水中バス・ステーション ドラマ

 一面の朝焼け空の下、土手の上にあるバス停で、転校生・千明信太は近所に住む倉内江里子と出会う。  「この瞬間」こそが、信太の人生でもっとも特別な一瞬であった。  悲惨な喪失を体験することになる信太の小学校時代と、江里子らと過ごす新しく瑞々しい高校時代。  並行して描かれる二つの時代の青春は、やがて謎の女・柊知枝を接点として不意に繋がる。  そして、冒険が始まった。
美野哲郎 5 0 0 06/20
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第一稿

○土手・バス停(早朝)
   田園風景を走る一本道。
   畦道を歩く制服姿の千明信太(17)、バス停に上がる。
   土手の上を反対方向から歩いて来る、制服姿の倉内江里子( ...続きを読む
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○土手・バス停(早朝)
   田園風景を走る一本道。
   畦道を歩く制服姿の千明信太(17)、バス停に上がる。
   土手の上を反対方向から歩いて来る、制服姿の倉内江里子(17)。
   信太、振り向き江里子に気づく。
   目を逸らし、バス停を離れる。
   江里子、信太を窺いつつバス停に着き、目を逸らす。
   無人のベンチを間に挟み、互いにそっぽを向いて立つ二人のシルエット。
   その向こうに広がる朝焼け空。

○メイン・タイトル『水中バス・ステーション』

○走行中のバス・車内(朝)
   T『春』
   前方の席に信太、後方に江里子が座り、後はまばらな乗客。
   江里子、大あくび。
   信太、瞼が重く、やがて閉じる。
      ×   ×   ×
   女子達の声。信太、目を覚ます。
   発車するバス。
   新たに河合未果(17)、細田沙羅(17)が乗車。
   信太、目を閉じて寝たフリ。
   未果達、信太の顔を覗いて通り過ぎ、江里子の隣りに着いて何事か囁く。
   女子達、どっと笑い声を上げる。
   信太、聞き耳を立て寝たフリを続行。

○逢坂高校・表の通り
   バス停に下車する信太。
   前方の江里子達に遅れ、校門へと歩く。

○回想・平河小学校・表の通り
   (小学生篇は人物多く、可能な限り長回しのイメージ)
   交差点を挟んだ小学校手前の一本道を、登校中の小学生達が歩く。
   寝ぼけ眼の信太(11)、大あくび。
   背後から光一(11)と瞬(12)が来て、
   信太のランドセルを強く叩くと走り抜けていく。
信太「痛ってえっ、この野郎っ」
   信太、パッと顔を輝かせ追い駆ける。
   そのまま男子三人、走りながら、
   杏子(きょうこ)(11)と杏奈(8)の姉妹、美里(12)を追い抜く。
杏子「朝から元気っ」
杏奈「元気―っ」
信太「おはよう委員長っ」
美里「おはよう千明君っ、コラ走るなーっ」
   走る三人の前方に祥子(さちこ)(11)と麻奈海(まなみ)(12)の背中。
   光一、麻奈海のスカートを捲る。
麻奈海「きゃあっ」
祥子「てめえ町田っ」
   痩せぎすの麻奈実、唖然。祥子、麻奈海に怒鳴る。
祥子「怒って麻奈海っ、許しちゃダメっ」
   麻奈海、肯くと祥子と共に走り出す。
   信太、麻奈海と祥子に追い駆けられる。
祥子「千明っ、待てっ」
信太「俺じゃないってっ」
   信太、走りながら、振り向く。
   反対側の歩道。
   涼花(すずか)(12)が紗希(11)とお喋りしながら歩く。
   信太の視線、涼花に見とれる。
   追いついた祥子、信太のランドセルを掴む。
   チビの幹生(みきお)(11)、道沿いのフェンスの上を
   バランス取りながら器用に歩いている。
   その下を光一と瞬が通り過ぎる。
瞬「ミッキーおはよっ」
幹生「ふぁっきゅうっ」
   幹生、奇声を上げて歩道にジャンプ。
   信太、祥子と麻奈海にランドセルを振り回され、翻弄される。
信太「うわああ。俺、何もしてないっ」
   信太、翻弄されつつ涼花を見やる。
   涼花と紗希がこちらを見て笑っている。
幹生「ふぁっきゅうっ」
   幹生が祥子に体当たり。
祥子「痛ったっ」
   祥子、ランドセルから手を離し、幹生を追いかける。
   信太、その隙に逃走。
麻奈海「あ、待てっ」
   麻奈海、信太を追い駆ける。
   横断歩道を渡る信太と麻奈海、
   校門を抜けて、小学校へ飛び込んでいく。

○現在・逢坂高校・教室(夕)
   ゴミ袋を手にした信太、江里子と入って来る。
江里子「広げて」
   信太が手に持ったゴミ袋を広げて、
   江里子がその中に教室のゴミ箱をひっくり返す。
江里子「はい、ここで最後ね。覚えた?」
   信太、目を合わさずに肯く。
   ゴミ袋の口を江里子が絞り上げ、信太がきつく結ぶ。
江里子「千明君さあ。今朝、バス一緒だったよね?」
   信太、首を横に振る。
江里子「……何? その、どうでもいい嘘」
   動揺した様子の信太、ゴミ袋を手に足早に廊下へ。

○土手・バス停(一週間後・朝)
   信太、立ってバスを待つ。
   江里子が歩いて来る。
   信太、顔を逸らし、空を見上げる。

○逢坂高校・美術室
   信太、イーゼルに掛けたキャンバスへ
   鉛筆で下書きを入れている。
   未果、教室に入ってくる。
未果「おー、いた。転校生」
   江里子と、穏やかな微笑を湛える沙羅が続く。
   未果、戸惑う信太に近寄る。
未果「そろそろ学校慣れたあ?」
   信太、カバーをかけて絵を隠す。
未果「ねえねえ、東京の話聞かせてよ」
信太「……今、絵、描いてるんだけど」
   未果、苦笑して江里子を見る。
江里子「だから?」
信太「話したくない」
江里子「田舎、馬鹿にしてるんすか?」
   信太、目を逸らして呟く。
信太「何でそーなるの」
未果「なんかキレられてるんですけどー。ウケる」
江里子「いいじゃん、よく知んないんだもん。
 話聞かせてよ。いいなー東京」
未果「ねー。なんかスタートが違うよ」
   江里子、黙ってる信太を見下ろす。
江里子「……何か言えば?」
   信太、無視。
   江里子、棚のスケッチブックを手に取り、信太の頭を叩く。
   未果、爆笑。

○同・二年B組(昼休み)
   黙々と弁当を食べる信太。
   相川晴樹(17)、信太の机に腰を落とし、パンを食べる。
   机に零れるパンカス。
信太(見上げて臆し)「何か、用?」
晴樹「そう訊いてみろよ」
   晴樹、信太を顎で促す。
   信太、促され廊下を見やる。
   不良然とした稗田(ひえだ)、横内、斉藤、沖が
   信太を見て威嚇の表情。
晴樹「三年のアホ共、ずっと見てるぜ?」
   横内、ドアを強く蹴る。
   ビックリして静まるクラス。
稗田「転校生の千明信太クンいますかー」
   四人、信太に手招きして笑う。
   晴樹、四人の元へ歩き出す。
稗田「相川は呼んでねえから」
   晴樹、稗田の肩を叩いて廊下へ出る。
   稗田たち、再び信太を見る。
稗田「無視した罰。来い」
信太「(小声で)罰? なんで? なんの?」
稗田「(大声)あっ? 聞こえねーよっ」
   信太、首を横に振る。
横内「来いよオラアッ」
   信太、必死に首を横に振る。

○同・部室棟・裏
   晴樹の拳、稗田の顔面にヒット。
      ×   ×   ×
   横内の蹴り、晴樹の鳩尾にヒット。
      ×   ×   ×
   稗田の拳、信太の顔面にヒット。
      ×   ×   ×
   晴樹と鼻血を出した信太、敷石の上に倒れている。稗田たちの姿はもう無い。
晴樹「大丈夫かー? 千明」
信太「一緒になってやられる事なかったのに」
晴樹「勝てそうな気がしたんだよな」
   信太、口内の血を吐き捨てる。
晴樹「なあ、千明よ。江里子と仲良いん?」
信太「誰って?」
   晴樹、頬を抑える。
相川「痛っつ。ほっぺの肉噛み切った」
信太「江里子って?」
江里子「私よ」
   信太、振り返り驚く。
   江里子が二人を見下ろして立つ。
江里子「千明君。今日は五時半のバス間に合うから。私の部活終わるの待っててね」
   信太、寝転んだまま江里子を見上げ、
信太「え? やだよ」
江里子「もう一週間。毎日往復一時間半、私たち黙ったきりでさ。
 これからもずっと、あのバス停に一人でいるつもり?」
   信太、目を逸らす。
江里子「お喋りくらいしようよ」
晴樹「千明。返事」
   晴樹、信太の腹に踵下ろし。信太、悶絶。
江里子「やめなさいよ、晴樹」
晴樹「一緒に帰ってやれ」
   晴樹、立ち上がる。
   信太の手を掴んで体を起こすと、埃をはたいて落とす。
晴樹「じゃあな。部活頑張れよ」
   晴樹、背中で手を振り、去って行く。
   江里子、晴樹を見送り、頬を膨らませる。
信太「じゃあ」
   江里子、流れで立ち去ろうとする信太の腕を掴む。

○回想・平河小学校・ベランダ
   信太、箒で掃き掃除。
   幹生、教室の窓から身を乗り出すと、
   濡れ雑巾を信太の顔に投げつける。
   信太、その雑巾を投げ返す。幹生、あっさりキャッチ。
幹生「町田とひぃちゃん、今日女子たちとピクニック行くぜ? どうすんだよっ」
   幹生、再び濡れ雑巾を信太に当てる。
信太「痛ってえな、知るかよいいじゃんピクニッ、くさっ」
幹生「ふぁっきゅうっ、絶対良くない。乗り込んでってぶっ潰そうぜ」
信太「女子たちって誰が来るの?」
幹生「涼花……とか?」
信太「なんで名前一人だけ」
幹生「はあ? ……好きだからだよ」
   フラッシュ・インサート。
   通学路で笑う涼花。
      ×   ×   ×
信太「じゃ、俺らも混ぜて貰おう」
幹生「……断られたんだよ」
   幹生、力なく窓から体を引っ込める。

○現在・走行中のバス・車内(夕)
   信太の隣りの席に未果。
   後方の席から江里子と沙羅が面白そうに様子を見る。
   未果、悪戯に信太の顔を覗き見て、
未果「恋人は?」
   信太、首を横に振る。
未果「ねえ登校拒否してたって本当?」
   信太、首を縦に振る。
   未果、更に何か訊こうと口を開く。躊躇して訊けない。
   バス停に到着。未果、沙羅に手を引かれて席を立つ。
未果「じゃあね、バイバーイ」
沙羅「千明君、また明日」
   信太、遠慮がちに曖昧な反応。
   二人が降り立ち、バス発進。
   江里子、窓の外に手を振る。手を振る未果たちの姿、遠くなる。
   江里子、二人が背を向けるのを確認すると席を立ち、信太の後ろに着席。
江里子「おっす」
   信太、無視。江里子、拳を振り上げる。
   信太、気配を感じ腕で頭をガード。
   江里子、身を乗り出して、油断した信太の脇腹にパンチ。
江里子「へへへ」

○回想・じゃぶ池公園・散歩道
   小さな丘の下の小道をぞろぞろと歩く、子供達のピクニック。
   光一、瞬が先頭。
   杏子、杏奈はオモチャを詰めた自転車で鈍行。
   美里が杏奈の自転車を掴んで停め、無理やり二人乗りしようと遊ぶ。
   圭太郎(9)と優成(ゆうせい)(9)は道を外れ、木立の中を走り回る。
   博次(ひろつぐ)(12)がピクニックシートを抱えて現れ、一同と合流。
   涼花と紗希は買い物詰めた袋、祥子と麻奈海はランチバスケットを運ぶ。
   最後尾に遅れて龍介(11)が合流。

○回想・同・丘の上
   ピクニックを見下ろす信太、幹生、おっとりした風貌の紀彦(11)。
信太「楽しそー。入り込む隙ないよ」
   幹生、信太の頭を叩く。
幹生「ふぁっきゅうっ、無かったら作れ」
信太「あの中に入るの? ミッキー潰すって言ってたじゃん」
幹生「今飛び込まなかったら一生後悔すっぞっ、紀彦なんとか言え」
   紀彦、信太の肩に手を置く。
紀彦「当たって、砕けろ」
信太「紀彦……」
幹生「しゃあっ」
   三人、小さな丘を駆け下りていく。

○回想・同・散歩道
   幹生、信太、紀彦、丘を下り、ピクニックの列に飛び込む。
幹生「混ぜろおーっ」
博次「おおっ、ミッキー来たっ」
祥子「来んなよ」
幹生「うっせえ祥子てめえ、いっつも町田のこと悪く言うクセに遊びやがって。
 ホントは好きなんじゃねえのっ?」
祥子「あるか死ねっ」
麻奈海「最悪。千明も来た訳?」
信太「いいじゃん別にーっ」
   紀彦、既に息切れしている。
杏子「おいでー、紀彦。お菓子あげる」
紀彦「やったあっ」
   紀彦、飛び跳ねてガッツポーズ。
   ドッ、と笑う一同。
   瞬に荷物を渡す光一、走って引き返す。
光一「幹生、テメエら呼んでねえぞ」
幹生「町田、チャラついてんじゃねえ」
   幹生、信太の腕を引き、光一に向かって突進。
   光一、圭太郎と優成を引き連れ突進。
幹生「おらあーっ」
   雑に衝突し、ふざけて転がる男子達。
美里「危ないっ、何考えてるのバカッ」

○現在・土手・バス停(早朝)
   信太、イヤホンで音楽を聴き、朝焼け空を仰ぐ。
   歩いて来る江里子、信太を見やり、ベンチに座る。
江里子「千明くん」
   信太、気付かない。
江里子「……(声を張り)しーんーた」
   信太、慌てて振り向き、イヤホン外す。
   江里子、ベンチの隣りを叩く。
   信太、距離を取ってベンチに座る。
江里子「おはよう」
信太「……おはよう」
江里子「あ。ヒゲ生えてるよ」
信太「え? ウソ」
   信太、鼻の下に指で触れてみる。
江里子「わかる?」
信太「今、気づいた」
江里子「おー、うぶ毛光ってるよ」
信太(驚いて)「ヒゲ。初めてだ」
江里子(あくび)「汚いから剃りなよ、それ」
   バスが近づいて来る。

○高校・屋上(昼休み)
   信太と友永輝夫(17)は弁当、晴樹と小糸賢人(17)はパンで昼食。
   晴樹、痛む頬を押さえる。
輝夫「千明ぃ」
   バカっぽそうにニヤつく輝夫、信太を指で何度も小突く。
輝夫「千明ぃ」
信太「うん? 何?」
輝夫「千明ぃ」
信太「(イラッとして)だから何?」
晴樹「すぐイラッとするな、イラッと」
信太「(イラッとして)してないよ。何?」
輝夫「あれ? 俺何言おうとしたんだっけ」
晴樹「頭かち割るぞテメエ」
賢人「イラッとすんなよ」
未果「千明君イジメちゃダメー」
   弁当を手に江里子、未果、沙羅が出てくる。
輝夫「ちょっとー、今ここ男子の場所なんですけど。
 邪魔しないでくださーい」
未果「友永には微塵も興味ねえから」
   江里子、晴樹の隣りに腰を下ろす。
江里子「ここで食べよっかな」
晴樹「あ。俺ちょっとクソしたくなってきたわ。やる」
   晴樹、食べ残しを信太に渡し、立ち上がる。
   江里子、睨むように晴樹を見上げる。
信太「戻ってくんでしょ?」
晴樹「もう時間あんまだし。教室戻るわ」
信太「え? 一緒に食べようよ」
晴樹「んー、やだ」
   晴樹、立ち去る。
賢人「悪いな倉内。お前が悪いんじゃない。アイツがガキなんだ」
   賢人、晴樹の後を追う。
   信太、うつむいたままの江里子を見て、
信太「賢人君、晴樹の保護者みたいだ」
江里子「アイツの前だと誰でも保護者になっちゃうの。
 みんなに構われてるくせに、大人びたつもりでいるガキ」
輝夫「いやいや、千明の前じゃ晴樹が保護者だ。
 お前に頼られて嬉しいんだぜ、きっと」
江里子「言えてる」
信太「頼った覚え無い」
   未果、沙羅も腰を下ろす。
沙羅「千明くん」
   沙羅、いつも通りの優しい微笑。
信太「何?」
沙羅「ふふっ。元気?」
信太「……みんな、わけわかんない」
輝夫「オメエが一番謎なんだっての」
   信太、輝夫に小突かれて笑う。
信太「あと、晴樹と倉内さんの関係もわかんない」
江里子「江里子でいいよ」
   江里子、晴樹が抜けた間を詰めて信太の隣りに腰下ろす。
   弁当箱を開く江里子。中はサラダとゼリーだけ。
信太「晴樹と江里子はどういう関係……
 (弁当箱を覗きギョッと)え、昼飯それだけ?」
   江里子、頬を膨らませる。
未果「出た、江里子の頬プックー」
輝夫「千明。地雷踏みっ放し」
   江里子、信太の卵焼きをつまみ食い。
信太「あっ」

○同・体育館脇(放課後)
   信太と晴樹、開いている側扉に体を預けて、
   新体操部の練習を眺めている。
   江里子と沙羅が演舞の練習中。
   晴樹、顔と腕に生傷が増えている。
晴樹「アイツは、お前にゃなびかねえよ」
信太「……」
晴樹「って言ったら張り切る?」
信太「いきなり何の話してんの?」
   晴樹、言葉を探している様子。
   ビシッと信太を指さす。
晴樹「お前は、江里子とは付き合えない」
信太「ありがとう」
   信太、晴樹の指を掴んで下ろす。
信太「その傷。俺の為に、さっき三年と喧嘩してきてくれたんでしょ?」
晴樹「気持ち悪い事言ってんじゃねえよ」
信太「賢人君から聞きました。最初に俺と二人してやられといて、
 晴樹が借りを返す形にしたら、俺に火の粉はかかんない」
晴樹「マンガの読み過ぎ」
信太「晴樹はすげえナルシストだけど、実行力があるから凄いんだってさ。これも賢人君が」
晴樹「死ね」
   晴樹、帰ろうと歩き出す。
   江里子と沙羅が側扉から顔を出す。
江里子「覗かないで変態」
沙羅「晴樹君も待っててくれるんだ?」
晴樹「いや。帰るよ俺は」
江里子「え、帰っちゃうの?」
晴樹「敦(あつし)くんトコ泊まんの」
   晴樹、そのまま去っていく。
沙羅「いいなー、また東京だ」
信太「晴樹、東京行くの?」
沙羅「上京した知り合いの家、時々泊まり込んでるんだって」
江里子「東京行ったって、やりたい事も無いくせに。信太は待っててね?」
信太「え? うん」

○回想・じゃぶ池公園・広場(夕)
   信太ら十六人の子供達、ピクニックシートの上に寝転がる。
   もぞもぞ動いて、ほとんど起きている。
杏奈「お姉ちゃん、眠くなーい」
   杏奈、見上げるが杏子はもう眠っている。
   そっと起きる幹生、ゴムボールを拾い、眠る信太の顔面に投げつける。
信太「ぶっ、何すんだよっ」
   信太、体を起こしボールを投げ返す。
   コントロールがズレ、紗希の顔面に命中する。
祥子「きゃあっ、紗希っ」
信太「あっ、ゴメンっ」
   涼花が紗希に寄り添う。
涼花「サッちゃんっ」
   一同、体を起こしざわつく。
美里「大丈夫?」
   紗希、顔を手で押さえる。
紗希「大丈夫」
   赤くなった紗希の目から涙が零れる。
幹生「あー泣かしたー」
信太「うっせえ」
祥子「うっせえとは何よ、千明が悪いんでしょっ?」
光一「千明、ここは謝っとこう」
涼花「何その言い方。最低じゃない?」
光一「ええ、俺?」
麻奈海「謝りなさいよ千明」
幹生「(女子の声真似)謝りなさいよー」
   祥子、怒って幹生を追い駆ける。
   まだ眠っていた龍介、幹生に股間を踏まれて悶絶。
信太「ごめん児島(紗希)。本当ごめん」
   紗希、目を押さえ、平気だと頷く。
   涼花、紗希を優しく抱きしめ、ムッと信太を睨む。
涼花「千明、ちゃんと反省してる?」
信太「ごめん、本当ごめん。ごめんなさい」
   信太、手を合わせ、必死に謝罪。

○現在・走行中のバス・車内(夕)
   江里子、信太の後ろに座り、前の席の背もたれに顔を乗せる。
信太「危ないよ。ちゃんと席着いて」
江里子「じゃ、なんか話してよ」
信太「……江里子は晴樹のことが好き?」
江里子「別に」
信太「協力出来ることある?」
江里子「別にって言ってるじゃん。大体、信太に何が出来んの?
 ……ううん。協力要らないし、好きじゃない」
信太「毎日バス一緒なんだよ。これからもそのウソつき通す?」
江里子(舌打ち)「もっとピュアな少年だと思ったのにな、やらしいな信太」
   江里子、席に腰を落とし、投げやりに外の景色を眺める。
江里子「……デブだったの、私。中学上がるまで超太ってたの。
 そんで、悪口とか一番酷かったのがアイツ」
信太「嘘、晴樹? 酷い」
江里子「でしょ? 酷い奴。でね、悔しくって、部活始めてちゃんと痩せたの。
 したらアイツ、妙に馴れ馴れしくして来てさ」
信太「それだけ可愛くなったんじゃん?」
江里子「まあね。でもハラ立つじゃん、それ。高校入ってすぐ告られて、フってやった。
 アイツがちゃんと謝ってくれなきゃ、好きじゃない」
信太「……それってさ」
江里子「それで全部です。さ、私は全部喋ったよ? 次は信太の番」
   信太、少し迷ってから口を開く。
江里子「けど重たい話なら聞きたくないからしなくていいっす」
   信太、ムッとして黙りこくる。
江里子(笑って)「ごめんごめん、何か話す? 喋って?」
   信太、頬を膨らませる。
江里子「あー頬プックーは私の」
   身を乗り出す江里子、信太の頬を指で突つき、
江里子「ねえ信太、美術室で何描いてるの」
信太「席着いて。本当に危ないから」
江里子「もしかして、私? とか言って」
   信太、そっぽを向いて、肯く。
江里子「やったあ」
   江里子、笑いながら腰を落とす。

○土手・バス停(夕)
   バスは二人を降ろして発車。
   信太、夕焼け空を見上げる。
江里子「好きだね、空」
   江里子も空を眺める。大あくび。
信太「(笑って)好きだね、あくび」
江里子「あくび飽きたよ。ほんじゃ、また明日―」
信太「また明日」
   信太、振り返り、江里子を見送る。
   小さく手を振り、立ち去る江里子。一本道を遠のいていく背中。
信太「……また明日っ」
   信太、声を張り上げ、手を振る。
   やや驚いて振り返る江里子、笑って手を振り、去っていく。
   信太、手を下ろし、家路に着く。
   その頭上に広がる夕焼け空――

○回想・じゃぶ池公園・広場(夕)
   ――夕焼け空の下、信太ら十六人の子供達が広がって、ボールをトスでつなぐ。
   信太、そっと紗希の隣りへ。
信太「さっきはマジでごめんね?」
紗希「大丈夫だから」
   涼花、紗希の腕を掴み、信太を睨む。
涼花「千明サイテー」
信太「ごめんって」
   幹生、ボールをキャッチして信太の顔面にぶつける。
幹生「オラッ」
   一同、爆笑。紗希と涼花も大笑い。
信太「お前いい加減にしろよなっ」
   信太、幹生にボールを投げ返す。
美里「それじゃバレーになんないっ」
   ボールが入り乱れ、当てっこが続く。
      ×   ×   ×
   シートの上。再び重なり合って寝転がる十六人。何人かは眠りこける。
   信太の腹は圭太郎と優成の枕代わり。
   祥子と麻奈海、熟睡している幹生の顔を覗き込む。
祥子「寝顔は可愛いのにねー」
麻奈海「ねー」
   信太、涼花を見る。涼花は空を仰いでいる。
   信太、空を見上げる。オレンジの夕焼け空。
美里「あーあ。門限過ぎちゃった」
瞬「帰りたくねー……」
   ひと時、静寂が流れる。
麻奈海「塾行かなきゃ」
   麻奈海、体を起こす。
   続いて涼花も体を起こし、一同に呼びかける。
涼花「ちょっといい? みんな。(麻奈海に)いい?」
   麻奈海、立ち上がるのをやめる。
   眠ってた子供達も目を覚ます。
龍介「どしたー?」
美里「いいよ? 涼花。みんな聞いてる。どうしたの?」
   一同、涼花に体を向ける。
   涼花、思わせぶりに口を開く。
涼花「ねえ、知ってるでしょ?……」
   風が芝を撫で、子供たちの体を吹き抜けていく。

○現在・千明家・信太の部屋(夜)
   消灯後。寝転んだ信太、開いた窓越しに夜空を見上げる。
信太(語りかけるように)「みんな。俺、今日は楽しかったよ」
   カーテンが風にそよぐ。
涼花の声「この公園の、じゃぶ池の伝説」
   夜空に浮かぶ月。

○回想・じゃぶ池公園・広場(夕)
   夕映えの涼花、信太ら一同に語り続ける。
涼花「満月の夜にね、あの池を覗いて、水面に映る自分の顔にキスをするの」
龍介「おえー」
涼花「するとね、自分の未来の、一番幸せな瞬間がそこに映るんだって」
杏子「何それ初耳。素敵―」
瞬「素敵か?」
光一「知ってた人―」
   半数が手を上げる。博次、手を庇にして夕月を見上げる。
博次「うん。満月か」
紗希「え、涼花。それ、みんなで見ようってこと? このまま待つの?」
涼花「……ダメ?」
   一同、昂揚して互いの顔を見る。
光一「いや、違う……一旦、家帰って、夜中にこっそり抜け出そうぜ。
 もう一度じゃぶ池に集合」
   一同、一斉に立ちあがる。

○回想・同・じゃぶ池(夜)
   園内を流れる小川の始点の池。
   ライトを手にした涼花、紗希、祥子、麻奈海、美里、杏子、杏奈。
   女子は既に揃って、水切りしたりして遊んでいる。
   信太、幹生、紀彦、光一、瞬、博次、龍介、圭太郎、優成が
   小川沿いに上がって来る。
光一「おお。みんな抜け出せたな」
杏子「悪い子ばっかり」
龍介「親の目盗むの超大変だったんだけど。そのガキ達(圭太郎、優成)大丈夫かよ」
美里「ひぃ君(博次)の従兄弟なのよ」
博次「俺、親に信頼されてっから」
龍介「どうせ俺はされてねえよ」
   瞬、周囲にバレないように、紗希に小さく手を振る。
   紗希、周囲にバレないように、小さくコクリと肯く。
涼花「でも、だって16人だよ? 凄くない? 全員また揃った。奇跡みたい」
信太「大げさー」
紗希「こうする運命だったのかもね、私達。何か特別な未来を見ちゃうのかも」
瞬「んで、どうすんの?」
光一「じゃあ、(涼花に)まずは?」
涼花「池を囲んで。寝そべって覗き込めるように」
   光一が手で合図し、広がる十六人。
   池をぐるりと囲み、うつ伏せに寝そべる。
   一同、気恥ずかしくて笑う。
   麻奈海、隣りに寝そべる瞬の横顔を見つめる。
   信太、涼花の位置を確認し、さり気なく向かいの位置に寝そべる。
光一「照れ臭いのはわかるけど、絶対逃げるなよ。みんなで一斉に見るからな?」
幹生「仕切んな仕切んな」
   一同、幹生に一斉口撃。
光一「お前だよ」
祥子「アンタに言ってんだよ」
信太「ミッキー。茶化したり逃げたりすんなよ?」
幹生「……(小声で)ふぁっきゅう」
涼花「(笑って)ミッキー、シャラップ」
   幹生、涼花に見つめられて、黙る。信太、クスッと笑う。
美里「静かに」
   子供達、静まり返って水面を覗く。
   池の水面に十六人の顔が映り込む。
涼花「いくよ」
   十六人、水面に身を乗り出す。信太、緊張で息を呑む。
涼花「私たちの、一番幸せな瞬間。せーの」
   一斉に、水面に映る自分にキス。くちづけで、水面が揺らぐ。
   静寂。水面の夜空に浮かんで輝く満月。
   顔を上げる一同。
祥子「見た? 見た?」
   一同、互いの顔を見合う。信太、興奮した表情。
涼花「私、見たよ」
   一同、涼花を見る。涼花、笑う。
涼花「みんなを見た。今日の夕方、そこの広場で、みんなで一緒に寝てた」
祥子「そう。私もそうなの、あの芝生」
   信太、不思議そうに二人を見る。
紀彦「偶然にしては出来過ぎ」
祥子「ホントだもん、疑うの? 紀彦」
幹生「俺も同じの見たぜ。この池、未来を見れんじゃねえの? 過去見ちまったよ」
信太「嘘こけ」
幹生「はあ? 本当ですー、ふざけんな見たってばマジ」
博次「俺が見たのは違かったけどなー」
   杏奈、嬉しそうに手を上げ、
杏奈「私見たーっ」
杏子「私見てない」
光一「涼花達と同じ景色見た人―」
   瞬と紗希、同時に手を上げ、驚いて顔を見合わせる。
   手を上げているのは、涼花、紗希、祥子、杏奈、幹生、瞬。
美里「不思議……どういう事?」
涼花「さあ。わかんないけど……わかんないけどっ」
   涼花、テンション上がって笑う。
涼花「今のウチら、メチャクチャ幸せってことなんじゃない?」
   月光に映える涼花。信太、魅せられている。
涼花「……でしょ?」
   一同、照れ臭くて間が出来る。
幹生「恥ずかしっ」
   幹生、池に手を突っ込んで、水しぶきを信太にかける。
信太「ふざけっ」
   水かけ大会が始まる。
   月光浴。水遊び。はしゃぐ子供達。

○現在・土手・バス停(早朝)
   信太、バス停に到着。
   江里子の姿は無く、空を見上げる。
      ×   ×   ×
   信太、まだ一人で突っ立っている。
   バスが来て停まる。
   信太、乗らずに運転手に手を振る。
   発進するバス。
   信太、不安げに、いつも江里子が歩いてくる方向を眺める。
      ×   ×   ×
   既に日は昇りきっている。
   信太、また一台バスを見送る。
   イヤホンで音楽を聴きながら、同じ方角を眺めている。
   イヤホンを外す。
   急に飛び込む救急車の大きなサイレン。
信太「!」
   目の前を救急車が走り過ぎ、いつも江里子の来る方角へ去っていく。
   信太、青ざめた表情で見送る。
   姿の見えないトラックの、走行音だけが近付いて来る。
   トラックが信号機の柱に衝突する音。
   後続車がクラッシュする音。
   壊れて鳴り続けるクラクションの音。
   通行人の激しい悲鳴。
   目に見えない事故現場の音が、何も起こっていない田園風景に響き渡る。
   信太、絶叫。
信太「うわあ―――っ」
   信太、救急車の後を追って走り出す。

○田園風景・道路
   信太、一本道を全力疾走。

○倉内家・表
   信太、力尽き、フラフラと走り来る。
   一軒の農家。表札『倉内』。
   表札を確認する信太、手を膝につく。
   ふらついた足取りで、門をくぐる。

○同・玄関表
   信太、家の中に向かって声を振り絞る。
信太「すいません、江里子さんいますかっ」
   返事は無く、再び叫ぶ。
信太「すいませーんっ」
   庭から農作業服姿の江里子が来て、信太を見てびっくり。
江里子「どーしたの?」
   信太、息を切らして江里子を見る。
信太「そっち、遅いし……今、救急車」
江里子「また木村のおばあちゃんね。すぐ救急車呼ぶ人だから……
 何? 私のこと心配して来たの?」
   信太、肯くと、安堵して、その場にしゃがみ込む。
江里子「そりゃどうも……説明いってない?
 うちの学校さ、家の農業とか手伝っていい日あるから」
   信太、まじまじと江里子の顔を見、
江里子「どうせ田舎ですよ。ねえ、どうせだしLINE交換しない?」
信太「俺は……」
江里子「(笑って)いやーマジか信太。心配して走って来てくれるとは」
信太「俺は昔、大切な友達を亡くした」
   江里子、キョトンとして信太を見る。
   信太、息を切らしたまま顔を上げる。

○回想・平河小学校・表の通り(朝)
   小学生達が登校する(博次、圭太郎、優成を除く)。
   公園にいた十三人、歩きながら昨夜の秘密を囁き合っている。
   信太、そっと、紗希や美里と話し込む涼花の傍へ近寄る。
   話しかけるタイミングを狙っている。
   横断歩道は赤。
   気付かない信太、立ち止まった麻奈海の背中にぶつかる。
信太「おっと。おはよう」
麻奈海「(振り返り)おはよー」
   麻奈海、小声になり、
麻奈海「昨夜、楽しかったね」
信太「……うん」
   麻奈海、また前を向く。
   幹生が信太の後ろから駆け寄り、麻奈海のスカートを捲り上げる。
   振り返る麻奈海、信太と目が合う。
   信太、慌てて手を横に振る。
   道路をトラックが走ってくる。
   祥子、麻奈海の背中を押す。
祥子「怒りなよっ」
   逃げ出す信太、追い駆ける麻奈海。
   笑って見ている幹生や涼花たち。
   信太と麻奈海、追いかけっこして、そのまま横断歩道から離れていく。
   トラックの走行音が近付いて来る。
   トラックが信号機の柱に衝突する音。
   後続車がクラッシュする音。
   信太と麻奈海、立ち止まり振り返る。
   壊れて鳴り続けるクラクションの音。
   通行人の激しい悲鳴。
   麻奈海、膝からがっくりと崩れる。
   信太、茫然と立ち竦む。

○現在・倉内家・玄関表
   江里子、信太の前にしゃがむ。汗だくの信太、話し続ける。
信太「あれから、世界が怖くって」
江里子「うん」
信太「信じられないような酷い事が、当たり前のように起こるんだ」
江里子「うん」
信太「……ずっと真っ暗だった」

○回想・じゃぶ池公園・じゃぶ池(夜)
   信太、水面に映る自分の顔に、キス。
   水面に映った光景にジッと目を凝らす。
信太の声「そこに映ったのは、朝のバス停。制服姿の男の子と女の子。
 空は燃えるような朝焼け。男の子は俺で」
涼花「私……見たよ」
   信太、顔を上げる。
信太の声「女の子はあの子だと想った」
   月光に照らされる涼花。

○現在・倉内家・玄関表
信太「なのにみんな消えた……俺の未来は無くなってしまった」
   信太、顔を上げ江里子を見る。
信太「けど違った。女の子は君だったんだ」
江里子「まあ一応、女の子ですが。それが何か?」
信太「好きだ」
   江里子、面喰らう。
   江里子、口を開くが、信太が遮って、
信太「俺と……友達になってください」
江里子「……もうなってるんじゃん?」
   江里子、信太と手を繋ぐ。
江里子「でしょ? そういうの立って言おうよ」
   信太の手を取って、立ち上がらせる。
江里子「もう一回」
   信太、江里子を抱き締める。江里子、驚き、
江里子「今だけね?」
   信太、そのまま強く抱きしめている。
   江里子、少し焦ってきて念を押す。
江里子「今だけよ? ねえ、信太?」
   信太、江里子を強く抱きしめている。

○現在・高校・美術室
   立て掛けられた信太のキャンバス。鉛筆で描かれたスケッチ。
   それはいつか、信太がじゃぶ池の水面に見た光景。
   バス停に立っている、制服姿の男の子と女の子。広がる朝焼け空。

○回想・土手・バス停(早朝)
   その絵にそっくりな、ファーストシーンの光景。
   バス停に立っている、信太と江里子。
   広がる朝焼け空。
   まるでここが水の底に沈んだ世界で、
   水面に生じた波紋のように、この光景がゆらゆらと揺らぐ。

○現在・谷部家(一軒家)・外観(朝)
   T『秋』

○同・少女の部屋(朝)
   カーテンで朝日を遮断した暗い部屋。
   太った少女(18)がベッドの上でお腹を抱え、
   うずくまっている。
少女「お腹痛い。お母さん、お腹痛い」
      ×   ×   ×
   少女、母・貴美子(45)に背中をさすってもらい、
   ベッドで横になってお腹を押さえている。
少女「痛い痛い痛い……」
貴美子「体力落ちてるのかもねー……お日様浴びないと」
少女「わかってるよ」
貴美子「よしよし。よしよし」
少女「……お母さん、言っていい?」
貴美子「なあーに?」
少女「通信の提出課題ね。本当は出してないの」
貴美子「……いつから?」
少女「最初から」
貴美子「最初からって、去年の四月から全部?」
   少女、うなずく。
   呆れた貴美子、力ない笑みを湛え、さすり続ける。

○逢坂高校を近くに臨む公園(昼休み)
   制服は冬服になり、景色は秋の暖色。
   江里子が弁当箱を開く。野菜多めの充実した内容。
江里子「うわあ、ヘルシー。ありがとう」
   江里子にそれを渡した信太、満足げ。
   少し陽に焼け、体格もどこか逞しくなって見える。
   信太も弁当を開け、二人で食事。
信太「東京で何かあったのかな」
江里子「え?」
   信太、ベンチで眠る晴樹を見る。
信太「夏休み」
   江里子、頬を膨らませる。
信太「何か言ってくれると思ったけど」
江里子「私は、信太といたから寂しくなかったよ?」
信太「はいはい、晴樹晴樹」
江里子「もおー、そんな好きじゃないって」
信太「晴樹ーっ」
   体を起こす晴樹、振り返る。
   やがて、こちらへ近づいて来る。
晴樹「あのさあ。お前ら、親友だよな?」
信太「はあ?」
江里子「なんて言って欲しい?」
   晴樹、舌打ちして引き返す。
信太「晴樹、夏休みなんかあった?」
   晴樹、立ち止まり、振り返る。
晴樹「お前らは?」

○回想・森の中
   T『夏』
   夏の陽射しと鮮やかな緑。
   小道を歩く信太、江里子、輝夫。
   やがて木立を抜け、草原に出る。

○回想・草原・隠れ家
   信太、江里子、輝夫、出てくる。
   草原の奥に朽ちた山小屋(隠れ家)。
   その屋根の上で、晴樹と賢人が古い屋根を剥がしている。
   剥がした廃材を投げ捨てる2人。
   信太たち、慌てて後ずさる。
江里子「危ないなー、アホっ」
晴樹「ここの修理、お前らに任すわっ」
信太「どっか行くのっ?」
晴樹「ちょっとなっ」
   江里子が見上げると、晴樹の顔は陽の影になって表情が伺えない。
      ×   ×   ×
   別の日。
   屋根上に信太、輝夫、賢人の姿。
   修復作業中、暑そうに空を見上げる。
   江里子、未果、沙羅が森を抜けて出てくる。
   手に昼食入りのバスケットを抱えている。
江里子「まーた空見てっ」
信太「晴樹何してんのかなーっ」
江里子「知らない、東京でしょっ」
   江里子、バスケットを開く。
   中に手作りのおにぎりやサンドイッチ。
   江里子、アルミホイルで包んだおにぎりを投げようと構える。
信太「えっ、ちょ、大丈夫?」
江里子「絶対取ってよっ?」
   江里子、思い切って投げる。
   信太、キャッチして、おにぎりを頬張る。
江里子「手作りだよ」
   信太、両手で丸を作る。
   そのまま森の小道を見て、固まる。
   森から、稗田ら不良四人組が材木を担いで歩いて来る。
信太「江里子下がれっ」
   江里子、振り返って警戒。
   稗田、不適な笑みを浮かべて、信太を見上げる。
   信太、敢えて横柄に立ち上がり、稗田を見下ろす。
信太「何か用ですか?」
   賢人、信太の肩を指で突く。
信太「何? 賢人君」
賢人「俺が頼んだの」
稗田「俺らも混ぜろって話っ」
   稗田、笑う。信太、安堵の溜め息。

○現在・草原・隠れ家・表
   紅葉の森を抜けて、信太と江里子が出てくる。
   改修済みの山小屋に到着。
   二人が扉に手をかけるよりも早く、中から開けて晴樹が顔を出す。
晴樹「入って」

○隠れ家・内部
   簡易なロッジハウス。
   晴樹に招かれた江里子、信太と入ってきて、思わず硬直。
   奥で柊知枝(ちえ)(18)が毛布にくるまり、丸まっている。
江里子「誰?」
晴樹「柊知枝さん」
   信太、江里子の後ろから覗き込む。
江里子(訝しげに)「初めまして。倉内江里子です」
   知枝、慌てて立ち上がり、お辞儀。
知枝「初めまして。知枝です」
   江里子、厳しい表情で軽く会釈。
信太「あ。初めまして」
   信太、少しニヤけて見とれる。
晴樹「東京で、この人とずっと一緒だったんだ。この夏」
   江里子、その一言を聞いた瞬間に引き返し、出て行こうとする。
信太「江里子」
晴樹「殺されかけてさ」
   信太、驚いて知枝を見る。
   江里子、一瞬立ち止まるが、すぐに扉を出て去って行く。

○回想・東京・ゴミ捨て場(朝)
   T『春 東京』
   晴樹、ゴミ捨て場の前を通り掛かり、ギョッとして立ち止まる。
   生ゴミの袋をベッド代わりのようにして、知枝が横たわっている。
   晴樹、慌ててネットをくぐり、知枝を抱え起こす。
晴樹「おい、何してんの? ダメだろうよ」
   知枝、目を開け、晴樹を見る。
知枝「……おなか空いた」
   周囲を見渡し、戸惑う晴樹。

○回想・線路沿いの道
   晴樹、遅れて後をついてくる知枝にチラチラ振り返りながら歩く。
   行き交う通行人、知枝の匂いを嗅いで顔を顰める。
   晴樹、引き返すと知枝の手を握り、引っ張るようにして歩く。

○回想・廣木のマンション・外観
   小ぶりなマンション。

○回想・廣木の部屋・表
   晴樹、鍵でドアを開け、知枝を招き入れる。
晴樹「どうぞ」

○回想・同・リビング
   ロフト付き。
   晴樹に続いて入ってくる知枝、ソファを見つけ、倒れ込む。
晴樹「ああっ、匂いが付くから」
      ×   ×   ×
   朝食が並ぶテーブル。
   風呂上がりでバスローブに身を包んだ知枝が着席。
   晴樹、エプロンを脱ぐと、着席。
晴樹「召し上がれ」
   知枝、朝食にがっつく。
      ×   ×   ×
   ソファで眠る知枝、目を覚ます。
   目の前に長髪で筋肉隆々の廣木敦(27)が屈んでいる。
   廣木、にっこり笑顔。
   知枝、慌てて立ち上がり、晴樹の姿を探す。
   笑って見ている晴樹を見つけ、その背中に隠れて廣木を見る。
   廣木、右肩から腕にかけ龍のタトゥー。
廣木「晴樹テメェ変な事してねえだろうな」
晴樹「してねーよ。なあ、暫くこの子と一緒に暮らしていい? 
 敦くんほとんど家帰って来ねーしさ」
   晴樹、知枝に、
晴樹「ああ、この人が家主。敦くん。見た目アレだけど、アパレルの仕事してんの」
   知枝、晴樹をジッと見て、
知枝「あなた、晴樹って言うの?」
晴樹「お、言ってなかったか。相川晴樹。あ。お前なんてーの?」
知枝「……知枝」

○回想・同・ウォークインクローゼット
   廣木、扉を開いて知枝に見せる。
   個性的な服が大量にしまわれている。
廣木「店頭からは引っ込めたけど、処分するには忍びなくてな」
     ×   ×   ×
   知枝、次々と服装を着替えては、晴樹に披露する。
   凝った服が多く、二人して苦笑い。

○回想・商店街(夕)
   コロッケを頬張って歩く晴樹と知枝。
知枝「ボクサー?」
晴樹「おお。元は地元の星。今の方がよっぽど成功してんだけどね。
 田舎のジジババにはボクサーの方がわかりいいって事」
知枝「じゃボクシング辞めたんだ、敦くん」
晴樹「そう。いきなり腕刺されてよー」
知枝「え、なんで? 誰に? どうして?」
晴樹「さあ。なんでかも、誰なのかも、どうしてかもわかんなかったって。いきなり」
知枝「……あのタトゥーって」
晴樹「うん。それを隠してんの。突然だよ? 後ろからグサリ。訳わかんねえだろ」
知枝「それでも、お洋服で成功したの凄くない?」
晴樹「なあ。全然甘えた素振り見せねえし。千明に見習わせてやりてえよ」
知枝「千明って? 彼女?」
晴樹「違う違う。最近できた友達」
知枝「友達いるんだ?」
晴樹「そりゃいるよ。当然じゃん」
知枝「……当然じゃないよ」
   晴樹、知枝を見る。
知枝「私の事は、訊かないの? 何か」
晴樹「……そっちが言うまで、訊かねえ」

○回想・廣木の部屋・リビング(夜)
   知枝はロフト、敦はベッド、晴樹は床に転がり眠っている。

○回想・マンション・屋上(夕)
   晴樹と知枝、都会の景色に沈む夕陽を眺め、風に吹かれている。
   廣木、少し離れて二人を見守り、美味そうに缶ビールを呷る。

○回想・花火大会(夜)
   T『夏』
   浴衣姿の晴樹と知枝、花火を見上げる。

○回想・走行中の電車・車内(夜)
   花火大会帰りの人混み。
   立ち乗りしている知枝と晴樹、
   耳元で囁き合い、くすぐったそうに笑う。
   知枝、ちらりと振り返る。
   緑のサングラスをかけ、チンピラ然とした風貌の竹中(54)が
   車両の反対側から知枝を見て、驚いている。
   焦る知枝、晴樹の服を引っ張る。
   振り向く晴樹、竹中と目が合う。
   電車が駅に着く。
   晴樹、しばし竹中を見たまま。
晴樹「降りますっ」
   晴樹、人混みをかき分け、知枝の手を引いてホームへ跳び降りる。

○回想・駅・ホーム(夜)
   晴樹と知枝、振り返る。
   閉まるドア。
   車内から、竹中が厳しい顔つきで知枝を見つめている。
   発進する電車。遠ざかる竹中。
晴樹の声「見つかった」

○現在・小川
   江里子、川に足を浸し立っている。
   その後ろ、両岸に立つ晴樹と信太。
晴樹「それから敦くんの知り合いの家転々としてたけど、いつまた見つかるか。
 ぶっちゃけビビってる」
信太「それ、誰に追われてるの?」
晴樹「まあ、ヤバい連中?」
信太「それって子供のヤバさ? 大人の?」
晴樹「たぶん、大人の」
信太「大人のかー」
晴樹「わかんねえ。緑のグラサンかけた野郎が仕切ってんのは間違いない」
   江里子、晴樹に振り向かない。
江里子「付き合ってるの? 二人」
晴樹「俺は、知枝を愛してる」
   信太、思わず吹いて笑う。
江里子「……高校最後の夏休み、何が起こるんだろうって。ずっと期待して待ってた」
   江里子、悔しげに、
江里子「何もないどころか、帰っても来ないで。帰らないって連絡もよこさないで」
   信太、何かに気付き、焦る。
信太「江里子」
江里子「バカみたいな話して。バカみたいな女連れてきてっ」
信太「江里子っ」
江里子「何よ」
   江里子、振り返る。信太が橋の上を指差す。
   知枝が三人を見下ろしている。
江里子「あ」
   江里子、スカートをつまんでカーテシー。
   知枝、走り去る。
晴樹「知枝っ」
   晴樹、慌てて追い駆ける。
江里子「フォロー、したよね?」
信太「してないよっ、いいから上がって。もう夏じゃないんだからさ」
   信太、手を差し出す。
   その手を掴む江里子、信太を川に引き込む。
   靴のまま川に落ちる信太。
信太「(呆れ)おーい」
   信太、接近して、江里子の涙に気付く。
信太「……だから言ったんだよ、早く告白しとけばって」
   江里子、地団駄で水しぶきを立てる。
江里子「言ってないっ」
信太「言いました」
江里子「言ってたって、そんな前から東京でそんな事なってたの、気付かなかったもんっ、
 どっちにしろ手遅れだったじゃんっ」
信太「知らないよ。江里子が意地で晴樹に振り向かなかったんだろ? バカな女」
江里子「そこが可愛いって言うクセに」
信太「言ってないよっ。てか、もう諦めなよ。ひと夏共に過ごしたんだよ? あの二人」
江里子「聞きたくない」
   江里子、信太の胸に拳をつきたてる。
江里子「私の知らない晴樹の世界なんか無くっていい……帰ってきたら、
 ちゃんとしようって思ってたのに」
信太「……帰って来たじゃん? 晴樹」
江里子「夏はもう終わってたでしょ」
信太「でも楽しかったじゃん? 俺らの夏」
江里子「……ごめん。私、晴樹が好き」
信太「……最高の夏だったじゃん」

○回想・廣木のマンション・裏(夜)
   晴樹と知枝、廣木の部屋のベランダからパイプを伝って降りて行く。
   走ってくる光一(17)、二人を指さして、振り返り大声。
光一「いたっ、男連れっ」
   晴樹、跳び下りる。知枝、続いて跳び下りる。
   晴樹、知枝を起こし、二人して逃走。
   光一の後方、竹中と仲間たちが走り来て、二人を追い駆ける。
   以下、東京/田舎をカットバックで、夏の夜の狂騒。

○回想・沿線(夜)
   逃走する晴樹と知枝。
   追いかける竹中、光一らチンピラ。
   
○回想・草原(夜)
   隠れ家の前でキャンプファイヤーする信太や江里子達。
   稗田ら不良の他、地元の子供達も大勢集まっている。
   信太と江里子、板切れを乱暴にたき火に投げ込み、やたらと笑っている。

○回想・公園(夜)
   トイレの裏。息を殺す晴樹と知枝。
   竹中や光一達、手にした角材を地面に打ち付けながら、周囲をうろつく。
   耳を塞ぐ知枝。抱き寄せる晴樹。
 
○回想・草原(夜)
   燃え尽きたキャンプファイアー。
   一同、疲れて寝転んでいる。
   信太、横になって隣りの江里子を見る。
   江里子、視線に気付き振り返る。
江里子「何よ?」
信太「(笑って)別に」
   江里子、小石を拾って信太に投げる。
江里子「きもっ、一人で完結してるよ」
信太「好きだっ、江里子」
   思いの他声がよく通り、場にいた子供たち全員が振り返る。
   江里子、苦い顔。
未果「何? 今、告白した?」
江里子「そんなの、とっくです」
沙羅「千明君、告白済みな訳?」
   一拍置いて、盛り上がる一同。
   信太、空を見上げて笑っている。
   笑い声の中、幹生の声が混ざる。
幹生の声「ふぁっきゅうっ」
   信太、ハッとして振り返る。
   ここでは今の仲間達が笑っていて、幹生達の姿は無い。
   カットバック終わり。

○現在・小川
   信太、胸に当たった江里子の手を掴む。
信太「ひと夏好きな人と過ごせなかったくらいなんだよ、俺なんかずっと独りで」
江里子「知らないよ、引きこもりの辛気くさい事情なんか」
信太「本当の独りがどんだけ辛いか……」
江里子「(かぶせて)訊いてません」
信太「(更にかぶせて)可愛いのは絶対江里子だけど、可哀想なのは絶対俺だっ」
江里子「(更にかぶせて)今、信太の話は関係無いのっ」
   ほぼ同時に叫んで、睨み合う。
信太「……じゃぶ池で未来を見た時、全部決まってたんだ」
江里子「は? 今度は何言い出す気?」
信太「俺の人生は、あの朝、江里子と出会えたバス停がピークで、
 残った時間は他人のために使うべきだって。そういう運命」
江里子「バカ。運命なんか無いよ。だってこの夏、最高の夏だったんでしょ? 
 幸せな瞬間、ちゃんと他にもあったじゃん」
信太「俺は、知枝さんと晴樹の力になる」
江里子「顔だろどうせ、知枝さんのっ。男、顔、バカっ」
信太「そんなんじゃないって。俺が好きなのは死ぬまで江里子ひとりだけだ。
 じゃ俺が毎日告白し続けてもいいの?」
   江里子、手を離し、引く。
江里子「それは嫌」

○谷部家・外観(夕)

○谷部家・玄関(夜)
   玄関で待っている貴美子。よそいきの少女、洗面所から出てくる。
   寝癖が残った髪型。
少女「ねえ、髪型変じゃない?」
貴美子「そんなの気にしないって誰も」
少女「私が気にするんですけど」
   少女、洗面所に戻る。
貴美子「映画遅れるよ?」

○走行中の車・車内(夜)
   貴美子が運転。少女は後部座席。
少女「あ。待って」
貴美子「え?」
少女「その道は走らないで」
   貴美子、言われるまま方向転換。

○シネコン・外観(夜)

○同・ロビー(夜)
   少女、巨大モニターの予告編を眺める。
   売店の店員・博次(18)、顔を上げて少女を見やる。
   少女は博次に気付かない。
   チケットカウンターから貴美子が戻り、少女にチケットを渡す。
   二人、シアターに向かい、男性従業員がチケットを切る。
   従業員、少女の髪型に目が留まる。
   少女、慌てて手で寝癖を押さえる。
従業員「再入場の際、こちらの半券をご提示ください」
   少女、劇場に向かって歩き出す。
   背後で従業員がプッと吹き笑い。
   少女、背中でその声を聴いて固まる。
貴美子「どした?」
   少女、首を横に振り、また歩き出す。
   少女の目に涙が溜まる――溶暗。

○土手・バス停(早朝)
   雨が降っている。傘を差した信太、バスを待つ。
   傘を差した江里子が歩いてくる。
   信太、振り返る。江里子、傘を上げ、あっかんべ。
   二人、並んでバスを待つ。
江里子「……信太ホントに信じてるの? 人生で一番幸せな日は過ぎちゃったって」
信太「もう江里子に逢えたからね」
江里子「またそれ。言っとくけど、私、信太には振り向かないから。妥協はイヤ」
信太「……もう、これ以上幸せにはなれないってわかってた方が生きやすいんだ、俺は」
   江里子、前方を見て目を細める。
   傘を差した人影が森を抜け、畦道を歩いてくる。晴樹だ。ひどく沈んだ表情。

○走行中のバス・車内
   窓に打ち付ける雨。
   信太と江里子が隣同士の座席に座り、その前で晴樹が一人座る。
江里子「ごめん。私のせいだ」
晴樹「違えよ。知枝はそういう奴なんだ。いきなり現れて、いきなり消えた。
 じゃあ、俺はどうすりゃ良かった?」
江里子「……放っておけば?」
晴樹「でもヤベえのに追われてんだよ。俺以外に誰が守ってやれると思う?」
江里子「何様? 『守ってやる』だって気持ち悪い」
信太「行き先にあては?」
   晴樹、スマホの画像フォルダを開き、後ろの二人に見せる。
   東京で逃走中に撮影した、追ってくる竹中や光一達。
   眺める江里子、信太。
晴樹「知枝に執着してるのがコイツ(竹中)」
江里子「うわ、これが追ってきたの? ヤクザじゃん警察行こうよ」
晴樹「いや、多分しょっぴかれるの知枝もだから」
江里子「何したのよ、あの人……」
   信太、画像の光一をジッと見つめ、突然狂ったように笑い始める。
江里子「信太?」
信太「ほらあ。ホラきた運命」
   信太、笑い崩れて天井を仰ぐ。
信太「もう訳わかんない。神様……」
   晴樹と江里子、顔を見合わせる。
   写真の中、光一の姿。
光一(11)の声「いや、違う」
   フラッシュ・インサートーー
   夕方のじゃぶ池公園広場。小学生の光一。
光一「一旦、家帰って、夜中にこっそり抜け出そうぜ。もう一度じゃぶ池に集合」
信太の声「町田光一」

○走行中の新幹線・俯瞰

○同・車内
   窓の外。雨を抜け、晴れ間に出る。
   信太、江里子、晴樹、制服のまま座っている。
江里子「いいのかなぁ」
晴樹「千明、大丈夫か?」
信太「え? 何が」
晴樹「だって、お前の地元って」
   信太、作り笑顔。

○住宅街(信太の地元)・俯瞰

○住宅街(信太の地元)・坂道
   水たまりに雲が浮かぶ。
   信太、晴樹、江里子が歩いてくる。
江里子「この時間、みんな学校じゃない?」
   信太、立ち止まって坂を見上げる。
信太「いや、ここによく、一人……」
   晴樹と江里子、つられて見上げる。
   坂の上。紀彦(17)がつっ立って、青空を見上げている。
   フラッシュ・インサートーー
   ピクニック広場で丘の上に立っている紀彦(11)。
信太(現在)の声「紀彦っ」
      ×   ×   ×
   信太、坂を駆け上り紀彦に抱きつく。
信太「俺っ、わかる?」
   紀彦、驚く風でもなくボンヤリと信太を眺め、笑う。
紀彦「信太くん」
信太「おー、会いたかったー、紀彦」
   晴樹と江里子、遅れて二人のところまで坂を上がってくる。
江里子「うっそ、いきなり会えたの?」
信太「紀彦、いきなりで悪いんだけどさ、町田って今何やってるか知ってる?」
紀彦「町田?」
信太「町田光一。あの……ほら、事故の時、はねられたのに一人だけ無傷だったやつ」
紀彦「事故? 事故って?」
   紀彦、突然信太の腿に蹴りを入れる。
信太「痛たっ」
   紀彦、蹴りを連発する。
信太「紀彦。悪かった。ごめんて」
晴樹「ちょ、ちょ」
   晴樹が慌てて間に入り、信太を引っ張って連れ戻す。
   紀彦、虚空を見つめ、憑かれたように蹴りの空振りを続ける。
晴樹「何だアイツ。やべえじゃん」
信太「紀彦、事故の時、血が口に溜まって、窒息で死にかけたんだ……友達の血」
晴樹「……なんだよ、それ」
   紀彦、苛立った様子で虚空を蹴り続ける。
信太「最後に会った時も、ああしてた」
江里子「……平気じゃない人って、やっぱいるんだ?」
信太「最初はみんな平気なフリしてた。でもどんどんおかしくなって……
 あの時、あの場所にいた奴もいなかった奴も、街中がずっと変だったし」
晴樹「で、その、もう一人のひきこもりって奴は?」
   信太、坂の上からぐるりと街を見渡す。
   記憶を手繰り寄せている。
信太「あそこ」
   信太、指さす。

○谷部家・廊下
   チャイムが鳴る。反応無し。
   しばらくして、再びチャイムが鳴る。
   太った少女が自室から出て、渋々といった体で玄関へ赴く。
   ドアの前で、深呼吸を一つ。口ごもりながら言葉を発する。
少女「はい。どちら様でしょうか」
信太の声「宅配便でーす」
少女「はい。少々お待ちください」

○同・洗面所
   少女、素早く鏡台で自分の見た目をチェック。
   乱暴に指を水に浸し、そのまま櫛代わりにして髪を梳く。

○同・玄関
   少女、判子を手に取り、靴をかかと履きしてドアを開ける。
少女「ご、ご苦労様です」
   ドアの向こうに立っている、信太。背後に晴樹と江里子。
信太「すいません、麻奈海さんはご在宅でしょうか?」
   少女、信太を見て、ハッと気付く。
   フラッシュ・インサートーー
   スカートを捲られた麻奈海(12)、信太(11)に振り返る。
祥子の声「怒りなよっ」
      ×   ×   ×
   太った少女・現在の麻奈海。臆してた表情、怒りの形相に変わる。
麻奈海「私だよっ」
   麻奈海、玄関を出て信太に詰め寄る。
   信太、驚いて後ずさる。
麻奈海「わかんないのっ? ねえスカート捲ったくせにっ? 千明っ」
   麻奈海、力いっぱい信太を突き飛ばす。
   信太、よろけてバランスを崩し、敷地の外にひっくり帰る。

○同・表の通り
   信太、道端に倒れて転がる。
   車のバンが走り来て、急ブレーキ。
   江里子の悲鳴。
   車のタイヤ、信太の顔を轢き潰すギリギリ手前で停まる。
   固まっている信太。
   江里子と晴樹、慌てて信太の体を引っ張り起こす。
江里子「なんもない?」
信太「大丈夫」
   江里子、思わず信太を抱きしめる。
江里子「うわあ、信太死んだかと思ったあ」
晴樹「今マジ心臓止まったわ。お前、実は運良いだろ」
   信太、前を見てハッとする。
   麻奈海がしゃがみ込み、頭を抱え震えている。
信太「麻奈海。ごめん……」
   バンから降りる男性ドライバー(30代)、焦って信太を見る。
ドライバー「死んだ? 死んでない?」
晴樹「なんで千明が謝んだよ」
   信太、麻奈海の前にしゃがみ込む。
   貴美子が玄関から顔を出し、その光景に驚き。
貴美子「なんなの? あなた達」
信太「ごめん、麻奈海。気づけなくて」
   麻奈海、涙を拭きながら、
麻奈海「馴れ馴れしい。久しぶりの癖に」
貴美子「麻奈海? その子たち……」
   麻奈海、顔を上げて信太を見る。
麻奈海「連れてって」
   信太、うなずく。
ドライバー「あの、大丈夫かな?」
   信太、麻奈海の手を引く。
貴美子「待ちなさい。麻奈海」
   貴美子、玄関から出てくる。
   晴樹、ドライバーの襟首を掴む。
晴樹「アンタ車出せっ」
ドライバー「あ、はいっ」
   ドライバー、慌てて運転席に戻る。
   晴樹が後部座席を開けて乗り込み、信太と麻奈海を中に入れる。
貴美子「待って」
   江里子、追ってきた貴美子の前に立ちはだかる。
晴樹「江里子っ」
   ドアを開けたまま、走り出すバン。
   江里子、走って追い着き、並走するバンの中に乗り込む。

○走行中のバン・車内
   乗り込んだ江里子、ドアを閉める。
   晴樹、前に出て、助手席に座る。
   麻奈海、不安げに振り返る。遠ざかる家と貴美子の姿。
信太「どこ行きたい?」
麻奈海「え?」
信太「どこでもいいよ」
麻奈海「……海」
晴樹「(ドライバーに)海だって」
ドライバー「いいの? これ何? 誘拐?」
麻奈海「あの道……通って」
   信太、麻奈海を見る。
     ×   ×   ×
   信太、バンが往く道を確認する。
麻奈海「逃げられる人はいいよ。けど私は、ずっとここにいるしかなくて」
信太(ドライバーに)「そこ右折して下さい」
   バン、小学校表の通りに出る。
   麻奈海と信太、手を握り合い、まっすぐ前を見る。
   バン、事故があった通りを走る。
   江里子、横断歩道前に視線を下ろし、道端に添えられた花束を見る。
江里子「通り過ぎたよ」
   信太、歩道側に視線をくれる。少し先にバス停が見える。
信太「バス停、出来たんだ?」

○海岸・砂浜
   信太、麻奈海、江里子、腰を下ろし、海を眺める。
   晴樹は少し離れて立っている。
麻奈海「町田も千明とおんなじ。学校来なくなって、どっかいなくなった」
江里子「町田くんて、どんな人だったの?」
信太「カッコ良かったよ。人気者で、仕切り屋で」
麻奈海「ね。町田君とか、涼花ちゃんとか、きっと未来はスターになるって思ってたな」
江里子「涼花ちゃんって……」
信太「俺が好きだった子」
   信太、寝転がって空を仰ぐ。
   江里子、真似して空を仰ぐ。
江里子「ほら。麻奈海ちゃんも」
   麻奈海、周囲の人目を気にする。
江里子「誰も見てないよ?」
   麻奈海、横になり体を大の字に開く。
   大きく広がる青空。麻奈海の泣き声。
麻奈海「ずっと、誰かに迎えに来て欲しかった」
   信太、麻奈海に振り向く。
麻奈海「あの朝の、続きが欲しい」

○回想・じゃぶ池公園・散歩道
   博次(12)が笑って出迎える。
博次「おおっ、ミッキー達来たっ」
   オーバーラップして、

○現在・シネコン・ロビー
   売店の博次、顔を上げる。
   信太達が立っている。
信太「ひぃちゃん」
博次(即座に)「おう、信太」
信太「え」
博次「信太だろ? なんだよ、久しぶり」
   信太、嬉しくて笑う。
   麻奈海、驚いて博次を見ている。
博次「麻奈海も。いつもご利用ありがとう」
麻奈海「ごめん。気付いてなかった……」
   博次、笑う。

○中学校・校庭
   博次、が体の良くなった圭太郎(15)と優成(15)を引き連れ、
   正門で待つ信太達の元へ歩く。
圭太郎「信太兄ちゃーん」
   フラッシュ・インサートーー
   じゃぶ池公園の広場、信太(11)の腹を
   枕代わりにして眠る、圭太郎(9)と優成(9)の寝顔。
      ×   ×   ×
   麻奈海が江里子と晴樹に説明。
麻奈海「三人は通学路違うから、あの朝はいなかったの」

○公園
   杏子(17)、ベンチに座り空を眺めている。足に包帯。傍らに松葉杖。
   フラッシュ・インサートーー
   じゃぶ池公園の広場、杏奈と共に丸くなって眠る杏子(11)。
      ×   ×   ×
   杏子、近づく信太と麻奈海に気付く。
麻奈海M「妹の杏奈ちゃん亡くして、健気に振舞って。
 最近また事故に遭っちゃって。それでもまだ笑ってるのが杏子ちゃん」
麻奈海「学校はいいのー?」
杏子「あんたらが……(言うなよ)」
   杏子、嬉しそうに笑う。

○病院・外観

○同・美里の病室
   ベッドで眠る美里(18)。
   呼吸器を装着し、管で点滴液に繋がれている。
麻奈海M「みんなを仕切ってくれてた美里ちゃん。
 一命は取留めたけど、もうずっと目が醒めない。起きたくないんだろうって」

○回想・じゃぶ池公園・じゃぶ池(夜)
   美里(12)、みんなを見回す。
美里「不思議……どういう事?」

○団地・外観

○同・龍介の家・龍介の部屋
   オタク趣味で彩られた部屋。
   龍介(17)、オンラインゲーム中。
   フラッシュ・インサートーー
   じゃぶ池公園の広場。龍介(11)、幹生に股間を踏まれて悶絶。
      ×   ×   ×
   龍介、振り返って驚く。
   博次ら男子達が部屋に入って来る。
龍介「なんだテメエら」
博次「おっす龍介」
圭太郎「すっげー昼間っからゲームしてる」
優成「これポスター集めて焚き火しようぜ」
   博次、龍介の目の前に顔を近づける。
博次「龍介さ、町田からクサ買ったって自慢してたろ」
   龍介、引き攣った笑み。
龍介「……いる?」
   最後に晴樹が入って来て、龍介の頭を鷲掴みにする。
晴樹「その町田って野郎はどこだ」
龍介「誰だよコイツ知らねーし」
信太「俺の友達」
龍介「(信太を見て)うえ? 千明?」
   晴樹、龍介をベッドに抑え付ける。
龍介「ちょ、なんだよコイツっ」
   晴樹、龍介の頬を何度もはたく。
晴樹「町田って野郎どこだよ」
   博次、晴樹の体を引き離す。
龍介「痛ってぇな、ふざけんなっ」
   晴樹に代わり、信太が前へ出る。
龍介「おい千明、説明しろよ」
信太「うん。で? 町田はどこなの?」
   龍介、五人に囲まれ、焦った表情。
龍介「それ訊いて、なんなん?」
   信太、確信に満ちた力強い眼差し。
信太「友達を取り戻す」

○デパート・外観

○同・雑貨コーナー
   杏子と麻奈海が物色し、江里子は距離を置いてついていく。
江里子「あのさ」
   二人、江里子に振り返る。
江里子「いきなり訳わかんないことに巻き込まれて、二人は怖くないの?」
   麻奈海、少し考える。
麻奈海「楽しいよ?」
杏子「嬉しい、かな。ねえちょっとアイス食べてかない?」
江里子「行くっ」
杏子「私、欲望に忠実になった気がする」
麻奈海「わかる」
   麻奈海、楽しそうに二人と歩く。

○高架下の道
   群れをなして歩く信太達十人。
   紀彦は空を見上げ、杏子は杖をつく。
   制服、私服、ジャージ姿(圭太郎と優成)の混合。
   風変わりなピクニック。

○商店街
   信太達、テナントビルを対角から見上げる。
龍介「多分、二階のあそこ」
   二階に『ハートウォール金融』。
   晴樹、横目で龍介を睨む。
龍介「直接確かめられる訳ねえだろ。町田が言ったんだよ、スジもんだって」
   龍介、人目を気にして口ごもる。
龍介「ただのチンピラだとしても、ことによっちゃタチの悪さは変わんねえからな」
信太「(晴樹に)どう思う?」
晴樹「ピンとこない」
麻奈海「そんなヤバい人たちが、組織ぐるみで女の子一人捜し回る……?」
晴樹「……ダメだ、なんもわかんねえ。信太が考えてくれ」
信太「考えなくていい。町田つかまえて全部吐かす。あの子を連れ戻す。警察に頼る。
 あとは天に任せる」
江里子「もっと考えた方がよくない?」
信太「そろそろ、俺らにも運が回っていいはずなんだ」
龍介「なるほど。じゃあ」
   龍介、逃げようとするが、博次が笑って肩を組む。
龍介「……俺、顔バレしてるじゃん」
杏子「買っといたよ」
   杏子、手にした紙袋から仮装用マスクを取り出し、龍介に被せる。
   博次、優成、圭太郎もマスクを装着。
信太「いいよ、ここにいてくれるだけで」
博次「念のため、念のため」
優成「燃えるー」
晴樹「行くぞ。千明」
   信太と晴樹、共にビルまで歩き出す。
江里子「晴樹。無茶しないでね?」
晴樹「おう」
   博次、圭太郎、優成が後に続く。

○ビル・表
   信太、階段に差しかかり、見上げる。
信太「晴樹はそこ」
晴樹「え? おお」
   晴樹、信太の指差す通り、看板裏に身を潜める。
   博次、消化器を取り外し優成に渡す。

○同・二階廊下
   信太と博次達、階段を上がって来る。
   圭太郎、二階の消化器を取り外して抱え、信太の指さす通り優成と待機。
   信太と博次、そのまま歩いて『ハートウォール金融』のドア前に立つ。
信太「ねえ、偽名。名前ちょうだい」
博次「えっと、じゃあ宮崎」
   信太、肯いて、深呼吸。ドアをノック。
信太「失礼します」
   ドアを開ける。

○同・ハートウォール金融・事務所
   ドアを開け、信太が顔を出す。
   ドア直近に座ってた見張りの若者は居眠り。
   デスクにいた強面の男達が振り返る。
   大股広げたインテリ風松下(46)、目の下に傷跡のスキンヘッド風間(34)。
   信太、ガチガチに緊張している。
信太「ご多忙の中、大変失礼いたします。宮崎と言う者です。
 こちらにおられる町田君に用があってまいりました」
   松下と風間、ジッと信太を見ている。
信太「……あの、町田くん。差し支えないようでしたらお呼びいただけませんでしょうか」
   松下と風間、黙って信太を睨み続ける。
   信太、目を逸らし、部屋を見渡す。部屋の奥に曇りガラスの仕切り。
信太「町田いるっ? 皆探してるからっ」
松下「おい」
信太「あ、はい」
松下「町田なんていねえけど?」
信太「あ、はい。すいませんでした」
   信太、ペコリと頭を下げる。
風間「お前、ここがどこかわかって……」
   信太、焦ってドアを閉める。

○同・表
   晴樹、看板裏にしゃがんで待機中。
   その背後の路地裏から、派手な服装に身を包んだ知枝が歩いてくる。
   知枝、驚いて立ち止まる。
   気付かない晴樹の隣りにしゃがみ、
知枝「探しに来てくれたの?」
   晴樹、驚いて振り返る。
知枝「もう、いいのに」
   信太と博次、階段を早足で降りて来て知枝に気づき、立ち止まる。
信太「運!」
   江里子が近寄ってくる。
江里子「知枝さん」
知枝「あなたまで」
江里子「農家の仕事、興味ある?」
知枝(苦笑し)「私はもう、大丈夫だから」
   知枝の後から、竹中と光一が出てくる。
   晴樹、立ち上がり睨み付ける。
晴樹「そう言えってか」
竹中「なんだ、テメエら。また知枝をどこへさらうつもりだ」
晴樹「さらったのはそっちだろうがよ」
博次「町田」
   光一、立ち止まって博次を見る。マスクの奥を凝視し、
光一「ひぃちゃん?」
   光一、信太を見て、ハッとする。
   晴樹、知枝の手を取り、立たせる。
晴樹「俺はあきらめねーぞ」
竹中「何やってんだガキ、殺すぞ。テメエに知枝の面倒がみれんのか」
信太「黙れロリコンッ」
竹中「あ?」
   竹中、信太に振り向く。
   信太、竹中の緑のサングラスをはたき飛ばす。
   江里子、催涙スプレーを竹中の目に噴きかける。
   竹中、呻いて怯む。
   晴樹、知枝の手を引いて走り出す。
   圭太郎と優成が消火器を噴射しながら階段を駆け降りて来る。
圭太郎・優成「うわあーっ」
   マスクをした麻奈海、杏子、龍介も駆けつけ、爆竹を地面に叩き付ける。
   消化剤の白煙が辺りに充満。博次、光一の手を引いて連れ出す
信太「逃げろーっ」
   一斉に逃げ出す子供達。
   竹中、咳き込んで、煙から脱する。
   真っ赤に充血した目を開くと、信太がただ一人残って、対峙している。
   信太の手には剥き身のナイフ。
竹中「それ貸せ。お前の目玉くり抜く。決めた殺すわ」
信太「……もう、死んでる」
竹中「どこの誰だテメエらはっ」
   信太、額に唾をかけられ、見上げる。
   事務所の窓から顔を出した松下と風間、笑って信太と竹中を見下ろしている。
松下「竹中、嬢一人に飛んだ騒ぎだな」
竹中「俺がケリつけますんで」
風間「当たり前だろうがよオッサン」
松下「おいガキ、あの女テメエから取り入って来たんだからな、命賭ける価値ねえぞ?」
   信太、松下に向けて中指を立てる。
   松下、笑っている。信太の後ろに誰かの姿を認め、
松下「いや。やっぱお前ら四人でケリつけろ、な?」
   松下、顔を引っ込める。
信太・竹中「?」
   信太と竹中、思わず顔を見合わせ、振り返る。
   煙が晴れると、背後に警官が二人。
警官A「何してる? お前、竹中か」
竹中「俺は何もっ」
   警官たち、信太のナイフに気がつき、後ずさって警戒。
警官B「なんだ? ……君は」
信太「違う……違うんです」
警官「その手を下ろせっ」
   三すくみ状態。
   警官A、一歩踏み出す。
   次の瞬間、信太、ナイフを投げ捨て、全力で白煙の中へ逃走。

○街角点描・逃走する子供たち
   投げ捨てられるマスク。
   バラバラに逃走する子供たち。
   知枝、晴樹の手を振りほどく。
晴樹「!」
   別方向へ逃げる。

○街角・バス停
   江里子、ベンチに座り息を整える。街を見渡し、頬を膨らませる。
   知枝が隣りに来て、腰を下ろす。しばらく息を整えている。
   江里子、振り向いて気づく。目を逸らし、また街を眺める。
江里子「今、なるほどって感じしたよ」
知枝「え?」
江里子「知らない街で、私だけ蚊帳の外で。お金もなくって。これが『独り』かって」
   知枝、巻いた大麻とライターを取り出す。
知枝「……そんなの『独り』に入りません」
江里子「ねえ、何も訊かないから。行くあて無いなら、うちにおいでよ」
   知枝、大麻を一服。
江里子「煙草吸うの?」
知枝「煙草? 吸わない」
江里子「……?」
   江里子、気づくと、慌てて大麻をはたき落とす。
江里子「何やって。バカッ」
知枝「何すんのー? 勿体ない」
   江里子、呆れて溜め息。
江里子「今日は勉強になったよ。しんどそうな子、沢山いるんだなって」
知枝「……そうよ? 私たちみたいなのはね。幸せって、いきなり来られても困るの」
江里子「……私、晴樹が知枝さんと出会うまで、すっごく幸せだったけど、平気だったよ? 
 幸せ。自分がそうだって気付くのが遅かっただけで」
   江里子、知枝の手を握る。
江里子「今まで幸せだった人より、これから幸せになる人の方が、
 うんと噛みしめていけると思う。だから逃げないで」
知枝「鬱陶しいな。いいから」
江里子「晴樹は大切にしてくれる」
知枝「江里子ちゃん」
   知枝、にらみ付ける。
   江里子、手を離す。
江里子「嫌なら、別にいいけど……あんなオッサンより、晴樹の方がいいじゃん」
   知枝、江里子の手を握り返す。
江里子「……え?」
知枝「あなたが、いつまでも私を見捨てない友達になってくれるって言うなら、
 戻ってやってもいいけど?」
江里子「……」
   江里子、ややあって、笑う。
江里子「私、モテモテ」
      ×   ×   ×
   江里子と知枝、話し込んでいる。
   晴樹が歩いてくる。知枝、立ち上がり、晴樹に駆け寄る。
晴樹「知枝」
   晴樹、知枝を抱きしめる。江里子、二人の姿を眺める。
   二人の後ろから、バスが走り来る。

○病院・美里の病室
   眠る美里を囲んでいる麻奈海、杏子、紀彦、博次、圭太郎、優成、龍介。
   光一は壁に凭れてふて腐れ。
   消化剤塗れの白い信太が入室する。博次、信太の背中をポンと叩く。
博次「みんな集めやがって」
   信太、笑う。
   麻奈海、一同の顔を見回して、美里の痩せ細った手首を掴む。
光一「どうしたいんだよ、お前ら」
麻奈海「美里ちゃんの意識を回復させる」
光一「無理だよ。さんざ説明受けたろ」
麻奈海「でも出来る気がする、私達なら」
光一「出来るって何を」
   麻奈海、美里のお腹を優しくさする。
麻奈海「ね、美里ちゃん。寒くない? お腹痛くない? 
 言いたい事あったら、なんでも言ってね?」
   博次、美里の肩に手を置く。
   優成、圭太郎、杏子も美里に触れる。
杏子「美里ちゃん。聴こえる?」
   龍介、ぎこちなく人差し指だけ美里の腕に触れる。
   杏子、紀彦の手を引いて、美里の手を握らせる。
   紀彦、美里の手をそっと両手で包む。
   信太、そんな紀彦を見てホッとする。
光一「くだらねえ」
   光一、病室を出て行く。
龍介「町田」
信太「大丈夫だよ、龍介」
   信太、光一に振り返らず、美里の手に触れる。
信太「いなかったことにはなんないから」
龍介「(その達観を不気味がり)テメエ、誰だよ」

○信太の地元・走行中のバス・車内(夕)
   停留所に杏子と紀彦が降りて、車内に残った信太、麻奈海と手を振り合う。
   バス、発進。
麻奈海「遠いんでしょ。うち泊まってく?」
信太「俺、朝までにあっちのバス停に帰んないと」
麻奈海「ふーん?」
      ×   ×   ×
   そのまま揺られている二人
アナウンス「次は 平河小学校前――」
   麻奈海、降車ボタンを押す。
   事故現場のすぐ脇のバス停で、バスが停まる。
信太「平気か?」
麻奈海「(笑って)全然。心臓すっごく痛い」
   麻奈海、心臓を抑えながら、バスを降りる。
麻奈海「超ツラーい」
   信太、発進するバスの車内から、麻奈海に振り返る。
   手を振る麻奈海の姿、事故現場と共に遠ざかっていく。

○田園風景・土手(夜)
   知枝、晴樹、江里子の順で歩く。
   疲れ切った足取り。
   江里子、晴樹にそっと手を伸ばす。そのまま引っ込める。
   分かれ道に差し掛かり、知枝と晴樹が江里子に振り返る。
江里子「じゃあね。知枝ちゃん、また明日」
   知枝、肯くと、晴樹を置いて先を歩く。
晴樹「俺、愛を試されてるのかな」
江里子「……晴樹はなんにもわかってないよね」
   晴樹、頭をかいて、知枝の後を追う。
   江里子、二人の背中を見送る。
   だだっ広い田園風景に、一人きり。
   晴樹と知枝の後ろ姿、やがて見えなくなる。
   江里子の表情、闇にかき消える。

○倉内家・外観(夜)

○同・江里子の部屋(夜)
   江里子、枕に顔をツッコミ、手足をバタつかせている。
   枕に吸収されるよう、叫び声を漏らす。

○倉内家・玄関(早朝)
   制服姿の江里子、しゃがんだまま動かない。
   廊下を母親が通り過ぎる。
江里子の母「江里子何してんの。バス来ちゃうでしょ」
江里子「へいへい」
   江里子、力なく立ち上がる。

○土手(早朝)
   制服姿の江里子が歩いていく。力ない足取り。
   前方にバス停が見える。信太が空を見上げている。
   江里子、ホッと息を吐いて、いつものように歩み寄る。

○土手・バス停(早朝)
   振り向く信太。やって来る江里子。
江里子「しーんた、おはよう」
信太「おはよー、江里子」
   挨拶をかわすと、それぞれに空を見上げる。
   いつか見た光景の再現のよう。
   江里子、信太の胸にそっと凭れる。泣き出す。
   信太、その頭をポンポンと撫でる。
   江里子の泣き声が辺りに響き渡る。
   バスが停まり、ドアが開く。
   信太、手で乗らない合図をして、バスを見送る。
   江里子、泣き続ける。
      ×   ×   ×
   すっかり陽は昇り、空は青。
   涙の引いた江里子、信太から離れる。
   信太にハンカチを借り、涙を拭く。
   次のバスが停まり、ドアが開く。
   江里子、信太の呼びかけに肯くと、二人してバスに乗り込む。
   バス、発進。
   いつか見た光景と同じフレームから、離れて消える。

○走行中のバス・車内
   隣りに座った信太と江里子、
   ブルートゥースを片耳ずつ嵌めて、音楽を聴いている。
   (例:宇多田ヒカル『虹色バス』)
   空いた席に、幼き日のままの子供達の姿。
   涼花と杏奈、幹生と祥子、紗希と瞬が
   それぞれお喋りしながら、窓の外を眺めている。
   信太と江里子、気づかずに囁き合って笑う。
   運転席の、大きな窓の向こう。
   バスは青空に向かって進み続ける。

                             終わり.

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