九泉美容室 ファンタジー

九泉美容室に訪れた、大塚充。大塚は店主の浄土寺に「きれいにして下さい」とだけ告げ、黙ったまま。だが、その沈黙もすぐに破れ、大塚は、娘が産まれたときの話から娘の成長を語り始める。そして、自分が事故で死んだと言うことも。
あさこ 10 0 0 01/11
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第一稿

【人物一覧表】

浄土寺冥(じょうどじめいや)……九泉美容室店主
大塚充(45)(40)(41)(43)……客
大塚陽色(5)(0)(1)(3)(5)……大塚の娘
大塚杏 ...続きを読む
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【人物一覧表】

浄土寺冥(じょうどじめいや)……九泉美容室店主
大塚充(45)(40)(41)(43)……客
大塚陽色(5)(0)(1)(3)(5)……大塚の娘
大塚杏子(37)(32)(33)(35)……大塚の嫁



◯九泉美容室・外観(夕)

◯同・中(夕)
 カットチェアが一つだけのこじんまりした店内。
 ほうきを手に、床掃除をしている浄土寺冥。
 カランカラン、とドアベルが鳴りドアが開く。
 肩をすくめ、俯きながら入ってくる大塚充(45)。
 浄土寺、手を止めて。
浄土寺「いらっしゃいませ」
大塚「ああ」
浄土寺「どうぞ、こちらへ」
 浄土寺、カットチェアをくるりと回し、手で、座るよう示す。
大塚「(座りながら)ありがとうございます」
 浄土寺、鏡に写る大塚と視線を合わせて。
浄土寺「今日はどうなさいますか?」
大塚「きれいにして下さい。とにかく、きれいに」
浄土寺「かしこまりました」
 ×  ×  ×
 黙ったまま、毛先を整える浄土寺。
 大塚、しばらく黙っているが、おもむろに口を開いて。
大塚「娘が、5歳になったんです」
 浄土寺、哀愁のある顔で。
浄土寺「そうですか」
大塚「5歳の娘がいるにしては、少し老けてますよね」
浄土寺「……」
大塚「結婚して、10年かかって、やっと出来た子で……」
大塚「そりゃ、可愛いのなんのって」

◯産婦人科・外観(早朝)
 T『5年前 2015年』
 赤ちゃんの泣き声。

◯同・廊下(早朝)
 廊下を走る大塚(40)

◯同・病室(早朝)
 病室のドアが勢いよく開く。
大塚「杏子!」
 大塚杏子(32)、ベッドの上で小さな赤ん坊(陽色)を抱いて微笑んでいる。
 大塚に気付き、にっこり笑う杏子。
杏子「あらあら。慌てん坊のお父さんが来たわよ」
 陽色に優しく微笑む杏子。
 大塚、ふらつきながら杏子に歩み寄る。
大塚「この子が、俺の……俺たちの娘……」
 大塚、涙が一筋、頬を伝う。
 大塚、杏子を見て。
大塚「ありがとう。お疲れ様」
杏子「やだ。お父さんったら、泣き虫何だから。(陽色に)ねぇー」
 涙を拭う大塚。
杏子「それより、早く教えて。考えてくれてたんでしょ?」
大塚「ああ」
 大塚、ズボンのポケットから、クシャクシャの紙を取り出す。
大塚「太陽のように、輝いた人生であるように……。陽だまりのように、暖かい人に育つように……。」
 紙『陽色』
杏子「良い名前ね」
杏子「ところで、どうしてこんなに紙がクシャクシャなの?」
大塚「ああ、それは……。この子が、いろんな困難を乗り越えて、成長して、結婚して、家族ができてって考えると、何だか泣けてきて」
 両面に涙が溢れる大塚。
大塚「俺、もうこんな歳だから、いつまでこの子の成長を見られるのかなって」
杏子「何弱気なこと言ってるのよ。あなたには、この子が成人して、結婚して家族を持って、いっぱいいっぱい幸せになるまで、生きててもらわなきゃ。ちゃんと孫の顔を見てから死ぬのよ」
 大塚、小さく笑って。
大塚「そうだな。陽色の幸せをしっかり見ないと。死んでも死にきれないな」
 大塚、陽色の手に指を入れる。
 ぎゅっと握り返す陽色。

◯大塚宅・外観(夜)
 T『2016年』
大塚・杏子(声)「ハッピーバースデートゥーユー♪」

◯同・リビング
大塚・杏子「ハッピーバースデートゥーユー♪♪」
 食卓に置かれた誕生日ケーキ。真ん中のチョコレートプレートには『おたんじょうびおめでと
 う 陽色ちゃん1才』の文字。
 大塚、杏子、陽色(1)が座っている。
 歌に合わせ、手を叩く大塚と杏子。
大塚・杏子「ハッピーバースデー、ディア陽色ちゃーん♪」
 大塚と杏子、息を合わせて。
大塚・杏子「ハッピーバースデートゥーユー♪」
大塚・杏子「(拍手しながら)おめでとう!!」
大塚「さ、写真撮ろう写真」
 大塚、陽色の隣に行き、スマホを構える。
大塚「ほら、陽色。こっち見て。お父さんと写真撮るぞ」
 陽色がカメラを見た瞬間を狙い、シャッターを押す大塚。
 カメラの連写音。
 陽色、驚いて泣き出す。
大塚「ああ、よしよし。ビックリしたのかなぁ~?」
 大塚、陽色を抱き上げるが、さらに激しく泣く陽色。
杏子「今日はお父さんは嫌みたいね。どれ?」
 大塚に手を差し出す杏子。
 大塚、陽色を杏子に渡す。
杏子「よ~しよし。お母さんだよ。ちょっとビックリしちゃったねぇ」
 杏子があやすと、すぐに泣き止む陽色。
大塚「やっぱり、お母さんはすごいなぁ」
杏子「まあ、一緒にいる時間が、私の方が少し長いからね。その分」
 あやされながら、うとうとする陽色。
 二人を幸せそうに見つめる大塚。

◯同・寝室(夜)
 T『2018年』
 ベッドに寝ている陽色(3)。
 杏子、その横に座り、陽色の額を触る。
大塚(声)「陽色は?!」
 息を切らせ、スーツ姿で寝室の入り口に立っている大塚。
杏子「全然下がらなくて」
大塚「すぐ病院に行こう」

◯病院・救急外来室(夜)
 ベッドに寝ている陽色。
 その横に、大塚、杏子、医者が立っている。
医者「(カルテを見ながら)ただの風邪ですね」
大塚「でも、先生。40度近く熱があるんですよ?」
医者「子どもの場合、いわゆる風邪でも40度前後の熱が続くことがあります。水分も摂れているようですし、今日はこのまま帰っていただいて、明日もしまた、40度近い熱が出たら、もう一度受診して下さい」
 医者、軽く頭を下げ、去っていく。
大塚「あ、ありがとうございました」
 陽色の寝顔を見つめる大塚と杏子。
杏子「ごめんなさい。急いで帰って来てもらって」
大塚「何言ってんだ。お前こそ、一人で不安だったろ?」
大塚、杏子の肩を抱き寄せる。

◯大塚宅・外観(朝)
 T『2020年』
陽色「おとーさーん」

◯同・玄関(朝)
 大塚、靴を履いている。
 駆け寄る陽色(5)。頭には、画用紙で作られた星に『陽色ちゃん 5さい』と書かれた被り物
 をしている。
陽色「おとーさん、見て! 幼稚園でもらったの。陽色、5才だよ」
大塚「うん、そうだな。お父さんが帰ったら、いっぱいお祝いしような」
陽色「うん!」
大塚「いってきます」
陽色「あ、おとーさん。いつもの」
 陽色、大塚に手を伸ばす。
大塚「ああ、ごめんごめん」
 しゃがんで、陽色をぎゅっと抱き締める大塚。
大塚「大好きだよ」
陽色「陽色も大好きだよ」
陽色「いってらっしゃい。早く帰って来てね」
 手を振る陽色。
大塚「いってきます」

◯道路(夕)
 大塚、車を運転している。
 助手席には、可愛く包装された箱が置いてある。
 ×   ×   ×
 信号待ちをしている大塚。
 信号が青になり、ゆっくり発進する。
大塚「!!」
 横からトラックが突っ込み、大塚の乗った車に衝突する。

◯九泉美容室(夕)
 俯きながら、髪を整えられている大塚。
 浄土寺、クロスを外す。
浄土寺「できました」
 大塚の首元の毛を、タオルで払う浄土寺。
 大塚、顔を上げて。
大塚「ありがとうございます」
浄土寺「いえ。さ、どうぞ、あちらへ」
 浄土寺、入口とは反対にある店の奥のドアへ手を向ける。
 立ち上がる大塚。
 窓から夕日が差し込み、床に椅子の影ができている。大塚と浄土寺の足元には、影がない。
大塚「本当にありがとうございました」
 大塚、深く頭を下げる。
浄土寺「お二人がお待ちですよ。さぁ」
 大塚、もう一度軽く頭を下げて、奥のドアへ向かう。

◯同・ドア前(夕)
 ドアノブに手をかけ、目を瞑っている大塚。
 大塚、深く深呼吸して、ドアノブを回す。
 ドアの隙間から光が差し込む。

◯ドアの向こう
 靄がかかったように真っ白な世界。
 大塚、ぐるりと回りを見回す。
 遠くの方に、黒い影が2つ。
 大塚、ゆっくりと歩を進める。
 ×   ×   ×
 2つの影の形が、徐々にはっきりしてくる。
大塚「!」
 大塚の視線の先に、陽色と杏子が立っている。
杏子「あなた……」
大塚「……」
 大塚、ゆっくりゆっくり、杏子に歩み寄る。
杏子・陽色「……」
 杏子を強く抱き締める大塚。
大塚「すまない……」
杏子「……」
大塚「お前たちを……残して……」
杏子「この子、まだ分かってなくて。『お父さんは帰ってこないのか』って」
大塚「……ああ」
 大塚、陽色に向き直り、しゃがみ込む。
 陽色に視線を合わせる大塚。
陽色「? おとーさん、泣いてるの?」
大塚「ああ」
陽色「誰かに意地悪された?」
大塚「違うよ。悲しいから。悲しいから、泣いてるんだ」
陽色「?」
大塚「陽色と、お母さんと、お別れしなくちゃいけないから、泣いてるんだ」
陽色「おとーさん、どっか行っちゃうの?」
 大塚、小刻みに顔を縦に振って。
大塚「遠ぉーい所へ行くんだ。陽色やお母さんは来れない」
陽色「もう、会えないの?」
大塚「……ああ」
陽色「……」
大塚「だから」
 大塚、そっと陽色の頭を撫でながら。
大塚「これからは、今までよりももっと、お母さんの言うことを聞いて、お母さんを助けてあげるんだ」
 黙って頷く陽色。
大塚「それから、お父さんがいなくても、しっかり遊んで、しっかり食べて、嬉しいときは笑って、悲しいときは泣いて、いつも素直でいなさい。そうすれば、きっと良いことがあるから」
 黙って頷く陽色。
大塚「じゃあ」
大塚、ゆっくり立ち上がる。
大塚「そろそろいかないと」
陽色「待って」
大塚「?」
陽色「いつもの」
 陽色、大塚に手を伸ばす
大塚「……ああ」
 大塚、しゃがんで、陽色をぎゅっと強く抱き締める。
陽色「いってらっしゃい」
大塚「……いってきます」
 大塚、しばらく抱擁した後、ゆっくり立ち上がる。陽色と手は握ったまま。
 陽色を見つめたまま、後ろに下がる大塚。それに合わせ、繋いだ手がゆっくりほどけていく。

◯大塚宅・寝室(朝)
 目を覚ます、陽色。

◯同・キッチン(朝)
 料理をしている杏子。
 その横を、スタスタと寝間着姿の陽色が通る。

◯同・リビング(朝)
 目を擦りながら、小さな仏壇の前に正座する陽色。
 仏壇の遺影には笑顔の大塚が写っている。
杏子「陽色、どうしたの?」
陽色「おとーさんに会ったの」
杏子「……」
陽色「おとーさんが、おかーさんの言うことちゃんと聞けって。おかーさんのお手伝いしなさいって言うから、『わかってるよー』って言おうと思って」
杏子「(陽色の頭を撫でながら)そっか。じゃあ、お父さんにそう言おう」
 ×   ×   ×
 蝋燭の火に線香をあてる杏子。
 煙が立ち上る線香が、線香立てに立てられる。
 陽色、それを見届けて、おりんを鳴らす。
 部屋中に、高く清んだ音が響き渡る。
 目を瞑り、手を合わせる陽色と杏子。

◯九泉美容室・外観(夕)
 カットチェアが一つだけのこじんまりした店内。
 浄土寺、ほうきを手に、床掃除をしている。
 カランカラン、とドアベルが鳴りドアが開く。
浄土寺「いらっしゃいませ」



(終)

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