トレンディをもう一度 ドラマ

かつてトレンディ俳優として名を馳せたものの、今では仕事は閑古鳥鳴き状態の俳優:叶裕作。彼についた新人マネージャー:若桜絵梨がとってきた仕事は、なんと子供番組の司会者の役だった…!フジテレビヤングシナリオ大賞応募作品。
御子柴 志恭 42 2 0 07/13
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第一稿

<登場人物>
叶裕作(かのう・ゆうさく)(20)(50)(52) 俳優
若桜絵梨(わかさ・えり)(22) 裕作のマネージャー
秋里浩二(あきさと・こうじ)(45) 『みんなで ...続きを読む
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<登場人物>
叶裕作(かのう・ゆうさく)(20)(50)(52) 俳優
若桜絵梨(わかさ・えり)(22) 裕作のマネージャー
秋里浩二(あきさと・こうじ)(45) 『みんなでぐーちょきぱー』監督
松並綾香(まつなみ・あやか)(27) 『みんなでぐーちょきぱー』司会
美萩野滋(みはぎの・しげる)(29)(59) 『みんなでぐーちょきぱー』小道具係
吉方敏雄(よしかた・としお)(39) 『みんなでぐーちょきぱー』プロデューサー
雲山玲央(くもやま・れお)(5) 『みんなでぐーちょきぱー』子役
安長真太郎(やすなが・しんたろう)(58) 裕作の所属事務所社長
布勢のりこ(ふせ-)(19) 女優
浜坂武(はまさか・たけし)(40) 監督
数津篤子(すづ・あつこ)(46) トーク番組『変わったあの人』司会
子役たち

<本編>
〇ホテル・レストラン(夜)
   煌びやかなレストラン。
窓からは都市の夜景が見え、テーブルには洋食が並んでいる。
   きれいなスーツを着た叶裕作(20)と、ラフな格好をした布勢のりこ(19)が食事をしている。
のりこ「こんな豪華なところ、来たことないです……」
叶「そうだろう? 君ならきっと喜んでくれると思って、最高の場所と料理を選んだんだ」
   フォークを置くのりこ。
のりこ「あ、あの! どうして……私にここまでしてくださるるんですか?」
叶「(フッと笑って)そんなの決まってるじゃないか」
のりこ「……?」
叶「君のことを、愛しているからさ」
のりこ「!」
   驚くのりこ。
叶「驚いたかい?」
のりこ「あ、いや、その……」
叶「顔を赤らめた君も、かわいいよ」
   赤面するのりこ。
   見つめあう二人―。
浜坂の声「カーット!」
  裕作とのりこの周りには、浜坂武(40)の他、撮影スタッフら数名がいる。
   二人に近づく浜坂。
浜坂「さすが貴公子の裕作、マドンナののりこちゃん! 今の演技、よかったよ。もうね、これぞトレンディドラマって感じだ」
叶「ハハハ、そうですかね」
のりこ「ありがとうございます!」
浜坂「もうすぐこの作品もクランクアップだけど、二人にはまた別のにも出てもらおうと思うからさ。頼むよ!」
叶・のりこ「はい!」
   満面の笑みを浮かべる叶・のりこ―。
叶M「人には誰しも、輝いている時期がある。でも……そういうのに限って、長くは続いてくれない」(回想終わり)

タイトル T『トレンディをもう一度』

〇アパート・叶の部屋
   狭いアパートの一室。
叶裕作(50)、布団に寝転がって、求人フリーペーパーを読んでいる。枕元にはスマホがある。
叶「あー……昔はよかったなぁ」
   求人フリーペーパーから、目をそらす叶。
叶「撮影でうまいメシも食えたし、カワイ子ちゃんにも会い放題だったし……」
   スマホが鳴動する。
   求人フリーペーパーを投げ捨てる叶。スマホを手に取って、電話に出る。
叶「はい、叶です」
安長の声「あっ、裕作ちゃん? 今ちょっといいかい?」
叶「安長社長? どうしたんですか
安長の声「こないだ言ってたマネージャーの件、決まったよ」
叶「本当ですか!?」
安長の声「ああ。急だけど、今から事務所に来れるかい?」
叶「もちろん! 行きますよ。今日は仕事入ってませんから」
安長の声「今日も、だろ? まあいいや。事務所で待ってるからね」
   電話を切る叶。
   布団から飛び起き、着替え始める。

〇雑居ビル・外観
   叶、ビルの中へ入っていく。
   表情は明るい。

〇会議室
   小規模な会議室。
   安長真太郎(58)が座っている。
   扉を開けて入ってくる叶。
叶「社長! 新しいマネージャーって、どこですか?」
   と、安長の隣に座る―。
安長「隣の部屋にいるよ。ちょっと呼んでくるから、待っててくれ」
   安長、立ち上がって退室するる。
   楽しそうな表情の叶。
     ×   ×   ×
   安長、部屋に入ってくる。
安長「入ってくれ、若桜さん」
   派手な服装と髪色をした若桜絵梨(22)、部屋に入ってくる。
   叶の方を見る絵梨。
絵梨「今日からマネージャーとして働かせていただくことになりました、若桜絵梨です。よろしくお願いします」
叶「!? えっと……
   顔をしかめる叶。
叶「ちょ、社長ちょっと」
   安長を手招きする叶。
   安長、叶に近づく。
安長「どうしたの、裕作ちゃん?」
   叶と安長、絵梨に背を向ける。
叶「(小声で)あれが俺の、新しいマネージャーなんですか?」
安長「(小声で)そうだよ。さっき電話でも言ったでしょ」
叶「(小声で)でもさ、さすがにあの見た目はないんじゃないっスか?」
安長「(小声で)大丈夫だよ。新人で見た目はアレだけど、いい子だし」
叶「でも俺、ああいうの苦手で……。他に誰かいなかったんですか?」
安長「他の子たちは皆、裕作ちゃんのマネージャーになりたがらなかったんだよ」
叶「(小声で)ええっ、そりゃないですよ……」
   叶と安長、絵梨の方を振り向く。
安長「まあ、二人とも仲良くやってくれ」
   と、席から立ち上がる。
安長「若桜さんも、何かあったら裕作ちゃん……じゃなくて叶さんに訊くんだよ」
   安長、笑顔で退室する―。
     ×   ×   ×
   絵梨を見る叶。
叶「えーっと、まずは……よろしくお願いします」
絵梨「よろしくお願いします」
叶「じゃあ早速だけど、絵梨にやってもらいたいのは……ズバリ、仕事をとってくることだ」
絵梨「(驚いて)え? いきなり名前呼びですか?」
叶「マネージャーのことは、いつも俺、下の名前で呼んでるからさ」
絵梨「はあ……」
叶「話を戻すけど、仕事と言っても、ただやみくもに取ってきてほしいってわけじゃない」
絵梨「希望があるってことですか?」
叶「そうだ」
   身を乗り出す叶。
叶「まず、ジャンルは映像作品だ。俺は舞台はやらない。そして、セリフのある役。できれば主役がいいけど、脇役でもいいかな。ゲスト出演や単発作品じゃなくて、連続ドラマみたいなのがいいな」
   スマホを取り出し、打ち込んでいく絵梨―。
絵梨「(小声で)注文が多いな……」
叶「ん? 何か言った?」
絵梨「……いえ、何も」
叶「俺は今でこそこんな感じだが、昔は『トレンディドラマの貴公子』って呼ばれてたくらいの俳優なんだ」
絵梨「トレンディドラマ、ですか……」
叶「そうだよ。だから、デカい仕事をする主義なのさ」
絵梨「聞いたことはありますけど、全然見たことないですね」
叶「(驚き、立ち上がって)えっ、見たことないの?」
絵梨「……(頷く)」
叶「俺、いろんな作品出てたのに? 1本も!?」
絵梨「だって、そういうのが流行ったの、今から30年くらい前ですよね? 私まだその時生まれてないですよ」
叶「!」
   力なく椅子に座る叶。
表情は暗い。
叶「トレンディドラマ全盛期に、生まれてない……」
絵梨「叶さん?」
叶「あの時からもう30年……」
絵梨「……とにかく、さっき言っておられた感じの仕事を、とってくればいいんですよね?」
叶「ああ、そうだ」
絵梨「片っ端から、当たってみます!」
   絵梨、会議室から、勢いよく出ていく。
   見送る叶―。
叶「大丈夫かなぁ……」

〇アパート・叶の部屋(日替わり)
   T『三日後』
   布団に寝転がっている叶。
   うつろな表情。
叶「来ねぇなぁ……連絡」
   叶、寝返りをうつ。
叶「ちゃんと探してくれてるのかな?」
   スマホが鳴動する。
   叶、素早くスマホを手に取る。
電話に出る。
叶「はい、叶です」
絵梨の声「若桜です。おはようございます」
叶「絵梨か。仕事、見つかったか?」
絵梨の声「ええ、とびっきりのものが見つかりました!」
   笑顔になる叶。
叶「とびっきりのもの!? どんな仕事だ?」
絵梨の声「叶さんの言ってた通り、連続放送される作品で、セリフのある役、しかも主役ですよ」
叶「(大きく笑いながら)やるじゃないか、絵梨!」
絵梨の声「明日、番組プロデューサーさんと打ち合わせがあります。朝10時に、キュウショーテレビで落ち合いましょう」
叶「明日の朝10時? えらく急だな」
絵梨の声「出ていただけるのであれば、すぐにお会いしたいってことみたいです」
叶「プロデューサーが、そう言ってたのか?」
絵梨の声「ええ」
叶「……わかったよ。それじゃ明日。うん、お疲れ様」
   スマホを置き、寝転がる叶。
叶「絵梨のヤツ、なかなかやるじゃないか」
   叶、にやける―。

〇キュウショーテレビ・外観(日替わり・朝)
   中規模ビル。
   ビルの入口の前で、絵梨が待っている。
   叶がやってくる。
   叶と絵梨、ビルの中に入っていく。

〇キュウショーテレビ・会議室(朝)
   小規模な会議室。
   吉方敏雄(39)が座っており、足元にはカバンが置かれている。
   叶と絵梨が入ってくる。
吉方「(立ち上がって)いやあ叶さん、マネージャーの若桜さん、お待ちしておりました!」
叶「(笑顔で)いやいや、私もお会いできるのを楽しみにしてましたよ!」
吉方「私、プロデューサーの吉方と申します」
叶「改めまして叶です。よろしくお願いします」
絵梨「若桜です。よろしくお願いします」
   叶・絵梨・吉方、席につく。
叶「それで、今回出演させていただける作品というのは、何ですか?」
吉方「あれっ、若桜さんから聞いておられないんですか?」
   吉方、カバンから企画書を取り出し、叶の前に置く。
   企画書には『子供番組・みんなでぐーちょきぱー』とある。
   企画書を手に取る叶。
叶「ああ~、『みんなでぐーちょきぱー』……懐かしいですね。私も子供の頃、よく見てましたよ」
吉方「ありがとうございます。うちの長寿番組の一つなんですよ、これ」
   叶・絵梨・吉方、笑いあう―。
叶「(真顔になって)ん? もしかして、私が出演する作品って……」
吉方「ええ。この『みんなでぐーちょきぱー』ですよ」
   身を乗り出す叶。
叶「ちょ、ちょっと待ってください! これなんですか!?」
吉方「そうです。前任の湖山さんが降板したこのタイミングで、若桜さん経由でご快諾いただいて」
叶「(焦った様子で)えっ……えっ!?」
吉方「こちらとしても、嬉しい限りなんですよ」
   叶、呆然とする―。
叶「ちなみに、こちらの絵梨……じゃなくて若桜から「主役だ」と聞いてるんですけど、その役どころって……」
吉方「そうです。番組の進行役である、じゃんけんおじさんです」
叶「やっぱり……」
   頭を抱える叶。
   ちらっと、絵梨の顔を見る。
絵梨「……(微笑む)」
叶「(吉方の方を向いて)すみません。大変ありがたいお話なのですが、数日間考えさせていただいても……」
吉方「え? 撮影は、今日の夕方からですよ?」
叶「今日の夕方!? 急過ぎやしませんか?」
吉方「若桜さんから、叶さんはスケジュール調整がすぐできると、お伺いしましたから」
叶「そんな……」
と、ため息をつく。
吉方「それではさっそく、夕方からよろしくお願いしますね」
叶「……(暗い表情)」

〇キュウショーテレビ・食堂
   テーブル席のある、中規模食堂。
   叶と絵梨が向かい合って座り、カレーライスを食べている。
叶「(食べながら)絵梨! お前なんて仕事をとってきたんだ?」
絵梨「(手を止めて)え? ダメでしたか?」
叶「俺が子供番組の司会だなんて、そんな話あるかよ!」
絵梨「いいじゃないですか」
叶「いや、だって子供番組だぞ? 仮にも一世を風靡した俳優であるこの俺が、なんで子供のお守りしなきゃいけないんだよ」
絵梨「でも、叶さんの言っていた通り、(指折りしながら)ジャンルは映像作品で、セリフのあるしかも主役で、連続放送されてる作品……ですよ?」
叶「いや、確かにそうだけどさ、こうなんていうか……わかんないかなぁ?」
絵梨「(再び食べ始めて)まあいいじゃないですか。子供番組って、結構楽しそうですし」
叶「出演するのは俺だよ!?」
   勢いよく、一口食べる叶。
叶「とにかくだ。今日は仕方ないから出演するけど、こんな番組すぐ降りるからな」
絵梨「最低1クール分は出ないといけない契約ですけど」
叶「じゃあ、それが終わってからだ。子供番組なんて、やってられないよ!」
絵梨「……」
   叶を窺いつつ、食べるのをやめない絵梨。

〇楽屋(夕方)
   鏡のある狭い楽屋。
長袖シャツの上から、丈の長い動物の刺繍入りのエプロンをし、保育士のような恰好をした叶が、一人座っている。
叶「(鏡を見つめて)こんな恰好を、することになるとはね……」
   叶、腕時計を見る。
叶「それじゃ、行きますか」
   立ち上がり、楽屋から出ていく叶。

〇撮影スタジオ(夕方)
   青空の背景や、作り物の木々、『みんなでぐーちょきぱー』のタイトルバックなどのセットが組まれており、司会者台とひな壇が配されている。
   司会者台には松並綾香(27)が立っており、ひな壇には雲山玲央(5)ら子役たちが座っている。
   セットの周りでは、秋里浩二(45)や美萩野滋(59)、そして絵梨と吉方が待機している。
   叶が入ってくる。
叶「おはようございます」
秋里「(叶に近づいて)ああ叶さん、こちらへ」
   秋里、セットの前に叶を連れてくる―。
秋里「えー、本日より、降板された湖山さんに代わりじゃんけんおじさん役になりました、叶裕作さんです」
叶「叶です。よろしくお願いします」
   一同、拍手―。
秋里「それでは、今後ともよろしくお願いします。監督の秋里です」
   叶と秋里、会釈しあう。
秋里「では、今日はオープニング後のシーンの撮影です」
叶「オープニング後のシーンというと……」
秋里「おじさんとおねえさんであいさつするあのシーンですよ」
叶「ああ、あれですか……」
秋里「短いシーンですから、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。叶さん、司会者台の方に立ってください」
叶「……わかりました」
   叶、司会者台に移動する。
   綾香と並んで立つ。
綾香「(小声で)松並です。よろしくお願いします」
叶「(会釈して)叶です」
秋里「それでは、テストから行ってみましょう。よーい……はい!」
   軽快な音楽が流れる―。
叶・綾香「(叶は覇気のない声で、綾香は大声で)みんなで、ぐーちょきぱー!」
叶「(棒読み)皆、今日も見てくれてありがとう」
綾香「おねえさんたちと、元気いっぱい楽しくに遊ぼうね~!」
秋里の声「カーット!」
   叶と綾香、秋里の方を向く。
秋里「叶さん。もう少し大声出せませんか?」
叶「大声? 出したつもりですけど……」
秋里「慣れない現場だってのはわかりますけどね、もっと出してもらわないとダメですよ」
叶「あ、すみません……」
秋里「テレビの前の子供たちに呼び掛けるような感じで、お願いしますよ。じゃあ、もう一回!」
   カメラを見る、叶と綾香。
秋里「よーい……はい!」
   軽快な音楽が流れる。
叶・綾香「(大声で)みんなで、ぐーちょきぱー!」
叶「(硬い表情で)皆、今日も見てくれてありがとう」
綾香「おねえさんたちと、元気いっぱい……」
秋里の声「カーット!」
   叶と綾香、秋里の方を向く。
秋里「叶さん!」
叶「なんですか?」
秋里「確かに声は出てた。出てましたけど、その硬い表情はなんとかなりませんか?」
叶「自分としては、精いっぱい笑ってるつもりだったんですけど……」
秋里「相手は子供なんですよ? もっとにこやかに!」
叶「はい……すみません……」
秋里「大声で、かつ楽しそうな表情でお願いしますよ、それじゃもう一回!」
カメラを見る、叶と綾香。
秋里「よーい……はい!」

〇撮影スタジオ脇・廊下(夜)
   自販機とベンチがある廊下。
   叶、自販機で缶コーヒーを買う。
   ベンチに座って飲む―。
叶「……(うつむいている)」
   絵梨が歩いてくる。
絵梨「叶さん、お疲れ様です」
叶「ああ、お疲れ様」
   叶の隣に座る絵梨。
絵梨「今日が最初の撮影でしたけど、大変そうでしたね」
叶「本当だよ! あんなちょっとのシーンの撮影に、何時間もかかっちゃったよ」
絵梨「あれは主に、叶さんの演技の問題じゃ……」
叶「……(ムッとして絵梨を見る)」
絵梨「!(しまった、という表情)」
叶「確かにそうだったけど……やっぱり俺、この現場向いてねぇよ」
絵梨「そうですか? 監督の指示聞いていれば、出来そうな気がしますけど」
叶「実際にやるのは難しいんだよ!」
絵梨「……」
叶「なあ絵梨。俺、本当にこの作品から降りれないのか?」
絵梨「お昼にもお話した通り、最低でも1クールは出演しないといけません」
叶「三か月間放送分か。撮影期間はそれよりも長くなるだろうから、最低四か月五か月……ああ!」
絵梨「でもきっと、その頃には現場にも慣れてますよ」
叶「どうして、そう思う?」
絵梨「何か月もやれば、大抵のことは人間慣れますから」
叶「……」
絵梨「明日も撮影ですし、今日はもう休みましょうよ」
   缶コーヒーを一気飲みする叶。
叶「(ため息をついて)ああ、そうだな―」
   と、缶コーヒーをゴミ箱に乱雑に捨てる。

〇撮影スタジオ(日替わり・夕方)
   セットの中央に、椅子が円陣の形で並べられており、脇では叶・綾香・雲山たちが待機している。
   セットの周りには、秋里・絵梨・吉方と美萩野、撮影スタッフたちがいる。
   叶の表情は暗い。
秋里「では、今日はじゃんけんおじさん・おねえさんと、子供たちの遊ぶシーンを撮ります」
叶・綾香・雲山たち「はい」
秋里「松並さんだけ円陣の中心に立っていただいて、他の皆さんは椅子に座ってください」
綾香「わかりました」
   叶たち、セットへの移動を始める―。
叶「松並さん。こういうのって、大人が子供を立てた方がいいんですか?」
綾香「と、言いますと?」
叶「ほら、例えばわざとゲームに負けたりとか……」
綾香「時には、そういうのも必要ですね」
叶「そう、ですか」
綾香「でも、基本は自然体でいいと思いますよ」
叶「……」
秋里「叶さん! 松並さん! 早く位置についてください!」
   叶・綾香、急ぎ足になる。
   ×   ×   ×
秋里「最初の遊ぶシーンは、フルーツバスケットです」
叶「フルーツバスケット……」
秋里「叶さんは初の撮影ですが、ルールはご存知ですか?」
叶「(秋里を見て)ああ、なんとなくは」
秋里「よかった。それじゃあさっそく行ってみましょう。よーい……はい!」
   カメラのモニターを覗く秋里。
叶「じゃあ皆! 今日は、フルーツバスケットをしよう」
綾香「まずはおねえさんが鬼役をやるから、あらかじめ言われてる、果物の名前を言われた人は立ってね」
雲山・子役たち「はーい!」
綾香「それじゃあ、行くよ! ぶどう!」
   雲山と子役数名が立ち上がる
綾香とともに、椅子の取り合いをする―。
叶「……」
   と、表情を変えず座ったまま。
     ×   ×   ×
   雲山が、円陣の中央に立つ。
綾香「次は雲山くんが鬼だよ。さあ、何にするのかな?」
雲山「(しばらく間をおいて)じゃあ……フルーツバスケット!」
   一同、一斉に立ち上がる。
席の取り合いを始める。
     ×   ×   ×
   空いた椅子が1つある。
叶「!」
   と、空いた椅子に近づく。
雲山「!」
   と、雲山も近づく。
   叶、雲山に気づく。
   ゆっくり動く―。
   雲山、椅子に座る。
綾香「あー、今度はじゃんけんおじさんが鬼だ!」
   円陣の中央に立つ叶。
叶「(棒演技で)あちゃー、おじさん鬼になっちゃったよぉ」
子役たち「ハハハハハ!」
   叶、苦笑いする。
雲山「……(冷ややかな目で、叶を見つめる)」
     ×   ×   ×
   作り物の木々が配された、青空が背景のセット。
秋里「次は、だるまさんが転んだの撮影です」
叶・綾香・雲山たち「はい」
秋里「位置は先ほどお伝えした通りです。それぞれの場所に立ってください」
   雲山、木の前に立つ。
   叶・綾香・子役たちは、セットの中央に立つ。
秋里「じゃあ、玲央くんが鬼役で始めます。よーい、はい!」
   木に顔を伏せる雲山。
   動き出す叶たち。
雲山「だるまさんが転ん……だ!」
   立ち止まる叶たち。
木に顔を伏せる雲山。
   動き出す叶たち。
雲山「だるまさんが転ん……だ!」
   立ち止まる叶たち。
   叶、大ぶりな動きでバランスを崩す。
雲山「あっ、じゃんけんおじさんが動いた! こっち来て」
叶「(棒演技で)あちゃー、おじさんやっちゃったよ」
子役たち「ハハハハハ!」
   叶、雲山の方へ向かう。
雲山「(小声で)叶さん」
叶「(小声で)なんだい?」
   雲山に顔を近づける叶。
雲山「ゲームの時、わざと負けてるのがバレバレだよ」
叶「!」
雲山「こんなのつまんない、面白くないよ!」
叶「……!」
   と、雲山を見つめる―。

〇撮影スタジオ(夜)
   グリーンバックのセット。
   セット脇にある置時計は、夜7時を指している。
   叶が一人、困り顔で立っている。
秋里「今日の夜の部は、叶さんのソロパート、ダンスシーンの撮影です」
叶「はい……」
秋里「振り付けは、覚えてきてらっしゃいますよね?」
叶「ええ、大体は」
秋里「では、さっそく撮影の方に……」
叶「私、ダンス経験ないんですけど、大丈夫なんですかね?」
秋里「そんなに難しいダンスじゃないので、大丈夫ですよ」
叶「……」
秋里「(周りを見て)それじゃあ準備OKですか? ……じゃあ、行きましょう。よーい、はい!」
   民謡のような音楽が流れる―。
   叶、踊り始める。
身振り手振りは大きく、ぎこちない―。
秋里「カット、カット、カーット!」
   止まる音楽。
   叶、踊るのをやめる。
秋里「叶さん、ダンスがロボットみたいでぎこちなさすぎます!」
叶「え、そうでしたか?」
秋里「もっと、なめらかさを意識して! お願いしますよ」
叶「は、はい!」
秋里「それじゃあ、もう一回行きます。よーい、はい!」
   民謡のような音楽が流れる―。
   叶、踊り始める。動きは変わらずぎこちない―。
秋里「ダメだ! カット、カット!」
   止まる音楽。
叶「?」
   叶、踊るのをやめる。
秋里「叶さん、さっき言いましたよね!? 慣れないのはわかりますけど、なめらかにやってくださいよ!」
叶「自分としては、やったつもりだったんですけど……」
秋里「いや。まだ叶さんのダンスには、恥じらいが残ってます!」
叶「そう言われましても、自分としてはこれが限界で……」
秋里「じゃあ、その限界を超える感じでお願いします」
叶「そんなムチャクチャな!」
秋里「はい。じゃあ気を取り直して、もう一回行ってみましょう。よーい、はい!」
民謡のような音楽が流れる―。
   叶、踊り始める。動きは少しだけスムーズになる―。
秋里「ダメだ、カット! もう一回、最初から行きますよ!」
叶「そ、そんな……」
     ×   ×   ×
   セット脇。
   叶の撮影を見る、絵梨・吉方・美萩野―。
絵梨「叶さん、苦戦してますね」
吉方「ええ。秋里監督は厳しいですから」
絵梨「大丈夫かなぁ……」
   叶を見つめる美萩野―。
美萩野「……(固い表情)」
     ×   ×   ×
   置時計が、夜10時を指す。
秋里「今日の撮影は、これで終わりです。皆さん、お疲れ様でした!」
   解散する、撮影スタッフ。
   グリーンバックにたたずむ叶。
   絵梨、叶に近づく。
絵梨「あの……お疲れ様でした」
叶「ああ、お疲れ」
   叶、置時計を見る。
   
叶「(顔をしかめて)たかだか数分のダンスシーンの撮影で、すげぇ時間かかっちゃったな」
絵梨「そうですね。3時間くらいかかってます」
叶「これじゃあ、昨日と似たようなもんだ……」
絵梨「今日は、初めてのダンスの撮影でしたからね。仕方ないですよ」
叶「……」
絵梨「叶さん?」
叶「なんで俺が、ガキのお守りして、しかもこんなダサい踊りしなきゃなんねぇんだ?」
絵梨「!」
叶「俺はもっと、まともな番組に出たいんだよ!」
絵梨「叶さん……」
  静寂が流れる―。
叶「……ああ、もう! 絵梨、今日はもう先に帰っててくれ」
絵梨「叶さんは、どうするんですか?」
叶「俺は……ちょっと休んでから帰るよ」
絵梨「わかりました。じゃあ、お疲れ様でした」
叶「ああ、お疲れ」
   絵梨、叶から離れていく。
   見送る叶―。

〇撮影スタジオ脇・廊下(夜)
   ベンチ前に歩いてくる叶。
   着ている刺繍入りのエプロンを、ベンチに投げつけて座る。
叶「俺はこんな子供番組で、無駄に苦労してる場合じゃないんだ……」
   廊下の先にある部屋の扉から、明かりが漏れている。
   明かりに気づく叶。
叶「あれっ? スタッフはみんな帰ったはずじゃ」
   エプロンを手に取る叶。
   扉の前へ歩いていく。
   扉には、「『みんなでぐーちょきぱー』道具室」というプレートがある。
叶「小道具の倉庫か。こんなところにあったんだな」
   扉をゆっくり開け、中に入る叶。

〇道具室(夜)
   作り物の木や衣装のかかったハンガーラック、棚に入ったぬいぐるみなど、撮影用小道具が大量に置かれている雑多な部屋。
   美萩野が一人で座っており、ぬいぐるみの修繕をしている。
   叶、美萩野に近づく。
叶「あの……」
美萩野「(振り向いて)ん?」
叶「ああ、すみません。邪魔しちゃったみたいで」
美萩野「いや、大丈夫だ。あんたは……」
叶「叶です。新しいじゃんけんおじさん役の」
美萩野「ああ、そうだったね」
叶「(ハッとして)そういえば、さっき『みんなでぐーちょきぱー』のスタジオにおられましたよね? お名前は……」
美萩野「美萩野だ。この番組の小道具係をやっとる」
叶「ああ、そう。そうでした」
   美萩野、ぬいぐるみに目を戻す。
美萩野「そういや叶さん、昔この局のドラマによく出とらんかったか?」
叶「ええ、そうです! 『宇宙で一番君が好き!』とか、『鳥取ラブストーリー』に出てました。
美萩野「そうかそうか、それで聞き覚えがあるんだ」
叶「(苦笑しながら)もう、30年くらい前ですけどね」
   叶、美萩野の隣に座る。
美萩野「あン時は、私も少し、ドラマの現場に出入りしてからね」
叶「そうだったんですか」
美萩野「そう。そのあとこっちに異動して、以来ずっとこうさ」
   美萩野、ぬいぐるみの修繕を終える―。
   立ち上がり、ぬいぐるみを棚に戻す。
叶「あれ以来、30年近くも……」
   ぬいぐるみを見つめる叶―。
叶「美萩野さんは、悔しくないんですか?」
美萩野「悔しいって、何がさ?」
叶「こうして、子供番組でずーっとくすぶってることですよ」
   美萩野の顔を見る叶。
   美萩野、叶から視線を外し立ち上がる。ハンガーラックから衣装を取り出す。
美萩野「いや別に。これが、俺の仕事だからさ」
   美萩野、座って衣装の修繕を始める。
叶「俺は、正直悔しいです」
美萩野「?」
叶「しばらく俳優業で鳴かず飛ばずだった俺に、絵梨……じゃなくてマネージャーが、この仕事を持ってきてくれたこと自体は、ありがたいんですが……」
美萩野「じゃんけんおじさんは、この番組の主人公みたいなもんだ。悪くないじゃないか」
叶「(力強く)でも、子供番組です」
美萩野「(修繕の手を止めて)!」
と、叶の方を振り向く。
美萩野「子供番組ってことが、そんなに不満かい?」
叶「ええ。本当はこんな番組じゃなくて、もっと一般ドラマとかの大人向けに……」
   勢いよく、手元にあった衣装を投げつける美萩野!
美萩野「バカ言ってんじゃねぇ!」
   叶、ぎょっとして呆然とする。
   お互いの顔を見つめあう二人。
   数秒の静寂が流れる―。
美萩野「……すまん、ついカッとなっちゃってね」
叶「あ、いえ……」
   美萩野、衣装を手元に戻す。
美萩野「あんたの言いたいことはよくわかるよ。子供番組は、一般ドラマに比べると、まだまだ格下に見られることが多いからね」
叶「……」
美萩野「叶さんは、有名ドラマにも出てたし、そう感じるのはなおさらかもな」
     ×   ×   ×
   フラッシュ。
   煌びやかなレストランで食事の撮影をする、のりこと20歳の叶。
     ×   ×   ×
   フラッシュ。
   撮影スタジオにて、秋里より注意を受ける、現在の叶。
     ×   ×   ×
叶「……(顔をゆがませる)」
美萩野「でもね、俺はね、一般ドラマも子供番組も、本質的には同じだと思うんだ」
叶「本質的には……同じ?」
美萩野「そうさ。俺はこの番組で仕事する中で、それに気づいたんだ」
   と、遠くを見つめる―。

〇(回想)道具室
   撮影用小道具だらけの雑多な部屋。
   美萩野滋(29)が、ぬいぐるみを持って一人たたずんでいる。
美萩野「……(ぬいぐるみを見つめる)」
ぬいぐるみを、床に投げつける!
美萩野M「最初は不満しかなかった。もうすぐ30でこれからって時に、一般ドラマから外れて、子供番組の担当になったんだからね」

〇(回想)撮影スタジオ
   子役たちや撮影スタッフが集まっている。
   セットの影から、覗き込む美萩野。
   子役たちの笑顔、撮影スタッフの笑顔。
美萩野「!(笑顔で見つめる)」
美萩野M「でも、だんだん仕事しているうちに確信したんだ」
叶M「確信?」
美萩野M「子供番組であっても、いや子供番組だからこそ、仕事は丁寧にやらなきゃいけないってことを」(回想終わり)

〇道具室(夜)
叶「そう確信されたのは、なぜですか?」
美萩野「それはだな……」
叶「それは……」
美萩野「子供は正直だからさ」
叶「子供は、正直……?」
美萩野「そうさ。面白くないと思ったらすぐ『面白くない』と言うし、こっちが手を抜いていると、すぐそれに気付く。チャンネルも容赦なく変えちまう。大人のように、我慢してくれないんだ」
叶「!(ハッとする)」
     ×   ×   ×
   フラッシュ。
   撮影スタジオ。
   だるまさんが転んだのシーンを撮影中の叶・雲山・子役たち。
雲山「ゲームの時、わざと負けてるのがバレバレだよ」
叶「!」
雲山「こんなのつまんない、面白くないよ!」
叶「……!」
   と、雲山を見つめる―。
     ×   ×   ×
叶「ああ、確かに……」
美萩野「そうだろう? そこが子供番組の難しいところなんだよ。こっちも全力でやらないと、すぐバレちまう」
叶「でも、私も全力でやってるつもりなんですが、イマイチ……」
美萩野「それはな、心まで全力になってないからだよ」
叶「?」
美萩野「叶さんの撮影パートを何回か見たけど、こう、なんというか……子供番組を下に見てるって感覚が、抜けてないんだよね」
叶「……(うつむく)」
美萩野「明日も撮影だろう? だったら、明日から心を入れ替えて、全身全霊で子供たちにぶつかってみるといい」
叶「はい」
美萩野「ここで子供たちの心を動かせれば、いつか、一般ドラマだって……」
叶「(力強く)大人たちの心だって、動かせるようになる」
美萩野「そう。その通りだ」
   勢いよく立ち上がる叶―。
叶「美萩野さん、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします!」
   会釈し、部屋から出ていく叶。
   見送る美萩野。
美萩野「……(にこりと笑う)」

〇撮影スタジオ(日替わり・夕方)
   作り物の木が配された、青空が背景のセット。
   叶・綾香・雲山・子役たちがセットの中央に集まっており、皆ズボンの後ろにひもで作ったしっぽをつけている。
叶「……(真剣なまなざし)」
   セットの周りには、秋里・絵梨・吉方と美萩野、撮影スタッフたちがいる。
秋里「はい、じゃあ今回はしっぽ取りゲームの撮影です。皆さん、しっぽはお尻につけましたかー?」
叶ら一同「(手を挙げながら)はーい!」
秋里「おお、今日は皆元気いいね。それじゃあ、位置についてください」
   セット内で、バラバラの位置に立つ叶たち―。
秋里「よし、じゃあ撮影始めます。よーい、はい!」
   一斉に走り出し、お互いを追いかける叶たち。
     ×   ×   ×
   雲山を追いかける叶。
叶「待てー、玲央くん!」
   雲山の尻尾を獲ろうとする叶。
   雲山、叶をよけて後ろに回り込む。
   叶のしっぽをとる雲山。
雲山「(しっぽを掲げながら)へへっ、おじさんのしっぽ、取っちゃったよ~だ!」
叶「あっ、取ったなー?」
   満面の笑みをする雲山。
   つられて笑う叶。
     ×   ×   ×
   カメラのモニター越しに、セットを見る秋山。
秋山「叶さんも皆も、今日は生き生きしてる。いけるぞ、これは」
     ×   ×   ×
   セットを見つめる、絵梨・吉方・美萩野。
吉方「叶さん、なんか昨日までと違いませんか?」
絵梨「そうですね。なんかとっても楽しそう……」
美萩野「……(静かに見つめる)」
秋山の声「はい、OKでーす!」

〇撮影スタジオ(夜)
   グリーンバックのセット。セット脇にある置時計は、夜7時を指している。
   中央に叶と綾香が立っている。
   叶の表情は明るい。
秋里「夜の部は、昨日に続いてダンスパートの撮影です」
一同「はい」
秋里「叶さん、昨日と違って綾香さんと一緒の撮影なので、頑張ってください」
叶「はい!」
秋里「(周りを見て)じゃあ、行ってみましょう。よーい……はい!」
   前日とは別の、民謡のような音楽が流れる。
   踊る叶と綾香。息はぴったりだが、若干叶の踊りがかくついている―。
秋里「カット!」
   音楽が止まる。
   叶と綾香、踊るのをやめる。
秋里「叶さん。もう一押し、もう一押しダンスに滑らかさと笑顔が欲しい! いけますよね?」
叶「(力強く)はい!」
   叶の顔を見つめる綾香―。
秋里「ようし、じゃあもう一回。配置についてください」
   最初の位置に戻る、叶と綾香―。
秋里「はい、では行きますよ。……よーい、はい!」
   民謡のような音楽が流れる。
   笑顔で踊る、叶と綾香。息はぴったりで、互いの踊りは滑らかである―。
     ×   ×   ×
   叶と綾香のダンスを見つめる、絵梨と吉方。
吉方「ダンスもすごいな、叶さん」
絵梨「滑らかになってますよね」
   美萩野、二人に近づく。
美萩野「叶さんは、気づいたんだよ」
吉方「あっ、美萩野さん」
絵梨「気づいたって、何をですか?」
美萩野「子供番組の神髄ってヤツさ」
吉方「!(何かに気づいた様子)」
絵梨「?(ピンと来ていない)」
美萩野「そうだよ吉方さん。そういうことさ」
   と、得意げな顔で叶を見つめる―。
     ×   ×   ×
   踊り終える叶と綾香。
   音楽が止まる。
秋里「カーット!」
   セットから監督へ近づく、叶と綾香。
綾香「お疲れさまでした」
叶「どうでしたか、監督?」
秋里「二人とも、モニター見てよ」
   叶と綾香、モニターをのぞき込む。
   二人の踊っている映像が流れている―。
秋里「二人ともバッチリだよ。特に叶さん、昨日よりかなり良くなった。この調子で頼みますよ!」
叶「はい!」
   と、満面の笑み―。
     ×   ×   ×
   置時計が、夜8時を指している。
秋里「予定より早いですが、今日の撮影は以上です。お疲れ様でした!」
解散していく撮影スタッフ。
グリーンバックから歩いてくる叶。
絵梨、叶に近づく。
絵梨「叶さん、凄いです! 演技とかダンスとか、監督から褒められてたじゃないですか!」
叶「まあ、俺が本気を出せばこんなもんよ」
   叶たちの前を通り過ぎる美萩野。
叶「……(会釈する)」
美萩野「……(にこりと笑う)」
   絵梨、叶の顔を見つめる。
絵梨「叶さん? あのおじさん……美萩野さんと、何かあったんですか」
叶「(絵梨を見て)ん? ……いや、別に」
絵梨「ふーん……」
   叶、腕時計を見る。
叶「今日は予定よりも撮影早く終わったし、メシでも食いに行くか?」
絵梨「あ、行きます行きます!」
叶「じゃあ、俺は着替えてくるから、出入口のところで待っててくれ」
絵梨「わかりました。じゃあ、あとで」
   出口へ歩き出す叶―。
   出口に着いた時、絵梨の方を振り向く。
叶「そういや絵梨、確かこれって、とりあえず1クール出るって契約だったよね?」
絵梨「そうですよ」
叶「吉方さん、もう帰られちゃったみたいだから……今度会った時、契約延長できるかどうか訊いといてくれ」
絵梨「えっ!?」
叶「頼んだよ」
絵梨「でも、昨日までは番組を降りたいって……」
叶「気が変わったんだ」
絵梨「わ、わかりました!」
   絵梨に背を向ける叶。
叶「(小声で)ありがとな、絵梨」
   歩き出す叶。
叶M「俺は決めた。この仕事を、やれるだけやってみる。それで子供たちの心をつかんでみせる―」
   と、微笑む―。

〇『変わったあの人』撮影スタジオ(日替わり)
   T『二年後』
   華やかな装飾がなされたセット。
   出入口がカーテンで隠されている。
   テーブルが中央に置かれ、両脇に椅子が置かれている。
   数津篤子(46)が向かって左側の椅子に座っており、その脇にはフリップが置かれている。
篤子「毎週、華麗なる転身を遂げたゲストを招いてお送りしている、『変わったあの人』。今回のゲストは、この方です」
   出入口のカーテンが開く。
   叶裕作(52)が出てくる。
篤子「俳優の、叶裕作さんです!」
叶「どうも、こんにちは!」
   叶、空いている椅子へ向かう。
篤子「どうぞ、おかけください」
   座る叶。
篤子「今日はよろしくお願いします」
叶「よろしくお願いします」
篤子「ではまず、叶さんのプロフィールを見ていきましょう」
   篤子、椅子の脇から1枚フリップを取り出す。
   フリップには、レストランで叶とのりこが食事する姿(本編冒頭のホテルのシーン)が写っている。
篤子「一九八九年、『君の瞳が嘘ついた』で俳優デビュー。その後、いわゆるトレンディドラマに多数出演され、活躍されてたんですね」
叶「そうです。これは確か、『鳥取ラブストーリー』の時の写真ですね」
篤子「しかし、その後ブーム終焉とともに一時はテレビ出演も激減されますが……」
   篤子、椅子の脇から1枚フリップを取り出す。
   フリップには、笑顔の叶と綾子が写っている。
篤子「50歳の時に、子供番組『みんなでぐーちょきぱー』の第31代目じゃんけんおじさんになられて、以来子供向け作品を中心に活躍されています」
叶「ええ。もうやり始めて、2年くらい経ちますね」
篤子「若い頃はトレンディドラマで、現在は子供番組でと、活躍のフィールドが全く違うわけですが、これには何か理由があるのでしょうか?」
叶「いや、『みんなでぐーちょきぱー』の仕事をやり始めることになったのは、偶然なんですよ」
篤子「偶然?」
叶「今のマネージャーが、たまたまその仕事をとってきたからで……」
篤子「ははあ。そのマネージャーさんがきっかけ、ということなんですね」
叶「ええ。ですが、今は自分の意思で、このじゃんけんおじさんという役を続けさせていただいています」
篤子「しかし、当時最先端だったドラマ畑から、子供番組への転身。戸惑いなどはなかったんですか?」
叶「もちろん、最初は戸惑いました。でも、気づいたんです。本質的には、大人向けドラマも、子供番組も同じなんだって」
篤子「と、おっしゃいますと?」
叶「どちらも、見ている人に夢を与える仕事ですから」
篤子「夢を与える、ですか」
叶「昔は若者たちの、今は子供たちのトレンドを作っている。だから私は、今も昔も、ある意味トレンディ俳優なんですよ」
篤子「なるほど」
   と、うなずく。
   微笑む叶―。
叶M「人には誰しも、輝いている時期がある。そういうのに限って、長くは続いてくれない。……かもしれないけど、それが一回だけとは、限らない」
(終)

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