#43 生と死の関数 ドラマ

関数:関係しあう変数
竹田行人 4 0 0 11/06
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第一稿

「生と死の関数」


登場人物
吉木百(もも・28)医師
立花寛之(56)作家
立花遥(28)立花の姪


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「生と死の関数」


登場人物
吉木百(もも・28)医師
立花寛之(56)作家
立花遥(28)立花の姪


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○東急田園都市線・車内(夜)
   乗車率は7割ほど。
   吉木百(もも・28)、座席に座り、膝の上に鞄を載せ、ハードカバーの本を読んでいる。
   本は立花寛之著「生と死の関数」。
   周囲の乗客、百を見ている。
   百、本を読みながらすすり泣いているが、読み終え、本を閉じる。
   女性客、百にハンカチを差し出す。
   百、会釈をしながらハンカチを受け取り、涙を拭いた後、鼻をかむ。

○ライフパーク駒沢・立花の部屋・仕事場(夜)
   本と資料で埋まっている。
   立花寛之(56)、デスクのPCに向かってキーボードを叩いている。
   インターホンの音。
   立花、顔を上げる。

○府中総合病院・廊下
   医療従事者と患者が行き交っている。
   百、白衣を着て歩いている。
   医師、書類を手に百に歩み寄る。
医師「吉木先生。今日あれだよね。立花寛之さん」
百「え。ああ。はい」
医師「これ」
   医師、百に書類を渡す。
   百、書類に目を落とす。
医師「説得。頼むよ」
百「はい」
   医師、去る。
   百、医師の背中を見送る。

○ライフパーク駒沢・立花の部屋・ダイニングキッチン(夜)
   8畳ほどフローリング。
   キッチンにはコーヒーメーカー。
   中央にテーブルが置かれている。
   床に置かれているダンボールには文学賞のトロフィー、楯、賞状などが収められている。
   百、血圧計の表示を見つめている。
   立花、百の向かいに座り、左腕には血圧計のカフを付けている。
   血圧計、電子音を立てる。
   百、立花の腕からカフを外す。
   立花、立ち上がってキッチンに向かい、コーヒーを2杯入れる。
立花「あとどのくらい持ちますか?」
   百、血圧計を鞄にしまう手を止める。
百「医者が何でも知ってると思ったら大間違いです」
   百と立花、目を見合わせる。
   立花、百の前にコーヒーを置き、座る。
百「ありがとうございます。あ。先生の新作。生と死の関数。読みました。とてもおもしろかったです」
立花「ありがとうございます」
百「私だけではなく、立花先生の作品を楽しみにしている読者はたくさんいます。その方たちのためにも」
立花「吉木先生。その話はもう。どうぞ」
   百、立花の向かいに座る。
百「やはり入院して治療を受けていただくわけにはいきませんか?」
立花「吉木先生」
百「失礼ですけど先生はお一人ですし、容体が急変した場合のことを考えると、やはり医師としてこの状況は看過できません」
立花「おっしゃりたいことはよくわかります」
百「もちろん入院中も体調の許す限り執筆していただけるよう、病院として最大限の配慮をさせていただきます」
立花「ご迷惑ですか?」
百「え?」
立花「遠くから往診に来ていただいているので。負担なのかなと思いまして」
百「それはいいんです。半分趣味ですから」
立花「趣味?」
百「すみません。でもそれは今さらです。そもそも立花先生が私を往診の医者に指名したんじゃないですか」
立花「わがままばかりですみません」
百「いえ」
   百と立花、コーヒーを飲む。
百「どうして私だったんですか?」
立花「どうしてというと?」
百「私は医師としてまだまだ経験が足りません。立花先生のような進行した膵臓癌に至っては正直素人もいいとこです」
立花「はぁ」
百「専門も内科ですし。正直言って荷が重いと感じることも多いです」
立花「でもお医者さんじゃないですか」
百「ええ。言い訳です。だから今も化学療法や免疫治療のような、癌に対する内科的アプローチを勉強しています」
立花「心強いですね」
百「心強い?」
立花「ええ。吉木先生がいてくれたらなんとかなるんじゃないか。なんとかしてくれるんじゃないかと思ってしまいます」
百「なんとか。なる?」
   立花、微笑む。
立花「たまに様子を見に来てくれる姪っ子にも話すんです。頼もしい先生が往診に来てくれてるからなにも心配いらない」
百「茶化さないでください!」
   百、テーブルを叩く。
立花「すみません。そんなつもりでは」
   百と立花、目を見合わせる。
百「亡き王女のためのパヴァーヌ」
立花「え」
百「私が初めて読んだ立花先生の小説です」
立花「ああ」
百「ただそばにいてくれるだけでいい。瑞々しくて。まっすぐで。痛々しくて。こんな恋愛がしてみたいと思いました」
立花「それは。ありがとうございます」
百「小説家は。そうやって人に力を与えたり、進むべき道を示したりすることができる職業だと思うんです」
   百と立花、目を見合わせる。
百「医者は。何もできないんですか?」
立花「え?」
百「体にメスを入れたり薬を処方したりするのは医療者のエゴですか?」
立花「それは」
百「私は立花さんにもっと生きていてほしいと思っています。それは間違いですか?」
立花「吉木先生」
   百と立花、目を見合わせる。
百「すみません。患者さんにこんなこと。医師失格です」
   百、コーヒーを飲む。
百「コーヒー。ごちそうさまでした。失礼します」
   百、立ち上がり、玄関に向かう。
   立花、立ち上がる。
立花「ありがとうございます」
   百、立ち止まる。
立花「あなたでよかった」
   百、出ていく。
立花「あなたでよかった」
   ドアの閉まる音。

○東急田園都市線・車内
   乗車率は3割ほど。
   百、喪服姿で座席に座っている。

○世田谷霊園・墓地
   雪が降っている。
   遠くにビル群が見える。
   墓石が並んでいる。
   霊園一帯にはうっすらと雪が積もっている。
   百、木桶と花を持って歩いてきて、足を止める。
   「立花家之墓」と彫られた墓石。
   百、花を取り換え、線香を上げ、墓石に手を合わせる。
遥の声「吉木先生」
   立花遥(28)、百の後ろに立っている。
百「ああ。立花先生の」
遥「姪のハルカです。生前は叔父が大変お世話になりました。葬儀にも来ていただいて。ありがとうございます」
百「いえ。結局私は何もできませんでした。できませんでした。なにも」
   百と遥、目を見合わせる。
   遥、微笑む。
百「え」
遥「ああ。すみません。改めて。叔父はこういう女性が好みだったんだなと思って」
百「え? え。いや。あの。私は。立花先生とはそういう関係では」
遥「え」
   百と遥、目を見合わせる。
遥「叔父がどうして吉木先生に往診をお願いしたか。聞いていませんか?」
百「いいえ。話してくださらなかったです」
遥「初恋の人に似てるって」
百「え」
遥「初恋の人の似てるお医者さんに往診を頼んだって。亡き王女のためのパヴァーヌの。ヒロインのモデルになった人だそうです」
百「なんで。どうして」
遥「その方が生きてて楽しいだろ? って。笑ってました」
百「そんな。そんなの」
遥「ただそばにいてくれるだけいい」
百「え」
   百と遥、目を見合わせる。
遥「叔父は最期まで笑っていました。本当にありがとうございます」
   遥、深く頭を下げる。
   百、墓石と対峙する。
   雪が降っている。

〈おわり〉

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