#32 聴いてよ、6月 恋愛

雨の日はラジオを聴く。すると、誰かと繋がることができる。
竹田行人 5 0 0 08/21
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第一稿

「聴いてよ、6月」


登場人物
土谷聖司(24)警備員
田中雫(26)翻訳家
田中実(24)公務員
店員・紋
新垣祐輔(声)
事務員(声)


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「聴いてよ、6月」


登場人物
土谷聖司(24)警備員
田中雫(26)翻訳家
田中実(24)公務員
店員・紋
新垣祐輔(声)
事務員(声)


========================================


○ライフパーク砧・土谷の部屋・中(夕)
   雨の音が聞こえている。
   ベッドと本棚が置かれた部屋。
   本棚の上にはラジオが置かれ、ラジオからは男性の声が聴こえている。
   窓には「関東綜合警備保障」の制服。
   土谷聖司(24)、ベッドに洋服を並べて眺めている。
   スマートフォンが鳴る。
土谷「お疲れ様です。土谷です」
事務員の声「土谷さん? この雨でしょう。今日の現場無くなったから。お休みで」
土谷「今日元から休みです」
事務員の声「あ。そうなんだ。珍しいね」
土谷「ちょっと用事あって。失礼します」
   土谷、通話を終える。
新垣の声「新垣祐輔のタウンジャム。渋谷アラビカ通りスタジオから全国38局をネットして生放送でお送りしてます」
   土谷、ベッドの洋服を取る。
新垣の声「メール読みます。世田谷区のラジオネーム雨傘さん。警備員されてる方」
   土谷、ラジオに目をやる。
新垣の声「今日長靴さんとご飯に行ってきます。ラジオでは知ってますが会うのは今日が初めて。ちょっと緊張。とのこと」
   土谷、壁の時計を見て、着替え始める。
新垣の声「雨傘さんと翻訳家の長靴さん。番組ツィッター上でもいつも仲良さそうで。羨ましい。デート楽しんでくださいねー」
   土谷、微笑む。

○レストラン「レインツリー」・外(夜)
   雨が降っている。
   通りに面したレストラン。
   エントランスにスロープがある。
   土谷、傘をたたみ、入っていく。

○同・店内(夜)
   店内は半分ほど埋まっている。
   田中雫(26)、窓際のテーブルに座って、文庫本を読んでいる。
   田中実(24)、離れたテーブルで食事をしている。
   土谷、雫に歩み寄る。
土谷「長靴さん。ですか?」
雫「え。あ。はい。雨傘。さん?」
土谷「あ。雨傘です。いや。ツチヤセイジって言います。はじめまして」
雫「はじめまして。タナカシズクです」
土谷「タナカ。シズクさん」
   土谷と雫、目を見合わせる。
土谷「なんか変ですね。はじめましてって」
雫「そうですね。ああ。どうぞ」
土谷「あ。はい」
   土谷、傘を足元に置き、席に着く。
土谷「よく来られるんですか? ここ」
雫「はい。よく知っているお店の方がいろいろ安心なことも多いので」
土谷「信用ないんですね。オレ」
雫「え? あ。いや。全然。そういうことではなくて。雨傘さんのことはとっても信用してます。あ。なに言ってんだろ私」
土谷「ありがとうございます」
   土谷と雫、微笑み合う。
     ×  ×  ×
   雨が止んでいる。
   テーブルにコーヒーカップが二つ。
   土谷と雫、笑っている。
雫「ご兄弟でされてるんですか? 草野球」
土谷「はい。兄貴がキャッチャーで。オレがセンターです」
雫「兄弟なのに一番遠いんですね」
土谷「あー。言われてみればそうですね」
雫「あ。でも。一番向かい合ってる」
土谷「あー。確かに」
雫「向かい合うっていいですよね」
土谷「そうですね。あ。でもオレ。大事な人とは同じ方向見てたいです」
雫「え?」
土谷「同じ方向っていうか。同じ未来を」
雫「あー。えー。と。その」
土谷「雫さん」
雫「私も。私と弟も昔。ソフトボールやってたんですよ」
土谷「あー。へー。そうなんですね。でもそれで翻訳家って。すごい方向転換ですね」
雫「あー。それは。その」
土谷「あ。一緒にやりませんか? 雫さんも」
雫「え?」
土谷「選手じゃなくても。マネージャーとか」
雫「あー。いや」
土谷「マネージャーじゃなくても。応援とか」
雫「えー。と。その」
土谷「応援じゃなくても。通りかかるとか」
雫「ごめんなさい」
   雫、田中に目をやる。
土谷「え?」
   田中、雫に歩み寄り、背後に立つ。
土谷「あ。あー。そういうことですか」
雫「ごめんなさい。あの。その」
土谷「いいですいいです。オレ。カッコ悪いっすね。勝手に盛り上がっちゃって」
   土谷、立ち上がる。
雫「あの。聖司さん」
土谷「今日はお会いできてよかったです。じゃあ。失礼します。お幸せに」
   土谷、一礼して、去る。
   雫と田中、土谷の背中を目で追う。
田中「久しぶりに見た。楽しそうに笑ってるとこ」
雫「そう?」
田中「いい人だったじゃん」
雫「そうだね。いい人すぎるくらい」
   土谷、窓の外を歩いている。
雫「いい人すぎる」
   雫、土屋の背中を見送る。
田中「あのさ。そんなだからずっと」
雫「ミノル。その先言ったらノドボトケ割るから」
田中「こわ! それ。マジでやりそうだし。シャレになんないからね」
雫「よし。じゃー行こっか」
田中「あいよ。動かすよ」
雫「うん。お願い」
   田中、雫のイスの背もたれを引く。
   雫の乗った車イスが動きだす。
田中「あ」
雫「え。ああ」
   田中、土屋の傘を持ち上げる。

○祖師谷バッティングセンター・中(夜)
   雨が降っている。
   スピーカーからラジオが流れている。
   土谷、ヒッティングの構え。
土谷「あ。傘忘れた。ま。いっか」
   ボール、来る。
   土谷、スクイズ。
新垣の声「パワーボイスのコーナー。世田谷区の洗濯日和さんから頂きました」
   土谷、バントの構え。
新垣の声「バッターボックスに入ったなら、振り切らなければならない」
   ボール、来る。
   壁に当たり、転がっていくボール。

○レストラン「レインツリー」・店内(夜)
   雨が降っている。
   土谷、駆けこんでくる。
   店員・紋、土谷に歩み寄る。
紋「どうされました? ああ。先ほどの」
土谷「すみません。傘。忘れちゃって」
紋「はい。お預かりさせていただいてます」
紋「雫さん。先ほどまで待っていらしたんですよ。実さん。あ。弟さんと一緒に」
土谷「え? 弟さん? さっきの人が?」
紋「ええ。いつもご愛顧いただいています」
土谷「そうだったんですね」
紋「とても仲がよろしくて。私も実さんに車イス押してもらいたいなぁ。なんて」
土谷「え? 車イス?」
紋「ああ。すみません。おかしなことを。その。忘れてください」
   土谷と紋、目を見合わせる。

○同・外(夜)
   雨は止んでいる。
   土谷、傘を手に出てくる。
土谷「あー! あー! あー!」
   土谷、傘で何度も素振りをする。

○道(夜)
   雫、田中に車イスを押されている。
土谷の声「雫さん!」
   土谷、走ってくる。
田中「姉ちゃん。オレ。行くわ」
   田中、雫に微笑み、行く。
雫「え? ちょっと実」
   土谷、雫の前に回り、目線を合せる。
土谷「酷いですよ。黙ってるなんて」
雫「いや。あの。私。その」
土谷「選手でもマネージャーでも応援でも通りすがりの人でもなんでもいい。もっと話したいです」
   土谷と雫、目を見合わせる。
土谷「いろんなこと。もっと話したいです。もっと。同じ方むいて」
   土谷と雫、目を見合わせる。
雫「押してもらっていいですか?」
土谷「え?」
雫「車イス。押してもらっていいですか?」
   土谷と雫、目を見合わせる。
土谷「は。はい」
   土谷、雫の後ろに回り、車イスを押す。
雫「早い早い。早いです」
土谷「あ。ごめんなさい」
   雫、土谷の手に自分の手を添える。
雫「ゆっくりでいいですから」
土谷「はい」
   土谷と雫、微笑み合う。

〈おわり〉

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