<登場人物>
ロウ・ヴィンソン(21)客、旅人
ポール・ヤンデス(25)船員
シェリー・アル(20)泥棒
トニー・ドアーク(53)副船長
モニカ・ブレイズ(8)(28)シージャック犯
ジャック・ヰヰ(24)同
ボブ (24)同
アーサー (28)同
マイク (31)船員
カール・ヤンデス(50)船員、ポールの父
ニコル・ヤンデス(58)船長、ポールの伯父
スーザン (58)船員、洗濯係
デイモン・エルドランド(70)客、シージャック犯の顧問
ジェイソン・エルドランド(8)客、デイモンの孫
エルマー・フックバット(21)(41)勇者、バーテンダー
少年A、B
少女A、B
女性客
<本編>
○黒味
T「勇者 ~エルマーの20年前~」
○エルマーアイランド・外観
○同・街
建物の多くが破壊された街並みと暴れまわるドラゴン。逃げ惑う人々。そんな中、呆然と立ち尽くす少女、モニカ・ブレイズ(8)。その表情は怯えているようにも目を奪われているようにも見える。襲ってくるドラゴンからモニカを庇う男性、エルマー・フックバット(21)。
エルマー「危ない!」
二人の後方で一軒の民家が崩れる。
エルマー「さぁ、早く逃げて」
モニカ「え、でも……」
エルマー「いいから、早く」
モニカの背中を押し、その場所から遠ざけた後、拳銃を取り出して、二発立て続けに発砲するエルマー。びくともしないドラゴン。
エルマー「くそっ。拳銃が通じないって、知ってさえいれば……」
逃げ出すエルマー。前方の民家の壁に立てかけてあった剣につまずいて転倒する。その弾みで鞘から抜ける剣。エルマーに迫るドラゴン。
エルマー「やべぇ」
エルマーを食べようと顔を近づけるドラゴン。無我夢中で剣を手にしドラゴンに振りかざすエルマー。
エルマー「うわあああ!」
剣でドラゴンの顔に傷を負わせるエルマー。
エルマー「効いた……? 今の内に」
その場から逃げ出すエルマー。
○同・丘
息を切らして登ってくるエルマー。
エルマー「ハァ、ハァ、今のはマジでやばかった……」
視線を上げるエルマー。半壊した街と暴れ回るドラゴンの姿。
エルマー「どうすれば……」
手に持った剣を見るエルマー。
エルマー「……俺がやるしかない、ってか。……面白ぇ、やってやるよ!」
丘を駆け下りるエルマー。
○メインタイトル『todays』
○黒味
T「放浪者 ~ロウの1日目~」
○航海するシーキャッスル号
船の上に豪華なホテルが乗っかったような外観。
○シーキャッスル号・一階ロビー
一二時を示す時計。
○同・甲板
上品な服を着た多くの乗客が往来している。
ロウの声「こうして勇者エルマーはドラゴンを倒し、世界の平和を取り戻しましたとさ」
ジェイソン・エルドランド(8)ら少年少女達に話を聞かせている男性、ロウ・ヴィンソン(21)。他の乗客達と同様、上品な服に身を包む子供達とは対照的に、貧相な服装のロウ。
ロウ「どうしてこれ以上めでたい事があろうか、いや、ない」
拍手する子供達。
少年A「ねぇ、ロウさん。その島っていうのが、さっきまで僕達がいたあの島?」
少年Aの手には「豪華客船シーキャッスル号で行く 伝説の島ツアー」と書かれたパンフレットがあり、その中で大々的にエルマーアイランドが紹介されている。
T「ロウ・ヴィンソン 旅人」
ロウ「そうだよ。今でもそのドラゴンの子孫が居るとか居ないとか」
少女A「ねぇ、ロウさん。勇者エルマーって、私たちの学校にある銅像の人?」
ロウ「そうだね。みんなの学校にもあるんじゃないかな?」
少年B「あるある。すっげぇボロボロで、右足なんか欠けて無くなっちまってるけど」
少女B「その勇者エルマーって、今はどこで何してるの?」
ロウ「……う~ん、それはわからないな。エルマーのその後は、誰も知らなくてさ」
ジェイソン「情報屋なら知ってるんじゃないですか?」
その場の全員がジェイソンに視線を向ける。
ジェイソン「はい。おじい様が言っていました。『この船のどこかに情報屋と呼ばれる人がいて、情報を売買している』って」
ロウ「情報屋?」
考え込むロウ。そこにやってくる男性、デイモン・エルドランド(70)。
デイモン「ジェイソンや、そろそろランチの時間だぞ?」
ジェイソン「はい、おじい様。では、失礼します、ロウ・ヴィンソンさん」
デイモンの元に走るジェイソン。互いに軽く会釈するロウとデイモン。
少年A「俺も戻ろっと」
少女A「またね、ロウさん」
ロウを囲んでいた子供達が全員去る。
ロウ「飯、か……。レストランにすべきか、カップ麺にすべきか……」
○同・一三階レストラン・前
レストランの入口の前でコイントスをするロウ。裏が出る。
ロウ「レストランはやめておくか」
踵を返すロウ。口論する船員服姿の男性、トニー・ドアーク(53)と女性客の脇を通る。
女性客「とにかく、早く泥棒を捕まえるんざます。このままじゃ私、恐くて夜も眠れないざますよ」
トニー「はい、ですから早急に調査を……」
女性客「だから調査じゃなくて、捕まえろと言ってるんざます!」
トニーと目が合うロウ。目をそらして足早に通り過ぎる。
○同・九階廊下
歩いているロウ。船内図の前で止まる。
ロウ「情報屋、情報屋……載ってたら面白いんだけどな。……へぇ、この船、図書館もあるんだ~」
着飾った客たちが歩いてくる。皆、ロウの服装を見て怪訝な顔。肩をすくめ、コイントスをするロウ。コインは裏。
ロウ「まぁ、そんなもんか」
ポールの声「すみません、お客様」
ロウが振り返ると、船員服姿の男性、ポール・ヤンデス(25)が小走りでやってくる。
ポール「すみません、どこかで伯父を……船長を見かけませんでしたか?」
ロウ「どうして僕が船長を見かける事があろうか、いや、ない」
ポール「そうですか……。すみません、ありがとうございました」
小走りで去って行くポール。その後ろ姿を、首をかしげながら見るロウ。
○同・九階ロウの部屋・前
ドアに「903」の文字。
ロウの声「情報屋に泥棒に行方不明の船長か」
○同・同・中
手前にソファとテーブル、奥にベッドのある部屋。
ベッドに腰掛けるロウ。
ロウ「どうして退屈する事があろうか、いや……」
コイントスをするロウ。
ロウ「あっ」
コインが大きく弧を描き、ベッドと壁の隙間に落ちる。
ロウ「あちゃあ」
ベッドの下に潜るロウ。コインは表。
ロウ「お、珍しい」
誰かが着地する音。金庫の鍵をこじ開ける音。
シェリー「しょうもな。何もあらへんやんけ」
ベッドの下から顔を出すロウ。目の前に立つ女性、シェリー・アル(20)。腰に布袋を下げている。
ロウ「どうして金目のものがあろうか、いや、ない」
シェリー「え!?」
振り返ったシェリーと目が合うロウ。驚いた表情のシェリー。微笑むロウ。
× × ×
ベッドに座るロウとソファに座るシェリー。
ロウ「つまりシェリーは、屋根裏を通って空き巣をやっていたって事?」
一枚だけずれた天井板を見るロウ。
シェリー「人聞き悪いな。ウチは、お金持ちの客達と財産を半分こしとっただけやで」
ロウ「じゃあ、そういう事にしておこう」
両手を合わせるシェリー。
シェリー「せやから、ウチの事見逃してくれへんかな~? 頼むわ~」
ロウ「別にいいよ」
シェリー「へ? ……ほんまに?」
ロウ「シェリーを船員に引き渡したとして、俺がどうして得する事があろうか、いや、ない。それに……」
シェリー「それに?」
ロウ「その方が、何か面白いから」
微笑むロウ。釣られて笑うシェリー。
ロウ「もちろん、シェリーを庇うメリットもない以上、どうして積極的に味方する事があろうか、いや、ない」
シェリー「それで十分や。おおきに。ほな、ウチは仕事に戻るわ。またな」
壁を素早くよじ登って、天井裏に消えるシェリー。それを見上げるロウ。ずれていた天井板が元に戻る。
ロウ「いや~、やっぱり良い事をした後は気分がいい」
コイントスをするロウ。
ロウ「それでも裏か……。まぁ、これだから人生は面白い」
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
二一時を示す時計。
○同・三階廊下(夜)
お腹をさすりながら歩くロウ。
ロウ「ふぅ、食った食った。で、確かこの辺だったハズだけど……あ、あった」
ロウの視線の先、「図書室」と書かれた看板がある。
○同・三階図書室(夜)
席に座り、本を読むロウ。
ロウ「へぇ、エルマーがねぇ……」
顔を上げ、部屋の時計を見るロウ。時計は二三時三〇分を示している。
ロウ「あ、そろそろ閉館時間だ」
パンフレットを栞代わりに挟んで、本を閉じるロウ。表紙には「勇者エルマーの真実」と書いてある。
○同・九階ロウの部屋・前(夜)
歩いてくるロウ。手には「勇者エルマーの真実」を持っている。カードキーをさそうとすると、遠くでロウを見ているトニーの視線に気づく。いぶかしみながらも、気にせず部屋に入るロウ。
○同・同・中(夜)
部屋に入ってくるロウ。ベッドに腰掛けているシェリー。
シェリー「よっ」
ロウ「本当にまた来たんだ」
笑いながらソファに腰掛けるロウ。目の前のテーブルに本を置く。
シェリー「この部屋、ええ部屋やな」
ロウ「そう? 一番安い部屋だけど」
シェリー「こんなフカフカのベッド、ほんまうらやましいわ~」
ロウ「……用件は?」
シェリー「今晩だけでええから、この部屋貸してくれへんかな?」
ロウ「え~……」
腕を組んで考え込むロウ。
シェリー「もちろん、タダでとは言わんよ」
腰につけているものより大きい布袋を目の前に置くシェリー。
ロウ「これは?」
シェリー「ウチがこの船で集めた物や。欲しいもんやるで。どや?」
布袋の中を覗き込むロウ。装飾品やその箱などが詰まっている。
ロウ「何か面白い物あるの?」
シェリー「せやな……。これなんかどうや?船員証と、何かようわからんカードや」
船員証とカードを手に持つシェリー。それを見るロウ。
ロウ「これはセキュリティカードだね。関係者以外立ち入り禁止の地下倉庫に行くために必要なカードだよ」
シェリー「地下倉庫? そんな所があったんや……」
ロウ「まぁ、どうして俺に関係する事があろうか、いや、ない」
シェリー「ほな、これはどや?」
船員証とカードを置き、拳銃を持つシェリー。
ロウ「面白いけど、このままじゃ部屋は貸せないね」
シェリー「そうか~……ほな、これや!」
船員証、カード、拳銃を赤い袋に入れて机の上に置き、布袋から大きい箱を取り出すシェリー。それを受け取るロウ。
ロウ「これは?」
箱を開くロウ。中には大きな卵。
シェリー「ドラゴンの卵や」
ロウ「……ドラゴンの卵!?」
卵をまじまじと見るロウ。
シェリー「興味あるんか? あるんやろ? ほな、それやるから……」
ロウ「わかった。一晩だけこの部屋貸すよ」
シェリー「交渉成立やな」
シェリーと握手するロウ。金庫の中に卵の入った箱をしまう。
ロウ「じゃあ、あんまり散らかさないでね」
部屋を出るロウ。
○同・同・前(夜)
ドアを閉めるロウ。
ロウ「ドラゴンの卵か……本物だったら面白いんだけどね」
コイントスをするロウ。
ロウ「また裏か。さて、どこ行こうかな」
○同・甲板(夜)
星空が広がっている。人影はほとんどない。手すりにもたれかかるロウ。
ロウ「寝床と引き換えに、こんな景色を見られた。どうして後悔する事があろうか、いや……ん?」
船の最後尾に赤装束の男性が数名いる。中心にいるのはジャック・ヰヰ(24)とボブ(24)。
ジャック「ゆっくりだぞ、ボブ」
ボブ「うん」
ロウ「何だ?」
最後尾に向かって歩くロウ。何かが海に落ちる音。
ジャック「バカ野郎、ちゃんと縛っとけよ」
ボブ「ご、ごめんよ~」
ボブの頭を叩くジャック。最後尾手前で身を乗り出して落ちた物を覗き込むロウ。海には船員服姿の男性、カール・ヤンデス(50)の死体が浮かんでいる。
ロウ「うわ~」
ジャック「!? 見たな、テメェ」
赤装束の集団が一斉にロウを見る。ジャック以外の手には拳銃。驚くロウ。
ロウ「……さっきの拳銃、貰っとけばよかったかな?」
逃げ出すロウ。
ジャック「待て!」
ロウを追いかける赤い服の集団。
○同・一三階廊下(夜)
逃げるロウ。追いかける赤装束。
ロウ「これだから、人生は面白い」
○同・階段(夜)
かけ降りるロウ。追いかける赤装束。
ロウ「……なんて、どうして言ってる場合があろうか、いや、ない」
○同・五階廊下(夜)
息を切らしながら歩くロウ。
ロウ「どこか、営業中の店に逃げられれば……あ、あった」
ロウの視線の先、バーの看板がある。
○同・五階バー(夜)
店内に駆け込んでくるロウ。バーテンダーのエルマー(41)以外に人はいない。
ロウ「あ、あの……」
エルマー「いらっしゃいませ」
○同・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○黒味
T「関係者 ~ポールの1日目~」
○航海するシーキャッスル号
○シーキャッスル号・一階ロビー
一二時を示す時計。
○同・一二階廊下
エレベーターの前に立つポール。光る「B1」の文字。立ち去るポール。
○同・六階船員室・前
「船員室」と書かれた看板がある。
ポールの声「ただ今戻りました」
○同・同・中
船員服姿の男性、マイク(31)ら他の船員の前に立つポール。
マイク「おう、ポール。どうだった?」
ポール「やはり、でしたね」
T「ポール・ヤンデス 船員」
ポール「アクセサリー数点と現金、いずれも半分ずつ盗まれたそうです」
マイク「手口が一緒って事は、同一犯か」
ポールM「この船は今、泥棒被害に悩まされています」
机の上に重なる被害届の山。
ポールM「その手口はいずれも、金庫をこじ開けられ、中身が『半分』盗まれる、というものでした」
電話対応に追われるマイク。
ポールM「先輩方曰く、どこかの島から不法侵入してきたんだろう、との事ですが、本当にそうなのでしょうか?」
○(フラッシュ)エルマーアイランド
停泊する豪華客船。その入口で立哨するポールとマイク。
ポールM「この船の警備は完璧でした。外部の人間が船に侵入するなど、海側から船の外壁をよじ登りでもしない限り不可能……」
○シーキャッスル号・六階船員室・中
マイクが電話対応を終えるのを待つポール。
ポールM「……のハズなのですが」
ポール「ところで、マスターキーは?」
マイク「あいかわらず、行方不明」
ポール「……泥棒の件と関係ありますかね?」
マイク「もしあったら、炎上案件だよな~。一応、今ダメ元でカールさんが、船長が持ち出してねぇか確認しに行ってるよ」
ポール「父が、伯父に?」
マイク「まぁ、船長は元々予備のマスターキー持ってるんだし、ダメ元だよな」
船員室の電話が鳴る。
マイク「お、噂をすればカールさんからだ」
マイクが受話器をとる。
マイク「もしもし、カールさん?」
笑顔だったマイクの表情が徐々に曇る。それを不思議そうに見るポール。
マイク「え? あ、ちょっと、おい……」
受話器を置くマイク。
ポール「父が、どうかしたんですか?」
マイク「いや、カールさんじゃなかった」
ポール「え? でも伯父の携帯電話からかかってきたんじゃないんですか?」
マイク「……カールさんを誘拐したって」
ポール「……え?」
目を見合わすポールとマイク。
マイクの声「船員・カールの命は預かった」
○同・六階廊下
小走りのポール。腕時計を見る。一二時三〇分を示している。
マイクの声「我々の要求については、船長と直接話をしたい」
○同・各地
客や従業員に聞いて回るポール。その中にロウもいる。
マイクの声「一時間後にもう一度電話をするから、その時までに船長を呼んでおけ」
○同・一〇階廊下
息を切らしているポール。
マイクの声「相手はそう言ってるから、まずは船長を捜しに行ってくれ」
ポール「伯父さん、どこに……あっ」
客室のドアの前に立つトニー。
ポール「副船長」
トニー「……ポール君、どうしたんだね? そんなに慌てて」
× × ×
並んで歩くポールとトニー。従業員エレベーターの前にたどり着く。
トニー「そうか、カール君が……。船長はこの階には居ないと思うが……」
ポール「そうですか……(従業員エレベーターを見て)あっ」
船員証をかざし、エレベーターの扉を開けるポール。乗り込み「B1」のボタンを押す。
ポール「やっぱり、地下倉庫だ」
トニー「地下倉庫? この時間帯は立ち入り禁止だろう?」
ポール「でも、さっき見たんです」
○(フラッシュ)同・一二階廊下
エレベーターの「B1」の文字が光っている。
ポールの声「このエレベーターが、地下に止まっているのを」
トニー「何!?」
○同・一〇階廊下
エレベーターの中に居るポールと外に立つトニー。
ポール「何より、停止階が切り替えられていない事が証拠です。では……」
トニー「……待ちたまえ、ポール君。私も付いて行っていいかな?」
ポール「もちろんです」
○同・地下倉庫
食料品や販売品のストックや船の備品等が多数置いてある。
ポールの声「伯父さ……じゃなくて、船長~」
並んで歩くポールとトニー。
ポール「返事がない……いるとしたらこの辺りだと思うんですけど、ねぇ、副船長?」
なにやら思案中のトニー。
ポール「副船長?」
トニー「ん? あ、あぁ、そうだな」
ポール「ですよね……(何かを見つけ)ん? あ、あぁぁぁ……」
腰が抜けて座り込むポール。その後ろで顔が青ざめているトニー。
トニー「そんな……」
ポールとトニーの前に広がっている血溜まり。震えているポールの足。
○同・三階廊下
周囲を見回しながら歩くポール。
ポールの声「……ま、まさか、こ、これ、お、伯父さんの、って事はないですよね?」
トニーの声「え……あぁ……どうだろうか。私には何とも言えんな」
○同・階段
階段を駆け上がるポール。
トニーの声「ポール君、私はこの辺りを調べるから、君は船長を探して、この事を伝えてきてくれ」
ポールの声「は、はい」
ポール「伯父さん、一体どこに……?」
○同・五階廊下
周囲を見回しながら歩くポール。腕計を見る。
トニーの声「それから、この事はまだ船長以外には言わないように。いいね?」
ポールの声「わ、わかりました」
ポール「しまった」
走り出すポール。
○同・六階船員室
マイクが腕を組んで座っている。
ポール「すみません、遅くなりました」
マイク「おいおい、遅ぇぞポール。船長は見つかったのか?」
ポール「それが、見つからなくて……」
マイク「おいおい、頼むよ」
ポール「それで、犯人からの電話は? 父は無事なんですか?」
マイク「あぁ、それがさ……」
頭を掻くマイク。
マイク「あれから、まだ電話がねぇんだよ」
ポール「え……?」
部屋の時計を見るポール。一五時を過ぎている。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
二一時を示す時計。
○同・六階船員室(夜)
マイク一人しかいない室内。ポールが入ってくる。
ポール「ただ今戻りました」
マイク「おう。同じ手口だったか?」
ポール「はい。……あの、電話は?」
無言で首を横に振るマイク。
ポール「船長は?」
無言で首を横に振るマイク。
ポール「そうですか……」
肩を落として、椅子に座るポール。無言のポールとマイク。
マイク「おいおい、何だよこの空気。なんか面白い話ねぇのか?」
無言のポール。
マイク「そうそう、昨日船長のズボンにコーヒーかけちまってよ。まるで漏らしたガキみてぇになっちまったんだよ。笑えるだろ?」
笑うマイク。無言のポール。笑うのをやめるマイク。
マイク「おいおい、何だよこの空気」
ポール「……すみません」
電話が鳴る。身を乗り出すポール。受話器を取るマイク。
マイク「はい、船員室……」
ポールを見て、首を横に振るマイク。ため息をつくポール。受話器を置くマイク。
マイク「七〇九号室」
ポール「はい」
部屋を出るポール。
○同・七階廊下(夜)
ドアに「709」と書いてある。ドアをノックするポール。
ポール「客室担当の者ですが」
勢い良くドアが開き、女性客が部屋から出てくる。
女性客「遅かったざますわね!」
ポール「申し訳ございません」
女性客「指輪やネックレスが半分も無くなってるんざます! だから早く泥棒を捕まえてって言っていたんざますのに!」
ポール「……あの、室内を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
女性客「あぁ、もう、早く入るざます!」
女性客に続いて部屋に入るポール。
○同・一階ロビー(夜)
二一時三○分を示す時計。
× × ×
二三時を示す時計。
○同・七階廊下(夜)
部屋から出てくるポール。疲れ切っている様子。
女性客の声「早く泥棒捕まえて、盗まれた物を取り返すんざます!」
ポール「……はい。失礼致します」
勢い良く閉められるドア。
ポール「……話長かったな」
ため息をついて歩き出すポール。進行方向にジェイソンが立っている。
ジェイソン「まだ泥棒は見つかっていないんですか?」
ポール「ごめんね。今調べている所だから」
ジェイソン「それなら、情報屋に聞いてみれいいんじゃないですか?」
ポール「情報屋?」
ジェイソン「はい。祖父が言っていました。『この船のどこかに情報屋と呼ばれる人がいて、情報を売買している』って」
一礼して去って行くジェイソン。
ポール「情報屋……?」
○同・六階船員室(夜)
部屋の中にはマイクの他、数人の船員がいる。ポールが入ってくる。
ポール「ただ今戻りました」
マイク「遅かったな。同じ手口だったろ?」
ポール「はい。あの……」
マイク「電話もねぇし、船長も見つかってねぇよ」
ポール「……そうですか」
肩を落として椅子に座るポール。
マイク「ところでポールさ、一つ仕事頼まれてくれるか?」
ポール「何ですか?」
マイク「さっきさ、また時間外で地下倉庫を利用している奴がいたらしくてな」
ポール「またですか」
マイク「管理室のパソコンで、それがどこの誰だか調べといてくれ」
ポール「わかりました」
立ち上がるポール。部屋の奥のキーボックスの前に立つ。「管理室」と書かれた場所には何も入っていない。マイクの方を見るポール。
ポール「管理室のカギってどこですか?」
マイク「あれ、そこにねぇか?」
ポール「はい」
マイク「おいおい、誰か持っていったのか……? マスターキーといい、もう……。じゃあ後でいいや」
ポール「はい」
首を傾げるポール。再び席に戻る。電話が鳴り、立ち上がるポール。
○同・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○黒味
T「犯罪者 ~シェリーの1日目~」
○航海するシーキャッスル号
○シーキャッスル号・一階ロビー
一二時を示す時計。
○同・一〇階客室
部屋には誰もいない。天井の板が一枚ずれ、シェリーが降りてくる。金庫の前に座り、針金で金庫の鍵をこじ開ける。中に装飾品の箱が四つある。二つを腰に下げた小さな布袋に入れる。化粧台の前に立ち、引き出しを開ける。中にネックレスが二つ入っている。一つを小さな布袋にしまうシェリー。壁を登って天井裏に消える。天井の板が元に戻る。
○同・一〇階天井裏
小さな布袋の中身を確認するシェリー。横に大きい布袋が置いてある。
T「シェリー・アル 泥棒」
シェリー「ネックレスに指輪……。まずまずの収穫やね。さて、次の部屋やな」
盗んだ物を大きな布袋に移すシェリー。中腰の姿勢で歩き出す。十数歩歩いた所で天井に耳を当てる。
ジャックの声「ドラゴンの卵をどこに隠した?」
カールの声「ドラゴンの卵? 何ですかそれ?」
シェリー「ドラゴンの卵?」
天井の板を少しずらし、部屋の中を覗くシェリー。
○同・一〇階赤装束の部屋
縄でしばられて椅子に座っているカールをジャックやボブら赤装束の数名が囲んでいる。
ジャック「お前がエルマーアイランドからドラゴンの卵を密輸した事は知ってんだよ。どこに隠した?」
カール「ですから、私は何も知りません」
ジャック「嘘付くな。マジでぶっ殺すぞ?」
天井の隙間から覗き見るシェリー。
○同・一〇階天井裏
我に返るシェリー。
シェリー「人居ったら、空き巣は無理やな。次や、次」
天井の板を元に戻し、中腰の姿勢で歩き出すシェリー。
× × ×
天井に耳を当てるシェリー。かすかに話し声が聞こえる。
シェリー「ここも人居るな」
中腰の姿勢で歩き出すシェリー。十数歩歩いた所で天井に耳を当てる。何も音がしない。天井の板を一枚ずらし隙間から部屋を覗くシェリー。
シェリー「お、誰も居らん」
天井の板をさらにずらして部屋に降り立つシェリー。
○同・一〇階空き部屋
荷物も何も置いていない部屋。シェリーが天井から降りてくる。部屋を見渡すシェリー。
シェリー「あらら。こら空き部屋やな。そら、人居らん訳や。……まぁ、念のため」
金庫の前に座り、鍵をこじ開けるシェリー。金庫の中には大きめの箱が二つ入っている。
シェリー「あるやんか。やってみるもんやな。……にしても何やろ、コレ?」
箱を開けるシェリー。中には大きな卵が入っている。
シェリー「卵……?」
○(フラッシュ)同・一〇階赤装束の部屋
縄でしばられて椅子に座っているカールをジャックやボブら赤装束の数名が囲んでいる。
ジャック「お前がエルマーアイランドからドラゴンの卵を密輸した事は知ってんだよ。どこに隠した?」
○同・一〇階空き部屋
金庫の前で卵を見つめるシェリー。
シェリー「……まさか、ドラゴンの卵?」
何かに気付くシェリー。鼓動の音。
シェリー「あかん、誰か来る」
金庫を閉め、卵の箱を小さな布袋に入れて壁をよじ登るシェリー。
○同・一〇階天井裏
天井に耳を当てるシェリー。
ポールの声「副船長」
トニーの声「……ポール君、どうしたんだね? そんなに慌てて」
天井から耳を離すシェリー。
シェリー「ふぅ、危なかったわ~」
座り込むシェリー。鼓動の音。
シェリー「何やろ、この部屋……この階が何か嫌な感じするわ……。下の階に移ろか」
中腰の姿勢で歩き出すシェリー。
○同・九階天井裏
中腰で歩くシェリー。天井に耳を当てる。何も音がしない。天井の板を少しだけずらして中を覗く。誰もいない。
シェリー「よし」
天井の板をずらして降りるシェリー。
○同・九階ロウの部屋
天井から降り立つシェリー。金庫の鍵を針金でこじ開ける。中は空。
シェリー「しょうもな。何もあらへんやんけ」
ロウ「どうして金目のものがあろうか、いや、ない」
シェリー「え!?」
振り返るシェリー。ベッドの下から顔を出しているロウと目が合う。驚くシェリー。微笑むロウ。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
二一時を示す時計。
○同・七階部屋(夜)
化粧台の前に立つシェリー。引き出しを開けると大量のアクセサリー。
シェリー「毎度あり」
アクセサリーの半分を小さな布袋に入れるシェリー。鼓動の音。
シェリー「……誰か来る」
壁を登って天井裏に消えるシェリー。
○同・七階天井裏(夜)
シェリーが上ってくる。ずれていた天井の板を元に戻し、天井に耳を当てる。ドアの開く音。一息ついて、小さな布袋の中身を大きな布袋に移す。
女性客の声「ぎゃああ! 泥棒ざます~! 早く船員呼ぶざます~!!」
耳を塞ぐシェリー。
シェリー「うっさいおばはんやな。……にしても、やっぱウチの感覚はおかしなってないな」
○(フラッシュ)同・九階ロウの部屋
ベッドの下から顔を出すロウ。
シェリーの声「さっきは何で気づかれへんかったんやろ?」
× × ×
壁を素早くよじ登って、天井裏に消えるシェリー。それを見上げるロウ。
シェリーの声「それにしても、黙って見逃がしてくれるやなんて、変なヤツやったな」
○同・七階天井裏(夜)
中腰で動き出すシェリー。
シェリー「さて、仕事仕事」
○同・七階カジノ・スタッフルーム(夜)
ロッカーやソファが並んでいる部屋。天井からシェリーが降りてくる。
シェリー「何やろこの部屋。……どっかの店のスタッフルームって所やろか」
ロッカーをあさるシェリー。
シェリー「大したもんはなさそうやな」
別のロッカーを開けるシェリー。中に赤い袋が二つ入っている。
シェリー「何やろ?」
片方の袋を開けるシェリー。中から出てくる船員証とセキュリティカード。
シェリー「カジノ店員、ジャック・ヰヰ」
さらに袋の奥からは拳銃が出てくる。拳銃を手に取り、まじまじと見るシェリー。
シェリー「物騒やな、没収」
赤い袋ごと小さな布袋にしまうシェリー。壁を登って天井裏に消える。
○同・七階天井裏(夜)
シェリーが上ってくる。
シェリー「さて、次や次」
× × ×
天井に耳を当てるシェリー。かすかに話し声が聞こえる。
シェリー「ここも人居るな」
天井から耳を離すシェリー。
シェリー「夜はやっぱり稼ぎづらいわ……。もう今日は店じまいやな」
大きくあくびをするシェリー。
シェリー「あーあ、せっかく豪華客船に乗っとるんやから、一日くらいフカフカのベッドで寝たいもんやな。あ、あの空き部屋……」
○(フラッシュ)一〇階空き部屋
嫌な感覚に震えるシェリー。
シェリーの声「いや、あの部屋は嫌な感じやったしな」
○同・七階天井裏(夜)
思案中のシェリー。
シェリー「どっかに一晩部屋を貸してくれるような変なヤツ居らんかな……あっ!」
○同・九階ロウの部屋(夜)
金庫の中に卵の箱をしまうロウ。
ロウ「じゃあ、あんまり散らかさないでね」
部屋を出るロウ。ドアが閉まる。ベッドに大の字に寝転がるシェリー。
シェリー「居った~」
左右に転がるシェリー。
シェリー「こらええわ。おやすみなさ~い」
部屋の電気を消すシェリー。
○同・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○黒味
T「責任者 ~トニーの1日目~」
○航海するシーキャッスル号
○シーキャッスル号・一階ロビー
一二時を示す時計。
○同・地下倉庫
奥の蛍光灯が点滅している。トニーに背を向けて立つ船員服姿の男性、ニコル・ヤンデス(58)。二人の他に人はない。
ニコル「ドラゴンの卵は、空き部屋の一〇〇五号室に隠したんだったね? トニー君」
T「トニー・ドアーク 副船長」
トニー「はい。船長のご指示通りに」
ニコル「その部屋の鍵はきちんと持っているんだろうね? トニー君」
トニー「はい。元々空き部屋の鍵の管理は私ですので、問題はございません」
ニコル「うむ。では、マスターキーの件はどうかね? トニー君」
トニー「はい。持ち出しに成功しております」
ポケットからマスターキーを取り出すトニー。それを確認するニコル。
トニー「後は船長の持つ予備のマスターキーですが……」
ニコル「それは私がズボンのポケットに入れて持ち歩いているから大丈夫だ、トニー君」
ズボンのポケットを上から叩くニコル。
ニコル「後は問題ないかな? トニー君」
トニー「いえ、一つだけ問題が」
ニコル「何だね? トニー君」
上着の内ポケットから拳銃を取り出すトニー。
トニー「例え、卵の密輸に成功したとしても、このままだと私の取り分は半分です」
ニコルに拳銃を向けるトニー。顔が引きつるニコル。
ニコル「な、何故だね? トニー君」
トニー「金に目がくらんだ。ただそれだけの事ですよ。それでは、さようなら」
響く銃声。
点滅していた蛍光灯が完全に消える。
血を流して倒れているニコルの遺体。それを見下ろすトニー。
トニー「死体は、夜になってから海に捨てるとしよう。今はまだ明るすぎる」
腰を落とし、ニコルのズボンのポケットに手を入れるトニー。怪訝そうな表情。別のポケットにも手を入れる。怪訝そうな表情。
トニーの声「マスターキーが……ない?」
○同・エレベーター内
鍵を使って操作盤を開け、停止階の切り替えをするトニー。
トニー「船長室……だろうか?」
○同・一三階船長室・前
「船長室」と書かれた表札。
○同・同・中
呆然と立ち尽くすトニー。
トニー「こ、これは……」
荒らされた室内。
○同・一三階廊下
考え事をしながら歩くトニー。
トニーM「あれは、やはり例の泥棒の仕業なのだろうか……。だとすると、マスターキーも……」
女性客「……っと、ちょっと、そこの貴方」
顔を上げるトニー。目の前に立つ女性客と目が合う。
トニー「どうかなさいましたか?」
女性客「どうかなさいましたか、じゃないざます。一体、いつになったら泥棒を捕まえてくれるんざますの?」
トニー「その件は現在調査中でして……」
女性客「早く捕まえるざます。私の部屋に泥棒が来たらどうするんざますの? 大体あなた方ね……」
× × ×
女性客「昨日も一二階で……って、ちょっと貴方、ちゃんと聞いてるんざますの?」
トニー「はい、聞いております」
女性客「とにかく、早く泥棒を捕まえるんざます。このままじゃ私、恐くて夜も眠れないざますよ」
トニー「はい、ですから早急に調査を……」
女性客「だから調査じゃなくて、捕まえろと言ってるんざます!」
トニーと女性客の脇を通るロウ。ロウと目が合うトニー。トニーから目をそらして足早に通り過ぎるロウ。
女性客「まったく、こんなツアーに参加するんじゃなかったざます」
トニー「申し訳ございません」
腕時計を見る女性客。
女性客「……あらやだ、もうこんな時間ざます。早く捕まえるざますよ」
トニーを一瞥し、歩き出す女性客。女性客とは反対方向に歩き出すトニー。
トニー「……泥棒か。一応、確認しておいた方がいいな」
エレベーターの前に立つトニー。ボタンを押す。
○同・一〇階空き部屋・前
エレベーターのドアが開き。降りてくるトニー。「1005」と書かれたドアの前で立ち止まり、カードキーを取り出そうとする。
ポール「副船長!」
カードキーをポケットにしまうトニー。振り返ると、やってくるポール。
トニー「……ポール君、どうしたんだね? そんなに慌てて」
× × ×
並んで歩くポールとトニー。従業員エレベーターの前にたどり着く。
トニー「そうか、カール君が……。船長はこの階には居ないと思うが……」
トニーM「正確には『この世に』だがな」
ポール「そうですか……(従業員エレベーターを見て)あっ」
船員証をかざし、エレベーターの扉を開くポール。乗り込み「B1」のボタンを押す。
ポール「やっぱり、地下倉庫だ」
トニー「地下倉庫? この時間帯は立ち入り禁止だろう?」
ポール「でも、さっき見たんです。このエレベーターが、地下に止まっているのを」
トニー「何!?」
ポール「何より、停止階が切り替えられていない事が証拠です」
トニーM「そんなバカな」
○(フラッシュ)同・エレベーター内
鍵を使って操作盤を開け、停止階の切り替えをするトニー。
トニーM「あの時、確かに私は……」
○同・一〇階廊下
エレベーターに乗り込むポールとトニー。
トニー「……待ちたまえ、ポール君。私も付いて行っていいかな?」
ポール「もちろんです」
トニーM「さて、どうするか」
○同・地下倉庫
並んで歩くポールとトニー。
トニーM「この状況、ポール君に罪はないが、やはり消えてもらうしかないか」
ポール「……副船長?」
トニー「ん? あ、あぁ、そうだな」
ポール「ですよね……(何かを見つけ)ん? あ、あぁぁぁ……」
腰が抜けて座り込むポール。その後ろで顔が青ざめているトニー。
トニー「そんな……」
ポールとトニーの前に広がっている血溜まり。震えているポールの足。
トニーM「死体が、消えている……!?」
ポール「……ま、まさか、こ、これ、お、伯父さんの、って事はないですよね?」
トニー「え……あぁ……どうだろうか。私には何とも言えんな」
周辺や血溜まり付近を見回すトニー。何かを考えている様子のトニー。
トニー「ポール君、私はこの辺りを調べるから、君は船長を探して、この事を伝えてきてくれ」
ポール「は、はい」
立ち上がるポール。足は震えている。
トニー「それから、この事はまだ船長以外には言わないように。いいね?」
ポール「わ、わかりました」
一礼して歩いて行くポール。血溜まりの前に立っているトニー。顔には笑みが浮かんでいる。
トニー「『船長に伝えてくれ』か。少し演技が過ぎたかな。……それにしても」
トニーの顔から笑みが消える。
トニー「一体、死体はどこへ……」
○(フラッシュ)同・地下倉庫
ニコルの死体がある。
○同・地下倉庫
血溜まりの前に立っているトニー。腰を落とし、床を見る。
トニー「何も痕跡がないか……。ブルーシートで死体をくるんで運んだのだろうか」
立ち上がるトニー。
トニー「まったく、誰がこんな事を……」
上着の内ポケットから拳銃を取り出すトニー。
トニー「面倒が増えた」
拳銃をしまうトニー。
トニー「……こうなってくると、卵が心配だ」
その場を立ち去るトニー。
○同・一〇階空き部屋・前
ドアに「1005」と書いてある。
○同・同・中
金庫の前に立ち尽くすトニー。金庫の中には箱が一つ入っている。トニーの右手が震えている。
トニー「泥棒め……許さん」
金庫のドアを力任せにしめるトニー。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
二一時を示す時計。
○同・五階応接室・前(夜)
「応接室」と書かれた看板がある。
○同・同・中(夜)
トニーが入ってくる。マイクとデイモンが座っている。
トニー「こんな所に呼び出すとは、一体何事だい?」
デイモンに気付くトニー。
トニー「そちらの方は?」
マイク「元警察の方です」
トニー「元警察!?」
デイモン「元警察とは名ばかりじゃがな」
マイクを見ていたデイモンが、トニーへ視線を移す。
デイモン「どうも、ワシはデイモン・エルドランドという者じゃ。今は動物擁護団体の代表を務めておる」
トニー「副船長のトニー・ドアークです」
握手をするトニーとデイモン。
マイク「この船のお客さんなんですけど、泥棒の件でご協力いただけるそうです」
デイモン「お役に立てるかわからんがの」
トニー「ありがとうございます」
一礼するトニー。頷くデイモン。
× × ×
向かい合うようにソファに座るトニーとデイモン。
デイモン「なるほど。となると、やはりエルマーアイランドから何者かが侵入したと考えるのが妥当なんじゃが……」
トニー「しかし、船の警備は万全です。海側から船の壁をよじ登りでもしない限り、船への侵入は不可能です」
デイモン「では、犯人は客の中に居ると?」
トニー「しかし、この船のお客様は富裕層ばかりです。盗みをするとは、とても……」
デイモン「じゃろうな。あと気になるのは、六階より下の階では、まだ被害がないという事じゃな」
トニー「確かに」
デイモン「もしかすると、犯人は上の階から順番に犯行を重ねておるのかもしれんの」
トニー「という事は、明日は六階以下の階を警戒した方が良さそうですね」
デイモン「ワシに言えるのはこれくらいじゃな。大してお役に立てず申し訳ない」
トニー「いえ、とんでもない。ご協力ありがとうございました」
握手をするトニーとデイモン。
○同・六階船員室(夜)
トニーが入ってくる。マイクと船員が話をしている。他に人はいない。
マイク「おいおい、またかよ~」
トニー「泥棒かね?」
マイク「あ、お疲れ様です。泥棒じゃなくて地下倉庫の時間外利用ですよ」
トニー「そうか。まったく、迷惑な奴らだ。どうにかならんもんかね?」
マイク「後でポールにでも調べさせとくんですぐにどこの誰だかわかりますよ」
立ち去る船員。立ち止まるトニー。
トニー「……いつ誰がエレベーターを使ったかなんて事が、わかるのかい?」
マイク「いや、正確には地下倉庫に行った人の履歴を、管理室のパソコンから見られるんですよ」
トニー「……そうだったのか」
マイク「副船長、知らなかったですか?」
笑うマイク。電話が鳴る。
マイク「おっと電話だ」
受話器を取るマイク。部屋の奥の棚の前に立つトニー。「応接室」と書かれた場所にカードキーを入れ「管理室」と書かれた場所にあるカードキーを手に取る。部屋を出ようとするトニー。
マイク「あ、副船長」
トニー「何だね?」
マイク「カジノで泥棒らしくて、行ってもらっていいですかね?」
部屋を見渡すトニー。マイクとトニー以外に人はいない。
マイク「自分は電話番なので」
トニー「……わかった。カジノだな」
小さくため息をつくトニー。
○同・七階カジノ・前(夜)
カジノの看板がある。
○同・同・メインルーム(夜)
ルーレットの台やスロットマシーンがある。トランプゲームに熱狂する客とディーラー。トニーが入ってくる。タキシード姿の男数人と、赤装束数人がボブを取り囲んでいる。
トニー「失礼致します。盗難被害の件で伺いました」
トニーの前に立つ赤装束の男性、アーサー(28)。
アーサー「カジノ責任者のアーサーと申します。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。……ジャックさん」
アーサーの隣に立つジャック。
アーサー「盗まれたのは彼の所持品です」
ジャック「ジャック・ヰヰと申します」
○同・九階廊下(夜)
トニーが紙を見ながら歩いている。
トニー「ジャック・ヰヰ。盗まれたのは船員証とセキュリティカード。盗まれた時間帯不明、か……」
紙から視線を外すトニー。部屋に入ろうとするロウと目が合う。トニーから視線を外し、部屋に入るロウ。ドアが閉まる。ドアに「903」と書かれている。再び歩き出すトニー。
○同・九階管理室・前(夜)
「管理室」と書かれた看板がある。
○同・同・中(夜)
パソコンの前に座るトニー。キーボードを叩く。画面に「ログイン完了」の文字。
トニー「さて、何をどう操作すれば良いのやら……」
○同・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○黒味
T「侵略者 ~赤装束の1日目と2日目(午前)」
○航海するシーキャッスル号
○シーキャッスル号・一階ロビー
時計の針が一二時を示している。
○同・一三階廊下
「船長室」と書かれた看板がある。ドアを開けようとするカール。カールを後ろから襲撃する赤装束の男達。
○同・七階廊下
カジノからモニカ(28)とアーサーとボブが歩いて出てくる。
アーサー「船長を拉致できたのですね?」
ボブ「は、はい」
アーサー「誰にも見られていないですね?」
ボブ「は、はい。もちろんです」
アーサー「素晴らです。ねぇ、モニカ様?」
モニカ「だといいが」
○同・一〇階赤装束の部屋・前
ドアに「1015」と書いてある。
○同・同・中
縄でしばられて椅子に座っているカール。それを囲むジャックら数名の赤装束。ジャックの手には拳銃。
ジャック「ぶっ殺されたくなかったら正直に言えよ。ドラゴンの卵をどこに隠した?」
カール「ドラゴンの卵? 何ですかそれ?」
ジャック「お前がエルマーアイランドからドラゴンの卵を密輸した事は知ってんだよ。どこに隠した?」
カール「ですから、私は何も知りません」
ジャック「嘘付くな。マジでぶっ殺すぞ?」
拳銃をカールに向けるジャック。
カール「ほ、本当なんですよ」
ドアが開く。モニカとアーサーとボブが部屋に入ってくる。
ジャック「あ、お疲れっス」
カールを見るモニカとアーサー。
アーサー「今、何をしていたのですか?」
ジャック「卵の隠し場所を聞いてるんスけどコイツ『知らない』の一点張りなんスよ」
ため息をつくアーサー。
アーサー「……知らないでしょうねぇ。この方、船長ではありませんから」
ジャック「……え!? マジっスか!?」
アーサー「えぇ。見ますか? 船長の写真」
ポケットから写真を取り出すアーサー。写真を受け取るジャックと覗き込むように見るボブ。写真の船長とカールを見比べると、似てはいるが別人。ボブの頭を叩くジャック。
ジャック「バカ野郎! お前、赤の他人連れてきてんじゃねぇよ!」
ボブ「ごめんよ~。でも、ジャックも『間違いない』って言ってたじゃんかよ~」
ジャック「そりゃ、こんなオッサンが船長室にいりゃ誰でも船長だと思うだろうが。その前にお前がだな……」
ジャックとボブの間に入るモニカ。
モニカ「仲間割れはよせ。美しくない」
ジャック「……すんません」
頭を下げるジャックとボブ。
アーサー「これは、プランCに切り替える必要がありますね」
モニカ「美しくないが、やむを得ん。後は任せたぞ、アーサー」
部屋を出るモニカ。
アーサー「ジャックさん、ボブさん。あなた方はカジノの仕事に戻って下さい」
ジャック「え!? でも……」
アーサー「これは命令です」
ジャック「……はい。行くぞ、ボブ」
ボブ「うん」
部屋を出るジャックとボブ。カールに近づくアーサー。
アーサー「さて、まだお名前を聞いておりませんでしたね?」
カール「……カール・ヤンデスです」
アーサー「カールさんですか。それでは、携帯電話をお借りしますよ」
カールの服のポケットから携帯電話を探し出すアーサー。電話をかける。
アーサー「あ、船員室ですか? カールさんという船員さんの命をお預かりしました」
○同・エレベーター・中
中にはジャックとボブがいる。
ジャック「納得いかねぇな。何で俺らがこんな荷物運びしなきゃなんねぇんだよ」
ボブ「まぁまぁ」
ジャック「それにしても、プランCって事はいよいよ船員室乗っ取りか?」
目を輝かせるジャック。
ボブ「それはプランD。プランCは人質使って取引するプランだよ」
ジャック「なんだ、つまんねぇの」
○同・地下倉庫
歩いているジャックとボブ。
ジャック「ウチの荷物ってどこだっけ?」
ボブ「もっと奥だよ。……ねぇ、ジャック。あれ何だろう?」
指差すボブ。何かを覆っているブルーシートがある。
ボブ「あやしくない?」
ジャック「まさか、ドラゴンの卵か?」
ブルーシートに駆け寄るジャックとボブ。ブルーシートをめくるジャック。船長の死体が出てくる。
ジャック「うわっ」
ボブ「ひっ」
ジャック「何でこんな所に死体が……」
ボブ「それよりジャック、この人って……」
ジャック「せ、船長か!?」
顔を見合わせるジャックとボブ。
○同・七階カジノ・スタッフルーム
モニカとアーサーの正面にジャックとボブが立っている。
アーサー「船長の死体、ですか……。今回は間違いないんでしょうね?」
ジャック「さっき写真見たばっかりっスから間違いないっス」
アーサー「で、その船長の死体はどうしたのですか?」
ボブ「一旦、ウチの倉庫の所に隠しました」
アーサー「素晴らです。とりあえず、後で私がその死体を確認に行く事にしましょう」
アーサーがモニカを見る。無言で頷くモニカ。
アーサー「さて、仮にその死体が船長だったとすれば、これはややこしい事態ですね」
ジャック「って事は、プランDっスか?」
アーサー「船長がいない以上は仕方がないですねぇ、モニカ様」
モニカ「美しくないが、やむを得ん」
アーサー「では今晩八時から、作戦会議を行う事にしましょう」
○同・七階赤装束の部屋
部屋に入ってくるジャックとボブ。縛られて椅子に座らされているカール。
ジャック「よう、偽船長。あんたに残念なお知らせだ。本物の船長、死んじまったぞ」
カール「兄が!?」
ジャック「アーサーさんも確認したから間違いねぇ。という訳で、あんたはもう用なしだ。あばよ」
ナイフを取り出すジャック。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
二一時を示す時計。
○同・七階カジノ・メインルーム(夜)
ジャック、ボブら赤装束の男が二〇名ほどいる。その中心にはアーサー。
アーサー「以上が明日のプランDの詳細です。皆さん、ご理解いただけましたか?」
頷く赤装束達。
アーサー「素晴らです。続いてですが……」
大きいスーツケース出すアーサー。
アーサー「この中にはカールさんという船員さんのご遺体が入っています。ジャックさん、処分しておいて下さい」
ジャック「うっす」
アーサー「ジャックさん、くれぐれも見つからないように、お願いしますね」
ジャック「もちろんっス」
アーサー「素晴らです。それでは、ミーティングを終了いたします」
散り散りになる赤装束の男達。
○同・一二階デイモンの部屋・前(夜)
ドアに「1206」と書いてある。ドアをノックするモニカ。ドアが開き、デイモンが顔を出す。
デイモン「お前さんか」
モニカ「夜分遅くにすみません」
○同・同・中(夜)
対面するようにソファに座るモニカとデイモン。
デイモン「用件を聞こうかの」
モニカ「明日、プランDを実行する事になりましたので、代表にご報告を」
デイモン「代表とは名ばかりじゃがの」
笑うデイモン。
モニカ「お止めにはならないんですね」
デイモン「元警察としては、止めた方がいいんじゃろうか?」
モニカ「正義に反する行為ですから」
デイモン「人間の言う正義というのは、所詮は人間が作った正義じゃ。動物の世界には当てはまらんよ」
モニカ「さすが、動物擁護団体の代表様。美しいお考えですね」
デイモン「代表とは名ばかりじゃがの」
笑うデイモン。
○同・七階カジノ・スタッフルーム(夜)
入り口付近にボブが立っている。ロッカーの中を確認しているジャック。
ボブ「ねぇ、ジャック。僕達って本当に、動物擁護団体なの?」
ジャック「何だよ、今更」
ボブ「だってさ、いくらドラゴンの卵のためだからってさ、船員室を占拠するなんて、まるでテロリストみたいだよ」
ジャック「知らねぇよ。俺は暴れられれば何でもいいからな。……無ぇな~」
ボブ「やっぱりさ、拳銃、盗まれたんじゃないの?」
ジャック「くそっ、別の部屋探してくる」
部屋を出て行くジャック。
ボブ「泥棒だとしたら、どうしよう……」
頭を抱えるボブ。視線の先に電話機がある。電話機に近づくボブ。
○同・同・メインルーム(夜)
ジャックとタキシード姿の男数名と赤装束数名がボブをとり囲んでいる。
ジャック「船員室に通報した~!?」
ボブ「だって、泥棒の仕業だと思ったから」
ジャック「バカやろう!」
ボブの頭を叩くジャック。
ジャック「船員に『拳銃盗まれました』とでも言うつもりか? そんな事言ったら、計画がぶっつぶれんだろ!」
ボブ「そ、そっか。ど、どうしよう~?」
ジャック「どうすんスか、アーサーさん」
離れた場所に立つアーサーを見るジャ ック。考え事をしているアーサー。
アーサー「通報してしまった事は仕方ありません。船員証とセキュリティカードだけ盗まれた、と申告すれば良いでしょう」
ジャック「うっス」
アーサー「問題は、拳銃を紛失したという事です。ジャックさんは明日、丸腰で計画に加わるおつもりですか?」
ジャック「……すんません」
アーサー「処分は追って決定致します」
ジャック「……うっス」
トニーが部屋に入ってくる。
トニー「失礼致します。盗難被害の件で伺いました」
○同・甲板(夜)
星空が広がっている。人影はほとんどない。船の最後尾で、スーツケースを囲むように立つジャックとボブと赤装束数名。
ジャック「くそっ、今日は最悪だぜ」
ボブ「まぁまぁ、落ち着きなよ~」
スーツケースを開けるジャック。中にはブルーシートにくるまれたカールの死体が入っている。ブルーシートをめくって中身を見るジャックとボブ。
ボブ「うわ……」
苦い表情のボブ。ブルーシートをかけ直すジャック。
ジャック「さて、コイツを海に捨てるぞ」
ボブ「放り投げるの?」
ジャック「バカか。そんな事したら音でバレんだろが。静かにおろすんだよ」
ジャックの手に握られたロープ。
ジャック「ボブ、このロープでコイツの足の所を縛っとけ」
頷くボブ。ロープを受け取る。
× × ×
ジャックとボブがロープを握っている。ロープの先はブルーシートでくるまれたカールの死体の足下に繋がっている。死体を慎重におろすジャックとボブ。
ジャック「ゆっくりだぞ、ボブ」
ボブ「うん」
死体を慎重におろすジャックとボブ。ブルーシートから死体がこぼれ落ちる。海に落ちる音。
ジャック「バカ野郎、ちゃんと縛っとけよ」
ボブ「ご、ごめんよ~」
ボブの頭を叩くジャック。
ロウの声「うわ~」
振り返るジャック。ロウと目が合う。
ジャック「!? 見たな、テメェ」
○同・五階廊下(夜)
逃げるロウ。追いかけるジャックとボブと赤装束の集団。ジャック達の前に現れるアーサー。
アーサー「皆さん、止まって下さい」
急停止するジャックとボブと赤装束。
ジャック「何スか、アーサーさん」
アーサー「今、船内で追いかけっこするのは止めて下さい。目立ちすぎると、明日の作戦に支障が出る可能性があります」
ジャック「……すんません」
赤装束の男達の顔を見るアーサー。
アーサー「彼に見られたんですか?」
ジャック「……すんません」
アーサー「(小声で)役立たずが」
ボブ「……え?」
アーサー「いえ、何でもありません。皆さんはカジノへ戻っていて下さい」
ジャック「え? アイツはどうすんスか?」
背を向けるアーサー。
アーサー「情報屋に聞いてきます」
○同・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○同・七階カジノ・スタッフルーム(夜)
ジャックとボブと赤装束数名が椅子に座っている。アーサーが入ってくる。全員が立ち上がる。
アーサー「わかりましたよ、彼の正体」
ジャック「マジっスか」
アーサー「名前はロウ・ヴィンソン、部屋は九〇三号室です。ただ……」
ジャック「ただ、何スか?」
アーサー「今夜一晩は彼に手を出さないで下さい。これは情報屋さんからの命令です」
ジャック「……何だよそれ」
アーサー「それから、ジャックさんとボブさん。私に付いてきて下さい」
ジャック「え? 何でっスか?」
アーサー「モニカ様がお呼びです」
○同・一〇階赤装束の部屋・前(夜)
ドアに「1015」と書いてある。
○同・同・中(夜)
ソファに座っているモニカ。その脇に立っているアーサー。その正面に立っているジャックとボブ。
ジャック「え、今何て……」
アーサー「『明日の作戦時のお二人の役割を交代させます』と言いました」
ボブ「つまり、僕が実行部隊で」
ジャック「俺が見張り役って事っスか?」
アーサー「理解が早いですね。素晴らです」
ジャック「そんな、何で俺とコイツが……」
アーサー「勘違いしないで下さい。これはジャックさんへの処分です」
ジャック「処分……」
咳払いをするアーサー。
アーサー「一つ、船長と間違えて全くの別人を拉致してしまった件。二つ、拳銃を紛失してしまった件」
ジャック「うっ……」
アーサー「三つ、船員の死体処理の際、その様子を目撃されてしまった件」
ジャック「いや、それはボブが……」
モニカ「言い訳をするな、美しくない」
ジャック「……すんません」
アーサー「異論はありませんね?」
ジャック「……ないっス」
拳を握りしめるジャック。震える拳。
アーサー「では以上です。お二人とももうお休みになって下さい」
ボブ「……失礼します」
一礼して部屋を出るジャックとボブ。
○同・一〇階廊下(夜)
歩くジャックとボブ。
ジャック「くそっ、何で俺が実行部隊から外されなきゃなんねぇんだよ!」
壁を叩くジャック。
ボブ「ジャック、落ち着きなよ~」
ジャック「……泥棒とロウ・ヴィンソン、見つけたらぶっ殺してやる!」
○航海するシーキャッスル号(朝)
○シーキャッスル号・一階ロビー(朝)
五時五〇分を示す時計。
○同・七階カジノ・メインルーム(朝)
赤装束の集団が二五名ほどいる。集団の中にいるジャックとボブ。集団の向かい側に立つモニカとアーサー。
アーサー「皆さん、いよいよ作戦決行の時がやってきました」
頷くモニカ。
アーサー「昨日説明した通り、まずは六時の朝礼に合わせて船員室を占拠に行きます」
頷くジャックとボブ。
アーサー「それでは、モニカ様から一言」
一歩前に出るモニカ。
モニカ「美しい報告を期待する」
赤装束達「はい!」
○同・七階廊下(朝)
赤装束一五名が歩いている。先頭にアーサー。最後尾にジャックとボブ。
○同・六階船員室・前(朝)
「船員室」と書かれた看板がある。
○同・同・中(朝)
二〇名ほどの船員達と、その向かい側に立つトニー。
トニー「では、朝礼を始める」
アーサー「少々お待ちいただけますか?」
部屋に入ってくる赤装束の集団。ざわつく船員達。
マイク「おいおい、勝手に入ってこられると困るんですよ。一体、どちら様?」
アーサー「名乗るほどの者ではありません」
拳銃を天井に向けて撃つアーサー。
アーサー「少し過激な動物擁護団体です」
静まり返る船員達。
× × ×
船員達をロープで縛る赤装束。ロープで縛られた船員達が部屋の隅に座っている。アーサーの元に来るボブ。
ボブ「電話線の切断、完了しました」
アーサー「素晴らです」
部屋の片隅にある大きな布袋を見つけるアーサー。
アーサー「この袋は何ですか?」
マイク「泥棒から押収した物だ」
アーサー「そうですか。……ボブさん」
ボブ「は、はい」
アーサー「これは例の泥棒から押収した物だそうです。ジャックさんが盗まれた物もあるでしょう。探しておいて下さい」
ボブ「わかりました」
布袋を広げ、中身を探るボブ。
マイク「おい、お前らの目的は何なんだよ」
船員達の方に向き直るアーサー。
アーサー「おや、まだ言っていませんでしたか。失礼致しました」
頭を下げ、咳払いをするアーサー。
アーサー「我々の目的はただ一つ、この船の船長さんが密輸しようとしていた、ドラゴンの卵を保護する事です」
眉が動くトニー。
マイク「ドラゴンの卵? 船長が密輸? おいおい、お前ら一体何の話を……」
アーサー「……そちらの貴方」
トニーを指差すアーサー。
アーサー「別室でお話できますか?」
赤装束の男達に両脇を抱えられて歩かされるトニー。
マイク「副船長!」
アーサー「おや、副船長さんでしたか。なるほど、そういう事ですか」
一人で頷くアーサー。
アーサー「それでは他の皆さんはこの部屋をよろしく。……ボブさん」
ボブ「は、はい」
アーサー「見つからないようでしたら、そちらは後で構いません。仕事に戻って下さい。それでは、行きましょうか」
歩き出すアーサーと、トニーを抱えて後に続く赤装束の男達。
○同・同・前
見張り役の赤装束が数名立っている。少し離れた場所でサボるジャック。
アーサーの声「(無線で)アーサーから各位。重要参考人発見。別室にて聴取開始します」
モニカの声「(無線で)了解」
ジャック「ヤベっ、戻んねぇとアーサーさんにぶっ飛ばされる」
持ち場に戻ろうとするジャック。そこに居るポールを見つける。
ジャック「お前、誰だ?」
振り返るポールと目が合うジャック。
ポール「ひっ。……いや、その……」
走って逃げ出すポール。
ジャック「おい、まだ船員が残ってたぞ!」
ポールを追うジャック。赤装束四名がそれに続く。
ジャック「待てコラ!」
ポールがロウとぶつかって倒れる。
ポール「す、すみません」
すぐに立ち上がって走り出すポール。ロウと目が合うジャック。
ジャック「あ、テメェは!」
ロウ「あ、昨日の」
立ち上がって逃げ出すロウ。
ジャック「待て、テメェが先だ、ロウ・ヴィンソン!」
ロウ「……何で俺の名前を? これだから人生は面白い」
角を曲がるポール。続いて同じ方向に曲がるロウ。二人が曲がった方向を見るジャック。階段がある。ジャックに合流する赤装束四名。
ジャック「二手に分かれるぞ!」
赤装束三名が階段を下りる。ジャックと赤装束一名は階段を上る。
○同・七階廊下
誰もいない廊下。姿を現すジャックと赤装束一名。舌打ちするジャック。
ジャック「くそっ、どこだ!?」
ジャックの無線機が鳴る。
ジャック「こちらジャック」
○同・五階空き部屋・前
ドアに「510」と書かれている。ドアの前に立っている赤装束三名。ジャックと赤装束一名がやってくる。
ジャック「よくやった。この部屋の中にあの二人がいるんだな?」
赤装束三名が頷く。
ジャック「さて、後はこの壁とかドアをどうやってぶっ壊すかだけど……」
振り返るジャック。マシンガンを構える赤装束四名。発砲する。
ジャック「いいなぁ、俺もぶっ放してぇ」
発砲音が止む。全く傷のない壁。
ジャック「嘘だろ!?」
○同・一階ロビー
九時を示す時計。
○同・五階空き部屋・前
壁に向けマシンガンを発砲する赤装束四名。相変わらず無傷の壁。それを見て、ナイフを壁に刺すジャック。
ジャック「くそっ、早くぶっ壊れろ!」
ナイフでも傷がつかず、いらついて壁を蹴るジャック。無線から声。
アーサーの声「こちらアーサーです。ジャックさん、応答して下さい」
ジャック「こちらジャックっス。どうぞ」
アーサーの声「船員室の皆さんと連絡がとれないのですが、どのような状況ですか?」
ジャック「え、あ……」
頭を掻くジャック。
アーサーの声「ジャックさん、貴方まさか、今持ち場を離れているんですか?」
ジャック「いや、事情があって……」
○同・一〇階赤装束の部屋
トニーが縛られたまま椅子に座っている。その正面にアーサーと赤装束四名が立っている。
アーサー「つまり話を総合すると、船員一人とロウ・ヴィンソンが逃げ込んだ五一〇号室の前にいる、という事ですか?」
ジャックの声「そうっス」
アーサー「その二人は、まだその部屋の外には出ていませんね?」
ジャックの声「もちろんっス」
○同・五階廊下
無線機を持つジャック。ジャックを囲む赤装束四人。
アーサーの声「素晴らです。引き続きその部屋を包囲していて下さい」
ジャック「了解っス」
アーサーの声「ただ、ジャックさんは一旦船員室の様子を見てきて下さい。連絡が取れなくて困っています」
ジャック「え、でも、俺が……」
アーサーの声「これは命令です。以上」
無線が切れる。舌打ちするジャック。
○同・六階船員室・前
ジャックが歩いている。
ジャック「ちぇっ、つまんねぇの」
「船員室」と書かれた看板がある。
○同・六階船員室
誰もいない部屋。ジャックだけが立ち尽くしている。驚いた表情。
ジャック「誰もいない……?」
無線機のスイッチを入れるジャック。
ジャック「おい、ボブ。応答しろ!」
返事がない。
ジャック「こちらジャックっス。……アーサーさん、アーサーさ~ん」
返事がない。
ジャック「何がどうなってんだよ、くそっ」
部屋を出るジャック。
○同・一〇階廊下
ドアに「1015」と書いてある。ドアをノックするジャック。
ジャック「ジャックっス。アーサーさん、開けてもらえないっスか~?」
さらに強くドアをノックするジャック。返事がない。
ジャック「何なんだよ」
ボブ「ジャック?」
振り返るジャック。小走りでやってくるボブ。
ジャック「ボブ、お前何やってたんだよ。船員室にもいねぇし、無線にも出ねぇし」
ボブ「大変だったんだよ~。いきなり、船員室が襲われて。無線機も壊れちゃったし」
ジャック「どうなってんだよ。アーサーさんも返事してくれねぇし」
ボブ「だから今、モニカ様からこの部屋の合鍵を借りてきたんだよ」
カードキーを見せるボブ。
ジャック「合鍵なんてあったっけ?」
ボブ「アーサーさんがコピーして、何枚か作っておいてくれたんだよ」
ジャック「そっか。よし、開けろ」
○同・一〇階赤装束の部屋・前中
血を流して倒れている赤装束四名と船員服姿の男一名の遺体(後者はアーサーだが、顔は識別できないような状態にされている)。驚くジャックとボブ。
ボブ「みんな死んでるよ……」
ジャック「もう訳わかんねぇ……」
ボブ「ねぇ、ジャック。アーサーさんの死体だけが見当たらないよ」
ジャック「……あぁ」
ボブ「ねぇ、一旦カジノに戻ろうよ」
ジャック「あぁ。ただ、その前に五階の様子を見てきていいか?」
○同・五階空き部屋・前
血を流して倒れている赤装束四名の遺体。そのうちの一人に駆け寄るボブ。
ボブ「死んでるよ……」
ジャック「何がどうなって……」
頭をかかえるジャック。無線機のスイッチを入れる。
ジャック「こちらジャックっス。モニカさん、応答してもらえないっスか」
返事がない。
ボブ「まさか……ね」
ジャック「まさか……な」
○同・七階カジノ・前
カジノの看板がある。カジノの入口に近づくジャックとボブ。マシンガンの発砲音。驚いて立ち止まる二人。
ボブ「……逃げようよ」
ジャック「……あぁ」
逃げるジャックとボブ。エレベーターに駆け込む。ドアが閉まる。
○同・地下倉庫
走っているジャックとボブ。
ジャック「何で、地下倉庫なんだよ」
ボブ「何となく、一番安全な気がして」
息を切らすジャックとボブ。
ジャック「何がどうなってんだよ……」
足下に転がっている箱に気付くジャック。拾い上げる。
ジャック「何だ、コレ……」
ボブ「ねぇ、アレ……」
前方に転がる大きな卵の殻を指差すボブ。歩み寄るジャックとボブ。
ジャック「デケェ卵だな、コレ」
ボブ「ドラゴンの卵だったりして」
顔を見合わせるジャックとボブ。
ボブ「まさか……ね」
ジャック「まさか……な」
何かを食べている音。
ジャック&ボブ「(何かを見つけ)!?」
○同・一階ロビー
一二時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号
○黒味
T「所有者 ~ロウの2日目の午前~」
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー
〇時を示す時計。
○同・五階バー(夜)
ロウとエルマー以外に人はいない。カウンターの一番奥の席に座るロウ。
エルマー「ご注文は?」
ロウ「……この店で、一番強いお酒を」
エルマー「かしこまりました」
後ろの棚から酒を探すエルマー。
ロウ「知ってます? あの勇者エルマーは、バーではいつもその店で一番強いお酒を注文していたらしいですよ」
エルマー「えぇ、そのようですね」
ロウ「……ひょっとして、マスターもあの本、読んだ人?」
エルマー「『勇者エルマーの真実』ですか」
ロウ「やっぱりね。どうしてこの話が有名な事があろうか、いや、ない」
ドアが開く。立っているアーサー。その赤装束に反応するロウ。
ロウ「(小声で)やばっ、あの服……」
カウンターの下に隠れるロウ。
エルマー「いらっしゃいませ」
アーサーの元に歩み寄るエルマー。何事か話している二人。カウンターの下で縮こまるロウ。ドアが開く音。
エルマー「お客様、もう大丈夫ですよ」
顔を上げるロウ。エルマー以外に人はいない。一息つくロウ。
ロウ「まさかここにまで来るなんて……。これだから人生は面白い」
エルマー「ご注文の品です」
ロウの目の前にグラスを置くエルマー。右足を引きずりながら歩く。
ロウ「右足、ケガしてるんですか?」
エルマー「いえ、義足なんです」
微笑むエルマー。ばつが悪そうな表情のロウ。グラスを手に取る。
ロウ「いただきます」
グラスを口に運ぶロウ。
○航海するシーキャッスル号(朝)
○シーキャッスル号・一階ロビー(朝)
五時三〇分を示す時計。
○同・五階バー(朝)
ロウとエルマー以外に人はいない。カウンターに突っ伏して寝ているロウ。
エルマー「ロウさん、ロウさん」
目を覚ますロウ。周囲を見回す。
エルマー「もう閉店時間なので」
ロウ「あ、すいません」
席を立つロウ。財布からクレジットカードを取り出す。
エルマー「申し訳ありません。当店は現金払いのみでお願いします」
ロウ「ああ、はい。わかりました」
○同・九階ロウの部屋・前(朝)
後頭部をかきながら歩くロウ。
ロウ「……あれ、俺、マスターに名前教えたっけ? 飲み過ぎたかな?」
ドアに「903」と書いてある。カードキーをさし、ドアを開けるロウ。
○同・同・中(朝)
部屋に入ってくるロウ。誰もいない。
ロウ「シェリーはもう出て行ったか」
机の上の置手紙を手に取るロウ。
シェリーの声「昨日はおおきに。ウチはもう行くわ。P.S.それよりアンタ、命狙われとるで」
ロウ「え?」
手紙の「命狙われとる」の文字を見るロウ。
ロウ「俺の命を……まぁ」
○(フラッシュ)同・甲板(夜)
ロウを追いかける赤装束数名。
○同・九階ロウの部屋・中(朝)
ソファに座り、置手紙を見るロウ。
ロウ「大方、アイツらだろう」
遠くで聞こえる銃声。
ロウ「今の音、銃声……?」
立ち上がるロウ。視界に入る「命狙われとる」の文字。
ロウ「『命を狙われてる』。でも面白そうな出来事が起きている」
コイントスをするロウ。
ロウ「どうしてビビる必要があろうか、いや、ない」
コイントスの結果は裏。それをものともせず、部屋を出ていくロウ。
○同・一階ロビー(朝)
六時を示す時計。
○同・七階廊下(朝)
小走りのロウ。
ロウ「ここでもない……。もっと下の階か」
○同・階段
階段を下りるロウ。
○同・六階廊下
階段を下りて廊下に出てくるロウ。横から走ってくるポールとぶつかる。倒れる二人。
ポール「す、すみません」
すぐに立ち上がって走り出すポール。ポールの後ろから走ってきたジャックと目が合うロウ。
ジャック「あ、テメェは!」
ロウ「あ、昨日の」
立ち上がって逃げ出すロウ。
ジャック「待て、テメェが先だ、ロウ・ヴィンソン!」
ロウ「……何で俺の名前を? これだから人生は面白い」
前を走るポールが曲がる。続いて同じ方向に曲がるロウ。
○同・階段
階段を駆け下りるポールとロウ。
○同・五階空き部屋・前
逃げるポールとロウ。ロウの後ろから追いかけてくる赤装束三名。
ロウ「このままじゃ追いつかれるな……」
ポール「そうだ」
ドアの前で止まるポール。マスターキーをさす。ドアを開け、ロウの手を掴むポール。
ポール「こっちです!」
部屋に入るロウとポール。ドアが閉まる。ドアに「510」と書いてある。
○同・同・中
息を切らしているロウとポール。二人の他に人はいない。
ロウ「あの、この部屋は?」
ポール「はい、空き部屋です。マスターキーがあって助かりました」
マスターキーを見せるポール。
ロウ「助かりました。えっと、貴方は?」
ポール「船員のポール・ヤンデスと申します」
ロウ「九〇三号室のロウ・ヴィンソンです」
握手するロウとポール。
ポール「ロウ・ヴィンソンさん……、どっかで名前を聞いたような……あっ!」
ロウを取り押さえるポール。
ロウ「な、何ですか!?」
ポール「捕まえたぞ、泥棒め!」
ロウ「えぇ!?」
○航海するシーキャッスル号
○黒味
T「逃亡者 ~ポール(とロウ)の2日目の午前~」
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○同・六階船員室(夜)
電話が鳴っている。マイクが出る。
マイク「はい、船員室。……船長は今いませんよ。……はい、……はい。わかりました、すぐ行きます」
電話を切るマイク。
マイク「ポール、クリーニング室に行ってきてくれ」
ポール「クリーニング室ですか? ……まさか、何か盗まれたんですか?」
マイク「いや『船長の忘れ物を取りにこい』だとさ」
ポール「忘れ物、ですか……。わかりました、行ってきます」
○同・三階クリーニング室・前(夜)
「クリーニング室」と書かれた看板。
○同・同・中(夜)
大型の洗濯機が稼働している。その前でアイロンをかけている女性、スーザン(58)。ポールが入ってくる。
ポール「失礼します」
スーザン「あら、カールの所のジュニアじゃない。え~っと……」
ポール「ポールです。……あの、伯父の忘れ物って何ですか?」
スーザン「そうそう、船長に言っといてよ。ズボンに物を入れたままクリーニングに出すなって」
ポール「はい。でも伯父は、何でまたクリーニングに……?」
スーザン「何か、誰かにコーヒーをこぼされたんだとさ。はい、じゃあコレ」
スーザンからマスターキーを受け取るポール。
ポール「……マスターキー」
○同・六階船員室(夜)
部屋に入ってくるポール。部屋の後ろに集まるマイクと複数の船員。
ポール「ただ今戻りました。……あの、何かあったんですか?」
振り返るマイク。
マイク「泥棒の正体がわかったんだよ」
ポール「本当ですか!?」
マイク「あぁ、名前はロウ・ヴィンソン。九〇三号室の客だとさ。見つけたら留置室に入れねぇとな」
ポール「捕まえてはいないんですか?」
マイク「あぁ、部屋には誰もいなかったんだとさ。ただ、コイツが見つかった」
大きな布袋を指差すマイク。布袋の中には大量の装飾品やその箱がある。
ポール「凄いですね。誰がどうやって調べたんですか?」
マイク「副船長が管理室のパソコン使って調べたんだとさ。……あ、そうだ、さっき言った奴、調べてきてくれ」
ポール「地下倉庫の時間外利用者、ですね」
○同・九階廊下(夜)
「管理室」と書かれた看板がある。
○同・九階管理室(夜)
パソコンの前に座るポール。画面を見ながら、メモをとっている。
ポール「一四時四〇分、カジノ店員、ジャック・ヰヰ。一四時、船員、ポール・ヤンデス。一三時二〇分、カジノ店員、ジャック・ヰヰ。五時四五分……あれ?」
手を止めるポール。
ポール「履歴が、消えてる……?」
○(回想)同・一二階廊下
エレベーターの「B1」の文字が光っている。
○(回想)同・六階廊下
小走りのポール。腕時計を見る。一二時三〇分を示している。
○同・九階管理室(夜)
考えているポール。
ポール「あれは確かに、一二時半より前だったはず……。履歴を消したとしたら、僕よりも前にこの部屋に来た人……」
○(回想)同・六階船員室(夜)
大きな布袋の前に立つマイク。
マイク「副船長が管理室のパソコン使って調べたんだとさ」
○同・九階管理室(夜)
考えているポール。
ポール「まさか、副船長? 何で副船長がそんな事を……?」
○(回想)同・地下倉庫
ポールとトニーの前にある血溜まり。
○同・九階管理室(夜)
考えているポール。
ポール「あの血溜まりと、何か関係が……」
キーボードを叩き始めるポール。
ポール「もっと詳しく調べてみないと……」
○航海するシーキャッスル号(朝)
○シーキャッスル号・一階ロビー(朝)
五時五〇分を示す時計。
○同・九階管理室(朝)
突っ伏して寝ているポール。目を覚ます。腕時計を確認する。
ポール「しまった、朝礼の時間だ!」
飛び起きるポール。
○同・六階廊下(朝)
走っているポール。
ポール「完全に遅刻だ……」
銃声。立ち止まるポール。
ポール「ひっ。……い、今の音は?」
○同・一階ロビー(朝)
六時を示す時計。
○同・六階船員室・前(朝)
「船員室」と書かれた看板がある。柱の影から様子を見ているポール。ドアの前に立つジャックら数名の赤装束。
ポール「ど、どうしよう……」
様子を見ているポール。
ジャック「あ~、見張りとかだりぃ。こんだけ居りゃ、俺一人くらい抜けても平気だろ?」
持ち場を離れるジャック。
ポール「今だ」
ドアの近くまで走り寄るポール。室内の様子を覗き見る。縛られた船員達。中央にいる赤装束の集団。
ポール「一体、何が……?」
マイク「おい、お前らの目的は何なんだよ」
船員達の方に向き直るアーサー。
アーサー「おや、まだ言っていませんでしたか。失礼致しました」
頭を下げ、咳払いをするアーサー。
アーサー「我々の目的はただ一つ、この船の船長さんが密輸しようとしていた、ドラゴンの卵を保護する事です」
ポール「ドラゴンの卵……船長が密輸……」
考えるポール。
マイクの声「我々の要求については、船長と直接話をしたい」
何かに気付くポール。
ポール「まさか、父さんを誘拐したのは、あいつら? ……という事は、まさか父さんはもう……」
× × ×
室内を覗き見るポール。アーサーと、赤装束に両脇を抱えられたトニーがドアに近づいてくる。
ポール「副船長が連れていかれる……?」
ジャックの声「お前、誰だ?」
振り返るポール。ジャックがいる。
ポール「ひっ。……いや、その……」
走って逃げ出すポール。
ジャック「おい、まだ船員が残ってたぞ!」
ポールを追うジャック。ボブと赤装束の男四名がそれに続く。
ジャック「待てコラ!」
ポールがロウとぶつかって倒れる。
ポール「す、すみません」
そのまま走り続けるポール。後ろを振り返ると、ロウも同じように逃げている。
ポール「何か、増えてる~」
○同・階段
階段を駆け下りるポールとロウ。
○同・五階廊下
逃げるポールとロウ。ロウの後ろから追いかけてくる赤装束三名。
「510」と書かれたドアを見つけるポール。
ポール「そうだ」
ドアの前で止まるポール。マスターキーをさす。ドアを開け、ロウの手を掴むポール。
ポール「こっちです!」
部屋に入るロウとポール。ドアが閉まる。
○同・五階空き部屋・中
息を切らしているロウとポール。二人の他に人はいない。
ロウ「あの、この部屋は?」
ポール「はい、空き部屋です。マスターキーがあって助かりました」
マスターキーを見せるポール。
ロウ「助かりました。えっと、貴方は?」
ポール「船員のポール・ヤンデスと申します」
ロウ「九〇三号室のロウ・ヴィンソンです」
握手するロウとポール。
ポール「ロウ・ヴィンソンさん……、どっかで名前を聞いたような……あっ!」
ロウを取り押さえるポール。
ロウ「な、何ですか!?」
ポール「捕まえたぞ、泥棒め!」
ロウ「えぇ!?」
○同・一階ロビー
九時を示す時計。
○同・五階空き部屋
向かい合うようにソファに座るロウとポール。
ポール「つまり貴方は、泥棒に部屋を使わせていただけだ、とおっしゃるんですか?」
ロウ「そういう事」
ロウM「悪いな、シェリー」
ポール「なぜ、そのような事を?」
ロウ「交換条件として、面白い物を貰っちゃったんでね」
ポール「面白い物?」
ロウ「大きな卵。ドラゴンの卵なんだって」
笑うロウ。驚くポール。
ロウ「まぁ、わかりますよ? どうして本物と信じてくれる事があろうか、いや……」
ポール「信じます」
ロウ「え?」
ポール「あの赤装束の人達が言ってました。『我々の目的は、ドラゴンの卵を手に入れる事です』って」
ロウ「じゃあアレ、本物なんだ……。やっぱり、人生は面白い」
ポール「そのドラゴンの卵、今どこにあるんですか?」
ロウ「俺の部屋の、金庫の中に」
ポール「取りに行きましょう!」
ドアに向かうポール。
ロウ「今出たら、撃たれちゃうって。っていうか……」
マシンガンの発砲音。
ロウ「このままだと、部屋の壁、壊されちゃうよな……。どっかに隠れた方が……」
ポール「大丈夫ですよ。この船は、例え船内でドラゴンが暴れたって壊れないくらい、丈夫に作られていますから」
ロウ「そいつは大したもんだ。あとは、部屋から出る術さえあれば……」
ポール「どうしましょう? ……あ、バルコニーからなら」
バルコニーに出るポール。
ロウ「どうしてそんな所から出られる事があろうか、いや、ない」
コイントスをするロウ。
ロウ「あ、表だ。いい事あるかも」
シェリーの声「やっぱりロウやん」
天井を見上げるロウ。天井からシェリーが降りてくる。
ロウ「シェリー、何でここに?」
シェリー「仕事や仕事。ロウこそ何でここにおんねん」
ロウ「それは……、あ、やばい。シェリー、早く戻った方がいいって」
シェリー「え?」
ポールが戻ってくる。
ポール「やっぱりバルコニーから外に出るのは危険そうですね」
シェリーと目が合うポール。
ポール「……どちら様ですか?」
頭を掻くロウ。
シェリー「あ~、情報屋の使いっ走りや」
ロウ&ポール「情報屋!?」
顔を見合わせるロウとポール。
ロウ「いつの間に、そんな事に?」
シェリー「まぁ、色々あったんや」
○航海するシーキャッスル号
○黒味
T「労働者 ~シェリー(とロウとポール)の2日目の午前~」
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○同・九階ロウの部屋・中(夜)
ベッドで寝ているシェリー。
× × ×
ベッドで寝ているシェリー。足音。目を覚ますシェリー。鼓動の音。
シェリー「誰か来る」
起き上がって壁をよじ登り、天井裏へ姿を消すシェリー。
○同・九階天井裏(夜)
シェリーが上ってくる。天井の板の隙間から中を覗き見る。
部屋に入ってくるトニー。拳銃を構えている。
シェリー「何や、アイツ……」
上を見るトニー。シェリーから見ると、一瞬視線が合ったように錯覚する。
シェリー「!?」
慌てて隠れるシェリー。
シェリーM「今、目、合うた?」
鼓動の音。
トニーの声「やはり、あの男が泥棒だったか」
シェリーM「あかん、見られへん……」
トニーの声「後はあの泥棒を始末するだけだな」
ドアの閉まる音。遠ざかる足音。
シェリー「ふぅ~、しのいだ……いや」
部屋に降りるシェリー。
○同・九階ロウの部屋・中(夜)
大きな布袋は無く、金庫の中も空になっている。ベッドに腰掛けるシェリー。
シェリー「ウチの稼ぎ……取り返さな。……でも、どこに持っていかれたかもわからんしな……あ~、腹立つわ」
机を拳で叩くシェリー。そこに置いてある赤い袋に気付く。
シェリー「あれ? ……あ~、コレ出しっぱなしやったから、持って行かれんで済んだんやな」
赤い袋の中身(船員証、カード、拳銃)をベッドの上に広げるシェリー。
ロウの声「これはセキュリティカードだね。関係者以外立ち入り禁止の地下倉庫に行くために必要なカードだよ」
シェリー「そや、地下倉庫や。……きっとそこに持っていかれたんや」
立ち上がるシェリー。
○同・天井裏(夜)
壁伝いにどんどん下に降りていくシェリー。
○同・地下倉庫(夜)
シェリーが降りてくる。周囲を見回しながら歩くシェリー。
シェリー「どこやろか……」
周囲を見回しながら歩くシェリー。ブルーシートを見つける。ブルーシートをめくると、卵の箱が二つある。
シェリー「これ、ドラゴンの卵や」
においを嗅ぐシェリー。
シェリー「あの部屋にあったもんや、間違いあらへん。ってことは残りのも……」
周囲を見回すシェリー。
○同・九階ロウの部屋・中(夜)
ベッドの上に座るシェリー。卵の箱が一つだけ置いてある。
シェリー「結局、あそこにあったんはコレだけか。残りはどこ行ってもうたんやろ」
ため息をつくシェリー。
シェリー「それにしても、何でこの部屋やってわかったんやろか……」
考えるシェリー。
○(フラッシュ)同・天井裏(夜)
隠れるシェリー。
トニーの声「やはり、あの男が泥棒だったか」
○同・同・同(夜)
ハッとするシェリー。
シェリー「男……? もしかしてあの船員、ロウの事を泥棒と勘違いしとる……?」
トニーの声「後はあの泥棒を始末するだけだな」
シェリー「って事は、ロウの命が狙われとるってことや」
探し物を始めるシェリー。
シェリー「何か書くもんないやろか? 置手紙の一つでもしてやらんと……」
机の上に置かれた「勇者エルマーの真実」の本を手に取る。
シェリー「何や、この本」
本に挟まっていたパンフレットが落ちる。拾うシェリー。
シェリー「これは……この船のパンフレットやろか」
広げるシェリー。船内地図が書いてある。「船員室」の文字。
シェリー「船員室……。ソコや! きっとウチの稼ぎはソコに持っていかれたんや!」
立ち上がるシェリー。天井裏に消える。しかしすぐに戻ってくる。
シェリー「って、その前に書くもん書くもん」
○同・一階ロビー(朝)
六時を示す時計。
○同・六階天井裏(朝)
中腰で歩くシェリー。立ち止まり、パンフレットの船内地図を広げる。
シェリー「えっと……もうちょい先やろか?」
銃声。
シェリー「!? 何や?」
○同・六階船員室・中
縛られた船員達が部屋の隅に座っている。拳銃を持った赤装束が部屋を歩き回っている。天井の隙間からそれを覗き見るシェリー。
シェリーの声「何やこれ。一体、どういう状況なんや?」
○同・六階天井裏
船員室を覗き見るシェリー。以下、適宜カットバックで。
部屋の片隅に置いてある大きな布袋。
シェリー「あった、アレや」
大きな布袋の中身を物色する赤装束。
シェリー「こいつら、ウチの稼ぎを横取りする気やろか。そうはさせへんで」
船員達の正面に立つボブ。
シェリー「あそこに一人……」
入口付近で談笑する赤装束二人。
シェリー「あそこに二人……」
大きな布袋の中身を漁る赤装束二人。
シェリー「それからそこにおる二人、全部で五人やな……」
天井から目を離すシェリー。
シェリー「五人やったら、何とかなるな。ほな、行くで」
室内に降りるシェリー。
○同・六階船員室
シェリーが降りてくる。誰も気付かない。音を立てずに、大きな布袋の周りにいる赤装束二人に近づくシェリー。それぞれの頭部に蹴りを見舞う。気を失って倒れる赤装束二人。机の下に隠れるシェリー。
シェリー「まず、二人」
ボブ「え!? 二人ともどうしたの!?」
倒れた二人に駆け寄るボブ。拳銃を構えながら周囲に目を配る赤装束二人。飛び出すシェリー。赤装束一人の頭部に蹴りを見舞う。もう一人の赤装束が発砲する。弾をよけながら接近し、頭部に蹴りを見舞うシェリー。気を失う赤装束二人。再び机の下に隠れる。
シェリー「あと一人」
ボブ「何? 誰? 誰か来てよ~」
飛び出すシェリー。同時に、部屋の外にいた赤装束二人が拳銃を持って駆けつける。慌てて隠れるシェリー。
シェリー「まだおったんか」
シェリーの隠れている机に近づく赤装束二人。拳銃を取り出すシェリー。
シェリー「しゃあないな」
顔を上げ、二発立て続けに発砲するシェリー。赤装束二人の手に命中し、拳銃がはじき飛ばされる。
ボブ「ひっ! 拳銃まで持ってる……」
腰を抜かすボブ。尻餅をつく。赤装束一人の頭部に蹴りを見舞うシェリー。気を失う赤装束。もう一人の赤装束がナイフを持って襲いかかる。シェリーが赤装束の手を蹴り、ナイフがマイクの元にはじき飛ばされる。ナイフを拾うマイク。
マイク「よっしゃ」
自分を縛るロープを切り始めるマイク。赤装束の頭部に蹴りを見舞うシェリー。気を失う赤装束。尻のポケットから無線機を取り出すボブ。
ボブ「こちらボブ、応答願います! ……どうしよう、今ので壊れちゃったよ~」
シェリーと目が合うボブ。
ボブ「……うわ~」
部屋を出て行くボブ。大きな布袋を手に取るシェリー。
マイク「おいおい、あんた何者だ?」
シェリー「気にせんといて」
大きい布袋を手に壁を登り、天井裏に消えるシェリー。
○同・六階天井裏
大きな布袋の中を確認するシェリー。
シェリー「中身は無事みたいやな。……さてと、通常業務再開や」
○同・一階ロビー
九時を示す時計。
○同・五階天井裏
天井に耳を当てるシェリー。話し声が聞こえる。
シェリー「ここも人おるな……。あの赤装束のせいやろか。六階も五階も、みんな人がおるやんか」
中腰で歩き出すシェリー。数歩歩いてから立ち止まり、天井に耳を当てる。
シェリー「お、誰もおらんみたいやな」
○同・五階バー
天井から降りてくるシェリー。部屋を見回す。
シェリー「ここは……バーやろか?」
エルマー「その通りですよ」
驚いて振り返るシェリー。立っているエルマー。
エルマー「お待ちしておりましたよ。シェリーさん」
シェリー「!? 何でウチの名前を!?」
エルマー「名前だけではありませんよ。貴方がこの船の泥棒だという事も、先ほど船員室でひと暴れされた事も知っています」
シェリー「あんた、何者や?」
エルマー「色々な呼び名はありますが、今は情報屋と名乗るのが正しいでしょう」
シェリー「情報屋……」
エルマー「さて、いきなりで恐縮ですが、貴方に仕事を依頼しても?」
シェリー「仕事……?」
○同・五階天井裏
中腰で歩くシェリー。
エルマーの声「私の指定する場所に行って、情報を集めてきていただきたいのです」
シェリーの声「何でウチがそんな事せなあかんねん」
エルマーの声「貴方に関する情報の口止め料と考えてみてはいかがでしょう?」
シェリーの声「口止め料……」
エルマーの声「もちろん、それとは別にお給料もお支払いいたしますよ」
シェリーの声「……わかった。やったるわ」
エルマーの声「そう言っていただけると思ってました。ではまず……」
シェリー「五階の廊下……やったな。この辺やろか?」
天井に耳を当てるシェリー。
ロウの声「そんな所から出られないって」
シェリー「今の声……ロウ?」
天井の板をずらし、室内を覗き見るシェリー。
○同・五階空き部屋
コイントスをしているロウ。
ロウ「あ、表だ。いい事あるかも」
シェリー「やっぱりロウやん」
天井から降りてくるシェリー。
ロウ「シェリー、何でここに?」
シェリー「仕事や仕事。ロウこそ何でここにおんねん」
ロウ「それは……、あ、やばい。シェリー、早く戻った方がいいって」
シェリー「え?」
ポールが戻ってくる。
ポール「やっぱりバルコニーから外に出るのは危険そうですね」
シェリーと目が合うポール。
ポール「……どちら様ですか?」
頭を掻くロウ。
シェリー「あ~、情報屋の使いっ走りや」
ロウ&ポール「情報屋!?」
顔を見合わせるロウとポール。
ロウ「いつの間に、そんな事に?」
シェリー「まぁ、色々あったんや」
ポール「で、その情報屋の方は、一体どうやってこの部屋に入られたんですか?」
シェリー「それは、天井裏を通ってやな……」
ロウ「それだ!」
シェリーを指差すロウ。きょとんとするシェリーとポール。笑顔のロウ。
× × ×
無人の部屋。化粧台の上に重ねられた台や椅子。
○同・五階天井裏
中腰でゆっくり歩くロウ。後方でハイハイしているポール。前方で天井の板をずらし下を見ているシェリー。
ロウ「シェリー、何見てるの?」
シェリー「見てみ」
天井の隙間から下を見るロウ。赤装束四名が血まみれで倒れている。
ロウ「うわ~」
シェリー「何がどうなってんねんやろな」
ロウとシェリーに追いつくポール。
シェリー「ほんま遅いな。はよ行くで」
ポール「……すみません」
ロウ「ところでシェリー、俺達はどこに向かってる訳?」
シェリー「情報屋さんのお店やで」
○同・五階バー
天井の板がずれ、シェリーとロウが降りてくる。天井を見上げるロウ。
ロウ「ポールさん、早く降りてきなよ」
天井の隙間から顔を出すポール。
ポール「む、無理ですよ。こんな高い所から飛び降りるなんて」
ロウ「この程度の高さ、どうして心配する事があろうか、いや、ない」
ポール「でも……」
シェリー「ええもんあったで」
脚立を持ってくるシェリー。天井の板のずれた場所の真下に立てる。
ポール「ありがとうございます」
脚立を使って降りてくるポール。周囲を見回すロウとポール。
ポール「このバーが、情報屋……」
ロウ「って事は、ここのマスターが情報屋さんって事?」
シェリー「そういう事や。……今はおらんみたいやけどな」
周囲を見回すシェリー。
シェリー「ほな、ウチは仕事に戻らなあかんから。後は二人だけで大丈夫やろ?」
ポール「はい。ありがとうございました」
天井裏に姿を消すシェリー。
ロウ「じゃあ、俺達も行こうか」
○同・五階天井裏
シェリーが上ってくる。
シェリー「さて、次の指定は確か、カジノやったな」
○同・七階カジノ・スタッフルーム
天井からシェリーが降りてくる。
シェリー「誰もおらへん。あっちやろか?」
ドアに近づくシェリー。マシンガンの発砲音。驚くシェリー。
シェリー「今度は何や?」
ドアを少しだけ開くシェリー。隙間から隣の部屋を覗く。
○同・七階カジノ・メインルーム
赤装束の男(トニーだが、この時点ではまだわからない)がマシンガンを抱えている。赤装束一〇名が血まみれで倒れている。
シェリーの声「仲間割れ……やろか?」
トニーが部屋を出て行く。
○同・七階カジノ・スタッフルーム
ドアを閉めるシェリー。
シェリー「さて、後は一〇階やったな」
○同・一〇階赤装束の部屋
天井から降りてくるシェリー。血まみれで倒れている赤装束四人と船員服姿のアーサー。
シェリー「ほんまに何やねん、この船は」
アーサーのポケットを探るシェリー。船員証が出てくる。
シェリー「副船長、トニー・ドアーク……」
顔がわからない状態のアーサー。
○同・九階ロウの部屋・前
ドアに「903」と書いてある。ドアが開き、ロウとポールが出てくる。ドラゴンの卵の入った箱を持つポール。
ポール「コレが、ドラゴンの卵……。その泥棒さんは、一体どこでコレを?」
ロウ「一〇階の空き部屋、って言ってたな」
ポール「空き部屋……」
ロウ「さぁ、ポールさんはコレを持って、船員室に急いだ方がいい」
ポール「ロウさんは?」
ロウ「俺は一カ所、行きたい所があるから」
ポール「そうですか。……あの、すみませんでした。いきなり取り押さえたりして」
頭を下げるポール。
ロウ「どうして気にする必要があろうか、いや、ない。あれはあれで、割と面白かったし」
笑うロウ。釣られて笑うポール。反対方向に歩き出すロウとポール。
○同・六階船員室・前
「船員室」と書かれた看板がある。意を決し室内に入るポール。
○同・同・中
ポールが入ってくる。電話線をいじっているマイク。他に人はいない。
マイク「おっ、ポール。お前どこ行ってたんだよ。こっちは大変だったんだぞ?」
ポール「……すいません。……あの、赤装束の人達はどこへ?」
マイク「留置室に入れといたよ」
ポール「……一体、どうやって?」
マイク「なんか、いきなり空から降ってきた人が、赤装束の奴らをバッタバッタなぎ倒していったんだよ。凄かったぜ」
ポール「で、その人は?」
マイク「名前も言わずに消えちまったよ」
ポール「……そんな事があったんですか」
マイク「ただ、電話線がやられちまってよ、使えねぇんだわ。……あ、道具借りてくるからよ、留守番よろしく」
ポールの肩を叩いて、部屋を出るマイク。呆然と立ち尽くすポール。
ポール「……何か、拍子抜けだな」
手に持った卵の箱を見るポール。その箱を金庫にしまう。
ポール「これで良し」
赤装束の服装をしたトニー(この時点でもまだ顔はわからない)が部屋に入ってくる。
トニー「……奴らはどこへ?」
ポール「ひっ」
腰を抜かすポール。
○同・五階バー
ロウが入ってくる。カウンターにエルマーがいる以外に人はいない。
エルマー「お酒は出せませんよ? 営業時間ではありませんから」
ロウ「大丈夫です。……情報屋さんに用があって来ましたので」
エルマー「そうですか」
しばしの沈黙。
ロウ「本当に、何でも知ってるんですか?」
エルマー「えぇ。お試しになりますか? 特別に無料で一つ、情報を差し上げますよ」
ロウ「そうですね……」
考えるロウ。
ロウ「では、勇者エルマーは今、どこで何をしているんですか?」
エルマー「残念ながら『一つだけ』というお約束ですので、『今どこにいるか』だけをお答えしますが……」
息をのむロウ。
エルマー「シーキャッスル号です」
ロウ「……え? この船の中に、勇者エルマーが……?」
驚くロウ。
○同・一階ロビー
一二時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号
○黒味
T「支配者 ~トニーの2日目(午前)~」
○航海するシーキャッスル号(夜)
○シーキャッスル号・一階ロビー(夜)
〇時を示す時計。
○同・九階管理室(夜)
パソコンの前に座るトニー。画面には「削除されました」というウィンドウが表示されている。
トニー「これで、私が地下倉庫に行った履歴は削除された、と」
一息つくトニー。再びパソコンの画面を見る。
トニー「一三時二〇分、カジノ店員、ジャック・ヰヰか……こいつが死体を動かしたのか……。いや、待て」
○(回想)同・九階廊下(夜)
トニーが紙を見ながら歩いている。
トニー「ジャック・ヰヰ。盗まれたのは船員証とセキュリティカード。盗まれた時間帯不明、か……」
○同・九階管理室(夜)
パソコンの前に座るトニー。
トニー「そうか、泥棒の仕業かもしれない、という事か……」
ため息をつくトニー。
トニー「乗客の中にいると思うんだが……」
デイモンの声「じゃが、この船に乗っておるのは金持ちばかりじゃからな……」
トニー「一体誰なんだ、泥棒は」
○(フラッシュ)同・一三階廊下
トニーと女性客の脇を通るロウ。
○同・九階管理室(夜)
パソコンの前に座るトニー。
トニー「あの貧乏人の客……」
○(フラッシュ)同・九階廊下(夜)
部屋に入るロウ。ドアが閉まる。ドアに「903」と書かれている。
○同・九階管理室(夜)
パソコンの前に座るトニー。キーボードを叩き始める。
トニー「九〇三号室の客……」
画面に映るロウの顔と名前。
トニー「ロウ・ヴィンソン……こいつか?」
○同・九階ロウの部屋・前(夜)
ドアに「903」と書かれている。ドアの前に立つトニー。上着の内ポケットから拳銃を取り出す。
○同・同・中(夜)
部屋に入ってくるトニー。拳銃を構えている。周囲を(前後左右上下くまなく)警戒するトニー。
ベッドに銃を向けるも、もぬけの殻。
× × ×
バルコニーやバスルームも調べるトニー。誰もいない。
トニー「いないようだな。運のいいやつめ」
金庫を開けるトニー。卵の箱を見つける。
トニー「やはり、あの男が泥棒だったか」
ベッド脇に置いてある大きな布袋に手を伸ばすトニー。中身を確認する。
トニー「後はあの泥棒を始末するだけだな」
○同・同・前(夜)
大きな布袋と卵の箱を持ち、部屋から出てくるトニー。
トニー「ついでだ。あの空き部屋にも行っておこう」
○同・地下倉庫(夜)
ドラゴンの卵の箱が二つ置いてある。上からブルーシートをかけるトニー。
トニー「卵は、ここでいいだろう。上の階から順番に回っているなら、地下は最後だ」
大きな布袋を持って歩き出すトニー。
○同・六階船員室・中(夜)
数名の船員がいる。大きな布袋を持ったトニーが入ってくる。
マイク「副船長、お疲れさまです。……何ですか、その袋?」
トニー「泥棒が盗んでいた物だ」
マイク「え? 泥棒見つけたんですか?」
トニー「あぁ。九〇三号室のロウ・ヴィンソンだ。今は部屋にいなかったみたいだが、部屋からこの袋が見つかった」
マイク「じゃあ確定ですね」
トニー「悪いが、後の処理は頼む。私は仮眠室で休憩を取らせてもらうよ」
大きな布袋と管理室の鍵をマイクに渡すトニー。
マイク「わかりました。お疲れさまです」
部屋を出て行くトニー。
○航海するシーキャッスル号(朝)
○シーキャッスル号・一階ロビー(朝)
五時三〇分を示す時計。
○同・一〇階仮眠室(朝)
ベッドで寝ているトニー。目を覚まし起き上がる。
○同・六階船員室(朝)
二〇名近い船員が集まっている。トニーが入ってくる。
マイク「おはようございます」
トニー「おはよう。全員揃っているか?」
マイク「いえ、船長とカールさんとポールがいません」
トニー「ポール君が……? まぁ、いい。時間だから始めるとしよう」
船員達の前に立つトニー。
トニー「では、朝礼を始める」
アーサー「少々お待ちいただけますか?」
部屋に入ってくる赤装束の集団。
○同・一階ロビー(朝)
六時を示す時計。
○同・一〇階赤装束の部屋・前
ドアに「1015」と書いてある。
○同・同・中
縛られた状態で椅子に座るトニー。既に暴行を受けた後で、意識を失っている。そこへ蹴りを入れられ、目を覚ますトニー。
アーサー「意識を飛ばすのは早いですよ」
トニー「走馬灯くらい、ゆっくり見せてもらいたいものだな」
室内を見回すトニー。その正面に立つアーサーと、マシンガンを持ってその後ろに立つ赤装束四名。
トニー「カジノ責任者のアーサー、でよろしかったかな?」
アーサー「覚えていただけて光栄です」
トニー「何故、私をここへ?」
アーサー「私が『ドラゴンの卵』と言った時、貴方だけが僅かに反応を見せました」
トニー「なるほど」
アーサー「では、単刀直入にお聞きします。……ドラゴンの卵はどこですか?」
トニー「知らないな」
アーサー「ほう、そうですか……」
誰にも気付かれないように。上着の袖から小さなナイフを取り出すトニー。
○同・一階ロビー
九時を示す時計。
○同・一〇階赤装束の部屋
縛られた状態で椅子に座っているトニー。赤装束に腹部を蹴られる。その様子を離れた場所で見ているアーサー。
アーサー「まだお話いただけませんか……。その口の堅さは尊敬しますよ」
トニーに近づくアーサー。
アーサー「お気持ちはわかりますよ。何せ、そのために船長さんの殺害までしたんですからね」
アーサーをにらむトニー。トニーを縛るロープが八割ほど切れている
トニー「何故それを知っている?」
アーサー「何故だと思います?」
トニー「あの死体を隠したのが、お前らだからか? だとすれば、脅迫電話をかけていながら、その後一切の連絡がなかったのも合点がいく」
アーサー「ご名答。素晴らです」
トニー「カール君はどうした?」
アーサー「死んでいただきましたよ。もう用がありませんでしたので」
微笑むアーサー。手を叩く。
アーサー「そうだ、取引をしましょう。あの死体を貴方にお返しします。その代わり」
トニー「卵の在処を話せ、と?」
アーサー「少しだけ、考える時間を差し上げましょう」
トニーから離れるアーサー。無線機のスイッチを入れる。
アーサー「こちらアーサーです。船員室の皆さん、定時連絡はどうされましたか?」
返事がない。
アーサー「出ませんね……。こちらアーサーです。ジャックさん、応答して下さい」
ジャックの声「こちらジャックっス」
× × ×
縛られた状態で椅子に座るトニー。トニーを縛るロープはほとんど切れかけている。無線機で話すアーサー。その後ろで立っている赤装束四名。
アーサー「これは命令です。以上」
無線機を切るアーサー。
アーサー「お待たせ致しました。卵の在処を話す気になっていただけましたか?」
トニー「ロウ・ヴィンソンが五一〇号室にいるのか……」
アーサー「おや、聞こえていましたか」
トニー「卵の在処を話す前に、一つ質問したい事がある」
アーサー「どうぞ」
トニー「お前らの仲間は何人いるんだ?」
アーサー「二五名程ですが、それが何か?」
トニー「船長の死体の件は、その全員が知っているという事か」
アーサー「そういう事になりますね」
トニー「参考になったよ。お礼に、五一〇号室に入る方法を教えてやろう」
アーサー「どのような方法なのですか?」
トニー「私の上着の右ポケットに入っているマスターキーを使えばいい」
アーサー「なるほど」
アーサーが顎を動かし、赤装束一名がトニーに近づく。トニーを縛るロープが完全に切れる。トニーが赤装束をナイフで刺す。
アーサー「……どうしました?」
上着の内ポケットから拳銃を取り出し三発発砲するトニー。倒れる赤装束三名。返り血を浴びるトニー。立ち上がり、アーサーに拳銃を向ける。
アーサー「……素晴らです。我々は貴方を少々侮っていたようです」
トニー「ドラゴンの卵から手を引け」
アーサー「それは出来ない相談ですね」
トニー「ならば、死ね」
拳銃を取り出すアーサー。発砲するトニー。倒れるアーサー。返り血を浴びるトニー。自分の服を見る。
トニー「随分と汚れてしまったな……」
× × ×
アーサーと服を交換するトニー。
トニー「この服なら、血が目立たなくていいな」
アーサーの顔にマシンガンを発砲し、顔を識別不能な状態にする。
トニー「さて、次は……いや、先にロウ・ヴィンソンを片付けねばな」
○同・五階空き部屋・前
トニーが歩いてくる。壁にマシンガンを向けている赤装束四名。その四名に向けてマシンガンを発砲するトニー。倒れる赤装束四名。返り血を浴びるトニー。自分の服を見る。
トニー「コイツは……あと一五人か」
ドアに「510」と書いてある。マスターキーをさすトニー。
○同・同・中
トニーが入ってくる。誰もいない。
トニー「逃げたのか……? しかし、一体どうやって……」
化粧台の近くに散乱した椅子や台。
トニー「まぁ、いい。先に赤装束の仲間達を片付けていくとしよう」
○同・七階カジノ・前
○同・同・メインルーム
一〇名の赤装束が立っている。その後ろにモニカが座っている。トニーが入ってくる。
モニカ「……お前、誰だ?」
トニー「仲間、には見えないか?」
モニカ「見えないな。美しくない。お前は誰だ? その服をどこで手に入れた?」
トニー「アーサーという男に聞いてくれ」
マシンガンを赤装束に向けるトニー。
トニー「あの世で、な」
マシンガンを発砲するトニー。煙が晴れる。トニーだけが立っている。
トニー「あと約五人。……船員室にいる奴らだけだな」
部屋を出て行くトニー。
○同・六階船員室・前
○同・同・中
部屋に入ってくるトニー。ポール以外に人はいない。
トニー「……奴らはどこへ?」
ポール「ひっ」
腰を抜かすポール。
○同・一階ロビー
一二時を示す時計。
○航海するシーキャッスル号
○黒味
T「新勇者 ~2日目(午後)~」
○航海するシーキャッスル号
○シーキャッスル号・一階ロビー
一二時を示す時計。
○同・五階バー
カウンターを挟んで、ロウとエルマーが向かい合っている。
ロウ「勇者エルマーが、この船に……?」
エルマー「その通りです」
ロウ「この船のどこですか? 何号室?」
エルマー「これ以上は、有料になりますよ」
紙に金額を書くエルマー。その紙をロウに見せる。驚くロウ。
エルマー「もちろん、支払いは現金でお願いする事になりますよ?」
ロウ「こんな大金、どうして払える事があろうか、いや、ない」
エルマー「でしたら、お教えする事はできません。お引き取り下さい」
ロウ「そんな……」
肩を落として部屋を出るロウ。
○同・六階船員室・前
○同・同・中
ポールとトニーが立っている。ポールに顔を見せるトニー。驚くポール。
ポール「ふ、副船長!? まさか、副船長はあの赤装束と仲間だったんですか?」
トニー「いや、違うが」
ポール「父を誘拐した奴らの仲間だったんですか?」
トニー「落ち着きたまえ、ポール君」
ポール「地下倉庫にあったあの血溜まりと、どんな関係があるんですか?」
無言のトニー。
○同・五階バー
カウンターを挟んで、エルマーとシェリーが立っている。
エルマー「五階の廊下、一〇階の部屋、七階のカジノ、いずれも生存者はいなかったという事ですか?」
シェリー「せやで。全員死んどったわ」
エルマー「ご苦労様でした。……ただし、今後は一つ注文が」
シェリー「何や?」
エルマー「きちんと、一人一人の生死を確認してきて下さい」
シェリー「どういう意味や?」
エルマー「中には敵を欺くために、死んだふりをする方もいらっしゃいますので……」
○同・七階カジノ・メインルーム
赤装束一〇人分の死体の山がある。死体の山の中から、モニカが起き上がる。死体をどけて歩くモニカ。
モニカ「美しくないな……」
部屋を出るモニカ。
○同・地下倉庫
恐怖に固まるジャックとボブ。何かを食べている音。
ボブ「アレって、ド、ド、ド……」
ジャック「……ドラゴン」
ジャックとボブの視線の先、船長の死体を食べている小さなドラゴン。
ボブ「に、逃げようよ、ジャック……」
ジャック「何言ってんだ、ドラゴンつったって、まだガキじゃねぇか」
後ずさりするボブ、ドラゴンに近づくジャック。
ジャック「もしここでコイツを手なずけられりゃ、俺の株価も急上昇だな」
ボブ「ジャック、やめときなよ~」
ジャック「大丈夫だって、まだこんなにちっこいんだからよ」
船長の死体を食べ終えるドラゴン。急激に一回り大きくなる。驚くジャックとボブ。
ジャック「でかくなりやがった」
ドラゴンと目が合うジャック。ジャックの足下に近づくドラゴン。ドラゴンの頭を撫でるジャック。ボブに向かって得意そうな表情。
ジャック「ほれ、どんなもんだ」
ボブ「ジャック、すごいよ~」
安心した表情のボブ。
ジャック「ぐわぁぁぁ」
恐怖に顔が引きつるボブ。ジャックの足に噛み付いたドラゴン。
ジャック「ボ、ボブ、助けて……」
ボブ「う、うん」
拳銃を取り出し、ドラゴンに発砲するボブ。ドラゴンに命中するも、全く効果がない。
ボブ「ひっ」
ジャック「ボブ、早く……」
ボブ「……ジャック、ごめんよ~」
逃げ出すボブ。
ジャック「おい、ボブ、待て……」
気を失うジャック。エレベーターまで走ってくるボブ。ボタンを連打する。
ボブ「早く、早く!」
ボタンを連打するボブ。ボブに近づくドラゴン。さらに二回り大きくなる。
ボブ「あ……あ……あ……」
腰が抜けるボブ。近づくドラゴン。
ボブ「うわぁぁぁ!」
○同・エレベーター
誰もいない。ドアが開く。二回り大きくなったドラゴンが乗ってくる。
○同・六階船員室・前
○同・六階船員室
トニーと対峙するポール。
ポール「つまり、副船長はあの赤装束からその服を奪っただけ、という事ですか?」
トニー「そういう事だ。奴らはカール君の殺害も認めていたな……」
ポール「……やはりそうでしたか。……あ、早とちりしてしまって申し訳ありません」
トニー「いや、構わないよ」
ポール「ですが、地下倉庫の血溜まりについては、副船長は何かご存知ですよね?」
トニー「……何故そう思うのだい?」
ポール「管理室のパソコンで、地下へ行った履歴を削除しましたよね?」
トニー「それだけで私を疑うのかい?」
ポール「もう一つあります。ドラゴンの卵が空き部屋で発見されたそうです。空き部屋の鍵の管理は、副船長でしたよね?」
トニー「……ポール君。一つだけいい事を教えてあげよう」
ポール「何ですか?」
ポケットから拳銃を取り出すトニー。
トニー「世の中には、知らない方がいい事もあるんだよ」
ポール「ひっ。ふ、副船長……」
トニー「あの世でお父さんが待っているよ」
引き金に手をかけるトニー。
マイク「赤装束め、まだ残ってたか!」
トニーを取り押さえるマイク。
トニー「待ちたまえ、私だ、トニーだ」
マイク「……え!?」
驚いて手を離すマイク。トニーの顔を確認する。
マイク「ポール、これどういう事だ?」
部屋から逃げ出すポール。
マイク「おいおい、ポール?」
トニー「……賢明な判断だ」
マイク「え?」
○同・七階廊下
エレベーターの前に立つ女性役。
女性客「遅いざますわね」
エレベーターのドアが開く。ドラゴンと目が合う女性客。
女性客「ぎゃああ! 化け物ざます~!」
逃げ出す女性客。エレベーターから降りるドラゴン。カジノの看板がある。カジノに入っていくドラゴン。
○同・九階ロウの部屋・中
ソファに座っているロウ。
ロウ「あーあ、せっかく同じ船に乗ってるんだから、勇者エルマーに会ってみたいな」
コイントスをするロウ。
ロウ「表か……。いい事ありますように」
テーブルの上に置いてある『勇者エルマーの真実』の本を開くロウ。
○同・六階船員室・中
トニーとマイクだけがいる室内。電話線をいじっているマイク。
トニー「つまり、あの赤装束どもは留置室にいる、という事かね?」
マイク「はい、そうです。……これで電話つながるはずなんだけどな……」
電話が鳴る。
マイク「よし、来た!」
受話器を取るマイク。
マイク「はい、船員室。……え!? それは本当ですか!?」
トニー「どうしたのかね?」
受話器を手で抑え、トニーの方に振り向くマイク。
マイク「七階にドラゴンが現れたそうです」
トニー「何!?」
部屋を出るトニー。
○同・同・前
部屋から出てくるトニー。走り去る。直後に物陰から姿を現すモニカ。
モニカ「七階に、ドラゴンか……」
笑みを浮かべるモニカ。
○同・五階バー
カウンターの席に座るポール。電話に出ているエルマー。受話器を置く。
ポール「すみません、急に来てしまって」
エルマー「構いませんよ。……何か情報をお求めですか?」
ポール「そうですね……。正直、何から聞いたらいいのか……」
エルマー「では一つ、たった今入った新鮮な情報をお教え致しましょう」
ポール「何ですか?」
エルマー「ドラゴンが現れたそうですよ」
ポール「……え!?」
エルマー「場所は七階の廊下です。それを聞いてどうするか、それは貴方次第ですが」
ポール「……失礼します」
一礼して部屋を出て行くポール。
○同・五階天井裏
天井に耳を当てているシェリー。
シェリー「ドラゴンか……」
エルマーの声「シェリー君、聞こえていたでしょう? 少し様子を見てきていただけますか?」
シェリー「ええで」
中腰で歩き出すシェリー。
○同・七階カジノ・前
カジノの看板がある。カジノから出てくるドラゴン。一〇回り大きくなっている。
○同・同・メインルーム
死体が全て無くなっている。
○同・階段
階段を下りるドラゴン。
○同・七階廊下
トニーがやってくる。廊下の先に、ドラゴンのしっぽが見える。
トニー「まさか、生まれてしまうなんて。しかも、既にあそこまで成長して……」
○同・一〇階赤装束の部屋・前
○同・同・中
赤装束の死体四体と、アーサーの死体が一体ある。モニカが立っている。
モニカ「喜べ。美しくないお前達だが、どうやら最後の最後に役に立ちそうだぞ」
○同・五階廊下
ドアに「510」と書いてある。赤装束の死体が一体だけある。死体を食べているドラゴン。三回り大きくなっている。トニーがやってくる。
トニー「このまま成長されては困る。死ね」
拳銃を発砲するトニー。
○同・九階ロウの部屋・中
ソファに座って本を読むロウ。
ロウ「ドラゴンを倒せる唯一の武器『勇者の剣』は、今もエルマーが持っている、か……。へぇ、そうなんだ……」
天井から降りてくるシェリー。
ロウ「どうしたの? シェリー」
シェリー「ちょっと、来てみ」
○同・五階廊下
拳銃を発砲するトニー。動じないドラゴン。一回り大きくなる。死体がなくなっている。
トニー「ダメか……」
マイク「大丈夫ですか、副船長!」
マイクと船員一〇名がやってくる。皆マシンガンや拳銃を持っている。
マイク「よし、撃て!」
一斉に発砲する船員達。
○同・五階廊下(後方)
ポールがやってくる。前方にドラゴンと船員達がいる。発砲音。
ポール「ひっ。あ、あれが、ドラゴン……」
足が震えているポール。
○同・五階廊下
煙が晴れる。無傷のドラゴン。
マイク「おいおい、マジかよ……」
驚く船員達。モニカがやってくる。五体の死体を乗せた台車を押している。
モニカ「無駄な真似はよせ。そんな攻撃がドラゴンに通じる訳がない」
マイク「お前、何を……」
モニカ「さぁ、ドラゴンよ。食べるがいい」
五体の死体をドラゴンの前に放るモニカ。食べ始めるドラゴン。
モニカ「美しい。その瞳、その体、その凶暴性。その全てが美しい」
○(フラッシュ)エルマーアイランド・街
幼いモニカと若いエルマーがいる。民家の跡地から顔を出すドラゴン。ドラゴンに見とれる幼いモニカ。
モニカの声「あの日、初めてその姿を見たあの時から」
○シーキャッスル号・五階廊下
ドラゴンに見とれるモニカ。後ろで立ち尽くしているトニーやマイクや船員達。死体を食べているドラゴン。五回り大きくなっている。
モニカ「二〇年間、私が探し求めたきた究極の美。それが今、私の目の前にある!」
マイク「……狂ってる」
モニカ「ところで、もう一匹のドラゴン、お前の兄弟はどこへ行った?」
眉が動くトニー。
モニカ「まさか、食べてしまったか? まぁドラゴンの卵はお前に必要な栄養価が豊富だからな、やむを得ん」
トニー「食べた、だと……」
船員からマシンガン奪い、ドラゴンに向けるトニー。
トニー「貴様、私の苦労を無駄にしおって」
発砲するトニー。動じないドラゴン。
トニー「くそっ、くそっ、くそ~」
発砲しながらドラゴンに近づくトニー。弾が切れる。無傷のドラゴン。トニーに向けて口を開く。
トニー「うわ~」
○同・五階廊下(後方)
視界を手で覆うポール。腰を抜かす。足が震えている。
マイクの声「副船長~!」
○同・五階天井裏
ずれていた天井の板を元に戻すシェリー。シェリーの後ろにいるロウ。
ロウ「あれは助からないだろうな……」
シェリー「残酷やな、ドラゴンいうのは」
突然揺れる船内。よろけるロウとシェリー。壁を強く叩く音。前方で跳ね上がる天井の板。
シェリー「な、何や?」
天井の板をずらすシェリー。
○同・五階廊下
二回り大きくなっているドラゴン。体の幅が廊下の幅ギリギリになっている。壁を壊そうと頭や体をぶつけるドラゴン。後退するマイクと船員達。
モニカ「どうした、ドラゴン」
なおも暴れるドラゴン。
○同・五階廊下(後方)
座り込んでいるポール。マイクと船員達がやってくる。
マイク「いたのかポール。ここは危ねぇ。一旦引くぞ」
ポール「え? でも……」
マイク「俺達は丸腰も同然なんだ。これ以上船員を犠牲にする訳にもいかねぇ」
ポール「じゃあ、あの人は……?」
前方にいるモニカを見るポール。
マイク「赤装束の仲間だろ。放っとけ」
ポール「……そうはいきません」
拳を握りしめるポール。走り出す。
マイク「おい、ポール!」
○同・五階廊下
暴れるドラゴンを見ているモニカ。
モニカ「一体どうしたと言うのだ、ドラゴンよ。空腹か? ならばこの私を食べれば良いではないか」
走ってくるポール。モニカの手を掴み走り出す。
モニカ「貴様、何をする」
ポール「ここは危険です。避難を」
○同・五階廊下(後方)
走ってくるポールとモニカ。ポールの手を振りほどくモニカ。
モニカ「何故助けようとする。私を助けた所で、お前に何のメリットもないだろう」
ポール「メリットはありませんが、デメリットはあります」
モニカ「何だ?」
ポール「船員室を襲った罪と、父を殺した罪を、償ってもらえなくなります」
モニカ「……なるほど、美しい理由だ」
拳銃を取り出し、銃口をポールに向けるモニカ。
モニカ「だが、どんな理由であろうと、邪魔はさせん。お前にもドラゴンの血肉となってもらう」
ポール「ひっ」
モニカ「喜ぶがいい。あの美しきドラゴンの一部と化せるのだからな」
引き金に手をかけるモニカ。天井から降りてくるシェリー。モニカの頭部を蹴るシェリー。意識を失うモニカ。
ポール「情報屋の使いさん」
マイクがやってくる。
マイク「大丈夫か、ポール。(シェリーを見て)あ、あんたはさっきの」
シェリー「どうも」
ポール「この人を、お願いします」
マイク「わかった」
モニカを運んでいくマイク。
ポール「助けていただいて、ありがとうございました」
シェリー「ウチは頼まれただけやで」
ポール「え?」
天井から降りてくるロウ。
ロウ「どうも」
ポール「ロウさん」
前方で暴れているドラゴン。
ポール「ここは危ないです。お二人とも早く避難を」
ロウ「ちょっと待って」
前方で暴れているドラゴン。それを見ているロウ。
ロウ「あのドラゴン、何か変じゃない?」
ポール「え?」
ロウ「何か、違和感がある」
シェリー「あ、ウチも何となくわかる気がするわ」
ポール「え? どこがですか?」
シェリー「ドラゴンがあんだけ暴れとって、天井の板なんかも弾かれとんのに、壁が全然壊れてへんねん」
ロウ「それだ」
前方で暴れるドラゴン。無傷の壁。
ポール「それはそうですよ」
シェリー「え?」
ポール「だってこの船は、例え船内でドラゴンが暴れたって壊れないくらい、丈夫に作られていますから」
ロウ「それ、本当だったんだ……。これだから人生は面白い」
○同・五階廊下
暴れるドラゴン。
○同・階段
腰掛けるロウとポールとシェリー。
ロウ「つまり、今あのドラゴンは、体と壁が接している。だから、その壁を壊そうと暴れているんだと思う」
ポール「なるほど」
ロウ「だから、あと少しでもドラゴンを成長させられれば……」
シェリー「ドラゴンは壁に挟まれて、完全に動けなくなる」
ロウ「そういう事」
ポール「では、レストランから食材を貰ってきて食べさせれば……」
シェリー「それで解決やん」
ロウ「残念だけど、ドラゴンは基本的に人肉でしか成長しないって、本に載ってた」
シェリー「そんな……」
ポール「でも『基本的に』という事は『例外もある』という事ですか?」
ロウ「さすがポールさん、するどい。本の中で具体的なものの記述は無かったけど、さっきあの赤装束の人が教えてくれたよ」
シェリー「……あ、ドラゴンの卵!」
ロウ「そういう事」
○同・二階留置室
マイクに連行されているモニカ。手には手錠。鉄格子の部屋に入れられる。
モニカ「美しくない部屋だな」
マイク「当たり前だ」
モニカ「ドラゴンを、どうする気だ?」
マイク「さぁな」
モニカ「ドラゴンを倒そうなどと考えない方がいい。絶対に不可能だからな」
マイク「何でだよ」
モニカ「ドラゴンを倒す事が出来る武器は世界でただ一つ。勇者エルマーの持つ剣だけだ」
○同・階段
腰掛けるロウとポールとシェリー。
ポール「で、ドラゴンを動けなくしてからはどうするんですか?」
シェリー「放置するしかないんちゃう? 拳銃も効かへん訳やし」
ポール「そんな。五階にいるお客樣方はどうなるんですか?」
シェリー「そんな事言われてもやな……」
ロウ「ドラゴンを倒す事が出来る武器は『勇者の剣』。どうしてそれ以外の武器で倒せる事があろうか、いや、ない」
シェリー「そうなんや。その剣って、どこにあんねん」
ロウ「勇者エルマーが持っている」
シェリー「それじゃあかんやん」
ロウ「その勇者エルマーは、今この船に乗っている」
シェリー「え?」
ロウ「ポールさん」
ポール「はい」
ロウ「エルマー・フックバットという人が泊まっている部屋を調べてもらえませんか?」
ポール「調べる事は可能ですが……そのようなお客様は、いません」
ロウ「え? そんなハズは……」
ポール「僕はお客様の名前や、空き部屋の状況など、全て記憶しています。昨夜も改めて全データを確認しました。間違いありません」
ロウ「俺も情報屋さんから聞いたから、間違いないハズなんだけどな……」
シェリー「ほな、情報屋さんにもっと詳しく聞いたらええやん」
ロウ「できればそうするけど、情報料が高すぎるんだよ」
ポールとシェリーに耳打ちするロウ。
ポール「え、そ、そんなに!?」
シェリー「めっちゃ高いやん」
ロウ「でしょ? そんな金あったら、もっと面白い事に使うよ」
シェリー「確かにな……」
ポール「でも、どちらにしろ、エルマーというお客様はいない訳で……」
ロウ「『エルマーという客はいない』……? あ、そういう事か」
シェリー「何かわかったん?」
ロウ「あぁ。これだから人生は面白い。ポールさん、シェリー、今から役割分担だ」
ポール「役割分担ですか?」
ロウ「ポールさんは、俺がさっき渡したドラゴンの卵をここに持ってきて」
ポール「わかりました」
ロウ「シェリーはここで、ドラゴンの動きを見張っといて」
シェリー「わかったで。……ロウは?」
ロウ「俺は……」
○同・五階バー
カウンター内にエルマーが立っている。客はいない。ロウが入ってくる。
エルマー「いらっしゃいませ」
ロウ「情報屋さん、お願いがあります」
○同・五階廊下
ドラゴンが暴れている。
○同・五階天井裏
シェリーが天井の隙間から下を覗き見ている。
シェリー「ほんまに、頑丈な壁やな」
ポールの声「シェリーさん、シェリーさん」
シェリー「お、来たな」
○同・五階廊下(後方)
卵の箱を持って立っているポール。天井からシェリーが降りてくる。
ポール「ドラゴンの様子は?」
シェリー「あいかわらずや」
ロウがやってくる。剣を持っている。
ロウ「お待たせ」
ポール「その剣、もしかして……」
ロウ「エルマーさんに借りてきた」
ポール「本当ですか!?」
シェリー「あの大金、払ったん!?」
ロウ「秘密。さぁ、作戦を説明するよ」
○同・階段
腰掛けるロウとポールとシェリー。
ロウ「まず、ドラゴンに卵を食べさせて、完全に動けない状態にする」
頷くポールとシェリー。
ロウ「次に、剣を使ってドラゴンを倒す」
ポール「でも、ドラゴンは首から上だけなら自由に動かせますよね? いかに剣があるとはいえ、危険では……?」
ロウ「確かに、正面から近づくのは危険すぎる。だから、上から攻めよう」
シェリー「ウチの出番、って訳やね」
ロウ「そういう事。まぁ、あくまでもシェリーの役割は天井裏に上るまでだけどね」
シェリー「そっか。じゃあドラゴンを斬る役割は……」
ロウ「もちろん、ポールさんにお願いする」
ポール「え、ぼ、僕ですか!?」
シェリー「ロウがやるんちゃうんか?」
ロウ「どうして俺がこの船のために体を張る理由があろうか、いや、ない」
ポール「そんな……」
シェリー「そらそうやけど」
ロウ「とにかく、そういう事だから。ポールさん、任せた」
ポール「む、無理です。ぼ、僕にはそんな事できませんよ……」
ロウ「でも、シェリーの力じゃドラゴンの皮膚は切れない。俺はやらない。どうしてポールさん以外の候補者がいる事があろうか、いや、ない」
ポール「でも、僕には無理です……。僕は勇者なんかじゃないですから……」
ロウ「誰かがやらなきゃいけない事なんだ。ちょっとでも勇気を絞り出してみてよ」
ポール「で、でも……」
ロウ「ポールさんは、やれば出来るって」
○(フラッシュ)同・五階空き部屋
ロウを取り押さえるポール。
ロウの声「泥棒を取り押さえようとしたり」
○(フラッシュ)同・五階廊下
モニカの手を取って走るポール。
ロウの声「あの赤装束の人を助けたり」
○同・五階階段
腰掛けるロウとポールとシェリー。ポールの肩を叩くロウ。
ロウ「ポールさんなら十分、二代目勇者になる資格があると思うよ」
シェリー「せやな。男らしく覚悟決めぇや」
ロウ「全てはこの船のため、お客様を守るため、なんだからさ」
立ち上がるポール。強く握られた拳。
ポール「……わかりました。やります」
立ち上がるロウとシェリー。
シェリー「よっしゃ、やるでぇ」
コイントスをするロウ。
ロウ「よし、表だ。面白くなりそうだな」
○同・五階バー
カウンター内にエルマーが立っている。他に客はいない。デイモンが入ってくる。
エルマー「いらっしゃいませ」
デイモン「やぁ、こんにちは。あの泥棒ちゃんは来たかね?」
エルマー「えぇ。情報提供感謝します。……ご用件は?」
カウンターの席に座るデイモン。お金を置く。
デイモン「今のこの騒ぎは、いつ頃終わるのかねぇ?」
エルマー「間もなく、終わりますよ」
○同・五階廊下
暴れているドラゴン。ドラゴンに近づくロウ。卵を持っている。
ロウ「おい、ドラゴン。エサだぞ~」
ロウを見るドラゴン。ロウに向けて口を開く。
ロウ「それ」
卵を投げるロウ。ドラゴンの口の中に入る卵。二回り大きくなるドラゴン。体が両脇の壁に完全に密着する。首から上だけで暴れるドラゴン。
ロウ「よし、成功。後は頼んだよ~」
○同・五階天井裏
天井の板が一枚はずれている。下にドラゴンの背中が見える。ポールとシェリーが膝をついて座っている。
シェリー「ロウは上手くやったみたいやで」
ポール「……はい」
剣を握りしめるポール。
シェリー「首から上は動いとるけど、体は全く動いとらん。背中に降りるのは、そんなに難しくないハズやで」
ポール「……わかりました」
深呼吸をするポール。
ポール「……では、行ってきます」
シェリー「行ってらっしゃい、二代目勇者」
頷くポール。下に降りる。
○同・五階廊下
首から上だけで暴れているドラゴン。天井から降りてくるポール。ドラゴンの背中の上に降り立つ。剣を持っている。ドラゴンと目が合うポール。
ポール「ひっ」
腰が抜けるポール。ポールに向けて口を開くドラゴン。
ポール「うわぁぁぁ」
剣を振り下ろすポール。
○航海するシーキャッスル号(夜)
○同・一三階レストラン(夜)
客で賑わっている。
○同・甲板(夜)
客で賑わっている。
○同・五階廊下(夜)
ドアに「510」と書いてある。その前を掃除しているスーザン。
○同・二階留置室
天を仰ぐモニカ。
○同・五階バー・前(夜)
○同・同・中(夜)
カウンターを挟んで立っているロウとエルマー。剣を持っているロウ。
ロウ「コレ、ありがとうございました。エルマーさん」
エルマー「どういたしまして」
剣を受け取るエルマー。
エルマー「いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
ロウ「何でしょう?」
エルマー「どうして、私がエルマーだとわかったのかな?」
ロウ「そうですね……。まずは、足です」
エルマー「この義足か」
ロウ「はい。勇者エルマーは、ドラゴンを倒す際に右足を失っています」
エルマー「あの本に載っていたのか」
ロウ「はい。ただ、勇者エルマーの銅像の中には、それを再現しているのか、右足の無い物もいくつかあるみたいですけど」
エルマー「他には?」
ロウ「ポールさんの情報ですね」
エルマー「あの二代目勇者の船員か」
ロウ「はい。ポールさんは『エルマーという客はいない』と言っていました」
エルマー「そして私は『エルマーはこの船に乗っている』とだけ言った」
ロウ「はい。どちらも正しいとすれば、勇者エルマーは船に乗っているが客じゃない」
エルマー「つまり船の関係者だ、と」
ロウ「そうです。後は……」
エルマー「まだあるのかい?」
ロウ「後は、希望です」
エルマー「……え?」
ロウ「情報屋さんが勇者エルマーだったら面白いな、っていう希望もありました」
エルマー「そういう事か」
笑うエルマー。
ロウ「もう、いいですか?」
エルマー「もう一つ、いいかな?」
ロウ「はい、何でしょう?」
エルマー「何故、君はポール君に勇者という大役を託したんだい?」
ロウ「あ~」
エルマー「『この船のために体を張る理由がない』などという理由は、通じないよ?」
ロウ「そこまでご存知なんですね。さすが、お耳が早い」
エルマー「ご説明願おうか」
ロウ「『勇者エルマーの真実』には、こう書いてありました。『勇者になってから、エルマーの人生はつまらなくなった』と」
エルマー「過剰な期待や重圧、おまけに何をするにも、誰かに見張られているような感覚もあったな」
ロウ「そして勇者エルマーは、表舞台から姿を消してしまった」
エルマー「だから、君は勇者への道を選ばなかった、という訳かい?」
ロウ「俺自身が勇者になるよりも、誰かを勇者に仕立て上げる。どうしてそれ以上面白い事があろうか、いや、ない」
エルマー「そうか。色々と聞かせてもらってどうもありがとう」
ロウ「いえ。……では、僕も一つだけ教えてもらっていいですか?」
エルマー「情報提供のお礼だ、構わないよ」
ロウ「何故僕に『勇者エルマーがこの船に乗っている』と教えてくれたんですか? とぼける事なんて、いくらでも出来ましたよね?」
エルマー「決まっているだろう。どうしてそれ以上に面白い事があろうか……」
ロウ「(ふっと笑って)いや、ない」
(完)
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