景 - かげ ホラー

大学生の紘弥は就職への準備で忙しい日々を調整し、何度も登った地元の山を訪れる。濃い霧で覆われた山に入ると、降りてきた一人の男。登山者らしくない格好でケガを負った男は、登ろうとする紘弥に「行くんじゃない」と言い、それを聞いた紘弥は、登山をあきらめ一緒に下山することにする。男は銀行強盗だった。白い山中で紘弥に自らの体験を語り始める男。それは、紘弥が自分自身と向き合うことへの序章だった。
晴矢 龍 51 0 0 05/30
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第一稿

◆登場人物
紘弥(ひろや)
21歳 男 大学4年生
身長180cm やせ型
冷めたクールさを感じる顔立ちだが、実は考えすぎるきらいのある臆病な性格。

田塩(たじお)
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◆登場人物
紘弥(ひろや)
21歳 男 大学4年生
身長180cm やせ型
冷めたクールさを感じる顔立ちだが、実は考えすぎるきらいのある臆病な性格。

田塩(たじお)
38歳 男 銀行強盗
身長165cm 標準
ギラついた中年男性で、過去に会社を経営していたキレ者。他人の弱さを見つけては攻撃する、自己中心的な性格のため社会から転落した。見た目はイケメン。

紘弥の母
46歳 紘弥の母 身長167cm
小太り

瑞穂(みずほ)
18歳 女 高校3年生 紘弥の妹


---
○【秋終盤の早朝・東北の地方都市・片側一車線の国道】

明け始めの空、どんよりとした曇り。
車を運転し国道を一人走る紘弥(21)。
カーステレオのFM放送から天気予報が流れてくる。

FM 「・・・今日のお天気は曇りです。山間部では気温の低下と共に、雨になる場合もあります。お車の運転などにはお気を付けください」

軽く溜息をつく紘弥。
助手席に置いた登山用の青いリュックにちらりと目をやる。

【朝の家】

キッチンで一泊分の山中泊の荷造りをする紘弥。

【車内】

車がカーブを曲がるたびに、リュックの横に付いた熊鈴が音を鳴らす。

紘弥 「……雨か」

つぶやく紘弥。空いた道路。
気を取り直し、座り直して、アクセルを踏み込んでいく。小気味よく反応するタコメーター。
スマートフォンに電話がかかり、カーナビのハンズフリーで電話を取る。

【家の中 キッチン】
母(46)が散らかったキッチンを見ながら、電話をかける。

×  ×  ×
車とキッチンを会話で切替え
×  ×  ×

紘弥 「なに、母さん」
母  「どうして黙って行くの。お弁当ぐらい作ってあげたのに」
紘弥 「登るかどうか、今朝まで迷ったからさ。途中のコンビニで何か買うから大丈夫だよ」
母  「まあ、危なくないようにしてね。卒業したら仕事しなきゃならないんだから」
紘弥 「ああ、今日はのんびりいくよ」
母  「明日は、瑞穂も帰って来て焼肉だからね」
紘弥 「はいはい。暗くなる前に帰るよ。肉、用意しといて」
母  「はいはい、じゃ気を付けてね」
紘弥 「ああ。心配しないで」

カーナビの、電話を切るスイッチを押そうとした時、母の言葉が続いた。

母  「・・・でもね、なんだか・・・」
紘弥 「なに?」
母  「朝起きて、お前がいないから、山かなあって思ったのよ」

【家の中 紘弥の部屋】
紘弥の部屋を訪れる母の後ろ姿

【車内】
紘弥 「当たってるじゃん」
母  「でもね」
紘弥 「でも?」

【家の中】
部屋を見回す母の後ろを、黒い影がふっと通り過ぎ、ハッとして振り返る。

母  「いないお前がそばにいるような・・・。気がしたのよねえ」
紘弥 「母さん」
母  「うん?」
紘弥 「・・・ボケた?」
母  「なによそれ。馬鹿にしないでちょうだい」

二人、笑いながら電話を切る。
国道から右に曲がり、登山道に続く一本道を真っすぐに山へ進む。

【紘弥の想像】山頂で一人朝日を臨む。
【車内】微笑んで、アクセルを踏み込む。

○【登山開始】
登山道入口 曇り空 風と梢の音

登山道の入口から山を眺める紘弥。足元のリュックを背負うと、入口にある登山カードに名前を記入し、カードボックスに入れる。肌寒い空気に、シェルパーカーのチャックを一番上まで上げ、登山靴の紐が緩んでいないかチェックして、露に濡れた葉が茂る登山道に、無言のまま入っていく。

スマホで時間を確認する紘弥。

ザーッという山の音。楽し気な表情で、足の運びも軽く登山道を進む。鼻歌。

二合目の目印が見えくる。そこから右と左に道が分かれ、そばに太い木が生えている。ここまで30分ほど歩き通した紘弥。木の根本にリュックを降ろし、ステンレスボトルを取り出して2・3口飲む。リュックの脇に腰を下ろす。空模様を眺め、就活で忙しかったことを思い出す。

○〈回想〉【就活から内定】

瑞穂、コーヒーショップに急ぎ足で入って来る。店の中をきょろきょろ見回し、座っている紘弥を見つけると手を振りテーブルに着く。

瑞穂 「お兄ちゃん就職決まったの?」
紘弥 「ああ」
瑞穂 「すごいじゃん!」
紘弥 「何とかね」
瑞穂 「銀行って頭のいい人しか入れないんでしょ?」
紘弥 「んー さあ?」
瑞穂 「なにそれー、相変わらずふわっとしてるなー」

瑞穂朗らかに笑う。

【シーン 山中】
泥にまみれたスニーカーを履いた足。
荒い息づかい。藪の中を歩く男、田塩(38)。

ザッという足音が聞こえて顔を山側に向ける紘弥。森から人が出てきて驚く。

○【森の中】

紘弥の5mほど前に田塩が立っている。黒ずくめで、汚れたスニーカー。上着は薄手のジャンパー。髪が濡れ顔色が悪い。体の所々に落ち葉や泥が付いていて、背中には膨らんだリュックを背負っている。リュックは登山用ではない。
田塩も紘弥に気が付いて、息づかいの荒さを抑える。
紘弥は山で人に会った時のルール『あいさつ』を交わす。

紘弥 「こんにちは」

田塩、様子を伺いつつ、紘弥に少しずつにじり寄る。

紘弥 「上から来られたんですか?」

田塩は紘弥から目をそらさず、傍まで近づいてきた。

紘弥 「曇りでちょっと冷え・・・」
田塩 「(さえぎって)行かない方がいい」
紘弥 「え?」
田塩 「これ以上は、もう、行かない方が、いい」
紘弥 「そうですか」

考えるそぶりを見せる紘弥。言葉を受け止め、慎重に答える。

紘弥 「でも、まだ時間も早いし、ゆっくり登ろうと思ってるんで」

リュックを手に持ち、頭を下げ前に進もうとする紘弥。

田塩 「行くんじゃない!」

大声に驚いて尻もちをつく紘弥に、かぶさるように田塩が近づく。

田塩 「危ない。危ないんだよ」
紘弥 「そ、そうですか」

フっと鼻先を血の匂いがかすめたことに気が付く紘弥。見ると、田塩のズボンは右足の太腿が破け、その下の皮膚から血が流れている。田塩がケガをしていることに気が付き、仕方ないと思い、一緒の下山を決める。

紘弥 「確かに危ないですね。一緒に下りましょうか」
田塩 「そう。そうだ、そうした方が正解だ」

登山道を下り始める二人。

それを追いかけるように暗くなる山頂の空。少し歩いた所で紘弥は名前を尋ねる。田塩は「な・なまえ・・・」と忘れていたことを思い出すように考え込み、ようやく「たじお」と答えた。

○【1.5合目 木の袂】

暗くなりつつある空、周りは霧。
田塩、歩みに時間がかかり、木の根に足を取られ転びそうになる。
脚から流れている血が目に入る紘弥。
2人、なんとか持ちこたえて、休憩できる場所にたどり着く。

紘弥 「休憩しましょう」
田塩 「ああ」

リュックを下ろす紘弥。田塩はリュックを下ろさない。

紘弥 「喉、渇いちゃいますね」
田塩 「貰ってもいいか?」

取り出したペットボトルを渡す紘弥。

紘弥 「まだもう一本あるんで、あげますよ」
田塩 「すまんな」
紘弥 「八合目に泊まるつもりだったんで、一泊分の食糧あるんです」

切なく笑う紘弥。リュックからペットボトルを取り出し一口飲む。
リュックから携帯ラジオを取り出しスイッチを入れ、リュックの脇ポケットに押し込んだ。

田塩 (焦った様子で)「おい!」

ラジオを切ろうと前に進み、木の根に引っかかり転ぶ。
ラジオからニュースが流れる。

田塩、痛みでもんどりうつ。

ラジオ 「ジジッ・・昨日の午後4時頃に宮野銀行を襲った強盗は、・ジッ・山の東側に逃げ込んだと思われ、警察では大規模な山狩りを昨日の夕方から続けています。男の特徴は全身黒づくめ、身長165cm程度、中肉中背、整った顔立ちで、年齢は30代後半ということです」

紘弥の『まさか』という表情。

ラジオ 「窓口の行員に銃のようなものを突きつけ『私のカネを出せ』と脅し、現金およそ1億5千万円を黒いリュックに詰めた後、銀行の前に止めてあった黒のスポーツカーで北の方角へ逃走したということです。車は昨夜10時頃に・ジッ・駅の駐・チュィーン、チュワァッ・・・」

田塩 「おい。とめろ」

ラジオに聞き入っている紘弥の目の前に立つ田塩。
紘弥、ラジオのスイッチを黙って切る。・・・沈黙。

紘弥 「・・なんで強盗したんですか?」
田塩 「金がねえからだよ!」
紘弥 「金が、って・・・」
田塩 「どいつもこいつも調子いい時だけ寄ってきやがって、銀座ぁ、六本木ぃ。『今夜はどこに行きましょう社長』なんて、ふざけんな!。くそが!」
紘弥 「社長さんだったんですね」
田塩 「年収6億だぞ、ろくおく!。なーんでそれが消えるんだよ、あ?。わかるか、あ?。わかんねだろ。くそっ、おれも、畜生! わっかんねえよ!」
紘弥 「・・・銃、持ってるんですか?」
田塩 「あぁん! もうねぇよ! 崖から転がった時どっかいったわ!」
紘弥 「・・・だれか殺したんですか?」
田塩 「殺すか!」
紘弥 「下まで行ったら警察がいますよ」
田塩 「逃げる途中でさんざんウソの情報をネットに流してやったから、今日ぐらいは大丈夫だ」
紘弥 「そんなんで騙されるんですか警察?」
田塩 「さあな。でも、ネットは見破っても、広い山の中だ、すぐには見つからねえだろ。俺は、ラッキーだ」
紘弥 「山狩りされるかもしれないですよ」
田塩 「あぁん! せっかくうまいこと逃げてるってのに お前なに? 俺が 捕まればいいって思ってんの?」
紘弥 「い、いえ」
田塩 「こっちは入念に計画してんだ!俺が!この俺がな!『捕まる』とかありえねえから!警察なんざバカよ!」

田塩の剣幕に気圧され、紘弥、大いに怯む。

紘弥 「・・・そ そうです け 警察なんかポンコツの集まりですよね」
田塩 「・・・・・・・・・・ぽ・っ」
紘弥 「ぽ?」
田塩 「ぽ・ん・こつ・・・」

田塩、気味悪く笑い始める。
次第に大きくなり、上を見上げる。目を見開き、大口を開けて、体中を震わせながら暫く長く笑う。そして、ピタッと止まる。

田塩の表情が変わる。

○【休憩場所】

田塩 「自分に会ったことがあるか」

さっきとは全く違う口調と物腰の田塩。
紘弥、面くらう。

田塩 「山に入って朝までしばらく歩いた。気が付いたら、まだ幾枚か葉を残す木が何本か生えた、少し平らな場所に出たんだ。その周りには、その木から落ちた色のついた落ち葉が綺麗に敷き詰められていたよ。川の流れる音が聞こえたんで、その向こうに行けば、きっと水が飲めると思い、何歩か進んだ。木の横を通ろうとしたんだ。その時、木の陰から、私が現れた」

紘弥、さらに面食らう。

田塩 「こちらに近づいてきた私は、私に向かって微笑んだ。私は右のポケットに入れていた銃を取り出そうとして、腕を上げた。向こうの私も右腕を上げ、こちらに差し出してきた。まるで握手するようにね」

田塩、思い出すように右腕を動かす。
紘弥、目をそらさず立ち上がる。

田塩 「『撃ったんですか?』。君にそう聞かれたいな」
紘弥 「・・・・・」
田塩 「躊躇わずに、真っすぐ心臓をゆっくりと狙って、私は、私を撃った。・・・撃った・・・撃った・・・う、撃った・・・・う」
紘弥 「それから?」

表情の無いまま、撃ったと、冷静に幾度も呟きながら、田塩は銃を構えている格好のまま、右手の人差指を何度も引く。

耐え切れず紘弥が叫ぶ。

紘弥 「それで!」
田塩 「(はっとして)私はどうにもならなかったんだよ。私は倒れもせず、血が出るでもなく、微笑みが消えるわけでもなく、体が揺らぐわけでもなく、ただ、そこにいた。いたんだ」
紘弥 「逃げたんですか?」
田塩 「いいや。本当に怖くなってしまってね。心が殺意で満たされたんだ。私は、私を、殺してしまおう、とね」
紘弥 「銃でも死なない相手、ですよね」

×  ×  ×
田塩が、もう一人の田塩の頭を掴み、木に打ち付ける。
×  ×  ×

田塩 「引き倒し、上から殴りつけ、腹を蹴り上げ、引き起こしてから木に頭を打ち付けたよ。50回くらいはやったと思う。そうしたら、どうなったか分かるかい?」
紘弥 「いえ・・・」
田塩 「こちらが疲れ切って動けなくなったんだ。もちろん向こうの私はどうにもなっていない。同じさ、おんなじ。右腕を前に差し出したまま、微笑んでる。だから」
紘弥 「だから」
田塩 「握手したんだよ」
紘弥 「差し出した手に?」
田塩 「ああ・・・そうだ」

田塩の動きが止まり、静かだった木々のざわめきが大きく聞こえる。

×  ×  ×
梢の間から見える向き合う二人の田塩。
×  ×  ×

寒さが迫り、思わず腕を体に巻き付ける紘弥。
田塩は微動だにしない。紘弥が目に入っていないようだ。
逃げようと一人リュックを静かに背負う紘弥。

紘弥 「(聞こえない極小の声で)行きます」
田塩 「(紘弥に向き直り)いや、待ってくれ。握手をしたら、私は私を引き寄せた。私は引き寄せられた。久しぶりに会った長年の友人のように抱き合った。向こうの私は私の背中を左手で優しく、ぽんぽん、と、叩いたりして。拍子抜けだったよ。そして、私の耳元で私が優しくつぶやいたんだ」
紘弥 「・・・・・・」

×  ×  ×
もう一人の田塩の話す表情ズームアップ。
×  ×  ×

田塩 「『おい、ぽんこつ、おまえはむかしからぽんこつだな』」
紘弥 「ぽんこつ。ですか」

ゆっくりと俯きながら、歩き始める田塩。木の根に足がかかり、よろけ、危なっかしい。諦めて追う紘弥。

○【下山途中の登山道】

ケガで歩くペースが上がらない田塩。後ろを離れて追う紘弥。細かい雨が降り始め、登山道が濡れてくる。

紘弥 「危ないですね。滑るかも」

田塩は歩みを止めず、ふーっふーっと荒い息づかいで、後ろを振り向く。

田塩 「来るかも・・・しれない」
紘弥 「警察はまだきて・・・」

足元に注意していた紘弥が顔を上げると、田塩の生白い顔のアップ。顔色の悪さに驚く紘弥。

田塩 「ちがう!。それは怖くない!」

会った頃の口調に戻っている田塩。
紘弥、微笑んで、すぐ真顔を取り戻す。

紘弥 「怖いってなんですか。僕はあなたが恐いですよ」

黙る二人。風が吹き抜ける音。

田塩 「その後、どうなったか知りたいだろう」
紘弥 「あ、そうですね。それからどうなったんですか?」
田塩 「俺は奴を引きはがした。あっさりだったよ。だが、まだ怖くて。もっと離れようと、後ろに後ずさったら、崖から転げ、沢に落ちた。おかげで銃を手放しケガもした」
紘弥 「どうしたんでしょうね。その人」
田塩 「・・・。沢に落ちて、顔を上げた時、奴はこっちを見ていた。木の間から顔を出して。にやにやしているような、悔しそうな、そんな顔だったよ」

空が黒い。そして、田塩の周りだけが少し暗くなる。雨が強くなり、時々足が滑る。紘弥は自分の足がコントロールを失わないよう、しっかりと地面を踏みしめながら一歩ずつ進む。黒いモヤが少しずつ田塩にまとわりつきはじめる。

紘弥 「追いかけてこなかったんですね」
田塩 「……笑ってた。ニタっと口を開けて」

×  ×  ×
立って気味悪く笑うもう一人の田塩。
×  ×  ×

紘弥 「気味が悪いですね」
田塩 「開けた口が、赤くてな」
紘弥 「口?」
田塩 「真っ赤だ。血を飲んだみたいにな」

○【登山道】
紘弥は尋ねることをやめ、田塩から逃れられるよう離れ気味に進む。

〈回想〉【登山時のカット】
下りきれば、開けた場所に出ることを思い出す紘弥。登山時にそこで休憩している。

【到着場所の手前】
そこだけ夜のように暗く、ほんの前しか見えない。

田塩 「くそっ、くそっ。くそっ。こんなとこで止まれるか、くそっ」

ぶつぶつと独り言が止まらない田塩。ここで離れようと、距離を取るため歩みを止めた。しかし、田塩はすぐ気が付く。

田塩 「おい! 離れんじゃねぇぶっ」

気付かれた紘弥が前に進むと、木の陰から腕が伸び、田塩を腕ごと後ろからガッチリと抱きしめた。
腕の折れた音。田塩が体をよじる度に、巻きついた腕が折れたあたりから、ぶらぶらと電電太鼓の玉のように力なく揺れている。

紘弥 「ヒャッ」

紘弥、目をそらすことも、動くこともできない。

田塩 「うがあぁあーーーー うっごごごぅっほぐああうぇえええー」

巻かれた腕に、渾身の力で必死に抗う田塩。だがつかんだ腕はまったく動じない。

田塩 「ふぎぐぐぐええうぇおおおお!、やっぱり来たな、きやがったなあああああ」

紘弥、理解できない様子でうろたえながらも目を逸らせない。

体をよじり、折れた腕をぶらぶらさせ、足を上げバタつかせる田塩。動かせる部位をめちゃくちゃに動かすことで、後ろの存在がちらっと見える。黒い男。背格好が田塩に似ている。

男、ずるずると田塩を後ろに引き始める。田塩は、それに抗おうと、さらに体をよじるが、どうにもならない。

その男の周りは、渦を巻く黒い霧で包まれ、真ん中に田塩が引きずり込まれていく。しかし、後ろに生えていた木に、男の体が当たり止まる。
男は田塩を掴んだまま、木を回り込もうと、左側へ体をよじる。田塩の右腕が木にぶつかり、引っかかった。

田塩の右腕を無造作に引きちぎり、後ろの黒い霧に放り込む男。
田塩、甲高い叫びを上げる。続けざまに左腕も引きちぎり同じように放り込む男、田塩、更に甲高く叫ぶ。
腕が引きちぎられ、背負ったリュックが地面に落ちる。

田塩の断末魔が木霊する。

引きちぎろうとして体をずらした男を、紘弥は見た。田塩と同じ顔で微笑んでいる。
両腕から流れ出ている血が、黒い霧と混ざり合い細かくまき散らされている。もう一人の笑顔の田塩と、黒い霧がそれを飲み込んでいく。

田塩 「(強烈な咆哮を上げる)」

それを聞いた後ろの田塩、口を大きく開け声を上げて笑い始める。紘弥は、その口の中が真紅に染まっているのを見る。

二人の田塩の姿が、暗い木陰の闇に消えていく。田塩の咆哮もそれに合わせて、木霊しながら消えていく。

○【山の中 昼過ぎ 雲の晴れ始め】

紘弥、汗まみれでのろのろと立ち上がる。

紘弥 「何だってんだよ」

体に付いた葉や泥を落とし、周りを見る。田塩のリュックが落ちている。

紘弥 「持ち主不在・・・か」

紘弥、リュックを手に取る。

少し見つめた後、ためらわずにリュックを開ける。たっぷりの札束。
腰を下ろしため息。リュックを閉じる。

紘弥 「金・・・・・・あってもぜんぜん困んないよなあ」

自分のリュックを背負い直し、脇に置いた田塩のリュックを手に取り立ち上がる紘弥。自然に笑みがこぼれる。

決意のような独り言。

紘弥 「どうとでもできる。きっとできる」

霧も闇も消えている。

うつむいていた顔をあげ、深呼吸をする。

風が吹き、雨粒が山の中で一斉に舞う。

紘弥、汗も拭かず、右手にリュックを持ち、にやにやと歩き始める。

田塩が消えた辺りを、慎重に通り過ぎ、そのまま登山道を歩き始める。

下山口が見えてきたところで、前に誰かが立っている。気が付く紘弥。
若い男が立ってこちらを見ている。
日が陰り顔はよく見えない。
前に進む紘弥。あと5mほどの距離に近づく。向こうは立ち止まっている。
紘弥に顔を向けている。
挨拶を交わそうと顔を見る紘弥。

同じ顔の男がいた。

立ち尽くし、一歩も進めなくなる紘弥。
晴れ始めた山中。もう一人の自分に見つめられたまま、何処にも行きようのなくなった紘弥が、景色の中に残される。

―― 終

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