#44 彷徨量(ベクトル) ミステリー

ベクトル;向きと大きさを持った量。方向量。
竹田行人 6 0 0 11/13
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第一稿

「彷徨量(ベクトル)」


登場人物
榊初音(25)弁護士
葛原明(25)タクシー運転手
ラジオの声


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「彷徨量(ベクトル)」


登場人物
榊初音(25)弁護士
葛原明(25)タクシー運転手
ラジオの声


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○世田谷警察署・入口・外
   エントランス上部に「世田谷警察署」の文字。
   榊初音(25)、出てきて、ため息。
   初音の襟元に弁護士バッジ。
葛原の声「サカキ」
   葛原明(25)、運転手の制服でタクシーに寄りかかっている。
初音「お。アキラ。早かったね」
葛原「個人携帯でタクシー呼ぶのやめてほしいんだけど」
初音「カタイこと言わない。駒沢までお願い」
   初音、タクシーに乗り込む。

○道・タクシー車内
   初音、後部座席で窓の外を眺めている。
   葛原、ハンドルを握ったまま、バックミラー越しに初音に目をやる。
初音「ひょっとして。見惚れてる?」
葛原「いや。髪切った?」
初音「うん。半年くらい前に」
葛原「なんで呼び出した?」
初音「そろそろカワイイ元カノの顔が見たくなる頃なんじゃないかと思って」
葛原「さっきなんでため息ついてたんだ?」
   初音と葛原、バックミラー越しに目を見合わせる。
初音「あのさ」
葛原「グチは聞かない」
初音「じゃあ聞かないでよ」
   初音、座席に深く座りなおし、窓の外に目をやる。
   カーラジオから男の声。
ラジオの声「ここで一曲。ナルセリカさんの。ラストシングルになってしまいましたね。paradise lost」
   車内に曲のイントロが流れる。
ラジオの声「シンガーソングライターの成瀬りかさんは14歳でガールズバンドafter schoolのボーカルとしてデビュー」
初音「付き合ってた頃。明。成瀬りかのライヴチケット必死に取ってくれたよね」
葛原「新聞の勧誘の人が偶然くれたんだよ」
   初音、ラジオに合わせて口ずさむ。
葛原「ホント。成瀬りか好きなんだな」
初音「成瀬りかを殺した犯人の弁護することになった」
葛原「え」
初音「国選弁護。意義のある仕事だと思う」
   初音、窓の外に目をやる。
   葛原、ハンドルを切る。

○ライフパーク駒沢・外
   「ライフパーク駒沢」の看板。
   鉄筋7階建てのマンション。
   前にタクシーが止まっている。

○同・守谷美紗の部屋・リビング
   ピンクのカーペットが敷かれた八畳間。
   家具もピンクで統一されている。
   入口脇にキーボードが置かれている。
   キーボードの譜面台の上は何もない。
   部屋の中央に低いテーブルがあり、その上にはペン立てがある。
   初音と葛原、入ってくる。
葛原「オレ入っちゃって大丈夫なの? 完全に部外者だけど」
初音「大丈夫。何か見つけたら証人だから」
葛原「どこのガキ大将の理屈だよ」
初音「いい? ここが加害者、モリヤミサの部屋。殺された成瀬りかの部屋は。隣」
葛原「お隣さんだったのか」
初音「うん。それどころか中学時代から一緒にバンド組んでた幼馴染み」
葛原「じゃあ。after schoolの」
初音「キーボードmisa。今は音楽学校の講師」
   葛原、壁のカレンダーをめくる。
   カレンダーに「東京風見銀行」のロゴ。
初音「変じゃない? 隣に住むくらい仲がいい相手を殺すなんて」
葛原「そうか? 好意と殺意なんて単なる愛情のベクトルの違いだろ?」
初音「愛情の。ベクトル」
葛原「大きすぎる感情は毒にも薬にもなる」
   葛原、ペン立てからペンを取り、手の中でペンを回しながら周囲を見る。
葛原「警察は? なんて言ってる?」
初音「え? ああ。不審な点が2つ。PCとケータイが見当たらないこと。音楽学校の講師にしては預金金額が多いこと」
葛原「事件の前後。誰かが来た可能性は?」
初音「本人以外の指紋や毛髪は出てない」
葛原「そっか。手帳とか日記。SNSは?」
初音「ない。SNSも生徒さんのライヴ情報とか演奏のコツとか。そういうの」
葛原「頑なだな」
初音「え」
   葛原、キーボード、テーブル、カレンダーと、部屋を順番に眺めていく。
初音「明。なんか気になるの?」
葛原「榊。なんでオレ呼び出したんだ?」
初音「え? なに突然?」
葛原「別れてから半年くらい経つだろ」
初音「うーん。違うから。かな」
葛原「違う?」
初音「さっきのベクトルの話じゃないけど。私と明は見る方向が全然違う。だから私が見逃したことを明は見つける」
   葛原、ペンをペン立てに戻す。
初音「私は本当のことが知りたい。ただ。それだけ」
   初音と葛原、目を合わせる。
初音「今のカッコよくなかった? ねぇ。惚れなおした?」
葛原「成瀬りかの部屋。見てもいいかな?」
   初音と葛原、目を合わせる。

○同・成瀬りかの部屋・リビング
   フローリングの八畳間。
   中央にグランドピアノが置かれている。
   家具はモノトーンで統一されている。
   初音と葛原、並んで立っている。
葛原「同じ作りの部屋とは思えないな。趣味が違いすぎる。ここで?」
初音「うん。ピアノの横に倒れてたみたい」
   葛原、ピアノを見つめる。
葛原「榊。確かピアノやってたよな?」
初音「こう見えて絶対音感あるよ」
葛原「弾いてみてくれないか?」
初音「え? なんで?」
   葛原、ピアノを示す。
初音「うん」
   初音、ピアノの前に立ち、鍵盤のふたを開け、ドとミとソを押さえる。
初音「え?」
   初音、シとレとソを押さえる。
初音「ウソ」
葛原「調律されてないんじゃないか?」
初音「うん。ぐちゃぐちゃ。何年も使われてないみたい。でも。なんで」
葛原「守谷美紗の部屋になかったもの。PC、ケータイ、手帳や日記の類、楽譜。それに、メモとカレンダー」
初音「カレンダーはあったじゃん」
葛原「部屋ピンクで統一する人間が銀行からもらったカレンダー掛けるか?」
初音「あ。じゃあメモは?」
葛原「テーブルにペン立てがあった。でも、何に書く?」
初音「そっか」
葛原「この辺は違うかもだけど。元のカレンダーはあの部屋に似合いので、その裏紙をメモ代わりにしてたんじゃないかな」
初音「あー。あるかもね」
葛原「守屋美沙の部屋には言葉がない」
初音「確かに。でも。どういうこと?」
   初音と葛原、目を見合わせる。
葛原「本人以外の指紋が出てないってことは全部自分で処分したってことになる」
初音「そうだね。でも。なんで?」
葛原「守谷美紗の言葉は人目に触れてはいけないものだから」
初音「人目に触れてはいけない」
葛原「そして。シンガーソングライターである成瀬りかの部屋のピアノは調律されていない」
   初音と葛原、目を見合わせる。
初音「守谷美紗は。成瀬りかの。ゴースト」
葛原「単なる憶測だ。証拠は何もない」
   初音、ドアに向かって歩き出す。
葛原「どこ行くんだよ」
初音「世田谷署。守谷美紗のとこ」
葛原「送るよ」
初音「いい。ちょっと考えたいから」
葛原「初音」
   初音、立ち止まる。
葛原「初音はなにを守るんだ?」
初音「わかんない。わかんないけど」
   初音と葛原、目を見合わせる。
初音「名前で呼ばないで。こんなときだけ」
   初音、出ていく。

○歩道橋(夕)
   走る車列。
   初音、歩いてきて歩道橋の中ほどにある柵に寄りかかると、車列を眺める。
   走る車列。
   初音、バッグからスマートフォンを取り出し、イヤホンを付ける。
   スマートフォン画面。
   音楽再生アプリ。
   「成瀬りか」が選択される。
   初音、車列を眺めながら口ずさむ。
   初音の声は車の音にかき消される。

○世田谷警察署・接見室(夕)
   初音、パイプいすに座っている。
   ガラスの向こう側でドアが開く。
   初音、立ち上がり、ドアの向こうに現れた人影に向かって微笑む。

〈おわり〉

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