#33 胡乱(うろん)な11月 ドラマ

変われないのか、変わらないのか その要因はどこにあるのか、誰にあるのか
竹田行人 16 0 0 08/29
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第一稿

「胡乱(うろん)な11月」


登場人物
山口一範(28)つりぼり鎌田のアルバイト   
薪野勝(60)つりぼり鎌田の常連客
藤倉和巳(56)大学教授


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「胡乱(うろん)な11月」


登場人物
山口一範(28)つりぼり鎌田のアルバイト   
薪野勝(60)つりぼり鎌田の常連客
藤倉和巳(56)大学教授


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○つりぼり鎌田・釣り場
   川沿いにある生け簀に木製の足場が組まれている。
   山口一範(28)、釣りをしている。
   「案内係」の腕章。
   薪野勝(60)、山口と背中合わせの位置で釣りをしている。
薪野「でな。孫がアレやんだよ。買って買って攻撃」
山口「はぁ」
薪野「スーパーとかで見たことねぇか? 買って買ってーって」
山口「ああ」
薪野「それよ。どこから出てんだってくらいデカい声でよ。体全部使って」
山口「確かに」
薪野「見てたらよ。なんか羨ましくてな」
山口「はぁ」
薪野「ああ。わかるか? この気持ち」
山口「いやぁ」
薪野「あんちゃん。聞く気あんのか」
山口「いやぁ」
   フナが水面で跳ねる。
薪野「暇だな」
山口「まぁ。バイトが仕事中に釣りできるくらいですからね」
薪野「チラシでも配ったらどうだ」
山口「そんなことしたって何も変わりません」
   水面でフナが跳ねる。
薪野「あんちゃん。釣り。好きなのか?」
山口「いえ。ここに来るまでは全く」
薪野「へぇ。なんでまたここで」
山口「来た!」
藤倉の声「すみません」
   山口、立ち上がり、竿を両手で持つ。
藤倉の声「すみません」
薪野「あんちゃん。客だ」
山口「今忙しいんで薪野さんお願いします」
薪野「あん?」
山口「常連だし受付くらいできるでしょ」
薪野「客遣い荒いな」
   薪野、入口に向かう。
薪野「いらっしゃい。何時間ご利用で?」
   山口、大きなフナを釣り上げる。
山口「おー。クララか。お前はよくオレの竿に掛るな」
   山口、フナを釣り堀に離す。
   薪野、山口に歩み寄る。
薪野「ヤマグチカズノリって。あんちゃんか?」
山口「え? ああ。はい」
薪野「お客さんだ」
   薪野、入口を示す。
   山口、入口に目をやる。
山口「藤倉先生」
   藤倉和巳(56)、会釈をする。
   水面でフナが跳ねる。

○バー「syntonic comma」・店内(夜)
   カウンターに10席、テーブルが15。奥にピアノが置かれたステージ。
   席は半分程埋まっている。
   山口と藤倉、カウンター席に並んで、ロックグラスを合せる。
藤倉「6年ぶりですね」
山口「もうそんなですか」
藤倉「ええ。そんなです」
山口「藤倉先生。どうしてオレがあそこにいるってわかったんですか?」
   店内、拍手が起こる。
   ピアニスト、ステージに現れ一礼し、ピアノに向かう。
   山口と藤倉、ステージに向き直る。
   曲はショパン「ノクターン」第2番。
山口「キルンベルガー。古典調律ですね」
藤倉「耳は健在ですね」
山口「いえ。でも珍しいですね。今どき古典調律のピアノなんて」
藤倉「今は。ピアノは?」
   山口、首を横に振る。
藤倉「そうですか」
   演奏が続いている。
藤倉「貴方の性格上おそらく多摩川沿いにいるだろうと思いました」
   山口と藤倉、目を見合わせる。
藤倉「貴方が自殺を図った川ですから」
   グラスの氷が音を立てる。
山口「当然の決定だったと思っています。奏には。相楽さんには誰よりも演奏者としての才能があった」
藤倉「はい。私もあの決断が間違っていたとは思っていません。しかし結果として貴方たちの関係を壊してしまった」
   山口と藤倉、目を見合わせる。
藤倉「それに。貴方はピアノから離れてしまっている。音楽教育に携わる者としてこれほど悔しいことはありません」
山口「先生が気にされるようなことではありません。なるべくしてこうなったんだと思っています」
藤倉「それだけではありません。あの日から相楽さんは人前で演奏することができなくなってしまったそうです」
山口「え?」
藤倉「一つの出来事によって傷付けられる人間が一人だけとは限りません」
   山口と藤倉、目を見合わせる。
藤倉「先日。相楽さんから連絡がありました」
山口「会ったんですか?」
藤倉「あのピアノをキルンベルガーで調律したのは相楽さんです」
   山口、ピアノに目をやる。
山口「相楽さんが」
藤倉「相楽さんは今。調律師をやっています」
   山口、ピアノを見つめる。
山口「なったんだ。調律師に」
藤倉「どんなに頑張ってもピアノを嫌いにはなれなかったと笑っていました」
山口「そうですか」
  山口、微笑む。
藤倉「ああ。そういえば相楽さんなんですが」
   山口と藤倉、目を見合わせる。

○ライフパーク二子玉川・山口の部屋・中(夜)
   物が乱雑に置かれている。
   山口、押し入れからキーボードを出してテーブルに置き、プラグを手に部屋を見回す。
   一角にタコ足になった配線。
   コード、絡まっている。
   山口、配線を取り、コードを解そうとするが、解けず、配線を放り投げる。
   部屋の隅に転がる配線。
   山口、配線に目をやる
山口「なにも変わらない」
   コード、絡まっている。

○つりぼり鎌田・釣り場
   山口、釣りをしている。
   薪野、山口と背中合わせの位置で釣りをしている。
山口「オレ。3歳からピアノやってて音大に入って。自分はピアニストになるもんだと思ってたんです」
薪野「長そうだな。その話」
山口「どうせ暇でしょ。で。大学3年の時。後輩の女の子と付き合い始めたんです」
薪野「かわいいのか? その子」
山口「そりゃもう。でも気付いたんです。その子に自分よりも才能があることに」
薪野「才能ねぇ。ホントにあんのか。そんな煙みてぇなもん」
山口「ええ。あります。はっきりと」
薪野「ふーん」
山口「オレが4年の時。最後のチャンスだと思って受けたコンクール出場の推薦枠に入ったのは彼女でした」
   山口、水面を見つめている。
山口「ショックでした。だって彼女は調律師志望だったから」
薪野「因果なもんだな」
山口「ええ。彼女がコンクールに向かう日。オレは多摩川に飛び込みました」
   水面でフナが跳ねる。
山口「そんなことしたって、なにも変わらないのに」
   水面に波紋が広がっていく。
薪野「あんちゃん。あのよ」
山口「薪野さん! 引いてます」
薪野「え? お!」
   薪野、立ち上がる。
薪野「この重さ。フジコだな。手伝え!」
山口「あ。はい」
   山口、薪野の竿を一緒に持つ。
薪野「で。話の続きは?」
山口「この状況で? その彼女が今日。あ」
   釣り糸が切れる。
山口「夕方。ニューヨークに発つそうです。一流の調律師になるために。いつ戻るかはわかりません」
薪野「それで。あんちゃんはどうすんだ」
   山口と薪野、目を見合わせる。
山口「新しい竿。持ってきますね」
   山口、薪野の竿を取る。
薪野「見送り。行かねぇのか」
山口「ええ」
薪野「なんでだよ」
山口「そんなことしたって何も変わりません」
   山口、歩き出す。
薪野「てめぇの体面ばっか考えやがって」
山口「どういう意味ですか」
薪野「変わるのがそんな大事か。変わんねぇのがそんなに嫌なのか」
山口「え」
薪野「あんちゃんはどうしたいんだよ」
   山口と薪野、目を見合わせる。
   山口、牧野に竿を渡す。
山口「常連だし受付くらいできるでしょ」
   薪野、微笑む。
薪野「客遣い荒いな」
   山口、微笑み、走り出す。

〈おわり〉

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