SHUFFLE!´92 学園

校長として自身の母校に赴任した岡村涼子は、全校生徒アンケートを行い、友人のいない本庄しおりをよびつけ、同じく友人のいない女子生徒たちをを集める。そこには涼子の背負ってきたある過去が在った。
平瀬たかのり 12 0 0 11/30
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第一稿

登場人物

本庄しおり(17)高校二年生
住吉小春(16)右同
手塚千里(16)右同
黒田篤希(16)右同
菅原澪(16)右同

岡村涼子(53)校長
板倉深雪( ...続きを読む
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登場人物

本庄しおり(17)高校二年生
住吉小春(16)右同
手塚千里(16)右同
黒田篤希(16)右同
菅原澪(16)右同

岡村涼子(53)校長
板倉深雪(30)涼子の元教え子
村田由香(29)キックボクシングジムトレーナー
本庄裕子(47)しおりの母
   光太(13)しおりの弟
住吉正敏(52)小春の父
   幸世(44)小春の継母
島岡憲一(30)小春の伯父
黒田貞明(52)篤希の父
雪岡アリス(16)高校二年生
工藤(58)校務員
遠藤(50)ミュージックディレクター
内藤(40)スタジオピアニスト
小鳥遊(27)レコード会社受付嬢
杉本(34)レコード会社サブプロデューサー
大谷(48)キックボクシングジム会長
船田(35)カラオケ店店主
横山(55)教頭
深雪の恋人
初老の男
男子生徒①~⑥
小学生たち
その他

   



1××高校・校庭(朝)
   満開の桜並木。その中を登校して来る
   生徒たち。

2同・校長室
   整理、掃除のゆきとどいた室内。登校
   する生徒たちの嬌声が聞こえてくる。
   新任校長岡村涼子(53)が窓際に立っ
   て登校風景を見ている。

3同・体育館
   始業式。全校生徒が集まっている体育
   館。ざわつく中、登壇する涼子、演台
   の前に立つ。
涼子「初めましてみなさん。この度、本校の
 校長として赴任いたしました、岡村涼子で
 す――。あ、一年生のみんなとは入学式の
 とき顔合わせてるんだよね。えーっと、み
 んなさ、嫌いだよね、校長先生のグダグダ
 した長話なんてさ。わたしも学生時代大嫌
 いだったからよく分かる、うん。だから大
 事なことを最初にひとつ言います。校長室
 の扉は常に開いてます。いつでも話しをし
 に来てください。わたしは、みなさんと友
 達になりたいと本気で思ってます。」
   唖然となる全校生徒と教職員たち。嫣
   然と笑う涼子。

4メインタイトル
   《SHUFFLE! ,92》

5しおりの家・彼女の部屋(夜)
   ベッドの上、パジャマ姿で寝転がって
   いるしおり。尾崎豊の『十七歳の地図』
   を聴いている。曲が終わり、起き上が
   るしおり。CDのストップボタンを押
   し、部屋を出る。

6同・階段を降りたところ
   電話をかけているしおり。
しおり「もしもし。佐川さんのお宅でしょう
 か。夜遅くすみません。わたし、尚子さん
 と中学校の時いっしょだった本庄といいま
 す。尚子さんおられますでしょうか。はい、
 すみません――ああ、ナオ、久しぶりだね。
 元気だった。うん。わたし? 何とかやっ
 てる。学校? うん。けっこうつまんない。
 あのさ――オザキ、死んじゃったね。うん。
 何か、まだ信じらんなくてさ。ちょっと電
 話したんだけど――え、あ、そうなの。あ
 あ、そうなんだ。ゴメン。じゃあ、切るね。
 また今度。ゆっくり。うん。それじゃ」
   受話器を置くしおり。玄関扉が開き、
母親の裕子(47)が帰ってくる。
裕子「ただいま~。あら、あんたこんなとこ
 で何やってんの」
しおり「ちょっと電話」
裕子「珍しい。だれに」
しおり「ナオ」
裕子「ナオって、中学校のとき仲よかった佐
 川尚子さん?」
しおり「うん」
裕子「へ~え。元気だった」
しおり「うん」
裕子「そう。また家遊びに寄ってもらいなさ
 いな」
しおり「―うん」
裕子「遅くなってゴメン。レジのバイトの子
 が急に都合悪くなったなんて連絡いれてき
 てさあ。ほんと責任感がない、今の若い子
 って――お風呂は」
しおり「入った」
裕子「光太も?」
しおり「うん。お父さんは何か新人の歓迎会
 で今日も遅くなるって」
裕子「ハァ、いい気なもんだ。こちとらタイ
 ムカード打ってから残業してるってのに。
 すぐご飯にするから、もうちょっと待って
 てね」
しおり「うん、いいよ。あんまりおなかへっ
 てないし」
階段を上っていくしおり。
裕子「しおり」
   振り返るしおり。
裕子「誕生日、おめでとう」
しおり「うん」
   また階段を昇っていくしおり。
しおり(M、モノローグ)〈中学の時、わた
 しにオザキを教えてくれたナオは、この時
 間毎日かかってくるという、彼氏からの電
 話を待っていた。オザキが死んだことには
 興味なさそうだった。そしてわたしのこと
 も――〉

7同・彼女の部屋
   部屋に戻ってきたしおり。CDプレー
   ヤーを操作する。『僕が僕であるために』
   が流れ始める。
しおり「……『僕がぼくであるために 勝ち
 続けなきゃならない 正しいものは何なの
 か それがこの胸に分かるまで 僕は街に
 のまれて 少し心許しながら この冷たい
 街の風に 歌い続けてる』…………嘘つき」
   曲が流れ続ける中、立ちつくしたまま
   でいるしおり。
                
8××高校 校長室前(放課後)
   校長室扉に〈welcome〉と書かれた札が
   下げられている。

9同・校長室中
   デスクの前に座り、ファイルに収めた
   生徒からのアンケートを読んでいる涼
   子。職員室と通じているドアが開き、
教頭の横山(55)が入ってくる。
横山「校長先生」
涼子「(ファイルから顔を上げ)ああ、はい」
横山「それが全校生徒アンケートですか」
涼子「二年生の分を見終えたところです」
横山「校長室にやってきた生徒は?」
涼子「いいえ、まだ、だれも」
横山「そうですか――いや、今日はひとつわ
 たしの見解も聞いていただいておいた方が
 いいかと思いまして。理想を高く持たれる
 のは大いにけっこうだとは思います。です
 が今、本校生徒に本当に必要なのは、純朴、
 鍛錬、規律の精神なのではないかと」
涼子「――純朴、鍛錬、規律、ね」
横山「はい。本校には昨年まで校訓がありま
 せんでした。そこで前任の井上校長が生徒
 の為を思い退職される前に置きみやげとし
 てこの三訓を遺されました。今一度生徒た
 ちにこの校訓の精神を――」
涼子「(遮って)井上先生は、わたしの高校二
 年のときの担任でした」
  (額に入って飾られた前任校長井上が
   厳しい顔した肖像写真が映る)
横山「ああ、そうだったんですか」
涼子「何度も何度も顔叩かれましたよ。わた
 し、高校時代けっこうヤンチャでしたから
 ね。三年生になってクラスかわってからも
 叩かれました。痛いんですよ、胸倉つかま
 れてされる若い体育教師からの往復ビンタ
 って。お腹蹴られて吐いた仲間もいました。
 わたし教師になれたとき誓ったんです。絶
 対、あの井上のような教師にだけは、いえ、
 あんな社会人だけにはなるまいって。皮肉
 なもんですよね。その井上が校長だった学
 校にこっちも校長として就任するなんて」
   鼻白む横山。
涼子「引き継ぎのときに顔合せたんですけど
 ね、わたしのこと覚えてませんでしたよ、
 井上――お話はそれだけでしょうか」
横山「はぁ……」
涼子「ご意見ありがたく承っておきます」
   二冊あるファイルの薄い方に目を通し
   始める涼子。
横山「失礼します」
   納得いかない風情で職員室に戻る横山。
涼子「はい、ご苦労様――死ぬまで言ってろ」
   涼子、ファイルを見ながら。
涼子「尾崎豊か――こっちから動くか」
   しおりのアンケートが大写しになる。

10同・二年二組(放課後)
   帰り仕度をしているしおり。そこにや
   ってくる涼子。驚く周囲の生徒たち。
涼子、しおりの前に立って。
涼子「本庄しおりさんね」
しおり「は、はぁ」
   にっこりほほ笑む涼子。
   
11同・校長室
   机を挟み、応接用ソファに向いあって
   座っている涼子としおり。
涼子「誰もあそびに来てくれないから無理や
 り呼んじゃった」
しおり「あの――」
涼子「何、何か質問?」
しおり「――何でわたしをここに」
涼子「不思議?」
しおり「そりゃまあ」
涼子「そんなこと何だっていいじゃない。何
 でもいいからわたしに話してよ」
しおり「話してよって、わたしべつに……」
涼子「わたしに話す事なんて何もない?」
しおり「……」
涼子「冷たいなあ」
しおり「冷たいって……」
涼子「あなた、尾崎豊好きなのね」
   驚いて涼子を見つめるしおり。
涼子「そんなに驚かなくてもいいじゃない。
 だってアンケートに応えてくれてたでしょ。
どんな音楽聞くのかって質問に」
しおり「まあ、そうですけど」
涼子「けっこう熱心なファン?」
しおり「熱心っていうか、まあ今までのアル
 バムは全部持ってます」
涼子「へ~え。コンサートとかは」
しおり「それは、行ったことありません」
涼子「そっか」
しおり「オザキのコンサート、いつか行くの
 が夢だったけど、もう、絶対に行けません」
涼子「ニュースで見たわ。民家の庭に倒れて
 たんだよね」
   頷くしおり。
しおり「わたし、オザキが死んだなんて全然
 信じられなくて。それで、中学のとき、オ
 ザキ教えてくれたナオに、電話したら、ナ
 オ、彼氏の電話待ってて、オザキのことな
 んて、もうあんまり興味ないみたいで。わ
 たし、ナオとオザキのこと、オザキが死ん
 だなんて嘘だって、話したかったのに。い
 っぱい話したかったのに……ナオとは高校
 別々になったけど、でも、オザキを教えて
 くれたナオは……わたし、ナオもずっとオ
 ザキ聴き続けてると思ってた。勝手に、そ
 う思ってた――」
しおり(M)〈あれ、わたしなんでこの人に
 こんなこと喋ってるんだろう〉
   立ち上がる涼子。デスクの引き出しを
開け、薄いファイルを手にすると、戻
 ってきてまたソファに座る。ファイル
 をしおりの前に差し出す。
涼子「これは、ちょっと特別なファイル」
しおり「特別?」
涼子「あなたのアンケートもコピーしてここ
 に入れてあります。他の四人といっしょに」
しおり「わたしの? あの、他の四人って?」
涼子「開いてみて」
   ファイルを手に取り開くしおり。自分
のアンケートをじっと見る。
しおり「ほんとだ……」
涼子「クラス順になってるわ。めくってみて」
   ファイルをめくっていくしおり。
しおり「二年三組、手塚千里さん……二年五
 組、黒田篤希さん……二年七組、菅原澪さ
 ん……二年八組、住吉小春さん……」
涼子「この中の誰かと話したことは?」
   首を横に振るしおり。
涼子「全員の顔は分かる?」
しおり「たぶん……菅原さんは一年のとき同
 じクラスでした。手塚さんとは中学がいっ
 しょでした」
涼子「でも、ちゃんと話したことはないのね」
しおり「あいさつくらいなら」
涼子「そう――本庄さん」
しおり「はい」
涼子「そのファイルの五人には共通点があり
ます。何か分かる?」
   首をふるしおり。
涼子「答えはね、全員クラブ活動をしてない
 こと。いわゆる帰宅部ってやつね。それか
 らアンケートの『学校は楽しいですか』っ
 ていう質問と『学校に友達はいますか』っ
 ていう質問に対して何も応えてなかったこ
 と。それは二年生じゃあなた含めたその五
 人だけ」
しおり「……」
涼子「本庄さん」
しおり「はい」
涼子「あなた、これから放課後、その四人に
 一人ずつ会って、何やってるか見てきて。
 でさ、できたら彼女たちと話ししてみてよ」
しおり「え、何で」
涼子「でね、それが終わったら、わたしに知
 らせて」
しおり「だから何でわたしがそんなこと」
涼子「ふふ。これは『かよわき大人の代弁者』
 からのミッションです」
しおり「え」
涼子「『卒業』くらいしか知らないけどね、尾
 崎豊は。でもあれ初めて聞いた時は衝撃受けた
 わ。こんなふうに真正面から大人に挑んでくる
 若い子がいるんだって」
しおり「……」
涼子「逃げてもいいわよ」
しおり「逃げるとかって――そうすることの
 意味が分からないし。だいたい何話せばい
 いのか――」
涼子「それは自分で考えて。ねぇ、オザキだ
 ったらなんて言うだろ。大人からケンカ売
 られて、意味分からないから逃げるのかっ
 て言ったりしないかなあ」
しおり「……」
涼子「分かる? 校長先生、挑発してるんだ
 よ、本庄さんのこと、今」
   じっと見つめあう二人。
     ×     ×     ×
   ドアの前に向いあって立つ二人。
涼子「今日は本庄さんとお話できて楽しかっ
 たわ」
しおり「わたしは別に――目的があったんで
すね、わたしを呼んだ」
涼子「ふふ、うん。ごめんね」
しおり「その四人に会って何やってるか分か
 ったら、校長先生に言えば、それでいいん
 ですね」
涼子「うん。そうしてちょうだい」
しおり「……逃げたなんて思われるの嫌だか
 ら、会うだけですから。ほんとに、何の意
 味があるんですか、その四人に会うことに」
涼子「さあ」
しおり「さあって……失礼します」
   頭を下げて校長室を出て行くしおり。
   涼子、デスクの椅子に腰かける。

12同・廊下
   憤然と歩いていくしおり。
しおり(M)〈何なんだいったい、突然呼び
 付けて。何でちゃんと話ししたこともない
 子たちに会わなきゃいけないんだ。オザキ
 の名前だして挑発したりして、断れなくし
 て。大人ってやっぱりズルイ〉
しおり「あぁ、もう。会えばいいんでしょ会
 えば!」
   男子生徒が驚いてしおりを見る。不機
   嫌な顔で歩き続けるしおり。
                 
13××高校・二年二組(放課後)
   帰り仕度をしているしおり。ため息を
   ついて教室を出て行く。

14同・二年三組前の廊下
   歩いてきたしおり。教室前で立ち止ま
   る。賑やかな教室。部活動へと向かっ
   たり、帰宅したりする生徒たちが教室
   を出てくる。やがて目当ての手塚千里
  (16)も。教室前で立ち止まっている
   しおりに気づかず、廊下を歩いていく。
   声をかけることができず、その後ろ姿
   をじっと見ているが、やがて千里の後
   を追うように歩き始める。

15同・廊下
   千里に気づかれないよう距離をとって
   歩くしおり。

16同・渡り廊下~学生食堂・裏口
   学生食堂に入っていく千里。立ち止ま
   るしおり。やがて出て来る千里。ダン
   ボール箱を抱えている。慌てて物陰に
   隠れるしおり。過ぎて行く千里。また
   彼女の後を追うように歩いていくしお
   り。

17同・校舎裏
   千里、ウサギ小屋の前にしゃがみこん
   でいる。ダンボールに入っていた野菜
   くずを与えたりして、かいがいしくウ
   サギたちの世話をしている。その背中
   をじっと見つめるしおり。千里、気配
   に気づき振り向く。目が合う二人。
しおり「あ、あ、こんにちは」
   不審そうにしおりを見る千里。
しおり「手塚さん、ウサギの世話してるんだ」
   答えない千里。黙々と世話を続ける。
   しおり、ぎこちなく、千里の側まで近
   寄る。彼女の側に腰掛ける。
しおり「か、かわいいね」
千里「――覚えてない?」
しおり「え?」
千里「覚えてないよね」
   しおり、ウサギ小屋の中にいる六匹の
   ウサギを見る。
しおり「あの、このウサギってもしかして中
 学の時学校で飼ってた――」
   小さく頷き世話を続けるしおり。
しおり「手塚さん、卒業してからもここでず
 っとウサギの世話を」
千里「ほっといて卒業したら、この子たちみ
 んなきっと死んじゃってる。だからわたし
 が引き取った」
しおり「そうだったんだ、知らなかった――
 あの、なんでこれ仕切りして三匹ずつに分
 けてるの」
千里「雄と雌に分けてる。いっしょにすると
 交尾して繁殖するから。これ以上増えると
 わたしひとりじゃ世話できない」
しおり「そっか。何かすごいね、手塚さん」
千里「――わたしに何か用事?」
しおり「あ、いや、その用事っていうか、何
 ていうか」
千里「用事ないんだったら、帰ってほしい」
しおり「え――」
   水を換えに立ち上がる千里。
千里「本庄さんが何でここ来たか知らないけ
 ど、わたしとこの子たちの時間、誰にも邪
 魔されたくないの」
しおり「――あ、うん、分かった。ごめん」
   しおり、立ち上がる。その場を去ろう
   とする彼女の背に千里、
千里「本庄さん」
しおり「(振り向いて)何」
千里「中学の時、この子たちの世話一度でも
 したことある? 餌やりや、水換えや、糞
 の掃除とか。それから、この子たちの名前、
 一匹でも覚えてる?」
   首を横に振るしおり。小さく頷く千里。
千里「もう二度とここに来ないでね」
   背を向け、ウサギの世話に戻る千里。
   その背中をしばらくじっと見ていたし
   おり、その場から立ち去る。

18同・廊下
   歩いていくしおり。
しおり「あ~、もう何だかなぁ」
   顔を歪め、頭をぼりぼりと掻きながら。               

19同・廊下(放課後)
   黒田篤希(16)の後を気づかれない様
   に歩くしおり。

20同・図書室 入口
   入っていく篤希。
しおり「文学少女の登場かぁ……」
   しおりも入っていく。

21同・図書室 中
   幾人かの生徒はみられるが、閑散とし
   たもの。書架の間を歩いていくしおり。
   篤希は――いた。部屋一番奥、大机の
   端の席に座っている。適当に本を手に
   取り、彼女の斜め向かいの席に座るし
   おり。ノートを開き、雑誌を幾冊か広
   げて、熱心にペンをとり続けている篤
   希。ちらちらと篤希の方に目をやるし
   おり。
篤希「(顔をあげないまま)何か用事ですか」
しおり「えっ」
篤希「さっきからチラチラ見てますよね、わ
 たしのこと。気になって仕方ないんですけ
 ど」
しおり「あ、ご、ごめんなさい」
篤希「席なら腐るほど空いてますよ。別にそ
 こに座らなくてもいいんじゃないですか」
   しおり、さすがにムッとして、
しおり「ど、どこに座ろうがわたしの勝手じ
 ゃないですか」
   篤希、ようやく顔を上げて、しおりの
   顔を見る。小さく溜息をついてまたペ
   ンをとり始める。
しおり「あの、それ、何やってるんです?」
篤希「ああっ、もううるさいですねぇ。何な
 んですか? まともに検討できないじゃな
いですかっ」
しおり「検討?」
   篤希、机の上に置いていた雑誌を手に
   取り、しおりに突きだすようにしてし
   おりに見せる。
しおり「え、それって、競馬の、雑誌……」
篤希「そう。知らないでしょうから教えてあ
 げます。今度の日曜、安田記念ってGⅠが
 あるんです。その検討をしてるんですわた
 し今。まだ枠順は発表されてないけど、出
 走予定馬の前三走までのタイムと着順をチ
 ェックしてるんです。前走は上り3ハロン
 のタイムも確認します。何言ってるかわか
 らないでしょうけど、とても大切な作業何
 です、これ。だから気を散らされたくない
 んです。分かります?」
しおり「あ、あなた、競馬、するの」
篤希「予想だけ。実際に馬券買ったりはしま
 せん。単勝なら六割、複勝なら七割五分の
 確立で的中させる自信があります――いけ
 ませんか、高校生が競馬の予想しちゃ」
しおり「いや、いけないっていうか、なんて
 いうか――いけなくは、ない。いけなくは
 ないですよね、はい」
   篤希、大きく溜息をついてまたペンを
   とり始める。しおりの方を見ないまま、
篤希「向こうの席行ってもらえますか。本当
 に気が散るから」
しおり「あ、はい。ごめんなさい、でした」
   立ち上がるしおり。本を書架に戻すと
   図書室を出て行く。

22同・廊下
   歩いていくしおり。
しおり「……はぁ、ウサギの次は馬ってか。
 もうワケ分かんない」
   グシャグシャっと髪をかくしおり。
               
23同・体育館(放課後)
   バレー部、バスケットボール部が練習
   している体育館。その隅の方で縄跳び
   をしている菅原澪(16)。
   しおり、二階通路に立って、彼女を見
   ている。二階に上ったボールを拾いに
   きた一年生の女子バレー部員に声をか
   けるしおり。
しおり「ねえ」
バレー部員「はい?」
しおり「あの人、いつもあそこで縄跳びして
 るの?」
バレー部員「はい。トレーニングだそうです」
しおり「トレーニング?」
バレー部員「ええ。わたしも先輩から聞いた
 んですけど、キックボクシングやってるん
 ですって、あの人」
しおり「キックボクシングぅ?! 菅原さんが?」
バレー部員「ええ。ジムにも通ってるそうで
 すよ。そこに行く前に一時間ほどあそこで
 体ほぐすんですって――あ、見ていてくだ
 さい」
   縄跳びを終えた澪。シャドーボクシン
   グを始める。
しおり「ほえぇぇ。キックボクシングかぁ」
バレー部員「何か、かっこいいですよね。ス
 トイックっていうんでしょ、ああいうのっ
 て」
   立ち去るバレー部員。シャドーボクシ
   ングを続ける澪をじっと見つめるしお
   り。

24同・廊下
   歩いていくしおり。
しおり「しゅっ、しゅしゅっ!」
   パンチを繰り出すまねごとをしながら
   歩いていくしおり。
                 
25同・二年二組(放課後)
   机の上に突っ伏しているしおり。
しおり「はぁ~、最後は何が出てきますかね」
   立ち上がる。めんどくさそうに教室を
   出て行くしおり。

26同・二年二組
   入っていくしおり。帰り支度をしてい
   る住吉小春(16)のところへ行く。
しおり「こんにちは、住吉小春さんですよね」
小春「え、え、あ、はい。何」
しおり「いきなりでごめんなさい。でも単刀
 直入に訊きます。わたしのこと変な人だと
 思ってもらっていいです――あなた放課後
 何してるの。よかったら答えて。答えられ
 なかった答えられないって言って。それで
 いいから。もうそれでいいことにするから」
   しおりをじっと見つめている小春。や
   がて、にっこりとほほ笑む。
しおり「え、え、何、何なの。何?」

27帰路
   先を歩く小春。弾むような足取り。し
おり、戸惑いながら歩く。
しおり(M)〈何だろう、彼女の反応。何な
 のあの笑いは。明らかにおかしいよね。も
 しかして変な宗教団体の施設に連れて行か
 れるとか――いや、それってなくはない。
 いや、大いにありうる。そうなったら逃げ
 なきゃ、絶対に逃げなきゃ。もしそうだっ
 たりしたら一生恨んでやるあの校長〉
   小春、振り返ってしおりを手招き。
小春「ほらぁ、早よ、早よぉ」
しおり「う、うん」
   
28商店街
   入っていく小春。ついていくしおり。

29カラオケハウス「ミュージック・シップ」
入口
   立ち止まる小春。
しおり「え、ここって……」
小春「さ、入ろ」
しおり「あの、住吉さんって」
小春「うち放課後はいっつもここで一人で歌
 の練習してるんや。うちな、ここ顔パスや
 ねん」
しおり「歌の練習」
小春「なぁ、聴いててくれる? なぁ、聴い
 てくれるよね、うちの歌。あ~、えっと、
名前なんて言わはるのん」
しおり「あ、本庄しおり、です」
小春「よろしく、本庄さん。さ、入ろぉな」
しおり「あ、うん」
   入っていく小春。
小春「よっしゃあ、今日は観客つきやでぇ!」
しおり「歌の、練習――」
   続いてしおりも入る。

30同・受付
小春「チャーッす」
店長・船田(35)「ああ、小春ちゃん。いら
 っしゃい」
小春「今日は観客つきや。後でジュースと何
 かお菓子持ってきてや」
   ぎこちなく頭を下げるしおり。受付を
   通りすぎる小春。しおりもついて行く。
船田「珍しい。小春ちゃんが友達連れてくる
 なんて」
小春「(振り返って)友達とかやない。さっ
 き知り会ったばっかしやし。なあ」
   頷くしおり。廊下を歩いていく二人の
   後ろ姿を見ながら店長、
船田「さっき知り会ったばっかりって、何じ
 ゃそりゃ」

31同・ボックス内
   発声練習をする小春。
小春「ほな、ぼちぼちいかせてもらおかなあ」
   マイクを握り、リモコンを操作する小
春。『大阪しぐれ』を歌い始める。
しおり「すごっ……」
   『おゆき』『みちづれ』『夢追い酒』『な
   みだ恋』を次々と歌っていく小春。ド
   アが開いて店長がジュースとスナック
   菓子を持って入ってくる。
船田「すごいでしょ、小春ちゃん」
しおり「あ、ええ、はい」
船田「初めて歌声聴いた時、鳥肌が立ったよ。
   本気で演歌歌手目指してるんだって」
しおり「演歌歌手を」
船田「うん。俺、なれると思うよ、彼女」
   熱唱する小春を見つめるしおり。小春
『なみだ恋』を歌い終えて。
小春「あ~っ、聴いてくれる人がいてるとや
 っぱり気持ちのこもり方が違うなぁ。なぁ、
 本庄さん、もっと聴いてくれる? うちの
 歌」
   しおり、笑って頷く。
     ×     ×     ×
   椅子に座る小春。
小春「どうやった?」
しおり「すごい」
小春「ほんまに?」
しおり「ほんまに」
小春「ほんまのほんまに?」
しおり「ほんまのほんまに」
   笑う二人。
小春「なあ、本庄さんも何か歌いぃな」
しおり「えっ、ダメだよダメだよ。住吉さん
 のあんなすごいの聴いた後に歌えないよ」
小春「そんなん関係ないって。せっかくやん。
 それに、人の歌聴くのもうちの勉強やし」
しおり「そう、なの」
小春「うん。何か歌ってえや」
しおり「うん、じゃあ」
   しおり、カラオケのコード冊子を繰り、
   リモコンを操作する。椅子から立ち上
   がり、ステージに立つ。尾崎豊の『シ
   ェリー』を歌い始める。じっと聴き入
   る小春。歌の途中で泣き出すしおり。
   絶唱。泣きながら歌い終える。グスグ
   ス泣きながら椅子に座るしおり。
小春「負けたわ」
しおり「え?」
小春「うち、泣くほどの気持ち込めて歌うた
 ったことなんかない。負けたわ、あんたの
 歌に。今日本庄さんの歌聴けて、よかった」

32商店街
   並んで歩くしおりと小春。
小春「そっかあ。それでいきなりあんなこと
 うちに訊いたんかぁ」
しおり「うん、ごめん」
小春「べつに謝らんでもエエよ。けど、あの
 校長も何であんたにそんなこと言うたんか
 な」
しおり「それが分からない」
小春「うちは歌さえあったらそれでエエから、
 あのアンケートの質問、空欄にしてただけ
 やねんけどなあ。高校入るときこっち越し
 てきて、ツレも何となくできんままやった
 だけやねんけど」
しおり「――楽しくないよね、学校」
小春「う~ん、そんなんあんまり考えたこと
 ないなあ。オトンと二代目オカンが高校だ
 けは出とけっていうから行ってるだけやか
 ら、うちは」
しおり「二代目オカン?」
小春「なぁ、ちょっとうち寄って行かへん?」

33居酒屋〈たんぽぽ〉入口
   準備中の札が掛かっている入口を開け
   る小春。
小春「ただいま~。さ、入って」
   おずおずと続いて入るしおり。

34同・店内
   仕込みをしている小春の継母、幸世
(44)。カウンター席に座り、ギター
 をつま弾いている父正敏(52)。
幸世「おかえり。あら、そちらは」
小春「本庄しおりさん」
しおり「はじめまして、本庄です」
幸世「お友達?」
   顔を見交す二人。
正敏「ツレができたんか、おまえ」
小春「――うん。みたい」
正敏「そうかぁ」
小春「うん。本庄さん、ちょっと待ってて」
   店から家屋の方に入る小春。
幸世「どうぞ、本庄さん座って」
しおり「あ、はい」
   カウンター席に腰掛けるしおり。仏壇
   の鈴の音が聞こえる。
幸世「ご飯食べていってね」
しおり「あ、いいですいいですそんな」
幸世「遠慮しないで。居酒屋の賄いご飯だか
 らお口に合うか分からないけど」
正敏「遠慮せんでもエエ。晩げにツレとこ遊
 びに来た子ぉは、その家のご飯食べて帰る
 もんや。一億万年前から決まったぁる――
 なあ、本庄さん」
しおり「はい」
正敏「小春と、ええツレになったってな。幸
 世、冷やで一杯くれ」
幸世「まだ早い。呑むのは八時回ってからっ
 て約束でしょ」
正敏「かまへん。今日は特別や、ほら」
幸世「もう」
   正敏のさしだしたコップに酒を注ぐ幸
   世。小春が戻ってくる。
小春「あ~っ、オトンもうお酒飲んでるっ!」
正敏「やかまし。祝杯上げてるんじゃワシは。
 なあ、本庄さん」
しおり「はぁ……」
     ×     ×     ×
   正敏のギター伴奏で『まわり道』を歌
   う小春。
しおり(M)〈ツレに、なったのかな、わた
 しと住吉さん。でも、彼女の歌がホンモノ
 だってことは、分かる。少なくともあの校
 長よりはホンモノだ。でも、あの校長にあ
 んなこと言われてなけりゃ、住吉さんとも
 知りあってなかったわけで。ああ、もう何
 が何だか分かんない。とにかく彼女の歌が
 ホンモノなのは事実だ。あ、それから二代
 目オカンのつくってくれた賄いご飯は豪勢
 でとびきりおいしかった〉
   歌い終わった小春に拍手を送るしおり。
                (F・O)
                
35アパート・板倉深雪宅〈二階〉入口(夕)
   呼び鈴を押す涼子。扉が開く。立って
   いる板倉深雪(30)。二人、見つめあ
   って。

36同・中、居間
   向かい合わせに座っている涼子と深雪。
   それぞれの前に湯呑み。
深雪「校長就任、おめでとうございます」
涼子「ありがとう」
深雪「したんですか、全校生徒アンケート」
涼子「うん、した」
深雪「いじめを訴えてきた子は?」
涼子「それは、いなかった」
深雪「言いにくいんですよね、先生には。ま
 して校長先生とくれば余計に」
涼子「……心を砕いていくつもりよ、何より
 も」
深雪「そう。せいぜい頑張ってください」
涼子「――うん。でも学校に友達や仲間のい
 ない女の子の生徒が五人いた」
深雪「へえ。一人でいるのが楽しいんじゃな
 いですか、そういう子たちって」
涼子「あなたは?」
深雪「え」
涼子「あなたは一人でいて楽しかった?」
深雪「何わたしに質問なんかしてるんです、
 先生」
涼子「――ごめんなさい」
深雪「楽しいとか、楽しくないとか、そうい
 う世界で生きてたと思います、わたし」
涼子「ごめんなさい」
深雪「――何とかするつもりなんですか、そ
 の五人のこと」
涼子「うん、できれば」
深雪「今更ながらのおせっかいですか」
涼子「――そうね」
深雪「ふふふ」
   お茶を飲む深雪をじっと見つめる涼子。
                (F・O)

37××高校・校長室(放課後)
   デスクを前に座っている涼子。その前
   に立っているしおり。
涼子「ウサギの飼育に競馬の予想にキックボ
 クシングの練習にカラオケで演歌かぁ。予
 想以上に面白い結果が出たわねぇ」
しおり「あの、もうこれでいいですか」
涼子「じゃあ住吉さんとは友達になれたんだ」
しおり「はぁ、まあ。関西弁ではツレってい
 うらしいですけど」
涼子「ツレ、かぁ。何かいいねそれ。他の三
 人とは何か話しした?」
しおり「……菅原さんには話しかけられませ
 んでした。あとの二人からは、完全に拒否
 られました」
涼子「そう」
しおり「わたし、もう他の三人に会ったり話
 したりするつもりありませんから」
涼子「はい、分かりました。本庄さん」
しおり「はい」
涼子「明日、この時間にもう一度ここに来て」
しおり「え、なんでですか」
涼子「なんでもいいじゃない」
しおり「そればっかり――嫌だって言ったら」
涼子「校内放送で呼び出す」
   微笑む涼子を睨みつけるしおり。

38校長室(放課後)
しおり「失礼します」
   ノックをして中に入るしおり。
   デスクの前に立っていた、小春、千里、
   篤希、澪が振り返りしおりを見る。
しおり「えっ……」
   デスクの椅子に座っている涼子。
涼子「遅刻よ。後三分待って来なかったら放
 送室に行こうって思ってたとこ」
×     ×     ×
五人、涼子の前に並んで立っている。
涼子「ということでですね、本庄さんの見事
 なスパイ活動によりあなた方が放課後それ
ぞれ何をしているか分かりました」
しおり「……スパイって」
涼子「ふふ、冗談よ」
篤希「あの」
涼子「何」
篤希「停学でしょうか、わたし」
涼子「何で」
篤希「何でって、それはやっぱり高校生が競
 馬の予想なんてしてるのは……」
涼子「馬券買ったりはしてないんでしょ」
篤希「はい」
涼子「だったら何の問題もないわ。だけどそ
 の分勉強もしっかり――って、入学以来学
 年トップから落ちたことのないあなたには
 よけいなお世話かしらね」
千里「わたしは……」
涼子「何、手塚さん。校内でウサギ飼ってる
 こと?」
千里「はい」
涼子「立派よ。中学校で飼ってたウサギ引き
 取って一人で飼育してるなんて、そうそう
 できることじゃない。もちろん禁止したり
 しない。これからも面倒みてあげて」
千里「……はい」
涼子「で、ですね。わたしから提案がありま
 す」
デスクの上に[写ルンです]を置く涼子。
涼子「これから――そうね、とりあえず二学
 期の始業式、九月一日までこれにあなたた
 ちの写真たくさん撮りなさい」
澪「……どういう、ことですか」
涼子「どういうことも何もそういうことよ」
篤希「意味が分からないのですが」
涼子「ハァ、何であなたたちってそう意味ば
 っかり求めたがるのかなあ。とにかくやっ
 てみなさいよ。はい、校長先生のお話は以
 上で終わり。それぞれの場所に戻ってもら
 ってけっこうです――あ、そうだ、せっか
 くだから記念の一枚目、先生が撮ってあげ
 よう」
   [写ルンです]を手に椅子から立ち上が
   る涼子。並ぶ五人の前に立つ。
涼子「はい笑って笑って~~ってまだ笑えな
 いかぁ。まあいいや、ざーとらしく笑うの
 ばかりが記念写真じゃないぞっと。はいチ
 ーズ」
   シャッターを切る涼子。[写ルンです]
   をしおりに手渡す。
涼子「はい」
しおり「え」
涼子「あなたが持ってなさい」

39同・校長室前廊下
   出て来た五人。しおりの前に立つ澪、
   篤希、千里。
澪「どういうこと」
しおり「ごめん……」
千里「いきなり小屋の前に来たからおかしい
 と思ってた。校長先生に言われてこそこそ
 かぎまわってたんだね、わたしたちのこと」
しおり「ごめんなさい」
篤希「最低ね、あなた」
澪「写真なんか撮らないから」
しおり「……うん」
篤希「とにかく、これで終わりだから」
   頷く澪と千里。
しおり「うん、分かってる、ごめん」
小春「許されへん」
しおり「え」
小春「あんなんわたし、絶対許されへん」
   ノックもせず校長室のドアを開け、開
   け放ったまま校長室に再び入る小春。

40同・校長室
   座っていた涼子顔を上げる。その前ま
   で来る小春。
涼子「どうしました、住吉さん。入る時はせ
 めてノックくらいはしましょうね」
小春「取り消してください」
涼子「え?」
小春「さっき本庄さん――しおりのこと『ス
 パイ』って言ったこと、取り消してくださ
 い。そんで謝ってください、しおりに」
涼子「だからあれは冗談だって――」
小春「しおりは、校長先生に言われて、言う
 通りに動いただけやないですか。それをス
 パイやなんて、ひどすぎるやないですか。
 今しおり、菅原さんと黒田さんと手塚さん
 から責められてます。最低やって言われて
 ます。そんなことになったん、校長先生の
 せいやないですか。なんでしおりがそんな
 ん言われなアカンのですか」
涼子「……」
小春「黙ってへんと答えろや! 冗談やと? 
 言うてエエ冗談とアカン冗談があるやろ!
 人いちびるんも大概にせえや! 取り消せ
 やっ、しおりに謝れやっ! ああっ!」
   立ち上がる涼子。二人の様子を茫然と
   見ていた四人の前まで歩く。

41同・校長室前廊下
   しおりの前に立つ涼子。
涼子「本庄さん。スパイだなんて言ってごめ
 んなさい。あれは完全にわたしの失言でし
 た。取り消して謝ります。許してください」
   深々と頭を下げる涼子。
しおり「もう、いいです」
   頭を上げる涼子。
涼子「嫌な思いをさせてしまったわね」
しおり「そればっかりでもないです。住吉さ
 んとも――ツレになれたから」
   戻ってくる小春。
小春「小春でエエよ。昔から嫌いやねん。『
 住吉さん』って言われるの、お賽銭ももら
 われへんのに」
しおり「え?」
小春「……分からんかったらエエ」
涼子「(三人を見て)あなたたちにも不快な
 思いをさせてしまいました。ごめんなさい。
 本庄さんのことは責めないであげて。彼女
 はわたしに言われたことをしただけで、何
 も悪くないの。わたし、少しでも知りたか
 ったのよ、あなたたちのことが」
三人「……」
しおり「校長先生」
涼子「何」
しおり「今ここで話してたんですけど、写真
 はきっと無理だと思います」
   [写ルンです]を涼子に返そうとするしおり。
涼子「うん、分かった。でも、せっかくだか
 らそれはあなたにあげる」
しおり「――じゃあ、これで帰ります。みん
 な、本当にごめんね」
   三人に頭を下げるしおり。
小春「もうエエもうエエ。終わりや、これで
 終わり。こんなときこそ歌や歌! 歌って
 スカッとしよかぁ。なあ、しおり!」
   肩を並べて帰っていくしおりと小春。
小春「『アイラブユー 今だけは悲しい歌 
 聞きたくないよ~』」
しおり「もう、だからやめてよ、こぶし回し
 てオザキ歌うのはぁ」
   二人の背中を見つめている四人。
涼子「ド迫力だったねぇ住吉さん。おしっこ
 ちびりそうになっちゃったわ――ねぇ、関
 西弁でね、友達のことをツレっていうんだ
 って。なかなかいいもんだって思わない、
 ツレってのもさ」
   無言の三人。
                
42小春が歌っているストップショットやし
  おりが歌うストップショットにしおりの
  モノローグがかぶさる。
しおり(M)〈こうやってわたしと小春はま
 あツレになり、放課後は小春顔パスのカラ
 オケハウスで過ごすことが多くなった。何
 でも小春は本当のオカンとは四つの時に死
 に分かれ、十歳のときに二代目オカンとオ
 トンが再婚したそうだ。まあそれなりにい
 ろいろあったみたいだが、今は二代目オカ
 ンのことが好きだと言っていた。ちなみに
 オトンは体が弱く、働いていないらしい。
 で、夜になると小春は店で八時までオトン
 のギター伴奏で演歌を歌ってるんだって。
 お客さんからご祝儀をもらうこともあるら
 しい。すごいよね、もう自分の歌でお金稼
 いでるんだもん小春ってば。演歌歌手にな
 るんだっていうときの小春の目はキラキラ
 輝いている。少女マンガの登場人物みたい
 にホントに目の中に星が飛び散ってるみた
 い。あ、でもロックやポップスはてんでダ
 メ。絶対こぶしまわしちゃうから――ちな
 みにわたしも小春も、あの三人とはあれか
 ら一度も会ってない。きっともう二度と話
 しすることもない、って思ってたんだけど
 さあ……〉

43××高校・二年二組教室(放課後)
   帰り仕度をしているしおりのところへ
   やってくる小春。
小春「さあ、今日も歌いに行こかぁ」
しおり「期末テストも近いというのに……」
小春「期末テスト? 何それ。おいしい食べ
 もんか何かか?」
しおり「無敵だねあんた」
小春「赤点が怖ぁて北原ミレイが歌えるかぁ」
しおり「ごめん。意味が全然分からない」
小春「ほなあんた、今から帰ったらマジメに
 お勉強するんやな」
しおり「……しない」
小春「そやろぉ。さ、ぐだぐだ言うてんと行
 くで。今日はな、演歌はやめ。ロックとポ
 ップス限定や」
しおり「え、何でまた」
小春「ミュージックフェアや」
しおり「ミュージックフェア?」
小春「せや。あの番組に出たら、演歌歌手も
 ポップスやニューミュージック歌わなあか
 んことがあるからな」
しおり「そのための練習するってわけ?」
   大真面目な顔で頷く小春。

44同・学生食堂裏口
   餌の入った段ボール箱を抱えて出て来
   る千里。

45同・校舎裏
   ウサギ小屋に近寄る千里の足が止まる。
   鍵が破壊され開いている小屋の入口。
   中にウサギは一匹もいない。慌てて小
   屋に近寄る千里。
千里「うそ、うそ……」
  
46同・二年二組
   教室を出ていこうとしている二人。
しおり「しかたない、こぶしの効きまくった
 ポップスを聴いてあげますかぁ」
小春「そやからぁ、今日は大丈夫やって。
『15の夜』も歌たる」
しおり「それだけはやめて」
小春「何でぇ、失礼やなぁ」

47同・廊下
   息を切らせ走る千春。

48同・二年二組を出たあたりの廊下
   やってくる千里。
千里「本庄さん」
しおり「手塚さん」
小春「何や、あんた」
千里「……いないの」
しおり「え」
千里「いないの、ウサギが。小屋の入口が壊
 されてて、みんないなくなってるの」
しおり「……」
小春「それがどないしてん」
千里「え」
小春「関係ないやん。二度と来るなって言う
 てんやろしおりに。あんたのウサギがいな
 くなってようが、それがしおりに何の関係
 があるねん。何しに来てんよあんた」
千里「……ごめんなさい」
   千里、二人に背を向け去ろうとする。
しおり「待って」
   振り向く千里。
しおり「いっしょに探そう」
小春「しおりぃ」
しおり「関係ないことない。わたし、手塚さ
 んが一人で頑張ってウサギ育ててること知
 っちゃったもん。関係ないことなんてない」
   しおり、千里に歩み寄っていく。
千里「本庄さん」
小春「うちも知ってしもてるやん……」
しおり「とりあえず校内探そ。ほら、あんた
 はどうすんのよ。今から歌うたいに行く?」
小春「ハァ……分かったわよぉ。けど手塚さ
 ん、はっきり言うとく。あんたが都合よう
 しおり頼ってきたこと、うちは納得してへ
 ん。ただこのまま帰ったら寝ざめが悪いか
 らいっしょに探すだけや、ええな」
千里「うん、ごめんなさい」
   二人と逆方向に駆けだす小春。
しおり「ちょっと、どこ行くのよっ」
小春「あんたの理屈で言うたら関係者あと二
 人いてるやろっ!」
   廊下を走って行ってしまう小春。
しおり「じゃあ、わたしたちも探そう」
千里「うん……ごめん」
しおり「もういいって。絶対校内いるから、
 見つけよ」
千里「うん」
   廊下を駆けだす二人。

49同・図書室前
   走ってきた小春、立ち止まる。ガラッ
   と勢いよくドアを開ける。

50前同・中
   大机、一番後ろの席に座り競馬の予想
   をしている篤希。その前に立つ小春。
   篤希、顔を上げる。見つめあう二人。

51同・廊下
   走って行く小春。

52同・図書室入口
   出て来る篤希、駆けだす。

53同・体育館
   シャドーボクシングをしている澪のと
   ころへやってくる小春。澪、気づいて
   小春を見る。見つめあう二人。

54同・廊下
   走って行く小春。

55同・体育館入口
   駆けだしていく澪。

56同・廊下
   並んで走っているしおりと千里。
しおり「いっしょに探しても効率悪いから、
 別れて探そう」
千里「うん」
   別方向に別れる二人。
     ×     ×     ×
   走るしおり。
     ×     ×     ×
   走る千里。
     ×     ×     ×
   走る小春。
     ×     ×     ×
   走る篤希。
     ×     ×     ×
   走る澪。

57同・渡り廊下
   澪の足が止まる。男子生徒六人が騒ぎ
   ながらウサギを競走させている。
澪「ちょっと」
   澪を見る六人組。
澪「どうしたのよそのウサギ」
生徒①「何だおまえ」
澪「どうしたんだって訊いてるの、こっちは」
生徒②「何でおまえにそんなこと答えないと
 いけないんだよ」
澪「小屋の鍵壊してここまで連れてきたのね」
生徒③「分かってるんだったら訊くんじゃね
 ぇよ、バーカ」
   ヘラヘラ笑う六人組に近寄っていく澪。
澪「で、遊び道具にしてるのね、今」
生徒⑤「だったらどうなんだよ」
生徒⑥「レースさせてんだよ、金賭けてんだ。
 邪魔すんな」
澪「今だったら許してあげる。そのウサギ世
 話してる子に頭下げて謝って、壊した小屋
 の入口ちゃんと直すっていうなら許してあ
 げる」
   顔を見交す六人。笑う。
生徒④「何だおまえ、女のくせしやがってよ」
澪「……そのつもりないのね」
生徒②「だったらどうだってんだよぉ」
   澪の目の前に立つ生徒②.
澪「ふんっ!」
   澪のボディーブロー。
生徒②「ぶぐうっ!」
   崩折れる生徒②.ゲロゲロと嘔吐し、
   その場でのたうちまわる。唖然となり
   その様を見ている残りの五人。
澪「今のは五割の力で打った。次はそのつも
 りはない。体に障害残す覚悟があるんだっ
 たらかかってきなよ。」
   しおり、千里、小春、篤希が走ってや
   ってくる。怯えてかたまっているウサ
   ギたちのところへ泣きながら駆け寄る
   千里。

58同・校舎裏
   校務員の工藤(58)がウサギ小屋の入
   口を修理している。それを見ている五
   人。
工藤「よっしゃ。ひとまずこれでいいだろ。
 まあ今日はとりあえずの修理だ。明日から
 な、俺が新しい小屋こさえてやっから」
千里「はい、ありがとうございます」
工藤「こんなことになるんなら、もっと早く
 いいの作ってやってりゃよかったなあ」
しおり「あの、校務員さんは知ってたんです
 か、手塚さんがここでウサギ飼ってること」
工藤「もちろん。俺も時々世話してるからな。
 ほんと偉いよこの子は。夏休みも冬休みも
 毎日来て世話してるんだから」
小春「夏休みも冬休みも……」
工藤「たいへんなんだよ、生き物死なせずに
 面倒み続けるってのは、根気と覚悟と知識
 がないと無理なんだよ――よぉし、いい小
 屋つくるぞぉ。あぁ、何か燃えてきたぁ!」
   去っていく工藤。
千里「あの、みんな、本当にありがとう」
小春「まあ、何せ見つかってよかった」
   立ち去ろうとする篤希。
千里「黒田さん、ありがとう。いっしょに探
 してくれて」
篤希「……ほんと迷惑、あなたたちって」
   立ち去る篤希。
小春「あーっ、かわいくないっ」
しおり「いいじゃんかさ、一生懸命いっしょ
 になって探してくれたんだからさ。何て言
 ってあの二人説得したのあんた」
小春「あの二人もわたしと同じこと言うた、
 自分には関係ないって。けどあんたに言わ
 れたことそのまま言うた。この子が一人で
 頑張ってウサギ育ててること知ってしもた
 以上はもう関係ないことないんやって」
しおり「そしたらいっしょになって探してく
 れたんだ」
   頷く小春。
千里「あの、菅原さんは?」
しおり「あれ、いない。いつの間に」
小春「……『疾風のように現れて 疾風のよ
 うに去っていく~』月光仮面かあいつは」
しおり「いちいち古いね、あんた」
小春「うるさいわ。でもそんな感じやん。な
 かなかやりよるなあ、あの子」
千里「わたし、菅原さんにちゃんとお礼言わ
 ないと」
しおり「うん。また今度でいいよそれは。ね
 ぇ手塚さん」
千里「何」
しおり「わたしたちにもこれから放課後ウサ
 ギの世話のお手伝いさせてよ」
小春「わたしたちって、何勝手に複数形にし
 とんねん、あんた」
しおり「いいでしょう、歌いに行く前にちょ
 っと手伝えばいいだけのことじゃない。ダ
 メかなあ、手塚さん」
   笑って頷く千里。
千里「じゃあ、名前覚えてあげて」
しおり「うん」
   小屋の前に座る二人。
小春「はぁ……何か言いだしそうな気ぃして
 たわ、それ」
千里「雄からいくね、奥にいるのが走太。ま
 ん中のがやすべえ。で、今一番手前に来て
 るのがまる吉」
しおり「走太にやすべえにまる吉――全部同
 じに見える」
千里「次雌ね。奥でひっついてる向かって右
 側がやよいで左側がノッコ。で、今まん中
 で寝てるのがヒメ」
しおり「やよいにノッコにヒメ――やっぱり
 全部同じに見える」
千里「よく見たら顔も体型も全然違うから。
 それに性格も」
しおり「そうなんだ」
小春「『そうなんだ』――って大丈夫でしょ
 うかねぇ」
しおり「(振り返って)あんたもちゃんと覚
 えるんだかんねっ!」
小春「へいへい」
   小春、ウサギ小屋の前に来て屈みこむ。
   六匹のウサギを見つめる三人。
                
59××高校・体育館入口(放課後)
   千里が立っている。トレーニングを終
   えて出て来る澪。澪に近寄る千里。
千里「あの、菅原さん」
澪「――ああ」
千里「この前はありがとう」
澪「ああ」
   歩き出す澪。追いすがる千里。
千里「あの、菅原さん」
澪「何、まだ何か用事」
   手にしていた袋を差し出す千里。
千里「お礼。クッキー焼いたの。よかったら」
澪「……ごめん、甘いもの食べないようにし
 てるんだ」
   立ち去る澪を見送る千里。

60帰路
   歩いていく澪。少し離れて歩く千里。

61大谷キックボクシングジム 
   入っていく澪。立ち止まる千里。

62同・中
  練習着に着替え、サンドバッグを叩い
  ている澪。

63同・入口
  練習する澪をじっと見ている千里。
  出て来るトレーナーの村田由香(29)。
由香「入会希望?」
千里「いえ、わたしそんなんじゃ……」
由香「ボクササイズサイズコースもあるよ」
千里「ボクササイズコース、ですか」
由香「そ。蹴って殴ってストレス発散、健康
 的にシェイプアップ! ちなみにわたしが
 コースの主任トレーナー。どう、入んない
 ?」
千里「いえ、わたしはちょっと……あの、今
 練習してる彼女もその、ボクササイズコー
 スの人なんでしょうか」
由香「ああ、澪ちゃん? 彼女はね、エキス
 パートコース。ホントにスパーリング――
 あ、スパーリングってのは実戦形式の練習
 ね――そういうのやったりもする。小五の
 時からうちに来てる」
千里「……あの」
由香「何」
千里「練習、見せてもらっていいですか」

64同・中
   由香といっしょにジムの中に入って来
   る千里。ブザーが鳴り一分間のインタ
   ーバル。サンドバッグを叩いていた澪
   が動きを止める。千里に気づく。頭を
   下げる千里のところへやってくる澪。
澪「クッキー、そんなに食べてほしいの」
千里「ごめんなさい。わたし、家、こっちだ
 から。だから、菅原さんがここに入って行
 くの見えて、それで――」
由香「え、何、知り合い?」
澪「同級生」
   ブザーが鳴る。サンドバッグのところ
   へ戻り、練習を再開する澪。
由香「何だそうだったの」
千里「あの、菅原さんの練習するの見てても
 いいですか」
由香「うん。そこベンチあるから座って見て
 ていいよ――気持ち分かるなあ」
千里「え」
由香「とにかくきれいなんだよ、あの子のバ
 ッグ打ち。軸がブレないし、パンチもキッ
 クもキレキレだ。見惚れちゃうよね。ゆっ
 くり見てっていいよ。あ、気が向いたら二
 階のボクササイズコースも見学にきなよ。
 もう少ししたらOLさんたちたくさん来て
 練習始まるからさ」
   サンドバッグを叩き、蹴り続ける澪を
   見つめる千里。
     ×     ×    ×
   澪、パンチングボールを叩いている時
   に、練習着の雪岡アリス(16)が現れ
   る。
アリス「おはようございま~す」
   サンドバッグを叩き始める。澪の動き
   が止まり、アリスを睨むような目つき
   で見つめる。アリスの猛烈な勢いのパ
   ンチとキック。澪、パンチングボール
   を叩くのをやめ、アリスの隣でサンド
   バッグを叩いている男の練習生のとこ
   ろまでいく。
澪「退いて」
   練習生を押しのける澪、サンドバッグ
   を叩き始める。競うようにサンドバッ
   グを叩き蹴る澪とアリス。フロアーの
   視線が二人に集まる。圧倒される千里。

65同・入口
   立っている千里。着替えて出て来る澪。
澪「……」
千里「わたし、ファンになっちゃった。菅原
 さんの」
澪「ファンって……」
   微笑む千里。見つめあう二人。

66喫茶店『アドラーブル』外景

67同・中
   テーブル席に向いあって座っている二
   人。千里は紅茶、澪はバナナジュース
   を飲んでいる。
二人「あの」
千里「どうぞ、菅原さんから」
澪「――ウサギ、あれからどうしてる」
千里「みんな元気。あれから本庄さんと住吉
 さんが世話の手伝いしてくれるようになっ
 て、ずいぶん楽になったの」
澪「そう。あの住吉って関西弁の子、面白い
 ね。校長どなりつけたりさ。わたしも殴り
 かかられそうな勢いでウサギ探しに行くよ
 うに言われたよ」
千里「歌、ものすごく上手いんだよあの子」
澪「歌? ああ、校長何かそんなこと言って
 たね」
千里「うん、この前いっしょにカラオケいっ
 てびっくりした。演歌歌手目指してるんだ
 って」
澪「演歌歌手か――」
千里「菅原さんは」
澪「え」
千里「その、今日やってたの、キックボクシ
 ングでプロになるとか――」
   無言でいる澪。
千里「…ごめんなさい。余計なこと訊いて」
澪「女子キックにもプロはある。やり始めて
 すぐになりたいって思ったし、なれるって
 思った。それが夢だった」
千里「――」
澪「今日ずっとわたしの練習見てたでしょ」
千里「うん」
澪「どうだった。わたしがサンドバッグ叩い
 たり蹴ったりするの見て」
千里「どうって?」
澪「どう思ったかひとことで言ってみて」
千里「うん。きれいだった。わたし、キック
 ボクシングのことなんか全然わからないけ
 ど、トレーナーさんの言ったとおり、見惚
 れるくらいだった」
澪「うん。じゃあさ、わたしの隣にいた子の
 サンドバッグはどう思った」
千里「え」
澪「いたでしょ、途中から来てわたしの隣で
 バッグ打ちしてた子が。あの子の練習をひ
 とことで言うとしたら?」
千里「……」
澪「はっきり言っていいよ」
千里「正直に言っていい」
澪「うん」
千里「凄かった。荒々しいっていうか。菅原
 さんみたいにきれいだとは思わなかったけ
 ど、でも――菅原さんより凄いって思った」
澪「――うん」
千里「ごめんなさい」
澪「いいんだよ。正解だよそれで。わたしさ、
 スパーで勝てないんだよ、あいつに」
千里「勝てない」
澪「うん。何回やっても勝てない。ていうか
 ボコボコにされる」
千里「菅原さんがボコボコに」
澪「最初はボクササイズコースにいたんだけ
 どね、あの子。でも会長が才能見抜いた。
 で、あっという間に抜かれた。去年やった
 最初のスパーでわたし気絶させられた」
千里「気絶」
澪「それから何度やっても勝てない。会長が
 言うには天性のパンチ力、キック力がある
 んだって。会長、つきっきりで教えてる。
 同じ高二で雪岡アリスっていうんだあの子。
 アマチュア大会に出て優勝もしてる」
千里「そうなんだ」
澪「すっごいかわいい顔してるでしょ」
千里「うん」
澪「この前専門誌に取り上げられてたよ『キ
 ックの国のアリス』とかって。会長、今度
 テレビ局があの子の取材に来るとか言って
 た」
千里「……」
澪「だから、あいつに勝たないことにはプロ
 も何もないって思ってる、今は。ていうか、
 あいつ倒せればそれでいいって思ってる」
千里「『キックの国のアリス』――何かそう
 いうのってすごいムカつく」
澪「え?」
千里「見てたのわたし、練習終わったあとね、
 あのアリスって子『おつかれさまでした~』
 なんてみんなに可愛く愛想ふりまいちゃっ
 て。分かってるんだよね、自分がかわいい
 ってさ。でさ、ジムの男の人みんなデレデ
 レしてて……なんであんなのがいいんだろ
 男って。ねえ、菅原さん」
澪「何」
千里「あのかわいい顔、ボコボコにしちゃっ
 てよ」
   まじまじと千里の顔を見る澪。
澪「あんた、意外と過激なんだね」
   見つめあい、どちらからともなく笑い
   だす二人。
澪「ねえ、クッキーちょうだい」
千里「あ、うん。でもいいの、ここお店だよ」
澪「いいって。ここのマスターとは昔からの
 知り合いだから。そんなことで何も言わな
 いよ。練習終わりはいつもここでバナナジ
 ュース飲んでるんだ」
千里「そうなんだ。じゃあ」
   テーブルの上にクッキーが入った袋を
   置く千里。
澪「いただきます――おいっしぃ! え、何
 これ!?」
千里「よかった」
澪「いや、ほんとマジでおいしいよ、これ」
千里「それね、おからで作ったの」
澪「おから? おからってあの、おから?」
千里「うん、おから。おばあちゃん直伝のお
 からクッキー」
澪「おからでクッキーなんてできるんだ」
千里「これだったらカロリーも凄く低いし、
 砂糖もほんの少ししか使ってないから、菅
 原さんにはいいかなって思って」
澪「……そうか、ありがとう」
千里「これからも焼いて持ってきていい?」
澪「こっちからお願いするよ。ホントは無性
 に食べたいときがあるんだよね、こういう
 のを。でもさぁ、わたし家庭科ずっと1だ
 からなあ。こんなの自分じゃ絶対作れない」
千里「1、なの」
澪「あんたは」
千里「中学のときからずっと10」
澪「……ムカつく」
   笑い合う二人。
千里「作る時念を込めるね、アリスに勝てま
 すようにって」
澪「はは、うん」
千里「アリスの顔面崩壊できますようにって」
澪「……わたしより過激だ、あんた」
千里「雰囲気がすごく嫌。チヤホヤされてい
 い気になってバカみたい。あんな子に菅原
 さんが負けるなんて納得いかない」
澪「次のスパーじゃ負けない。キレとスピー
 ドはこっちが上なんだ」
千里「うん。絶対勝てるよ」
澪「うん、絶対に勝つ」
                
68校舎裏・ウサギ小屋(放課後)
   ウサギの世話をしているしおりと小春。
小春「だーっ、何でや!」
しおり「何ぃ、びっくりするでしょ」
小春「そやから何でやねん。なんでうちら二
 人でウサギの世話してるんや」
しおり「何でって」
小春「何で千里居ぃひんねん。あくまでうち
 らはあの子の手伝いやったはずやろ」
しおり「しかたないでしょ。今日は水曜、月
 水金はジムの練習があるっていうんだから」
小春「そやからぁ、何で千里がキックボクシ
 ングのジムに通わなアカンねんって言うて
 んの!」
しおり「知らないわよそんなの。ねー、やす
 べえ、ヒメ」
   新しくなったウサギ小屋の前に屈みこ
   んで、微笑んでウサギたちを見ている
   しおり。ため息をつく小春。

69大谷キックボクシングジム・二階
   生き生きした表情でボクササイズをし
   ている千里。

70同・一階練習場
   サンドバッグを叩き、蹴っている澪。
                
71たんぽぽ・店内(夜)
   カウンター席に客が五、六人座ってい
   る営業中の店内。カウンター内の幸世。
   正敏のギター伴奏で『他人船』を歌う
   小春。歌い終わっての拍手喝采。誇ら
   しげな小春。
   小春の義兄(幸世の弟)島岡憲一(30)
   がビールのグラスを呷り。
憲一「『ひきはな~す ひきはなす~』かぁ。
 俺も勝ち馬からひきはなされて久しいなあ」
   憲一の隣の席に座る小春。
小春「どないしたん憲兄ちゃん、えらい景気
 悪い顔して」
憲一「景気悪い顔にもなるよ。一年以上勝て
 てないんだよ、俺」
小春「何に」
憲一「競馬」
小春「あ、憲兄ちゃん競馬するんやったね」
憲一「うん。けどさあ、勝てないの。ずーっ
 と負けてばっかしなの。博才ないのかなあ、
 俺って」
幸世「そうよきっと。一生懸命働いて稼いだ
 お金ドブに捨ててるみたいなもんよ、バカ
 よあんたは」
憲一「うん。俺もさすがにこう負けが続くと
 なあ……今度の宝塚記念に負けたらスパッ
 と足洗おうかって思っててさあ」
幸世「そうしなさい。それがいい」
憲一「うん。どの馬に介錯してもらおうかな
 あ」
   つまらなさげにビールを飲む憲一を見
   ている小春。やがて浮ぶ笑み。

72××高校・校舎裏(放課後)
   新しくなっているウサギ小屋。ウサギ
   たちの世話をしているしおり、小春、
千里の三人。
しおり「それが?」
小春「だからやな、予想させるねんあの子に。
 そんでその馬券買うねん」
千里「あの子って?」
小春「もう、分からんかなあ。図書室のクロ
 や」
しおり「黒田さんに」
小春「そうや。あの子、あんたに偉そうに言
 うたことあるんやろ、凄い確率で当ててる
 って」
しおり「うん」
小春「それ、証明してもらおやないか、実際
 にうちらの見てる前で」
千里「何か、それっておもしろそう」
小春「やろ。負けてほえ面かくの見たないか
 ぁ、あのスカした秀才の」
しおり「勝ったら?」
小春「それはそれでエエやん。小遣い入って
 くるし」
しおり「ちょっと、本当にお金賭けるの?」
小春「当たり前、買うって言うてるやん。ひ
 とり千円くらいやったら出せるやろ。実際
 に賭けてこそ実力が分かる、そういうもん
 ちゃうん」
しおり「まあ、そうだけど。でもどうやって
 馬券買うの。未成年は買えないよ」
小春「憲兄ちゃんに頼む」
しおり「買ってくれるの」
小春「うちの言うことやったら何でも聞きよ
 る」
千里「ねぇ、その話し、みぃちゃんにも話す
 からさ、乗せてあげてよ」
しおり「みぃちゃんって」
千里「あ、菅原さん」
小春「みぃちゃんって呼んでるんや」
千里「うん」
しおり・小春「へ~~え」
小春「けど、乗ってくるかぁ、あの子が」
千里「きっと。話すとけっこう楽しいんだよ、
 みぃちゃんって」
しおり・小春「へ~~え」
   照れたように笑う千里。
小春「よっし。じゃあ早速行ってくるかぁ」
しおり「どこへ」
小春「決まってるやん、図書室や」

73同・図書室
   いつもの席で予想に勤しんでいる篤希。
   歩いてきてその前に立つ小春。篤希、
   顔も見ないで。
篤希「何です。またウサギいなくなりました
 か――もう探したりしないから、わたし」
   小春、ニヤッと笑って。
小春「えらい勝率の予想屋さん、次の日曜の
 宝塚記念、何が勝ちますのん? 口ばっか
 りやなしに、実力見せてもらえません?」
   顔を上げる篤希。不敵な笑みの小春と
   見つめあう。

74同・視聴覚教室・前の廊下(日曜昼・宝
 塚記念当日)
   視聴覚教室前にいる、しおり、小春、
   千里、澪。
しおり「日曜なのによく使用許可出たね、こ
 こ。鍵持ってるの誰だっけ」
小春「美術の鈴木。大画面で映画観たいんで
 すって言うたら簡単にハンコついてくれた
 わ。『そう言ってくる生徒が現れるのを待
 ってたんだ』とかいうて」
千里「本当は映画の美術監督になりたかった
 んだよね、鈴木先生」
小春「らしいね――よく来たね、菅原さん」
澪「嫌いじゃないし、こういうの」
しおり「へ~え」
千里「ね」
小春「お、ご登場」
   やってくる篤希。
篤希「――大ごとですね」
小春「そりゃGⅠレースですから。さ、入ろ
 うか。もうセッティングは済ませてる」

75同・視聴覚教室・内
   横並びに座っている五人。教壇の大画
   面に映されている競馬中継。宝塚記念
   パドックの様子が映し出されている。
   ⑫メジロパーマーが大写しになる。
小春「この馬だね」
篤希「そう」
しおり「この馬が勝てばいいの?」
篤希「そう、この馬が勝てばそれでいい」
千里「二着とかは関係ないの」
篤希「関係ない」
澪「分かりやすくていいね、そういうの」
篤希「単勝もちゃんと当てられない人間が、
 ヒモ探しなんかしちゃいけない」
小春「え」
篤希「何でもない」
   しおり、篤希の手が震えていることに
   気づく。
篤希「メジロパーマーは前走の新潟大賞典で
 もきっちり逃げて勝ってる。メジロマック
 イーンがいたら鉄板だけど、故障で回避。
 強い相手もいない。九番人気なんてありえ
 ない。みんなどこ見てるんだろう。デキも
 上々じゃない。勝つのはパーマー。逃げ切
 って絶対に勝つ」
四人「……」
     ×     ×    ×
〈第33回宝塚記念〉
   実況中継にスタートからから五人の声
   が折々にかぶさる。
しおり(声)「ホントだ、最初から先頭走る
 んだ」
小夏(声)「そのまま行ってしまうんやな」
        ●
澪(声)「3番の馬が来てる」
千里(声)「うん、大丈夫かな」
        ●
しおり(声)「うわあっ、まだ先頭にいるっ
 !」
千里(声)「あー、並ばれそう!」
澪(声)「違う、並んでないっ」
小春(声)「まだ先頭や!」
しおり(声)「すごいよっ!」
千里(声)「がんばれ、がんばれっ!」
澪(声)「差がついてる!」
小春(声)「行け行け行け!」
篤希(声)「ラスト二〇〇!」
しおり(声)「走れっ!」
小春(声)「いっけぇ!」
篤希(声)「ラスト一〇〇!」
千里(声)「やった! いった! いったよ
 これ! いったよね!」
澪(声)「よおぉしっ!」
しおり(声)「ゴール!」
小春(声)「うわあっ!」
千里(声)「勝ったあ!」
     ×     ×     ×
   大画面の手前まできていた五人。
しおり「勝った! メジロパーマー勝ったよ
 黒田さん!」
   篤希の両肩を掴むしおり。
篤希「う、うん、メジロパーマー、勝った…
 …」
   篤希、その場にへたり込む。
千里「勝ったよ、黒田さん。メジロパーマー
 がホントに勝った! メジロパーマーもス
ゴイけど黒田さんもスゴイ!」
小春「勝ったぁ――あー、でも負けたぁ。あ
 んたに負けたわわたし、はははっ!」
澪「競馬見るのなんて初めてだけど、こんな
 に興奮するんだね。逃げ馬ってすごい」
しおり「小春、ねぇ小春」
小春「何、何、何」
しおり「お兄さん、ほんとに馬券買ってるの」
小春「あ――うん。家出た後に憲兄ちゃんの
 アパート寄って馬券見せてもらった。うち
 らが千円ずつ出したお金でメジロパーマー
 の単勝っていうの、それ、五千円買うてた。
 間違いない。自分も思い切って一万円買っ
 たんやって」
小春「い、いくらになるの、それって」
篤希「レース直前のオッズじゃ二三・一倍」
しおり「え」
篤希「百円買ってたら二三一〇円になる」
千里「じゃあ五〇〇〇円なら……」
篤希「十一万五五〇〇円」
四人「十一万五五〇〇円……」
澪「一人頭だと……」
篤希「千円かける二十三・一の二万三千百円」
小春「ひゃあ、小遣いにしちゃ上出来!」
   笑い合うしおり、小春、千里、澪。
篤希「ちょ、ちょっと、助けて」
しおり「え、どうした黒田さん」
篤希「た、立てない……」
しおり「えっ」
篤希「……わたし、お金賭けて予想してレー
 ス見たのなんて、初めてだったから……」
しおり「まさか黒田さん」
   頷く篤希。
篤希「……ほんとにあるんだ、腰が抜けるっ
 て」
小春「あんた、意外とかわいいところあるや
 ないの」
   爆笑する四人。情けない笑みの篤希。

76路上(夕方)
   楽しげに歩く五人。〈たんぽぽ〉から
   五十メートルほど離れた憲一のアパー
   トの前まで来る。
小春「あれぇ、おかしいなあ。勝ったらここ
 で会う約束してたんやけどなぁ」
幸世「何の約束をしてたって、小春ちゃん」
   振り向く小春。厳しい顔つきで立って
   いる幸世。その隣の憲一、小春に向か
   って両手を合わせて頭を下げる。
小春「げげっ」
幸世「みんな、うちに来なさい」

77たんぽぽ入口
   準備中の札がかかっている。

78同・中
   カウンターに座っている五人と憲一。
   奥の席に座ってギターをつま弾いてい
   る正敏。カウンター内側調理場で厳し
   い顔して立っている幸世。
幸世「まったく、呆れてものも言えません」
小春「……はい」
幸世「高校生の分際で友達そそのかして馬券
 買うなんて……道枝さんに顔向けできませ
 ん、わたし」
小春「……あの、オカン」
幸世「何よ」
小春「なんで分かったん、わたしが憲兄ちゃ
 んに馬券買ってもらってるって」
幸世「分からないもんですか。あなたね、朝
 からそわそわして様子がおかしかったのよ。
 何で日曜なのに学校に行くのか訊いてもち
 ゃんと答えないし。教えてあげます、あな
 たが隠し事したり嘘ついたりしてるときは
 右目を擦る癖があるのよ」
小春「そうなのか……」
幸世「それでピンときたの。で、出て行った
 後わたしも外出てあなた見てると憲一のア
 パートに入っていくじゃない。だからあな
 た出てきてからすぐにこの子の部屋行って
 問い詰めたのよ。なかなか白状しなかった
 けどね」
小春「……憲兄ちゃんのバカ」
憲一「ごめん」
幸世「憲一っ」
憲一「……はい」
幸世「どうして小春ちゃんが馬券買ってほし
 いなんて言ってきたとき断らなかったのよ。
 未成年の姪っ子なのよ。間違ったことやっ
 てるって知ったら叱ってやめさせるのが本
 当でしょう」
憲一「……はい、すみません」
幸世「そんなだからいつまでたっても彼女の
 ひとりもできないのよ。だいたいあんたは
 小春ちゃんに甘すぎるの。何でもかんでも
 言うこときいて。分かってんのこのバカ!」
   幸世手を伸ばして憲一の頬を思い切り
   つねる。
憲一「イテテテテテっ!」
   手を離す幸世。
憲一「この年になってアネキのコレを食らう
 とは……」
幸世「あんたがバカだからよっ!」
小春「はははっ」
幸世「笑うところじゃありません! 小春ち
 ゃんもこうです! これは道枝さんの手だ
 と思いなさい!」
   小春の頬もつねる幸世。
小春「イタタタタっ!」
しおり「あの」
   小春の頬から手を離す幸世、しおりを
   見る。
しおり「わたしたちも、悪いんです。いっし
 ょになって、馬券買ったんですから」
千里「そうなんです。誰かがやめとこうって
 言えばよかったんです。でも、わたしも、
 なんだか面白そうだって、それで盛り上が
 っちゃって……」
澪「住吉さんだけが悪くないんです。みんな
 が悪いんです」
幸世「――そうねぇ。確かにみんなお金だし
 てるんだから、誰にも責任があるわね。お
 家の人には黙っててあげるから、ちゃんと
 反省しなさい。いい。娘を居酒屋で歌わせ
 てるわたしが言っても説得力ないかもしれ
 ないけど」
小春「ちゃんと八時には終わってるもん……」
正敏「小春ぅ、おまえいっぺんにぎょうさん
 ええツレができたもんやなぁ」
幸世「もう、あなたからも小春ちゃんにしっ
 かり言ってくれないと困るじゃない」
篤希「――わたしが、いちばん悪いんです」
   全員の視線が篤希に集まる。
篤希「高校生なのに競馬の予想なんてしてる
 わたしが悪いんです。わたしがきっかけな
 んです。もうやめます、競馬の予想なんて」
しおり「黒田さん」
篤希「だからおばさん、住吉さんのこと、こ
 れ以上叱らないでください」
幸世「どうして?」
篤希「え」
幸世「どうしてあなたは競馬の予想なんてや
 ってるの。お金賭けなくても、たしかに高
 校生の女の子としてはあまりいい趣味とは
 いえないわ」
篤希「……父が」
幸世「お父さんが?」
篤希「小五の時出て行った父が、大井競馬場
 で予想屋してるんです」
幸世「予想屋」
篤希「はい」
憲一「ああ、中央では認められてないけど、
 大井競馬なんかじゃ、公認の予想屋が場内
 にいるんだよな」
正敏「場立ちの予想屋ってやつやな」
篤希「はい」
幸世「それであなたも競馬の予想を?」
篤希「わたしがやってるのは、土日にある中
 央競馬の予想です。大井は平日開催で土日
 は休みだけど、競馬好きの父なら、きっと
 休みの日も中央の予想して、個人的に馬券
 買ってると思うんです。父は家族より競馬
 を選んで家を出て行ったんです。母はそん
 な父を何て言うか、ひとことで言うと恨ん
 でいます。許していません。でも、わたし
 は……」
幸世「お父さん、お仕事は何をしてらしたの」
篤希「予備校の講師です」
幸世「そう。あなたお父さんのことが今でも
 大好きなのね」
正敏「予想で、親父さんと繋がってるような
 気がするねんな」
   降りて来る沈黙。
幸世「やめることないわ、競馬の予想」
篤希「……はい、やめたく、ないんです」

79同・入口
   店から出て来た五人。
小春「黒田さん、ごめんな」
篤希「え、何が」
小春「いや、何か、なぁ、やっぱり、なぁ。
 事情も知らんとなぁ、わたし」
篤希「いいよ、別に。口ばっかりじゃないと
 ころちゃんと見せられたし」
小春「……やっぱりあんたってかわいくない」
   じっと見つめあい、笑いだす二人。
小春「しかし二万三千百円、惜しいなあ」
しおり「しかたないよ、おばさんの言うこと
 が正しいよ」
千里「うん。二十歳になった時にここに来た
 ら渡してくれるっていうんだから」
澪「洒落てるよね、そういうの」
小春「まあ、あのオカンがその金に手をつけ
 ることはないから安心しといてや」
しおり「信頼してるんだ」
小春「そらまあ、血は繋がってなくてもオカ
 ンはオカンやからな――あー、つねられた
 とこまだ痛い」
篤希「二十歳かぁ。どうなってるんだろうわ
 たし」
   黙り込む五人。入口が開いて浮かない
   顔の憲一が出て来る。
小春「あ、憲兄ちゃん。ほら、黒田さんにお
 礼言ってちゃんと。なんせ二三万千円も勝
 たしてもらってんから」
憲一「あ、あ、うん。ありがとうね。すごか
 ったねパーマー」
小春「何ぃ、相変わらずの景気悪い顔して。
 オカンに叱られたんがそんなショック?」
憲一「いや、そうじゃなくてさ。俺、アネキ
に馬券、取られた」
小春「取られたぁ?」
憲一「うん。次の休み、ウインズにいっしょ
 に換金に行くって。そんでその金、アネキ
 が管理するって」
小春「それで馬券オカンに渡したん?」
憲一「うん。どうせロクな事に使わないに決
 まってるから、毎月二千円ずつ渡す事にす
 るってよ……まったく子供の小遣いじゃな
 いんだからさぁ」
   話しを聞いていた五人、爆笑。
憲一「いや、君たち笑うけどさあ。最悪だよ
 ホント。二三万も勝ったってのに……」
しおり「あ、そうだ」
   しおり、ポケットから[写ルンです]を
   取り出す。
しおり「せっかくだから、撮ろっか、これで」
小春「え、あんたまだそんなん持ってたん?」
しおり「一応、ずっと持ち歩いてる」
澪「そうなんだ」
しおり「憲一さん、これでわたしたちのこと、
 撮ってもらえます」
   [写ルンです]を憲一に手渡すしおり。
憲一「ああ、いいけど」
しおり「じゃあ、みんな、並んで並んで、ほ
 ら、黒田さんも早く」
篤希「うん」
   〈たんぽぽ〉前に集合する五人。
篤希「あれが最初で最後じゃなかったのか」
しおり「え」
澪「うん、不思議なもんだ」
小春「なあ、これ、出来た写真にタイトルつ
けるとしたら?」
千里「そりゃやっぱりメジロパーマー優勝記
 念じゃない?」
澪「イマイチ面白くないなあ。小春のオカン
 に叱られ記念ってのは?」
篤希「いいね、それ」
しおり「あ、だったらさあ、こっちのほうが
 絶対いい!」
小春「何」
しおり「憲一兄ちゃんお小遣い二千円記念!」
憲一「うるっせぇよっ!」
   シャッター音が鳴る。爆笑している五人
   のストップショット。

80××高校・校舎裏(放課後)
   ウサギの世話をしているしおり、小春、
   澪、篤希の四人。
小春「だーっ、だから何でやっ!」
しおり「何ぃ、びっくりするでしょ」
小春「だから何で千里居ぃひんねん! ほん
 でなんであんたら二人がいてんねん!」
しおり「だから千里はボクササイズの日だっ
 て言ってるでしょ」
澪「燃えてるからね、あの子。始めてから四
 キロ痩せたって言ってた」
小春「あんたはよ」
澪「え」
小春「あんたは練習行かんでエエのかいな?」
澪「ああ、今日は研修とかでエキスパートの
 方のトレーナー全員出はらってて、休みな
 んだよ」
小春「ふ~ん。で、何であんたがおんねん」
篤希「いちゃダメなの」
小春「いや、ダメってわけやないけど、競馬
 の予想は?」
篤希「宝塚記念で春のGⅠシリーズも終わっ
 たし、ここでちょっと息抜こうと思ってねってね」
小春「ふ~ん」
しおり「小春、アツはもう六匹全部の顔と名
 前一致させちゃったよ。あんたなんて未だ
 にノッコと走太の区別もつかないじゃない」
篤希「え~そうなの。一目見ただけで全然違
 うじゃん」
小春「うるっさいわ……」
しおり「ほら、そんなところでボーっと突っ
 立ってないで早く水換えてきてよ」
小春「へいへい。全くなんだかなぁ」
   楽しげにウサギの世話をする四人。

81大谷キックボクシングジム・二階
   生き生きした表情でボクササイズをし
   ている千里。
                
82××高校・校庭(昼、終業式後)
   帰宅する生徒たちの中、五人も並んで歩いている。
しおり「じゃあ月曜日はわたし、火曜日は小春、水曜日
   は澪で木曜日はアツ。でもって金曜から日曜は千
   里。これでいいね」
小春「千里、あんた三日もやで」
千里「いいって。責任者っていうか、そうい
 うのはやっぱりわたしなんだから。それに
 今までは毎日ずっと一人でやってたんだし」
篤希「偉いよね。夏休みも冬休みも学校来て
 一人で世話してたんだもんね、今まで」
千里「動物にはお盆もお正月もないから」
篤希「なるべくわたし、当番じゃない日も来
 るようにするよ」
千里「え」
篤希「何かすごいかわいくなっちゃってさ、
 あの子たちが。毎日会いたい」
千里「うん、ありがと。わたしも自分の日じ
 ゃなくても、来れる日は世話しに来るから」
澪「だったら重点日は火曜だね」
しおり「うん、火曜日だ」
小春「……るっさいわ。ちゃんと世話しに来
 るわ」
しおり「ほんとかなあ。あんた未だに一匹も
 顔と名前一致できてないじゃん」
篤希「どの子も全然懐いてないしね。ヒメな
 んか小春が小屋に近寄るだけで隅に行って
 震えちゃう」
澪「やすべえなんか目吊り上げて歯もむき出
 しにしてたいへん」
小春「……」
しおり「やっぱり変更だ。火曜は誰でもいい
 から小春といっしょに世話することにしよ
 う。小春一人じゃ絶対無理」
篤希「賛成」
   ほっとした顔になる小春。
しおり「だからって世話しなくていいわけじ
 ゃないんだかんねっ! 火曜はちゃんと来
 るのよあんた!」
小春「へいへい」

83同・校長室
   窓辺に立ち帰宅する生徒を見ている涼
   子。楽しげに話しながら帰る五人に気
   づく。
涼子「うわ」
   窓を開ける涼子。
涼子「おーい、あんたたちぃ、本庄さ~ん」
   涼子に気づく五人、足を止める。

84同・校庭―校長室
しおり「校長だ」
小春「めっちゃ手ぇ振ってるやん」
   涼子ぶんぶんと手を振りつづけながら
涼子「何よぉ、あなたたち、えらく仲よさげ
 に歩いてるじゃない。わたしも仲間にいれ
 てよぉ。住吉さん、よかったやん。ええツ
 レが四人もできましてまんねんなあ」
   校長をじっと見ている五人。
小春「関西人が一番嫌いなもんがアレや」
篤希「え」
小春「関東人のパッチもん関西弁。サブイボ
 出るわ」
しおり「校長先生ぇ」
涼子「何ぃ」
しおり「メジロパーマーって知ってますぅ」
涼子「え、メジロがどうしたって?」
しおり「メジロパーマー。知らない人は仲間
 に入れてあげませぇん」
涼子「知らなぁい。何それ、教えてよぉ」
しおり「教えませぇん」
涼子「意地悪ぅ」
しおり「それじゃあ――ふふ、行こ、みんな」

85同・校長室
   涼子、帰っていく五人の後ろ姿を微笑
   んでじっと見つめて。
   椅子にすわる涼子。けげんそうな顔に
   なり。
涼子「――メジロパーマー……いや、目白パ
 ーマって言ったの? 何、そんなパーマ屋
 さんがあるの?」

86大谷ボクシングジム・外景(夕方)

87同・二階フロア
   由香のリードに従い、OLたちに混じ
   ってボクササイズをする千里。軽快な
   音楽に乗ってパンチやキックをくりだ
   す様はいかにも楽しそう。

88同・一階フロア
   ダンベルを手に持ち、必死の形相でパ
   ンチを出す練習をしている澪。リング
   上ではアリスが会長相手にキックバッ
   グ打ちの練習をしている。
   
89同・二階フロア
   休憩時間。フロアの壁に背中をつけて
   座り汗を拭いている千里に由香が話し
   かけてくる。
由香「痩せたよねえ、手塚さん」
千里「あ、はい。始めて五キロ減りました。
 けっこう食べてるんですけど」
千里「あなたくらいの年頃はね、無理なダ
 イエットは禁物なの。ちゃんと食べて、し
 っかり運動すればそうやって体重は自然と
 落ちていくの。実感できるでしょ」
千里「はい」
由香「これやり始めて肩こりや腰痛が良く
 なったOLさんもたくさんいるんだよ」
千里「へーえ」
   千里の隣に腰を下ろす由香。
由香「手塚さん」
千里「はい」
由香「三日後ね、アリスちゃんの取材にテレ
 ビ局が来るんだ」
千里「ああ、前にみぃちゃんそんなこと言っ
 てました。三日後ですか」
由香「うん。そのことで菅原さん今会長に呼
 ばれてる」
千里「え」
由香「生中継の取材はアリスちゃんのサンド
 バッグ打ち、インタビュー、会長相手のミ
 ット打ちで終わる五分くらいのものらしい
 んだけどね」
千里「はい」
澪「テレビ中継終わった後、アリスちゃんと
 菅原さんのスパーを予定してるらしいの」
千里「スパーリングを中継終わった後に」
由香「そう。アリスちゃんみたいな、かわい
 い女の子のアスリートばっかり集めたドキ
 ュメント番組作るんだって。それにスパー
 の様子も入れたいんだってさ、テレビ局」
千里「そうなんですか」
由香「絵になるからね、同年代の女の子どう
 しのスパーリングなんて。このジムで何と
 かあの子と対等にやりあえるのなんて菅原
 さんだけだし」
千里「何とか、ですか」
由香「うん。入れ込んでんだよねぇ会長、ア
 リスちゃんに。彼女が有名になればなるほ
 ど入門希望者増えるだろうし。商売上手い
 よ、ほんと」
千里「……」
由香「菅原さんがかわいそうでならないよ」
千里「どういうことですか、それ」
由香「ん? そこから先は言わない方がいい
 かもね」
   軽快な音楽が鳴る。立ち上がりリーダ
   ーの位置に戻る由香。OLたちを前に
   指導を始める。壁際に座ったままでい
   る千里。

90喫茶・アドラーブル(夜)
   テーブル席に向いあって座っている千
   里と澪。澪の前にはバナナジュースと
   おからクッキー。千里はスパゲティを
   食べている。
澪「練習終わってすぐ炭水化物摂ると太るん
 だよ。家帰ってからもご飯食べるんでしょ」
千里「……だってすごくお腹すくんだもん。
 それに、太ってないし、逆に痩せてるし」
澪「うん、痩せたね。頬のラインがシャープ
 になった。それに、変ったよ、千里」
千里「え」
澪「何か変わった」
千里「そうかな」
澪「うん」
千里「あのさ」
澪「うん」
千里「今日由香トレーナーから聞いたんだけ
 ど、三日後、あの子の取材にテレビ局が来
 るんだって」
澪「うん」
千里「会長さんに呼ばれたんでしょ。取材の
 後のスパーリングのことで」
澪「うん。よく知ってるね」
千里「受けるの?」
澪「――決まってる」
   じっと澪を見つめていた千里、やおら
   スパゲティを猛烈な勢いで食べ出す。
   唖然となりその様子を見ている澪。食
   べきってしまう千里。
千里「ふぅ、おいしかった――あの子が勝つ
 の前提にしてるよね、テレビ局、それに会
 長さんも」
澪「――」
千里「ムカつくよね、そういうの」
澪「仕方ないよ」
千里「――勝ちたいね」
澪「うん、勝ちたい」
千里「勝ってね」
澪「ああ、今度こそ勝つよ」
千里「リング下から応援してるから」
澪「うん」
千里「そうだ、みんなも呼ぶよ」
澪「え」
千里「ダメ、かな」
澪「……やっぱり変わったよ、千里」

91大谷ボクシングジム・一階フロア(夕方、
 澪・スパーリング当日)
   リング上で女性リポーターからインタ
   ビューを受けているアリス。澪、フロ
   アの隅でシャドーボクシングをしなが
   らその様子をじっと見ている。その横
   にいる千里。やがてリング上で始まる
   アリスの会長を相手にしてのミット打
   ち。千里、澪の側を離れジムの外へ。

92同・入口あたり
   寄りそうようにして立ち、中の様子を
   見ているしおり、小春、篤希の三人。
   千里彼女たちのところへ行く。
千里「もうすぐ始まる」
しおり「うん……」
   動かない三人。
千里「どうしたの」
小春「いや、やっぱり圧倒されるっていうか」
篤希「だよね。なんか凄い迫力」
千里「みぃちゃんの応援してあげないの? 
 そこにそうやってずっといるつもり?」
   ジムの中に入ってしまう千里。
小春「ここまで来て、引き返すわけにはいか
 んし……しかし、あの子変わったな」
篤希「うん、変わった」
しおり「変わったんじゃなくて、知らなかっ
 ただけじゃないかな、あの子のこと――と
 りあえず、中入ろうよ」
   身を寄せ合うようにしてジムの中に入
   って行く三人。

93同・一階フロア
   澪のところへやってくる四人。
千里「みんな、来てくれたよ」
澪「――タイトルマッチみたいだね」
千里「そんな気持ちでいるんでしょ、みいち
 ゃんだって」
澪「ああ。ぶっ倒してやる」
   漂う澪の殺気に言葉を失っているしお
   り、小春、篤希。由香がそこへやって
   来る。リング上から大谷が澪を呼ぶ。
大谷「おーい、澪、準備いいか」
   うなずく澪。ヘッドギアをつけてリン
   グへ向かう。
しおり「あ、あの澪」
   振り返る澪。
しおり「あの、わたしたち、こんなの見るの
 初めてで、正直ビビっちゃっててさ。なん
 ていったらいいのか、その……」
小春「(小声で)何を言うてんねんあんたは。
 集中切れるやろ」
しおり「あ、ご、ごめん。あの、その、何だ
 ろう、と、とにかく頑張って」
   じっとしおりを見つめていた澪。静か
   に頷き、またリングへと歩を進める。
千里「うん、みんな応援しよう。みいちゃん、
 勝とう、絶対勝とう!」
篤希「ファイト、澪!」
小春「澪いっけぇ!」
しおり「頑張れ、頑張って!」
   四人の声援に異様な雰囲気に包まれる
   ジム内。
由香「しっかり距離取ってね、菅原さん」
   その声に振り向かず、ロープを跨いで
   リングに入る澪。リング中央、レフェ
   リー役の大谷を挟んで対峙する澪とア
   リス。
アリス「たかがスパーにお友達の応援つき?」
澪「――」
アリス「引き立て役って言葉知ってる、あな
 た」
澪「――」
アリス「お父さんやお母さん泣かないかな、
 あなたが叩きのめされるのテレビで流れる
 って知ったら」
澪「そのよく動く口しばらく開けないように
 してやる」
   顔つきの変わるアリス。
大谷「ルールを確認しておく。三分二ラウン
 ド。二回ノックダウンした時点で終了だ。
 分かっていると思うが前蹴り、ひざ蹴りは
 禁止。それからローブローには特に注意す
 ること。それじゃ二人とも一旦コーナーに
 別れて、マウスピースをつけろ」
   コーナーに別れる二人。女性リポータ
   ーがマイク実況を始める。
リポーター「さあ、いよいよアリスちゃんの
 スパーリングが始まります。相手は同い年
 の女子選手。キャリアはアリスちゃんより
 上ということです。はたしてアリスちゃん、
 この勝負に勝つことができるでしょうか。
 がんばれ、キックの国のアリス!」
小春「やかましい! 勝つんは澪じゃ! ア
 リスちゃんアリスちゃんってうるさいんじ
 ゃ! 頭カチ割るぞ!」
   唖然となるリポーター。
しおり「……小春、あんたおっさんみたいだ
 よ」
小春「あ~何か燃えてきたっ! うちほんま
 はこんなんめっちゃ好きやねん! いった
 れ澪! シバキ倒せ!」
   リング中央、二人が拳を合わせる。ゴ
   ングが鳴る。
   〈1ラウンド〉
   静かな立ち上がり。ジャブの応酬。
   最初のクリーンヒットパンチは澪。
   歓声を上げる四人。
   コーナーに押し込む澪。一気呵成に攻
   め込む。澪、優勢。だがアリスの上手
   い防御に手こずり倒しきることができ
   ない。終了間近、アリスのミドルキッ
   クが炸裂する。顔を歪める澪。ゴング。
   コーナーに戻る二人。
   四人、澪のコーナー下に駆け寄って。
千里「いいよ、みぃちゃん。押してる押して
 る。パンチキレてるよ」
澪「キック、重くなってる……」
千里「え」
   ゴング、コーナーを跳び出す澪。
〈2ラウンド〉
   激しい打ち合い、蹴りあい。徐々に澪
   を押し込んで行くアリス。攻勢に晒さ
   れる澪。重いパンチ、蹴りに顔が歪む。
   少し距離をとるアリス。果敢に前に出
   る澪。コーナーに澪を追い込み、また
   激しい攻撃を繰り出すアリス。その様
   が何度も繰り返される。
千里「……いたぶってる」
篤希「え」
千里「いつでも倒せるのに、みぃちゃんの
 こといたぶって喜んでる、あの子」
しおり「そんな、何で止めないの。止めな
 きゃそんなの。おかしいよ」
   アリスの顔に浮ぶ笑み。
しおり「うそ……」
   大きく距離をとったアリス。来い来
   いというように右拳で手招く。挑発
   に乗ってリング中央に出て行く澪。
   軽く左拳を上げるアリス。突っ込む
   澪。アリスの右カウンターパンチを
   顔面に食らい、ぐらつく。大きく体
   が傾ぐ。アリス、すぐさまハイキッ
   ク。澪の側頭部を捉える。前のめり
   に倒れる澪。起き上がることができ
   ない。連打されるゴング。リング中
   央、大きく拳を突き上げるアリス。
千里「みぃちゃん!」
   うつ伏せになっていた澪。這いつくば
   り頷く。懸命に立ち上がろうとする澪。
澪「あ、ああ……」
   ロープにもたれかかるようにし
   て尻もちをつく澪。失禁する。
千里「みぃちゃん!」
しおり「澪!――みんな、早く!」
   リングに上がる四人。屈んで澪
   を取り囲み、周囲の視線から隠
   す。由香も上って来る。
澪「ああ、ああ……」
千里「うん、うん」
澪「止まらないよ……」
千里「いいんだって、かまわないんだって」
   澪を強く抱きしめる千里。澪の顔を
   覗きこむ由香。
由香「菅原さん、ここがどこだか分かる?」
澪「……」
由香「分かったらちゃんと答えて」
澪「ジムの、リングの、上……」
由香「うん。あなた、今まで何してたの」
澪「アリスとスパーリング。でも、負けた…
 …あ、ああ……」
由香「よし、意識はちゃんとしてるわね。体
 と心が極度の緊張から解放されたことによ
 る失禁よ。心配することはないわ。大丈夫、
 ここで全部出しちゃっていい」
   リング下でリポーターが絶叫する。
リポーター「やりました! アリスちゃんが
   勝ちました! カウンターパンチからのハ
   イキックという見事な攻撃で圧倒的勝利! 
   やはりアリスちゃんは強かった!」
   リングを降りる小春。
しおり「小春!」
   リポーターのところへ行く小春。マイ
   クを奪い取って床に叩きつける。
小春「おまえほんまに殺すぞ。おら、おまえ
 もいつまで撮っとんねん」
   カメラを押し下げる小春。
   リング上、澪たちを見下ろしているア
   リス。
アリス「あらら。神聖なリングをおしっこで
 汚すなんて信じらんない」
   アリスをにらみつける三人。
アリス「何、その顔。あなたたちもおもらし
 させてあげよっか」
   リングを降りるアリス。
しおり「あの、澪どうしたら」
由香「そうね、とりあえずここから降ろそう」
篤希「うん。じゃあほらわたしの背中におん
 ぶさせてみんな」
澪「……背中、汚れる」
篤希「何言ってんの。わたしが一番タッパあ
 るんだから、ほら早く」
   篤希に背負われてリングを降りる澪。
   千里、小春、由香も続く。茫然と立っ
   ている大谷のところへ行くしおり。
しおり「雑巾とバケツ、ありますか」
大谷「え、あ、あるけど」
しおり「出してください。わたし、リング掃
 除しますから――会長さん、気づいてまし
 たよね、あのアリスって子が途中で笑って
 たの」
大谷「――」
しおり「澪があの子に勝てないって、分かっ
 てやらせたんですよね――澪のこと曝しも
 のにしたあなたのこと、わたし絶対に許さ
 ない」
   鋭い目つきで大谷を睨みつけるしおり。
   リング下から二人の様子を見ている由
   香。

94同・シャワールーム
   裸でうずくまり、シャワーを浴びてい
   る澪。

95路上(夜)
   歩く澪。十メートルほど後ろを固まっ
   て歩く四人。だれも澪に声をかけるこ
   とができない。

96土手上の道
   川音が聞こえる土手上の道。さっきま
   での距離を保ったまま歩き続けている
   四人。立ち止まる澪。振り向かず。
澪「いつまでついてくるつもり」
   四人、答えない。
澪「家まで、ちゃんと帰れるよ」
   四人、顔を見交す。その後ろからスク
   ーターがやって来る。由香である。澪
   の立っているところまで来て、止まる。
由香「気分悪いとかない、菅原さん」
澪「はい、大丈夫です。ご心配おかけしまし
 た」
   二人の近くまでやってくる四人。
由香「そう、ならよかった。じゃあわたしな
 りの今日のスパーリングの感想を言うわ。
 負けて当然よあなた。今日のあなたじゃ百
 回やったってあの子に勝てない。スパー決
 まってからこっち、あなた寝てないんじゃ
 ない?」
澪「――はい」
由香「休んでない脳、ガチガチに緊張した体、
 そんなのでまともに戦えるわけない。それ
 が敗因その一」
澪「――」
由香「敗因その二、戦い方の完全な間違い。
 スパーの前、わたしが距離を取って、って
 言ったの聞こえてた?」
澪「――聞こえてました」
由香「ああ、そうだったんだ。だったらどう
 してあんなに接近戦を挑んだの」
澪「それは……」
由香「分かってるんでしょ、スピードとキレ
 じゃ自分の方があの子より上だって。だっ
 たらなぜそれを生かす戦いをしないのよ。
 腹が立つくらい無様な負けっぷりだわ」 
しおり「もう、もういいじゃないですか。そ
 んなこと、今の澪に言わなくたっていいじ
 ゃないですか」
由香「今だから言っておかなくちゃいけない
 の。いい、菅原さん。アリスちゃんはパン
 チも突進力もあなたより格段に強い生粋の
 インファイター。でもあなたは距離を取っ
 てスピードで勝負するアウトボクサー。そ
 んなあなたがあの子と同じ戦い方したって
 負けるにきまってるじゃない。キックボク
 シングはね、アウトボクサーの方がインフ
 ァイターより有利な競技だとわたしは思っ
 ているの。蹴りを伸ばせる分だけね。なの
 にあなたはああまで叩きのめされた。イン
 ファイターにあんなきれいなハイキック決
 められた」
澪「……」
由香「今考えてるまま、やめるか、ん?」
   うつむいたままの澪。
由香「おもらしさせられたまま、やめるんだ」
千里「やめてよっ!」
   由香にくってかかる千里。
千里「だったら、だったらみぃちゃんにちゃ
 んと教えなさいよ! 会長や他のエキスパ
 ートのトレーナーが指導してるの、あの子
 ばっかりじゃない! みぃちゃんのミット
 打ちやキックバッグ打ちの時間なんか、あの
 子の半分どころか三分の一もないじゃない! 
 どうやって戦ったらいいか、どんな戦い方が
 合ってるのかどうか、ちゃんと教えるのもト
 レーナーの仕事じゃない! それもしないで
 なに偉そうなことばっかり言ってるのよ! 
 偉そうなことばっかり、言わないでよ!」
   うずくまり泣く千里。
由香「うん、そうだね。あなたの言うとおり
   だと思う。やっぱりエキスパートのトレー
   ナーに気を遣っちゃたんだよね。女が何を
   講釈たれてんだ、何て思われるのも嫌だっ
   たしさ」
千里「そんなの、いいわけだよ……」
由香「うん。いいわけだ。せめてスパー決ま
 ってからの三日間だけでも指導してあげれ
 ばよかったって、後悔してる。だからね、
 わたし今あのジムやめてきた」
   驚く五人。
由香「声がかかってたんだよね、別のジムか
 ら。でも、今のボクササイズのトレーナー
 の方が待遇いいから、ずっと迷ってたんだ
 けどさ。でも今日あなたが会長に言ってた
 の聞いたときに決めたんだ」
   しおりを見る由香。
しおり「え?」
由香「選手を曝しものにするような会長のジ
 ムで、いつまでもトレーナーはできないわ」
小春「あんたそんなこと言うたん?」
しおり「……うん」
澪「トレーナー」
由香「ん?」
澪「トレーナーの言ったとおりに練習してた
 ら、戦ったら、あの子に勝てますか」
由香「勝負ごとだから絶対はない。それにや
 っぱりアリスちゃんは強い。でも、今のま
 まの練習環境でいるよりは、勝つ確率は圧
 倒的に高くなる。それは断言できるわ」
澪「実力がついたら、もう一回あの子とスパ
 ー組んでもらえますか」
   頷く由香。
澪「もっと実力がついたら、アマチュアの大
 会に出させてもらえますか」
   頷く由香。
澪「フォームから指導してもらえますか」
   頷く由香。
澪「わたしも、トレーナーが行くジムに、行
 っていいですか」
   頷く由香。
由香「悪い癖全部矯正して、しごくよ」
澪「はい、お願いします」
   頭を下げる澪。
澪「しおり」
しおり「何」
澪「カメラ、持ってる?」
しおり「うん」
澪「フラッシュついてるんだよね、それ。撮
 って、わたし」
しおり「え」
澪「今日のわたし、残しておきたい」
しおり「うん、分かった」
   澪を撮るしおり。しおり[写るんです]
   を由香に差し出す。
しおり「わたしたち、撮ってもらえますか」
   頷く由香。澪を中心に集まる五人。
   闇の中、突っ立ちカメラを見つめる澪
   をまん中に、五人が並んだストップショッ
   ト。

97歩道橋の上(夕方)
   手摺によりかかるようにして立っている、
   しおり、小春、千里、篤希。
小春「うち、歩道橋なんて昇ったの初めてかも
 しれん」
篤希「あ、それわたしも」
千里「ここから見るちぃちゃんが、いちばんき
 れいでかっこいいの」
しおり「あ、きた」
   下の舗道を澪が走っていく。
篤希「ほんとだ」
千里「ね」
小春「いけてるわ、最高や」
しおり「澪!」
千里「みぃちゃん!」
小春「澪!」
篤希「澪!」
   立ち止まる澪、歩道橋を見上げる。手をふ
   る四人をじっと見つめる。拳を突き上げる。
   また走りだす。その後ろ姿をじっと見つめ
   る四人。
              
98××高校・校舎裏(午後)
   ウサギ小屋の隣にベンチが出来ている。
   そこに座って競馬新聞を読んでいる篤
   希。両手を広げて立っている澪に軽く
   パンチを出す練習をしている千里。ウ
   サギ小屋の前に座っているしおり。
しおり「まったく火曜日だってのに」
篤希「いいじゃないの。みんなこうして来て
 るんだから」
千里「そうだよ。誰かが来てるんだったらい
 いよ。小春ちゃんだってさ、自分の当番じ
 ゃない日に来てくれたこともあるんだもん」
しおり「けどさぁ」
   小春がやってくる。
しおり「小春ぅ、あんた遅いよ。もうみんな
 で世話終わらせちゃったよ」
   篤希の隣に座る小春。
小春「ごめん」
篤希「ん、どうした。元気ないねあんた」
小春「ん……」
澪「何かあったの」
小春「ん、何かあったと言えばあったって言
うか……」しおり「何ぃ。誰かにコクられたぁ?
 ――なわけないか」
小春「……」
   四人の視線が小春に集まる。
千里「うそ、マジでっ!?」
   首を横に振る小春。
篤希「じゃあ、どうしたのよ」
小春「今年入ってすぐ歌を録音してん、うち」
しおり「録音」
小春「うん。おとんのギターで歌てるのん」
篤希「何でまたあらたまって」
小春「常連のお客さんに川田さんって、知り
 合いの知り合いの知り合いにレコード会社
 に勤めてる人がいる、いうお客さんがおっ
 てな」
澪「知り合いの知り合いの知り合い」
小春「うん。で、その川田さんがうちの歌、
 レコード会社の人に聞かせたるいうから、
 録音して渡したんよ」
しおり「初耳だよ、そんなの」
小春「そこから先があるなんか思わへんもん。
 だから言わへんかった。酔っ払いの約束な
 んて九割あてにならんって、オトンも言う
 てたし。それに知り合いの知り合いの知り
 合いやで、つきあいないのもいっしょやん。
 わたしも、そんなこと忘れてたくらいやっ
て ん」
千里「あったの、その先が」
   うなずく小春。
小春「さっき、家出よかって思ってたら、そ
 の川田さんの知り合いの知り合いの知り合
 いっていう、レコード会社の渉外担当マネ
 ージャーって男の人と、サブプロデューサ
 ーとかいう女の人がうち来てな」
しおり「う、うん」
小春「テープ聞いたディレクターがうちの歌、
 実際に聞きたいって言うてるから、明後日
 会社の隣にあるレッスン場に来てくれって」
澪「マジ?」
千里「マジで?」
小春「うん」
しおり「うわぁっ、スゴイじゃんか小春っ!」
小春「いや、ただ歌聞きたいって言われただ
 けやしさ」
澪「何言ってんの、小春の歌が凄かったから、
 そのディレクターも生で聞きたいって思っ
 たんでしょ、きっと」
千里「そうだよ。小春ちゃんの歌、生で聞い
 たらその人も絶対驚くよ!」
篤希「すごいよ小春!」
しおり「ねぇ、ひょっとして、そのままデビ
 ューなんてこともあったりさぁ」
千里「うわぁ、すごい!」
澪「あるね、小春の歌ならそれはある」
篤希「小春、デビュー決まったらサインちょ
 うだいよ。有名歌手のデビュー前のサイン
 って価値あるんだから」
しおり「ちゃっかりしてるわ」
   小春の前で盛り上がる四人。
小春「デビューとか、そんなん気が早すぎる
 わ」
しおり「何ぃ、えらくしおらしいじゃない。
 人の事になるとグイグイ前に出て来るあん
 たがさぁ」
澪「そうだよ。喜びなよ、小春」
小春「うん――」
篤希「何ぃ。もうじれったいなぁ」
小春「いや、今の今やからさぁ、どう思って
 ええのかわからへんのよ、実際。それに、
 明後日上手いこと歌えへんかったら何の意
 味もないし」
しおり「たしかに明後日は人生左右する大勝
 負だね」
小春「そやから、あんな……」
篤希「ん?」
小春「明後日な……いや、やっぱりエエわ」
千里「もう何よ。ちゃんと言ってよ小春ちゃ
 ん」
小春「うん、そやから明後日みんなに……い
 や、やめとく……」
しおり「ちゃんと言え、小春」
小春「え」
しおり「ちゃ~んとみんなにお願いしな」
篤希「そうだよねぇ。天才演歌歌手の卵さん、
 明後日わたしたちにどうしてほしいのかな
 ぁ」
   小春、ベンチから立ち上がって。
小春「あ~もう、分かったわ! 明後日、一
 人でレッスン場まで行くのは不安です! 
 みなさんついて来てください、お願いしま
 す!」
しおり「はい、たいへんよくできました!」
   四人の笑顔が小春の周りで弾ける。

99ファミリーレストラン(午後、小春歌披
 露当日)
   テーブル席に座っているしおり、千里、
   澪、篤希。
千里「小春ちゃん、何時にレッスン場入った
 んだっけ」
しおり「二時。最初三時の予定だったんだけ
 ど、杉本とかいうサブ何とかって女の人か
 ら連絡があって一時間早まったって」
澪「四時前か――だいぶ経つね」
篤希「聞き惚れて何曲も歌わされてるんじゃ
 ないの」
しおり「あり得る、それ」
千里「ねえ、冗談じゃなくさ、歌手デビュー
 ってあるよね、小春ちゃん」
澪「うん。あるよ」
千里「そうなったらさ、やめちゃうのかな、
 学校」
しおり「小春が学校、やめる……」
千里「だって、難しいっていうよ、芸能活動
 と学校の両立って」
篤希「確かに。堀越学園ならいざ知らず」
澪「あの子なら思い切って決断下すかもね」
しおり「……」
千里「あ!」
   入って来る小春。四人のいる席に座る。
しおり「どうだった?」
小春「ん、うん」
しおり「うんじゃないよ、どうだったって」
小春「うん。あかんかった。ダメやった」
しおり「ダメって……どういうことよ」
小春「うん」
   黙り込む小春。
澪「説明して、小春。ちゃんと聞く責任があ
 る、わたしたち」
篤希「うまく、歌えなかったの?」
小春「……杉本さん、全然ダメやって。デビ
 ューなんて夢のまた夢やって」
しおり「杉本――ちょっと待って、それって
 サブ何とかって女の人でしょ。何でその人
 が判断するのよ。あんた今日はディレクタ
 ーに歌聞いてもらうはずだったじゃない」
小春「うん。わたしもそのつもりでいてんけ
 ど」

100レコード会社・レッスン場(小春の回
 想)
   レッスン場で待っている小春。入って
   くる杉本(34)。
杉本「住吉小春さんね」
小春「はい」
杉本「今日あなたの歌を聞く予定だったディ
 レクターの遠藤は急用のためここに来れな
 くなりました」
小春「急用……」
杉本「はい。ですので後ほどわたしがあなた
 の歌を聞かせていただきます。よろしいで
 すね」
小春「……」
杉本「何、不満そうね」
小春「いえ、そんな」
杉本「こんなのこの業界ではよくあることよ。
 遠藤急用の場合の責任者はわたしです。こ
 こでしばらく待っててください。それじゃ」
   出て行く杉本。立ちつくす小春。
しおり(声)「何、それで一人で待たされた
 の」
小春(声)「うん」
澪(声)「その杉本ってのが戻って来たのい
 つ」
小春(声)「三時半少し前」
篤希(声)「さっきじゃない! 何、じゃあ
 あなた一時間半近くひとりで待たされたっ
 ていうの?」
小春(声)「うん」
しおり(声)「……それから」
小春「え」
しおり(声)「杉本が戻って来てからどうなっ
 たのよ」
小春(声)「うん……」
     ×      ×      ×
   アカペラで『みちづれ』を歌い終える
   小春。壁に背をもたせかけ、それを聞
   いていた杉本。
杉本「ダメね」
小春「え」
杉本「確かにテープじゃ聞かせるものがあっ
 たけど、こうして実際に生歌聞いてみると
 全然ダメ。こぶし回しもいやらしいし、変
 な癖もたくさんついてる。高二なのに若々
 しさのかけらもない」
小春「……」
杉本「これきっかけに歌手デビューなんて甘
 いこと考えてたんでしょ、あなた。残念な
 がらそんなの夢のまた夢よ。はい、お引き
 取りいただいてけっこうです。遠藤にはわ
 たしからちゃんと言っておきます」
   レッスン場のドアを開ける杉本。
小春「あ、あの……」
杉本「何。二度目はないわ。こういうのはね、
 最初のチャンスを逃すと次はもう巡ってこ
 ないのよ。覚えておきなさい」

101ファミリーレストラン
しおり「それで、ここに戻ってきたわけ」
小春「……」
   立ち上がるしおり。千里、澪、篤希も
   次々と。店を出て行こうとする四人。
しおり「アツ、とりあえずみんなの分払っと
 いて。あとで清算するから」
篤希「分かった」
小春「ちょ、ちょっとどこ行くん、みんな」
   四人の後を追いかけるように小春。

102同・駐車場
   大股で駐車場をつっきっていく四人。
小春「待って、ちょっと待ってって。なあ、
 どこ行くんよ、みんな」
しおり「決まってんでしょ。レコード会社よ」
小春「何しによ。エエよ、もうエエって」
篤希「いいわけないでしょ」
小春「わたしの歌がアカンかってん。杉本さ
 んにそう判断されてんから仕方ないんや。
 もうエエってみんな」
   立ち止まる四人。
しおり「ふざけないでっ!」
澪「何で約束違うってその杉本につかみかか
 らなかったのよ」
千里「そうだよ。ディレクターの遠藤って人
 に聞いてもらうのが約束だったんでしょ。
 急用ができたからわたしが聞きます。ダメ
 でした帰ってくださいなんて何それ。信じ
 られない」
篤希「一番信じられないのはあんたよ、小春。
 何そのまま帰ってきてんの。人のことには
 あれだけ感情むき出しにするくせに、自分
 のことになったらそんなに弱気になるわけ?」
小春「……」
篤希「今のあなた、だいっきらい。」
しおり「行くよ」
   歩き出す四人。
小春「待って、待ってぇなぁ」

103レコード会社ビル入口
   ずかずか入っていく四人。後から小春
   も。

104同・受付
しおり「サブ何とかの杉本さん、レッスン
 場から戻ってらっしゃるでしょうか」
受付嬢・小鳥遊(27)「あ、あのアポイン
 トメントは」
しおり「あ、あぽ、何?」
篤希「アポイントメント。約束のこと」
しおり「ああ約束ね。ええ、してましたよ。
 最初はね、今日の三時にレッスン場で。そ
 れがそっちの都合で二時に変更になって、
 ディレクターの遠藤に急用ができたから杉
 本が出て来て、待たせるだけ待たして三時
 半に歌わされて、ダメでした二度目のチャ
 ンスはありませんって、どこの世界にそん
 な話しがあるのよっ!」
千里「何様なんです、あなたたち。レコード
 会社の人間ってそんなに偉いんですか(小
 鳥遊の身分証を見て)えっと……こちょう
 ゆう、さん?」
小鳥遊「たかなし、です。あの……遠藤なら
 現在出社しておりますが」
小春「え」
しおり「いるのっ、遠藤?」
小鳥遊「はい。アポイントメントをとられて
 いるならお呼びしますが……あ、丁度降り
 て来たようです」
   エレベーターのドアが開き、ディレク
   ターの遠藤(50)が出て来る。駆け寄
   る四人。
遠藤「お、おお、何、君たち」
しおり「ディレクターの遠藤さんですね」
遠藤「ああ、そうだけど」
   しおり、振り向いて。
しおり「ほら、小春。遠藤さんいたよ。早く
 こっち来て」
   おずおずと歩き、遠藤の前に立つ小春。
小春「あの、は、初めまして。住吉小春です」
遠藤「ああ、テープの。急用できて今日キャ
 ンセルするって杉本から聞いたけど」
小春「え」
しおり「遠藤さんの方こそ急用ができて、今
 日だめになったんじゃなかったんですか」
遠藤「いいや。誰が言ったのそんなこと」
小春「杉本さんが。そやからわたし、杉本さ
 んに歌聞いてもらって。それでダメだって
 言われて」
遠藤「杉本がぁ?――あたたたたっ。やりや
 がったな、あいつ。ごめん、住吉さん、本
 当にごめん。悪いのは全部こっちだ」
   両手を合わせ頭を下げる遠藤。
しおり「じゃあ、小春の歌、今から聞いても
 らえますか」
遠藤「もちろんだよ。俺、楽しみにしてたん
 だから。住吉さんの歌、生で聞くの」
   湧く四人。
小春「お願いしますっ!」
遠藤「よし、じゃあレッスン場行こうか」
小春「はい!」
遠藤「お友達は、ロビーでお茶でも飲んで待
 っててくれるかな」
しおり「はい。小春、頑張って」
澪「しっかり」
千里「いつもどおりね」
篤希「びっくりさせてきな、小春」
   うなずく小春。
遠藤「(小鳥遊に)コトリちゃん、彼女たち
 にピザでもとってあげて」
小鳥遊「はい」
   歩き出す小春と遠藤。入口自動扉が開
   き杉本が戻ってくる。二人に気づき立
   ち止まる杉本。その前を過ぎる小春と
   遠藤。
遠藤「杉本」
杉本「……はい」
遠藤「あとで話しがある」
   出て行く遠藤と小春。立ちつくす杉本
   のところへ小鳥遊がやってくる。
小鳥遊「杉本さん、あの子たちと会われたこ
 とはありませんよね」
杉本「あの子たち?」
小鳥遊「今あそこではしゃいでる女の子たち
です」
杉本「ないけど、それが」
小鳥遊「よかった。あ、首から下げてる身分
 証、外してあの子たちの前通った方がいい
 ですよ。あなたが杉本だって分かったら、
 あの子たちに何されるか分かりませんから」
   一歩踏み出す小鳥遊、振り返り。
小鳥遊「杉本さん。レコード会社の人間って、
 そんなに偉いんですか」
   受付に戻る小鳥遊。立ちつくしたまま
   でいる杉本。

105レッスン場
   内藤(40)のピアノ伴奏に合わせて
   発声練習をしている小春。椅子に座っ
   てその様子を見ている遠藤。
遠藤「ピアノに合わせて声出すの初めて? 
 住吉さん」
小春「あ、はい――下手でしょうか」
内藤「ほらぁ、遠藤さん。委縮させちゃダメ
 でしょうよ」
遠藤「ゴメンゴメン。初々しくっていいなっ
 て思ってさあ。やっぱりいい声してるわ。
 じゃあ、そろそろいける?」
小春「はい」
遠藤「その前に――杉本の事、許してやって
 くれな」
小春「――」
遠藤「あいつも演歌歌手やってたんだよ、十
 九の頃から。でも泣かず飛ばずでね。ドサ
 も一生懸命やってたんだけどな。結局芽が
 出なかったんだよ。で、去年の暮れに見切
 りつけさせてね。今の仕事やってるんだけ
 ど。まだどうも割り切れてないみたいでさ」
内藤「ジェラシー感じちゃったんだろうねえ、
 テープで君の歌聞いた時に。あ、ちなみに
 この人は元フォークバンドのボーカル。ヒ
 ットは一曲もなし!」
遠藤「うるせぇよ。とにかく杉本にはきつく
 言っておくから」
小春「いいです。もう気にしてないです」
遠藤「うん、ありがとう。じゃあ行こうか。
 何歌う住吉さん。こいつたいがいの演歌な
 ら伴奏できるよ」
小春「『みちづれ』――いえ、西川峰子さん
 の『あなたにあげる』をお願いします」
   ヒューイ、と口笛を吹く遠藤。
遠藤「いけるよね、内藤ちゃん」
内藤「俺を誰だと思ってんのよ(前奏を奏で
 はじめる内藤)キーこれでいいかな」
小春「はい、お願いします」
   歌い始める小春。
小春「『幼なごころにいとしい人の 胸に抱
 かれる夢見て泣いた 嫌よ! 嫌嫌 子供
 じゃないわ 可愛いだけの恋なんて あな
 たにあげる 私をあげる ああ あなたの
 私になりたいの』」
遠藤「間奏に続けて二番!」
小春「『長い黒髪 とかれて散って 膝で甘
 えるその日を待つの 嘘よ! 嘘嘘 指さ
 え触れぬ きれいなだけの恋なんて あな
 たにあげる 私をあげる ああ あなたの
 私になりたいの』」
遠藤「同じく三番!」
小春「『好きになってはいけないならば な
 んで逢わせたこうまでさせた 駄目よ! 
 駄目駄目 子供じゃないわ つぼみで終わ
 る恋なんて あなたにあげる 私をあげる
 ああ あなたの私になりたいの』」
   歌いきる小春。
内藤「遠藤さぁん」
   手招きをする内藤。
遠藤「ん」
   立ち上がらず椅子をガタガタさせなが
   ら内藤の側まで行く遠藤。顔を寄せ合
   う二人、小声で。
内藤「二番のサビのところでさ」
遠藤「うん」
内藤「勃っちゃった、俺」
遠藤「遅いよおまえ。俺は二番のAメロのと
 ころで勃っちゃったよ。だからよ、勃っち
 ゃってるから立てねぇの」
小春「あの――」
   小春を見る二人。
小春「どうだったでしょうか、わたしの歌」
   小春をみつめニヤっと笑う二人。

106レコード会社・一階ロビー
   戻ってくる小春と遠藤。駆け寄る四人。
しおり「どうだった、小春」
小春「うん」
千里「うん、じゃないよ。あの、遠藤さん、
 小春の歌、ちゃんと聞いてもらえました?」
遠藤「ああ。ちゃんと聞いたよ」
しおり「どうでしたか」
遠藤「後悔してる」
しおり「え――」
遠藤「録音しときゃよかったって思ってさ。
 お宝音源になったはずだから」
しおり「じゃあ」
小春「――デビュー前提に、これから週に一
 回、無料でレッスン受けさせてもらえるこ
 とになった」
   喜びを爆発させる四人。照れくさそう
   な小春。小鳥遊が立って小さく拍手を
   する。

107舗道
   レコード会社から出て来た五人。舗道
   を歩いていく。タタッと四人の数歩前
   まで行くしおり。
四人「?」
   しおり、振り返って頭を下げ。
しおり「『あの、は、初めまして。住吉小春
 です』」
   爆笑する千里、澪、篤希。
小春「あんたなぁ……」
しおり「いやぁ、いいもの見せてもらった。
 今日一番の収穫だね、あれが」
澪「確かに」
篤希「今日はザ・らしくない小春、の連発
 だったね」
小春「……」
千里「もう、かわいそうだよぉ。でも、よか
 った。本当によかった小春ちゃん」
小春「うん……」
篤希「デビュー前提にってさ、それいつくら
 いのことになりそうなの」
小春「高校卒業を目途にしようかって、遠藤
 さんが。うちもレッスンちゃんと受けたい
 し。それに学校と歌の両立は、やっぱり自
 信ない」
しおり「よかった」
小春「え」
篤希「ふふ。しおり心配してたんだよ。小春
 即デビュー決まって学校辞めちゃうんじゃ
 ないかって」
小春「そっか」
しおり「べつに心配なんかしてないけどさ」
篤希「あらぁ、さようでございましたか」
しおり「ええ、さようでございますわよ、お
 ほほほほ」
   また歩き出す四人。小春だけ立ち止ま
   ったまま。四人振り返り。
しおり「どした、小春」
小春「……ありがとうな」
しおり「え」
小春「今日、あんたらついて来てくれてへん
 かったら、うち、うち……」
   泣き出す小春。その場にうずくまる。
   小春をじっと見つめる四人。しおり[
   写るんです]を取り出す。
しおり「ほらぁ、未来のレコード大賞歌手、
 こっち向け!」
   屈んだまま顔を上げる小春。
しおり「何そのブサイクな顔! 笑え小春!」
   シャッター音。泣き笑いの小春のスト
   ップショット。

108××高校・校舎裏(午後)
   ひとりでウサギの世話をしている千里。
   工藤がやってくる。
工藤「珍しいね、今日はひとり?」
千里「あ、はい。お盆でみんなおばあちゃん
 ちとか行ったりしてて」
工藤「そう、千里ちゃんは」
千里「あ、うちは親戚が集まって来る方だか 
 ら」
工藤「そうか。いい仲間ができてよかったな」
千里「――はい」
工藤「卒業したらさ、どうするつもり、こい
 つら」
千里「え」
工藤「まだちょっと先の話しだけどさ。でも
 千里ちゃんやみんな卒業した後面倒みる人
 間いなくなっちゃうからな。俺も来年定年
 だし」
千里「――」
工藤「今からちゃんと考えといた方がいいな」
千里「はい」
   じっと小屋の中のウサギをみつめる千
   里。
              
109路上(夕方)
   歩いている篤希。

110たんぽぽ、入口
   暖簾が出ている。立ち止まる篤希。躊
   躇っているが、おずおずと引き戸を開
   ける。
篤希「あの、こんばんは」

111同・中
   カウンター内にいる幸世。奥のテーブ
   ル席に座ってギターをつま弾いている
   正敏。客はいない。
幸世「はい――あら」
篤希「あの、小春――住吉さん、おられます
 か」
幸世「あの子ね、今日初レッスンとかで出か
 けちゃってるのよ」
篤希「あ、そうなんですか」
幸世「小春ちゃんに会いにきてくれたの?」
篤希「そうなんですけど――でも、いいです。
 失礼します」
幸世「待って。どうぞ中入って」
篤希「いいです。そんな、たいしたことじゃ
 ないですから」
幸世「いいから。あの子ももうすぐ帰ってく
 ると思うわ。どうぞ中で待ってて」
篤希「すみません。じゃあ失礼します」
   店内に入る篤希。カウンター席に座る。
   麦茶を差し出す幸世。
幸世「毎日暑いわね」
篤希「はい」
正敏「黒田さん、やったね」
篤希「はい」
   立ち上がり頭を下げる正敏。
正敏「この度は小春がえらいお世話になった
 みたいで。おおきに、ありがとうございま
 した」
篤希「あ、そんな、わたしは何も」
幸世「小春ちゃんから話しは聞きました。み
 んながいなかったらチャンス掴めなかった
 って、帰ってくるなりここで大泣きしたの
 よ」
篤希「帰ってからも泣いたんですか小春?」
幸世「帰る前にも泣いてたのあの子?」
   顔を見合わせ笑う二人。
幸世「でもねぇ、いざそんなことになっちゃ
 うと複雑なのよねぇ」
小春「芸能人になるんですもんね、小春」
幸世「ハァ……全然安定したお仕事じゃない
 し、悪い奴とか騙す奴とか、いっぱいいる
 んじゃないかってねぇ」
正敏「考えすぎやおまえは」
幸世「あなたが楽観的すぎるんです! 本当
 にこれでよかったのかしら。お店で歌わせ
 たりしないほうがよかったんじゃないかし
 ら」
正敏「そんな心配してもしゃあないやろ」
幸世「あの子は大事なわたしの娘です、心配
 するのは当たり前でしょ! それにこれか
 ら先あの子に何かあったら、わたし道枝さ
 んに顔向けできないわ」
正敏「出た。黒田さん、前にも言うてたやろ、
 これこいつの十八番。わしも小春も耳にタ
 コ」
幸世「茶化さないで!」
   笑う篤希。寂しげに俯く。
幸世「黒田さん?」
篤希「……父から」
幸世「お父さん――ああ、前に言ってた予想
 屋さんの」
篤希「はい。今日、父から封筒が届いたんで
 す」
幸世「封筒――何かお手紙が入ってたの」
篤希「いえ。離婚届です」
幸世「――」
篤希「父が出ていってしばらくして住所が分
 かった時に、母が判子をついて送り届けて
 たんです。ずっとそのままだったんだけど、
 今日、父が名前書いて判子ついた離婚届が
 届きました」
幸世「で、お母さんは?」
篤希「それを持ってすぐ役所に行きました」
幸世「――そう」
   うつむく篤希をじっと見つめる幸世。
正敏「幸世」
幸世「何」
正敏「ワシらもいろいろあった思てたけど、
 無駄に年だけくって生きてきたんやなあ」
幸世「え」
正敏「そやろが。今この子にかけてやる言葉、
 何ひとつ持ってへん」
幸世「――そうね」
正敏「小春に会いに来てくれたんやね、黒田
 さん」
篤希「はい。あの、小春の顔見て、関西弁聞
 きたくなって――それに何だかこのお店に
 来たくなったんです」
幸世「ありがとう」
正敏「おおきにな――おい幸世、ご飯作った
 り」
幸世「はい」
篤希「え、いいです、いいですそんな。小春
 もいつ帰ってくるか分からないし、わたし
 もうこれで」
正敏「ほんまにこっちの子ぉは遠慮しぃやな
 あ。黒田さん、家帰ってもお母ちゃんの作
 った晩ご飯食べる気分やないやろ今日は」
篤希「……はい」
正敏「それやったらここで食べて帰ったらえ
 え」
幸世「そうよ。おいしいの作ってあげるから
ちょっと待っててね」
篤希「しおりから何度も聞いてます」
幸世「え、何を」
篤希「小春のお母さんの料理、すごくおいし
 いって。だからほんとは、わたしも食べて
 みたいってずっと思ってて」
幸世「あらぁ嬉しい。お刺身は食べられる?」
篤希「大好きです。でも家じゃあんまり食べ
 られない」
幸世「今日はカンパチのいいのが入ったの」
篤希「カンパチ――食べたことないです」
正敏「高級魚や、旨いでぇ。おい、天ぷらも
 なんなと揚げたれよ」
幸世「分かってます。黒田さん、おかわりた
 くさんしてね」
正敏「そや、こういう時こそおかわりや」
   笑って頷く篤希。調理を始める幸世を
   じっと見つめる篤希。ギターをポロン
と鳴らす正敏。
幸世「それにしても遅いわねぇ、小春ちゃん」
篤希「初レッスンだから、きっと教える方も
 力が入ってるんだと思います」
正敏「なぁ、競馬で喩えたら何ていうのや今
日の小春は」
篤希「う~ん……調教初日、かな」
正敏「調教初日か、そらエエな」
   入口引き戸が開く。入って来る小春。
小春「たらいま~……ってアツ、何あんた!?」
篤希「小春のオカンの料理、食べに来た」
小春「何やそれ?」
正敏「幸世ぉ、祝杯や冷で一杯くれ」
小春「何の祝杯や、まだ八時来てへん!」
正敏「決まっとる。おまえの調教初日のやな
 いか」
小春「意味分からんこと言いな!」
正敏「ほな黒田さん来店記念の祝杯」
小春「何でもかんでも祝杯にして早から飲ん
 でんのとちゃうわ、アホ!」
   笑う篤希。その顔に浮ぶ寂しげな影。
               
112校舎裏(夕方、夏休み最終日)
   ウサギ小屋の前で固まって立っている
   五人。千里を四人が取り囲むようにし
   て。
しおり「千里、あんたそれ本気で言ってるの」
千里「うん」
篤希「どうして。みんなでこうやって世話し
 はじめて、どの子も懐いてくれたのに」
小春「うちのところにもやっと近寄ってくれ
 るようになってんで」
千里「うん。みんなには本当に感謝してる。
 一人でずっとこの子たち世話するの、たい
 へんだったしみんなのおかげで本当に助か
 った」
しおり「だったら」
千里「この子たちの世話、いつまでもできな
 い」
四人「――」
千里「卒業したら、この子たちの世話する人、
 誰もいなくなる」
小春「卒業って、まだ一年以上先の話しやん」
澪「あんただって、一年以上先を見てるでし
 ょ小春。千里だって同じだよ」
小春「それは……」
澪「中学のときから一人でずっとこの子たち
 世話し続けてきた千里が決めたことだよ。
 わたしたちが何か言う権利なんてない」
千里「みぃちゃん、ありがとう。本音言うと
 さ、もう抜け出したくなったの、わたし。
 この子たちの世話する自分から――でも、
 面倒くさくなったとか、可愛くなくなった
 からじゃないことだけは、みんなに――」
しおり「バカ。分かりきったこと断らなくて
 いいよ」
千里「――うん」
篤希「でさ、それでいいとして、実際これか
 らどうするのこの子たち。引き取ってくれ
 るあてはあるの千里」
千里「考えてることがある。校長先生に力に
 なってもらおうと思って」
しおり「校長に?」
千里「うん。明日始業式終わったらカメラ持
 っていく約束だったよね」
しおり「そうだけど。あんたよく覚えてたね
 それ」
千里「そのときにちょっと頼んでみるよ」
小春「校長か――うちも頼みごとあんねん」
篤希「ちょっとあんた、マジであのこと……」
小春「そうや」
篤希「やめてよ。無理に決まってるじゃない。
 それにもういいよ別に」
小春「無理かどうか頼んでみな分かるかいな。
 それにエエことない。エエことないんやろ
 アツ、このままで」
篤希「……」
しおり「ちょっと、さっきから二人で何のこ
 と話してるのよ」
小春「今から話す。エエなアツ」
   頷く篤希。
小春「千里も校長に何を頼むのか教えてくれ
 るか」
千里「うん」
               
113××高校・校長室(放課後、始業式当
 日)
   座っている涼子。その前に並んで立っ
   ている五人。デスクの上には[写るん
   です]が四つ置いてある。
涼子「渡したのは一つだったのに、四つにな
 って戻ってきた」
しおり「五つめ、わたしが持ってます。全部
 レシートちゃんと取ってありますから、後
 で支払ってくださいね」
涼子「わたしがぁ?」
しおり「当たり前です。ミッションの発案者
 は校長先生なんですから」
涼子「ふふ。はい。分かりました」
しおり「で、どうなんですか。千里とアツの
 件」
涼子「そうね。ウサちゃんの件は手塚さんの
 考えてる形でいいと思うわ。まずわたしが
 あちらの校長先生にコンタクトとってみま
 す」
千里「ありがとうございます」
涼子「いい返事がもらえたら教えます。でも
 そこから先はあなたたち、特に手塚さんの
 交渉しだいよ、いいわね」
千里「はい」
澪「よかったね、千里」
千里「うん」
しおり「で、アツの件は」
涼子「う~ん、そっちはねぇ」
しおり「ダメですか」
涼子「大井競馬場かぁ」
しおり「ダメですよね。じゃあ他当たってみ
 ます」
涼子「ちょっと待ってよ、今考えてるんだか
 ら」
しおり「小春、やっぱりダメだ。校長先生に
 も立場ってものがあるんだからさ」
小春「そやな。頼ろうとしたうちが間違って
 たわ」
しおり「いくら賭けないからって、校長が競
 馬場に生徒連れて行ったなんて分かったら
 大問題になるよ」
小春「そやな。いいだしっぺの人がちゃんと
 おしり拭かなアカン思うたから校長先生に
 頼もって思ったんやけどなあ」
しおり「バカだねえ。下手すりゃクビだよ。
 チョーカイメンショクってやつだよ。そん
 なのできっこないよ、ねえ校長先生」
涼子「……」
しおり「友達になりたい、なんつってさあ、
 立場が違うんだもん。そんなの無理に決ま
 ってんじゃん、ねえ校長先生」
涼子「……挑発してるんだよね、本庄さん。
 今、わたしのこと」
しおり「あれ、分かっちゃいましたぁ?」
涼子「カッチーン」
五人「?」
涼子「頭にきた音」
   五人を見つめ不敵に笑う涼子。

114△△小学校・体育館(放課後)
   一年生から六年生まで五十人ほどが集
   まって座っている。その前に立ってい
   る千里。後ろに並んで立っている四人。
   小学校の校長、教諭と並んで涼子も。
しおり「千里、大丈夫かな」
澪「全然心配ないよ」
篤希「言いきる?」
澪「この前軽くスパーのまねごとしたの、あ
 の子と」
小春「ああ、千里もジム移ってんな」
澪「うん。わたしはパンチもキックもなしで
 フットワークでかわすだけだったんだけど」
しおり「それで」
澪「もの凄い勢いで向かってきた。最後、反
 射的にパンチ出して倒しちゃった。あの子
 の方がわたしより闘争心上だって言われた
 よトレーナーに」
しおり「ほえぇ」
澪「いちばん根性座ってるのがあの子だよ。
 だから大丈夫」
   その場に座り、小学生と同じ目線で話
   し始める千里。
千里「みなさん、こんにちは。今日は集まっ
 てくれてありがとう。ウサギを飼いたいと
 思ってくれる人がこんなにいてくれて、わ
 たしはとっても嬉しいです。でも、今から
 わたしの話しを聞いて、それでもウサギを
 飼いたいと思う人だけここに残ってくださ
 い。いいですね――みなさんが飼いたいと
 思っているウサギは生き物です。だからお
 しっこもするし、うんこもします。世話を
 することは、ただ餌をやったり水を換えた
 りするだけじゃありません。おしっこやう
 んこの掃除をしなくてはいけません。小屋
 をきれいにしてあげないとウサギは病気に
 なってしまいます。中学生のとき、わたし
 は風邪で二日学校を休みました。その間ウ
 サギたちの世話をすることができませんで
 した。風邪が治って学校に行くと、今日こ
 こに連れて来ている六匹とも元気でいてく
 れました。けれど一匹のウサギは死んでい
 ました。ヒトミといういちばんわたしに懐
 いてくれていた、いちばん体の弱かった女
 の子でした。わたしはあのときのヒトミの
 体の冷たさを一生忘れません。わたしにと
 ってはたった二日でも、ヒトミにとっては
 とても長い長い二日だったんです。きっと
 ヒトミはわたしが来るのを待ちながら死ん
 でいったんです。わたしが風邪をひいてい
 なければ、ヒトミは死んでいませんでした。
 ウサギたちには夏休みも冬休みもありませ
 ん。お正月もお盆もありません。毎日誰か
 が世話をしてあげなければ、ちゃんと餌を
 あげてうんこの後かたずけやおしっこの掃
 除をしてあげなければ、病気になったり、
 ヒトミのように死んでしまいます。ウサギ
 は喋ることができません。だから様子をよ
 く観察して、いつもと様子が違ったら、お
 医者さんに連れていかなくてはいけません。
 もしかしたらわたしが風邪にかかる前から
 ヒトミは様子がおかしかったかもしれない。
 それに気づいていたら、わたしはヒトミを
 お医者さんへ連れていっていました。そう
 したらヒトミは死なずに済んでいました。
 ヒトミを殺したのはわたしです――だから、
 ちゃんと世話をする自信のある人だけ残っ
 てください。日曜日も、お正月も、当番の
 日は餌をあげにきて、そうじやうんこの世
 話をきちんと責任もってできる、という人
 だけ残ってください」
   沈黙。考え込んでいる小学生たち。
小春「知らんかったな」
しおり「ヒトミの話し?」
小春「うん。澪は」
澪「初めて聞いた」
篤希「あの子、そんな気持ち抱えてたんだね」
涼子「――」
   やがて一人抜け、二人抜け、その場か
   ら次々と去っていく小学生たち。閑散
   となる体育館。五人の小学生が残る。
千里「ありがとう。わたしのところへ来てく
 ださい――みんなお願い」
  ウサギの入った大きめのダンボール箱
  を運んでくる四人。
千里「抱いてみる?」
   いちばん小さな女の子と男の子に訊く
千里。頷く二人。
しおり「大丈夫?」
千里「まる吉とノッコなら大丈夫」
   二人にウサギを抱かせる千里。
千里「温かいでしょ」
   うなずく二人。
女の子「おねえちゃん」
千里「何」
女の子「ちゃんと世話するね。おしっこの掃
 除もうんこの片付けも、風邪ひいててもち
 ゃんとしにくるね、わたし」
千里「ありがとう。でもあなたが風邪をひい
 たときは無理しなくていいの。他の人や先
 生がかわりにちゃんとしてくれるからね」
男の子「うん。そのときはぼくがかわる。ぼ
 くは絶対風邪ひかないようにする」
   笑いがはじける。涼子が近寄ってくる。
涼子「手塚さん」
千里「はい」
涼子「とても立派だったわ。あなたのことを
 誇りに思います」
千里「――」
涼子「あなたはヒトミを殺してなんかない。
 もう自分のことを許してあげて」
   千里を引き寄せ抱きしめる涼子。
涼子「温かいでしょ」
千里「――はい」
   二人の様子をじっと見ている四人。
   千里を離して涼子。
涼子「さぁて、次はあなたの番ね黒田さん―
 ―じゃなかった、白川さんになったのよね。
 いつにしようか」
篤希「あの、校長先生、本当に……」
涼子「あそこまでケンカ売られて黙って引き
 下がっていられますか」
篤希「あの、先生。ご存じないでしょうから
 言いますけど、大井競馬って中央と違って
 平日開催なんです」
涼子「へえ、そうなの。で、それが?」
篤希「いや、ですから平日だから学校が……」
涼子「そんなものズル休みすればいいだけの
 ことじゃない」
篤希「ズル休み――」
涼子「健全な女子高生がズル休みの一回くら
 いしなくてどうすんのよ。競馬場の中じゃ
 離れずいるようにしましょう――平日開催
 かぁ。じゃあもう明日にしようか」
篤希「明日」
涼子「心の準備がいる?」
篤希「いえ。明日、お願いします」
涼子「分かった。これでいい、住吉さん」
   気押されたように頷く小春。
   大事そうに代わる代わるウサギを抱い
   ていく小学生たち。

115××高校・体育館(朝)
   全校朝礼。教頭の横山が演台の前に立
   っている。
横山「え~、本日は校長先生急病でお休みの
 ため、わたくしがみんなにお話しをいたし
 ます。今日、この機会にわたしはみんなに
 少し苦言を呈したい。四月以降、服装、頭
 髪の乱れに象徴されるように、校内の風紀
 が乱れていると思われてならない。今一度
 前井上校長が置きみやげとされた規律・鍛
 錬・純朴という校訓を思い出してほしい…
 …」
   身を屈め後ろからしおりのところにや
   ってくる小春。
しおり「小春」
小春「ほんまにやりよったあの校長」
しおり「アツは?」
小春「来てへん」
しおり「そうか――行ったんだね競馬場」
小春「なあ、ばれたらほんまにチョーカイメ
 ンショクになるやろか、あの校長」
しおり「それは……まあ、問題にはなるだろ
 うね」
小春「今更やけど――」
しおり「うん。責任感じるよね。でもきっと
 大丈夫だよ、バレないよ絶対」
小春「それやったらエエけどさあ」
教諭「こらぁ、何喋っとるんだそこ! 住吉、
 おまえ何でそんなところにいるんだ!」
小春「うっさいんじゃ。(教頭を見て)何を
 調子こいて喋っとんねんあのハゲ。アホ、
 ボケ、カス、死ね」
   コソコソと自分の列に戻っていく小春。

116大井競馬場・正門前(午後)
   立っている二人。涼子、篤希を見やっ
   て。
涼子「私服着たらいっそう大人びた顔立ちに
 なるね、白川さん。未成年には見えないわ」
篤希「朝からそればっかり言ってる校長先生」
涼子「ではでは、これより競馬好きのダメ母
 とそれを見守ってついてきたしっかり者の
 娘っていう設定でまいりましょうか」
篤希「はい。あの」
涼子「何」
篤希「先生、本当に大丈夫なんですか」
涼子「心配してくれてるの」
篤希「――」
涼子「大丈夫。あなたたちが言わない限り絶
 対にバレません。じゃあ、入りましょうか」
篤希「はい」
   入場する二人。

117同・二号スタンド裏
   予想屋の小屋がずらっと並び、各予想
   屋の前には人だかりができている。
涼子「へーえ、こんななってんだね」
篤希「わたしも知りませんでした」
涼子「社会科見学旅行じゃ絶対知ることので
 きない世界だ」
   予想屋の前を歩き始める二人。予想屋
   一人一人の顔を見て行く篤希。
涼子「あなた、お母さんのお仕事は」
篤希「大学の助教授です。フランス美術史教
 えてます」
涼子「まあ、そうなの」
篤希「家の中なんか完全にロココ調で。姉二
 人はそれが気に入ってるんですけど、わた
 しは……」
涼子「競馬の予想してるんだもんね」
篤希「父が競馬をしてるのはわたしと父だけ
 の秘密だったんです。夜、父の書斎でこっ
 そり二人で次のレースの予想をするんです。
 すごく楽しかった。ものすごい的中率だっ
 たんですよ」
涼子「予想屋さんになるくらいだもんね」
篤希「でもあるとき父の競馬が母にバレちゃ
 って。母、ものすごく怒って。汚らわしい
 とか、品性下劣だとか言って」
涼子「汚らわしい、か」
篤希「母の住む世界には競馬とかギャンブル
 なんて存在しないんです。でも父は競馬や
 めなくて。ていうか反発するみたいにいっ
 そうのめりこんでいって。二人の仲、どん
 どん険悪になっていって」
涼子「それでお父さんは家を出られたの」
篤希「はい。予想屋やってるって分かった時
 に、母は探偵を使って住所調べて、離婚届
 送ったんです」
涼子「そうだったの」
   一軒の小屋の前で篤希の足が止まる。
中にいる予想屋をじっと見つめる。
涼子「見つかった?」
篤希「――はい」
   小屋に近づいていく篤希。一旦予想が
   終わり、人だかりがとける。小屋の前
   に立つ篤希。やがて彼女に気づく篤希
   の父貞明(52)。
貞明「篤希、か」
   うなずく篤希。二人、じっと見つめあ
   う。二人に近づいていく涼子。

118同・四号スタンド内、休憩所
   扉の外で壁にもたれている涼子。休憩
   室の中、ベンチに並んで座っている篤
   希と貞明。
貞明「久しぶりだな」
篤希「うん。お父さん出てったの、わたしが
 小五の今頃だった」
貞明「――よく分かったな俺のこと」
篤希「お父さんあんまり変わってない」
貞明「篤希は大きくなった」
篤希「小五が高二だもん」
貞明「そうだな。それにしてもおもしろい校
 長先生だな」
篤希「うん。わたしも本当に連れてきてもら
 えるなんて思ってなかった」
貞明「お母さんやお姉ちゃんたちはどうして
 る、元気か。相変わらずのおフランス?」
篤希「ははっ、うん。絵美里姉さんはお母さ
 んの大学の仏文科行った。樹里姉さんは学
 校違うけど史学科行ってマリー・アントワ
 ネットの研究してる」
貞明「晩飯のときにはオペラのCDかけてる
 のか今も」
篤希「うん」
貞明「あれ、嫌いだったよなおまえ」
篤希「お父さんだって」
貞明「ははっ。友達は?」
篤希「今年になってできた」
貞明「そうか。よかったな。おまえ小学校の
 とき友達いなかったから心配してたんだ」
篤希「ねぇ、お父さん」
貞明「何だ」
篤希「どうして今頃になって離婚届に判子つ
 いたの」
貞明「お母さん、役所に出したか」
篤希「うん。その日のうちに」
貞明「そうか」
篤希「ねえ、今頃になってどうして」
貞明「変な意地張って、そのままにしてたん
 だけど――父親が大井で競馬の予想屋やっ
 てます、じゃあな」
篤希「え」
貞明「お姉ちゃんたちやおまえにも具合悪い
 ことがこれから先いろいろ出て来ると思っ
 てな」
篤希「そんな、こと……」
貞明「あるんだよ。特に母さんみたいな仕事
 してる者の娘ってことになると余計にな」
篤希「考えすぎだよ」
貞明「かもな。でもよかったんだよ、これで」
篤希「わたし、お父さんと縁が切れちゃった」
貞明「え」
篤希「そうでしょ。わたし、お父さんの娘じ
 ゃなくなったんでしょ」
貞明「篤希、おまえ」
篤希「そうでしょ……」
   篤希、泣く。
貞明「篤希、おまえ自分の名前変だって思っ
 たことないか」
篤希「名前が変?」
貞明「だってな、上のお姉ちゃんの名前が絵
美里、下のお姉ちゃんの名前が樹里。で、
 おまえは篤希」
篤希「うん。お姉ちゃんたちは『里』がつく
 のに、わたしだけは違うから何でって思っ
 てた」
貞明「ふふ。上二人の名前はお母さんがつけ
 たんだ。エミリーにジュリー、フランス人
 女性にもある名前だ」
篤希「……」
貞明「おまえも最初はお母さんが名づけよう
 としてた。でもこの子だけはって、おまえ
 の名前は俺につけさせてもらった」
篤希「お父さんが」
貞明「うん。篤いっていう字、好きだったし
 な。篤情家とか篤志家っていうだろ。それ
 より何よりな」
篤希「もしかしてお父さん」
貞明「うん。馬って文字が入る名前の子を持
 ちたかった」
篤希「お父さん……」
貞明「嫌いか、篤希っていう名前」
   泣きながら首を横にふる篤希。
篤希「おまえが篤希でいる限り、おまえは俺
 の娘だ」
   貞明、篤希の肩を抱き、引き寄せる。
   貞明の胸にすがりついて泣く篤希。
篤希「お父さん」
貞明「何だ」
篤希「中央の馬券は買ってないの」
貞明「買ってるよ、もちろん」
篤希「じゃあこの前の宝塚記念も」
貞明「ああ、買ってたけど取れなかったよ」
篤希「取れなかったの」
貞明「ああ。ダイタクヘリオスから人気薄に
 六頭流してたんだけど、パーマーが逃げ切
るとは思ってなかったからなあ」
篤希「へへへ。わたしの勝ち」
貞明「え」
篤希「いろいろあってね、友達四人といっし
 ょに千円ずつ出して馬券買ったの。予想は
 ずっとしてたけど、馬券買ったの初めて」
貞明「予想ずっとしてたって……馬券買った
 って……で、取ったのかよおまえあの宝塚
 記念」
篤希「パーマーの単勝一本勝負でね」
貞明「ありゃあ……」
篤希「お父さん全然だめじゃん。単勝どころ
 か複勝も当てられないくせに馬連買ったり
 してる。自分で言ってたくせに、競馬の基
 本は単勝だって」
貞明「篤希」
篤希「それに、前走勝った逃げ馬が、人気し
 てないときはその馬の単勝買うべき、って
 お父さんずっと言ってたのに」
貞明「おまえ、そんなこと覚えてて……」
篤希「覚えてるよ。お父さんの娘だよ、わた
 し」
   強く篤希を抱き寄せる貞明。
貞明「バレるなよ、競馬の予想してることお
 母さんに」
篤希「うん。大丈夫だよ。勉強だけちゃんと
 してれば。お母さんわたしのことにあまり
 興味ないみたいだしさ」
貞明「……うまくやっていけよ、お母さんや
 お姉ちゃんたちと」
篤希「うん」
貞明「高校出たらどうするんだおまえ。進学
 するんだろ」
篤希「理学部に行きたいって思ってる」
貞明「そうか、算数得意だったもんなおまえ」
篤希「うん。とりあえずあの家は出るよ」
貞明「そうか」
篤希「で、大学出ても就職先なかったら、お
 父さんの助手する」
貞明「ははっ。インテリ女予想屋の誕生だな
 ――おまえ、その友達になんて呼ばれてる
 んだ」
篤希「アツって呼ばれてるんだ。あ、千里は
 アッちゃんって呼んでくれてる」
貞明「そうか。いいこと教えてやろうか」
篤希「何」
貞明「おまえアメリーになるところだったん
 だぞ」
篤希「アメリー?」
   ガラス扉の向こう側から父娘が寄りそ
   う様をじっと見ている涼子。

119篤希の家の前(夕方)
   たむろしているしおり、小春、千里、
   澪。
千里「あ、帰ってきた」
澪「校長先生も」
   やって来る篤希と涼子。
しおり「おかえり」
篤希「ただいま。みんな待っててくれたんだ」
小春「会えたん?」
篤希「うん」
小春「そっか」
涼子「これでいいかな、みなさん」
   涼子を見る五人。頭を下げる篤希。
篤希「校長先生、今日は本当にありがとうご
 ざいました」
涼子「住所はちゃんと訊いた?」
篤希「はい」
涼子「会いに行く時はお母さんに見つからな
 いようにね」
篤希「はい」
小春「校長先生」
涼子「ん?」
小春「いや、あの、その……あ、今日の朝礼
 でハゲ……あ、教頭先生が、何か偉そうな
 ことダラダラ喋って、貧血で五人くらい倒
 れてしもて」
澪「急に何言ってんのよあんた」
小春「いや、とりあえず言っとこかと」
涼子「ご報告ありがとう。生徒倒れてるのに
 喋りつづけたわけ、教頭先生」
小春「はい。四十分くらい。校訓がどうたら
 こうたら」
涼子「ハァ……クソハゲが。あんな大人にな
っちゃダメよみんな」
   あぜんとして涼子を見る五人。
涼子「さて、急病の校長先生は帰るとします
 か」
千里「あの、校長先生」
涼子「ん?」
千里「怖くなかったんですか、今日」
涼子「バレたときのこと考えたりしたら?」
千里「はい」
涼子「『おっ父に会いに行く子に道なんかい
 らねぇんだよ』」
五人「?」
涼子「何話めだったかな『トラック野郎』の
 中の台詞。映画の中じゃおっ母って言って
 るんだけどね、文太さん。」
小春「……『男の旅は 一人旅~』」
涼子「そんなのも知ってるのぉ。住吉さん」
小春「お客さんで長距離の運転手さんがいて、
 教えてもらいました。その人が店来るたび
 リクエストするんです」
涼子「へ~え。あれ、旦那が好きでさぁ。い
 っしょに観てるうちにわたしも好きになっ
 ちゃったのよ。じゃあね、みんな。暗くな
 らないうちに帰るのよ」
   去っていく涼子。その後ろ姿を五人、
   じっと見つめて。
小春「……嘗めてた」
しおり「え」
小春「ホンマもんや、あの人」
篤希「あ」
しおり「どうした」
篤希「表札、できたんだ」
   門柱の[白川]という表札をじっと見る篤希。
千里「お母さんの旧姓だよね」
篤希「うん。でももしかしたら近いうちもう
 一回苗字変わるかも」
澪「何で」
篤希「お母さんつきあってる人、いるから」
四人「マジっ!」
篤希「うん。本人隠そう隠そうとしてるけど
 さ、バレバレなんだよね。あの人そういう
 のすごい下手だから。たぶん同じ大学の教
 授だと思うんだけど」
しおり「そうなんだ」
千里「まあ、苗字が変わったってアッちゃん
 はアッちゃんだよ」
小春「そやな、アツはアツや。しかし黒田か
 ら白川って。オセロかあんたは」
   笑いが弾ける。
篤希「それくらい何よ。もしかしたらわたし
 の名前、アメリーになってたかもしれない
 んだからね」
しおり「アメリー、何それ?」
篤希「愛に恵むに里で愛恵里。お母さんがつ
 けようとしてたらしい」
澪「愛に恵むに里で愛恵里ぃ?」
千里「なんかポエム臭すっごい」
篤希「でしょ。今日お父さんから聞いてさ、
 ぞっとしちゃった」
   大爆笑する小春。
小春「愛恵里、アツが愛恵里。ふはっはっは
 っ」
篤希「――あんた、笑いすぎ」
小春「そやかて、イメージ遠すぎやんアツと。
 苗字なんぼ変わってもエエけど、アツが明
 日から愛恵里になったら、うち、つきあい
 考えてまうわぁ」
   笑い続ける小春。笑い、四人に移って
   いき。
篤希「だよね、わたしと愛恵里、百万光年く
 らいイメージかけはなれてるよねぇ」
   五人、爆笑し続ける。
                (F・O)
               
120中、板倉深雪宅 居間(午後)
   向かい合わせに座っている涼子と深雪。
   それぞれの前に湯呑み。
深雪「で、どうなったんです、前言ってた五
 人」
涼子「うん。すごく仲良くなった」
深雪「そう。よかったじゃないですか」
涼子「うん。わたしはきっかけ作っただけだ
 けど」
深雪「でも、それって結局先生の自己満足で
 すよね」
涼子「――うん、そうね」
深雪「それとも贖罪のつもり、かな」
涼子「――」
   静かにお茶を飲む深雪。
涼子「あれ、見せてくれる」
深雪「もう、いいですよ。やめましょうよ」
涼子「お願い。見せて」
   立ち上がる深雪。部屋を出る。色紙を
   手に戻ってくる。手渡す深雪。涼子、
   じっとそれを見る。
   〈さようなら・板倉深雪さん 二年五
   組一同〉と大きく書かれ、深雪を死者
   としてあつかうクラスメイトの文言・
   悪口が書き連ねられている。その中央
   には「死んでくれて ありがとう あ
   の世へ進級おめでとう 早川涼子」の
   文字が。
深雪「先生は一年間ありがとう、進級おめで
 とうって書いただけ」
涼子「――」
   〈色紙の修正液の部分が大写しになる〉
深雪「勝手に文字を消されて加えられただけ、
 だから先生に罪はない」
   首を何度も横に振る涼子。
深雪「罪はないんです、先生には。わたしが
 無視されたりいじめられたりしてたって、
 ずっと一人ぼっちだったって、気づいてい
 なかった先生は、有罪でも無罪でもないん
 です」
涼子「――」
深雪「それに、机の中に入ってたこれ見た時、
 そんなショックじゃなかったんですよ。授
 業中、回し紙で同じようなこといつも書か
 れてたから」
涼子「――」
深雪「もう、だから嫌なんですこれ見せるの。
 わたしすごく性格悪くなっちゃうから」
涼子「ごめんなさい。あなたにはいくら謝っ
 ても――」
深雪「ああ、ダメだなあ。わたし先生と話し
 てるとどんどんイヤな女になっちゃう。は
 は」
深雪「あ、そうだ。わたしね、恋人できたん
 ですよ」
涼子「え、ほんとに」
深雪「はい。この前始めて抱かれました。三
 十歳にてロストバージンです。あ、これそ
 の時二人で初めて行った旅行で買ったお土
 産なんです。先生も食べてください」
   菓子の包みを開き、お茶を飲む深雪を
   じっと見つめる涼子。

121同・玄関先
   二階通路の手摺にもたれて、帰ってい
   く涼子を見下ろしている深雪。
深雪「先生」
   深雪を見上げる涼子。
深雪「あの寄せ書き、ずっと持ってるつもり
 だったけど、今から捨てます」
涼子「――」
深雪「何か今日決心ついちゃった。彼に見つ
 けられたら、嫌だから」
涼子「うん」
深雪「先生」
涼子「なに」
深雪「もう来ないでください。来てもドア開
 けませんから」
涼子「――うん」
深雪「先生」
涼子「なに」
深雪「わたし、大好きな人とセックスしまし
 た」
涼子「うん」
深雪「さよなら、先生」
   部屋に入る深雪。
   佇む涼子。
                (F・O)

122高校・二年二組(放課後)
   教室を出て行くしおり。

123同・廊下
   歩いていくしおり。後ろから小春が駆
   けてきてしおりの横を過ぎる。
小春「しおり、お先ぃ」
しおり「あ、小春ぅ。みんなでカラオケ行か
 ない?」
小春「悪い、今度にして。急にレッスン入っ
 てん」
   走っていく小春。
しおり「ふ~ん」
   小さくなるその背中を見送るしおり。

124同・校舎裏
   誰もいない。しおり、無人のベンチを
   見てぼーっと立っている。

125同・図書室
   入って行くしおり。大机の少し前まで
   いく。勉強をしている篤希と千里。し
   おり、ふたりの前までいく。
しおり「よっ」
千里「ああ、しおりちゃん」
しおり「どうしたの、千里最近えらく熱心に
 勉強してない?」
   顔を見合せ微笑みあう千里と篤希。
篤希「千里ね、先生目指すことにしたんだっ
 て」
しおり「先生――何の」
千里「小学校。難しいのは分かってるんだけ
 ど。わたしそんな勉強得意じゃないし。で
 も浪人覚悟で今からだったら、頑張れるか
 なって」
しおり「小学校の先生――いいよ、千里。す
 ごくいい」
篤希「うん、いいよね。わたしもそれ聞いた
 ときすごくいいって思った」
千里「へへ、ありがと。だからね、アッちゃ
 んはわたしの専属家庭教師。分からないと
 こ訊きまくり。分からないとこばっかだか
 らずっと訊きまくり。迷惑かけてます」
篤希「迷惑なんかじゃないよ、全然。教える
 のってさ、すごいこっちも勉強になるんだ
 よね」
しおり「へ~え。で、アツもいっしょに。お
 馬じゃなくて」
篤希「うん。さすがに脳ミソの使う部屋違う
 からさ。それにわたしもそろそろこっちの
 方にも力いれようかなって」
千里「予備校の週末講習に行くことにしたん
 だって、アッちゃん」
しおり「そっか。じゃあ、頑張って」
   軽く手を振りあう三人。図書室を出て
   行くしおり。

126バス停
   帰宅するしおり。バス停に澪が立って
   いるのを見つけ近寄る。
澪「ああ、しおり」
しおり「澪、バス通学だったっけ――ああ、
 そっか」
澪「うん。前のジムは駅行くまでに寄れたん
だけどさ」
しおり「どう、今度のジム」
澪「うん。由香トレーナーにみっちりしごか
 れてる」
しおり「そっか。千里もまだ通ってんの?」
澪「うん。前ほどのペースじゃないけどね。
 むちゃくちゃのフォームでバッグ打ちして
 喜んでるわ」
   笑う二人。
しおり「あ、バス来た」
   停車するバス。乗り込む澪。
しおり「んじゃ」
澪「うん。また明日」
   ステップに立つ澪、バス停に立つしおり。
しおり「しゅしゅしゅ!」
   おもむろにパンチを繰り出すしおり。
   澪、笑って
澪「しゅしゅしゅ!」
   澪もパンチを繰り出す。
   バスのドアが閉まる。二人、手を振りあって。
   去っていくバスをじっと見送るしおり。
     
127帰路
   ひとり歩くしおり。

128ゲームセンター
   モグラたたきをするしおり。
                 
129しおりの家・居間(夜)
   円卓を前に座り夕飯を食べているしお
   りと弟の光太(13)。テレビには『平
   成教育委員会』が映っている。
   母親の置手紙を手にしてちらっと見る
   しおり。
(置手紙・裕子の声)〈急なシフト変
  更で、九時までレジに入らなくてなら
  なくなりました。先にご飯食べていて
  ください。お父さんも遅くなるそうで
  す)
   骨付き鶏腿肉を掴み、ため息をつくし
   おり。テレビを見て大笑いをする光太。
しおり「うるさい、黙って食べろ」
光太「なんか機嫌悪いね姉ちゃん、生理前?」
   光太の頭を思い切りはたくしおり。
光太「ってえなぁ! 心配してんのにぃ」
しおり「何の心配よ!」
光太「昨日保健の時間に習ったんだよぉ、女
の人は生理前になると精神的に不安定になっ
て不機嫌になることがあるから、生理前の時
男は気をつかってあげないといけないって。
だから生理前かって訊いてやったのに」
   また思い切り光太の頭をはたくしおり。
光太「いってえ!」
しおり「生理生理言うなバカ! 何が生理前だ! 
 あんた生理って言いたいだけだろ、エロ中坊!」
光太「……やっぱり生理前だ」
   しおり三度目のはたき。今度は身をか
   わす光太。しおり、ガブリと腿肉にか
   ぶりつく。

130同・彼女の部屋
   仰向けに寝転がり頭上に掲げた[写ル
   ンです]を両手でこねまわしているし
   おり。尾崎豊の『存在』がかかってい
   る。
しおり「『受けとめよう 目まいすらする街
 の影の中 さあもう一度 愛や誠心で立ち
 向かわなければ』……」
   ベッドから起き上がるしおり。

131同・居間
   しおり、部屋の入口に立ち、卓袱台に
   伏せてうたたねしている裕子を見る。
   つきっぱなしのテレビ。
しおり「お母さん」
   気づかない裕子。
しおり「お母さん」
裕子「んぁ?」
   振り返りしおりを見る裕子。
しおり「お父さんまだなの」
裕子「『毎度毎度のお誘いに~ いやだいや
 だでホホホイのホイ』ってね。ま、あの人
 の場合、いやだいやだじゃないんだけど」
しおり「そう――あのね、お母さん」
裕子「何、何か頼みごと?」
しおり「なんで分かるの?」
裕子「ふふ。座ってみそ、座ってみそ」
しおり「みそって……」
   裕子の前に座るしおり。

132校舎裏
   ウサギ小屋はなくなっている。ベンチ
   に座って競馬雑誌を読んでいる篤希。
   その隣で英単語を覚えている千里。体
   操服の澪がシャドーボクシングをして
   いる。そこへやってくる小春。
小春「しおりは――ああ、バイトか」
篤希「うん」
千里「お母さんの勤めてるスーパーだっけ」
小春「うぅん。最初はあの子もそのつもりや
 ったらしいけど、オカンに断られたんやっ
 て。そやから別のスーパーに面接に行って
 採用された。惣菜部やて」
千里「なんで?」
小春「親子が同じ職場に居てたらどうしても
 お互い甘えが出るからアカンって言われた
 らしい」
篤希「カッコイイ、しおりのオカン」
小春「なあ、カッコエエよな――しかし、な
 んかここ、寂しなったなあ」
   地面に置いたタイマーが鳴り、動きを
   止める澪。
澪「ははっ、あんたが言う?」
小春「何ぃ」
篤希「ははっ、ねぇ」
小春「何ぃ」
千里「ありがと、小春ちゃん。小学校近いし、
 またみんなで会いに行こうよ」
小春「うん――にしても、しおりが居てへん
 のも変な感じやな」
篤希「確かに」
千里「ねぇ、しおりちゃん居なかったら、ど
 うなってたんだろうね、わたしたち」
小春「何や急に」
澪「ああ、それわたしも思うことある」
篤希「しおりだったからだよね」
小春「え」
千里「どういうこと?」
篤希「だからさ、もしもこの中の誰かが最初
 に校長のミッション受けてたとしたら、こ
 うなってたと思う? わたしたち」
千里「――わたし、ここでまだヒメややすべ
 え飼ってるだろうな、ひとりで――うぅん。
 六匹とも死んじゃってるかも知れない、あ
 の時」
   黙りこむ四人。
千里「あのさ、この五人の中で十七歳なのっ
 て、しおりちゃんだけなんだよね」
篤希「え、そうなの?」
千里「うん。前に訊いたことあるの。四月三
 十日がしおりちゃんの誕生日。みんな、ま
だだよね」
小春「うわ」
千里「うん」
澪「え?」
小春「うちより一年近い姉ちゃんやんか、し
おり」
篤希「あんたいつよ」
小春「年越えて三月二十五日。あんたは」
千里「あっちゃんは十一月十八日。みぃちゃ
 んは十二月の三日」
小春「千里そんなことよぅ覚えてるなぁ」
千里「だってみんなの誕生日だよ、気になら
 ない?」
小春「いやぁ……」
篤希「まぁ……」
澪「ねぇ……」
千里「あのさぁ、そうゆうとこみんなのよく
 ないとこだと思うよ、わたし」
小春「あんた、ほんま言うようになったな」
千里「ちなみにわたしの誕生日は来月、十月
 の九日。みんなちゃんと覚えておいてよね」
篤希「そうか、しおりがいちばんのお姉ちゃ
 んか」
澪「ねぇ」
小春「ん?」
澪「しおりに会いに行ってみない」
千里「え」
澪「なんかさ、わたしあの子が十七歳だって
 知ったら、急に会いたくなった、今」

133スーパー外景

134同・中
   店内を歩く四人。
   白帽、白衣のしおり、スイングドアか
   ら、コロッケの乗った台車を押して出
   て来る。
しおり「いらっしゃいませ~」
   離れてしおりを見ている四人。彼女た
   ちに気づくしおり。
しおり「うわっ! 何あんたたち!」
小春「そんなビックリせんでもええやん」
   四人、しおりに近づき向いあう。
しおり「何笑ってんのよ、小春」
小春「いや、意外とよぅ似会ってるなあ思っ
 て」
しおり「このダサい格好褒められて喜ぶって
 思うわけ、あんた」
千里「しおりちゃん、かわいい」
しおり「千里まで……」
篤希「ほんとだよ」
しおり「え」
澪「最高。かっこいいよ」
しおり「――あのさぁ、なんて答えたらいい
 か分からないんだけど。てか何であんたた
 ちここに来たのよ」
小春「十七歳のしおりに会いに来た」
しおり「はぁ? 何それ。何なの、みんな。
 何か気持ち悪いよ。ほんと意味分かんない
 んだけど。わたしさぁ、今からタイムサー
 ビスのアジフライ揚げなきゃなんないんだ
 よ。掃除もしなきゃならないしさ……」
   微笑んでしおりを見つめる四人。不思
   議そうに四人を見るしおり。
   
135××高校・校長室(放課後)
   執務をしている涼子。職員室に繋がる
   ドアから横山が入ってくる。
横山「校長先生、そろそろお出かけにならな
 いと校長会に遅れてしまいます」
涼子「分かってます」
横山「お忙しいようでしたら、わたしが出席
 させていただきますが」
涼子「いいえ、けっこう。ちゃんとわたしが
 出席させていただきます」
   立ち上がる涼子。
涼子「あ、教頭先生」
横山「はい」
涼子「校庭に建てるって言ってた校訓の石碑
 の件、どうなってます」
横山「ああ、はい。予定通り来月からPTA
 と教職員、及び同窓会に呼びかけて寄付を
 募ります。足りない分は本年度予算の中か
 ら捻出するという方向で……」
涼子「それ、キャンセル」
横山「は?」
涼子「校訓、変えますからそのハナシはなし」
横山「校訓、変える――あの、校長何をおっ
 しゃって……」
涼子「全校生徒から新たな校訓の案を募りま
 す」
横山「新たな校訓――、そんな、勝手な。井
 上前校長が決められた素晴らしい校訓を…
 …」
涼子「勝手に井上が決めた校訓でしょうが」
横山「……」
   部屋を出て行こうとする涼子、振り返
   って。
涼子「分からない? 生徒ぶっ倒れ続けてる
 のに喋り続ける誰かのネタにされるような
 校訓は、変えるつってんの」
   ドアを思いきり閉めて出て行く涼子。
   茫然と立ちすくむ横山。憤然とデスク
   を蹴りつける。痛がる。

136帰路
   学校から帰っていく五人。
しおり「しかし千里のリクエストも変わって
 るよねえ」
千里「へへ、そうかな」
篤希「わたし、行ったことない」
澪「わたしは子供のとき何度か」
小春「うちは大阪居てるときけっこう行って
 た」
千里「実はわたしも初めてなんだよね~。で
 も全員大丈夫な日でよかった」

137路地~銭湯入口
   路地を折れる五人。銭湯ののれんが出
   ているのが見える。
小春「こんなとこに銭湯あったんや」
千里「うん。いつか来たいなあって思ってて
 さあ」
   銭湯を出てすぐのところに湯上りの男
   (三十代前半)が一人立っている。女
   が出て来る。深雪である。五人の足が
   止まる。
小春「お、逆『神田川』」
篤希「『いつもわたしが待たされた~』ってや
 つ?」
しおり「うん。お風呂ってさ、たいてい女の
 方が長いもんだよね」
   二人寄りそう。手を繋ぐ。
千里「きゃ」
   身を寄せ合い、二人を見る五人。
   歩き出す二人。五人の横を過ぎる。
   羨望の眼差しで二人の後ろ姿を見てい
   る五人。
澪「いいなぁ」
篤希「澪でもやっぱりそう思うんだ」
澪「悪い?」
   入口前まで来る五人。
しおり「はぁ~あ、仕方ない。わたしたちは
 千里の十七歳を祝して、女どうしで裸のつ
 きあいといきますか」
千里「仕方ないって、ひど~い。しおりちゃ
 ん」
   賑やかに女湯ののれんをくぐる五人。
   路地を折れる前、深雪の足が止まる。
   振り返る深雪。もう五人は銭湯の中に
   入っており、誰もいない。それでもじ
   っと銭湯入口を見つめ続ける深雪。
男「?」
深雪「(ううん)」
   首を横に振る深雪、いっそう男に寄り
   そう。手を繋ぎ身を寄せ合い、歩いて
   いく二人。

138銭湯・脱衣場
   脱いだ制服、下着が入っている五つの
   籠が並んでいる。

139同・男湯・浴場
   初老の客が一人。頭を洗っている。

140同・女湯
   湯船に肩まで浸かっている五人(向か
   って左から千里、澪、しおり、小春、篤希)。
千里「一九九二年十月九日、手塚千里、晴れ
 て十七歳になりました!」
四人「いえ~い!」
   拍手をする四人。

141同・男湯
   驚いて上を見上げる男。

142同・女湯
千里「将来は小学校の先生になりたいです! 
 えーっと、でもなんとなく無理っぽい感じ
 も正直……」
篤希「無理とか言わない!」
澪「うん。千里なら絶対大丈夫」
千里「ありがとう。頑張ります!」
   四人、また拍手を送る。
小春「住吉小春、まだまだキュートな十六歳!」
篤希「だれがキュートだ!」
小春「やかましぃ! 将来の夢は日本レコー
 ド大賞、日本有線大賞、日本歌謡大賞の三
 冠獲得!」
千里「いけるよ絶対!」
   拍手する四人。
しおり「『あの、は、初めまして。住吉小春
です』」
   爆笑する四人。
小春「それもうやめろっ! 次アツ!」
篤希「白川――旧姓黒田篤希! 次に十七
 歳になるのはわたし。それからもうすぐた
 ぶん青木篤希になりま~す!」
小春「白の次は青かい!」
篤希「とりあえずの夢は――えーっと、今初
 めて言うけど、東京大学理学部物理学科合
 格!」
四人「お~~!」
   どよめきながら拍手する四人。
千里「あと狙うはノーベル物理学賞?」
篤希「冗談、馬券必勝法の確立に決まって
 るでしょ! そんで社会人になったら競馬
 場行って全十二レース的中させてやる!」
四人「お~~!」
   拍手する四人。
澪「菅原澪。十七になるのは十二月。夢は――」
   言葉が続かない澪。
澪「夢は――」
四人「アリスぶっ倒す!」
   頷く澪。
澪「その後は、由香トレーナーといっしょに
 キック続けたいから、たぶんこの街で就職。
 いつか大会に出て勝ちたい。プロにもなっ
 てみたい。そのずっと後は由香トレーナー
 みたいなキックのトレーナーになりたい。
 キックと一生つきあっていきたい」
   拍手する四人。
しおり「本庄しおり、十七歳」
   拍手する四人。
しおり「正直先のことあまり見えてない。な
 りたいものとかもない。たぶん、短大とか
 に行って、フツーに一般企業に就職するん
 だと思う」

143同・男湯
   立ちあがって女湯の方の天井をみあげ
   ている男。

144同・女湯
しおり「恋愛とかするのかな、やっぱり。そ
 んで結婚して、仕事やめて、子供産んで、
 子育てして――その後はまた、今と同じス
 ーパーにパートで入って、コロッケ揚げた
 りしてるかもしれない、わたし。何かつま
 んないね」
篤希「どこが」
千里「そうだよ」
澪「つまらなくなんかちっともない」
小春「そんな人生がつまらへんのやったら、
 うちが歌う歌になんの意味もない」
しおり「――うん」
篤希「お寿司、上手に巻けるようになった?」
しおり「いやぁ、それがなかなか難しくてさ」
千里「お店に出せるやつができるようになっ
 たら教えて。みんなで買いにいくから」
しおり「うん。でもわたしの今の夢、巻き寿
 司ちゃんと巻けるようになることかぁ。な
 んだかなぁ」
小春「だから、そういうのが大事なん! き
よし師匠も言うてるやろ。大きなことはで
きませんが、小さなことからコツコツと、
や!」

145同・男湯
   男、拍手をする。
男「おねえちゃんたち、がんばれよ!」

146同・女湯
千里「やだ、聞こえちゃってた」
澪「そりゃそうだよ」
小春「おっちゃんありがとう! 聞いてたや
 ろ、今日千里誕生日やねん! あがったら
 フルーツ牛乳おごって!」
男(声)「よっし。任せとけ!」
   笑う五人。
千里「でも恋愛かぁ」
小春「そやなぁ、さっきみたいなん見せられ
 たらなぁ。考えてまうよなぁ」
澪「うんうん」
篤希「よぉし、じゃあ今日から競争だ。だれ
 が一番早く彼氏作るか」
しおり「あの~……」
   おずおずと手を挙げるしおり。
千里「何、しおりちゃん」
   しおり、俯いて黙っている。
小春「……ちょっと、もしかしてあんた」
しおり「うん。あのさ、わたし三日前にコク
 られちゃった」
四人「えぇ~~~っ!?」
   画面、ホワイトアウト。

147エンディング
小春(声)「どっどど、どういうことやっ!」
しおり(声)「どういうことって、まあ、そ
ういうことなんだけど……」
篤希(声)「あっ、相手、相手だれよっ!」
しおり(声)「誰って、バイト先の……」
澪(声)「と、年はっ!?」
しおり(声)「同い年、△△高校の二年……」
千里(声)「で、ででっ、な、何て、何て返
 事したの、しおりちゃんっ!?」
しおり「いやまあ、ちょっと考えさせてほし
 いつって、待ってもらってんだけど。『考
 え中、考え中』みたいな――ねぇ、もうい
 いじゃん、この話し」
四人(声)「よくないっ!!」
   ザバッ! 四人が立ち上がる湯の音。
篤希(声)「もっと詳しく教えなよっ!」
しおり(声)「――もう。だからぁ、その子
 は青果部のバイトなんだけど。何回か休憩
 室でいっしょになって。音楽の話しとかし
 てたら、向こうもオザキのファンで、何か
 盛り上がったりして。それからいろいろ話
 すようになって」
篤希(声)「で、どうやってコクられたのよ!」
しおり(声)「いや、まあ、その日遅くなっ
 てさ、家まで送ってくれたんだけど、その
 ときつきあってほしいって……」
千里(声)「きゃあああっ! 送られて告白!
 きゃあああっ!」
澪(声)「それだけっ!?」
しおり(声)「なんか、一目ぼれとか言って
 た……」
千里(声)「きゃあぁぁっ! 一目ぼれっ!
 きぃやああああぁっ!」
篤希(声)「そんで、そんでどうすんのよあ
 んた!?」
しおり(声)「どうするって?……」
澪(声)「だから返事っ!」
しおり(声)「いやまぁ……断る理由もない
 のかなと……」
千里(声)「……決めてんじゃん」
澪(声)「受けるつもりだ」
篤希(声)「うん。顔がすでににやけてる」
しおり(声)「いやぁ、そんなことは――」
小春(声)「何で、何で黙ってたんよっ!」
しおり(声)「何かタイミングが……だから、
 今、言った」
篤希(声)「あーっ!『恋愛とかするのかな』
 とかよく言うっ!」
澪(声)「ほんっと、どの口が……」
しおり(声)「いや、恋愛とかそういうのと
 は……こっちはそういうつもりはないっつ
 うか……」
四人(声)「そういうのなのっ!」
千里(声)「お風呂から上ったらみんなでス
 ーパー行くから! そんでどんな子か見せ
 てもらうしっ!」
しおり(声)「え~、やめようよぉ」
小春(声)「こっのぉ、しぃおりぃぃっ!」
しおり(声)「きゃあっ、小春っ何するのよっ!」
小春(声)「沈めろ、みんなしおり沈めろっ!」
しおり(声)「やめてっ、もうっ、みんなや
 めてってばあっ!」
   ザバンザバンと湯の音。五人の嬌声が
   続く。
しおり(M)「あの子にうんっていうのかな、
 わたし。でもほんとにね、そういうのとは
 違う気がするんだ。だって小春、千里、篤
 希、澪。これから先、あんたたちにもしひ
 とりぼっちの夜がやって来たとしたら、わ
 たしに電話してきてよ。彼氏なんかほっぽ
 らかして、何もかもほっぽらかして、わた
 し、駆けつけるからさ――」
   やがてDrop,sの「コール・ミー」が流
   れ始め、[写ルンです]で撮った五人
   の数々の写真や、本編の様々な場面が
   映し出されていく。その中をスタッフ、
   キャストがせり上ってくる。
                  (了)



本稿にタイトル・歌詞が登場する歌

・「十七歳の地図」・「僕が僕であるために」・「卒業」
・「シェリー」・「15の夜」・「I LOVE YOU」・「存在」
   以上、詞、曲、歌=尾崎豊

・「大阪しぐれ」
   歌 都はるみ 詞 吉岡治 曲 市川昭介
・「おゆき」
   歌 内藤国男 詞 関根浩子 曲 弦哲也
・「みちづれ」
   歌 牧村三枝子 詞 水木かおる 曲 遠藤実
・「夢追い酒」
   歌 渥美二郎 詞 星野栄一 曲 遠藤実
・「なみだ恋」
   歌 八代亜紀 詞 悠木圭子 曲 鈴木淳
・「まわり道」
   歌 琴風豪規 詞 なかにし礼 曲 三木たかし
・「月光仮面は誰でしょう」
   歌 近藤よし子・キング子鳩会  詞 川内康範 曲 小川寛與
・「他人船」
   歌 三船和子 詞 遠藤実 曲 遠藤実
・「あなたにあげる」
   歌 西川峰子 詞 千家和也 曲 三木たかし
・「毎度毎度のおさそいに」
   歌 植木等とオフィスレディス 詞 伊藤アキラ 曲 はやし・こば
・「神田川」
   歌 かぐや姫 詞 喜多条忠 曲 南こうせつ
・「コール・ミー」
   歌 Drop's  詞 中野ミホ 曲 中野ミホ

「SHUFFLE!´92」(PDFファイル:726.21 KB)
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