「バードランドの子守唄」
登場人物
一宮悠(28)警察官
薪野壮太(28)会社員
薪野佳美(28)薪野の妻
薪野美晴(3ヶ月)薪野の娘
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○ライフパーク昭島・外観(夜)
五階建てのマンション。
○同・薪野家・ダイニング(夜)
対面式のキッチンと食卓。ソファ。
食卓には食べ終えた食事の皿がある。
一宮悠(28)と薪野壮太(28)、缶ビールを手に食卓を囲んでいる。
薪野佳美(28)、オレンジジュースを手に壮太の隣に座っている。
薪野美晴(3ヶ月)、奥のソファで寝ている。
悠「ごちそうさまでした」
薪野「いえいえ」
佳美「お粗末さまでした」
悠「では。改めまして。マキノソウタさん。ヨシミさん。美晴ちゃんお誕生。おめでとうございます。かんぱーい」
悠と薪野と佳美、缶を合せる。
悠、缶ビールを煽る。
悠「かー! ウマい!」
佳美「ハルカ。相変わらずいい飲みっぷりだね」
悠「でしょ?」
薪野「いい男っぷりだ」
悠「うるさいな。女です。一応」
薪野「へー。そう」
悠「へー。そうってなに? へー。そうってなに?」
薪野「なんで二回言ったの?」
悠「大事なことだからですぅ」
佳美、噴き出す。
悠「なに? 佳美」
佳美「なんか学生時代のまんまだね。2人は」
悠「佳美だって全然変わってないじゃん」
佳美「私はだってほら。母親だし」
薪野「母親になったって。佳美は佳美だろ」
佳美「ううん。なんかね。もう。違うみたい」
悠「違うって?」
佳美「母親って。一度なっちゃったらもう。他の何にもなれないんだよね」
佳美、美晴の頬に触れる。
佳美「そんな風に思うの、私だけかもしれないけど」
悠、佳美の横顔に目をやる。
薪野「よし。ちょっとつまみ作ってくる」
薪野、立ち上がり、キッチンに向かう。
悠「へー。壮太。料理とかやるんだ」
佳美「私が妊娠した辺りからかな。やり始めたのは。今じゃ私よりウマいよ」
悠「そうなんだ」
悠、薪野に目をやる。
佳美、悠に目をやる。
佳美「悠。今日はホントありがとね。遠いとこからわざわざ」
悠「全然。すぐ来たかったんだけど忙しくてさ。こないだもとんぼ返りだったし」
佳美「滋賀県警。だっけ?」
悠「そう。琵琶湖があるとこね」
佳美「悠が警官やってるなんて。なんか想像できないな」
悠「そう? 私は佳美が母親になったって方が想像できなかったけどね」
佳美「どういう意味?」
悠「炊事・洗濯・掃除に節約。家事全般E判定だった佳美が専業主婦って」
佳美「うるさいな。やればできる子なんです」
悠「へーへーそーですか。ま。でもこの部屋見たらそれも納得だけど」
佳美「いや。これは。壮ちゃんが」
悠「あー。そうなんだ」
悠、薪野に目をやる。
悠「知らなかったな。壮太にそんな甲斐甲斐しい一面があったなんて」
佳美「悠」
悠「変なの。高校からだから、私の方が付き合いは長いはずなんだけどね」
悠、薪野に目をやる。
佳美、悠に目をやる。
佳美「なんで。滋賀県だったの?」
悠「え?」
佳美「いや。この辺りの警察署じゃダメだったのかな、と思って」
悠「いや。別にダメってわけじゃ」
佳美「ひょっとして。壮ちゃんと離れ」
美晴、泣きだす。
佳美「どうした美晴? お腹空いた?」
佳美、美晴を抱き上げ、あやす。
悠、美晴をのぞきこむ。
悠「悠おばちゃんですよー」
美晴、泣きやむ。
悠「お? 泣きやんだ」
佳美、美晴をあやし続けている。
佳美「ねぇ悠。村崎教授。覚えてる?」
悠「え? ああ。うん」
佳美「うん。村崎教授が言ってた。人は大切なことほど言葉にできないって」
悠「大切なことほど言葉にできない」
佳美「最近よく思い出すんだ。この子見てると、言葉にできないことがたくさんあって人は泣くんだなって思うから」
悠「そっか」
佳美「悠。向こうにいい人いないの?」
悠「なに? いきなり。いないよ」
佳美「そうなの? でも職場は男の人の方が多いんだから選びたい放題でしょ?」
悠「逆逆。男社会だから署内じゃ女扱いされないし、出会う男はたいてい犯罪者」
佳美「うわ。悲惨」
悠「それに。恋愛って気にもならないし」
悠、薪野に目をやる。
佳美、美晴をソファに寝かせる。
佳美「それって。壮ちゃんのせい?」
悠「え?」
佳美「ごめん。って言うのも変か」
悠と佳美、目を見合わせる。
佳美「知ってた。悠が壮ちゃん好きなの」
悠と佳美、目を見合わせる。
佳美「知ってたけど壮ちゃんに告白した」
佳美、薪野に目をやる。
佳美「私も壮ちゃん好きだったから」
薪野、つまみを載せた皿を持って入ってくる。
悠、出ていこうとする。
薪野「悠。どうした?」
悠「お酒。買ってくる。全然足りないから」
悠、出ていく。
○多摩川河川敷(夜)
川の流れる音が響く。
うっすらと見える川面が、街灯の光を反射して時折光る。
煙草に火を付ける悠の手。
悠、煙草を燻らせる。
薪野の声「なにやってんだ!」
悠、煙草の火を消す。
悠「すみません! 壮太?」
薪野、ビニール袋を持って、土手の上に立っている。
薪野「職質かけられるぞ」
悠「やめてよ。シャレにならないから」
薪野、土手を下り、悠の隣に座る。
薪野「悠。なんかあると必ずここ来るよな」
悠「そんなことないよ」
薪野「高一の体育祭。自分のせいでクラスが優勝逃した時。陸上の関東選抜になって。自分だけ修学旅行行けなくなったとき」
悠「よく覚えてるね」
薪野「高三の。夏? 男に振られた時」
悠「あー。あったねぇ」
薪野「二人で花火やってさ。上、通った刑事さんに、なにやってんだ! って」
悠「言われた言われた」
薪野「で。悠が泣きながら。愛が終わったんです! って言ったら刑事さん、そうか、って言って」
悠「なぜか三人で花火やったよね」
悠と薪野、笑い合う。
薪野「やるか?」
悠「え?」
薪野「花火。買ってきた」
薪野、ビニール袋から花火を取り出す。
悠、膝を抱え、顔を埋める。
薪野「ホラ。火。貸して」
悠「わかっちゃわないでよ」
薪野「え?」
悠「お願いだから。わかっちゃわないで」
薪野「悠」
悠、立ち上がる。
悠「戻ろ」
薪野「え? 花火は?」
悠「やらないよ。高校生じゃあるまいし」
悠、歩き出す。
○薪野家・ダイニング・外廊下(夜)
悠と薪野、廊下を歩いている。
悠、ドアに手をかける。が、止まる。
中から子守唄が聴こえている。
悠、ドアのガラス越しに中に目をやる。
佳美、美晴を寝かしつけている。
微笑んでいる佳美。
悠、薪野に目をやる。
佳美と美晴を見て微笑んでいる薪野。
悠、微笑む。
悠「帰るね」
薪野「え? 泊まってけよ」
悠「いいよ。最終の新幹線まだ間に合うし」
薪野「ホントに帰るのか?」
悠「うん。ありがとね。楽しかった」
薪野「駅まで送るよ」
悠「いい。一人で帰りたいから」
悠、出ていく。
○歩道橋(夜)
悠、歩道橋の上で立ち止まる。
悠「大切なことほど言葉にできない。か」
悠、柵に寄りかかる。
悠「すき」
悠、顔を上げ、大きく息を吸い込む。
悠「好きだ! 好きだ! 好きだ!」
叫び続ける悠。
〈おわり〉
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