【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HF=ホストファーザー
HM=ホストマザー
HB=ホストブラザー(ホストハウスの息子) 10歳
○空港のロビー
地球家族6人とHMが話している。
父「お出迎えありがとうございます」
HM「いいえ。ようこそいらっしゃいました。ところで、お子さんは4人ですね。お名前と年齢は・・・」
父「ジュン、16歳、ミサ、13歳、タク、10歳、リコ、7歳・・・」
HMが分厚い本のようなものに、熱心に書き留めている。
父「今日は、これから動物園に行こうと思っています。水族館や昆虫館もそろった巨大な動物園がこの近くにあるんですよね。特に、次男のタクが大の動物好きで、楽しみにしているものですから・・・」
HM「動物園、タク君が動物好き、と・・・」
HM、かなりのスピードでメモをとり続けている。
HM「あ、でも、ここでは6歳から14歳までは義務教育です。平日の昼間に動物園で遊んでいるのは、おかしいです。学校に通って、授業を受けてほしいんですよ」
ミサ「えー!?」
ジュン「僕の年齢なら、授業受けなくて大丈夫ですね。該当者は、ミサ、タク、リコの3人か」
HM「ミサさんも、15歳以上に見えますから、大丈夫ですよ」
ミサ「本当ですか? 良かった」
HM「あと、リコちゃんも5歳に見えるから、大丈夫。動物園に行っていいわよ」
リコ「え」
リコ、あまり嬉しくなさそうに、少しほほえむ。
タク「あれ、僕は?」
HM「うーん、タク君は、誰がどう見ても、6歳から14歳ね。タク君だけは、今から学校に行きましょう」
タク、天を仰ぐ。ジュンとミサが笑う。
タク「もしかして、明日もですか?」
HM「明日は、土曜日ね。土曜日が休みの学校もあるから、学校に行かなくても大丈夫よ」
タク「あー、よかった」
父「じゃあ、今日は、動物園はやめて、他の所を回ろうか。明日の午前中に、タクも入れてみんなで行こう」
タク「ありがとう、お父さん」
○小学校の教室
若い女性の先生が教壇に立っている。先生の横に、タクが立っている。生徒が20人ほど座っている。
先生「算数の授業を始める前に、今日の午後の授業をいっしょに受けるお友達を紹介します。地球から旅行に来ている、タク君です」
タク「よろしくお願いします」
先生「それでは、タク君は、この教科書を持って、あそこのあいている席に座って」
先生、席を指差す。タク、席に向かう。
先生「今日は、台形の面積について説明します。台形を三角形と長方形に分けることによって面積を求める方法を教えます・・・」
○しばらくして、小学校の教室
先生、教壇に立っている。
先生「今日の理科の授業は、いろいろな動物の知能についてお話しします」
先生、黒板に書かれた表を指す。
先生「このように、動物の記憶力はさまざまです。もちろん、人間の脳がもっともすぐれていますが、一晩眠ることによってすべてを忘れてしまうのは人間だけです。他の動物は、今日の記憶は明日も残ります」
タク「(心の中で)え!?」
○観光地
地球家族5人(タク以外)とHMが話している。地球家族5人が驚きの表情。
ジュン「人間は、寝るとすべてを忘れる? それ、本当ですか?」
HM「そう、この星では、そうなんです。明日になると、私たち、今日のことを全部忘れちゃうんですよ」
○しばらくして、小学校の教室
先生「今日の授業は、これで終わりです。帰る前に、せっかくだから、タク君に感想を話してもらおうかしら」
タク、立ち上がる。
タク「はい。まず、算数は、わりと得意なほうなんですけど、今日習ったことは、地球ではまだ習っていない内容だったので、とても役に立ちました。それから、理科は、僕は生物が大好きなので、今日習ったことはとても面白かったです」
みんな、静かに聞いている。
タク「でも、一番驚いたのは、やっぱり、この星の人たちは、一晩眠ると、何もかも忘れてしまうということです」
全員「・・・」
タク「僕たちはなぜ勉強するのか、今、自分で考え直してみました。今日学んだことは、明日役に立ちます。そして、明日は、今日学んだことを土台にして、さらに難しいことを学びます。そうやって知識を積み重ねていって、大人になる頃には、深い知識が蓄積されて、それを仕事にいかすことができます。そう考えて、僕たちは地球で毎日勉強しているんだと思います」
全員「・・・」
タク「でも、今日学んだことを、明日の朝に全部忘れてしまっていたら、また明日は振り出しに戻ってしまって、なんというか、頭の中がまったく進歩しないというか・・・」
全員「・・・」
タク「失礼な言い方になってしまったかもしれませんが、でも、今日一番印象に残ったことは、生徒みんなが、とてもまじめで熱心に授業を聞いていることでした。僕だったら、どうせ明日になったら全部忘れると思うと、こんなにやる気にはなれないと思います」
全員「・・・」
タク「地球の人間は、記憶が消えないので、知識をどんどんためていくことができて、だからこそ、地球では高度な科学技術が生まれたんだと思います。生物の研究も進んでいます。一晩で記憶が消えないための方法なんていうのは、地球では必要ないので、たぶん研究されていないと思いますが、研究すれば、きっと、いい薬が開発できるんじゃないかと思います」
全員「・・・」
タク「僕は、生物にとても興味があります。将来、人間の記憶について研究して、記憶が消えない薬を発明してみたいな、と今、少し思いました。それが開発できたら、またこの星に来て、みなさんに差し上げたいと思います」
全員「・・・」
タク「今日はありがとうございました」
全員、拍手する。
先生「ありがとう。タク君の発明、楽しみにしています」
タク、ほほえむ。
先生「それでは、今日はこれで終わり。また明日。あ、それから、タク君。明日の午前も、また来てくれるかしら? この学校は、土曜日も午前の授業があるのよ」
タク「僕たち、明日の午後にはここを出発するんです。それで明日は、家族と動物園に行くことになっていて・・・」
先生「明日も、どうしても授業に出てほしいの。今日の何倍も大事な授業をするから」
タク「え?」
○その日の夜、居間
地球家族6人とHF、HM、HBが話している。
HB「タク君、今日の午後、僕のクラスでいっしょに授業を受けたんだよ。ね、タク君」
タク「そうか、君もいたのか」
ミサ「タク、災難だったわよね。まさか旅行中に、学校で勉強しなきゃいけないとは思わなかったでしょ」
タク「まあね」
父「タクには悪いけど、われわれはいろいろと観光して回ったよ。写真たくさん撮ったぞ。見るか?」
父、タクにデジタルカメラを渡す。
タク「そうだ。今日、ちょうど理科の授業で、この星の人たちが、毎晩眠ると、その日の記憶を全部忘れてしまうという話を聞いて、びっくりしたんだ」
ジュン「あ、僕たちも、さっき、HMさんから聞いて、驚いたんだよ」
HM「そう、だから、私たちにはこれが欠かせないのよ」
HM、分厚い日記帳をみんなに見せる。
HFも分厚い日記帳を出す。
HF「もちろん、私も持っていますよ」
父「みなさん、お会いしたときからずっとメモをしていたのは、日記をつけていたんですね」
HM「そうなんです。明日の朝になると、私たちは、みなさんの顔も名前も、お話しした内容も全部忘れています。でも、それじゃ困りますよね。だから、全部朝起きたら、これを読んで思い出すんです。ほら、私はここに、『タク君は動物が好き』ってことも、ちゃんと書いてあるから、明日になっても会話が食い違うことはありませんから」
母「なるほど」
HF「ご主人は、会社で転勤になる時などに、引継ぎ書を書いたことはありませんか?」
父「ありますよ。担当者の交替の場合には、次の担当者は何も知らないことが多いですから、必要なことを全部引継ぎ書に書いて渡しますね。ちゃんと説明しないといけないから、その時に自分でも勉強しなおしたりしてね」
HF「われわれは、毎日、引継ぎ書を書いているようなものなんですよ。明日の自分は、今日までの自分を何も知りません。だから、引継ぎ書を読んで前の日までのことを知るんです」
HM「そう。われわれの日記帳は、まさに明日の自分への引継ぎ書なんです」
父「明日の自分への引継ぎ書か・・・」
HM「あら、もうこんな時間だわ。HB、そろそろ寝る準備をしなさい。日記は全部書いたの?」
HB「まだ、もう少し書かなきゃ」
○ソファ
タクが一人で、デジタルカメラを見ている。特急列車が写っている。
タク「(心の中で)これは、最新型の高速鉄道・・・。この星の技術は、とても進んでいる・・・」
そこへ、HBがタクに近づいて話しかける。
HB「やっと書き終わった。僕のこの日記帳見てよ」
タク、HBの分厚い日記帳をのぞきこむ。算数の台形の面積の公式などが書かれている。
HB「今日はこれだけ勉強したけど、明日になると全部頭から消えちゃうんだよ。これを読み直さなくちゃいけないんだよ。こんな能率の悪いことないよね」
タク「・・・」
HB「地球の人たちがうらやましいよ。何日寝ても記憶が残っているなんて」
タク「う、うん」
○翌朝、居間
ジュン、ミサ、タク、リコが入る。HMが声をかける。
HM「おはようございます。ジュン君、ミサちゃん、タク君、それから、リコちゃん」
リコ「おはようございます」
HM「私は朝早く起きて日記を読んだから、ね、ちゃんと話が通じるでしょ。今朝はみなさん、動物園に出かけるのよね」
ミサ「はい。あれ、HB君は?」
HM「ほら、あそこで、まだ日記を読んでいるわ。1冊目から毎朝読まなきゃいけないから、時間がかかるのよ。どんどん増えてきたし・・・」
視線の先には、HB。その横には、何冊も分厚い日記帳が積み上げられている。そのうちの一冊をすごいスピードで読んでいる。
さらに、その向こうには、HFがいる。何十冊もの分厚い日記帳が積み上げられている。そのうちの一冊をさらにすごいスピードで読んでいる。
父「タク、さあ、動物園に行く準備するぞ」
タク「・・・」
タクの頭の中で、先生の『明日も、どうしても授業に出てほしいの』という声が鳴り響く。
○小学校の教室
生徒が席についている。タクも座っている。
先生が教壇に立つ。
先生「今日の1時間目は、予定を変更して、昨日の算数のテストをします」
生徒「えー、テストするなんて、聞いてませんよ!」
先生、用紙を配り始める。
○休み時間
タクとHBが話している。
タク「テストとは、予想していなかったな。先生はよく抜き打ちテストをするの?」
HB「いや、初めてだよ。だから、誰も準備していなかったよ」
そのとき、先生の声がする。
先生「はい、席に戻って。さっきのテストの採点が終わったから、返します」
○教室
先生が教壇に立っている。テストを返し終える。
先生「テストは予告していなかったけど、よくできていたわ。全員80点以上で、合格です」
生徒、歓声をあげる。
先生「あ、タク君の答案は、これです」
先生、タクに用紙を渡す。点数は50点。
タク「(心の中で)あちゃ・・・」
先生「え、何か?」
タク「あ、いえ、その、算数は得意なつもりだったのに。昨日は偉そうなこと言っちゃったけど、どうやら僕がダントツの最低点みたいです。この学校は、特別に優秀な子が集まっているんですか?」
先生「いいえ、普通の学校よ」
タク「みんな、昨日までの記憶がなくて、ノートや日記帳を頼りにしているだけなのに、どうしてそんなにいい点数がとれるのか不思議で・・・」
先生「タク君、ノートを見せてちょうだい」
先生、タクのノートを見る。台形の図や面積の公式が書いてある。
先生「黒板をそのまま写しただけのようね。HB君。あなたのノートも見せて」
HB、分厚い日記帳を開く。先生がのぞきこむ。
先生「わかりやすく書き直してあるわ。どういう点を工夫したのかしら?」
HB「はい。次の日の朝に自分で読んだときに、自分の頭でちゃんとわかるように書かなければいけないと思って、書き直しました」
全員「・・・」
HB「(タクのほうを向いて)僕たちは、その日に教わった要点は、自分で人に説明できるくらいに、その日のうちに理解する必要があるんだ。もし、明日の自分が日記を読んで要点をちゃんと理解できないと、一から勉強し直さなければならないからね」
タク、恥ずかしさで真っ赤になる。
○道
地球家族6人が歩いている。タクが落ち込んで下を向き、歩きながらノートに文を書いている。
ジュン「タク、動物園に行けなかった気持ちは分かるけど、そんなに落ち込むなよ」
タク、まだノートに書き続けている。
ジュン「タク、地球人の僕たちは、書かなくても忘れないよ」
タク「いや、僕はきっと忘れてしまう。だから今日のことは今書いておくんだ・・・」
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