待ってて 恋愛

女王様と呼ばれるほどの美貌と立ち居振る舞いの時子。 チビで童顔だけどカッコイイ勇者に憧れる中学一年生の護。 バス停で偶然出会い彼女に一目ぼれした護は積極的にアタックする。 その勢いに時子は押されっぱなしで…。
叶野 遥 13 0 0 11/09
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第一稿

登場人物
 今井時子(26)OL 
 神崎護(14)中学1年生
 安土美奈子(35)時子の上司
 佐々木有紗(23)時子の後輩
 松井竜生(32)時子の先輩
 神崎香織 ...続きを読む
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登場人物
 今井時子(26)OL 
 神崎護(14)中学1年生
 安土美奈子(35)時子の上司
 佐々木有紗(23)時子の後輩
 松井竜生(32)時子の先輩
 神崎香織(40)護の母
 神崎武(17)護の兄
 福野愛理(5)迷子
 女子(14)中学生
 通勤客



〇新井商事・全景
   桜が満開に咲き誇っている。社屋エントランスには立派な看板があり
   「新井商事」と刻まれている。

〇同・会議室
   幹部男性が並ぶ前で堂々とプレゼンしている、麗しき『女王』今井時子(25)。
   立ち姿、話しぶり全てが堂に入って凛々しい。
   幹部たちは聞き入っている。
   資料のスライドを担当している佐々木有紗(23)、うっとりと時子のプレゼ
   ン姿を見つめている。
時子「――以上で説明を終わらせていただきます」
   時子、礼。
   幹部たちから拍手が起こる。
   有紗も拍手を送っている。
   顔を上げた時子、満足気な笑顔。

〇同・企画部オフィス
   扉に「企画部」の札。
   時子、有紗を連れて入ってくる。
時子「戻りました」
   奥のデスクに座る上司・安土美奈子(35)の元へ進む。
美奈子「どうだった」
時子「バッチリです。無事お偉方の了承を得ました」
   背後で話を聞いていた社員から感嘆の声が上がる。
美奈子「さすが。まぁ、今井に任せておけば大丈夫だと思っていたけど」
時子「当然です、美奈子さん」
美奈子「頼もしいね」
   美奈子、立ち上がり社員全員に声をかける。
美奈子「さぁ、忙しくなるぞ皆!」
社員たち「(口々に)オー!」
   持ち場に戻っていく社員たち。その表情は誰もが生き生きしている。
   時子、美奈子に会釈するとデスクへ戻っていく。
   有紗、その姿をうっとりと目で追っている。
有紗「…ステキ!」

〇同・食堂
   壁の時計は14時過ぎを指している。
   あまり利用者がいない食堂で時子と有紗が隣り合い昼食を取っている。
有紗「さっきのプレゼン、ステキでした」
時子「ありがとう」
   時子、淡々とビーフシチューを口に運ぶ。
   その姿を見つめている有紗。
   視線に気づいた時子、訝しげに有紗を見る。
時子「何?何かついてる?」
有紗「あ、いいえ!ただ…時子さんって本当に素敵な方だなって思って」
時子「あら、おだてても何も出ないわよ」
有紗「そんなんじゃないです!本心から思ってるんですから」
   両手を組み、うっとりと語る有紗。
有紗「スラっと背が高くて凛々しいお姿、堂々とした振舞…まさに王者の風格!」
   満面の笑みで時子を見る有紗。
有紗「女王様って感じで、すっごぉくときめいちゃいました!」
時子「……はは、よく言われる…」
   時子、苦笑を返す。

〇都内のデザイナーズマンション・全景(夜)

〇同・時子の部屋(夜)
   片手に宅配便を持った時子が帰ってくる。
   ハイヒールを脱ぎ捨て、バッグをベッドに放り投げ、ソファに座ると待
   ちきれないかのように宅配便の梱包を破って開ける。
   中から出てきたのは可愛らしい女の子が表紙の少女漫画雑誌。
   時子、うっとりと表紙を見つめ、頬ずり。
    ×    ×     ×
   テーブルの上には紅茶のカップと食べかけの大きなシュークリーム。
   時子の手が伸びてきてシュークリームを掴み、大きな口でかぶりつく。
   口の周りをクリームでべたべたにしながら、夢中で雑誌を読んでいる。
   漫画はちょうどクライマックス、ヒーローがヒロインに跪き、手の甲に
   キスをして告白している。
   時子から感嘆のため息が漏れる。
時子「ステキ…ロマンチック…」

〇神崎邸・全景(夜)

〇同・リビング(夜)
   神崎護(13)が鏡の前、真新しい学ランを着て立っている。袖も裾も長く、
   いかにも「着られている」印象。身長も母・香織(40)と大差ない155cm。
   後ろで見ている香織は満足そうに頷いている。
香織「おお、似合う似合う。やっぱり学生は学ランだねぇ」
   香織、袖を曲げて長さを調節しながら、
香織「最初は大きいかもしれないけど我慢するんだよ」
   そこへサッカーボールをぶら下げたブレザー姿の兄・武(17)が帰宅する。
武「ただいま」
香織「あ、おかえりお兄ちゃん。見てよ護の制服!今日やっと届いたんだ」
武「だっせぇ。お前カンペキ制服に着られてんじゃん」
香織「すぐに大きくなるからいいんだよ。
 そういうあんただって中学入った時はこんなだっただろ」
武「俺はここまでチビじゃなかった」
護「なんだとっ」
   護、武に飛びかかる。
武「お、やるかチビ!」
   武にあっさり投げ飛ばされる護。
   尚も飛びかかっていく護。
   応戦する武、サッカーボールを投げつける。
   ヘディングで返す護。
   香織、呆れて
香織「あぁもう、こんな狭いとこでなにやってんだ!護!制服破れたらどうするん
 だ!脱いでからやれ脱いでから」

〇同・護の部屋(夜)
   サッカー選手のポスターやサインボール、ゲームのポスターがごちゃご
   ちゃと飾られている部屋。
   パーカーとジーンズに着替えた護が入ってくる。
   ブツブツと武の悪口を口にしながらテレビへ近づいていき棚の中からス
   ーパーファミコンを取り出す。
   チープな音楽が流れる中、夢中でゲームをプレイする護。
   画面はエンディング、勇者がお姫様を救出したところ。
   お姫様の台詞「ありがとうございました、ゆうしゃさま。きっときてく
   れるとしんじていました」
   うっとりと画面を見ている護。
護「かっけぇ…やっぱいいなぁ、勇者」

〇都内のデザイナーズマンション(朝)

〇同・時子の部屋(朝)
   レースカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。
   パジャマ姿の時子、テレビで朝の情報番組を見ながら歯磨きをしている。
   占いが始まる。
時子「おっ」
   時子の星座・おうし座は一位。
   「今日は新たな出会いがあるかも?いつもよりおしゃれをしてみよう」
時子「いいじゃん」
   満足そうな時子。
   クローゼットを開ける。グレーや寒色系のパンツスーツが並ぶ中、唯一
   の薄いピンクのスーツを手に取る。
   自身に当ててみて鏡を見る。
   努めて可愛く笑ってみるも、どうもひきつってしまい、溜息。
時子「駄目だわ…」
   時子、ピンクのスーツをベッドに置いてクローゼットからブルーのパン
   ツスーツを取る。
   再度自身に当ててみて鏡を見る。
時子「やっぱりこっちの方が似合っちゃうのね」
   恨めしそうにピンクスーツを見る時子。
時子「このまま持ち腐れちゃうのかしら」

〇同・時子の部屋前(朝)
   玄関ドアが開いてブルーのスーツ姿の時子が出てくる。
   髪をハーフアップにまとめて花が付いたバレッタで留めている。
   鍵をかけると軽い足取りで出勤していく時子。

〇神崎邸・玄関(朝)
   私服の護、スニーカーを履き終えると立ち上がって振り返る。
護「一緒に行かないってどういうことだよ」
   護の前にはエプロンをつけた香織。
香織「当然だろう。中学生になるって言うのに、親がいないと下見もできないのか
 い。知らない場所じゃないだろ」
護「場所はわかるけどバスで行くのは初めてだろ。間違えたらどうすんだよ」
香織「それも社会勉強さ。交通費は多めに渡しただろ、どうにもならなくなったら
 タクシーでもなんでも使って帰ってきな」
護「ネグレクトだ」
香織「生意気な単語ばっかり覚えて。獅子はわが子を谷底から突き落とすもんさ。
 あんたも父ちゃんの息子ならがんばっといで」
   香織、追い出すように手をヒラヒラ。
   護、不満そうにしながら玄関を出ていく。
護「…いってきます」
香織「車には気を付けるんだよ」
   扉が閉まる。
   香織、笑顔で手を振っている。

〇バス停「藪中」
   「藪中」と書かれたバス停の案内板を先頭に、通勤通学客が三列の列を
   なして待っている。
   到着した護、どこに並べばいいかわからず三列の間をウロウロ。
   時子がやってくる。
   一つの列の最後尾付近で護がオロオロしている。
   護がいる列に近づく時子。
   護の様子に眉を顰める。
   腰に手を当て、護に声をかける。
時子「ねぇ君、並んでるの?」
   護、話しかけられて大げさに肩をすくめ振り向く。
   時子の顔を見てやや怯えた様子。
護「え、あ、あの…その…」
時子「そこ、私並びたいんだけど。君はどうなの」
護「えっと…その…」
   護、オロオロ。終いに俯いてしまう。
時子「…その様子。ここ来るの初めて?」
   護、うつむいたまま答える。
護「…はい」
   時子、フゥと息を吐く。
時子「仕方ないわね」
護「すみません…」
時子「で?結局君はどこへ行きたいのかな」
護「と…東部学園です…」
時子「それなら一番奥の列ね。制服の子いっぱいいるのわかる?…ほら、顔上げる!」
   強い口調の時子にびくっとなりつつも顔を上げる護。
   時子、東部学園行のバスを待つ列を指差す。
時子「ほら、あっち。ちなみにここは潮鳴神社行ね。わかった?」
   護、指差す先を確認する。
護「はい」
時子「ここのバス停、小さいくせにいくつもの路線が重なってるから、朝はすごく
 混むのよ。これから通う予定なら気をつけなさいね」
護「はい、ありがとうございました!」
   護、深々とお辞儀をすると東部学園行の列へ向かう。
   列に並んでから時子を振り返ると、背筋を伸ばした姿勢で前を向いて
   列を待つ時子が見える。
   しばし見とれる護。
   潮鳴神社行のバスが到着し、客が乗り込んでいく。
   ずっとそれを見ている護。
   時子が乗り込み、奥に入っていって見えなくなる。
   発車するバス。まだ見ている護。
   東部学園行の列が動き、護の後ろに待っている客が護を急かす。
   我に返り、慌ててバスへ向かう護。

〇新井商事・全景(朝)

〇同・企画部オフィス(朝)
   時子が入ってくる。
時子「おはようございます」
   すでに来ていた社員たちが口々に挨拶を返す。
   自席に着いた時子の元へ松井竜生(32)が近づいてくる。
松井「おはよう、今井くん」
   松井に気付いた時子、背筋を正し彼の方を向く。
時子「お、おはようございます!」
松井「安土さんから聞いたよ~あの企画通しちゃったんだって?」
時子「はい」
松井「やっぱり君をこの部署に推薦してもらった俺の目は間違ってなかったなぁ。君
が来てくれて本当に良かった」
時子「お褒めに預かり光栄です」
松井「これからも期待しちゃってもいいかな?」
時子「はい、お任せください!」
   松井、満足げにうなずく。
松井「素晴らしい返事。君のそういうところ、俺は好きだよ」
時子「えっ」
   ドギマギする時子。
   松井、不意に辺りを見回し、時子に耳打ちする。
松井「それで、お祝いに一緒にランチでもどうかな?奢るよ」
   時子、赤面。
時子「いいんですか」
松井「任せといて。いい店知ってるんだ。それじゃ、後でね」
   松井、爽やかな笑顔で去っていく。
   後姿を見送る時子。
   少女漫画を見ていた時のようなうっとりした表情。
   隣の席の社員が出社してくる。
社員「おはようございまーす」
   時子、慌てていつもの表情を作る。
時子「おはよう…さぁ、仕事仕事!」
   席に座り、キビキビと仕事を始める時子。
   隣の社員、不思議そうに見ている。

〇同・エントランス(昼)
   壁の時計が正午を指している。   

〇同・女子トイレ(夕)
   手洗いスペースで鏡を見つめている時子。
   髪を整え、ポーチからリップを二本取り出す。
   悩んだ挙句、より赤い方を手に取り唇に塗る。
   何度も色んな角度から自分の顔を確認する。
時子「変なトコ…無いよね」
   うん、と満足げにうなずく時子。
時子「やっぱり占い一位は伊達じゃないわねー。企画部のイケメンエースから食事
 に誘ってもらえるなんて超チャンスじゃない?」
   鏡から離れ、大げさに回転する。
時子「とうとう私も、妙なレッテルから離れて一人の女性になれるのねっ」
   鼻歌付きで回転する時子。
   ちょうどそこへ女性社員が入ってくる。
   時子、慌てて何事もなかったように
   取り繕って出ていく。

〇同・エントランス(昼)
   ロビーのソファに座り携帯を見ている松井。
   時子、駆け足でやってくる。
時子「お疲れ様です、お待たせしました」
   松井、時子に気付き笑顔を見せて立ち上がる。
松井「お疲れ。そんなに待ってないよ、大丈夫」
時子「よかった」
松井「それじゃ、行こうか。俺のオススメランチへ」
時子「はい」
   松井、演技がかった様子で跪き、時子へ手を差し出す。
松井「お手をどうぞ、女王様」
   時子、苦笑を返しつつその手を取る。
時子「…どうも」
   松井、時子と手をつないだまま笑顔で歩き出す。時子、その後ろで少し
   暗い顔でついていく。 

〇食堂・全景
   古ぼけた食品サンプルが店頭に飾ってある。  
〇同・店内
   客の笑い声や注文を受ける店員の声など賑やかな店内。
   松井と時子の席に店員が注文を聞きに来ている。
松井「日替わり定食、二つ」
店員「日替わりお二つですね」
   店員が去っていく。
松井「ごめんなぁ、まさか休みだなんて知らなくてさ。結局食堂で」
時子「臨時休業ですから仕方ないですよ。それに私、こういう店好きですから」
松井「そうなのか?意外だな。今井くんはもっとオシャレな店とか行ってそうだ」
時子「そりゃそういうお店も好きですけど。こういうお店っていいじゃないですか、
 ホッとして」
松井「まあな。夜なんかはどうなんだ?飲みに行く店もやっぱりバーとか選ぶ方
 か?お前ワイングラス似合うしな」
時子「そうですか?」
松井「赤ワイン飲んでそうだ」
時子「どんなイメージですかそれ…」
松井「いやいや、褒めてんだよ。今井くんみたいなスタイリッシュ美人はカッコよ
 くワイングラス傾けてそうだなって」
時子「…私、ワインは得意じゃないんですけどね」
松井「へぇ?じゃあ普段は何飲んでるんだ」
時子「そうですね、ビールと…後はカシスオレンジとか」
   松井、吹き出す。
松井「カシオレ?お前が!?」
   松井、爆笑する。
松井「それってこう…フワッとした可愛い女子が飲むもんじゃないか。ウチの部署 
 だったら、そうだな佐々木くん辺りじゃないと似合わないって!お前がカシオレ
 とか…!」
   時子、悲しそうな目。
時子「いいじゃないですか私がカシオレ飲んだって」
松井「だってお前、自分の顔鏡で見たことあるか?カシオレって柄じゃないって!
 もっとイメージに合ったオシャレなモン飲んでくれよ…それともアレか?ギャッ
 プ萌えとか狙ってる?確かにめっちゃギャップあるけどさぁ」
   松井、まだ面白がって笑っている。
   時子、乱暴に机を叩いて立ち上がる。
   俯いていて表情は見えない。
   松井、驚いて時子を見ている。
松井「…今井くん?」
   深く息を吸う時子。
時子「…ガッカリしました」
松井「…え?」
   蔑むような眼で見下ろす時子。
   松井、迫力に怯む。
時子「今日はこれで失礼します」
   時子、財布から一万円札を出して机に叩きつける。
時子「お疲れさまでした!」
   振り返らず席を後にする時子。
   取り残された松井、呆気に取られている。

〇同・店の前
   店から出て真っすぐ歩き出す時子。

〇会社への道中
時子「むかつくぅっ!」
   ハンドバッグを思い切り振って電信柱に叩きつける。
   近くを通った男性、驚いて時子の後姿を目で追う。

〇公園
   こどもたちが遊具で遊んでいる。
   母親らしい女性たちが井戸端会議している。
   時子、遊具から離れた位置にあるベンチに座ってコンビニコーヒーを飲んでいる。
   フゥ、と一息ついて腕時計を見る。
   時間は12時半を過ぎたところ。
時子「…戻りたくないなぁ」
   ベンチの背もたれに体を預けて空を仰ぐ時子。
   しばらく経って勢いよく起き上がる。
時子「…戻ろ」
   時子、空のカップをゴミ箱に投げ入れて歩き出す。
   どこからかこどもの泣く声が聞こえてきて、周囲を見回す。
   公園の入口近くで福野愛理(5)が泣いている。
   時子、そっと近づいて膝を折り愛理に目線を合わせる。
時子「どうしたの?何かお困りですか?」
   愛理、顔を上げて時子を見、また泣き出す。
時子「怖くないのよ、泣かないで。お家の人はどこにいるのかな?」
   時子、努めて優しい声で話しかける。
   愛理、小さく首を振る。
愛理「わかんない…わかんなくなっちゃったの」
時子「誰かと一緒に公園に来たの?」
愛理「あつこちゃんと来たんだけど、あつこちゃんご用事ができて帰っちゃった。
 あいり、一人で帰れないの」
時子「そっか…困ったね…」
   時子、腕時計を見る。12時45分。
時子「ねぇ、自分のお名前と住所言えるかな?」
愛理「…ふくの、あいり」
時子「住所は言える?」
   愛理、首からかけていたポーチを探り中から名前と住所が書かれた迷子札を見せる。
   時子、笑顔を作って愛理に手を差し出す。
時子「よし。それじゃ、お姉さんと一緒にお巡りさんの所行こうか。お名前と住所
 わかればきっとお家まで帰れるようにしてくれるよ」
   愛理、笑顔を見せてうなずくと時子の手を取る。
時子「行こうか」
愛理「うん!」
   時子と愛理、手を繋いで歩き出す。

〇新井商事・全景
有紗の声「はい、新井商事企画部…あぁ、時子さん」

〇同・企画部オフィス
   自席で脱力した姿勢で座っていた松井、有紗の声に反応して顔を上げる。
有紗「はい、はい…わかりました。お気をつけて」
   電話を切る有紗にそっと近づく松井。
   急に近づかれて驚く有紗。
松井「今の、今井くん?」
有紗「わ、びっくりした!そうですけど何か?」
松井「まだ帰ってこないの」
有紗「一件仕事済ましてくるって言ってましたよ」
松井「…俺のこと何か言ってなかった?」
有紗「は?」
松井「いや、なんでもない」
有紗「松井先輩、まさか時子さんに何かやらかしたんじゃないでしょうね!」
松井「いや、大したことは」
有紗「駄目ですよ!時子さんは我が部の女王様なんですから!大事に扱ってくださ
 い!下手なことしたら、女子社員全員敵に回すことになりますからね」
松井「おーこわ…わかってるよ」
有紗「時子さんには、時子さんにふさわしいステキな殿方じゃないと許さないんで
 すから。松井先輩程度じゃ、まだまだ」
松井「俺これでも企画部エースだしイケメンて言われることもあるんだけど」
   有紗、松井を一瞥し肩をすくめて首を横に振る。
松井「…小姑こえー」

〇交番傍・電話ボックス
   護が覚束ない手でテレカを飲み込ませ電話番号をダイヤルする。
   呼び出し音が鳴り、電話が取られる。
香織の声「はい、神崎」
護「あ、母ちゃん?俺だよ、護」
香織の声「あぁ。どう?無事に着けた?」
護「なんとかね…ちょっとバス手こずったけど」
香織の声「一回行けたんだからもう大丈夫だよ。今から帰ってくるの」
   話しながらふと遠くに視線を送る護。
   こちらに向かって歩いてくる、時子と愛理の姿。優しく愛理に話しかけ
   ながら歩いている時子。
   思わず見とれる護。
香織の声「護?」
護「あ、うん。さっき昼飯も食べたからこれからバス停行くよ」
   電話ボックスの前を通り過ぎ交番へ入っていく二人。   
香織の声「そう。気を付けて帰っておいで」
護「うん、わかった。じゃあ」
   受話器を置いた護、テレカをポケットに押し込み電話ボックスから出ると交番をそっと覗
   き込む。

〇交番内
   警察官(33)が机に向かい、書類を記入している。
   その向かいの椅子に座っている愛理、傍に立っている時子。
   警察官が受話器を取り愛理の自宅へ電話をかけ事情を説明している。
   不安そうに室内を見回している愛理の頭を撫でてやる時子。
時子「大丈夫。今、お巡りさんがお家の人に連絡してくれるからね、すぐにお迎え
 に来てくれるよ」
愛理「ママ怒ってるかなぁ」
時子「大丈夫だよ、きっと。でも、愛理ちゃんが迷子になっちゃって心配してると
 思うから、心配かけてごめんなさいって言おうね」
愛理「うん」
時子「きっと、愛理ちゃんが無事だってわかって喜んでると思うよ」
愛理「うん!時子お姉ちゃん、ありがとう」
時子「どういたしまして」
   笑いあう時子と愛理。

〇交番前
   その様子を覗いていた護、そっとその場を後にする。
   ニヤニヤが抑えられない護。
護「時子さんていうのかぁ…」

〇護の回想
   バス停で護に並ぶ列を教えてくれる時子。
   颯爽とバスに乗り込む時子。
   愛理と手を繋いで微笑んでいる時子。
   時子の笑顔がゲームのお姫様とオーバーラップしていく。

〇交番前
   護、にやけながら歩いている。
護「よぉっし明日から学校頑張るぞーっ」
   護、自分を鼓舞するように叫び声をあげながら走っていく。

〇都内のデザイナーズマンション(夜)

〇同・時子の部屋(夜)
   ソファに深く沈み込んで漫画を開いている、部屋着の時子。
   背の高いヒーローがヒロインに壁ドンしているシーン。
   ヒロインをお姫様だっこするシーン。
   時子、ページをめくりながら呟く。
時子「現実は甘くないよねぇ…」
   ヒーローの満面の笑顔。
時子「私の王子様はどこにいるのかしら」
   漫画雑誌を顔に被せ、深いため息をつく時子。
   不意に起き上がる。
時子「誰が女王様よ、カシオレ飲んだっていいでしょ私の勝手だっつーの!あぁ思
 い出したらムカついてきた!一発殴っとけばよかったわ!」
   悪態をつきながらキッチンへ向かい、冷蔵庫から缶ビールを取り出し一気
   に呷る。

〇バス停「藪中」(朝)
   「藪中」と書かれたバス停の案内板を先頭に、通勤通学客が三列の列を
   なして待っている。
   大きめの制服に身を包んだ護、東部学園行の列から離れた所で壁に背を
   預けて待っている。
   「東部学園行」と書かれたバスが入ってきて、護と同じ制服の生徒が乗
   り込んでいく。
   最後尾の女子が乗り込もうとして護を振り返る。
女子「君、乗らないの」
   護、バスがやって来た方向をチラリと見ると、女子に向かって手を振る。
護「あ、お先にどうぞ」
   女子、少し肩をすくめてからバスに乗り込む。
   バスが発車する。
   護、左右の道をキョロキョロと見ている。
   二度ほど繰り返した所で一方向を見た途端に満面の笑みを浮かべる。
   遠くから時子が歩いてくる。
護「おはようございまーす!」
   護、大声で叫びながら時子に駆け寄る。
   驚く時子。護の顔をジッと見て、
時子「…あぁ、昨日の…。おはよう」
護「お鞄、お持ちしますね!重いでしょ」
時子「え、ちょっと!」
   護、時子から通勤鞄を奪うとバス停に向かって駆けて行く。
   時子が乗る路線の列に並ぶと振り返り手を振る。
   護の後ろに、他の通勤客が並ぶ。
   時子が走ってくる。
護「ここどうぞ!」
   護、列を退いて手招き。
時子「あ、ありがとう…」
   時子、周囲に会釈しながら列に入る。
   護、ニコニコと時子を見ている。
時子「えっと、君…」
護「護です、神崎護!気軽に護と呼んでください」
時子「護くん、鞄…ありがとう。返して?」
   時子が手を伸ばす。
   護、笑顔のまま鞄を抱きしめる。
護「いいえ!こんな重いもの、貴方に持たせられません。バスが来るまで僕がお持
 ちします!」
   列に並ぶ通勤客たちが少し笑っている。
   時子、周囲を見回して顔を赤くし、強引に鞄を引っ張る。
時子「持ってもらわなくて結構です!これでも鍛えてるんだから」
護「そうですかぁ…」
   肩を落とす護。そのままなかなか動かない。
   東部学園行のバスが入ってくる。
   生徒たちが並んでいる列の傍に停車する。
時子「君のバス、来たよ」
護「時子さんのバス、来ませんね」
時子「ちょっと遅れてるんでしょうね。ほら、行きなさい」
護「いえ、時子さんを見送ってから行きます」
時子「何言ってるの、初日から遅刻する気?一年生でしょ!」
護「平気です。時子さんとの時間の方が大事ですから!」
時子「ば…バカなこと言わないの!バス行っちゃうよ、早く行きなさい!」
   強い口調の時子。護は動じない。
護「…じゃあ明日もお話ししてくれます?」
時子「するする、ほら早く」
護「約束ですよ!」
   護、東部学園行のバスへ駆けていく。
   乗り口から大きく手を振る護。
   時子、周囲の視線を気にしつつ振り返す。
   護が乗り込み、バスが出る。
   時子、深いため息。
通勤客「姉ちゃん、おつかれ」
   後ろの通勤客に会釈してうつむく時子。ふと、気付く。
時子「あの子…なんで私の名前知ってるの?」

〇新井商事・企画部オフィス
   時子、席に着くなり机に突っ伏す。
時子「あー、朝からドッと疲れた」
   美奈子がやってきて時子の肩を軽く叩く。
美奈子「おはよう、今井」
時子「あ、おはようございます美奈子さん」
美奈子「朝からだらけてるぞ、今井らしくないなぁ。寝不足?」
時子「いえ、ちょっと朝から色々ありまして…。スイッチ入れまーす」
   時子、体を起こすと伸びをする。
   PCを開いて始業準備を始める。
美奈子「色々って?仕事人間の今井をここまで疲れさせるなんて大事件なんじゃな
 いの」
時子「嫌だな、仕事人間だなんて。ちょっと変わった男の子に懐かれちゃっただけ
 ですよ」
美奈子「えーなにそれ、詳しく聞きたい」
   美奈子、楽しそうに時子の隣の席の椅子を引き腰掛ける。
   時子、苦笑。
時子「初めて会ったのは昨日なんですけど」
有紗「おっはよーございまぁす」
   有紗が出社してくる。
   周囲に明るく挨拶しながら入ってきて、時子がいると気付くと笑顔で駆
   け寄ってくる。
有紗「時子さん、美奈子さん、お…」
   有紗が挨拶しようとするが時子と美奈子は会話に夢中で気付いていない。
美奈子「へぇ、何それ可愛いじゃない」
時子「他人事だからそう言えるんですよ。すっごく恥ずかしかったんですから」
美奈子「いいわね若いって、恋に一直線って感じ。私はとっくに忘れた感情だわ」
有紗「え、なんですか何の話ですか?時子さん、誰かに告白されたんですか!?」
   有紗、鼻息荒く割り込んでくる。
時子「あ、おはよう」
美奈子「こら佐々木、最初は挨拶から」
有紗「そんなことより!時子さん、告白されたんですか?」
時子「いや告白というか…」
美奈子「そうなのよー若いツバメにね」
時子「ツバメって」
有紗「ど、どういうことですか!どこのツバメですか時子さん!」
   時子に掴みかかる勢いで詰める有紗。
   時子、圧倒される。
時子「たまたま朝のバスが一緒の男の子にすごく懐かれたってだけの話よ」
有紗「いくつ」
時子「中一」
有紗「はぁ?そんなガキンチョが時子さんに言い寄ったってんですか!」
   眉を吊り上げる有紗。
美奈子「え、何。佐々木怖い」
有紗「ありえないでしょ!時子さんはこんなに美しくて凛々しくて神々しい女性な
 んですよ?そんじょそこらの男が触れていい女性じゃないんです!松井先輩です
 ら合格ラインにはほど遠いってのに、つい最近までランドセル背負ってたような
 はなたれ小僧が近づくなんて…身の程を知れって感じです!」
   有紗、時子の両手を握る。
有紗「そんなガキンチョ、相手にしないでくださいね!」
   時子、圧倒されて何も言えない。
有紗「いいですか、彼氏を作る時はぜひ私に会わせてくださいね。その男が本当に
 時子さんに釣り合う男か『私が』判別しますから」
時子「はぁ?」
美奈子「佐々木、あんた今井のなんなのさ」
有紗「時子様の下僕兼ファンですっ」
   目を輝かせて高らかに宣言する有紗。
   時子、美奈子、呆れ顔。

〇バス停「藪中」(朝)
   傘を差した通勤通学客が並んでいる。
   護、列から離れた所で傘を差して時子を待っている。
   遠くに時子を見つけて駆け出す。
護「おはようございます!」
   時子、鞄を後ろ手に隠して、
時子「おはよう」
護「お鞄…」
時子「持ってくれなくていいから!」
   足早に潮鳴神社行の列へと歩いていく時子。
   護、ついていく。
護「傘差して鞄持つの大変でしょう。僕が」
時子「いらないってば。有難迷惑よ」
   護、悲しそうに時子を見上げる。
護「迷惑ですか」
   時子、護の表情にやや戸惑う。  
時子「…一昨日初めて会ったばかりなのになんでそんなに好いてくれてるのかわか
 らないわ」
護「だって、時子さんステキな人だから」
時子「…気持ちは有難いけどこういうのは困るの。昨日だってすごく恥ずかしかっ
 たし」
   護、うつむく。
護「僕…時子さんに喜んでほしくて」
時子「悪いけど喜べなかったわ」
   時子、護の頭をポンポンと叩く。
時子「舞い上がって好意を押し付けるのは良くないことよ、ぼうや」
   護、カッと目を開く。
   乱暴に時子の手を振り払うとそのまま東部学園行の列へと走っていく。
   時子、小さく息を吐くと列に戻る。
   護はうつむいたまま。

〇新井商事・企画部オフィス
   PCに向かって仕事に打ち込んでいる時子。
   ふと顔を上げ窓の外に目をやる。
   雨が降っていて薄暗い。
   ボンヤリと見ている時子。
時子「言い方、きつかったかなぁ…」
美奈子「何が?」
   時子、驚いて振り返る。
   書類の束を持った美奈子が立っている。
時子「な、なんでもないです」
   時子、慌てて仕事に戻る。
   美奈子、書類の束を机に置く。
美奈子「パフォーマンスが落ちてるぞ今井」
   美奈子、時子を覗き込む。
美奈子「悩みごと?昨日のぼうや?」
時子「……」
美奈子「その顔。当たりか」
   時子、PCから目を離さない。
美奈子「昨日佐々木が言ってたこととか、周りの意見なんて気にするなよ。いいじ
 ゃん、若い子に懐かれたって。見た目釣り合ってなくたって」
時子「………」
美奈子「…あんまり背伸びして、無理するなよ」
   美奈子、時子の頭をポンポンと叩いて離れていく。
   時子、美奈子を見送る。

〇バス停「藪中」(朝)
   青空の下、通勤通学客が並んでいる。
   時子が歩いてくる。
   いつもの列について辺りを見回す。
   東部学園行の列にも、列から離れた集団の中にも護の姿はない。
   潮鳴神社行のバスがやってきて、時子は周囲を気にしながら乗り込む。

〇バスの中
   吊革に掴まり目の前の窓を見る時子。
時子(M)「明日は会えるかな」
   窓の奥の景色が動き出す。
   緑豊かな公園やビル群が流れていく。
   ぼんやりと眺める時子が窓に映っている。

〇バス停「藪中」(朝)
   バス停の看板に蝉が留まって鳴いている。
   夏服の学生たちがバスへ乗り込んでいく。護はいない。
   夏服の時子、そちらをきにしながら
   も自分のバスに乗り込む。

〇新井商事・食堂
   昼食を取る社員で賑わっている。
   時子・有紗・美奈子が揃って昼食を取っている。
   デザートのアイスを頬張りながら有紗が時子を見る。
有紗「そういえば、あれどうなったんですか?」
時子「あれ?何かあったっけ」
有紗「やだなぁ、ガキンチョですよ。時子さんに告白したっていう、身の程知らず
 のガキンチョ!もう随分経ちますけど、どうなったんです?」
   時子、あいまいな笑顔。
時子「あれから来ないのよね。バス停変えたのかも」
   美奈子、何か言いたそうに時子を見ている。
有紗「なにそれ。自分から告白しといて、返事も聞かずに逃げちゃったんですか?
 これだからガキンチョは!」
美奈子「あんたは今井が少年とどうかならなくて良かったんじゃないの」
有紗「まぁそれはそうなんですけど。時子さんをほったらかすってトコは駄目です
 ねぇ。潔くズバッとフラれてくれなきゃ」
美奈子「…なんかあんたがよくわかんなくなってくるわ…ふんわり系かと思ってた
 のに」
有紗「やーだぁ美奈子さん!それは男の前でだけですよぅ」
   有紗と美奈子が雑談している中、時子はアイスを手にしたままぼんやり
   している。

〇バス停「藪中」(朝)
   雪が降る中、バスに乗り込んでいく学生たち。護はいない。
   コートを着込んだ時子、列から離れて学生たちの列を見ている。

〇同(朝)
   青空の下、風に吹かれて桜が舞っている。学生たちが並んでいる。中に
   は真新しい制服を着ている学生も。
   時子、列から離れてスマホをいじっている。
   東部学園行のバスが出ていったのを見て、大きく息を吐く。
時子「…ばっかみたい」
   スマホを仕舞う。

〇バス停「薮下」(朝)
   藪中よりこじんまりした案内板があるだけのバス停。「薮下」と書かれ
   ている。
   傘を差した通勤通学客がチラホラ。
   そこへ傘を差した時子がやってくる。
   時刻表を見ようと案内板に近づき顔を上げた途端、傘が後ろにいた人に
   ぶつかってしまう。
時子「あ、すみませ…」
   振り返る時子。声が止まる。
護「あ」
   驚いた顔で時子を見下ろしている護。
   茫然と互いに見つめあう時子と護。
時子「…護くん、よね…?」
   真っ赤な顔でうなずく護。
護「と、時子さん、なんでこっちに?あ、鞄持ちます…って、それは迷惑でしたよ
 ね、えっと…」
   時子、護の頭に触れる。高くて背伸びしてやっと。
   護、固まる。
護「と…時子さん…?」
   時子、護の頭を撫でる。
時子「背、すごい伸びたね。今中二だっけ」
護「は、はい成長期で…」
   どぎまぎしている護。
   ジッと見つめている時子。
   ふと時子の目から涙が零れる。
   ギョッとする護。
時子「あ、ごめん…ちょっと…」
   慌てて涙を拭うがまだ零れる。
   オロオロする護。ハンカチとティッュを両手に持ち、どちらを出そうか
   パニック。
   東部学園行のバスがやって来る。
   護、慌てて時子の手を引きその場を離れる。

〇新井商事・全景
有紗の声「はい、新井商事企画部」

〇同・企画部オフィス
   電話を受けている有紗。
有紗「時子さん、どうしたんですか?」
   オフィスに入ってくる美奈子。
有紗「え、今日休み?聞いてないですよ」
   有紗の電話に気付いて駆け寄り、電話を取り上げる美奈子。
美奈子「もしもし今井?何かあったの?…なんだ、そういうこと。わかったよ。じ
 ゃあ、今日は有給ってことにしとくね」
   美奈子、電話を切る。
有紗「えーなんで切っちゃうんですか!時子さん、今日来ないんですか」
美奈子「そういうこと!はいはい、佐々木は私と仕事しようね仕事」
   美奈子、不満を言う有紗を促してオフィスを出ていく。

〇ファストフード店・全景

〇同・店内
   護、コーヒーとSサイズコーラを載せたトレイをテーブルに置く。
   時子の向いの席に座る。
護「すみません…俺のお小遣いじゃコレが精いっぱいで」
   時子が鞄から財布を取り出す。
時子「別にいいのに、私が払うよ」
護「駄目です!こういうのは男が払うもんですから」
時子「そ、そう?…ありがと」
   財布を仕舞う時子。
   護、緊張した様子でコーラを啜る。
   時子もコーヒーを一口。
時子「…あの時はごめんね。ずっと謝りたかったんだ」
   護、顔を上げて時子を見る。
   時子、うつむいてコーヒーの水面を見つめている。
時子「明日会ったら謝ろうって思ってたのに、次の日から来ないんだもん、こりゃ
 嫌われたなって思っちゃった」
護「そんなこと全然思ってないです!」
   大声の護。周囲の人が振り返る。
   小さくなる護。咳払い一つして、
護「俺、確かにガキだったから。だからあの時、もうぼうやって言われないような
 大きな男になってから、もう一度貴方に会いに行くんだって決めたんだ」
時子「…それで急に来なくなっちゃったの」
護「はい!あーでもそうだよなぁ、言わなかったら俺が急に避けたみたいに見えた
 よなぁ…時子さんを護れるような男になろうって思ってたのに、逆じゃん俺」
   ガクリと肩を落とす護。
時子「(笑って)でもまぁその焦らしテクのおかげで護くんのことずっと気になっ
 ちゃってたし?結果オーライだったわね」
護「ホントに?」
時子「(うなずいて)私の王子様がこんなぼうやだったなんてね」
   時子、護の頭を撫でる。
   護、不満そうに唇を尖らせる。
護「…ぼうやじゃないです」
時子「そうね、ごめん」
   時子、笑ってコーヒーを啜る。
   護も真似てコーラを啜る。 
時子「これ飲んだら学校に行こうね」
護「えっ!?今日は休みます!」
時子「何言ってんの、君は中学生、義務教 育の意味わかってんの?ちゃんとついて
 いってあげるから」
護「えー…」
   護、不満そうにテーブルに突っ伏す。
護「せっかく両想いって感じになってデートできると思ったのに」
時子「拗ねないの」
   時子、護の額を軽く弾く。
   護、恨めしそうに時子を見上げる。

〇東部学園・正門前
   東部学園行のバスが通り過ぎていく。
   護と時子、歩いてくる。
   護、ポケットに手を突っ込んだ姿勢で、正門前で立ち止まる。
護「あの、時子さん」
   後ろを歩いていた時子、不思議そうに護を見る。
   護、ポケットから何かを取り出し振り返る。
   何かを握った手を時子に差し出す。
護「これ…どうぞ」
時子「なぁに?」
   時子、受け取るように手を差し出す。
   その手に乗せられたのは鮮やかなデザインのミサンガ。
   目を丸くしてミサンガを見る時子。
護「知ってます?ミサンガ」
時子「ミサンガ…」
護「願いを込めて身に付けといて、自然に切れると願いが叶うんだって」
時子「へぇ~…キレイだね」
護「あの、俺まだガキだしお金もないから…それが、代わりってことで」
時子「代わりって?」
   護、赤い顔でモジモジしつつ、時子の左腕にミサンガを巻き付ける。
護「その…指輪の」
時子「!」
   護、じっと時子を見つめる。
   時子、真っ赤。
   護、満足そうに微笑むと、踵を返し正門を抜けていく。
護「いってきます!」
   時子、走っていく護の背中を見つめる。自然と笑みがこぼれる。
時子「…かなわないなぁ」
   歩き出す時子。その足取りは軽く、鼻歌が零れている。
   左手首で、ミサンガがユラユラと揺れている。


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