<登場人物>
阿部 紗香(17)愛丘学園高校2年
大森 宗政(18)同3年、探偵部部長
沢村 諭吉(16)同1年、探偵部員
須賀 豊(18)同3年、パソコン部部長
鈴木 友美(17)同2年、紗香の友人
佐野 詩織(17)同2年、風紀委員
阿部 静香(42)紗香の母
阿部 公太(9)紗香の弟
保科 亜紀(30)養護教諭
岡本 久典(51)紗香の担任、探偵部顧問
松永 文也(17)紗香の恋人
福井 あかり(17)松永の浮気相手
大石 恵美(16)同
斎藤 蘭(18)同
馬場 由衣(17)松永の恋人
<本編>
○愛丘学園・外観
T「月曜日」
○同・校門
「愛丘学園高等学校」と書かれた看板。
鈴木友美(17)ら多くの生徒が登校している。
後ろから走ってくる阿部紗香(17)。
紗香「友美~、おはよう」
友美「あ、紗香。おはよう。どうだった? 昨日の初デート」
紗香「もう、超楽しかった。やっぱり、私と松永君って運命の出会いだったんだ、って確信したね。その記念に、じゃーん」
と言ってペンダントの表と裏を友美に見せる紗香。裏面に「S・A」と書かれたペンダント。
友美「(驚いて)どうしたの、それ?」
紗香「昨日買っちゃった。松永君が持ってるのと同じ奴。いいでしょ? しかも店員さんが『かわいいからサービス』って、安くしてもらっちゃって」
友美「そう……良かったね……」
紗香「どうしたの、友美? そのリアクション。あ、まさか引いてる?」
友美「ううん。そんな事ないけど」
紗香「ならいいけどさ。(前方に何かを発見して)あ、噂をすれば」
前を歩く松永文也(17)ら数名の男子生徒。
松永の元に駆け寄る紗香。
紗香「おはよう、松永君」
松永「あぁ、おはよう……(紗香のペンダントに気付いて)あ、それ」
紗香「気付いた? 付けてきちゃった」
松永「学校にはしてくんなって言っただろ」
紗香「大丈夫だって、バレないようにするから。ほら、照れない照れない」
松永「(キレ気味に)別に照れてる訳じゃねぇっての」
紗香「(棒読みで)キャー、松永君が怒った~。逃げろ~」
友美の手を取って走る紗香。
友美「ちょ、ちょっと~」
紗香「(松永に)じゃ、また後でね」
走っていく紗香と友美。
二人の後ろ姿を見ている松永。
松永「ったく……」
笑顔で走っている紗香。
紗香M「一七歳。高校生。青春」
○同・廊下
談笑しながら歩く女子生徒達。
女子生徒達とすれ違うように歩く大森宗政(18)と沢村諭吉(16)。顔はまだ見えない。尚、沢村は坊主頭。
紗香M「人生の中で、きっと一番楽しい時」
○同・教室
周囲で複数の生徒が見ている中、腕相撲をする須賀豊(18)と男子生徒。
紗香M「毎日がとにかく楽しくて」
○同・校庭
練習するサッカー部員達。
校庭の脇を歩く大森と沢村。顔はまだ見えない。
紗香M「ただただ楽しくて」
○同・教室
頭を掻きつつノートをとる女子生徒。
授業をしている岡本久典(51)。
紗香M「もちろん、楽しくない事もあるけど」
○同・音楽室
練習をする男女混合のバンド。
ドアの前を横切る大森と沢村。顔はまだ見えない。
紗香M「トータルで言えば全然楽しくて」
○同・階段
階段を上る保科亜紀(30)。ミニスカート姿。
階段の下から亜紀のスカートの中を覗こうとする男子生徒達。
振り返り、男子生徒達に妖艶な笑みを見せる亜紀。
紗香M「このまま時間が止まってくれればいいのにと」
○同・中庭
弁当を食べる一組のカップル。
その近くを歩く大森と沢村。顔はまだ見えない。
紗香M「ありもしない事を半分本気で願うくらい」
○同・女子トイレ・中
談笑している紗香と女子生徒二人。ペンダントをしていない紗香。
紗香M「その楽しさは、本物だった」
出て行く女子生徒達。それを追いかけて出て行く紗香。
○同・同・前
出てくる紗香。紗香の制服のポケットから落ちるペンダント。
それを拾う何者かの後ろ姿。
紗香M「でも、それはきっと」
○同・探偵部部室・前
多くの生徒が行き交っている。
紗香M「私たちが何も知らないから、楽しめていたんだと思う」
人通りがなくなり、ドアの前の「探偵部」という看板が見えるようになる。
紗香M「知らなくてもいい事を」
○メインタイトル『どうも、探偵部部長の大森です。』
T「第1話 世の中には、知らない方がいい事もある」
○愛丘学園・校門
下校する生徒達。
○同・二年五組・前
「2―5」と書かれた表札。
紗香の声「ない、ない……」
○同・同・中
紗香以外に誰もいない室内。
自分の席で探し物をしている紗香。
紗香「ない、ない……どこにもない!?」
教室にやってくる松永。練習着姿。
松永「おい、何してんだ?」
紗香「あ、松永君。実は……ペンダントがどっか行っちゃって……」
松永「は?」
紗香「いや、確かにポケットの中に入れといたハズなんだけど、なくなってて……」
松永「ったく、だから学校に持ってくんなって言ったじゃねぇかよ」
紗香「ごめん……」
松永「ったく、マジどうすんだよ」
紗香「どうしよう?」
教室にやってくる岡本
岡本「おう、阿部に松永。どうした、何か探し物か?」
紗香「あ、岡本先生」
松永「いや何か、阿部がペンダ……」
紗香「ちょ、ちょっと、松永君」
松永「え? あ……」
岡本「何だ、阿部。ペン失くしたのか?」
紗香「え? あ、あ~、そうなんですよ~」
岡本「そうか。探し物だったら、探偵部に頼んでみたらどうだ?」
紗香「探偵部?」
○同・探偵部部室・前
ドアの前に立つ紗香。不安げな表情。
スマホを手に持つ紗香。「ごめん。体調悪いから先に帰るね」と書かれた友美からのメッセージが表示されている。
紗香「友美は帰っちゃったし、松永君も部活行っちゃったし……」
スマホをしまう紗香。
紗香「一人で行くしかないか……。よし」
意を決し、ドアをノックしようと手を上げる紗香。
沢村「何かご用ですか?」
驚いて振り返る紗香。
紗香の後ろに立つ沢村。
○同・同・中
応接室のような向かい合う席と、その奥に机(=部長席)、脇には多くの資料棚がある部屋。
ドアが開き、入ってくる沢村と紗香。
沢村「先輩、お客さんです」
恐る恐る中に入る紗香。
紗香「お邪魔します……」
奥の席の回転椅子に座る大森。背を向けている。立ち上がり、振り返る。
大森「どうも、探偵部部長の大森です」
紗香「あ、こんにちは……」
大森「(席を指して)どうぞ」
紗香「失礼します……」
椅子に座る紗香。
お茶を運んでくる沢村。
沢村「どうぞ」
紗香「あ、どうも」
大森「あぁ、彼は助手の……」
沢村「助手の沢村です」
紗香「よろしくお願いします……」
沢村「(紙を差し出して)ではまず、こちらにご記入をお願いします」
紗香「(紙を受け取って)はぁ」
× × ×
奥の席で資料を読んでいる大森。
その手前の席で向かい合って座る紗香と沢村。沢村の手には記入済みの依頼書。
沢村「阿部紗香さん、二年五組。部活動等には未加入。ご依頼の内容は『ペンダントの捜索』ですか」
紗香「はい」
沢村「そのペンダントの特徴って、何かありますか?」
紗香「裏にイニシャルが入ってます。『S・A』って」
沢村「そうではなくて、形とか……」
紗香「ソッチか……。あ、写メありますよ」
スマホを取り出し、沢村に見せる紗香。ペンダントをつけた私服姿の紗香と松永のツーショット写真。
沢村「(何かに気付いて)あっ……」
紗香「何か知ってるんですか?」
沢村「え、いや、別に……。あの、この隣の男性はどなたですか?」
紗香「同じクラスの松永君です」
沢村「彼氏、ですか?」
紗香「(恥ずかしそうに)えぇ、まぁ」
やってくる大森。
大森「どれどれ」
沢村「お願いします」
立ち上がり、大森に依頼書を渡す沢村。沢村の座っていた席に座る大森。
大森「(紙を見て)ほう、阿部ちゃんか」
紗香「あ、阿部ちゃん?」
大森「(紙を見て)二年五組という事は、岡ちゃんのクラスか」
紗香「岡ちゃん?」
大森「で、探すのはこの松ちゃんとお揃いのペンダントという訳か」
紗香「松ちゃん?」
大森「わかった。その依頼、承ろう。では一週間後、来週の月曜日までには見つけて阿部ちゃんに渡すという事で、いいかい?」
無言で大森をじっと見つめる紗香。
大森「どうしたんだい? 僕の顔に何か付いているのかな?」
紗香「あ、いえ、そういう訳じゃないんですけど、あの……」
大森「何だい? 言いたい事があるなら、遠慮なく言ってくれたまえ」
紗香「はい。じゃあ、あの……これ、私の勝手な想像なんですけど」
大森「何だい?」
紗香「探す気、ないですよね?」
大森「ほう。何故そう思うんだい?」
紗香「だって『いつ落とした』とか『どこで落とした』とか、そういうの何も聞いてこないじゃないですか」
大森「なるほど。それじゃあ聞くが、どこで落としたのか、覚えているのかい?」
紗香「それは……」
大森「覚えていたら、こんな所に依頼に来ないんじゃないかい?」
紗香「それはまぁ、そうですけど……。それなら、一体どうやって探すんですか?」
大森「それは企業秘密だ。世の中には、知らない方がいい事もある」
紗香「知らない方がいい事……?」
大森「そう。全てを知るという事が、必ずしも幸せには繋がらない、という訳だ」
紗香「でも、人には知る権利があります」
無言で大森をじっと見つめる紗香。
大森「なるほど……。そこまで言うなら、知ってみるかい? 僕たちの仕事」
紗香「え?」
○同・パソコン室・前
廊下を歩く大森、紗香、沢村。
紗香「(大森に向かって)あの、今は一体どこに向かってるんですか?」
沢村「パソコン室です」
紗香「ちょっと、ペンダントを探しに行くんじゃないの?」
沢村「まずは情報収集です。そうですよね、大森先輩」
大森「沢村ちゃんの言う通りだね」
○同・同・中
パソコンに向かうパソコン部員達。奥の席に座る須賀。
須賀の元に来る大森、紗香、沢村。
須賀「お、来たか。大森」
大森「いつもすまないな」
須賀「(阿部を見て)あれ、どちらさん?」
大森「阿部ちゃんだ」
紗香「阿部ちゃんって……」
大森「(須賀を指して)須賀ちゃんだ」
紗香「須賀ちゃん?」
須賀「紹介するならちゃんとしてくれよ。パソコン部部長の須賀豊です。よろしく」
紗香「あ、阿部紗香です。よろしくお願いします」
大森「頼んでおいたものは?」
須賀「ほらよ、第一弾(と言って大森に資料を二部渡す)」
大森「助かる」
大森の手に持った資料を横から覗き見る紗香。ペンダントの画像と店の写真が載った資料。
須賀「そのペンダントは、その『TAKAYA』って店のオリジナルで、そこでしか買えないみたいだな」
大森「(資料を見ながら)しかも、主な客層は男。女子でこのペンダントを付けるような人間は珍しい、という訳か」
須賀「そういう事」
二部目の資料を見る大森。松永の写真とプロフィールが載っている資料。
紗香「え……?」
○同・保健室・前
廊下を歩く大森、紗香、沢村。
紗香「(大森に向かって)あの、ペンダントを探すのに、お店の情報とか、松永君のデータとかって、必要なんですか?」
沢村「必要かもしれませんし、必要じゃないかもしれません」
紗香「何それ」
沢村「今判断する事じゃない、って事です。そうですよね、大森先輩」
大森「沢村ちゃんの言う通りだね。さて、次はここだ」
保健室の表札を指差す大森。
○同・同・中
妖艶な雰囲気の室内。
中に入ってくる大森、紗香、沢村。
回転椅子に座る亜紀。妖艶な雰囲気。
亜紀「あら、大森君。いらっしゃい」
大森「お邪魔するよ、亜紀ちゃん」
紗香「あの、何で保健室に?」
大森「ここは学年、男女問わず様々な生徒が来る。生の情報を手に入れるにはもってこいという訳だ」
亜紀「まぁ、ちょっとした情報屋、みたいな所かしら」
紗香「情報屋……」
亜紀「で、今日はどんな話が聞きたいのかしら?」
大森「(松永の資料を見せながら)松ちゃんについて、教えて欲しい」
亜紀「サッカー部の松永君ね。確かに、いい噂も悪い噂も聞くわね」
大森「例えば、いい噂は?」
亜紀「女の子から人気あるわよね。まぁ、かわいい顔してるし」
紗香「かわいい顔って」
亜紀「じゃあ、阿部さんから見て、松永君のいい所って、どういう所?」
紗香「それは……普段は悪ぶってるけど、何か頼まれたら断れない優しい性格、っていうギャップですかね?」
大森「そんな話はまた後にするとして、悪い噂は?」
紗香「そんな話って」
亜紀「そうねぇ……」
紗香をチラッと見る亜紀。
亜紀「(大森に視線を戻して)ここから先が聞きたかったら、今度二人っきりで会った時にしてちょうだい」
大森「なるほど。では、日を改めよう」
紗香「……え?」
○同・廊下
並んで歩く大森、紗香、沢村。
紗香「(大森に向かって)あの、先輩と保科先生は、どういう関係なんですか?」
沢村「そんな変な関係ではありませんよ。持ちつ持たれつといった所です」
紗香「(疑うように)ふ~ん……。(沢村に向かって)で、次はどこに行くの?」
大森「帰るよ」
紗香「そうですか、帰るんですか。……って、え、帰るんですか!?」
大森「今日手に入れられる情報は全て集め終わった。だから、帰る。何か問題でもあるのかい?」
紗香「大ありですよ。だって結局、ペンダント全然探してないじゃないですか」
大森「これが探偵部のやり方、という訳だ。それじゃあ」
その場を去って行く大森。残される紗香と沢村。
沢村「それでは、僕も失礼します」
その場を去ろうとする沢村の腕を掴む紗香。
紗香「ちょっと待った」
沢村「え?」
○同・トイレ・前
女子トイレから出てくる紗香。
紗香「無いな~。(男子トイレに向かって)ねぇ、そっちはどう?」
男子トイレから出てくる沢村。うんざりした表情。
沢村「ありませんでした」
紗香「そっか。この辺が一番怪しいと思ったんだけどな……」
沢村「何で僕まで……」
紗香「何でって、探偵部でしょ?」
沢村「そうですけど、僕だって色々と忙しいんですよ」
紗香「そんな事言って、やっぱり探す気がないだけなんじゃないの?」
沢村「そんな事ありません。確かに、大森先輩には少し変な所もあると思いますけど、探偵としての腕は本物です」
紗香「本物、ねぇ」
沢村「どうか、大森先輩を信じて、任せてもらえませんか?」
紗香「そっか……。よし」
沢村「わかっていただけましたか?」
紗香「次は教室を探そうか」
沢村「え~」
○同・二年五組・中
探し物をする紗香と沢村。
紗香「そんなに簡単に信じられる訳ないじゃん。あの人、今日やった事って、松永君の事調べてただけだよ? そんなのペンダント失くした事と全然関係ないじゃん。沢村君も、実はそう思ってるんじゃないの?」
沢村「いえ、僕は……(窓の向こうに何かを見つけて)あ、あれ……」
紗香「何、見つけた?」
沢村の視線の先を追う紗香。
校門に向かって並んで歩く松永と斎藤蘭(18)。
沢村「あれ、阿部先輩の……」
紗香「松永君と……誰……?」
○同・外観
T「火曜日」
○同・校門
並んで歩く紗香と友美。
友美「え、探偵部?」
紗香「そう、そんな部があったんだって。友美、知ってた?」
友美「いや……」
紗香「だよね。何か、岡本先生が顧問やってるらしいんだけど、頼りないっていうか何て言うか」
友美「で、ペンダントは見つかったの?」
紗香「全然。っていうか、探す気配すらないんだけど」
友美「そっか……」
紗香「(前方を見て)あれ、何だろう?」
門の所に生徒の行列。その先で手荷物検査が行われている。
「風紀委員」と書かれた腕章を付けている佐野詩織(17)。
詩織「(カバンの中身を確認して)はい、いいでしょう。次の方」
渋々列に並ぶ紗香と友美。
紗香「え~、手荷物検査なんて聞いてない」
友美「まぁまぁ、仕方ないよ」
福井あかり(17)のカバンを検査する詩織。紗香のものと同じペンダントが出てくる。
あかり「あっ」
詩織「何ですか、これは」
紗香「(ペンダントを見て)あ、あれ」
詩織「没収です」
ペンダントを箱に入れる詩織。
あかり「ちょっと、返せよ」
詩織「校則違反ですから」
あかり「マジふざけんなよ」
カバンを奪い取り校内に入るあかり。
紗香「ちょっと待って」
あかりを追いかけようとする紗香。
紗香を止める詩織。
詩織「まだ検査を受けていない方はお通しできません。列に並んでお待ち下さい」
紗香「そんな事言ったって……」
どんどん遠くへ行くあかり。
紗香「あ、今没収したペンダント見せてもらえませんか?」
詩織「それはできません。規則ですから」
紗香「あぁ、もう!」
あかりの姿が見えなくなる。
○同・校庭
校庭の脇を、周囲を見回しながらやってくる紗香。
練習着姿の松永がいる。
紗香「あ、松永君。こっちに誰か来なかった?」
松永「誰かって誰だよ」
紗香「あのペンダント、持ってた人見つけたの。その人がこっち来たと思うんだけど」
松永「……知らねぇよ」
紗香「どんな人だったかな……。あ~、顔見れば思い出せるんだけど」
松永「もういいか? 俺、部室で着替えたいんだけど」
紗香「だよね。……あ、松永君。もう一個だけ聞いてもいい?」
松永「何だよ」
紗香「昨日の部活、どうだった?」
松永「昨日? あぁ、だるくて途中で帰った」
紗香「そっか……一人で?」
松永「……いや、たまたま同中の先輩に会って、途中まで一緒だったな」
紗香「(ほっとして)何だ、そういう事か」
そこにやってくる大石恵美(16)。ジャージ姿。
恵美「松永先輩、部室の鍵持ってます?」
松永「あ、すぐ行く。(紗香に)悪い、後輩たち待たせてるから」
紗香「うん、ありがとう。ごめんね、変な事聞いちゃって」
松永「別に。じゃあな」
恵美と共に立ち去る松永。一度振り返り、紗香を一瞥する恵美。
恵美の後ろ姿を訝しげに見る紗香。
紗香「(思い出したかのように)おっと、こんな事してる場合じゃないって」
○同・探偵部部室・中
勢い良く入ってくる紗香。
紗香「お邪魔します」
奥の席で印鑑にインクを足している沢村。机の上にはたくさんの印鑑。
沢村「あ、阿部先輩。どうかしました?」
紗香「ペンダント、見つけたの。で、持ってた人の事調べて欲しいんだけど……大森先輩は?」
沢村「大森先輩はまだ来ていませんよ」
紗香「やっぱり探す気ないんじゃん。じゃあ沢村君、探すの手伝って」
沢村「無理ですよ。僕はここにある印鑑にインクを足す作業を大森先輩から任されているんですから」
紗香「こっちの方が大事じゃないの?」
沢村「これが僕の仕事ですから」
紗香「じゃあ、私も手伝うから。(印鑑を手に取って)どれ? この印鑑にインク足せばいいの?」
印鑑を取り合う紗香と沢村。
沢村「(印鑑を紗香から取り返して)大丈夫ですから、あんまり触らないで下さい」
紗香「二人でやった方が早いでしょ」
沢村「本当に、手伝いは結構ですから」
紗香「これくらい私にだって……」
紗香の肘がインクの瓶に当たる。こぼれる赤いインク。
沢村「あ~!」
紗香「あ、ごめん……」
沢村「(半開きだった机の引き出しを開けて)あ~、引き出しの中にまで」
紗香「あ、拭くもの拭くもの……」
沢村「もう結構ですから、帰って下さい!」
紗香「……ごめんなさい」
○同・同・前
出てくる紗香。数歩歩き立ち止まる。
紗香「もう!」
○同・職員室・中
席に座る岡本とその前に立つ紗香。
紗香「探偵部、全然アテにならないじゃないですか」
岡本「そうか? あれであいつら、結構凄いんだけどな」
紗香「全然、そうは思えませんけど」
岡本「そうか。……で、話って何だ?」
紗香「はい。あの、今日の手荷物検査でペンダントを持って来ていた人、誰だかわかりませんか?」
岡本「手荷物検査? 何だ、今日そんな事やってたのか」
紗香「……もういいです」
その場を立ち去る紗香。
岡本「おいおい、どこ行くんだ?」
紗香「一人で探します。探偵部にも先生にも頼りませんから」
○同・パソコン室・中
並んで座る紗香と須賀。
須賀「……で、一人でここまで来たと」
紗香「はい……。すみません、いきなり」
須賀「別にいいけどさ。阿部ちゃんも大変だね~」
紗香「あの、その呼び方は……」
須賀「ごめんごめん。いや~、阿部っていうのはさ、思わずちゃん付けしたくなる名字ランキング第二位なんだよね」
紗香「第二位って、どこ調べですか」
須賀「はい」
紗香にウェブサイトを印刷した紙を見せる須賀。
「第一位 馬場、第二位 阿部、第三位 八木」と書かれている。
紗香「……何これ?」
須賀「で、調べて欲しい事って何?」
紗香「あ、はい。あの、今日の手荷物検査でペンダントを没収された人が、どのクラスの誰かなのか、って調べられますか?」
須賀「できるよ?」
紗香「本当ですか? それなら、お願いしたいんですけど」
須賀「お断り」
紗香「そうですか、ありがとうございます……って、お断りですか!?」
須賀「そういう個人情報は、勝手に人に渡しちゃマズいからさ」
紗香「でも、探偵部には……」
須賀「探偵部は特別」
紗香「何でですか?」
須賀「まぁ、探偵部とパソコン部は代々付き合いがあるからさ」
紗香「だから、探偵部には教えられて、私には教えられない、って事ですか?」
須賀「まぁ、そういう事」
紗香「どうしても、駄目ですか?」
須賀「どうしても、駄目」
無言で須賀をじっと見つめる紗香。
須賀「(ため息をついて)……あ~、そうそう。阿部ちゃんさ、一つおつかい頼んでもいい?」
紗香「おつかい、ですか?」
脇に置いてある封筒を手に取り、紗香に差し出す須賀。
須賀「これ、大森に渡して欲しいんだ」
紗香「これは?」
須賀「昨日渡した資料の、第二弾」
紗香「第二弾……」
須賀「あ、そうそう。それ、封はしてないからさ、勝手に中を見ないようにね」
紗香「……(笑顔で)はい、ありがとうございます!」
封筒を持って部屋を出る紗香。
須賀「やれやれ、大森が気に入る訳だ」
○同・同・前
部屋から出てくる紗香。封筒の中に入っていた計四部の資料を取り出す。
紗香「何だろう、これ……?」
一部目は恵美の、二部目は蘭の、三部目は紗香の写真付きプロフィール。
紗香「え、私……?」
そして四部目はあかりの写真付きプロフィール。
紗香「あ、この人!」
○同・保健室・中
向かい合って座る紗香と亜紀。
あかりの資料を亜紀に見せる紗香。
亜紀「二年二組の福井あかりさん、ね。確かにいい噂も悪い噂も聞くわね」
紗香「何でもいいんで、教えてもらえませんか? この福井さんって人の事」
亜紀「それはできないわね。一応、プライバシーってものがあるから」
紗香「……それはやっぱり、私が探偵部じゃないから、ですか?」
亜紀「そうね。あの子達はちゃんと知っているのよ」
紗香「何をですか?」
亜紀「『知る』という事が、どういう事なのか。その恐さをね」
紗香「知る事の……恐さ?」
亜紀「(紗香を誘うように)新しい世界を知ってしまったら、もうそれ以前には戻れないって事」
紗香「(亜紀の誘いを振る払うように)私だって、それくらいわかってます。お願いします、教えて下さい」
無言で亜紀をじっと見つめる紗香。
亜紀「きれいな目ね」
紗香「え?」
亜紀「まさに純粋っていうのかしらね。羨ましいわ。……汚したくなっちゃう」
紗香「(引きつりながら)いや、あの……」
亜紀「冗談よ。その純粋さに免じて、一つだけ、教えてあげる」
紗香「何ですか?」
亜紀「(資料を指して)阿部さんを含めたこの四人、みんな思いは一緒。だけど、わかり合えるとは限らない」
紗香「……どういう意味ですか?」
亜紀「これ以上は、秘密」
妖艶な笑みを浮かべる亜紀。
○同・同・前
部屋から出てくる紗香。
そこに立っている大森。
大森「やぁ、阿部ちゃん」
紗香「あ……どうも……」
大森「須賀ちゃんから預かっているものがあるんじゃないのかい?」
紗香「え……? あぁ、どうぞ」
紗香から封筒を受け取る大森。
大森「どうも。(封筒の中を確認しながら)なるほど、めぐちゃんに蘭ちゃんに、福ちゃんか」
紗香「やっぱり、ちゃん付けなんだ……」
大森「ところで阿部ちゃん、一人で調べていたみたいだけど、何かわかったかい?」
紗香「いえ、全然です。むしろ、どんどんわからなくなっていく感じで……」
大森「そうか。じゃあ、僕からも一つだけ教えてあげよう」
紗香「何ですか?」
大森「今朝、阿部ちゃんが見つけたというペンダントの写真を撮ってきた」
紗香にスマホの画面を見せる大森。
スマホに表示された「A・F」と記されたペンダントの裏面の画像。
紗香「『A・F』……あかり・福井……」
大森「つまり、このペンダントは福ちゃんの私物、という訳だ」
紗香「そんな……。そんな偶然、あるんですか?」
大森「それが事実なんだから、仕方ないだろう? どうだい? これで一応、僕がちゃんと阿部ちゃんのペンダントについて調べている事の証明にはなったかい?」
紗香「……まぁ、そうですね」
大森「じゃあ後は任せて貰えるかい?」
紗香「本当に見つけてくれるんですよね?」
大森「約束しよう」
紗香「……わかりました」
○阿部家・外観(夜)
二階建ての一軒家。
「阿部」と書かれた表札。
○同・リビング(夜)
食事をしている紗香、阿部静香(42)、阿部公太(9)。
公太「そういえば姉ちゃん、ペンダントって見つかったの?」
紗香「全然。今日も一人で探してたけど、みんな訳わかんない事ばっかり言うから、どんどんわかんなくなってくるし」
公太「そりゃ、もう諦めた方がいいね。大体あんなの学校に付けてく姉ちゃんが悪いって。ねぇ、母ちゃん」
静香「(泣きながら)そうよね。そんな子に育てた私が悪かったのよね」
紗香「いや、誰もそんな事言ってないから」
静香「私は、母親失格よ」
泣きながら部屋を出る静香。
公太「あ~あ、また泣いちゃった」
紗香「公太のせいでしょうが」
公太「え~、俺?」
○愛丘学園・外観
T「翌 月曜日」
○同・探偵部部室・中
応接用の席に向かい合って座る紗香と、大森、沢村。机の上に置かれたペンダント。裏に「S・A」の文字。
紗香「……間違いありません、これです」
大森「それは良かった。その割には、あまり嬉しそうに見えないけど」
紗香「本当に見つかると思ってなかったのでちょっとビックリして……。あの、コレ、どこにあったんですか?」
大森「二階女子トイレの前の廊下に落ちていたらしい」
紗香「そこ、探してたはずなんだけど……。あ、誰が拾ってくれたんですか?」
大森「それは教えられない。こっちにも守秘義務があるんでね」
紗香「そうですか……」
沢村「では、この受け取りの書類にご記入をお願いします」
紗香「はい……」
○通学路
並んで歩く紗香と友美。ペンダントを付けている紗香。
友美「でも、見つかって良かったね」
紗香「そうなんだけどね……」
友美「何かあったの?」
紗香「別に。何か腑に落ちないんだよね。一週間前になくしたペンダントが、何で今更出てきたのか。探偵部の人に聞いても、全然教えてくれないし」
友美「……そっか」
○阿部家・外観(夕)
○同・リビング(夕)
入ってくる紗香。
紗香「ただいま」
ソファーに座りテレビを観る公太。
公太「(テレビを観ながら)おかえり」
紗香「あれ、お母さんは?」
公太「買い物。豆腐買い忘れたって、泣きながら出てった」
紗香「……目に浮かぶ」
公太の隣に座る紗香。
紗香のペンダントに気付く公太。
公太「あれ、ペンダント見つかったの?」
紗香「……うん」
公太「嘘っ、マジで? 凄ぇな。え、(ペンダントを凝視しながら)マジで本物?」
紗香「本物、間違いない」
公太「へぇ。あれ? 何か血付いてねぇ?」
紗香「……え?」
ペンダントを外す紗香。チェーンの所に赤いインクが付いている。
紗香「いや、血じゃないよ。これ……」
何かに気付く紗香。
○愛丘学園・探偵部部室・前
T「火曜日」
○同・同・中
部長席に座る大森と、その前に立つ紗香、沢村。
大森「で、話とは?」
紗香「これです」
机の上にペンダントを置く紗香。
大森「この件は、解決したはずじゃなかったかい?」
紗香「これ、私の勝手な想像なんですけど」
大森「何だい?」
紗香「このペンダント、もっと前からこの部屋にあったんじゃないですか?」
大森「ほう。何故そう思うんだい?」
紗香「(赤いインクの付いた箇所を指して)これです?」
沢村「あっ」
紗香「このインクは先週の火曜日、私がこの部屋でこぼしてしまったものです。つまり少なくともその時点では既にペンダントはこの部屋にあった、という事になりますよね?」
大森「なるほど。では聞くけど、仮に阿部ちゃんの言う通りだったとして、何か問題でもあるのかい?」
紗香「大ありです。見つかってたのに、何で返してくれなかったんですか?」
大森「僕は最初、一週間後の月曜日、つまり昨日までに阿部ちゃんの手元に戻るようにする、と約束したね? そして実際、昨日阿部ちゃんの手元に戻った。約束は守られている。もう一度聞くが、何か問題があるのかい?」
紗香「そんなの、納得できません。あるのに返さなかった理由を説明して下さい」
大森「知る権利、という訳かい?」
紗香「そうです」
無言で大森をじっと見つめる紗香。
立ち上がる大森。
大森「阿部ちゃん。世の中には、知らない方がいい事もある。それでも、知りたいかい?」
紗香「……はい」
大森「わかった。教えよう」
沢村「大森先輩!」
大森「阿部ちゃんはきっと、中途半端な答えでは納得してくれないよ」
× × ×
応接用の席に向かい合って座る大森と紗香。
大森「まず『いつからあったのか』という質問に答えればいいのかい?」
紗香「はい」
大森「先週の月曜日、阿部ちゃんがこの部屋に来る少し前、だ」
紗香「そんな前から……。じゃあ何で、すぐに返してくれなかったんですか?」
大森「とある調査に必要だったからだ」
紗香「……まさか、ペンダントを拾ってたのは探偵部だったんですか?」
大森「いや、そのペンダントは、その調査を依頼してきた依頼人が持ってきた」
紗香「それは誰なんですか?」
大森「昨日も話した通り、それは教えられない。僕らには守秘義務がある。そこは、わかってもらえるかい?」
紗香「……わかりました。じゃあ、その人はどんな事を依頼したんですか?」
大森「浮気調査だ」
紗香「浮気調査? 私の、ですか?」
大森「いや、松ちゃんだ」
紗香「松永君の、浮気調査?」
大森「そしてその依頼人はこう言った。『おそらく、その全員がこのペンダントと同じものを持っているはずだ』とね」
紗香「……まさか、その浮気相手っていうのが、福井あかり?」
大森「そう、彼女もね」
紗香「彼女『も』?」
大森「調査の結果、松ちゃんの浮気相手として、四人が浮上した」
須賀からの情報第二弾の資料を机の上に順番に並べる大森。
大森「それが福ちゃん、めぐちゃん、蘭ちゃん、そして、阿部ちゃんだ」
紗香「あの時の資料は、そういう事……」
大森「阿部ちゃんは、福ちゃんの事を気にしていたみたいだけど、他の二人も面識があるんじゃないかな?」
紗香「え? ……あっ」
机の上にある蘭の写真。
大森「松ちゃんの中学時代からの先輩」
○(フラッシュ)同・教室・中
窓から見える、並んで歩く松永と蘭。
大森の声「斎藤蘭、三年生」
○同・探偵部部室・中
机の上にある恵美の写真。
大森「サッカー部のマネージャー」
○(フラッシュ)同・校庭
松永と共に立ち去る恵美。
大森の声「大石恵美、一年生」
○同・探偵部部室・中
応接用の席に向かい合って座る大森と紗香。
大森「どうやら思い出したようだね。ちなみに、福ちゃんは昨年のクラスメイトだ」
紗香「でも、この人達は本当に松永君と付き合ってるんですか? ただの先輩後輩とか部員とマネージャーとか、そういう関係じゃないんですか?」
大森「松ちゃんとお揃いのペンダントを購入している事が、証明にならないかい?」
紗香「それは……。じゃあ、松永君は何でこのペンダントを?」
大森「これを見てごらん」
店の資料を机の上に置く大森。
「店長」と書かれた欄に「松永隆也」と書いてある。
紗香「松永……?」
大森「この店のオーナーは、松ちゃんのお兄さん、という訳だ」
紗香「そんな事、一言も……」
大森「『何かお揃いの物を買いたい』と頼まれ、松ちゃんは断れなかった。そして、この店なら安くしてくれると思い、お兄さんの店のペンダントを紹介した」
紗香「それで安く……」
大森「もしかしたら、お兄さんからも客を連れてくるように頼まれていたのかもしれない。ただ、恥ずかしくて兄だとは紹介できなかった」
紗香「それが、みんなが同じペンダントを持っていた理由、ですか?」
大森「いや、今のは証拠のない憶測にすぎない。ただ、なかなか的を射ているとは思わないかい?」
紗香「まぁ、そうですけど……」
大森「もう他に聞きたい事はないかい?」
紗香「あと一つ。(資料を指差して)他の三人は、この事を知ってるんですか?」
大森「もしかしたら、感づいている人間もいたかもしれない」
紗香「じゃあ、何で……?」
大森「仮に松ちゃんが浮気をしていたとしても、それでも一緒にいたかった。好きだから、側にいたかった。まぁ、そんな所だろう。この気持ちは、阿部ちゃんの方がわかるんじゃないかい?」
紗香「私が?」
大森「仮にも同じ人間を好きになったんだ。違うかい?」
紗香「だとしても、私にはわかりません。彼女達の気持ちも、松永君の気持ちも」
大森「そうか」
○同・二年五組・中(夕)
松永に何かを手渡す紗香。
紗香「じゃあ」
その場を立ち去る紗香。
松永「ったく、返されても困るっての」
松永の手に握られた紗香のペンダント。
○同・廊下
並んで歩く紗香と友美。
T「水曜日」。
友美「浮気相手が四人、か。それは別れて正解だと思うよ?」
紗香「うん。……でも今思うと、松永君は優しかっただけなのなって」
友美「どういう事?」
紗香「私が『付き合って』って言って、他の人からもそう言われて、断れなかっただけだったんじゃないかな、って」
友美「でも、だからって五股もかけていい訳ないじゃん」
紗香「え……?」
友美「彼女がいるなら『ごめん』って断るのが、本当の優しさじゃないの?」
紗香「ちょっと待って、友美。五股ってどういう事?」
友美「え? 紗香、探偵部からそう聞いたんじゃ……」
紗香「私が聞いたのは、四人だけ……」
友美「え……?」
紗香「どういう事? 何で友美がそんな事まで知ってるの? 最後の一人って誰なの? ……まさか、友美なの?」
友美「それは違うよ」
紗香「じゃあ、何で」
友美「……」
紗香「黙ってないで教えてよ。友美!」
友美「……探偵部に聞いたの」
紗香「そんなはずない。あの人達が、友美にそんな事まで話すはずない」
友美「(小声で)……依頼したの」
紗香「え?」
友美「私が探偵部に依頼したの。松永の浮気調査を」
紗香「友美が、依頼人……? 嘘でしょ?」
友美「……」
紗香「何で……? 何でそんな事したの?」
友美「……私、見たの」
○(回想)モール街
通行人も多く賑わっている。
一人で歩いている友美。
すれ違う松永と馬場由衣(17)。二人ともペンダントを付けている。
友美の声「松永が、他の女と一緒に、お揃いのペンダントを付けて歩いているのを」
○愛丘学園・廊下
向かい合って立つ紗香と友美。
友美「その時は一瞬だったし、見間違いかなって思ったの。でもその後で、紗香が同じペンダントを付けてきて……」
紗香「だからって、探偵部に? 何で私に教えてくれなかったの?」
友美「紗香のためだよ。紗香に傷ついて欲しくなかったの。だから、紗香には黙って、探偵部に行ったの。紗香が何も知らないうちに解決しようと思ったの」
紗香「知らない方がいいと思ったから?」
友美「そうだよ」
紗香「私が何も知らないまま、私と松永君を別れさせようとしたの?」
友美「そうだよ」
紗香「……(小声で)バカにしないでよ」
友美「え?」
紗香「バカにしないでよ。何も知らないまま付き合って、何も知らないまま別れたりしたら、私、ただのバカな女になっちゃうじゃん」
友美「紗香……」
紗香「私は友美を、親友だと思ってたのに」
友美「何言ってんの。親友だよ、私たち」
紗香「じゃあ、何で隠したの? 何で私に直接教えてくれなかったの?」
友美「だからそれは」
紗香「私のため? 何それ? 私、こんな事頼んでない!」
友美「紗香……」
紗香「楽しかった? 私が何も知らない間、私の事見てて面白かった?」
友美「そんな事ないよ」
紗香「まさか、今までもこんな事してたの? 私に内緒で、私の周りの事調べたりして、何も知らない私を見て楽しんでたの?」
友美「してないよ、そんな事。何で? 何で私の気持ち、わかってくれないの?」
紗香「わからないよ、そんな気持ち。わかりたくもない。もう、信じられない。友美も松永君も、誰も信じられない!」
走り出す紗香。
友美「紗香!」
○同・校庭
校庭の脇を歩いている紗香。雨が降ってくる。
雨の中、一人たたずむ紗香。涙をこらえている。
紗香の元にやってくる沢村。紗香に傘を差し出す。沢村に気付く紗香。
沢村「大森先輩がお呼びです」
○同・探偵部部室・中
応接用の席に向かい合って座る紗香と大森。
大森「これが、須賀ちゃんからの情報の、第三弾だ」
由衣の写真(他校の制服姿)付きプロフィールと、松永と由衣のデート現場の写真を机の上に置く大森。
大森「彼女が松ちゃんの本命の彼女、馬場ちゃんだ」
紗香「馬場ちゃん、ですか……」
大森「松ちゃんとは中学の同級生だ。他校の生徒だから、情報を入手するのには少し時間がかかってね」
紗香「何で、今更これを?」
大森「知りたかっただろう? あと一人が誰なのか」
紗香「……別に。もう、どうでもいいです」
大森「ついでに、弁解もしておこうか。僕達は嘘をついてはいない。ちゃんと『浮気相手が四人いる』と伝えたからね」
紗香「もういいですから」
大森「聞かれていない情報は開示しない、という鉄則がある事も付け足しておこう」
紗香「もういいですってば!」
しばしの沈黙。
紗香「……帰ります」
大森「まぁ、待ちたまえ。まだ聞きたい事がある」
紗香「何ですか?」
大森「知ってみた感想は、どうだい?」
紗香「……」
大森「結果的に『世の中には、知らない方がいい事もある』という事がわかってもらえたんじゃないかい?」
紗香「……でも、知らなきゃいけなかった事だと思います」
大森「じゃあ、知って良かったと、胸を張って言えるのかい?」
紗香「それは……」
大森「僕が言うのもなんだけど、松ちゃんはうまくやっていたと思う。今回僕らの調査が無ければ、バレる事も無かっただろう」
紗香「……」
大森「そうすれば、阿部ちゃんも何も気付かないまま、楽しい時間を過ごせていたかもしれない」
紗香「そんなの、バカみたいじゃないですか。私一人だけ、何も知らないなんて」
大森「じゃあ聞くが、何も知らなかった時の松ちゃんとのデートは、どうだった?」
紗香「……」
大森「楽しかったんじゃないのかい?」
紗香「……」
大森「その時の笑顔は本物だ。楽しい想い出も嘘じゃない。何も知らなかったからこそ輝かしい青春の一ページとなった訳だ」
紗香「でも、あの関係が続いたとしても、結局はこういう結末になった訳ですよね?」
大森「確かに、ハッピーエンドは難しかっただろう。それでも、もう少しマシな終わり方が出来たんじゃないかい?」
紗香「……」
大森「それでも、今回の事を『知って良かった』と、心の底から思えるかい?」
紗香「……そんな事、全然思える訳ないじゃないですか!」
泣き出す紗香。
紗香「じゃあ私はどうすれば良かったんですか? どうすればいいんですか? どうしろって言うんですか?」
大森「それは僕が答える事じゃない。僕は忠告し、阿部ちゃんはそれを突っぱねた。後は阿部ちゃんが自分で考えるべきだ」
紗香「そんな事言っても……」
大森「何も考えつかないかい?」
紗香「はい……」
大森「なら、探偵部に入ってみないかい?」
紗香「……え? 探偵部、ですか? 何でいきなりそんな話に……」
大森「恋人と別れ、親友も信じられなくなった。心機一転、何か新しい事を始めて見るのがいいんじゃないかと思ってね」
紗香「だからって、何で探偵部に?」
立ち上がり、奥の席に移動する大森。
大森「阿部ちゃん。君はペンダントに残ったわずかなインクから真実にたどり着いた。なかなかの推理力と観察眼だ。探偵部員としての資質は十分だと、僕は思う」
紗香「そんな事言われても……」
大森「そして何より、その目だ」
紗香「目?」
大森「阿部ちゃんのそのまっすぐな目で見られると、どうにも隠し事ができなくなる。結果、相手から話を聞き出す事ができる。これは希有な才能だと思っていい」
紗香「才能……。私に……?」
大森「どうだい? 探偵部、やってみない?」
紗香M「一七歳、高校生、青春」
無言で大森をじっと見つめる紗香。
紗香M「人生の中で、きっと一番楽しい時」
紗香を見つめる大森。
紗香M「そんな私の青春が、大きく変わり始めようとしていた」
大森を見つめる紗香。
紗香M「その決断が正しい事なのかどうか」
○同・同・前
「探偵部」と書かれた表札。
紗香M「私はまだ知らない」
(第1話 完)
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