<人物>
神崎美夢(3)
同(18) 高校生
神崎史子(29)(44) 美夢の母親
神崎圭介(32) 美夢の父親
長沢さつき(18) 美夢の同級生
校長
男子生徒
女子生徒A
女子生徒B
<本編>
○神崎家・外観
住宅街の中に並ぶこぢんまりとした白い壁の一軒家。
○同・外
小さな庭でビデオカメラを構えている神崎圭介(32)。
神崎史子(29)と神崎美夢(3)がシャボン玉で遊んでいる。
神崎と史子と美夢、満面の笑みで幸せそうな雰囲気。
美夢は髪の毛にピンクのヘアピンを着け、フリルのついたワンピースを着ている。
○ビデオカメラの映像(神崎家の庭)
史子の作るシャボン玉をはしゃいで追いかけている美夢。
神崎の声「みゆちゃん、みゆちゃーん」
神崎の声に振り返り、にこーっと笑う美夢。
○神崎家・玄関(朝)
映像内の幼い美夢に重なるように写真立ての中の美夢(18)が映る。
グランドピアノの横に立ち、花束を抱える美夢。レースがあしらわれた美しい真っ白のドレスを着ている。
その写真立ての前を通り過ぎる制服姿の美夢。まっすぐに伸びたロングヘアがさらりと揺れる。
美夢、急いで靴を履く。奥から史子(44)が出て来て、
史子「みゆちゃん! これ」
真っ白のブラウスにタイトスカートを履いた史子の手には、白いフリルのハンカチ。
美夢、一瞬顔が引きつるがなんとか笑って、
美夢「ありがとう」
史子「卒業式、お父さんもお母さんも仕事で行けなくて、ごめんね」
美夢「ううん、大丈夫だよ」
史子、美夢を全身見回し、
史子「うん。みゆちゃん今日も可愛い」
笑い返し、玄関から出ていく美夢。
美夢「いってきます」
史子「いってらっしゃーい」
○川崎駅・外観(朝)
駅名の看板。
○同・ホーム(朝)
通勤・通学ラッシュで混んでいるホーム。
ハンカチを手にベンチに座っている美夢。無表情のままハンカチのフリルを爪でぎりぎりと潰している。
ホームに電車が入ってくる。電車に乗り込みドア横に立つ美夢。車内は混んでいる。
ちら、と遠くの方に視線が行く美夢。視線の先には、美夢と同じ制服を着た長沢さつき(18)が立っている。
ボーイッシュなショートカットで、ヘッドフォンを着けている。
美夢、視線を下へ。さつきの足元はスニーカー。
美夢、自分の足元を見る。美夢の足元は艶々に磨かれたローファー。
顔を上げ、またさつきを見ている美夢。
○花岡高校・外観
校門に「花岡高等学校」の銘板。周辺の木には桜が咲いている。
校長の声「ご来賓の皆様、保護者の皆様にご臨席をたまわり……」
○同・体育館
卒業式が行われている。校長が壇上で式辞を述べている。
ぼーっとしている生徒が多い中、すっと伸びた姿勢の美夢。
○同・玄関前
たくさんの生徒が卒業証書の筒と記念品のハンカチを持って下校している。
男子生徒は青、女子生徒はピンクのハンカチを持っている。
女子生徒二人と並んで歩いている美夢。
近くを歩く男子グループの一人がハンカチを振り回して、
男子生徒「記念品ハンカチかよ、だっせー」
大声で文句を言う男子生徒に、周りの生徒は笑っている。
美夢の隣で女子生徒二人も笑いながら、
女子生徒A「え~でも普通に可愛いよね?」
美夢「…あはは、だよね」
美夢、ふと顔を上げる。男子生徒が振り回しているハンカチに見とれる美夢。
よく晴れた青空に、ひらひらと泳ぐ青いハンカチ。
美夢、自分の手元に視線を落とす。
ピンクのハンカチを、くしゃっと握り込む美夢。
そこに、急にさつきが現れる。
さつき「あの」
美夢、びっくりして顔を上げる。
さつき「神崎美夢さんですよね? 2組の。いっつも学年成績上位の」
美夢「あ…はい…」
女子生徒B「さつきー?」
遠くから呼ぶ女子生徒に手を挙げるさつき。
さつき「あーごめん先行ってて!」
さつき、しっかりと美夢の目を見て、
さつき「今日最後だしもう言おうと思って。朝電車でいっつも私のこと見てるよね?」
美夢、目を見開く。
さつき「なに? なんで? なんなの?」
詰め寄るさつきに圧倒される美夢。
美夢「あ、いや、その、…格好いいなって!
さつき、ぽかんとした表情。
美夢「その、スニーカーとかリュックとか…その髪型も。格好いいなって。私にはできないから…」
さつき「できない? なんで?」
美夢「え? だって、私には似合わないよ」
さつき、少し黙り込んでから、急に美夢の髪をすっと持ち上げて後ろにやる。
さつき「似合うでしょ。切れば?」
びっくりして固まっている美夢。
さつき「ていうか、見てた理由、それだけ?」
美夢、こくこくと頷く。
さつき「なんっじゃそりゃ。考え込んで損した。じゃーね」
ひらりと手を振って立ち去るさつき。
さつき「ごめーん待たせたー!」
さつき、女子生徒たちに向かってピンクのハンカチを大きく振りながら駆けていく。
さつきの方をぼうっと見つめている美夢。
青い空に、ひらひらと舞うさつきのピンクのハンカチ。
くしゃくしゃに握った自分のハンカチを見る美夢。
○神崎家・美夢の部屋(夕)
整理整頓された落ち着いた雰囲気の部屋。窓から夕陽が差し込んでいる。
部屋の中央に座っている美夢。手にはハサミ。
美夢、髪をひと束掴みハサミを入れる。ばさっと落ちる髪の毛。どんどん切って行く。
そこに史子がやってくる。ノックなしにがちゃりと開けられるドア。
史子「みゆちゃーん、今日のお夕飯…」
髪を切る美夢を見つけ、一瞬で表情が変わる史子。
史子「何してるの? 何してるの美夢」
手を止めない美夢に駆け寄り、ハサミを奪おうとする史子。
美夢「やめて、おかあさ」
史子「何でそんなことするの!?」
史子と美夢、揉み合いになる。
美夢「やめてってば!」
美夢が振り切った手に、ハサミの刃が当たる。
美夢「いっ…!」
切れた指を押さえる美夢。
史子「美夢」
美夢「何で怒るの…? 髪くらい短くしたっていいでしょ…? 好きにさせてよ…」
呆然とする史子。俯く美夢。
○空(夜)
月が出ている。
○神崎家・美夢の部屋(夜)
ベッドに寝ている美夢、窓の外を見つめている。
静かにドアが開き、史子が入ってくる。史子、部屋の入り口に立ったまま、
史子「…みゆちゃん、お母さんねえ、子どもの頃すごく貧乏だったの」
美夢、窓の外を見つめたまま。
史子「欲しい服なんてひとつも買ってもらえなかった。いつもお兄ちゃんのお下がりばっかり。髪だって男の子みたいに短くて。だからみゆちゃんには、うんと可愛い格好させてあげたいの」
美夢、尚も窓の外を見つめたまま。
美夢「お母さん、私はね、ランドセル本当は黒いのが欲しかった。ピアノの発表会も、本当はドレスなんか着たくなかった」
史子、ぼうっと美夢を見つめている。
美夢「…今日学校で貰ったハンカチ、男子は青で、女子はピンクだった。…何で女子だと、ピンクしか貰えないんだろう。いつもそう、あなたは女の子なんだから女の子らしくしなくちゃって、言われてるみたいで」
美夢、天井を見つめる。
美夢「でもね、ハンカチの色なんてどうでもよかったんだよ。ピンクのハンカチ貰ったからって、お母さんが赤いランドセル買っ
てきたからって、関係ないんだよ。私は私のしたいようにしたら良かったんだ」
史子、まっすぐ前を見つめたまま静かに涙を流している。
ベッドから降りる美夢。
でたらめに切られた髪の毛の隙間から、美夢の鋭い眼差し。
美夢「お母さん、ごめん」
終
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