未知との交遊 ドラマ

恋を知らなかった男が、親友の私立探偵とともに、自分を恋に落とした「犯人」を探す物語。
明星圭太 37 0 0 11/25
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

○ 占いの館(夜)
    占い師の轟(56)、水晶玉に手をかざしている。
    向かいで大川広海(36)、冷めた目
    で見ている。
 轟 「見えた」
広 海「… ...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

○ 占いの館(夜)
    占い師の轟(56)、水晶玉に手をかざしている。
    向かいで大川広海(36)、冷めた目
    で見ている。
 轟 「見えた」
広 海「……」
 轟 「恋煩いね」
広 海「……」
 轟 「あなたは恋をしている。でもそれが
    本当に恋なのか、誰に向けてのもの
    なのか分からず、行き場のない感情
    を持て余しているわ」
広 海「……」
 轟 「…なんとか言いなさいよ」
広 海「続けてください」

   × × ×
    別の部屋。
    占い師の日比谷(45)、貫田衛(36)
    の手相を見ながら、
日比谷「あ〜、ダメだこりゃ」
 衛 「…やっぱり?」
日比谷「金運の相がまるで無いもん」
 衛 「もしかして、一生こんな感じですか」
日比谷「こりゃもう、金持ちと恋愛するしか
    ないね」
 衛 「いやいやいやいや! 預金が一万切
    ってんすよ! 恋愛する気なんて起
    きないっしょ、普通! 生きていく
    ので必死なんだから!」
日比谷「あっ」
 衛 「…何?」
日比谷「恋愛もダメだ。女難の相が出ちゃっ
    てるね」
 衛 「…オレ死んだほうがいいっすか」

   × × ×
    轟の部屋。
 轟 「あなたの頭には今、何人かの候補者
    が挙がってるわね。そのうちの一人
    が、あなたを恋に落とした犯人よ」
広 海「……」
 轟 「でも大丈夫。もし真犯人にたどり着
    けず、間違った選択をしてしまった
    としても、必ず上手くいくわ」
広 海「……」
 轟 「…あなた、何しに来たの?」
広 海「続けてください」

   × × ×
    日比谷の部屋。
日比谷「これ、使ってみる?」
    日比谷、数珠を差し出す。
日比谷「僕も滅多には勧めないんだけどさ、
    お客さん、あまりにも不憫な手相し
    てるから」
 衛 「…ちなみに、おいくら」
日比谷「二万、ってとこかな」
    衛、すぐさま財布をチェック。
    二万円ぽっきり入っている。
    衛、苦しい表情で二万円を取り出し、
 衛 「領収書、貫田探偵事務所でお願いし
    ます」

   × × ×
    轟の部屋。
広 海「僕がもし、あなたの話に食いついて
    いたとしたら、あなたはきっとネガ
    ティブな見解を述べていたことでし
    ょう。つまりあなたは、反応の芳し
    くない僕をなだめすかしていただけ、
    ご機嫌を取っていただけということ
    になります。これはもはや占いとい
    うより、お伺いと言ったほうが正し
    いのではないでしょうか」
    轟、キョトンとしている。
    タイマーが鳴る。
    広海、五千円札を置き、
広 海「ありがとうございました」

○ 雑居ビル・前(夜)
    衛、ガードレールに座り、タバコを
    吸っている。
    その手には数珠をしている。
    ビルから、広海、出てくる。
 衛 「わりぃな、付き合わせちゃって」
広 海「いや、いいんだ」
    広海、浮かない顔をしている。
 衛 「どうした?」
広 海「…どうやら僕は、恋をしているらし
    い」
 衛 「…マジか」

○ 中華料理店『陳氣楼』(夜)
    広海と衛、飲んでいる。
 衛 「わりぃな、おごってもらっちゃって」
    広海、衛の手首の数珠を見て、
広 海「…いや、いいんだ」
 衛 「で、恋してるって?」
広 海「まるで心当たりがない」
 衛 「なるほど、置き引きパターンね」
広 海「?」
    すると深澤みゆき(21)、ビールの
    グラスを持ってやってきて、
みゆき「オジサン二人が恋バナっすか!」
 衛 「あっち行ってろクソガキ」
広 海「…どちらさま?」
 衛 「ああ、オレの手下」
みゆき「みゆきです。衛さんの愛人やってま
    す!」
 衛 「コイツが死んでねえってことは、こ
    れ(数珠)ニセモノだな」
みゆき「あ?」
    衛、『予約席』のプレートをひっく
    り返す。
    『貫田探偵事務所』と書かれている。
広 海「?」
 衛 「メシ代に代わるぐらいなら、手伝っ
    てもいいぜ。犯人探し」
広 海「……」
みゆき「え、なんか楽しそう!」
広 海「僕は恋愛という感情を知らない。そ
    んなんで見つかるとも思えない」
 衛 「なに、珍しく弱気じゃないっすか広
    海さん」
広 海「牽制してるんだよ。キミに仕事やプ
    ライベートを詮索されたくない」
 衛 「水臭えなぁ」
みゆき「この人、しつこいですもんね」
 衛 「オメーに言われたくねぇよ」
広 海「とにかくこの件に関しては、これで
    終わりにしよう」
    広海、一万円札を置く。
広 海「明日も早いから、失礼するよ」
 衛 「あ、おい」
    広海、去る。
 衛 「……」
みゆき「てかあの人誰っすか?」
 衛 「…オレの、唯一の友達?」

○ 道(夜)
    広海、歩いている。
    向かいから、重本夏美(52)、歩い
    てくる。連れているのは、ポメラニ
    アンのキューちゃん。
夏 美「あら! こんばんは!」
広 海「どうも」
    キューちゃん、まっすぐな目で広海
    を見ている。
夏 美「この時間まで、お仕事?」
広 海「いや、ちょっと野暮用で」
夏 美「そう。あ、そうだ、田舎からね、カ
    ニがいっぱい送られてきちゃったの。
    今度食べに来ない?」
広 海「えっ」
夏 美「一人だからそんなにいらないって言
    ってるのに、困っちゃうわよねぇ(笑)。
    是非、いらっしゃってね」
広 海「ありがとう、ございます」
夏 美「じゃあね!」
    夏美、去る。
    広海、振り返り、夏美の背中を見ている。
    広海、胸を押さえる。
広 海「……」
    しかし首を傾げ、歩き出す。

○ タイトル『未知との交遊』

○ 『ホテルミランダ東京』・外観〜ロビー(昼)
    都心にそびえ立つ巨大なホテル。
    『ホテルミランダ東京』の看板。
    ドアマン、健やかな笑顔で扉を開け、
ドアマン「お待ちしておりました」
    中へ入ると、ロビー。大勢の宿泊客
    でごった返している。
    外国人宿泊客に対応するスタッフ、
    抱えきれないほどの荷物を運ぶス
    タッフなどの姿。
    人々が行き交う中、ロビーの中央
    に立っているのは、制服姿の広海。
    周りを観察している様子。
    すると、ベルの長濱結女(22)、大
    川のもとへ駆け寄ってくる。
結 女「大川さん! 八一○四号室のお客様
    が…」
広 海「?」

○ 同・八一○四号室(昼)
    客の下石(75)、ごねている。
下 石「だからオレは、あったかいウォシュ
    レットじゃないとダメなんだよ! 
    スイートに移してくれ」
    コンシェルジュの柳田美希(28)、
    頭を下げながら、
美 希「申し訳ございません。ただいまスイ
    ートルームは満室でございまして…」
下 石「電話で言ったんだよ! あったかい
    ウォシュレットはあるのかって。そ
    れで用意してないのはそっちのミス
    だろう! スイートに替えろよ!」
美 希「申し訳ございません」
下 石「それともなんだ? おネエちゃんが、
    スイートなサービスでもしてくれる
    のか? え?」
    下石、組んでいた足の先で美希の太
    腿あたりをスーッとなぞる。
    美希、「キャッ!」という声を出し、
    後ずさりする。
    そこへ、広海と結女、入ってくる。
下 石「スイートは用意できたのか」
広 海「お客様、申し訳ございません。スイ
    ートルームは現在満室状態でござい
    ます」
下 石「嘘つけ! 本当は空いてるんだろ。
    そんなにオレをスイートに泊めたく
    ないのか、あ?」
    下石、広海ににじり寄る。
    結女、怯えた顔。
    美希、息を飲む。
    しかし広海、全く動じず、
広 海「その代わり、と言っては何ですが、
    スイート同様のサービスを提供させ
    ていただく、というのはどうでしょ
    う」

○ 同・廊下(回想)
    その三分前。
    広海と結女、早足で歩いている。
広 海「ハウスキーパーに連絡して、部屋の
    備品を全てスイートのものに差し替
    えるよう頼んでください」
結 女「そんなことできるんですか?」
広 海「もちろん全く同じものにはできませ
    ん」
結 女「じゃあ、どうやって?」
広 海「廉価版のスイートルームを作ります」

○ 同・九一一五号室(昼)
    ベッド一つの、一般的な客室。
    作業着姿の衛、食器棚からカップや
    皿を取り出している。
 衛 「なんでオレがこんなことしなきゃい
    けねえんだよ…」

○ 百円ショップ(昼)
    衛、高そうな柄の食器類をどんどん
    カゴに詰めていく。
    加えて、ペットボトルのお茶、ジン
    ジャーエールなどの飲み物類、スナ
    ックや煎餅などもカゴへ。

   × × ×
    レジ。
店 員「四千八百六十円です」
    衛、財布を覗き、渋い顔。五千円札
    が一枚しか入っていない。
    仕方なく差し出し、
 衛 「領収書、貫田…いや、ホテルミラン
    ダで」

○ 九一一五号室(昼)
    衛、食器棚に百円ショップで購入す
    た食器を詰めていく。
    皿を指でコンコンを鳴らす。鈍いプ
    ラスチックの音。
 衛 「さすがにバレるだろ」

   × × ×
    フカフカのスリッパを玄関に配置。
    『百円』と大きく書かれたラベルを
    取る。

   × × ×
    コップにお茶を注ぎ、窓際のテーブ
    ルに置く。
    衛、腕時計を見て、
 衛 「やばっ」
    するとインカムに、広海の声。
広海の声「そちら、準備できましたでしょう
     か」
 衛 「…こんな仕事あるなんて聞いてねえ
    ぞ」

○ 八一○四号室(昼)
    広海、マイクに向かって話している。
広 海「了解しました。(下石に)準備がで
    きたようなので、ご案内いたします」
    広海のインカムに、衛の声。
衛の声「おい! ちょっと!」

○ ホテル・廊下(昼)
    広海、結女、美希、そして下石、歩
    いている。
    向かいから衛、歩いてくる。
    衛、広海を睨んでいるが、広海は目
    もくれない。
   
○ 九一一五号室(昼)
    四人、入室する。
    下石、部屋を見回し、
下 石「なんだここは、スイートじゃないぞ」
    広海、下石の正面に立ち、
広 海「お客様、お言葉ですが、スイートと
    いうのは決して、お部屋の広さや眺
    めの良さだけを指すものではござい
    ません」
    広海、後ろで手を組んでいるが、そ
    の人差し指が何かを指している。
    結女、それに気付き「?」という顔。
    指すほうを見ると、お茶の注がれた
    コップに値札が付いている。
    結女、慌てて値札を剥がす。
    広海、何事もないように話し続けて
    いる。
広 海「極上のサービスを提供する。これも、
    スイートルームをご利用になるお客
    様への、我々の使命です。今回はあ
    いにく、お部屋をご用意することは
    できませんでしたが、スイートと遜
    色ない設備とサービスをご用意させ
    ていただきました」
    下石、訝しい顔をしているが、
下 石「…なるほどな。良かろう、その心意
    気は買ってやる」
広 海「ありがとうございます。何かござい
    ましたら、我々スタッフに気兼ねな
    く、お申し付けくださいませ」
    広海、深くお辞儀。

○ ホテル・従業員休憩室(昼)
    広海、手作りの弁当を開ける。
    質素なおかずと白米。
    無表情でぱくつき始める。
    美希、やってきて、
美 希「ありがとうございました」
    広海、美希を一瞥し、軽く会釈。
美 希「ベルキャプテンの迅速な対応、勉強
    させていただきました。加えて、本
    来コンシェルジュが対応すべき仕事
    をお任せしてしまったこと、お詫び
    します」
    頭を下げる美希。
広 海「ホテル業務は、チームワークですか
    ら」
美 希「今度、ちゃんとお礼させてください」
広 海「はい?」
美 希「ご一緒に、お食事でも」
広 海「…あ、ああ、ぜ、全然、お構いなく」
    美希、紙切れを差し出し、
美 希「都合の良い日、教えてください」
    広海、おそるおそる受け取る。
    美希、足早に去る。
    紙切れには、ラインのID。
広 海「……」
    結女、その様子を遠くから見ている。

○ 同・前(夜)
    衛、タバコを吸っている。
    広海、ホテルから出てくる。
    衛、紙を出しながら、
 衛 「容疑者、絞れました」
広 海「(受け取り)ありがとう」
    衛、領収書も差し出し、
 衛 「メシ代を大きく上回る出費でした」
広 海「(受け取り)経理と相談しておくよ」
 衛 「つーかオレには頼らないんじゃねえのかよ」
広 海「頼らないとは言ってない。詮索されたくないって言ったんだ」
 衛 「潜入捜査は立派な詮索だろ」
広 海「おかげでいろいろ助かった」
 衛 「…ツンデレが過ぎるな」

○ 『陳氣楼』(夜)
    『貫田探偵事務所』の席。
    衛と広海、食事している。みゆきもいる。
    衛、紙を見せながら、
 衛 「柳田美希、二十八歳、コンシェルジュ部門の主任。それから長濱結女、二十一歳。ベル部
    門の新入り、お前の直属の部下」
広 海「おおむね予想通りだな」
 衛 「…あっそ」
みゆき「個人的にビビッと来るのは、どっちですか?」
広 海「……」
 衛 「お前、恥ずかしいんだろ」
広 海「こ、この期に及んで、そんなこと…」
 衛 「だがお前の照れ隠しに付き合ってるヒマはない。鉄は熱いうちに打たないとならねえん 
    だ」
みゆき「ファイト!」
広 海「…長濱さんは歳が離れすぎてる。現
    実的じゃない」
 衛 「よし、信じてやろう」
みゆき「ナイスファイト!」
広 海「なんだこの魔女裁判は」
 衛 「いいか、恋愛には二つのパターンが
    ある。瞬間的なものと、じっくり時
    間のかかるもの。最初は皆、一目惚
    れやら何やら、時間と手間のかかん
    ないところから入っていく。そんで
    相手を深く知るうちに、その直感を
    確信に変えていく」
みゆき「やだ、恋愛マスターじゃん。マイケ
    ル富岡じゃん!」
 衛 「(照れながら)バカ、そんな良いも
    んじゃねえよ…」
広 海「つまり相手を深く知らないと、それ
    が恋かどうかも定かにならないとい
    うことか」
 衛 「そゆこと」
みゆき「でも、連絡先聞き出すなんてできま
    す? どっちが好きか言うだけで照
    れちゃってるのに」
    広海、紙切れを出す。
広 海「柳田さんに渡された」
 衛 「ラッキー」
みゆき「ワーオ!」
広 海「やはり、連絡するべきか」
 衛 「そこをなんとか! お願いします!」
    衛とみゆき、大げさに頭を下げる。
広 海「……」

○ 占いの館(夜)
    轟の部屋に、美希が訪れている。
    轟、水晶に手をかざしながら、
 轟 「その男はやめたほうがいい」
美 希「…どうしてですか」
 轟 「確かに相性は抜群に良い。ただ…、
    決め手に欠けるわね」
美 希「決め手?」
 轟 「相性以上の決め手がないと、恋愛は
    成立しないの。経験で分かるでしょ
    う?」
美 希「……」

   × × ×
    日比谷の部屋。結女、訪れている。
    日比谷、結女の手相を見ながら、
日比谷「うわ、こりゃヒドいな」
結 女「えっ」
日比谷「恋愛はおろか、命も危ないねぇ」
結 女「私、死ぬんですか?」
日比谷「自分がっていうより、自分と関わっ
    た人が」
結 女「…どうしよう」

○ 同・外(夜)
    美希、腕時計を見て、歩き出そうと
    する。
    すると後ろから、結女の声。
結 女「柳田さん…?」
美 希「(振り返り)あ、ああ、どうも」
結 女「どうしたんですか、こんなところで」
美 希「いや、ちょっと…」
    美希、慌ててビルのテナントを見る。
    『ベリーダンス教室』の文字。
美 希「(指差し)ベリーダンス、行ってて」
結 女「そうなんですか」
    美希の指差す手に、数珠。
結 女「!」
美 希「あ、ねえ、ご飯まだ?」
結 女「えっ、…はい」

○ ラーメン屋(夜)
    美希と結女、カウンターに並んでラ
    ーメンをすすっている。
美 希「今日ごめんね、巻き込んじゃって」
結 女「いえ。何の役にも立てませんでした」
美 希「大川さん呼んできてくれたじゃない」
結 女「呼ぶだけなら、誰でも」
美 希「でも最近、ああいうトラブルとか全
    部大川さんに任せちゃってるなぁ。
    良くないわよね。私たちも頑張らな
    きゃ」
結 女「…はい」
    すると、美希のスマホにラインが来
    る。広海から。
    『お礼の件、いつがよろしいでしょ
    うか。ご連絡ください』
結 女「大川さんですか」
美 希「(驚く)ん? うん。仕事のことで
    ね」
結 女「ですよね、主任同士ですもんね」
美 希「まあ、ね。長濱さんは、大川さんと
    やり取りしないの?」
結 女「私たぶん、大川さんに嫌われてます」
美 希「どうして?」
結 女「仕事はできないし、愛想も無いし、ストレスの種って感じだと思います」
美 希「そんなことないと思うけど」
結 女「ニンニク入れていいですか?」
美 希「ああ、どうぞ」
    結女、ラーメンにニンニクを入れる。
    その手に数珠。
結 女「(それを見て)……」

○ 広海の家・寝室(朝)
    窓から朝日が射している。
    広海、突然起き上がる。そして、目
    覚まし時計を凝視。
    七時になり、アラームが鳴る。
    広海、鳴るや否や、一瞬で止める。

○ 恵比寿ガーデンプレイス(朝)
    広海、ソワソワしている。
    衛、それを見ながら、
 衛 「待ち合わせで緊張するって、中学生
    かよ」
広 海「中学で済ませておけばよかった」
 衛 「(あくびをして)つーか朝早くね? 
小学生のデートじゃねえんだからよ」
広 海「時間をムダにしたくないんだ」
 衛 「よく向こうもこの時間でいいって言
    ったよな」
広 海「向こうはお礼をする立場だ。今日に
    限っては僕のほうがエラい。僕の好
    きな時間にさせてもらう」
 衛 「幼稚園児かよ」
    美希、遠くに現れる。
広 海「!」
 衛 「(広海の耳元で)被疑者、現れまし
    たね」
    広海、深呼吸し、
広 海「これは、いわば囮捜査だ。僕は全力
    で被疑者を追う。キミは後方支援を
    続けてくれ」
    衛、スマホを見ながら、
 衛 「ごめん、仕事だわ」
広 海「!」
    衛、スタスタといなくなる。
広 海「あ、あ、ちょっ」
    美希、やってきて、
美 希「すいません、遅くなりました」
広 海「…あっ、えっ、あっ、うっ(動揺)」

○ 『ホテルミランダ東京』・ロビー(昼)
    相変わらず、人の往来が激しい。
    結女、すれ違う客に笑顔で会釈しな
    がら歩いている。
    すると、後ろから声がする。
 声 「あの〜う」
    振り返ると、みゆき、立っている。
結 女「はい?」
みゆき「大川さんって人、います?」
結 女「申し訳ございません。大川は本日お
    休みをいただいております」
みゆき「あ、そうなんですねぇ…」
結 女「伝言などございましたら、…」
みゆき「いや、いいんです。チンジャオロー
    ス届けに来ただけなんで」
結 女「チンジャオロース?」
みゆき「作りすぎちゃって(笑)」
結 女「失礼ですが、大川とはどういったご
    関係で?」
みゆき「ああ、もともと隣に住んでて、こう、
    いろいろ、わちゃわちゃ〜っと、あ
    りまして、はい」
結 女「…なるほど」
みゆき「じゃあ、帰りますね。なんか、すい
    ませんっした!」
    みゆき、去ろうとする。
結 女「あの!」
みゆき「?」

○ 喫茶店(昼)
    広海と美希、ケーキをつついている。
美 希「今さらですけど、甘いもの大丈夫で
    した?」
広 海「どちらかというと好きな部類に入り
    ます」
美 希「よかった。ここのケーキ大好きなん
    です、私。帰り道じゃないのに、わ
    ざわざ買って帰ったりして(笑)」
広 海「……」
美 希「…興味ないですよね」
広 海「どちらかというと、ある部類に入り
    ます」
美 希「…よかったです」
    フォークと皿が擦れる音だけが響く。
美 希「あっ、…このたびは、どうもありが
    とうございました」
広 海「どういたしまして」
美 希「…はいっ」
    フォークと皿が擦れる音だけが響く。

○ ホテル・ロビー(昼)
    みゆき、ソファでシャンパンを飲ん
    でいる。
    向かいで結女、それを見ている。
みゆき「くぅ〜っ! いいんすか、こんなの
    いただいちゃって」
結 女「もちろん、ウェルカムドリンクなの
    で」
みゆき「泊まんないっすけどね!」
    みゆき、ぐいっと飲み干し、
みゆき「おかわりください!」
結 女「大川さんってどんな人ですか」
みゆき「…え?」
結 女「普段、どんな感じなのかなって」
みゆき「ああ、…まあ普通ですよ、普通。ヨ
    ーグルトで言ったら、プレーン! 
    無糖! カロリーオフ! みたいな
    (笑)」
結 女「……」
みゆき「まあでも、謎が多い人ではあります
    よね。こう、プレーンの中に? と
    んでもないフルーツソース入ってん
    じゃねえかな、みたいな?」
結 女「食べたことあるんですか?」
みゆき「…いやあ、どうだろうねぇ」
結 女「美味しかったですか?」
みゆき「ん?」
結 女「フルーツソースとプレーンヨーグル
    トが絡んで、絶妙なハーモニーを生
    んでましたか?」
    結女、みゆきにグイグイ近寄る。
みゆき「…なんか、変な例えしちゃってゴメ
    ンね」
結 女「……」

○ 喫茶店(昼)
    ケーキを食べ終えた皿が残っている。
    広海と美希、会話が弾んでいない。
美 希「大川さん、趣味とかあります?」
広 海「ないです」
美 希「…だと思いました」
広 海「柳田さんは?」
美 希「いいですよ、興味ないのに聞かなく
    ても」
広 海「どちらかというと、あるので」
美 希「…私も無いです。強いて言うならこ
    このケーキ食べるぐらい」
広 海「珍しいですね。女性にとって趣味と
    は、口紅と同じくらいの必需品だと
    思ってました」
美 希「…口紅すら持ってない日もあります」
広 海「僕もよく趣味を持てを言われます。
    何故と聞き返すと、相手は決まって
    こう言うんです。趣味を通じて人と
    の繋がりが増えるからと」
美 希「ですね」
広 海「でも僕は、好きなことの話題で人と
    盛り上がるのが好きじゃないんです。
    大概、知識量は僕のほうが圧倒的で
    話が噛み合わないし、逆に向こうに
    気を遣わせてしまいます」
美 希「じゃあ、本当は趣味あるのに、無い
    って言ったんですか?」
広 海「本当に無いです。強いて言うなら、
    盛り上がらないことで盛り上がるこ
    と、が趣味です」
美 希「なんだか、一休さんのトンチみたい
    ですね」
広 海「ええ、よく言われます」
    広海、得意げに紅茶をすする。
    美希、明らかに苦戦しているという
    顔。
    机の下の手。数珠がしてある。
    美希、ふと他の客に目をやる。
    老人が、スポーツ紙を読んでいる。
    その一面に、フィギュアスケートの
    記事が大きく載っている。
美 希「じゃあ、…昨日のフィギュアスケー
    ト、観ました?」
広 海「観てません」
美 希「実は、私も観てないんです」
広 海「…え?」
美 希「昨日、夕ご飯なに食べました?」
広 海「サバの塩焼きと、なめこの味噌汁で
    す」
美 希「私はグリーンカレーでした」
広 海「…なるほど」
美 希「犬派ですか? 猫派ですか?」
広 海「断然、犬派です」
美 希「アメショを三匹飼ってます」
    広海、戸惑っていたが、だんだん面
    白がるような顔に変わってくる。
美 希「ラーメンに何か入れる人ですか?」
広 海「ラーメンはニンニクを食べるための
    口実です」
美 希「味がケンカするので何も入れません」
    広海、ついに笑顔になる。
広 海「じゃあ、オセロは白と黒、どっちを
    選びますか?」
美 希「絶対に、白」
広 海「僕はチェスのほうが好きです」
    美希、声をあげて笑う。
    広海も笑う。

○ 道(昼)
    衛、両手に買い物袋を持って歩いて
    いる。
    隣で歩いているのは、夏美とキュー
    ちゃん。
衛 「なあオバサン、オレなんでも屋じゃ
    ねえんだわ」
夏 美「え? だって、私立探偵の方でし
    ょ?」
 衛 「そうだよ、私立探偵だよ」
夏 美「なんでも屋さんじゃない」
 衛 「なんでそうなるの?」
夏 美「大川さんに伺ったの。最近買い物行
    くとついつい買い過ぎちゃって困っ
    てるって言ったら、荷物運びに最適
    な知人がいますって」
 衛 「へっ、あのバカ因果応報だな」

○ 夏美の家・玄関(昼)
    衛、荷物をどかっと置き、
 衛 「じゃあ、失礼しまぁす」
夏 美「ねえ! ちょっと、あがっていかな
    い?」
 衛 「追加料金発生しますけど」
夏 美「いいわよ、いくらでも。ねえ〜キュ
    ーちゃ〜ん」
    夏美、キューちゃんの足を拭いてい
    る。
    キューちゃん、衛をガン見。
 衛 「……」

○ バー『MILK』(昼)
    広海と美希、カウンターに座ってい
    る。
美 希「昼間からバーに来るなんてはじめて」
広 海「ただのバーじゃないんです。マスタ
    ー、1・5を二つ」
マスター「かしこまりました」
美 希「え、視力?」
広 海「一本取られましたよ。あんなふうに
    人と盛り上がったのは初めてでした」
美 希「それは、よかったです」
広 海「以前にもああいうご経験が?」
美 希「経験って?」
広 海「いや、僕みたいに理屈っぽい人間と
    お付き合いでもされてたのかなと」
美 希「…いや、特に」
マスター「お待たせいたしました」
    二人の前に、牛乳の入ったグラスが
    置かれる。
美 希「…あ! そういうことか」
広 海「低脂肪牛乳に、乾杯」
美 希「(笑いながら)乾杯」
    二人、グラスを突き合わせる。

○ 『陳氣楼』(昼)
    みゆき、瓶ビールをラッパしている。
    すると衛、帰ってくる。
みゆき「お疲れっす!」
 衛 「…おう」
    みゆきの向かいに座る。
みゆき「さっき長濱結女に会ってきたんすけ
    ど、…恋愛っつうより、単純に人と
    して興味あるって感じでしたね、大
    川さんに。でも上司と部下っつうの
    も萌えるなぁ…そう思いません?」
衛 「…ああ、うん」
みゆき「…なにフワフワしてんすか気持ち
    悪りぃ」
 衛 「……」
みゆき「てかなんか、良い匂いする。…あ!」
 衛 「!」
みゆき「もしかして、…マイケル富岡を地で
    行った感じっすか? 知識に経験が
    追いついた感じっすか!」
 衛 「…そんなんじゃねえし」
みゆき「まさか、柳田美希略奪したんじゃな
    いっすよね」
 衛 「ちげえよバカ!」
みゆき「あぶね〜。てかどっちにしろ、親友
    ほったらかしてそんなことするなん
    て、最低」
 衛 「…そんなんじゃねえし」
みゆき「そうじゃねえかよ!」
 衛 「しょうがねえだろ向こうが誘ってき
    たんだからよ!」
みゆき「団地妻か。あ? 団地妻なのかよ!」
    衛、身を乗り出して、
 衛 「一軒家だよ」

○ バー『MILK』(昼)
    広海と美希、(牛乳を)飲んでいる。
美 希「大川さんは?」
広 海「はい?」
美 希「どういう女性と、お付き合いされて
    きたんですか」
広 海「僕は女性とお付き合いしたことがあ
    りません」
美 希「いや、まだ続けますかあのゲーム
    (笑)」
広 海「違います。本当にないんです」
美 希「…それは、失礼しました」
広 海「別に失礼ではないですよ」
美 希「好きな人とかもいたことないんです
    か」
広 海「僕は『恋』という概念自体、どこか
    の広告代理店が打ち出したキャンペ
    ーンじゃないかと思っています。ハ
    ロウィンとかクリスマスとかと一緒
    です。繁華街は盛り上がっているけ
    ど、僕には何の関係もない、まして
    何の還元もない。無視できる範疇の
    ものです」
美 希「そんな意見は、初めて聞きました」
広 海「僕も初めて言いました」
美 希「そのキャンペーンに参加したいって
    思わないんですか?」
広 海「どちらかというと、…思いますよ、
    そりゃあ」
美 希「勇気が出ない?」
広 海「僕は義務が生じないと動けない人間
    なんです。仕事だって義務だからや
    っているけど、本当はあんなに機敏
    な性分じゃない」
美 希「じゃあ今日は?」
広 海「?」
美 希「今日私と会ってくれたのも、義務で
    すか?」
広 海「……」
美 希「…すいません、図々しくて」
広 海「あなたと会う権利を行使しました」
美 希「!」
広 海「…なんて言えたらいいんですけどね」
    広海、牛乳を味わう。

○ 同・外(夕方)
    二人、出てくる。夕暮れを見上げる。
美 希「まだこんな時間だったんだ」
広 海「日付を跨いでる気分でした」
美 希「私も(笑)」
    二人、向かい合う。
美 希「今日は、楽しかったです。ありがと
    うございました」
広 海「こちらこそ」
    美希、握手の手を差し出す。
    服の袖から数珠が覗いている。
広 海「……」
    広海、手を重ねる。
美 希「明日からも、よろしくお願いします」
    美希、笑顔を見せる。
    広海、その笑顔に少し見惚れる。

○ 占いの館(夜)
    日比谷の部屋。
    衛、訪れている。
日比谷「うわぁ、そりゃヤバいねぇ」
 衛 「もしかして、一番やっちゃいけない
    パターンですか?」
日比谷「想定しうる中で、最悪だね。もう何
    もかも、メチャクチャ」
 衛 「マジか〜」
    衛、財布を取り出す。
日比谷「もはや、買いに来てるよね?」
    衛、一万円札を五枚置いて、
 衛 「とびっっっきり効くやつ、ください」

○ 雑居ビル・外(夜)
    衛、ウキウキしながら出てくる。
    広海、待ち構えている。
 衛 「(広海に気づき)うわっ!」
広 海「今日の進捗を報告しに来た」
 衛 「…ご丁寧にどうも」
    二人、歩き出す。
広 海「なぜ気まずそうにするんだ?」
 衛 「え? 別に? つーかお前、なんで
    ケーキ買ってんの?」 
    広海、ホールケーキの箱が入った袋
    をぶら下げている。
広 海「車はブレーキを踏んでもすぐには止
    まれず、しばらく走り続ける」
 衛 「知ってますけど」
広 海「僕は彼女と分かれてブレーキを踏ん
    だが、まだ完全に停止できていな
    い。挙句、ホールケーキを買ってし
    まった、ということだ」
 衛 「ちょっとお兄さん、相当スピード出
    してたんじゃないの?」
広 海「…そうかもな」
    広海、ニヤニヤする。
 衛 「お前、そういうとこ変わんねえな」
広 海「(衛の数珠を見て)キミもな」
    衛、腕をサッと隠す。
広 海「じゃあ」
    広海、別の道へ。
 衛 「(独り言)なんだそりゃ」

○ 道(朝)
翌日。
   広海、歩いている。
   向かいから夏美とキューちゃん、や
   ってきて、
夏 美「おはようございまぁす!」
広 海「おはようございます」
夏 美「あ、昨日ね、お友達の探偵さんにお
    世話になったのよ」
広 海「あ、ああ、そういうことですか
    (笑)」
夏 美「またお願いしたいって、伝えといて
    もらえる?」
広 海「ええ、喜ぶと思います」
夏 美「大川さんも是非、いらっしゃってね」
広 海「…はい」
夏 美「じゃあね!」
    夏美とキューちゃん、去る。
    広海、再び歩き始める。

○ 『ホテルミランダ東京』廊下〜従業員休
 憩室(昼)
    客室フロアの廊下。
    結女、脇目も振らず猛ダッシュ。

   × × ×
    休憩室。
    広海と美希、向かい合わせで昼食を
    食べている。
    広海、持参の弁当。美希、コンビニ
    弁当。
美 希「すごい。毎日作ってるんですか」
広 海「ええ。毎月、一ヶ月分の献立を考え
    て、その通りに」
美 希「なんか、恥ずかしくなってきちゃっ
    た。今度レシピ教えてくださいね」
広 海「そんな大層なものじゃないですよ」
    結女、休憩室に飛び込んでくる。
    広海と美希、驚く。
美 希「どうしたの? そんなに急いで」
結 女「お客様が、お客様が…」
広 海「?」

○ 同・客室(昼)
    高層階の客室。
    広海、美希、結女、入ってくる。
広 海「!」
    客の高岩紀夫(46)、窓に足をかけ
    ている。
美 希「警察…、警察に連絡!」
結 女「はい!」
高 岩「やめろ」
    高岩、振り返り、
高 岩「騒ぐな」
    高岩、再び外を見る。
    車や人が、ジオラマのように小さい。
広 海「……(息を飲む)」

   × × ×
    膠着状態が続いている。
    小声で話す美希と広海。
美 希「やっぱり、警察に連絡しましょう」
広 海「いや、下手に刺激すると、最悪の事
    態を招く恐れがあります」
美 希「でもこのまま何もしなければ、いず
    れはそうなりますよ」
広 海「お客様が落ち着くのを待ちましょう」
    結女、目を閉じ、深呼吸する。
広 海「(それを見て)?」
結 女「なかなか飛び降りませんね」
美 希「!」
広 海「!」
高 岩「……」
結 女「もしかして、止めてくれるの待って
    るんじゃないですか?」
美 希「ちょっと、やめなさいよ!」
結 女「よかったら、話聞かせてもらえませ
    ん?」
広 海「……」
高 岩「お気遣いありがとう、お嬢ちゃん。
    おかげで死ぬ覚悟ができたよ」
    高岩、外に身を乗り出す。
広 海「!」
結 女「じゃあ! 私の話、聞いてください」
    高岩、動きを止める。
結 女「高校のとき、私も学校の屋上から飛
    び降りようとしたことがあります」
高 岩「……」
結 女「イジメられてたんです。私はずっと、
    自分がイジメられる理由を考えてま
    した。それで、思い切って聞いてみ
    たんです。どうして私をイジメる
    の? って」
広 海「……」
結 女「そしたら、理由なんてないって言わ
    れて。たまたまアンタにその順番が
    回ってきただけで、明日になったら
    違う誰かに変わってるかもしれない、
    その程度のものだって」
美 希「……」
結 女「そうやって、爆弾ゲームみたいに、
    誰かが人の悪意を一手に引き受けな
    きゃいけなくて、それに耐えればま
    た、他の誰かにその番が回ってきて、
    …この世界はそうやってできてるん
    だと思います」
高 岩「……」
結 女「だからもし、お客様が今、それを担
    わされているなら、もう少しだけ耐
    えてみませんか。生きていても死ん
    でしまっても、自分の番はいつか終
    わるんです。だったら、生きていた
    いじゃないですか」
高 岩「……」
    高岩、手すりを掴む手が、少し緩む。
広 海「今だ」
    広海と美希、高岩に飛びかかり、窓
    から引きずりおろす。
    結女、我に返った、という顔。
    目の前で高岩が倒れていることに驚
    いている。
美 希「医務室に連絡! …早く!」
結 女「は、はい!」
    結女、部屋を飛び出していく。

○ 夏美の家・居間(昼)
    食卓。鍋がグツグツと煮立っている。
    夏美、缶ビールを開け、美味そうに
    飲む。
    向かいで衛、それを見ていて、
 衛 「いっつもこんな時間から飲んでんの
    かよ」
夏 美「まさか。今日は特別」
 衛 「…怖っ」
夏 美「ほら、食べて。カニいっぱい入って
    るから」
    夏美、コンロの火を止め、具を取り
    分け始める。
 衛 「あんた誰にでもこんなことしてん
    の?」
夏 美「…だったら?」
 衛 「いや、虚しくねえのかなって」
夏 美「誰彼構わずってワケじゃないわよ。
    気に入らなかったら二度と呼ばない
    し」
    夏美、取り分けた皿を差し出す。
夏 美「今ちょっと嬉しかったでしょ」
 衛 「あのなあ、人間はイヌじゃねえんだ
    よ。オレを手懐けようとすんな」
    衛、カニの足を食べようとする。
夏 美「待て」
 衛 「…あ?」
    夏美、じっと衛を見つめる。
    衛、睨み返す。
夏 美「イヌじゃないのに待つのね」
 衛 「ケンカ売られたから買ってるだけだ
    よ」
夏 美「くだらない。本当はテーブルごとひ
    っくり返して、今すぐにでも押し倒
    したいクセに。ノンキに鍋つついて
    る時点で、あなたはもうお預けを食
    らってるの。バカみたいにヨダレ垂
    らしてるイヌと一緒」
 衛 「(立ち上がり)んだとこの野郎」
夏 美「悔しかったら平らげてさっさと帰り
    なさい。でも私はあなたを呼び続け
    るわ。客の依頼なんだから、来てく
    れるわよね?」
 衛 「……」
夏 美「ほら、おすわりは?」
衛 「……」
    衛、夏美の腕を掴む。
夏 美「!」

○ 医務室・外〜事務室(昼)
    医務室の扉から、結女、出てくる。
    広海と美希、待っていて、
美 希「お客様は?」
結 女「だいぶ落ち着いたみたいです」
美 希「よかった…。上に報告してきます」
広 海「お願いします」
    美希、小走りで去る。
広 海「驚きました。よほど勇気がないと、
    あんなことできません」
結 女「…すいませんでした」
広 海「なぜ謝るんですか?」
結 女「勝手なことをしてしまったので」
広 海「いや、だから…」
結 女「迷惑ですよね、いつも。仕事はでき
    ないし、皆さんみたいに上手な接客
    もできないし。困ったらいつも大川
    さんに頼って、自分じゃ何もできな
    くて…」
    結女、こらえていた涙が溢れ出す。
広 海「…長濱さん?」
    結女、もたれかかるように広海を抱
    きしめる。
広 海「えっ、あの」
結 女「…ずっと、大川さんに認めてもらい
    たかったんです」
広 海「…え?」

   × × ×
    事務室。
    美希、内線で電話している。
美 希「はい。…はい、かしこまりました。
    はい、失礼します」
    受話器を置く。
美 希「?」
    手首に数珠がないことに気づく。
美 希「あれ? ない。え? どうして?」
    慌て始める。

   × × ×
    医務室・前。
結 女「大川さんに認めてもらいたくて、つ
    らいこともいっぱいあるけど、頑張
    ろうって、なんとかやってきて…」
広 海「そんな…、僕は長濱さんを認めてい
    ますよ、ずっと」
結 女「今優しくしないでください」
広 海「ああ、ごめんなさい」
結 女「無限に涙出ちゃうから…」
    結女、広海の胸に顔をうずめる。
    広海、動けないまま。
    美希、走って戻ってくるが、二人を
    見て止まる。
美 希「……」
    二人、美希に気付いていない。

○ 夏美の家・寝室(昼)
    衛、夏美をベッドに突き飛ばし、そ
    の上に跨がる。
夏 美「ちょっと、待ってよ」
 衛 「そこは待てじゃねえのかよ」
夏 美「そんなんで私に勝ったつもり?」
    すると、衛のスマホが鳴る。
衛 「……」
夏 美「出なさいよ」
 衛 「…ああもうなんだよ畜生!」
    衛、ポケットから電話を出し、
 衛 「今忙しいんだよ!」
広海の声「大変なことになった」
 衛 「あ?」
広海の声「至急、中華料理屋に来てくれ」
 衛 「……」
    夏美、衛を見ている。
    全てを見透かしたような、光のない
    目。

○ 『陳氣楼』(昼)
    広海、ザーサイをチマチマ食べてい
    る。
    衛、タバコを吸いながら、激しく貧
    乏ゆすりしている。
    みゆき、ピータンをつまみながら、
    二人を伺っている。
 衛 「お前、仕事は」
広 海「半休だ。キミは?」
 衛 「…半休だよ」
広 海「ちょうどよかった」
 衛 「さっさと話せよ」
    貧乏ゆすり、一層速くなる。
    みゆき、怯える。
広 海「目の前にニンジンがぶら下がってい
    る」
 衛 「んだよ、イヌの次はウマかよ」
広 海「走っても走っても追いつけない。白
    状すると、僕にとって恋愛とはそう
    いうものだった」
    衛の貧乏ゆすりが止まる。
 衛 「…あ?」
広 海「でも僕は、残念ながらウマじゃない。
    走っても追いつけないことを知って
    いる。それが今、やっとウマになれ
    そうなところまで来ている。そして
    今日、ニンジンが二本になってしま
    った」
みゆき「え、分かりづらい」
 衛 「長濱結女となんかあったのか」
みゆき「すごっ」
広 海「ああ。これほどにないアプローチを
    受けてしまった」
みゆき「すんごっ!」
 衛 「で、どっちにするんだよ」
広 海「二兎を追うものは一兎をも得ず、と
    言うだろう」
みゆき「ウサギも出てきちゃったよ」
 衛 「甘っちょろいなぁ〜。んなもん追っ
    てみねえと分かんねえだろ? どっ
    ちも手に入ったら儲けもんじゃねえ
    かよ。それぐらいのスタンスでいい
    んだよ恋愛なんて」
広 海「そんな簡単な話じゃないんだよ!」
衛 「!」
みゆき「!」
広 海「!」
    …変な沈黙。
広 海「そんな、…そんな生半可な姿勢で人
    と向き合うなんて、僕にはできない。
    誠意を誠意として受け取って誠意で
    返す。それが人間と動物の違いだろ
    う!」
 衛 「……」
みゆき「……」
広 海「…僕は、できることなら全ての誠意
    に応えたい」
    衛、タバコの火を消し、
 衛 「お前の言いたいことは分かるよ。で
    もそれじゃあいつまで経っても、ウ
    マにはなれないね」
    衛、立ち上がり、出ていく。
みゆき「え、ちょっと」
    みゆき、一瞬ためらうが、衛を追い
    かける。
広 海「……」

○ 道(昼)
    衛、歩いている。
    みゆき、追いかけてくる。
みゆき「ちょっと、バチバチじゃないっすか
    勘弁してくださいよ!」
 衛 「いつものことだよ」
みゆき「?」
衛 「アイツといるとさ、化けの皮剥がれ
    そうになる瞬間があるんだよ、今み
    たいに。だからオレはこうやって逃
    げるの」
みゆき「そんなのカッコ悪りぃっすよ」
 衛 「…だよなぁ。アイツ、カッコいいよ
    な」
    衛、吐き捨てるような笑顔。
    再び歩き出す。
    みゆき、衛の背中を見ている。

○ ホテル・従業員休憩室(昼)
    美希、『おとしもの箱』をゴソゴソ
    かき回している。
    結女、やってきて、
結 女「お疲れさまです」
美 希「わっ! …ああ、お疲れさま」
    結女、更衣室へ入ろうとする。
美 希「ねえ」
結 女「はい?」
美 希「…いや、いいや。お疲れさま」
    結女、軽く会釈し、更衣室へ。
美 希「……」
    美希、ボーッとした顔。
    手だけは箱をゴソゴソ探っている。

○ 道〜ラーメン屋(夕方)
    結女、ラーメン屋の前で立ち止まる。
    グゥ〜という腹の音。
    躊躇していたが、たまらず入店。
店 主「っしゃいませ〜い!」
    ガラス張りの扉から、衛が食事して
    いるのが見える。

○ 『陳氣楼』(昼)
    みゆき、戻ってくる。
    広海、ザーサイをチマチマ食べてい
    る。
みゆき「まだ食ってるし」
広 海「……」
    みゆき、広海の近くに座り、
みゆき「てかずっと聞きたかったんすけど、
    なんで衛さんと仲良いんすか? パ
    ッと見、水と油っつうか、シンパシ
    ー感じないっつうか」
広 海「……」
みゆき「正解は、ザーサイのあとで、って感
    じっすか?」
広 海「美味しい」
みゆき「あ、マジで味わってたんだ」
    広海、食べ終え、箸を置く。
広 海「もともと中学の同級生だったんだ。
    キミの言う通り、あの男はサッカー
    部で、僕はオカルト研究部。あの男
    が卒業生代表なら、僕はボタンひと
    つ貰われることなく学校を後にした」
みゆき「衛さん、卒業生代表だったんだ」
広 海「たまたま同じ高校に進学して、そこ
    で初めて喋った。実は彼もオカルト
    の類が好きだったらしい。そして二
    年の夏、二人でUFOを呼ぶために
    山を登った」
みゆき「距離の縮まり方独特っすね」

○ ラーメン屋(昼)
    衛と結女、カウンターで隣同士、ラ
    ーメンを食べている。
広海の声「そこで彼は、中学時代の初恋につ
     いて話し始めたんだ」
    衛、ニンニクを取ろうと手を伸ばす。
    手には数珠。
    結女、それを見て、
結 女「あ」
 衛 「あ?」
    衛、結女を見て、
衛 「あ!」

○ 『陳氣楼』(昼)
    広海、話している。
広 海「どうやら初恋の相手は、僕に好意を
    寄せていたらしい」
みゆき「サッカー部が、オカルト研究部に負
    けたんすか」
広 海「そこで言われたんだ。本当は今日、
    お前を殺すつもりだったって」

○ 山・テント(夜)(広海の回想)
    土砂降りの雨、雷鳴、稲光。
    テントの中で、高校時代の広海と衛、
    座って話している。
 衛 「納得いかねえだろ。なんでお前みて
    えなチンチクリンに負けなきゃいけ
    ねえんだよ」
広 海「…すまない」
 衛 「オレはなあ、お前に負けた日からず
    っと、お前への復讐心だけをガソリ
    ンにしてきたんだよ。クソバカだっ
    たけどクソほど勉強して、お前と同
    じ高校入ってよぉ。やっとお前をぶ
    っ殺すところまで漕ぎつけた」
広 海「……」
 衛 「…でもお前めっちゃ良い奴じゃん!」
広 海「!」
 衛 「めっちゃムー貸してくれるしさぁ、
    おさがりのパソコンまでくれるじゃ
    ん! オレの復讐心返せよ! な
    あ! 返せってマジで!」
    衛、広海を揺さぶる。
広 海「…すまない」

○ 『陳氣楼』(昼)(戻り)
広 海「それから朝まで、一緒にUFOを呼
    んだ。そんなこんなで、今に至る」
みゆき「だから衛さん、定期的に占いハマる
    んだ」
広 海「僕がオカルトを好むのは、ただの好
    奇心かもしれない。だが彼は、野球
    少年が甲子園に出向くような純粋さ
    で、オカルトに興じている。それ以
    上に彼は、何に対しても誠実だ。誠
    実だからこそトラブルに巻き込まれ
    る、そして占いに走る」
みゆき「いいんだか悪いんだかって感じっす
    ね」
広 海「少なくとも僕は、そんな彼に憧れて
    いる」
みゆき「…なぁんだ、そういうことか」
広 海「?」
みゆき「お互いに、お互いが眩しいんっすね」
    みゆき、満足そうにザーサイを食べ
    る。
    広海、腑に落ちていない。


○ 小さな公園(昼)
    衛と結女、ベンチに座っている。
 衛 「それで、抱きついちゃったんだ」
結 女「…(頷く)」
 衛 「さぞかし面白かっただろうなぁ、そ
    んときのアイツ」
結 女「…正直、あんまり記憶がないです」
 衛 「でもまあ、そんなことされて嬉しく
    ない男はいないからね」
結 女「大川さんもですか?」
 衛 「いや、アイツもそりゃあ、男だから
    さ」
結 女「だとしたらちょっとガッカリです。
    私の中の大川さんは、そんな状況で
    も毅然とした態度でいるっていうか」
 衛 「アイツ別に、サイボーグではないか
    らね?」
結 女「(ため息)」
 衛 「まあアイツはその、…茹でる前のソ
    ウメンっつーかさ。芯はあるけど、
    決してブレないっつーか。誰かがア
    イツを茹でてあげたらね、話は変わ
    ってくるんだけど」
結 女「もう分かんないです!」
 衛 「え? ごめん」
結 女「ソウメンだったりヨーグルトだった
    り、結局大川さんって何なんです
    か?」
 衛 「ヨーグルト?」
結 女「私も早く、大川さんを味わってみた
    いです!」
 衛 「…え、下ネタ?」
    結女、我に返り、恥ずかしそうに俯
    く。
 衛 「じゃあ告っちゃえよ」
結 女「はぁ? そんな軽いノリでできるわ
    けないでしょう?」
 衛 「ノリに重いも軽いもねえだろ、ほら」
    結女、首を激しく横に振りながら、
結 女「絶対ムリです!」
 衛 「そんなの分かんねえじゃんかよ! 
    大丈夫だよ、オレがとっておきの方
    法知ってるからさ」
結 女「そうじゃなくて、…柳田さんも大川
    さんのこと好きなんです」
 衛 「……」
結 女「たぶん大川さんも、柳田さんのこと
    …。だから私が大川さんを好きとか
    そういう以前に、尊敬するお二人の
    恋路を邪魔したくないんです! こ
    んな私が、あの二人に割って入れる
    訳ないんです」
 衛 「じゃあ諦めんのかよ」
結 女「……」
 衛 「アイツがどう思ってるかなんてオレ
    にも分かんねえよ。でもアイツは今
    変わろうとしてる、それだけは絶対
    確かだ。アイツは今、自分を茹でて
    くれる熱湯を探してんだよ! だっ
    たら先に鍋ん中ぶち込んだモン勝ち
    だろうがよ!」
    結女、衛を見上げる。
    その時、衛のスマホに着信。
結 女「……」
 衛 「んだよどいつもこいつも間が悪りぃ
    な! (出て)今忙しいんだよ!」
夏美の声「助けて」
 衛 「あ?」
夏美の声「キューちゃんが動かないの、早く
     来て!」
 衛 「!」

○ 映画館・ロビー(夜)
    美希、モニターで上映時間をチェッ
    クしている。
    スマホを取り出し、広海とのトーク
    画面を開く。
美 希「……」

○ 美容院(夜)
    結女、座っている。
    美容師、やってきて、
美容師「今日は、いかがなさいますか」
結 女「とびっきり気持ちいいシャンプーし
    てほしいんです」
美容師「…あの、カットは?」
結 女「これから好きな人に告白しようと思
    うんです。もし上手くいったら、カ
    ラーしに来ます。ダメだったら、…
    バッサリ、お願いします」
    結女、鏡の自分をしっかりと見つめ
    る。

○ 道〜映画館・前(夜)
    広海、歩いている。
    映画館の前を通りかかる。
    足を止め、スマホを開く。
    美希とのトーク画面。
広 海「……」

○ 動物病院・手術室・前(夜)
    衛と夏美、座っている。
    夏美、手を合わせて祈っている。
    衛、声をかけられずにいる。
    『手術中』のランプが消え、医師、
    出てくる。
    夏美、すぐさま立ち上がり、
夏 美「先生、キューちゃんは!」
医 師「一命は取り留めましたが、まだ油断
    はできません。今晩が、峠ですね」
    夏美、膝から崩れ落ちる。
    衛、夏美の肩に手を乗せ、
 衛 「お前、まだ死んでねえんだからよ」
    夏美、嗚咽をあげて泣き始める。

   × × ×
    夏美、落ち着きを取り戻し、座って
    いる。
    衛、缶コーヒーを持ってきて、夏美
    に渡し、隣に座る。
 衛 「ICU、上の階だとよ。行かねえの
    かよ」
夏 美「……」
 衛 「つーかあのイヌ病気だったのかよ」
夏 美「それ以上無神経なこと言ったら殺す
    わよ」
 衛 「…じゃあ帰るわ」
    衛、立ち上がる。
    夏美、腕を掴み、
夏 美「待って! ひとりにしないで」
 衛 「どっちだよ」
夏 美「黙って、座ってて」
    衛、しぶしぶ座り直す。
夏 美「昼間はごめんなさい」
 衛 「……」
夏 美「あんなことが言いたかったんじゃな
    いの。でもあなたの顔見てたら、な
    んか、…可愛くて」
 衛 「(少し照れて)…うっせえよザコ」
夏 美「キューちゃんがウチに来たのは、ダ
    ンナが死んですぐだったわ。追い立
    てられるように葬式が終わって、寂
    しいなんて感じる間も無くペットシ
    ョップに行って、あの子を見つけた
    の。だから私は、未だにダンナが死
    んだこと、ちゃんと悲しんでないの」
 衛 「……」
夏 美「あの子が死んだら、ダンナの分の悲
    しみも、ちゃんと清算しなきゃ…」
    夏美の目から、涙がポロポロ零れる。
夏 美「ほんっとに、孤独って待ってくれな
    いわね」
    衛、ソファに頭をもたれて、
 衛 「…今日半休だったのになぁ」
夏 美「?」
 衛 「やたら忙しいな」
夏 美「…何よそれ」
 衛 「オレが肩代わりしてやるよ」
夏 美「…?」
 衛 「…なんつーか、この場面に立ち会っ
    た人間として、一緒に悲しむ義務が
    あるんじゃねえの? オレには」
夏 美「何それ、ナニワ金融道じゃないんだ
    から」
 衛 「…はい」
夏 美「…ありがと」
 衛 「……」
    会話が途切れる。
    二人、正面を向いて座っている。

○ 映画館・ロビー(夜)
    美希、スクリーンから出てきて、ス
    マホを見る。
    通知『新着メッセージがあります』。
美 希「!」
    開くと、広海から。
    『今度、会えませんか?』

○ 広海の家・居間(夜)
    広海、テーブルにスマホを置き、正
    座している。
    通知が来るや否や、スマホを取る。
    開くと、結女から。
広 海「!」
    『今度、会えませんか?』
広 海「……(困惑)」

○ 夏美の家・居間(昼)
    グツグツと煮え立つ鍋。
    広海、衛、結女、美希、夏美、座っ
    ている。
    夏美、鍋を全員に取り分けている。
    四人、全く喋らない。
夏 美「ほらみんな、熱いうちに食べて!」
美 希「あの、…ここはどこですか? とい
    うか、どちらさま?」
夏 美「ここは私の家。だから私が皆さんに、
    鍋を振る舞っています」
美 希「え、なんで?」
夏 美「食事は賑やかなほうがいいじゃない。
    キューちゃんの退院もまだかかるし」
 衛 「…(箸を持ち)じゃあ、いただきま
    しょうかね」
広 海「一旦整理しましょう」
 衛 「(置き)はい」
広 海「まず僕は柳田さんをお誘いしました。
    それと時を同じくして、長濱さんが
    僕を誘ってくださいました。で、キ
    ミは?」
 衛 「はい?」
広 海「なぜここにいて、いの一番に鍋をつ
    つこうとしているんだ?」
 衛 「ボクは、結女ちゃんと偶然会って話
    してたけど、途中になっちゃったか
    ら、改めてっていう思いで」
広 海「なるほど。ではなぜ、重本夏美さん
    の家に全員集合することになったん
    だ?」
 衛 「この熟女が、ボクと鍋を食べたいと
    いうご依頼を下さったので、それな
    らば、皆さんで和気あいあいと、と
    いう、ボクの計らいです」
広 海「つまりキミの余計な独断が、このカ
    オスな状況を生み出したということ
    だな」
 衛 「…ボク帰りましょうか?」
広 海「キミが帰ったらこの場は空中分解す
    る」
 衛 「なんか、責任重大だなあ」
広 海「もう少し考えて行動してくれ」
 衛 「はい」
結 女「いいじゃないですか。衛さんは、立
    会人ってことで居てもらえば」
 衛 「そうですね」
美 希「それはどうだか」
広 海「?」
    美希、二本目の缶ビールを開ける。
美 希「長濱さんはこの人が味方だから居て
    ほしいだけでしょ?」
結 女「……」
広 海「そうなんですか?」
 衛 「お前が聞くなよ」
夏 美「ほらみんな、熱いうちに食べて!」
広 海「いや、どちらかというと今、鍋より
    も議論のほうが熱を帯びてますので」
結 女「いただきます」
    結女、カニの足にかぶりつく。
広 海「いや、長濱さん?」
 衛 「これは、宣戦布告と捉えていいのか
    な?」
    美希、空いた缶を勢いよく置いて、
美 希「いい度胸してるじゃない」
広 海「え、柳田さん?」
美 希「結女ちゃんさぁ、実際のところどう
    思ってんの? 大川さんのこと好き
    なの?」
結 女「……(食べている)」
美 希「私は好きよ」
 衛 「!」
結 女「……」
美 希「私は大川さんが好き。本当は今日、
    告白するつもりだったの。でもこの
    まま結女ちゃんの気持ちを無視して、
    勝手に行動するのは良くないかなと
    思ってココに来たの」
広 海「……」
結 女「…おかわりください」
夏 美「ああ、はい」
美 希「逃げないでちゃんと話しなさいよ」
結 女「自分だって酒の力借りてるクセに」
美 希「はぁ?」
 衛 「まあまあ、二人とも落ち着いて」
広 海「なだめるフリして焚きつけるのは良
    くないぞ」
 衛 「お前が何も喋んねえからだろ」
広 海「僕が何を話すんだ?」
 衛 「いや、え? この状況分かってる? 
    今、お前をめぐって二人の女性がバ
    チバチしてるのよ?」
結 女「別にバチバチなんかしてません」
 衛 「?」
結 女「柳田さんがそうおっしゃるなら、私
    は何も言いません。譲ります」
美 希「……」
 衛 「え、本当にそれでいいのかよ」
結 女「そのほうが綺麗じゃないですか、結
    末として」
広 海「…なるほど」
 衛 「納得すんなよ」
美 希「いつまでそうやって自分に酔ってる
    わけ?」
結 女「……」
美 希「卑屈なフリしてれば、誰かが振り向
    いてくれるとでも思ってんの?」
結 女「そんなんじゃない」
美 希「そうでしょ。今だって、そうやって
    大川さんの気を引こうとしてるじゃ
    ない。言っとくけど社会ってそんな
    甘くないわよ。閉じてる心をわざわ
    ざこじ開けるほどね、みんなヒマじ
    ゃないの。そういうの、自惚れって
    いうのよ。分かる?」
結 女「それは違う!」
美 希「何が違うのよ!」
結 女「そういう考えの人がいるから、臆病
    な人間が行き詰まるんです。弱い人
    間が自分を守っちゃいけないんです
    か? 逃げちゃいけないんですか? 
    私はそんなの、絶対違うと思います」
 衛 「あの〜、…今、何の話でしたっけ」
美 希「…それが通用するなら、強がってる
    弱い人間は一生報われないね」
結 女「……」
美 希「私だって強くなりたいわよ。立場と
    か人間関係とか何も気にしないで、
    ただ好きだから好きって言いたいわ
    よ」
広 海「……」
美 希「やっぱり来なきゃよかった」
    美希、ビールを飲み干す。
夏 美「あの〜う、私も喋っていいかしら」
 衛 「?」
夏 美「二人がそんなふうに思うのは、恋を
    しているから、じゃない?」
美 希「…?」
夏 美「きっと恋してない時の人って、大胆
    になれたり、もっと自由なものよ。
    私だってそう。今は自由すぎて、ち
    ょっぴり困ってるけど。…でも、い
    ざ恋ができなくなると、その不自由
    さももどかしさも、ものすごく羨ま
    しくなるの。二人は弱い人なんじゃ
    なくて、恋してるから弱いの。だか
    ら私、二人がすごく羨ましい」
 衛 「…ババア」
夏 美「恋って本当に素晴らしいものね。…
    はいっ、ババア黙りま〜す!」
    夏美、カニを頬張り始める。
広 海「…じゃあ、僕が喋ります」
結 女「…?」
広 海「柳田さん」
美 希「…はい」
    広海、たどたどしく喋り出す。
広 海「あなたは僕に、人と分かり合うこと
    の素晴らしさを教えてくれました。
    あなたとくだらない話をして、目と
    目を合わせて笑っているとき、僕は
    確かに、誰かと生きることの喜びを
    実感していました。ひとりよがりの
    自分に、そんな心をくれたこと、本
    当に感謝しています」
美 希「……」
広 海「長濱結女さん」
結 女「……」
広 海「あなたが僕に向けてくれたひたむき
    な心は、僕のような人間が受け取る
    にはあまりにも眩しく、尊いもので
    した。誰かに認めてもらいたいから
    頑張る、つらいことも乗り越えられ
    る。あなたからはそんな、人を好き
    になることの強さを学びました。あ
    なたと共に働けて、本当によかった
    と思います」
結 女「……」
広 海「僕は、このぴったりと重さの等しい
    恋にどうしたら答えを出せるか、ず
    っと考えていました。今でも答えは
    出ていません。もしかしたら、一生
    出ないかもしれない」
 衛 「……」
広 海「だから、この言葉をもって、この恋
    を終わりにしたいと思います」
    広海、立ち上がり、
広 海「素晴らしい恋を、ありがとうござい
    ました」
    広海、深く頭を下げる。
    美希、結女、衛、夏美、それをじっ
    と見ている。

   × × ×
    全員、取り皿の具材を鍋に戻してい
    る。
 衛 「本当に大丈夫か? これ」
夏 美「大丈夫よ! せっかくならあったか
    くして食べたいでしょ?」
    衛、広海が戻しているのを制して、
 衛 「おい、テメエはダメだ」
広 海「なぜ?」
 衛 「さんざん人のこと巻き込んで勝手に
    あんなオチ付けたんだぞ? 罰とし
    て、酒買い足してこい」
広 海「…そうだな」
結 女「いや、私行きます。後輩なんで」
 衛 「いや、いいって」
美 希「じゃあ私も。一番飲んでるし」
 衛 「…じゃあ、女性陣お願いしていいっ
    すか?」
夏 美「私も行こっかな!」
 衛 「ババアは留守番してろよ」

○ 道(夜)
    美希と結女、たんまり酒の入った袋
    を提げて歩いている。
    結女、急に立ち止まり、頭を下げる。
結 女「ごめんなさい!」
美 希「?」
結 女「クソ生意気な口利いてしまいました」
美 希「(笑いながら)ほんっと、クソ生意
    気だった」
    結女、頭を上げ、申し訳なさそうな
    顔。
美 希「大川さんのこと好きになって、よか
    ったね」
結 女「……」
美 希「ほんっとによかった。そう思わな
    い?」
    結女、微かに笑みを浮かべ、頷く。
    美希、笑って頷く。
    二人、また歩き出す。

○ 夏美の家・居間(夜)
    広海、机に突っ伏して寝ている。
    衛、ソファに座って飲んでいる。
    夏美、やってきて、
夏 美「大川さん、大丈夫?」
 衛 「電池切れだよ。一世一代の大演説か
    ましたから」
    夏美、隣に座る。
 衛 「…ありがとな」
夏 美「え?」
 衛 「いや、俺が思ってること、言ってく
    れて。あんたならさ、なんかやって
    くれんじゃねえかなって思ったんだ
    よ」
夏 美「誰かの役に立てば、私も孤独じゃな
    くなるって、思ってくれたんでし
    ょ?」
 衛 「……」
夏 美「本当に優しいのね、あなたって」
    衛、夏美を見つめる。
    夏美も見つめ返す。
    徐々に顔を近づけていく二人。
    広海、目を覚まし、起き上がる。
    衛、素早く立ち上がり、
 衛 「雑炊、食うだろ?」
広 海「ああ、うん」
    美希と結女、帰ってくる。
    全員テーブルに集まり、ワイワイ賑
    やかに話している。
  
○ 占いの館(夜)
    轟の部屋。広海、訪れている。
 轟 「あらそう。そういう結末を選んだの
    は、意外だったわ」
広 海「先生にも占えないことがあるんです
    ね」
 轟 「だからやめられないの、占い師って」
    広海、財布から二万円を取り出す。
広 海「今度こそ、ちゃんと恋愛がしたいん
    ですが」
 轟 「……(困惑)」

○ バー『MILK』(夜)
    広海、カウンターで(牛乳を)飲ん
    でいる。
    手には数珠。
    衛、やってきて、隣に座る。
広 海「キミも知ってたのか」
 衛 「柳田さんに聞いたんだよ。お前ホン
    ト、惜しいことしたな。めっちゃい
    い女じゃん」
広 海「ああ、心底惜しいことをしたと思っ
    てるよ」
 衛 「同じものを」
マスター「かしこまりました」

○ 美容室(夜)
    結女、座っている。
    美容師、やってきて、
美容師「今日は、どうなさいますか」
結 女「バッサリ、お願いします」
美容師「…そうですか」
結 女「あとカラーも」
美容師「え?」
結 女「とびきりいい女にしてください」
    結女、鏡の自分を見て、微笑む。
美容師「かしこまりましたっ」

○ バー『MILK』(夜)
 衛 「で、どうだよ、新しい恋模様のほう
    は」
広 海「…キミは意図的にオネショをしたこ
    とがあるか? 僕はある」
 衛 「相変わらず、入りが独特だねぇ」
広 海「人間は成長すると、尿意をある程度
    理性でコントロールできるようにな
    る。トイレ以外の場所で放尿しよう
    としても、なかなか出ないのはその
    ためだ。ある日、その理性を突破し
    たくなった」
 衛 「そこは衝動が勝つのかよ。恋愛はさ
    んざんこねくり回しといて」
広 海「それ以降、オネショが止まらなくな
    った。まさにそんな感じだ」
 衛 「と、言いますと?」
広 海「見る女性が全員魅力的に見える」
    広海、頭を抱える。
 衛 「…極端だなお前」
    衛、牛乳を飲む。

○ ホテル・女子更衣室(夜)
    制服姿の美希、ロッカーを開ける。
    カラン、という音。
美 希「?」
    紛失していた数珠が落ちている。
美 希「あ! なんだここにあった…」
    美希、拾い上げ、しばらく見つめる。
    やれやれ、という顔。
    そのままゴミ箱に投げる。
    見事、入る。
美 希「よしっ」
    吹っ切れた、という笑顔。

○ バー『MILK』(夜)
広 海「ひとつ頼みがある」
 衛 「どうぞ、何なりと」
広 海「…キミの下で働いてる女性、いるよ
な?」
 衛 「絶対覚えてんだろ。みゆきな?」
広 海「……」
 衛 「…お前、まさか」
広 海「連絡先を教えてくれないか」
 衛 「…恋は人を変えるねぇ」
広 海「…いい響きだな」
    広海、美味そうに牛乳を飲む。
                  (完)

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。