グッド・ドライバー ドラマ

高村秀平と涼子の夫婦は、幼い息子を事故で亡くして以来、車とは無縁の生活を送って来た。涼子が病気になり酸素ボンベが手放せなくなったことから、高村は運転免許を取得することを決意する。 免許取得を巡り、高村と涼子は過去の傷と対峙することとなる。果たして、息子を失った悲しみと、車への憎しみを乗り越えることが出来るのか…。 令和2年度橋田賞新人脚本賞のベスト16に選出されました。 1時間 テレビドラマ用脚本
桐乃さち 542 3 0 11/01
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第一稿

登場人物

高村秀平(65) 二ノ宮自動車教習所の学生
遠野水樹(28) 二ノ宮自動車教習所の教官
高村涼子(63) 高村の妻
吉村美子(48) 涼子の知人
吉村大樹( ...続きを読む
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登場人物

高村秀平(65) 二ノ宮自動車教習所の学生
遠野水樹(28) 二ノ宮自動車教習所の教官
高村涼子(63) 高村の妻
吉村美子(48) 涼子の知人
吉村大樹(18) 美子の息子
桐島学(35) 水樹の同僚
高村翼(享年6) 高村の息子(遺影)

遠野雅弘(56) 水樹の父(声のみ)
遠野葵(53) 水樹の母(声のみ)
西田隆司(40) 西田総合病院の医院長

西田総合病院の看護師
外車ディーラーの店員
居酒屋にいる若者達
居酒屋の店員

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〇西田総合病院 外観

   近代的な大きな病院。「西田総合病院」の看板。見事な桜が咲き誇っている。

〇同 病室

   6名程が入院する大部屋。窓際のベッド。
   高村涼子(63)が外を見ている。鼻には酸素吸入器をつけている。

   桜の花びらが舞い込み、棚に置いてある高村翼(享年6)の写真の前に落ちる。
   涼子、それを見て微笑む。隣のベッドの吉村美子(48)も、それを見て微笑む。
   美子と涼子、視線が合い、互いに会釈する。

〇同 診察室

   西田隆司(40)と高村秀平(65)が、レントゲン写真を見ている。

西田「うん、問題ないでしょう。手術の経過は良好です」

   高村、笑顔になり頭を下げる。

高村「先生、ありがとうございます!」

西田「一ヶ月程入院して様子を見ましょうか」

   西田、高村に向き直る。

西田「手術前にもお話した通り、退院してからも酸素ボンベを常に携帯していただくことに
 なります」

高村「はい、あの、先生」

西田「はい」

高村「旅行なんかは…行っても大丈夫なんでしょうか」

西田「あぁ大丈夫ですよ。ちょっと息が苦しいかもしれませんが休憩しながらでしたら」

高村「…電車での移動はどうなんでしょうか」

西田「うーん、体力も落ちていますし酸素ボンベも持ち歩きますからね…」

   高村、俯いて目を漂わせる。

西田「ただ、万が一他の臓器に転移して、再手術と言うこともありますから。
 ご旅行などは今のうちに行かれた方がいいかもしれませんね」

   高村、黙って俯く。

〇同 病室

   高村が病室に入って来る。涼子、顔を上げる。高村、ベッド脇の椅子に座る。

涼子「先生、なんだって?」

高村「うん一ヶ月ぐらいで退院出来るそうだ」

   涼子、笑顔になる。

涼子「やったー!じゃあ、夏には旅行行ける かな。さすがにまだ、無理かな?」

   高村、言いにくそうに口ごもる。

高村「うん…いや行けるよ。けど手術前にも説明があったが、
 酸素ボンベを持ち歩くことになるからなぁ」

   涼子、笑顔が消え、無言で何度も頷く。

涼子「あぁ、うんうん。体もしんどいしね」

   高村、何か言おうとするが、それを遮るように、先に涼子が笑顔になり話す。

涼子「いいわどこにも行かなくても。生きてるだけでラッキーだもんね」

   涼子、再び窓の外の桜を眺める。

〇高村の自宅 和室(夜)

   古い一軒家。高村、仏壇の前に座る。翼の写真と、古い赤いミニカー。
   高村、りんを鳴らし、手を合わせる。

〇同 居間(夜)

   和室の隣の部屋。高村、座椅子に座りテレビを点け、次々とチャンネルを変える。
   バラエティやドラマ。高村、テレビを消そうとするが、手が止まる。
   自動車教習所のCMをやっている。

テレビの声「あなたも免許を取りませんか? 早い、安い、丁寧。安心指導が自慢です」

   高村、画面をじっと見つめる。CMが終わる。
   高村、振り返り、仏壇の中のミニカーを見つめる。

〇二ノ宮自動車教習所 外観

   「二ノ宮自動車教習所」の看板。校内コースを教習車が走っている様子。

〇同 教室

   数十人の学生が聴講する中、遠野水樹(28)が教科書を持ち、講義をしている。

水樹「自動車の運転とは、認知・判断・操作の繰り返しによって成り立っています」

   こそこそと、私語をしている学生達。

水樹「外からの情報を的確に捉え、運転操作に反映する総合的な判断力が必要になります。
 そこ、私語するなら出て行きなさい」

学生「あ、すみません」

水樹「あなた方はよそ見運転をしても、そんな風に謝って済ませるつもりですか?」

   水樹、厳しい表情で教室全体を見回す。

〇同 校内コース 前

   教官達が教習車のナンバーの入った紙を持って立っている。
   生徒と合流した教官から、教習車に乗り込んでいく。水樹と桐島学(35)も立っている。

桐島「遠野、生徒から評判悪いよ~怖いって」

水樹「最近の子は車の怖さが分かってないんです。それを教える事の何が悪いんですか」

桐島「それは確かに大事だけどさ。運転の楽しさを教えるのも、俺らの仕事でしょ?」

   水樹、言い返そうとするが、桐島はやって来た女子生徒と共に
   教習車の方へ行ってしまう。水樹、桐島を睨む。

   高村が、きょろきょろしながら校内コースへ入って来る。
   水樹、一瞬高村を見る。高村、水樹の持つ「23」の紙を見て、
   恐る恐る水樹に近づいて来る。

高村「あのー」

水樹「はい?なんでしょうか?」

高村「23番ですよね」

   高村、「23」と書かれた紙を見せる。水樹、高村を上から下まで見つめる。
   高村の顔を見て、水樹、首をかしげる。

水樹「生徒の保護者の方ですか?」

高村「いえ、あの、今日からお世話になります。高村です。よろしくお願いします!」

   水樹、目を見開く。水樹、急いで資料を確認する。
   資料には「高村秀平 63歳」と書かれている。水樹、絶句する。

水樹「失礼ですけど、免停での再取得ですか?」

高村「いえ!運転は全くの初心者です!」

   水樹、目を見開いて高村を見る。

高村「あの、先生のお名前は?」

水樹「…遠野水樹です」

高村「これからよろしくお願い致します!」

   水樹、目を泳がせてから咳払いをする。

水樹「では高村さん。早速乗ってみましょう」

   水樹と高村、教習車の方へ歩き始める。

〇同 校内コース 教習車 中

   高村、額に大汗をかいて、肩を怒らせて運転している。

水樹「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私の方にもブレーキがついていますから」

高村「はい!」

   車はゆっくりと前に進んでいく。

水樹「失礼ですけど、高村さんのご年齢で免許を取ろうとするのは珍しいですよね」

高村「はい!」

水樹「今回はどうして?」

高村「はい!」

   ハンドルを握る高村の手が震えている。

水樹「…運転、怖いですか?」

   高村、はっとして水樹を見る。

高村「いえ、大丈夫です!怖くなんか、ないです!」

水樹「怖くない?」

   水樹、高村の横顔を見つめる。高村、アクセルを踏む。
   車がスピードを上げてS字カーブに差し掛かる。
   水樹、横からハンドルを持ち操作しようとする。

水樹「ハンドル、少し左に戻しましょう」

高村「え?」

   水樹、ハンドルを操作しようとするが高村が強く握りしめている為動かない。

水樹「ハンドルです、戻してください」

高村「ハンドル?」

水樹「今、高村さんが手で握っている物です!」

   高村、はっとして手を見る。焦って、いきなりハンドルを大きく右に切り、
   アクセルを強く踏む。車が大きく傾く。
   水樹、慌ててブレーキを踏むが間に合わず、車は溝にはまって傾いてしまう。

水樹「きゃあ!」

   水樹と高村、目を閉じる。

〇同 校内コース

   脱輪して傾いている教習車。近くを走っていた桐島、心配そうに見つめる。

〇同 校内 ベンチ(夕)

   水樹が仏頂面で座っている。高村が水樹に向かって、深く頭を下げている。

高村「先生!本当に申し訳ありません!」

   傍らに立つ桐島が笑顔で言う。

桐島「しょうがないですよ。初めての運転ですもん緊張しますよね。よくあることです」

水樹「よくあることですか?」

   桐島、水樹の肩を小突く。

桐島「お前の指導の問題でもあるんだぞ~」

   高村、がっくりと肩を落とす。

高村「私、やっぱり退学でしょうか」

桐島「いえいえいえ、大丈夫ですよ!」

高村「先生、本当にすみませんでした。これにこりずに、これからもご指導ご鞭撻のほど、
   どうかよろしくお願いします」

   高村、お辞儀をして立ち去ろうとする。高村の手から車のカタログが落ちる。
   水樹、立ち上がってそれを拾う。

水樹「これ…」

   桐島もカタログを覗き込む。

桐島「へー!高村さん、車買うんですか?」

   高村、頭をかいてカタログを受け取る。

高村「いやー、60の手習いでお恥ずかしいんですが。
 夏には女房を旅行へ連れて行きたいと思ってまして、早目に準備しようかと」

水樹「夏?」

高村「はい。それじゃあ、これから車屋に行きますので。失礼します」

   高村、お辞儀して立ち去ろうとする。

水樹「ちょっと、待って下さい!」

   水樹の大声に、高村、驚いて振り返る。

〇高級外車ディーラー ショールーム

   ピカピカの外車が立ち並ぶ。金額はどれも数百万単位。
   水樹、唖然として見渡す。高村も笑顔で店内を見渡す。

高村「先生、わざわざすみません。こんな所までお付き合いいただいて」

水樹「高村さん、本当にここで買うんですか?」

   店員が、二人に近づいて来る。

店員「こちらいかがですか?春に出たばかりの新作です。すばらしいデザインですよね」

   水樹、目の前の車をじろりと見る。

店員「エンジンは5気筒ターボチャージャーですし、トランスミッションが…」

水樹「そんなことより、エアバッグはいくつ付いていますか?」

店員「え?」

水樹「運転の誤操作に対する安全対策は?運転補助機能は?ついているんでしょうか?」

店員「あ、はい。ではこちらで詳しくご説明させていただきます…」

   店員、慌ててカタログを取り出す。
   水樹の横で話を聞いていた高村、ふと顔を上げる。
   赤いオープンカーが置いてあるのに気が付く。

   高村、ふらふらとオープンカーに近づいて行く。

   水樹、カタログを隅から隅まで読んでいる。

水樹「高村さんちょっとここを見てください」

   水樹、高村がいないことに気が付く。水樹、きょろきょろする。
   高村が、オープンカーに乗っているのが見える。

水樹「高村さん?何やってるんですか?」

   水樹、高村に近づく。

高村「先生。私、これにします」

水樹「え!?これ、オープンカーですよ?」

高村「これが、いいんです」

水樹「屋根がない車は、安全面はどうなんでしょうか。もし何かにぶつかったら…」

高村「だけど赤い車、かっこいいじゃないですか」

   水樹、むっとして高村に言い返そうとするが、車の金額が目に入り、絶句する。
   金額は「860万」とある。
   水樹、驚いて金額を指差す。

水樹「ちょ、ちょっと高村さん、これ!」

   高村、水樹に力強く頷いて見せる。

高村「先生、私はもう若くはありません。これと言って趣味や特技もありません。
 製薬会社の営業をこつこつ30年間やって来ただけの人生です」

   高村、ハンドルを握り締める。

高村「だけど退職金だけは残っているんです」

   高村、店員を見つめて言う。

高村「この車、キャッシュで購入します」

   水樹、ぽかんと口を開けて高村を見る。

〇繁華街・道(夜)

   高村と水樹、並んで歩いている。高村、ディーラーの紙袋を持っている。

高村「一か月後納車ですって。家の車庫、掃除しておかないとなぁ」

   水樹、立ち止まって地面を見つめる。高村、水樹の様子に気付く。

高村「先生、今日はお付き合いいただいてありがとうございました。
 お礼にご飯でもごちそうさせて下さい」

水樹「結構です!もう帰りますから」

   水樹、足早に立ち去ろうとする。
   しかし、路上に停めた車から数人の若者が降りてくるのを見て、
   はっとして立ち止まる。

   若者がポケットに車の鍵らしき物を入れているのが見える。
   若者達、居酒屋へ入って行く。

   水樹、勢いよく振り返って高村を見る。

水樹「高村さん!やっぱりご飯行きましょう」

高村「あ、そうですか!良かった。ではこの先にいいレストランが…」

   高村、道の先を指差すが、水樹はさっさと居酒屋へ入って行ってしまう。

高村「先生!?」

   高村も、慌てて水樹の後を追う。

〇居酒屋 店内(夜)

   若者で賑わう居酒屋。向かい合って座る高村と水樹の前にビールが置かれる。
   高村、嬉しそうにビールを持ち上げる。

高村「いや、こういう場所はなかなか来れませんから、なんだか新鮮です。乾杯」

   高村、乾杯しようとするが、水樹は先ほどの若者達をじーっと見ている。
   高村も、水樹の視線の先を見つめる。若者達の前にもビールが置かれる。

若者達「かんぱ~い」

   若者達、賑やかに乾杯してビールに口をつける。
   途端に水樹が立ち上がる。水樹、若者達のテーブルの前に立つ。

水樹「はい、今ビール飲みましたね?」

   水樹、スマホを取り出して、若者達をカメラで連写する。

若者1「な、何なんだよ!」

水樹「あなた達、ここへはどうやって来ましたか?外に停めてある車で、ですよね?」

   若者達、顔を見合わせる。
   水樹、伝票を見つめる。「飲み放題3時間」と書かれている。
   壁の時計は21時を指している。

水樹「飲み放題3時間コース。この時間からでは終電ぎりぎりですね。
 あなた方、どうやって帰るおつもりですか?」

若者2「なんだと!?誰だよ、てめえ!」

   若者達がいきり立つ。高村、慌てて水樹の元へやって来る。

高村「先生!何やってるんですか!」

水樹「彼らは飲酒運転の疑いがあります」

若者1「ちっ、車でなんか来てねえよ!」

   水樹、若者のポケットを指差す。

水樹「そのポケットにある鍵が証拠です!」

   水樹が鍵を取ろうとし、若者ともみ合いになる。
   ビールが倒れ店内が騒然となる。高村、水樹と若者達の間に入る。

高村「ちょっと、待った、待った!」

   若者の手が高村の顔に当たり、高村倒れる。
   水樹と若者達の動きが止まる。高村、頬をなでながら立ち上がる。

高村「いたたた…。ちょっと、落ち着いて。君達、代行を頼もうとしていたんだよね?」

若者1「はぁ?」

水樹「そんな訳ないじゃないですか!」

   高村、水樹に小声で言う。

高村「先生、ここは年寄りに任せて!」

   騒ぎに気付き、店員がやって来る。

店員「お客様、大丈夫ですか!?」

高村「あーはいはい。大丈夫ですよ。すみませんが、この子達が帰る時に代行サービス
 を頼んもらえるかな」

   高村、若者にも小声で言う。

高村「これからはこういうことは止めた方がいい。いいね?」

   高村、水樹を連れて店を出る。

〇道 駅前(夜)

   高村と水樹が歩いている。高村は、痛そうに手で頬をさすっている。

水樹「……すみませんでした」

高村「先生、危ないじゃないですか」

水樹「危ないのは、あの子達です!」

高村「いつもあんなことしてるんですか?」

   水樹、立ち止まって高村を睨みつける。

水樹「私の仕事は、世の中から一人でもバッドドライバーを減らすことです」

高村「だからって、あんなやり方…」

   高村、呆れたように水樹を見つめる。

水樹「怖くないとか…」

高村「え?」

水樹「私は、運転が怖くないと言う人を信用していません。それに、かっこいいとか、
 人に見せびらかしたいとか、そんな理由で車を選ぶ人も、…軽蔑しています!」

高村「あ、いやあの。先生……」

水樹「私ここで、失礼します」

   水樹、踵を返して歩いて行ってしまう。   
   高村、空を見上げてため息をつく。

〇駅 改札(夜)

   水樹、ICカードを改札に叩きつける。

〇二ノ宮自動車教習所 教室

   水樹が、前に立って講義をしている。
   数十人の生徒がそれを聞いている。
   高村も真剣な表情でノートを取っている。

水樹「…以上が車の通行についてのルールです。では確認問題。
 車両通行帯の無い道路では道路の中央から左側ならどこを走行しても良い。○か×か」

   生徒達、机に設置されている〇×ボタンを押す。高村、力を込めて〇を押す。

水樹「正解は×。間違えた人、しっかり教科書確認して!」

   水樹、高村の方を睨んで言う。高村、びくっとして水樹を見る。

水樹「ではもう一問。安全地帯は歩行者がいなければその中を通行することが出来る」

   高村、唇を噛んでかなり迷った挙句、×を押そうとする。
   が、水樹はその前に「集計」ボタンを押してしまう。

水樹「正解は×。ボタン間に合わなかった人、運転に必要なのは反射神経ですよ!」

   高村、上目づかいで水樹を見つめるが、水樹はぷいっとそれを無視する。

〇二ノ宮自動車教習所 校内コース

   高村、肩をこわばらせてハンドルを握っている。
   隣に座っている水樹、指でコツコツとダッシュボードを叩く。
   高村、それをチラチラと横目で見る。

高村「あの先生、この間のことなんですけど」

水樹「高村さん、運転に集中してください」

   高村、急いで前を見る。水樹の指がコツコツと鳴る。
   それに合わせて高村の息が上がっていく。「子供飛び出し注意」の看板。 
   高村、思わず急ブレーキで車を停める。水樹、驚いて高村を見る。

高村「あ、すみません」

   高村、看板を見つめる。唾を飲み、恐る恐る車を発進させる。

〇同 校内コース 前

   のろのろと進む高村の車を、桐島が心配そうに眺めている。

〇同 廊下(夕)

   高村、とぼとぼと歩いている。その様子を桐島が心配そうに見ている。
   水樹が歩いて来る。桐島、呼び止める。

桐島「おい、遠野!お前、高村さんに厳しすぎ。あれじゃパワハラだって」

   高村が肩を落として外に出て行くのが見える。
   高村、他の生徒にぶつかり、ペコペコ謝っている。

水樹「普通の指導をしているだけですけど」

桐島「高村さん頑張ってるじゃん。お前何か個人的な感情を高村さんにぶつけてない?」

水樹「別に。高村さんはリスクが高い方ですから、注意して見ているだけです」

   桐島、頭をかきむしる。

桐島「あー、まぁいいや。俺もう帰るけどお前どうする?駅まで乗せて行こうか?」

   水樹、桐島を見つめる。

水樹「いいです、歩いて帰れますから」

桐島「何で?通り道だし歩いたら遠いだろ?」

   水樹、頭を振って立ち去る。桐島、水樹を見てため息をつく。

〇高村の自宅 居間(夜)

   高村、練習問題の丸点けをしている。半分近く×が点いている。
   高村、肩をもみ、うーんと伸びをする。高村、仏壇の中の翼の写真を見つめる。

高村「翼、お父さん怒られちゃったよ」

   翼の笑顔。赤いミニカー。高村、勢いよく起き上がって、問題に取り組む。

〇西田総合病院 病室

   高村が病室に入ると、涼子と美子が同じ菓子を食べて談笑している。
   涼子、高村に気が付く。

涼子「あー、やっと来た。最近、全然来ないんだから」

   高村、ベッド脇の椅子に座る。

高村「すまん、ちょっといろいろあって」

   涼子、いたずらっぽく高村を見る。

涼子「なーんか疲れた顔。怪しいんだから」

   涼子と美子、笑い合う。

涼子「こちら吉村さん。お隣のよしみで仲良くしてもらってるの」

高村「あ、これは。どうも」

   高村、美子にお辞儀する。
   高村、涼子の机の上にある旅行のパンフレットに気が付く。

涼子「あ、これ?吉村さん、退院したらご主 人と行くんですって。見せてもらってたの」

美子「子供もやっと大きくなったし、十何年分どかんとサービスしてもらわなくちゃ」

   高村、笑う涼子を見つめる。高村、棚の上の翼の写真を見つめる。

高村「あ、すまん花買うの忘れた。下の売店で買ってくるわ」

   高村、足早に病室を出て行く。

美子「ねぇ、優しいご主人じゃない?」

   涼子、首をかしげて笑う。病室に吉村大樹(18)が入って来る。

大樹「母さん、洗濯物持ってきた」

   大樹、美子の所へ来て、ぶっきらぼうに袋を置く。

美子「あら、ありがと」

涼子「息子さん?」

美子「そう、今年高三。受験勉強もしないで、遊んでばーっかりいんのよ」

   大樹、涼子にぺこっと頭を下げる。

大樹「別に遊んでばっかじゃないよ。今日だって、ちゃんと講習受けて来たし」

涼子「講習?」

美子「4月で18になったから、これよ」

   美子、顔を顰めてハンドルを握る真似をする。涼子、大樹を見つめる。

美子「危ないから止めて欲しいんだけどね」

大樹「大学落ちたら就職しろって言ってたのはそっちじゃん。
 免許持ってれば就活にだって有利なんだからな!」

   美子、大樹の背中を叩く。

美子「受ける前から落ちること考えてどうすんの!友達と遊びに行きたいだけでしょ!」

   大樹、頬を膨らませて横を向く。涼子、微笑を浮かべて大樹を見つめる。
   高村が花を持って戻って来る。

涼子「あぁ。あなた、ありがとう」

   高村、花を翼の写真の前に置く。
   大樹、目を見開き高村を見つめる。
   高村、大樹に気付き少し頭を下げる。

高村「俺、花瓶に水、入れて来るわ」

   高村、花瓶を持って再度部屋を出て行く。
   大樹、高村の姿を目で追う。
   涼子、花を取り、翼の写真を見つめる。

〇水樹の自宅 居間(夜)

   一人暮らし用の小さいアパートの一室。
   水樹、タオルで髪を拭きながらベッドに座り電話をしている。
   電話の向こうから、遠野葵(53)の声がする。

葵の声「水樹、元気にしとるの?たまには帰ってきんさいよ」

水樹「はいはい、分かっとるけぇ」

葵の声「お父さんも心配しとるんじゃけぇ。あ、今ちょっと代わるわ」

水樹「えっ、ちょっと。別にええよ」

   遠野雅弘(56)の声がする。

遠野の声「水樹か。お前、まだ車の教習所で働いとるんか」

水樹「…そんなん、当たり前やろ」

遠野の声「人に運転を教えるのもいいけど、そろそろいい年じゃろ」

   水樹、鏡に映った自分の姿を見る。

遠野の声「助手席に乗せてもらえる人ぐらい。見つけられんのか」

   水樹のおでこに古傷がある。水樹、手で撫でるように触る。

遠野の声「おい、水樹、聞いとるんか」

水樹「聞いとるよ」

   水樹、乱暴に髪を拭く。

〇二ノ宮自動車教習所 校内コース 教習車 中

   土砂降りの中高村が教習車を運転している。
   水樹、高村に鋭い目を光らせる。

高村「雨の際、速度を落とし車間距離は長めに取る。ハイドロプレーニング現象に注意」

   高村、真剣な表情でぶつぶつ言う。高村、路肩にある障害物を見つめる。

高村「障害物の追い越し。前方の安全を確かめ、バックミラーで後方を確認」

   高村、方向指示器を出してハンドルを慎重に右方向に切る。
   障害物を追い越し、方向指示器を左に出す。
   そのまま緩やかに進み、元の道路に戻る。

   高村、ほっと息を吐く。水樹、眉を上げて書類に〇をつける。

   次の瞬間、物陰から猫が飛び出してくる。
   水樹、はっと目を見開く。高村がブレーキを踏む。
   水樹、少し体が前に傾く。高村、とっさに水樹の前に手を出す。

   車が停まる。猫は、悠々と走り去って行く。高村、息を吐く。

高村「あぁ、驚いた。大丈夫ですか?」

   水樹、自分の前に出された高村の腕をじっと見つめている。
   高村、慌てて手を引っ込める。

高村「あっ、すみません」

水樹「いえ……。今のはOKです」

高村「え?」

   水樹、高村と目を合わせずに言う。

水樹「だから…高村さんが雨の中の運転が危険だと言うことを認識して、
 慎重に運転していたからこそ回避できた事故だって、言ってるんです!」

高村「あ、はい。なるほど」

   高村、唖然として水樹を見つめる。

水樹「先に進んでください」

   高村、慎重に車を発進させる。

〇同 校内コース 前(夕)

   水樹、高村の書類に判子を押して返す。

高村「ありがとうございます」

   高村が立ち去ろうとする。

水樹「あの!」

高村「はい?」

   高村、振り返る。

水樹「もうすぐ、仮免の試験ですね」

   高村、頭をぽりぽりとかいて笑う。

高村「あぁ、はい。私の場合学科が問題でして…。やっぱり若い人とは記憶力が違います」

水樹「自習室ってご存知ですか?」

高村「自習室?いえ、知りません」

水樹「自習室には教官が常駐していますから分からない所は聞けます。
 過去問もお渡し出来ます。…今夜は、私の勤務ですから」

   高村、笑顔になる。

高村「ありがとうございます!」

〇同 校内 廊下(夕)

   桐島が、笑顔で二人を見守っている。

〇同 自習室(夜)

   「自習室」のプレート。若い学生は、数人固まってお菓子など食べて、談笑している。
   高村は、机にかじりつくようにして脇目も振らず勉強している。

   水樹、入口に立って高村を見つめる。桐島もやって来る。

桐島「高村さん、真面目だよなぁ」

水樹「桐島さん、まだ残ってたんですか?」

桐島「知ってる?高村さん奥さんが入院してるんだって。
 退院するまでに免許取りたいみたいよ。サプライズってやつ?」

水樹「へぇ、そうだったんですか」

桐島「にしては、悲壮感漂ってるんだよなぁ」

   高村、頭をかきむしっている。

桐島「それにさ、何か妙な癖ない?」

水樹「癖?」

桐島「いつも同じ所で急に減速するんだよな」

   水樹、顎に手を当てて思案顔。
   桐島、腕時計を見る。

桐島「もうそろそろ終わりだな。今日雨だし、駅まで車乗って行……かないよな?」

水樹「あ……」

   水樹が答えようとすると、教室内に残っている生徒達から嬌声が上がる。
   水樹、目を吊り上げて教室に入ろうとするが、桐島が手で制する。

桐島「あー、いいから、いいから」

   桐島、笑顔で教室内に入って行く。

桐島「こらー、用ない奴は早く帰れ~」

   生徒達、笑いながら帰って行く。
   その集団の中に大樹がいる。大樹、教室を去り際、高村に気付く。
   
   高村、一心不乱に教科書に向かっている。水樹、高村の姿を見つめる。

〇西田総合病院 中庭

   車椅子に乗ったり、松葉杖をついたりして思い思いに散歩をしている人達。
   木が新緑に色づいている。

〇同 病室

   涼子、折り紙を折っている。隣のベッドの美子、仰向けで雑誌を読んでいたが、
   ぱたっと腕を下す。
美子「入院中ってほんと暇ね~」

   涼子、美子を見て微笑む。美子、体を起こして翼の写真を指差す。

美子「その子、もしかしてお孫さん?」

   涼子、笑って頭を振る。

涼子「ううん、息子」

美子「へぇ、子供の時の写真?今、おいくつ?」

涼子「…生きてたら34歳と3か月、かな」

   美子、口に手を当てる。

美子「あ、ごめんなさい」

涼子「ううん、いいの」

   涼子、完成した折り紙の兜を、翼の写真の前に置く。
   涼子、翼の写真を見つめ、指でほっぺたの辺りをつつく。

涼子「もうずーっとこの笑顔のままなのよね」 

   美子、ベッド脇の棚の引き出しを開けてごそごそと中身を探る。
   中からお菓子を引っ張り出して、涼子に差し出す。

美子「これ、良かったら息子さんに」

   涼子、笑顔で受け取る。

涼子「ありがとう」

   涼子、お菓子を写真の前に置く。
   涼子、窓の外を眺める。

涼子「それにしても、全然来ないわねぇ」

   病室に大樹が入って来る。

美子「あぁ、大樹。仮免試験どうだった?」

   大樹、指でブイサインを作る。

大樹「へっへっへ、当然合格。これでようやく道路に出られるぜ」

美子「あー怖い。あんたが自動車に乗るなんて。ほんと信じらんない」

   涼子、再び折り紙を折り始める。

大樹「あ、そういえば、この間おばさんの旦那さん見たよ」

   涼子、目を丸くして大樹を見る。

涼子「へぇ、どこで?」

大樹「俺が通ってる自動車教習所だよ」

涼子「…教習所?そこで、何してたの?」

大樹「何って、もちろん車の運転。すごいね、あの年で免許取ろうとするなんて。
 教習所でも話題の人って感じだよ」

   涼子、ぽかんとして大樹を見つめる。

大樹「あれ、おばさん知らなかったの?」

   美子と大樹、顔を見合わせる。涼子の手から、折り紙が滑り落ちる。

〇二ノ宮自動車教習所 試験会場

   数十人の生徒が机に向かって試験を受けている。
   高村もその中で必死な形相で答案用紙に〇×をつけて行く。
   壁の時計は15時を示している。

   高村、頭を振って、書いた文字を消しゴムで消す。
   力が入りすぎて紙がぐしゃっと音を立てる。
   試験官がじろりと高村を睨む。

   高村、軽く目礼してまた答案に取り組む。手で、額の汗を拭う。

〇同 受付

   水樹と桐島が落ち着かない様子で立っている。
   二人とも、ちらちらと壁かけ時計を見る。16時半になっている。

   高村が、歩いてやって来る。
   水樹と桐島、高村を見つめる。
   高村、立ち止まり、少し間を置いて腕で丸を作る。

   桐島、ガッツポーズをする。

桐島「よっしゃ!」

   水樹、手を合わせて笑顔になる。
   高村、頭をかきながら近づいて来る。

桐島「一発合格なんてすごいですよ!」

高村「あーいや、なんとか」

   高村、水樹の前に立つ。

高村「先生、ありがとうございます」

水樹「お礼を言うなんてまだ早いですよ。これからいよいよ路上講習です」

高村「はい!」

水樹「学科もまだ続きますし、ここからがようやく本番なんですから」

   水樹、口調は厳しいが顔は笑顔。

〇高村の自宅・車庫(夜)

   赤い新車が停まっている。車が大きすぎてシャッターが途中までしか閉まらず、
   ボンネットが少し飛び出している。

〇高村の自宅 居間(夜)

   机の上にはちょっとしたおつまみとビール。そして、仮免許証が置いてある。
   高村、ビールを掲げる。

高村「乾杯」

   高村、ビールを飲む。高村、仏壇の中の翼の写真を見つめる。

〇二ノ宮自動車教習所 校内コース 教習車 中

   高村が教習車の運転席、水樹は助手席に座っている。
   教習車には「仮免許 練習中」標識が付いている。

   高村、大きく深呼吸を繰り返す。

水樹「校内コースと同じように走れば、大丈夫ですから」

   高村、頷いてゆっくり車を発進させる。

〇道路 教習車 中

   高村の目に、標識や横断歩道、他の車の動きなどが一気に入って来る。
   高村、ハンドルを持つ手にぐっと力を籠める。速度メーターが「30」を指している。

水樹「路上に出ると車のスピードが速く感じられますが、徐々に慣れます。高村さん、
 この道路の制限速度は何キロですか?」

   高村、目を漂わせる。「最高速度 50」の標識が見える。

高村「えっと、あの…。50キロです」

水樹「そうですね。一般道では、スピードが極端に遅いと事故を誘発する原因にもなります。
 交通の流れに乗ってみましょう」

   高村、唾を飲み込み、少しずつアクセルを踏み込んでいく。
   スピードメーターが「40」、「50」と上がっていく。

水樹「はい、いいです。ではそのままのスピードを保って真っすぐ行きましょう」

高村「はい」

〇道路脇 歩道

   大きな歩道。高村の教習車の数十メートル先に、親子連れが歩いている。

〇道路 教習車 中

   高村、親子連れを見つめて、徐々にスピードを落とす。
   前の車との車間距離が開いて行く。水樹、高村の顔を見る。

水樹「どうかしました?」

高村「あ、いや。あそこに、子供が」

   水樹、親子を見つめる。

水樹「段差のある歩道にいますし、お母さんが手を引いているから大丈夫でしょう」

   しかし、高村はアクセルから足を離す。スピードメーター「40」、「30」と
   スピードが落ちて行く。

〇道路脇 歩道

   高村の車が親子の横をすれ違おうとする時、子供がハンカチを落とし、
   それを拾おうとその場でしゃがむ。

〇道路 教習車 中

高村「あっ!」

   高村、急ブレーキを踏む。クラクションが鳴らされる。水樹の体が前に傾く。

水樹「高村さん!?」

   高村、前を向いて荒い呼吸をしている。親子は歩き去る。
   水樹、後方を見る。他の車は高村達の車を追い越して行く。

水樹「とりあえず、路肩に寄せましょう」

高村「…はい」

   高村、方向指示器を出して車を路肩に寄せる。高村、ため息をつく。

水樹「高村さん、学科でもお話ししましたけど。急な速度低下は追突される原因になり
 ますので、危ないです」

高村「すみません」

水樹「確かに危険を予測するのは大切です。けど、先ほどの場合はそれほどの危険は
 なかったと思います」

高村「子供が急に飛び出してきたらって思ったら、つい……」

水樹「お母さんが手を引いていましたし…」

高村「子供が手を振り切って走ってきたら?」

水樹「高村さん、制限速度を守っていれば…」

高村「だけど!」

   高村、勢い込んで水樹を見る。

高村「もし相手の動きに気付けなかったら?もしブレーキが遅れたら?
 私は何かあったらすぐ反応できる若い人達とは違うんだ!」

   高村、ハンドルに頭を打ち付ける。
   水樹、唖然として高村を見つめる。

高村「すみません!つい悪い想像ばかりしてしまって」

   水樹、高村を心配そうに見つめる。

〇西田総合病院 病室(夕)

   涼子、外を眺めている。しとしとと、雨が降っている。
   美子は席を外していていない。高村が入って来る。

高村「ごめん、遅れて。これ、洗濯物」

   高村、テーブルに紙袋を置く。
   涼子、外の雨を眺め続ける。

高村「もう夜ご飯食べたか?足りないかと思って、サンドイッチ買ってきたけど」

   高村、パン屋の袋も置く。
   涼子、無視して外を見続けている。

高村「すまん、最近あんまり来れなくて」

   涼子、振り返って鋭い目で高村を見る。

涼子「あなた、自動車の教習所に通ってるって本当なの?」

   高村、目を見開いて涼子を見つめる。

涼子「近所の人にも電話で聞いたわ。家に赤い派手な車が停まっているそうね」

   高村の目が泳ぐ。涼子、手が震える。

涼子「あなた、免許を取って何するつもり?その車に乗るつもりなの?
 まさかよね?違うわよね?」

   涼子、唇を噛み締めてこぶしを握る。

高村「涼子、ちょっと落ち着いて。確かに教習所に通ってる。車も買った。けど…」

   涼子の手が震えている。涼子、パンの袋を高村に投げつける。
   サンドイッチが床に落ちて、無残に潰れる。

涼子「翼のこと、もう忘れたの!?」

   涼子の目にみるみる涙が溜まる。
   涼子の大声に、部屋中の視線が集まる。

涼子「あの子が…あの子がどんな目に…」

   涼子、声を震わせる。コンビニの袋を持って戻ってきた美子が、
   異変に気付いてドアの辺りで立ち止まる。

   硬直している高村を見て、涼子が皮肉そうに笑う。

涼子「あぁ、そっか。私がもうすぐ死ぬと思ってるんだ。そうなんだ。
 そうしたら車だって、何だって好きに乗れるものね」

高村「それは、違う!」

   涼子、息が荒くなる。

涼子「私はそんな車、絶対に乗らない!見たくもない!家にだって、帰らないから!」

   涼子の声に気付き看護師がやって来る。

看護師「高村さん?どうしました?」

高村「涼子……」

涼子「もう帰って!帰ってよ!」

   涼子、興奮して枕を投げる。高村の胸に当たる。看護師、慌ててナースコールを押す。
   涼子、過呼吸のようになる。

看護師「先生!203の高村さん呼吸乱れています。お願いします」

   西田がやって来る。西田、涼子の肩に手を置く。

西田「高村さん落ち着いて。まずは、ゆっくり深呼吸しましょうか」

   呆然と立ち尽くす高村。看護師がカーテンを閉める。
   高村の目の前でカーテンが閉められる。

   高村、ふらふらと病室の出口に向かう。
   高村、他の患者にぶつかり、バッグを落とす。

   教習所のテキストが落ちるが、それに気づかずバッグだけを拾う。
   美子がテキストを拾い、高村に声をかけようとするが、高村は立ち去ってしまう。
   美子、テキストを見つめる。

〇高村の自宅 和室(夜)

   高村、仏壇の前に正座して翼の写真を見つめている。膝の上でこぶしを作る。

高村「翼……」

   高村、ため息をついて手で目を覆う。

〇西田総合病院 病室(夜)

   電気が消えている。涼子、ベッドに寝て、鼻に酸素吸入器をつけて
   静かに静かに目をつぶっている。
   カーテンの裏に美子が立ち小声で話しかける。

美子「トントン。ちょっと、いい?」

涼子「うん、大丈夫」

   美子、カーテンを開けて入って来る。

美子「高村さん、大丈夫?」

涼子「うん、大騒ぎしちゃってごめんなさい」

   美子、ベッド脇の椅子に座る。

美子「こっちこそ、家のバカ息子がごめんね。事情も知らないのに、余計なこと……」

   涼子、笑って頭を振る。

美子「立ち入ったこと聞くようだけど…、もしかして息子さん?」

   涼子、頷く。美子、手を口に当て息を飲む。涼子、自分の手を見つめる。

涼子「あっという間だったの。桜がきれいな季節だった。
 私は翼と手をつないで歩いていたの。だけど、翼が道の向こうに友達を見つけて、
 突然私の手を放して走り出したの。そこに車が…」

   美子、辛そうに目を伏せる。

涼子「相手の車はスピードも出てなかったから大きな落ち度はなかったの…。
 だけど翼は…、目を覚まさなかった」

   涼子、頭を振ってため息をつく。

涼子「車は、怖い。車が…憎い。今後、一生車には関わらない。
 もう何十年も、そうして生きて来たのに」

美子「…ちょっと、待ってて」

   美子、一度自分のベッドに戻り、テキストを持って戻って来る。

涼子「これ…」

美子「旦那さんの忘れ物。悪いけどちょっと見ちゃった」

   美子、テキストを涼子に渡す。

美子「私に何も言うことは出来ないけどさ…。旦那さん、何か考えがあるんじゃないかな」

   涼子、テキストをじっと見つめる。

〇二ノ宮自動車教習所 受付

   桐島が暗い顔で書類を見つめている。水樹、慌てて駆け寄ってくる。

水樹「高村さんから退学届けが提出されたって、本当ですか!?」

   桐島、書類を見せる。「退学届け」高村のサインと印鑑も押してある。

桐島「何度電話してもつながんないし…。高村さん、どうしちゃったんだろうな…」

   水樹、桐島から書類を受け取って、じっと見つめる。

〇高村の自宅 玄関 外

   水樹、中の様子を伺う。何の音もしない。水樹、チャイムを押す。

高村の声「はーい」

   高村が顔を出す。水樹を見て、目を丸くする。

高村「あ…先生」

水樹「どうも」

   水樹、憮然として頭を下げる。

〇同 居間

   水樹、座っている。高村、お茶を出す。

高村「わざわざすみません、こんな所まで」

水樹「どうして、学校をやめるんですか?」

   高村、頭をかいて苦笑いする。

高村「いや、私にはやっぱり無理かなって」

水樹「もうすぐ、卒業じゃないですか。やっぱり、私が厳しくしたからですか?」

   高村、激しく手を振る。

高村「いえいえ!違います」

水樹「じゃあ、どうして…?」

   高村、飾ってある翼の写真を見つめる。水樹も翼の写真を見つめる。
   高村、立ち上がり写真を取り机に置く。

高村「これ、息子です。6歳の時に交通事故で亡くなりました」

水樹「えっ?」

   水樹、愕然として翼の写真を見つめる。

高村「先生には、運転が怖くないって言ったけど、あれは強がりって言うか…。
 本当は私は運転が怖い。誰よりも怖いんです」

   高村、翼の写真を見つめる。

高村「息子が亡くなってからは何十年も車に乗らない生活をしてきました。
 妻が好きな旅行も、電車移動で」

水樹「はい」

高村「だけど、先日妻が手術をして、電車移動が難しい体になったんです。
 私も、もう二人で旅行なんて無理かなと諦めていたんですけど。
 ふと思い出したことがあって」

水樹「はい」

高村「息子が亡くなる直前、自動車教習所に通っていたことがあるんです」

   水樹、目を見開く。

水樹「えっ、高村さん、免許を取ろうとしたことがあるんですか?」

   高村、頭を振る。

高村「私じゃなくて、妻がです」

〇西田総合病院 病室

   涼子、ベッドに座ってそっとテキストを開く。
   赤ペンで多数の書き込みがされている。涼子、次々とページをめくる。
   どのページにも細かい書き込み。涼子、テキストをじっと見つめる。

〇高村の自宅 居間

   高村、翼の写真を見つめる。

高村「息子とドライブがしたいって、妻は張り切っていました。
 私も心配しつつも、応援していました。息子も車に乗れるのを楽しみにしていたんです…。
 だけど…」

   高村、俯いて膝の上でこぶしを作る。

高村「それを思い出したら、いてもたってもいられなくなってしまって。
 気が付いたら教習所に入学していました」

   高村、ため息をついて笑う。

高村「だけど、妻からは拒絶されました。それでは、意味がないんです。
 運転のことは金輪際、忘れます」

   水樹、翼の写真を見つめる。

水樹「高村さん!」

高村「はい?」

水樹「あの車、一度だけ乗ってみませんか?高村さんが買った、オープンカーです」

   高村、目を見開いて水樹を見つめる。

高村「いや、それは…」

水樹「お願いです。一度だけ!私が運転しますから!」

   水樹、高村を見つめる。

〇大通り 車内

   水樹がオープンカーを運転している。

水樹「今日は晴れていて視界も良好です。車通りも少ないですね」

高村「そうですね……」

   高村、体を硬直させている。

水樹「やっぱり、怖いですか?」

   高村、水樹を見て苦笑いをする。
   水樹、高村の様子を見て車を路肩に停める。

水樹「高村さん、怒らないで聞いてください」

   水樹、バッグから「仮免許 練習中」と書かれた紙を取り出す。

水樹「実は今日は、高村さんと運転の練習がしたくて、来たんです」

   高村、驚いて激しく頭を振る。

高村「先生!私を騙したんですか!?」

水樹「ごめんなさい!けど私、高村さんには、このまま諦めて欲しくないんです!」

高村「やめて下さい、私には無理です!」

水樹「私が、横に乗りますから!」

   高村、ドアを開けて外に出ようとする。水樹、それを阻止しようと手を伸ばす。
   二人、軽くもみ合うが、そこに強い風が吹いて、水樹の持つ紙が飛ばされる。

水樹「あっ」

   水樹、慌ててドアを開けて外に出る。

〇道 歩道

   水樹、走って紙を追いかけるが、段差に躓いて転んでしまう。

水樹「きゃあ!」

高村「先生!?大丈夫ですか!?」

   高村、車の外に出て水樹に駆け寄る。

水樹「いたた…」

   高村、しゃがんで水樹の様子を見る。水樹、座って足首を撫でている。
   水樹、立ち上がるが足を引きずってしか歩けない。水樹、落ちている紙を拾う。

水樹「高村さん…この足では、私はもう運転は無理です」

   高村、激しく頭を振る。

高村「冗談じゃない!」

   水樹、「仮免許 練習中」の紙を見せる。

高村「レッカーを呼びましょう。いや、この際レスキューか!」

水樹「高村さん!」

   水樹、高村の肩をゆさぶる。

水樹「私がついてます!私はまだ、高村さんに伝えたいことがたくさんあるんです!
 私を、信じて下さい!」

   高村、眉を寄せて水樹を見つめる。

〇大通り 路上

   車の前と後ろに「仮免許 練習中」標識が付けられている。

〇同 車内 
   
   高村、運転席に座っている。水樹、助手席に座っている。
   高村、不安そうにハンドルを握り、ため息をつく。

水樹「では、後方を確認してゆっくり発進させてください」

高村「…はい」

   高村、後方を確認し、ギアをDに入れる。
   サイドブレーキを下す。高村、緊張の面持ちで車を発進させる。
   高村の車を何台もの車が追い越して行く。

水樹「少しスピードを上げましょう。もちろん、車間距離には注意して」

   高村、アクセルを踏み込む。メーターが「40」、「50」と上がっていく。
   数十メートル先に横断歩道が見える。

高村「少し、減速します」

   高村、車のスピードを落とす。

水樹「高村さん、横断歩道に差し掛かったら?」

高村「横断する人がいないことが明らかなときはそのまま進むことが出来ます」

   水樹、頷く。高村、左右を見渡し、人影が無いことを確認してそのまま進む。

〇大通り 歩道

   母親と手をつないだ子供が歩いている。子供が、道端の花を見つめている。

〇同 車内
   高村が緊張した顔で親子を見つめる。

水樹「…徐々にスピードを緩めて。足は念の為、ブレーキの上に構えておきましょう」

   子供が、しゃがんで花を摘もうとしている。足が一歩道路に出ている。

水樹「…少し右に避けましょう。落ち着いて。右後方を確認し、方向指示器を出してください。
 スピードは徐行で」

   高村、言われた通りにする。

水樹「ハンドルを少し右に切ってください」

   高村、ハンドルを切る。ちらっと子供を見る。幸せそうな笑顔。

水樹「通り過ぎたら、方向指示器を…」

   水樹の言葉を、高村が引き取る。

高村「左に出し、追い越した対象がルームミラーに映る距離まで進み、
 進路をゆるやかに左に取る」

   高村、車を進ませる。子供の横を通り過ぎる。
   高村、バックミラーで子供の姿を確認し、左車線に戻る。

水樹「やった!」

   水樹、嬉しそうに手を合わせる。高村も、ほっとしたように息を吐く。

水樹「高村さん!出来たじゃないですか!」

高村「…はい!」

   信号が赤になり、高村、車を停める。

水樹「高村さん、どんなに気をつけていても、100%事故が起こらないとは言えません」

   水樹、高村の顔を見る。

水樹「ですが、交通ルールやマナーを守れば、多くの事故は未然に防げます。
 そしてそれは、私が高村さんに教えられます」

高村「はい」

   高村、大きく深呼吸をする。
   高村の目に、木の緑、鳥のさえずり、空の青さが目に入って来る。
   風が吹き、高村の髪を吹き上げる。
   高村、風の匂いを大きく吸い込む。

〇高村の自宅 前の道路(夕) 

   高村、車を停め、大きく息を吐く。

水樹「はい、お疲れ様でした」

   水樹、高村の目を見つめる。

水樹「高村さん、学校に復帰して下さい」

   高村、俯いて黙り込む。

水樹「私ずっと人の車に乗れなかったんです」

   水樹、手で前髪を上げて見せる。高村、そこにある古傷を見つめる。

高村「それ…」

水樹「私が子供の頃、父の運転する車に乗っていたら、急にブレーキが踏まれました。
 私は、頭から窓ガラスに突っ込みました」

   高村、驚いて水樹を見つめる。

水樹「父は、運転が荒いんです。昔はシートベルトの着用もチャイルドシートも、
 義務じゃありませんでしたから」

   水樹、くすっと笑う。

水樹「高村さんの車に最初に乗った時、私、高村さんを父に重ねてしまったんです」

高村「いや、あの時は…。そうとは知らず…。本当に申し訳ないことを!」

   水樹、頭を振る。

水樹「私、安全な運転を教えたくてこの仕事を選んだんです。
 だけど、知れば知るほど怖くなって。気が付いたら自分でブレーキがかけられる、
 教習車にしか乗れなくなっていました」

   水樹、高村を見つめる。

水樹「だけど今日、高村さんの車には乗れました。私は、車の運転が怖いと思っている人は
 グッドドライバーになれると思います。高村さんは、私が知る限り、
 最高のグッドドライバーです。これからも、ずっと変わらないでいて下さい」

   高村、水樹の視線を受け止める。

〇道 駅前(夜)

   水樹、歩きながら電話をかけている。

水樹「あ、もしもしお父さん?私今度そっちに帰った時、車の練習一緒にするけぇ。
 ううん。お父さんの運転が心配じゃけぇ。私、今度は絶対に諦めんから」

   水樹、笑顔で空を見上げる。

〇二ノ宮自動車教習所 校内コース 前

   水樹と桐島、教習車のナンバーの入った紙を持って立っている。
   桐島、足元の石を蹴っ飛ばす。

桐島「あーあ、高村さんがいなくなってからつまんなくなったよな」

水樹「何言ってるんですか」

桐島「高村さん、元気かなぁ」

   水樹、笑顔で青空を見上げる。

水樹「桐島さん、今日の帰り、駅まで乗せて行ってくれませんか?」

桐島「えっ?」

水樹「約束ですよ!」

   水樹、近寄ってきた学生に声をかける。

水樹「えーと、中野さんね。今日が初めての講習ですね。一緒に頑張りましょう」

   水樹、笑顔で教習車へ向かう。

〇西田総合病院 病室

   涼子、酸素吸入器を付け、荷物をまとめている。
   美子、ベッドに寝ながらその様子を眺めている。

美子「高村さんがいないと退屈しちゃうわ」

涼子「すぐ、お見舞いに来るわ」

   病室に大樹が入って来る。

大樹「洗濯物。お袋、着替え多すぎだよ」

   大樹、ぶっきらぼうに言う。大樹、上目づかいで涼子を見つめる。
   涼子、バッグに入れたテキストを見つめる。涼子、思い切るように言う。

涼子「大樹君、もう免許取れた?」

   大樹、頷いて、免許書を出して見せる。

大樹「あの…おばさんの息子さんのこと聞きました。
 教習所の話しなんかして、ごめんなさい」

   大樹、頭を下げる。
   涼子、笑って頭を振る。

涼子「いいの、たくさん練習して早く上手くなってね。だけど車が危険な乗り物だって
 言うことだけは、絶対に忘れないで」

大樹「はい」

美子「高村さん、ありがとう」

   美子と涼子微笑み合う。
   涼子、バッグを持って部屋を出る。

〇同 玄関 前

   涼子、酸素ボンベを引いて外に出る。玄関前のロータリーに赤いオープンカーが
   停まっている。中から、高村が出て来る。高村と涼子、見つめ合う。

高村「涼子、俺、免許取ったよ。家からここまで運転してきた」

涼子「うん」

高村「教習所のことずっと黙っててごめん。俺が免許を取ろうと思ったのは…」

涼子「うん」

高村「涼子がこれからはずっと家にいるだけでいいって言った時、
 翼が悲しんでる気がしたんだ」

   涼子、高村を見つめる。

高村「あの子は優しい子だっただろ。涼子が旅行に行くのを諦めるのを、
 翼は望んでいるのかなって」

   高村、車の後部座席を見る。そこに、翼の写真とミニカーが置いてある。

高村「だって翼は……。俺達の息子は、車が大好きだっただろ?」

涼子「うん、うん……」

   涼子、何度も頷き、手を口に当ててその場で泣き崩れる。
   高村、涼子の背に手をやり、涙ぐむ。

〇海沿い 道

   赤いオープンカーが走っている。
   新品の若葉マークが陽に当たり光っている。

〇海沿いの道 車内

   高村、ハンドルを握りリラックスした表情で運転している。
   隣に涼子が乗り、目をつぶっている。高村、涼子をチラッと見る。

高村「やっぱり、怖い?」

涼子「ううん」

   涼子、頭を振って目を開ける。

涼子「それにしても派手ね~。おかしいわよ、おじいちゃんがこんな車」

   後部座席に翼の笑顔の写真とミニカー。
   涼子、風を受けて背伸びをする。

涼子「あーでも、風が気持ちいい」

   涼子、酸素吸入器を一瞬外し、大きく深呼吸をする。
   高村がハンドルを切ると、視界が開け、目の前に海と青空が広がる。

高村「視界良好!今日もグッドドライブだ」

   高村と涼子の笑顔。

〇海沿いの道
   赤いオープンカーがどこまでも走って行く。

                            了

「グッド・ドライバー」(PDFファイル:744.80 KB)
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