<登場人物>
甲斐野 楸(28)会社員、甲賀流忍者
甲斐野 君子(28)甲斐野の妻、伊賀流忍者
霜田少年(8)甲斐野家の下の階の住人
霜田夫人(40)少年の母
甲斐野 椿(32)甲斐野の長兄
<本編>
○電車(夜)
満員電車に揺られる甲斐野楸(28)。スーツ姿。混雑ぶりにウンザリしている。
○マンション・外観(夜)
甲斐野の声「ただいま」
○同・甲斐野家・甲斐野の部屋(夜)
机の前に座る甲斐野。ネクタイを緩める。
甲斐野「今日も疲れた……」
壁に矢が刺さる音。甲斐野が振り返ると、矢文が刺さっている。
甲斐野「!?」
文を手に取る甲斐野。どこの国の言葉とも違う言語が記されている。
甲斐野「(理解し)そうか……」
机の引き出しからライターを取り出し、文を燃やす甲斐野。
甲斐野「伊賀流と、雌雄を決する時が来たか」
引き出しの中、手裏剣がある。
○メインタイトル『甲斐野の一族』
○マンション・外観(夜)
甲斐野の声「え、お義父さんが?」
○同・甲斐野家・リビング(夜)
食卓を囲む甲斐野と甲斐野君子(28)。
君子「うん。また腰やっちゃったみたいで。今週末、一度様子見に帰ろうかな、って」
甲斐野「それは行ってあげた方がいいな。いや、ごめんね。本当は俺も行けた方がいいのかもしれないけど……」
君子「ううん、楸(ひさぎ)が来るような話じゃないよ。あ、もちろん、その分のご飯とかは作っておくから」
甲斐野「あぁ、大丈夫。今週末なら、俺も出張になりそうだから」
君子「そうなんだ。偶然だね」
甲斐野「本当、偶然だね」
君子の背後の壁に貼られたカレンダーに目をやる甲斐野。
甲斐野「ん……?」
君子「あ、いけない。昨日の残りの煮物、電子レンジに入れたままだった」
席を立つ君子。その隙に席を立ち、カレンダーの前に立つ甲斐野。
甲斐野「カレンダー、ここだったっけ?」
カレンダーをめくる甲斐野。壁には矢が刺さったような穴。
甲斐野「!?」
穴の来た道を目で追う甲斐野。窓がわずかに開いている。
甲斐野「……」
ゴミ箱を覗き込む甲斐野。燃えカスが捨ててある。
甲斐野「……」
○同・同・キッチン(夜)
柱の影から覗き込むようにやってくる甲斐野。電子レンジの前に君子の姿はない。
甲斐野「まさか……」
その場を立ち去る甲斐野。
○同・同・リビング(夜)
戻ってくる甲斐野。そこに飛んでくる手裏剣。隠し持っていたクナイでそれを弾く甲斐野。
顔を上げると、甲斐野の手裏剣を手に持った君子が立っている。
君子「楸。何でこんなもの、引き出しに隠し持ってるのかな?」
甲斐野「……」
君子「この家紋、甲賀流……だよね?」
甲斐野「お前、伊賀流だったのか?」
君子「週末の出張って、ウソだよね?」
甲斐野「ウソはお互い様だろ?」
君子「実家に帰るのは、事実だもん」
甲斐野「確かに」
しばしの沈黙。
甲斐野「で、どうする?」
君子「今の内に甲賀流の戦力を少しでも削れるなら、伊賀流のためになる」
甲斐野「逆もまた、然り」
互いに駆け出し、クナイで斬り合う甲斐野と君子。
○同・霜田家・リビング(夜)
甲斐野家と同じ間取りの部屋。
食卓を囲む霜田少年(8)と霜田夫人(40)。
少年「(天井を見上げ)何か、音した」
夫人「え?」
天井を見上げる夫人。無音。
夫人「気のせいじゃない?」
少年「え~? おかしいな~……」
○同・外(夜)
窓から見える、食卓を囲む霜田家の様子と、その上の階で足音を立てずにクナイで斬り合う甲斐野と君子。
○同・甲斐野家・リビング(夜)
互いにクナイで斬り合う甲斐野と君子。しかし、未だ互いに無傷。
甲斐野「俺が甲賀流と知ってて結婚したのか?」
君子「まさか。楸は?」
甲斐野「知ってたら、結婚しなかったかもな」
互いに一度距離を置く甲斐野と君子。
甲斐野「いい動きだ。まるで結婚してからも、鍛錬を続けていたかのような」
君子「続けていたからね」
甲斐野「いつ?」
君子「今思えば、楸が鍛錬をしていた時間だったのかもね」
甲斐野「(ふっと笑い)合点がいく」
再び君子に斬りかかる甲斐野。応戦する君子。しかしそれは甲斐野の分身。
君子「分身の術!?」
甲斐野の声「そうだ」
背後から君子に斬りかかる甲斐野。
甲斐野「俺の勝ちだ」
甲斐野のクナイが貫いたのは、衣服のみ。
甲斐野「空蝉の術!?」
君子の声「そういう事」
顔を上げる甲斐野。そこに立つ、忍び装束姿の君子。
甲斐野「いよいよ本気、という訳か」
服を脱ぎ、一瞬で忍び装束姿に変わる甲斐野。
甲斐野「いざ」
再び互いに斬りかかる甲斐野と君子。
○同・同・キッチン(夜)
斬り合いながらやってくる甲斐野と君子。
甲斐野「このままじゃ、きりがない」
一度距離をとる甲斐野。数本のクナイを君子に向け投げるも、全て外れる。
君子「残念だったね」
丸腰となった甲斐野に斬りかかろうとする君子。しかし体が動かない。
君子「!? ……まさか」
君子の影に刺さっているクナイ。
甲斐野「影縫いの術。俺の特技さ」
君子の持っているクナイを奪い、逆に君子に付きつける甲斐野。覚悟をしたように目を閉じる君子。
甲斐野「……」
君子のキスをする甲斐野。
君子「!?」
甲斐野「こんなの、時代錯誤だと思わないか?」
君子「それは……」
甲斐野「俺はガキの頃からそう思ってた。忍者の訓練させられて、嫌気がさしてた。だから家を出て、東京に来た。普通の人間になりたいと思って、普通の会社に入って、普通の家庭を持って」
君子「ごめんね。普通の奥さんじゃなくて」
甲斐野「いや、普通の家庭だったよ。今朝までは……俺は、憎いよ」
君子「伊賀流が?」
甲斐野「あんな文を寄越した俺の家族が、だ」
クナイを放り投げる甲斐野。
甲斐野「俺は、親兄弟なら斬れるが、愛した女は斬れない。それが普通の女だろうがくノ一だろうが関係ないんだ」
君子「楸……本当、甘ちゃんね」
影縫いの術が解け、動き出す君子。包丁を手に持ち、甲斐野に付きつける。
君子「楸には関係なくても、私は伊賀流の家に生まれたの。悪く思わないでね」
甲斐野に向け包丁を振り下ろす君子。甲斐野の眼前で止まる包丁。
君子「何、で……」
君子の目から零れる涙。
甲斐野「君子」
君子「楸」
抱き合う甲斐野と君子。
甲斐野の声「戦には参加しよう」
○同・リビング(夜)
並んでソファーに座る甲斐野と君子。
甲斐野「俺が、伊賀に付く。それでいいだろう?」
君子「私はいいけど……」
甲斐野「言っただろ? 俺は、親兄弟なら……」
椿の声「弟達よ、よく来てくれた」
○甲斐野の実家・外観
「甲斐野」の表札。
甲斐野の声「我が甲斐野家は、来る伊賀流との戦に向け、命をかけねばならん」
○同・居間
甲斐野椿(32)の前に跪く甲斐野。両隣には甲斐野の次兄、弟もいる。
椿「だが……この中に、裏切り者が居る」
驚く甲斐野の次兄と弟。甲斐野の額から流れる汗。
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