#3 亡き王女のためのパヴァーヌ 恋愛

小説家の叔父さんと私。濃密な沈黙の物語。
竹田行人 13 1 0 10/20
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第一稿

「亡き王女のためのパヴァーヌ」


登場人物
立花遥(28)会社員   
立花寛之(56)遥の叔父。小説家


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「亡き王女のためのパヴァーヌ」


登場人物
立花遥(28)会社員   
立花寛之(56)遥の叔父。小説家


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○立花家・外観
   セミが鳴いている。
   木造二階建ての一軒家。
   「立花」の表札。

○同・台所
   壁のカレンダーは8月。
   立花遥(28)、食器棚のガラス戸を開けて奥から湯呑みを取り出すと、ガラス戸を閉め、前髪を整える。
   リン(仏具)の音。

○タイトル「亡き王女のためのパヴァーヌ」

○立花家・仏間
   縁側に風鈴が吊るされている。
   中央にはちゃぶ台がある。
   立花寛之(56)、仏壇に手を合わせている。
   仏壇には二つの位牌と写真立て。
   立花、顔を上げ、写真立てを見つめる。
   写真立てには男女の写真。
   ちゃぶ台に古いソフト帽が置いてある。
遥の声「ごめんなさい。お待たせしちゃって」
   遥、麦茶と大福の載った盆を持って入って来る。
立花「いや。全然。あ。遥ちゃん。それ」
遥「はい。五右衛門堂の大福です。ヒロ叔父さん。好きですよね」
立花「ああ。覚えててくれたんだ」
   遥、麦茶と大福をちゃぶ台に置き、座る。
遥「もちろんです。どうぞ」
立花「ありがとう。いただきます」
   立花、大福を頬張る。
立花「美味い。変わらないな」
   悠と立花、微笑み合う。
遥「あ。これ」
   遥、仏壇の引き出しから本を取り出すと、ちゃぶ台に置く。
   本のタイトルは『亡き王女のためのパヴァーヌ』。
立花「読んでくれたんだ」
遥「もちろん。私。感動して電車で号泣しちゃいました」
立花「ありがとう」
遥「おばあちゃんなんか箱買いして老人ホームのみんなに配ってましたよ」
立花「お袋。元気だなぁ」
遥「ヒロインがまっすぐで。私。すごく感情移入しちゃって。私もこうなりたいって思いました」
立花「そう。ありがとう」
   遥、ソフト帽に目をやる。
遥「あのヒロインには誰かモデルとかはいるんですか」
立花「いや。特には」
遥「そうですか」
   セミが鳴いている。
遥「私ももらお」
   遥、大福を頬張る。
遥「うん。美味し」
   悠と立花、目を見合わせる。
遥「どうかしました」
立花「ああ。いや。遥ちゃん。似てきたね。薫。お母さんに」
遥「兄にも言われます」
   遥、写真立てに目をやる。
遥「でも。そう言われてもピンと来ないんですよね。私。十歳だったから」
立花「そうか。まだそんなだったんだ」
遥「はい」
   セミが鳴いている。
遥「聞かせてもらえませんか。父や母の話」
立花「ああ。もちろん。なにがいいかな」
   立花、写真立てに目をやる。
   風鈴が鳴る。
立花「僕は。何をやっても兄貴にはかなわなかった」
遥「え」
立花「最期までかなわなかった。兄貴には」
遥「意外です」
立花「ああ。ごめんね。別の話に」
遥「あ。そうではなくて」
立花「え」
遥「敵うとか敵わないとか。そういうのをヒロ叔父さんが気にしてたってことが。ちょっと意外で」
立花「ああ」
遥「あ。すみません。私。失礼なことを」
立花「いや。でも確かにこんな感情を持つのは兄貴に対してだけかもしれないな」
遥「そうなんですか」
   立花、遥にソフト帽を示す。
立花「この帽子。元々は親父のでね。若い頃兄貴が欲しがっていたんだけど親父は絶対に渡さなかった」
遥「大事なものなんですね」
立花「安物だけどね。それを知っていたから形見分けのときに兄貴にこれを渡したんだけど、突き返された」
遥「どうして」
立花「わからない。兄貴の考えることは」
遥「え。と。それが。ヒロ叔父さんが父に敵わないと思う理由なんですか」
立花「ああ。敵わないって思うよ。今でも」
遥「そうなんですね」
立花「でも。そういう兄貴が大好きだった。僕も。たぶん。薫も」
   セミが鳴いている。
遥「ヒロ叔父さんは、父になりたかったんですね」
立花「そんなもんだよ。男兄弟っていうのは」
   風鈴が鳴る。
立花「そう言えば他の親戚誰も来ないね」
遥「みんな遠いですからね。毎年来てくれるのヒロ叔父さんくらいですよ」
立花「これのついでだよ」
   立花、大福を頬張る。
   遥と立花、微笑み合う。
   遥、本の上に手を置き、目を閉じる。
遥「これで少しは大人に見えるわ。そう言ってさつきは武志に古いソフト帽をかぶせた。ふうっと煙草の匂いがした」
立花「二人が駆け落ちする場面だね」
遥「さつきは何でもないことで笑った。武志は知った。とほうもなく大きな淋しさに出会ったとき。人は笑うのだ」
   遥、目を開ける。
立花「結局さつきは武志を置いて故郷に帰る。哀しい最後にしてしまった」
遥「はい」
立花「でもね。僕はこれを不幸な結末だとは思わないんだ」
遥「哀しいけれど、不幸ではない」
立花「ああ。だって、不幸は似合わない人だったからね」
   風鈴が鳴る。
遥「母ですか。やっぱり」
立花「え」
   麦茶のグラス、汗をかいている。
遥「十歳だったからピンと来ない。なんてウソです。ヒロ叔父さんの小説の中に母はいます。母ですよね。これ」
   遥と立花、目を見合わせる。
   立花、視線を逸らす。
立花「高二の。夏だったんだ。僕が。薫にフラれたのは」
遥「え」
立花「部活の帰りに手紙渡されて。これ。お兄さんにって」
   遥と立花、目を見合わせる。
立花「照れてたなぁ。兄貴」
   風鈴が鳴る。
遥「母は。幸せだったんですね」
立花「え」
遥「母は。幸せです」
   セミの声、大きくなり、止む。
遥「私じゃ。ダメですか」
   麦茶の氷が音を立てる。
遥「私じゃ母の代わりになりませんか」
   遥と立花、目を見合わせる。
   遥、微笑む。
遥「なんて言うんですよね。ヒロ叔父さんの小説に出てくるヒロインは」
立花「遥ちゃん」
遥「笑うとそっくりだって。兄は言います」
   セミの声、激しくなる。
遥「おかわり。持ってきますね」
   遥、出て行く。

○同・玄関・中(夕)
   立花、上がりかまちに腰かけて靴を履いている。
   遥、ソフト帽を持って立っている。
遥「晩ご飯いいんですか。カレーですけど」
立花「うん。締め切りあるから」
   立花、立ち上がる。
   遥、ソフト帽を渡す。
立花「ありがとう」
遥「たぶん。なんですけど」
立花「ん」
遥「ヒロ叔父さんも、おんなじだったからだと思います」
立花「え」
遥「欲しかったんですよね。その帽子」
   遥と立花、目を見合わせる。
   遥、微笑む。
   立花、微笑む。
遥「素敵なお話。書いてください」
立花「ありがとう」
遥「また」
   立花、頷き、玄関の引き戸を開けるが、引き返してソフト帽を遥に被せる。
立花「遥ちゃんは。遥ちゃんだよ」
   立花、引き戸を閉め、出ていく。
   遥、引き戸を開け、深々と一礼をする。
   ソフト帽を抑える遥の手。
   カナカナが鳴いている。

              〈おわり〉

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