ALICE ファンタジー

「――またか、めんどくさ」 夜、眠りにつくと見知らぬ部屋の一室で目覚める。 そんな日々が、ここ数日続いていた。 男勝りの少女、雫。 気が弱く、争いごとが嫌いな少年、慎一。 文武両道で優等生の少年、淳。 不思議な夢に迷い込んだ三人の、ミステリアスストーリー。
白石 謙悟 63 0 0 06/05
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第一稿

『ALICE(アリス)』

登場人物

森里 雫(モリザト シズク)

上山 慎一(カミヤマ シンイチ)

小野寺 淳(オノデラ ジュン)

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『ALICE(アリス)』

登場人物

森里 雫(モリザト シズク)

上山 慎一(カミヤマ シンイチ)

小野寺 淳(オノデラ ジュン)



アリス

執事



 シーン(1)

   執事のモノローグ

執事「時の流れというものは、残酷なものです。
   幸せだった運命を、こうも容易く変えてしまうものなのですから。
   緩やかに、そして無慈悲に。
   お嬢様は、旦那様を愛しておりました。
   悠久の時を経た、現在でも。
   運命は捻じ曲げられたとしても、お嬢様の想いだけは変わりません。
   あぁ、何と健気なのでしょうか。
   夢の中での逢瀬ならば、許されても良いのではないでしょうか」


   とある部屋の一室で、森里雫が眠っている
   隣で、それを頬笑みながら眺めている主
   やがて、目を覚ます雫
   主と目が合い、うんざりとした表情に変わる

雫 「……また」
主 「おはよう」
雫 「(無視する)……」
主 「あの……おはよう」
雫 「うるさい」
主 「怒ってるの?」
雫 「別に。またか、めんどくさ、って思っただけよ」
主 「面倒くさい、か」
雫 「ねぇ、もういい加減にしてくれない?」
主 「そんなこと言わないでさ。僕は君に乱暴な真似をしようってわけじゃないんだ」
雫 「じゃあ、どうしてこう、毎回毎回……。こっちの身にもなって」
主 「ごめん。でも、どうしても君に会いたいんだ」
雫 「私は会いたくない。いいから。さっさと私を起こして」
主 「まだ、来たばかりじゃないか」
雫 「だから、来たくて来てるわけじゃないの!あぁ、もう!」

   腹立たしげに立ちあがり、部屋から出て行こうとする雫

主 「待って、アリス」
雫 「……雫。私には森里雫って名前がちゃんとあるの。何なのよ、アリスって」
主 「何度も連れて来て悪いとは思ってる。でも、どうしても僕は君と
話がしたいんだ」
雫 「はいはい、無視ですか……」
主 「ねぇ、この間の事、考えてくれた?」
雫 「は?」
主 「言ったじゃないか。どこか遠くで……二人だけで暮らさないかって」
雫 「絶対に嫌」
主 「どうして?」
雫 「あり得ないでしょ。どこの世界にこんなわけわかんないシチュエーションで
   わけわかんない男にプロポーズされてオッケーする女がいるのよ」
主 「そっか、そうだよね……」
雫 「まず、色々と説明するべきじゃない?したとしても、受けないけど」
主 「何が知りたい?」
雫 「どうして、私をここに連れて来るの?」
主 「だから……君と、話がしたいから」
雫 「どうして、私なの?」
主 「それは……その」
雫 「何、照れてんの」
主 「別に、照れてなんかないよ……」
雫 「ああ、早く覚めろ覚めろ覚めろ……(自分の頬をつねる)」
主 「そんなに僕と話すのが嫌?」
雫 「嫌に決まってんでしょ!全然、話かみ合わないもん」
主 「そっか、嫌か……」
雫 「きっと、このかみ合わなさは、夢だからよね」
主 「君の夢に、毎回僕が出てくるのはおかしいと思わない?」
雫 「そりゃ、そうだけど。じゃあ、何だって言うのよ」
主 「これは、ただの夢じゃないってこと」
雫 「はぁ?」
主 「不思議の国だよ、アリス」
雫 「だから、アリスじゃないっての……。何なのよ、もう……」
主 「まぁ、ここには、チェシャ猫もハートの女王もいないけど……」
雫 「疲れてんのかなー……。それとも、何かの病気とか?精神的な……」
主 「聞いてる、アリス?」
雫 「違うって言ってんでしょ!」
主 「ご、ごめん」

   そっぽを向く雫 
   暗転

 シーン(2)

   上山慎一のモノローグ

慎一 「僕は、いつも争いごとを避けて通って来た。
    何事も、平和に解決できるのなら、それに越したことはない。
    なのに、どうしてこんなことになったんだろう。
    学校に行くのが辛い。こんなつもりじゃなかったのに。
    でも、仕方がないんだ。
    じっと耐えていれば、いつかは元通りになるはずだから」


   主が楽しそうに雫に話しかけている
   雫は全く興味のない様子

主 「ねぇ、アリス」
雫 「何」
主 「アリスには、好きな人はいるの?」
雫 「いない」
主 「本当に?」
雫 「仮にいたとしても、あんたに教える必要ないし」
主 「はあ、冷たいな……」
雫 「もういいでしょ。そろそろ起こしてくれない?」
主 「それは、できない」
雫 「いつも通り、あんたの無駄話に付き合って終わりなんでしょ!?
   十分付き合ったじゃない。私を起こして」
主 「君の言ういつも通りならそうしてあげたいけど、今回ばかりは、僕も本気だ」
雫 「本気って、何が?」
主 「僕は、本気で君を愛しているんだ。もう一度言うよ。どこか遠くで……
   二人で暮らそう」
雫 「いい加減にして」
主 「聞いてくれ。僕達がこんなに険悪な関係でいること自体、あり得ないこと
   なんだ。君はこの先……」
雫 「(主の言葉を遮る)あり得ないのはこの状況でしょ!何で私がこんな目に
   遭わなきゃいけないのよ!ホント最悪」
主 「……このままじゃ、埒があかないな」
雫 「そう思うんなら、私が納得できるように説明してよ」
主 「説明するのは簡単なんだけど、信じてくれないと思うよ」
雫 「いいから、話して」
主 「……わかった、話すよ」

   雫に向き直り、真剣な表情をする主

主 「僕は、君の」

   主の言葉を遮るように、アリスが登場

アリス 「あなた!こんな所にいたの!?」
主   「げっ!ど、どうしてここが……」
アリス 「探したのよ!さあ、帰るわよ。目を離すとすぐにいなくなるんだから……。
     本当、困るわ」

   主の腕をぐいぐいと引っ張るアリス

雫   「(うんざり)今度は誰……?」
主   「ごめんね、アリス。ちょっと厄介なのが来ちゃったみたい」
アリス 「アリス……?今、アリスって呼んだ?」

   雫を凝視するアリス

雫   「な、何……?」
アリス 「(主に向き直る)……ちょっと、あなた、どういうことよ」
主   「…………」
アリス 「何とか言いなさいよ!」
主   「悪いけど、僕はこの子と生きていくことにした」
雫・アリス 「ふざけないで!」
主   「ふざけちゃいない。僕は本気だよ」
アリス 「あなた、冗談はいい加減にして。この子が何だっていうのよ」
主   「この子はアリス。僕の大切な人だ」
アリス 「アリスは私よ!ちょっと、あんたも何か言ってやってよ!」
雫   「私を巻き込まないでくれる?私は一切、関係ありませんから」
アリス 「っていうか、あんた誰!?」
雫   「うるさいなー……。誰だって別にいいでしょ。あぁ、面倒くさそうなのが
     増えたなぁ……」
アリス 「失敬な娘ね。まぁ、いいわ……。とにかく、あなた!」
主   「何?」
アリス 「さっきの台詞だけど……本気?」
主   「うん、本気だよ」
アリス 「私を捨てるの?」
主   「……」
アリス 「ねぇ!」
主   「……君は、変わったね」
アリス 「変わった?私が?」
主   「わがままで、乱暴で……飽きっぽくて。あの頃とは、大違いだ」
アリス 「何よ……それ」
主   「限界なんだ。もう、君とはやっていけない」
アリス 「……」

   うつむくアリス
   面倒くさそうにしつつも、その様子を伺う雫

アリス 「(顔を上げる)そう、わかったわ。でもね、一つ言わせてもらうけど、
     本当に変わったのはあなたの方よ」
主   「どういう意味?」
アリス 「知った風な口利いてるけど、あなたは私の何を知ってるって言うの?
     結局、表面でしか私を見てないじゃない」
主   「それは違う」
アリス 「違わない!昔のあなたはもっと思慮深くて、包容力のある人だったわ」
主   「君だって、昔はもっと魅力的だった」
アリス 「今は魅力がないって言うの?」
主   「……」
アリス 「……もういい。じゃあ、勝手にすればいいじゃない。その子と、好きなだけ
     一緒にいればいいわ!」
雫   「いや、私は……」
アリス 「あなたも満足?人の旦那を奪って……。この泥棒猫!」
雫   「ちょ、ちょっと、何で私がそこまで言われなきゃなんないの!?」
アリス 「当然でしょ!あんたがいなけりゃ、こんなことにならなかったじゃない!」
雫   「理不尽だわ……」
アリス 「大体、あんたを見てると、無性にイライラするっていうか……。
     とにかく!あんたのことも、絶対許さないから!」

   雫を睨みつけるアリス
   そこへ、執事が登場

執事  「お嬢様!こちらにいらしたのですか。いやはや、随分探しましたよ」
アリス 「バトラー、帰るわよ!」
執事  「はっ?」

   速足でアリスがはける
   困惑する執事

執事 「お、お嬢様……?」
主  「放っておきなよ」
執事 「旦那様。しかし……」
主  「バトラー。僕は今後、ここにいるアリスと暮らす」
雫  「勝手に話を進めないで!」
執事 「このお方は……?」
主  「言っただろう。アリスだよ」
雫  「だから、違うってば!(執事に)ねぇ、聞いて。私は関係ないの!この人に
    何度もここに連れて来られて……。これって、夢なんでしょ?
    今までも、ちゃんと目が覚めて終わり、だったんだもん。
    なのに、この人が今日は本気だって……。意味わかんないこと言って……」
執事 「旦那様……」
主  「悪いけど、アリスと2人にしてくれないか?」
執事 「……かしこまりました」

   執事がはける
   主を睨みつける雫

雫  「あなた、私をどうしたいわけ」
主  「だから、僕の願いは……君と2人で」
雫  「それは、あなたの勝手な言い分じゃない。私の気持ちを無視しないで」
主  「君の気持ち?」
雫  「そうよ。自分の気持ちを一方的に押し付けて、私の気持ちを聞かないのは卑怯
    でしょう」
主  「違う、僕は、卑怯じゃない」
雫  「いいえ、卑怯者だわ。私は嫌だって言ってるのに、聞こうとしなくて……」
主  「うるさい!それ以上言うな!」

   少しの沈黙が流れる

主  「ごめんよ、怒鳴るつもりはなかった。でもわかってほしい。僕は……」

   主の話を聞かず、雫が走ってはける

主 「待って!」

   それを追うように、主がはける
   暗転

 シーン(3)

   明転
   顔を伏せ、泣いているアリス
   そこへ、執事が登場

執事  「お嬢様……」
アリス 「何よ、あんな娘のどこが良いって言うの?いきなり出てきて、人の亭主を
     奪って……。あの人もそうよ。私に魅力がないですって……?
     あの頃とは違う……?私の気も知らないで……」
執事  「大丈夫ですか、お嬢様」
アリス 「バトラー。私って、そんなに魅力がないかしら?」
執事  「滅相もございません。お嬢様は、魅力で溢れておられます」
アリス 「じゃあ、夫はなぜ私を捨てたの?」
執事  「捨てたとは……。旦那様は、その、少々浮気になっておられるだけです。
     お嬢様との絆は、そう簡単に断ち切れる程、軟弱なものではありません」
アリス 「絆……」
執事  「どうか、涙をお拭いになってください」

   懐からハンカチを差し出す執事

アリス 「ありがとう、優しいわね」
執事  「もったいないお言葉……」

   ハンカチで涙を拭うアリス

アリス 「……夫は、本当にあの娘と暮らすつもりなのかしら」
執事  「しかし、あのお嬢さんは、聞く限りでは旦那様の申し出を拒んで
     おりました。酷なことを言うようですが、旦那様の偏愛です。
     成就するとは思えません」
アリス 「一体、何者なのかしら、あの娘……」
執事  「さぁ……。私にも計りかねます」
アリス 「とにかく、私は絶対に許さないわよ……!」
執事  「お、お嬢様……。そうだ、興奮に効く良い紅茶があります。
     淹れて参りましょう」

   執事がその場を離れようとする
   そこへ、慌てた様子の上山慎一が登場

慎一  「うわあっ!」
執事  「これは驚いた。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
慎一  「あ、あの俺、ま、迷っちゃったみたいで……。っていうか、ここがどこかも
     よくわからなくて……」
執事  「ふむ、迷子様で?」
慎一  「そ、そうみたいです……すみません」
執事  「珍しいですねぇ、ここに迷子の方が迷い込んでくるなんて」
アリス 「バトラー、どうかしたの?」
執事  「いえ、予期せぬ客人がいらっしゃったようで」

   執事と慎一の方へ近づくアリス

アリス 「(慎一を見る)あなた、誰?」
慎一  「えっと、僕、僕は……」
執事  「御覧の通り、ひどく動揺した様子でありまして」
アリス 「どこから入り込んだわけ?」
執事  「ここへは、迷い込んだとのことです」
アリス 「私はあんたに聞いてんの。どうやってここに入ったの?」
慎一  「よく、わからないんです。目が覚めたら、突然見たことない部屋で……。
     とりあえず、人を探してたら、ここに辿り着いて……」

   顔を見合わせるアリスと執事

アリス 「目が覚めたらって……まるで誘拐ね」
執事  「一体、誰の仕業でしょうか?」
アリス 「さぁね。知ったこっちゃないわ」
慎一  「あの、ここ、どこなんですか?」
執事  「旦那様の御屋敷です」
慎一  「だんな……?」
執事  「そう、この屋敷の主であらせられるお人です」
慎一  「そうなんですか。あの、その人のお名前は?」
執事  「ございません」
慎一  「え?」
執事  「主といえば、旦那様ただ一人のこと。名前など必要ありません」
慎一  「(不審な視線)……」
執事  「何か?」
慎一  「いえ、何でもありません」
アリス 「坊や、他人の名前を伺う時は、まず自分から名乗るのが礼儀じゃなくて?」
慎一  「あ、すみません……。僕、上山慎一です」

   名前を聞いた途端、固まるアリス

アリス 「かみやま、しんいち……?」

   その後、何やら考え込む

執事  「お嬢様、いかがなさいました?」
アリス 「変ね……不思議な響き。初めて聞いたはずなのに、妙に懐かしい響き」
執事  「懐かしい……?」
慎一  「どうかしたんですか?」
アリス 「別に、何でもないわ。ねぇ、シンイチ。これからどうするつもり?」
慎一  「正直、混乱してて……。とりあえず、帰ります」
アリス 「帰るって、家に?」
慎一  「そうですけど……」

   慎一の顔をまじまじと見るアリス

慎一  「あの……僕の顔に、何か付いてます?」
アリス 「……ねぇ、あなた。大切な人はいる?」
慎一  「い、いきなり何ですか!?」
アリス 「大切な人はいるかって聞いてんの」
慎一  「た、大切な人っていうと……彼女とかのことですよね。そ、それなら
     いませんけど……」
アリス 「そう。独り身ってわけね」
慎一  「な、何ですか、一体」
執事  「お嬢様?」
アリス 「ねぇ、バトラー。丁度いいじゃない。あの妙ちきりんな小娘とこの坊や、
     何だかお似合いだと思わない?」
執事  「と、言いますと?」
アリス 「二人とも、同じ境遇でここへやって来たみたいなわけだし、仲良く
     帰ってもらいましょうよ」
執事  「ふむ……」
アリス 「これであの人も目が覚めるわ。この子達も家に帰れて一石二鳥じゃない」
執事  「そう上手くいくでしょうか」
アリス 「略奪愛なんて、根性無しのあの人には無理よ。すっぱり諦めるはず」
執事  「はあ……なるほど」
慎一  「あの、さっきから何の話ですか?」
アリス 「気にしないで。それよりシンイチ、せっかく来たんだから、もう少し
     ゆっくりしていきなさいよ」
慎一  「え?いや、でも」
アリス 「あら、このアリスのおもてなしが受けられないっていうの?」
慎一  「アリス?」
アリス 「そうよ、私の名前。覚えておきなさい」
慎一  「よ、よろしくお願いします」
執事  「私はこの屋敷の執事を務めさせていただいでおります。以後、お見知り
     おきを」
慎一  「お名前は?」
執事  「執事、でございます」
慎一  「……そうですか」
アリス 「さ、こっちよ。いらっしゃい」

   慎一の腕を引っ張るアリス

慎一  「あ、ちょっと……」

   アリスと慎一がはける

執事  「おやおや、せっかく美味しい紅茶を淹れようと思っていたのですが」

   暗転

 シーン(4)

   小野寺淳のモノローグ

小野寺 「俺はいわゆる優等生ってやつだ。
     部活のサッカー部じゃ、常にレギュラー。勉強もできるし、まさに文武両道。
     先生方からも生徒達からも、信頼を置かれている。
     まぁ、あえて今の地位を揺るがすことなく、完璧を演じてやっている。
     だけど、本音を言うと、俺はもっと人を見下したい。
     俺より格下、劣っている奴を思い切り踏みにじり、笑ってやりたい。
     そういう意味では、あいつは俺には逆らえないし、絶好の的だ。
     常に完璧でいるのも、意外と疲れるもんだ」


   執事が紅茶を飲んでいる
   そこへ雫が走って登場。息が切れ、疲れた様子

執事 「おや、あなたは……」
雫  「(息を切らす)……」
執事 「お嬢さん、大丈夫ですか?」
雫  「え……。だ、誰よ、あんた!」
執事 「これはご挨拶ですね。私は……」
雫  「あっ、思い出した!あの変な女からバトラーって呼ばれてた奴!」
執事 「左様でございます。わたくし、この屋敷の執事を務めさせていただいて
    おります」
雫  「執事?執事って……ますます謎だわ。何なのよ、ここ」
執事 「はて、おかしいですね。あなたがここにいるということは、お嬢様とは
   入れ違いですか」
雫  「何?」
執事 「いえ、何でも。それより、紅茶などはいかがですか?」
雫  「生憎だけど今はそれどころじゃないの。早くしないと、またあの変態が……」
執事 「変態とは、旦那様のことでしょうか」
雫  「そうよ、あの男!ねぇ、執事さん、あなたからもあいつに言ってやってよ。
    私はあいつのものになるつもりはさらさらないの」
執事 「そうは言われましても、執事ごときが主に逆らうわけにはまいりません」
雫  「もう、わからず屋!」

   雫をしげしげと見る執事

雫  「な、何?」
執事 「お嬢さん、お名前は?」
雫  「森里雫……だけど」
執事 「なるほど、雫さん……。あなたは、お嬢様によく似ておられる」
雫  「は?」
執事 「旦那様があなたを欲する理由に、関係があるのでしょうか……」
雫  「ねぇ、ちょっと!」
執事 「これは失礼。ともあれ、あなたは大事な客人です。どうぞ、ごゆるりと」
雫  「あぁ、この人も話が通じない……。お母さん、お父さん、私もう駄目かも」

   がっくりと膝をつく雫
   そこへ主が登場

主  「こんな所にいたのか」
雫  「げっ!最悪……」
主  「さあ、戻ろう。君の望む通り、全て説明するから」
雫  「嫌よ!どんな説明受けたって、私の心は変わらない。早く帰して」
主  「どうしてわかってくれないんだ。この世で最も君を愛し、理解しているのは
    僕だって言うのに」
雫  「知った風な口利かないで。あなたが、私の何を知ってるって言うの?」
主  「全部知ってる。君の魅力も、好きなものも、弱いところも!」
雫  「嘘よ……。私は、あなたなんか知らないわ」
主  「僕だよ……。わからないの?」
雫  「知らない!わからない!」
主  「……」

   無言で雫に近づく主

雫  「来ないで!」

   逃げようとする雫

主  「バトラー!」

   咄嗟に雫の前に立ちふさがる執事

執事 「申し訳ありません。主の命令ですので」
主  「君は多分、混乱しているんだ。強引だったからね。落ち着いたら、改めて
    全てを話すから」
雫  「私は正気よ……。おかしいのは、あなたの方でしょ」
主  「僕は真剣だ。こんなこと、ふざけてできるもんか」

   主を睨む雫
   アリスが慎一を引っ張って登場

アリス 「あ!探したわよ、小娘!ここで会ったが百年目ね!」
雫   「げっ!」
執事  「お嬢様……」
主   「なぜ、君がここに……」
アリス 「(主に)ふん、あなたには用はないわ。私の目的は、そこの小娘!」
雫   「私?今度は何よ……」
アリス 「ほら、来なさい!」
慎一  「うわっ!」

   雫の前へ突き出される慎一

主   「そいつは……!」
アリス 「この坊やの名前はシンイチ。あんたと同じ、予期せぬお客様。
     いかがかしら、ここはひとつ……」
雫   「上山君……?」
アリス 「え?」
慎一  「え、あれ、森里さん……?どうして……」

   間

アリス 「……何、知り合いなの、あんた達」
慎一  「ク、クラスメイトです。一応……」
主   「バトラー!」
執事  「はい、何でしょうか?」
主   「その男を捕まえろ!今すぐにだ!」
慎一  「えええっ!?」
アリス 「ちょ、ちょっと!?何なのよ、一体!?」
主   「早くっ!」
執事  「……かしこまりました」

   慎一に近づく執事
   咄嗟に、雫が慎一の手を取る

慎一  「えっ!?」
雫   「こっちよ、上山君!」

   執事の手をかいくぐる2人
   そのまま、雫と慎一がはける

主   「追え!」
執事  「御意のままに」
アリス 「待ちなさい、バトラー!追わなくてよし!」

   執事の動きが止まる

執事  「はい、お嬢様」
主   「何してる、早く追え!」
執事  「承知致しました」

   再び動き出す執事

アリス 「追わなくてよし!」
執事  「了解致しました」
主   「追え!」
執事  「合点了解です」
アリス 「追わなくてよし!」
執事  「御意」

   以下、そのやり取りがしばらく続く
   暗転

 シーン(5)

   明転
   雫と慎一が走って登場。手を繋いでいる

雫  「これだけ逃げたら、とりあえず大丈夫でしょ……」
慎一 「(息を切らす)……」
雫  「ほら、上山君、しっかりして」
慎一 「う、うん……。あっ」

   自分が雫の手を握っていることに気付き、慌てて離す慎一

慎一 「ご、ごめん!」
雫  「どうしたの?」
慎一 「あ、いや……何でもない」
雫  「……?まぁ、いいわ。さて、これからどうしよう……」
慎一 「ねぇ、森里さん……」
雫  「何?」
慎一 「君、どうしてこんなところにいるの?」
雫  「それはこっちの台詞よ。上山君こそ、どうしてここに?本当、驚いたわ。
    まさか、知り合いに会えるとは思ってもなかったから」
慎一 「僕は……何もわからない。ただ、眠ってただけなのに、目が覚めたらここに
    いた。ねぇ、ここはどこなの?」
雫  「眠って、目が覚めたら?それって私と同じじゃない」
慎一 「え?」
雫  「私も最近、眠ったらここに連れて来られるの。最初は、ただの夢だって思って
    たけど……」
慎一 「夢じゃないの?これ……」
雫  「わかんないけど、普通の夢だと思う?リアル過ぎるわよ」
慎一 「でも、夢じゃないのなら、一体……」
雫  「まぁ、この際、ここがどこなのかは置いといて……。問題は、どうやって
    戻るか、よ」
慎一 「森里さんは、ここに来るのは初めてじゃないみたいだけど、前に来た時は
    どうやって戻ったの?」
雫  「前は……気が付いたら、目が覚めてた感じかな」
慎一 「じゃあ、やっぱり夢なんだよ。どうして夢に森里さんが出てくるのか
    わからないけど……。きっと、もうすぐ目が覚めるよ」
雫  「……でも、あいつ言ってた。今回ばかりは本気だって」
慎一 「本気?さっきの人とは知り合い?」
雫  「知らないわ!人のこと勝手に連れて来て、二人で暮らそうとか言って。
    頭おかしいのよ、あいつ」
慎一 「森里さんは、さっきの人に連れて来られたってこと?わけわかんないな」
雫  「ええ、わからないことだらけよ。正気を失いそう」

   大きくため息をつく雫

慎一 「(独り言)でも、森里さんと二人きりで話せるなんて……」
雫  「どうかした?」
慎一 「えっ!?いや、何でも……」
雫  「しっかし、どうして上山君が連れて来られたのかしら。今までこんなこと
    なかったのに」
慎一 「さぁ……僕にもさっぱり」
雫  「っていうか、あんまり話したことなかったよね。上山君って大人しいし」
慎一 「そ、そうかな」
雫  「うん。目立つ方でもないし。こんな機会でもなきゃ、話すことなかった
    だろうな」
慎一 「かもね……」
雫  「あ、でも私、表面だけ見て、その人のこと知った気になるのって嫌いなの。
    そのくせ、思ってること言っちゃうみたいで……。ごめんね、今のは
    忘れて」
慎一 「いや、森里さんの言う通りだよ。つまらない奴だってよく言われる」
雫  「そうなの?」
慎一 「うん。ごめんね、連れて来られたのが僕みたいな奴で」
雫  「ちょっと、ネガティブなこと言わないで。ただでさえ心挫けそうなんだから」
慎一 「ご、ごめん」
雫  「私はちょっと安心した。あんまり話したことないけど、クラスメイトに会えた

     んだもん。十分心強いわ」

   照れて視線を逸らす慎一

雫  「?」
慎一 「あ、あの!思ったんだけど、やっぱり、帰る方法は、あの人が知ってるんじゃ
    ないかな」
雫  「あの人?」
慎一 「森里さんを、ここに連れてきたっていう……」
雫  「あぁ、あの変態。確かに可能性は高いかも」
慎一 「何とかして、聞き出すことができれば……」
雫  「でも、どうやって……。捕まえて、縛り上げて、無理矢理吐かせる?」
慎一 「物騒だね……」
雫  「この際仕方ないじゃない。よし、決定ね。作戦を立てましょう」
慎一 「う〜ん……」

   考え込む二人
   主の声が聞こえてくる

主  「(声のみ)アリス!?どこにいるんだ、返事をしてくれ!」
雫  「げっ!やば、隠れましょう。行くわよ、上山君!」
慎一 「う、うん」

   雫、慎一がはける
   その後、主が登場

主  「どこへ行ったんだ。……なぁ、君はどうして僕の邪魔をするんだ!?」

   アリスが登場

アリス 「あら、邪魔をした覚えはないわ。私はあの娘の意志を尊重してあげてる
     だけ」
主   「それが余計だって言ってるんだ!あの二人を、このままにしておくわけ
     にはいかない。どうして、あいつがここにいるんだ……!」
アリス 「あなた、さっきから変よ。あの二人が何だって言うのよ」
主   「君には関係ない」
アリス 「……ああ、そう。私はあの二人、お似合いだと思うけどね」
主   「それが、問題なんだ」
アリス 「え?」
主   「放っておけば、あの2人は確実に結ばれる。それだけは、
     阻止しないと……」
アリス 「何を言ってるのか全くわからないけど、それは結構なことね。心から祝福
     するわ」
主   「どうして、わかってくれないんだ……」

   うなだれる主
   いい気味だというような表情のアリス
   執事が登場
   その腕には、暴れる小野寺淳の姿がある

執事  「失礼致します」
淳   「離せ、離してくれ!」
アリス 「どうしたの、バトラー。誰よ、それ」
執事  「隣の部屋で発見致しました。何やら不審な様子だったので、こうして捕えた
     次第でございます」
淳   「ち、違う!俺は怪しい者じゃない!」
アリス 「今日は客人が多いことね」
執事  「いかがいたしましょう?」
主   「好きにしてくれ。僕は今、それどころじゃないんだ」
アリス 「坊や、名前は?」
淳   「小野寺淳です。離してくれませんか。俺は別に、泥棒とか、そういうのじゃ
     ないから」
アリス 「まぁ、言い分を聞こうじゃない。バトラー、離してあげなさい」

   淳を解放する執事

淳   「……俺にもよくわからないんです。気が付いたら、全く知らない部屋にいて
     ……。パニックになってたら、そこの人に捕まって」

   顔を見合わせるアリスと執事

アリス 「流行ってるの?このパターン」
執事  「さあ……」
淳   「あの、ここはどこなんですか?何で俺、こんな所に連れて
     来られたんですか?」
アリス 「落ち着きなさいよ。そんなの、私も知らないわ」
淳   「えぇ!?」
アリス 「(執事に)あなたも、知らないでしょ?」
執事  「ええ、存じません」
淳   「な、何ですかそれ!理由もなく誘拐されたってことですか!?
     そんなの……」
主   「少し黙ってくれないか、小野寺君」
淳   「えっ……」
主   「僕は君も、あの男も歓迎した覚えはない。招かれざる客だ」
淳   「そんなこと言われたって……。あなた達が連れて来たんじゃ……」
主   「違うよ。そんなことするもんか。誰が、君なんか連れて来るか」
アリス 「あなた……。この子のこと、知ってるの?」
主   「……僕は、こいつが大嫌いだ」
淳   「な、何なんですか。じゃあ、さっさと俺を帰してください!」
主   「勝手にするといい。僕にか関係ないことだ。何なら、ここに一生
     留まってもいいんだよ」
淳   「そんな……」
主   「僕は、もうすぐここを出て行くから」

   驚愕するアリス、執事

アリス 「な、何言い出すのよ!?」
執事  「旦那様……。恐れながら、どのような意図があって、そのような」
主   「僕は出て行くよ。アリスと二人で」
アリス 「アリス……」
主   「君じゃない。僕にとってのアリスは、あの子なんだ」
アリス 「あの子と、駆け落ちでもしようっていうの?」
主   「まぁ、そういうこと」
アリス 「ふざけないで!アリスは私よ!」
執事  「その通りです、旦那様。あの方には、森里雫という名前があります。
     アリスはお嬢様、ただ一人の名前」
淳   「森里……?」
主   「違う、彼女はアリスなんだ。僕が、この夢に招待した。僕の夢の中に」
アリス 「夢……?あなた、さっきから何が言いたいの?」
主   「理解なんてされなくていい。とにかく、僕はアリスと共にここを出て行く。
     二人で生きて行く。後は君達の好きにしなよ」

   主がはける

アリス 「あの小娘とここを出て行くなんて……正気を疑うわ」
主   「旦那様のご執着振り、尋常ではありません。あのお嬢さんは何者なので
     しょうか」
アリス 「知らないわよ。……もう、私はどうすればいいのよ……」

   アリスを慰める執事
   その隙を突いて、淳がその場を離れる

アリス 「……あっ!どこへ行く気!?」
淳   「!」

   逃げるようにはける淳

執事  「追いますか?」
アリス 「放っておきなさいよ。どうでもいいわ、もう」

   大きなため息をつくアリス
   暗転

 シーン(6)

   主のモノローグ

主 「愛が冷めてしまったわけじゃない。ただ見失ってしまっただけだ。
   無常な時の流れのなかで、僕は最愛の人を見失った。
   彼女はそこにいるのに、手が届かない。とても、哀しい。
   だから、僕は夢を見ることにした。
   夢のなかでなら、彼女に逢うことができる。
   彼女に触れることだって、できるはずだ。
   全てやり直すんだ、もう一度……」           

   雫、慎一が走って登場
   二人とも息を切らしている

雫  「……ここまで来れば、大丈夫かな……」
慎一 「(息を切らす)……」
雫  「上山君、大丈夫?」
慎一 「う、うん、何とか……。それにしても、森里さんって、体力すごいね」
雫  「そ、そう?まぁ、一応、部活で鍛えてるから」
慎一 「ああ、陸上部だよね」
雫  「知ってたんだ?」
慎一 「か、帰りとかに、時々見かけてたから」
雫  「へぇ……」
慎一 「これでも体力にはちょっと自信があったんだけど、敵わないや」
雫  「上山君は何かやってるの?部活」
慎一 「え……。あ、えっと……サッカー部」
雫  「嘘。すっごい意外」
慎一 「……だったんだけど、もう辞めたんだ」
雫  「どうして?何かあったの?」
慎一 「……」
雫  「まぁ、別に無理に話さなくていいよ」
慎一 「ごめん」
雫  「その顔から察するに、あんまり良い話じゃなさそうだから」
慎一 「優しいね」
雫  「えっ?」
慎一 「ありがとう。気遣ってくれて」
雫  「いや、別に……。ただ単に、暗いムードが苦手なだけ」
慎一 「はは、確かにそんな感じだ」
雫  「悪かったわね。わかりやすくて」
慎一 「そうは言ってないよ。前向きで、とても良いと思う」
雫  「のん気なこと言ってないで、これからどう動くか考えましょう。
    とりあえず、あの変態をどうにかして捕まえないと……」
慎一 「僕達だけで、できるかな」
雫  「何とかなるわよ。あいつ、結構弱そうだから。問題は、あの執事ね」

   真剣に作戦を考える雫
   それを横目に、わずかに微笑む慎一
   物音がする
   身構える雫と慎一
   淳が登場

淳  「はぁ、はぁ……」
雫  「えっ……!?こ、今度は誰!?」
淳  「う、うわっ、人!?……って、あれ……?お前……いや、君は」
雫  「お、小野寺先輩……?」
淳  「森里さん……。君、何でこんな所に」
雫  「そ、それはこっちの台詞です!どうして先輩が……」
淳  「なぁ、森里さん。ここはどこなんだ。何の悪ふざけなんだ、これは!」
雫  「落ち着いてください。私達も、詳しい状況はわからないんです」
淳  「私達?……そう言えば、そこにいるのって……」
慎一 「……」
雫  「上山君?」
淳  「上山?お前、上山なのか?」
慎一 「(ぎこちなく頭を下げる)どうも……」
淳  「あ、ああ。とにかく、何が何だかさっぱりわからない。わかってることが
    あったら、教えてくれないか」
雫  「さっきも言いましたけど、私達も詳しくはわからないんです。ただ、あの変態
    に連れて来られたとしか……」
淳  「変態?」
雫  「ここの主とか言ってる奴です。あいつが、きっと首謀者だわ」
淳  「主……。旦那様とか呼ばれてた、あいつか?」
雫  「先輩も会ったんですか?」
淳  「ああ、一応ね。よくわからない人だった」
雫  「まったくです。言ってること意味不明だし……。変態です」
淳  「な、なるほど。確かに、目的も理解しがたい。何で、俺達三人なんだ?」
雫  「う〜ん……」
淳  「上山、お前は何か知らないか?」
慎一 「(目を合わさず)……さあ」
雫  「上山君、さっきからどうしたの?急に大人しくなって……」
慎一 「森里さん、それより、どうやってあの人から話を聞くか考えよう」
雫  「あ……そうね」
淳  「どういうこと?」
雫  「あの変態をふん縛って、帰る方法を吐かせるんです」
淳  「帰る方法って……」
雫  「ここ、明らかに普通の場所じゃないんです。かといって、夢でもない
    みたい……」
淳  「……ファンタジーだな」
慎一 「それで、どうしようか?」
雫  「とりあえず、あいつが一人の時を狙うしか……。数は、こっちの方が有利
    だし」
慎一 「うん……。それしかないよね」
淳  「背に腹はかえられない……か」

   決意を固める三人
   執事と主の話し声が聞こえてくる

執事 「(声のみ)旦那様。どうか、考え直してくださいませんか」
主  「(声のみ)くどいよ。僕の考えは変わらない」

   声が近付いてくる。慌てる三人

淳  「隠れよう、早く!」

   急いで物陰に隠れる三人
   入れ替わりで執事と主が登場

執事 「お嬢様は、今は気丈な態度を取られておりますが、内心では深く傷ついて
    おられます」
主  「それが、僕のせいだと?」
執事 「それは……」
主  「君はやけに彼女の肩を持つね。主のすることに不服があるのか?」
執事 「滅相もございません。ただ、私は……」
主  「私は、何?」
執事 「お嬢様と旦那様には……仲睦まじくいてもらいたいのです」
主  「お人好しだなぁ、君は」
執事 「どうか、お願いします。お嬢様を、どうか、見捨てられないでください」

   執事から視線を外し、しばらく虚空を見つめる主

主  「……ごめん、バトラー。君の期待には添えられない」
執事 「旦那様!」
主  「僕は、やり直すんだ。あの人と」
執事 「あの人……。森里雫、ですか」
主  「……」
執事 「彼女は一体、何者なのです?」
主  「何度も言っているだろう。彼女は、アリスだ」
執事 「アリスは、お嬢様の名でございましょう」
主  「僕がこの夢に招待した。彼女こそが本物だ」
執事 「先程、お嬢様にもおっしゃっていましたが、夢とは、何のことでしょうか?」
主  「君は知る必要はない。とにかく、早急に彼女を見つけてくれ。このまま、
    あいつと一緒にいられるわけにはいかない」
執事 「あいつ?」
主  「あいつだよ。カミヤマ……シンイチ」
執事 「何か、不都合でも?」
主  「もし、仮にだ。アリスが僕以外の誰かと結ばれたとしたら……それこそ、
    全て終わってしまう!あいつは危険だ。あいつに、あんな奴に、アリスは
    渡さない」
執事 「ふむ……」
主  「不思議の国の主人公はアリス。彼女がハッピーエンドを迎えれば、物語は
    終わってしまう」
執事 「ハッピーエンド、ですか……」
主  「……少し喋り過ぎたかな。早く彼女を探しに行ってくれ」
執事 「……はっ、かしこまりました」

   執事がはける

主  「(独り言のように)終わりになんか、させるもんか」

   主がはける
   それを見計らって、物陰に隠れていた三人が出てくる
   思案に耽っている淳

慎一 「聞いてた?今の話」
雫  「相変わらず私の話ばっかり……あの変態」
慎一 「でも、覚えてる?変なこと言ってた。夢がどうとか、物語とか」
雫  「変なのは、今に始まったことじゃないけど」
慎一 「やっぱりこれって……夢なのかな」
雫  「そうだったらいっそ嬉しいけど、もう夢じゃ済ませられないわ。
    ね、先輩……」
淳  「(考え込む)……」
雫  「先輩?」
慎一 「あの人の言ってるアリスって、森里さんのことなの?」
雫  「え?う、うん……。よくわかんないけど、そうみたい」
慎一 「確か……こうも言ってた。彼女がハッピーエンドを迎えれば……」
淳  「物語は終わる」

   驚いた表情で淳を見る雫と慎一

雫  「せ、先輩?」
淳  「……森里さん、ちょっと」

   強引に雫の手を引く淳

雫  「ど、どうしたんですか?」
淳  「いいから」

   そのまま雫を引き連れてその場を離れようとする
   それを追おうとする慎一

淳  「上山、お前はここで待っててくれ」
慎一 「え?」
淳  「見張りを頼む」
雫  「先輩、上山君を一人にさせるのは……」
淳  「上山、構わないよな?」
慎一 「……でも」
淳  「俺とお前の仲だろ?」
慎一 「……」

   淳が雫の手を引き、そのまま二人がはける
   その場に立ちつくす慎一

主  「(声のみ)話し声が聞こえたから戻ってみれば……」
慎一 「!」

   動揺する慎一
   主が登場

主  「君か」
慎一 「あ……」
主  「アリス……。森里さんはどうした?」
慎一 「……」
主  「答えるんだ」
慎一 「小野寺先輩と一緒に、先に行きました」
主  「小野寺……。まだウロついてたのか、あいつ。それで、君はどうして一人で
    ここにいるんだ」
慎一 「先輩が……ここで待ってろって言ったから……」
主  「(深いため息)情けない。あいつの言いなりか。本当に情けない」
慎一 「(視線を逸らす)……」
主  「君、あいつからいじめられてるんだろ?」
慎一 「……!」
主  「それが原因で、部活も辞めた」
慎一 「ど、どうしてそれを……!?」
主  「あいつ、表面上は優等生だからね。皆、内にある腹黒い部分なんて見よう
    ともしない。あいつが人を見下すなんて、無縁のことだと思ってる」
慎一 「あなたは一体……?」
主  「言っておくけど、君にも責任がある。いじめられてるのは、君が弱いからだ。
    自己主張もせず、流されて、ただ言いなりになるだけなんて、格好の的じゃ
    ないか」
慎一 「そ、そんなこと……」
主  「君に、アリスは任せられない」
慎一 「えっ……」
主  「いいんだよ、君は別にそのままで。後は、僕に任せろよ」
慎一 「何を……言ってるんですか」
主  「彼女は、この先に行ったんだね」
慎一 「……はい」
主  「悪いけど、アリスのことは諦めてくれ。大丈夫、僕なら彼女と上手くやれる
    から。絶対にだ」
慎一 「……」
主  「じゃあ、さよなら。……シンイチ」

   主がはける
   それをじっと見つめる慎一

慎一 「あの人……まさか……」

   暗転

 シーン(7)

   アリスのモノローグ

アリス 「あの人と一緒に暮らす毎日は、幸せに満ちていた。
     ただ傍ににいてくれるだけ、それ以上のものなんて、何も望まなかった。
     だって、あの人は、誰よりも私のことを理解してくれたんだもの。
     だから、私は、あの人の前では、ありのままの姿でいようとした。
     それが幸せに繋がると信じていたから。
     受け入れてくれる。全部、受け入れてくれる。
     いつもと変わらない、優しい笑顔で……」

   明転

   淳が雫の手を引いて登場

雫 「せ、先輩!どこまで行くんですか!」
淳 「(手を離す)あ、ああ……」
雫 「どういうつもりなんですか、いきなり!?ちゃんと説明してください」
淳 「悪かったよ。そんなに怒らないでくれ」
雫 「お、怒ってはいませんけど……。とにかく、上山君のところへ戻りましょう」

   来た道を戻ろうとする雫
   咄嗟に、その腕を掴む淳

雫 「えっ……」
淳 「待って。ちゃんと説明するから」
雫 「あ、あの……」

   改めて手を握られていることに気付き、戸惑う雫

淳 「……君と、二人きりになりたくて」
雫 「なっ……な、何言ってるんですか!?」
淳 「俺は真剣だ。こんな状況だけど、自分の気持ちに嘘はつけない」
雫 「……」
淳 「何か、もうこのまま戻れないんじゃないかって思ってさ……」
雫 「弱気になっちゃ駄目です。絶対、帰る方法はあります」
淳 「強気だね、君は。そういうとこ、相変わらずだな」
雫 「そ、そんな……ことは」
淳 「でも、今は、その強い心に救われる」
雫 「(呟く)……強くなんか、ないです」
淳 「好きだよ、森里さん」
雫 「……!」
淳 「いきなりでごめん。これだけは、言っておきたくて」

   淳と目を合わさず、悲しそうな表情の雫

雫 「ずるいです」
淳 「……」
雫 「もう私は、先輩に振られてるじゃないですか。何で、今更そんなこと……」
淳 「あの時は、君のことを知った気でいたんだ」
雫 「今は、私のこと、わかってくれてるんですか?」
淳 「ああ、気付いたんだ。君のその気丈さも、ちょっと男勝りなところも、全部
   ひっくるめて君の魅力だ。そうだろう?」
雫 「……」
淳 「正直、ここで君に会った時は気不味かった。でも、君は俺に、普通に接して
   くれた。それが嬉しかったんだ。……確かに、以前俺は君を振ってしまった
   けど、あの時は、その……どうかしてた。
   勝手な言い分かもしれないけど、もう一度、やり直せないかな……?」

   雫に近づく淳
   それに対し、雫は後退する

淳 「森里さん?」
雫 「本当に勝手です。ちゃんと、私の返事も聞いてください」
淳 「……そうだね。卑怯だな。返事、聞かせてくれる?」
雫 「先輩は、何もわかってないです」
淳 「え?」
雫 「私は、強くなんかない。……泣き虫で弱い、どうしようもない奴なんです」
淳 「な、何言って……」
雫 「私だって、誰かに甘えたい時くらいあります!ただ……普通の女の子で
   いたいだけなのに」
淳 「……」
雫 「それを、誰もわかってくれないんだもん!」
淳 「も、森里さん?」
雫 「知った風な口……利かないでください」
淳 「ごめん、悪かったよ。少し落ち着いて」
雫 「申し訳ありませんけど、私、先輩とは付き合えません」
淳 「ど、どうして?」
雫 「何ていうか、都合が良すぎます!先輩らしくないです……。どうして、いきなり
   やり直そうだなんて。っていうか、やり直すも何も、私達付き合ったことない
   じゃないですか!」
淳 「いや、そういう意味じゃなくて」
雫 「これじゃあ、あの変態とやってること変わりませんよ……!」
淳 「……」
雫 「……ごめんなさい。あの人と、先輩は違います。今のは、忘れてください。
   もう、いいでしょう?上山君の所へ戻らなきゃ……」

   淳に背を向ける雫
   態度が豹変する淳

淳 「……はぁ」
雫 「(振り返る)……?」
淳 「まったく、こっちが下手に出れば調子に乗りやがって。
   黙って従っておけよ」
雫 「せ、先輩?」
淳 「せっかく、君が傷付かないように努めてたのに」
雫 「どういうこと……ですか?」
淳 「なぁ、君、本当は知ってるんだろ?このわけわからない場所から帰る方法!」
雫 「わ、私は……そんなの知りません!こっちが聞きたいくらいです!」
淳 「とぼけるな!さっき、隠れてる時に聞いただろ……。あの、旦那様とやらが
   話してたことを」
雫 「聞こえてましたけど……それが何ですか」
淳 「君がハッピーエンドを迎えれば、物語は終わる、だろ?」
雫 「ハッピーエンド……?」
淳 「ここが普通の場所じゃないことはもうわかった!ほら、早く何とかしろよ!
   終わらせられるんだろ?さぁ、早く!」
雫 「まさか……私を利用するために、あんなこと?」
淳 「ああ、そうだよ!本当はこうならずに済むのが一番だったけど」
雫 「最低……!」
淳 「巻き込まれたこっちの身にもなれよ!いいから、早く俺を帰してくれ」
雫 「(うつむき、涙を堪える)……」
淳 「ちっ!力づくでも従ってもらうぞ」

   乱暴に雫の腕を掴む淳

雫 「離して!」
淳 「うるさい、言うことを聞け!」

   争う二人
   そこへ、アリスが登場

アリス 「うるっさいわねぇ。あんた達、自分の立場、自覚してる?」
淳   「(雫の腕を離す)!」
雫   「あ、あなた……!」
アリス 「声が筒抜けよ。まぁ、私には関係ないけど。どうぞ、お続けになって?」
淳   「ま、待て!」
アリス 「何かしら」
淳   「もう沢山だ!俺をここから帰らせてくれ!」
アリス 「帰りたきゃ、帰ればいいじゃない。私は止めてないわよ」
淳   「くそっ……何なんだよ、どいつもこいつも!」
雫   「ねぇ……ちょっといい?」
アリス 「……何よ」
雫   「あなたの旦那……一体、何考えてるの?」
アリス 「知らないわよ!大体、あんたが……」
雫   「私、あの人のことなんか全然知らない!どうして、こんな一方的につけ
     回されなきゃいけないの?」
アリス 「……」
雫   「あの人、私のことアリスって呼んでる。でも、アリスって……」
アリス 「私の名前よ」
雫   「ねぇ、アリス。あの人……あなたの旦那の名前は、何?」
アリス 「はぁ?旦那の名前?」
雫   「私、名前も知らないの。あの人の」
アリス 「……名前?あの人の、名前は……」
淳   「おい、何の話だよ」
雫   「先輩は黙っててください」

   苦々しそうにそっぽを向く淳

アリス 「……わからない……。あの人の、名前……」
雫   「わからない?」
アリス 「どうして……?私は、あの人のこと、心から愛してるのに……。
     あの人は、私のことを理解してくれた、大切な人なのに……」
雫   「ちょ、ちょっと……?」
アリス 「強がらなくていいって言ってくれた。ありのままの君が、一番魅力的だって
     言ってくれたのに」
雫   「……?」
アリス 「私は……強くなんか、ない」
雫   「えっ」
アリス 「本当は、寂しくて仕方ないのに。甘えたっていいじゃない」
雫   「あなた……」
アリス 「ただ、普通の女の子でいたいだけなのに」
雫   「……」
アリス 「それを、わかってほしいだけなのに……」
雫   「私……?」

   沈黙が流れる
   ゆっくりと雫の方を見るアリス

雫   「私、なの?」
淳   「ど、どういうことだ。おい、ちゃんと説明しろよ」
アリス 「あんた、名前、何だっけ」
雫   「森里雫」
アリス 「シズク。あなた、このまま私から旦那を奪う気?」
雫   「そんなつもり、元からないわ」
アリス 「そうね。本当はあんたにそんな気がないのはわかってる。離れていってるのは
     旦那の方……」
淳   「おい!聞けよ!」
雫   「あなたは、旦那さんのこと愛してるんでしょ?」
アリス 「……愛してる」
雫   「わかった。私があいつの目を覚まさせてやるから。ちゃんと、現実見ろって」
アリス 「現実……」
雫   「いつまでも、夢見てんじゃない!……ってね」
アリス 「……ふん、泥棒猫が偉そうなこと言うんじゃないわよ」
雫   「だから、その後は、あなたが何とかしなさいよね!」
アリス 「上等だわ」

   得意気に笑う、アリスと雫

淳   「おい、いい加減にしろ!」
アリス・雫 「?」
淳   「茶番はいいから、さっさと帰り方を教えろ!力づくでも、話して
     もらうからな……!」

   パン、と手を叩くアリス

アリス 「バトラー!」

   執事が登場

淳   「げえええっ!」
執事  「お呼びでしょうか」
アリス 「そこのぎゃあぎゃあうるさい客人をつまみだしてちょうだい。
     今すぐにね」
執事  「かしこまりました」
淳   「く、来るな!あっち行け!」

   抵抗も空しく、捕まり引きずられていく淳

淳  「離せぇぇぇ!」

   執事と淳がはける

雫   「……すごいわね、あの執事さん」
アリス 「頼りになるわ。ま、あの坊やは、少し痛い目に遭った方が、後々
     いい薬になるかもね」
雫   「言えてる」
アリス 「……旦那のこと」
雫   「?」
アリス 「本当に、何とかしてくれるの?」
雫   「どんなに長くても、夢はいつか覚めるものだから」
アリス 「……それもそうね」
主   「(声のみ)いいや、覚めない夢というものもある」

   主が登場

主   「探したよ。やっと見つけた」

   暗転

 シーン(8)

   明転
   深刻な表情で立ちつくしている慎一
   執事が淳を引きずって登場

淳  「ちくしょう、離せ、離せよ!」
執事 「まったく、騒がしい御仁ですね。静粛に願えますかな」

   淳が執事の拘束から解放される

慎一 「お、小野寺先輩……」
淳  「上山!」
執事 「おや、上山様。このような所で、何を?」
慎一 「僕は……」
淳  「俺がここで待ってろって言ったんだよ。まさか、今までずっといたのか?」
慎一 「……」
淳  「相変わらず、どうしようもない馬鹿だな、お前」
執事 「随分な口ぶりですね」
淳  「本当のことだから仕方ないじゃん。ああ、散々だ、ちくしょうめ」
執事 「お二人はお友達……では、ないようですね」
淳  「誰がこんな鈍臭い奴と。こいつはさ、俺の言うことなら何でも聞くんだ。
    な、上山?」
慎一 「(視線を逸らす)……」
執事 「ははぁ、執事の素質がありますね」
淳  「ははは!執事の方が聞こえはいいよなぁ!はははは」

   高らかに笑う淳
   焼けを起こしているようにも聞こえる

執事 「……小野寺様、そんなに可笑しいですか?」
淳  「ああ、可笑しいよ!笑うしかないじゃん。もう、どうしようもないんだ」
執事 「どうしようもない?」
淳  「せっかく、上手くいくと思ったのに。森里を引き込めたら、絶対ここから
    帰れると思ったのにさぁ」
慎一 「森里……さん?」
淳  「何だよ、あいつ。前は自分から俺のこと好きって言ってきたのにさ。
    俺があれだけ気の利いたこと言ってやったのに、調子に乗りやがって」
慎一 「先輩」
淳  「あ?」
慎一 「森里さん、どうしたんですか」
淳  「知るかよ。あの旦那様とやらに捕まったんじゃねぇの」
慎一 「今……一人なんですよね」
淳  「あの女が悪いんだよ。素直に俺の言うこと聞いときゃ、すんなり済んだのに」
慎一 「森里さんに何を言ったんですか!」
淳  「何、熱くなってんだよ。そんなキャラじゃないだろ、お前」
慎一 「だって……その」
淳  「へぇ、もしかして、森里のこと、好きなの?」
慎一 「……!」
淳  「あんな男みてぇにサバサバした女のどこがいいんだよ。品性を疑うね」
慎一 「先輩は……ずっとそう思ってたんですか」
淳  「ああ、そうだよ。だから振ってやった。割に合わないにも程があるよ」
慎一 「……」
淳  「何だよ、文句あんのか?あるわけないよなぁ?」

   嘲笑しながら慎一を見る淳

慎一 「……知った風な口、利かないでください」
淳  「……あぁ?」
慎一 「よく知りもしないで、決めつけるなって言ってんです。森里さんのこと、
    あなたはどれだけ知ってるんですか?」
淳  「おいおい、一丁前に口ごたえかよ、上山」
慎一 「男勝りでも、サバサバしてても、それが全てじゃないでしょう!たったそれ
    だけで、何が品性だよ!」
淳  「いい加減にしとけよ、お前」
慎一 「節穴なのは、あんたの方だ!」
淳  「てめぇ……っ!」

   慎一の胸倉を掴み、拳を振りかぶる淳
   慎一を殴ろうとするが、執事がその腕を掴んで止める

淳  「な、何だよ!離せ!」
執事 「上山様、率直にお聞きしますが……あなた、森里様のことを愛しておられる
    のですか?」
慎一 「なっ……!いや、その、僕は、そういうつもりでは……」
執事 「(鬼気迫る様子)どうなのですか?」
淳  「どうでもいいだろ、そんなこと!いいから、離せ!」
慎一 「す……好きです!好きですよ!わ、悪いですか!」

   間
   赤面する慎一
   執事が、淳の腕を離す

執事 「いやはや、初心(うぶ)な方ですね」
慎一 「か、からかってるんですか!?」
執事 「いえいえ。そうですか……。ならば、あなたにお願いがあります」
慎一 「お願い……?」
執事 「どうか……旦那様を、夢から覚まさせてもらえないでしょうか?」
慎一 「夢……ですか?」
執事 「ええ。きっと、旦那様は……長い長い夢を見ておられるのです。
    あのお嬢さん……森里様を深く愛するが故に、ね」
慎一 「あの、よく話が見えないんですけど……」
淳  「もっとわかりやすく説明しろよ」
執事 「まぁ、要するに、私はお嬢様の悲しむお姿は見たくないということです」
慎一 「わ、わかりません!」
執事 「さぁ、急いだ方がよろしいですよ。こうしている間にも、旦那様が森里様を
    見つけられるかもしれません」
慎一 「僕……行っても、いいんですか?」
執事 「ええ。あなたとは、出会わなかったことにします」
慎一 「執事さん……」
執事 「行ってください。お嬢様を、お願いします」
慎一 「はい!」

   慎一がはける
   淳もこっそりとそれに続こうとするが、執事に止められる

執事 「あなたは、行かなくてよろしい。話をややこしくするだけです」
淳  「くそぉぉぉ!何でだよ!俺はどうなるんだ!帰らせてくれよおおお!」
執事 「帰りたいのなら、上山様に懸けることです」
淳  「何で、あんな奴に……!」
執事 「今のところ、旦那様の夢を覚ませるのは、彼しかいませんからね」
淳  「……くそっ!」

   暗転

 シーン(9)
   
   雫のモノローグ

雫 「普通の女の子に憧れていた。
   女でも強く生きなければいけないと育てられた私の、ささやかな感情だった。
   そんな私も、初めて恋をした……。
   始めの頃はよくわからなかったけど、後になって気付いた。
   これが、恋なんだって。
   結局振られちゃったけど、いいの。
   私にも、女の子らしい感情があるってわかったのだから。
   これでいい。私は強く生きなくちゃ。
   だから、もういい……」

   明転
   対立する主と、雫・アリス
   雫はややうつむき気味で、物憂げな表情をしている

主   「アリス?どうしたの、大丈夫?」
アリス 「ちょっとあんた、何よ、さっきからボーッとして」

   我にかえる雫
   主に向き直る

雫   「……平気。何でもない」
主   「そうか、それならいいんだ。それで……考えてくれた?」
雫   「あなたと、一緒に暮らすこと?」
主   「うん。僕は本気だよ」
アリス 「あなた、この子はね、そんなつもりは……」

   アリスを制する雫

アリス 「シズク……」
雫   「ねぇ、どうして私なの?私の、どこがそんなにいいの?」
主   「それは」
雫   「男勝りだし、サバサバしてるし、言いたいこと言うし、しとやかさなんて
     全然ないし……」
主   「でも、君は優しいよ」
雫   「優しい……私が?」
主   「君は、人を思いやれる、優しい人だ。男勝りだとか、そんなのは表面上
     でしかない」
雫   「でも……!」
主   「前にも言ったじゃないか。表面だけ見て、その人のことを知った気になるの
     は、嫌いだって」
雫   「えっ……」
主   「その通りだ。誰にでも、知られざる内面ってものはある。
     そうだろう?」
雫   「待って……。どうしてあなたがそれを知ってるの?」
主   「……」
雫   「答えて!」
主   「言ったよね。僕は、君のことなら何でも知ってるって」
雫   「質問に答えてよ!」
主   「……」

   無言で雫に近づく主
   後ずさる雫
   慎一が登場

慎一  「森里さん!」
雫   「か、上山君……?」
主   「今更何だ。君の出る幕じゃないぞ」
慎一  「そ……そういうわけにはいきません」
主   「これ以上僕の邪魔をしないでくれ」
慎一  「執事さんに、頼まれましたから」
主   「何を?」
慎一  「あなたの夢を、覚まさせてくれって」
アリス 「バトラー……」
主   「あいつ、余計なことを……」
雫   「上山君、夢って……」
慎一  「(雫に頷く。その後、主に向き直る)……あの、もう森里さんに付きまとう
     のはやめてください」
主   「……ご挨拶だな。何で君に、そんなこと言われなきゃならないんだ」
慎一  「そ、それは」
主   「ただ、僕はアリスとやり直したい。それだけだ」
雫   「やり直す……私と?」
主   「そうだよ!僕のよく知るアリスは、君なんだ!」
アリス 「あなた……」
主   「そんな風に僕を呼ぶな!やり直すんだ、僕は……」

   悲しそうな表情のアリス
   強い眼差しで主を見る慎一

慎一  「本当に変わってしまったのは、あなたの方じゃないんですか」
主   「……何だって?」
慎一  「今のあなたは、森里さんしか見えてない。それ以外、一切見ようと
     してない」
主   「それがどうした」
慎一  「森里さんの気持ち……全然、考えてないじゃないですか」
主   「考える必要なんてない。こうすることが、一番良いことなんだから」
慎一  「どうしてそう言えるんです!」
主   「……なぁ、どうしてそこまで必死になってるんだよ。そういうの、
     苦手なんだろう」
慎一  「はぐらかさないでください!」
主   「うるさいんだよ!黙ってろ、シンイチ!」

   部屋中に主の怒号が響く
   その後、沈黙が流れる

主   「君ならわかるはずだよ。なぜ僕が、ここまで彼女を求めるのか」
慎一  「……」
雫   「上山君?」
主   「もう、わかってるんだろ?」
慎一  「……うん、わかってる。……慎一」

   絶句する雫・アリス

アリス 「な、何……今、何て呼んだの?」
慎一  「もう、やめよう。終わりにしよう」
雫   「どういうこと……?」
主   「やっぱり、気付いてたんだ」
アリス 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。(慎一を指す)シンイチは、この子でしょ?」
主   「ああ、そうさ。臆病で卑怯な、昔の僕だ」
アリス 「何よ、それ……」
慎一  「あなたと向き合ってると、鏡に映ってる自分と話してるみたいな気持に
     なった。姿形は違うけど、核心が持てた」
主   「ああ、僕も君と向き合うとイライラする。情けなさでね」
慎一  「どう思われてもいい。あなたが僕であるなら、決着をつけるのも、僕だ」
主   「強がるなよ。逃げだせばいいじゃないか、いつもの通りに。
     それが君のやり方だろ」
慎一  「ちゃんと向き合うって決めたから。もう、逃げません」
主   「はあ……本当、救えない馬鹿だ」

   雫の手を掴む主

雫   「あっ!」
主   「付き合ってられないよ。さぁ、行こう。あいつは放っといてさ」
雫   「い、嫌よ!離して!」
主   「どうして?僕はシンイチなんだよ?」
雫   「私の知ってる上山君は、あなたじゃない!」
主   「どうして……わかってくれないんだ!」
慎一  「もうやめろ!」

   動きを止め、慎一を見る主
   その隙に、主の手をはがし、慎一の元へ行く雫

主   「お前には……関係ないだろ」
慎一  「あるよ。……おおありだ」
雫   「……上山君」
慎一  「……ごめん、森里さん。こんな状況だけど、言いたいことがある」
雫   「えっ?な、何?」
主   「やめろ……」
慎一  「えっと……そ、その!」
主   「やめろ!」
慎一  「……好きです。ずっと、好きでした。僕と、付き合ってください!」

   苦々しい表情で視線を逸らす主
   突然の展開に呆然のアリス

雫   「……ぇぇええ!?な、何で!?どうして、このタイミングでっ!?」
慎一  「本当にごめん。でも、負けるわけにはいかないんだ」
雫   「(あまりの出来事に挙動不審)……!」
慎一  「頭の中真っ白だけど……でも、後悔してない。返事、聞かせてもらっても
     いいかな」
雫   「……あ、あの、返事って言われても……」
主   「やめてくれ!何で、何で邪魔をするんだ!僕は、アリスのことなら何でも
     知ってる!ずっと、一緒にいたんだから!だから、絶対に上手くいく!
     どうしてそれがわからないんだ!」
アリス 「あなた……」
主   「(アリスに向かい)君も、僕が間違ってるっていうのか……?」
アリス 「今まで、あなたと一緒だったのは……私でしょ?」
主   「違う……。僕の知るアリスは、君じゃない」
アリス 「嘘はやめて!ちゃんと、私と向き合って!」
主   「嫌だぁぁぁ!」

   聞く耳を持たない主
   見兼ねた雫が、主に近づく

主   「ア、アリス……」
雫   「いい加減にしろッ!」
主   「!」
雫   「子どもじゃないんだから、訳わかんない理屈で駄々こねるのは
     やめなさいよ!」
主   「……」
雫   「自分のことばっかり考えて……こんなに、あなたのことを想ってくれる
     人が傍にいるのに」
主   「……アリス」
雫   「私の名前は森里雫!アリスは、その人でしょ!」
慎一  「あなたが森里さんを求めるのは、ただのエゴじゃないですか……」
主   「だ、黙れ黙れッ!お前には、何も言われる筋合いはない!」
慎一  「ありますよ。自分自身のけじめは、つけないと」
主   「くそっ!バトラー!おい、バトラー!」

   執事が登場

執事  「お呼びでしょうか、旦那様」
慎一  「執事さん……」
主   「あの男を黙らせろ!」
執事  「……」
主   「どうした、早くしろ!」
執事  「申し訳ありませんが、そのご命令には従えません」
主   「な、何!?」
執事  「勝手ながら、これ以上、お嬢様の悲しむお姿は見たくないもので」
アリス 「バトラー……」
主   「ちくしょう、役立たずが!どいつもこいつも……!」
慎一  「もう、やめてください!」
主   「うるさい、それ以上口を開くな!」
慎一  「こんなやり方じゃ、誰も幸せになれません。目を覚ましてください」
主   「うるさい……!」
慎一  「現実を、ちゃんと見てください!」
主   「黙れぇぇぇぇ!」

   慎一に殴りかかる主
   咄嗟に、間に割って入るアリス

執事  「お嬢様!」
雫   「危ない!」

   拳を止める主

主   「……どけよ……!」
アリス 「この子達は、何も悪くないでしょ。全部あなたのエゴに巻き込まれただけ」
主   「エゴなんかじゃない。やり直すんだ。そうすれば、全て上手くいく」
アリス 「そんな保障、どこにもないじゃない」
主   「少なくとも、今よりマシになる」
アリス 「(悲しそうに目を瞑る)……」
主   「もう一度言うよ。そこをどいてくれ」
アリス 「嫌……」
主   「どくんだ!」
アリス 「……」

   静かに泣きだすアリス

執事  「お、お嬢様……」
主   「な、何だよ……何で、泣くんだ」
アリス 「……私、努力したのよ。女の子らしくなろうって。変わろうと努力したの。
     今のままじゃ、きっといつかあなたに嫌われると思って。
     それが、怖かったから」
主   「え……」
アリス 「でも、上手くいかなくて……。そんな自分が、どんどん嫌いになって……」

   崩れ落ちるアリス
   それに寄り添う執事

主   「……」
慎一  「無理に変わろうとしなくたって、いいんです」
アリス 「シンイチ……?」
慎一  「(笑顔を見せる)ありのままのあなたを好きな人も、いますから」
アリス 「ありのまま……」
雫   「そうよ!むしろ、ありのままを好きになってくれる人の方が、嬉しいわ」
アリス 「(涙をぬぐう)……」
執事  「(ハンカチを差し出し)お嬢様、これを」
アリス 「(ハンカチを受け取り、それを見つめる)……私、ありのままでいても、
     いいの?」
雫   「当たり前でしょ。自分を捻じ曲げたって、そんなの悲しいだけじゃない」
アリス 「ごめんなさい……私……ごめんなさい……!」

   再び泣きだすアリス
   執事が付き添い、二人がはける

雫   「(主に向かい)……あなたも、もう一度アリスさんと向き合ってあげて」
主   「……」
慎一  「アリスさんは、アリスさんです。変わってしまったと感じたのは、全部
     あなたのためだったんです」
主   「僕の……?」
慎一  「それが裏目に出てただけです。些細なことなんですよ」
雫   「女心は複雑なのよね。あなたが察してあげるべきよ」
主   「アリス……」
雫   「雫!」
主   「……シズク」
雫   「やっと覚えてくれた?」

主  「シズク。君は本当に、この先変わらずにいてくれるの?
    僕の愛する、シズクのままでいてくれるの?」
雫  「そんなの、わからないわ。でも、私はこれからも強く生きていくつもり。
    自分の嫌いなところ、沢山あるけど……それでも、そんな私のことを
    好きになってくれる人も、いるしね」

   いたずらっぽく笑い、慎一を見る雫
   照れて視線を逸らす慎一

主  「……やっぱり、君は、僕の好きなシズクなんだな……」
慎一 「アリスさんも、同じですよ」
主  「君も、結局はこうなっちゃうんだよな。本当は、わかってたよ。
    それでも奪ってやりたかった。夢の中で、シズクと二人でやり直したかった」
慎一 「……」
主  「僕は、君が嫌いだ。引っ込み思案で、病的に一途で……大嫌いだ」
慎一 「僕も、あなたが嫌いでした」
主  「知ってる」
慎一 「でも……やる時はやるんだなって、少し、思いました」
主  「(苦笑)……よく言うよ」
雫  「あの、いいかしら」
主  「何?」
雫  「いい加減、帰り方教えてほしいんですけど!」
主  「……はは、最後まで強気だねぇ」
雫  「う、うるさい!」
主  「すぐに帰れるさ。悔しいけど、今の君達ならね」

   顔を見合わせる雫と慎一

主  「夢はいつか、覚めるものなんだろ」
慎一 「……そうですね」
主  「ほら、早く行けよ。これ以上のひどい仕打ちは勘弁だ」
雫  「よっく言うわ!それはこっちの……」
慎一 「まぁまぁ……。行こう、森里さん。帰ろう」

   その場を離れる慎一・雫

主  「(慎一の背中に)しっかりやれよ、シンイチ。
    じゃないと、許さないからな」
慎一 「……はい!」

   二人がはける
   立ちつくし、虚しい様子の主
   執事が登場

執事 「お二人は?」
主  「行ったよ」
執事 「よろしいのですか?」
主  「捕まえろって言っても、聞かないだろ?」
執事 「……申し訳ありません」
主  「いいよ。それに、もうすぐ夢は覚める」
執事 「左様でございますか」
主  「悪かったね。僕のわがままに付き合わせて」
執事 「滅相もございません。これも、お嬢様を想っての出来事だと存じて
    おります故」
主  「……間違っていたのは、僕の方か」
執事 「旦那様」
主  「起きたら……謝るよ。アリス……いや、シズクに」

   頬笑み、頷く執事
   暗転

 シーン(10)

   明転
   雫と慎一が歩いて登場

雫  「……それで、帰り方、わかってるの?」
慎一 「多分……大丈夫だと思う」
雫  「多分、かぁ」
慎一 「ごめん、核心はないけど」

   遠くを見つめる慎一
雫  「……なーんか」
慎一 「ん?」
雫  「短い間に、随分頼れる感じになったね、上山君」
慎一 「そ、そうかな?」
雫  「うん。……来てくれてありがと」
慎一 「あの時は、とにかく必死で……自分でも何言ってるかわからなかったよ」

   自分の言ったことを思い出し、赤面する慎一。悶える

雫  「どうしたの?」
慎一 「(向き直る)も、森里さん……。まだ、返事聞いてないよね」

   きょとんとする雫
   しばらく思案し、思い出したように赤くなる

雫  「あ、ええと……そ、そうね。ちゃんと、返事しないと駄目だよね」
慎一 「(真剣)……」
雫  「(真剣)……」

   見つめ合う二人。睨みあいに近い

雫  「……こ、こんな私でよければ……よろしくお願い……します」

   呆然とする慎一
   やがて、だんだんとテンションが上がっていく

慎一 「やっ……たぁぁぁぁ!」
雫  「ちょ、ちょっと!あんまりはしゃがないでよ!恥ずかしいから!」
慎一 「あ!ご、ごめん……つい」
雫  「……いいんだよね。ありのままの私で」
慎一 「……」

   雫の手を掴む慎一

雫  「!」
慎一 「僕は、ありのままの森里さんが好きだ。何も着飾ってほしくない」
雫  「……」
慎一 「まだ、知らないことも沢山あると思う。そういうのも、これから知って
    いきたいんだ」
雫  「……うん、ありがとう」

   笑顔を見せる慎一
   淳が登場

淳  「ああっ!こ、こんな所で何してんだ!?」
慎一 「先輩……」
雫  「こ、こっちの台詞ですよ!先輩こそ、何してるんですか!」
淳  「お、俺は……あの執事がどこか行ったから、ここまで逃げてきたんだ」
雫  「ふーん、そうですか」
淳  「それより、お前ら二人だけか!?他の連中は!?撒いたのか!?」
雫  「あー、うるさい人。行こ、上山君。相手にするだけ無駄」
淳  「何だと!?おい、上山!説明しろ!」
慎一 「先輩」
淳  「おぉ、そうだ。俺の言うことだもんな。納得いくように……」
慎一 「うるさいです」

   固まる淳

慎一 「帰りたいなら、ぎゃあぎゃあ喚かないで、黙っててください!」
淳  「お、お前……」
慎一 「一生ここに残りたいのなら、別ですけど」
雫  「(ガッツポーズ)ナイス!」
慎一 「森里さん」
雫  「何?」
慎一 「僕、もう一度告白するから。帰ったら、絶対に」
雫  「……うん、待ってる。夢の中じゃあ、味気ないもんね」
慎一 「行こう」

   頷く雫
   それに対し、手を差し出す慎一
   手を繋ぎ、歩いて行く二人

淳  「……ま、待て!待ってくれよ!悪かったよ!
    俺が悪かったあああぁぁ!」

   慌ててそれを追う淳
   暗転

 シーン(11)

   エピローグ
   明転

慎一 「あの人、どうして森里さんのこと、アリスって呼んでたんだろ」
雫  「……私、昔から、女の子らしい女の子に憧れてたの」
慎一 「女の子らしい女の子?」
雫  「小さい頃に読んだ童話の女の子が好きだった」
慎一 「それって、まさか」
雫  「そう、アリス。不思議の国のアリス」
慎一 「なるほど」
雫  「お気に入りのキャラクターだったわ」
慎一 「じゃあ、森里さんは不思議の国を冒険したんだ。
    僕と、小野寺先輩もだけど」
雫  「そう考えると、案外悪くなかったかもね」
慎一 「僕はもう、ごめんだよ」
雫  「ふふ……。あ、いけない。そろそろ部活行かなきゃ」
慎一 「僕も行かないと」
雫  「頑張ってね。今度の試合、応援に行くから」
慎一 「うん、そっちも」
雫  「じゃあね!」

   別々の方向へ歩きだす二人
   途中、立ち止まる

慎一 「初めて、この人の為に変わりたいって思えた。まだまだ、僕は強くなれる
    ような気がする」
雫  「初めて、ありのままが好きと言ってくれる人に出会えた。私はこれから、
    もっと笑えるような気がする」

   顔を見合わせ、笑い合う慎一
   二人が別々の方向へはける

   暗転
                               完

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