to become ドラマ

IT企業の新入社員・黒川琥珀(23)は、何故かエアコンの飛び込み営業をさせられる。同じ境遇の同期達が次々と退職する中、彼女は白石薫(75)宅を訪れる。
マヤマ 山本 6 0 0 04/23
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第一稿

<登場人物>
黒川 琥珀(23)会社員
白石 薫 (75)客

茶谷  (23)琥珀の同期
営業部長



<本編> 
○白石家・外観
   庭付きの一戸建て ...続きを読む
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<登場人物>
黒川 琥珀(23)会社員
白石 薫 (75)客

茶谷  (23)琥珀の同期
営業部長



<本編> 
○白石家・外観
   庭付きの一戸建て。

○同・玄関
   白石薫(75)にパンフレットを見せ商品説明をする黒川琥珀(23)。
琥珀「今弊社のエアコンをご購入いただけると、このようなサービスがございますして……」
薫「ウチはもう間に合ってるから。ごめんね」
琥珀「そうですよね……お邪魔しました」
   出ていく琥珀。

○オフィスビル・会社(夜)
   デスクワークをこなす社員達。
   一画にある長机を茶谷(23)ら新入社員と営業部長が囲むが、空席も多い。そこにやってくる琥珀。尚、琥珀は紅一点。
琥珀「戻りました」
営業部長「お疲れ。どうだった、黒川?」
琥珀「……すみません」
営業部長「まったく、今日も全滅か。せめて引き合いの一つでも取って来いよ」
琥珀「全滅……あれ、静香は?」
   琥珀の隣の席に置かれた女性の写真付き社員証と保険証を指さす茶谷。
琥珀「!?」

○メインタイトル『to become』

○居酒屋・外観(夜)
茶谷の声「飛び込み営業でエアコン買う人なんて、居る訳なくね?」

○同・中(夜)
   テーブルを囲み、酒を飲む琥珀、茶谷ら新入社員達。
茶谷「俺達はエアコン売るためにあの会社に入った訳じゃねぇっての。とうとう、女子も一人になっちまったし。俺も辞めよっかな~」
琥珀「……」

○住宅街
   ため息をつき、歩く琥珀。
   その前方を歩く薫。エコバッグが破れ、購入品が道に散乱する。
琥珀「あ……」
薫「あら、やだ」
   落ちた購入品を拾い始める薫と、それを手伝う琥珀。
琥珀「(拾った分を薫に渡し)どうぞ」
薫「ありがとう。(琥珀に気付き)あら?」
琥珀「?」
薫「この間の、エアコン屋さんよね?」
琥珀「エアコン屋……? まぁ、はい」

○白石家・前
   並んで歩く琥珀と薫。購入品を二人で持ち合っている。
薫の声「ごめんなさいね、運ぶのまで手伝ってもらっちゃって」

○同・居間
   琥珀にお茶を出す薫。
薫「おかげで助かったわ。はい、どうぞ」
琥珀「いえいえ、お構いなく」
薫「それにしても、最近の若い人でも優しい子はいるのね。安心したわ」
琥珀「それは、まぁ。あの、私仕事中なので、そろそろ……」
   部屋の壁時計から、正午を知らせる音。
琥珀「あ……」
薫「あら、お昼休みじゃない? ちょうど良かった。是非、食べていって」
琥珀「いや、あの……」
    ×     ×     ×
   食卓の上には空になった皿。
   向かい合って座る琥珀と薫。食後のコーヒーを飲んでいる。
薫「あら、じゃあ琥珀ちゃんはエアコン屋さんじゃないの?」
琥珀「一応、SEの卵というか」
薫「そんな子が、何でエアコン売ってるの?」
琥珀「研修、みたいなもんなんですかね? 商品自体は、社長の知り合いの会社のものらしいんですけど」
薫「あらあら、大変ね」
琥珀「大変です。同期もどんどん辞めていってますし、部長にもグチグチと……」
   何かに気付き、壁時計を見る琥珀。時刻は三時を過ぎている。
琥珀「え!? もう、こんな時間!?」
薫「(壁時計を見て)あら、ヤダ」
   鞄の中からスマホを取り出す琥珀。着信履歴に会社からのものがズラリと並ぶ。
琥珀「うわ……(薫に)すみません、私帰りますね。あ、ごちそうさまでした!」
   風のように立ち去る琥珀。
薫「あら……。(琥珀の背中に向け)またいつでもいらっしゃいね~」

○オフィスビル・会社(夜)
   営業部長に怒られる琥珀。

○電車・中(朝)
   満員電車に揺られる琥珀。

○民家・前
   住民から門前払いされる琥珀。

○オフィスビル・会社(夜)
   デスクワークをする琥珀。周囲を見回すとさらに空席が増えている。

○電車(夜)
   座席で寝ている琥珀。駅員に起こされる。

○道(夜)
   スマホを手に歩く琥珀。画面には「実家」の文字と電話番号。「発信」を押そうと指を伸ばすも、止める琥珀。

○公園
   ベンチに座りコーヒーを飲む琥珀。自分でも気づかぬうちに涙がこぼれる。
琥珀「(涙に気付いて)え?」
   拭っても拭っても止まらない涙。
琥珀「何で……何で……?」

○白石家・前
   心ここにあらず、という様子で歩く琥珀。
琥珀「(『白石』の表札に気付き)あっ……」
琥珀の声「すみません」

○同・庭
   縁側に座る琥珀と薫。庭には一本の木。
琥珀「また来てしまって……」
薫「いいのよ。私みたいな独居老人は、若い子と喋れるだけで楽しいんだから」
琥珀「……」
薫「琥珀ちゃんは彼氏いるの?」
琥珀「え? いや、いないです」
薫「趣味は?」
琥珀「特には……」
薫「じゃあ、今は仕事一筋?」
琥珀「……でもそれも、限界かもしれなくて」

○(フラッシュ)公園
   ベンチで涙を拭う琥珀。
琥珀の声「『私、何でこんな事してるんだろう』って考えちゃうと、もうダメで」

○白石家・庭
   縁側に座る琥珀と薫。泣いている琥珀。
琥珀の声「そもそも、この会社にしか受からなかっただけで、SEになりたい訳でもなくて」
   琥珀を抱き寄せる薫。
琥珀の声「でも、他にやりたい事がある訳でもなくて。辞めた所で私には何もなくて……」
薫の声「辞めるのも続けるのも辛いなら、こうしたらどう?」
    ×     ×     ×
   縁側に座る琥珀と、庭に降りて庭木の前に立つ薫。琥珀の涙は止まっている。
薫「(木全体を指し)コレが琥珀ちゃんの人生だとして、(枝を指し)仕事を、こうするの」
琥珀「仕事が、枝?」
薫「そう。で、(幹を指し)コッチは何か別の事を探すの。例えば趣味とか」
琥珀「趣味……?」
薫「『休日に趣味を満喫するために、平日の仕事を頑張ってます』って。あとは、恋愛とか」
琥珀「恋愛……?」
薫「男も女も『結婚すると強くなる』『子供が出来ると強くなる』って言うでしょ? それは人生の幹の部分が『家族』とか『子供』になるから、仕事で折れても平気になるのよ」
   小さい枝を一本折る薫。
薫「だって枝なら、折れてもすぐに生えるでしょ? でもね……」
   琥珀の隣に座る薫。
薫「仕事が幹の時に仕事で折れちゃうと、取り返しがつかなくなっちゃうから」
琥珀「それって……」
   振り返る琥珀。縁側は仏間に続いており、そこにある仏壇には薫の夫と、薫の息子の遺影。息子の年齢は琥珀と同じくらい。
琥珀の声「色々とありがとうございました」

○同・仏間
   仏壇の前に立つ琥珀と薫。
琥珀「今の仕事ももう少し頑張ってみます」
薫「そう。じゃあ、ちょうど良かった」
琥珀「?」
薫「この部屋、別に長時間居るような部屋じゃないから放っておいたんだけど、そろそろエアコンつけようかな、と思っててね」
琥珀「え?」
薫「いいエアコン、ないかしら?」
琥珀「白石さん……もちろん、ございます」
                  (完)

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