夏の雪 SF

西暦2032年、認知症の菊枝を看病するため、イチという介護ロボットが雇われる。イチは死ぬ前にもう一度「夏の雪」が見たいと言う菊枝を新潟県の弥彦村に連れ出す。イチの開発者である結衣と工藤が二人を追いかけ、弥彦町に着くと、そこに「夏の雪」が降って来る。
岩本 隆一郎 4 0 0 07/15
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第一稿

○日本列島(夜景)
   一部の都市と道路だけが光っている。
N「2027年、急激な高齢化と新型インフルエンザ流行による人口激減に対処するため、日本 政府はすべての地方自治体を ...続きを読む
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○日本列島(夜景)
   一部の都市と道路だけが光っている。
N「2027年、急激な高齢化と新型インフルエンザ流行による人口激減に対処するため、日本 政府はすべての地方自治体を廃止、全人口を指定都市に集約する人口統合管理法を施行した。 それから5年後の2032年、日本はすべての社会問題を解決し最先端技術の下で豊かな生活 を享受していた」
  
○首都圏
   マンション群の中を一台のバンが走り抜ける。  
   バンの薄暗い荷物室には6人の男女が向かい合って座っている。
   それは初老の男性、主婦風の中年女性、やくざ風の中年男性、清楚な女子高校生、小学生   ぐらいの男の子、若いイケメンの男性など様々な年齢と性別の人々である。
   全員が手首に妖しく光るリングを着けて、無表情で何も話さず、車の振動に合わせて揺ら   れている。
   バンの運転席には柏木結衣(26)と工藤勇人(24)が座っている。
   車はハンドルの無い自動運転車。
   二人とも熱心にボード型端末を操作している。
   マンション群に向かって進む車。
   荷物室で無表情のまま揺られている6人。

○マンション前
   バンが止まり、結衣と工藤が降りる。
   端末を確認してマンションを見上げる結衣。
   その横をペッパー君型の旧型ロボットが車いすの老人を押して通り過ぎる。
ロボット「(軽く会釈)お早う・ございます。今日は・良い天気で・すね」
   工藤、空を見上げると晴天。
   その空をドローンの宅急便が飛んでいく。

○庄崎家・玄関
   結衣、玄関のチャイムを押す。
   庄崎夏江(55)が中から顔を出す。
夏江「お待ちしていました。どうぞ」
結衣「お邪魔します」
   中に入る結衣と工藤。

○同・キッチン
   庄崎菊枝(100)、食卓にボンヤリ座っている。
   結衣と工藤、夏江と共に入って来る。
結衣「改めましてクリプトケア社技術営業部主任の柏木と申します。宜しくお願い致します」
   結衣、自分のスマホをP夏江のスマホの上にかざす。
   夏江の携帯に結衣の名刺が表示される。
工藤「同じくシステム開発部の工藤です」
   工藤、スマホを夏江のスマホにかざす。
   夏江の携帯に工藤の名刺が表示される。
夏江「宜しくお願い致します」
   結衣と工藤、菊枝の向かいの席に座る。
   夏江、お茶を出し、菊枝の横に座る。
   結衣、虚ろな表情の菊枝をじっと観察する。
結衣「菊枝さんはいつもこんな感じですか?」
夏江「いえ、全く普通の時もあるんです。いわゆるまだらボケって奴です」
結衣「なるほど。略歴を読ませて頂きましたが、菊枝さんは小説家だそうですね」
夏江「はい、一度有名な賞を頂いた事もあるんですよ」
工藤「俺それ覚えてます。とっても良い話で感動しました」
夏江「ありがとうございます。でも、それがこんなに成るなんて」
工藤「お察し致します」
夏江「祖母と同居してた両親が5年前に亡くなって、それから一緒に住んでるんです。でも私も 普段は仕事があるのでいつも見てるわけにはいかなくて」
工藤「5年前と言うと、例の」
夏江「はい、殺人インフルエンザです」
   結衣、夏江に冷静に説明する。
結衣「ご安心下さい。弊社のPDR001は専門の介護士と同じ知識を持ってます。そして、職 場に居てもスマホで何でも指示出来ます」
   夏江、嬉しそうに、
夏江「それなら本当に助かります」
結衣「では早速手続きに移らせて頂きます。これまでに頂いたお客様情報に基づき本日は3体の候補を用意しました。この中からお好きなものを一つお選び下さい」
   ボード型端末のボタンを押すと、画面の上に3体のロボットの立体ホログラムが表示されゆっくり回転する。
   1人は中年女性、1人は若いイケメン男性、そしてもう1人は初老の男性。
   先程バンの後ろに乗っていた3人だ。
夏江「そうね、どれにしようかしら」
夏江、少し迷ってから中年女性の上で手を止め選択しようとする。
   すると菊枝が突然手を伸ばしイケメン男性の選択ボタンにタッチする。
   イケメン男性が大写しになり「選択されました」の表示が出る。
   菊枝の素早い動きに驚く3人。
夏江「……ははっ、おばあちゃんって意外と面食いだったのね」
   何事も無かった様に座っている菊枝。

○同・マンション前
   停車中のバンの荷物室の扉が自動で開き、中から若いイケメン男性ロボットがゆっくり降   りてくる。
   無表情で周りを見回すとそのままマンションに入っていく。

○庄崎家
   玄関の前に立つイケメンロボット。
   ドアが開き、中から結衣が顔を出す。
結衣「お入りなさい」
ロボット「(抑揚の無い声で)承知しました」
   ロボット、ゆっくり歩いて中に入る。

○同・キッチン
   ロボット、キッチンに入ると部屋の中を見回す。
   ロボットの視界に部屋のスキャン結果が表示され、部屋の構造を認識する。
   菊枝、無表情でロボットをじっと見詰める。
   ロボット、菊枝の姿をスキャンして、夏江を認識する。
   結衣、自身たっぷりにロボットを紹介する。
結衣「これが弊社最新の人型介護ロボットPDR001です。最新鋭CPUを搭載し、肌の質感 も人間そっくりですので手首のリングが無ければ人間と全く区別がつきません」
   夏江、驚きながらロボットを見る。
夏江「本当、人間そっくり、それにいい男!」
結衣「皆さんそうおっしゃいます」
   ロボット、夏江の姿をスキャンして認識する。
結衣「では早速PDR001の実力を見ていただきましょう。PDR001、この家の家事をお 願い」
ロボット「承知しました」
   ロボット、胸元で手首の光るリングをカチッと回すと室内のルンバ型の掃除機、洗濯機、   食洗器が一斉に動き始める。
夏江「すごい!」
結衣「これは機能のほんの一部にすぎません」
夏江「ここまで出来るとは思ってませんでした」
   結衣、事務的な口調で夏江に話し掛ける。
結衣「ではこれの名前を登録して下さい」
夏江「名前って言われてもね」
結衣「皆様は良く亡くなった旦那さんの名前をつけますが」
夏江「祖母は未婚で父を生んだんで連れ合いは居ないんです。でも、そうねPDR001だから イチでどうかしら」
ロボット「承知しました。私の名前はイチ。イチで登録します」
結衣「名前を呼んでみて下さい」
夏江「(遠慮がちに)イチ」
   イチ、夏江を見詰め、
イチ「はい、奥様」
   恥ずかしがる夏江。
夏江「なんか……照れるわね」
結衣、事務的に夏江に説明する。
結衣「イチを使用するに当たり、注意事項が一つございます」
夏江「何でしょうか?」
結衣「このタイプのロボットを女性が選択する場合、統計的に性的な行為を要求する傾向があり ます。しかしキス、ペッティング、セックスなどの要求はすべて禁止事項としてプログラムさ れていますので、実行を要求すると即契約解除になりますのでお気を付けください」
夏江「この祖母に限ってそんな心配は要らないと思います」
結衣「かしこまりました。これにて手続きは終了です。更新プログラムは随時自動インストール されますが、もし何か不具合があればすぐ弊社までご連絡下さい」
夏江「分かりました」
   結衣と工藤、軽く会釈して出て行く。
   無表情でその場に立っているイチ。
夏江「それじゃ取り敢えずお茶でも片付けてもらおうかしら」
イチ「かしこまりました、奥様」
   イチ、テーブルのお茶を片付け始める。

○街の中
   結衣達のバンが高速道路を走行している。
工藤「PDRの初納入おめでとうございます」
結衣「ありがとう」
工藤「これで主任の評判もまた一段と上がりますね」
結衣「そうだと良いけど。こんな時こそ身を引き締めないとね」
   苦笑する工藤。
工藤「相変わらずストイックだな、主任は」
結衣「わたし、感情に流されるのは好きじゃないの」
   工藤、結衣の胸のホウズキのブローチをチラッと見る。
工藤「それ、とてもセンス良いですね」
結衣「ありがと。ねえ、工藤はホオズキの花言葉って何だか知ってる?」
工藤「花言葉、ですか?」
結衣「男性が知ってるわけな……」
工藤「偽り」
結衣「!」
工藤「たまたま知ってただけです」
結衣「そ、そうよね」
   工藤、ちょっと緊張しながら、
工藤「あのー主任、今度二人でPDRの初納入のお祝いしませんか?」
結衣「私を誘おうなんて10年早いわよ」
工藤「すみません。やっぱ忘れて下さい」
結衣「(事務的に)で、いつ?」
工藤「えっ?次の金曜どうです?」
結衣「その日は特に予定はないけど」
   工藤、嬉しそうに、
工藤「本当ですか!じゃあ俺の行き付けの店行きましょう」
結衣「でも勘違いしないでね、たまたま暇ってだけよ」
工藤「そんなのどうでも良いです。あの、実はその日、俺の誕生日なんです」
結衣「(ぶっきら棒に)知ってる」
  工藤、じっと結衣を見る。
工藤「本当ですか?もしかして何げに俺のことチェックしてたりします?」
結衣「(慌てながら)馬鹿ね!私もたまたま知ってただけよ」
工藤「そうかな?」
結衣「どうせ誕生日って言っても祝ってくれる彼女も居ないんでしょ」
工藤「相変わらずきついなー。俺だって彼女の一人ぐらい居ますよ」
結衣「えっ、そうなの!」
   結衣、慌てて工藤の方を見る。
工藤「って言いたいとこですけど、図星です。寂しい毎日ですよ」
   ほっとした表情の結衣。
結衣「まあ、寂しい後輩を慰めるのも上司の仕事。仕方ないから一緒にお祝いしてあげるわ」
   工藤、両手でガッツポーズ。
工藤「ありがとうございます。俺めっちゃうれしいです」
結衣「(微笑み)ちょっと貴方、 浮かれ過ぎよ」
   バン、走り去る。

○庄崎家・キッチン
   洗い終わった湯飲みを棚に戻すイチ。
   その様子をじっと観察する夏江。
夏江「本当便利ね。でもよく見ると何となくどこかで見覚えのある顔ね」
   夏江、壁の時計を見る。
夏江「あらやだ、もうこんな時間じゃない!おばあちゃん、私仕事行かなくちゃ。悪いけどイチ と待っててくれる?」
   何の反応も無く座っている菊枝。
夏江「(イチに)じゃあ、おばあちゃんの事宜しくね。家の詳しいルールは後で教えるから、取り 敢えず洗濯だけしといてくれる?」
イチ「かしこまりました、奥様」
   
○同・マンション前・公園
   色々な形の旧型ロボットや、光るリングを手首に着けた人型ロボット達が車いすの老人と   散歩している。
   夏江、その間をぬって慌ただしく出社していく。

○クリプトケア社・重役室
   長机にホログラム映像の4人の重役が座っている。
   その前に結衣が緊張して立っている。
重役1「今回のPDR001の開発、よくやってくれた」
結衣「ありがとうございます」
重役2「これが上手くいけば我社もついに業界トップに立てるだろう」
結衣「すべて順調ですのでご安心下さい」
重役3「我々も君がご両親の遺志を継いでくれて本当に感謝しているんだよ」
結衣「恐れ入ります」
重役4「今後も我社の為に益々尽力してくれたまえ。期待しているよ」
結衣「頑張ります」
    結衣、深々と頭を下げ部屋を後にする。

○町の牛丼屋
   広く混雑した店内、客がスマホ画面で注文するとベルトコンベヤで牛丼がすぐに運ばれて   くる。
   調理場、自動調理機で丼にご飯と具が順番に盛られ、次々とベルトコンベヤで運ばれてい   く。
   夏江、自動調理機に牛丼の具の大袋を補充している。
   その横で、松原直美(48)がご飯を補充しながら夏江と話している。
直美「こんな重いのロボットにやらせりゃいいのに」
夏江「私達の方が時給安いからしょうがないわよ」
直美「金持ちは良いわね、毎日南の島でパソコン叩いてるだけで生きてけんだから」
   夏江と直美、補充袋をかたずけながら、
夏江「ねえねえ、それより、この前話した例の介護ロボットさ、今日からなの。それが本当に人 間そっくりで何でも言う事聞いてすごく便利よ」
   直美、話に喰い付く。
直美「すごい!で、どういうタイプにしたの?」
夏江「それがね……(嬉しそうに)若いイケメン」
直美「へえ!見てみたい!」
夏江「それがね、うちのおばあちゃんが自分で選んだのよ。すごいでしょ」
   直美、上を向いて何かを想像しながら、
直美「良いなあ!若いイケメンが言いなりなんて、私が介護されたいわ」
夏江「ダメダメ。そういう事するとすぐ契約解除らしいよ」
直美「なんだつまんない。下手な人間よりロボットの方がよっぽどあたしの事喜ばせてくれそう なのに」
夏江「あなた本当にそういうの好きね」
直美「だってイケメンが嫌いな女なんて居ないわよ。(いやらしい目つきで)あんたこそ実は  ちょっと期待してんじゃないの?」
夏江「なっ!私は、そういうの全然興味ないから」
   その時、店長の高田直之(56)が顔を出す。
高田「庄崎さん、明日の夜シフト頼める?」
   直美、意味ありげに夏江を見て笑う。
直美「まああんたにロボットは要らないかもね、じゃああたし休憩してくるから」
   直美、足早に出て行く。
   夏江、直美が居なくなるのを確認してから高田に微笑み、
夏江「はい、大丈夫です」

○庄崎家
   イチ、洗濯機から洗い終わった服を取り出している。
   その時、後方で大きな音がする。
   イチ、キッチンに行くと菊枝が居ない。
   床に割れて転がっているお茶碗。
   イチ、茶碗を拾い、当たりを見回す。
イチ「菊枝様?どちらですか?」
   菊枝の返事はない。
   イチ、色々な部屋を見て回る。
   寝室へ行くと、空の車いすがあり、押し入れから音がする。
   イチ、押し入れに近づき襖を開けると中に菊枝が隠れている。
イチ「……」
菊枝「弘さん、早く!」
イチ「……」
   真剣にイチを見詰める菊枝。
菊枝「危ないから、早く入って!」
イチ「承知しました、菊枝様」
   イチ、押し入れに入り、菊枝と並んで座ると襖の扉を閉める。
菊枝「……」
イチ「……」
   薄暗闇の中、無言で座って居る二人。

○同・庄崎家・キッチン(夕方)
   夏江、帰って来る。。
夏江「ただいま、おばあちゃん。遅くなってごめんなさい」
   菊枝、電動車いすを器用に操作して流しの回り忙しく動き回り料理の用意している。
   食卓の上には色々な料理。
   イチ、食卓の椅子に黙って座っている。
夏江「イチ、あなた何でそこに座ってるの?」
   菊枝、はっきりした口調で、
菊枝「お帰り夏江。今日は遅かったわね。さっきからこの方がお前の事をお待ちよ」
イチ「(夏江を見て)……」
夏江「おばあちゃん、それお客さんじゃなくて今日から雇ったお手伝いロボットよ」
菊枝「ロボット?わたしゃすっかり人間と思ってたよ。でも何でそんなもの雇ったんだい?」
夏江「それは……おばあちゃんも年だし大変かなと思って」
菊枝「私はこの通りピンピンだよ。そんなもん要らないのに」
夏江「(困り顔で)そうかもしれないけど……」
菊枝「それより、お前お腹空いたろ、今ご飯にするから早く着替えてお座り」
夏江「ありがとう、おばあちゃん……」
   *    *    *
   夏江と菊枝、席に着き食事をしている。
   芋煮を皿に取って美味しそうに食べる夏江。
夏江「やっぱりおばあちゃんの芋煮は最高ね」
菊枝「ありがと。そういえばそろそろ鮎の美味しい季節だね。今年もまたみんなで弥彦に帰って 一緒に食べたいね」
   夏江、箸を止めて菊枝を見る。
夏江「おばあちゃん、あそこはもう立ち入り制限区域だから戻ったら犯罪よ」
菊枝「お前何言ってんだい。ついこの前、皆で帰ったばかりじゃないか」
   何も気にせず食事を続ける菊枝。
夏江「おばあちゃん……」
   二人の会話をだまって観察するイチ。
イチ「……」

○同・寝室(夜)
   寝室で並んで寝ている菊枝と夏枝。
   夏江、悲しそうに菊枝の寝顔を見る。

○同・キッチン(夜)
   薄暗い部屋の隅、充電用の椅子に姿勢を正して腰かけているイチ。
   寝室から聞こえる夏江の啜り泣きの声。
   
○柏木家(朝)
   立派な門構えの一軒家。
   柏木将司(55)、ソファに座って新聞を読んでいる。
柏木理沙(55)、食卓に座って居る。
   結衣、慌ただしく部屋に入ってきて、後ろから理沙をハグする。
結衣「お早うママ」
理沙「お早う結衣、今日は遅いのね」
結衣「お化粧に時間かかっちゃって。急がないと遅刻しちゃうわ」
結衣、次に後ろから柏木をハグする。
結衣「お早うパパ」
柏木「お早う結衣」
結衣「行ってきます。今日遅くなるから」
理沙「急ぐと危ないわよ」
柏木「夜は危険だから気を付けるんだよ」
結衣「もう二人とも過保護過ぎ!」
   結衣、慌てて部屋から出て行く。
   見送る柏木と理沙の手首に光るリング。

○クリプトケア社・所員室
   工藤、パソコンの画面を観ながら素早いタッチで何かを入力している。
   結衣、その隣の席でボード型端末を見ているが急に厳しい表情になり、遠くの席の槇原   (22)に声を掛ける。
結衣「ちょっと、槇原!」
槇原「(緊張気味に)はい主任」
   槇原、慌ててやって来る。
結衣「この稚拙なレポートは何?もっと論理的に説明しなきゃ全然伝わらないわ。すぐ書き直し て!」
槇原「すみません。すぐやり直します」
   しょんぼりと席に戻る槇原。
   その様子を苦笑して見る周りの社員。
   工藤、隣の席の結衣に話し掛ける。
工藤「相変わらず厳しいな、主任は」
結衣「当り前よ。我々はライバルに勝たなきゃけないの。いい加減は許されないわ」
工藤「たまには肩の力抜かないと参っちゃいますよ。という訳で今夜は宜しく」
結衣「それはちゃんと予定に入ってるから安心して。ところでイチの調子はどう?」
   工藤、制御端末を観ながら、
工藤「それが、(画面を指して)ほらここ、情報入力系から処理系へのデータ転送時に小さなノ イズが入るんです。安定化の為に俺の開発した感情回路を組み込んでみたいんですがどうで  しょうか?」
結衣「私は反対よ。ロボットに感情なんて不要、利便性だけ追及すれば良いの」
工藤「感情回路なんて今時当たり前ですよ。何でそんなに拘るんですか?」
結衣「別に理由なんか無いわ。私は出来るだけコストの低いロボットを作って会社の利益に貢献 したいだけよ」
   不満げな工藤。

○庄崎家・書斎
   夏江、イチに部屋の説明をしている。
   夏江、本棚の本を差し、
夏江「これ全部おばあちゃんが昔書いた小説よ。良かったら読んでみて」
   イチ、その一冊を手に取りパラパラとページを捲る。
   イチの視野に「記載事項全スキャン、解析・登録完了」と表示される。
   本の最後のページに列車の前で映る古い兵士の写真が一枚挿んである。
   イチの視野に『スキャン、検索、登録完了』と表示される。
   仕事机の上には整理された筆記用具と表紙に『夏の雪』と書かれた原稿用紙。
夏江「それは次回作の原稿。病気になってからずっと書いてないけどね」
   イチ、「夏の雪」の原稿を手に取りパラパラ捲ると、視線に『記載事項スキャン、解析・   登録完了』と表示される。
   机の横の壁には色々な写真。
夏江「おばあちゃんの若い頃からの写真よ。結構美人でしょ」
   赤ん坊を抱く若い菊枝、長男の結婚式の集合写真、家族旅行、出版物の受賞記念など色々   な写真が飾ってある
夏江「その赤ちゃんは私の父よ。おばあちゃんは戦後女手一つで父を育てたの。そっちの家族旅 行の写真の小さい子が私。結構かわいかったでしょ」
   写真を目でスキャンするイチ。

○居酒屋(夜)
   大勢の客で賑わう店内。
   結衣と工藤が客席に座っている。
   C3PO型の旧型ロボットがビールジョッキとお通しを運んでくる。
店員ロボ「へい、お待ち!」
   結衣と工藤、ジョッキを合わせる。
工藤「主任、PDR001初納入おめでとうございます」
結衣「誕生日おめでとう。乾杯!」
   結衣と工藤、ビールをぐっと飲む。
結衣「ウーン、美味しい!」
工藤「ハァー、主任と飲むビール最高です」
結衣「毎日毎日遅くまで付き合ってくれた工藤には本当感謝してるわ」
   頭を下げる結衣。
工藤「そんなの気にしないで下さい。俺はただ頑張ってる主任を見てたいだけです」
結衣「照れるじゃない」
   その時、後ろの席の常連客達が工藤に気付き声を掛ける。
客1「おー工藤ちゃん。あれー、女と一緒なんて珍しいね」
客2「(小指を立てて)これかい?」
   結衣、手に力が入り、箸が折れてお通しの煮豆を飛ばす。
工藤「違いますよ。ただの会社の上司です」
客3「何だ、つまんねえの」
   関心を無くして元の会話に戻る客。
   結衣に頭を下げる工藤。
工藤「すみません。みんなデリカシー無くて」
結衣「別に、元々工藤とは何でも無いんだし」
   結衣、おもむろにカバンから包みを取り出し、テーブルの上に置くと工藤の方に押し出    す。
結衣「はい」
工藤「何ですかこれ?」
結衣「良いから早く開けなさい」
工藤「もしかして?」
   工藤、包みを開けるとホウズキのブレスレット。
工藤「これ主任とお揃いじゃないですか。俺めっちゃ嬉しいです」
   工藤、さっそく腕に着けてみる。
結衣「店の前通ったらたまたま有ったから買っただけよ」
   工藤、覗き込むように結衣を見る。
工藤「やっぱ主任って俺の事?」
結衣「調子に乗らないで。勇人は私にとってはただの部下よ」
   工藤、結衣を指さし、大声で、
工藤「あー!」
   結衣、驚いてビールを飲むのを止める。
結衣「な、何よ、急に!」
工藤「今、俺の事、勇人って呼びましたね」
結衣「えっ、そうかな?」
工藤「初めてですよね。俺を名前で呼んでくれたの。これからも勇人が良いな」
結衣「何言ってんのよ!そんなの無理無理!」
工藤「俺も主任の事、結衣って呼んじゃおうかな?」
結衣「冗談でしょ!」
   工藤、結衣の目を見詰め、甘い声で、
工藤「ゆ・い」
結衣「!」
工藤「なーんてね」
   結衣、ビールを一気に飲み干す。
結衣「(店員ロボに)すいませーん!ビールお代わり!」
店員ロボ「ヘイ、喜んで!」
工藤「アレー、主任いつも一杯しか飲めないって言ってるのに、大丈夫なんですか?」
結衣「今日は特別!あんまり調子に乗ると承知しないわよ!」
工藤「でも全然怒ってるように見えないけど」
   結衣、頬を膨らませて、
結衣「ちゃんと怒ってます!」
工藤「でも仕事の時の怒り方と全然違いますけど」
結衣「あのねー、勇人」
店員ロボ「ヘイ、ビールお代わりお待ち!」
   結衣、慌ててビールを飲む。
   工藤、また結衣をじっと見詰める。
   結衣、緊張して更にビールを飲む。
工藤「ゆ・い」
   工藤、結衣の方に手を伸ばす。
結衣「えっ?ちょっと何?」
工藤「ついてる」
   工藤、指で結衣の鼻の頭の泡を取る。
結衣「!」
工藤「なーんて、ちょっと触りたかっただけ」
結衣「もうっ!悪乗りし過ぎ」
工藤「今日はお祝いです。楽しく飲みましょ」
結衣「それもそうね」
工藤「乾杯!」
結衣「乾杯!」
   グラスを合わせる二人。

○庄崎家・マンション前(夜)
   一台の車が停まる。
   後部座席、夏江と高田がキスしている。
高田「なっちゃん、結婚しよう」
夏江「……高田さんの気持ち、とても嬉しいけど、私もう二度とあんな辛い思いをしたくない  の」
高田「絶対にそんな事させない、だから」
   夏江、顔を背ける。
夏江「悪いけどもう少し考えさせて」
高田「分かった。返事はゆっくりで良いから、考えといて」
   夏江、車を降り高田に軽くお辞儀する。
   車の窓から顔を出し夏江に手を振る高田。
高田「じゃあまた明日」
夏江「また明日、おやすみなさい」
   自動運転の車、静かに動き出す。
夏江、走り去る車を見送り、マンションの中に入る。

○飲み屋街(夜)
   結衣と工藤、並んで歩いている。
   工藤、軽く頭を下げ、
工藤「今日はありがとうございました」
結衣「まぁ私も忙しいけど、暇な時ならまた付き合ってやっても良いわよ」
工藤「本当ですか!ぜひお願いします」
   道端に小さな箱が置いてある。
   工藤、覗き込むと中に子犬が居る。
   箱には『育ててあげて下さい』とある。
   工藤、嬉しそうに犬を抱き上げる。
工藤「かわいいなー、メス犬か?」
   結衣、怖がりながら近づく。
結衣「ねぇ勇人、大丈夫なの?」
工藤「何言ってんですか、こんなに可愛いのに、俺飼っちゃおうかな?」
結衣「犬が欲しいならロボ犬で良いじゃない」
工藤「本物だから良いんじゃないですか。結衣も抱いてみれば?」
   工藤、怖がる結衣に子犬を渡す。
   結衣、怖がって暫く固まっているが次第に慣れて子犬の頭を撫でる。
工藤「どうです?可愛いでしょう?」
   結衣、子犬をギュッと抱き締める。
結衣「柔らかくて暖かい」
   その様子を嬉しそうに見る工藤。

○庄崎家・キッチン(夜)
   夏江、帰って来る。
   イチ、夕飯の片付けをしている。
   菊枝、無反応で食卓に座って居る。
夏江「ただいま、おばあちゃん」
菊枝「……」
イチ「お帰りなさい奥様、夕飯はどうなさいますか?」
夏江「食べて来たからいいわ」
イチ「かしこまりました」
   夏江、席に着き菊枝に話し掛ける。
夏江「おばあちゃん、教えて。私いったいどうすれば良いの?」
   菊枝、何も答えない。
   俯いて泣き出す夏江。
イチ「……」

○柏木家(夜)
   居間の窓から明かりが漏れている。
   食卓で結衣と両親が話をしている。
結衣「ねえママ、犬って飼ったことある?」
理沙「そう言えば昔、花子が居たわね」
結衣「ロボ犬じゃなくて本物の犬の話よ」
柏木「同じじゃないのかい?」
結衣「全然違うよ!本物の犬はとっても柔らかくって温かいんだよ」
柏木「そうなのか?でも急に犬の話なんかしてどうしたんだい?」
結衣「今日ね、勇人が子犬を拾ったの。その犬がねとても可愛かったんだ」
理沙「勇人って、前に話してた会社の子?」
結衣「そう、実は今日、彼とデートしたんだ」
柏木「ついに結衣にも彼氏が出来たか」
理沙「じゃあ結衣もこれから外出が増えるわね。今度一緒に服でも見に行かない?」
 結衣「ありがとうママ。でもこれから先どうすれば良いんだろう。それを考えると苦しくなる の。この感覚好きじゃないわ」
柏木「それが恋ってものだよ」
結衣「こんな役に立たない感情、何であるんだろう」
柏木「感情は理屈では理解出来ないからね」
理沙「そう言えばママの時はね、パパとお付き合いしたくて強引に家に押し掛けちゃったのよ」
結衣「へぇ、ママやるう!」
柏木「あの時のママは完全に勝負決めにかかってたからな」
理沙「でもそれ位しないと好きな人は手に入らないのよ。ねーパパ」
柏木「(結衣に目配せ)ママらしいだろ」
結衣「何か妬けるな!」
   二人を羨ましそうに見る結衣。

○工藤のマンション・居間(夜)
   工藤、子犬の箱を抱えて帰って来る。
   床に箱を置き、子犬とじゃれ合う工藤。
   すると部屋の奥から亜紀(20)が現れる。
亜紀「お帰りなさい、勇人。ずっと待ってたのよ」
   工藤、振り返り亜紀に微笑みかける。
工藤「ただいま亜紀、遅くなってゴメン」
   
○クリプトケア社・所員室(翌朝)
   工藤、デスクでコーヒーを飲んでいる。出社して工藤の横の席に座る結衣。
結衣「おはよう、勇人」
工藤「おはようございます。昨日はありがとうございました」
   疲れた感じの工藤。
結衣「どうしたの。疲れた顔して」
工藤「昨日は調子に乗ってちょっと飲み過ぎたみたいです」
結衣「そうなの」
   結衣、おもむろにカバンからドッグフードの袋を取り出し、工藤に差し出す。
結衣「はい」
工藤「何ですかこれ?」
結衣「見れば分かるでしょ。ドックフードよ」
工藤「あの子犬の事気にしててくれたんですね。ありがとうございます」
結衣「別に。コンビニに寄ったらたまたま処分品が出てたんで買っただけよ」
工藤「(笑顔で)はいはい」
結衣「それで、子犬の名前は付けたの?」
工藤「それがなかなか良いのが思い浮かばなくて」
結衣「(小さい声で)花子」
工藤「えっ?」
結衣「花子はどう?」
工藤「良いですね!それいただきます」
   結衣、躊躇いがちに工藤を見て、
結衣「あのさ勇人、今日仕事が終わったらまた花子を見に行っても良い?」
工藤「えっ?今日ですか?」
結衣「か、勘違いしないでよ!今日もたまたま暇なだけよ」
工藤「えーと、でも今ちょっと部屋散らかってて、片付けときますから、また今度で良いです  か?」
結衣「そんなの気にしないから、ダメかな」
工藤「いや、でも……」
結衣「もしかして私が行ったら困る事でも有るの?」
   慌てて否定する工藤。
工藤「そんな事無いです。あ、ある訳ないじゃないですか?」
結衣「(媚びるように)どうしてもダメ?」
工藤「(作り笑い)わ、分かりました。じゃあ7時に来て下さい。それまでに片付けときます」
   結衣、両手を合わせ嬉しそうに、
結衣「本当ありがとう。でもお土産とか期待しないでね」
工藤「あっ、はい、分かってます」

○庄崎家・マンション前の公園
   イチ、自動運転型車いすに乗った菊枝といっしょに散歩している。
   その横を旧型ロボットが車いすを押して通り過ぎる。
ロボット「(軽く会釈)お早う・ございます。今日は・良い・天気ですね」
   イチ、空を見上げると今にも雨が降りそうな曇り空。
   その空をドローンの宅急便が何機も飛んでいる。

○工藤のマンション・玄関(夕方)
   結衣、躊躇いがちにチャイムを鳴らす。
   工藤がドアを開ける。
結衣「へへ、来ちゃった」
工藤「(慌てながら)ちょっと主任!約束より1時間も早いじゃないですか」
結衣「ゴメンね勇人。お詫びに夕飯作るから許して」
   スーパーの袋を差し出す結衣。
工藤「ちょっとだけ待ってて下さい」
   工藤、一旦中に入り、暫くしてまた顔を出す。
工藤「どうぞ、お入り下さい」
   工藤、結衣を部屋の中に招き入れる。

○同・居間
   花子、結衣を見て箱の中で嬉しそうに吠える。
結衣「花子!元気してた?」
   結衣、花子に駆け寄りギュッと抱き締める。
結衣の顔をペロペロ舐める花子。
結衣「くすぐったいよ、花子」
   工藤、その様子を嬉しそうに見る。
   そこに奥の部屋から亜紀が出てくる。
亜紀「いらっしゃい。あなたが結衣さん?」
   驚いて身構える結衣。
   慌てる工藤。
工藤「亜紀、ダメじゃないか、部屋に居てって言ったのに」
亜紀「だって訪問者はすべて確認しないと」
   結衣、不審そうな顔で工藤を見る。
結衣「勇人、この方どなた?」
   亜紀、結衣の方を向き、話し始める。
亜紀「私の名前は亜紀、勇人の妹です。どうそ宜しく」
   お辞儀する亜紀の手首に光るリング。
結衣「!」
亜紀「兄がいつもお世話になっています」
結衣「勇人、あなた妹さんが居たの?」
工藤「そう、でもこの亜紀はロボットだけどね」
結衣「それはすぐ気付いたわ」
工藤「本物の亜紀は両親と一緒に5年前に亡くなってね。メンタルロボケア制度で彼女が作られ たんだ」
結衣「5年前って言うと例の」
工藤「そう、殺人インフルエンザの時」
結衣「そうだったんだ」
   亜紀、工藤と結衣を交互に見る。
亜紀「ねえ、勇人と結衣は恋人同士なの?」
結衣「えっ?それは、その」   
   工藤、結衣をちらっと見て。
工藤「そうだよ」
結衣「!」
工藤「だから今日は大人しく部屋に居てくれるかい?」
亜紀「分かった、勇人」
   奥の部屋に引き返す亜紀。
結衣「ゴメン、勇人、私一瞬貴方を疑ってた」
工藤「俺の方もはっきり言わなかったのが悪かったんだ。何となく気まずい気がして」
結衣「そんな事ないわ。可愛らしい妹さんね」
工藤「だけど彼女に感情は無い。亡くなる前に脳スキャンした記憶がインストールされているだ けさ。やっぱり本当の亜紀とは違うよ」
結衣「そうなの」
工藤「だから俺はロボットにも感情があった方が良いと思ってる」
   結衣、胸のホウズキのブローチを弄りながら、
結衣「勇人、実は私の両親もロボットなんだ」
工藤「えっ?」
結衣「うちも5年前の殺人インフルエンザで亡くなったの」
工藤「俺達って何か似た者同士だね」
結衣「両親はね、2人とも国立ロボット研究所の研究員だったの」
工藤「それで結衣もロボットの開発を?」
結衣「ええ。うちの両親も勇人と同じでロボットに感情があれば、もっと人に寄り添えると言っ て研究をしていたわ」
工藤「じゃあ何で結衣は感情回路の導入に反対なの?」
結衣「だって感情なんてあっても苦しいだけよ」
工藤「でも感情は悪い事ばかりじゃないよ。可愛いものに感動したり、人と居て楽しい気持ちに なったり良い事も沢山ある」
結衣「それはそうかもしれないけど……」
   工藤、結衣に向き直って、
工藤「ねぇ、結衣。俺の事どう思ってる?」
結衣「ど、どうって?」
工藤「俺は結衣の事が大好きだよ。結衣はどうなの?」
結衣「そんな事、急に言われても」
   工藤、結衣に顔を近づける。
工藤「結衣だって俺の事嫌いじゃないから今日ここに来たんでしょ」
結衣「私は、ただ花子が見たくて……」
工藤、結衣の頬に手を触れる。
   体を縮めて緊張する結衣
工藤「結衣、もっと自分に素直になりなよ」
結衣「でも勇人がどうして私の事好きなのか、ちゃんと論理的に説明してくれなきゃ判断出来な いわ」
工藤「じゃあ、これが答えだよ」
   工藤、結衣を抱き締めキスする。
結衣「!」
   結衣、眼を真ん丸にして固まっているが、次第にウットリと目を閉じ、工藤の背中に手を   回す。
   工藤、唇を離し結衣を見詰める。
工藤「好きだよ、結衣」
結衣「私もう勇人とは普通には付き合えないよ」
工藤「それって、つまり」
結衣「私も、前から勇人が好きだった」
工藤「やっと正直に話してくれたね」
結衣「だって断られたらと思うと怖くて言い出せなかったんだもん」
   見詰め合う二人。
工藤「結衣、抱いても良いかい?」
結衣「はっ?いきなり?」
工藤「そう」
結衣「ここで?」
工藤「イヤかい?」
結衣「……初めてなの」
工藤「俺もだよ」
   工藤、また結衣にキスする。

○同・寝室(夜)
   ベッドの中で工藤に優しく髪を撫でられている結衣。
結衣「人の温もりがこんなに暖かいなんて知らなかった」
工藤「結衣、愛してる」
結衣「私もよ。ねえ、私達幸せになれるかな?」
工藤「ああ、きっと大丈夫だよ」
結衣「私何だか怖い」
   見詰め合う工藤と結衣。
工藤「俺が結衣の事守って見せる」
結衣「うれしい」
   結衣と工藤、しっかりと抱き合う。

○クリプトケア社・所員室(翌朝)
   結衣、何事の無かったようにボード型端末に目を通している。
   その隣で所在なさそうにコーヒーを飲む工藤。
工藤「あの、結衣、昨日は……」
結衣「(目を合わさず)今は仕事中よ」
工藤「すみません、主任」
   結衣、ボード型端末から目を離すと、遠くの席の槇原に声を掛ける。
結衣「ちょっと、槇原!」
槇原「(緊張気味に)はい!主任」
   槇原、席を立つと慌ててやって来る。
   結衣、ボードを見ながら、
結衣「なかなか良いレポートね。でももう少しまとめを簡潔にした方が分かり易いわ。あともう少しだから頑張って」
   樫原、ボケっと突っ立っている。
結衣「どうしたの?」
槇原「あっ、いえ、ありがとうございます」
   槇原、頭を下げ、嬉しそうに席に戻る。
   その様子を呆気に取られて見る周りの社員。
   隣で一人ニヤニヤしている工藤。
結衣「何よ?」
工藤「いえ別に」
結衣「(小声で)ねえ、それより今日も花子に会いに行って良いかな?」
工藤「(小声で)もちろん……でも、それだけ?」
結衣「(小声で)勇人のエッチ!」

○工藤のマンション前(夕方)
   結衣と工藤、歩道を歩いて来る。
   歩道の反対側、亜紀が花子を抱っこして待っている。
   結衣、花子に気付いて手を振る。
結衣「花子!」
   花子、嬉しそうに吠えると、亜紀の手から抜け出して、結衣に向かって道路を渡り始め    る。
   そこに一台の車が猛スピードで迫る。
工藤「危ない、花子!」
結衣「花子!」
   一瞬で車に跳ね飛ばされる花子。
   結衣と工藤、花子に駆け寄るが虫の息。
   結衣、震える手で花子を抱き上げる。
結衣「花子!何で!死んじゃダメ!」
工藤「花子……」
   花子、そのままぐったりと息を引き取る。
   茫然と花子を見る結衣。
   そこに亜紀が歩み寄る。
亜紀「生体反応なし。廃棄するわ」
   亜紀、結衣から無造作に花子を取り上げ近くのごみ箱に捨てようとする。
   結衣、亜紀にすがり付く。
結衣「だめー、止めて!」
亜紀「この犬もう死んでるよ。腐敗する前に処分しなきゃ」
結衣「お願い、止めて!花子が可哀そうじゃない!」
亜紀「じゃあどこに捨てれば良いの?」
   結衣、呆気に取られ亜紀を見詰める。

○ペットセメタリー
   大量の小さな扉が並ぶ部屋の祭壇でじっと手を合わせる二人。
   結衣、お祈りを終えると工藤を見る。
結衣「勇人、イチに感情回路をインストールしましょう」
工藤「良いのかい?」
結衣「やっぱりロボットにも感情があった方がもっと人に寄り添える」
工藤「利便性だけじゃなかったの?」
結衣「私、亜紀を見てやっと分かったの、感情の意味が」
工藤「結衣がそう言ってくれて俺も嬉しいよ」
   もう一度祭壇に手を合わせる二人。

○クリプトケア社・所員室
   イチの制御端末の前に座る結衣と工藤。
工藤「準備出来たよ」
結衣「社内の承認も取ったわ。やって頂戴」
   工藤、慎重に実行ボタンを押す。
   画面上にインストール率のバーが伸び「インストール完了」の文字。
   コンピューターの画面、上下で反対方向に流れていた二本の波状の矢印が真ん中に移動し   1本に繋がる。

○庄崎家・キッチン(翌朝)
   イチ、朝食の支度をしている。
   菊枝、食卓でボーと座っている。
   そこへ眠そうに起きてくる夏江。
イチ「(自然な感じで)お早うございます、夏江さん」
夏江「お早う、イチ」
   夏江、洗面台に向かおうとするが立ち止まりイチを見る。
イチ「どうかしましたか?」
夏江「イチ、今私の事、夏江さんて呼ばなかった?」
イチ「はい、いけなかったでしょうか?」
夏江「いや、そういう訳じゃないけど、いつもと違うんでビックリしちゃった」
イチ「お気に召さなければ変えますが」
夏江「そんな事ないわ。名前で呼ばれるのも案外親しみがあって良いわね」
イチ「ありがとうございます、夏江さん」

○クリプトケア社
   工藤と結衣、デスクでイチの制御端末を確認している。
結衣「イチに何か変化はあった?」
工藤「それが予想通りノイズは消えたんですが……」
結衣「良かったじゃない。他に何か気になる事でも有るの?」
   工藤、画面に映る波が不規則に乱れるのを指す。
工藤「感情回路の電圧が不定期に大きく変動するんです」
結衣「確かに変な動きね。まるで感情の起伏みたい」
   工藤と結衣、顔を見合わせる。
工藤「もしかして」
結衣「どうやら早速効果が出始めたみたいね」

○庄崎家・マンション前(夜)
   夏江、走り去る高田の車に手を振り、マンションの中に入る。

○同・玄関(夜)
   夏江、家に入ると家の中が薄暗い。
夏江「ただいま」
   何も返事がない。
夏江「おばあちゃん?イチ?居ないの?」

○同・寝室
   夏江、菊枝とイチを探しながら部屋を覗く。
   空の車いすがあるが誰も居ない。
夏江「おばあちゃん、どこ?」
   その時押し入れから物音。
   夏江、押し入れに近づき扉を開ける。
   菊枝、押し入れの中でイチの顔に手を添えてにキスしようとしている。
夏江「(大声で)おばあちゃん!」
菊枝「(驚いて)いや!」
菊枝、イチから離れ、後ろを向いて泣き出す。
   イチ、菊枝の肩をそっと抱いて、
イチ「大丈夫だよ」
   泣き続ける菊枝。
夏江「イチ、どういう事!ちゃんと説明して」
   イチ、夏江に向き直り
イチ「彼女は今とても興奮してます。そっとしておいてあげて下さい」
夏江「イチ?あなた達もしかして」
イチ「……」
   唖然として二人を見る夏江。

○牛丼屋(翌朝)
   休憩室で夏江と直美が話している。
夏江「いくら病気だからって、あの歳であんな事するなんて信じられない」
直美「それで、ロボット会社には相談したの?」
夏江「ダメよ。そんなことしたらすぐ契約解除になっちゃうわ」
直美「あんたのおばあちゃんだって女なんだから、たまにはそういう気持ちになる事だってある でしょ」
夏江「私おばあちゃんのそんなとこ見たくなかった」
   直美、呆れたように夏江を見る。   
直美「何言ってんのよ、自分だって店長と仲良くやってるくせに」
夏江「なっ!何でそれを?」
直美「知らないと思ってるのはあんた達二人だけよ。人はそういうの目敏いんだから」
   直美、不敵な笑いを浮かべ、
直美「まあ今はどっちも離婚してフリーなんし、せいぜい二人で楽しめば良いんじゃないの」
   直美、部屋から出て行く。
   茫然と見送る夏江。

○庄崎家・キッチン
   イチ、食洗器の洗い物を片付けている。
   菊枝、食卓にボーと座って居る。

○同・マンション全景
   マンションに向かってドローンの宅配便が飛んで来る。

〇同・キッチン
   スマートスピーカーからのお知らせ。
スピーカー(声)「ドローン便でご注文の食材が届きました。指定場所でお受け取り下さい」
   イチ、菊枝の耳元に囁く。
イチ「菊ちゃん、ちょっと取ってくるから待っててね」
   イチ、部屋から出て行く。
   菊枝、ボーと座っていたが、我に返る。
   菊枝、当たりを見回しながら、
菊枝「弘さん?どこ?」
菊枝、車いすで移動しイチを探し始める。

○同・書斎
   菊枝、部屋に入り、イチを探す。
菊枝「弘さん、どこなの?」
   菊枝、壁の写真をじっと見る。
菊枝「これって……」
   写真を手に取り、じっと考える。
   菊枝、何かを思い出したように本棚に近づき、恐る恐る立ち上がる。
   菊枝、本を一冊取り、指で辿る。
菊枝「これじゃない!」
   次々と別の本を取り、ページを捲る菊枝。
   本の間から一枚の写真がはらりと落ちる。

○同・キッチン
   イチが荷物を持って戻ってくると、菊枝が居ない。
イチ「菊ちゃん?」
   返事はない。
イチ「菊ちゃん、どこ?」
   イチ、菊枝を探しに部屋から出て行く。

○同・書斎
   イチ、部屋に入る。
   散らばった本の中に倒れている菊枝。
   イチ、菊枝の横に座り、菊枝の手を握る。
   イチの視界に「脈拍、体温低下、異常値、救急車緊急要請」と表示が出る。

○病院・病室
   個室のベッドに菊枝が寝ている。

○同・診察室(夕方)
   夏江、医者の話を真剣に聞いている。
   イチ、横に立って二人の会話を聞いている。
   医者、スクリーンのスキャン映像を見ながら、
医者「菊枝さんですが、正直言って状態は良くありません。肝臓ガンがかなり進行しています」
夏江「手術は出来ないんでしょうか?」
医者「あの歳ですし、体力的に難しいかと思います」
   イチ、突然医師に話しかける。
イチ「先生、あとどの位もつんでしょうか?」
   医者、いきなりイチから声を掛けられ驚く。
医者「えっ?あっ、はい、状況にもよりますが、長くてあと一か月という所でしょう」
イチ「(深刻な表情)そうですか」
   夏江、不安そうにイチを見る。
夏江「イチ、あなたやっぱり」

○同・病室(夜)
   ベッドで寝ている菊枝。
   菊枝を心配そうに見守る夏江とイチ。
   菊枝、目を覚ます。
夏江「おばあちゃん、大丈夫?」
   菊枝、夏江とイチを交互に見た後、イチに向かって。
菊枝「弘さん、私もう一度夏の雪が見たい」
夏江「おばあちゃん!しっかりして」
イチ「……」
   また目を閉じて眠る菊枝。
夏江「イチ、私入院の支度で一旦家に戻らないといけないの。その間、おばあちゃんのこと見て てくれる」
イチ「分かりました、夏江さん」
夏江「イチ、大丈夫?またおかしな事になったりしないでしょうね?」
イチ「……安心して下さい。バグはもう修正されています。菊枝さんの事は私が責任をもって面 倒見ます」
夏江「じゃあ頼んだわよ」
   心配そうな表情で部屋から出て行く夏江。
   イチ、菊枝に近づき、手でそっと菊枝の髪を撫でる。  
   菊枝、15才の少女の姿に変わる。
   菊枝、また目を覚まし、ベッドの中からイチを見上げる。
菊枝「お願い、弘さん、どうしてももう一度夏の雪が見たいの」
イチ「菊ちゃん。君が探してたのはこれだね?」
イチ、カバンの中から「夏の雪」の原稿を取り出す。
イチ「夏に降る雪、優しい雪のお話」
菊枝「そう!」
   菊枝、原稿を受け取り、抱きしめる。
イチ「菊ちゃん。二人で夏の雪を見に行こう」
   菊枝、顔を上げ、
菊枝「ありがとう、弘さん」
   イチ、優しく頷く。
   イチの視線に「弥彦村の気温、風向」の気象データが表示される。
イチ「菊ちゃん、もうあまり時間が無い、すぐ出発しよう」

○同・廊下(夜)
   イチ、自動走行車いすに乗った菊枝と暗い廊下を進む。

○同・駐車場(夜)  
   イチと菊枝、一台の車に近づく。
   イチ、後部座席のドアノブに手を触れる。
   イチの視界、八桁の数字が高速でスキャンされるとピッと音が鳴りドアのロックが解除される。
   イチ、菊枝を車に乗せ、車いすをトランクにしまうと、自分も車に乗る。
   菊枝と並んで座るイチと菊枝。
車(声)「行き先を登録して下さい」
イチ「新潟県西蒲原郡弥彦村」
車(声)「新潟県西蒲原郡弥彦村で登録します。立入禁止区域のため入り口までの走行となりま  す。安全のためシートベルトをお締め下さい」
   車のエンジンが掛かり静かに発車する。
   
○クリプトケア社(夜)
   工藤と結衣、デスクでイチの制御端末を確認している。
   工藤「今日は一段と感情回路の電圧変動が大きいみたいだ」
結衣「これだけ大きな感情変化があるなんて、いったい何かあったのかしら?」
   その時、結衣のスマホの着信音が鳴り、夏江の名前が表示される。
   顔を見合わせる結衣と工藤。
   結衣、スピーカーモードで電話に出る。
結衣「はい柏木です。何かありましたか?」
夏江(声)「実は今日祖母が倒れて入院したんですが、私が家に戻っている間にイチと二人で居 なくなったんです」
結衣「行き先に心当たりは?」
夏江(声)「いえ、さっきからイチに電話してるんですが繋がりません。私どうしたら良いで  しょうか?」
結衣「分かりました。とにかく病院で落ち合いましょう」
夏江(声)「はい」
   結衣、電話を切る。
結衣「勇人、直ぐイチの位置を確認して!私は重役達に報告するから」
工藤「分かった」
   結衣、ボード状端末を操作する。
   重役室の長机のホログラム映像に重役達の姿が次々に現れる。
重役1「どうしたんだね、こんな時間に?」
結衣「夜分申し訳ございません。詳しい事は現在調査中ですがPDR001が入院中の介護者を つれて居なくりました」
重役2「何だと、すぐ探し出すんだ」
結衣「はい、警察にも協力を依頼します」
重役3「待て、こんな事が世間に知れたら我社の信頼は失墜だ。絶対に自分達だけで解決するん だ、分かったな」
結衣「承知しました」
重役4「こんな事で君も将来を失いたくないだろう。宜しく頼むよ」
結衣「善処致します」
   
○高速道路・イチ達の車 (夜)
   イチと菊枝が座っている。
イチ「怖くないかい?菊ちゃん」
菊枝「全然、だって弘さんと一緒ですもの」
   イチの肩に頭を預ける菊枝。

○病院・警備室(夜)
   複数の監視モニターの前に警備員と夏江が座っている。
   そこに、結衣と工藤が慌ただしく入って来る。
結衣「遅くなりました」
夏江「お待ちしてました」
結衣「この度は大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
   警備員、モニターに駐車場の防犯記録を映し出す。
警備員「こちらの映像です」
   駐車場でイチと菊枝が車に乗って走り去るシーン。
工藤「イチが菊枝さんを連れ出したのは間違いないみたいだね」
夏江「万が一、祖母に何かあったら……」
結衣「ご安心下さい。ロボットは決して人に危害を加えないようにプログラムされてますから」
夏江「祖母は末期の肝臓がんなんです。早く病院に連れ戻さないと大変なんです」
結衣「直ぐ戻れるように全力を尽くします」
夏江「本当に宜しくお願いします」
結衣「勇人、イチの現在位置を再確認して」
工藤「OK!」
   工藤、制御端末を操作すると壁に甲信越地方の地図と赤い丸が投影される。
工藤「現在関越自動車道の赤城付近を新潟方面に向かって走ってます」
結衣「勇人、電話は通じないみたいだから制御用回線経由でイチと通信出来る?」
工藤「はい」
工藤、端末を操作するとイチの視線の車内の映像が壁に投影され、音声が繋がる。

○高速道路・イチ達の乗った車(夜)
   イチと菊枝(100)が並んで座っている。
   そのイチの耳元に結衣の言葉が響く。
結衣(声)「イチ!応答しなさい」
イチ「……」
結衣(声)「イチ!聞こえてるはずよ。すぐに病院に戻りなさい。これは一級命令です」
イチ「……」
結衣(声)「イチ!菊枝さんは無事なの?」
   イチ、菊枝を見る。

○病院・警備室(夜)
   壁のイチの視線の映像に菊枝(100)が映る。
   夏江、身を乗り出して、
夏江「おばあちゃん大丈夫?何もされてない?」
   イチの視線に映る菊枝がこちらを見る、
菊枝「(楽しそうに)何言ってるの夏江?私これから弘さんと夏の雪を見に行くのよ」
結衣「夏の雪?」
工藤「弘さん?」
夏江「(悲しそうに)おばあちゃん!まだそんな事を」
   結衣、またイチに話しかける。
結衣「イチ!繰り返します。すぐ戻りなさい」
   その時、急に壁の映像と音声が消える。
結衣「どうしたの勇人?早く映して!」
工藤「ダメだ。どうやらイチが自分で通信回路を遮断したらしい。GPSの位置情報も切断され てる」
結衣「何で!あいつにそんな事出来る機能はインストールされてないはずよ」
夏江「でも取り敢えず祖母が無事で良かったです」
工藤「視界のモニタリング機能が役に立ちましたね」
結衣「あいつだってそれ位の事分かってるはずよ。菊枝さんが無事なのを我々にワザと見せたっ て事?」
工藤「でも困ったな、あいつの居場所が分からなければ手の打ち様がないよ」
結衣「自分から通信を切ったって事は向こうも外部の情報は利用出来ないって事よ。今は断然  こっちが有利な立場にあるわ」
   考え込む結衣。
   不安な表情で結衣を見る夏江。
結衣「勇人、駐車場の防犯カメラに映ってた盗難車の登録番号から自動運転の制御権をこちらに 移せない?」
工藤「でもそれって違法だけど」
結衣「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。出来るの?出来ないの?」
工藤「分かった、すぐやるよ」
   工藤、端末を慌ただしく操作する。
夏江「イチは何で無断で祖母を連れ出したりしたんでしょうか?」
結衣「それはまだ分かりません」
   画面に新潟方面に移動する赤い丸がまた映る。
工藤「侵入出来ました」
結衣「二人の車を病院に強制帰還させて」
工藤「了解!」
   結衣、勝ち誇った仕草。
結衣「こっちの方が一枚上だってこと見せてやるわ」
工藤「どうやら車の行き先は新潟県西蒲原郡弥彦村で登録されてるみたいです」
夏江「それって祖母の実家があった所です!でも今は立入り禁止地域で誰も住んでないはずで  す。そんな所に今更何の用が有るんでしょうか?」
工藤「もしかして菊枝さんが言ってた夏の雪に関係あるとか?」
結衣「夏に降る雪……一体どういう意味?」

○高速道路・イチ達の車(夜)
   イチと菊枝(15)、並んで座っている。
   イチの手に破壊された光るリング。
   車内アナウンスが入る。
車(声)「行き先設定強制解除、出発地点に戻ります。今後行き先の変更は出来ません」
 車が谷川岳インターを降り、東京方面のインターに乗り直す。
   しばらく考えるイチ。
イチ「菊ちゃん、これからちょっと大変だけど、僕を信じて付いて来てくれるかい?」
菊枝「貴方の事を何十年も待ちました。もう何があっても離れません」

○病院・警備室(夜)
   結衣、夏江、工藤が話し合っている。
結衣「夏江さん、菊枝さんがおっしゃっていた弘さんって誰ですか?」
夏江「さあ、私もまったく……でも」
結衣「心当たりがあれば何でも教えて下さい」
夏江「祖母はイチの事を時々弘さんって呼んでました。それに契約解除になるのが怖くて言えな かったんですけど、昨日押し入れの中で祖母がイチにキスしようとしているのを見てしまいま した」
結衣「禁止事項に抵触する行為があった場合はこちらにも警報が入るはずです」
   工藤、慌ただしく端末を操作する。
工藤「おかしいな、記録には何も残ってないけど」
   結衣「勇人、イチのモデルと弘という名前の人物に接点がないか調べてくれる?」
工藤「OK!」
   また端末を操作する工藤。
工藤「検索完了。今映します」
   工藤、壁に一枚の古い写真を投影する。
   それは菊枝の本に挟んであった軍服姿の男性の写真。
工藤「イチのモデルはアーカイブに有ったこの古い写真の男性です」
結衣「名前は分かる?」
工藤「記録によれば……(大きな声で)政岡弘!」
結衣「ビンゴね!」
工藤「この写真は弘さんの出征時ものです。撮影日は太平洋戦争末期の昭和20年、この    後フィリピンのレイテ島沖で戦死と記録されています」
結衣「ロボットのモデルは実在の人物との混同を避けるため、かなり古い人間をモデルにするか らね。で、当時の弘さんの住所は?」
工藤「新潟県西蒲原郡弥彦村」
夏江「祖母の実家と同じ!」
結衣「やはりね、イチのモデルの弘さんはきっと菊枝さんと幼馴染だったのよ」
工藤「そんな偶然があるなんて!」
夏江「もしかして二人は」
結衣「恋人同志だった」
夏江「私の父は私生児だったんです。おばあちゃんはその時の事絶対に話そうとしなかったけ  ど、もしかしてこの弘という人が」
結衣「十分ありうるわね。そして、もしイチが自分を弘と思いこんでるとしたら」
夏江「確かに私あの二人が恋人同士じゃないかって感じる事が何度かありました」
工藤「でも仮にイチが自分を弘と認識したとしても弘の記憶まで手に入れる事は出来ないはずだ よ」
結衣「確かに……」
   画面に映る赤い丸が東京方面に移動している。
工藤「菊枝さん達の車はインターを乗り換えて既に東京方面に向かってます」
   結衣、壁の時計を見る。
結衣「二人が戻るまであと2時間あります。それまで少し休憩しましょう」
   
○高速道路 ・イチ達の車(夜)
   パネルに高坂PAまで5kmの表示。
   イチ、タッチパネルに手を触れると車のバッテリー残量表示が急に低下して0になる。
車(声)「バッテリー残量不足。高坂PAに緊急停車します。直ちに充電して下さい」

○病院・廊下(夜)
   夏江、高田に電話している。
夏江「高田さん、私どうしたら良いの?」
高田(声)「なっちゃん、気を確かに持って。おばあちゃんは必ず無事に戻るよ」
夏江「ありがとう、あなたの声を聴いたら少し元気が出たわ」

○同・待合室(夜)
   結衣と工藤、並んで話している。
工藤「何故イチは我々の命令を無視して行動出来るんだろう?プログラムのバグかな」
結衣「それは何度も確認したはずよ」
工藤「じゃあ何で」
結衣「ねぇ勇人、私、イチは明らかに何か目的を持って動いているように思うの」
工藤「でも介護人を連れ回すなんて普通じゃないよ」
結衣「全然論理的じゃないけど、今のイチの行動には何故か菊枝さんへの気遣いが感じられる  の」
工藤「結衣、君ちょっと変わったね」
結衣「そうかしら?」
工藤「でも今の結衣の方がずっと魅力的だよ」
工藤、結衣にそっとキスする。
結衣「ねえ、この前インストールした感情回路が既存のデータ処理システムと何らかの反応を起 こして独立した制御系が発動している可能性は無いかな?」
工藤「技術的にはちょっと考えにくいよ」
結衣「例えば人間の脳の旧皮質と新皮質の関係みたいなものよ。本能に当たる初期プログラムよ りも学習に基づく感情回路の判断を優先させてるとしたら?」
工藤「確かにそれなら説明が付くけど。とにかく早くイチを回収して調べてみないとはっきりし た事は分からないよ」

○同・駐車場(夜)
   結衣、工藤、夏江が駐車場の端に立っている。
   工藤、ボード型端末で車の位置を確認している。
工藤「もうすぐそこです」
   駐車場の入り口を見詰める三人。
夏江「来たわ!」
   イチ達の乗っていた車、駐車場に入って来て結衣達の前に止まる。
   夏江、急いで後部座席のドアを開ける。
夏江「(大声で)おばあちゃん、大丈夫?」
   皆、後部座席を覗き込むが誰も居ない。
夏江「そんな!」
工藤「どうやら一本取られたみたいだね」
   結衣、悔しそうに、
結衣「こうなったら直接会って連れ戻すしかないわね。行き先は分かってるわ。すぐに二人を追 いかけて弥彦村に行きましょう」

○寺泊・魚市場(早朝)
   一台の軽トラックが停車している。
   その脇でイチと車いすの菊枝が運転手にお辞儀をしている。
   運転手、窓から軽く手を挙げ走り去る。
イチ「(菊枝に)疲れてないかい?」
菊江「ええ、でも少しお腹が空いたわ」
イチ「じゃあ、ここの魚市場で何か買って食べよう」

○同・魚市場(朝)
   イチと車いすの菊枝、色々な魚が並んでいる中を見て回る。
     
○同・海岸
   菊枝とイチ、砂浜に並んで座っている。
   海を眺めながら魚の浜焼きを食べる菊枝。
菊枝「懐かしい景色」
イチ「ああ」
菊枝「ねえ、弘さん。あの頃の事覚えてる?」
イチ「ああ、君がしっかり小説に書き残してくれたからね」
菊枝「知ってたの?恥ずかしいわ」
   魚の串焼きをまた一口美味しそうに食べる菊枝。
   それを愛おしそうに見詰めるイチ。

○高速道路・結衣達のバン(朝)
   結衣、窓の外の流れる景色を見る。
結衣「イチ、あなた菊枝さんをどうするつもりなの?」
   高速を走る結衣達のバン。

○弥彦村付近・車道 
   イチと車いすの菊枝、並んで山の登坂の車道を進む。
イチ「菊ちゃん、疲れてないかい?」
菊枝「大丈夫よ弘さん。でもちょっと寒いわ」
   イチ、後ろから菊枝をそっと抱き締める。
   顔を赤らめる菊枝。
菊枝「弘さん、誰かに見られたら恥ずかしいわ」
イチ「大丈夫、ここに居るのは僕達二人だけだ」
   イチの視野に『体温調整45℃』と表示される。
菊枝「暖かくて気持ち良い」
   ウットリとイチに抱かれている菊枝。
菊枝「弘さん、私、今本当に幸せよ」
イチ「僕もだよ、菊ちゃん」
   柔らかな新緑の中、二人だけの静かな時間が流れる。

○弥彦村・入り口
   長いフェンスが張り巡らされた森。
ゲートに「弥彦村入り口・これより先許可なく立ち入り禁止」の表示。
   ゲートの横には小さな掘っ立て小屋があり、その前に薄汚れた旧型の門番ロボットが立っ   ている。
   イチと菊枝、ゲートに近づく。
門番ロボ「ここから先は・許可証の無い人間は・立ち入り禁止です。無断で・侵入する場合・拘 束します」   
イチ「菊ちゃん、ちょっと待ってて。あいつが居ると僕達入れないから」
菊枝「はい」
   イチ、ロボットに近づく。
イチ「許可証ならここに有ります」
   イチ、何も持っていない手を差し出す。
   門番ロボ、イチの手を見ながら、
門番ロボ「認識出来ません。もっと良く・見せて・下さい」
   確認のため前屈みになる門番ロボ。
イチ、門番ロボの肩に手を掛ける。
   門番ロボから一瞬火花と煙が出る。
門番ロボ「認識・出来・ま・せ……」
   門番ロボ、首を傾け動かなくなる。
   イチ、菊枝の方を向く。
イチ「もう大丈夫だ、行こう」
   菊枝、ゲートを自走車いすで超える。
   イチ、菊枝の後からゲートの境界を越えようとすると突然動かなくなる。
   イチの視野に「禁止事項抵触、立ち入り禁止地区への侵入、システム緊急停止」と表示さ   れ画面がふいに真っ暗になる。
   菊枝、振り返りイチを見る。
菊枝「(不思議そうに)どうしたの、弘さん?」
イチ「……」
菊枝「弘さん、お願い返事して、私怖いわ」
   イチの視野、真っ暗な画面に菊枝の声が聞こえる。
菊枝「弘さん……弘さん……」
   イチの視線に「感情回路再起動、禁止事項解除」の表示。
   イチの視界が元に戻る。
イチ「ゴメン、さあ行こう」
   イチ、車いすの菊枝と一緒にゆっくりと村の中に入っていく。

○同・村内
   今は人も住まず廃墟となった家々。
   荒れ果てた田んぼの中の道を通り過ぎるイチと菊枝。

○同・入り口
   結衣達の車がゲートに近づく。
   首を傾げ固まっている門番ロボットが見える。
   結衣と工藤、車から降りて門番ロボを調べる。
   門番ロボからまだ煙が出ている。
結衣「2人が通ってから、まだそんなに時間は経ってないみたいね」
   門番ロボの手に壊れた光るリングが置かれている。
   工藤、リングを手に取り、番号を見る。
工藤「これイチのリングだ」
結衣「私達が追って来るのもすべてお見通しって事?」
工藤「もしかして俺達あいつにうまく誘導されてないですか?」
   悔しそうな表情の結衣。
結衣「……とにかく先を急ぎましょう」
   車に戻り、ゲートを超えて進む結衣達。

○菊枝の実家
   藁葺き屋根の立派な家。
   イチと菊枝、家を見上げる。
菊枝「懐かしい、昔のままだわ」
イチ「ああ」
   イチと菊枝、家の中に入っていく。
   今は蜘蛛の巣が張った部屋。
   襖の無い押し入れを暫し懐かしそうに見る菊枝とイチ。
   イチ、縁側の雨戸を開け、庭が見渡せるようにする。
菊枝「私、ここから見る景色が一番好きだった」
イチ「僕もだよ」
菊枝「弘さんと夏の雪を見たのもここだったわね」
イチ「またすぐ見られるはずだよ」
   *   *    *
   イチと菊枝、家の中から出て来る
   そこへ、結衣達のバンが到着する。
   中から結衣、工藤、夏江が降りてきて、イチ達と対峙する。
結衣「イチ、あなた自分が何してるか分かってるの?すぐに戻りなさい」
イチ「あなた達が来るのをお待ちしてました」
工藤「やっぱり」
菊枝「夏江、心配かけてゴメンね」
夏江「おばあちゃん、今さら何でこんな所に来たの?」
   その時、空からフワフワした雪の様なものが降って来る。
夏江「何これ?雪?」
   夏江、それを手に取ると種子の綿毛。
イチ「これは柳絮(リュウジョ)と言う柳の綿毛です。春から初夏のある日一斉に種子を放出す るんです」
   ハッとして菊枝を見る。
夏江「夏に降る雪!おばあちゃんの言ってたのってこの事だったの?」
   優しく夏江に微笑みかける菊枝。
   菊枝、空を見上げ次々と降りそそぐ柳絮を感じる。
   そのまま立ち上がり、両手を広げてクルクルと舞う菊枝。
菊枝「弘さん、また一緒に見られたのね。夏に降る雪、優しい雪」
イチ「長いこと待たせてゴメン」
菊枝「弘さん、ありがとう。私、もう何も思い残す事はないわ」
イチ「これからはずっと一緒だよ」
   二人のやり取りを困惑して見る結衣。
結衣「(イチに)あなたいったい誰なの?」
イチ「私は……私は政岡弘です」
結衣「あなた、やっぱり弘の心を手に入れたのね?」
工藤「でもどうやって?脳スキャンも無いのに」
イチ「菊枝さんとの思い出はすべて菊枝さんの小説と原稿に書いてありました」
工藤「その手があったのか!」
イチ「菊枝さんの本を読んで、私は自分が弘だった事を思い出したのです」
工藤「感情回路にこんな副作用があるなんて想定外だ」
イチ「彼女は私の事をずっと待ち続けてくれました。だから私も彼女の最後の願いをどうしても 叶えてあげたかったんです」
結衣「あなた菊枝さんの事を愛してるのね」
イチ「はい。結衣さん、勇人さん、今のあなた達なら私の気持ちが分かるはずです」
 結衣「!」
   車いすに座る菊枝の姿がまた100才の老女に戻っている。
菊枝「弘さん、本当にありがとう」
菊枝、夏の雪を見ながら目を瞑り、静かに息を引き取る。
イチ「結衣さん、工藤さん、私に心を与えてくれてありがとう。いつかすべてのロボットと人間 が家族や恋人の様に仲良く暮らせる日が来るのを祈っています」
結衣「あなた、いったいどこまで知ってるの?」
イチ、言い終えると自ら発熱して赤くなり、全身から煙が出て燃え出す。
夏江「あっ!」
工藤「信じられない、ロボットが自殺するなんて」
結衣「菊枝さんの居ない人生なんて考えられないって事?あなたそこまで菊枝さんを愛していた の?」
   夏の雪の降る中、穏やかな顔で眠る菊枝。
   その横で燃えるイチ。
   静かに涙を流す夏江。
夏江「ごめんなさい、私おばあちゃんの事何も分かって無かった」
   茫然と立ち尽くす結衣。
工藤、そっと結衣に寄り添い肩を抱く。
工藤「菊枝さんは最後の最後に本当の愛を手に入れたんだね」
結衣「ええ」
   空からは夏の雪が静かに降り続ける。
工藤「結衣の夢、またやり直しだね」
結衣「違うわ、今やっと私の夢が叶ったのよ」
   空からは夏の雪が静かに降り続ける   


○菊枝の人生の回想
   回る走馬燈。
   夏の雪の中で両手を広げクルクル舞う若い菊枝(15)。
   回る走馬燈。
   空を飛ぶ空襲の米軍飛行機。
   押し入れの暗闇の中で耳を塞ぎ怯える菊枝。
   その肩をしっかり抱き締めるイチ。
   押し入れの暗闇の中で見詰め合いキスする菊枝と弘。
   回る走馬燈。
   鉄道の駅、列車で出征する弘を柱の陰からそっと見守り、泣き崩れる若い菊枝。
   回る走馬燈。
   大きなお腹で弘の死亡通知を見て泣く菊枝。
   回る走馬燈。
   赤ん坊の長男・秋彦を抱っこして縁側に座って庭を見ている菊枝。
   闇市で秋彦の手を引いて食料を買う菊枝。
   回る走馬燈。
   大人になった息子の結婚式で、集合写真に納まる年取った菊枝(45)。
   回る走馬燈。
   机に向かって真剣に小説を書く菊江。
   小説の受賞パーティーで記念撮影する菊枝。
   回る走馬燈。
   森の中でイチに抱かれる菊枝(15)。
   夏の雪の降る中で車いすに座り静かに眠る菊枝(100)。   
   
○庄崎家マンション前(夜)
   結衣達のバンが走って来て停まる。
   中から夏江が降りて、お辞儀をするとバンが走り出す。
   夏江、それを見届け、マンションの中に入ろうとする。
   マンションの入り口の横に待っている高田。
   夏江、高田に走り寄り抱き付く。
夏江「高田さん、会いたかった」
高田「僕もだよ。なっちゃん、側に居てあげられなくてゴメン」
夏江「ねえ高田さん」
高田「何だい?」
夏江「私決心がついたわ。この前の結婚の話、お受けします」
高田「(嬉しそうに)そうか、ありがとう、君の事大事にするよ」
夏江「はい、宜しくお願いします。」
   しっかりと抱き合う二人。

○柏木家・玄関前(夜)
   結衣と工藤が立ち話している。
工藤「結衣のご両親に会うと思うと緊張するな」
結衣「大丈夫よ。二人ともロボットなんだから」
工藤「そうは言っても、両親は両親だからね。花でも持って来れば良かったかな」
結衣「勇人って意外と繊細なのね」
工藤「そりゃそうだよ。男にとって彼女の両親に挨拶するってのは人生の一大イベントだから  ね」
結衣「なんか、勇人、可愛い」
工藤「からかうなよ」
結衣「ゴメン、じゃあ行くわよ」
工藤「ああ」
   家に入る二人。

〇同・居間(夜)
   結衣と工藤、食卓を挟んで柏木と理沙と座って居る。
工藤「初めまして。工藤勇人と申します」
柏木「君の事は結衣からよく聞いているよ」
理沙「いつも結衣を支えてくれてありがとう」
工藤「いえ、俺はただ結衣さんが頑張っているのを見てるのが好きなんです」
結衣「今回も勇人には色々助けてもらったのよ」
柏木「二人とも大変だったね」
結衣「でも本当に大変なのは会社の事後処理があるこれからよ」
ちょっと暗い表情の結衣。
工藤「でも俺が彼女を支えます」
柏木「宜しく頼むよ」
   工藤、姿勢を正し、
工藤「あのお義父さん、お義母さん」
柏木「何だね?」
工藤「結衣さんを俺にください」
柏木「はは、早速だね」
理沙「私、こういう単刀直入な人、嫌いじゃないわ」
結衣「この人いきなりが好きなの、ねっ勇人」
工藤「おい、今それ言う?」
   結衣、悪戯っぽく笑う。
柏木「聞いていると思うが我々は結衣のメンタルケアロボットだ。本物の両親ではない」
工藤「はい」
柏木「君が結衣と一緒になれば我々のケアは終了しもう廃棄になるだろう」
結衣「そんな!私パパとママとずっと一緒に居たいよ」
理沙「これは規則なの」
結衣「でも……」
柏木「工藤君、そしたら結衣は君だけが頼りだ。本当に任せて大丈夫かね」
工藤「はい。お二人に負けないように結衣さんの事を大切にします」
柏木「結衣は普通の子とは違う。それでも彼女の面倒を見る覚悟はあるかね?」
工藤「(しっかりと)はい」
   柏木、深々と頭を下げる。
柏木「娘の事を宜しくお願いします」
理沙「良かったわね、結衣」
結衣「ありがとう、パパ、ママ」
柏木「これからは何でも工藤君に相談するんだよ」
理沙「無理しちゃだめよ」
結衣「もう、二人とも過保護なんだから」

○柏木家・結衣の部屋(夜)
   化粧台の鏡の前で髪を梳く結衣。
   工藤、結衣を後ろからそっと抱き締め首筋にキスする。
工藤「結衣、愛してる」
結衣「勇人、私も愛しているわ」
   結衣、工藤の腕に手を重ねようと左手を挙げるとネグリジェの袖が捲れ、手首に光るリン   グが現れる。
結衣「私、あなたが私の本当の姿を知っても愛し続けてくれるのか不安だったの」
工藤「馬鹿だな、そんな事心配してたのかい。結衣は結衣だ。最初からそれしか見てないよ」
結衣「私貴方がお爺さんになっても年取らないよ?それでも良いの?」
工藤「いつまでも若い結衣を見てられるなんて最高だよ」
結衣「ありがとう勇人。ありがとうイチ。もう私何も怖くないわ」
   工藤、結衣をしっかり抱き締める。
結衣「ねえ、勇人、明日ちょっと付き合ってほしい所があるの」
工藤「もちろんいいけど。何処に?」
結衣「どうしてもそこに行かなきゃいけない気がするの」

〇集合墓地施設
   眩しいくらいに明るく輝く部屋。
   中央には花を飾った質素な祭壇。
   結衣と工藤、祭壇の前に立つ。
   二人の後ろに結衣の両親ロボも立つ。
   祭壇の奥からベルトコンベアで二つの白い箱が移動してきて前に止まる。
   壁に柏木と理沙の写真が大きく映る。
   結衣と工藤、その箱に手を合わせる。
結衣「パパ、ママ、久しぶり」
   工藤、投影写真とロボを見比べて、
工藤「本人とそのロボットに囲まれてるってのもなんか不思議な感じだね」
柏木ロボ「我々も自分の分身の墓の前に立つのは初めてだよ」
   その時、祭壇からメッセージが流れる。
祭壇(声)「柏木結衣様に伝言が一件あります」
結衣「えっ?」
   壁の両親の顔写真が消え、代わりに両親のビデオメッセージが始まる。
柏木「結衣、久しぶり」
理沙「久しぶり、結衣。元気でやってた?」
結衣「パパ!ママ!」
   柏木「結衣がここに来たという事は私達はもうこの世には居ないという事だね」
結衣「!」
柏木「そして君の横には愛する誰かが一緒に居るはずだね」
  結衣と工藤、顔を見合わせる。
理沙「あなたには黙っていたけど、私達が死んで、あなたが誰かを愛した時ここに来 るよう  に、予めあなたにプログラムしておいたのよ」
柏木「結衣、君は子供の居ない私達が作った大切な一人娘だ。当時の最新技術をすべて詰め込  み、何もかも人間そっくりに作った。そして人とロボットを結ぶ新たな架け橋になってもらい たいと願い、君には感情、特に人を愛する心を埋め込んだ」
   ビデオ画面を真剣に見詰める結衣。
柏木「(工藤に)結衣の愛した人、君の名前を知ることが出来ず残念だ。親が言うのも何だが結 衣は本当に良い子だ。たとえロボットであろうと結衣の事をずっと愛してやってほしい」
工藤「(ビデオに向かって)はい、必ず」
柏木「これからはロボットと人間が愛し合う新たな時代が始まるのだ。そして君達にはそれを世 間に示すアダムとイブになってほしい」
   結衣、目から涙がこぼれる。
結衣「私もしかして泣いてる?」
   工藤、結衣を見詰め、
工藤「ああ」
結衣「分かった。パパ、ママ。私やってみる」   
勇人「ああ、これから世界中の人に俺達の幸せを見せつけてやろう」
   結衣と工藤、祭壇の前でしっかり手を繋ぐ。
ロボットの柏木と理沙も手を繋ぐ。
   結衣達に微笑みかける両親の映像。

(エンドロール)
   ロボットと人間のカップルが仲良く暮らす色々な写真。   
   最後に結衣と工藤が赤ん坊を抱いたスナップショット。

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