「貴女までの38万km」
登場人物
加藤順(27)探偵
富山俊平(50)会社員
根岸真琴(28)トラブルシュータ―
佐竹強(25)依頼人
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○都立梅ヶ丘高校・外観
「都立梅ヶ丘高校」の看板。
○同・屋上
人々、空を見上げている。
屋上の一角にステージが作られ、その上には「都立梅ヶ丘高校天文部同窓会兼金環日食観賞会」の横断幕。
加藤順(27)、ステージ上でマイクの前に立っている。
加藤「まもなく午前7時32分。いよいよ金環日食の始まりです」
ハウリング。
加藤「ここで。この会の開催にあたり。私加藤順。加藤順の並々ならぬ尽力。粉骨砕身の日々を振り返りたいと思います」
男「あ。始まった」
女「え? マジで!?」
加藤「思い起こせば半年前」
佐竹強(25)、参加者を掻き分けて加藤に歩み寄る。
佐竹「先輩。先輩。ちょっと黙って」
加藤「なんだよツヨシ。今いいとこなんだよ」
佐竹「今日の主役は。月です」
加藤、空を見上げる。
加藤「おお! すげぇ!」
空に金環日食。
佐竹「先輩。先輩って探偵なんですよね」
加藤「え? ああ。まぁ正確にはマジヤバ」
佐竹「失踪したんです。オレの恋人が」
加藤と佐竹、目を見合わせる。
○加藤順探偵事務所・外観
ビルの屋上にあるペントハウス。
「加藤順探偵事務所」の看板。
○同・中
物が散乱している。
加藤と佐竹、応接セットを挟んで向かい合って座っている。
加藤「で。いつからいないの? その」
佐竹「井川朋子です。先週からです」
加藤「なんか心当たりないの?」
佐竹「強いて言うなら、プロポーズです」
加藤「なら。今はやりのブリッジブルーだ」
佐竹「それマリッジブルーです。別にはやってないし。てか探してくださいよ」
加藤「ガキならともかくいい大人だろ? いろいろあるって。人間だもの」
佐竹「そのいろいろが知りたいんですよ」
加藤「他人のくせに?」
佐竹「他人って。付き合ってて。少なくともオレは結婚まで考えてたんです」
加藤「でも他人だ。はい。おしまい」
佐竹「朋子。誰かに手紙出してたみたいなんです。何度も」
加藤「じゃあそれはオトコ。お前は二股かけられた挙句ポイされたんだ。諦めろ」
佐竹「それともう一つ」
加藤、佐竹を見る。
○株式会社一来堂・エントランス
加藤、受付で受付係に写真を見せる。
加藤「ホントに? 神に誓ってガチ?」
受付係、万札をポケットにしまう。
受付係「はい。弊社には井川朋子という社員もその写真の女性も在籍しておりません」
携帯電話のバイブ音。
受付係「お力になれず申し訳ありません」
加藤「いや。人探しなんてそんなもんだから。それよりもしよかったら今夜オレとキミの未来を探しにメシでも」
携帯電話のバイブ音。
受付係「電話。鳴ってますよ」
加藤と受付係、目を見合わせる。
受付係、加藤のポケットを示す。
加藤、スマートフォンを耳に当てる。
加藤「マジヤバイケイケ探偵の加藤順です。ただいま電話に出ることが」
真琴の声「順ちゃん。すぐ来て」
加藤、ため息。
○バー「奇妙な果実」・外観(夜)
「Bar 奇妙な果実」のネオン。
ドアベルの音。
○同・店内(夜)
カウンターが8席、テーブル席が2つ。
天窓から月がのぞいている。
加藤と根岸真琴(28)、カウンターに並んで座っている。
加藤「マコトさん。なんで同窓会来なかったんですか? 待ってたんですよ」
根岸「行けるわけないでしょ。みんな朝からオカマなんて見たくないだろうから」
加藤「空気読んだんですね。珍しい」
根岸「犯すわよ」
加藤「で。なんですか?」
根岸「ちょっと人を探しててね」
加藤「へー。オレもなんですけど」
根岸「順ちゃんも? 協力する。写真ある?」
加藤「あざっす」
加藤、ポケットから写真を取り出す。
根岸、写真を見る。
根岸「オージーザス!」
加藤「なんすか? 真琴さんが昂るほど美人じゃないじゃないですか」
根岸「そもそもメスじゃ役不足。違うの。アタシが探してるのも。この子」
根岸、写真を見せる。
根岸「下北ナンバーワンのデリヘル嬢。ヒメ」
化粧は違うが、同一人物である。
加藤「そう来ますか」
根岸「やっかいね。表の人探しの順ちゃんも裏の人探しのアタシもダメじゃ」
加藤「どうしましょ」
根岸「表からも裏からもいなくなった人間の行き先は一つだけ」
加藤と根岸、目を見合わせる。
根岸「闇」
加藤「やみ。また詩的な表現ですこと」
天窓から月がのぞいている。
○ライフパーク代田・外(夜)
木造二階建てのアパート。
外階段の脇に郵便受けが並んでいる。
加藤と根岸、郵便受けの前に立つ。
加藤、根岸に目をやる。
根岸「二〇四」
加藤、「二〇四」のプレートの入った郵便受けを開ける。
根岸「ちょっとはためらいなさい」
加藤「それちょっと辞書にないですね。お」
加藤、郵便受けの中にある封筒を取る。
差出人は「富山俊平」。
○富山家・外観
2階建ての日本家屋。
「富山」の表札。
○同・応接間
加藤、卓袱台についている。
富山俊平(50)、箱を手に入ってくる。
富山「お待たせしてすみません」
加藤「いえ。突然来たんで」
富山、箱を卓袱台に置き、蓋を開ける。
箱の中にはたくさんの封筒。
加藤「これ全部ですか?」
富山「ええ。すべて井川さんからです。これはほんの一部ですが」
富山、加藤の向かいに座る。
富山の腕には火傷の跡がある。
加藤、富山の腕の火傷に目をやる。
富山「十三年前。高速道路で夜行バスが横転するという事故がありました」
加藤「事故」
富山「井川さんの家族はその事故で井川さん以外全員が亡くなりました」
加藤「あの。それが」
富山「私はそのバスの運転手です」
加藤「はぁ。それで恨みごとの手紙ですか。ちっちゃいですねぇ」
富山「いえ。手紙にはただ日々の出来事が書かれているだけです。私を責める言葉は一切ありません」
加藤「日々の出来事」
富山「預けられた親戚の家で体を触られても何も言えなかった。風俗店で働いていることを恋人に隠している」
加藤「それが日々の出来事」
富山「彼女にとっては。手紙には淡々とそういうことが書かれているんです」
加藤「それを。十三年も」
富山「ほぼ毎週届いています。たぶん彼女はこう言いたいんだと思います」
加藤と富山、目を見合わせる。
富山「私は絶対に幸せになんかならない」
加藤「絶対に。幸せになんか。ならない」
加藤、封筒の束を見つめる。
○バー「奇妙な果実」・店内
店員、氷を球形に削っている。
加藤と佐竹、カウンターに並んで座っている。
佐竹「収穫なし。ですか」
加藤「ああ。なぁ。強」
店員、球形の氷を磨いている。
加藤「人ってのは月みたいなもんだ。知ってるつもりの顔も所詮は全部表。裏側は誰も知らない。そこにあるのは闇だけだ」
球形の氷、グラスに落とされる。
天窓から月がのぞいている。
× × ×
加藤、カウンターで1人、酒を呑んでいる。
天窓の月、雲に隠れる。
ドアベルの音。
加藤、ドアを振り返り、席を立つ。
加藤「こちらへどうぞ。月のお姫様」
加藤、微笑む。
〈おわり〉
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