野口薬局 その他

トランスジェンダーを隠す為一度だけ男子同級生と関係を持ち妊娠をした素子は18歳で男児を出産した。女性という事を隠しながらホストクラブで働き一人で千太郎を育てていた素子は父親にも母親にもなれないというジレンマと心身共に疲弊してしまった事で心のバランスを崩した。千太郎に虐待をし、殺してしまったと思い込んだ素子は罪の意識を持ちながらも逃げ回っていた。しかし、27年後、被災地である福島の地で互いに親子とは知らず不思議な出来事によって再会する事となり、それからの二人に信じがたい奇跡が起こり始める。
米谷安代 375 0 0 11/04
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第一稿

○震災に遭い、静まりかえっている町
 
 大きな枇杷の木の葉が風で揺れている
木の根元には錆びてボロボロになった野口薬局の看板が落ちている

 
○ラブホテル室内(昼) ...続きを読む
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○震災に遭い、静まりかえっている町
 
 大きな枇杷の木の葉が風で揺れている
木の根元には錆びてボロボロになった野口薬局の看板が落ちている

 
○ラブホテル室内(昼)
 素子(45)とパートの女性(68)、ベッドメイキングをしている。

パート女性「金かけてまで、こんなとこで、やんなくったっていいのにさぁ。あぁあ、こんな汚して!嫌になるねぇまったく!」

 顔をしかめながらシーツを剥いでいるパート女性

 無表情で淡々と掃除をしている素子
  
(回想)

× × ×

○古びたラブホテル(夕方)

○同・ホテル古びた廊下

同級生男子と部屋に入って行く素子(18)

男子同級生(18)「お前、女が好きなんやて?皆んな言うてるで、お前はそっちの人間やて。違うんやったら、俺とやって、証明せぇやっ!」

男子同級生を睨んでいる素子(18)

そう言って笑いながら、ベッドに素子を押し倒す男子同級生

顔は無表情、手は握り拳で悟られまいと必死に耐えている素子

素子の服を剥ぎ取ると、覆い被さる男子同級生

無表情でされるがままの素子

興奮しながらSEXを一方的にしている男子同級生

男子「あかん!我慢できひん、中で出てまう!イクッ!あぁ、うぅっ!」

息荒くベッドに横たわる男子同級生

無表情ながら唇を噛み締め、天井を見ている素子

床には男性の下着がそれぞれ違う所に2枚落ちている
 
○立派な日本家屋
 家に着くなり洗面所に駆け込み、シンクに顔を突き出し、吐いている高校生の素子

素子(18)のえずく声に慌てて洗面所に駆け込んで来る素子の母親

○同洗面所

 困惑しながら素子(18)の背中を摩る母親

素子母親「どないしたん?なんかに、あたったんやろうか?お昼何食べたん?」

心配そうに背中をさすり続ける母親

えづき続ける素子(18)

 はっ!と何かに気づいた表情をする母親

母親「素ちゃん、あんたまさか妊娠したんと違うよね?もとちゃんに限ってそんな事ないよね?」

 びくっとする素子(18)

母親「素ちゃん、あんた・・・」
 
○同自宅立派な座敷(夜)

 声なし

 素子(18)、父親に頬をぶたれ、それを庇っている母親

○同自宅立派な玄関(夜)
 大きなバッグを持ち、飛び出す素子(18)
 素子を追う母親

○路地(夜)
素子を追い切れず泣きながら道に座り込む母親

逃げる様に走り続ける素子(18)

× × ×

(回想終了)    
 
(現実)
○都内(昼)
人が沢山行き交っている

帽子を深く被り、うつむきながら歩いている素子(45)

正面から子供と手を繋ぎ楽しそうに会話しながら歩いてくる母子

すれ違いざまに、その親子を振り返って見ている素子(45)

暗い表情で再び歩き出す素子

 
○田舎の古い木造の薬局(朝)

太陽の優しい光に照らされている薬局
その横には大きな枇杷の木が立っている

薬局から出てくる白衣を着た柚男(33)
気持ち良さそうに笑顔で深呼吸をしている柚男
 
○同都内(昼)
相変わらず、うつむきながら歩いている素子 

前方で、素子に手招きをしている怪しい老女の占い師 
             
老女占い師「(不気味な笑い方で手招きしている)」

警戒しながらも、吸い込まれる様に老女占い師に近寄って行く素子

老女占い師「(無言で笑い、『座れ』と椅子を指差す」

素子「(戸惑いながら座る)」

素子をチラッと見て薄笑いをした後、目を閉じながら水晶に手をかざしている老女占い師

そんな占い師を警戒しながらも、水晶を見ている素子

水晶の上を回している手をピタッと止めてニヤッと素子を見る老女占い師

水晶には森の中に建っている野口薬局が写っている。

水晶を見ろと、顎を上下させている老女占い師

水晶を覗き込み、驚いている素子


ポケットから枇杷の葉を取り出すとマジックで文字を書き出し、不気味に微笑みながら、葉を素子に渡す、老女占い師

恐る恐る受け取る素子

老女占い師「(無言で『行け』顎を上下に動かす)」

素子「・・・・」

素子を見て不敵な笑みを浮かべている占い師

些か薄気味悪いといった感じで、葉を鞄に突っ込みその場を立ち去り、すぐに振り返る素子

老女占い師はいない

素子「えっ!?」

思わず声を出し、驚きながら周りを見渡している素子

しばらく、呆然とするが、人混みの中、人を避けながら足早に喫茶店に入って行く素子

○(昼)都内喫茶店内

 喫茶店、一番奥の目立たないテーブルに座り、枇杷の葉に書かれた文字を見ている素子

○同喫茶店内
 オーダーを取りに来るウェイトレス

ウェイトレス「ご注文はお決まりですか?」

その声にビクッとする素子
咄嗟に葉をテーブルの下に隠す素子

素子「あ、あぁ、じゃあコーヒーを」

ウェイトレス「かしこまりました」

去るウェイトレス

そっとテーブルの下から枇杷の葉を出し、もう一度、眺めている素子

葉には、「福島県双葉郡浪江町、野口薬局に向かえ!」と、だけ書いてある。


○(朝)森の中の野口薬局

  風の音、カッコウの鳴き声

 白衣姿、背中には籠を背負い、枇杷の木を愛しく手の平で触っている柚男

振り返り愛おしく薬局を見た後、籠をしっかり担ぎ直し、丘の方へ歩いて行く柚男

枇杷の葉が風で勢いよく揺れている

葉の擦れる音

青空

○(昼)都内公園の空
 
 スーツ姿、浮かない顔でベンチに座り牛乳を飲んでいる千太郎
横には菓子パンが無造作に置いてある

千太郎「何やってんだろうなぁ、俺は」

ため息を吐き、牛乳を飲みながら、空を見上げている千太郎

モジモジしながら千太郎を見ている若い男性ホームレス

千太郎のパンを見ているホームレス

ホームレスと目が合う千太郎

千太郎「・・・」

ホームレスがパンを見ている事に気が付く千太郎

千太郎「パン、欲しいの?」

ホームレス「(嬉しそうにうなずく)」

千太郎「やるよ」

そう言ってホームレスにパンを投げる千太郎

投げられたパンを落とさない様に必死に受け止めるホームレス

ホームレス「(嬉しそうに無言で何回も頭を下げている)」

笑顔で千太郎に近寄って来るホームレス

千太郎「何だよ(ビビりながら)」

笑顔で千太郎に近寄り、枇杷の葉を差し出すホームレス

思わず枇杷の葉を受け取り、唖然とホームレスを見ている千太郎

千太郎「何だよこれ?」

ただ、ニコニコしてながら千太郎を見ているホームレス

千太郎「何なんだよ」

葉を指差しているホームレス

千太郎「何だよ?」

相変わらず、ニコニコしながら葉を指差しているホームレス

千太郎、不機嫌そうに、
千太郎「意味わかんねぇ奴だなぁ」

そう言いながら、枇杷の葉を裏返す千太郎

葉には、「福島県双葉郡浪江町の野口薬局へ」と、だけ書かれてある

千太郎「福島県?なんだこれ?」
そう言って、顔を上げる千太郎

ホームレスはいない

千太郎「えっ?なに!?」

驚いた表情で立ち上がり、辺りを見回す千太郎

首を傾げ、もう一度、辺りを見渡し、ポケットに枇杷の葉を突っ込む千太郎

○同・公園 
  一瞬優しい風が通り抜ける

千太郎「(呆然)」
 
○(翌朝)東京駅ホーム
帽子を深々と被り、身を隠す様に下を向き列車を待っている素子
辺りを気にしている様子の素子

○同駅ホーム
 列車が到着する

ドアが開くと足早に中に入り、窓側の席に座り、うつむいている素子

次々と乗ってくる乗客

素子の席近く母子が席を確認しながら歩いて来る

素子「(慌てて顔を帽子で隠す)」

子供「ママ、僕のお席どこ?」

 子供の声に反応する素子

子供の母親「あっ、ここだわ」

 顔を窓の方に向ける素子
 
子供「僕、このお席やだ!」
母親「ダメ。お席は決まってるの」
子供「やだ!お外見たい!」
母親「もう、わがまま言わないの!」

 地団駄を踏む子供

素子「あの、良かったらどうぞ」

 そう言って立ち上がる素子

母親「そんな、申し訳ないです。もう、ワガママ言わないの!すぐ、叔母ちゃんの家に着くんだから、我慢しなさい!」
子供「嫌だ!我慢出来ない!」
母親「ママ、怒るよ!」

素子「僕、おばちゃんと、お席変わってくれる?おばちゃん、そこのお席が良いんだぁ」

子供「うん!いいよ!変わってあげる!」

素子「ありがとう」

母親「(恐縮)すみません。ありがとうございます」

 深々と頭を下げる母親

 席を変わる素子

母親「有り難うございますは?」
子供「どうしてぇ?だって、おばちゃんが変わってって言うから」
母親「こら!すみません(頭を下げる)」

 小さく笑いながら首を横に振る素子

母親「ありがとうございました。最近、急にわがままになっちゃって、この子」
苦笑いで困った表情の母親

素子「おいくつですか?」
母親に尋ねている素子

子供「今日僕のお誕生日なんだよ!5歳になったんだよ!ねっ、ママ!」
母親「そうね」
 そう言って優しく子供を見る母親

素子「9月20日・・」
子供「そうだよ!だから、叔母ちゃんの家でお祝いするんだ!」
素子「そう、良いわね。僕、お名前は?」
子供「千太郎!」

 非常に驚いた表情の素子
 胸を抑え、下を向く素子

子供「おばちゃん、どうしたの?」
母親「ご気分でもお悪いですか?」

 慌てて首を横に振り、取り繕う様に笑う素子

素子「良いお名前だね」

子供「千ちゃんって呼んで良いよ!」

 頑張って微笑み、うなづいている素子

○同車内
 列車が動き出す

子供「あっ!動いた!」
母親「千太郎、静かにね」
子供「はぁい(しょぼくれて)」

子供を愛おしそうに見ている素子

母親「あの、ご旅行ですか?」
素子「いえ・・」
母親「私達はお墓参りなんです」
素子「そうですか。どちらまで?」
母親「福島県の浪江町です」
素子「あぁ、私もです」
母親「そうなんですか?お墓参りですか?」
素子「(首を横に振り)私は違うんですけど」
母親「そうですかぁ。見ず知らずの方に話す事じゃないんですけど。私、実家に帰るのが6年振りなんです。震災がある一ヶ月前に家出して。一人でこの子生んだんです」

 そう言うと、母親は嬉しそうに車窓から外を眺めている子供を見ながら、頭を撫で、ため息まじりで笑う母親

素子「お一人で?」

母親「(うなずく)17歳の時に妊娠したんです。親には今なら下ろして人生やり直せるとか、担任には、それが嫌なら、夏休みを利用して産んだ後、里親制度を利用したらバレないとか。私、そんな大人の中にいるのが嫌になっちゃって、後先考えずに実家を飛び出してこの子を産んだんです。私の場合は運が良かったのかな。東京に来たはいいけど、行くあてもなくて、食べてないから体もフラフラで。そうしたら、良い匂いがして。おばあちゃんが一人でやってたコロッケ屋の前で無意識に立っていたんです(笑っている)お腹がグーってなっちゃって。二日間公園の水しか飲んでなかったから。そうしたら、おばあちゃんが揚げたてのコロッケを何も言わずにくれたんです。(再び笑いながら)菜箸で揚げたてのコロッケを挟んで、「食べな」って。ぶっきら棒だけど優しい人で。貰ったコロッケが熱くて美味しくて泣きながら食べました。子供だったんです私。子供が子供産んで良いのかって、この子を幸せに出来るのかなって急に不安になって。だけど、おばあちゃん、何にも聞かずに私を置いてくれました。少し出たお腹を見たら分かったんでしょうね。でも、この子を産んで良かった。私の宝だから。私が生きてる証だから」

 少し涙ぐむが、明るい顔に戻る母親

母親「私ね、武蔵小山でコロッケ屋をやっているんです!もう、コロッケだけ!おばあちゃんが教えてくれたコロッケだけです。でもね、親子二人くらいは生活して行けるんですよ!贅沢は出来ないけど」

素子「そう」

母親「あぁ、なんか、すみません、初めて会った方に私喋りすぎちゃって。でも、あなたには話したくなったんです。不思議だけど(恐縮してながら笑っている)ごめんなさい」

 首を横に振る素子。

 (回想)
× × ×

○汚いアパートの一室
机には乱雑に置かれた母子手帳
母子手帳に9月20日と書いてある
食べ物が散乱している
1歳半の千太郎が泣いている。口の周りにケチャップが付いている。

ケチャップで畳が汚れている

アパートの玄関ドアが開く

男装した素子が疲れ果てて入って来る

ケチャップまみれの畳を見る素子

素子「何やってんねん!畳汚して!」

ほとほと疲れて足から崩れる素子

素子の大声に驚き、更に強く泣き出す千太郎

素子「もう、うるさい、うるさい!なんでなん?なんで、あんたが泣くん?泣きたいんはこっちや!もう、いやや!」

小さい灰皿を千太郎に投げつける素子

灰皿が千太郎の額にあたる。
鈍い音
更に泣き出す千太郎の額から血が大量に流れている

驚き、焦っている素子

素子「私のせいやない!あんたなんかいなくなればえぇんや!」

そう言ってバッグだけを持ち、逃げる様に部屋を飛び出して行く素子

素子の足元、安っぽい便所サンダル

○アパートの外
逃げる様に走る素子

○同アパート
顔中血塗れで泣き叫んでいる千太郎

○アパート近く住宅街
 耳を押さえながら必死で走って逃げている素子
 
  (回想終了)
× × ×

  (現実)
○同列車内
列車に乗っている素子と母子

素子「千ちゃんに会ったらご両親は、きっと、喜びますね」

 目線を下に向ける母親

 不思議に思う素子

母親「もう、いないんです。震災で両親は亡くなりました。でも、二人は同時に見つかって。家からだいぶ離れたテトラポットで折り重なるように。私の両親は仲が良かったから、一緒だった事が、せめてもの救いです。
私が家を飛び出した一ヶ月後に、あんな悲惨な事が起こるなんて思ってもみなかった。きっと、私にバチが当たったんですよね。叔母が知らせてくれたのに、すぐには行けなかったんです、どうしても。死んでいても会わせる顔がなかったから」

素子「死んだ人は許してくれますよ、きっと」

口を一文字に結び、涙を堪えている母親

母親「(うなづく)」

○同列車内
 寝ている(子供)千太郎を見ている素子

しばらく、静かな時間が流れている

列車が走る音
 
○浪江駅
 駅から出て来る、素子と母子

母親「何だか知らない所に来たみたい」

 何もなくなった町をただ呆然と見つめている母親

子供「ママ、行かないの?」
母親「そうね、行こうか」
子供「おばちゃん、さようなら」
素子「さようなら」
母親「じゃあ、お元気で」

 素子にお辞儀をして立ち去る母子
 親子の後ろ姿を見ている素子

 振り返り素子に手を振る子供

 微笑みながら小さく手を振り返している素子

  ○田舎の道(夜)

 素子、田舎道を歩いている
前方に小さな宿から灯りが漏れている
宿に向かって歩いて行く素子

○宿の前(夜)
 立ち止まり宿の看板を確認する素子
素子「(呟く様に)坂本旅館」

 のれんをくぐる素子

○同宿・玄関先
素子「ごめんください」

宿の主人・滋の声「はい」

 奥からが出てくる滋

素子「あの、空いてますか?」
滋「ようこそ。空いでますよ。どうぞ(優しい笑顔)」

靴を脱ぎ宿に上がる素子

○同・宿内
滋「こぢらです」

素子を部屋へ案内する滋
後をついていく素子

滋「このお部屋です。そんじは、ゆっくりしてくんちぇね」

 笑顔で会釈をする滋

 会釈をする素子

 微笑みながら会釈をして、部屋を出ていく滋

 ○(夜)同・宿の部屋
 部屋の窓から、月に照らされている枇杷の木を静かに見ている素子

 ○(翌朝)同・宿
 階段を降り、宿一階の食堂に行く素子

 ○(朝)宿・居間
テーブルに用意されている朝食に気がつく素子

台所から味噌汁を入れたお盆を持って居間に入ってくる滋

滋「おはようごぜぇます。さぁさぁ、あったけぇ(温かい)うちに、食べてくんちぇ」

素子に手招きをする滋

軽く会釈をしてテーブルにつく素子

素子の前に湯気が立った味噌汁を置く滋

滋「さぁさぁ、あったけぇうちに」

主人に会釈する素子

素子「(手を合わせ)いただきます」

素子、一口食べ、

素子「あっ、美味しい」

そう言って滋を見る素子

滋「そりゃあ、いがった」

笑顔でうなずく滋
美味しそうに食べ続ける素子

素子「ご馳走さまでした」

  
茶碗をお盆にのせ、台所に運ぶ素子

○同・宿の台所

台所に入る素子

古い椅子に腰掛け、窓から外を見ながらタバコを吸っている滋

素子「あの、ご馳走さまでした。凄く美味しかったです」

滋「そりゃぁ、いがった」

 台の上にお盆を静かに置く素子

素子「あのぉ、野口薬局って、ご存知ですか?(聞きにくそうに)


滋「あぁ、知ってっぺ。あんだ、行きてぇんが?」

素子「あっ、はい」

吸っているタバコを消して立ち上がる滋

滋「ここの人でねぇど、分がんねぇがら、送って行くど」

素子「(恐縮しながら)いいんですか?」

滋「バスが行がねぇとごでなぁ」

素子「あぁ、すみません、ありがとうございます」

滋、短くなったタバコを吸いながら素子をじっと見たあと、

滋「あんだ....」

素子「えっ?」

滋「いんや、なんもねぇ。乗りらんしょ」

素子「お願いします」

○(朝)宿の庭先

軽トラを素子の前につける滋

帽子を深々とかぶり、軽トラの助手席に乗る素子

軽トラはゆっくり宿の敷地内を出る

途中、景色の良い田舎道を走る
車内から景色を眺めている素子

素子「この辺は無事だったんですね」
滋「あぁ、こごはなぁ」

ハンドルを握る滋の腕に深い傷の跡が何箇所もある

その傷を見ている素子

素子の様子に気がついた滋

滋「この傷はのぉ、震災の時に倒れて来た木があたってのぉ。けんど、こごにおったら、どんなに深い傷でも消えっど。特に野口さんのとごろに行きゃあなぁ。あんだも、どっか悪いんが?」

素子「あ、いえ、特に・・」
滋「そうがい」

 ○(朝)森の中
細い道を揺れながら軽トラが通る

前方に、木造の白い家が見える
玄関先に風見鶏と看板に『野口薬局』と書かれてある

 同・森の中・野口薬局前(午後)

素子を乗せた軽トラが野口薬局前に止まる
車から降り、運転席の滋の所にまわる素子

素子「有難うございました」

会釈をする素子

滋「戻るもよし戻らぬもよし。また、連絡くれたらえぇがら」

素子「えっ?」

微笑み、うなづいている滋

片手を軽く上げ、軽トラで来た道を戻って行く滋 

お辞儀をして、軽トラが見えなくなるまで見ている素子

軽トラが見えなくなると薬局に入って行く素子

素子「ごめんください(恐る恐る)」

素子、何度も呼ぶが、中からの反応がない

素子、呼ぶ事を諦めかけた時、後方から柚男の声

柚男「いらっしゃい」
 
 驚き、振り返る素子

白衣を着て、ザル一杯に枇杷の実を抱え優しい笑顔で立っている柚男

素子「あ、こんにちは、あぁ、あの」

言葉を詰まらせる素子

柚男「どうぞ中に」

素子をじっと見る柚男

「しまった!」と言わんばかりの戸惑った表情で顔を下に向ける素子

素子「あぁ、やっぱり帰ります。すみませんでした」

そそくさと店さ立ち去ろうとする素子

柚男「あっ、待って下さい!心配しなくて大丈夫ですよ」

足を止め、ゆっくり後ろを振り返り柚男を見る素子

優しく微笑んでいる柚男

柚男「庭でこれ食べませんか?」

そう言って枇杷の実を一つ持ち上げ、素子に見せる柚男

素子「・・・・・・・」

柚男「こっちの庭は、気持ちの良い風が通るんです。良かったらどうですか?」

不信感を持ちつつ、ぎこちなくうなづく素子

柚男「じゃぁ、どうぞ」

そう言って庭に向かう柚男

柚男の後を距離をあけながら、ついて行く素子

 ○野口薬局.庭
 庭には古びた机と椅子が3脚置いてある

柚男「好きな所に座って下さい」

 椅子に座る素子

 枇杷の実が入ったザルを机に置き座る柚男

素子「あ、あの、ここって薬局ですよね?」
柚男「はい、そうですよ」
素子「あ、えっと、でも、見た感じ薬がお店に一個もなかったから」

クスッと笑う柚男

柚男「ですよね、怪しいですよね。でも、ここは正真正銘、薬局です。薬草を処方しています」
素子「漢方薬、ですか?」
柚男「まぁ、そんなとこです」
素子「あぁ」

 疑心暗鬼な素子

素子「あのぉ」

そう言うと、上着のポケットから枇杷の葉を取り出し、柚男に見せる素子

素子「あぁ、あの、信じてもらえないかもしれないけど、街で不思議な占い師のおばさんに呼ばれて、この葉を渡されたんです。何だか、きみが悪いって思ったのに、どうしてだか足がここに向いてしまって来てしまいました。あのぉ、知り合いの方に占い師っていますか?」

 遠慮がちに柚男に尋ねている素子

柚男「いいえ、知り合いで占い師はいないですけど、きっと、ここに、来なくてはいけない何かがあるんじゃないですかね?」

素子「何か?」

柚男「はい、来なければいけない何か。理由みたいなもの?まぁ、これは単なる僕の憶測に過ぎませんけど」
 そう言うと、笑顔で枇杷の実を頬張る柚男

柚男「あの、どうぞ(籠を素子に寄せながら)」
柚男「あぁ、えっと、名前聞いても良いですか?」

 素子、戸惑いながらも、

素子「素子と言います」
柚男「素子さん。はい、分かりました。素子さん、枇杷、食べて見て下さい」

 会釈をし、実を一つ摘み、皮を剥き、ひと口かじる素子

素子「あっ、美味しい」
柚男「それは良かったです」

 しばらく陽が落ちるのを見ながら一切会話をしない素子と柚男

 ○同庭
 辺りが少し薄暗くなって来る

柚男「夕日が沈むと綺麗な月が出ます。そして朝になって太陽が昇る。それだけは何が起こっても変わりません。町は変わってしまっても、それだけは同じなんです。でも、そんな当たり前の事が、僕にとっては一番大切な事だったんですけどね」

哀しげに空を見上げる柚男

 柚男の言葉がひっかかるものの、同じく空を眺める素子

 ○同・庭
  空には黄昏月
 
柚男「良かったら泊まっていかれたらどうですか?もう電車もバスも無いですし」

素子「そうなんですか・・まだ6時なのに?」

柚男「ここは田舎ですからね!(笑いながら)」

素子「じゃぁ、お願いします」

柚男「二階が空いていますからそこに」
素子「ありがとうございます」

 枇杷の葉が風に揺れている

 ○同・薬局二階(朝)
素子がベッドで寝ている
カーテンから光が漏れている。
目を覚まし、目をこすりながら起き上がる素子
カーテンを開けて外を見る素子

晴天

着替えて一階に降りて行く素子

○野口薬局内の台所(朝)
 白衣を着て朝食を作っている柚男降りてきた素子に気がつき笑顔で、

柚男「おはようございます。朝ごはんが出来ていますよ。さぁ座って下さい」

素子「何だかすみません、泊めて頂いた上に・・」

柚男「気にしないでください。あっ、じゃあ、これを運んで貰えますか」

焼きたてのパンをオーブンから取り出そうとする柚男

柚男「アチッ!(熱がりながら笑っている)」

 びっくりするが、笑い出す素子
 少し遅れて、笑い出す柚男

 笑いながら、焼きたてのパンをカゴに入れる柚男

柚男「じゃあ、これ、お願いします」
素子「はい。あぁ、いい匂いですね」
柚男「美味しいですよ」

 他の料理や飲み物も机に並べ、柚男、素子は席に着く

素子「(合掌)いただきます」
柚男「(合掌)いただきます」

 朝食を食べる素子、柚男

 突然、食べている手を止める素子

素子「私・・・」
柚男「はい」

食べている手を止める柚男

素子「私、子供を殺したんです」
柚男「はい」
素子「驚かないんですか?」
柚男「はい」
素子「本当なんです!」
柚男「はい」
素子「28年前に男の子を産みました。早くに産んで、お金もなくて、頼る人もいなくて。一日中働いて帰って来て、疲れていました。泣き止まないあの子にイライラして、ワーッ!ってなって。何かを投げつけました。何を投げたかも記憶にないくらい気が高ぶっていたんです。一歳の息子の額から血が沢山流れて、あんなに小さなあの子の顔が、あっという間に血だらけになって、怖くなって、どうしようって、パニックになって、アパートを逃げる様に飛び出したんです。あの子を一人残して。気がついたら知らない街にいました。あてもなく、数日間フラフラ歩いていたら、電気屋のテレビで赤ちゃんが殺されてるってニュースが流れていて、それで、私が住んでいたアパートが映っていて、私、怖くなって、27年間逃げているんです。毎日毎日、捕まりたくないって気持ちの方が勝ってる自分が死にたいくらい嫌で。でも死ねなかった。でも今は死んで、あの子に謝りたいって、今すぐにでも謝りたいって思っていて・・」

 泣きながらそう話す素子

柚男「その為にここにいるのかもしれませんね、きっと」

 静かにそう言うと、食堂を出て、店に行く柚男

 ○同・薬局食堂
 不安そうにうつむいている素子

 しばらくすると、綺麗な瓶に入った綺麗な色の薬草茶を持ち、食堂に戻って来る柚男

不思議そうにそれを見ている素子

柚男「これは、あなたの為の煎じ薬です。飲んで見て下さい」

そう言うと、それを素子の前に置く柚男

多少、不安な表情をするが、飲む素子

 涙を一筋流す素子

 思わず柚男の顔を見上げる素子

柚男「どうですか?」
素子「美味しいです。本当に・・美味しい」

 肩を震わせ、泣き出す素子

 そっとその場を離れ庭に出る柚男

○同薬局・庭
大きな枇杷の木の幹にそっと手を添え、一番上で風に揺れている葉を見ている柚男
 カッコウの鳴き声、風で葉が擦れる音
 
  
○都内(夕方)
 老婆の家・玄関先

スーツを着た千太郎(28)、陽一(27)が乗ったベンツが止まる

老婆の玄関ドア横、呼び鈴を押している   

ドアが開き老婆が浮かない表情で出てくる

 千太郎と陽一に分厚い茶封筒を手にしている老婆

千太郎「裕之さんの上司で成田と申します」

偽の名刺を老婆に渡している千太郎

老婆「裕之の事、助けて下さい!あの子には子供が生まれたばかりで、いま捕まると、せっかく幸せに慣れたのに、あの子をどうか、公にならない様にお願いします。どうか、助けて下さい」

泣きながら、厚みのある茶封筒を震えながら千太郎に渡すと、何度も頭を下げている老婆

封筒を受け取り、中身を確認する千太郎

千太郎「お母さん、大丈夫ですよ。まだ、横領は表沙汰にはなっていません。私共が責任を持って対処します。息子さんは運が良い。こんな良いお母様を持たれて。全て終わりましたら必ずご連絡させて頂きますので呉々も他言は無用でお願い致します」

母親「勿論です。どうかどうか、あの子を守ってやってください!お願いします」

泣きながら深々と頭を下げる母親 

○(昼)駐車場

 車内に千太郎と陽一
 金を数えている陽一
タバコを吸っている千太郎

千太郎「あんな母親いるんだな。(馬鹿にした様に笑いながら)そんなに息子が可愛いもんかね?馬鹿じゃね?まぁ、俺らにしたら、あんな馬鹿どもがいるから飯食えるんだけどなっ!(呆れ笑い)」

陽一「なぁ、千太郎、もうこれで最後にしないか?俺。むいてないよ、こんなの。あの、婆さんも、きっと無い金かき集めたんだよ。家だって古かったし、着ている物だって良い物じゃなかった」

千太郎「はぁ?そんな所まで、よく見てたな、お前」

陽一「俺も母ちゃんと二人だったから分かるんだ」

馬鹿にさした様に笑う千太郎

千太郎「一人いるだけマシじゃねぇか。俺は、そんなもん最初からいねぇわ。親の有り難みも知らねぇし、いらねぇわ」

哀しそうに千太郎を見ている陽一

笑いながらタバコを吸っている千太郎

 俯いて辛そうな陽一

 陽一の額にデコピンする千太郎

千太郎「何?ビビってんの?」

陽一「そんなんじゃないけど、さっきの婆さん、泣いてたじゃん。あぁ言うの、俺、無理だよ」

 大きくため息をつく千太郎

千太郎「陽一、お前これで最後にしな。お前、むいてねぇよ。これは俺が一人でやった。それでいいな。俺一人で上に持って行くから、ここでお前降りろ。俺が上手く言っておくから」


陽一「最後だし、俺も行くよ」

千太郎「行ったら、また仕事課せられて、足洗えなくなるぜ。それでも、いいのかよ?お前は俺と違って学歴もあるんだからさぁ、今ならやり直しきくだろ?なっ、こんな事をいつまでもやっていたら、マジでクソみたいな人生送る事になるぞ」

 節目がちに黙り込む陽一
 
陽一「千太郎、お前もだよ。今の仕事で一緒に足洗おうよ、なっ?」

千太郎「考えとく。とにかく。降りろ。上には俺が上手く言っとくからさ」

 コクンと頷き車を降りる陽一
 車窓を下ろす千太郎

千太郎「じゃぁな。真面目に生きろよ!(笑いながら)」

陽一「千太郎、俺...あのさ、俺..お前の事。お前にはちゃんと生きて欲しいんだ。これを最後にして俺と、知らない土地で住まないか?」

勇気を振り絞るように言う陽一

千太郎「陽一さぁー。お前、俺に惚れてんだよな?お前さぁ、あっちの人間なんだよな?知ってたぜ。俺、無理だから。男の穴に入れるとか、マジ無理だわ!」

千太郎、馬鹿にしたように笑い、手を上げ、

千太郎「じゃあな!お前とのsex無理だけど、お前は良い奴だわ。元気でな」

 そう言うと、音を立てて車を発進させる千太郎

 それを棒立ちで見ている陽一

○首都高
 車内、音楽をかけながら車を走らせる千太郎

○車内
千太郎「あいつ、今頃ボコボコだな!(せせら笑いながら)」

○都内事務所内
 詐欺集団の幹部に暴行を受けている陽一

組員「陽一!お前、あいつにハメられたんだぜ!千太郎が持ち逃げした金、お前が払えないんだったら、お前の田舎の母ちゃんに肩代わりして貰うからな!」

陽一「ちょ、ちょっとまって下さい!それは、それだけは勘弁して下さい!俺、母ちゃんに迷惑ばっか、かけてきたから。それに、そんな金、うちにはないです!」

顔を腫らし、血だらけで泣きじゃくる陽一

組員「そんな事知ったこっちゃねぇわ!ないなら、大好きな母ちゃんを海に沈めっか!なぁ!そしたら、保険金おりるしなぁ!」

陽一「勘弁してください、母ちゃんには手ぇ出さないで下さい!お願いします」

組員「じゃあ、なんとかしろや!」

更に陽一を殴りけり続ける組員

辛そうに堪える陽一

組織の頭「やめてやれ。それ以上やったら死ぬぜ。今、こいつには死んでもらったら困るからなぁ」

 そう言って、陽一の身体を足で転がし、しゃがむと陽一の髪の毛を掴む頭

 詐欺集団の頭「陽一、やってこい。千太郎を殺って金取り返して来い。そしたら、この仕事で足抜きさせてやっから。いいな」

 もうろうとしながら血塗れの顔を上げ、静かに頷く陽一

○都内・病院

廊下で千太郎に電話している塔子(27)

千太郎(声)「お前か」

塔子「お前かじゃないわよ!あんたまさか忘れてんじゃないでしょうね?(怒る)」

○車内
千太郎「(面倒臭そうに)何を?」

塔子(声)「やっぱり忘れてる!」

○同・病院廊下

塔子「千!あんた、いい加減にしなさいよ!今日は夏子先生の誕生日なんだよ!あんた、施設を出てから一回も帰ってきてないでしょう!」

○車内
面倒臭そうにタバコをくわえて火をつける千太郎

携帯からの塔子の声「千!聞いてんの?(怒)夏子先生、軽い心筋梗塞で今日、病院に運ばれたの!たまたま先生の様子を見にきた空(くう)ちゃんが倒れてる夏子先生を見つけたから助かったから良かったけど、もう少し遅かったら大変なことになってたんだよ!」

○同廊下
ソファに座って心配そうに電話のやり取りを聞いている空(くう)

千太郎「先生は?」

塔子「点滴をして眠ってる。(大きく溜息)本当に良かった(涙声)先生は私達、孤児のたった一人のお母さんなんだから。あんたもそう思ってるんでしょ?千、あんた、ヤバイ事してるから先生に逢いに来れないんでしょう?先生の目を見て話せないから来れないんでしょう?そうなんでしょう?なんとか言いなさいよ!」

○同廊下
 心配そうに眉間にしわを寄せ、爪を噛み貧乏ゆすりをしている空(くう)
○車内
千太郎「相変わらず、ぎゃあぎゃあ、うっせぇなお前。先生は死なねぇって。当分、大丈夫じゃね?」

 そう言って、タバコをふかしながら笑う千太郎

○同病院廊下
 眉間にシワを寄せる塔子
同じく、眉間にシワをよせ、爪を噛み、貧乏ゆすりをしている空(くう)
千太郎(声)「じゃあ」

塔子「ちょっと!千!」

 電話が切れる

呆れてため息をつく塔子
悲しげに塔子を上目遣いで見ている空(くう)

○東京駅近く駐車場
 大きめのリュックを右肩にかけると、車の鍵を車内に投げ入れ、ドアを閉める。そのまま、足速に駅の方に向かって行く千太郎

○東京駅ホーム
 止まっている電車に乗り込む千太郎
○電車内
 車両に入る
 
 車両の一番後部の窓側に座り、足下にリュックを置く千太郎。帽子を目線まで下げると、上着のポケットから枇杷の葉を出し、携帯で場所を検索している千太郎

千太郎「とりあえず行ってみるか」

○電車内
後部座席に座る千太郎

アナウンスが流れ、電車が動き出す

車窓から外を見ている千太郎


○同病院夏子の病室
点滴をして眠っている夏子
夏子の手を握っている塔子
夏子の足元に顔を埋め、寝ている空(くう)

塔子「70歳かぁ。歳とっちゃったよね、先生も私達も。ねぇ、空(くう)ちゃん」

 夏子の体に頭を置き眠っている空(くう)
 クスッと微笑う塔子
 病室の窓に夕焼け
 それを哀しげに見ている塔子

回想
○児童養護施設「柊学園」
 7歳の塔子がランドセルを担ぎ、大木の下で泣いている。ボロボロのランドセル。
塔子に近づいて来る夏子(50)

夏子「塔子、どうした?」

夏子の声に泣き声を堪える塔子

夏子「何かあった?」

節目がちに、でも、何も答えない塔子

夏子「ランドセル?ボロボロだって言われた?」

 ハッとして夏子を見上げる塔子
 優しく微笑んで塔子の横に体育座りをする夏子

夏子「誰に言われた?お友達?」

塔子(7)「違う。ボロボロって言われたんじゃないの。でも、大切に使わないから汚れるんだって先生が」

 スッと立ち上がる夏子
 塔子に手を差し伸べ、

夏子「塔子、行きましょう。先生に正しい事を教えてあげなくっちゃ。そうでしょう?」

塔子「え?」

夏子「汚れているんじゃないもの。塔子は貰ったものを更に大切に使っているんだもん。違う?」

 涙を溜めながら静かにコクンと頷く塔子

○職員室
 塔子、夏子、担任がソファで話し合っている。暫くすると、担任が塔子に頭を下げて誤っている。塔子は笑顔で許す様に首を横に振り、夏子は深々と担任に頭を下げている。
×      ×       ×

(回想終了)

(現実)
○同病室
 涙ぐみながら夏子の手を握る塔子
 
○浪江駅
 電車を降りる千太郎
○浪江駅ホーム
 ガランとした辺りを眺めている

千太郎「ひっでぇなぁ。地震来たらなんもなくなんだな。本当に薬局なんかあんのかよ」

 ○同駅
 リュックを肩に掛け、駅の中の古い地図を見ている千太郎

 ○田舎の道(夕方)
田舎道をだるそうに歩いている千太郎
前方に小さな宿が見えてくる
宿から灯が漏れている
宿に向かって歩いて行く千太郎

○都内・ビルの一室(夕方)
 詐欺集団達に取り囲まれている陽一
組員「陽一、千太郎の居どころは分かったのか?」
陽一「はい」

組員「どこだ!教えろ!」

陽一「俺一人で行かせて下さい、お願いします」

何かを決意した表情の陽一

頭「分かった。その代わり、逃げたり、失敗したら、分かっているよな?」

陽一「はい」

見えない千太郎を睨んでいる陽一


回想

× × ×
○車内

ハンバーガーをかじっている、千太郎と陽一

枇杷の葉を陽一に見せている千太郎
枇杷の葉を見ている陽一

陽一「なんだよ、これ?」

千太郎「ホームレスの男に渡された。きみ悪いだろ?どこだよな、ここ?うけるわ!」

馬鹿にした様に笑う千太郎

枇杷の葉をまじまじと見ている陽一

陽一「福島県双葉郡浪江町?って、震災があった所じゃねぇかな?野口薬局?もしかしたら、ここに行けって事なのかなぁ?」

千太郎「知らねぇよ」

首を傾げる陽一

× × ×

回想終了

○同詐欺グループの事務所

組員に囲まれている陽一

組員A「陽一、逃げんじゃねぇぞ!」

陽一「逃げたら、母ちゃんの所に行きますよね?絶対、そんな事させませんから」

詐欺集団の頭「陽一、賢くなったなぁ。その通りだ。千太郎にきっちり、おとしまえ付けさせろ。いいな。千太郎をやって金取り返して来たら、必ず足抜けさせてやっから」

拳を握りしめ、深妙な面持ちで何かを睨みつけている陽一

陽一「はい」

 
○宿の前(夕方)
 
宿の前に立ち、様子を伺っている千太郎

滋の声「泊まりのお客さんかい?」

 驚いて振り向く千太郎 

千太郎「あぁ、まぁ。今日泊めて貰いたいんだけど」 

滋「はいはい、入ってくんちぇ」

 野菜がたくさん入った籠を担ぎながら、千太郎を中に案内する滋

 リュックを担ぎ直し、滋について中に入る千太郎

滋「どうぞ、上がってくんちぇ」

 辺りをキョロキョロ見ながら、靴をぬぎ、中に入る千太郎

滋「お部屋はどこでもいいがね?」

千太郎「あぁ、どこでも」

滋「そうがい。案内するがらどうぞ」

 宿を見渡し、滋について行く千太郎

 ○同宿・素子が泊まった部屋
滋「こぢらだ、えぇがい?」

千太郎「あぁ」

滋「あんだ、夕飯は?」

千太郎「今からでも食べれんの?」

笑顔の滋

滋「えぇよ。今から支度すっから、お待ぢくんちぇ」

軽く頷く千太郎

にっこり笑う滋

滋「夕飯支度出来たら呼ぶでなぁ」

 部屋を出る滋
部屋をまじまじ眺める千太郎

窓から見える枇杷の木に気がつき、近寄り、眺めている千太郎

千太郎「ほんと、何にもねぇな」

枇杷の木が月に照らされている

階段を降りている千太郎

食堂から優しい明かりが漏れている

食堂に近寄って行く千太郎

食堂に入りキョロキョロしている千太郎

滋「お待だせしだのぉ。もう、食べれっがら」

椅子にかけて足を伸ばして座る千太郎

古びた時計が3時51分で止まっている

立ち上がり、止まっている時計を覗き込む千太郎

千太郎「なぁ、この時計止まってっけど」

夕食をお盆にのせ、台所から出て来ると、時計を見て哀しげに微笑む滋

滋「さぁさぁ、冷めんうちに食え」

お盆からおかずを机に置く滋

郷土料理と味噌汁やご飯から湯気がたっている

千太郎「美味そっ!」

滋、微笑みながら、

滋「あがっせ(食べなさい)」

夢中で食べる千太郎

タバコを吸いながら、部屋の隅に座り、千太郎を見て微笑み、月を眺めている滋

窓からは美しい満月           

○宿 部屋

階段を上がっている千太郎
客間に入る千太郎

きれいに、ひいてある布団に、倒れ込むように、大の字になり、ため息をつき目を瞑る千太郎

眠ってしまう千太郎

草木は月に照らされ、虫の音


○同宿食堂(朝)
 千太郎が食堂に入って来る

 朝食を用意してしている滋

滋「起きだが?」

ボサボサの髪をかきながら、だらしなく食堂に入ってくる千太郎

滋「朝ごはん、もうすぐ出来っがら」

千太郎「朝から、飯なんか食べれねぇわ」

滋「若いのぉ。朝はコーヒーだけってやつがいのぉ」

しらっとしながら、椅子に座る千太郎

コーヒーカップを持って千太郎に近寄り、机にコーヒーカップを置く滋

滋「驚いたが?こんな、しけた宿にもコーヒーぐらいはあっど」

そう言って大笑いする滋

渋々、コーヒーを一口飲む千太郎

意外!?と、いう表情の千太郎

滋「うめぇべ」

食堂の隅の古びた椅子に座りタバコをふかしながら自慢げに言う滋

まぁな。と、いう表情で小刻みに頷く千太郎

滋「おめぇさん、どこさ、行ぐ?」


ズボンのポケットから枇杷の葉を取り出し、机に置く千太郎

不思議そうに近寄り葉を手に取り、見ている滋

滋「昨日もここさ、行ぎたいって人がおって、送って来たとごだぁ。知り合いが?」

千太郎「本当にあんの?ここ?」

滋「あんべ。けんど、バスさぁ、ねぇから、おぐってやっから」

千太郎「バスないのかよ」

滋「あるにはあるが、夕方に一本だけだ」

千太郎「何時?」

滋「5時だぁ」

千太郎「なんだそれ?」

大笑いしている滋

滋「田舎だがらなぁ」

そう言って笑っている滋

時計を見ている千太郎

千太郎「なぁ、昨日から、この時計止まってっけど」

時計を見る滋

滋「あぁ。あれで、えぇんだ」

深妙な面持ちで時計を眺めている滋

首を傾げている千太郎

滋「ところで、おめぇさん、野口さんとこの親戚かい?」

千太郎「全然。行った事も聞いた事もねぇわ」

滋「あいやー、だば、何しに行ぐ?」

千太郎「なんとなく」

滋「ほぉ、なんとなくが。そうが」

そう言うと、笑いながらタバコを吸っている滋


 ○同宿玄関先
 茂の軽トラックに乗り込む千太郎

 ○車内
 細い田舎道を揺られながら通る軽トラック

滋「そう言うたら、おめぇさんの名前聞いでながったなぁ」

千太郎「人に聞く前に爺さんが名乗るもんだろ?」

大笑いしている滋

滋「たしがに、そうだなぁ。こりゃぁ、悪りぃごと。おらは松尾滋どもうします。おだくは?」

千太郎「なんで言わなきゃいけねぇの?」

滋「だども、何と呼べば良いが分からねぇべ。こうして会ったのも何かのご縁だべ」

 面倒くさそうな千太郎

千太郎「心」

滋「心(しん)がぁ。えぇ名前だなぁ。誰がつげでくれだ?父ちゃんが?」

千太郎「親なんかいねぇよ」

滋「そうがぁ。おらとおんなじだなぁ。そりゃあ、寂しがったなぁ。悪りぃ事聞いぢまっだなぁ」

千太郎「別に。最初からいねぇから、いる方が想像つかねぇし、気にしてねぇわ」

滋「そうが、そうだなぁ。げんども、親さ、いねぐでも、おめぇさんは素直でえぇ子だなぁ」

千太郎「はっ?(小声)なんも知らねぇくせに」

滋「何が言っだが?」

千太郎「別に」

微笑む滋
暗い顔で車窓に肘をつき、景色を虚ろに見ている千太郎


○(朝)森の中
  枇杷の実を一生懸命採っている素子
  ザルに沢山の枇杷の実
  ザルを抱えて野口薬局に入る素子
○(朝)野口薬局内
  薬局の庭で枇杷の葉を干している柚男

後方から柚男に声をかける素子

素子「おはようございます」

 振り向く柚男

柚男「あ、おはようございます」
素子「枇杷の葉って干してどうするんですか?」
柚男「乾燥させてお茶にします。万能薬なんですよ」
素子「何にでも効くんですか?」
柚男「何にでも」
素子「へぇ、そうなんだ」

 手を止める柚男

柚男「朝食にしましょうか?」
素子「はい」

○野口薬局内の食堂
朝食を食べている素子と柚男
枇杷の葉をティーポットに入れお湯を注ぐとカップに入れて素子の前に置く柚男

柚男「飲んでみて下さい。体の中の毒が出てスッキリします」

カップを取り、柚男をチラッと見た後、ゆっくりと飲む素子

素子「あっ、美味しい」

素子は一口飲んでゆっくりと深呼吸する
柚男は微笑み素子を見ている

  うつむく素子

柚男「どうしました?」

  素子は少し笑って、
素子「毒、少し出ました」

柚男「そうですか、良かった」

カップを机に置く素子

素子「人間の脳って単純に出来てはいませんよね。忘れたくて仕方のない事って日が経つにつれて鮮明になります。その時よりも色濃くなって。これが罰なんですよね。私に与えられた罰」

柚男「消えてはいけないものだから、脳は記憶しておこうとするんです。罰ではなくて贖罪ではないですか?」

素子「いいんでしょうか」

柚男「人は間違いを犯したら、それを抱えて生きて行かなくてはならない。けど、苦しんだ自分を慰めてやる勇気も必要ではないでしょうか。それも償いではないでしょうか?」

素子「そうかもしれません。だけど、今の私にはまだ。まだ、自分のした事を許す勇気はないです」

柚男「ここにいたらいいですよ。それが出来るまで」

 涙ぐみ、小刻みにうなずく素子
 
窓から見える枇杷の木がやや強い風で音を出す
 
 ○森の細い道(昼)
 軽トラを運転する滋と助手席で、辺りを見渡している千太郎

千太郎「すげぇとこだな。本当にあんの?こんなとこに薬局なんてさぁ。誰が来んのよ、こんなとこ」

滋「(笑いながら)」おまえさん、来てんべ」

 千太郎(心)臭い表情

滋「おめぇさん、出身はどごだ?」

千太郎「事情聴取かよ」

滋「おぉ、だべな。すまねかった。だども、なんとなく、おらのしりぇい(知り合い)に、どごどなく似てだもんだがらよぉ。顔とかでなぐで、雰囲気っつぅが、喋りがたっつうがなぁ」

千太郎「誰?」

滋「おらは子供がいねぐてなぁ。けんど、娘みてぇに可愛がってだ子がいたんだぁ。けんど、旦那ど、上手ぐいがねぐて、ここさぁ出て行っでなぁ。だげ、出て行って正解だったなぁ。どけ、どっかに生きていでくれてるだろうがら。こごにいたら生きでなかったろうがら」

千太郎「それから会ってねぇの?」

滋「そうだなぁ、会えながったなぁ。もういっぺん、顔見だかったなぁ」
千太郎「生きてりゃあ、いつか、会えんじゃねぇの?長生きすればい事なんじゃね?」

そっぽをむきながら、言う千太郎

滋「おめぇは優しい子だぁ。どぉもなぁ」

千太郎「俺は生きていても会いたい奴とかはいねぇわ。俺は死に損ないでさぁ。いっその事、死んでた方が良かったのになぁ。(苦笑)園長の話だと、血だらけでアパートに放置されてたらしいわ。今で言うネグレストってやつだな」

滋「「何かいな?そりゃ?」

千太郎「じいさん、なんも知らねぇのな?(笑う)虐待だよ。幼児虐待!」

滋「あれが?あの、テレビでやっでる、親が子供をただいたり(叩いたり)するやっだべ?つれぇ目にあったなぁ。」

千太郎「(大笑い)辛くねぇわ!はっきりと覚えてねぇもん!一歳くらいだぜ!ただなぁ」

うつむき、顔を傾げる

滋「なした?」

千太郎「一歳だからさぁ、覚えてる訳ねぇのに、俺を捨てた母親?母ちゃんなのに、男だったんだよなぁ?」

首を傾げて、笑っている千太郎

滋「なんだべ?そりぁ?けどよ、死なないで、今、生きてんだから、おめぇは、この世に縁があったっちゅう事だぁ。おめぇの役割ちゅうもんがあるんじゃねぇのけ?」

千太郎「役割?(大笑い)そんなもん、ある訳ねぇじゃん!俺、ろくな生き方してねぇもん(笑う)こんな人間生かしてたら、ろくな事になんねぇわ(笑う)」

滋「おめぇが思うほど悪い人間ではねぇぞ。年寄りには分かるもんだべ」

千太郎「はぁ?」

千太郎を見て微笑む滋

ひねくれた様に照れを必死に隠そうとしている千太郎

滋「なぁ。生ぎでろ。生ぎでだらぁ、きっど、おめぇは幸せになれっがら。なぁ。生ぎでろ」

 動揺を隠しながら、顔を滋から背けて外を見ている千太郎

×   ×     ×
 回想
 ○柊園の庭内

  枇杷の木の下

  傷だらけの5歳の千太郎の肩を自分に寄せて抱きしめている夏子

夏子「千太郎はは良い子だ」

  涙を堪えている千太郎

  回想終了
 ×     ×   ×

 現実
 ○軽トラック内
 薄ら涙を溜めるが堪えている千太郎

ポケットから飴玉を出し、千太郎に渡す滋

滋「ほれ、舐めれ、甘めぇぞ」

飴玉を雑に受け取る千太郎

千太郎「いつのだよこれ。ベタベタじゃねぇかよ」

そういいながらも、器用に剥がし飴を頬張る千太郎

  大笑いする滋


軽トラックのインパネに乾いた泥が付着し、メーターが動いていない。
車内に泥だらけの飴が数個、転がっている


○同森
 軽トラが砂利道を走っている
 その先に野口薬局が見えて来る

滋「ほれ、着いたど」

 ウトウトとしていたが目を覚まし、前を見る千太郎

千太郎「嘘だろ?本当にあんのかよ、こんな所に」

 軽トラックが揺られ薬局に近づいて来る

 ○野口薬局前
軽トラック内

 驚きながら、辺りを見渡す千太郎

滋「戻る時は迎えに来てやっがら」

千太郎「ありがとうな、爺さん」

千太郎にニッコリ微笑む滋

 千太郎を降ろした滋は片手を軽くあげ、帰って行く 

 軽トラックの後方を見えなくなるまで見ている千太郎

 警戒しながら薬局に近寄る千太郎

 ○同薬局入口(昼)

中の様子を伺っている千太郎

 
千太郎「すんませぇん。誰かいますかぁ」

 反応なし

千太郎「なんだよ、誰もいねぇじゃん。本当に人なんかいんのかよ、こんな所に(舌打ち)爺さん行っちまったし、どーすんだよ!」

携帯の電源を立ち上げる千太郎
陽一、詐欺仲間からの着信がずらり
電波がたっていない

ため息をつき、舌打ちをする千太郎

素子の声「お客さんですか?」

 驚いて振り向く千太郎

 素子が立っている

千太郎「びっくりしたぁ」 

素子「あぁ、ごめんなさい驚かせてしまって」

千太郎「ここの人?」

素子「あぁ、私は違うんです。あぁ、えっと、ここの人は薬草を取りに行かれてるんだと思うんだけど、どうしよう困ったなぁ」

 困っている素子

千太郎「あんた誰?」

素子「私は・・(困った感じ)」

千太郎「分かった!訳あり?」

 笑いながら茶化す千太郎

一瞬、顔色が変わる素子


素子「違います!私はなんとなく来たって言うか、行けって言われたって言うか」

 小声でぶつぶつ言う素子

千太郎「えっ?あんたも?俺もそんな感じでここに来たから。えっ?何?ここ、なんかヤバいとこ?宗教とか?マジかぁ、帰るわ」

素子「帰るって、もうバス来ないよ」

千太郎「宿屋のおっさんに迎えに来てもらうわ」

素子「宿屋って、バス停の近くの?」
千太郎「そう。仙人みたいな爺さん」

素子「私もそこ泊まったの。それで、乗せてきて貰ったの?」

千太郎「まぁ。で、あんた、何してんの?って言うか、ここ薬局って言うけど薬なんか置いてねぇじゃん。マジ怪しいわ」

 せせら笑う千太郎

 苦笑いの素子

柚男の声「いらっしゃい」

 籠を背負って坂を降りて来る柚男

柚男「こんにちは。お茶を入れますから庭の方へどうぞ」

千太郎「いい、俺、帰るわ。こんな辛気くせぇとこでお茶とか、ないから」

素子「せっかく来たんだからお茶くらい飲んでいったら?お昼ご飯もまだなんでしょう?」

千太郎「はぁ?」

 腹の虫がなる千太郎

 それを聞いて笑う素子と柚男
 舌打ちをして、不貞腐れる千太郎

素子「体は正直だ」

柚男「すぐに支度しますから、帰るなら、食べてから帰ればどうですか?」

ふてくされながらも、満更ではないという態度をとる千太郎

 クスクスと笑う素子と柚男

千太郎「なんだよ」

柚男「いえ。食べて行って下さい。じゃあ、庭の方で座っていて下さい。すぐ支度しますから」

素子「じゃあ、私も手伝います」

柚男「大丈夫ですよ、僕一人で。素子さんは彼と庭でゆっくり座って待っていて下さい」

 うなずく素子

素子「じゃぁ、お願いします」

柚男「はい」 

素子、千太郎を見て、

素子「じゃぁ、こっち」

手招きをする素子

 素子の後をついて行く千太郎

 ○同庭(昼)
 大きな枇杷の木の葉が風に揺れている

千太郎「あれ?この木の葉っぱ」

 ポケットから枇杷の葉を取り出す千太郎

 驚く素子

素子「ねぇ!それどうしたの?」

千太郎「あぁ、なんか変なホームレスに渡された。この裏にここの住所が書いてあったから・・」

 葉には何も書かれていない
 驚く千太郎
 
千太郎「あれ?なんでだよ!?確かに書いてあったんだぜ!?」

 不思議がって葉を何回も裏、表と繰り返し見ている

 驚いている素子

素子「ねぇ!それ、どこで貰ったの?」

千太郎「公園」

素子「どこの!?」

千太郎「渋谷の公園」

 驚いて、不思議な表情で千太郎を見る

千太郎「なんだよ」

素子「私も同じもの持ってる。私は新宿で薄気味悪い占い師に貰ったの、呼び止められて」

千太郎「なんだよそれ?みんなに配ってるとか?」

素子「分からない。でも、私がここにきて一週間立つけど、来たのはあなたと私だけよ」

千太郎「わかんねぇ!どうでもいいわ。それより腹減ったぁ」

柚男(声)「お待たせしました」

 カレーライスを三皿お盆にのせて持って来る柚男

千太郎「おぉ!美味そう!」

テーブルにカレー皿を置く柚男

柚男「さぁ、食べましょうか」
 
柚男「いただ」

 柚男が「いただきます」と言うまもなく、がっついて食べ出す千太郎

千太郎「美味っ!」

 更にがっつく千太郎

 笑いながら千太郎を見る素子と柚男
 しばらく、和やかに食事をとっている三人

千太郎「あぁ!腹一杯。こんな美味いカレー久しぶりに食ったわ!」

 行儀悪く背伸びする千太郎

柚男「それは光栄です」

素子「ご馳走様くらい言いなさいよ」

 千太郎、不貞腐れながらも、

千太郎「ご馳走様でした」

素子「はい」

千太郎「ったく、親でもねぇくせにうっせぇババァだな」

 一瞬、表情が曇る素子

素子「(焦った感じ)そうだよね、ごめん」

 誤魔化す様に笑う素子

 そんな素子を静かに見ている柚男

千太郎「いいよ、もう。それよかさぁ、やっぱ、泊まってくわ。なんか疲れたし。いいだろ?」

柚男「良いですよ、うちは。とりあえず、そこのハンモックで昼寝したらどうですか?」

千太郎「ハンモック?」

 ハンモックを目で探す千太郎

千太郎「おぉ!懐かしい!こんなのまだあるんだなぁ!」

素子「家にあったの?」

千太郎「家じゃねぇよ。施設。俺、孤児だから」

 表情が変わる素子

 ハンモックに向かって走り、飛び乗る千太郎。

 強張っている素子を見て、柚男が、

柚男「素子さん?大丈夫ですか?」

  我に返る素子

素子「あっ、あぁ、大丈夫」

柚男「彼、くったくないですね。寝てしまいましたね」

素子「本当だ」

ハンモックで一気に寝落ちしている千太郎

 寝てしまった千太郎をずっと見ている素子

枇杷の葉が風に揺れている
 
○同庭(夕方)
 タオルケットを掛けられ寝ている千太郎

 やんわり、目を覚まし辺りを見渡す千太郎

千太郎「夕方になっちまったな」

 静かに呟き、枇杷の木を見ている千太郎

  × × ×

  回想
○柊園食堂(夕方)

 ランドセルをかつぎ、膝に擦り傷をつくり泣いている小学校3年生の千太郎

千太郎の目線まで腰を屈め、千太郎の腕を優しく掴んでいる夏子

千太郎(9歳)「先生、僕は捨て子だから柊園にいるんだってみんなが馬鹿にするんだ」

夏子「千太郎、こっちにいらっしゃい」
 そう言って施設の庭に千太郎の手を優しくひいて連れていく夏子

 ○施設の庭(夕方)
 枇杷の木の前に千太郎を連れて行く夏子

夏子「千太郎、この枇杷の木はね、赤ちゃんだったあなたがここに来た時に先生が植えたのよ。こんなに大きくなって。凄いでしょう。あなたがここに来た時、私は本当に嬉しかった。先生は神様にありがとうございますって言ったわ。そして大切にあなたを育てた。先生はあなたを愛しているの。ここにいるみんなもそうよ。本当の親が側にいなくても、それで十分じゃない?それに、頑張って生きていたらね、必ずまた、会えるわ、あなたを産んでくれたお母さんに。それにね、私はあなたのお母さんに感謝しているのよ。あなたと出会えたんだから」

 泣いている千太郎を抱きしめる夏子

千太郎「僕も、みんな好きだよ。先生も大好き」

泣きながらそう言う千太郎

夏子「私もあなたが大好きよ。そして、あなたの本当のお母さんもきっとあなたを愛してると思うわ。大人だって、辛くて逃げたくなる事もあるのよ。あなたのお母さんもあなたを手放した事をきっと後悔してると思うの。いつか本当のお母さんに会えたら怒らないで言ってあげて。産んでくれてありがとうって。いい?約束よ」

千太郎「うん、約束する」

夏子「良い子だ、千太郎は。良い子だ」
 9歳の千太郎を再度、強く抱きしめる夏子

  回想終了
 
    × × ×

 ○同薬局・庭(夕方) 

 タオルケットを持ち、薬局に入って行く千太郎

 ○薬局台所
  豪華な夕食がたくさんテーブルに並んでいる

  千太郎に気が付く柚男

柚男「起きましたか。お腹空いたでしょう?今日はご馳走ですよ!久し振りに賑やかな食事で嬉しいです」

 オーブンから焼き立てのパンを運んで来る素子

 テーブルにつく三人

柚男「さぁ、食べましょうか」
素子「いただきます」
千太郎「(小声)いただきます」

千太郎のいただきますに顔を見合わせて微笑む素子と柚男

千太郎「なんだよ」

素子「別に。食べよう」

 しばし、和やかに食事をする三人 

千太郎「うめぇ!なんだよこれ!誰が作った?これ?」

柚男「私です」

  小さく手をあげる柚男

千太郎「マジで?すげぇじゃん!天才!えっと、誰だっけ?俺、名前聞いてなかったわ。俺も言ってねぇけど(笑)」

柚男「僕は佐々木柚男と言います」

千太郎「柚男って。本名?ウケるわぁ!誰がつけんの、そんな名前」

 馬鹿にした様に笑う千太郎

素子「失礼よ、良い名前だよ」

柚男「ありがとうございます。母親がつけてくれました」

素子「私は工藤素子。年齢は言わないわ」

千太郎「言わなくても大体検討つくけど」

素子「喜んで良い方?」

千太郎「そんな訳ねぇじゃん」

素子「じゃぁ、何歳に見える?」

 少し考えている千太郎

千太郎「43」

素子「微妙。嬉しくはないけどまぁいいせんいってるわね」

千太郎「ババァだなぁ」

素子「口の悪い子だわ」

千太郎を睨んでいる素子

柚男「まぁまぁ、さぁ、食べましょう」

 そのあとは、三人和やかに食事している

素子「君は?ちゃんと名乗りなさいよ。年齢もよ。ごまかさないでよ」

 面倒臭そうな千太郎

千太郎「土田心(偽名)。27歳」


柚男「土田・・」

千太郎「まぁ、本当の名前じゃないけどね」

素子「柚男さん?」

柚男「あぁ、出て行った母親の旧姓が同じ土田なんです。凄いな、偶然」

千太郎「へぇ、あんた、母親に捨てられたんだ」

ドキッとする素子

柚男「いや、捨てられた訳ではないです。親が離婚して、僕の意志でここに残ったんです」

千太郎「ふぅん」

食べながら軽い口調の千太郎

素子「あなたこそ、本当の名前じゃないって、どう言う事?」

千太郎「俺、孤児なんだよね。だから、苗字は施設の園長の」

浮かない顔をしている素子

柚男「園長ってどんな人?」

千太郎「まぁ、お節介だな。気も強いし。施設の子供が虐められると、虐めたやつの家に怒鳴り込みに行ったりしてな。めちゃくちゃな婆さんだな」

柚男「(小声)変わんないなぁ」

千太郎「何?」

柚男「いや、なんでも」

千太郎「あぁ、食っタァ!腹いっぱいだわ」

 そう言って前髪をかきあげ、背伸びをする千太郎

 千太郎の額に大きな傷痕

 傷を見て驚いている素子

素子「ねぇ、その傷どうしたの?」

 恐る恐る千太郎に聞く素子

千太郎「あぁ、これね。子供の時に母親から虐待受けた時に出来た傷らしい。ひでぇ話だよな。覚えてないからいいけど」

 あっけらかんとしている千太郎
 
 茶碗が割れる音

 持っていたグラスを落とし割ってしまった素子

  驚く千太郎と柚男

柚男「素子さん!?手から血が!ちょっと待っていて下さい!」

そう言うと、慌てて奥に行き、薬箱を持ってくる柚男
 
千太郎「何?どうしたの?えっ?何、今の話?もしかしてひいちゃった?」

 笑っている千太郎

タオルで止血し、素子の手当てをしている柚男

柚男「破片があたっただけですね。傷は深くない。良かった」

俯いたまま動揺し、震える包帯をした手を押さえている素子


千太郎「えっ?何、大丈夫?こんな話さぁ、このご時世、珍しくないぜ。この世の中にはクソみたいな親はごまんといるじゃん。でもさぁ、じゃぁ、なんで産むんだって話だよな(笑いながら)」

 まだ、震えている素子
  
柚男「素子さん顔色悪いですよ、大丈夫ですか?もう、休んだ方が良いのではないですか?」

柚男の呼びかけにハッと我に帰る素子

素子「あっ、ご、ごめんなさい。グラス割ってしまって。どうしたのかな、ボーッとしちゃって。本当にごめんなさい、もう大丈夫です」

柚男「グラスなんて、まだ沢山ありますから気にしないで下さい。それより、本当に大丈夫ですか?」

 柚男が心配そうに素子を覗き込んでいる

千太郎「おばさん、マジ、顔色悪いよ。寝た方がいいんじゃねぇの?」

素子「(動揺)じゃあ、少し、外の風にあたってきます。ごめんなさい、せっかくの食事なのに」

 焦りながら席を立つ素子
 
 ソファから膝掛けを取り素子に渡す柚男

柚男「外は少し冷えますから、これを持っていって下さい」

少しだけ素子の様子を気にしている千太郎

千太郎をチラッと見ると、ぎこちなく笑いかけ、足早に庭に行く素子

○野口薬局の庭(夜)

 庭のベンチに座り、両手で顔を覆い、うな垂れている素子

マグカップを持ち、素子に近寄る千太郎

千太郎「あの人がこれ持ってけって」

 混沌とした顔で千太郎を見る素子

 素子にカップを渡す千太郎

素子「ありがとう」
 
 そう言って一口飲む素子

素子「温かい」

 ホッとした様子で素子を見る千太郎

  素子の横に座る千太郎

 
○薬局内(夜)
窓から優しい表情で素子と千太郎を見ている柚男

同・薬局の庭(夜)

 千太郎、月を見ながら、

千太郎「俺さぁ、最低な人間なんだよね。他人を散々騙して金ふんだくってさぁ。おまけに友達裏切って。騙した金持って逃げてきた。今頃、ヤクザみたいなのが、血眼になって俺の事探してじゃないかなぁ。クズなの、俺」

 心配そうに千太郎を見る

素子「何したの?」

千太郎「詐欺。最低だろう?人の弱味に付け込んで。親ってさぁ、子供が大変だ!って言うだけで、もう、なんかわかんねぇけど、咄嗟に助けようとするんだな。それが詐欺だとか考える間もなく金用意してんの。で、決まって言うんだ。うちの子を助けて下さい!お願いします!って、泣きながら頭を何回も何回も下げるんだぜ。すげぇよな。俺には分かんねぇわ、親いねぇし」

 そう言って笑っている千太郎

 表情が哀しげになって行く素子

 様子のおかしい素子に気づく千太郎

千太郎「ねぇ、さっきからおかしいよ。もう寝た方いいんじゃねぇの?」

素子「そうね。そうするわ」

 硬い表情で薬局内に戻って行く素子
 素子を目で追い首を傾げる千太郎

 月を見ながらコーヒーを飲む千太郎

千太郎「(呟き)俺も、そろそろ、やばいかもなぁ。今のうちに夏子先生に会いに行っとくかぁ」

月を見ながら呟いている千太郎

翌日

○野口薬局前(朝)

 薬草を集めに行こうとしている柚男と素子 

あくびをしながらだるそうに出てくる千太郎

千太郎「なんで、俺まで行かなきゃいけねぇんだよぉ。だりぃー。こんな早起きしたの修学旅行以来だっつうの。だりぃーな全くよ!」

髪の毛を掻きむしる千太郎

 笑っている柚男と素子

柚男「さぁ行きましょう」

 三人は高原の方へ向かい、坂道を登って行く

○(朝)高原までの坂

薬草を摘みながら歩いている柚男、素子

だるそうにススキを振り回して歩いている千太郎

慣れた様に上り坂を歩く柚男
少し息を切らせている素子
少々ばてぎみの千太郎

千太郎「なぁ、籠に草一杯になったじゃん!もう、帰ろうぜぇ。だるいんだけど」

柚男「もう着きますよ。それと、これは草ではなく、薬草です」

千太郎「一緒だろうよ。どこが違うんだよ」

柚男「全然違います!」

千太郎「チッ(舌打ち)」

素子「どこに行くんですか?」

柚男「あぁ、すみません、ムキになって(苦笑)高原です!」

千太郎「なんだよ、いいよ、そんな所、興味ねぇよぉ」

柚男「行って後悔しませんよ」

微笑む柚男

千太郎「今、まさに後悔だわ!だるいしよぉ〜」

素子「私は行きたい!」

千太郎「(舌打ち)ババァ」

素子「何?なんか聞こえたけど」

千太郎を睨んでいる素子

ハイハイ。という感じの千太郎

柚男「お2人は初対面ではないみたいですね。息があってます」

笑っている柚男

千太郎「どこがだよ!」

素子「文句ばっかり言ってないで、歩きなさいよ!」

舌打ちする千太郎

素子「下ベロは舌打ちする為にあるんじゃないよ!」

お互い睨み合っている素子、千太郎

笑っている柚男

しばらく、ガヤガヤと歩く3人

○広々とした高原
 高原に着く3人

 高原の広さ、美しさに大きく目を開け驚く千太郎、素子

素子「わぁ、綺麗!頑張って歩いて良かったじゃない?」

千太郎に皮肉を言う素子

態度は悪いが、満更でもないといった千太郎

 三人の前方、一番高い場所に墓が立っている

千太郎「墓?」
素子「本当、一つだけ?」

柚男は静かに前方の墓を見ている

千太郎「ねぇ、誰の?」
柚男「(少し笑って)さぁ?知らない方のお墓です。行きましょう、なんだか一雨来そうです。早く降りましょう」

 素子と千太郎は空を見上げ、

素子「本当だ」

 素子、柚男、千太郎は急いで高原を降りていく

○坂
 雨が降りだす。
 柚男、素子、千太郎は雨を避けながら野口薬局に駆け込み、濡れた服や髪を手で払っている

薬局に急いで入り、タオルを2枚持って素子と千太郎の所に戻る柚男

柚男「これ使って下さい」

 タオルを二人に渡す柚男

素子「ありがとうございます」

 タオルで全身を拭く素子

 千太郎にもタオルを渡す柚男

柚男「はい、心君もこれで拭いて下さい。今すぐお風呂を沸かしますから台所でハーブティーでも作って飲んでいて下さい」

素子「はい。柚男さんだってビショビショですよ」

柚男「大丈夫です、僕、もう、風邪とかひかない事になったんで。すぐに支度します」

 笑顔でそう言うと風呂場に行く柚男

 不思議そうな表情の千太郎が素子の方を向き、

千太郎「風邪をひかない事になったって、なんだよそれ?変な人だよな、あの人。それと、おばさんさぁ、前どっかで会ったっけ?なんか初めて会った気しねぇんだけど?」

素子「気のせいよ(動揺)」

千太郎「だよな。どこにでもいそうな顔だもんな」

素子「失礼ね、何それ」

 馬鹿にしたように笑っている千太郎

素子「だけど、来て良かった。ここに来て本当に良かった」

千太郎「まぁ、俺も、なんか分かんないけど、良かった様な気がするわ。なんでか分かんないけど」

素子「奇跡ってあるんだ」

千太郎「何それ?」

素子「いいのいいの。中に入りましょう」

首を傾げる千太郎
千太郎を見る素子

 薬局の中に入って行く二人

    ×     ×     ×

    高原の墓

SASAKI と彫ってある
 
    ×     ×      ×

○野口薬局敷地内の畑(昼)

 素子と千太郎と柚男は畑で農作業をしている

千太郎「この生姜みたいのなんだ?」

柚男「ウコンです」
素子「え!?ウコンって畑でなるの?」
柚男「え?素子さん知らなかったんですか?」
素子「うん、知らなかった」

素子を小馬鹿にした様な顔の千太郎

千太郎「そんな事も知らねぇのかよ、いい歳こいて」

 ムッとする素子

素子「そういう、あなた知ってるの?」

千太郎「俺は作ったことあるから」

素子「うそ?あるの?」

千太郎「施設の園長の趣味に付き合わされてたからな俺達」

 何かを思い出したようにクスッと笑う柚男

素子「心くんは。いい人に育ててもらったのね」
千太郎「心?(焦る)あぁ、まぁな」

名前を詐称していた事を思い出し、焦り、ごまかす千太郎

千太郎「良い年こいてウコンも知らないなんてよ」

ふざけて、素子に砂をかける千太郎

柚男「わっ!!目に入った!イテ
ッ!」

素子「ちょっと!なんて事すんのよ!」

千太郎「オバサンに投げたんだぜ!避けるからだろ!(笑いながら)」

素子「柚男さんに謝りなさいよ!」

柚男「僕なら大丈夫です」

千太郎「ごめんなさい」

余りにも素直に謝る千太郎に拍子抜けしている素子

素子「何よ、やけに、素直だな」

千太郎「うっせぇわ」

そう言った瞬間、土を掴んで素子の体を目掛けて投げる千太郎

叫ぶ素子

素子「やったね!」

○同.畑(夕暮れ)

しばらく、大笑いしながら、土を掛け合いふざけあう3人
 
 
素子「あぁ、こんなに笑ったの久しぶり」

千太郎「俺も」

素子「なんだか、お腹減ったね」

柚男「今日は満月ですね。庭でバーベキューでも、しましょうか」

千太郎「おぉ!いいじゃん(手をあげながら)」

柚男「じゃあ、準備しましょう。七輪と炭を出してきます」

千太郎「七輪なんてあんの?」

柚男「ありますよ!ここは、なんでも」
千太郎「へぇ」

柚男「ここに無いものはないんです!」

千太郎「本当かよ?じゃあシャンパンは?さすがに無理だろう?」

 小馬鹿にした口調の千太郎

 自慢げに咳払いをし、いそいそと薬局内に入り、得意な顔で出て来ると、千太郎をチラッと見て背中に隠しているシャンパンを勢いよく千太郎と素子に見せる柚男

千太郎「えっ!アンリージロー!?マジかよ!」

素子「えっ?ジロー、誰?」

素子を見た後、顔を見合わせ大笑いしている柚男と千太郎

千太郎「オバさん!ほんと、何にも知らねぇのな!ジローって、人の名前じゃないぜ」

 柚男、笑いを抑えながらも、真面目な顔で、

柚男「普通は知りませんよ、大丈夫です、普通です!これはシャンパーニュの名門家で、生産も少なくて、中々、手に入らないんですよ」

素子「そうなんだぁ、シャンパンなんて今まで生きてきて、一回も飲んだことないんだもん、ジローって言うから誰?って思っちゃった」

 恥ずかしそうに、そう言う素子

柚男「今、知って、飲めるんだから、ラッキーでしたね」

千太郎「でもさぁ、なんで、こんなの持ってんの?」

柚男「これは母が僕の20歳の祝いに送ってきてくれたものです。母親はお酒が好きな人でしたから。特にシャンパンとワインは詳しかったんですよ。僕の両親はね、僕が子供の頃に離婚して母親はここを出て行きました。それから僕は父親と生活していました」

千太郎「そうなんだ。ま、親が無くとも子は育つんだけどなっ!そう言えば、うちの園長の部屋にも沢山シャンパンあってさぁ、そのシャンパンもあったから、俺知ってんの。成人式に飲ませてくれたから」

 少し、寂しそうに微笑む柚男

柚男「そうでしたか」

柚男「じゃあ、飲みましょうか!」

はしゃいでいる千太郎

千太郎「俺、ここに来て良かったかも。今までろくな生き方してこなくてさぁ。恨みもいっぱいかったしな。いつ誰に殺られてもおかしくないんだ俺。それは、俺が悪いんじゃなくて、捨てた親が悪いとか、格差社会のせいにして、自分から逃げてきた。でも、やっぱ、それ違うなぁって、ここに来て分かった。あんた見て知った。どんな境遇でもさ、真っ直ぐに生きている奴、一杯いるんだなぁってな。俺は自分の不甲斐なさを人のせいにしてたし。結局、自分が悪いんだよなぁ」

しんみりと苦笑いをする千太郎

切ない顔で千太郎を見つめている素子

ハッと我にかえる千太郎

千太郎「あっ!あれ?何言ってんだろ?(焦りながら)あっ!これか!ジローか!こいつが、俺に余計な事言わせやがって!」

そう言ってシャンパンの瓶を軽く殴って見せる千太郎

素子「あなたは、不甲斐なくなんてないわ。不甲斐なくなんてない」

そう言うと、グラスのワインを一気飲みし、立ち上がり、千太郎を指差し、

素子「(大声で)あんたは悪くない!悪いのはあんたを捨てた親だ!」

そう言って、倒れ尻もちをつく素子

慌てて素子に近寄る、千太郎と柚男

柚男「素子さん!大丈夫ですか?」

素子を支えている千太郎

千太郎「オバサン、弱いくせに一気飲みすっからだろ!子供みてぇなババァだな」

素子「ババァじゃない!俺は男だ!(酔っている口調で)」

千太郎「はっ?何言ってんだ?起きろババァ!」

素子「ババァじゃねぇ!」

柚男「素子さん、少し横になりましょう。心くん手伝ってください」

千太郎「手がかるババァだぜ、全くよ」

素子「ババァじゃない!」

ヨレヨレな素子

千太郎「まだ言ってるわ。分かったって」

素子をベンチに移動させている柚男と千太郎

ベンチに寄りかかっている素子にタオルケットを掛ける柚男

ワインを飲みなおしている千太郎

星と三日月を眺めている柚男

柚男「月は綺麗ですね」

月を見上げる、千太郎と素子

素子「自分を許しても良いんでしょうか?」

柚男「良いんですよ。生きている人は前に進むべきなんです」

そう言った柚男を、不思議そうに見ている千太郎

素子「はい」

柚男「はい」

 感慨深く、ワインを飲んでいる千太郎

しばし、夜空を見上げている千太郎、柚男、素子
   
    翌朝

(朝)野口薬局前
 
    晴天

薬局2階(客室)

ベッドで寝ているが、何か燃やしている匂いで目が覚める素子

同.野口薬局(リビング)

Tシャツとトランクス姿でソファに爆睡している千太郎

着替えた素子が一階に下りていく

同・リビング

爆睡している千太郎にタオルケットをそっとかける素子

匂いにそって外に出て行く素子

○同・薬局(庭)

ゴミを燃やしている柚男

柚男に近寄っていく素子

素子「おはようございます」

柚男「あっ、おはようございます。大丈夫ですか?」

素子「あぁ、昨日はごめんなさい、悪酔いしちゃって」

恐縮して頭を下げる素子

柚男「いえいえ。でも、楽しかったですね」

素子「はい」

素子「何を燃やしているんですか?」

柚男「あぁ、これ、燃えるゴミです。ここはゴミ収集車が来ないので」

素子「そうなんだ。不便ですね」

柚男「全然、不便な事はないですよ。便利過ぎると大切なものを見落としてしまいますけど、不便だと、気づく事もあります。生きているからこそ、色々やれるんだなぁとか」

素子「そうですね。私も、生きていたから、ここにも来れた訳だし」

感慨深く、そう言う素子

柚男「アンリージローがシャンパンだって知る事も出来ましたしね(からかうように)」

素子「そうですね(笑いながら)」

ゴミを燃やしている柚男

その火を見つめている素子

素子「あの」

手を止めて素子を見る柚男

柚男「はい」

素子「あぁ、あの、(言いづらそうに)洋服とか、髪の毛って燃えるゴミになりますか?」

柚男「あぁ、どうだろう?でも、大丈夫じゃないですかね。でも、どうしてですか?」

素子「燃やして欲しいんです。私が今、着ている服も、この髪の毛も」

不思議そうに素子を見たあと、優しく微笑む柚男

柚男「いいですよ」

感極まった感じの素子

素子「ありがとうございます。着替えできます」

野口薬局に入って行き、急いで二階に上がって行く素子

素子の足音に一瞬反応するが、再び寝てしまう千太郎

○同・薬二階の部屋

急いで服を脱ぎ、カバンの中から真っ白のシャツとジーパンを取り出し着替える素子

カバンの中からハサミを取り出し、見つめてから握りしめて一階に下りていく

○同・リビング

ソファで寝ている千太郎

素子、階段を下りる音

その音に目が覚める千太郎

千太郎「なんだよ、うっせぇなぁ」

千太郎に見向きもせず足速に外に出て行く素子

騒々しさに、だるそうに起き上がり、慌てて出て行く素子を見ている千太郎

眉間にしわを寄せ、あくびをしながらシャツとトランクスで外に出て行く千太郎

○薬局・庭(朝)

ゴミを燃やしている柚男に駆け寄る素子

その様子を後方から見ている千太郎

持っていたハサミで髪の毛を無造作に切り始める素子

柚男、千太郎同時に、

柚男、千太郎「あぁ!」

二人の側に駆け寄る千太郎

千太郎「オバサン、何やってだよ!」

柚男「素子さん!どうしたんですか!?」

更にバサバサ髪を切っている素子

千太郎「やめろって!」

素子からハサミを取り上げようとする千太郎

素子「いいの!」

千太郎を突き飛ばす素子

よろけて、転ぶ千太郎

慌てて千太郎に近寄る素子

素子「ごめんなさい!ごめんなさい!大丈夫?怪我してない?」

千太郎を心配している素子

立ち上がる千太郎

千太郎「大丈夫だよ俺は。でも、何やってんの?頭おかしくなったのかよ」

酷い髪型の素子

立ち尽くしている素子

柚男「素子さん?」

素子「私ね、トランスジェンダーなんだ」

千太郎「えっ?そうなの?」

首を傾げている柚男

柚男「トランスジェンダーってなんですか?」

千太郎「えぇ?トランスジェンダー知らねぇの?」

柚男「はい。知りません。ここ、最近の事は全く」

千太郎「えっ?マジかぁ?まぁ、ここテレビねぇもWi-Fiねぇしな。そりゃ、知らねぇか」

小馬鹿にしたように笑っている千太郎

少し不機嫌になる柚男
 
柚男「知らなかったら、駄目ですか?」

素子「そうだよ、いいじゃん知らなくて」

千太郎「なっ、なんだよ、二人で攻撃すんなよ!」

柚男「嘘です(笑いながら)怒っていません」

千太郎「何なんだよ(不貞腐れて)」

柚男「でも、羨ましいです」

千太郎「何がだよ?」
 
柚男「いえ」

そう言って笑う柚男

素子「柚男さん、これ燃やして良いですか?」

柚男「どうぞ」

素子「ありがとうございます」

髪の毛と女性物の洋服を燃やす素子


燃えている様子を静かに見ている素子、千太郎、柚男

青空に煙が煙が上がっていく

○同・薬局庭

素子、千太郎、柚男がベンチや椅子にそれぞれ座っている

枇杷の葉が風に揺れている

素子「私ね、昔、子供を産んだ事があるんだぁ。今みたいにトランスジェンダーに対して理解がなかったから、それを周りに気づかれまいとして、男の人と一度だけ。辛かった。その時、妊娠したんです。誰にも言えなくて。でも、母親には気づかれました。私の実家は代々続いた茶道の家元で、父親はとにかく厳格な人だったから、私のした事を非人道的だと言ったの。あぁ、私なんか、生まれてきたら駄目だったんだなぁって。お腹の子と一緒に死ぬつもりで家を飛び出したんです。でも、死ねなかった。そのうちにお腹は段々と大きくなってきて、心と体がバラバラだった。でも、不思議とお腹の子が愛おしくなってきたんです。心は男なのに、愛おしくてたまらなくなってきて。信じられないかも知れないけど。病院に行くお金がなかったから、アパートで一人で産んで、へその緒も自分で切りました。この子、死なせるわけにはいかない!って、必死だった。ちゃんと母乳が出て、赤ちゃんは元気に育ってくれて。だけど、どうしても心がざわざわしたんだ。男なのにおっぱいをあげている自分が気持ち悪くなってきて。無理矢理、母乳を止めて、胸にサラシをまいて仕事に行ったの。ホストクラブで男として働いていたから、お客は女性ばかりで、勘の良い客に、お乳の匂いがするって言われた事もあった。父親にも母親にもなれない自分が嫌で辛くて、惨めで、何もかも嫌になって、それで子供を捨てて逃げた。最低でしょう?」

千太郎「仕方ないよな。生きていたら仕方ない事って、結構あるじゃん。俺も親に捨てられたけど、そいつだって、どうしようも無かっのかもしれねぇなぁ。今は、もう、どうでもいいわ。しょうがねぇもんな」

そう言って笑っている千太郎

泣くのを堪えている素子

千太郎「オバサンの子供も、もう、どうでもいいって思ってんじゃねぇの?もう、いいじゃん、何もかも燃やして、生まれ変わったんだからさぁ、子供の思いも捨てれば良いじゃん。それに、母さんよ!って、オッサン出てきた方が息子はひくわっ!(笑う)」

茶化す千太郎

素子「それも、そうだ」

泣きながら、笑っている素子

柚男「確かに」

吹き出し、そう言って小さく笑っている柚男

柚男「どちらにしても、その髪型はなんとかしないと駄目ではないでしょうか?ねぇ?」

そう言って、千太郎を見る柚男

千太郎「俺、切ってやろうか?」

柚男「(驚きながら)えっ?心くん、切れるんですか?」

千太郎「心?あっ!(しまったという感じで)あぁ、そう、切れる。施設じゃあ贅沢できねぇから、皆んなで切りあいしてたからな。園長の髪は俺が切ってた。オッサンのも切ってやるよ、男らしく!」

そう言うと、素子にむかって、髪を切っている真似をして戯けている千太郎

柚男「オッサンって(苦笑)」

複雑な表情で素子を見ている柚男

素子「そう!オッサン!じゃあ、あなたに頼もうかな」

髪を切る真似をして戯けるが楽しそう、幸せそうな千太郎

柚男「じゃあ僕、カットバサミとバリカン持ってきますね」

千太郎「えぇ?そんな物まであんのかよ?ここ、すげぇなぁ、何でもあんのなっ!」

柚男「子供の頃から父親が髪を切ってくれていたので。海水で錆びてないと良いですけど」

そう言いながら、薬局に入って行く柚男

千太郎「(首を傾げて)海水って?あの人、ちょいちょい意味不明な事言うよな?なぁ」

素子、首を傾げ、

素子「そうだね」

薬局を見ている千太郎と素子

薬局からプラスチック製の箱を持って嬉しそうに抱えて走って出てくる柚男

柚男「ありましたよ!プラスチックの箱に入っていたから被害はなかったようです!素子さん、これで、髪切れますよ!」

息をきらして、満面の笑みの柚男

柚男「心くん、はい、お願いします!」

そう言って、千太郎に箱を渡す柚男

箱を受け取る千太郎

千太郎「ねぇ、被害とか海水とか、何?」

柚男「まぁ、いいじゃないですか。ほら、早くカットしてあげてくださいよ。素子さん、落武者みたいになっているではないですか!(笑いながら)」

素子「落武者って(苦笑)」

千太郎「だな!よし!任せとけ!」

和やかな雰囲気の中、穴を開けたゴミ袋を被っている素子、真剣だったり、ふざけたりしながら髪を切っている千太郎、それを笑いながら鏡を移動させながらアドバイスしている柚男

鳥のさえずり

風に揺られている枇杷の葉

楽しそうな三人

○同・薬局庭(夜)

夕食を食べている素子、千太郎、柚男

ベリーショートになった頭を撫でている素子

素子「ありがとうね、なんだかスッキリした」

柚男「凄く似合っていますよ」

嬉しそうに照れている素子

千太郎「俺が切ったからな!」

柚男「本当、上手いもんですねぇ」

千太郎「まぁね。親がいないと、自分で何でもしなきゃなんねぇんだよ。でも、一回だけ園長に床屋に連れて行かれた事あったなぁ。高校受験の時!その床屋が下手くそでさぁ。マジ、恥ずかしかったわ!さすがに園長も、あんたの方が上手いわね!って笑ってた。入学式に、その頭で行くの嫌でさぁ、怪我した事にして伸びるまで一ヶ月、包帯巻いて行ったんだぜ!俺の黒歴史だよ、全くよぉ」

そう言って、笑いながらビールを飲み干す千太郎

柚男「考えましたねぇ」

千太郎「頭悪いけど、そういう知恵だけは働くんだ、俺!」

そう言って、更にビールを飲み干す千太郎

素子「ちょっと飲み過ぎじゃないの?」

千太郎「大丈夫、大丈夫」

呂律が回っていない陽気な千太郎

千太郎「でさ、でさ、これには続きがあるんだけど、さすがに一日中、包帯してると、頭が蒸れて痒くなってきてさぁ、授業ふけて、トイレで包帯とって頭を掻きむしってたら、隣のクラスの奴が便所から出てきて、俺の頭見て笑ったんだよ!そうしたらさぁ、頭きて、一発ぶん殴ったら、退学。髪型笑われて、殴って退学って、マジ情けねぇよな!
(急にしんみりと)でも、そん時さぁ、園長が。夏子先生が、校長の前でさぁ、泣きながら土下座して謝るんだよ。何回も何回も。退学させないでくれって。責任持って指導しますからって。この子は優しい良い子なんですって。地べたに額を擦り付けてさぁ。馬鹿だよなぁ。結局何やってもダメでなのにさぁ。あいつらにしたら、俺達みたいな施設で育った人間はクズだと思ってっから、追い出したかったんだよ。夏子先生、本当、馬鹿だよ。馬鹿だよ・・・」

そう言うと、一筋涙を流して酔い潰れ寝てしまった千太郎

懐かしい、誇らしいという表情で微笑んでいる柚男(夏子を思って)

立ち上がり、かけていた膝掛けを千太郎に掛けた後、千太郎の涙を指で拭いて、見つめる素子

千太郎と素子を見つめた後、夜空を仰いでビールを一口飲む柚男

○同・薬局内(夜)

酔い潰れて寝ている千太郎

○同・キッチン

片付けをしている素子と柚男

食器棚にグラスを片付けている素子

食器棚の奥に隠す様に置いてある鍵を見つける素子

鍵を手にとる素子

素子「鍵?」

振り返る柚男

柚男「あぁ、それは母親の家の鍵なんです」

素子「お母さんの?」

柚男「はい。母親が家を出る時、僕に置いて行ったんです。親が離婚する時、父親の所にいた方が母さんに負担がかからないって思ったんです。僕がいたら、寝る間も惜しんで働くから、あの人。だから、ついて行かなかった。母親は選んでもらえなかった事に傷ついたかもしれないけど。だから、いつか来てくれる事を期待して、この鍵を置いて行ったんだと思います。だけど、僕は行かなかった。それで良かったと思っています。今は」

そう言って皿を拭きながら微笑んむ柚男
 
素子「お母さんは、分かっていたんじゃないかな?柚男さんの気持ち。だから、鍵を置いて行ったんじゃないかな。あなたの事は分かってる。そういう意味なんじゃないかなぁ、この鍵は」

柚男「そうかもしれませんね。勘の良い人でしたから」

優しい顔で頷き、懐かしい笑みを浮かべている柚男

素子と柚男、片付けを続けている

○同・薬局の窓

素子と柚男が楽しそうにキッチンで会話をしている

月夜

月夜の光に照らされている枇杷の木

翌朝
○同・薬局前(朝)

枇杷の木の下、三年物の葉を収穫し、ザルに入れている素子

千太郎(声)「おはよう」

振り返る素子

ボサボサ頭の千太郎が立っている

素子「おはよう。早いね」

千太郎「なんとなく目が覚めた」

素子「気持ち良いよね、ここ」

千太郎「うん。あの人は?」

素子「薬草採りに行った」

千太郎「そっか。相変わらず早いなぁ」

素子「柚男さんの薬草茶、飲んでみたら?スッキリするよ」

千太郎「どう、スッキリするの?」

素子「そうだなぁ、心が軽くなる。なんだか分かんないけど、生きていればなんとかなる!みたいな(笑う)」

千太郎「なんだよそれ?でも、まぁ、飲んでみようかな」

微笑んで千太郎を見てうなずく素子

千太郎「俺も手伝うわ」

素子「ありがとう。じゃあ、この籠に入れて」

しばらく、じゃれあいながら、笑いながら、楽しそうに枇杷の葉を採っている素子と千太郎

千太郎「なぁ、この実って、もう食べれるんじゃねぇの?」

枇杷の実を触っている千太郎

素子「本当だ。ここに来た時は、まだ小さかったのに。私がここにきて、もう三週間になるから。早いな」

千太郎「ここにいたらさぁ、時間が経つの早いよな。何でだろ?」

素子「穏やかで充実しているからだよ。ずっと、ここに居たいなぁ」

千太郎「柚男さん、嫌がるんじゃね?(笑いながら)」

素子「そうだね(笑いながら)」

千太郎「でもさぁ、不思議なんだよなぁ」

素子「何が?」

千太郎「だってさぁ、俺らがここに来てから、一回も客なんか来てねぇじゃん」

素子「あっ、本当だ」

千太郎「なっ?だろう?どうやって生活してんのかなぁ?金とかどうしてんだろ?結婚してねぇし、一人暮らしだし。もしかして、生活保護とか?」

素子「もう!やめなよ!いいじゃん、そんな事どうだって!柚男さんがどんな人でも、私はあの人に救われたし、彼に出会えて良かったと思ってる。それでいいじゃん!」

千太郎「何だよ!そんなにムキになんなくてもいいじゃん。あっ!あぁ、はいはい、そういう事ね(不敵な笑み)」

千太郎をじろっと睨む素子

素子「何よ(怒り口調)」

千太郎「(不敵な笑み)別に」

素子「何?その笑い」

千太郎をじろっと睨んでいる素子

千太郎「あの人に惚れたんだろ?」

ニヤニヤしながら、素子をからかう千太郎

顔色が変わる素子

素子「はっ!?馬鹿じゃないの!?そんなんじゃないから!信じらんない!」

千太郎「あぁ、図星だな!」

物凄く動揺しながら怒り、枇杷の実をもぎ取り皮ごとかじる素子

腹を抱えて笑っている千太郎

千太郎「いいじゃん」

素子「何がよ?」

千太郎「いいじゃん。誰を好きになっても。いいじゃん」

素子「えっ?」

千太郎「良いんじゃねぇの」

そう言って寝そべる千太郎

ふっ。と、笑う素子

千太郎「あぁ、気持ち良いなぁ!」

木の下で大の字になって寝転び目を閉じている千太郎

千太郎の横に座る素子

千太郎の傷痕
その傷を見ている素子

素子「ねぇ、その傷、深かったんだね」

千太郎「(目を開け)あぁ、俺は覚えてねぇけど、警察に保護された時、顔面血だらけだったって話だから、深かったんじゃねぇの?」

途端に表情が強張る素子

素子「親がつけたって言ってたけど、どうして分かるの?」

やんわりと、起き上がる千太郎

千太郎「俺が一歳半くらいの話らしいけど、当時、母親と俺が二人で住んでたらしいんだわ。ところが、隣りの部屋で殺人事件があったみたいでさぁ」

素子「殺人?」

千太郎「そう。園長から聞いたんだけど、隣りにも俺と同じ歳の子供が母親と二人で住んでいて、虐待されて死んだってさぁ。アパートの住人が異変に気付いて、入ってみたら、男の子は死んでいたけど、母親は逃げていなかったんだと。で、その時、隣に住んでいた俺の鳴き声に警察が気付いて保護された。その時の俺も顔が血だらけで、灰皿にも血痕が残っていたから、殴られたか、投げつけられたか、どちらかだろって。ニュースにもなったらしいけどなっ!(笑う)おまけに、俺、戸籍なかったんだよね。出生届け出してなかったらしい。母親も偽名使っていたみたいだし、それ以上どうにもならなかったって。ひでぇ話だよな。ここに来るまでは、殺してやりたい程憎んでいたけど、でも、まぁ、今は思うんだ。母親には母親の事情があったんだろうなって。じゃなきゃあ、一年以上も育てらんねぇだろ?多分?俺って心広いなっ!(笑いながら)」

そう言って笑いながら素子を見る千太郎

全身震えている素子

千太郎驚きながら、

千太郎「どうした?具合悪いの?柚男さん呼んでくるわ、待ってな!」

そう言って立ち上がろうとする千太郎

とっさに千太郎の腕を掴んでいる素子

素子「(動揺しながら)大丈夫、なんでもない、大丈夫だから座って、お願い」

やんわりと再び素子の前に胡座をかく千太郎

千太郎「なにぃ?どうしたんだよ?」

素子「ごめん」

千太郎「なんだよ、おかしな奴だなぁ」

目を潤ませている素子

素子「ごめん」

千太郎「(静かな口調)何?どうした?」

静かに泣く素子

素子を心配そうに見ている千太郎

草が擦れる音

陽一の足元

涙を手で拭い、顔を上げて千太郎を見る素子

と、同時にナイフを持ち、千太郎を睨み付けている陽一に気がつく素子

驚きながらも、千太郎の後方にいる、ナイフを持ちながら立っている陽一を凝視している素子

ナイフを持つ手が震えている陽一
音を立てず静かに近寄って来る陽一
千太郎との距離が近くなると千太郎に向かって一気に走り出す陽一

足音と気配を感じ振り返る千太郎

驚いている千太郎

瞬時に立ち上がり、千太郎の前に両手を大きく広げて立ちはだかる素子

素子の腹に深くナイフを突き刺した陽一

ナイフを抜かれまいと刺さったナイフを握っている素子

素子の白いシャツが大量の血が滲んで広がっていく

泣きながらパニックになり叫んで逃げ出そうとしてヨロヨロと走り出す陽一

刺さったナイフが握りしめ、苦しそうに座り込んでいる素子

千太郎「素子さん!」

素子を支えて泣きながら大声で叫んでいる千太郎

怯えて震えている陽一を睨み付けている千太郎

千太郎「陽一!陽一!お前!」

もうろうとしている素子
  
返り血を浴び、震えながら立ちすくんで震えている陽一

千太郎、泣きながら陽一を睨みつけ、

千太郎「てめぇ(お前)!」

陽一「(声を震わせながら)お前をやらないと、金取ってこないと、母ちゃんが、母ちゃんを殺すって、あいつらが!俺、俺、母ちゃんに迷惑ばっか掛けて、でも、母ちゃんは俺に生きていてくれたらそれで良いって言ってくれるのに、それなのに、俺(泣きじゃくりながら)それなのに俺は、迷惑ばっかり掛けて。母ちゃん殺されたら俺、俺」

千太郎「(大声で)陽一!」

足元にあった大きい石を掴み叫びながら陽一に向かって走って行く千太郎

ビビる陽一、鬼の形相の千太郎

素子、肩で息をしながらも立ち上がり、

素子「(大声で)やめなさい!千太郎!」

森に素子の声が響き渡る

目を見開き、足を止める千太郎

素子、血だらけで泣きながら、

素子「やめなさい、千太郎(静かな声で)」

震えている陽一

カッコウの鳴き声が森に響き渡る

ゆっくりと振り返って素子を見る千太郎

千太郎が掴んでいた石が手から落ちる

信じられない。と、いう表情で振り返り、素子を見ている千太郎

千太郎「なんで?俺の名前知ってんの?」

崩れるように倒れる素子

千太郎、瞬時に素子に駆け寄り、

千太郎「(大声で)!おい!しっかりしろよ!」

泣きながら、素子を支えている千太郎

素子、千太郎の腕を弱々しく摩りながら、

素子「ごめん。ごめんなさい」

肩で息をしながら、泣きながら何回も千太郎に謝っている素子

千太郎「何がだよ!意味わかんねぇよ!なんで、俺のしでかした事であんたが、こんな目に遭うんだよ!なんでだよ、なんで謝るんだよ」

そう言って泣いている千太郎

素子「千太郎。会えて良かった。神様に感謝しなきゃいけないなぁ。ここに、この為に私を呼んでくれたんだ。あなたに償う為に」

千太郎「もう、喋るなよ!どんどん血が出てくるじゃん、頼むから、生きてくれよ。頼むよ(子供のように泣きながら)なぁ!頼むよ、生きろよ、なぁ、頼むよ」

肩を震わせ素子を抱きしめながら泣いている千太郎

素子の傷口を押さえて手の平が真っ赤になっていく千太郎

素子「千太郎、枇杷の木によし掛からせて、お願い」

静かに素子を支えながら起こし、枇杷の木に素子をよし掛からせている千太郎

息の荒い素子

震えながら泣いている陽一

陽一に向かって微笑んでいる素子


素子「あなた、千太郎のお友達でしょう?これからも仲良くしてあげて欲しいな。あなたには感謝しているの。私は罪を償う事が出来たから。ここでの出来事は無かった事にしなさい。あなたは私を刺していない。いい?とどめは自分でするから。いい?お母さんの所に帰りなさい。お母さんは、あなたを待っていてくれている。行きなさい(微笑む)」

千太郎の顔を見る素子

素子「千太郎、彼を助けてあげなさい。友達でしょう?大切な友達なら、助けてあげなくちゃ駄目だよ」

急いで薬局に入る千太郎

リュックを持ちながら、走って薬局から出てくると陽一に駆け寄る千太郎

千太郎、血に塗れた手でリュックを陽一に渡し、

千太郎「悪かったな」

泣きながらリュックを持ち、千太郎を見た後、逃げる様に去って行く陽一

瀕死の素子の側に駆け寄る千太郎

素子を抱き抱えている千太郎

千太郎「救急車呼ぶから!」

ポケットから携帯を出そうとする千太郎

千太郎の腕をグッと掴み、首を横に振る素子

素子「もう、いいんだ。これでいいんだよ。今度生まれ変わってもあなたの親になりたい。それを、許してくれる?」

千太郎「何、言ってんだよ!今からでも良いじゃん!やり直せよ!親を、俺の親を今、やり直せよ!なぁ!」

素子「ありがとう。許してくれたんだ?本当はね、もっと前に死のうと思ってた。だけど、死ねなかった。違うな、死んではいけなかったんだなぁ。この日まで、生きていなければならなかったんだ、きっと。でも、良かったぁ。今日まで生きて来て本当に良かった。あなたを守る事を、最期に守らせてくれた事を、神様に感謝しなきゃ」

苦しそうに笑っている素子

千太郎「何、勝手な事言ってんだよ!いい加減にしろよ!頼むよ、なぁ、なぁ、頼むから、生きて、生きていてくれよ!なぁ!俺に悪いと思ってんならさぁ!なぁ、頼むよ、生きてくれよ!なぁ!」

泣き崩れ、素子の溢れ出る傷口を押さえながら抱きしめている千太郎

意識がもうろうとしながらも、目から止めどなく涙を流す素子

風が吹き、枇杷の葉が揺れて音を奏でている

穏やかに笑いながら静かに弱々しく目を開ける素子

泣きながら素子の側で泣いている千太郎

素子「もう、泣き止みなさいよ。なんで泣くのよ。おかしな子(弱々しく笑う)」

千太郎「知らねぇよ!なんで泣いてんのか自分でも分かんねぇよ!」

素子「そうか(弱々しく笑う)そうだね」

息が細くなり、目もやっと開けている素子

素子「ねぇ、ナイフを持ち替えさせて」

千太郎「嫌だよ!」

素子「心くんにお願いしたいんだ。千太郎にじゃない。お願い」

千太郎の腕を弱々しくも強く握る素子

泣きながら、ため息をつき、震えた手で、血だらけの素子の手を逆手にする千太郎

素子「ありがとう」

残った力で体にナイフを押し込む素子

  (音無し)

素子「うっ」 

千太郎「母さん!」

素子、涙を一筋流しながら、

素子「愛している」

枇杷の木に寄りかかったまま、微笑み、目を閉じて消えて行く様に息をひきとる素子

  (音無し了解)

千太郎「わぁー!(泣きながら叫んぶ)」

素子を抱きしめながら、大声で叫びながら、泣いている千太郎

森の中、枇杷の木の下、素子を抱きしめて泣き続けている千太郎

枇杷の葉が優しく風で擦れ合い音を奏でている
 
  一ヶ月後
 
○(夕方)柊園(施設)

 門の前に千太郎が立っている

庭で花の手入れをしている夏子(園長)
  
門に立ち園を眺めている千太郎

千太郎に気づくと手袋を外し、千太郎に近寄って行く夏子

夏子「千太郎?」

夏子の声に振り向く千太郎

千太郎「ただいま」

夏子「おかえり(微笑み)」

夏子「あなたが好きな干し芋がちょうど干せたところ。食べる?」

照れ臭そうに、頷く千太郎

夏子「庭のベンチに座って待っていて」

千太郎「うん」

○同・施設裏庭

枇杷の木の下に古いベンチ

ベンチに座る千太郎

千太郎「(呟く)古くなっちまったなぁ、このベンチも」

後方から、お茶と干し芋をのせたお盆を持ち、千太郎に近寄る夏子

夏子「そうね、古くなっちゃったわね」

千太郎の横にお盆を置く夏子

千太郎「俺が物心ついた頃には、もう、ここにあったもんな」

そう言って、干し芋をかじる千太郎

千太郎「美味い(小声で)」

夏子、千太郎の顔を下から覗き込み、

夏子「何かあった?」

千太郎「別に。何でだよ」 

夏子「なんだか、優しい顔になったし、大人っぽくなった」

千太郎「もう、28だぜ、十分大人だろうよ」

夏子「(笑いながら)それも、そうね」

千太郎「先生、体は?大丈夫なのか?(ぶっきらぼうに)」

夏子「何?心配してくれてたの?(茶化すように)」

千太郎「まぁな」

夏子「大丈夫よ。心配かけちゃったわね。あなた達の帰る場所を守って行く事が私の生き甲斐なの。だから、まだまだ死ねないわ」

千太郎「先生」

夏子「うん?」

千太郎「今から、俺が言う事、信じてくれる?」

夏子「もちろんよ。私はあなたの親だもの。親は子供を信じるものよ」

千太郎「そっか」

夏子「そうよ」

千太郎「あのさぁ、一ヶ月前、不思議な事があったんだ」

夏子「不思議な事?」

千太郎「うん。公園にいた時、ホームレスの男の人に、いきなり枇杷の葉を渡されたんだ。その葉には福島の浪江町に行くように書いてあった。それを見ている間にその男の人が消えたんだ。辺りを見渡したけど、いないんだ」

少し顔色が変わった夏子

夏子「浪江町って、被災地よね?震災前とは別世界みたいに、何にも無くなっているのよ(寂しげに)浪江町のどこに行けって言ったの?その人」

千太郎「先生、前とは違う。って、行った事あるの?」

夏子、焦りながら、

夏子「あっ、ないけど、ほ、ほら、テレビでやっていたじゃない」

千太郎「そうだな、連日やってたよな。でも、俺が行った場所は自然が残っていてさぁ、すげぇ良い所だったんだ」

夏子「どこ?」

千太郎「野口薬局って所」

驚愕して、手に持っていたお茶を千太郎の方に倒してしまった夏子

慌てている千太郎

千太郎「うわぁ!」

我に帰る夏子

夏子「あっ!ごめん!火傷しなかった?」

慌てて、つけていた、エプロンを外し、千太郎の服を拭いている夏子

千太郎「大丈夫だって。それより、どうしたんだよ?顔色悪いぜ!また、調子悪くなったんじゃねぇのか?病院に行かなくていいのか?」

夏子「あぁ、ごめんなさい、違うのよ、大丈夫大丈夫。ごめんなさい。それより、続き聞かせてくれる?」

千太郎「本当に大丈夫なのかよ?」

心配している千太郎

夏子「大丈夫(深呼吸)はい、続き」

千太郎「うん、じゃあ、具合悪くなったら言えよ」

夏子「(微笑んで)うん、ありがとう」

千太郎「その、薬局に行く前に古びた宿に泊まって、そこの爺さんに森の中にある薬局まで乗せて行って貰った。バスがないからって」

えっ?っという表情をする夏子

夏子「何ていう宿?」

千太郎「坂本。爺さんは滋って言ってたかなぁ。白くて長い髭の、仙人みたいな爺さんでさぁ(笑いながら)」

口を手で覆って動揺している夏子

夏子「それで?(動揺)」

千太郎「(しんみり)そこに行ったら、男の人と女の人がいた」

夏子「ご夫婦?」

千太郎「違うんだ。男の人は薬局の人。女の人は(しばらく間を開けて)ただの客」

夏子「何をしに来たの?その女の人?」

千太郎「俺と一緒。街で枇杷の葉を渡されて来たんだ」

複雑な表情の夏子

千太郎、夏子の表情を見て、

千太郎「先生、俺の事、頭がおかしくなったと思ってるんだろ?」

夏子「違うの、そうじゃないの。ちょっと」

そう言って言葉を詰まらせる夏子

夏子「(恐る恐る)千太郎、その男の人の名前は?」

千太郎「柚男」

目を瞑り、震えた両手で顔を覆って泣き出す夏子

驚いている千太郎

千太郎「おい!先生!どうしたんだよ、なぁ!」

夏子の肩を揺さぶる千太郎

涙を無理に止めて急に立ち上がる夏子

夏子「千太郎、少し待っていて」

千太郎「えっ?どこに行くんだよ」

施設の中に小走りに入って行く夏子

首を傾げ、心配そうな千太郎

○同・施設内 園長室

本棚を開け、小説を取り出し、中に挟まっている写真を一枚を見つめ、急いで庭に戻って行く夏子

○同・施設の庭

ベンチに座っている千太郎に向かって走って来る夏子

息を切らせ、千太郎に駆け寄って行く夏子

夏子「(息切れ)ごめん、あぁ、もうお婆さんね。少し走っただけで息切れする」

そう言って苦笑する夏子

千太郎「まだ倒れたらどうするんだよ」

夏子「そうね」

目を瞑り深呼吸する夏子

手に持っている写真を千太郎に見せる夏子

夏子「その男の人って、この子?」

写真の中、大学院を卒業した時の柚男が写っている

驚いている千太郎

千太郎「そう!この人」

夏子「そう、やっぱり」

千太郎「知り合いだったのかよ?」

しばらく、沈黙している夏子

千太郎「どうしたんだよ?」

夏子「息子なの」

更に驚いている千太郎

千太郎「えっ?嘘だろ?」

夏子「本当よ」

千太郎「えっ?だって、息子って、死んだって言ってたよな?どういう事?」

夏子「死んだわ、あの時。3月11日に。遺体を確認しにもに行った。間違いなく、あの子だった。柚男だった。あの子の父親はまだ見つかってはいないけど」

動揺し、理解に苦しんでいる千太郎

千太郎「何で?だってさ、一ヶ月前にさぁ、三人で飯食ったし、薬草取りに行って、で、夜遅くまで酒呑んで。えぇ?あぁ、分かんねぇ!どういう事なんだよ、じゃあ、俺が見たのは?一緒にいたのは?一体、誰なんだよ!」

夏子「不思議だけど、そんな事ってあるんだと思う。信じられない様な出来事がね、この世には沢山あるんだと思うのよ。だけど、それは意味のある事なのよ、きっと。あなたは、そこに行った事を後悔しているの?」

当時を思い出している千太郎

  × × ×
     回想
○野口薬局・庭(夜)

 庭で笑いながら楽しそうに食事をしている、千太郎、素子、柚男

○同・薬局 庭(夜)
庭で月を眺める千太郎と素子
 
  × × ×
   回想終了

   現実
○柊園・庭(昼)

千太郎「行って良かったと思ってる」

夏子「そう」

千太郎「うん」

千太郎「先生」

夏子「何?」

千太郎「柚男さんが言ってたんだ。母さんについていかなかったのは、自分が行く事で、母さんが寝る間も惜しんで働く事になるからだって。そんな事はさせたくなかったんだって。生きていれば、いつでも会えるからって。そう言ってた」

  回想
  × × ×
○薬局・台所

片付けをしている柚男と素子

柚男「母さんについて行くと、あの人、寝る間も惜しんで働きますから(笑いながら)そういう人なんです、あの人。お互いに生きていたら、いつでも会えますからね(微笑む)」

○同・薬局リビング

酔って寝ていたが、目を覚ましていて、その話を聞いている千太郎

回想終了
× × ×

現実
○柊園庭(昼)

千太郎「柚男さんは先生の事を思って、父親の元に残ったんだ」

目に涙を溜めている夏子

夏子「あの子らしい」

回想
× × ×

○野口薬局前

夏子が家を出て行く後ろ姿を見ている柚男(10歳)と、柚男の父親

柚男(10歳)「母さん!枇杷の実だけは必ず食べに来て!毎年、来て!僕、待っているから!」

泣く事を堪え、笑顔で夏子に向かって大きく手を振っている柚男(10歳)

振り返り、作り笑いをし、泣きながらうなづくと、走って去って行く夏子

涙を堪え、いつまでも手を振っている柚男(10歳)

   回想終了
 × × ×

現実
○柊園庭(昼)

写真を胸に抱きしめ、泣いている夏子

夏子「柚男、ごめん。一度も枇杷の実を食べに行ってあげれなかった。母さん、嘘つきだね。本当にごめんなさい」

声を殺しながら泣いている夏子

千太郎、青空を仰ぎながら

千太郎「しょうがないじゃん。先生だって、その時はしょうがなかったんだろ?仕方ない事ってあるんじゃねぇの?でもさ、先生の息子は、それをちゃんと分かっていて、それでも、母親を思っていたよ。後悔なんかしたり、謝ったら、柚男さんが可愛そうだよ」

夏子、千太郎を涙目で優しく見ながら、

夏子「そうね。本当にそうね。ありがとう千太郎(涙を拭い笑顔になリ)、あなた、変わったわね。良い男になった。その一ヶ月に、あなたを変える何かがあったのね。女の人って言っていたけど、好きになったの?」

千太郎「はっ?オバサンだぜ?いや、オッサンか(笑いながら)」

夏子「何?それ?どっち?」

千太郎「どっちもだよ。まぁ、いいじゃん!想像していたのと違って、人間らしくて、あったかい人だった」

夏子「そう。その人に出会う運命だったのね。あなたをこんなに変えた人に私も会いたいなぁ」

急に寂しげになる千太郎

千太郎「もう会えないんだ」

夏子「そうなの?」

千太郎「うん。もう二度」

 突然、優しい風が吹き出し、園庭の枇杷の葉が優しく揺れ、それを静かに黙って見ている千太郎と夏子

夏子「浪江町に行って来るわ」

千太郎「俺も一緒に行くよ」

夏子「ありがとう」

 
○野口薬局があった場所(朝)

 霧がかかっている、その場所を歩いている千太郎と夏子

夏子「懐かしいなぁ」

千太郎「おかしいなぁ?この変なんだけどな」

 キョロキョロと辺りを見渡す千太郎

 カゴを背負った老婆が千太郎と夏子の後方から近寄って来る

老婆・絹「もしかして。夏ちゃんかい?」

 絹の声に振り向く千太郎と夏子

 夏子、驚き、懐かしむように、

夏子「絹さん?」

絹「やっぱり!夏ちゃんかい!元気にしてたかい?夏ちゃん、あんた、全然、変わってないのぉ!まだ、こうやっで、夏ちゃんに会えるなんでなぁ」

そう言うと、涙ぐむ絹

夏子「絹さん、無事で良かった。心配していたの、忘れていなかったわ。震災後に探したのよ、でも見つけられなかった。滋さんは?滋さんは元気なんでしょう?」

絹「あの時、釣りに行くと言って出がげで行っだお客さんを探しに行ぐど言うで、聞かねがった。わだす(私)が止めるのも聞かねぇで。それっきり、けぇってこね(帰って来ない)。バカヤロだなぁ。んだけど、とっちゃん(お父さん)らしぐで、笑うしかねぇべなぁ」

寂しげに笑っている絹

夏子「滋さんは、優しい人だったから(悲しい表情)。どうして、こんな事になっちゃったんだろう。」

絹「あの人、夏ちゃんのごど(事)、娘みでぇに、めんこいがってだなぁ。夏ちゃんが、こごを出て行っだ時は、そりゃあ寂しがっでたぁ。おらだぢに子供がいねがったから、夏ちゃんを本当の娘の様なつもりでいたんだぁ、あの人」

 そう言って笑う、絹

 涙を浮かべ、目を閉じ下を向く夏子

千太郎「婆ちゃん、この辺だよね?野口薬局がある場所って。だって、ほら!あそこ!枇杷の木があるじゃん!」

 不思議そうに千太郎を見る絹

絹「あぁ、そうだよ。でもなぁ、ここさにも津波さ来てなぁ、全部流されぢまった。悪りぃ夢さぁ見でるみてぇだったなぁ。みんな、真っ黒な海にのまれちまった。おらは、すぐ高台に上がったども、そごがら見だのは地獄絵図だぁ。まさが、おらが生ぎでる間に、こんな事さぁ起ぎるなんでなぁ。今でも悪い夢見でるみてぇだぁ。でもなぁ、あの枇杷の木だけは流されながったんだぁ。柚男が守ったんだべなぁ。夏ちゃんが帰って来ても迷わねぇように、あの枇杷の木だけは、残して行ったんではねぇが?けんど、自分を責めてはいかんど。これは定めだぁ。仕方がねがったんだぁ。誰のせいでもねぇ。今頃、あっちで皆んな、ながよぐ(仲良く)やってっぺ(優しく微笑む)」

夏子「ありがとう、絹さん」

枇杷の木に少しずつ近づいて行く夏子

突然、風が吹き、葉が揺れている

枇杷の木の下で、10歳の柚男が夏子に向かって微笑み、立っている(夏子にしか見えていない)

柚男(10歳)「母さん、お帰り」

立ち止まって口を押さえ、声を殺して静かに泣きながら何回もうなづいている夏子

夏子を後方から見ている千太郎、絹

夏子「ただいま」

目に涙を溜め、木に歩み寄り、優しく触れている夏子

千太郎「じゃあ、薬局は津波に流されたって事?」

絹に尋ねている千太郎

絹「そんだよ」

千太郎「震災って5年前だぜ?俺がいたのは一ヶ月前。どういう事だよ?」

絹「もしかして、おめぇさん、こごに呼ばれたのがもしんねぇなぁ。誰がに会わねがっだが?」

ドキっとして、黙り込む千太郎

夏子「千太郎?誰かにあったの?」

千太郎「別に」

絹「そうがい。不思議な事が起ぎる時は、大抵、何かを解決してくれる時だぁ。長く生きてっと、そんな事に沢山、出ぐわす。おらも、いづが、とっちゃんに会える日が来るど思ってっがら、今、頑張って生ぎでられんだぁ。そうでねぇど、やりぎれねぇもんなぁ」

そう言って笑う絹

絹の言葉が腑に落ちた様子の千太郎

絹と千太郎を見た後、空を仰ぎ見ている夏子

風で揺れている枇杷の葉を眺めながら、何も無くなった辺りを静かに見つめている、夏子、千太郎、絹

ゆっくりと枇杷の木に近づいて行く千太郎

素子が死んだ場所にしゃがみ、手の平で土や草を撫でている

千太郎の手にロケットペンダントがあたる

千太郎「ん?なんだこれ?」

錆びたネックレスを持ち上げる千太郎

夏子「あら?ロケットペンダントじゃない?懐かしいわね」

千太郎「何それ?」

夏子「貸してごらん」

夏子にペンダントを渡している千太郎

夏子「錆びているわね、開くかしら?」

丁寧にペンダントのヘッドを開けている夏子

夏子「あっ!空いた!あれ?これって?」

夏子に近寄り、ペンダントを覗き込んでいる絹

絹「ほぉ、たまげた。こりゃぁ多分、臍の緒だべ」

夏子「そう言われたら、そうね、確かに臍の緒だわ。あら?何か彫ってある。何だろう?」

鞄から老眼鏡を出し、ペンダントに彫られている文字を目を凝らし見ている夏子

夏子「Iwill love you forever senta。センタ?後は薄くなって分からないわねぇ。」

夏子「えっ?senta。千太郎って彫ってあるんじゃない?」

そう呟くと、何かに気付いた様に千太郎を見る夏子

夏子「あなた、もしかして、ここで会った女の人って・・・お母さんだったんじゃないの?」

真っ直ぐ夏子を見ている千太郎

千太郎「そうかもしれない。けど、そんな事は、もう、どうだって良いんだ。その人は俺を(哀しい顔)守ってくれた。だから、あの人が誰だろうと、どうでもいいんだ。ここで出会ったあの人があの人だから。良い人だったから」

千太郎を抱きしめる夏子

夏子「そうね。あなたの言う通りね」

千太郎の背中を優しく摩っている夏子

千太郎の手の平にペンダントを握らせている夏子


夏子「幸せな奇跡に感謝しなさい」

千太郎「うん」

静かに、そう、頷く千太郎

千太郎「先生、俺、バイトしながら大学を受験しようと思う」

驚いている夏子

夏子「大学!?」

千太郎「うん。俺、薬剤師になろうと思う。何年かかっても諦めないで必ず薬剤師になって、ここに戻って来ようと思ってる。それで、この場所に、この枇杷の木の横で薬局をする。傷ついた人達の助けになりたいんだ。柚男さんみたいに。いいかな?先生」

目から大粒の涙を流す夏子

夏子「当たり前じゃない!あなたなら出来るわ。きっと出来る!ありがとう、千太郎」

泣きながら、笑いながら千太郎を見つめている夏子

絹「野口薬局、復活だなぁ!おらも、長生きせねばなんねぁなぁ!」

手を叩き喜んでいる絹

千太郎、枇杷の木に向かい大声で、

千太郎「柚男さん!俺頑張るから!」

そう叫んだ後、千太郎、声を出さずに、小さい口パクで、


千太郎「ありがとう、素子さん」


突然、強い風が一瞬吹き、枇杷の葉を揺らし、心地の良い音を立てる

優しい眼差しで枇杷の木を見つめながら、ペンダントを強く握りしめている千太郎

千太郎、振り返り、夏子に、

千太郎「先生、帰ろう!」

夏子「うん」

千太郎「先生、おぶってやろうか!」

夏子の前に腰を屈め、おんぶの真似をしている千太郎

夏「馬鹿!私はまだまだ若いのよ!走って帰れるわよ!」

千太郎「そう言うなって、ほら!」

寝れ臭そうに千太郎の背中にかぶさる夏子

千太郎「そらっ!」

絹「あんたら、おやご(親子)みてぇだなぁ」

夏子「そう!私の可愛い可愛い息子だもの!」

そう言って、千太郎の背中にしがみつく夏子

千太郎「やめろよ!恥ずかしいだろ!」

大笑いする、千太郎、夏子、絹

和気あいあいと森を歩いている

  「一年後」
 
○東京都内・交差点(朝)

 人混みの中の交差点で信号待ちをしている、大学生になった千太郎

たくさんの人、たくさんの車が往来している

千太郎の前、大きなトラックが通過すると同時に優しく力強い風が吹く

トラックが通り過ぎると交差点の向こう側、千太郎を見て微笑んでいる素子と柚男

千太郎に片手を小さく上げ、微笑む素子

素子の横で優しく微笑んでいる柚男

驚いて、目に涙を溜めている千太郎

信号音

信号が青に変わる

人がいっせいに横断歩道を渡り出す

人をかき分け、走り出す千太郎
交差点の真ん中で、向こう側再びを見る千太郎

素子、柚男はいない

横断歩道の真ん中で立ちすくむ千太郎

信号が点滅する音

急いで向こう側に渡る千太郎

息を切らせながら、辺りを見渡す千太郎

千太郎の前に、枇杷の葉が一枚落ちてくる

千太郎「あっ」

 そう呟き、優しく微笑みながら枇杷の葉を拾い、笑顔で眺めた後、空を仰ぎ、枇杷の葉をポケットにしまい、笑顔で歩いて行く千太郎

    「7年後」

 (朝)野口薬局があった場所

カッコウの鳴き声

白い木造の可愛い一軒家、その様に枇杷の木

看板には野口薬局と書かれてある 
風見鶏が、風で回っている 


 おかっぱ頭の可愛い女性、森の中の野口薬局に向かって歩いて来る

薬局の中に入って行く女性

女性、小さな声で、
女性「すみません、誰かいますか?」

持っているバッグを下に置き、中を伺っている女性

返事がない

がっくりしているが、枇杷の木の実を見つけて近寄る女性

一つ実をもぎ、一口かじる女性

女性「あっ、おいしい」
 
千太郎の声「美味しいでしょう?」

その声に驚く女性

振り向くと白衣を着て、背中に薬草が入った籠を担いで立っている千太郎

とても穏やかで優しい笑顔の千太郎

女性「あっ、ごめんなさい。勝手に食べてしまって」

 恐縮しながら頭を下げる女性

千太郎「いえ、大丈夫です。甘いでしょう?」

女性「はい、凄く」

そう言うと、枇杷の木に近づき、実を一つもぎ、食べる千太郎

千太郎「甘い」

顔を見合わせて笑う千太郎と女性


千太郎「ようこそ、野口薬局へ」

そう言って笑顔で女性に微笑む千太郎

千太郎の首からは素子のロケットペンダントが下がっている

 
  高原(昼)

  晴天

墓が二つ並んでいる

SASAKIと彫られたの墓の下に、小さくyuzuoと彫られてある

その横にMOTOKOと彫られた墓

二人の墓の前には葉が付いた枇杷の実が供えられてある

  (回想)
  ×    ×    ×
 素子と千太郎と柚男が高原で、それは楽しそうにテーブルで食事をしている。会話をし、笑い、美味しそうに。
 
千太郎、素子、柚男「(笑い声)」
 
  ×   ×   ×

   青空
 
 青空の下、枇杷の木と野口薬局


 

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