【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HF=ホストファーザー
HM=ホストマザー
HS=ホストシスター(ホストハウスの娘) 18歳
○ホストハウスへの道
地球家族6人が地図を見ながら歩いている。
ミサ「駅から徒歩5分って書いてあるけど、もう10分以上歩いてない? もう通り過ぎちゃったのかしら」
ジュン「誰かに聞いてみようか」
早足で歩いてくる人がいたので、母が呼び止めようとする。
母「すみません・・・」
しかし、足が速すぎて気がつかずに行ってしまう。
次に来た人も、足が速い。
父「すみま・・・」
父が話しかけようとするが、速足で歩いているので止めることができない。
父「急いでいるのかな?」
次にまた速足の女性が来る。今度はその正面にリコが出て行く。
リコ「すみませーん」
女性、リコをよけられずにぶつかってしまう。リコが倒れる。女性がリコを起こす。
女性「大丈夫? ごめんなさい」
リコ「あ、大丈夫です」
ジュン「すみません、このホストハウスを探しているんですけど」
ジュン、女性に地図を見せる。
女性「あ、これなら、まだこの先ですよ」
ジュン「あ、そうなんですか。地図には徒歩5分って書いてありますけど・・・」
女性「みなさん、地球から旅行にいらっしゃったんですね」
ジュン「はい、そうです」
女性「地球の方は、ものすごくゆっくり歩くそうですよね。地球の方が歩く場合は、徒歩15分だと思いますよ」
母「あー、そうだったんですか。確かに、ここにいる方々はみなさん歩くのが速いようですね」
○ホストハウスの玄関
地球家族6人。リコがドアを開ける。
リコ「おじゃまします」
HF、HMが出て来る。
HF「いらっしゃい」
HM、リコが足をすりむいているのに気づく。
HM「あら、足、どうしたの」
母「あ、さっき人とぶつかって転んでしまったものですから」
○居間
地球家族6人とHM、HF、HS。
HF「この星はみんな歩くのが速くて驚いたでしょう」
タク「みんな、そんなに急いでどうするんですか?」
HS「いや、別に急いでいるわけじゃないんだけど、普通に歩くとそうなってしまうの」
ジュン「でも、特に道が広いわけでもないし、みんながあんなに速く歩いたら、人と人がぶつかってしまうんじゃないですか?」
ミサ「そうそう、私もそう思いました。地球でもよく経験するんですけど、ちょうど真正面から人が来て、よけようとしたら、相手も同じ方向によけちゃうことってありますよね。速く歩いていたら、衝突しちゃうんじゃないですか?」
HS「ぶつからない方法があるのよ」
ジュン「え、どんな?」
HS「人とすれ違うときに、ぶつかりそうになったら、全員が右によけるの。法律で決まっているの」
タク「法律で? そんな大げさな」
HS「交通ルールってあるじゃない。赤信号で止まるとか。それと同じで、ぶつかって怪我をしないように、規則になっているのよ」
父「ただ速足で歩いているだけに見えたけど、ちゃんとみんな右によけていたのか。気がつかなかったな」
HS「うちの屋上から外を見てみましょう。面白いですよ」
○屋上
地球家族6人とHS
外を見下ろすと、道を歩く人々が見える。
ジュン「うわー、すごい。みんな本当に足が速いなー」
HS「ほら、見ていて。あの二人、出会い頭にぶつかりそうだけど、絶対にぶつからないから」
タク「あ、あぶない」
歩いている二人の人、正面からぶつかりそうになる寸前に、二人ともさっと右によけて、そのまま歩き続ける。
ミサ「わー、すごい」
父「芸術的な歩き方ですね」
道のあちこちで、このような光景が見える。
HS「それにしても、外の風景がいつもと何も変わらないわ。歴史的な日だというのに」
ジュン「え、今日は何か特別な日なんですか?」
HS「そう、今夜0時は、歴史的瞬間なんです。隣の国と統合されて、一つの国になるの」
母「そうだったんですか。私たち、歴史的瞬間に居合わせることができたんですね」
HS「100年も前から、統合して強力な国をめざそうという話が出ていて、今やっとそれが現実になるんです」
父「100年もかかったということは、両国の社会や文化がかなり違っていたからなんでしょうね」
HS「いや、お互いとてもよく似ているそうなんです。法律も、たった1ヶ所ちがうだけで、あとはまったく同じなんですけど、その1ヶ所の法律の違いで、両方ともなかなか譲らなかったらしくて」
ジュン「その1ヶ所の違いというのは?」
HS「隣の国では、ぶつかりそうになったら左によけるんです」
地球家族6人、唖然とした表情。
タク「え、たったそれだけ?」
HS「その違いが大きいのよ。みんな生まれたときから、右によける歩き方に慣れているから、それを左に変えるのはとても難しいことだわ。だからこそ、統合にこんなに時間がかかったんだって、誰もが納得しています。もっとも、隣の国の住民は、今でも納得していないかもしれませんけどね」
母「ということは、右によける方法に統一されるということね」
HS「そういうことです。私たちは、歩き方を変えなくていいんです」
そのとき、下から声がする。
HM「みなさん、夕飯の準備ができましたよ」
HS「はーい」
HS、屋上の出口に向かう。
HS「今日はみんなで歴史的瞬間を祝う儀式をテレビで見るので、少し早めに夕飯を食べることにしたんです」
○客間
地球家族6人がくつろいでいる。
ミサ「いろいろと驚きね。人とぶつかりそうになったら右によけることが法律になっていたことだけでも驚いたのに、それが理由で100年も統合できなかったなんて」
ジュン「でも、僕がいちばん驚いたのは、そもそも歩く速さがこんなに速いことだな。走らないと、僕には無理だよ」
ミサ「こちらの人から見たら、地球人はどうしてあんなにゆっくり歩けるんだろうと思っているんでしょうね」
タク「地球よりも、ここのほうが文化が進んでいるということかな」
父「いや、どっちの文化が進んでいるとか遅れているとか言うことはできないと思うよ。地球でも、国や都市によって歩く速さがかなり違うけれど、別にどっちが偉いわけではない。また、歴史的に考えても、そのときの事情によって、速く歩く時代もあり、遅く歩く時代もあったんだ」
タク「へえ」
そのとき、HSの声がする。
HS「みなさんも一緒にテレビを見ませんか。儀式が始まりますよ」
○夕食後、居間。
地球家族6人とHF、HM、HSがテレビを見ている。
アナウンサー「いよいよ、あと3時間で、東国と西国が統合される瞬間を迎えます。この儀式の場には、もちろん、両国の大統領が出席しています」
画面上に二人の大統領の姿が映し出される。
アナウンサー「両国が統合されるには、国の法律を一つにしなければなりません。幸い、両国の法律の違いは、たった一つだけです。その1ヶ所の違いをどちらの国の法律に合わせるのか、それを決める運命の瞬間がやって参りました。たった1回のじゃんけんで、決まります!」
ジュン「あれ、HSさん、さっき、この国の法律に合わせることが決まっているって言いませんでした? 人とすれ違うときは右によけるって・・・」
HS「うん、正確に言えば今からじゃんけんで決めるんだけど、勝ちは確実なのよ」
ミサ「どういうこと?」
HS「西国側は、国の代表として大統領がじゃんけんするんだけど、うちの国は、最強の選手を立てることにしたのよ。だって絶対に負けられないもの」
タク「最強の選手って?」
HS「生まれてから今まで、一度もじゃんけんに負けたことがない人よ。ほら、出てきたわ」
テレビ画面に、中年の男性の姿が映る。
タク「すごいや。一度もじゃんけんに負けたことがない人がいるなんて・・・」
父「この国の国民は1億人いるらしいから、そんな人が国に一人くらいいても、別に不思議じゃないと思うな」
アナウンサー「さあ、両国の代表が舞台に立ちました。西国の代表は、大統領です。国の責任はすべて自分が背負うと言わんばかりの表情です。一方、東国の代表は、こちらの男性です」
男性、東国の大統領の席に向かう。
男性「やはり、私には荷が重過ぎます。大統領、やはりここは、国を代表して大統領がじゃんけんに出ていただけませんか」
東国の大統領「申し訳ないが、私はじゃんけんにめっぽう弱いんですよ。あなたは生まれてから一度も負けたことがない。全国民があなたに期待しているですから、よろしく頼みますよ」
男性、緊張した表情で舞台に戻る。
アナウンサー「さあ、じゃんけんの瞬間です。一発勝負です! じゃんけん、ぽん!」
西国の大統領、グーを出す。男性、チョキを出す。歓声とどよめきが起きる。
テレビの前で、地球家族6人とHF、HM、HSが呆然としている。
HS「負けたわ・・・」
HF「まさか・・・」
HM「そんなはずは・・・」
父「(小声で)まあ、想定内だな・・・」
HS「誰も負けるなんて思っていなかったから、明日から大混乱するかもしれないわ。心の準備がまったくできてないもの」
HM「と、とりあえず、今日は寝ましょう・・・」
まだうろたえているHF、HM、HS。
○翌朝、屋上
地球家族6人とHS
外を見下ろすと、道を歩く人々が見える。
HS「みんな、ちゃんと左によける歩き方に変えているかしら?」
そのとき、ぶつかりそうになった二人の人が、互いに右によける。
HS「あ、右によけた。法律違反になっちゃうわ」
道のあちこちで、互いに右によける姿が見られる。
ジュン「みんな、じゃんけんで負けたことを知らないのかな」
そのとき、一人が左によけたため、二人がぶつかって倒れる。
HS「大変、事故が起きたわ。行きましょう」
○ホストハウスの近くの道
地球家族6人とHSがかけつけると、二人が気絶しており、人だかりができている。
人「今、救急車が来ますから」
タク「大丈夫? 生きてるのかな」
HS「気絶しているだけで、大丈夫だとは思うけど・・・」
そのとき、近くでまたぶつかる音が聞こえる。
人「あっちでも、また事故が起きたぞ。もう1回、救急車だ!」
そのとき、スピーカーから案内が聞こえる。
放送「緊急放送です。みなさん、至急、家に避難してください。本日は外出しないでください。衝突事故が連発して、病院が満室になってしまいました!」
HS「え?」
○居間
地球家族6人とHSがテレビを見ている。
ニュースのアナウンサーと、評論家が4人、座っている。
アナウンサー「衝突事故関連の臨時ニュース解説をお送りしています。街を歩く人100人にアンケートをとったところ、ぶつかりそうになったときに左によけると答えた人はわずか10人で、残り90人は右によけると回答しました。その90人の理由の内訳ですが・・・」
テレビ画面に円グラフが映し出される。
アナウンサー「左によけることに法律が変わったことを知らなかった人が10人、法律が変わったことは知っていたが、いつものくせでどうしても右によけてしまうという人が15人、そして、圧倒的に多かったのが、『今日からちゃんと左によけるつもりで外出してみたら、周りのみんなが右によけていたので、自分も右によけないと危ないと思った』という答えです。専門家のみなさん、この問題を解決するのはどうしたらよいでしょうか」
専門家1「今のところ、左によけるほうが少数派なのだから、彼らを元に戻させるほうが簡単じゃないでしょうか」
専門家2「それは無理です。今日すぐ左に変えた人たちは、法律をちゃんと守ろうとする立派な人たちです。もしそうするのであれば、旧東国だけ、法律を元に戻すほうが簡単では?」
専門家3「それも無理です。あくまで、国の法律は一つです。もっとも、両国の交流がすぐに始まるわけではないのですから、しばらくの間だけ旧東国の地域では右によけるルールにするとか・・・」
専門家4「そんなことをしても、いつかは切り替えなければならないんですから。歴史的な儀式があった日だし、今日切り替えるのが最適だと思うんですがね」
アナウンサー「視聴者のみなさんからも、電話でアイデアをお寄せください」
テレビを見ながらジュンがつぶやく。
ジュン「みんながゆっくり歩くようにすれば、そもそもぶつかることなんてないのに・・・」
HS「ジュン君、そこにテレビ電話があるから、その意見、言ってごらんなさい」
ジュン「え?」
○居間
地球家族6人とHSが引き続きテレビを見ている。
アナウンサー「今、地球からの旅行者の方から、みんながゆっくり歩くようにすればいいという解決案をいただきました。なるほど、ゆっくり歩けばそもそもぶつかる心配はありません。私たちは気づかなかったようです。でも、ゆっくり歩くことなんてできるのでしょうか。地球の方、お手本を示していただけませんでしょうか?」
HS「ほら、ジュン君、立って、そこで歩いて見せて。カメラに映って、全国に放送されているから。さあ早く!」
ジュン「え、ほんと?」
ジュン、立ち上がって部屋の中でぐるぐる歩く。
ジュン「あれ、なんだか緊張して、歩き方を忘れちゃったような・・・」
アナウンサー「感動的です。これが地球の歩き方なのですね!」
ミサ「ジュン、しっかり! 手と足が同時に出ちゃっているよ!」
ジュン「あれ、あれ・・・」
HS「1億人、いや2億人が見ているわ。頼むわよ」
ジュン「緊張して余計にわからなくなってきた・・・」
ジュンの歩き方がますますぎごちなくなっていく。
父「やれやれ、この国の歩き方の歴史が、今日からとんでもないことになるかもしれんぞ・・・」
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