「10年後、僕は誰の瞳の中にいるのだろう」
登場人物
逢坂渡(23)フリーター
風見亜希(21)大学生
藤倉陽菜(23)大学院生
亜希の兄
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○駒沢緑地公園・広場
人垣ができている。
逢坂渡(23)、人垣の中心でバンドネオンを演奏している。
○カフェ「オレンジ色の空」・店内
カウンターが5席、テーブル席が8つ。
逢坂と藤倉陽菜(23)、窓際の席に向かい合って座っている。
ニット帽とサングラス姿の男女、カウンターでコーヒーを飲んでいる。
逢坂、メニューを見ている。
逢坂「うーん」
メニューはコーヒーとカフェオレだけ。
逢坂、メニューを見ている。
陽菜「すみませんカフェオレ2つ」
陽菜、逢坂の手からメニューを取る。
陽菜「で? 渡。就活するの?」
逢坂「うーん」
陽菜「ストリート続けるの?」
逢坂「今。心の声を待ってるとこ」
陽菜「新卒扱いは今年まで。いつまでも迷ってると大事なものなくすよ」
逢坂「いや。それはそうなんだけど」
陽菜「あー。もう。なんで渡みたいな要領悪い甲斐性なしと付き合ってるかわかんなくなってきた」
逢坂「それはやっぱり陽菜がオレのこと」
陽菜「うん。わかんない。よし。こういう時はちょっと距離置こう。うん。じゃ」
陽菜、出ていく。
○道
右手が上り坂になっている三叉路。
逢坂、三叉路の中心で立ち止まる。
逢坂「要領悪い甲斐性なしって」
携帯電話のバイブ音。
逢坂「はい。もしもし」
声「もしもし? オレオレ」
逢坂、通話を切る。
携帯電話のバイブ音。
声「切るんじゃねーよ! 逢坂渡!」
逢坂「え? なんで? 誰?」
声「10年後の逢坂渡だよ」
逢坂、スマートフォンを離す。
声「あー! 待て待て切るな!」
逢坂「イタズラでももうちょっとマシな」
声「今いる三叉路。右の坂上れ」
逢坂「え?」
逢坂、周囲を見回す。
誰もいない。
声「そこに運命の出会いがある」
通話、切れる。
逢坂「なんだ? 今の」
逢坂、スマートフォンを見つめる。
亜希の声「あ! 渡先輩!」
風見亜希(21)、坂の上に立っている。
逢坂「おう。亜希じゃん」
逢坂、右の坂を上りはじめる。
○ひだまりの丘公園・中
広場のある公園。
一角に蔦を這わせたひさしがあり、その下にベンチがある。
亜希、ベンチに座っている。
逢坂、缶を両手に亜希に歩み寄る。
逢坂「はい。どーぞ」
亜希「ありがとうございます」
逢坂、隣のベンチに座る。
亜希「陽菜先輩が羨ましい。優しい彼がいて」
逢坂「さっき距離置こうって言われたけど」
亜希「ええぇ! そーなんですかぁ!」
逢坂「うん」
亜希「え。なんで」
逢坂「ん?」
亜希「なんで別れたんですか」
逢坂「別れたのかな」
亜希「距離置こうって言われたんですよね」
逢坂「うん。でも陽菜の言葉はそのまんまだから。大事なのは心の声だ」
亜希「心の声。ですか」
逢坂、ジュースを飲む。
○ライフパーク喜多見・外観(夜)
木造二階建てのアパート。
○同・逢坂の部屋(夜)
ワンルームの部屋にベッドとデスク。
デスクの上にはメトロノーム。
逢坂、膝の上にバンドネオンを置き、片手にスマートフォンを持ってベッドに座っている。
メトロノーム、動いている。
声「亜希は風見グループのお嬢様。10年後のオレは幹部候補。要領悪い甲斐性なしともおさらばだ」
逢坂「根に持ってんだな。それ」
声「迷うな。心の声に正直に生きろ」
メトロノーム、動いている。
○世田谷大学・学生食堂・中
逢坂と亜希、窓際のテーブル席で向かい合っている。
テーブルには手作りの弁当が二つ。
逢坂、弁当を包む。
逢坂「うまかった。ありがとう」
亜希「よかった。あの」
逢坂「ん?」
亜希「心の声って。なんなんですか」
逢坂と亜希、目を見合わせる。
逢坂「中学の時。母親が病気で死んだ」
亜希「え」
逢坂「最期にオレと康介。弟呼んで言ったんだ。心の声にまっすぐに生きなさいって。だから聞くんだ。心の声に」
亜希「そうだったんですか」
逢坂「ごちそうさま。これ。洗って返す」
亜希「いや。そんな」
逢坂「じゃ。また」
逢坂、弁当の包みを持ち、去る。
亜希、逢坂の背中を見送る。
窓がノックされる音。
陽菜、外から亜希に手を振っている。
○多摩川河川敷(夕)
逢坂、バンドネオンを弾いている。
バンドネオンの蛇腹が行って戻る、行って戻る、行って戻るを繰り返す。
逢坂、手を止める。
○バー「Time after time」・外観(夜)
「Bar Time after time」のネオン。
○同・店内(夜)
陽菜と亜希、カウンターに座っている。
2人の前にはカクテルグラス。
陽菜「だめんず好き女に乾杯」
陽菜と亜希、目を見合わせる。
亜希「私。渡先輩に全部あげられます」
陽菜「なに? もう酔ってんの?」
亜希「音楽やりたいならさせてあげられます。就職したいならお世話できます」
陽菜「さすが。お嬢様は言うことが違う」
亜希「茶化さないでください」
陽菜と亜希、目を見合わせる。
陽菜「渡の好き嫌いなんて考えなくてもわかる。でも。それ全部あげようとは思わない。それは。違うから」
陽菜と亜希、目を見合わせる。
亜希「失礼します」
亜希、出ていく。
陽菜、亜希の背中を見送る。
○ライフパーク喜多見・渡の部屋(夜)
雨の音が聞こえている。
逢坂、膝の上にバンドネオンを置き、片手にスマートフォンを持ってベッドに座っている。
メトロノーム、動いている。
声「心の声は。まだか」
逢坂「ああ」
逢坂、メトロノームを眺めている。
亜希の声「渡先輩!」
声「さぁ。ここが正念場だ」
逢坂、窓を開ける。
亜希、雨に濡れながら立っている。
亜希「私。渡先輩が好きです」
逢坂と亜希、目を見合わせる。
声「逢坂渡! いつまでも迷ってると大事なものなくすぞ!」
逢坂、スマートフォンを見つめる。
逢坂「なぁ。ひとつ聞いてもいいか?」
声「なんだよ」
逢坂「あんたホントはどっちを選んだ?」
メトロノームと雨の音が部屋に響く。
○同・外(夜)
雨が降っている。
逢坂、傘と包みを手に出てくる。
亜希「先輩」
逢坂、亜希に傘と弁当の包みを渡す。
亜希「え」
逢坂「ありがと。美味かった」
逢坂、駆けだす。
亜希、逢坂の背中を見送る。
亜希「やめ! やめ! もうおしまい!」
声「放水。やめ」
雨、止む。
亜希の兄、スマートフォンを手に亜希に歩み寄る。
亜希の兄「10年後作戦。失敗か」
亜希「うん。ごめんね。お兄ちゃん。変なことに付き合わせて」
亜希の兄「いや。でも。いいヤツだな」
亜希「でしょ? あ。お兄ちゃん。お弁当。美味しかったよ」
亜希と亜希の兄、微笑み合う。
○同・渡の部屋(夜)
メトロノーム、止まっている。
〈おわり〉
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