【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HM=ホストマザー
HF=ホストファーザー
HB=ホストブラザー(ホストハウスの息子) 21歳
HS=ホストシスター(ホストハウスの娘) 16歳
○ホストハウスへの道
地球家族6人が道を歩いている。
ジュンが、ホストハウスの地図を見ながら叫ぶ。
ジュン「あれ、ここに、午前11時58分にお越しくださいって書いてある」
母「なんでまたそんなに細かい時間を指定しているのかしら。11時58分に何かあるのかも」
ミサ「テレビ番組で見た実験を思い出したわ。12時集合って言われると、10分も20分も遅れる人が大勢いるけど、午前11時58分集合って言われると、1分も遅れちゃいけない気がして、誰も遅刻しなかったんだって」
父「なるほど、じゃあ、これは、12時に遅刻してほしくないという意味なのかもしれないぞ」
タク「でも、もう11時55分だよ。走らないと間に合わないよ」
ジュン「58分と書いてあっても遅刻する僕たちっていったい・・・」
家族6人、あわてて走り始める。
○ホストハウスの玄関前
リコ、玄関のドアを開ける。
リコ「おじゃまします」
HMが出て来る。
HM「いらっしゃい。さあ、おあがりください」
父「あの、11時58分集合と書いてありましたけど、大丈夫ですか。すみません、3分遅刻してしまったんですけど」
HM「あー、大丈夫よ。うちは、12時28分に昼食を食べ始めるので、その30分前を書いておいただけだから」
母「12時28分に昼食ですか・・・」
○ダイニング
地球家族6人とHF、HSが着席している。
HMが食事を運んでくる。
HM「お待たせしました」
時計が12時28分0秒を指す。
HF・HM・HS「いただきまーす」
地球家族6人「い、いただきます」
母「あの、こちらでは、毎日時間ぴったりに食べ始めるんですか?」
HF「まさか。なかなかぴったりはいきません」
母「そうですよね」
HF「5秒や10秒、しょっちゅう遅れますよ」
母「え?」
地球家族6人、唖然とする。
HS「この星では、みんな食事の時間は毎日同じに決まっています。家で食べるときも、外食するときも、昼食は12時28分。夕食は6時28分」
ジュン「でも、外食の場合には、みんなが12時28分にレストランに行ったら、込んでいて入れないじゃないですか?」
HS「大丈夫。うちは12時28分の家だけど、よその家は12時43分だったり、12時58分だったり、いろいろなんです」
ミサ「へえ」
ミサ、スープを飲む。
ミサ「あれ、このスープ、冷めてる・・・」
HM「あ、この星のスープは、どこでもみんな冷めています。熱いものが苦手な人でも、ちゃんと時間どおりに食事が始められるように、どの料理もぬるくなっているんですよ」
父「そ、そうですか・・・」
HS「でも、規則正しく食事をすることは、とても健康にいいのよね」
HM「そうね。規則正しい食事のおかげで、我が家はみんな健康体。風邪もまったく引きません」
母「へえ」
HM「ひとりを除いてはね」
そのとき、玄関のドアが開く。
HB「ただいま」
HM「あ、ちょうど帰ってきたわ。息子のHBです。HB、地球からのご家族がいらしてるわよ」
HB「どうも、はじめまして」
HB、着席し、食べ始める。
HM「息子だけは、いつも時間どおりに食べてくれなくて。今日みたいな休日もそうですけど、平日も不規則な仕事についているから、夕食も10分や20分平気で遅れるんですよ」
ミサ「たった10分や20分遅れるだけで、不規則な生活って・・・」
HB「しょうがないじゃん、そういう仕事なんだから」
HM「今の仕事、ずっと続けるつもりなの? このままじゃ、ずっと結婚できないかもしれないわよ。今日の新聞記事、見たでしょ? 若い女性へのアンケート結果によると、時間どおりに食事してくれる男性が結婚相手に望む第一条件なのよ」
地球家族6人、あっけにとられながら話を聞いている。
○客間
地球家族6人がくつろいでいる。
ミサ「びっくりしたわねえ。12時28分0秒、チーン、いただきまーす、だもん」
父「しかし、すべて笑ってあきれている話ではないと思うよ。この星の人たちを見てごらん。やせ過ぎの人や太りすぎの人を全然見かけないじゃないか。規則正しい食生活のおかげだと思うよ。われわれも、1分も遅れないでとは言わないまでも、うちに帰ったら、もっと規則正しく食事することを心がけようじゃないか」
○その日の夕方、ダイニング
地球家族6人とHF、HSが着席している。
時計の針が6時25分30秒を指している。
HS「あと2分30秒で夕食開始ですからね。もう少しお待ちくださいね」
ミサ「は、はい」
HMが大きな鍋をかかえてテーブルに近づく。
HM「お待ちどうさま。6人もゲストをお招きするの初めてだから、シチューがものすごい分量で。10人分はとても重いわ」
次の瞬間、鍋をかかえたHMがよろける。
HM「うわ!」
鍋をひっくりかえし、座っているリコが頭からシチューをかぶる。
HM「きゃー、大変!」
母「リコ、大丈夫? やけどは?」
リコ「大丈夫。全然熱くない」
ミサ、リコの頭の上のシチューに触る。
ミサ「ほんとだ、冷めたシチューだ・・・」
HS「ごはん、どうするの?」
時計の針が、6時28分を指す。
ジュン「とりあえず、床をぞうきんでふかないと・・・」
HF「そんなことより、夕飯が先だ! どうする?」
HS「そうよ、ごはん、ごはん。おなかすいた」
HM「裏のレストランが開いていると思うわ。みんなで行きましょう。さあ、早く」
リコがシチューにまみれたまま立っている。
母「リコ、早くバスルームに! 私はリコを着替えさせてから行きますから、みなさんお先にどうぞ」
HF「じゃあ、遠慮なく。さあ、急ごう。腹が減ったぞ」
HF、HM、HS、急いで部屋を飛び出す。父、ジュン、ミサ、タクも後に続く。
○レストランの前
HM「良かった。やってるわ」
レストランのドアを開ける。中は満員。
HM「席、あいてないかしら」
店員「あいにく、満席です。おたく、裏の6時28分さんですよね」
HM「そうですけど」
店員「今はちょうど、6時43分のご家族が食べに来ていますので、もう席はいっぱいなんですよ。20分ほど待っていただかないと・・・」
HM「20分?」
HS「無理、無理。そんなに待てないわ」
○夜の道
HF、HM、HS、父、ジュン、ミサ、タクが小走り。
HF「1キロほど先に、ラーメン屋があります。そこでもいいですか?」
父「ええ、もう私たちは何でもかまいません」
ミサ「でも、どうしてそんなに急ぐんですか?」
HS「おなかがすいて死にそうだからですよ」
HF、HM、HS、だんだん元気がなくなっていく。
ジュン「大丈夫ですか?」
HF「だめだ。目が回る・・・」
HM「私もだめ」
HF、HM、HS、道に倒れてしまう。
ミサ「どうして? なんで倒れちゃうの?」
父「私たちだって、1時間や2時間食べなくても平気だが、何日も食事をしないとこうして倒れるだろう。この星の人たちは、ふだんは食事の時間が10秒も遅れない人たちなんだ。20分も食べられないと、同じくらい苦しい状態になるんだろうな・・・」
タク「どうしよう・・・」
父「さあ、3人とも家に戻りましょう。ジュン、タク、抱えるのを手伝ってくれ」
父・ジュン・タク、それぞれHF・HM・HSを抱える。
ジュン「この近くにはスーパーは無いんですか?」
HM(声をふりしぼり)「この道を少し歩けば、スーパーがあります」
父「わかりました。ミサ、頼む。何か食べ物を買ってきてくれ!」
ミサ「わかった」
ミサ、走り出す。
○スーパーの前
シャッターが閉まっている。『本日臨時休業』の張り紙。
ミサ「えー、どうしよう・・・」
そのとき、人の気配を感じる。ミサが振り向くと、HBが立っている。
HB「ミサさんじゃないですか、どうしました?」
ミサ「あ、HBさん! ご家族みなさんが、飢え死にしそうで大変なんです!」
HB「え、それは大変だ! 早く帰りましょう」
ミサ「でも、何か食べ物は・・・」
HB、持っている袋を見せる。
HB「ここに、ピザがあります」
HBとミサ、走り出す。
HB「今日は夕食の時間に20分以上も遅れちゃったんで、何か買って帰らないといけないと思って、おみやげにピザを買ったところなんですよ」
ミサ「へえ、帰りが遅いおわびにおみやげって、地球の人もやりますけど・・・。もちろん20分遅れるくらいじゃ、何も買って帰りませんけどね」
○ホストハウスの玄関
ミサ「ただいま! みんな平気? ピザがあるわよ!」
○ダイニング
HF、HM、HS、ピザをガツガツ食べる。
HB「すみませんね、われわれだけでいただいちゃって」
父「大丈夫ですよ。私たちは1時間や2時間、食べなくても平気ですから」
リコ「リコもピザ食べたかったな」
ミサ「でも、冷めたピザよ」
○しばらくして、ダイニング
HM「地球のみなさん、どうもありがとうございました。おかげで助かりました」
母「いいえ」
HM(HBに向かって)「あなたがこんなにたくましいなんて、お母さん知らなかったわ。今の仕事、続けてもいいわよ」
HB、ほほえむ。
○ホストハウスの前の道
地球家族6人が出かけるところ。ホストファミリーが見送る。
父「じゃあ、私たちは、1キロ先のラーメン屋まで行ってきます」
HM「行ってらっしゃい」
タク「ラーメン、楽しみだな」
ミサ「冷めたラーメンよ」
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