『Howling 〜遠吠え〜』
登場人物
カイ…野良犬。貧しい野良犬暮らしに耐えかね、町に行って自分を飼ってくれる決意をする。極端思考で単純な性格。
トワ…野良犬。カイの親友。時折暴走するカイのよい抑止力。人間は恐ろしいものだと勝手に解釈している。
エリザベスちゃん…町の飼い犬。飼い主の前ではいい子ぶる、狡猾なブルドッグ。
女…金持ちのマダム。油断すると語尾に「ザマス」が付いてしまう。
開幕。舞台には犬耳をつけた男が2人。
下手で立ってウロウロしているカイ。一方、上手で座っているトワ。
やがてカイがトワとは逆の方を向いて立ち止まる。
カ「なぁ、トワ。」
ト「どうした?」
カ「お前、今の暮らし、どう思う?」
ト「どうって言われてもなぁ…。まぁ、普通?野良犬暮らしって、こんなもんじゃないか?」
カ「そうだろ!苦しいよなぁ!今の暮らしは!」
ト「いや、言ってないし…。」
カ「そこで、俺は考えたんだ。」
ト「うん。」
カ「もう俺は、こんな毎日命がけで餌を求め、さまよい歩く生活には耐えられない!」
ト「うん。」
カ「こんなことは不毛だ。人間様が幸せになる権利があるように、俺達犬だって幸せになる権利はあるはずだ!否、ある!」
ト「うん。」
カ「だから俺は決めた!町に駆り出して、俺を養ってくれる優しい飼い主を探す!」
ト「うん…って、ええ!?」
カ「そんなに驚くか?」
ト「お前、馬鹿!何、血迷ったこと言ってんだよ!」
カ「俺は至って正気だぞ!」
ト「この前だってお前、公園で子供に虐められてただろ!」
カ「あれは遊んでやっただけだ!」
ト「どこがだ!耳とか尻尾とか、あげくの果てにはヒゲまでひっぱられて!お前弱いんだろ、ヒゲ!ギャンギャン言ってたもんな。断末魔に近かったぞ、あれ!」
カ「くっ…。ヒゲとはマニアックなところを突いてきてくれたよな…あのガキ共め。」
ト「何だよ、マニアックって…。なぁ、わかっただろ?人間は怖いんだ。小さくてか弱い犬も、平気な顔して捨てやがる。
愛情持って接してくれる優しい飼い主なんて、どこにもいやしねぇ。」
カ「確かに俺達は捨てられた身だ…。人間の怖さもよくわかってる…。(耳を触りながら)
でも、このまま野良犬としてのたれ死んでいいのか!?」
ト「野良犬として生きてるんだ。覚悟はできてる。」
カ「そうだろ!そんなの嫌だよな!」
ト「いや、言ってないし!話聞けよ!」
カ「だから探そうぜ、俺達のホームをさ。そうすれば毎日が輝くはずさ!そう、あの太陽のように!(客席の上の方を指す)」
ト「曇ってるな。」
カ「気にするな!」
ト「だいたい、俺達みたいな汚い雑種を拾ってくれる飼い主がどこにいるんだよ。」
カ「雑種って言うな!ミックスって言え!」
ト「同じだろ!英語にしただけじゃねーか!」
カ「とにかく、俺は町に行く。お前はどうする?」
ト「待てって。また町になんか行ったら、この前の子供の時みたいに虐められるぞ。
いや、へたしたら食われるかもしれないぞ。中国の方じゃ、犬食うらしいからな。」
カ「ここは日本だぞ!」
ト「普通に返しやがった…。わかった、どうしても行くんだな?」
カ「ああ、俺は決めたんだ。」
ト「なら、俺も行くよ…。お前を一人にするとすぐその辺で轢かれて死にそうだからな。」
カ「トワ…。」
ト「飼い主が欲しいとかそんなんじゃないからな!勘違いするなよ!」
カ「よし、そんなのどうでもいいから、早く行こうぜ!」
ト「どうでもいいって何だよ!」
カ「明日から俺達の生活は…薔薇色だっ!」
暗転。
明転。
舞台は人口が少なさそうな町。上手から二匹(人)が登場。
まわりを鋭く警戒しているトワ。
カ「さっきから何やってんだ、トワ?」
ト「油断してたら、人間に襲われるかもしれないだろ!この間のお前がいい例だよ。」
カ「だーかーらー、あれは遊んでやっただけって言ってるだろ?気にし過ぎだって。
俺みたいな無害で可愛い犬、他にいない……ぶっ!?」
とっさにカイの口を塞ぎ、舞台上手奥の端に隠れるトワ。
カ「(手をひきはがし)…な、何だよ!?」
ト「しーっ!見ろ、この間の子供だ!(下手の方を指差し)お前、また断末魔あげることになるぞ!」
カ「あっ、本当だ!あのガキ共…この間はよくも俺のヒゲをぉ…!俺のこのブラッディーファングで骨にしてやる!!(飛び出そうと)」
ト「(カイを引き止め)無害じゃねぇのかよ!おい、落ち着け!」
しばらくして、落ち着くカイ。
ト「ハァ…ハァ…。ほら、見たことか。やっぱり俺達と人間は解り合えないんだよ。なぁ、もういいだろ?帰ろうぜ。」
カ「………。」
ト「野良犬生活も悪くないじゃん。自由でさ。な?」
カ「………。」
ト「カイ?」
カ「よし、次行ってみようぜ!次はあっちだ!」
ト「(呆れた様子で)全っ然、諦めてないのな…。」
カ「当たり前だ!俺達が求めているのはあんなガキ共じゃないだろ?」
ト「懲りないな、お前も…。」
カ「なぁに、俺達には自慢の俊足がある。いざとなったら逃げればいいだろ?」
ト「そりゃそうだけどなぁ…。」
少し考え込むトワ。その間にカイははける。
ト「…あっ、おい、待てって!」
トワ、はける。
暗転。
明転。
下手には犬耳をつけて偉そうに寝ている男が一人。
上手からカイとトワが登場。
カ「おっ、あれは…。」
下手の男に気づき、ゆっくりと近づくカイ。
ト「どうした?」
カ「トワ、来てみろよ。(手招き)」
ト「何かいたのか…ん、あれは…。」
カ「ああ、あれぞまさしく、人間の飼い犬だ。見ろ、あの首輪。あれが何よりの証拠だ。」
ト「鎖で繋がれてるぞ…。お前、本当にあんなのが羨ましいのか?」
カ「ちゃんと散歩は連れて行ってくれるらしいし、飯はタダだぞ!見ろ、あの幸せそうな寝顔!(寝ている男(犬)の顔を指さす)」
ト「腹立つ寝顔だな…。」
カ「やつれてるお前の顔とは天と地の差だな!」
ト「やかましいわ!お前も同じようなもんだろうが!」
カ「何ィ!?俺はあれだ!容姿丹念だ!」
ト「端麗だよ、阿呆!」
エ「んあー…(うざったそうに目を覚ます)何だ、おめぇら?」
カイとトワの動きが止まり、飼い犬の方を見る。
ト「起きちまったじゃねぇか!お前のせいだぞ!」
カ「お前だって悪いだろ!…いや、いい機会だ。生の飼い犬様から色々と話、聞いとこうぜ。」
エ「見ねぇ顔だな、おめぇら?どっから来た?」
飼い犬の方を向きなおし、笑顔で対応するカイ。
カ「はい!僕達、旅の野良犬です!せっかくの睡眠の時間を妨げてしまい、申し訳ありません!(ふかぶかと礼)」
ト「………。」
カ「お前も謝れ!(トワの頭をぐいっと)」
ト「いって!何で俺まで…。」
エ「汚ぇ奴らだな…。俺はブルドッグのエリザベスちゃんだ、覚えとけ。」
ト「そのナリでエリザベ…。」
トワの頭を叩くカイ。
ト「いってぇ!マジいてぇ!!」
カ「えーと、エリザベスさん。僕達、飼い主を探してここまで来たんですけど、この辺で犬飼ってくれそうな家ってあります?できれば二匹。」
ト「俺は別にいいのに…。」
エ「ああ?知らねぇよ。この辺の家はだいたい既に犬飼ってるからな。需要ねぇんじゃないか?」
ト「だってさ。ほら、ここらが潮時だぜ、カイ。」
カ「くっ…。」
エ「まぁ、何をそんなに必死になってるのか知らねぇけどよ。お前らみたいな汚くて頭悪そうな犬、飼う奴なんていないと思うぜ?」
ト「そうそう、もういい加減諦めて帰ろうぜ…って誰が頭悪そうだコラァ!!」
エ「何だぁ?文句あるのか?」
ト「大ありだ!こいつと一緒にするな!」
カ「なっ何だとぉ!?」
にらみ合うカイとトワ。
エ「わかったらとっとと帰りな。まぁ、帰る家もないんだろうけどな!ははは!
人間様の飼い犬になれるのは、俺みたいなエリート犬だけなんだよ。」
カ「こ、こいつ、言わせておけば…!」
ト「何がエリート犬だ!ただの肥満犬じゃねぇか!」
エ「んだとぉ!?肥満じゃねぇよ、ポッチャリ犬だ!今流行りなんだよ!!」
「(声だけ)エリザベスちゃーん、ご飯よー!」
エ「はーーーーい♪(すごく甘い声で)…とにかく、ここにお前らの居場所はねぇんだよ!わかったらさっさと帰るんだな!!」
エリザベス、はける。
カ&ト「ケッ!!」
暗転。
明転。
カ「あ〜…何だよ、さっきのブルドッグ野郎は!!」
ト「ああ…さすがの俺も我を忘れたぜ。俺はこれでもインテリ犬で通ってんだよ!」
カ「でもさぁ、あのブルドッグの飼い主もすごいよな。あんな性格悪い犬、よく平気で飼ってられるぜ。」
ト「飼い主の前じゃ猫被ってんだよ。犬のくせにな。」
カ「でも、逆に考えると、あんなのでもペットにされるんだぜ?ちょっと希望が見えてきたよ、俺!」
ト「お前、あれだけ言われといてまだ諦めてないのか…。」
カ「トワはあんな奴の言うこと信じるのか!?俺達みたいな汚い犬には、本当に居場所がないって言うのか!?」
ト「汚いは認めるのか…。まぁ、確かに、あいつには心底腹が立ったが、言ってることは正しいのかもしれない。
実際、この辺はだいたいの家が何かしらのペットを飼ってるみたいだ。これじゃあ、俺達のとりつく島はないな。」
カ「じゃあ、どうすれば…。」
ト「他の地域を探すしかないな。嫌なら、諦めるか?」
カ「いや、諦めないぞ!俺は絶対に!」
ト「…なぁ、何でお前はそこまで飼われることにこだわるんだ?確かに、人間のペットになれば毎日タダで飯が食えるけど…。
俺は本当に、それが幸せだとは思わないんだ。見ただろ、さっきのおっさん…エリザベスだっけ?あいつの首輪…。
あんなものに繋がれた日常なんて、そんなのおかしいだろ?野良犬暮らしは自由で気ままで、楽しいじゃないか?」
カ「………。」
ト「それともお前は、それに勝る魅力がペットにあるって言うのか?」
しばらく間。
カ「…俺、この間、公園である家族を見たんだ。」
ト「…。」
カ「その家族はペットの犬を連れて来てた。俺達と同じ、ミックスだ…。
子供が元気よく走りまわって、その後ろをそいつが追いかけてた。」
カ「すげぇ楽しそうだったよ…。しばらく見てたら、子供が何か取り出したんだ。
プラスチック製の輪っかみたいなやつ。フリスビーっていうんだって。それを投げたんだ。」
カ「その犬は風のように駆け抜けてジャンプし、フリスビーをキャッチした。
俺にはそいつが輝いて見えたよ。人間と絆を深めた犬って、あそこまで輝けるんだな…。」
カ「俺は思ったよ。俺もああやって子供とフリスビーがやりたい。そうすれば…。」
ト「お、お前…(少し関心したように)」
カ「モテる。」
ト「(間をとって)……は?」
カ「だってそうだろぉ〜!?俺が言うのも何だが、あの空中でフリスビーをキャッチする姿、かなりシビれたぜ!多分、俺がメスだったら惚れてるわ!」
ト「少しでもお前に感心した俺が愚かだった…。」
カ「ん、何か言ったか?」
ト「いや、何でもない。つまり、お前が人間の飼い犬になりたいと思ったのは、その犬みたいにフリスビーやってりゃメスにモテるからっていう不純な動機なんだな?」
カ「それだけじゃねぇ!もちろんタダ飯も大歓迎だ!!」
ト「わかった、もういい、何も言うな…。(深いため息)」
カ「さて、エキサイトしたら腹減ってきたなー。トワ、飯探しに行こうぜ。」
ト「ってか、ここどこなんだろうな…。随分遠くまで来たよな。俺達がいつも餌場にしてる所までの道、覚えてるか?」
カ「全然!!」
ト「だろうな。大丈夫、全く当てにしてなかったから。」
カ「じゃあ、新しい餌場探そうぜ!もしかしたら、餌を恵んでくれる優しい家があるかも…。」
ト「だから、そんな甘い考えは捨てろって。この前は、たまたま近所のじいさんが餌くれただけだろ。」
カ「俺が思うに、お前の顔がいけないんだと思う!」
ト「殺すぞ。(いい笑顔で)」
カ「あっ、おい、見てみろ!ゴミ捨て場だ。もしかしたら、食えるもの残ってるかもしれないぜ。」
ト「ふぅ…仕方ないな。あんまり期待はしてないけど…。」
ゴミ捨て場でゴミを漁るカイとトワ。
しばらくして、女性が通りかかり、トワを見る。
ト「……ん、何だ…?」
女「まぁ!その利口そうな顔…。フェルナンデスちゃん!あなた、フェルナンデスちゃんなのね!!」
女、トワに近づき、顔をガッとつかむ。
ト「フ…フェルナンデスちゃん!?」
カ「お、おい、トワ…。その人、知りあいか?」
ト「知らねぇよ!バリバリ初対面だよ!!」
女「やっぱりそうだわ…。1年前に我が家から消えたフェルナンデスちゃんに間違いない…。こんな所で再会できるなんて…嬉しいザマス!!」
カ「ザマス!?」
女「さぁ、フェルナンデスちゃん!お家へ帰りましょう!お腹すいてるでしょう!?
今日はたくさんご飯食べさせてあげるザマス!」
ト「ちょ、ちょっと!人違い…いや犬違いだって!俺の名前はトワだぁ〜〜!!」
女に引っ張られてはけていくトワ。
それを唖然として見ているカイ。
しばらく考え込み、何かに気づいたような素振りを見せるカイ。
カ「ト、トワーーーーッ!」
追いかけてはける。
暗転。
明転。
下手に嫌々ながらも偉そうに寝ているトワ。首輪をしている。
上手に不機嫌そうにそれを見ているカイ。
ト「…だからさ、俺だって好きでこんな所にいるわけじゃないんだぜ?」
カ「………。」
ト「そりゃ、毎日飯が食えるのは嬉しいぜ?お前にもこの間こっそり分けてやっただろ。」
カ「………。」
ト「でもさぁ、この首輪のせいで身動きはろくにとれないし、家ではもっぱら子供の遊び相手だ。」
カ「………。」
ト「俺はこんな所大嫌いだ!やっぱり野良犬暮らしの方が性に合ってるよ。できることなら、今すぐにでもお前と代わってやりたい。」
カ「………。」
女「(声だけ)フェルナンデスちゃーん!ご飯よー!」
ト「はーーーーい♪(すごく甘い声で)…いや、本当だからな?じゃ、呼ばれてるみたいだし、ちょっと行ってくる。またな、カイ。」
ト「(独り言のようにつぶやきながら)…ったく、何だよ、フリスビーって…。
俺は運動苦手なんだよ…。」
トワ、はける。
しばらくしてカイが客席の方を向く。
カ「ちっくしょーーーーーーー!!!ワォーーーーーーーン!!!!」
暗転。
―完―
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