僕の漫才 コメディ

学生時代最後の漫才コンテストに挑戦する幼馴染コンビ。このまま漫才師を目指していくのかと将来の不安や人間関係の悩みを抱えている。人との関わりの中で、自身のお笑いのあり方を知る。
山田 33 0 0 11/24
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第一稿

「僕の漫才」

登場人物
・吉沢 征士郎・・・漫才コンテストに臨む大学生。
・武田 浩一・・・吉沢とコンビを組む大学生。
・高木 小依・・・武田の彼女。女子大生。
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「僕の漫才」

登場人物
・吉沢 征士郎・・・漫才コンテストに臨む大学生。
・武田 浩一・・・吉沢とコンビを組む大学生。
・高木 小依・・・武田の彼女。女子大生。
・吉沢父(客1)
・吉沢母
・客2
・教授
・面接官

この舞台は上手側と下手側の二つに分かれている。基本的に使われている舞台にだけ、照明が照らされている。
上手側、演壇の上に二人の男が立っている。

2人「どうもーミックスナッツですー!よろしくお願いしますー。」
武田「僕らね高校時代からの付き合いでして、変わらずこうして二人で仲良くやってる訳なんですよ。」
吉沢「僕らはあまり変わってないけど、世間は色々変わりましたねー。」
武田「せやなあ。今まで通りの生活から急に変わりましたからね。三密とかいうて人と集まれんくなったり、人との距離感も気にしなあかんくなったし。」
吉沢「なんていうんだっけ?確保しないといけない人との距離って。パーソナルスペース?」
武田「ソーシャルディスタンスな。それ恋愛テクニックとかで使うやつやん。人との距離の取り方で心の距離感までわかるみたいなやつやん。」
吉沢「一説によると2m以上離れてると赤の他人の距離感らしいぞ。」
武田「おお、そうなんや。」
吉沢「僕ら2mではないけど1mくらい離れてるな。」
武田「せやな。」
吉沢「他人以上友人未満で漫才やらしてもらってますー。ミックスナッツですー。」
武田「おいおい。さっきの仲のいいくだりはどこいってん・・・みたいな感じで、出だしはこれでええんちゃうか?」
吉沢「・・・こんな感じかな。だけど、浩ちゃん最初の表情ちょっと硬いわ。最初の仲いい感じがあるから後のボケが引き立つんだから。」
武田「表情まだ硬いか・・気いつけるわ。」
吉沢「学生最後の漫才コンテストだからなあ。気を張ってしまうのわかるけど。こっちも楽しむつもりでしないとお客さんも気を遣ってしまうからな。」
武田「せやなあ。気をつけるわ。・・・征ちゃん、ごめん。そろそろバイト行くわ。」
吉沢「まじか。もうそんな時間になるのか。全然進まなかったな。じゃあ、次は来週の月曜日かな?」
武田「水曜日にゼミの発表あるからなあ。」
吉沢「あれ、水曜だっけ?」
武田「そうそう。征ちゃんはゼミの発表は大丈夫なんか?征ちゃんの担当は、どこやっけ?」
吉沢「アラブ・イスラエル地域研究は、ぼちぼちかな。だったら、水曜の夜にするか。」
武田「そうしようや!」
吉沢「さっきの続きをお互い考えてきて、それから打ち合わせしようか。」
武田「了解!それじゃあ、また!」
吉沢「おう!」

武田、下手側にいく。

吉沢「・・・よし、もうちょい考えてから俺も帰るか。どないしよ。距離ネタ引っ張るかなー。うーん。お客さんも巻き込む感じで・・・」

吉沢、観客側に指をさす。

吉沢「あなたと距離は2mありますね。ってことは、他人ですね。・・・んで、浩ちゃんの当たり前やろっていうツッコミが入ってと・・。あ、あなたの隣の人とは50㎝も距離ないですね。どういう関係ですか?・・・うーん、おもろいんかなこれ。」
吉沢、舞台を歩き回る。

吉沢「距離かあ・・舞台やと俺からお客さんは一番遠くて、一番近いのは浩ちゃんだけか・・・なんかセンチメンタルやな、きしょいわ。・・もう帰るか。」

吉沢、退場。上手側、暗転。
武田、コンビニ店員の服装で下手側。レジに立つ。
客1、入場。武田の前に立つ。

客1「・・・11番。」
武田「11番ですね。少々お待ちください。」

武田、たばこ持ってくる。

客1「ちげーよ。11番!」
武田「はい。その11番のタバコなんですけど・・」
客1「最近のやつは、二桁の数字もわかんねーのか?俺が吸いたいのはホープの14ミリ!」
武田「あ、ホープの14ミリですね・・番号が違いまして・・」
客1「あ?違うことねえだろうよ。そこの公園のコンビニじゃあ、いつも11番って決めてんだよ。」
武田「お店によって違いまして・・」
客1「じゃあ、何のための数字なんだよ?お?野球みてえに場所が移れば、背番号が変わんのか?11番のホープがアメリカに行けば17番にでも変わんのか?大谷か?」
武田「よくわかんないですけど、違うものは違うんです。・・・はい。ホープの14ミリになります。」
客1「仕方ねえなあ。あ、あとコロッケつけて!外寒いから!あったかいの!」
武田「はい。」
武田、コロッケ取りに行き、紙袋に入れようとする。客2、入場。
客1「こっち!(ケースに指をさす)」
武田「え?」
客1「こっちの方が大きいじゃねえかよ!」
武田「・・変わんないですよ・・」

武田、客1とやり取りを続ける。高木、入場。

高木「お待ちのお客様どうぞー」
客2「袋、お願いします。」
高木「こちら温めますか?」
客2「はい。」
高木「温かいものと袋をお分けしますか?」
客2「お願いします。」
高木「かしこまりました。」
武田「以上で、520円になります。」
客1「おい。」
武田「はい。」
客1「俺も袋分けてくれよ。」
武田「え?」
客1「タバコにコロッケの臭いがついちまうじゃねえかよ。」
武田「・・はあ。では、タバコだけは別にこの袋にお入れしますね。」
客1「ったく気が利かねえな。お前、学生?」
武田「はい。」
客1「お前、そんなんじゃ社会に出ても苦労するぞ?何のために高等教育受けてんだ?普段から頭を回せよ。」
武田「・・・523円になります。」
客1「はああ。学生だからって仕事なめてんじゃねーつうの。ほい、1万円で。」
武田「・・・お釣りとレシートになります。」
客1、下手側に退場。怪訝な顔で眺めていた客2も退場。
高木「ありがとうございましたー。」
武田「なんやねん。あいつ。」
高木「浩君、大変だったね。今までも変な人見てきたけど、あそこまでのは初めて見た。」
武田「なにが、社会に出ても苦労するぞやねん。余計なお世話や。」
高木「あんなやつの言うこと真に受けちゃだめだよ。」
武田「何のために高等教育受けてるんだって?・・・それは俺にもわかんねえよ。」
高木「浩君、大丈夫?」
武田「ああ、大丈夫。」
高木「あと一時間で上がりだから、もうちょっとだよ。がんばろ!」
武田「おお。そうやな。やけど、ここでは浩君呼びはあかんって言ってるやろ。」
高木「わかってるけどいいじゃん。今は二人だし。」
武田「でも、公私をわきまえないと社会に出てから苦労するぞ?」
高木「えー何それ?さっきのマネ?」
武田「そういう訳ちゃうけどさあ。」
高木「ねえねえ。ことあとは武田君の家に行っていい?」
武田「わきまえろって言ってるやろ。言い方変えただけやんけ。ええけど、ゼミの発表考えなあかんし、漫才の続きを考えなあかんし。」
高木「いいよ、付き合ってあげる。勉強も漫才も私がアドバイスしてあげる。」
武田「高木さんは勉強のセンスがあっても笑いはなあ。」
高木「一人でニヤニヤしながら考えるより、人に見てもらったの方がいいでしょ?」
武田「まあ、それもそうか。」
高木「これでも漫才の動画は観る方なんだから。・・漫才もいいけど就活の方は順調なの?」
武田「え?・・まあ。」
高木「約束覚えてるよね?」
武田「わかってるって、次のコンテスト駄目だったらちゃんとあきらめるって。」
高木「念のために就活も早いうちから動いとかないと。」
武田「でも、やる前に負けた後の準備するのってどうなん?本気でやるんやったら他の時間かけるのもったいないわ。」
高木「そうかもしんないけどさ・・・私たちの将来もあるわけだしさ。」
武田「わかってるから。」
高木「征士郎くんはどうなの?」
武田「あー征ちゃんは、これからも漫才一本で行くってさ。親とも揉めてるみたいやけど。」
高木「そうなんだ。私ねほんとに浩君の夢を応援したいよ。けど、浩君のこと心配で・・」
武田「あ!あれを棚に補充するの忘れてわ。」
高木「ねえ!ちょっと!・・・ごまかさないでよ!」

武田、高木、退場。
下手側、吉沢、入場。床には、吉沢父が倒れている。

吉沢「ただいまー。ったく、このおやじ、玄関で寝るなよなあ。」
吉沢母「おかえりー。悪いけどあっちの部屋にお父さん動かしといて。」
吉沢「はあああ。・・・よいしょ、うわーまじで酒くせえ。(父の上半身を抱え引きずりながら運ぶ)」
母「征ちゃん、面接どうだった?」
吉沢「・・え?ああ、あんまり手応えなかったかなあー。」
母「そうなの。次受ける所は決まってるの?」
吉沢「うーん、次は来週かなあ。」
母「浩ちゃん、スーツ着てないけど本当に受けに行ったの?」
吉沢「大丈夫だって。」
母「来週受けるのね?」
吉沢「おお、来週には必ず・・」
吉沢父「来週には必ず・・来週には返せますから・・」
吉沢「・・・」
母「はあ、なかなか決まらないんだったら征ちゃんもお父さんの仕事手伝ってみたら。。」
吉沢「俺の人生だろ。どうこう言われる筋合いねえよ。」
父「んー!んー!」

父、寝ぼけながら地面をはって脱いだ靴にしがみつく。

母「いつからうちもこうなっちゃったのかねえ。なんのためにあんたを大学行かせたのかわかりゃしない。」
吉沢「・・・」
母「もう、お父さんはこのままでいいから、あんたはさっさと上がんなさい。」
吉沢「・・いい。今日は浩ちゃんち泊ってくる。」

吉沢、出ていく。

母「ねえ、ちょっと征士郎!・・・はあ、あんたもいつまでそこで寝てんのよ!」
父「んー!こいつまでは渡さねえぞ。」
母「取りはしないわよ。あんた、こんないい靴、いつ買ったのよ!」
父「こいつはなあ、フェラガモなんだよ。いい靴履きゃあ、いい場所に連れてってくれるって言うだろ。フェラガモについてきゃあいいんだよ。」
母「あきれた。」
父「鼻下五センチ どばっとのばし 鴨がネギしょって やってくるやってくる~ じゃんじゃん 飲ませろ 酔わせて 放り出せ カモネギ音頭でがばちょのパッ~♪(カモネギ音頭を歌いだす。)」
母「フェラガモは鴨じゃないし。あんたが鴨になってどうすんのよ・・」

下手側、暗転。
舞台全体に明転。
吉沢、入場。舞台には、武田がくつろいでいる。高木は舞台を背にして寝ている。

武田「おー征ちゃん!」
吉沢「いやあ、急にごめん!高木さんもいるなら言ってくれよー。邪魔しちゃ悪いし、帰ろうか?」
武田「ええよ、ええよ。小依も寝たし、俺もそろそろ寝るとこだから。」
吉沢「そうなんだ。」
武田「悪いなあ。今、小依がベット占領してるから。そのソファーで寝てな。」
吉沢「いや、いいよ。俺は床で寝るから。急に来たわけだし。・・・依ちゃん寝顔かわいいなあ・・」

吉沢、高木に近づく。

吉沢「なあ、浩ちゃん。触っていい?」
武田「え?」
吉沢「いや、だから触っていいかって。一応、確認とった方がいいかなって。」
武田「普通にダメやろ。」
吉沢「そうか、ダメなのか。」

吉沢、まじまじと高木の顔を覗き込む。

武田「・・なあ。征ちゃん。漫才のことなんやけどさ・・」
吉沢「おー!続き思いついたか?」
武田「続きは思いついてはないわ。次のコンテストが終わった後の話や。」
吉沢「もう次のこと考えてんのか?二人で養成所にでも行って本気で目指すか?」
武田「さっき、小依にも言われたけど。大学卒業して漫才を目指すのはリスクありすぎひんかって。」
吉沢「そんなの百も承知だよ。けどさ、人にどうこう言われてやりたいこと折り曲げる必要はどこにあるんだよ。」
武田「征ちゃんは、ほんまにすごいわ。そこまでなかなか突き進められへんで。・・・でも、俺には無理やわ。」
吉沢「すごいこと無いよ!俺は浩ちゃんが言ってたことに感動して、ここまで来れてるんやから。」
武田「俺の漫才理論やっけ?」
吉沢「そうそう!なぜ漫才をするのか?お客さんを元気にしたいから?日常の嫌なことから少しの間だけでも忘れさせてあげたいから?」
武田「違う。」
吉沢「違う!舞台の上で俺たちのメッセージを、作品を観客にみせつけたいからだ。」
吉沢「漫才は笑わせさえすれば、何をしても許される世界だ。その作品に対してその場で笑いという反応で観客が俺たちの作品を受け入れてくれる。笑わせれば、俺たちのメッセージに肯定してくれるんちゃうかって。」
武田「そうやな。」
吉沢「それで、いつかはニューヨークのブロードウェイで漫才するって!」
武田「俺は、そこまでは言っとらんけど。」
吉沢「俺たちのメッセージを世界に知らしめるんだよ。」
武田「いやあ、熱意はすごいな。」
吉沢「誰もが笑える作品を二人で作ろうっていったじゃないか!」
高木「ちょっと、夜中に何騒いでるの?」
武田「遅いし、もう寝ようや。明日、話そうや。」
吉沢「・・・わかった。また、明日話そう。」

暗転。
上手側、明転。吉沢父、上手側中央で寝転がってる。吉沢、入場。

父「おうバカ息子。平日の昼間に朝帰りたあ、いいご身分だなあ。」
吉沢「おやじこそ、こんな時間に家にいていいのかよ?」
父「俺だって、親方だ。多少遅れたってなんも言われねえよ。」
吉沢「馬鹿言えよ。なにが親方だ。ただの一人親方じゃあねえか。」
父「今だけはなあ。俺の仕事に文句あるんだったらなあ、おめえも現場来いよ。」
吉沢「どうせ親父がそんなんだから、また監督にクビ切られて、暇してるだけだろ。」
父「ずけずけと抜かしやがって、この野郎!誰のおかげで大学に行けてると思ってんだ!ああ?高校卒業してから俺んとこで、働きゃあ良かったんだ!」
吉沢「はあ、またこれだよ・・」
父「おい、どこに行くんだよ?腰抜け。」
吉沢「授業にいってくるんだよ。」

父の靴を蹴って出ていこうとする。

父「てめえ、俺の靴を!その靴はなあ、フェラガモなんだよ!フェラガモの皮でできてんだよ!」
吉沢「そんな靴より、作業靴買えよ!」

吉沢、下手側に移動。下手側、暗転。上手側、明転。
高木、レジ打ちしている。
吉沢、高木に気付き、そわそわしながら商品をレジに持ってくる。

高木「あ!征士郎君だ!やっほー。」
吉沢「やあ。高木さん、今日バイトなんだ。」
高木「そうなの。内定決まったから、旅行するための工面したくて、シフト増やしてるんだ。」
吉沢「へえ。これとコロッケもらっていい?」
高木「いつも頼むね。コロッケ好きなんだ。このお弁当温める?」
吉沢「お願い。パンにコロッケを挟むとうまいんだ。」
高木「ちゃんと野菜も食べないとだめだよー。征士郎君は内定出たの?」
吉沢「俺はまだだなあ。」
高木「そうなんだ。大変だね。」
吉沢「はは。なかなか決まらなくてねー。最悪、しばらくは親父の仕事の手伝いすればいいかなって。」
高木「征士郎君のお父さん。工事の人だっけ。」
吉沢「そうそう。配管工だよ。」
高木「はああ。征士郎君は漫才もしながらちゃんと考えてるのに。浩君ときたら・・夢もいいけど私の事も考えてくれてるのかなあ。」
吉沢「まあ、あいつなりに考えてるんじゃないかな?」
高木「やっぱり、将来を見据えるなら安定性大事よね。」
吉沢「そうだねー。」

吉沢父、下手側に移動。入店。
高木&吉沢「げえっ。」
吉沢父「ホープの14ミリ下さい。」
高木「はい。」

吉沢、目を伏せてる。吉沢父、しばらく見つめるも声は掛けない。

高木「450円なります。・・・ありがとうございましたー。」

吉沢父、退場。

高木「あのおっさん、また来たんだ。」
吉沢「えっ!知ってるの?」
高木「昨日の夜中に変な言いがかりを浩君にしてきて来たの。」
吉沢「へ、へえー。世の中には色んな人がいるんだなあ。」
高木「・・・はい。1080円ね。・・Suicaでの支払いね。」
吉沢「じゃあ、また。高木さん。」
高木「じゃあね、征士郎君。就活も頑張って!」
吉沢「・・・ありがとう。」

吉沢、退場。暗転。舞台全体は明転。
舞台には、武田がいる。吉沢、入場。

吉沢「おつかれー。」
武田「おつかれ、征ちゃん。」
吉沢「さっき、コンビニで高木さんと会ったぞ。」
武田「おーそうなんや。」
吉沢「お前の進路のこと心配しとったぞ。」
武田「いつものことやわ。しかし、周りがこうも応援してくれないと不安になってくるなあ。」
吉沢「まあな。」
武田「征ちゃんとこの親はなんて言ってるん?」
吉沢「あー。応援はしてないかな。」
武田「ちゃんと就職しろって?」
吉沢「うーん。実をいうと親にはまだ伝えてないんだよね。どうせ、反対されるのわかってるし。」
武田「そうなんや。」
吉沢「味方は俺らだけさ。俺たちの情熱を分かってくれて人なんていないんだよ。」
武田「まあ、やってる当人しか分からないことだよな。」
吉沢「俺、思ったんだ。今のネタ考えてるときにさ。俺たちが舞台に立っている時、一番伝えたい観客からは一番遠いところにいるんだ。」
武田「おお、距離的にはな。」
吉沢「で、一番近いのは俺から見ると浩ちゃんで、近い場所にいる俺ら二人は、目の前にはいるけど遠い人たちに向かって必死に伝えてるんだ。・・これって、今の俺たちそのものじゃないか?」
武田「それで?」
吉沢「別に上手い案があるわけじゃないけど、今の俺たちの生活で感じたこととか、ありのまま面白おかしく伝えれば、充分に俺たちのメッセージになるし、新しくないかなって。」
武田「うーん。新しいけど面白く出来るかなあ。」
吉沢「それを今から考えてみようぜ。浩ちゃん、バイトやってるんだろ?面白エピソードとか無いのか?」
武田「そうやなあ。・・あ、昨日変な客いたわ。コロッケ好きで、タバコとコロッケを別の袋に分けて入れてくれって。」
吉沢「そいつの話は、やめよう。」
武田「え?なんでなん?あの時腹立ったけど、面白く出来そうやで。俺がコンビニ店員やるから、征ちゃんホームレス役やって。」
吉沢「ホームレス?お前からはそいつがそんな風に見えたのか?・・・いい靴履いてなかったか?」
武田「そこまで見れへんよー。」
吉沢「さすがにいくらなんでも見た目で判断するのはどうなんだろうか?」
武田「じゃあ、アル中。」
吉沢「まあ、アル中ではあるかもしんないけど・・・ちょっとそのネタやりにくいわ。設定がデリケートだわ。アングラやわ。」
武田「そうかあ。」
吉沢「うーん。なんだろなあ。こう泥臭くて必死にもがきながら、舞台の上で笑かせようとあがいて・・・。見世物小屋っていう設定はどうだろうか?」
武田「いや、もっとだめやろ。アングラすぎるわ。お前、その設定で笑われてどんな気分やねん。・・・ちょっと整理しようや。今の俺たちの境遇を漫才で伝えるのは無理があるわ。」
吉沢「って言ってもなあ。」
武田「征ちゃんは何を伝えたいん?」
吉沢「そうだなあ。どれだけ夢や情熱を持ってても周りや世間は認めてくれない。みたいな。」
武田「どうやったら認めてくれるって思うん?」
吉沢「結果を出せば?」
武田「それもその一つだと思うけど。俺が思うに共感性も大事やと思う。」
吉沢「どういうこと?」
武田「映画や漫画の主人公が上手くいかないながらも努力する中で観る方は共感してその主人公のことを肯定的に見るやろ。」
吉沢「だから、それを漫才で再現したいって。」
武田「それを漫才に持ち込むのは難しいで。でも、今の俺たちを見て周りは何で認めてくれへんねやろうと思って。」
吉沢「え?うーん。」
武田「征ちゃんがありのまま伝えてないからちゃうか?」
吉沢「・・・」
武田「まずは理解してもらわな。頑張ってやってることとか思いとかまず伝えてみな。たとえ反対されたとしても、それは征ちゃんのこと思ってだと思うし。」
吉沢「それはそうかもしんないけどさ。」
武田「とにかく、漫才でお客さんに見てもらいたいことと世間にぶつけたい不満は別ちゃうか?その上で改めて考えようや。」
吉沢「・・・そうだな。」
武田「よし、じゃあどうしよか。」
吉沢「やっぱ、最初にやってた距離ネタが良い。」
武田「なんか新しい案があるんか?」
吉沢「これからやるから、とりあえず浩ちゃんは俺に合わせてみて。」
武田「お、ええで。」
吉沢「・・・なんか、距離ってぱっと見て分かりにくくないですか?この人、1.5m以内にいるから少なくとも友人って思ってくれてるんだろうか?とか、あ、この人0.5m以内にいるな俺のこと気になってるとか分かりやすくしたいですよね。」
武田「そんな、しんどい考え方するのは君だけやと思うで。普通の人はそこまで気にせえへんよ。」
吉沢「そこで、わかりやすくする良い方法を見つけたんですよ。」
武田「お?なになに?」

吉沢、フラフープ持ってきて、フラフープの中に入る。

吉沢「これだよ。」
武田「いや、これだよって、どういう事?」
吉沢「このフラフープは半径1mやからこの外にいるか、中にいるかで敵か味方か判断できるんだよ。」
武田「そのフラフープの中入るやつおるんか?しかも、敵味方ってさっきより判断が過激なってるやん。」
吉沢「感染防止用に2mバージョンも用意してるぞ。」
武田「いらんいらん。こんなんして、ラーメン屋とか行ってみいや。・・・邪魔やで。隣のお客さんとかどないするん?」
吉沢「え?フラフープの中に入れてあげる。」
武田「あ、入れるんや。」
吉沢「醤油ラーメン好きに悪いやついないし。でも、カレーラーメン好きは許せないな。」
武田「誰も君のラーメンの好み聞いてないで。」
吉沢「浩ちゃんは、味方だから入ってくれるよな?」
武田「嫌やわ。なんやねんその基準。そもそもな、距離とか関係ないって。」
吉沢「・・・それ。」
武田「なんやねん。それって。」
吉沢「それをお客さんに伝えたい。」
武田「あ、距離とか関係ないよって言わせるまでのくだりを今までやってたんや。」
吉沢「深いよな。」
武田「え?」
吉沢「友人や家族、恋人とか、距離は近くてもお互いの思いは本当に寄り添ってるのか、近いのか遠いのか測りようがないってこと。」
武田「言いたいことは分かったけど・・フラフープで伝わるか?」
吉沢「でも、やりたいことは決まったな。」
高木「お邪魔しまーす。」

高木、入場。

武田「おい、小依。来る前くらい連絡よこしいや。」
吉沢「じゃあ、俺帰るわ。」
高木「あ、征士郎君気にしなくてもいいのに・・・。チューハイ買ってきたんだけど良かったら一緒に飲まない?」
吉沢「いやあ、色々考え直さないといけないこと出てきたし。帰るよ。」
高木「浩君も飲む?」
武田「俺は明日の朝バイトだからなあ。」

吉沢、退場。そのまま、上手側に入場。下手側に、吉沢母がテレビを見ている。
テレビからニュースの音が聞こえてくる。

母「あら、征ちゃんお帰り。」
吉沢「おやじは?」
母「さあ、今うちには居ないけど・・・なんかあったの?」
吉沢「いやあ、別に。」
母「そう。・・・また、中東で武力衝突だって。征ちゃんは大学でこういうの勉強してるんでしょ?」
吉沢「そうだね。」
母「あれだったら、赤十字とか受けてみるのはどう?高校の時も募金活動とかもしてたし。」
吉沢「うーん。」
母「まあ、他にやりたい仕事があるならいいんだけどさ。」
吉沢「あのさ、俺さ、夢があってさ。」
母「何よ急に。夢?初めて聞いたわ。どんな夢?」
吉沢「その・・反対されるかもなんだけど、話しとこうと思って。」
母「うん。」
吉沢「漫才をやりたいんだよね。」
母「・・・でも、それじゃあ生活はどうするの?お父さんと私二人はどうにかできても征ちゃんの生活をみる余裕はこれ以上・・」
吉沢「やっぱり、ダメだよな。」
母「征ちゃんの夢を否定してるわけじゃないのよ。ちゃんと働きながら、目指すことだってできるんじゃない?」
吉沢「・・・もっと否定されるもんだと思ってた。大学行かせたのになんて夢見てんだとか。」
母「そりゃあ、もう少し安定した仕事についてほしいわ。それに今までそういうこと言ってきたのは、征ちゃんがちゃんと将来のこと考えてるかどうかわかんなかったから。」
吉沢「じゃあ、いいの?」
母「いいけど、条件があるわ。ちゃんと定職に就くこと。これから五年間やって結果が出なかったらきっぱりあきらめること。いいわね?」
吉沢「わかった。ありがとう。」
母「あと、このことはお父さんにはしばらくは内緒ね。」
吉沢「うん。」
母「お父さん今あんな感じだけど、征ちゃんのこととかもちゃんと気にしてるのよ。征ちゃんの仕事が決まれば今よりは安定するんじゃないかしら。」
吉沢「・・うん。」
母「ねえ、おつかい行ってきてくれない?・・・はい、これ買ってきて。(メモを書いて渡す。)」
吉沢「OK。行ってくるね。」

吉沢、下手側退場、暗転。
上手側、明転。吉沢、上手側入場。

吉沢「あ、浩ちゃん!浩ちゃんのおかげでな、親に・・」
武田「悪い。俺、バイトだから。」
吉沢「お、そうか。いってらっしゃい。」

武田、退場。
吉沢「なに?喧嘩でもしたの?」
高木「うーん。喧嘩っていうか。浩君のはっきりしないところを私がガツンと言ったというか。ほんとに卒業してからどうすんのよ。私が面倒見るの?」
吉沢「そうかあ。高木さん、結構飲んだね。」
高木「あー。動けないー。」
吉沢「大丈夫?水持ってこようか?」
高木「・・・私をベットまで運んで。」
吉沢「ちょっと、何を言ってんだよ。」
高木「うごけーなーい。」
吉沢「わかった・・わかったから。」

吉沢、高木をベットに運ぶ。

吉沢「じゃあ、お水はここに置いとくから。俺行くね?」
高木「やだ、もうちょいいて!」
吉沢「そうは言っても・・ええんかな。」
高木「・・・ねえ、寂しいから、もうちょっとだけ。」
吉沢「高木さん、酔いすぎだって。」
高木「私、征士郎君みたいな優しい人好き。」
吉沢「いきなり、何言ってんだよ。」
高木「浩君も優しいよ。でも、自分勝手なとこあるし、周り見えないときあるし。征士郎君は、包容力あるっていうか、なんだか癒されちゃうなあ。」
吉沢「俺はそんなに優しくないよ。」
高木「ねえ、なんだか切ないよ。・・・慰めて。」
吉沢「おい、ほんとにダメだって。高木さんには浩ちゃんがいるだろ。俺たちにとって今大事な時期なんだよ。」
高木「私と浩君にとっても大事な時期だけど?漫才やるのもいいけど、二人で熱くなっちゃってさ。マジでなんなの。」
吉沢「・・ごめん。」
高木「私だけが置いてかれてるみたいじゃない・・・ねえ、来てよ。」
吉沢「だから、それは・・」

下手側、暗転。
上手側に明転。吉沢がいる。ゼミの教授は、舞台外から話す。

吉沢「・・・以上のように、中東地域は民族、宗教、大国による干渉や石油資源の問題から長い間不安定な状況にあります。僕からの発表は以上です。ご質問はありますでしょうか?」
ゼミの教授「発表、ありがとうございました。中東地域の状況はよくわかったんですが、吉沢さん自身はこの問題についてどう向き合っていこうと考えていますか?」
吉沢「僕がですか?」
教授「そうです。これは発表の評価には影響しないので、思っていることを素直に言ってくれれば結構です。」
吉沢「・・・僕は、遠い国の出来事で終わらせたくはないなって、長い間解決できないからあきらめるのは良くないって素直に思います。ただ、具体的にどうするかまでは考えきれてないんです。でも、僕の持っている何かで、人と人を繋げられるようにしていきたいです。」
教授「ありがとうございます。今、吉沢君にだけ質問しましたが、他の皆さんも考えてみてください。大学で学んだことを無駄にせずに社会で貢献してこそ学問の本当の意義があると思います。発表ありがとうございました。次の人お願いします。」

上手側、暗転。
下手側、明転。吉沢と武田がいる。

吉沢&武田「おつかれー!」

他の大学生と分かれて、吉沢と武田二人にだけになる。

武田「今日の打ち上げ、大成功やったな」
吉沢「僕らのコンクールでやるネタ結構ウケたな。」
武田「教授も笑ってたで。ほんまよかったわ。コンクールも大丈夫そうやな。」
吉沢「そうだな。ゼミも終わったし、これで漫才に専念できるな。」
武田「そうやで。・・・実は、小依と話したんだけどさ。別れることにしたわ。」
吉沢「・・・そうか。二人がそう決めたなら。浩ちゃん、大丈夫か?」
武田「いざ別れてみると、今まで何だかんだ応援してくれた小依もいないし、ほんまに漫才やっていきたいんか分からんくなったし、将来の進路も正直不安やわ。」
吉沢「まあ、そうだよな。」
武田「ただ、頭の中ごちゃごちゃしてるけど、目の前のコンクールで俺たちのメッセージを全力でぶつけたいなって素直に思ってる。やから、コンクールの方は大丈夫や。心配すんな。」
吉沢「いつも、ありがとうな。浩ちゃん。」
武田「最初に漫才やろう言うたんは、俺や。悔いのないコンクールにしようや。」
吉沢「そうだな。」
武田「じゃあ、俺はここで帰るわ。」
吉沢「おお、じゃあな。浩ちゃん、無理すんなよ。」
武田「ありがとうな。じゃあ。」

吉沢だけ舞台に残り、武田は退場する。

吉沢「・・・浩ちゃん、大丈夫かな。」

吉沢父、入場。

吉沢「親父!」
父「おお、何だおめえ。こんな時間までふらつきよって。」
吉沢「ゼミの打ち上げがあったんだよ。」
父「ちっ。学生の癖に一丁前に打ち上げなんかしやがって。酒飲むなら働けってんだ。」
吉沢「親父。」
父「なんだよ。」
吉沢「親父的には俺にどう働いてくれたら嬉しいんだよ。」
父「急にどうしたお前?変なこと聞きやがって気色わりいな。」
吉沢「単に気になっただけだよ。どうしたらいいと思う?」
父「ったく調子狂うな。俺の仕事手伝いたいなら手伝えよ。」
吉沢「わかった。」
父「今日はやけに素直だなあ。まあ、人になんか聞かないでおめえの人生だ。好きにやれよ。働いて自分で飯食えるようになってくりゃあいいんだよ。」
吉沢「そうか。ありがとうな、親父。」
父「勝手にしろって言っただけだ。・・お前、漫才やるんだって?」
吉沢「おい!聞いてたのかよ。」
父「ふん。お前そんなのに興味があったのか。」
吉沢「悪いのかよ。」
父「なんでやりたいんだ?」
吉沢「俺が高校時代からずっとやってきたのは、漫才だけだからだよ。」
父「駅前で募金をせびるだけかと思ってたら、そんなこともやってたのか。」
吉沢「だから何だよ。俺のやること全部バカにしやがって。絶対漫才だけはやってやるからな。」
父「別に否定する気はねえよ。さっきも言ったが、好きにしろや。人様に迷惑かけなけりゃなんだっていいんだよ。」
吉沢「…」
父「…帰るぞ。家に帰るんだろ?」
吉沢「ああ。」
父「明日からみっちりしごいてやるからな。」
吉沢「明日は、授業あるって。せめて、卒業してからにしてくれよ。」
父「いいから、さっさと帰るぞ。」

下手側、暗転。
上手側、明転。吉沢、上手側に入場。武田がいる。

武田「いよいよ、本番やな。」
吉沢「そうだな。」
武田「コンテストの後の話なんやけどな。征ちゃんは、親父さんの手伝いすることにしたん?」
吉沢「とりあえずな。お試しで。」
武田「家も大変なんやろ?」
吉沢「まあ、昔から裕福な方ではなかったけど、親父が変になってから、余計に。どうした?浩ちゃん、不安か?」
武田「まあ、ちょっと、不安はあるけど。俺には失うもんはないからな。今は全力出すだけや。結果は後からついてくるもんよ。」
吉沢「二人でやれるだけやっていくさ。」
審査員「55番、ミックスナッツさんお願いしまーす。」
武田「よっしゃ!」

出囃子が鳴る。上手側、暗転。下手側、明転。
吉沢だけ、下手側に入場。入場した瞬間、騒がしかった出囃子が消える。
中央には、椅子が一つ置かれていて、そこに座る。面接官は、舞台外から話す。

面接官「志望理由を教えてもらえますか?」
吉沢「僕は、漫才師を本気で目指しています。漫才をする中で、気が付いたことがあったんです。立場や境遇で人と人との間を分断するもの・・つまり距離があると。それを埋めたいと思ったんです。」
面接官「私たちは開発途上国に赴き、技術や知識を用いて現地の人々とともに国づくりに貢献するのが、目的です。あなたは、建築工事の経験があるそうですが、そちらの方は?」
吉沢「経験や技能については、履歴書の通りです。自分の持つ力を現地の方のために生かしていきます。その動機として、漫才の経験がある訳です。」
面接官「先ほど本気で漫才師を目指しているとおっしゃっていましたが、その夢はどうしたんですか?私たちの仕事と何か関係があるんですか?」
吉沢「夢はあきらめていません。僕には父から教わった工事の技術と漫才で培った人を笑わせたいという意志があります。どんな境遇であっても、目の前の人を笑顔にすること、それが僕にとっての漫才なんです。」

暗転。

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