『あの歌が届いたら』
〈登場人物〉
亀井 聡 (30) シンガーソングライター
栗城 麻衣 (21) 小説家志望
栗城 幸雄 (42) 「居酒屋くりき」オーナー
♫SE 電車が過ぎ去っていく音 波の音
◎明転
☆とある田舎町 海が見える駅のホーム 夕方
下手側ベンチに座っている麻衣。
上手つらに後ろ向きに立っている聡。ギターを持っている。そのまま、上手奥へとは
けていく。しばらくして、再び上手奥から出てくる聡。
聡 「(思いつめた表情)・・・」
ギターを置いて、上手側ベンチに座る聡。
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
麻衣 「綺麗な景色」
聡 「・・・」
麻衣 「辺り一面が、オレンジ色に染まっています」
聡 「・・・」
麻衣 「駅のベンチから、こうやって海が見えるところってここぐらいなんですよ」
聡 「・・・そうなんだ」
麻衣 「(自分の声が聞こえている事に驚く)・・・」
聡 「・・・」
スマホを取り出し操作する聡。しかし、充電がなくなる。
聡 「うわっ・・・」
麻衣 「どうかされたんですか?」
聡 「充電が切れて・・・」
麻衣 「そうなんですね」
聡 「最悪・・・」
麻衣 「私、充電器持ってます」
聡 「え?」
充電器を取り出し、聡に渡す麻衣。
麻衣 「はい」
聡 「貸してくれんの?」
聡 「どうぞ」
麻衣 「ありがとう!」
聡、充電器のコードを自分のスマホに繋ぐ。
麻衣 「あの・・・」
聡 「ん?」
麻衣 「充電出来たら返して下さいね。とっても大切な物なんで」
聡 「大切?」
麻衣 「はい」
聡 「わかった・・・」
聡、充電器をポケットにしまう。
聡 「あ、次の電車ってどれぐらいで来るかわかる?」
麻衣 「大体、40分後ぐらいだと思います」
聡 「40分・・・」
麻衣 「電車の本数、少ないですよね。田舎町だから単線なんです」
聡 「なるほど」
麻衣 「他にも色々と不便な事が多くて」
聡 「不便な事って?」
麻衣 「周りは山と海ばかりで何もないし、コンビニもほとんどありません」
聡 「そっか」
麻衣 「でも、私はそんなこの町が・・・大好きなんです」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
麻衣 「もう帰るんですか?」
聡 「え?」
麻衣 「さっき来たばかりなのに」
聡 「(ごまかすように)まぁ、色々あって」
麻衣 「色々・・・」
聡 「あぁ」
麻衣 「(芝居じみて)一つ聞いてもいいですか?」
聡 「突然、何?」
麻衣 「お兄さん、この町の人じゃないですよね?」
聡 「え、どうしてわかんの!?」
麻衣 「私は何でもわかります!」
聡 「マジで、何か怖いな・・・」
麻衣 「・・・まぁ、何でもっていうのは冗談なんですけど」
聡 「冗談かよ」
麻衣 「でも、そのギター」
聡 「あぁ、これ?」
麻衣 「こんな小さな田舎町で、音楽をやってる人がいたらすぐにわかります」
聡 「なるほど。てか、何か変な感じだよな」
麻衣 「変な感じって?」
聡 「ほら、初対面なのにこうやって話してるのが」
麻衣 「あぁ・・・じゃあ、自己紹介をしましょう!」
聡 「え?」
聡 「いや、俺はそう意味で言ったんじゃ・・・」
麻衣 「まずは、お兄さんから」
聡 「え、何で俺からなんだよ?」
麻衣 「レディーファーストです」
聡 「いや、訳がわからない」
麻衣 「不満ですか?」
聡 「不満だよ。こういうのって普通、言い出した方から、先に話すものじゃないの?」
麻衣 「(再び芝居じみて)普通という言葉にとらわれていては、人生の荒波に立ち向かう事は出来ません」
聡 「お前、誰だよ」
麻衣 「で、お兄さんの名前は?」
聡 「え?」
麻衣 「だから名前です」
聡 「教えない」
麻衣 「え、どうしてですか!?」
聡 「君が俺の名前を知っても別に意味ないだろ」
麻衣 「意味ないって?」
聡 「だって、もう会う事もないかもしれないんだし」
麻衣 「わかってないですね」
聡 「何が?」
麻衣 「だからこそ、この瞬間が大切なんです」
聡 「いや、そんな大袈裟な・・・」
麻衣 「ほら」
聡 「・・・」
麻衣 「早く」
聡 「亀井聡」
麻衣 「・・・亀井聡さん」
聡 「あぁ。じゃあ、君の名前は?」
麻衣 「教えません」
聡 「は?」
麻衣 「だって、私の名前を知っても別に意味ないじゃないですか」
聡 「いや、君が『この瞬間を大切にしろ』とか言い出したんだろ」
麻衣 「言ったような、言ってないような」
聡 「おい、からかってるのか?」
麻里香「そういえばまだ聞いてないです!」
聡 「うん、君が聞いてないのは俺の話だ!」
麻里香「そうじゃなくて、聡さんは・・・」
聡 「何だよ?」
麻衣 「どうしてこの町に来たんですか?」
聡 「え?」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
麻衣 「この町にわざわざ一人で来る人なんて、滅多にいないですよ」
聡 「・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「黄昏祭り」
麻衣 「・・・そうなんですね」
聡 「去年から始まったんだろ?」
麻衣 「はい」
聡 「確か、このお祭りは町の人にとって凄く特別な意味があるんだよな」
麻衣 「・・・3年前の震災」
聡 「・・・津波を受けて、かなりの被害だった。多くのケガ人や亡くなった人もいたって」
聡 「・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「君は・・・大丈夫だった?」
麻衣 「大丈夫でしたよ」
聡 「そっか。怖くはなかった?」
麻衣 「え?」
聡 「知り合いから聞いたんだ・・・この海からも波が押し寄せてきて、気がついたら堤防を越えて、家
は流されてしまって・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「見た事がない光景が目の間に広がって、どこか別の世界にいるようだったって」
麻衣 「私は・・・」
聡 「・・・ごめん、俺、君がそんな風に・・・」
麻衣 「大丈夫です、もう3年も前の話ですから」
聡 「そっか・・・」
麻衣 「・・・知ってますか?」
聡 「ん?」
麻衣 「どんなに辛い事があっても、太陽がやがて沈んで夕方になっていくように、落ち着いた時間は必ず
やってくるんですって。私たちにとっての再スタート、その第一歩が『黄昏祭り』なんです」
聡 「黄昏時のような、落ち着いた優しい時間か・・・」
麻衣 「はい」
聡 「噂の事も聞いた」
麻衣 「そうですか・・・」
聡 「祭りの日には、何か不思議な事が起こるんだろ? そんな体験をした人が町の中でも何人かいるっ
て」
麻衣 「・・・」
聡 「本当なのか?」
麻衣 「・・・さぁ」
聡 「だよな」
麻衣 「でも、なんだか素敵だなって思います」
聡 「どうして?」
麻衣 「だって、そんな事があった方が色々と希望を持てるじゃないですか」
聡 「希望か・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
麻衣 「聡さん」
聡 「ん?」
麻衣 「えっと・・・」
聡 「何だよ?」
麻衣 「あー・・・やっぱりいいです」
聡 「いや、気になるんだけど」
麻衣 「気にしないで下さい」
聡 「何だよそれ」
麻衣 「(話題を変えて)そういえば聡さんは、私に質問とかないんですか?」
聡 「質問?」
麻衣 「そうです。さっきから私ばっかり聡さんに質問してるじゃないですか」
聡 「そっか、じゃあ・・・普段、どんな仕事してんの?」
麻衣 「仕事ですか?」
聡 「あぁ」
麻衣 「特に何も」
聡 「え、もしかして・・・ニート?」
麻衣 「その言い方はひどくないですか?」
聡 「あ、ごめん」
麻衣 「まぁ、そう言われても仕方ないんですけど・・・ただ、やりたい事が何もない訳ではないんです」
聡 「それって?」
麻衣 「私、小説を書いてるんです」
聡 「小説・・・」
麻衣 「って言っても、書くようになってまだ三年ぐらいなんですけど」
聡 「そうなんだ・・・どうして小説を書こうって思ったの?」
麻衣 「・・・ちょっと暗い話になるんですけど」
聡 「あぁ」
麻衣 「私が高二の頃、母が家から出て行ったんです」
聡 「え?」
麻衣 「まぁ、こんな事はどの家庭にでもよくある話だと思います。でも当時の私にはョックが大きくて・・・」
聡 「確かに思春期には辛いよな」
麻衣 「はい・・・それからは、どこか人を信用出来なくなったんです」
聡 「信用か・・・」
麻衣 「気がつけば学校でも孤立するようになって、私は自分の部屋に引きこもるようになりました。夢も
目標もなく、ただ時間だけが過ぎていく毎日が続いて、私は何のために生きているのかなって」
聡 「・・・」
麻衣 「けど私は、ある人のおかげで再び歩き出す事が出来ました」
聡 「ある人?」
麻衣 「その人は私に、自分が本当にわくわくする事は何なのか? そんな事を考えるきっかけを与えてく
れたんです」
聡 「それが君にとって、小説だったって事?」
麻衣 「はい。だから本当に感謝しています」
聡 「・・・凄いな」
麻衣 「え?」
聡 「君もさっき言ってた人も」
麻衣 「そんな事ないです。それに、聡さんの方がよっぽど凄いじゃないですか」
聡 「俺が?」
麻衣 「はい」
聡 「・・・どこがだよ」
麻衣 「だって、シンガーソングライターなんでしょ」
聡 「・・・」
麻衣 「きっと最高なんだろうなー沢山の人の前で演奏するのって」
聡 「・・・」
麻衣 「ねぇ、最近の活動はどんな感じなんですか? ほら、新曲とかライブとか」
聡 「・・・」
麻衣 「どうしたんですか? 急に黙っちゃって」
聡 「・・・」
麻衣 「ねぇ、聡さん!」
聡 「・・・・・・辞めるんだ」
麻衣 「え?」
聡 「俺は・・・音楽を辞めるんだ」
麻衣 「何、言ってるんですか?」
聡 「・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・少し話をしようか」
麻衣 「え?」
聡 「今から3年前の話だ」
麻衣 「3年前・・・」
聡 「俺はバンドメンバーとのツアーの帰りに、たまたまこの町に辿り着いた。少し立ち寄ってすぐに帰
るつもりだったけど、俺はすっかりこの町の景色や空気感に魅了されてしまった。だから、俺は事
情を説明して、しばらくこの町に残る事にしたんだ」
麻衣 「一人だけ残るなんて、凄いですね」
聡 「俺も自分で馬鹿だと思ったよ。でも、その時はこのタイミングを逃したら駄目だと思った」
麻衣 「そうなんですね」
聡 「ある日、このベンチに座って、人目も気にせず歌ったり、曲を作ったりしていると一人の男がやっ
てきた」
麻衣 「男?」
聡 「あぁ。どこの誰かもわからない俺に対して、その人は同じ目線で丁寧に話かけてきた」
麻衣 「・・・その人は何を言いにきたんですか?」
聡 「『自分の店で演奏をして欲しい』って」
麻衣 「・・・その話、引き受けたんですか?」
聡 「あぁ。小さな居酒屋だったけど、商店街の人達が集まって俺のライブを見てくれた。その数は十人
程度。普段、百人以上の客でハコを埋める俺達からしたら、それは大した数字じゃなかった。けど、
何ていうか・・・楽しかった・・・」
麻衣 「え?」
聡 「純粋に音楽を楽しむっていう気持ちを思い出せてもらった気がしたんだ・・・」
麻里香「・・・わかりません」
聡 「わからないって、何が?」
麻里香「今の話、聡さんにとって凄くいい事じゃないですか。それが音楽を辞める事とどう関係があるん
ですか?」
聡 「・・・関係ある」
麻里香「どこがですか?」
聡 「3年前といえば、君にとっても忘れられない年だろ?」
麻里香「それって・・・」
聡 「・・・その一週間後に、この町で大型の地震が発生した」
麻里香「・・・」
聡 「俺がその事実を知ったのは、朝のテレビのニュースだった。画面の向こうに映っていたのは、この
前まで自分がいた町のあまりにも変わり果てた姿だった。俺はどうする事も出来ず、頭の中が真っ
白になった・・・」
麻衣 「聡さん・・・」
聡 「恐ろしい現実を、安全な場所でただ眺める事しかできない。俺はあまりにも自分が無力だと思った・・・」
麻衣 「無力?」
聡 「あぁ。俺、程度の人間が何を馬鹿な事を言ってるんだって、言われるかもしれない。でも、どこか
で信じていた。音楽には何かを変える力があるんだって。けど、俺には何も出来なかった・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「それから、俺は次第に自分がわからなくなっていった。何をやっても上手くいかず、スランプに陥
り、そして・・・バンドは解散した」
麻衣 「そんな・・・その後は、どうなったんですか?」
聡 「意地だけで、一人になっても音楽を続けた。けど、続ければ続けるほどただ嫌いになっていくだけ
で・・・気がつけば、俺は曲が作れなくなっていたんだ・・・」
麻衣 「・・・けど、また時間が経てば、作れるようになるかもしれないじゃないですか」
聡 「この3年間、俺は1曲も作れなかった。だから多分、もう無理なんだよ・・・」
麻衣 「・・・本当に辞めるんですか?」
聡 「あぁ」
麻衣 「そうですか・・・」
聡 「・・・大丈夫だって。俺みたいな人間が今更音楽を辞めたぐらいで、周りに何も影響はないから」
麻衣 「けど、聡さんのファンは・・・」
聡 「いないよ」
麻衣 「え?」
聡 「俺の音楽を聞きたいと思ってる物好きなんてもういない」
麻衣 「何だか悲しいです」
聡 「え?」
麻衣 「私、聡さんの音楽をもっと聞きたいって思う人、いると思います」
聡 「だから、いないって」
麻衣 「・・・どうしてそう言い切れるんですか?」
聡 「俺は・・・何もかもを裏切ってしまったから・・・」
麻衣 「・・・何があったんですか?」
聡 「・・・」
麻衣 「教えてください」
麻衣 「・・・」
麻衣 「聡さん」
聡 「・・・バンド結成10周年の大事なライブだった。多くのものを背負って、俺はステージの上に立
った・・・でも・・・(震えて)でも・・・俺は演奏の途中で・・・そこから逃げ出したんだ」
麻衣 「え?」
聡 「信頼してきたメンバーの思いを、俺たちの音楽について来てくれた観客の思いを、俺は踏みにじっ
た・・・」
麻衣 「どうしてそんな事を・・・」
聡 「その時の俺は空っぽだった・・・歌に想いはなく、観客に向かって発するものは、表面的で嘘の言
葉ばかり。そんな俺にステージの上に立つ資格なんてないと思った・・・俺は・・・最低な人間な
んだ・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
麻衣 「違います」
聡 「え?」
麻衣 「聡さんは、最低な人間なんかじゃありません」
聡 「どこが・・・」
麻衣 「だって、聡さんは優しい人です」
聡 「優しい人・・・」
麻衣 「そうです」
聡 「何言ってるんだよ・・・」
麻衣 「ほら、初めて会った私にだって、こんな風に・・・」
聡 「知ったような事、言うんじゃねぇよ!」
麻衣 「!?」
聡 「俺が優しいだって? それはお前が勝手に勘違いしてるだけだろ」
麻衣 「勘違い?」
聡 「そうだよ、俺はお前が思ってるような優れた人間じゃない」
麻衣 「・・・何もわかってない」
聡 「は?」
麻衣 「聡さんは、本当に何もわかってない!」
聡 「何がだよ?」
麻衣 「周りの事も自分の事だって!」
聡 「あぁ、わかんねぇよ! じゃあ聞くけど、お前には俺の事がわかんのか!?」
麻衣 「わかります!」
聡 「ふざけんのもいい加減にしろよ!」
麻衣 「ふざけてなんかいません! じゃあ、どうして今日この町に来たんですか!」
聡 「だから、それは黄昏祭りだって言っただろ」
麻衣 「その理由です!」
聡 「は?」
麻衣 「震災の被害に遭った私達に、今でも何か思う事があるから、わざわざ来てくれたんじゃないんです
か?」
聡 「それは・・・」
麻衣 「ボロボロになるくらい自分を責め続けたのも、私たちと一緒に傷ついてくれたからじゃないんです
か?」
聡 「・・・」
麻衣 「聡さん・・・あなたは優しい人です」
聡 「・・・」
麻衣 「多分、この先私たちは、自分の記憶からあの日の事を、完全に忘れるなんて出来ないと思います・・・
ただ、一つだけ確かな事があります」
聡 「・・・確かな事?」
麻衣 「はい。それは・・・あなたは何も悪くないという事です」
聡 「・・・」
空が次第に暗くなり始めていく。
麻衣 「そろそろ、日が暮れていきますね・・・」
聡 「あぁ・・・」
麻衣 「お祭り始まりますね・・・」
聡 「あぁ・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「・・・」
聡 「悪かった・・・さっき、怒鳴ったりして」
麻衣 「許しません」
聡 「え?」
麻衣 「冗談です」
聡 「何だよそれ」
麻衣 「私も・・・すみませんでした」
聡 「いや、悪いのは俺だから」
麻衣 「(笑って)」
聡 「どうしたんだよ?」
麻衣 「聡さん、私のお父さんと少し似てるかもって思ったんです」
聡 「マジで?」
麻衣 「はい」
聡 「どんなところが?」
麻衣 「他人の事を、まるで自分の事のように考えたりするところとか。それで、一緒になって自分も傷つ
いてしまうところとか」
聡 「・・・じゃあ、似てるのかもな」
麻衣 「二人とも、本当に自分勝手です」
聡 「俺は別にそう言われてもいいけど・・・じゃあ、お父さんの事は嫌い?」
麻衣 「いいえ。今までずっと私を支えてくれていたんです。だから、どんな事があっても、私がお父さん
を嫌いになる事は絶対にありません」
聡 「そっか」
麻衣 「・・・あ、もう少しすれば電車来ると思います」
聡 「もうそんな時間か・・・」
麻衣 「お別れするの・・・寂しいですね」
聡 「・・・」
麻衣 「聡さん」
聡 「何?」
麻衣 「私、今よりもっと明るい気分になりたいです」
聡 「明るい気分?」
麻衣 「はい」
聡 「いや、そう言われても、俺には何も出来ないんだけど」
麻衣 「そんな事ありません。ほら」
ギターを指差す麻衣。
聡 「・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「歌えって事?」
麻衣 「聡さんの曲を聴かせて下さい」
聡 「俺の曲?」
麻衣 「はい」
聡 「・・・辞めようとしてるやつの曲を聴いても、何も響かないと思うけど」
麻衣 「いいんです、私はただ明るい気分になりたいだけですから」
聡 「・・・でも、今ここで歌うっていうのも」
麻衣 「初めて来た時も、ここで曲作りしてたんでしょ」
聡 「まぁ、そうなんだけど・・・」
麻衣 「お願いします」
聡 「・・・わかったよ」
麻衣 「じゃあ・・・」
聡 「どうせなら、3年前、この町でライブをした時の曲を歌ってやるよ」
麻衣 「やったー」
聡 「ちょっと待ってて」
麻衣 「はい」
聡、ギターを取り出しチューニングをする。
聡 「・・・」
麻衣 「・・・」
聡 「よし、準備オッケー」
麻衣 「聡さん」
聡 「ん?」
麻衣 「えっと・・・」
聡 「何だよ?」
麻衣 「・・・ありがとう」
聡 「あぁ」
聡 歌を歌う 【僕の中の夏】フルコーラス 約4分
麻衣、涙を流している。
●暗転
聡 「(ギターを片付けながら)驚いた・・・自分で作った曲がこんなにも跳ね返ってくるなんて。『心
の夏を終わらせないで』か・・・今の俺には何だか眩しすぎるよ。なぁ、君はどう・・・」
いつの間にか麻衣の姿が消えている。
聡 「え・・・」
驚いている聡。
聡 「・・・さっきまでいたよな。おい、どこいったんだよ」
周りを見渡し、麻衣を探す聡。
聡 「・・・また、俺をからかってんのか?」
しかし、麻衣はどこにもいない。
聡 「・・・早く出て来いって。ふざけんなよ・・・」
そこへ、やってくる幸雄。
幸雄 「いい歌ですね」
聡 「・・・俺の歌を聞いていたんですか?」
幸雄 「はい」
聡 「その時、隣に女の子がいたんです!」
幸雄 「女の子?」
聡 「はい。急にいなくなってしまって・・・知りませんか?」
幸雄 「知りません」
聡 「・・・そうですか」
幸雄 「それに私には、あなたはずっと一人で歌ってるように見えましたよ」
聡 「え・・・一人?」
幸雄 「そうです」
聡 「いや、そんなはずはありません! この町に来てからずっと、ここでその子と話をしていたんです!」
幸雄 「ちょっと、落ち着いて下さい」
聡 「この町の女の子で、元気なとてもいい子で、それから・・・」
幸雄 「亀井さん!」
聡 「え?」
幸雄 「・・・」
聡 「・・・」
幸雄 「お久しぶりです」
聡 「あなたは・・・」
幸雄 「3年ぶりですかね?」
聡 「栗城さん・・・ですか?」
幸雄 「はい」
聡 「・・・」
幸雄 「(笑って)気付かないのも無理ありませんね。私はいつも・・・ほら、頭にタオルを巻いていました
から」
聡 「あぁ・・・」
幸雄 「少し話しませんか?」
聡 「はい」
幸雄、聡の座に座る。
幸雄 「いやー驚きました。たまたま駅の前を通りかかった時に、あなたの懐かしい歌が聞こえたんです」
聡 「そうですか」
幸雄 「はい」
聡 「・・・すみません。3年ぶりに再会したっていうのに、お恥ずかしい姿を見せてしまって」
幸雄 「構いませんよ。みんな、色々ありますからね・・・」
聡 「・・・」
幸雄 「・・・」
聡 「・・・俺、自分で弱い人間だなって思うんです」
幸雄 「突然、どうしたんですか?」
聡 「震災が起きたあの日以来・・・俺はずっとこの町に戻ってくる事が出来ませんでした・・・」
幸雄 「・・・みんな、心配していたんですよ」
聡 「え?」
幸雄 「『あの時の青年はいつ戻ってくるんだ? 元気でやっているのかー?』って。今でも時々、あなたの
事は話題に上がりますから」
聡 「そうですか・・・」
聡 「・・・」
幸雄 「・・・」
聡 「俺、音楽を辞めるんです」
幸雄 「え? ・・・本当なんですか?」
聡 「はい」
幸雄 「どうして?」
聡 「曲が作れなくて・・・それに、どうやらまた音楽の楽しみ方を忘れてしまったらしいんです」
幸雄 「・・・どうする事も出来ないんですか?」
聡 「もう無理だと思います・・・」
幸雄 「そうですか」
聡 「だから今日は、辞める前に区切りをつけに来ました」
幸雄 「区切り?」
聡 「はい。ただ、駅に着いても勇気が出なくて・・・俺は、結局町に行く事が出来ず、そのまま帰ろうと
していたんです」
幸雄 「あの、どういう事ですか? 話が見えないんですけど」
聡 「栗城さん・・・すみませんでした!」
幸雄 「え?」
聡 「震災の時、何も出来なくて」
幸雄 「・・・」
聡 「『黄昏祭り』の会場で・・・あの時、お世話になった人達に、謝ろうと思って来たんです!」
幸雄 「謝る?」
聡 「はい」
幸雄 「・・・そんな事、してもらいたくありません」
聡 「え?」
幸雄 「・・・あなたは何を言ってるんですか? 何も出来なくて当然じゃないですか」
聡 「それは・・・」
幸雄 「震災の事を気にかけて悩んでくれた。その気持ちは嬉しいです。しかし、あなたには、私たちの気
持ちはわからない」
聡 「いや、でも!」
幸雄 「これは、体験したものにしかわからない事なんです! ・・・そんな簡単な問題じゃありません」
聡 「・・・」
幸雄 「・・・」
幸雄 「すみません、少しキツイ事を言ってしまいました」
聡 「いえ、俺が何もわかってなかっただけです。こちらこそ、すみませんでした」
幸雄 「・・・亀井さん」
聡 「はい」
幸雄 「私はね、今でもたまに思う時があるんです」
聡 「何をですか?」
幸雄 「・・・何故、生きているのだろうかと」
聡 「え?」
幸雄 「多くの人が命を失った中で、何故自分だけが・・・」
聡 「栗城さん・・・」
幸雄 「・・・私の娘を知っていますか?」
聡 「いえ・・・」
幸雄 「そうですか」
聡 「娘さんがどうかされたんですか?」
幸雄 「3年前の震災で亡くなりました」
聡 「え・・・」
幸雄 「何故、娘が死ななくてはならなかったのか、そんな理由は何一つないはずです」
聡 「栗城さん・・・」
幸雄 「あの日は私が娘を迎えに行くはずでした。しかし、店の準備に追われて遅れてしまったんです・・・
娘はきっと私の事を恨んでいるでしょう。もう少し早く、私が迎えに行く事が出来れば、娘は命を
失わずに済んだのかもしれません・・・」
聡 「娘さんは、一体どこに?」
幸雄 「この場所です」
聡 「え・・・」
幸雄 「いつもここで・・・小説を書いていたんです」
聡 「・・・小説?」
幸雄 「母親が家を出て行ってから、娘は学校にも行かずずっと部屋に引きこもっていました。ですが、あ
る時を境に部屋からも、遂には家の外にも出れるようになったんです」
聡 「それって・・・」
幸雄 「楽しそうにケータイで小説を書いている姿を見て、私は嬉しくて仕方がありませんでした。娘は大
切な何かを見つける事が出来たんだと。だから、柄にもなくプレゼントをしました」
聡 「プレゼント?」
幸雄 「持ち運びが出来る、ケータイの充電器です」
聡 「あ・・・」
幸雄 「外で充電が切れても困らないようにと。娘はとても喜んでくれて、いつもカバンの中にはその充
電器を入れていたようです。私は、本当に・・・」
聡 「勘違いをしていたのかもしれません・・・」
幸雄 「え?」
聡 「俺、娘さんの事を知っています」
幸雄 「・・・どういう事ですか?」
聡 「さっきまで、ここで話をしていたんです」
幸雄 「・・・亀井さん、何を言ってるんですか?」
聡 「年齢は高校生って感じじゃなかったけど、あれは絶対に娘さんです!」
幸雄 「では、突然いなくなってしまったという女の子が、私の娘だと言うのですか?」
聡 「そうです」
幸雄 「・・・悪い冗談はやめてください」
聡 「冗談?」
幸雄 「だって、そんな事ある訳ないでしょう」
聡 「本当なんです」
幸雄 「娘は3年前に亡くなっています。話なんて出来るはずがありません」
聡 「でも、俺は話しました」
幸雄 「話したって一体、何を?」
聡 「震災の事、自分の事、そして・・・あなたの事も」
幸雄 「え?」
聡 「栗城さん・・・俺がこんな事を言うのは失礼かもしれませんが、娘さんは、絶対に栗城さんを恨ん
でなんかいません」
幸雄 「・・・どうしてそんな事がわかるんですか?」
聡 「(ポケットから充電器を取り出し)栗城さんが娘さんにプレゼントした充電器って、これの事ですよ
ね?」
幸雄 「それは・・・」
聡 「謝らなくてはいけません。俺、娘さんに借りたんです。でも、返すのを忘れてしまって」
幸雄 「・・・」
聡 「これはあなたにお返しします」
聡、幸雄に充電器を渡す。
聡 「今でもとても大切そうにしていました。そして、こんな事も言っていました」
幸雄 「・・・」
聡 「どんな事があっても、自分がお父さんを嫌いになる事は絶対にないって」
幸雄 「・・・」
聡 「・・・」
幸雄 「亀井さんは、本当に娘と話をしてくれたんですね。疑ってすみませんでした(深々と頭を下げて)
本当にありがとうございます」
聡 「頭を上げて下さい!」
幸雄 「・・・『黄昏祭り』の日には何か不思議な事が起きるという噂があります」
聡 「俺もそれは聞きました」
幸雄 「もしかすると町の者達の思いが、娘の願いを叶えてくれたのかもしれません」
聡 「娘さんの願い?」
幸雄 「はい。あなたにもう一度、会いたいという願いです」
聡 「え?」
幸雄 「・・・私は普段から娘の形見を持ち歩いてるのですが、どうやら手放さなければいけないようです
ね」
幸雄、手紙を取り出し聡に渡す。
幸雄 「受け取って下さい」
聡 「これは?」
幸雄 「娘からあなた宛への手紙です」
聡 「・・・俺に?」
幸雄 「娘は明るく振舞っていても、どこか人見知りな所がありました。だから、あなたがこの町に戻って
きた時に、渡してくれと頼まれていたんです」
聡 「・・・」
幸雄 「亀井さん。あなたが本当にやるべき事は、町の者に謝る事ではありません」
聡 「・・・じゃあ、俺は何をすればいいんですか?」
幸雄 「音楽を続けて下さい」
聡 「え?」
幸雄 「私から見れば、亀井さんはやっぱり音楽が好きなんだと思います」
聡 「どこがですか?」
幸雄 「嫌だと思っている人は、そうやって楽器を持ち歩こうとは思いません」
聡 「これは、辞める区切りとして持ってきただけで・・・」
幸雄 「しかし、あなたは娘の前で演奏をしました」
聡 「それは・・・」
幸雄 「本当に楽しくはなかったんですか?」
聡 「わかりません・・・でも、俺には続ける事は無理です」
幸雄 「どうして無理なんですか?」
聡 「俺の音楽には、価値がありませんから・・・」
幸雄 「・・・そうですか。では、本当に辞めるというのなら・・・もう帰って下さい」
聡 「え?」
幸雄 「中には、あなたが音楽を辞めると聞いて悲しむ者もいます。これ以上、暗い気持ちにはさせたくな
いんです。だから、次の電車で帰って下さい」
聡 「・・・」
幸雄 「ただ、もしあなたが音楽を続けようと思い直すなら、私から頼みがあります」
聡 「頼みですか?」
幸雄 「『黄昏祭り』の会場で謝るのではなく、3年前と同じように、あなたの演奏を聞かせてください」
聡 「・・・それに何の意味があるんですか?」
幸雄 「・・・もう一度、よく考えてみて下さい」
幸雄、はけようとするが立ち止まり、
幸雄 「亀井さん」
聡 「はい」
幸雄 「あなたの音楽に価値があるかどうかを決めるのは、あなた自身ではありませんよ」
幸雄、上手へはけていく。聡、再びベンチに座り、手紙の封を開け読み始める。
麻衣の声 「亀井聡さんへ 今、父からこの手紙を受け取り、困惑しているかと思います。多分、あなたは
私の事を知らない、私が一方的に知っているだけだから。でも、本当は結構近くにいたんです。
え、どこかって? それは・・・私の家、つまり父のお店です。あなたが家に来てくれた日、
私の部屋からもあなたの音楽は本当によく聞こえました。そして、自分でも驚くような事が起
きました。私はいつの間にか部屋を飛び出し、他の人の影に隠れて、あなたが演奏している姿
をじっと眺めていたのです。その演奏に、その歌声に、その歌詞に・・・私は釘付けになりま
した。よくわからない感情が頭の中をぐるぐると回って、それは涙として溢れ出していまし
た。・・・その時に思ったんです。私はもう一度、歩き出せるかもしれない・・・こんな私にも
何か出来る事があるかもしれないって・・・私はあなたに救われていたんです。だから、忘れ
ないで下さい。あなたのお陰で強くなれた人がいる事を、立ち上がれた人がいる事を。いつか
また、私のところまで・・・あの歌が届いたら・・・少しぎこちないかもしれないけど、直接
『ありがとう』を言わせて下さい。栗城麻衣」
涙を流している、聡。そこへ電車がやってくる。
♫SE 電車がやってくる音
聡、立ち上がり、ただ電車を見つめている。そのまま走っていく電車。
聡、ギターケースを背負う。俯いていた顔を上げ、早足で上手へとはけていく。
エンド
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