【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HF=ホストファーザー
HM=ホストマザー
○バス通り
地球家族6人が暑そうに歩いている。
タク「暑ーい! まさに真夏だね」
ミサ「ホストハウスに向かうバスは、あれね」
ミサ、バスを指差す。
○バスの中
地球家族6人がバスに乗っている。
ジュン「外は暑いけど、このバスは冷房がよくきいてて、快適だね」
ミサ「うん、ホストハウスも、当然冷房がきいてるわよね。冷房が無かったら、耐えられないわ」
○道
地球家族6人がバスを降りると、HMが立っている。
HM「ようこそ、おこしくださいました。今日は暑いですね」
父「わざわざ出迎えていただいて、ありがとうございます」
HM「いいえ、私は午前中ちょうど出かけていて、今、その帰りなんですよ」
○ホストハウスの居間
HMに案内され、地球家族6人が部屋の中に入る。
HM「どうぞ、上がってください。主人ももうすぐ戻るはずですから・・・」
ミサ「(心の中で)うわ、家の中が暑い・・・」
そのとき、カチャッと音がする。
HM「今、冷房が入りましたからね」
父「ほう、自動的にスイッチが入るんですね」
HM「冷房は、すべてこんなしくみになっているんですよ。人が部屋に入ると冷房がついて、全員が出ると自動的に消えます」
ジュン「それは便利ですね。人の気配を感知するセンサーがついているんですね」
HM「いや、そうじゃないんです。人が『暑い』と感じたことに反応するんです。人の脳の働きを機械的に読み取っているんでしょう・・・」
ミサ「ということは、人が部屋に入っても、もし暑い日じゃなければ、暑いと感じないから、冷房はつかないわけですね」
ジュン「そりゃ、ますます便利だ! 進んでますね」
○客間の入り口
地球家族6人とHM、2階に上がり、客間のドアを開く。
HM「みなさんのお部屋がこちらです。この部屋も、もちろん冷房つきですよ」
母、中に入りかける。
母「あら、ドアがしめきってあったから、中は暑いわね」
そのとき、天井の近くからカチッと冷房の音がする。
ミサ「わ、すごい、冷房がついたわ」
部屋にはベッドが6個、横に並んでおり、さらにその端に機械が置いてある。
ジュン「あの機械は?」
HM「あっちは暖房です。あれも、寒いと感じたことに反応してスイッチが入るので、冬の間は役に立つんですよ」
母「なるほど、すばらしいですね」
○夜、居間
地球家族6人とHF、HM。
HF「いやー、暑い夏の夜は、ビールにかぎりますな。どんどん飲んでください」
HF、父にビールをつぐ。
父「ありがとうございます」
ジュン「でも、夜になって、だいぶ涼しくなってきた気がするな」
ミサ「そうね。ちょっと冷房がききすぎているかも・・・」
HM「あら、ごめんなさい。私たち夫婦二人とも暑がりだから、この部屋の冷房はずっとつきっぱなしになると思うわ」
HF「そうだな。私なんか、まだこれでも暑くて暑くて。ハハハハ」
母「これだけ大勢の人がいる場合は、誰の感覚に反応して冷房がついているんですか?」
HF「部屋にいる誰か一人でも暑いと感じれば、それに反応してスイッチが入るんですよ」
ジュン「スイッチが消える場合も同じですか? 誰か一人が、冷房を止めたいと思うと止まるんですか?」
HF「いや、そうじゃないですよ。それだと、ついたり消えたり忙しくなっちゃうじゃないですか。冷房が止まるのは、もう暑くないと全員が感じたときです」
HM「暑がりの私たちがいるかぎり、この部屋の冷房は消えないわ。よろしければ、みなさんはもうお部屋に戻っておやすみになりますか」
父「そうですね。われわれはいい感じに体も冷えてきたことだし、そうします」
地球家族6人、立ち上がる。
○客間
ジュン、ミサ、タク、リコが部屋にいるところに、父が入って来る。
冷房はついていない。
父「うん、夜はさすがに、冷房なしで十分涼しいな」
ジュン「そうだね。寝るときは、冷房はないほうがいいよね」
父「うん、一晩中冷房をつけっぱなしにするのは体によくないと思うんだ。冷房が原因で、夏に風邪を引く人が多いからね」
タク「さあ、電気を消そうか」
ミサ「待って。お母さんがまだ来ていないわ」
そのとき、母が部屋に入る。
母「お待たせ。歯を磨いていて遅くなっちゃった」
そのとき、カチッと音がして、冷房のスイッチが入る。
ミサ「ちょっと、誰? こんなに涼しいのに冷房入れるのは」
母「あ、たぶん私だわ。今でもまだ暑いのよ」
ジュン「え、お母さんって、そこまで暑がりだったの?」
父「本当? いつも一緒に寝てるけど、冷房はつけてないじゃないか」
母「お父さんのことを思って、少しがまんしていたのよ」
父「そうだったのか・・・」
ジュン「え、お父さんとお母さん、20年近くも一緒に暮らしていて、気がつかなかったの?」
父、母、無言。
冷房がまだついている。
タク「でも、涼しすぎても寝られないや。お母さん、薄着になれば?」
母「いや、これでもシャツ1枚しか着てないから」
ミサ「じゃあ、お母さん、覚悟を決めて、裸になるしかないわね」
父「ちょ、ちょっと待てよ。他のみんなが1枚ずつ余計に着ればいいんだ。さあ」
父、バッグから着るものを取り出そうとする。
他の4人もバッグを探す。
そのとき、カチッ、ブワーンと音がする。タクがその先を見ると、暖房機がある。
タク「あ、暖房がついたよ!」
暖房機から熱気が出始める。
ミサ「ちょっと、勘弁して! 誰だか知らないけど、いくら涼しいとはいっても暖房つけるほどのことじゃないでしょ!」
父「暖房をつけたのは、たぶん私だ」
タク「え、お父さん? まさか、お母さんにけんかを売る気なの?」
父「ばか言いなさい。お父さんは寒がりなんだよ」
母「本当? 冬に寝るとき、暖房つけてないじゃない」
父「お母さんに気を使って、少しがまんしてたんだよ」
母「そうだったんだ・・・」
ミサ「20年近くも一緒に暮らしていて、気がつかなかったの?」
ジュン「夫婦が互いに譲り合う気持ちか。美しいな・・・」
タク「でも、どうする? この状態で、どうやって寝るの?」
父「とりあえず、冷房に一番近い端のベッドに、お母さんが寝ればいい。そっちの端のベッドには暖房が近いから、お父さんが行くよ。子どもたち4人は、暑がりの順にこっちから並びなさい」
リコ「リコ、少し暑がりだよ」
タク「僕もちょっとだけ暑がりかな」
ジュン「僕はまあまあ暑がりだな」
ミサ「暑がりの順なんて言われても、比べられるわけないじゃん・・・」
ミサ、あきれた表情。
○翌朝、居間
地球家族、居間に入っていく。HFとHMが中にいる。
ミサ「あ、この部屋は冷房がよくきいてるわ。朝から暑いから快適ね!」
母「おはようございます」
HF「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
ジュン「ちょっとバタバタして、なかなか眠れませんでしたけど、思いがけず両親の夫婦愛がわかって、とてもよかったです」
HM「へえ?」
ミサ「うん、私も、結婚したら、お父さんとお母さんのような夫婦になりたいな」
母「まあ。私たちにかなうかしら」
ジュン「お母さんも、言うねえ。あつい、あつい。この部屋、もっと冷房きかせてよ」
みんなの笑い声。
ミサ「あれ、お父さんはどこ?」
母「あら、まだ来てないわ。おかしいわね」
そのとき、居間のドアが開き、父が入って来る。赤い顔をしている。
父「ハックション! 風邪を引いたみたいだ」
母「まあ、大丈夫?」
父「さむけがする・・・」
そのとき、カチッ、ブワーンという音がする。見ると、居間の暖房のスイッチが入っている。
HM「まあ、大変! 暖房がついたわ。こんなに暑いのに。よほどのさむけなのね」
HF「早く、隣町の医者に行ってください」
父「は、はい、ハックション!」
○玄関を出た所
父、外に出る。みんなが見送る。
父「じゃあ、行ってきます」
HM「あのー、大変申し訳ないんですけど、バスには乗らずに、歩いて行ってください。バスに乗ると、バスの暖房がついてしまって迷惑がかかってしまうので・・・」
父「は、はい・・・」
父、歩き始める。
ミサ「お母さん、ついて行ってあげなくていいの? 夫婦愛はどうしたの?」
母「(心の中で)付き添いたいのはやまやまだけど、行く先々で暖房にあたらなければいけないのは、つらいなあ・・・」
ジュン「ほら、お母さん、早く、早く」
母、父の後を追いかける。
○医者の受付窓口
父と母が受付に立ち、看護師と話している。
看護師「第3待合室でお待ちください」
母「あのー、私、付き添いのものなんですけど・・・」
看護師「同じ待合室でお待ちいただくことはできますけれど・・・」
母「けれど?」
○待合室
父と母の二人きり。横並びに座っている。
冷房がついている。その横で、暖房もついている。
父「(心の中で)暖房がきいているのはうれしいけど、冷房はいらないんだけどな・・・。寒い・・・」
母「(心の中で)暖房がついてるから、暑いわ・・・」
父「(心の中で)冷房がついてるのは、お母さんのせいだな。でも、せっかく付き添ってくれているのに、帰ってくれとはいいにくいし・・・」
母「(心の中で)私のせいで冷房がついているのね。でも、ここで帰ったりすると、愛情が無いと思われるかしら・・・」
しばらく、二人で黙って座っている。
しばらくして、母が立ち上がる。
母「やっぱり私、帰るわ。冷たいと思われるかもしれないけど、私が帰れば、この部屋はすぐに暖かくなるわ」
父「うん。(心の中で)ありがとう。そうしてほしかったんだけど、僕からは言いにくかったんだよ」
母「それじゃ」
母、手を振って、部屋を出て行く。
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