#22 20,000kgの孤独 ドラマ

音楽は闇を貫き、明かりを灯す。 そしてそれができる人間を、人は音楽家と呼ぶ。
竹田行人 9 0 0 06/12
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第一稿

「20,000kgの孤独」


登場人物
榊和音(28)ピアニスト
相楽奏(26)調律師
職員


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「20,000kgの孤独」


登場人物
榊和音(28)ピアニスト
相楽奏(26)調律師
職員


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○世田谷公会堂・外観(夜)
   「世田谷公会堂」の看板。

○同・舞台裏廊下(夜)
   榊和音(28)と職員、歩いている。
職員「この度は突然のオファーを快諾していただきましてありがとうございます」
榊「いえ。ちょうど。スケジュールが空いていましたから」
職員「それは僥倖。今大注目の天才ピアニスト。榊和音大先生にコンサートをやっていただけるなんて。奇跡です」
榊「オレは天才でもなんでも」
職員「天才ですよ。天才。クララ・シューマン国際ピアノコンクールで日本人として初の優勝。これが天才でなくして」
榊「ステージ。ここですか?」
   榊、ドアを指差す。
職員「え? あ。はい」
   職員、ドアを開ける。
   榊、入っていく。

○同・大ホール(夜)
   舞台中央にピアノが置かれている。
   榊と職員、入ってくる。
   榊、ピアノに触れる。
榊「弾いてもいいですか?」
職員「もちろんです」
   榊、イスに座り、鍵盤の蓋を開くと、ベートーベンの「月光 第二楽章」の冒頭数小節を弾く。
   職員、拍手。
榊「あの。このピアノ。低音部」
奏の声「くそだな」
   相楽奏(26)、ピアノの下から現れる。
   榊、のけぞり立ち上がる。
   奏、大きく伸びをする。
職員「相楽さん。またですか。酷い顔して」
奏「人のこと言えない顔じゃないですか。ここだと安心して寝ちゃうんですよね」
職員「相楽さん。こちらは」
奏「あ。榊和音。ホンモノだ」
職員「失礼ですよ。先生に向かって」
奏「先生って。あんた別にこの人に何も教わってないでしょ」
職員「相楽さん。すみません榊先生」
榊「いえ。大丈夫です。こちらは」
職員「失礼しました。彼女はウチのピアノを調律してくれている」
奏「相楽奏です。しくよろです」
職員「相楽さん。いい加減に」
榊「そんなに下手でした?」
奏「え?」
榊「今おっしゃったじゃないですか。くそだなって」
奏「あー。あれは調律の話です。音が不安定だなーって」
榊「そうですか」
奏「もうちょっと調整するんで、弾くなら後にしてもらっていいですか?」
   榊と職員、目を見合わせる。

○同・エントランス・外(夜)
   榊と職員、出てくる。
職員「重ねがさね申し訳ありません」
榊「いえ。個性的な方ですね」
職員「館長が彼女の腕に惚れこんでいまして。ああですが技術は確かなようです」
榊「そうなんですか」
   職員、榊に鍵を渡す。
職員「話は通してあります。お好きなだけ練習して戴いて構いません」
榊「すみません無理言って。ピアノに慣れておきたいので。ありがとうございます」
職員「では。私はここで失礼します」
   職員、歩いていく。
榊「なにが天才だよ」
職員「なにか」
榊「いえ」
   榊、作り笑顔。

○同・大ホール(夜)
   奏、腰に道具類の入った袋を提げたまま、クララ・シューマンの「ロマンス変奏曲」を弾いている。
   演奏が終わる。
   拍手の音。
   榊、客席に座っている。
奏「弾いてもらっていいですか?」
   榊と奏、目を見合わせる。
     ×  ×  ×
   榊、ドビュッシーの「月の光」を弾いている。
   奏、客席で聴いている。
   榊、弾き終える。
奏「くそですね」
榊「音は安定したように思いますが」
奏「調律じゃなくて演奏の話です」
   榊と奏、目を見合わせる。
   奏、舞台に上がって榊に歩み寄り、椅子から押し出す。
奏「邪魔です」
   榊、立ち上がり、脇によける。
   奏、腰に下げた袋からチューニングハンマーを取り出してピンにかけ、空いた手で鍵盤を叩く。
榊「少し休憩してきます」
   榊、歩き出す。
奏「まことにお粗末なパフォーマンス。解釈。表現。ともに未熟で聴くに堪えない」
   榊、足を止める。
奏「クララ・シューマンの不幸が才能を摘まれたことなら、榊和音の不幸はありもしない才能を見出されてしまったことだ」
   奏、鍵盤を叩く。
奏「こないだのコンサートの酷評記事。まだ日本に出回ってなくてよかったですね。仕事減ったんじゃないですか?」
   奏、チューニングハンマーをピンにかけ、空いた手で鍵盤を叩く。
奏「ピアノは鍵盤楽器です。鍵盤に触れればどんなくそ野郎でも音を出せますから」
   榊、拳を握る。
奏「実際演奏見ましたけど最悪でしたね。あれなら私の方がまだマシです」
   榊、ピアノに歩み寄り鍵盤を拳で叩く。
榊「あんたに何がわかる」
   奏、鍵盤を叩く。
榊「天才。天才って祭り上げられて。でも自分の音が見つからなくて。毎日焦って。でも誰にもわかってもらえなくて」
   奏、鍵盤を叩く。
榊「たった1人。真っ暗やみの中に放り出されたみたいなオレの気持ちが」
奏「休憩して来ていいですよ」
榊「なに?」
奏「あなたと話してるよりピアノと話してる方がよっぽど有意義なんで」
   奏、鍵盤を叩く。
奏「ピアノには88の鍵盤、243の弦があって、その弦は1本だいたい80キロの力で引っ張られてます」
   奏、鍵盤を叩く。
奏「つまりピアノはたった1人で20トンの力と戦ってる。静かに。たった1人で。これがどういうことかわかります?」
   奏、鍵盤を叩く。
奏「ピアニストを名乗るなら、その孤独と向き合う覚悟が必要ってことです」
榊「孤独と向き合う、覚悟」
奏「それがないならピアニストなんてさっさと廃業して音楽教室でも開けばいい」
   榊と奏、目を見合わせる。
榊「音楽教室か。それもいいかもな。もうオレには、なにもない」
   榊、歩きだす。
   奏、榊の背中を見送る。
奏「音大時代。先輩が川に飛び込みました。自分の才能を悲観して」
   榊と奏、目を見合わせる。
奏「すぐに引き上げられましたけど、昏睡状態で。でも3日後。目を覚ましました」
   榊と奏、目を見合わせる。
奏「大好きな。あなたのショパンを聴いて」
   奏、榊に歩み寄る。
奏「ピアノは鍵盤楽器です。鍵盤に触れればどんなくそ野郎でも音を出せます。でも」
   奏、榊にチューニングハンマーを突きつける。
奏「ピアノを奏でられるのは、あなた達ピアニストだけです」
   榊と奏、目を見合わせる。
奏「あなた達だけなんです」
   榊と奏、目を見合わせる。
榊「低音部。ピアノのとき伸びが弱い」
奏「え?」
榊「低音部が弱いのは曲想を表現する上で致命的だ」
   榊と奏、目を見合わせる。
榊「本番。明後日だけど」
奏「あ。はい。調整します。すぐ」
   奏、ピアノに向かい、作業を始める。
   榊、奏の背中を見ている。

○同・外観
   「榊和音コンサート」の看板。

○同・大ホール
   満席である。
   榊、タキシード姿で登場し、一礼。
   大きな拍手。
   榊、舞台袖に目をやる。
   奏、舞台袖から榊に大きく頷く。
   榊、小さく頷いてピアノに向かう。
   譜面台に置かれた譜面にはショパンの「夜想曲第八番」の文字。
   冒頭の強弱記号はピアノ。
   榊、鍵盤を叩く。
   奏、微笑む。
   榊、微笑みながら演奏している。

〈おわり〉

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