【登場人物】
お父さん　４５歳
お母さん　４１歳
ジュン　１６歳
ミサ　１３歳
タク　１０歳
リコ　７歳
ＨＭ＝ホストマザー
ＨＦ＝ホストファーザー
ＨＳ（ホストハウスの娘）　１０歳
ＨＢ（ホストハウスの息子）　８歳


○ホストハウスの玄関

地球家族６人がホストハウスに到着。リコが玄関を開ける。
リコ「おじゃまします」
奥から声がする。
ＨＭ「どうぞお上がりください」
リコ、靴を脱いで中に入る。
母「あ、ちょっと待って、リコ。床が汚い」
リコ「あ、足の裏が真っ黒」

○居間

地球家族６人とＨＭ、ＨＳ、ＨＢが着席。
部屋の中は、ほこりにまみれているのが明らかにわかる状態。隅のほうにはクモの巣。
地球家族全員、目をチラチラさせながら、よごれた部屋を見ている。
リコは、首をぐるぐる回しながら部屋を見ている。
ＨＭ「何をお考えか、わかっているわ。家の中がとても汚いでしょ。本当にすみません」
母「いえ、私たち、そんなこと別に」
ＨＭ「ごめんなさい。私たち、昼間はバタバタしていて、掃除の時間がとれないのよ。だから、我が家の掃除の時間は、寝る前の10分に全員で掃除することに決めているのよ」
父「あー、全員で寝る前に毎日10分間・・・。そうなんですか・・・」

○客間

地球家族６人がくつろいでいる。
客間もとても汚い。
タク「こんな汚い家、見たことないね」
ジュン「うん、何年間も掃除しなかったら、こんなふうになるかもね」
ミサ「でも、毎晩、みんなでやっているって」
ジュン「やっているとは言わなかったよ。掃除の時間をもうけているだけかもしれないぞ。掃除をやるとすれば、寝る前の10分だから、少なくともそれ以外の時間に掃除をしないことは確かだな」
母「何か、掃除のやり方がいけないんじゃないかしら。私たちに協力できないかな」

○夜・居間

地球家族６人、ＨＭに話しかける。
母「あのー、寝る前に掃除をするとおっしゃっていましたけど、今日は掃除はされないんですか？」
ＨＭ「あ、あ、そういえばもうこんな時間ね。えー、ちょうど始めようと思っていたところですのよ」
母「あ、そうですか。よろしければ、私たちもお手伝いさせていただけませんか？　一晩泊めていただいて、汚すことになりますから」
ＨＭ「それは助かるわ。じゃあ、始めましょうか。みんな、降りてきて。地球のみなさんが、掃除を手伝って下さるって」

○居間

地球家族６人、ＨＭ、ＨＦ、ＨＳ、ＨＢが掃除道具の前に立っている。
ＨＭ「ちょっと人数が多すぎるわね。そうだ。どなたか一人、隣の家の掃除を手伝いに行っていただけないかしら？　親戚の男性が一人暮らししているの」
父「わかりました。じゃあ、そちらは私が引き受けましょう。さっそく行って来ます」

○居間

地球家族５人（父を除く）とＨＭ、ＨＦ、ＨＳ、ＨＢがそれぞれ掃除している。
ＨＦが掃除機をかついで来る。ＨＢがほうきを持ち、ＨＳがぞうきんがけをしている。
ミサ（小声で）「掃除のやり方は、私たちと同じみたいね」
タク（小声で）「そうだな」
ジュン「ねえ、みんな、学校では掃除はやっているの？」
ＨＳ「毎朝、業者がやるから、生徒はしなくていいんだ。地球ではどう？」
ジュン「うーん、国によって違うし、僕たちの国でも学校によって違うかな。僕の学校は、業者がやるから生徒は掃除しないけど、ミサやタクの学校では、自分たちで掃除するんだよな」
タク「うん。僕たちは当番制で、１週間に１回当番が回ってくるよ。ミサは？」
ミサ「私の学校では、特に当番は決まっていないわ。帰る前に、一応、全員で掃除することになっているけど、まあ、汚れていないと思ったら、やらずに帰るわね」
ＨＦ「えー、そうすると、毎日が掃除当番みたいなものか。大変だね」

○台所

リコが引き戸を開けると、黒いすすが飛び出す。リコの顔が真っ黒になる。
リコ「ゴホゴホ」
タク「リコ、だいじょうぶ？」
ＨＭ「ごめんなさい、注意するのを忘れていたわ。そこは一番すすがたまりやすいの」

〇　隣の家の部屋

男性が座っている。父が雑巾とほうきを持って立っている。
部屋の中は、ほこりにまみれているのが明らかにわかる状態。隅のほうにはクモの巣。
父「（心の中で）うわー、ホストハウスと同じくらい、汚れているなあ・・・」
父「さあ、いっしょに掃除を始めませんか？」
男性「僕はいいです。掃除なんて無駄なことに時間を使いたくないんです」
父「無駄なことかな？」
男性「どう考えても時間の無駄ですよ。僕は今まで一度も掃除したことがありません」
父「一度もないのか・・・。まあ、この部屋を見ればそれがわかりますよ」
父、雑巾がけを始める。男性、ソファに座ったまま父の話を聞いている。
父「私の子どもたちのうち3人は、学校で掃除の時間があります。掃除なんて業者がやればいいと思うでしょう。そうじゃないんです。子どもたちは、掃除することを通して、心を一つのことに集中させることや、物事に注意して丁寧に取り組むことを学ぶんです。つまり掃除は、教室だけでなく、心をきれいにするんですよ」
男性「・・・」
父「おっと、大人のあなたに子どもの話をして申し訳ありません。でも、掃除を通じて心を磨くのは、大人も子供も同じですよ」
父、立ち上がる。
父「さあ、終わった。ほら、きれいになったでしょう」

○ホストハウスの居間

掃除を終えて、部屋がピカピカになっている。
ミサ「すごーい。見違えるくらいにピカピカだわ」
ＨＭ「みなさんのおかげで、とてもはかどったわ。お疲れ様でした」
父が玄関から入ってくる。
父「ただいま」
ＨＭ「お疲れさまでした。隣の家の掃除、終わりましたか？」
父「なんだかんだで、私一人でやらされてしまいましたよ」
ＨＭ「あら、それはお気の毒に」
母「じゃあ、私たちは部屋に戻りましょう。おやすみなさい」
ＨＳ「おやすみなさい」
母「あ、すみません。その前に、大き目の画用紙とサインペンを、貸してもらえないでしょうか？」

○客間

地球家族６人。
ジュン「お母さん、画用紙なんかもらって、何を作るの？」
母「この家の掃除当番表よ」
タク「掃除当番表？」
母「ミサとタクの学校の掃除当番の話を聞いて、ひらめいたのよ。私、保護者会で最近、両方の教室を見てきたけど、タクの教室のほうが何倍もきれいだったのよ。タクは１週間に１回掃除当番が回ってくるだけだけど、ミサは毎日掃除することになっているから、ミサの教室のほうが５倍くらいきれいでいいはずよね。でも、どうしてそうじゃないか、わかる？」
ミサ「え、それは・・・」
タク「ミサたちは掃除をやっていないからじゃないかな」
ジュン「うん、僕もそう思った。毎日全員で掃除をすると言われても、昨日やったからいいや、とか、どうせ誰かやるからいいやと思って、帰っちゃうな」
ミサ「その通りね。１日でそんなに汚れるはずがないと思って、けっきょく毎日やらずに帰っちゃう。そのうちに、どんどん教室が汚くなっていたんだな」
母「この家も同じことだと思うの。全員で毎日やると決めたから、けっきょく誰もやらない。本当に毎日掃除していたら、こんなに家が汚れるはずがないもの」
父「お母さんの言うとおりだ。さっき隣の家に行ってきたけど、掃除する前のこの家と同じくらいの汚さだったよ。隣の家は、一度も掃除したことがないと言っていた。ということは、この家も、毎日掃除しているといいながら、実は一度も掃除してないのと同じことなんだな」
ジュン「今日は僕たちが泊まるからいいところを見せようとしただけで、ふだんはきっと掃除してないんだな」
ミサ「全員で毎日やると決めたんじゃ、誰も掃除しない。そこで、当番制にすることを提案するわけね、お母さん」
母「そういうこと。掃除は毎週、日曜日だけと決めて、当番が決まってさえいれば、ちゃんと掃除するでしょ」
タク「そうだね」
ジュン「でも、当番表まで作ってあげるのは、ちょっとおせっかいじゃない？」
父「いや、私は賛成だ。今度の旅行でわれわれ地球人は、違う文化を発見することで、いろんなことを学んでいる。同じように、ホストファミリーの人たちも、地球人が宿泊することによって、学ぶべきことが多いと思うよ。お互いが刺激しあって、進歩するんだ」
リコ「リコも手伝う」
母「じゃ、リコは学校で掲示係をやっているから、それと同じように、明日の朝、この当番表を食卓の壁に貼り出してよ。みんなへの説明はお母さんからするから」
リコ「うん、わかった」

○翌朝・客間

ミサが母を起こす。
ミサ「あれ、ねえ、お母さん。起きて。大変よ」
母「ん、どうしたの？」
ミサ「ほら、この部屋」
部屋を見回す。掃除する前のような汚い部屋に戻っている。
母「うわ、本当だ、すごいほこり」
ミサ「他の部屋もかな？」

○居間

父と母が部屋に入ると、元通り汚い部屋になっている。驚く２人。
母「うわー」
ＨＭが入って来る。
ＨＭ「あら、おはようございます」
父「おはようございます」
ＨＭ「起きてびっくりしたでしょ。せっかく掃除を手伝ってもらったけど、一晩でこんな状態になるの。毎日こんなだから、嫌になっちゃう」
父「まさか、この家だけがこうなんですか？」
ＨＭ「この家が呪われた家ってこと？　まさか。この星では、どこの家もそうよ。もしかすると、星ごと呪われているのかしれないわね」
そのとき、リコが掃除当番表を持って部屋に入って来る。当番表を壁に張ろうとする。
リコ「じゃあーん」
母、リコを止める。
母「あ、リコ、いいのいいの。あ、何でもないわ」
母、当番表を後ろに隠す。

○外のゴミ集積所

母、掃除当番表を捨てる。振り返ると、ＨＢが立っている。
ＨＢ「わざわざ外に捨てに行かなくても、ゴミ箱に捨てておけばいいのに」
母「え？」
ＨＢ「掃除当番表を作ってくれたんでしょ。僕たちみんな、すぐわかったよ」
母「ごめんなさい。余計なことを考えて」
ＨＢ「いいですよ。全然気にしていませんから。地球の方々が、いろいろ発見することで学んでいただければ、僕たち満足ですから」

○居間

掃除する地球家族６人。ＨＭとＨＳがそれを見ている。
ＨＭ（小声で、ＨＳに）「みなさん、もう一回掃除してくださるって」
母「皆さん朝から忙しいでしょうから、せめてこれくらいは」
ジュン「朝から掃除しておけば、その日一日はきれいですからね」
父「そうだ。もう一度隣の家に行って、あやまっておこう。昨日はお説教じみたことを言ってしまったから」
父、玄関から出ていく。

〇隣の家

男性がドアを開けると、父が立っている。
父「昨日は失礼しました。この星が呪われているとは知らなかったもので。あなたが掃除は時間の無駄だとおっしゃったことはある意味正しかったと・・・」
父、話しながら部屋の中を見る。部屋が掃除した後と変わらないくらいにきれいなことに気づく。
父「あれ、あれ？　部屋がまだきれいだ！　この家は呪われていなかったのか・・・」
男性「いや、ほかの家と同じです。呪われています。今朝起きたら、元通りの汚い部屋になっていました」
父「でも、今はこんなにきれいに・・・」
男性「今、僕が掃除したんです。一人で」
父「それはまた、どうして・・・」
男性「掃除は心を磨くものだと教えてくださったからです。僕ははっと目覚めました。そして今日掃除してみて、それを確信しました。部屋は毎日もとに戻ってしまいますが、心はどんどんきれいになっていく気がします。僕は毎日、心を磨いていきたいです」
父「素晴らしい心がけです！　あなたは地球人とちがって、掃除しても心を磨くことしかできません。にもかかわらず、掃除する決意をされたとは！」
父と男性、目を合わせてほほえむ。

〇台所

地球家族5人（父を除く）の掃除が続いている。ＨＭが見ている。
母「そういえば、朝に掃除をする時間がないのはわかるんですが、どうして毎日、夜に掃除なさるんですか？　一夜明けたらどうせ元通りなのに」
ＨＭ「私たち、掃除することで心が磨かれているように感じるんですよ。理由はそれだけです」
母「素晴らしいわ！　みなさんは、掃除しても心を磨くことしかできません。それでも掃除する習慣をもっているなんて！」
その時、リコのせきこむ声がする。
リコ「ゴホゴホ」
リコが引き戸を開け、顔がすすで真っ黒になっている。
タク「あ、だからリコ、それ開けちゃだめだってば」
みんなでリコの黒い顔を見て笑う。