ヒーロー49 ドラマ

入院患者影山英太郎。収賄容疑によって政界を追われた大物。しかし、その内部には、この政治家を糾弾し、命を消された新聞記者天川光太郎が潜んでいるのだ。
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第一稿

―老人特有のかすかに空気が漏れるような、苦しそうな呼吸。
○  病院・ベッド
横たわっている影山英太郎(72)。 苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている日向若菜(27) ...続きを読む
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―老人特有のかすかに空気が漏れるような、苦しそうな呼吸。
○  病院・ベッド
横たわっている影山英太郎(72)。 苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている日向若菜(27)。
若菜「影山さん・・・どっか散歩でもしました?」
苦しげに首を振る影山。
若菜「・・・おっかしいなぁ」
脈を測り終えて、
若菜「・・・とにかく、安静ですよ、安静」
ゼイゼイ言いながら頷く影山。

○  同・廊下
病室を出て来る若菜。若菜と並んで歩き出す柴田直美(33)。
若菜「気になるんですよね」
直美「何が?」
若菜「影山さん・・・何か、手に泥のようなものが」
直美「手に泥・・・?」
若菜「ええ・・・乾いていましたけど」
直美、くすっと笑いながら、
直美「まさか、夜遊びしているンじゃないでしょうね、あの身体で」
若菜「まさか・・・」
直美「でも、あのクソジジィ、現役の頃は物凄かったみたいよ」
若菜「物凄い・・・?」
直美「知らない?裏社会の帝王だったンだって・・・ブイブイ言わせてたらしい」
若菜「・・・」
直美「私たちのお金でね・・・そこが問題よ・・・自分のお金でブイブイ言わせるなら、良いわよ・・・人様のお金使い込んで、それで、都合が悪くなると、さっさと入院して・・・」
若菜「・・・」
直美「何、若菜ちゃん・・・まさか・・・患者は患者、みんな平等ですってそんなこと思ってるんじゃないわよね?」
若菜「(そう思ってた)いや・・・」
直美「平等なもんですか、あいつらが出鱈目やったお陰で、その頃、逆に死んでいった弱い人がたくさんいるんだから」
若菜、直美に圧倒され、何も言えないでいる。
直美「どうして、悪い奴ほど長生きするのかしら?」
沈んだ若菜の表情を見て、はっとする直美。
直美「あ、ごめんなさい・・・私、余計なこと、言った」
若菜「いいえ」
首を振る若菜。

○(回想)葬儀場
雨が降っている。
弔問客の声「ここだけの話、だけどサ・・・ただの事故じゃ無いみたいなんだよな」
弔問客の声「どういうこと?」
弔問客の声「アンタッチャブル・・・触れられない、触れちゃいけない問題に触れたらしい」
弔問客の声「嘘だろ・・・そんなことが、この国であんのかよ」
弔問客の声「しっ・・・」
黒い傘をたたみ、軒下で礼服に付いた水滴を払う若菜。煙草に火を付ける弔問客。若菜、空に吐き出された煙をぼんやりと見つめて。

○  病院・ベッド(夜)
横たわっている影山。窓の外、雷が鳴る。はっと目を開く影山。雷の光が影山の顔を蒼白く照らす。ゆっくりベッドに起きあがる影山。

○  同・当直室(夜)
ぼんやりとアルバムをめくっている 若菜。

○  天川光太郎の写真
さまざまな姿。若菜と二人のものも。

○  同・当直室(夜)
ふっと何かを感じて立ち上がり、廊下に目を向ける若菜。―誰もいない。
再び、アルバムに目を落とす若菜。

○  同・廊下
スーツを着て、静かに歩いている影山。

○  都会・鳥瞰(夜)
ずっと高みを飛んでいる視線。街を見下ろして。都会を埋める眩しい光。

○  通り(夜)
コンクリートの壁を支えにしながら、ゆっくり歩き続ける影山。

○  病院・当直室(夜)
ぼんやりとアルバムをめくっている 若菜。

○  同・廊下(夜)
足音を響かせ、歩く若菜。

○  同・病室―影山の(夜)
ガラリとドアを開け、真っ直ぐ影山のベッドへ行く若菜。おそるおそる蒲団をめくる。丸まって寝ている影山。すうすうと気持ちよさそうに、寝ている。手に持っていた懐中電灯を付け、影山の指先を照らす。
若菜「おっかしいなー」
指先きれいなのである。暫くじっと指先を見たり、影山の寝顔を見るが、特に異常認められず。
若菜「(呟き)おっかしいなー」

○  同・当直室(夜)
紅茶を飲みつつ、物思いに耽る若菜。

○  同・病室―影山の(夜)
ベッドの中、目をカッと開け、何か考え込んでいる影山。

○  同・当直室(夜)
―日、替わって。
ぼんやりとアルバムをめくっている 若菜。

○  同・廊下(夜)
足音を響かせ、歩く若菜。

○  同・病室―影山の(夜)
ガラリとドアを開け、真っ直ぐ影山のベッドへ行く若菜。おそるおそる蒲団をめくる。
そこに影山いない。シーツのようなものが、丸めてあってー
表情を変え、廊下に飛び出す若菜。

○  同・廊下(夜)
走っている若菜。

○  同・廊下(夜)
スーツを着て、静かに歩いている影山。背後からパタパタと若菜の足音が聞こえてくる。後ろを振り返り、それから慌てて、歩く速度を増す影山。

○  同・廊下(夜)
若菜、角を曲がった影山の背中見つけ、走る。
パタパタと走る。角を曲がったところにエスカレーターがあって、ちょうど、扉が閉まる。ちらりと影山の顔が見える。
若菜「影山さんっ!」
駆け寄るが、扉開かず。悔しそうに扉、階を示すボタンを見つめる若菜。ボタンはぐんぐん降下している。
エスカレーター隣に、階段に通じる扉がある。その扉を開け、階段を降り出す若菜。

○  同・階段(夜)
ばたばたと駆け下りていく若菜。

○  同・一階(夜)
ゼィゼィハァハァ言いながら、エスカレーターの表示を見る若菜。影山はとっくに降りてしまったようで。

○  同・玄関(夜)
夜間外出用のドアが音を立てる。はっとそのドアの方へ向かう若菜。
ガラスを通して。表通りへ歩いていく影山の背中が見えるようなー
若菜「何なの・・・一体・・・?」
直美の声「で、朝になったら、スヤスヤ眠っていた?」

○  病院・屋上
話している若菜と直美―休憩中。
直美「体にアザ?」
若菜「ええ。ああやって、外に行って何かしているんですよ」
直美「良いンじゃない」
若菜「え」
直美「自分で自分の命、縮めて・・・きっと今ごろ、罪悪感感じてンじゃないの」
若菜「罪悪感・・・」
直美「若菜ちゃんサ、あいつはほどほどで良いよ・・・どうせ、体治ったら、もっと悲惨な運命待ってるンだから」

○  病院・外観(夜)
―日、替わって。

○  同・駐車場(夜)
軽自動車が停まっている。
私服で運転席に座っている若菜。ラジオ番組が流れている。音楽など流れていて。
DJの声「・・・この曲を、今年の九月に死んだ恋人に捧げます・・・、まだ、二十八でした、この曲は、その彼がー」
スイッチをOFFにする若菜。
しょんぼりして。ふと顔を上げると、病院出口から出てくる影山。
若菜「あ(来た、とか呟いて)」
影山、スーツを着て、静かに歩いている。車の中の若菜には気付かず。車の前をとぼとぼと歩き、駐車場を出て表通りへ出る影山。大きく息を吐く若菜。静かにドアを開けて。

○  通り(夜)
とぼとぼと歩く影山。十数メートル離れて、影山に気付かれぬよう歩く若菜。
―その姿がいくつか重ねられて。

○  同
角を曲がった影山。
少し離れて、角を曲がる若菜。
そこには、どーんと

○  ラブホテル・前(夜)
けばけばしい装飾。
すっと建物へ入っていく影山。
若菜「え」
立ち尽くす若菜。ふーん、とか言いながら。
若菜「心配して、損しちゃった」

○タイトル
「スーパーヒーローになるために」

○(回想)通り(夜)
雨が降っている。
傘をさした人が行き交っている。
店の前に人だかり。パトカーのランプも点灯していて。
傘をさして、歩いてきた若菜、何か嫌な予感を感じ。傘をたたみ、走り出す。人だかりに近付くと、声が聞こえる。
声「刺されたらしい」
声「喧嘩だってサ」
必死になって、人ごみを掻き分ける若菜。パッと視界が開ける。そこに天川光太郎(28)が倒れていて。喉から吹き出た血が、雨に打たれ、アスファルトに広がっている。何も言えない若菜。ただ立ち尽くして。
直美の声「で、何、あのジジィ、ラブホに入っていったのね?」

○  病院・屋上
話している若菜と直美―休憩中。
若菜「がっかりしました」
直美「尾行するなんて、あんたも物好きだね」
若菜「一応、心配してたンですよ」
直美「心配した挙句、七十過ぎのジジィにラブホに入っていかれたンじゃかなわないよね」
若菜「ホントです・・・あのアザだって何かそういう下品なものなんでしょう・・・馬鹿馬鹿しくなっちゃいました」
直美「・・・若菜ちゃん」
若菜「はい?」
直美「あなた、プライベート、充実させましょ」
若菜「え」
直美「今度、合コンがあるんだけど。どう?」
若菜「え」
直美「あんなジジィ追いかけている暇があったら、若い男追いかけなきゃ」
若菜、俯く。
直美「私だって、こんな話題、しにくいのよ、ホント・・・気持ちだって、分かるから」
微笑みながら、頷く若菜。
直美「オッケー?」
頷く若菜。
直美「良かった。みんな、喜ぶ。あなたが来るって知ったら」

○  病院・ベッド
横たわっている影山。苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている若菜。
若菜「・・・影山さん」
遠い目をしている影山。
若菜「影山さん!」
影山「・・・はい?」
若菜「この間、私は何と言いました?」
影山「え」
若菜「この間、脈をとった時です。覚えてませんか?」
影山「はて・・・」
若菜「とにかく、安静。私、そう言ったンです」
影山「はぁ・・・」
若菜「病院ってところは」
大きく息を吸い込み、
若菜「助かろう、長生きしようって言う人が来るところなんです。影山さんみたいに、命を乱暴に扱う人が来るところじゃありません」
影山「命を乱暴に?私が?」
きょとんとしている影山。
若菜「とぼけたって駄目ですよ・・・しっかり見たンですから」
影山「見たって何を?」
若菜、じろっと影山を睨みながら
若菜「無断外出。してますよね?」
遠い目をしている影山。
影山「私が・・・無断で?」
腹を立て、乱暴に立ち上がる若菜。
若菜「今度、あんなことをしたら、この部屋、出て行ってもらいますからね」
ぷりぷりと病室を出て行く若菜。その後ろ姿を見送る影山。
やがて、遠い目をして。

○(回想)影山家・書斎(夕)
ソファに前のめりに座っている影山。頬杖をついてみたり、額に手を当てたり・・・落ち着きがない。浮かない表情。テーブルの上には、ウィスキーが入ったグラスがある。グラスを手に取るが、飲むわけでもなく、その琥珀色の液体をじっと見つめる影山。どこからか聞こえてくる声。
影山(自身)の声「カゲヤマッ・・・カゲヤマエイタロウでございますっ!お願いします。国政に全力を尽くしますっ!」
誰かの声「頼むゾ、英太郎!」
母親(らしき)声「あんたは私の・・・影山家の誇りだよ。とにかく、頑張りなさい」
父親(らしき)声「頼む・・・三百万・・・それだけあれば、俺の首がつながる・・・」
佐佐木「ぜひ、うちを・・・ご贔屓に・・・どうぞよろしくお願いします」
判別できない程のたくさんの言葉が 重ねられる。その声に押し潰されるように、苦悩の表情を浮かべる影山。
一言佐佐木の声「ゼッタイ、ばれませんから・・・」

○(回想)通り(夜)
建物から出てきて、停まっているリムジンに乗ろうとする影山。報道陣が彼を取り囲み、思うように前進できない。ボディガードたちが何とか道をつくろうとするが、カメラやマイクが影山を押し潰しそうな勢いで、突き出される。
影山「通して下さい・・・通して下さい・・・」
記者「秘書官の自殺は、贈賄と関係があるのですか?」
記者「遺書は見つかったンですか?」
影山「今、何も言えませんっ!」
影山、語気を荒げながら。

○  病院・ベッド
横たわっている影山。遠い目をしている影山。ナースコールのボタンをゆっくり押す影山。静かに待つ影山。
病室に入ってくる直美。
直美「(冷たく)どうしました?」
影山「いや・・・あの・・・いつもの・・・」
直美、意地悪く笑い、
直美「日向さんのこと?怒らせてしまいましたね・・・唯一の味方を・・・で、どうしたんです?」
影山「いや・・・何でもない」
直美「こちらも忙しいンです・・・何でもない時に呼ばないで下さい」

○(回想)影山家・書斎
ソファに前のめりに座っている影山。
顔を覆っている影山。目の前にあるウィスキーをあおる。テレビがついている。
報道陣にもみくちゃにされている影 山の姿が。
キャスターの声「渦中の人、影山衆議院議員が、車に乗り込もうとしています・・・記者の問いには、無言でー」
影山、苛立たしげにリモコンを向け、テレビの電源を消す。
影山「酒田。酒田」
と呼ぶ。ドアを静かに開け、入ってくる酒田幸次(40)。
影山「遺書は見つかったのか?」
酒田「調べさせていますがーまだ」
影山「何で、あいつが」
酒田「少し、お休みになった方が」
影山「眠りたいのだが」
酒田「薬、準備させましょうか?」
影山「まだ、良い・・・当分、電話はつながないでおいてくれ」
酒田「かしこまりました」
一礼し、部屋を出て行く酒田。

○  居酒屋(夜)
楽しく飲んでいる一団。直美と若菜もいる。
男「(軽い調子で)でも、日向さんみたいな女性が独身だなんて、とてもとても信じられないな」
× × × ×
トイレに立つ若菜。何でもない行為だが、じっと、見つめている直美。

○  若菜の部屋(夜)
疲れた様子で、コートをハンガーに掛けている若菜。
電話のメッセージを知らせるボタン が点滅している。ボタンを押す若菜。
直美の声「お疲れさま。どうだった?中村さんって随分若菜ちゃんに熱心で、良かったらアドレスか番号教えてって、そう言ってた?どう?水曜にでも聞かせて。ではお疲れさま」
疲れた表情で、そのメッセージを聴いている若菜。

○(回想)若菜の部屋(夜)
電話のメッセージを知らせるボタン が点滅している。ボタンを押す若菜。
天川の声「どうも。天川です。さっきは楽しかった・・・料理、美味しかったし。又、電話しますね」
メッセージを聴いてすぐ、受話器を取り、番号を押す若菜。受話器を強く握りしめる若菜。
若菜「あ、もしもし・・・若菜です・・・すいません・・・電話しちゃって・・・ええ・・・どうしても、話したくて」
上気した顔の若菜。

○  病院・ベッド
横たわっている影山。苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている若菜。
影山「・・・あの・・・この間、私が夜間外出してると言いましたね?」
若菜「(怒っている)言いました」
影山「それは確かですか?」
若菜「(きっぱりと)確かです」
じっと考え込んでいる影山。
影山「話があるんだ」
若菜「・・・話?」
蒲団をめくり、ガウンの胸をはだけて見せる影山。殴られたような跡が無数に。
若菜「(!)・・・これ・・・どうしたンです?」
影山「分からないンだ・・・」
若菜「分からない・・・?分からないって」
立ち上がりかける若菜を押しとどめ て、
影山「待て、待て。騒がないでくれ。君に。君にだけ、これは話せるンだ」
若菜「私にだけって・・・病院で、そんな傷のこと、黙ってるわけにはいかないでしょう・・・前にも言ったように、ここは助かろうとしてる人が」
影山「そうだ。君はそう言った。そういう意味では、私も必死に助かろうとしている人間の一人だ」
じっと不思議そうに次の言葉を待つ 若菜。
影山「(ゆっくりと)あんたの同僚が、廊下でわめいているとおり、わしは随分悪いことをしてきた・・・勿論、最初から悪いことをしたくて、その世界へ飛び込んだンじゃない・・・若い頃はそれなりに世の中を変えてやろうという気持ちを抱いていたよ」

〇(回想)街・演説台
マイクを握り、演説をしている影山 (若い)。
影山「カゲヤマッ・・・カゲヤマエイタロウでございますっ!お願いします。国政に全力を尽くしますっ!」
誰かの声「頼むゾ、英太郎!」
深々と頭を下げる影山。

〇(回想)影山家・書斎
ソファに前のめりに座っている影山。
顔を覆っている影山。目の前にあるウィスキーをあおる。
酒田が静かに入ってくる。お盆を持っている。グラスに水が入っている。いくつかの錠剤も乗っている。
酒田「薬をお持ちしました・・・良く眠れるやつです」
影山「薬はまだ良いとー」
酒田「もう、三日。まるまる三日です。体調を崩したら、元も子もありません・・・」
影山の耳に近付き、声をひそめる酒田。
酒田「寝ていただかなければ、いけません・・・ヤギの遺書はまだ見つかってませんが、どうも奴、亡くなる前日、記者に会ってたそうなんです」
影山「何っ?」
酒田「興奮なさらず・・・」
影山「話したのか・・・?」
頷く酒田。
酒田「しかし、幸いなことにその記者は、名誉よりも、金にこだわりがある奴で」
影山「連絡を寄越したのか?」
酒田「ええ。直接議員を出せと」
影山「・・・」
酒田「議員はお疲れで、休んでいるとそう伝えました」
影山「相手の名や、所属は・・・?」
酒田「しっかり聞きましたよ、奴、もう大金の半分を手に入れたような雰囲気で」
目を光らせる影山。
影山「・・・どうする?」
酒田「以前、話したことがありましたね。一人、命知らずの男がいると。議員のためなら、何でもするという・・・」
更に目を光らせる影山。
酒田「・・・というわけで、議員はこの薬を飲んで、たっぷりと寝ていてください」
不気味な目のやりとり。

〇(回想)影山家・寝室
横たわっている影山。窓の外、雷が鳴る。雷の光が影山の顔を蒼白く照らす。目を閉じたままの影山。

〇(回想―夢)
誰もいない長い廊下を必死に走って いる影山。何かに追われているよう。何度も後ろを振り返る。

○  病院・ベッド
遠い目をして、話している影山。聞いている若菜。
影山「・・・あの頃、後ろめたいことをしていた頃、毎晩、毎晩、嫌な夢ばかり見ていた・・・それがね、この病院に来てから、ぱたりとそういう夢を見なくなった・・・何だか、目覚めもすっきりしている」
若菜「まさか、夜のこと、記憶が無い・・・なんて」
影山「それが・・・その通りなんだ」
若菜「・・・」
影山「目覚めて、身体に傷があった時は、驚いたよ・・・痛みはあるンだが、なぜか、気持ちが良い・・・不思議な話だ・・・医者に話をするのは止してほしい・・・そして、私の夜間外出を止めないでほしいンだ」
若菜、じっと影山を見つめ。
若菜「その夢と身体の傷と、すっきりした目覚め・・・関係は良く分かりませんが、影山さん。影山さんが入っていた場所。いかがわしい場所なんですよ」
影山「わしは・・・どこへ?」
若菜、顔を赤らめながら
若菜「その・・・いかがわしいホテル・・・です」
眉をひそめる影山。
影山「わしが・・・?」
何とも言えない表情で、影山を見る若菜。
直美の声「・・・それで?」

○  病院・屋上
話している若菜と直美―休憩中。
若菜「それで、約束したンです・・・もう一度、後を尾けるって」
直美、呆れた顔で、若菜を見て、
直美「若菜ちゃん・・・結局、あんた、あのジジィを追いかけるのね」
若菜「すいません」
直美「どこにそそられるンだろうねぇ?・・・中村さん、がっかりしてたわよ」
若菜「・・・すいません・・・今はまだ、そういう気持ちになれなくて」
直美「・・・」
じっと若菜の顔を覗き込む直美。
直美「いつか、そういう気持ちになるの?」
若菜「分かりません・・・直美さんや皆さんにも悪いと思うンですけど」
直美「悪いなんてことはないけどサ・・・ただ、彼はもう戻らないンだし・・・きっと、彼だって、若菜ちゃんに幸せになってほしいって・・・そう思ってるわ」
頷く若菜。

〇(回想)天川の部屋
部屋を片付けている若菜。荷物を段ボール箱に詰めている若菜。
× × × ×
部屋だいぶ片付いている。一冊のファイルに目を留める若菜。さまざまなメモが挟まれている。ふとその一枚に目を留める若菜。

○  通り(夜)
とぼとぼと歩く影山。十数メートル離れて、影山に気付かれぬよう歩く若菜。
―その姿がいくつか重ねられて。

〇  コンビニエンスストア(夜)
客いない。レジで退屈そうに、携帯電話をいじっている店員。自動ドアが開いて、覆面をした男二人が入ってくる。ハッと携帯電話から顔を上げる店員。棍棒で殴られ、床に倒れる店員。
男A「立て」
店員、口元を腕で拭きながら、立ち上がる。口元に血。男A、レジに袋を置く。
男A「ほら、地球に優しいマイバッグさ・・・金を入れろ。全部」
ナイフを店員に向けつつ。
店員「(あっさりと)分かりました」
レジのキャッシャーを開け、お金を掴み、袋に入れ始める店員。店員にナイフを向け続ける男A。

〇  同・店内
鼻歌を歌いながら、めぼしい商品を袋へ入れていく男B。
男B「へーえ・・・コンビニでこんなの売ってンだ(と感心しつつ)」

〇  同・外観(夜)
店の前に来る影山。

〇  通り(夜)
電信柱の陰から、影山を覗いている若菜。
若菜「今日はコンビニ?」

〇  コンビニエンスストア(夜)
自動ドアが開いて、すっと入ってくる影山。はっと振り返る男A。影山の姿を見て、舌打ちする男A。
男A「間の悪いジジィだな・・・おいっ、出て行けっ」
男Aの言葉、気にせず、男Aに嬉しそうにニコニコと近付く影山。

〇  同・店外(夜)
入り口の陰で、呆気に取られて、事の成り行きを見ている若菜。ハッとして、携帯電話のボタンを押し始める。

〇  同・店内(夜)
ナイフを持った男Aと格闘している 影山。店内を物色していたB、駆け寄ってきて、影山を押し倒す。
男A「この、クソジジィ!」
更に殴りつけようとするが、ふっと耳をすませる男A。遠くからパトカーのサイレンの音、聞こえてくる。
男B「やばいっ・・・金を!」
と、レジを見るが、レジの上の袋無くなり、店員いなくなっている。
男A「くそっ・・・くそっ!」
男A、腹立ち紛れに影山を蹴り続ける。
男B「逃げるゾッ」
B、Aの腕を掴んで、引っ張る。

〇  同・店外(夜)
ドアを飛び出て、逃げようとするAとB。若菜が立っている。ドキリとするAとB。怯えながら、通せんぼをするように手を広げ、立つ若菜。
男A「何なんだ!」
と、若菜を突き飛ばし、走り出すA。
アスファルトに倒される若菜。店内からゆっくりと出てくる影山。立ち上がり、影山に駆け寄る若菜。
若菜「影山さんっ・・・・」
影山、若菜の顔を見て、唖然とした表情で、
影山「なぜ、ここに・・・?」
若菜「そんなことより、大丈夫ですか?身体?」
影山の身体をさすり、具合を確かめる若菜。複雑そうな表情を浮かべている影山。パトカーの音が近付いてくる。
影山「君が呼んでくれたのか?」
頷く若菜。
影山「行こう」
若菜「え」
影山「良いから」
つかつかと歩き始める影山。
若菜「だって、警察来ますよ、きちんと説明しなくちゃ」
影山「大丈夫。あの店員が言ってくれる」
若菜「そんな・・・」
と言いつつ、影山のペースで歩く若菜。

○  病院・駐車場(夜)
軽自動車が停まっている。

〇  同・車内(夜)
運転席に座っている若菜。助手席に座っている影山。
若菜「・・・一体、何から話したら、良いのか・・・」
影山「そっちの方が、美味しそうだ」
若菜「え」
影山「ミルクティー。僕もミルクティーにすれば良かったな」
若菜「・・・」
影山をじっと見て
影山「いつもそうなんだ。相手の飲み物が美味しそうに見える。欲張りなんだね」
若菜、まだ影山の顔をじっと見ている。
若菜「・・・まさか、夜間外出のたびに、こんなことをしているわけじゃー」
影山、にこりと微笑む。
若菜「まさか、こんなとんでもない出来事の記憶が無くなってしまうなんて、そんなこと無いでしょ?」
じっと黙り込んでいる影山。
影山「思いがけず、君を巻き込むことになってしまったンだな・・・その・・・僕はなんと言ったンだ・・・君に?」
じっと影山の顔を見つめる若菜。
若菜「とぼけているわけじゃないですよね?」
影山「・・・とにかく、いろいろすっかり忘れてしまうンだ・・・年をとると、困るなぁ」
若菜「影山さん、私にこう言ったンです・・・昔は、悪いことをしてきた・・・悪い夢を見てた・・・いっぱい・・・でも、この病院に来てからは、目覚めがすっきりしてるって・・・だから、身体に傷が出来ても平気、医者には黙っていてくれって」
影山「僕はそんなことを言ったのか・・・で、君はなぜ、あそこに?」
若菜「私、とにかく、先生には言わないって決めましたけど、でも不安だったンです。それで、影山さんに後を尾けるって約束したンです」
影山「ふうむ・・・ところで、僕は一体、何で入院してるンだ?」
若菜「え、影山さん・・・まさか、それまで」
影山「ま、冗談、冗談」
若菜、じっと影山の顔を見る。
影山「でもサ、とにかく、昼間の僕がお願いしたことを繰り返すけど、この夜のことは、誰にも内緒にしておいて、欲しいンだ」
若菜「・・・」
影山「・・・」
若菜「(分かったような、分からないような)」
じっと影山の顔を見つめる若菜。

〇(回想)バー(夜)
カウンターに並んで座り、酒を飲んでいる天川と若菜。
天川「そっちの方が、美味しそうだ」
若菜「え」
天川「マンハッタンか・・・」
若菜「・・・」
天川をじっと見て
若菜「だから、同じ奴にすれば良かったのに」
天川「でも、同じってのはつまんないし」

○  ホテル・前
けばけばしい装飾。
すっと建物へ入っていく若菜。

〇  同・受付
受け付けの男―顔は見えない。
若菜「五日ほど前、こちらで何か騒ぎがありました?」
受け付け男「(胡散臭そうに)おたく、刑事とかそういうの?」
若菜「いえ、そういうンではないです」
受け付け男「うーん・・・困ったな、ちょっとこっちへ」

〇  同・事務所
汚れた湯飲みで茶を飲んでいる受け付け男。若菜、ちょっとびくつきながら
受け付け男「・・・で、あんた、警察でもないのに、何であの騒ぎのこと聞きたいンですね?」
若菜「(!)ええ・・・ちょっと事情が」

〇(回想)ホテル(夜)
男Cと女が抱擁していた。男Cは目つきの悪い男。何か気にくわないのか、いきなり、女を殴り始める男C。
受け付け男の声「何か、男が女を殴り始めた・・・かなり強くね」
× × × ×
血まみれになっている女。
受け付け男の声「そしたら、よぼよぼのおじいさんが現れたんです」
若菜の声「やっぱり!」
受け付け男の声「やっぱり?」
ドアを開け、部屋に入ってくる影山。
男C、女に跨り、散々殴りつけているが、その手を止め、
男C「何だ、てめぇ!」
影山「もう、止めなさい」
男C、影山にも殴りかかっていく。影山、殴られながら、男Cを止めようとする。
受け付け男の声「そのおじいさんが、散々殴られながら、若い男を止めたンです」
壁に男Cを押し付ける影山。
受け付け男の声「警察は呼ぶな、と言われて」

〇  通り
ホテル前の。立ち去る若菜。
若菜「やっぱり・・・」

○  病院・ベッド
横たわっている影山。苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている若菜。
影山「で、君、その・・・ホテルまで行ったのかね?」
若菜「ええ」
影山「物好きっていうか・・・」
若菜「疑問が又、出来ました」
影山「え」
若菜「どうして、毎晩、毎晩、事件が起きてる場所へ行くことが出来るのですか?」
影山、首を傾げる。
若菜「ホテル、コンビニ・・・そんな事件が起きる場所へ真っ直ぐ行けるのはどうしてですか?」
影山「さぁ・・・」
若菜「さぁ?」
影山「夜、聞くと分かるかも」

―激しい音楽、流れて。
○  通り(夜)
マンホールから、白い湯気が上がっている。
ハイヒールの音、高らかに歩いている女性。
白い湯気の間から、ぬっと出てくる男二人組。女性の首元に銃を突きつける。ひっと悲鳴をあげる女性。
男E「これ、偽物だと思うか?」
女性「わっ・・・分かりません・・・」
男E「安心しな・・・偽物だ、水鉄砲だ」
男D「だけどな・・・お姉ちゃん・・・ひょっとしたら、塩酸が入ってるかも知れないよ・・・」
男E「だとすると、死なないな・・・顔が醜く歪んじゃうだけだ」
男D「姉ちゃん、独身?」
恐怖に怯えつつ、こくりと頷く女性。
男D「・・・とすると、顔に傷ついちゃうと、やばいねぇ」
男E「やばいねぇ・・・動くな」
女性に水鉄砲を向けたまま、陰に停めてあった車に、連れ込もうとする男Eと男D。
影山の声「・・・離しなさい、手を」
男たち、びくっとし、女性はホッとする様子。しかし、白い湯気の間から現れたのは、苦しそうに呼吸をする影山。男たち、ホッとして
男E「何だ、ジジィ、引っ込んでろ」
男D「夜の一人での散歩は危険ですよ」
と凄んでみせるが、影山気にせず、ゆっくり前進してくる。
男E、女性に向けていた銃を影山に向け直し、
男E「ジジィ・・・それ以上、前に来てみろ・・・この水鉄砲で撃つぞ、良いか。出てくるのは水じゃネーゾ・・・硫酸だ、リュウサン」
男D「(あれ、さっきは塩酸だったんじゃー)」
影山、前進しながら胸を張って、
影山「ぜひ、その塩酸だか、硫酸だかを掛けてやってくれ」
男E「何・・・ジジィ・・・知らネーゾ。顔がただれて、ぐちゃぐちゃになってー」
と言ってるうちに、もう銃の前まで進んでいる影山。
影山「ホラ、早く」
男E「うう・・・」
男D「・・・」
男E、水鉄砲を投げ捨てる。
畜生、とか叫びながら。男Dの若い女性を押さえ込んでいた腕の力も弱まって、女性、パッと逃げだす。
女性「ありがとうございますっ!」
とか叫びながら。
影山「どういたしまして」
てな感じで、のんびりと送り。
男E「このクソジジィ」
といきなり蹴り上げて、蹴られた腹を押さえて、うう・・・とへたりこむ影山。その後、暫く男D、Eによる暴行。
× × × ×
倒れている影山。男たち、既に立ち去った後。ゼィゼィ言いながら、ゆっくりと立ち上がる影山。

○  病院・病室―影山の。
ゼィゼィ言いながら、ゆっくり歩き、病室のドアを開け、入ってくる影山。
ベッドに腰掛けている若菜。
若菜「おかえりなさい」
影山、切ない目をして、若菜を見つめる。
若菜「どうして、毎晩、毎晩、そんな風に悪事にたどりつくのですか?」
影山「・・・秘密があるんだ・・・」
若菜「秘密?」
影山「その秘密は、いつか教えるよ・・・その代わり」
若菜「その代わり・・・?」
影山「協力してくれないだろうか?」
若菜「協力?」

〇  道(夜)
走っている軽自動車。

〇  同・車内(夜)
運転している若菜。助手席の影山。
影山「右・・・あの信号を」
言われるままに、右折する若菜。

〇  ビル前(夜)
停まっている軽自動車。
若菜の声「ここで待てば良いンですね?」

〇  同(夜)
ヴィヴィオから降り、ビルに入っていこうとする影山。
若菜、影山の姿をじっと見つめる。

〇  同・ビル内(夜)
階段を上って行く影山。

○  暴力団事務所内(夜)
ソファにだらしなく腰掛けている組 員達。部屋中煙草の煙、充満している。
ドアが静かに開けられる。
皆、首をそちらに向ける。静かに入ってくる影山。
組員「な・・・何だ、てめぇ」
テーブルの上の銃を手に取ろうとする組員。
杖を一振りする影山。倒れる組員。

〇  同・ドア外(夜)
ドアの向こうで青白い光と銃声。

〇  道(夜)
停まっている軽自動車。

〇  同・車内(夜)
運転席に座っている若菜。

〇  ビル・ドア(夜)
ふらふらになって、ドアを開け、出てくる影山。

〇  道(夜)
軽自動車まで歩き、後部座席のドアを開ける影山。

〇  同・車内(夜)
腹を押さえながら、車に乗る影山。
若菜「大丈夫ですか?」
影山「早く」
若菜「え」
影山「車を早く!」
若菜、車を出す。

〇  ビル・ドア(夜)
ばたばたと出てくる組員たち。軽自動車に向かって、発砲する。

〇  軽自動車・車内(夜)
後部座席のガラスが割れる。
若菜「キャッ!」
× × × ×
若菜「一体、何なの!」

○  病院・病室―影山の。
ベッドにゆっくり座っている影山。横で見守る若菜。ゆっくり横になっている影山。指を折りながら
影山「(あと四)」
若菜「え」
影山「いや、何でもない・・・こっちの話」

○  同・病室―影山の(夜)
ベッドの中、目をカッと開け、何か考え込んでいる影山。がばりと起きあがる影山。
× × × ×
ベッドの中で、ノートに何か書いている影山。
影山(N)「思わず、声に出してしまった。あと四。あと四日、片付けると、待ち望んでいたことが起きる。その後、何が起きるのか、僕には分からない。誰にも分からないのだ。看護婦のWさんは、とても親切でお節介だ。彼女を運転手にして、遠出も可能になった」

○  病院・ベッド
横たわっている影山。苦しそうな呼吸をしている。影山の脈をとっている若菜。
若菜「少し、見直しました・・・」
影山「・・・少し?」
若菜「いえ、とても」
影山「自分でも驚きだ・・・なぜ、そんなことをしているのか・・・」
若菜「昔からそういう癖があったとか・・・?」
影山「いや・・・」
首を振る影山。
若菜「あんまり、無理はせず・・・でも」
影山「え」
若菜「手伝える時は手伝いますから」
影山「バットマンとロビンだね」
若菜「ええ。まるで、これじゃヒーローものの世界です」

○(回想)天川の部屋
ソファにだらしなく座り、スナックをつまみながら、テレビを見ている天川と若菜。
テレビの中、アメコミを映像化したものが放送されていて。夢中になって見ている天川。時折、天川の横顔を覗く若菜。
影山の声「どうしたんだ?」

○  病院・ベッド
横たわっている影山。
心配そうに、若菜の顔を覗く。若菜、悲しい顔をして、俯いている。
若菜「・・・すいません・・・病室で泣くなんて・・・」
影山「何か悪いことを言ったかな」
若菜「・・・彼がアメコミ大好きだったンです」
影山「・・・」
若菜「良く一緒に見てたものですから」
影山「彼は・・・?」
若菜「死んだんです」
影山「・・・そりゃ悪いことをした・・・」
若菜「いえ・・・病室でこんな話を」
影山「何、どうせ間もなく死ぬ老いぼれだ。怖いモノなんて無いよ・・・しかし、お気の毒だったね」
遠い目をする若菜。
影山「病気だったのかい?」
若菜「いいえ・・・刺されたンです」
影山「刺された?」
若菜「・・・すいません・・・つまらない話を」
立ち上がり、出て行く若菜。

○(回想)通り(夜)
雨が降っている。傘をさした人が行き交っている。
店の前に傘を出して、出てくる三橋章(55)と天川。そこへ、傘をさした中原龍二(40)が、近付いてくる。ふっと中原に目を向ける天川。
中原の手にナイフが光る。ナイフを三橋に向ける中原。
パッと間に身体を入れる天川。天川の首にナイフが刺さる。

○(回想)天川家
葬儀の準備が行われている。天川の両親、若菜の前で頭を下げ続ける三橋。
三橋「殺されるべきは僕だったンです・・・光太郎君は、僕をかばって・・・」
やりきれない思いで、三橋を見る両親と若菜。

○  街(夜)
暗い地下道にたむろしている不良グ ループ。
若い女性が通り過ぎる。
口笛を吹くグループの一員。
じゃれあいながら、女性の少し後を追うグループ。女性、足を速める。

○  同(夜)
公園の片隅。更に、暗い空間。女性、早足で歩いているが、グループに取り囲まれる。
少年A「逃げンなよ」
少年B「危ないからサ、俺達が送っていくよ」
女性、小声で
女性「結構です」
逃げようとするが、腕を掴む少年。
少年A「オイ、失礼じゃねぇか、ヒトが親切で言っているのに、よぉ」
暗闇からふっと現れ、少年Aの腕を掴む影山。
少年A「何だ、てめぇ」
影山「暗いから送っていくよ」
少年A「いてぇ」
顔を歪める。少年Aが手を離した隙にパッと離れる女性。
影山「逃げなさい・・・」
ぺこりと頭を下げ、走り去る女性。
影山、少年たちと向かい合う。

○  病院・ベッド(夜)
大きく息を吐きながら、腰掛けている影山。
ノートに何か書き出す影山。
影山(N)「いよいよ、明日だ・・・」
× × × ×
目を閉じている影山。安らかな寝顔。

○  新幹線架橋下・おでん屋台(夜)
日本酒をちびちびと飲んでいる中原。
のれんをくぐり、中原の隣へ座る影山。
中原、ちらりと影山を見た後、酒を飲みかけ、そのコップを地面に落とす。
中原「カ・・・カゲヤマさんっ・・・」
影山、じっと中原の顔を見て
影山「君は僕の顔を分かるンだね」
中原「分かるも何も・・・」
影山「君は・・・昨年、十一月の頭に、殺人を犯した・・・」
中原「ちょ・・・ちょっと」
影山の腕を掴み、外へ連れ出す。屋台の主人、怪訝そうに二人を見ている。

○  通り(夜)
道端の陰に影山を連れて行く中原。
中原「一体・・・どうしたんです?・・・入院中って聞いてました」
影山「君は、僕の知り合い・・・そういうことだね?」
中原「・・・」
影山「僕は一体、何なのだ?」
中原「影山さんは、影山さんです・・・政界のドンじゃないすか」
影山「ドン・・・君は、何なのだ?」
中原「これ、テストか何かですか?」
影山「良いから・・・教えてくれ」
中原「私は、あなたの下っ端ですよ。あなたの言うことなら、何でも聞く」
ますます分からない、という顔をする影山。
中原「影山さん・・・記憶無くしたとか、そういうのなんすか?」
影山、じっと中原を見る。
中原「昨年の十一月の話を知りたいンですか?」
頷く影山。
雷が鳴って。蒼白い顔、照らされる。

○  同
叩きつけるように降る雨。傘もささず、        
雨に打たれている影山。真っ青な顔をして。
携帯電話で話している中原。
中原「とにかく、すぐ来て欲しいんですっ!・・・ええ。大至急です」

○  同
混乱した様子の影山を、黒塗りの車に乗せている中原と酒田。

○  病院・外観(夜)

○  病院・ベッド(夜)
暴れないように拘束されている影山。

○  同・ロビー(夜)
担当医と真剣に話している酒田。

○  同
柱の陰で、そのやりとりを見守っている中原。

○  同・出口(夜)
ドアを開け、出てくる酒田。黒塗りの車に、向かいつつ。ちらりと横を見る。中原が立っている。そっと中原に近付き、その耳元で何か囁く酒田。

○  病院・ベッド(夜)
暴れないように拘束されている影山。遠くを見ている影山の目。

〇(回想)どこかのビル
誰もいない長い廊下を必死に走って いる三橋。何かに追われているよう。何度も後ろを振り返る。

○(回想)通り
雨に濡れながら、必死に走っている三橋。

○(回想)公衆電話ボックスー通りにある(夜)
緊張感のある面持ちで、話している三橋。

○(回想)天川の部屋
ソファにだらしなく座り、スナックをつまみながら、テレビを見ている天川。
テレビの中、アメコミを映像化したものが放送されていて。夢中になって見ている天川。手元の電話が鳴る。

○(回想)通り(夜)
雨が降っている。傘をさした人が行き交っている。人込みの中、落ち合う三橋と天川。

○(回想)バー・店内(夜)
カウンターで並んで、酒を飲む三橋と天川。何かを語らっている。書類等見せながら、何か説明している三橋。

○(回想)通り(夜)
雨が降っている。傘をさした人が行き交っている。
店の前に傘を出して、出てくる三橋と天川。そこへ、傘をさした中原が、近付いてくる。ふっと中原に目を向ける天川。中原の手にナイフが光る。ナイフを三橋に向ける中原。パッと間に身体を入れる天川。天川の首にナイフが刺さる。
× × × ×
血を溢れさせながら、倒れる天川。
× × × ×
霞む天川の目に、駆け寄る若菜が見える。何か、伝えようとするが、言葉出てこない。

○(回想)都会・鳥瞰(夜)
ずっと高みを飛んでいる視線。街を見下ろして。都会を埋める眩しい光。

○(回想)ビルディング・屋上(夜)
雷。
アメコミの雰囲気。膝をつき、雨に打たれている天川。謎のヒーローらしき男が数名、天川を取り囲んでいる。
ヒーローA「・・・アマカワコウタロウ」
顔を上げる天川。
ヒーローB「お前は死んだ・・・」
雨に打たれたまま、じっとヒーローたちを見つめている天川。
ヒーローC「やり残したことがあるだろう・・・人は誰しもそれを持っているが、お前のその気持ちはとても強い」
ヒーローD「それこそがヒーローの条件だ」
天川「?」
ヒーローE「与えられた日数は、49日。毎晩、毎晩、お前は悪事から人を救え」
天川「?」
ヒーローF「お前の頭の中に、声が届く・・・お前は指示された場所へ行き、ひたすら、正義を行うのだ」
天川「49日・・・どうなるンです?」
ヒーローA「答えはまだ、見えない」
ヒーローB「見えないが、懸命に闘う・・・それがヒーローだ」
ヒーローC「コウモリ・・・クモ・・・美しいマスク・・・ヒーローにはさまざまなスタイルがあるだろう・・・」
ヒーローD「お前の姿は、それとは比べものにならない・・・」
ヒーローE「お前は、間もなく、病院のベッドで目覚める」
天川「?」

〇(回想)影山家・書斎
ソファに前のめりに座っている影山。
顔を覆っている影山。目の前にあるウィスキーをあおる。
立ち上がり、部屋の中を落ち着かない様子で、うろうろと歩く影山。息苦しさを覚えたようで、息がゼイゼイ言い出す。やがて、ぐるぐると回り出す視界。影山、何かにしがみつこうとするも、ばったり倒れてしまう。口から泡を吹き出す影山。

○  救急車のランプ
サイレンの音。

○  病院・ベッド(夜)
横たわっている影山。窓の外、雷が鳴る。はっと目を開く影山。雷の光が影山の顔を蒼白く照らす。ゆっくりベッドに起きあがる影山。自分の手や腕を静かに眺める影山。
ヒーローFの声「声が届いたら、声に従え・・・それがお前の道だ」

○(回想)病室・ベッド
半身を起こしている影山。問診に回ってくる医師。後ろに控えている若菜の姿に、目を留める影山。
声(ヒーローの)「その看護婦は、懐かしさを覚えるだろう。しかし、お前は過去のことは忘れてしまっているはずだ。お前の助手として、働く可能性がある」
興味深げに若菜を眺める影山。

○(回想)同・病室―影山の(夜)
ベッドの中、目をカッと開け、何か考え込んでいる影山。
声(ヒーローの)「着ているモノと、シーツを丸めて、蒲団に入れろ。そこで眠っているように見せかけるンだ」

○  同
スーツに着替えている影山。

○(回想)同・廊下(夜)
角から少し、顔を出す影山。
声(ヒーローの)「彼女が見えるか?」

○(回想)病院・当直室(夜)
紅茶を飲みつつ、物思いに耽る若菜。
声(ヒーローの)「彼女に見つからないように、前に進め」

○(回想)同・廊下(夜)
静かに前へ進む影山。

○(回想)同・当直室(夜)
ふっと何かを感じて立ち上がり、廊下に目を向ける若菜。―誰もいない。
再び、アルバムに目を落とす若菜。

○(回想)同・玄関(夜)
おどおどと降りてくる影山。
声(ヒーローの)「左へ行け。夜間外出用のドアがある。そこから外へ出ろ」

○(回想)都会・鳥瞰(夜)
ずっと高みを飛んでいる視線。街を見下ろして。都会を埋める眩しい光。

○街・情景(夜)
繁華街。
色とりどりのネオン。
人とすれ違う影山。
声(ヒーローの)「あまり人と目を合わせるな。お前の顔は良く知られている」
たくさんの人が行き交う。
色とりどりのネオン。酔いどれ達。
点滅するパトカーのランプ。

○  同
暴力団風の男が、ぶつかった男にいちゃもんをつけている。
声(ヒーローの)「とりあえず、今日はそれを止めるんだ」
影山「(呟き)とりあえず・・・?」
おそるおそる近付く影山。
暴力団風の男「何だ。何か文句あんのか」
影山「え」
暴力団風の男「老いぼれは、どいてろ」
影山「(俺はやらなくちゃいけないんだ)」
大声でわめきながら、暴力団風の男に突進していく影山。
暴力団風の男、ちょっと圧倒されつつ。
暴力団風の男「ナ・・・何だよ」
声(ヒーローの)「ホラ、後ろも来るぞ」
影山「え」
先に倒されていた男、その辺に落ちていた棒を拾って、むやみに振り回して。腰を打たれる影山。

○(回想)病院・ベッド(夜)
大きく息を吐きながら、腰掛けている影山。
声(ヒーローの)「初日にしては、良くやったな・・・ゆっくり休め」
やがて、土が付いたスーツを叩き、ガウンに着替える影山。

○(回想)同・病室―影山の(夜)
ガラリとドアを開け、真っ直ぐ影山のベッドへ行く若菜。おそるおそる蒲団をめくる。丸まって寝ている影山。すうすうと気持ちよさそうに、寝ている。手に持っていた懐中電灯を付け、影山の指先を照らす。
若菜「おっかしいなー」
指先きれいなのである。暫くじっと指先を見たり、影山の寝顔を見るが、特に異常認められず。
若菜「おっかしいなー」

○(回想)同・廊下(夜)
足音を響かせ、歩く若菜。

○(回想)同・病室―影山の(夜)
ガラリとドアを開け、真っ直ぐ影山のベッドへ行く若菜。おそるおそる蒲団をめくる。そこに影山いない。シーツのようなものが、丸めてあってー
表情を変え、廊下に飛び出す若菜。

○(回想)同・廊下(夜)
走っている若菜。

○(回想)同・廊下
スーツを着て、静かに歩いている影山。背後からパタパタと若菜の足音が聞こえてくる。
声(ヒーローの)「看護婦が近付いている。まだ、その時じゃない。早く逃げろ」
後ろを振り返り、それから慌てて、歩く速度を増す影山。

○(回想)通り(夜)
とぼとぼと歩く影山。十数メートル離れて、影山に気付かれぬよう歩く若菜。
―その姿がいくつか重ねられて。

○(回想)同
歩いている影山。
声(ヒーローの)「そこを曲がって、正面だ」
角を曲がった影山。え、という顔をする影山。
そこには、どーんと

○(回想)ホテル・前(夜)
けばけばしい装飾。
声(ヒーローの)「気にするな・・・入っていけ」
目が泳いでいる影山。
影山「(気にするな、ったって)」

○(回想)ホテル・内(夜)
けばけばしい装飾。おどおどしながら、歩く影山。
声(ヒーローの)「階段を上って、その右の部屋だ」

〇(回想)ホテル・室内(夜)
ドアを開け、部屋に入ってくる影山。
男C、女に跨り、散々殴りつけているが、その手を止め、
男C「何だ、てめぇ!」
影山「もう、止めなさい」
男C、影山にも殴りかかっていく。影山、殴られながら、男Cを止めようとする。壁に男Cを押し付ける影山。

〇(回想)コンビニエンスストア・店外(夜)
入り口の陰で、呆気に取られて、店内で格闘している影山と男たちを見ている若菜。ハッとして、携帯電話のボタンを押し始める。

〇(回想)同・店外(夜)
アスファルトに倒れている若菜。店内からゆっくりと出てくる影山。立ち上がり、影山に駆け寄る若菜。
若菜「影山さんっ・・・・」
影山、若菜の顔を見て、唖然とした表情で、
影山「なぜ、ここに・・・?」
若菜「そんなことより、大丈夫ですか?身体?」
影山の身体をさすり、具合を確かめる若菜。複雑そうな表情を浮かべている影山。パトカーの音が近付いてくる。
声(ヒーローの)「早く逃げろ。警察が来る」
影山「君が呼んでくれたのか?」
頷く若菜。
影山「行こう」
若菜「え」
影山「良いから」
つかつかと歩き始める影山。
若菜「だって、警察来ますよ、きちんと説明しなくちゃ」
影山「大丈夫。あの店員が言ってくれる」
若菜「そんな・・・」
と言いつつ、影山のペースで歩く若菜。

○(回想)病院・駐車場(夜)
軽自動車が停まっている。

〇(回想)同・車内
運転席に座っている若菜。助手席に座っている影山。
声(ヒーローの)「とにかく、彼女に黙っておいてもらうンだ」
影山「でもサ、とにかく、昼間の僕がお願いしたことを繰り返すけど、この夜のことは、誰にも内緒にしておいて、欲しいンだ」
若菜「・・・」

○(回想)通り(夜)
男E「このクソジジィ」
といきなり蹴り上げて、蹴られた腹を押さえて、うう・・・とへたりこむ影山。その後、暫く男D、Eによる暴行。
× × × ×
倒れている影山。男たち、既に立ち去った後。
声(ヒーローの)「これで、七十二だな。良いか、帰ったら、あの看護婦に協力を頼むンだ。もう彼女は、助手になる準備ができている」

○(回想)病院・病室―影山の。
ゼィゼィ言いながら、ゆっくり歩き、病室のドアを開け、入ってくる影山。
ベッドに腰掛けている若菜。
若菜「おかえりなさい」
影山、切ない目をして、若菜を見つめる。
若菜「どうして、毎晩、毎晩、そんな風に悪事にたどりつくのですか?」
影山「・・・秘密があるんだ・・・」

―激しい音楽に乗って。
〇(回想)道(夜)
走っているヴィヴィオ。

○(回想)病院・病室―影山の。
ベッドにゆっくり座っている影山。横で見守る若菜。ゆっくり横になっている影山。
声(ヒーローの)「あと、四日だ」
指を折りながら
影山「(あと四)」
若菜「え」
影山「いや、何でもない・・・こっちの話」

○(回想)病院・ベッド
横たわっている影山。苦しそうな呼吸   
をしている。影山の脈をとっている若菜。
若菜「あんまり、無理はせず・・・でも」
影山「え」
若菜「手伝える時は手伝いますから」

―回想終わって
○  病院・ベッド(夜)
暴れないように拘束されている影山。遠くを見ている影山の目。
声(ヒーローの)「分かったか?」
カッと目を見開いている影山。
静かに頷く影山。

○  同・廊下(夜)
身体を引きずりながら、歩く影山。

○  同・当直室(夜)
ぼんやりとアルバムをめくっている 若菜。

○  天川光太郎の写真
さまざまな姿。若菜と二人のものも。

○  同・当直室(夜)
ふっと何かを感じて立ち上がり、廊下に目を向ける若菜。―誰もいない。若菜の視界の陰に、中原が潜んでいる。

○  同・廊下(夜)
静かに歩く中原。
声(ヒーローの)「悪は十分に倒した・・・ヒーローがすること・・・もう分かるな?」

○  同・廊下(夜)
静かに歩く影山。
影山「ありがとう・・・何よりの褒美です」

○(回想)同・出口(夜)
ドアを開け、出てくる酒田。黒塗りの車に、向かいつつ。ちらりと横を見る。中原が立っている。そっと中原に近付き、その耳元で何か囁く酒田。
酒田「・・・ドンを消すんだ」
中原「・・・」

○  同・病室―影山の・前(夜)
じっと部屋番号を見ている中原。
酒田の声「正義感を持った政治家なんて要らないンだよ」

○  同・病室(夜)
静かに病室に入る中原。影山のベッドを見る。空である。
中原「!」

○  同・当直室(夜)
ぼんやりとアルバムをめくっている 若菜。

○  天川光太郎の写真
さまざまな姿。若菜と二人のものも。

○  同・当直室(夜)
ふっと顔を上げる若菜。
そこに天川が立っている。
若菜、立ち上がり。じっと天川と目を合わす。
天川「ありがとう・・・」
若菜「ありがとう?」
天川「それを言いに来た」
若菜「・・・」
天川「言いたかったけど、言えなかったから」

○(回想)通り(夜)
必死になって、人ごみを掻き分ける若菜。パッと視界が開ける。そこに天川が倒れていて。喉から吹き出た血が、雨に打たれ、アスファルトに広がっている。何も言えない若菜。ただ立ち尽くして。駆け寄る。天川を抱きしめる若菜。何か、伝えようとするが、言葉出てこない。

○  病院・当直室(夜)
向かい合う天川と若菜。
天川「そして、愛しているということを」
何かを感じて視線を泳がす若菜。いつの間にか、天川の後ろに立っている中原。
天川「さよなら・・・」
若菜「え」
天川「今度こそ・・・さよなら」
いつの間にか、その顔は影山に。後ろに立っている中原、すっと身を引き、一礼して、去っていく。
若菜「!」
影山に駆け寄る若菜。崩れ落ちる影山。影山の背中から大量に血が溢れてきて。何か、叫んでいる若菜。叫び続ける。

○  病院・屋上
話している若菜と直美―休憩中。
直美「いろいろ大変だったね・・・あんたも」
若菜「・・・」
直美「でも、私、見直したよ。少しだけ」
若菜「え」
直美「あのジジィ・・・」
若菜「影山さん?」
頷く直美。
直美「新聞でサ・・・闇の部分は確かにいろいろあったようだけど・・・生涯を通じて、かなりの額を寄付してたンだって・・・匿名で」
若菜「へーえ」
直美「悪いところはいっぱいあったと思うけどサ・・・私、きつく当たり過ぎちゃったなって・・・」
遠くを見る若菜。

○  大空
地平線の果てをふっとヒーローが飛 んでいて。

  完

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