都の大路様 ~高校駅伝物語~ スポーツ

 埼玉県立加須高校駅伝部は、芦野颯人(16)らヤンキー達の抗争に巻き込まれ、大手駿(16)一人となってしまう。負い目を感じた芦野らを部に引き入れ大会出場を目指す一同。喧嘩慣れしたヤンキー達は皆、身体能力も高く、大手は淡い期待を抱くが……。
マヤマ 山本 23 0 0 11/24
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第一稿

<登場人物>
芦野 颯人(14)(18)駅伝部員
小田 竜平(6)(18)同
原 拓矢(16)(18)同
平塚 怜利(12)(18)同
戸塚 理来(0)(18)同
鶴見 ...続きを読む
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<登場人物>
芦野 颯人(14)(18)駅伝部員
小田 竜平(6)(18)同
原 拓矢(16)(18)同
平塚 怜利(12)(18)同
戸塚 理来(0)(18)同
鶴見 凛太郎(16)(18)同
大手 駿 (16)(18)同

東雲 由佳(16)(18)同マネージャー
出海 美麗(16)(18)同マネージャー
町田 敏也(16)(18)他校の選手
戸塚 大智(0)(18)同、戸塚の弟
翔太   (18)(19)不良の先輩
警察官          声のみ
スターター        声のみ



<本編> 
○加須高校・外観
   「埼玉県立加須高等学校」と書かれた 看板。

○同・屋上
   待ち構える翔太(18)ら不良生徒達の元にやってくるドレッドヘアの男、芦野颯人(16)。
翔太「見~っけ。来たな、一年坊」

○同・駅伝部部室・中
   ランニングウェア姿に着替え、靴ひもを結ぶ大手駿(16)。
大手「よし、と」
   遠くから聞こえる怒号。

○同・屋上
   翔太ら不良生徒達をボコボコにする芦野。
芦野「俺の強さに、嫉妬しな」
   倒れる翔太の手からこぼれ落ちる、首から下げるためのチェーン付きの鍵。
翔太「くっ……調子ん乗りやがって」
   T「芦野 颯人」
   鍵を拾う芦野。
芦野「とりあえず、コレでこの屋上は、これから俺達のもんだからな。勝手に入るんじゃねぇぞ?」
   勝ち誇ったように出口に向かう芦野。そこに待ち構える多数の不良たち。
芦野「……Oh、shit」

○同・駅伝部部室・前
   部室から出てくる大手。
大手「さて、行きますか」
   腕時計を一目見た後、走り出す。
   集団の走る足音。

○同・廊下
   多数の不良達に追われ逃げる芦野。
芦野「この数は無理無理~」
小田の声「颯人、コッチや」
   振り返る芦野。そこに待ち構えるモヒカンの男、小田竜平(16)。
芦野「持ってけ、ドラゴン」
   芦野が放った鍵を受け取る小田。
   T「小田 竜平」
小田「ぎょうさん居るな。上がるで」
   かなりのスピードで逃げる小田。それを追う不良達。

○同・教室・前
   バテバテでやってくる小田。
小田「どや。ここまで来れば、さすがに……」
   振り返る小田。追ってくる不良達。
小田「ウソやん」
原の声「まったく、体力の使い方が非効率的なんだよ」
   教室の中に居るメガネ男子、原拓矢(16)。
小田「ほんま、えぇタイミングやで」
   原に向け鍵を放る小田。

○同・同・中
   鍵を受け取る原。
   T「原 拓矢」
原「それじゃ、やりますか」
   周囲にある机を蹴飛ばし、入口を塞ぐ原。尚、もう片方の入口には既に机やイスが積まれている。
   追ってきた不良達が邪魔な机やイスに手間取る間にベランダへ逃げる原。

○同・ベランダ
   逃げる原を追う不良達。行き止まりにたどり着く原。
原「おっと、行き止まりか……」
   不良達に追い詰められ、降参するように鍵を持ったまま両手を上げる原。
原「(にやりと笑い)なんちゃって」
   次の瞬間、手を離し、落ちていく鍵。ベランダの下で鍵を受け取る青い髪の男、平塚怜利(16)。
   T「平塚 怜利」
原「よろしくね、平っち」
平塚「原ちゃん、ナイッス~」
   そのまま駆け出す平塚。

○同・校舎裏
   逃げる平塚を追う不良達。その先に待ち構えるように立つ坊主頭の男、戸塚理来(16)。
   すれ違いざま、戸塚の肩を叩く平塚。
平塚「任せたぜ、相棒」
   T「戸塚 理来」
戸塚「任された」
   そのまま駆けていく平塚。それを追う不良達を食い止める戸塚。

○同・体育館
   練習する運動部員の間を、逃げる平塚と追う不良達。追いつかれ、取り囲まれる。
平塚「あ~、わかったわかったわかった」
   両手を広げる平塚。鍵を持っていない。
平塚「ほらほらほら。俺、持ってないっしょ?」
   驚く不良達。

○同・校舎裏
   数名の不良は倒れているが、ほとんどの不良が走っていく後ろ姿を見送る戸塚。そこにやってくる背の低いリーゼント姿の男、鶴見凛太郎(16)。戸塚のズボンのポケットから鍵を取り出す。
   T「鶴見 凛太郎」
鶴見「おいおい、とっつー。ほとんどが平っちの方に行っちまったぞ? 大丈夫か?」
戸塚「多分な」
鶴見「さすが、相棒への信頼は絶大だな」
戸塚「別に、見たままを言っただけだ」
鶴見「え?」
   こちらに引き返してくる不良達を見つける戸塚と鶴見。
鶴見「ひっ!? この場は任せたぜ、とっつー」
戸塚「気が向いたらな」
鶴見「そんな事言わないでよ~!」
戸塚「いいから、行け」
鶴見「おう」
   駆け出す鶴見。

○同・校庭
   逃げる鶴見を追う不良達。その前方には大手が走っている。
鶴見「ひぃぃぃ、来ないでぇぇぇ」
大手「ん?」
   振り返り、事態に気付く大手。
大手「え、何?」
   何故か大手と並ぶ鶴見。結果、鶴見と大手がともに不良達に追われているような形になる。
大手「どういう状況?」
   トラックに沿って曲がる大手と、ソレを無視して直進する鶴見。大手を追って曲がる不良達。
   いつの間にか大手の手に渡っている鍵。
大手「え、何これ?」
鶴見「頼んだ……ぜ……」
大手「何でこうなるの~!?」
   コースを無視し、全力で不良達から逃げる大手。
   T「大手 駿」
大手M「これが僕達の、初めての襷リレーだった」

○メインタイトル『都の大路様 ~高校駅伝物語~』

○加須高校・外観
美麗の声「え、鍵が手に入ったんですか?」

○同・廊下
   並んで歩く芦野と出海美麗(16)。
芦野「これで美麗ちゃんも、屋上に行きたい放題だぜ」
美麗「颯人君、凄いです~」
芦野「いや~、ハハハ」

○同・教室
   入ってくる芦野と美麗。
芦野「よう、さっさと屋上行こうぜ」
   気まずそうな雰囲気で待ち構える小田、原、平塚、戸塚、鶴見、東雲由佳(16)。
芦野「? どうかしたか?」
    ×     ×     ×
芦野「鍵をどっかの誰かに渡しただと!?」
   鶴見に掴みかからんとする芦野を止める原、戸塚。
芦野「人の苦労も知らねぇで、この野郎!」
原「どうどう」
鶴見「だってさ、あのままだと俺が捕まってボコボコにされそうだったから……」
小田「ほんま、アホちゃうか?」
由佳「そもそも、リンタに鍵を任せたのが間違いだったんだって」
戸塚「……俺か?」
平塚「おいおいおい、いくら由佳ちゃんと言えど、人の相棒を悪く言うのは勘弁っしょ?」
美麗「あの……私、出直しますね」
芦野「え、いや、ちょっと待って。(原に)おい、タク~」
原「はいはい。美麗ちゃん、みんなも。リンタが鍵を渡した相手なら、もう見当ついてるから」
鶴見「そうなの?」
芦野「さすが、タク」
小田「早よ言えや」
由佳「で、どこの誰?」
原「あんな時間に、一人でグラウンド走ってる人なんて限られるでしょ? 例えば……」

○同・駅伝部部室・前
   呆然と立ち尽くす大手。
原の声「駅伝部、とか」
鶴見「あ、居た~!」
   振り返る大手。そこにやってくる芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗。
大手「昨日の……」
鶴見「(大手を指し)あの人だよ、俺が鍵渡した人」
由佳「さすが原ちゃん」
平塚「ナイッス~」
美麗「でも、何か様子がおかしくありませんか?」
   部室を覗き見る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗。室内は荒らされ、中に居る部員全員がボコボコにされている。
一同「!?」
大手の声「僕は委員会の集まりがあったので、来るのが遅かったんですが……」
    ×     ×     ×
   部室の片づけをする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗。
大手「ここに来たヤンキー達は、何か探し物をしていたらしいんです」
一同「……」
   鍵を取り出す大手。
大手「まさか、この鍵のせいなんですか?」
鶴見「おうおう、その鍵、さっさとこっちに……」
   大手に詰め寄る鶴見を押しのける芦野。
大手「(芦野の睨みにひるむ)」
芦野「……悪かったな、巻き込んじまって」
大手「え? あ、あぁ」
   芦野に鍵を渡す大手。
由佳「ねぇ、コレはゴミ?」
   床に落ちている襷を拾う由佳。
大手「ゴミじゃないです!」
   奪うように由佳から襷を受け取る大手。
由佳「(大手の勢いに驚き)え、何!?」
原「由佳ちゃん、それは襷。駅伝部の命だよ」
由佳「へぇ……」
   襷を握り締める大手。
大手「……でもまぁ、もう今年は諦めるしかないですけどね」
小田「何や何や。諦めたら終いやで」
大手「だって、大会近いのに、僕以外全員ケガしちゃったじゃないですか」
由佳「一人じゃ出られないの?」
大手「高校駅伝は、一チーム七人で襷を繋ぐんです」
美麗「じゃあ、ピッタリじゃないですか」
大手「え?」
   芦野らを含めて男子の人数を数える美麗。
美麗「一、二、三、四、五、六、七。ほら、ちょうど七人です」
由佳「本当だ。いいじゃん。アンタ達、出ちゃいなよ」
芦野「『出ちゃいなよ』じゃねぇよ。他人事だと思って」
由佳「他人事だもん」
平塚「いやいやいや、いくら何でも、俺らが駅伝ってあり得ないっしょ。なぁ、相棒」
戸塚「……」
平塚「? 相棒?」
小田「まぁ、平っちの言う通りやな」
原「他の運動部から応援呼んだ方が、まだ効率的だよね」
由佳「ケチな連中だな。そもそも、アンタらのせいで駅伝部がこうなったんでしょ?」
芦野「それは……」
小田「ほな、リンタ一人でええやん」
鶴見「えぇぇ!? 嫌だよ~」
由佳「まったく……。あ、じゃあこうしよう。アンタらが駅伝の大会出るなら、ウチらがマネージャーやってあげる」
原「ウチ……ら?」
由佳「ねぇ、美麗」
美麗「私が、マネージャーですか?」
   動きが止まる芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見。
平塚「美麗ちゃんが……」
鶴見「俺達の……」
原「マネージャー……」
小田「やて……」
戸塚「……」
芦野「(ふっと笑い)そんな事に釣られる程、俺らが単純だと思ってんのか?」

○同・校庭
   ジャージ姿でストレッチをする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見(芦野、小田、鶴見はストレッチにもなってないような感じ)。その前に立つ大手、由佳、美麗。
由佳「思ってるよ」
大手「えっと……とりあえず今日は、五千メートル走で、皆さんの走力を見させてもらおうと思います」
一同「は~い」
美麗「皆さん、頑張ってくださいね」
一同「おう!」
大手「……」
    ×     ×     ×
   T「1000m通過」
   ストップウォッチ片手に見守る大手、由佳、美麗。
   先頭を走る小田、僅差で続く芦野。少し離れて平塚、戸塚、二人を風よけにして走る原、大きく遅れる鶴見。尚、平塚と戸塚は綺麗な走行フォーム。
美麗「小田君、凄いです~」
小田「か~っ、上がるで」
大手「飛ばし過ぎじゃないかな……?」
由佳「まぁ、ドラゴンはそうかもね」
大手「ドラゴン『は』?」
    ×     ×     ×
   T「2000m通過」
   ストップウォッチ片手に見守る大手、由佳、美麗。
   既に疲れの見える小田を抜き去る芦野、少し離れて平塚、戸塚、二人を風よけにして走る原、大きく遅れる鶴見。
美麗「芦野君、凄いです~」
芦野「(小田に)俺の速さに、嫉妬しな」
小田「っるさいわ、アホ」
    ×     ×     ×
   T「3000m通過」
   ストップウォッチ片手に見守る大手、由佳、美麗。
   芦野は後続を引き離して先頭を走り、平塚、戸塚、二人を風よけにして走る原に抜かれる小田、大きく遅れる鶴見。
原「だから、体力は効率的に使わなくちゃ」
    ×     ×     ×
   T「4000m通過」
   ストップウォッチ片手に見守る大手、由佳、美麗。
   芦野は後続を引き離して先頭を走り、二番手に躍り出る原、少し離れて平塚、戸塚が続き、小田に迫る鶴見。
平塚「ちょいちょいちょい。原ちゃん、人を散々風よけに使って、そりゃないっしょ」
    ×     ×     ×
   T「5000m地点」
   ストップウォッチ片手に見守る大手、由佳、美麗。
   ゴールする芦野。ストップウォッチを見て驚く大手。
大手「僕より、速い……」
   次々とゴールする原、平塚、戸塚。
   最後の最後、小田を抜き去る鶴見。
鶴見「やった、勝った! うわ、楽しい!」
小田「そんな、アホな……」
   ストップウォッチを止める由佳と美麗。それを大手に見せる。
大手「……」

○同・同(夕)
   練習終了後、美麗と談笑する芦野、大の字に寝転ぶ小田や、その場に座り込む鶴見らを横目にストレッチをする原、平塚、戸塚。
美麗「芦野君、さすがです~」
芦野「いや~、それほどでも」
原「ストレッチしとかないと、明日に響くよ?」
小田「今そんなん無理や」
   そこにやってくる大手、由佳。
大手「あの、皆さん……」
芦野「おう、どうだった大手。俺、凄かっただろ?」
大手「いいえ」
芦野「あん?」
大手「(目を輝かせ)皆さん、凄かったです!」
一同「え?」
大手「芦野君はもちろん、序盤に見られた小田君のスピード、前半抑えて後半上げる原君のレース運び」
小田「そない褒められたら、上がるで」
原「まぁ、効率的に走っただけだけどね」
大手「最初にあれだけ離されながらも、あの位置で食らいつく鶴見君の粘り強さも」
鶴見「え、俺も? やった~。お前いい奴だな」
大手「あと、平塚君と戸塚君なんですが……」
由佳「塚ちゃんズがどうかした?」
大手「違ったらごめんなさい。……陸上経験、あります?」
一同「え!?」
平塚「あららら、バレた? やっぱ隠し切れねぇか~」
由佳「え、そうなの?」
平塚「俺も相棒も、中学ん時に一応、陸上部かましてたんだよね」
戸塚「中二までな」
芦野「何で隠してたんだよ」
平塚「黙ってた方がかっけぇっしょ?」
大手「次は本気で走ってくださいね」
平塚「うい~っす」
鶴見「何なに、俺らひょっとして、結構いい所行けちゃったりする?」
小田「『結構いい所』ちゃうわ。目指すんやったら、一番やろ」
芦野「よっしゃ、優勝すんぞ!」
一同「おう!」
芦野「全国行くぞ!」
一同「おう!」
芦野「箱根に行くぞ!」
一同「おう!」
大手「……え、あ、いや……」

○同・外観

○同・屋上
   たむろする芦野、小田、原、鶴見、由佳。
芦野「え、箱根じゃねぇの?」
原「箱根駅伝は、大学の大会だから」
由佳「じゃあ、高校駅伝の全国大会は、どこでやる訳?」
鶴見「あ、わかった。甲子園だろ?」
小田「それは野球や。花園やんな?」
芦野「サッカーかよ」
原「ラグビーね。で、駅伝は都大路」
芦野「ミヤコ王子?」
由佳「ヘンリー王子、みたいな?」
原「王子様の王子じゃないよ」
鶴見「で、結局都大路様って、どこ?」
小田「都大路いうたら、京都ちゃうんか?」
原「さすが関西人」
芦野「で、その都大路ってのに勝ったら、箱根なのか?」
原「だから……」
翔太の声「見~っけ」
   勢い良くドアを開き、振り返る芦野、小田、原、鶴見、由佳。そこにやってくる翔太ら不良達。
翔太「よう、一年坊ども。不用心だな。鍵の管理がなってねぇんじゃねぇの?」
鶴見「(芦野の影に隠れ)ひっ」
翔太「聞いた話じゃ、駅伝の練習してんだって? 何勝手にアオハルしてんの?」
芦野「懲りねぇ奴らだな」
原「どうする? 塚ちゃんズも呼ぶ?」
小田「要らんわ」
   翔太ら不良達と対峙するように並ぶ芦野、小田、原。
芦野「じゃあ、倒した数が一番少ねぇ奴はコーラを奢る、って事でどうだ?」
小田「ええな。上がるで」
   メガネを外し、由佳に渡す原。
由佳「早めに終わらせてよね」
原「善処するよ」
芦野「さて、と。俺の強さに、嫉妬しな!」
   駆け出す両陣営。

○同・駅伝部部室・前
   傷だらけの顔で大手に前に立つ芦野と小田。
大手「何、喧嘩なんてしてるんですか」
小田「売られたんやから、しゃあないやん」
大手「暴力事件なんて起こしたら、出場停止になっちゃいますよ?」
芦野「まぁ、安心しろ」

○同・屋上
   気絶している翔太ら不良達。
芦野の声「二度と歯向かってこないようにしといたから」

○同・駅伝部部室・前
   大手の前に並ぶ芦野と小田。
大手「そういう問題じゃ……」
原の声「まぁまぁ、そう言わずに」
   そこにコーラの入った袋を持ってやってくる原。無傷。
原「今度からは気を付けるから、ね?」
大手「……本当、お願いしますよ?」
芦野「遅かったな(と言いながら、袋の中のコーラを取り出す)」
小田「どや。ワイらに圧勝された気分は?」
原「顔に傷を負うくらいなら、コーラ二本買った方が効率的だよ」
   コーラを飲み始める芦野と小田。
大手「あの、練習前にコーラ飲むのも、どうかと思いますよ?」
芦野「は? そうなの?」
小田「早よ言えや」
原「さぁ、練習練習」
大手「……大丈夫かな?」

○同・校庭
   ペース走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。コースの外でストップウォッチ片手に見守る由佳と美麗。体が重そうな芦野と小田。

○同・屋上
   補強運動をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手と見守る由佳、美麗。

○同・校庭
   五千メートル走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。コースの外でストップウォッチ片手に見守る由佳と美麗。
   芦野、大手、戸塚、平塚、原、鶴見、小田の順番でゴールする。

○同・駅伝部部室・中
   ミーティングをする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗。
   ホワイトボードには以下のように区間配置が記されている。
   「1区(10km) 芦野
    2区(3km)  平塚
    3区(約8km) 大手
    4区(約8km) 戸塚
    5区(3km)  小田
    6区(5km)  原
    7区(5km)  鶴見」

○陸上競技場・外観
   「全国高等学校駅伝競走大会埼玉県予選会」と書かれた看板。

○同・待機所
   多くの陸上選手が準備をしている。
   その中を歩く芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗。その見た目から注目を浴びている。
芦野「何か、やけに見られてねぇか?」
由佳「そりゃあ、ドレッドにモヒカンにリーゼントだからね」
鶴見「そんな言い方ないだろ~」
平塚「まぁ、相棒は坊主だから、むしろ目立たないっしょ」
原「確かに」
大智の声「あ、居た。お~い、理来~」
   振り返る一同。そこにやってくる戸塚と瓜二つの男、戸塚大智(16)と町田敏也(16)。
町田「おい、大智」
鶴見「あれ、とっつーが二人!?」
平塚「相棒の、双子の弟」
大智「理来がいつもお世話になってます。平っちも久しぶりだな」
平塚「お久~」
戸塚「何しに来た?」
大智「挨拶に決まってんだろ? せっかく兄弟で同じ区間走るんだから、並んで走りたいじゃん? 頑張って、近いタイム差で襷回してね、って」
町田「無理だろ、こんな……」
小田「『こんな』って何や?」
町田「いや、えっと……(大手に気付き)あれ、駿?」
大手「敏也……。お前も出るのか?」
町田「まさか。(大智を指し)コイツと違って、俺は付き添いだよ」
美麗「あの、どちら様ですか?」
大手「僕の中学のチームメイトの、町田敏也」
町田「そういえばお前、どこ高なんだっけ?」
大手「え? あぁ」
   ジャージの下に着ている「加須」と書かれたユニフォームを見せる大手。
町田「カス高校?」
一同「はぁ?」
   一同ににらまれ怯む町田。
芦野「カゾだ」
町田「あ……すみません。(大智に)なぁ、もう行こうぜ。先輩達も待ってるし」
大智「そうだな。じゃあ、良いレースにしような」
   立ち去る大智と町田。二人のジャージの背には「SAIKYO」(=埼教)の文字。
由佳「何アイツ、嫌な感じ」
戸塚「すまんな」
由佳「あ~、違う違う。じゃない方」
小田「しかも何や、最強て」
原「その最強じゃなくて。埼玉教育大学付属高校、略して埼教ね」
大手「実際、埼玉県の絶対王者ですけどね」
原「でもそんなチームで、一年生から四区走るって、とっつーの弟、何者?」
大手「今年のナンバーワンルーキーって呼ばれてます」
美麗「凄いですね」
平塚「それほどでもねぇっしょ」
由佳「お前が言うな」
小田「ナンバーワン? 気に入らんな」
芦野「けっ、どいつもこいつも。まとめてやってやろうじゃねぇか」
スターターの声「位置について」

○同・トラック
   襷をかけ、スタート位置につく芦野ら一区の選手達。芦野は集団のかなり後方に居る。
スターターの声「よーい」
   ピストルの発砲音。
   一斉に走り出す選手達。後方の位置かつ密集にいら立つ芦野。
芦野「ちっ」
   外側から大回りして強引に前に出る芦野。先頭に立つ。
芦野「俺の速さに、嫉妬しな」

○駅伝コース
   芦野を先頭に町中を走る選手達。
   他校の選手が一時的にペースを上げ、先頭に出るも、負けじとペースを上げて先頭を守る芦野。
芦野「おっと」
   また別の他校の選手が一時的にペースを上げ、先頭に出るも、負けじとペースを上げて先頭を守る芦野。
芦野「残念だったな」
   同じような事が何回も繰り返される。
    ×     ×     ×
   また別の他校の選手が一時的にペースを上げ、芦野の前に出る。
芦野「させるか……」
   足が思うように前に進まない芦野。
芦野「なっ!?」
   ペースが上がる先頭集団。一気に置いていかれる芦野。
芦野「そんな……」
   芦野の視界に「5km」の看板。
芦野「まだ半分……?」
大手M「緊張、重圧、油断、慢心、実力不足、経験不足……」

○陸上競技場・トラック
   埼教大付属の選手が襷リレーをする。
大手M「原因というものを挙げればキリがないけれど」

○駅伝コース
   走る芦野。ペースは落ちており、次々と後続のランナーに抜かれていく。
大手M「少なくとも、この時の僕達には」

○陸上競技場・トラック
   中継所で待つ平塚の元までやってくる芦野。
平塚「颯人、乙」
芦野「……悪ぃ」
   芦野から平塚に渡る襷。走り出す平塚。
大手M「ここから挽回する力なんて、あるハズがなかった」
   その場に倒れ込む芦野。拳を握り締める。

○駅伝コース
   ハイペースで走る大手。給水のコップを取り損ねる。
大手「あっ」
大手M「焦ってペースを崩し」

○陸上競技場・トラック
   中継所で待つ小田の元までやってくる戸塚。やや膝を庇うような走り方の戸塚。戸塚から小田に渡る襷。
小田「順位上げるで」
   走り出す小田と、倒れ込む戸塚。その戸塚を見下ろす大智。
大手M「終盤失速する悪循環を繰り返した」

○駅伝コース
   周囲に他のランナーがいない状態で走る原。
大手M「僕達の初めてのレースは」

○陸上競技場・トラック
   笑顔でゴールテープを切る鶴見。
鶴見「よっしゃ!」
大手M「惨敗だった」
小田の声「何が『よっしゃ』やねん」
    ×     ×     ×
   喜ぶ大智ら埼教大付属の選手達を横目に見る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗。
小田「あんなん、よう出来るな」
鶴見「だって、ゴールテープあったからさ。一位なのかな、って」
由佳「もう。バッカじゃないの?」
美麗「それにしても、戸塚君の弟さん、凄かったですね」
   電光掲示板に記された各区間の区間賞獲得者。4区の欄に大智の名前。
戸塚「そうだな」
平塚「まぁ、大智と俺らじゃ、住む世界が違うって事っしょ」
大手「すみませんでした。皆さんを巻き込んでしまって」
原「そんな謝る事じゃないよ」
芦野「(大手に)……コッチこそ悪かったな」
大手「……いえ。付け焼刃でどうにかなる競技じゃない事は、わかってましたし。走れただけで、満足です」
   気まずい沈黙。

○加須高校・外観(夜)

○同・駅伝部部室・中(夜)
   襷をつるす大手。拳を握り締める。
美麗の声「終わってしまいましたね……」

○河原(夜)
   並んで歩く由佳と美麗。
美麗「これから、どうなるんでしょうか?」
由佳「元の、何の目的もないヤンキー生活に戻るのか、それとも……」

○電車・中(夜)
   並んで立つ平塚と戸塚。
平塚「相棒、戻るつもりっしょ?」
戸塚「まぁな」

○ハンバーガーショップ(夜)
   テーブルを囲み、ドリンクを手に持つ小田、原、鶴見。
小田「ほな、大会の終了と」
原「俺達の明るい未来に」
鶴見「乾杯」
   乾杯する三人。

○加須高校・駅伝部部室・中(夜)
   涙を流す大手。気配を感じ、振り返ると、そこに立つ芦野。
大手「え、芦野君?」
芦野「ちょっと面貸せよ」

○同・校庭(夜)
   やってくる芦野と大手。サッカーボールが一つ転がっている。
芦野「おっと、いいもん見っけ」
   リフティングを始める芦野。
大手「えっと、あの……?」
芦野「なぁ。お前、何で陸上なんて始めたんだ?」
大手「え?」
芦野「例えばサッカーとか、野球とかバスケとか、もっとこう、モテそうなスポーツ他にあるだろ?」
大手「あぁ……ボール、いいですか?」
芦野「ん? おう」
   大手にボールをパスする芦野。受け取り、リフティングを始める大手。三回と続かない。
芦野「え?」
   もう一度リフティングに挑戦するも、やはり三回と続かない大手。
大手「こういう事です」
芦野「サッカー苦手、って事?」
大手「サッカーだけじゃありません。球技全般、苦手なんです。運動神経が悪いというか、不器用で」
芦野「不器用?」
大手「ボールだったり、他の道具だったり、そういうのを上手く扱えないんです」
芦野「え、じゃあ『陸上だったら道具とか使わなくて済むから』とかそんな理由?」
大手「……何か問題あります?」
芦野「いや……案外、大した理由じゃねぇんだな、って」
大手「そんな事言われても……。何か文句でもあるんですか?」
芦野「いや、安心した」
大手「安心?」
芦野「俺も大した理由ねぇからさ」

○同・外観

○同・駅伝部部室・前
   並んで歩く芦野と大手。
芦野の声「やっぱ、負けたまんまじゃ終われねぇだろ?」
大手の声「ですね」
   そこに合流する小田、原、鶴見。
小田の声「それ、ワイの方が先に思うてた事やからな」
鶴見の声「俺もやるよ。純粋に楽しかったし」
原の声「体力なんて、あって損することはないしね」
   そこに合流する平塚、戸塚。
戸塚の声「考える事は同じか」
平塚の声「相棒がそう言うんなら、今度は俺が合わせる番っしょ」
大手の声「皆さん……」
   そこに合流する由佳と美麗。
美麗の声「私にもまた手伝わせてください」
由佳の声「やるからには、全国連れてってくれるんでしょうね」
芦野の声「あぁ。待ってろよ、都の大路様」
大手の声「あ、だから、様じゃなくて……」

○同・校庭
   ペース走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。大手は他の六人の走行フォームを観察している。

○同・駅伝部部室・中
   ミーティングをする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗。ホワイトボードには「ピッチ走法」と書かれている。

○同・校庭
   大手から正しい走行フォームを叩きこまれる芦野、小田、原、鶴見。

○同・外観
   冬。

○河原
   土手を走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。その風貌に恐れおののくように道を譲る周辺住民達。大手のみ、挨拶をしながら走る。

○加須高校・屋上
   補強運動をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。

○同・駅伝部部室・中
   「加須高校駅伝部」と記された揃いのジャージを由佳と美麗から渡される芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見。

○同・外観
   春。

○同・校庭
   インターバル走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。

○同・体育館
   様々な部が幟を立て、新入生を勧誘している。駅伝部の幟の前にやってくる新入生達。芦野、小田らの姿を見て逃げていく。それを見て頭を抱える大手。

○河原
   雨の中、土手を走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。天候上、人の数は少ないが、周辺住民達の視線はやや暖かくなっている。

○加須高校・外観
   夏。

○同・校庭
   木陰で休む芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。そこに飲み物を持ってやってくる由佳と美麗。皆、美麗側に並び、不満そうな由佳。

○河原
   土手を走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手と自転車で並走しながら声をかける由佳。周辺住民から「頑張れよ」等と声をかけられ、挨拶等を返す一同。

○同・外観
   秋。

○大学・グラウンド
   記録会が行われており、多数の高校生、大学生が出場している。
    ×     ×     ×
   出走する小田、原、鶴見。原がペースメイクをし、組上位でゴールする三人。
    ×     ×     ×
   出走する平塚と戸塚。組上位でゴールする平塚に対し、膝を庇うような走りで下位に沈む戸塚。
    ×     ×     ×
   出走する芦野と大手。組トップでゴールする芦野と組中位でゴールする大手。
芦野「しゃあ!」

○河原(夜)
   土手を並んで歩く芦野、小田、原、鶴見、美麗。やや後方から続く由佳。
美麗「芦野君、一位なんて凄いですね~」
芦野「いや~、まぁ、余裕だな」
小田「ええな~。ワイん所は、タクがチンタラ走りよるから」
原「いやいや、ちゃんと自己ベスト出るようにペースメイクしただけなんだけどね」
鶴見「そうそう。俺もまた自己ベスト更新しちゃったぜ」
芦野「でも、美麗ちゃん的には、誰が今日一番凄かった?」
美麗「芦野君ですかね」
芦野「しゃあ! (小田と鶴見に)おうおう、嫉妬すんなよ」
   その様子をつまらなそうに見ている由佳。その隣に並ぶ原。
原「由佳ちゃん、どうかした?」
由佳「別に」
原「ふ~ん……嫉妬?」
   原に肘鉄を食らわせる由佳。
原「ははっ、ごめんごめん」
由佳「ったく」
芦野「(振り返り)どうかしたか?」
由佳「別に……(話題を変えるように)駿君はもう、区間配置決めたのかね?」
美麗「今日の結果をもとに決めると言ってましたよね」
芦野「去年と同じでいいんじゃねぇの?」
原「でも、とっつーは変わるんじゃない? あの感じだと」
鶴見「平っちは『古傷が痛んだだけっしょ』って言ってたぞ?」
小田「まぁ、そん時はワイが変わったるけどな」
原「ランナー膝、か。明日は我が身だね」
由佳「ランナー膝って言われても、具体的にどこがどう痛むんだか……」
   と言いながら鞄を漁る由佳。
由佳「あれ? あれあれ?」
美麗「どうかしましたか?」
由佳「部室にスマホ忘れた」
小田「あ~あ、やってもうたな」
由佳「ちょっと取りに戻るから、先帰ってて」
原「夜道、一人で大丈夫?」
由佳「大丈夫でしょ」
鶴見「知らないおじさんについていっちゃダメだぞ」
由佳「子ども扱いすんな。じゃあ、明日ね」
   一人引き返す由佳。その後姿を見送る芦野。
芦野「……」

○加須高校・前
   一人で駆けてくる由佳。
由佳「うわ~、夜の学校って気味が悪……」
翔太の声「見~っけ」
   振り返る由佳。翔太らチンピラ達がいる。
翔太「お前、一年坊……あ、もう一年じゃねぇか。芦野颯人の連れの女だよな?」
由佳「!?」
   逃げようとするも既に翔太らに囲まれている由佳。
由佳「大きい声出しますよ?」
翔太「別に、口なんて塞ごうと思えばいつでも出来んぜ?」
由佳「……何するつもり?」
翔太「考え中」
由佳「は?」
翔太「いや、拉致って利用して芦野ボコんのは決めてんだけど、その前に色々と楽しむのもアリだな、って」
   由佳への包囲網を徐々に縮めていく翔太らチンピラ達。いやらしい笑み。
由佳「止めて、来ないで……」
   チンピラの内の一人が蹴り飛ばされる。
翔太「!?」
   由佳の前に現れる芦野。
由佳「颯人……」
芦野「何だよ、結局知らないオッサンについていってんじゃねぇか」
翔太「よう、久しぶりだな。芦野」
芦野「(翔太を見て)……誰?」
翔太「『忘れた』なんて言わせねぇぜ? 去年散々……」
芦野「まぁ、誰でもいいや。人の女に手ぇ出してんだ。お前ら……」
   最初に蹴り飛ばされたチンピラが立ち上がり、芦野に殴りかかる。しかし芦野に殴り返され、気絶する。
芦野「俺の強さに、嫉妬しな」
翔太「この野郎」
   芦野に殴りかかる翔太らチンピラ達。多勢に無勢ながら、優勢な芦野。そこに懐中電灯の光が当たる。
由佳「え?」
警察官の声「そこで何してる?」
翔太「やべっ」
芦野「……」

○同・外観

○同・廊下
   芦野の停学処分と、駅伝部の活動停止処分の旨が記載されたプリントが掲示板に張り出されている。

○同・駅伝部部室・前

○同・同・中
   小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、美麗に頭を下げる由佳。
由佳「私のせいで、ごめん」
小田「何でや……(ゴミ箱を蹴飛し)何でや!」
原「おい、ドラゴン……」
小田「わかっとるわ。二人は悪ない。ワイかて同じ状況やったら同じ事したわ」
原「だったら……」
小田「せやかて、納得できる話ちゃうやろが!」
美麗「とにかく由佳さん、頭上げて下さい」
平塚「そうそうそう。やっちまったもんはしょうがないっしょ」
鶴見「ねぇ、今度の予選会はどうなるの?」
戸塚「諦めろ」
鶴見「そんな~」
   立ち上がる大手。
由佳「駿君……」
大手「とりあえず、今日の所は皆さん帰りましょう」
小田「言う事、それだけなんか?」
大手「学校から活動停止と言われているんです。これ以上部室に居たら、何か言われるかもしれません。では」
   荷物を手に出ていく大手。
小田「何やったんや、この一年。あほらし」
   出ていく小田。
平塚「俺らも行こうぜ、相棒」
戸塚「あぁ」
美麗「ちょっと皆さん、待ってくださいよ」
   出ていく平塚と戸塚、それを追うように出ていく美麗。
   由佳の肩を叩き、出ていく原。
鶴見「え、そんな……」
   俯く由佳。

○アパート・外観
   怪しい雲行き。

○同・芦野家
   ベッドに寝転がる芦野。何度か寝がえりを繰り返した後、部屋を出る。

○同・前
   雨が降っている。
   傘をさし、コンビニの袋を手に歩く原。入口に傘をさして立つ由佳を見つける。
原「颯人、居ないんだ?」
由佳「謹慎中って、家に居るもんでしょ?」
原「だよ? だからこうして、差し入れ持ってきたのにさ。食べる?」
由佳「どこほっつき歩いてんだか」
原「……歩いてるかどうかは、わからないけどね」

○河原
   雨の中、傘もささず、雨具も着ずに土手を走る芦野。
芦野「ああああ!」
   雨具を着込み、フードで顔が見えない状態でジョギングをする大手とすれ違う芦野。そのまま走り去る芦野。足を止め、フードをめくって振り返る大手(ここでやっと顔が見える)。再び向き直り走り出す大手。

○加須高校・外観

○同・廊下
   掲示板から、芦野の停学処分のプリントだけが剥がされる。

○同・屋上
   寝転がる芦野。体を起こし、周囲を見回すも、他に人はいない。
芦野「……」

○同・駅伝部部室・前
   ドアノブに手をかける芦野。鍵がかかっている。
小田の声「『何で走らんのか』やて?」

○同・廊下
   対峙する芦野と小田。
小田「『部活動停止』言われとるからや」
芦野「でも、個々人が勝手に走る分には、問題ねぇだろ?」
小田「そうやとして、何でワイがお前と一緒に走らなあかんねん。アホか」
   その場を立ち去る小田。

○同・教室・中
   帰り支度をする大手。そこに紙袋を手にやってくる戸塚。
戸塚「良かった、まだ居たか」
大手「あぁ、戸塚君。あれ、一人? 平塚君は?」
戸塚「年がら年中一緒に居る訳じゃない」
大手「それもそうか。で、何?」
戸塚「確か足のサイズ、二六センチだったな」
大手「そうだけど……」
   紙袋を大手に渡す戸塚。中身はランニングシューズ。
大手「え、コレ……」
戸塚「ほぼ新品だ。俺には必要ないから、使ってやってくれ」
   教室から出ていく戸塚。
大手「必要ない、か……」
   紙袋を抱きしめる大手。

○同・図書室
   机に向かい勉強する原と向かいの席に座る芦野。二人の間には教科書や参考書、問題集の山。
芦野「(教科書を一冊手に取り)良くやるな」
原「来年は受験だからね」
芦野「俺には縁のねぇ話だ」
原「せっかく時間が出来たんだし、効率的に使わないとね」
   山積みの本を次々と手に取り、パラパラと見ては置いて次の本を手に取る、を繰り返す芦野。
芦野「ふ~ん……」

○ガソリンスタンド・前
   ジョギングする大手。
平塚の声「オーライ、オーライ、オーライ、はいスト~ップ」
   振り返る大手。車を誘導し、接客する平塚。
平塚「はいレギュラー満タン、了解で~す」
大手「……」

○加須高校・校庭
   サッカー部が練習中。その外側をジョギングする芦野。
芦野「ん?」
   サッカー部の練習に参加している鶴見に気付く芦野。鶴見はドリブルでDFをかわしていく。
鶴見「よっしゃ」
   かわした次の瞬間、別の大柄なDFからのチャージを受け、転倒する鶴見。ノーホイッスル。
鶴見「ちょっと、ファウル~!」

○河原
   土手をジョギングする大手。
町田の声「駿?」
   振り返る大手。ジョギング中の町だ。
大手「敏也……」
    ×     ×     ×
   並んで座る大手と町田。
町田「聞いたぜ。やらかしたらしいな」
大手「……まぁ、うん」
町田「カス高なんかで、楽に試合出ようとするから、こうなるんだぜ?」
大手「……でも敏也は、名門校に入ったせいで試合に出られてないだろ?」
町田「一緒にすんな。それに、俺にはまだ来年があるんだよ」
大手「来年、か……」

○加須高校・外観
大手の声「あるのかな……」

○同・廊下
   掲示板から、駅伝部の活動停止処分のプリントが剥がされる。

○同・駅伝部部室・中
   ランニングウェア姿に着替え、靴ひもを結ぶ大手。
大手「よし、と」

○同・同・前
   出てくる大手。一人、駆けていく。

○同・校庭
   やってくる大手。目を見開く。
大手「あっ……」
   駅伝部のジャージを着た芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗が並んでいる。
芦野「遅っせぇぞ、駿」
大手「みんな……何で?」
小田「『何で?』て、活動停止処分が解けたからやないか。アホか」
大手「そうじゃなくて、みんな、辞めたんだと思って……」
鶴見「そんな事、一言も言ってないぜ?」
大手「だって……戸塚君、靴くれたし」
戸塚「あぁ。アレは大智のだ」
大手「え?」
平塚「アイツ、靴のサイズ間違える癖、いい加減直さないとヤバいっしょ」
大手「(平塚の腕時計に気付き)あれ、平塚君、その時計……」
平塚「あ、気づいちゃった? 新品のランニングウォッチ、買っちゃいました~」
美麗「格好いいですね」
鶴見「いいな~。俺もバイトすりゃよかったぜ」
大手「そういう事だったんだ……。あ、でも原君は受験勉強してるって」
原「うん。受験勉強もしてたよ」
大手「受験勉強『も』?」

○(回想)同・図書室
   向かい合って座る芦野と原。二人の間には教科書や参考書、問題集等の本の山。一冊ずつ手に取る芦野、手にしたのは体幹トレーニングの本。
芦野「(パラパラとめくり)ほ~。これ、俺に貸してくんない?」
原「いや、今俺が借りてる本だから」

○同・校庭
   大手の前に並ぶ芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗。
原「ってな感じで、トレーニングもしてたよ」
鶴見「俺は一人だと練習の仕方もわかんねぇから、サッカー部に混ぜてもらってたぜ」
芦野「まぁ、俺からの誘いを断った奴もいたけどな」
小田「当たり前やろ。ワイは颯人にも勝たなあかんねん。そないな奴と一緒に練習なんて出来る訳ないやろ」
由佳「という訳だ。全員揃った事だし、これが最後のチャンス。今度こそ目指せ全国大会」
芦野「あぁ。待ってろよ」
大手以外の全員「都の大路様~!」
大手「だから~……」

○河原
   土手を走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。

○加須高校・屋上
   原指導の元、体幹トレーニングをする芦野、小田、平塚、戸塚、鶴見、大手。

○同・駅伝部部室・中
   陸上雑誌を読む芦野。「都大路1区区間賞」という見出しの大智の特集記事。
   そこにやってくる平塚と戸塚。
芦野「とっつーの弟って、相当凄ぇんだな」
戸塚「まぁな」
芦野「でも双子って事は、とっつーもケガする前は同じくらい速かった訳?」
戸塚「いや、大智の方が速かった」
平塚「けど、相棒の方が強かったっしょ」
芦野「強かった? 速かったとは違ぇのか?」
平塚「まぁ、そのうちわかるっしょ」
芦野「『強さ』ねぇ……」

○同・外観
   春。

○同・校庭
   走っている芦野、原、平塚、戸塚、鶴見。それを見ている大手、由佳、美麗。
美麗「新入生、入ってくれて良かったですね」
由佳「駅伝部の未来も、これで安泰か」
大手「……だといいんだけど」
   芦野達の遥か後方、小田に率いられて走る一年生達。パンチパーマやスキンヘッド、赤髪、長髪等、いかにも不良生徒といった風貌。
小田「ほれほれ、遅れとるで」
大手「何でああいう子ばっかり……」
由佳「ドラゴン軍団でも作るつもりなのかね、アイツ」
美麗「大丈夫、きっとタイムも伸びますよ。あの計画、行けそうなんですよね?」
大手「あぁ、うん」

○同・駅伝部部室・前

○同・同・中
   ミーティングをする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗、一年生達。
芦野&小田&平塚&鶴見「合宿!?」
大手「まぁ、夏休みに入ったら、の話だけど」
芦野「いいねぇ。海行く? 山行く?」
平塚「花火と、あとバーベキューは外せないっしょ」
鶴見「恐い話と、枕投げ」
小田「上がるで!」
   盛り上がる芦野、小田、平塚、鶴見、一年生達。
原「効率的に練習するには良いと思うけど、ウチの部にそんな予算、あると思えないね」
戸塚「だな」
美麗「おっしゃる通りです、なので……」

○同・外観(朝)
   夏。

○同・体育館(朝)
   布団を敷き、雑魚寝する芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、一年生達。
   そこにやってくる由佳。バケツを打ち鳴らす。
由佳「朝だぞ、起きろ~!」
   むくりと起きだす一同。
芦野「何で体育館なんだよ」
平塚「予算ないにも程があるっしょ」
小田「下がるで」
鶴見「恐い話は? 枕投げは?」
大手「さぁ、早く片付けて練習行くよ」

○同・校庭
   ペース走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、一年生達。

○同・学食
   食事をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、一年生達。

○同・体育館(夜)
   布団を敷き雑魚寝する芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、一年生達。

○同・校庭
   五千メートル走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、一年生達。ストップウォッチ片手にゴール地点で見守る由佳と美麗。
   トップでゴールする芦野。
芦野「っしゃあ、一位」
美麗「さすがです」
芦野「(振り返り)どうだ……」
   最もゴールに近い位置にいるのは原。
芦野「あれ?」
   かなり後方を走る大手。

○同・外観
   秋。

○同・駅伝部部室・中
   ホワイトボードの前に座る芦野、小田、平塚、戸塚、鶴見とその周囲に立つ一年生達。
小田「駿の奴、貧血治ったんか?」
芦野「まぁ、病院も行ったんだし、夏より悪くはなってねぇだろ?」
鶴見「とっつーの膝は?」
戸塚「何とも言えんな」
平塚「けど、二人の代わりにルーキーズ出すって訳にもいかないっしょ」
芦野「どうすんだろうな」
   そこにやってくる原、大手、由佳、美麗。
由佳「お待たせ」
小田「っていうか、何でタクもそっち側に居んねん」
原「客観的な意見を求められてね」
美麗「いよいよ来月の頭に、全国高等学校駅伝競走大会埼玉県予選会があります」
小田「上がるで」
大手「一昨年は惨敗、昨年は出場停止」
由佳「すみません」
大手「あ、いや、ごめん。(気を取り直し)とにかく、コレが最後のチャンスです。僕は勝ちたい。いや、勝ちましょう」
一同「おう!」
大手「では……」

○アパート・外観(朝)
大手の声「区間配置を発表します」

○同・芦野家(朝)
   起床し、身支度を整える芦野。鏡の前に立つ。
芦野「よし」
   鞄を手に持ち、家を出る芦野。

○同・前(朝)
   出てくる芦野。待ち構える由佳。
由佳「おはよ」
芦野「おう」
   並んで歩きだす芦野と由佳。
由佳「調子はどう?」
芦野「全員嫉妬するんだろうな。俺の速さに」
大手の声「一区、芦野颯人」
芦野の声「おう」

○駅・前(朝)
   やってくる一年生達。周囲を見回す。
小田の声「ここや、ここ」
   小田に気付く一年生達。
小田「遅いで、ほんま。一年やったら、もっと早よ来んかい」
   ニヤリと笑う小田。
小田「ワイなんて、一番乗りや」
大手の声「二区、小田竜平」
小田の声「二区か……上がるで」

○河原(朝)
   木陰に隠れる美麗。その背後からやってくる原。
原「おはよう、美麗ちゃん。何してんの?」
美麗「あ、おはようございます。実は……」
   美麗の視線の先、並んで歩く芦野と由佳。
美麗「あのお二人、そういう関係だったんですか?」
原「知らなかった? 去年くらいからだよ」
美麗「そうだったんですね」
原「それにしても、幼稚園時代から両想いなのに、付き合い始めたのが高二って、非効率的だと思わない?」
美麗「それはまぁ、そうですけど……。でも、原君は良かったんですか?」
原「……話が見えないな」
大手の声「三区、原拓矢」
原の声「了解」

○戸塚家・外観(朝)
   一軒家。「戸塚」の表札。

○同・廊下(朝)
   向かい合う部屋から同時に出てくる戸塚と大智。
大智「おう、理来。膝はどう?」
戸塚「良くはない。お前は?」
大智「絶好調じゃないけど、悪くはないな」
戸塚「そういう日のお前が、一番怖い」
大智「まぁ、せっかく違う区間走るんだ。今日はW区間賞と行こうぜ」
戸塚「だな」

○同・前(朝)
   出てくる戸塚。待ち構える平塚。
平塚「おっす」
戸塚「おう」
大手の声「四区、平塚怜利」
平塚の声「うぃ~っす」
   グータッチをする平塚と戸塚。
平塚「膝の具合は……良さそうではねぇな」
戸塚「わかるか?」
平塚「当たり前っしょ。なめんなよ、相棒」
   ふっと笑う戸塚。
大手の声「五区、戸塚理来」
戸塚の声「任された」

○鶴見理髪店・外観(朝)
   店舗兼住居。

○同・店内(朝)
   鏡の前、髪型を整える鶴見。
鶴見「うん、完璧。何か今日、行けそうな気がするぜ」

○同・前(朝)
   出てくる鶴見。
鶴見「行ってきま~す」
大手の声「六区、鶴見凛太郎」
鶴見の声「おう、やってやるぜ」

○陸上競技場・前
   やってくる芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手、由佳、美麗、一年生達。
大手「ついに来たか……」
大手の声「そして七区は僕が、大手駿が責任もってアンカーを務めます」
平塚の声「いよっ、駿ちゃん」
   拍手の音。
    ×     ×     ×
   着替え終えた芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手。円陣を組む。
大手の声「だから……」
大手「今日こそは、笑って終わろう」
一同「おう!」
大手「じゃあ、行くよ」
一同「待ってろよ~」
大手「(皆で言うつもりで)都の大路様~!」
   笑いをこらえる芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見。
大手「……って、え、あれ?」
芦野「なぁ、駿。その王子じゃねぇぞ?」
平塚「おいおいおい、常識っしょ」
鶴見「バカだな~」
原「恥ずかしいから止めてよね」
戸塚「だな」
小田「下がるで」
大手「え、そんな~」
   笑う一同。
スターターの声「位置について、よーい」
   気を取り直し、ハイタッチする一同。
   発砲音。

○同・トラック
   走り出す一区の選手達。その中に居る芦野。
芦野M「俺はずっと、自分の強さを証明したいと思っていた」

○(フラッシュ)加須高校・屋上
   翔太らをボコボコにする芦野。
芦野M「それは一年もかからずに達成できた」

○(フラッシュ)同・校庭
   五千メートル走で大手に先着する芦野。
芦野M「そんな時に陸上と出会い」

○駅伝コース
   十名程の先頭集団。その中に居る芦野。
芦野M「そして、負けた」
由佳の声「颯人ってさ、何で走ってんの?」

○(回想)ハンバーガーショップ
   テーブルを囲む芦野と由佳。
芦野「何でって、納得できなかったからだよ。最初の予選会の時の、あの負けが」
由佳「あの大惨敗がね」
芦野「うるせぇ」
由佳「でもさ、納得できないも何も、陸上部員に負けて何が悔しい訳? 野球部の四番にホームラン打たれても、別に何とも思わないでしょ?」
芦野「まぁ、野球だったらな。けど、走りで負けるのはまた違ぇだろ?」
由佳「どこが、どう?」
芦野「俺が思うに、人間が生まれて最初にするスポーツは『走る』事だ」
由佳「だろうね。簡単だし」
芦野「あぁ、簡単だよ。道具を使わず、技術らしい技術もなく、己の身一つで優劣を決められる」

○駅伝コース
   十名程の先頭集団。その中に居る芦野。
芦野M「そんな簡単で、かつ単純なもので優劣を付けるなんて」
   芦野の視線の先、「5km」の看板。自分の足に目を落とす芦野。良く動いている。
芦野M「『走る』ってスポーツは、残酷以外の何物でもない」

○(イメージ)各地
   野球をする人。
芦野M「たとえば野球ならば、打撃が苦手でも守備でカバーできる」
   サッカーをする人。
芦野M「サッカーならば、技術をフィジカルで補える」

○駅伝コース
   十名程の先頭集団。その中に居る芦野。
芦野M「しかし走る、というスポーツは、走る事以外に何もない」
   芦野の視線の先、「9km」の看板。
芦野M「道具を使わず、技術らしい技術もなく、己の身一つで優劣を決められる」
芦野「うおらっ!」
   ロングスパートを仕掛ける芦野。
芦野M「走る事は、残酷だ」
   集団が芦野を先頭に縦長になる。みるみる差を広げていく芦野。
芦野M「そんな今、思い出すのはあの言葉」

○(フラッシュ)同・駅伝部部室・中
   陸上雑誌を読む芦野の元にやってくる平塚と戸塚。
芦野M「速さではなく、強さ」

○駅伝コース
   先頭を走る芦野。
芦野M「俺はずっと、自分の強さを証明したいと思っていた」
   歩道に目をやる芦野。選手達を追うように走る子供達。
芦野M「そのために、この二年を賭けてきた」
   再び前に目を向ける芦野。
芦野M「走る事は、残酷だ。だからこそ、己の全てを賭ける価値がある」

○陸上競技場・トラック
   先頭で戻ってくる芦野。観客から歓声が上がる。
芦野M「残酷だからこそ、走る姿は見る者を引き付ける」

○(回想)ハンバーガーショップ
   テーブルを囲む芦野と由佳。
芦野M「残酷だからこそ……」
由佳「颯人ってさ、何で走ってんの?」

○陸上競技場・トラック
   中継所にやってくる芦野、待つ小田。
芦野M「勝者が得られるものは、何物にも代えがたい」
小田「颯人、ラストや!」
芦野「行け、ドラゴン!」
   芦野から襷を受け取り、走り出す小田。トラックの内側へ大の字に倒れ込む芦野。荒い息。
芦野「観たか……。俺の強さに、嫉妬しな」
   笑みを浮かべる芦野。

○駅伝コース
   先頭を走る小田。
小田M「しっかし、一番を走る言うんは気持ちええな。上がるで」
   振り返る小田。二位集団との差は縮まっている。
小田M「うわっ、もう来とるわ」
   視線の先に「1km」の看板。
小田M「まだ一キロ。しゃあない、我慢や」

○(回想)小学校・教室
   小田(6)。髪型は普通。
小田「ワイはドラゴン。ワイが一番や!」
   喧嘩する小田。負ける。

○(回想)小田の生家
   バリカンで側頭部の下半分の髪を刈る小田。

○(回想)小学校・教室
   小田(10)。髪型はツーブロック程度。
小田「今度こそ、ワイが一番や!」
   喧嘩する小田。負ける、

○(回想)小田の生家
   バリカンで側頭部の上半分の髪も刈る小田。

○駅伝コース
   先頭を走る小田。二位集団に追いつかれる。
小田M「この髪は、敗北の証や」

○(回想)中学校A・教室
   小田(14)。髪型はモヒカン。
小田「大阪から転校してきたドラゴンや。この学校の一番は誰や!」
   小田の前に立つ芦野(14)。
芦野「俺だ」
小田「ほな、勝負や」
   芦野と喧嘩する小田。負ける。
芦野「俺の強さに、嫉妬しな」

○(回想)同・便所
   バリカンを手に持つ小田。最後に残ったモヒカン部分にバリカンを当てるも、刈れずに手を下ろす小田。
小田M「それも限界まで、刻んでもうた」

○駅伝コース
   先頭集団の後方で苦しそうな小田。
小田M「とうとうワイは、一番にはなれへんかった」
   小田の視線の先、陸上競技場が見えてくる。
小田「もう少しや」
小田M「せやけど……」

○(回想)加須高校・校庭
   インターバル走を行う選手達。ラストスパートで原に先着する小田。
小田「どや!」
原の声「やっぱり、ドラゴンはソレだよね」
    ×     ×     ×
   休憩する小田と原。
原「ドラゴンはもっと、前半我慢して、後半も我慢して。それでラスト二百メートルだけ、全力で走る。これが効率的だと思うよ」
小田「我慢ばっかやないか」
原「でもさ、ドラゴンは間違いなく……」

○陸上競技場・トラック
   先頭集団からやや遅れて戻る小田。
原の声「ラストの切れなら、一番だよ」
小田「こっから、上がるで!」
   ラストスパートする小田。先頭集団の選手達を全員抜いていく。
   中継所で待つ原。
原「いいぞ、さすがドラゴン」
小田「どや!」
   先頭で小田から襷を受け取り走り出す原。
小田「ワイが一番や!」
   小田の視線の先、中継所で待つ大智。

○駅伝コース
   原ら数名の選手で構成された先頭集団。周囲の選手を観察する原。
原M「さすが、皆速い。フォームも効率的。それに……」
   後方から迫りくる大智。
原M「振り返らなくてもわかる。県内最強ランナーの戸塚大智。もう来てるよね」
   原の視線の先、「2km」の看板。
原M「まだ四分の一。さすがに分が悪いよ」

○(回想)加須高校・教室・中
   区間配置を記したメモを大手から渡される原。その周囲には由佳と美麗。
大手「コレが、仮に考えた区間配置なんだけど」
原「なるほどね……。でも、何で俺にだけ?」
大手「一番、客観的な意見を貰えそうだから。先に聞いておこうと思って」
原「いいね、効率的だ。(メモに目を通し)とっつーの最短区間はともかく、駿がアンカー、か……」
大手「おかげさまで、体調は徐々に良くなってるんだけど……」
美麗「一分一秒でも、大手君の体調が戻る時間を稼いだ方がいいと思うんです」
原「で、その代わりの三、四区が俺と平っち……まぁ、そうなるよね」
由佳「正直、ここは消去法というか」
大手「どう思う?」
原「颯人は他所のエースとも十分に張り合えるだろうけど、俺と他所の準エースとじゃ、正直分が悪い」
由佳「しかも噂じゃ、とっつーの弟君が三区に回ってくるとか来ないとか」
大手「とりあえず戦略としては『一、二区で抜け出して、三、四区は耐えて、五~七区で勝負』と思ってるんだけど……」
原「損な役回り、だね」

○駅伝コース
   先頭集団で走る原。そこに追いつく大智。
原の声「まぁ、仕方ない。引き受けるよ」
原M「とは言ったものの、ちょっとモノが違い過ぎるな」
   そのまま先頭集団を追い抜こうとする大智。
原M「しかもココで前出るか」
   大智以外の選手達に緊張が走る。
原M「ココで付いていくべきか、否か。正直、こんな化け物のペースに付いていくなんて、非効率的だ。でも……」
   大智の後ろに付く原。
原M「勝負に出なきゃいけない時もある」
平塚の声「俺らが八キロ区間とはね」

○(回想)加須高校・駅伝部部室・前(夕)
   並んで歩く原と平塚。
平塚「正直、柄じゃないっしょ? 俺も、原ちゃんも」
原「まぁね。下手すりゃ、大損だよ」
平塚「何の話?」
原「コッチの話」
平塚「あっそ。あ~あ、相棒と駿ちゃんが万全なら、俺ら楽出来たのにね」
原「楽、か……」

○駅伝コース
   先頭を走る大智から徐々に遅れる原。
原M「俺は『効率的』って言葉を盾に、ずっと楽をしてきたんだな」
   歯を食いしばり、離されまいと必死に走る原。
原M「そのツケが回ったのかな」

○陸上競技場・トラック
   先頭で襷リレーする大智。
   お世辞にも綺麗とは言えないフォームで必死に走る原。
原M「苦しい。体が動かない。前に進まない。なんて非効率的な走り方なんだ……」
   中継所で待つ平塚。
原M「でも……」
平塚「オッケー、原ちゃん。ナイッスー」
   原から平塚に渡る襷。息も絶え絶えな原。
大智の声「思ったより離せなかったな」
   顔を上げる原。そこにやってくる大智。
大智「いい粘りだったよ」
   握手を求めるように手を出す大智。
原「(大智の手を取り)……ども」
大智「で、原君だっけ。もう大学決まってる? もしまだなら、一緒に埼教大で走ろうよ」
原「走る? どこを?」
大智「箱根に決まってるじゃん」
原「俺が、箱根……?」
   ふっと笑う原。
原「非効率的だ」

○駅伝コース
   先頭を走る埼教大付属の選手を追う平塚。
平塚M「運動部の中じゃ、上下関係が緩い」

○(回想)中学校B・校庭
   陸上部の練習に参加する平塚(12)ら。
平塚M「それだけの理由で、陸上部に入った」
   平塚の視線の先、遥か前を走る戸塚(12)と大智(12)。
平塚M「でもそこには、天才兄弟が居た」
   足を止める平塚。
平塚M「ほんのちょっとしかなかったやる気がゼロになるのに、そんなに時間はかからなかった」

○(回想)同・教室
   席に座る戸塚とその脇に立つ平塚。
平塚M「それでもダラダラと続けていたある日……」
平塚「腸脛靱帯炎?」
戸塚「ランナー膝ってヤツだ」
平塚「ふ~ん。どんぐらいで治んの?」
戸塚「すぐ病院に行っていれば、早かったんだろうがな」
平塚「そっか」
   窓の外に目をやる二人。校庭を走る大智の姿。
平塚「じゃあいっそ、陸上辞めるか?」
戸塚「え?」
平塚「陸上だけが人生じゃないっしょ? 一緒に辞めて、人生楽しもうぜ」
平塚M「才能の無さに嫌気がさして、陸上を辞めたかったのは俺だ。ずっと辞める口実を探していただけだ」
戸塚「……それもいいかもな」
平塚「決まりだな、相棒」
平塚M「俺は相棒を利用しただけだった」

○(回想)ハンバーガーショップ
   テーブルを囲む平塚と戸塚。
平塚M「でもそっからは、何にも気兼ねせず」

○(回想)電車・中
   他校の女子生徒をナンパする平塚と戸塚。
平塚M「自由な人生を謳歌していた」

○(回想)加須高校・駅伝部部室・前
   部室の片づけをする戸塚、平塚ら。
平塚M「それがあの日……」
平塚「いやいやいや、いくら何でも、俺らが駅伝ってあり得ないっしょ。なぁ、相棒」
戸塚「……」
平塚「? 相棒?」
平塚M「相棒が、陸上に未練がある事を知った」

○(回想)電車・中(夜)
   並んで立つ平塚と戸塚。
平塚「相棒、戻るつもりっしょ?」
戸塚「まぁな」
平塚M「だから、今度は俺が合わせる事にした」

○駅伝コース
   走る平塚。
平塚M「これは、俺の贖罪だ」
   はるか遠くに先頭の選手が見える。
平塚M「俺がそそのかしてなければ、相棒は陸上を続けていたかもしれない。もっと凄い選手になっていたかもしれない。ソレを奪ったのは、俺だ。……いや」

○陸上競技場・トラック
   戻ってくる平塚。中継所で待つ戸塚。
平塚M「きっと、もう俺には『相棒』なんて呼ぶ資格さえ……」
戸塚「ラストだ、相棒!」
平塚「えっ……!?」
   僅かに笑みを浮かべ、ラストスパートをする平塚。戸塚にタスキを渡す。
平塚「任せたぜ、相棒」
戸塚「任された」
   走り出す戸塚。

○駅伝コース
   走る戸塚。先頭の選手は見えない。
戸塚M「俺には、後悔が多い。陸上を始めた事、陸上を辞めた事、陸上を再び始めた事」

○陸上競技場・待機所
   取材を受ける大智。
戸塚M「でも一番後悔しているのは……」

○(回想)戸塚家・リビング
   並んで座る戸塚(0)と大智(0)。
戸塚M「数分とはいえ、アイツより先に産まれてしまった事だ」

○(回想)中学校B・校庭
   練習する平塚(12)、戸塚(12)、大智(12)ら陸上部員。
戸塚M「弟の大智は天才だった」
   戸塚より先にゴールする大智。
戸塚M「俺は当たり前のように比べられた」
   大智の背中を見つめる戸塚。
戸塚M「もし俺が弟だったら、少しは違ったのかもしれない」

○(回想)通学路(朝)
   アスファルトを走る戸塚。
戸塚M「少しでも追いつきたくて、俺は猛練習をした」
   足を止め、膝を押さえる戸塚。
戸塚M「そして……」

○(回想)同・教室
   席に座る戸塚とその脇に立つ平塚。
戸塚「すぐ病院に行っていれば、早かったんだろうがな」
平塚「そっか」
   窓の外に目をやる二人。校庭を走る大智の姿。
戸塚M「またアイツの背中が遠ざかる。そう感じた」
平塚「じゃあいっそ、陸上辞めるか?」
戸塚「え?」
平塚「陸上だけが人生じゃないっしょ? 一緒に辞めて、人生楽しもうぜ」
戸塚「……それもいいかもな」
戸塚M「そして俺は、折れたんだ」

○駅伝コース
   走る戸塚。
戸塚M「俺は、大事な事を二つ忘れていた」
   先頭の選手の背中が見え始める。
戸塚M「どんなに背中が遠く感じても、追わなければ一生追いつけないという事」
   膝に目をやる戸塚。
戸塚M「そしてもう一つ。自分がどうして、陸上をやり始めたのか」

○(回想)加須高校・校庭
   五千メートル走をする芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見。
   ゴール直前で小田を抜く鶴見。
鶴見「やった、勝った! うわ、楽しい!」
   その様子を見ている戸塚。
戸塚M「そうだ、楽しかったからだ」

○陸上競技場・トラック
   戻ってくる戸塚。先頭との差は僅か。
戸塚M「大智に勝ちたいからじゃない。いい記録を出したいからじゃない。楽しいから、俺は走っていたんだ」
   中継所で待つ鶴見。
鶴見「とっつー!」
戸塚M「最後にこの気持ちを思い出させたのは、お前のおかげだ」
   先頭とほぼ同時に襷を鶴見に渡す戸塚。
戸塚「サンキュー」
鶴見「え、何が?」
戸塚「いいから、行け」
鶴見「おう!」
   走り出す鶴見。

○駅伝コース
   先頭の選手からやや遅れて走る鶴見。
鶴見M「自分で言うのも恥ずかしいけど、俺は比較的、運動神経はいいと思う。ただ……」

○(回想)鶴見理髪店・前
   同級生と下校し、入り口前で別れる鶴見(6)。背が低い。
鶴見M「いかんせん、背が低かった」

○(回想)同・住居
   父、母、姉、弟、妹と並ぶ鶴見。全員、背が低い。
鶴見M「家族全員背が低いんだから、それ自体はしょうがなかった」

○(回想)各地
   サッカーをする鶴見、バスケットボールをする鶴見、ラグビーをする鶴見。いずれもドリブル等で相手選手を抜いていくも、大柄な選手に当たり負ける。
鶴見M「でもおかげで、サッカーをやっても、バスケをやっても、ラグビーをやっても、体の大きな奴には勝てなかった」
    ×     ×     ×
   大柄な選手を褒めるコーチ。その様子を悔し気に見ている鶴見。
鶴見M「『大きいのは才能だ』と褒められている奴も居た。じゃあ、俺は?」

○(回想)鶴見理髪店・住居
   牛乳をパック一本飲み干す鶴見(13)。
鶴見M「少しでも背が伸びるように、牛乳を飲みまくった」

○(回想)同・店内
   散髪してもらっている鶴見。
鶴見M「髪の毛しか伸びなかった」
    ×     ×     ×
   リーゼントヘアーにする鶴見。
鶴見M「少しでも背を高く見せたくて、リーゼントにした」

○(回想)中学校A・保健室
   身体測定をする鶴見。リーゼントを押しつぶされる。
鶴見M「もちろん、何の意味もなかった」

○駅伝コース
   走る鶴見。先頭との差は広がっている。
鶴見M「でも……」
   笑顔を浮かべる鶴見。
鶴見M「走る事に、背の低さは関係なかった」

○(回想)大学・グラウンド
   記録会に出走する小田、原、鶴見。原がペースメイクをし、組上位でゴールする三人。
鶴見M「走りなら、自分より背の高い奴らにも勝てた。記録もどんどん伸びた」

○(回想)河原
   土手を走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、大手と自転車で並走しながら声をかける由佳。
鶴見M「走るって、世界一公平なスポーツだ。だから、楽しかった」

○駅伝コース
   走る鶴見。
鶴見M「走るって楽しい。終わらせたくない。だから……」

○陸上競技場・トラック
   中継所で待つ大手と町田。
鶴見M「勝ちたい。絶対に」
町田「まさかココで駿と直接対決する事になるとはな」
大手「すぐ追いつくからね、敏也」
町田「そうはいかねぇよ。コッチは死ぬほど練習して、やっとつかんだアンカーの座なんだ。重さが違ぇんだよ」
大手「あぁ、違うよ。ただの名門校のアンカーと、陸上素人だった皆を巻き込んだ張本人として務めるアンカーは」
   戻ってきた先頭の選手から町田へ襷が渡る。
町田「オッケー。さぁ、ウイニングランだ」
   大手を一瞥し、走り出す町田。
   それとほぼ同時に戻ってくる鶴見。
大手「リンタ、ラスト!」
大手M「僕は、ランナーだ」
   ラストスパートをする鶴見。笑顔。
鶴見「抜いてこい!」
大手「うん」
   鶴見から襷を受け取り、走り出す大手。鶴見に釣られたのか、笑顔。
大手M「ランナーは、走るしかない」

○駅伝コース
   走る大手。まだ町田とは大分離れている。
大手M「僕は、不器用だ」

○(回想)加須高校・校庭
   リフティングをする大手。三回と続かない。
大手M「他のスポーツが出来る訳でもない」
    ×     ×     ×
   大手から正しい走行フォームを叩きこまれる芦野、小田、原、鶴見。
大手M「教えるのが上手い訳でもない」

○(回想)駅伝コース
   走る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見。
大手M「それでも皆、僕と一緒に走ってくれた。襷をつないでくれた」

○同
   先頭を走る町田との差を詰める大手。
大手M「次は、僕の番だ」
   振り返る町田。大手に気付き、ペースを上げる。それに合わせ、大手もまたペースを上げる。
大手M「でも、僕は不器用だ」

○(回想)加須高校・駅伝部部室・前
   出てくる大手。一人、駆けていく。
大手M「寂しい時は、走るしかない」

○(回想)河原
   雨の中、雨具を着込み、フードで顔が見えない状態で土手をジョギングする大手。
大手M「悔しい時は、走るしかない」

○(回想)陸上競技場・トラック
   鶴見から襷を受け取り、走り出す大手。笑顔。
大手M「嬉しい時は、走るしかない」

○駅伝コース
   町田と先頭で並んで走る大手。
大手M「走る事でしか、思いを伝える事ができない」
   互いに見合う大手と町田。
大手M「伝えたい思いがあるなら、走るしかない」

○陸上競技場・トラック
   トラックの外から見守る芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗。
美麗「来ました」
   並走して戻ってくる大手と町田。
由佳「並んでる!」
大手M「走る姿だけで、百パーセント伝わるとは限らない」
   それぞれ声援を送る小田、原、平塚、戸塚、鶴見。
大手M「それでも、走るしかない」
芦野「行けっ!」
   互いにラストスパートする大手と町田。
大手M「僕は、ランナーだ」
   息をのむ芦野、小田、原、平塚、戸塚、鶴見、由佳、美麗。
大手M「ランナーは、走るしかないんだ」

○加須高校・外観

○同・駅伝部部室・中
   新聞を読んでいる大手。
大手「やっぱり、不器用だな……」
   そこにやってくる芦野。
芦野「おい、いつまでも浸ってんじゃねぇよ。出発だぞ」
大手「うん、今行く」
   新聞を神棚のような場所に飾り、部屋を出る大手。
   新聞記事には「加須高校初優勝」という見出しと共に、不器用なガッツポーズでゴールテープを切る大手の写真。
                  (完)

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