「セイギノミカタ 中編」(2005年)
登場人物
沢木優(23)朝売新聞社員
大谷薫(23)優の恋人
大谷勲(50)薫の父・大谷組組長
大谷美智子(52)薫の母
大谷聡美(20)薫の妹
亀山忠(23)優の同級生・便利屋
小山田義郎(63)国会議員
市山剛志(57)市山組組長
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○日本料理屋「こまち」・外観(夜)
石畳で一間の道。
両側は竹垣。
門があり、足元に「日本料理 こまち」の銘が入った置き灯籠。
○同・蔦の間(夜)
畳敷きの12畳間。
障子の下半分がガラスになっていて、縁側廊下の向こうにししおどしのある日本庭園が設えられている。
向かい合った膳が2つ用意されている。
小山田義郎(63)と市山剛志(57)、膳を挟んで向かい合って座っている。
膳の上にはお銚子と鮒ずし。
小山田、お猪口を差し出す。
市山、お銚子を取り、注ぐ。
小山田「あの時といい。今回といい。市山さんのところにはお世話になりますね」
市山「いえいえ。こちらこそ。小山田先生には良くしていただいてますから」
小山田と市山、微笑み合う。
小山田「サワキ。ユウくん。ですか」
小山田、日本酒を一口。
小山田「少し。気になりますね」
ししおどしが岩を打つ。
○タイトル「セイギノミカタ 中編」
○大谷家・正門
正門の脇には「大谷組」の看板。
○同・客間
沢木優(23)と大谷薫(23)、机の前に並んで座っている。
大谷勲(50)と大谷美智子(52)、沢木と薫の向かいに座っている。
薫、勲を睨んでいる。
沢木「薫。お父様に向かってそんな」
勲「私は君のお父さんじゃない」
沢木「すみません」
美智子「薫。今日はすき焼きにするから、手伝って」
薫「春菊抜いていいなら手伝う」
美智子「体にいいのよ。春菊。沢木さんも呼ばれてってくださいな」
沢木「いや。でも」
薫「そうして。いいよねお父さん」
勲「食事に他人がいるのには慣れてる」
薫「ユウくんは他人じゃない。このわからずやのコンコンチキのピンカラシャン」
沢木「え。最後のなに」
美智子「あら。言わない? ピンカラシャン」
沢木「いや。初めて聞きました」
美智子「そう。ああ。そう言えば私も嫁いできて初めて聞いたわね」
沢木「ですよねぇ。どこかの方言」
薫「話がズレてる!」
沢木「すみません」
勲、立ち上がる。
○同・客間外廊下
大谷聡美(20)、客間に近付き、障子を少し開けて中を覗き込む。
聡美「へぇ。なかなかいい男じゃん。ねぇ。便利屋さん。ちょっと」
聡美、手招きをする。
亀山忠(23)、聡美の後ろにつく。
亀山「ちょっと。聡美お嬢さん。やっぱよくないですよ。こういうの」
聡美「し。静かに。偵察偵察。今回お姉ちゃんが失敗すれば、あたしの幸せも遠のくんだから」
亀山「聡美お嬢さんの幸せは、もうずっと前からこの亀山がお約束して」
聡美「はいはいわかったわかったありがとね。で。静かにね」
勲の声「とにかく。私は反対だ」
薫の声「お父さん!」
勲、障子を開ける。
○同・客間
聡美と亀山、客間になだれ込んでくる。
薫「聡美」
沢木「カメ」
亀山「ユウ」
沢木と亀山、目を見合わせる。
勲「便利屋。馴染みか」
亀山「はい。小、中と一緒でした。へー。優が薫お嬢様の婚約者。へー」
薫「そう。2人知り合いだったんだね」
勲「で。なんでお前たちはそこにいたんだ」
沢木「カメが。便利屋が。なんでここに」
薫「え。と。え。考えたことなかった。でももう半分家族みたいにずっといる」
勲「表の仕事をやってもらうためだ」
沢木「表の。仕事」
聡美「へー。そーだったんだ」
亀山「聡美お嬢さんまで。自分をなんだと思ってたんですか」
聡美「え。便利屋さんは。便利屋さん」
薫「ねぇ」
聡美「うん」
薫と聡美、目を見合わせる。
亀山「ええぇ」
勲「で。なんでお前たちはそこにいたんだ」
聡美「沢木さんは、お仕事は何をしてらっしゃるんですか。美貌の妹。聡美です」
沢木「あ。はじめまして。え。と。ああ。朝売新聞で記者をやっています」
聡美「朝売! 大手! 手堅い! カッコいい! 大手! 巨悪を暴くんですね!」
薫「なんで大手2回言ったの」
聡美「大事なとこだから」
沢木「いや。僕の仕事は投書欄ですから」
薫「経済面の裏ね」
亀山「投書欄で何の記事書くんだ」
沢木「まだ記事なんか書かせてもらえないよ。読者からの投書に返事書くんだ」
勲「で。なんでお前たちはそこにいたんだ」
美智子「お仕事。地味ねぇ」
一同、美智子に目をやる。
○同・縁側(夜)
月が浮かんでいる。
板張りの廊下。
沢木と亀山、将棋を指している。
亀山、駒を進める。
亀山「初戦敗退」
沢木、駒を進める。
沢木「敗者復活」
亀山、駒を進める。
亀山「五里霧中」
沢木、駒を進める。
沢木「七転八起」
亀山、駒を進める。
亀山「再起不能」
沢木「うわっ。やられた。今の待った」
亀山「待たねえよ」
携帯電話のバイブ音。
沢木「悪い。はい沢木です。ああ。宮澤さん。いつもお世話に。え。先生が。私にですか。はい。わかりました。すぐ伺います」
沢木、携帯を切る。
亀山「上手いこと言っとく」
沢木「さんきゅ。利子まけとく」
沢木、出ていく。
亀山、沢木の背中を見送る。
亀山「利子取るつもりだったのかよ」
美智子の声「あら。将棋」
美智子、亀山に歩み寄る。
亀山「ああ。すんません。借りてました」
美智子「いいわよいちいち」
美智子、盤面を見て、亀山の前に座ると駒を進める。
美智子「いいわね。男の友情って」
亀山、駒を進める。
亀山「そうですか」
美智子、駒を進める。
美智子「いい人ね。沢木さん」
亀山、駒を進める。
亀山「優しいだけが取り柄です。アイツは」
美智子、駒を進める。
美智子「似てるわ。なんとなく」
亀山、駒を進める。
亀山「え。誰とですか」
美智子、駒を進める。
美智子「王手」
亀山と美智子、目を見合わせる。
雨が降り始める。
美智子「あら。雨」
亀山「ああ。そういや言ってましたね」
亀山と美智子、空を見上げる。
亀山、駒を動かす。
美智子、亀山の動かした駒を戻す。
亀山と美智子、目を見合わせる。
○日本料理屋「こまち」・外(夜)
雨が降っている。
小山田の秘書・宮澤、傘を手に門の外で立っている。
沢木、傘を手に宮澤に歩み寄る。
沢木「宮澤さん。遅くなってすみません。今回はなにかと動いてくださって本当に」
宮澤「先生はまだ先客との会食中です」
沢木「はぁ。あの。先客というのは」
宮澤「お知りにならない方が」
沢木と宮澤、目を見合わせる。
○同・物陰(夜)
雨が降っている。
人影、沢木と宮澤の様子をうかがっている。
宮澤「先生にお知らせしてまいりますので。こちらで少しお待ちください」
沢木「はい。ありがとうございます」
宮澤、中に消える。
人影、沢木に駆け寄る。
沢木「え。ちょ」
鈍い打撃音。
〈後編へ続く〉
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