FrostyRain ミステリー

秋の終わり。冷たい雨が降りしきり、日が傾く頃。 部屋に飾る、コスモスと古い置時計。 雨音だけが、静かな部屋に響き渡る。 記憶の中ならば、失くした人も生き続けることができるだろうか。
白石 謙悟 67 0 0 06/04
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第一稿

『Frosty Rain』

登場人物

浩介(コウスケ)…主人公。元・外科医。マンションで一人暮らしをしている。
         友達少ない。普段は物静か
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『Frosty Rain』

登場人物

浩介(コウスケ)…主人公。元・外科医。マンションで一人暮らしをしている。
         友達少ない。普段は物静か
充(ミツル)…浩介の幼馴染で親友。外科医で、浩介の元・同僚
咲希(サキ)…浩介の恋人。

照明オフ。雨の音。しばらくしてF・O
明転。
浩介のマンションの自室。咲希が雨を気にしている様子で窓を眺めている。
浩介が二人分のコーヒーを持って登場

浩介「はい、コーヒー」
咲希「ありがとう」
浩「あんまり美味しくないかもしれないけど」
咲「別にいいよ」
浩「ん、雨か…。最近、よく降るね」
咲「この季節の雨って苦手だな。ただでさえ寒いのに、余計に冷えちゃう」
浩「咲希って、寒いの苦手なんだっけ?」
咲「うん、苦手。もー、寒いの駄目」
浩「俺は全然平気なんだけどな。冬、大好きだし」
咲「えー、どこがいいの?」
浩「まぁ、ただ単に暑いのが苦手なだけ。俺、寒さには滅法強いんだ」
咲「ふーん…。冷めた男ね」
浩「ひどいな、関係ないだろ」
咲「そんなんだから、無愛想とか根暗とか言われるんだ」
浩「言われてないし。ていうか、何でそうなるんだよ」
咲「さーあ?」
浩「咲希こそ、冬生まれなのに寒いの苦手って、おかしいと思うな」
咲「それこそ偏見よ。私は、心が暖かいから仕方ないの。浩介と違ってね!」
浩「滅茶苦茶だなぁ…」
咲「何よ、文句ある?」
浩「いや、別にないけど…」
咲「………」
浩「あ、コーヒー意外と美味しいよ?暖まるし」
咲「いらない」
浩「…えーっと、テレビでも見る?」
咲「好きにすれば」
浩「あの、咲希さん?何で今日はそんなに機嫌が悪いのでしょうかー…?」
咲「(笑顔で)あーら?私は全然いつも通りですわよ?」
浩「うん、笑顔が怖い」
咲「失礼ね。それがレディーに向かって言う言葉かしら?」
浩「何、その口調…。どう反応すればいいんだ、これ」
咲「浩介って、無愛想で根暗な上に、薄情者ね」
浩「薄情者…」
咲「何でもない。聞き流して」
浩「う〜ん……。あ、今日は充がうちに来ることは言ったよね?」
咲「ミツ君が?聞いてないよ、そんなの」
浩「あ、あれ…言い忘れてたっけ。ごめん、うっかりしてた」
咲「何しにくるの?」
浩「さあ?そんなに長居するつもりはない、とは言ってたけど…」
咲「久しぶりだな、ミツ君に会うの。元気かな」
浩「ああ、ピンピンしてるよ。昔から体は丈夫だからな、あいつは」
咲「ふふ、そうだったね」
浩「体もでかかったし、小さい頃は鉄人ミっちゃんて呼ばれてたな」
咲「何それ、可愛いネーミング」
浩「しかも、名付け親はあいつ自身だ」
咲「ミツ君…ちょっと痛い子だったの…?」
浩「懐かしいな…。俺は車に轢かれても死なない鉄人だ!…みたいなこと、
  いつも言ってたな」
咲「ふふふ、車の方が心配だね」
浩「……よし」
咲「どうしたの?」
浩「機嫌直った?咲希」
咲「…なーんで、そういうこと聞いちゃうかなぁ、この男は」
浩「やべ、また余計な事言っちゃったか?」
咲「はぁ。もういいですぅ〜〜」

ふてくされる咲希

浩「あーあ…万事休すか…」
咲「…………」
浩「わかったわかった。いいものあげるよ」
咲「いいもの?」
浩「うん、ちょっと待ってて」

マフラーを持ってくる浩介。
それを咲希にかける

咲「これ…」
浩「暖かいだろ?誕生日おめでとう」
咲「…もう!じゃあ、今までのって全部演技だったの?」
浩「悪かったよ。驚かせようと思って。まぁ、結局根負けしちゃったけどね」
咲「暖かい…。ありがとう、浩介」
浩「よかったよ。気に入ってくれたみたいで」
咲「忘れられてるのかと思った」
浩「何が?」
咲「誕生日だってこと」
浩「恋人の誕生日忘れるほど薄情じゃないよ。ちゃんと覚えてるさ」
咲「そう…だよね。ごめん、さっきはひどいこと言って」
浩「アピールにしちゃあ、きつい物言いだったね」
咲「だって…」
浩「忘れるわけないだろ。大事な記念日なんだから」
咲「うん。でも、残念ね。せっかくの記念日なのに、ひどい雨」

立ち上がり、外を眺める咲希

浩「仕方ないよ」
咲「晴れてたら、絶対どこかに遊びに行ったのに…。あ」

部屋に飾ってあるコスモスの花に気付く

咲「これ…コスモスの花。ちゃんと飾ってくれてるんだ」
浩「ああ…。綺麗だろ?」
咲「うん、綺麗ね。大切にしてくれてるみたいで安心した」
浩「元々は君のだからね。毎日、これを咲希だと思って手入れしてるよ」
咲「うわー…似合わない台詞」
浩「言われると思った…」
咲「枯らせたりしたら承知しないからね」
浩「肝に銘じておくよ」

せき込む咲希

浩「大丈夫?」
咲「…平気、平気。いつものことだから」
浩「いつものことで済ませちゃ駄目だって。ほら、座ってなよ」
咲「大丈夫だってば。…あ、もうこんな時間か。夕飯作るから待ってて」
浩「いやいや、俺がやるから。咲希は休んでなさい」
咲「駄目、今日は私が当番だから」
浩「いや、俺がやる」
咲「私がやる」
浩「わかったよ…」
咲「折れるの早いねー」
浩「咲希の頑固さに張り合っても勝てないことは目に見えてる。
  じゃあ任せたけど、無理はするなよ」
咲「わかってるって。じゃあ、すぐに作るから」

チャイムが鳴る

咲「あ、もしかしてミツ君じゃない?」
浩「かもね」

出迎える浩介。充が登場

浩「いらっしゃい」
咲「あ、ミツ君、久しぶり!」
充「ああ…邪魔するよ」
咲「元気だった?」
充「浩介、この間電話で言った通り、あまり長居するつもりはない。
  用件が済めば、さっさと帰る」
浩「何だよ、いきなりだな…。ゆっくりしていけばいいじゃないか」
充「悪いが…今はそんな気分じゃないもんでな」
浩「その用件っての、いい話か?悪い話か?」
充「どちらでもない。あまり茶化さないでくれ」
浩「…わかったよ。咲希」

『二人にしてくれ』と目配せする浩介

咲「あっ、じゃあ私…夕飯の支度するから…。
  あの、ミツ君も食べていってね」

咲希がハケる

充「咲希…か…」
浩「咲希がどうかしたのか?」

何かを言おうとするが、言葉を飲み込む充

充「いや…何でもない」
浩「変な奴だな。で、用件って何だよ?」
充「ああ…。なぁ、浩介、お前今仕事は何をしているんだ?」
浩「あんまり答えたくない質問だなー」
充「何をしているんだ?」
浩「…フリーターだよ。生計立てるので精一杯さ」
充「そんなことだろうと思ったよ…」
浩「嫌味言いに来たのか?」
充「違う。そんなことでわざわざここまで来るわけないだろ」
浩「じゃあ、何だ?あんまりもったいつけるなって」
充「…お前、うちの病院に戻って来い」
浩「断る」
充「即答か…。感付いてたのか?」
浩「ああ、途中からそうじゃないかと思ってた…」
充「お前はこんなところでくすぶってる男じゃない」
浩「買被らないでくれ」
充「買被ってなんかいない。事実だ。院長も、お前の腕は認めてたじゃないか」
浩「お前がいれば十分だろ?充先生」
充「お前が必要なんだ。院長も、患者さんも…俺も、お前には戻って来てほしいと
  思っている」
浩「俺が何をしようと勝手だろ」
充「浩介!よく考えてみろ…。お前は沢山の人を救うことのできる力を持ってる。
  お前の腕を必要としている人が数多くいるんだぞ。
  人一倍、失う悲しみを知っているお前なら、わかってくれるだろ!?」
浩「黙れ」
充「浩介…」
浩「その話はするな。例えお前であろうとも、許さないぞ」
充「…ああ、悪かった。少し熱くなり過ぎたみたいだ」
浩「いや、いいんだ。俺の方こそ、悪かった」
充「………」
浩「まぁ、そんなところにずっと立ってないでさ。座れよ」
充「そうだな」

座り込む充。部屋に飾ってある置時計に目を向ける

浩「どうかした?」
充「いや…あの時計、まだ使ってるんだな」
浩「あー、これか。まぁね」
充「俺が昔に、お前に誕生日プレゼントに贈ったやつだろ。懐かしいな」
浩「そういえばそうだったな…。いつだっけ」
充「忘れた。見ないから、もう捨てたのかと思ったよ」
浩「まさか。そこまで薄情じゃないさ」

思い出したように笑う浩介

充「どうした?」
浩「いや、さっきも同じような会話したなって思ってさ」
充「え?」
浩「咲希とだよ。俺にはよほど薄情なイメージがあるらしい」

笑う浩介を見ながら、悲しそうな様子の充

充「なぁ、浩介…」
浩「充ってさ、昔から時計好きだったよな。何で?」
充「…時計は、嘘をつかない」
浩「嘘?」
充「偽りなく時を刻み続ける。壊れるまでずっと、正確に動く。
  安心するんだ、時計を見ていると」
浩「相変わらず詩人だねぇ」
充「褒められてるのか?」
浩「さぁね。いいんじゃないかな、時計フェチ」
充「馬鹿にされてるな」
浩「してないよ、ミっちゃん」
充「また古い名が出たな…」
浩「あの頃じゃ想像できないよな。鉄人ミっちゃんが、今や立派なお医者さんなんて」
充「それはお互い様だろ。お前だって、あの頃は相当な悪ガキだっただろ」
浩「そうだったっけ?」
充「ああ、ひどいもんだったぞ。先生も手を焼いてた。
  まぁ、二人で色々やったもんだ」
浩「ははは、そうだな。覚えてるか?校舎の花壇事件」
充「覚えてるよ。あの事件の真相は、俺達しか知らないだろうな」
浩「墓まで持っていくよ、真相は」
充「その頃にはとっくに笑い話になってるさ」
浩「だといいな」

少し、場が和やかになる

浩「…なぁ、ちょっと聞いていいか?」
充「何だ?」

咲希の方を少しうかがう浩介

浩「お前って、咲希のこと好きだったのか?」
充「唐突だな…。何で、今更そんなことを聞く?」
浩「いや…何となく。付き合いも長いしさ。今だから聞けること…みたいな感じで」
充「まったく、どういう答を期待してるんだ、お前…。
  一応、妻子持ちだぞ、俺は。そういう問題でもないと思うが」
浩「酒の肴だよ。まだ来てないけどな」
充「…まぁ、好きだったよ。高校の頃のあいつは、クラスのアイドルだったしな」
浩「やっぱりかぁ…。え、アイドルだったのか」
充「そうだよ。お前が幸せ者……だったよ」

再び、悲しそうな様子の充

充「…咲希の話はやめよう」
浩「何だ、やっぱり恥ずかしいのか?」
充「違う…。とにかく、やめだ」
浩「隠すなよ、はははは」
充「なぁ、浩介。…もう一度、聞いていいか?」
浩「ん?」
充「病院に戻って来てくれ。医者を続けるんだ」
浩「何度頼まれても、俺の答えは変わらないよ」
充「お前、言ってたよな…」
浩「何を?」
充「研修医の時、俺に言った。自分のこの手で救える命があるなら、
  全て救ってみせるって」
浩「…言ったっけか、そんなこと…」
充「後生の頼みだ、浩介…」
浩「どうして、そこまで?」
充「…俺のおふくろ、悪性腫瘍が見つかって…末期の症状なんだ。
  できる限りの手は尽くした…。だが、これ以上は…」
浩「それで、俺を…?」
充「お前ならできる。頼む、おふくろを…助けてくれ」
浩「…悪い」
充「浩介!」
浩「俺はもう…メスは握れない。手が震えて…自由が利かなくなる。
  目の前が真っ暗になって…体が鉛みたいに重くなる」
充「あの時のこと…まだ」
浩「………」
充「過去のことだ!それに、あれは医療ミスでも何でもない!
  仕方がなかった…」
浩「俺の力不足だ!救えたはずなんだ!」
充「お前の気持ちはわかる。だが、医者は過去を振り返ってばかりじゃ
  駄目なんだ。次の患者さんのために、全力を尽くすんだ。そうだろ?」
浩「…もう、嫌気が差したんだよ」
充「何だと?」
浩「人の心って弱いもんだな。俺はこれ以上、傷つけられたくないんだよ」
充「保身のために、患者を見捨てるのか!?」
浩「うるさい!お前にはわからないよな…。俺の気持ちなんて。
  そりゃ、お前のおふくろ助けてやりたいさ!でも、体が言うこと聞かなんだよ!
  今の俺は、まったく無力だ…」
充「どうしてだ…。お前はそんな、弱い奴じゃなかっただろ?
  何で、そこまで引きずってるんだよ、彼女のことを…!」
浩「………」
充「確かに、お前にとっては絶望的だったかもしれない。だけど、そんな思いを
  他人にさせたくないとは思わないのか!?」
浩「…充も、失ってみればわかるかもね」
充「…何?」
浩「大切な人を失くしたら、俺の気持ちがわかるさ」
充「ふざけるな!!何で…そんな考え方ができるんだ!!」
浩「お前こそ、保身に回ってるだけじゃないか!他人に辛い仕事を押し付けて!
  自分じゃ無理だった…?じゃあ、それ以上の努力をして、自分でおふくろを
  助けてやれよ!!」
充「それができれば苦労はしちゃいない!誰も…お前に頼っちゃいない!」
浩「随分な言い草だ…。用件が済んだなら、もう帰ってくれないか」
充「浩介…!」
浩「もういいだろ。俺の力なんて、借りる価値もない」

おそるおそる咲希が登場。険悪なムードに物怖じ気味

咲「あの…」
浩「あ、咲希…。夕飯できた?」
咲「まだだけど…あの、二人の怒鳴り声がすごく響いてくるから…」
浩「ごめんごめん。気にしなくていいよ」
充「………」
咲「ミツ…君?」
浩「何でもないよ。俺がちょっとからかい過ぎたんだ…」
充「もうやめろ!!」
咲「!?」
浩「充?」
充「咲希は死んだ!咲希はもうここにはいない!!
  お前が…お前自身が、一番よくわかってるだろ!?」
浩「充…お前、何を」
充「救えなかったじゃないか…。
  お前は最初から…ずっとコスモスの花に話かけてる」

うつむいて悲しそうな様子の咲希
暗転

明転。咲希の姿がない

充「現実と向き合え、浩介…。辛さから、目を背けるな」
浩「あれ…咲希?どこに行ったんだ…?おい、咲希?咲希!」

部屋の中を探し回る浩介

浩「咲希がいない…。さっきまでここにいたのに」
充「どこにもいない。彼女は死んだんだから」
浩「やめろ…」
充「死人は生き返らない。記憶の中でしか、生きられない」
浩「黙れよ!!お前だって……死んでるくせに!!」
充「………」
浩「何が鉄人ミっちゃんだよ…!交通事故なんかで、あっさり逝きやがって!
  車に轢かれても死なないんじゃなかったのか…!
  おふくろが元気になっても、息子がもうこの世にいないんだぞ!
  こんなことがあっていいのか!!」
充「………」
浩「なぁ、何とか言えよ……なぁ!」

暗転

明転。充の姿はない

浩「何とか…言えよ…」

崩れ落ちる浩介。しばらくして立ちあがり、窓を見る

浩「あの日も、こんな冷たい雨の日だったな…」

部屋を出て行こうとする浩介。途中で立ち止まる

浩「…もう、疲れたよ…」

暗転。雨の音、F・I。やがてF・O

―完―

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