いて、思いつく解決
策全部言って。なのに無理とか、嫌だとか、
響かないっていうか」
名塚「耳を澄ましましょう、子羊よ。心の声
を聞くのです」
大志「心に声帯はない! 目に見えないこと
をどうやって知れっていうんですか」
両手で頭を覆う大志。
名塚、大志のかき氷を掬って食べる。
名塚「あ、正解。交換ね」
名塚、大志を気に留めず、プリンとか
き氷を交換する。
受け皿のトッピングをかき氷にぶち込
んで食べ始める名塚。
大志、顔を上げて名塚を睨み
大志「僕の意思はないんですか?」
名塚「当たり前。払うのどうせ俺だもの」
大志、プリンを名塚の方へ突っ返す。
名塚「いらない?」
大志「卵アレルギーなんです。食べたら泡吹
いて、痙攣します」
名塚「へー」
名塚、片手にスマートフォンを持ち、
操作しながら食べ進める。
スマートフォンにはラインのメッセー
ジ画面。美樹へのメッセージ。
【おたくの無職。卵アレルギーですっ
て? 泡吹いた写真とかある?】
名塚「アレルギーってそんななるの?」
大志「子供のときですけど、一度」
名塚「あ、子供のとき」
名塚のスマホに美樹の返信。【今どこ】
名塚、【ファミレス。スーパーの方】と
美樹に返す。すぐに既読表示される。
しばらく、画面を見ながら食べ進める
名塚。
大志、千円札を両手で広げ
大志「このままだったらどうしよう」
名塚「さあ、なるようになるんじゃない?」
大志「このままじゃ、美樹も、未来の息子娘
も全員……最低限でいい。健康で文化的な
生活をください」
名塚「クビじゃあね」
名塚、大志の背後遠くを見つめ、察し
たように慌てて席を立つ。
名塚「何かさ……終わったら、また来るわ」
大志「はい?」
去っていく名塚。
大志、名塚に向かって呼び掛けようと
するが、席隣の通路に人が立つ気配を
感じて確認する。
山本美樹(27)が大志を睨んで立つ。
大志、通路反対側に後ずさって
大志「美樹⁉ どうして」
美樹、無言で大志を睨み続けている。
大志、気づいて
大志「あっ、違う! 違うんだ! 今は、仕
事の休憩中で……」
美樹「仕事なんてないじゃない!」
大志、体を強張らせる。
美樹「名塚に聞いた。それももう、とっくの
前!」
大志「……ごめん」
美樹「何で?」
大志「その、クビの理由はよく」
美樹「そうじゃなくて! 何で言わなかった
の、私に。何で、何にも言わないの⁉ い
っつも!」
大志「美樹に言ったって。……変わらないじ
ゃない? 何も」
美樹、一瞬体の力が解け、唇を噛む。
大志「クビがなくなる訳でも、仕事が見つか
る訳でもない。だから事態が落ち着いてか
ら」
美樹「別れよう」
大志「え」
美樹「もう、別れよう。離婚」
大志「離婚って。いや、離婚は、そんな、勢
いで軽く言うことじゃ」
美樹「勢いでも、軽くでもない。ずっと考え
てた。毎日ずっと考えて、でもダメ。大志
はきっと言ってくれる。ちゃんと待とうっ
て思ってた。なのに、今日、爆発した」
大志「爆発、とは?」
美樹「卵! 卵のせい!」
美樹、テーブルの上のプリンを見る。
美樹、勢いでプリンとスプーンを持っ
て掬い、大志の口の前に持っていって
美樹「食べて」
大志「え?」
美樹「どうするかで離婚考える」
大志「意図は? 何?」
美樹、スプーンのプリンを大志の唇に
当てる。
固まる大志。しばらく、より目でプリ
ンを見つめた後、瞼を固く閉じて、目
の前のプリンを食べる。
目を見張る美樹。
大志、美樹の手からプリンとスプーン
を奪って、食べだす。
美樹「信じらんない。知らない! 離婚!」
その場を去っていく美樹。
手を止めて、茫然とする大志。
大志「……何で?」
気づいて、プリンとスプーンを離し、
手で口を押える大志。
〇ファミリーレストラン・男性用トイレ
大志の下手な嘔吐き声が響いている。
名塚、トイレに入ってきて、個室の前
に立つ。
名塚「大丈夫か?」
個室の扉が少し開く。
大志が顔を見せて
大志「先輩、すみません。思いっきり、指つ
っこんでくれます?」
大志、人差し指と中指を立てて、口に
入れるジェスチャーをする。
大志「自分じゃうまく吐けなくて」
名塚「えー、やだ。気持ち悪いもん」
大志、力ない目で名塚を見た後、扉を
閉める。
個室から再び嘔吐く声が響く。
名塚「指怖かったら、あれしてみ? 歯食い
しばって、腹に力入れる感じ」
個室の声が一瞬止む。力んで籠った声
に変わる。しばらく続くが、徐々に嗚
咽が交じりだす。
× × ×
個室の中。山本が嗚咽交じりに嘔吐く。
ノックの音があって、大志が振り返る。
扉の下から差し出されているハンカチ。
名塚の声「使う?」
大志、涙目を瞬かせる。
× × ×
個室外。個室前にしゃがんでいる名塚。
大志の声「いいです。トイレットペーパーあ
るんで」
名塚、立ち上がって小声で
名塚「そういうところよ、お前」
大志の下手な嘔吐き声が再び響く。
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