#49 宮の坂の夜 日常

父と娘。静かな、宮の坂の夜。
竹田行人 12 0 0 12/19
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第一稿

「宮の坂の夜」


登場人物
川島恵美里(25)派遣社員
藤倉和巳(56)大学教授

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「宮の坂の夜」


登場人物
川島恵美里(25)派遣社員
藤倉和巳(56)大学教授

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○藤倉家・仏間(夜)
   仏壇と卓袱台がある畳敷きの六畳間。
   仏壇の向かいのふすまが開いていて、キッチンが見える。
   川島恵美里(25)、仏壇の前に正座している。
   仏壇には中年女性の写真。
   恵美里、写真を眺めている。
恵美里「これが私たちのお母さん」
   恵美里、写真を眺めている。
   玄関の開く音。
藤倉の声「エミリか?」
恵美里「うーん」
   恵美里、立ち上がる。

○同・玄関・中(夜)
   玄関から板張りの廊下が伸びている。
   土間には脱ぎ散らかされた女物の靴。
   藤倉和巳(56)、脱ぎ散らかされた靴を整えている。
   恵美里、藤倉に歩み寄る。
恵美里「おかえりー」
藤倉「靴は揃える」
恵美里「はーい」
藤倉「また来たのか」
恵美里「嬉しいくせに。カバン。お持ちしましょうか。お父様」
藤倉「なんだそれは」
   藤倉、恵美里に鞄を渡し、たたきに腰掛けて靴を脱ぐ。
   恵美里、藤倉の後頭部を見つめる。
   白髪交じりの藤倉の髪。
   恵美里、藤倉の後頭部を見つめる。
藤倉「シャワー浴びてくる」
恵美里「え? ああ。お風呂沸かしといたよ」
藤倉「そうか。ありがとう」
   恵美里、笑顔を作る。

○同・キッチン(夜)
   冷蔵庫、テーブル、戸棚、食器棚。
   冷蔵庫には縦に日付の入ったカレンダーが貼ってあり、四人分の予定が書き込めるようになっている。
   四人の名前の欄にはそれぞれ「父」「千里」「陽菜」「萌」の名前が書き込まれ、その下に各々の予定が書いてある。
   藤倉、寝巻き姿で焼酎のボトルを前にテーブルに着いている。
   藤倉の前には氷の入ったグラス。
   恵美里、藤倉の向かいで麦茶を飲んでいる。
藤倉「呑まないのか?」
恵美里「あー。うん。今日はいいや」
藤倉「そうか」
   藤倉、グラスに焼酎を注ぐ。
恵美里「誰もいないみたいだけど。藤倉美人四姉妹の他のメンバーは?」
   藤倉、目を細めてカレンダーを見る。
藤倉「萌は天文部の合宿に行ってる。ナントカ流星群が近づいてるらしい」
恵美里「相変わらずの星バカ。じゃあ数学バカは?」
藤倉「陽菜は卒論の追い込みで研究室に泊り込んでる。千里は」
恵美里「千里姉はどうせ仕事でしょ? いつもバカ力が有り余ってる感じだし」
藤倉「バカばっかりだな」
恵美里「知らなかったの? じゃあ私が来て良かったね。寂しくないでしょ?」
藤倉「静かな夜が台無しだ」
   恵美里と藤倉、微笑み合う。
藤倉「なにか用事か」
恵美里「あー。うん。まぁ。あ。そうだ。あれ。作ったげる」
藤倉「ああ。ありがとう」
   恵美里、立ち上がり、冷蔵庫からちくわとキュウリを取り出す。
藤倉「ユキオくんとは上手くやってるのか?」
恵美里「もちろん。いい人だもん。まぁ。ちょっとおバカで。頼りないけど」
藤倉「たまにはケンカした方がいいぞ」
恵美里「そう?」
藤倉「お互い嫌なところを言い合わないと、それでも好きだってことになかなか気付けないからな」
恵美里「もう酔ってんの?」
   藤倉、氷だけになったグラスを持ち、恵美里に向かって揺らして見せると、グラスに焼酎を注ぐ。
恵美里「飲み過ぎないでよ」
藤倉「わかってる」
   恵美里、キュウリの端を切り、こすり合わせて灰汁を出し、流水で洗う。
恵美里「あのね。お父さん」
藤倉「ん?」
   恵美里、まな板と包丁を取る。
恵美里「私。赤ちゃんできたから」
   恵美里、キュウリを縦に四つに切る。
藤倉「そうか」
恵美里「うん」
藤倉「おめでとう」
恵美里「うん。ありがと」
藤倉「ああ。おめでとう」
  藤倉、グラスの氷を指で回している。
恵美里「でも。正直こわい。だって。母親って。よくわかんないから」
   恵美里、切ったキュウリをちくわの穴に詰めていく。
恵美里「お母さんいなくなったとき、わたし小学生だったし。戻ってきたのは死んじゃったってわかってからだし」
藤倉「わかってない人もたくさんいる」
恵美里「わかってる。そういう話。たくさん聞くよね」
   恵美里、キュウリを詰めたちくわを一口大に切っていく。
恵美里「でも。だから。自信ない。怖い」
   恵美里、食器棚から皿を取り、ちくわを載せてテーブルに置き、シンクを背に寄りかかる。
藤倉「子どもなんて放っておいても育つ」
恵美里「よく言うよ。放っておいてなんてくれなかったくせに」
   藤倉、ちくわを食べる。
藤倉「うまい。料理上手いな」
恵美里「幸雄くんと同じこと言わないでよ。こんなの料理に入んないから」
   恵美里、冷蔵庫からはんぺんとスライスチーズ、大葉を取り出す。
恵美里「母親のいない家庭に育つと。こういうとき困る」
   恵美里、はんぺんを二枚に下ろすように切り、スライスチーズと大葉を挟む。
藤倉「母さんは探し物が得意な人だった」
恵美里「それ何度も聞いた」
   恵美里、キッチンの下からフライパンを取り出してコンロに置き、点火する。
藤倉「恵美里も得意だろ? 探し物」
恵美里「まぁ。そうだね。カンの鋭さは遺伝なのかもしれない」
   恵美里、冷蔵庫からバターを出し、スプーンで掬い、スプーンをフライパンの縁に当ててバターを落とす。
   フライパンの上でバターが溶ける。
藤倉「萌が星に興味を持ったのは昔。幼稚園くらいの頃。空は母さんと繋がってるんだって教えたからだ」
恵美里「へー。意外と単純」
   恵美里、はんぺんをフライパンに置く。
藤倉「陽菜が算数を好きになったのはクラスで一番最初に九九を覚えたのを母さんに褒められてからだ」
恵美里「ゲンキン。陽菜らしい」
藤倉「千里は、いつかどこかで母さんを見つけたら力ずくでも連れてくる。そう言って道場に通いだした」
恵美里「千里姉。普段はクールなくせにそういうとこ熱いよね」
   恵美里、はんぺんを裏返し、しょう油を垂らす。
藤倉「困らなくていい。母さんは恵美里たちの中にちゃんといる」
恵美里「私たちの中に」
藤倉「星バカに。数学バカに。バカ力か」
   藤倉、微笑む。
藤倉「じゃあ恵美里は親バカになればいい」
恵美里「なにそれ? 言われなくても大事にするから」
   恵美里、食器棚から皿を取り、はんぺんを載せてテーブルに置き、藤倉の向かいに座る。
藤倉「大事にする必要はないんだ」
恵美里「どういうこと?」
藤倉「いつも行動で示せるほど人は素直に出来てない。ただ大事に。おもえばいい」
   恵美里と藤倉、目を見合わせる。
藤倉「それが。家族になるってことだ」
恵美里「家族になる。か」
   グラスの氷が音を立てる。
     ×  ×  ×
   恵美里、洗い物を終え、皿を水切り籠に載せる。
恵美里「じゃあ私そろそろ。あれ? お父さん? 寝ちゃった?」
   恵美里、周囲を見回す。

○同・仏間(夜)
   藤倉、グラスを持って仏壇に向かっている。
   恵美里、入ってくる。
藤倉「おじいちゃんになるよ」
   藤倉、仏壇にグラスを掲げる。
藤倉「母さんも。おばあちゃんだな」
   グラスの氷がカタカタと音を立てる。
   恵美里、藤倉の隣に座る。
恵美里「お父さん。きっとジジバカになるね」
   藤倉、鼻をすする。
藤倉「なんだ。バカばっかりだな」
恵美里「知らなかったの?」
   恵美里と藤倉、微笑み合う。

〈おわり〉

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