ケーキ屋の憂鬱 恋愛

「私……恋を、してしまったんです」 ケーキ屋でアルバイトをしている女子大生、水野。 仕事が全く身に入らない彼女は、ある悩みを抱えていた…。 とあるケーキ屋の、恋愛話。
白石 謙悟 6 0 0 06/05
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第一稿

『ケーキ屋の憂鬱』

登場人物

水野(ミズノ)…ケーキ屋でアルバイトをしている女子大生
松永(マツナガ)…水野が働いているケーキ屋の店長の奥さん。
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『ケーキ屋の憂鬱』

登場人物

水野(ミズノ)…ケーキ屋でアルバイトをしている女子大生
松永(マツナガ)…水野が働いているケーキ屋の店長の奥さん。
         夫と二人で店を経営している
村瀬(ムラセ)…店の常連。面倒見のいいお兄さん


   明転。ケーキ屋のカウンターで、水野がボーッとしている
   物思いにふけっている様子

水野 「はあ……」

   松永が登場

松永 「水野さん、お疲れ様」
水野 「あっ!まままま松永さん!私、別にサボったりしてませんよ!」
松永 「まだ何も聞いてないんだけど…」
水野 「お、お疲れ様です!」
松永 「うんうん、あなたはいつも元気ねぇ」
水野 「そうですか…?」
松永 「いつでも一生懸命なのは、あなたの良い所よ」
水野 「あ、ありがとうございます!」
松永 「でも…限度ってものがあるわよ」
水野 「え?」
松永 「花壇の水やり、今朝やってくれたのね」
水野 「あ、はい。開店前に…」
松永 「そうよね、うん」
水野 「あの…どうかしましたか?」
松永 「いや…あれはちょっとねぇ…。やり過ぎというかね。
    お花達、溺れちゃってる」
水野 「ええええっ!?う、嘘!?」
松永 「今日は特に気合い入ってたわね〜」
水野 「す、すみません!」
松永 「あと、店の旗も」
水野 「はい、それも開店前に……」
松永 「逆に刺さってたわよ。あれじゃあ、読めないわ」
水野 「ええええっ!?ど、どうして!?」
松永 「ショーケースも、拭いてくれてたわね」
水野 「…………(聞くのが怖い)」
松永 「でも、布巾はちゃんと絞らないと駄目よ。べちゃべちゃだから」
水野 「いやああああ!」

   頭を抱えてうずくまる水野

松永 「……大丈夫?」
水野 「ううう……」
松永 「何かあったの?最近、こういうの多いけど」
水野 「えっ!?そ、そうですか…?」
松永 「あなたは失敗は多いけど、仕事は熱心に取り組む子よ。
    でも、最近はボーッとしてることが多いから気になってね」
水野 「そんなにひどいですか、私…」
松永 「ええ」
水野 「実は…私、考え事を始めたら、まわりが全く見えなくなるんです」
松永 「考え事?」
水野 「はい。だから、普段はどんな些細な事も一切、考えないようにしてます」
松永 「いや、それもどうかと思うけど…」
水野 「私の悪い癖なんです…」
松永 「それで、一体何を考えていたの?」
水野 「それは……」

   お客が入店する

松永 「あっ、お客さんね。水野さん、お願い」
水野 「あっ!い、いらっしゃいませ!……」

   笑顔で対応しているが、だんだん物憂げな表情に変わっていく

水野 「はあ……」

   見兼ねた松永がフォロー

松永 「み、水野さん。水野さんってば」
水野 「へ?」
松永 「(お客さんに対して)どうも、すみません。水野さん、対応!」
水野 「あぁっ!申し訳ありません!…おすすめですか?えっと、今なら
    期間限定、『春風ショートケーキ』と、『初恋チーズケーキ』が……。
    は、初恋……」

   徐々に沈んでいく水野

松永 「み、水野さん!」
水野 「は、はいぃ!えっと、誕生日を迎えられる方等に、当店人気のバーズデー・
    デコレーションケーキなんかも…。…あ、はい。
    ショートケーキが二つ、チーズケーキがお一つですね。かしこまりました!」

   ケースの中に保冷剤を入れる水野
   一点を見つめ、ボーッとしている

水野 「お買い上げ…ありがとうございます……」
松永 「水野さん!保冷剤しか入ってないわよ!」
水野 「あっ!ええと、三点で860円になります」
松永 「商品を入れてー!」
水野 「またのご来店を…お待ちしております……」
松永 「(お客さんに)ショートケーキが二点、チーズケーキが一点ですね。
    はい、860円になります。1000円からですね、140円のお返しです。
    ありがとうございました。
    …え?ああ、この子、少し体調が悪いみたいで…。
    はい、申し訳ありませんでした。またのご来店をお待ちしております」

   礼をして、お客を見送る松永

松永 「水野さん…。あなた、重症ね」
水野 「…………」
松永 「今日は、もう帰った方が…」
水野 「すみませええええええん!」

   カウンターを離れ、隅の方で泣きじゃくる水野

松永 「み、水野さん!?」
水野 「うわあああ!」
松永 「ちょ、ちょっと…?」
水野 「私、駄目なんです!何もかも身に入らなくて!駄目人間です!」
松永 「お、落ち着いて」
水野 「あの人のことが、いつも頭を離れなくて…!」
松永 「あの人…?」
水野 「私……恋を、してしまったんです」

   間

松永 「……えっと、どういうことかしら?」
水野 「ああ!誰にも言うまいって思ってたのに…!」
松永 「つまり、最近様子がおかしかったのは…」
水野 「…………(視線を逸らし)」
松永 「重度の恋煩いってことね……。信じがたいけど」
水野 「松永さん、今までお世話になりました…」

   出て行こうとする水野

松永 「待ちなさい。どこへ行くの?」
水野 「私なんかがここで働いてもご迷惑になるだけです」
松永 「あのねぇ、いきなり辞められる方がよっぽど迷惑よ」
水野 「でも、どうすればいいのか…!」
松永 「……恋をしたそうね?」
水野 「は、はい…!」
松永 「どんな人なの?」
水野 「あの…毎週、水曜日になると…決まって、ケーキを買いに来てくれるんです」
松永 「毎週、水曜…。あぁ、もしかして村瀬君のこと?」
水野 「松永さん、ご存じなんですか!?」
松永 「ええ。彼は常連さんよ。ここをとてもごひいきにしてくれてるの」
水野 「村瀬さん……あぁ」
松永 「毎週、弟や妹の為にケーキを買ってあげてるんですって。
    面倒見の良い、立派なお兄ちゃんよね。……水野さん?」

   完全に悦に入っている水野

松永 「水野さ〜ん?」
水野 「あっ、はい!村瀬さんって言うんですね…。
    お名前が分かっただけでも、私、幸せです…」
松永 「そ、そう?」
水野 「ええ、幸せですとも……」
松永 「そうは見えないわね…」
水野 「だって、私みたいな駄目人間が…おこがましいです」
松永 「でもねぇ、このままじゃ仕事に差し支えるわよ。
    やっぱり、水野さんが納得できる形で決着を着けるのが
    一番良いんじゃないかしら?」
水野 「そう、ですよね……」
松永 「まぁ、おばさんの意見なんて、参考にならないと思うけど」
水野 「いえ、そんなことないです!ありがとうございます!」
松永 「もっと、自分の気持ちに素直になりなさい。どんな時でも、元気に明るく。
    それが水野さんの良い所じゃない」
水野 「元気に、明るく……」
松永 「ええ、接客の時は、常にスマイルでお願いね」
水野 「は…はい!すみませんでした、私、悩んでばかりで…」
松永 「あなたはうちの看板娘なんだから、大目に見てあげるわ。
    じゃあ、私は少し奥の様子を見に行くから、任せたわよ」
水野 「了解です!」

   松永がはける

水野 「そうよ。いくら悩んだって何も解決しないわ。やらない後悔より、
    やって後悔…!当たって砕けろ!ゴーフォーブレイク!
    このままじゃ駄目なの。今度、村瀬さんが来たら……勝負!」

   ファイテイングポーズを取る水野
   お客が登場

水野 「ひいぃっ、村瀬さん!?…じゃなかった…!
    い、いらっしゃいませ!ご注文がお決まりになりましたら、
    お声掛けください!」

   笑顔で対応する水野

水野 「そ、そうよ…。村瀬さんが来るのは水曜日…。落ち着くのよ、私…。
    今は雑念を捨てなきゃ…うん。…あ、はい!お決まりでしょうか?
    『春風ショートケーキ』が一点。『乙女の片思いシフォンケーキ』が二点…。
    『儚い恋のミルフィーユ』が一点…。
    『失恋と涙のタルト』が一点……」

   だんだんと元気がなくなっていく水野

水野 「何このラインナップ…。読み上げるだけで胸が抉られるような…。
    …はっ!い、以上五点で1700円になります…。
    はい、丁度お預かりいたします。え!?だ、大丈夫です!
    さっき、あの…たまねぎ切ったので!そうなんです、たまねぎを使った
    新商品を個人的に企画中なんです!楽しみにしててくださいね!
    あ、ありがとうございました!またのご来店……を……」

   そのままカウンターに突っ伏す水野
   松永が戻ってくる

松永 「えっ、水野さん!?今度はどうしたの!?」
水野 「松永さん……」
松永 「ん?」
水野 「今更ですけど…。どうして、こう…うちの商品名って恋愛に絡めたものが
    多いんですか?思わぬところでダメージを被ったんですけど…」
松永 「ああ…。これねぇ、全部夫が考えてるのよ」
水野 「旦那さん…。店長が?」
松永 「乙女の恋する姿はとても美しいものなんだって。
    それをイメージしながら…ケーキを作ってるって言ってたわ』
水野 「で、でも、失恋とか涙とか…敵わない系が多くないですか!?」
松永 「時に、現実は厳しいものだ。とも言ってたわね」
水野 「ううっ……」
松永 「あ、そうそう。夫から伝言」
水野 「な、何ですか?」
松永 「『うちのケーキと一緒に、アタックしちゃいなヨ!』…だって」
水野 「て、店長に言っちゃったんですか!?」
松永 「ごめんね、口が滑っちゃって…」
水野 「しばらく弄られるじゃないですか…」
松永 「あはは、いいじゃない。私も夫も、あなたを応援してるわよ」
水野 「でも、やっぱり…自信がないです。私…」
松永 「大丈夫よ。自信持ちなさい」
水野 「いざという時に、勇気がなくて。結局、逃げ出しちゃうんです。
    それで、後悔して…。今まで、何度もありました」
松永 「…………」
水野 「今回も、いつも通りなのかなぁ…」
松永 「それは、あなた次第よ」
水野 「……はい」
松永 「実は夫もね、若い頃は臆病な人だったのよ、ああ見えて。
    私に告白してくれた時は、一生分の勇気を使ったって言ってたわ。
    大袈裟よねぇ」
水野 「私にも、そんな勇気があったら……」
松永 「でもね、臆病な分、人一倍強くなれると思うの」
水野 「え?」
松永 「臆病だと、乗り越えるためにすごく努力しなきゃいけないでしょ?
    その努力を重ねた分、普通の人より強くなれるじゃない」
水野 「…………」
松永 「その方が、後々お得よ。きっと」
水野 「そうですね…。ありがとうございます」
松永 「はぁ、業務中に恋愛相談って。職務怠慢ね」
水野 「ふふ……本当ですね」
松永 「後は、水野さんが頑張るしかないわよ。
    でも、あまり悠長に構えるのはおすすめしないわ」
水野 「ど、どういうことですか?」
松永 「村瀬君ねぇ…。もうすぐ、引っ越しちゃうから」
水野 「えっ…」
松永 「彼、今年から社会人なの。向こうで、一人暮らし始めるんだって。
    今を逃したら、次はいつになるかわかったもんじゃないでしょ」
水野 「…………」
松永 「急かすつもりはないけど、善は急げって言うしねぇ」
水野 「わ、私は……」

   うつむき、不安気な表情の水野

松永 「水野さん。とっておきの情報を教えてあげる」
水野 「何ですか…?」
松永 「『両想いのチョコレートケーキ』の出番よ!」
水野 「……はい?」
松永 「ここの商品にあるでしょ?『両想いのチョコレートケーキ』。
    あれを使うの」
水野 「えっと…よく意味が…」
松永 「実わね、あのケーキには…秘められた力があるのよ」
水野 「力…?」
松永 「いい?あのケーキに好きな人の顔を思い浮かべて、念を送るの。
    そして、その人にケーキを食べてもらうと…二人の恋は始まるのよ」
水野 「何言ってるんですか、松永さん…」
松永 「ふふ、信じてないわね。まぁ、無理もないわ。
    でもね、実際に私達夫婦はこれのおかげで結ばれたのよ」
水野 「そ、そんな…。からかわないでください」
松永 「他にも、この力で結ばれたカップル達から送られてきた感謝の手紙が、
    ほら、こんなに!(手紙を見せて)」
水野 「…………」
松永 「使う、使わないはあなた次第よ」
水野 「……念を込めるって、具体的にどうやるんですか」
松永 「簡単よぉ。こう……せいやぁッ!…って感じで」
水野 「思ったより荒々しいんですね…」
松永 「効果は私が保証するわ」
水野 「…………」
松永 「後は、そのケーキを村瀬君におすすめすればいいの。
    彼、人が良いからきっと買ってくれるわ」
水野 「…わかりました。ありがとうございます」
松永 「頑張りなさいね!じゃあ、私は少し夫を手伝ってくるから。
    念を込めるの、忘れないようにね」

   松永がはけようとするが、途中で何かを思い出して立ち止まる

松永 「ああ!最後にもう一つ、とっておきの情報!あのね、今日、村瀬君来るわよ」
水野 「えええええっ!?」
松永 「何かねぇ、今日は特別な日だからって」
水野 「そ、そんなぁ!いきなりじゃないですか!松永さん、助けてください!」
松永 「じゃあ、そういうわけだから!グッドラック!」

   松永がはける
   水野ががっくりとカウンターに突っ伏す

水野 「そんなこと言われたって…。私、まだ何の覚悟もできてないよ…」

   しばらくして、商品の中から『両想いのチョコレートケーキ』を取り出す
   目を閉じ、念じる水野

水野 「……せいやぁッ!」

   沈黙が続く
   急に恥ずかしくなり、そそくさと商品を元の場所へ戻す

水野 「でも…本当にこれでいいのかな。このケーキの力が本物でも…
    本当に、それに頼ってしまっていいの…?」

   お客が入店
   村瀬が登場

村瀬 「こんにちはー」
水野 「わぁぁぁっ!むむむ、村瀬さんっ!ど、どうしよう、こんなに早いなんて…!」

   一人でわたわたしている水野

村瀬 「あのー?」
水野 「はぁぁっ!は、はい!ごきげんよう!…じゃなくて、いらっしゃいませ!」
村瀬 「こんにちは、水野さん」
水野 「こっ、こんにちは!…あれ、私の名前…?」
村瀬 「ああ、何度も会ってるし…。名札を見て、自然に覚えた」
水野 「そ、そうですか」
村瀬 「さて、何にしようかな。(商品を眺めて)
    松永さん、今日はいないの?」
水野 「あ、奥で、店長のお手伝いを」
村瀬 「ふぅん、そうか。……丁度いいや」
水野 「え?」
村瀬 「ねぇ、水野さん。何かおすすめはないかな?」
水野 「おすすめ…!そう、ですね…。おすすめは……」

   うつむき、必死に何かを考えている水野

村瀬 「水野さん?」

   やがて、顔を上げ、笑顔を見せる

水野 「……『乙女の片思いシフォンケーキ』です」
村瀬 「へぇ、それって、美味しいの?」
水野 「はい。とっても……美味しいですよ」
村瀬 「そっかそっか。弟達も喜びそうだ」

   少し、寂しそうに笑う水野

村瀬 「……何てね。ごめん、実は買うもの、決まってるんだ」
水野 「えっ……」

   笑顔を見せる村瀬

村瀬 「『両想いのチョコレートケーキ』、一つください」


                                   完

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