〇海辺(早朝)
スーツ姿で水の上に仰向けになってい
る落合卓(52)。空を見上げて眩しそう
に目を細める。
カモメの鳴く声。風が吹いて波が立つ。
落合「腹減ったなー」
落合、波にのまれ、姿が見えなくなる。
〇オフィスビル 1F EVホール 中
エレベーターの各階案内のプレート
「7階 株式会社自転車操業」の文字
〇同 株式会社自転車操業 前
ドアにかかったプレート
「株式会社 自転車操業」
〇同 中
10人くらいの社員が働いている。ド
アの横には、社員の名前が書かれたホ
ワイトボードがかかっている。
ホワイトボードの日付、8月14日。
予定表に書かれた文字「落合 夏季休
暇 NR」
デスクに肘をつき、ホワイトボードを
眺める高岩裕次郎(28)
高岩「夏季休暇なのにNRって変じゃない?」
男性社員、ホワイトボードを見る。
高岩「普通期間とか書くだろ?あれじゃいつ
会社に来るか分かんねーじゃん」
男性社員「うーん。ただの癖だろ?」
高岩「うーん」
高岩、ホワイトボードを見続ける。
電話が鳴り、男性社員が電話を取る。
男性社員「……いえ、落合は夏季休暇中で」
高岩、男性社員を見る。男性社員、電
話の応対を続けている。高岩、怪訝な
顔で男性社員を見る。男性社員、電話
を切り、放心している。
高岩「なに?」
男性社員「落合さん、家に帰ってないって」
高岩「え?」
男性社員「携帯もつながらしい」
高岩、驚いた顔。
〇高層マンション 全景(夕)
〇同 505号室 前(夕)
表札の文字「落合」
〇同 リビング 中(夕)
リビングの椅子に腰かけている高岩。
落合ゆう子(52)がティーカップを持っ
てくる。高岩、ゆう子に軽い会釈。
ゆう子「わざわざごめんなさいね」
ゆう子、高岩の向かいに座る。
高岩「いえ。落合副社長にはお世話になって
ますので……それで、心当たりとかは」
ゆう子、首を横に振る。
ゆう子「ただ、前の日これを」
ゆう子、テーブルの上に通帳を広げて
出す。高岩それをのぞき込んで、驚く。
高岩「一、十、百、千、万、十万、百万、千」
高岩、驚いた顔でゆう子を見る。
ゆう子「娘名義になってるんです」
高岩「……」
ゆう子「あの人、何かしたんでしょうか」
高岩「落合さんに限ってそんな!」
ゆう子、悲しげに微笑む。
高岩「すぐ戻ってきますよ。僕からも、電話してみます」
高岩、裕子を見て悲しげな表情。
〇高岩の家 中(朝)
ワンルームのアパート。
パジャマ姿で座り、シリアルを食べて
いる。テレビ画面には週末天気予報の
文字と海の映像。
玄関の方から、郵便受けに物が入る音。
高岩、それに気づき立ち上がって玄関
の方に行く。
〇同 玄関 中(朝)
玄関の郵便受けを開ける高岩。中から、
海の写真のポストカードが出てくる。
差出人、メッセージは書かれていない。
消印の日付、8月18日。
怪訝な顔でポストカードを眺めなが
ら、リビングの方に戻る高岩。
〇同 リビング 中(朝)
高岩、ポストカードをテーブルの上に
投げる。ポストカードから金属音が鳴
る。怪訝な顔の高岩。テーブルの上の
ポストカードを手に取る。ポストカー
ドの中央が膨らんでいる。高岩、慌て
てポストカードを破く。
高岩「これって……」
高岩の掌、小さな金色の鍵。高岩、慌
てて服を着替え、走って出ていく。
〇株式会社自転車操業 中(朝)
誰もいないオフィス。
ドアの横にかかったホワイトボード。
ホワイトボーの文字「落合 夏季休
暇 NR」
高岩、デスクの袖机の前にしゃがみこ
んでいる。一番下の深い引き出しを開
けると、中に金庫が入っている。ポケ
ットを探り、金色の鍵を取り出す高岩。
それを見て、息をのむ。
金色の鍵を金庫のカギ穴に差し込み、
回す。解錠された音。ゆっくりとした
動作で金庫の蓋を開ける高岩。
金庫の中、沢山の書類。領収書や請求
書が入っている。それを手に取り、難
しい顔で眺める高岩。
携帯電話の鳴る音。高岩、驚いた声を
上げ、ポケットからスマホを取り出す。
スマホの着信画面「母」の文字。高岩
電話に出る。
高岩「なに?」
高岩の母の声「なに?じゃないよ!あんた、
大丈夫なの?」
高岩「今忙しいんだけど後にしてくんない?」
高岩の母の声「あんた、ニュース観てないの?」
高岩「え?」
高岩、辺りを見回す。テレビのリモコ
ンを手に取り、テレビをつける。
テレビ画面に烏合響也(52)が映って
いる。画面中央下のテロップ「広告コ
ンサルタント会社経営 烏合響也容
疑者(52)」
高岩「社長……?」
テレビ画面の右上のテロップ「コンサ
ル会社不祥事」
キャスターの声「警察は横領の余罪もあると
みて捜査を進めており家宅捜索を……」
高岩、よろけて袖机に足をぶつける。
袖机の中を見下ろす高岩。目を見開い
て、しゃがみこむ。
金庫の中の書類を次から次に手に取っ
て食い入るように見る。
高岩の母の声「ちょっと!聞いてる?」
高岩「ごめん、俺暫くそっちには帰れないわ」
高岩、電話を切り、走り出す。
〇海辺(夕)
スーツ姿のまま、浜で仰向けになって
いる落合。スーツも髪も水で濡れて、
そこら中砂まみれになっている。
空を見上げてため息をつく落合。
落合「あー」
トンビの鳴く声。
落合「腹減ったなー」
砂を踏む足音が徐々に近づいてくる。
高岩の足が、落合の頭の付近で止まる。
落合、高岩の方を見る。満面の笑み。
高岩、落合を見下ろしている。
落合「遅かったなぁ」
落合、起き上がって座る。
それを見てため息をつく高岩。
高岩「ポストカードだけでここまで来たのを
褒めてほしいですよ」
高岩の手、ポストカードを握り締めて
いる。高岩、落合の横に座る。
浜に並ぶ二人の姿。夕日が海に落ちる。
高岩、落合の事を盗み見る。
高岩「社長はもう捕まりましたよ」
落合、笑う。
高岩、怪訝な顔で落合を見る。落合、
浅いため息をつき、海の方を見る。
高岩、一枚の請求書を落合に差し出す。
落合それを見て驚いた表情。
高岩「横領の方は貴方ですよね。落合副社長」
落合、請求書を受け取る。
高岩「他のは完璧に偽装されてたのに、これ
だけ不完全でした」
落合「……」
高岩「社長とは、高校からの親友だって、言
ってたじゃないですか」
落合、高岩を見て微笑む。
高岩「これも、俺に見つけさせる為ですよね?」
高岩、ポストカードを握り締める。
落合それを見て笑い、高岩を指さす。
落合「よっ。名探偵」
落合立ち上がって、体中の砂を払い、
伸びをする。
落合「お前のお陰で、俺は自由の身だー!ラ
ーメンでも食いに行くか!」
高岩「ふざけないでください」
高岩、勢いよく立ち上がる。
落合、振り向いて高岩の肩を叩く。
落合「ラーメン好きだろ?お前。おごってやるから、遠慮すんな」
高岩「誰が犯罪者なんかと」
落合「犯罪者?」
落合、鼻で笑う。浜から石を拾い、石
に請求書を巻き付けて海に思い切り
投げる。
落合「じゃ、お前は共犯者だな」
高岩、目を見開いて驚く。
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