7時半の男 ドラマ

もし"1秒間"で"24時間”を体感できる力を手にしたら? そんな不思議な力を毎晩7時半の1秒間に限り使えるようになった男の物語。
市川家の乱 111 0 0 10/06
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第一稿

登場人物表

鍋島史也(10)(30)  元球児
春日部春樹(10)(30) プロ野球選手

板倉義男(73) 東京タイタンズオーナー

鍋島紀子(65)  史也の母 ...続きを読む
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登場人物表

鍋島史也(10)(30)  元球児
春日部春樹(10)(30) プロ野球選手

板倉義男(73) 東京タイタンズオーナー

鍋島紀子(65)  史也の母
秋山(60)  東京タイタンズ球団社長
飯田(57)  東京タイタンズ球団代表
上原(48)  東京タイタンズGM
勅使河原昭二(55) 実業家
勅使河原のぶ子(50) 昭二の妻
江藤(90)    プロ野球コミッショナー
春日部詩織(27) 春日部の妻
春日部竜之介(5) 春日部の息子
篠塚       東京タイタンズ監督
実況
春日部の父
春日部の母
記者
スタッフ

脚本
○ 食品工場・中(夕)
  どんよりした薄暗い作業場。
  帽子とマスクで顔を覆った全身白ずくめの作業員らが、ベルトコンベアの前で黙々と立ち仕事をしている。
  蒸す前の肉まんがベルトコンベアからひっきりなしに流れてくる。
  その流れの終わりに、死んだ目をした鍋島史也(30)が立っている。
  史也、流れてきた肉まんをひっつかむと、脇にある金網の敷かれたトレーへ移す。
肉まんをつかんで、移す。
  つかんで、移す。
  不毛とも思える行為を間断なく繰り返す。
  やがてトレーが肉まんで満たされると、別の白ずくめがぬっと現れて、新しい金網と取り替える。
  史也、生気のない目でちらと壁時計を見る。
  時計は午後4時を指している。 
    ×    ×    ×
  7時29分。
  史也、肉まんをつかんで移している。
  疲れて手を休めようものなら、たちまち見回りの社員の檄が飛ぶ。
社員「手ェとめない! ラインとまるよ!」
  史也、仕方なく肉まんをつかみはじめる。
  と、ベルトコンベアからピカピカ光る物体が流れてくる。
史也「…?」
  腕時計だ。
  史也、流れてきた腕時計を何となく手にした瞬間…
  腕時計が激しい閃光を放つ。
史也「?!」
  一瞬の光に包まれた後、史也、くらくらしながら目をあける。
  史也、目の前に広がる光景を見て、
史也「(ハッとする)」
  白ずくめも、ベルトコンベアも、あらゆるものが静止画のようにストップしている。
  壁時計の針は7時半を指している。

○ タイトル

○ 板倉邸・外観(2週間後)
  一等地に構える豪邸。

○ 同・和室
  板倉義男(73)、秋山(60)、飯田(57)、上原(48)の四人、すき焼きなどが並んだテーブルを囲んでいる。
  大型テレビにプロ野球球団『東京タイタンズ』の試合中継が流れている。
板倉「(上原へ)さ若いんだからちびちびやってないで。注いであげよう(とワインボトルをとる)」
上原「(恐縮してグラスをさしだす)」
  板倉、ワインを注ぐ。
板倉「こうして我々が集まり自球団の試合観戦をする。たまにはいいものだろう」
一同「(頷く)」
  大型テレビに春日部春樹(30)が映る。
  打席でバットを構える春日部の姿。
秋山「(画面を見て)春日部君をFAで穫ったのは正解でしたね」
上原「シーズン序盤とはいえOPSが1.29。春日部君のこの数字は相手チームからしたら脅威でしょう」
飯田「全くだ」
板倉「彼のFAに関しては、上原君、GMである君の手柄だろう」
上原「(謙遜し)社長をはじめ様々な方のお力添えがあってのことで」
秋山「(慌てる)私なんぞ。何といっても最初に春日部君の名前を獲得選手の候補に挙げたのはやはりオーナーですから」
飯田、上原「(大きく頷く)」
板倉「(満更でもない)語弊があるかもしれんが、選手は競走馬と同じだ。私は走る馬が好きだ。走らない馬など馬ではない」
一同「(聞いている)」
板倉「私は一目みてピンときたよ。彼はサラブレッドだ。これまでのキャリア以上に活躍する時が必ずやってくるとね」
飯田「さすがはオーナー。お目が高い」
板倉「まァ彼の場合、今年は他の選手よりちと高いニンジンをぶらさげてるんだ。しっかり走ってもらわなきゃ困る」
一同「(笑う)」
板倉「さ遠慮はいらない。いいワインなんだ。どんどん飲みなさい」
  一同、恐縮してワインを飲む。
飯田「…ところで、最近"7時半の男"が世間を騒がせてますね」
板倉「例の正体不明の怪盗だろう」
秋山「何でも犯行時刻が必ず7時半だとか」
飯田「実は知り合いの家がやられましてね」
板倉「ほぅ(と興味を示す)」
飯田「それが妙な話でして。十日ほど前のことです」

○ (回想)勅使河原宅・リビング
飯田の声「被害にあったのは家内の友人で、近代アートのコレクターでした。事件が起きたのは夜7時半。彼女は一人で自宅にいました」
  アーティスティックなインテリアが施された広い室内。
  ひと際目立つのが壁に飾られた一枚の絵…ダミアンハーストのドットペインティングだ。
  勅使河原のぶ子(50)、ソファーでうっとりと絵を眺めている。
  足もとで室内犬がゴムボールと戯れている。
のぶ子「(犬へ)マロンちゃんも見ましょうよ。ダミアンハーストよ。ドットペインティングよ。ずーっと欲しかったんだから」
  室内の時計が7時半を指す。
  マロンちゃん、何かギョッとしたようにのけぞると、急にわんわん吠える。
のぶ子「…?」
  マロンちゃん、猛スピードで廊下のほうへ走り去る。
のぶ子「(マロンちゃんを見て)そっ。じゃママが独り占めしちゃうから」
  のぶ子、視線を戻すと…
  ない。
  壁にあった絵がない。
のぶ子「(目をこする)」
  がダメ。
  なくなっている。
飯田の声「目を離した一瞬の出来事でした。壁に飾られた絵が忽然と姿を消してしまったのです」
のぶ子「(あ然)…」

○ (戻って)和室
飯田「警察の調べでは何者かが窓から侵入した形跡はあったものの、設置されていた監視カメラの映像には犯人の姿は映っていなかったとのことでした。結局未だ真相はわからずじまいでして」
板倉「…それは奇ッ怪な話だな」
上原「7時半といえば間もなくですが(ちらと腕時計をみる)」
  時計の針が7時半を指そうとしている。
秋山「事件は毎晩ですから今夜もどこかで」
  一同、何となく押し黙る。
板倉「(切り替えて)そうだ。帰りに土産としてワインを持っていくといい」
秋山「それはありがたい」
飯田「オーナーはワイン通ですからね。上原君、よかったな」
板倉「何だ。飲めないふりして。君も嗜むのか」
上原「実は目がないのですがつい飲み過ぎてしまいまして」
飯田「聞いたぞ。店で酔っ払って目が覚めたら自宅で素っ裸だったそうじゃないか」
上原「(照れる)いやァ」
板倉「…そりゃいかん。ワインだけにちと顔が赤くなる話ですな(と豪快に笑う)」
秋山、飯田、上原「(…笑う)」
  その瞬間。
  7時半を迎える。
  口を開けて笑ったままストップする一同。
  襖が開き、野球バットを手にした史也がぬっと顔を出す。
  例の腕時計が史也の手首で不気味な輝きを放っている。 
  史也、室内を見回す。
  史也、手にしているバットをマイク代わりにし、
史也「(何となく小声で)今日は板倉さんのお宅に訪問しています。板倉さんは何とプロ野球チームのオーナー。やっぱり儲かりますか?」
  と板倉へマイクを向ける。
板倉「…(反応なし)」
史也「早速ですが持ち物チェックさせてもらいますね」
  史也、腰を下ろすと、板倉の懐をまさぐる。
  史也、財布を奪う。
  中身をあらためると万札がぎっしり詰まっている。
史也「(財布をポケットにしまう)ついでに時計もいいですかね」
     ×    ×    ×
  史也、財布や時計をあらまし奪い終える。
史也「(立つ)小耳に挟んだ情報では自宅にワインセラーがあるようで。いってみようと思います」
 
○ 同・ワインセラーのある部屋
  壁一面の板棚に高級ワインがずらりと並んでいる。
  史也、適当にワインボトルを1本つかむと、バットケースにねじ込んでくすねる。
史也「(呟く)素振りでもするか」
  史也、それっぽくバットを構える。
  そしてフルスイング。
  ガチャン!…ワインボトルにバットが直撃し、何本かのビンが割れる。
  ワインの赤い液体が床を濡らす。
  史也、気にせず素振りを続ける。

○ 同・和室
  ストップしている笑顔の板倉ら。
  室外からガチャンガチャン…ビンの砕ける音が響く。

○ 鍋島家・外観(夜10時)
  小さな一軒家の門に"鍋島”の表札。

○ 同・居間
  史也、食卓で煮物を箸でつまんでいる。
  テレビからニュースが流れる。
アナウンサーの声「今日午後7時半頃、プロ野球球団『東京タイタンズ』のオーナーである板倉義男氏の自宅に空き巣が入り、現金等が盗まれ約2000万相当の被害が出た模様です」
史也「(ほくそ笑む)」
  台所から母紀子(65)がトンカツの盛られた皿を手にしてやってくる。
アナウンサーの声「犯行時刻等から警察は"7時半の男"による犯行とみて捜査を続けています」
紀子「(テレビを見て)また出たの、妖怪」
史也「…怪盗だろ」
紀子「え?」
史也「怪盗だよ。妖怪じゃない」
紀子「(聞いてない)東京タイタンズっていったら春日部君のいるチームじゃない」
史也「(答えず、煮物をつまむ)」
紀子「何だか物騒ねえ」
  紀子、食卓につく。
史也「(トンカツを見て)ソースは?」
紀子「自分で持ってきなさいよ」
  史也、渋々立ちあがり、台所へいく。
  紀子、食べ始める。
史也の声「中濃ないの?」
紀子「トンカツソースしかないかも」
史也の声「俺中濃派なんだけど」
紀子「トンカツなんだからトンカツソースでいいでしょう」
  史也、戻ってくる。
  一方の手にトンカツソース。もう一方の手にワインボトルが握られている。
  史也、食卓にワインボトルをおく。
史也「やるよ」
紀子「(見て)こんなものどうしたの」
史也「安物だけど」
紀子「安物ったって…あんた仕事してないじゃない」
史也「…」
紀子「工場、辞めちゃったんでしょう」
史也「(うんざりと)もらったんだよ。玄関にまだあるから勝手に飲めよ」
  史也、座り込んでトンカツをがっつく。紀子「(心配そうに)…」
     ×    ×    ×
  片付けられた食卓。
  紀子、湯飲み茶碗でワインを飲んでいる。
  開けられたワインボトルのラベルにはフランス語で"ロマネコンティ1990"の文字。
紀子「(ほろ酔いして)案外いけるわね」

○ 同・史也の部屋
  散らかり放題の室内。
  史也、畳に寝そべってうとうとしている。
  テレビから新しいニュースが流れる。
アナウンスーの声「たった今板倉氏が自宅に戻られました。現場と中継が繋がっています…」
史也「(起き上がる)」

○ 板倉邸・前
  門の前に無数の報道陣。
  板倉が車から降りてくる。
  一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。
板倉「(物凄い剣幕で)どけッ! 邪魔だ!」
  板倉、報道陣を押しのける。
板倉「貴様らッ、何時だと思ってる! 無礼だぞ!」
  板倉、荒々しく門へ入っていく。
  記者の声が飛び交う。
記者1「板倉さん! 被害に遭われたときの様子をきかせてください!」
板倉「…」
記者2「一部取材によると被害者らを集めて自警団を作るとの噂がありますが、どうなんでしょう?!」
板倉「…」
記者3「盗まれたワインには板倉さん愛蔵の90年のロマネコンティも混じっていたとのことですが、間違いないですか?!」
板倉「(かっとなる)警察がだらしないんだ! 国民の財産が犯されている非常事に、この体たらくはなんだ! いつまで手を拱いている!」
記者2「ではやはり"7時半の男"に対してご自身が何らかのアクションを起こすということですか?!」
板倉「…話は終わりだ。失せろ」
  板倉、玄関のドアを開ける。
記者1「板倉さん! 最後に犯人に一言!」
板倉「(嘲る)…怪盗だか何だか知らんが7時半の"半"はさしずめ半端者の半だろう。せいぜい首を洗って待ってるんだな」

○ 鍋島家・史也の部屋
  史也、画面越しに映る板倉の憎らしいほどの不敵な面構えをじっと見つめ、
史也「(瞳が燃える)」

○ 東京ドーム・外(翌日・夕)
  大勢の観客らの姿。
  グッズ売り場が賑わっている。

○ 同・中
  グラウンドで踊るマスコットガール。
  春日部、ベンチで熱心にグローブを磨いている。

○ 同・実況席
  テレビカメラの前に、ヘッドセットをつけた実況と解説の男。
実況「時刻は18時。まもなく試合開始となります」
  中継用カメラがVIP席を捉える。
  板倉と江藤(90)がガラス張りの高みからスタンドを見下ろしている。
実況「…只今カメラに映っていますのは板倉氏とコミッショナーの江藤氏。江藤氏は元警視庁副総監の経歴をお持ちの方です」

○ 同・VIPルーム
  板倉と江藤、グラウンドを見下ろしている。
江藤「また妙なことに首を突っ込んだようだな」
板倉「…売られた喧嘩は買うのが俺の流儀だよ」
  板倉、煙草をくわえ、火をつける。
  江藤、その場を離れると、ゆっくりソファーへ座り込む。
江藤「最近は体がしんどくてな」
板倉「(江藤を見て)…じいさん、頼みがある」
江藤「(目をつぶる)」
板倉「警察は例の犯人についてどこまで目星をつけている?」
江藤「…」
板倉「俺に捜査情報を流せよ。こっちはこっちで動こうと考えてるんだ」
江藤「…」
板倉「おい、じいさん」
江藤「(目を開ける)この通り今じゃ老いぼれた警察OBに過ぎん。君も妙な気は起こさずに警察に任せればいい」
板倉「任せるつもりがないから頼んでるんだ。俺とじいさんの仲だ。教えろよ(と迫る)」
江藤「…」
  江藤、ゆっくり立ち上がって扉の方へ歩き出す。
板倉「どこへいく?」
江藤「君の負けず嫌いは結構だが、一緒にいたんじゃ危なくてな。ホテルで休ませてもらうよ」
板倉「(薄ら笑う)相手はケチな空き巣魔だ。この衆人環視の中じゃ何もできんさ」
江藤「…どうかな?」
  江藤、去っていく。

○ 同・スタンド
  帽子を目深に被った男が双眼鏡でVIPルームの様子を伺っている。
  史也だ。
  左手には例の腕時計をつけている。
史也「(板倉を捉えてニヤリと笑う)」
  と周囲から轟くような声援が沸く。
ファン1「春日部選手ー!」
ファン2「春日部ー!」
  春日部がグラウンドに颯爽と現れる。
  春日部、キャッチボールを始める。
  史也、双眼鏡を春日部に向ける。
  凛とした春日部の顔がアップで映る。
  その顔に少年時代の面影が重なって…

○ (回想)野球グラウンド
  少年時代の春日部(12)、ファーストを守っている。
  ピッチャーマウンドには史也(12)。
  史也、投げる。
  相手を三振に仕留める。
春日部「(史也へ)鍋ちゃん! ナイスピッチ!」
史也「(笑顔になる)」

○ (戻って)スタンド
史也「(胸がざわつく)春ちゃん…」
     ×    ×    ×
  スコアボートの時計が7時半を指そうとしている。
  史也、イヤホンで実況を聞いている。
実況の声「時刻はまもなく7時半。現在試合は5回裏。1点リードで迎えたタイタンズの攻撃。打席には今シーズン絶好調の春日部」
  打席に立っている春日部。
実況の声「さあ春日部、ツーストライクと追い込まれた。ピッチャー、投げた」
  春日部、打つ。
  ボールは一塁線へ飛ぶ。
実況の声「逆方向へ引っ張っ…(声が途切れる)」
  …7時半である。
  球場内に静寂が訪れる。
史也「タイム!!」
  史也、立つ。
史也「(実況風に)只今主審からタイムがありました。何かあったのでしょうか」
  選手や観客、あらゆるものがストップしている中、史也、最前列へ歩いてゆく。
  史也、最前列までくると、グラウンドへ飛び降りる。
  史也、一塁線上でぴたっと止まっているボールを拾い上げる。
  史也、視線をホームベースへ向ける。
  その先にフルスイングしたままストップした春日部の姿。

○ 同・外
  犬と散歩する通行人がストップしている。

○ 同・中
  史也、バッターボックスに立つ春日部の周りをうろついている。
史也「(ボールをお手玉し)この感触、久々だよ。ここ数年肉まんしか触ってなかったからさ」
春日部「(反応なし)」
  以下、史也の独り台詞が続く。
史也「食品工場で働いてたんだけど。結構続いたよ。3年くらい。薄暗いとこでドブネズミみたいにさ。実は辞めるちょっと前に時給があがったんだけどね…20円」
  史也、ちらりと春日部を伺う。
史也「ノーリアクション? そうだよね。春ちゃんは年俸5億。ホームラン一本換算で1250万円の男だもん」
  史也、やっと春日部の顔を見る。
史也「奇遇だよね。こんなとこで」
  体格差のため、史也が見上げるような格好になる。
史也「…そうだ」
  史也、例の腕時計を春日部に見せつける。
史也「これ拾ってから不思議な力をゲットしちゃって。動いてるのわかる?」
  腕時計が秒針を刻んでいる。
史也「毎晩7時半になると針が動き出すの。で代わりに周りの世界がストップする。何いってるかわかんないよね…でも春ちゃんが今止まってるのはガチじゃん? で腕時計の針が2周して24時間が経つと、針は止まって世界が再スタート。春ちゃんたちが動き出す」
  史也、腕時計を見ながら春日部の前をうろうろする。
史也「だから春ちゃんが動き出すまで後23時間50分くらい残って…あ。言い忘れてた。厳密にいえば世界は完全にストップしてるわけじゃないんだった。一昨日気づいた」

○ 春日部の主観
  ゆっくり瞬きする。
  目の前を超高速でうろつく史也。
史也M「俺がこうして24時間を過ごす間に周りの世界では1秒経ってる。7時半00秒に世界が止まって再スタートするのが00秒じゃなく01秒だったから。ってことは言い換えれば俺的に7時半の1秒間で24時間を体感してるってわけ」

○ (戻って)グラウンド
史也「まァ細かい話はどうでもいいや…要するに、俺、何でもできるんだよ」
  史也、ボールをキャッチャーミットに食い込ませる。
史也「(ボールを指差し)春ちゃん三振したゃった…」
  史也、ミットからボールを引っこ抜く。史也「(笑う)冗談だよ。ほんとはさ、板倉をフルチンにして晒してやろうかとでも思ってたんだよ。でも…」
  史也、笑みが消えている。
史也「春ちゃん見てたら気が変わっちゃった…」     
     ×    ×    ×
  球場内の時計が動き出す。
実況「ったあああーーー! ライト前ヒッ…おや?」
  春日部、走り出そうとして立ち止まる。春日部「??」
  場内がざわつく。
  ボールがない。
実況「ボールが消えた!? 春日部の打ったボールが消えました!!」
  審判と選手、うろたえている。
実況「(気づいて)あーーーっと!!」
  中継カメラがVIPルームを捉える。
  VIPルームの窓の奥に板倉の姿。
  板倉、大きく開いた口の中にボールがねじ込まれている。
板倉「(悶絶している)」
  ボールの表面にはマジックペンで"7時半の男"と書かれている。

○ 同・スタンド(夜8時)
  観客、ぞろぞろ引き上げていく。
アナウンスの声「お客様にお知らせします。本日の試合は中止となりました。試合結果につきましては規定により5回裏の時点でリードしていた東京タイタンズの…」

○ 東京ドーム・VIPルーム
  板倉、ソファーで不機嫌そうに顎を氷水で冷やしている。 
  救急箱を抱えたスタッフと、秋山がそばに立っている。
秋山「大変なことになりましたね」
板倉「…」
  テーブルに脅迫文の書かれたボール。
板倉「(ボールを掴み、読む)"ペナントレースを中止しろ。さもなくば春日部に危害を加える 7時半の男"…ふんッ。忌々しい(と放る)」
秋山「それにしても犯人は一体どんなカラクリを使ってこんなことを…」
板倉「今に暴いてやるさ」
  飯田、入ってくる。
飯田「失礼します。春日部君ですが、警察に護衛をつけてもらい帰宅させました」
板倉「そうか」
飯田「念のため春日部君から話を聞いたところ、犯人への心当たりはないとのことです」
板倉「…」
秋山「しかし妙ですね。これがオーナーに対する犯人の挑戦であれば、なぜ犯人は春日部君を標的に選んだのでしょうか」
板倉「犯罪者の考えることなどわからんよ」
秋山「はァ」
板倉「それとも何かね。君は私が標的になるべきだとでもいいたいのかね?」
秋山「(慌てる)私はただ…」
板倉「(スタッフへ怒鳴る)おいッ! 氷が溶けてるぞ! さっさと取り替えんか!」
  スタッフ、大慌てで氷水を取り替える。板倉「全く気が利かん」
秋山「(恐縮する)」
板倉「とにかく、明日のナイター戦がタイムリミットだ。それまでにどうするか、あるいは何かいい手を考えなければならん」
  上原、入ってくる。
上原「失礼します。オーナー、お話が」
秋山「今話している。後にしてくれ」
上原「しかし…」
飯田「大事な話なのかね」
上原「いえ、試合映像で少し気になる点が」
板倉「…?」

○ タワーマンション・外観
  都会のど真ん中にそびえ立つ超高層タワーマンション。

○ 同・春日部宅・リビング
  広い室内。
  大きなショーケースが設置されている。
  中にトロフィーや盾、記念のボール等がずらりと並んでいる。
  妻詩織(27)、バルコニーで電話している春日部の様子を不安げに見ている。
  春日部、電話を切ると、浮かない顔でやってくる。
詩織「誰から?」
春日部「親父からだ」
詩織「そう。何だって?」
春日部「大丈夫かと一言。心配するなといっておいた」
詩織「…明日の試合、中止になるよね?」
春日部「…まだわからない」
詩織「…」
  息子の竜之介(5)、やってくる。
春日部「(笑顔で)竜之介。まだ寝てなかったのか」
竜之介「腹筋20回やったよ!」
春日部「よし。じゃパパと一緒にもう20回やってから寝るか」
竜之介「うん! お母さんもやろうよ」
詩織「えー。私は見てるよ(と笑う)」
  春日部と竜之介、並んで腹筋をする。
詩織「…(心配する)」

○ 東京ドーム・VIPルーム
  上原、ノートパソコンを操作している。
  画面には中継用のハイスピードカメラで撮影された今日の試合映像。
  映像を見る板倉、秋山、飯田。
  7時半の瞬間に春日部がフルスイングする場面が超スローモーションで再生される。
  と春日部の周りに、一瞬、黒い影。
板倉「(驚く)何だこれは?」
飯田「残像のようなものが映ってますね」
板倉「(興味を示す)もっとはっきり映せんのか」
上原「これが限界です」
秋山「上原君、この映像が何だというんだ」
板倉「犯人の影かもしれん」
秋山「犯人のですか?」
板倉「…もっとはっきり確認する必要があるな」
飯田「(上原へ)どうなんだ?」
上原「この映像は2000fps、つまり1秒間を2000コマに分割できるハイスピードカメラで撮影されたものでして、スポーツ中継などで使われる非常に高性能なものとなります。もっとも最近では機種によってはスマホでもハイスピード撮影が…」
板倉「(遮って)君のウンチクはまたの機会に聞くとして、つまりこれ以上精密に撮れるカメラはないのかね」
上原「さらに高性能のハイスピードカメラを使えば可能かと」
板倉「(何かひらめく)」
秋山「オーナー?」
板倉「(立つ)じいさんのところへいく」

○ ネット記事(翌日・朝)
  ボールを口にねじ込まれた板倉のドアップ。
  以下の見出しがでかでかと踊る。
  『7時半の男、ペナントレース中止を要求! 人質は春日部!』 

○ 鍋島家・史也の部屋
  つけっぱなしになったパソコン。
  史也、爆睡している。
  半開きになった箪笥の中には盗品である財布や貴金属がびっしり。
  のぶ子から頂戴したダミアンハーストのドットペインティングの上に食べかけのペヤング。

○ 同・居間
  紀子、煎餅を食べながらテレビを見ている。
  テレビに以下の映像が流れる。

○ テレビスタジオ
  識者らがしゃべっている。
識者1「私はね、いずれこうした形で犯行が過激化していくことは予想してましたよ。警察の初動捜査に問題があったと指摘せざるを得ませんね」
識者2(警察OB)「お言葉ですが犯行手口のタネも仕掛けもわからない。正体不明の者をどうやって捕まえろというんですか?」
識者1「(見下す)それを何とかするのがお宅たち警察組織の仕事でしょうが」
識者2「(ムキになる)何だその言い方は。警察官だって必死にやってるんだ」
  ヒートアップする二人。
  司会、なだめる。
司会「いったん落ち着きましょう!」
  司会、フリップを出す。
  事件のあらましが書かれている。
司会「"7時半の男"からの脅迫を受けたプロ野球組織は本日午後1時にコミッショナーの江藤氏による記者会見を行います。ペナントレース中止の決定がなされるのかどうか注目が集まっています。一方、犯人の標的となった春日部選手ですが、取材によると今朝早くご家族を連れてご実家の方に戻られたとのことで…」

○ (戻って)居間~台所
紀子「(ぽつりと)どうなるのかしらねえ」
  と煎餅を食べる。
  史也、寝ぼけ眼でやってくる。
紀子「(見て)今起きたの。ご飯カレーだから食べるならあっためて」
  史也、台所にいく。
  コンロに火をつける。
  床の隅に空になったワインボトル。
  史也、居間へ戻り、
史也「ワインどうだった?」
紀子「あ、おいしかった。一昨日と昨日で1本開けちゃった」
史也「ふーん(と満足げ)」
紀子「あんたニュース見た? 妖怪。まさか春日部君が狙われちゃうなんて」
史也「だから怪盗だろ…」
紀子「え?」
史也「板倉ってオーナーが犯人を挑発するからこうなるんだ。一個もらうわ」
  史也、煎餅を取る。
紀子「カレー食べる前にお菓子?」
史也「(食べながら)板倉が悪いんだよ。全部アイツのせい」
紀子「そう?」
史也「そうだよ」
紀子「でも大丈夫かしらね、春日部君。今ここに帰ってきてるみたいだけど」
史也「…」

○ 河川敷
  春日部、バットで素振りをしている。

○ ホテル・室内
  板倉、電話をしている。
板倉「…私だ。カメラの方はどうなってる?…そうか…頼んだぞ(と電話を切る)」
  板倉、ニヤリとする。
  江藤、ソファーで眠るように目を閉じている。
板倉「こっちの手筈は整いそうだ。後は昨晩俺が頼んだ通りにじいさんが記者会見でゴーサインを出してくれたらそれでいい」
江藤「…」
板倉「おい、じいさん」
江藤「(目をあけ)…やはりのめんな」
板倉「今更何をいうんだ」
江藤「ペナントレースは中止。君のところにも大きな損失が出るだろうが、こうなった以上は人命が優先だ」
  板倉、大きくため息をつく。
板倉「昨日の俺の話をいまいち理解していないようだ。もう一度いうぞ。俺が頼んでいるのは金のためじゃない。リスクがついて回るのも承知してる」
江藤「…」
板倉「だがもし試合を決行することで警察が血眼になって追っている犯人の尻尾を掴めるとしたら?」
江藤「…(まぶたを閉じる)」

○ 河原
  史也、上機嫌で自転車をこいでいる。
史也「(鼻歌)」
  正面からランニング中の春日部がやってくる。
史也「(気づいて、はっとする)」
  史也、自転車をこぐ足が震える。
  二人、すれ違う。
  史也、よろめいて転倒してしまう。  
  春日部、振り返り、
春日部「…大丈夫ですか?」
  史也、慌てて自転車を起こす。
春日部「(史也の顔をじっと見て)…?」
  史也、うろたえながら自転車を発進させる。
春日部「(後ろ姿を見送って)…」
声「パパ!」
  竜之介と詩織、やってくる。
詩織「記者会見、はじまるよ」
春日部「…」
詩織「どうしたの?」
春日部「いや…いこう」
  春日部、竜之介の手をとって歩き出す。

○ ホテル・記者会見場
  報道陣の前に江藤と板倉が現れる。
  一斉にフラッシュが焚かれる。
記者1「板倉オーナーも同席か…」

○ 春日部の実家・リビング
  春日部、詩織、竜之介、春日部の両親、会見映像が流れるテレビの前に座っている。
  一同、固唾を飲んで見守っている。

○ 公園
  ベンチに史也。
  会見をスマホで見ている。

○ ホテル・記者会見場
  江藤、マイクを持つ。
江藤「(メモを読み上げる。が声が聞こえない)」
板倉「(耳打ち)マイク入ってないぞ」
江藤「(マイクをオンにし)これはプロ野球に対するテロリズムである。この未曽有の事態に際し、我々は断固たる態度で犯人に臨む。プロ野球には先人が築き上げた長い歴史があり…」

○ 春日部の実家・リビング
  春日部、テレビを見ている。
江藤の声「それに伴う社会的責任がある。今、犯人の脅迫に屈すれば悪しき前例を生み出すことになりかねない…」
春日部「…」

○ 公園
  史也、スマホを見ている。
江藤の声「従って我々が犯人の要求を呑むことはない。試合は中止しない。ペナントレースは全て予定通り開催する旨をここに表明する。以上」
史也「…」

○ ホテル・記者会見場
  記者らの質問が飛ぶ。
記者1「試合強行は無茶だ! 相手は神出鬼没の犯人なんですよ!」
江藤「試合は選手の安全を最大限考慮した上で行います。観客の皆さまの安全については、これを最優先し、当面は無観客試合とします」
記者2「答えになってませんよ!」
江藤「えー(と言葉に詰まる)」
  板倉、江藤からマイクを奪う。
板倉「プロ野球の威信にかけて選手には戦ってもらわなければならない。出たくない選手は出なくていい。代わりはいくらでもいる。我々の決定を拒んだ者は明日から居場所はなくなるものと思え。そして春日部選手も例外ではない。彼にも試合に出てもらう」
  場がどよめく。
記者3「春日部選手は犯人から名指しで脅迫されてるじゃないですか!」
板倉「むろん彼を守るための対策は練ってある」
記者4「具体的には?!」
板倉「それは今夜の試合をご覧になればわかる(と自信ありげ)」

○ 春日部の実家・リビング
  春日部、かっとなって立ち上がる。
  詩織、部屋を出ていく春日部へ、
詩織「春っ!」

○ 同・洗面所
  春日部、鏡の前で天を仰ぐ。

○ 道を行く車

○ その車内
  板倉、電話している。
板倉「今そちらへ向かっています…ええ…カメラの件は抜かりありません」

○ 勅使河原の別宅・大広間
  勅使河原昭二(55)、ソファーで電話している。
勅使河原「板倉さん、それにしても実に見事な記者会見でしたな」
板倉の声「いえ、何てことはありませんよ。マスコミを相手にするのは仕事柄慣れていますので」
勅使河原「春日部選手を守る対策をもったいつけるあたり、あなたも役者ですな(と笑う)」

○ 車内
板倉「それで、その件であなたに頼んでおいた例のものは間に合いそうですかな…そうですか…(と電話を切る)」
  板倉、別の番号に電話をかける。
板倉「…俺だ…例のものは問題ない。そっちはどうだ?」

○ 東京ドーム・関係者専用駐車場
  大型トラックが到着する。
  秋山、板倉と電話している。
秋山「(板倉へ)ちょうど到着したところです」
  作業員の手でトラックのコンテナから数台の高性能ハイスピードカメラが下ろされていく。
秋山「しかし大丈夫ですかね。春日部君が試合に出てくれないことには…」

○ 車内
板倉「安心したまえ。そのために会見で発破をかけたんだ(と電話を切る)」

○ 春日部の実家・リビング
  春日部、バッグに野球道具を詰めている。
  春日部母、心配そうに見ている。
  春日部父、やってきて、
父「外に刑事の方がきている。お前がどうしてもというなら球場まで送ってくださるそうだ」
春日部「そう。助かるよ」
父「…行かなくても誰もお前を責めやしない」  
春日部「わかってる。だけど野球が俺をここまでにしてくれたんだ」
  春日部、父と母と抱擁を交わす。
  隣の和室で、詩織と竜之介が身支度をしている。
春日部「(詩織へ)警察の人からいわれた通り竜之介をつれてホテルへ隠れるんだ」
詩織「…わかった」
春日部「(笑顔で)竜之介、いい子にしてろよ」
竜之介「(無邪気に)パトカー乗れるかな」
春日部「(笑う)どうだろうな」
  春日部、玄関へ向かう。
  詩織が後を追う。
詩織「…ほんとにいくの?」
春日部「ああ」
詩織「でも…」
春日部「危険なのは仲間も同じだ。俺だけ逃げ隠れはできない」
詩織「…」
  春日部、玄関のドアを開ける。
詩織「(叫ぶ)春!」
春日部「…(振り向かない)」
詩織「これ、持ってって」
春日部「…?」
  春日部、振り返る。
  詩織の手のひらに手作りのお守り。
詩織「こうなる気がして…内緒で作ったの。竜之介も手伝ったんだよ(と渡す)」
  お守りにはあどけない字で『パパへ』と書いてある。
春日部「(微笑む)」
詩織「ちゃんと帰ってくるんだよ」
春日部「ああ(と頷く)」

○ 勅使河原の別宅・客間(夕)
  室内に飾られた野生動物の剥製。
  椅子に板倉と勅使河原昭二。
  板倉、額縁に入ったライフルの許可証を見上げる。
板倉「ライフルですか」
勅使河原「そうです。鹿狩りが趣味でして」
板倉「ほぅ」
  のぶ子、茶を持って入ってくる。
  マロンちゃんが後ろからついてくる。
勅使河原「家内です」
のぶ子「(茶を差し出す)どうぞ」
板倉「いやどうも」
  のぶ子、一礼して去る。
  勅使河原、煙草に火をつける。
勅使河原「家内には狩りは残酷だからやめろとキツく叱られてますがね(と笑う)」
板倉「(笑う)それで、頼んでいた例のものですが、どうですかな」
勅使河原「作業は終えました。今トラックで運ばせて、もうじきお宅の球場に着く頃でしょう」
板倉「(満足して)そうですか」
勅使河原「しかし板倉さん、あなたも奇天烈なことを考えるお人ですな。いや、もちろん悪い意味ではなく…」
板倉「あなたの協力があってのことです。加えてこんな立派なお屋敷まで用意してくださった」
勅使河原「何年も使っていない別宅でしてね。奴に空き巣に入られてから家内が不気味がって家に帰りたがらないもので」
板倉「お気持ちはわかる」
勅使河原「被害にあった者同士手を取り合わねば。ここは作戦本部としてどう使ってもらっても構いません」
板倉「では遠慮なく」
勅使河原「(微笑む)晴れて自警団結成となりましたな」

○ 東京ドーム・外
  ものものしい警備。
  大勢のギャラリーに混じって史也の姿。

○ 東京ドーム・中
  無人のスタンド席。
  水を打ったような静けさ。
  その中で練習をする春日部。
     ×    ×    ×
  バックネット裏。
  スタッフが高性能ハイスピードカメラをセットしている。
スタッフ「(インカムで)バックネット及び一塁三塁双方のベンチ付近とここバックネット裏。計4台。全ての取り付け完了しました」
     ×    ×    ×
  スコアボードの時計が6時前を指す。
  無人の放送席。
実況の声「さァまもなく試合開始…」

○ 東京プリンスホテル・室内
  マイクを装着した実況と解説の姿。
実況「厳戒態勢の中、無観客試合となった本日のナイターゲーム。実況は東京ドームに隣接する東京プリンスホテルから行って参ります」

○ 東京ドーム・外
  史也、ベンチに腰をかけ、スマホで野球中継を観ている。

○ 同・中
  試合している。
  無人のドーム内にバットの鈍い音が響く。
実況の声「時刻は現在7時15分を回ったところ。ブルースターズが2点を追加しなおも攻撃中。さて、問題の時刻が近づいて参りましたが…」
  タイタンズ監督の篠塚、ベンチから出てくる。
  篠塚、タイムを要求。
  審判、試合を中断する。
実況の声「タイムがかかりました」
  守備についていたタイタンズの選手ら、一斉にベンチへ戻る。
  審判と相手チームもグラウンドから引き上げていく。
実況の声「選手たちがベンチへ引き上げていきます。"7時半の男"対策のようです」
  全員、ベンチへ避難する。
実況の声「ベンチには春日部の姿もあります。しかしこのままではあまりに…おっと?! これは一体…」

○ 同・外
  史也、スマホに釘付けになる。
史也「…?」

○ 勅使河原の別宅・リビング
  板倉、勅使河原夫婦、テレビで野球中継を観ている。
  フォークリフトに載せられた巨大な金庫がベンチ前に到着する。
板倉「(満足げに)お見事ですな」
のぶ子「あなた、あれは何?」
勅使河原「板倉さんから頼まれて作った特注品だよ」
のぶ子「何だか金庫みたい」
勅使河原「大型金庫を改造して内側に鍵を付け替えた。外壁にはセラミックスの鋼板を取り付けた防弾仕様で、あれならライフルの弾を食らってもビクともしない」
のぶ子「だけど、あんなものどうするの?」
板倉「まァ見てなさい」

○ 東京ドーム・中
  タイタンズのベンチ前に巨大金庫。
  スタッフら、芝生下のコンクリートにドリルで穴を開け、アンカーを打ち込んで金庫を固定する。
  監督の篠塚、春日部を呼びつける。
篠塚「春日部。あの中に入れ」
春日部「…?」
篠塚「いいか。中に入ったら内側から鍵をかけろ。外からでは開けられないようになってる」
  篠塚、春日部に置き時計を渡す。
春日部「…」
篠塚「事件の犯行時刻は必ず7時半からの1秒間。逆にいえばその1秒間さえ回避できれば助かる計算だ。中で7時半になるのを待ち、5秒、いや10秒経ったら出てこい」
春日部「…これがオーナーのいってた犯人への対策ですか?」
篠塚「そうだ」
春日部「でも…何もこんな場所で」
篠塚「オーナー命令だ」
春日部「…」
  スタッフの手で巨大金庫の扉があく。
  春日部、恐る恐る設置された巨大金庫の中へ足を踏み入れる。
  電球だけの薄暗い室内。
  スタッフ、扉を閉める。
  春日部、鍵をかける。
  これでグラウンドから春日部が消えた。実況の声「何ということでしょう! まさかの展開となりました!」
  ぽつんと佇む巨大金庫。
  それを4台の高性能ハイスピードが狙っている。

○ ホテル・室内
  詩織、祈るように野球中継を見ている。

○ 東京ドーム・中
  スコアボードの時計がまもなく7時半を迎える。

○ 同・巨大金庫の中
  春日部、小刻みに震えている。
  その手にお守りが握られている。
  時計の針が時を刻む…
  7時半まで1分を切る。
春日部「(恐怖がこみあげる)」
  春日部、お守りを強く握りしめる。

○ 勅使河原の別宅・リビング
板倉「(ニヤリ)さァ、姿を見せろ。山猿」

○ 東京ドーム・巨大金庫の中
  7時半まで10秒を切る。
  51秒、52秒、53秒…
春日部「(呻く)詩織…竜之介ッ…」
  56秒、57秒、58秒…
  59秒…
  春日部、ぐっと目をつぶる。

○ 同・バックヤード(夜7時半)
  静寂のドーム内に足音が響く。
  通路に男の人影。

○ 同・グラウンド
  史也、巨大金庫の前にやってくる。
  その手に金属バット。
史也「(金庫をじっと眺める)」
  史也、バットを構えると、分厚く防護された金庫の壁をゆっくりと殴りつける。
史也「…春ちゃん。隠れてないで出てきなよ」
  ガンガンッ…と壁を殴りつけるバットの音がスタジアムに響き渡る。

○ 野球グラウンド(回想)
  金属バットの快音が響く。
  空高く舞い上がったボールがグラウンドの遙か後方へ飛んでゆく。
  少年時代の史也、ベンチで歓声を上げる。
  チームメイトの春日部、ガッツポーズをしながらベースを一周する。
     ×    ×    ×
  スコアボードの表示は9回裏。5対1。
  史也、最後のバッターを三振に仕留める。
  史也、マウンドでガッツポーズ。
     ×    ×    ×
  整列するリトルリーガーら。
  春日部、小学生のは思えぬ逞しい体つき。
  その隣、まだあどけない顔をした史也。選手一同「ありがとうございました!」
     ×    ×    ×
  史也、自転車置き場で自分の自転車を引いて歩いている。
  チームメイト1、2、3、やってくる。
  チームメイト1、いきなり史也の自転車を蹴り倒す。
史也「(驚く)」
チームメイト1「(悪態をつく)俺からレギュラー奪っといて挨拶もなしかよ」
チームメイト2「史也のクセに生意気だ」
チームメイト3「お前はベンチがお似合いなんだよ。このチビが」
史也「(ビビる)」
  春日部、やってくる。
チームメイト1「(春日部を睨む)何だよ」
  春日部、無視して史也の自転車を起こしてやる。
チームメイト1「(蔑む)けっ。いくぞ」
  チームメイト1、2、3、去っていく。

○ 河原の土手
  春日部と史也、自転車で走っている。
  しばらく走って、史也、止まる。
春日部「(気づいて)ナベちゃん?」
史也「チェーンが外れたみたい」
  史也、自転車のチェーンを直そうとするが、うまくできない。
  手が真っ黒になる史也。
春日部「ナベちゃん、どいてみ」
  春日部、チェーンを直しはじめる。
史也「…春ちゃん、中学は私立だよね?」
春日部「うん。野球のためだ」
史也「…」
春日部「この前親父と練習を見学したけど、キツそうだったよ。だけど俺がいくと決めたんだから弱音は吐けない」
史也「そっか」
春日部「…ナベちゃんは?」
史也「フツーに地元の中学。だから、春ちゃんとはお別れだね」
春日部「…ナベちゃん」
史也「(笑う)あいつらも同じ中学だからきっとイジメられる」
春日部「あんな奴ら、野球でわからせてやればいいんだ」
史也「…」
  春日部、立ち上がる。
春日部「よし。直った」
  春日部、手が真っ黒。
春日部「(手を見て、笑う)」
史也「(笑う)」
春日部「ナベちゃんは絶対中学でも活躍するよ。俺が保証してやる」
史也「(照れる)」

○ (戻って)東京ドーム・グラウンド
史也「春ちゃん…春ちゃん」
  壁を殴りつけるバッドの音が次第に強くなってゆく。

○ 野球グラウンド(回想)
  少年時代の史也、必死に投げ込みをしている。
  近くで春日部、素振りをしている。
     ×    ×    ×
  史也と春日部、ランニングをしている。春日部「ナベちゃん。次の試合も絶対勝とうな!」
史也「うん!」
     ×    ×    ×
  監督、選手とミーティング。
監督「明日の試合。先発は史也!」
史也「はい!」
チームメイト1、2、3「(不満げ)」
     ×    ×    ×
  夕方。
  史也、倉庫の前で道具の片付けをしている。
  チームメイト1、2、3、やってくる。
史也「…」
チームメイト1「いっただろ。史也のくせに生意気なんだよ」
  チームメイトら、史也の体を抑えつけると、史也を倉庫へ押し込む。
史也「(叫ぶ)やめてって!」
  チームメイトら、史也を閉じこめると、倉庫のドアを閉め、鍵をかける。 

○ 倉庫の中
史也「(泣き叫ぶ)開けてよ!」
  と外から激しい物音。
チームメイト1の声「こいつ!」
チームメイト2の声「やっちまえ!」
  史也、耳を澄ませる。
史也「…?」
  ややあって外から鍵の開く音がする。
  扉が開き、隙間から夕日が差し込む。
  扉の前に傷だらけの春日部が立っている。
  チームメイト1ら、遠くへ逃げ去っていく。
史也「…」
春日部「(笑顔で)ナベちゃん、さあ、俺と居残り特訓だ」
史也「(笑顔になる)…春ちゃん」

○ (戻って)東京ドーム・グラウンド
史也「(堪らない気持ちで)春ちゃんッ!…春ちゃんッ!!」
  史也、とりつかれたように巨大金庫の壁をバットでガンガン殴りつける。
  が、壁はびくともしない。
  史也、バットを下ろす。
史也「(壁をじっと見つめて)」

○ 同・巨大金庫の中(7時半過ぎ)
  春日部、強く閉じていた瞳を見開く。
  7時半30分3秒…
  5秒…10秒…
  何事もなく時計の針は進んでゆく。
春日部「(ほっとする)」
  春日部、汗ばんだ手で恐る恐る鍵を開け、扉を開けると…
春日部「(仰天する)」
  グラウンド一面が火の海である。
  目の前で朦々とあがる黒煙。
  どこからか「火事だ!」「逃げろ!」と怒号が飛び交う。
  巨大金庫を覆い尽くした炎が春日部の行く手を塞いでいる。
春日部「(逃げられない!)」
  春日部、お守りを見つめると、覚悟を決めて炎の中へ飛び込んでゆく。
  春日部、炎に巻かれながら死に物狂いでベンチを抜け、ベンチ裏へとたどり着く。
  春日部、倒れ込む。
  避難していた選手らが駆け寄る。
選手「春日部っ!」
  握りしめていたお守りが春日部の手のひらから落ちる。

○ ネット記事
  一面に以下の写真。
  グラウンドの焼け跡に巨大金庫。
  巨大金庫の壁に書き殴られた以下の脅迫文。 
  「春日部を引退させろ 7時半の男」
  それに見出しが添えられて、
  "灼熱のドーム球場! 犯人による放火! 春日部への怨恨か?!"

○ 勅使河原の別宅・リビング(深夜)
  板倉、秋山、飯田、上原、勅使河原夫婦、落ち着かない様子でいる。
  スタッフ、やってくる。
スタッフ「焼けたフィルムの修復が無事完了しました!」
     ×    ×    ×
  一同、高性能ハイスピードカメラが捉えた超スローモーションの映像を確認している。
一同「(息をのむ)」
  映像には巨大金庫の壁をバットでタコ殴りする史也の姿がバッチリ。
飯田「(驚愕)まさかこんなことが…」
板倉「とにかく、これで犯人の面は割れた。春日部君に体を張らせた甲斐があったな(と満足気)」
勅使河原「彼のケガの具合はどうなんです?」
上原「幸い軽いケガで済みました。現在病院で治療を受けていますが、明日にでも退院でしょう」
のぶ子「まァよかった」
  映像には狂ったように壁を殴る史也の姿。
飯田「新たな脅迫文から察するに、犯人はどうも春日部君に個人的な恨みを持つ人間のようですね」
秋山「しかし姿が判明したんだ。これで犯人逮捕も時間の問題でしょう」
板倉「いいか。警察にはいうな」
一同「…?」
板倉「フィルムは燃えたとでもいっておけ」
秋山「…しかし」
板倉「上原君。元スカウトの君のことだ。スカウトで鳴らしたリサーチ力があれば犯人の目星をつけることなど容易いだろう」
上原「…はァ」
板倉「(嗜虐的な笑みで)相手は山猿だ。檻の中にぶち込む前にたっぷりと躾をしてやる必要がある」

○ 病院・病室(翌日)
  春日部、ベッドで休んでいる。
  脇で詩織がリンゴを向いている。
  竜之介、床にしゃがみ込んでミニカーで遊んでいる。
竜之介「ぶーん! ドカーン!」
詩織「竜之介、もうちょっと静かにできないの?」
竜之介「(しょんぼり)はーい」
春日部「(微笑む)」
  とノックの音。
  上原、入ってくる。
  春日部の表情が険しくなる。
春日部「…詩織」
詩織「竜之介、いくよ」
  詩織、竜之介を連れて出て行く。  
  上原、両手に見舞いの品を抱えている。
上原「(笑顔で)この通りだ。ファンから君宛てに激励のメッセージや贈り物が山ほどきてるよ」
春日部「…」
上原「プロ野球界の威信のためとはいえ君には辛い役目を強いたな。オーナーからの伝言だ。少し早めのシーズンオフをとってこいとのことだ」
春日部「つまり、今後は僕を試合には出さないってことですか?」
上原「君の安全のためだ」
春日部「…」
上原「契約のことなら心配しなくていい。例え試合に出なくても我々の方で特別な措置を計って」
春日部「(遮る)金のことをいってるんじゃない」
上原「…」
春日部「(かっとなる)オーナーのいう威信とやらのために俺は犯人に殺されかけたんだ! そして今度は安全のために試合に出さないという。あなたたちは選手のことを何だと思ってるんだ!」
上原「…君にいい知らせがある。実は犯人の正体がわかった」
春日部「(驚く)」
上原「これを見てくれ」
  上原、犯人の顔写真を見せる。
春日部「(微かに眉が動く)」
上原「…どうだ? 心当たりがあるかね」
春日部「…いえ」
上原「そうか。しかしまあこうやってハッキリと顔が映っているんだ。捕まるのは時間の問題だよ。君にはそれまで辛抱してもらうよりない」
  上原、出ていく。
  春日部、渡された写真をもう一度見る。春日部「(胸騒ぎがする)」

○ 鍋島家・居間(夜)
  史也と紀子、餃子を食べている。
  テレビから野球中継が流れている。

○ 野球中継
  無観客で試合をする選手たち。
実況の声「さあ厳戒態勢のスタジアム。7時半の男による襲撃から一夜明け、東京タイタンズは急遽スタジアムを変更して本日も試合を強行。一方でチームのフロントは春日部選手のシーズン欠場を発表しました。犯人の新たな脅迫内容から事件は春日部選手への怨恨説の見方が強く、春日部選手をチームから外したことで事実上犯人の要求に屈した形となったのではと…」

○ (戻って)居間
紀子「(心配し)春日部君、大丈夫かしら」
史也「(むしゃむしゃ食べている)」
紀子「ケガは大したことないってニュースでいってたけど。犯人に狙われてたんじゃ野球どころじゃないわね」
史也「(むしゃむしゃ)」
  紀子、湯飲みを持って台所へ立つ。
紀子「…あんた、いい加減働いたら」
史也「…」
紀子「春日部君みたいに稼いでくれとはいわないけどさ」
史也「…」
  史也、壁の時計をちらと見る。
  まもなく7時半を迎える。
史也「(呟く)働くよ。目障りな人間が消えたことだし仕事再開だ」
  
  以下、カットバック

○ 高級住宅街(夜・7時半)
  ストップモーションの街並み。
  ストップした車や通行人。
  その中をバットケースを背負った史也が闊歩する。

○ ある豪邸
  壁時計が7時半を指している。
  史也、室内を荒らし回し、現金や宝石など金目の物を漁っている。
  史也、バットを構えてフルスイング。
  豪華なインテリアが音を立てて壊れる。史也「(叫ぶ)打ったぁー! 特大アーチだ!」

○ ホテル・室内
  ストップモーションの室内。
  春日部、素振りをしたままストップしている。
  時計の針が動き出す。
  春日部、汗を流しながら素振りを続ける。

○ 道(別の日の夜・7時半)
  ストップモーションの景色。
  史也、豆まきのように指輪やダイヤをそこら中にばらまいている。
史也「毎度お騒がせしております。庶民の味方、7時半の男こと鍋島史也、鍋島史也でございます。庶民の皆さん、鍋島史也に清き一票をお願いします…」
  やがて史也の姿が見えなくなると…
  時が動き出す。
  道ばたに散乱した指輪やダイヤを見て大騒ぎする通行人ら。
  そこへ春日部が荒い息でジョギングしてくる。

○ ニュース映像
  原稿を読むアナウンサー。
アナウンサー「世間を騒がせている7時半の男。スタジアム襲撃から一転、今や現代の"ねずみ小僧"と呼ばれるようになっています」
  渋谷駅前。
  時計の針がまもなく7時半を指す。
  目をつぶって祈る若者たち。
ナレーションの声「ここ渋谷駅前では7時半になると7時半の男の到来を願って祈りを捧げる人たちの姿が…」
  時計の針が7時半を過ぎる。
  若者ら、何も起きずにガッカリ。
ナレーションの声「一方で我々は7時半の男から宝石を受け取った人へのインタビューに成功した」
  カメラの前に一人の男。
  モザイクとボイスチェンジャー。
男「その日はワンルームのアパートの部屋にいました。夜7時半になると背後からカタっと微かな物音がしたんです」
インタビュアー「物音?」
男「で、振り向くとテーブルの上に宝石がおかれていた。とびきり大きなルビーです」 
  男、そのルビーをカメラの前に見せる。インタビュアー「警察に届けないとまずいのでは」
男「いやァ(と言葉を濁す)」

○ ある豪邸(別の日。夜・7時半)
  ストップモーションの室内。
  史也、室内のものを盗み散らかす。

○ 鍋島家・居間
  ストップモーションの室内。
  史也、台所をのぞく。
  紀子、洗った皿を拭いたままストップしている。
  史也、ちゃぶ台を見下ろす。
史也「(にやりとする)」

  カットバック、終わり。

○ 鍋島家・台所
  紀子、茶碗を拭いている。
  時計が7時半を指す。
  居間の方から微かな物音がする。
紀子「…?」
  紀子、手をとめて居間へいく。
  ちゃぶ台の上に100万円の札束が乗っかっている。
紀子「(びっくりして)史也! ちょっと!」
  史也、階段から降りてくる。
紀子「(札束を指さし)ねえ、あれ!」
史也「(わざとらしい)うわ!」
紀子「気づいたらあったの」
史也「奴だよ。うちにもきたのか。今夜は赤飯だ」
紀子「やだ。不気味だわ。ねえ、盗まれた人が困ってるから警察に電話して」
史也「(不服そうに)内緒にしてたらバレないって」
紀子「ダメよ。お母さん警察に電話する」
史也「(慌てて)わかったって」
  史也、台所の冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
史也「シラフじゃあれだから一杯やったら警察に届けてくる」
紀子「ほんと?」
史也「ほんとだって」
  史也、ちゃぶ台の前に座る。
  テレビに野球中継が流れている。
実況の声「ただいま7時半を回りました。今夜も7時半の男による妨害はありませんでした。そして春日部選手は本日も欠場」
  史也、ビールを一気にあおる。
史也「(呟く)ビールを飲みながら見る野球中継は面白いなあ」

○ ホテル・室内
  テレビで野球中継。
実況の声「プロ野球界への7時半の男の驚異は去り、一転して試合は平常運転を迎え…」
  春日部、悔しさをこらえて素振りを始める。

○ 勅使河原の別宅・リビング(翌日)
  板倉、いかつい顔でうろうろしている。
  恐縮する秋山、飯田、上原の3人。
板倉「(怒りを露わに)山猿一匹に何を手こずってるッ。5日経ったぞ。一体どうなってるんだッ!」
秋山「(飯田へ)どうなってる」
飯田「(上原へ)どうなんだ」
上原「オーナー。説明させて頂きます」
板倉「説明してくれ」
上原「現在行っている作業ですが、映像に映った人物を特定するというのは実際にやってみるとことのほか難しいものでして」
板倉「言い訳はいい。調べはどうなってる」
上原「今回の場合ですとSNS上での捜索が最も有力な方法となります。しかし、私共のほうでどれだけ調査しても犯人の知り合いはおろか顔写真の一枚すら見つからないとなると、果たして犯人は本当に存在しているのかどうかも」
飯田「犯人はモグラのような奴ですな」
秋山「ここはやはり警察に任せたほうが」
板倉「(ぴしゃりと)秋山君、飯田君、本業が忙しいのはわかるが、君たちも少しは手伝ってやってはどうかね」
秋山、飯田「…」
板倉「(歯噛みする)」

○ ホテル・部屋
  春日部、テーブルで古いアルバムを見ている。
春日部「(声を震わせ)まさか…いや、そんなはずはない…」
  詩織、やってくる。
  春日部、とっさにアルバムを閉じる。
詩織「ねえ。お昼焼きそばでいい? 竜之介が食べたいって」
春日部「そうか」
  春日部、部屋を出ようとする。
詩織「どこにいくの?」
春日部「走り込みをしてくる」
詩織「…犯人、まだ捕まらないの?」
春日部「心配するな」
  春日部、出て行く。
  詩織、先ほど春日部が見ていたアルバムに何となく視線をやる。
  詩織、テーブルにいき、そっとアルバムを開いてみる。
  アルバムには春日部が高校球児だった頃の写真。甲子園で打席に立つ勇姿や仲間とふざけあっている姿。
  詩織「(微笑む)」
  詩織、ページを手繰っていくと、あるページに一枚の写真が挟まっている。
  犯人の写真だ。
詩織「…?」
  同じページにリトルリーグ時代の写真。
  春日部と肩を並べて笑う史也が映っている。
  犯人の顔にどことなくその少年の面影が感じられる。
詩織「…」

○ 河原
  史也、よたよた自転車を漕いでいる。
史也「(鼻歌)」

○ 鍋島家・玄関
  史也、帰ってくる。
  土間に見慣れない靴がある。
史也「…?」

○ 同・居間
  史也、やってくる。
  紀子、妙にそわそわしている。
紀子「史也…」
史也「…?」
  史也の視線の先にちゃぶ台の前で正座する男の後ろ姿。
  男、振り向くと…春日部だ。
  二人、視線がぶつかる。
史也「(絶句する)」
春日部「…ナベちゃん…なのか(と息をのむ)」
  史也、とっさに玄関へと引き返す。
春日部「…!」
  春日部、立ち上がると急いで後を追う。

○ 同・家の前
  史也、猛スピードで飛び出してくる。

○ 道
  史也、猛ダッシュ。
  春日部、猛追。

○ 河原の土手
  へばった史也、春日部に取り押さえられる。
  二人、取っ組み合いになる。
  二人とも土手から転げ落ちる。

○ 河川敷
  すぐそばに川が流れている。
  遠くに野球グラウンドが見える。
  史也、へばって動けない。
  春日部、造作なく立ち上がる。
春日部「(史也を見下ろし)本当にナベちゃんなのか…奴の…犯人の正体は」
史也「(息が苦しい)」
春日部「ナベちゃん、答えてくれ」
史也「(息絶え絶えで)その呼び方、懐かしいよ。春ちゃんはスターだから俺のことなんか覚えてないと思ったけど」
春日部「…犯人の写真を見てナベちゃんの面影がよぎった。でもそんなはずはないと信じた。それを確かめにここにきた」
史也「…」
春日部「友達だった」
史也「…」
春日部「なぜだ。なぜなんだ!」
  史也、腕を上げて腕時計をかざす。
史也「この腕時計だよ」
春日部「…?」
史也「これを身につけてると7時半になればどんなことでもできる」
春日部「…」

○ 勅使河原の別宅・大広間
  飯田、駆け込んでくる。
飯田「オーナー! 犯人の正体がわかりましたッ!」
  板倉、思わずソファーから立ち上がる。
  秋山、上原、のぶ子、集まってくる。
飯田「春日部君の奥さんである詩織さんから情報提供があり、取り急ぎ我々の方で調査した結果、まず間違いありません」
板倉「そうか。わかったのか」
秋山「飯田君。早くオーナーに教えて差し上げろ」
飯田「(メモを広げて読む)鍋島史也。30歳。春日部君とはリトルリーグ時代のチームメイトでした。彼を知るリトルリーグの元コーチに電話で話を聞いたところ、彼は幼い頃に父親と死別しており、母子家庭で育ち、現在も母親と調布市にある実家に住んでいるのではないかとのことです。リトルリーグ時代は投手として先発を任されており…」
板倉「(遮って)ご苦労。本題に入ろう」
飯田「(恐縮してメモをしまう)」
板倉「で、どうする? 犯人を捕まえるには実行役が必要だが(と一同を見回す)」
秋山、飯田、上原「(黙り込む)」
勅使河原の声「私にお任せください」
  勅使河原、暖炉のそばに寄りかかり、ライフルを磨いている。
  ライフルが不気味な光を放っている。
板倉「やってくれますか(と満足げ)」
勅使河原「ええ」
のぶ子「(勅使河原へ)あなた、私もやります」
勅使河原「何をいう。お前じゃ役に立たん」
のぶ子「私にはダミアンハーストの恨みがあるんです」
勅使河原「あんな水玉の絵がなんだ。まるで文房具屋で売ってるシールじゃないか」
のぶ子「(むっと)あなたにはあの絵の価値がわからないんです」
板倉「まァまァ。奥さんだっていてもたってもいられないんでしょう。協力してくれますかな?」
のぶ子「(嬉しい)はい」
板倉「では早速とりかかってもらうとしよう。多少手荒なマネをしても構わない。捕まえ次第速やかにここへ連れてくるように」
勅使河原、のぶ子「はい!」

○ 河川敷
  史也、土まみれになった体を起こす。
史也「でも別に春ちゃんを狙ったのは恨みがあるとかじゃない」
春日部「…」
史也「誤解なんだ。板倉がさ、挑発してきたからちょっとムキになっちゃって…」
春日部「誤解だと? ナベちゃんのせいで俺や家族がどれだけ苦しんでると思ってるんだ! 俺は死にかけたんだぞ!」
史也「…ごめん」
春日部「謝って済むような問題じゃない」
史也「…わかってる」
  史也、観念したように立ち上がる。
史也「まさか春ちゃんとここで会えるとは思ってなかった。だからもう捕まっても後悔はないよ」
春日部「…」
  史也、遠くに見えるグラウンドを見渡す。
史也「小学校の頃、あそこで練習した。あの時が俺の人生で一番楽しかった」
春日部「…」
史也「覚えてる? 俺がイジメられて物置に閉じこめられた時のこと。春ちゃんが奴らをフルボッコにしてさ。俺を物置から出してくれたんだ。春ちゃんには感謝こそすれ怨恨なんてありえないよ。どうかしてたんだ」
春日部「…」
史也「まあ中学に入ってからは春ちゃんとは正反対の道へ一直線だったけど(とおどける)」
  春日部、史也の腕時計を見やる。
春日部「…それを川に捨てるんだ」
史也「…?」
春日部「それで終わりだ。もう二度とナベちゃんは悪さをできない。そして俺ももう二度とナベちゃんのことを思い出すことはないだろう」
史也「…わかった」
  史也、ゆっくりと川へと歩いていく。
  史也、腕時計を外す。
史也「…」
  が、史也、腕時計を捨てずに川の中へ進もうとする。
春日部「(叫ぶ)ナベちゃん!」
史也「…」
春日部「そこから一歩でも動けば俺は野球と家族を守るためにをナベちゃんを売るぞ!」
  史也、構わず逃げる。
  史也、川の水に足をとられながら反対の岸を目がけてがむしゃらに進む。
春日部「(呆然と史也を見つめ)…」

○ 裏通り(夕)
  人気のない道。
  ずぶ濡れの史也、しゃがみ込んで建物の影に身を潜めている。

○ 勅使河原の別宅・大広間
  時計の針が午後5時を回る。
  板倉、落ち着かない様子でうろついている。
  と携帯の着信音が鳴る。
板倉「(思わず反応する)」
  上原の携帯だ。
上原「(恐縮する)すみません」
板倉「…」
上原「(電話に出て)もしもし。君か…え?(と驚く)」
  板倉、上原を見る。
板倉「どうした?」
上原「いえ、春日部君からの電話でして、先ほど犯人の男と接触したとかで」
  板倉、上原から携帯を奪い取る。
板倉「一体どういうことだ?」

○ 鍋島家・家の前
  勅使河原とのぶ子、物影から家の様子をうかがっている。
  ロープを持った勅使河原、やる気満々。
  愛犬のマロンちゃんがのぶ子の胸に抱かれている。
勅使河原「(苦々しく)何も犬まで連れてこなくたっていいだろう」
のぶ子「いざというときはこの子も役に立つわ」

○ カフェ
  春日部、携帯で話している。
板倉の声「なるほど。腕時計というのは新しい収穫だ。しかしだ、君の細君から情報を受けて我々の方でも奴を捕まえるべく動いていたところだ」
春日部「詩織が…?」
板倉の声「君が余計なことをしてくれたおかげで今まさに成し得んとしていた奴との決着が遠のいたぞ」
春日部「…」
板倉の声「それでどうするつもりなんだ?」
春日部「…彼を探します」
板倉の声「どうやって?」
春日部「(時計を見)7時半になるまでは近くにいるはず。それまでに何とか…」
板倉の声「見つからなかったら?」
春日部「もう一度彼の家にいきます。彼の母親に会って彼を説得するように頼んでみようかと」
板倉の声「呆れたよ。君は情にほだされて犯人を逃がし自分の首を絞める失態を演じた。奴を野放しにして苦しむのは君自身だぞ。私は忙しいのでこれで切らせてもらう(と電話を切る)」
春日部「…」

○ 勅使河原の別宅・大広間
  板倉、携帯を取り出し電話をかける。
板倉「私です。今どこに?」

○ 鍋島家・家の前
  勅使河原、のぶ子、見張っている。
勅使河原「奴の家の前で待ち伏せしてます」
板倉の声「そこにいてもムダでしょう。奴は今多摩川近辺にいる」

○ 勅使河原の別宅・大広間
板倉「そう遠くに逃げていないはずだ。是か非でも獲物を捕らえて頂きたい(と電話を切る)」

○ 道(夜)
  春日部、辺りを見回している。
  春日部、時計をみる。
  すでに6時半を回っている。

○ 別の道
  黒塗りの高級車がゆっくりと巡回している。
  車内に勅使河原、のぶ子、マロンちゃん。
  勅使河原とのぶ子、周囲を丹念に見渡している。

○ 裏通り
  史也、建物の間に身を潜めている。
  と正面に黒塗りの車。
  車から犬の鳴き声が響く。
史也「(ビビる)」

○ 車内
  窓から顔を出したマロンちゃん、史也を見てやたらめったら吠えまくる。
勅使河原「ん?」
  勅使河原、車を停める。
のぶ子「ちょっと。何? どうしたの?」

○ 裏通り
史也「(犬を見て)…」

○ (フラッシュバック)勅使河原宅
  史也、ダミアンハーストのドットペインティングを脇に抱えている。
  床でマロンちゃんが停止している。
  史也、マロンちゃんに顔を近づける。
史也「ワンワンワンッ!(とふざける)」

○ 裏通り 
史也「…」
勅使河原の声「奴だ!」
  勅使河原、車から飛び出てくる。
  史也、猛ダッシュで逃げる。
  勅使河原、機敏に追う。
  史也、逃げた先が行き止まり。
  史也、追いつめられる。
  勅使河原、史也に飛びかかる。
  史也、間一髪交わす。
  史也、来た道を猛ダッシュで引き返す。勅使河原「しまった!」

○ 車の前
  史也、建物の間から出てくる。
  のぶ子、震えながら史也の前に立ちはだかる。
  史也、のぶ子を突き飛ばし逃げてゆく。
  尻餅をつくのぶ子。
のぶ子「(悲鳴)誰かぁ! その男ッ! 7時半の男よ! 捕まえてーーー!!!」

○ 勅使河原の別宅・大広間
  板倉の怒号が室内に響く。
板倉「(携帯に向かって)馬鹿タレが! みすみす取り逃がす奴があるか!」
  板倉、鼻息荒く電話を切る。
板倉「何て奴らだ。皆して私の足を引っ張りたいらしい」
  秋山、飯田、上原、萎縮している。
秋山「(遠慮がちに)しかしこれで警察にも奴の正体が知れ渡ることになりました。となると我々にできることはもう…」

○ 道(夜7時半)
  ストップモーションの風景。
  お巡りが自転車を漕いだまま停止している。
  史也、すぐ近くの物影から出てくる。
  何とか逃げ切ったようだ。

○ 鍋島家・居間(夜7時半)
  史也、やってくる。
  紀子、ちゃぶ台でうたた寝したまま停止している。
史也「(首をひねる)おかしいな。完全犯罪だと思ってたんだけど」
  史也、台所へいき、冷蔵庫からビールを取り出す。
  史也、ビールを一気にあおる。
史也「(紀子へ)てことで俺しばらく家空けることになったから。うん。7時半になったら帰ってくるわ。ちょっと荷物とってくる」
     ×    ×    ×
  史也、リュック片手に階段から下りてくる。
  玄関に向かう史也、ふと足をとめる。
  史也、紀子の後ろ姿を見つめる。
史也「(ぽつりと)…ゴメンな。こんな息子で」
  史也、居間に戻る。 
  紀子の丸まった背中にタオルケットをかけてやると部屋から出ていく。

○ 料亭(一週間後・夕)
  板倉、江藤、春日部、の三人が集まっている。
  江藤、じっと目を閉じている。
  板倉、煙草を吸っている。
江藤「(目を開ける)いかにも君らしい作戦だ」
板倉「…」
江藤「それで勝算は?」
板倉「一割…あるいはそれ以下」
江藤「君にしては弱気な数字じゃないか」
板倉「あとは運だ。あれから一週間。警察が束になっても奴を捕らえられない以上、これが最後の賭けだ。やってみる価値はあるぞ」
江藤「…(考える)」
板倉「じいさん。やるか?」
江藤「君の言葉を借りれば、やってみる価値はあるのだろう」
板倉「よし」
  板倉、灰皿で煙草をもみけす。
板倉「作戦が成功したとして、警察に手柄の横取りはさせない。警察の手に渡すのはことの全てが済んだあとだ。奴の最後の7時半は俺がもらう」
江藤「…いいだろう」」
板倉「(春日部へ)というわけだ。後は君が俺の作戦に乗るかどうか」
春日部「…」
板倉「どうなんだね。奴とは少年時代の友人だったか知らないが、やられっぱなしのままで君はいいのか」
春日部「…」
板倉「君のセンチメンタルな友情物語のせいで被害者が泣き寝入りすることになっても構わないというのかね」
春日部「そんなことは…」
板倉「じゃあどんなことを思っている? 私の作戦に対する君の意見をきこうじゃないか」
春日部「…」
板倉「さァ覚悟を決めたまえ。君も勝負の世界で生きる人間なら、勝つことの意味の大きさがわかるだろう」
春日部「…」
板倉「このままでどうする。日本を出て国外で野球をする気でいるのか。アメリカか、韓国か、あるいはオランダか。いや、どうだろうな。偏執狂の奴のことだ。君の向かうところは地の果てまで追いかけてくるぞ」
春日部「…」
板倉「このままでは君は永久に野球ができない」
  春日部、板倉を見据える。
春日部「やります」
板倉「(眼が光る)」
春日部「(怒りを滲ませ)しかしあなたの復讐欲を満たすためではない。俺は俺自身のために、野球を取り戻すためにアイツをこの手で捕まえます」
板倉「よろしい。そうと決まれば物事は急げだ。私の持ちうる全てのコネクションを駆使して犯人に臨まねばならん」
  板倉、立ち上がる。
板倉「(張り切る)さァ、忙しくなるぞ」

○ ネットカフェ・個室(数日後・夕)
  史也、パソコンでネットニュースを見ている。
  史也、あるニュースを見て、マウスを動かす手がとまる。

○ 神宮球場・中
  無観客の中、春日部、グラウンドで練習している。
実況の声「ここ神宮球場からお送りしております。なんと球場には7時半の男による襲撃以来シーズン欠場を発表していた春日部選手の姿があります」

○ ネットカフェ・個室
  史也「(歯噛みする)何で春ちゃんが出てるんだ!」

○ 神宮球場・グラウンド
  春日部、ホームランを放つ。
実況の声「入ったァ! 欠場からおよそ二週間! 復活を告げる一発だァ!」

○ タクシー車内
  史也、スマホに釘付けになっている。
  スマホから流れる野球中継。
実況の声「"おかえり春日部""さすがホームラン一本につき1250万の男"などSNS上には春日部選手に対する応援の書き込みで溢れかえっています」

○ 神宮球場近く
  史也、タクシーから降りる。
  史也、草むらに身を隠す。

○ 神宮球場・グラウンド
  スクリーンの時計が7時15分を指す。
実況の声「時刻は現在7時15分を回ったところ。まもなく7時半を迎えます」
  審判、タイムを告げる。
  両チームの選手ら、ベンチへ引き上げる。
  バックヤードから例の巨大金庫がフォークリフトに乗って登場する。
実況の声「おや。これは…犯人対策としてまたしても同じ作戦に打って出るのでしょうか」
  と巨大金庫がバランスを崩して地面に倒れる。
実況の声「あっと、倒れてしまった!」
  スタッフ、金庫を慌てて起こそうとするが、ダメ。
  刻一刻と7時半が近づく。

○ 近くの草むら
  史也、ジリジリしている。

○ 神宮球場・グラウンド
  倒れている金庫。
  スタッフら、起こすのに難航している。
  春日部、金庫の前でなすすべがなく立ち尽くしている。
  7時半が間近に迫る。
  スタジアムに人々の怒号が響く。
「春日部、避難しろ!」
「間に合わない! 早く金庫を起こせ!」
「こうなったらライトを消せ!」
  スタンドの照明が一斉に消される。
  球場内がうっすらと闇に包まれる。
実況の声「ああッ! なんというこ…(声が途切れる)」
  そのままスクリーンの時計が7時半を指す。

○ 近くの草むら
  画面内の動きがピタリと止まる。
  史也、勢いよく駆け出す。

○ 神宮球場・グラウンド
  史也、薄暗いグラウンドに乗り込んでくる。
  史也、春日部の背後に立つ。
史也「春ちゃん、ダメだよ。試合に出ちゃ。春ちゃんが試合に出ると目障りなんだよ…なんで出た!(と凄む)」
春日部「(反応なし)」
  史也、落ちているバットを拾う。
史也「…こんなもん作りやがってッ!」
  史也、巨大金庫の壁をムチャクチャに殴りつける。
史也「殺そうと思えばいつだって殺せるんだ! 誰でもだ! 誰だって殺せる! でもそれをしないのは俺が良識のある人間だからだ」
  以下、史也の独り台詞が続く。
史也「何が自警団だ。普段うま味を独り占めしてるくせに、ちょっとつまみ食いしたらピーピーピーピー泣き言並べやがって」
史也「俺のほうが世の中のおかしいことをたくさん知ってる。でもそれを飲み込んで、ぐっと堪えるのが大人だろ」
  史也、折れたバットを捨てる。
史也「(ふっと笑う)ホームラン一本につき1250万か…」
  史也、また春日部の背中を見る。
史也「いいよ。春ちゃんは天才バッターだ。いくらもらおうといい。それはいい。だけど、この差は何だ」
史也「工場で肉まん並べるのと、野球場でボールかっ飛ばすのとで、どうしてここまでの差が出るんだ。それじゃまるで俺の5年分の時間は春ちゃんのホームラン一本分の価値もないといってるようなものじゃないか」
  史也、別のバットを拾う。
史也「春ちゃんはいいよね。いいとこ住んでいい車乗って、かわいい奥さんもらって子供作って。危険が迫れば高級ホテルに逃げ込める」
史也「俺なんかひどいよ。貧乏臭い家に住んで、チャリンコ乗ってさ。薄暗い工場で毎日ドブネズミみたいに働かされるんだ。金のために黙々と働いたところでせいぜい時給20円アップが関の山。1日160円ぽっちじゃ仕事終わりに缶コーヒーの一本でも買ったらそれきり、後に何も残らないじゃないかッ!!(とわめき散らす)」
  史也、バットを手に春日部に近づく。
史也「…7時半になると春ちゃんが狙われる。当たり前だよッ」
  史也、春日部の後頭部めがけてバットを振り下ろす。
  その瞬間。
  スタンドの照明が一斉につく。
  史也、眩しさに思わず手が止まる。
板倉の声「そうか。そうやって毎晩惨めったらしく独演会を打ってたってわけか」
史也「?!」
  春日部、動き出す。
  ゆっくりと振り返ると物悲しい目で史也を見下ろす。
史也「(驚く)なんで…」
  板倉、バックヤードからやってくる。
  板倉、史也の前に立つ。
板倉「貴様の言葉からは悪臭がする。腸が腐ってウジが沸いてる」
史也「…」
板倉「どうした。急に無口になったぞ」
  史也、呆然としている。
板倉「まァいいだろう。滑稽なショーを見せてもらった礼に一つ種明かしをしてやろう」
史也「…」
板倉「貴様の腕時計の力は春日部君から聞いている。7時半になると動き出すとかいう腕時計を見てみろ」
  史也、腕時計を見る。
  史也、ハッとする。
  時計の針が7時半を指したまま止まっている。
史也「なんで…」
板倉「(自分の腕時計を見る)当然だ。現在の時刻は7時10分だからな」
史也「そんなはずは…」
  史也、スクリーンの時計を見上げる。
  7時半でピタリと止まっている。
板倉「最も球場内の時計に関しては少し細工したがな」
史也「…」
板倉「わからないか? この試合は貴様をおびき出すために行われたものだ。つまり放送されていたのは偽の野球中継。そして中継内において1分を45秒としてカウントして時計の針を進めた。そうすることで40分で10分。2時間で30分の時間を実際よりも早めることができる」
史也「…」
板倉「7時半を前倒しにすること。それがこの野球中継の目的だ。そのためにマスコミ、選手、プロ野球関係者が一丸となって大芝居を打ったというわけだ」
史也「…」 
板倉「どうした? 何を黙っている。独り言しかいえないのか」
史也「(口ごもる)そんなはずは…俺が本当の時刻を見たらどうする? そもそも俺がここにやってくるとは…」
板倉「むろん勝負に運は付き物だ。しかし貴様はやってきた。春日部君が試合に出ていることを知るや否や貴様は全国どこにいようと飛び込んでくる。そしてこの球場近くに身を潜める。ネット配信かあるいはラジオで試合を一心に見る。春日部君が隠れ損ねたを見て、しめたと思う。貴様は春日部君にジェラシーを抱くあまりに目が曇った。だから時計ごときが読めない」
史也「…」
板倉「そしてこの作戦を成功させるためには球場周辺を完全封鎖する必要がある。当然警察に協力を仰いだ。貴様は完全に包囲されている」

○ 同・外
  待機する機動隊。

○ 同・グラウンド
板倉「そうやって私の力とコネクションによって演出された7時半という空間に貴様はまんまとハマったんだ」
  史也、きょろきょろ周りを見渡す。
  屈強な選手たちが逃げ道を塞いでいる。
板倉「(自分の腕時計を見)貴様がステージにあがるには少しばかり早かったな」
史也「(観念する)」
板倉「ゲームセット。我々の勝ちだ」

○ 神宮球場・ロッカールーム
  史也、柱に縛り付けられている。
  史也、テーピングで全身を縛られており、身動きがとれない。
  板倉、勅使河原、秋山、飯田、上原が取り囲む。輪から離れて春日部。
  勅使河原の握るライフルが不気味さを放っている。
勅使河原「しかし腕時計の力を知りながらなぜ奴からそれを取り上げないのですす?」
  史也の手首には依然として腕時計がつけられている。
板倉「まァ見てなさい」
  板倉、バットを手にする。
  板倉、史也の体に強烈な一撃を食らわせる。
史也「(激しく呻く)」
  もう一度。
  何度も。執拗に。
  板倉、史也を殴りつける。
  春日部、見ていられない。
  史也、苦悶しながらも、後ろ手に縛られた状態で柱の出っ張りにテーピングをこすりつけ、解こうとしている。
板倉「(一息つき、春日部へ)今回の件で君は最大の被害者だ。一発くらい入れてもバチはあたるまい」
  板倉、春日部にバットを差し出す。
  春日部、受け取って史也の前に立つ。
春日部「ナベちゃん。俺は悲しい」
  史也、動かしていた手が思わずとまる。
  春日部、バットを地面へ放り捨てる。
春日部「ナベちゃんには野球の素質があった。でもそれを周りのせいにして活かそうとせず自らの手でドブの中に捨てたんだ」
史也「…」
春日部「俺の人生は俺自身の血と汗で掴み取ったものだぞ。一方でナベちゃんは何をしてた? 素振りを何回やった? 投げ込みは? 這い上がるために人一倍の努力はしたか? ナベちゃんは何もやってこなかったんだ!」
史也「…恵まれて生まれてきた春ちゃんにそうじゃない奴の気持ちなんかわからないよ」
春日部「その腕時計はどうだ?」
史也「…」
春日部「そんな力を手にしたなら、犯罪なんて当てつけみたいな形じゃなく、もっとひたむきに、もっと自分自身のためにその力を使うべきだったんだ。違うかナベちゃん!」
史也「いったろ。春ちゃんには恵まれない人間の気持ちなんかわからないよ」
春日部「(寂しげに)それならもう何もいうことはない」
史也「春ちゃんと俺とじゃ、最初から話すことなんか何もなかったんだよ」
春日部「…」
  勅使河原、ライフルを壁に立てかけ、バットを拾う。
勅使河原「どうします?」
板倉「やれ」
  勅使河原、バットで史也の体を殴る。
  史也、鼻血を出す。
春日部「(堪えかねて)もう十分でしょう」
板倉「もっとだ」
  勅使河原、バットを振り下ろす。
史也「(呻く)」
板倉「いいぞ。もっと血を流せ。お前が流したワインの血はこんなものじゃないぞ」
  壁時計の針が7時半を指そうとしている。
秋山「(不安げに)オーナー。そろそろ時間になりますが」
板倉「うむ」
  板倉、血塗れの史也の顔を見下ろす。
板倉「これから貴様の最後の7時半を見届けてやる。何しろ1秒で24時間分の苦痛だ。これは見物だぞ」
勅使河原「(合点してにやりと笑う)」
  と、史也、せき込みながら笑い出す。
板倉「…?」
史也「…板倉。ゲームはまだ終わってない」
板倉「何をいってる?」
  史也の両手を縛り付けていたテーピングが解かれている。
勅使河原「(気づく)いかん! 両手のテーピングが外れてる!」
  一同、仰天する。
史也「延長戦ッ。俺のサヨナラ勝ちだッ(と叫ぶ)」
  飯田、上原、慌てて史也の手を縛り直す。
  史也、必死に抵抗する。
板倉「何をしてるッ! 時計だ! 腕時計を外せッ!」
  上原、腕時計を剥がそうとするが、
上原「外れません!」
  板倉、壁に立てかけられたライフルを手に取る。
  板倉、ライフルを史也に向ける。
春日部「(叫ぶ)やめろッ!!」
  板倉、構わず引き金を引く。
  ライフルが火を吹いた瞬間…
  時計が7時半を指す。
  史也以外の一同、ストップする。
  史也の両手は元通りに縛られており、身動きがとれない。
史也「(もがく)」  
  史也の正面から亀のように緩慢にしかし確実に迫ってくる鉛の弾丸。
史也「(必死にもがく)」
  春日部、絶叫したまま停止している。
史也「(顔が歪む)春ちゃん…春ちゃん! 助けて!!」
  弾丸が史也の目の前まで迫る。
史也「!!!」
  史也の額に鉛の冷たい感触が当たる。
  弾丸が額にゆっくりめり込んでゆく。
史也「ああああああああッーーー」
  史也、小刻みに震え出す。
史也「(意識を混濁させ)…かっとばせ、かとばせ…ホームラン…」

○ (回想)野球場・グラウンド
  フェンスに"リトルリーグ東京大会決勝"の垂れ幕。
  マウンドに史也。
  好投し、相手バッターを三振にしとめる。
  攻守交代で、春日部とハイタッチしてベンチへ駆けてゆく。
春日部「ナベちゃんナイスピッチ!」
史也「(にっこり笑う)」
     ×    ×    ×
  打席に春日部。
  ベンチの史也、大声で、
史也「かっ飛ばせ! 春ちゃんッ!」
  春日部、フルスイングする。
  打球が伸び、ライトの頭上を越えてホームランとなる。
  ベースを回る春日部。
  春日部、史也へガッツポーズ。
史也「ナイス春ちゃん!」
     ×    ×    ×
  スコアボードに"9回裏、4対3"
  あと一人打ち取れば優勝だ。
  ベンチから「あと一球!」と声援。
  史也、マウンドで大きく息を吸う。
  緊張でボールを持つ手が震えている。
  史也、サードを守る春日部を見る。
春日部「(力強く頷く)」
史也「(頷く)」
  史也、肩の力がすっと抜ける。
  思い切り腕を振り上げ、ボールを投げる。
  バッター、バットを振る。
  打ち上げる。
  ピッチャーフライだ。
春日部「ナベちゃんッ!」
史也「(グラブを構える)オーライ! オーライ!」
  太陽の眩い光線に照らされたボールが、きらきら輝きながら史也の頭上へ落ちてくる。
  やがてボールが弾丸に変わって…

○ (戻って)ロッカールーム
  時が動き出す。
  史也、頭を打ち抜かれて絶命している。
  一同、静まり返る。
春日部「(顔をそむける)」
板倉「…仕方なかった」

○ 鍋島家・居間(2ヶ月後・夜)
  開いた窓。
  カーテンがひらひら揺れている。
  テレビから野球中継が流れている。
  打席には春日部。
  春日部、フルスイングでかっ飛ばす。
実況の声「打ったァーーー! ライトスタンド一直線!! ホームラン!!」
  紀子、リモコンでテレビを消す。
  紀子、重たそうに腰をあげ、台所へ立つ。
     ×    ×    ×
  静寂に包まれた家の中。
  紀子、背中を丸めて茶碗を拭いている。
  壁時計の針が7時半を指す。
  その時…
  紀子の背後でカタッと物音が聞こえる。紀子「(ハッとする)」
  紀子、振り返り、居間を見る。
  ひらひらと揺れるカーテン。
  風だ。
  風に揺られて窓がカタッと音を鳴らす。
  風がやみ、室内にまた静寂が訪れる。
  そこに史也の姿があるはずもなく…
紀子「(寂しく微笑む)」

(おわり)

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