#20 この素晴らしき世界 ミステリー

真実は人を幸せにするためにあるのではない 真実はただ真実としてそこにある
竹田行人 44 0 1 05/30
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第一稿

「この素晴らしき世界」


登場人物
小日向雄太郎(53)弁護士
飯島青(27)被告
榊正義(53)検察官
飯田孝(28)
慎一の母・恵
裁判官


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「この素晴らしき世界」


登場人物
小日向雄太郎(53)弁護士
飯島青(27)被告
榊正義(53)検察官
飯田孝(28)
慎一の母・恵
裁判官


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○東京地方裁判所・外観
   「東京地方裁判所」の看板。

○同・730号法廷・中
   傍聴人のいない法廷。
   榊正義(53)、席について資料を読んでいる。
   小日向雄太郎(53)、資料を手に入ってきて、榊の反対側の席に座る。
小日向「榊。この事件どう思う?」
榊「同棲中のカップルが仲違い。女が男を刺した。痴情のもつれ。単純な事件だ」
小日向「単純な事件か」
榊「珍しいな。小日向が意見を求めるなんて」
小日向「おかしくないか?」
   榊、資料から顔を上げる。
榊「事件発生から遺体発見までの10日間。女が死んでる男をモチーフに絵を描いてた。そりゃおかしいよ。狂ってる」
小日向「なんで絵を描いてたんだ?」
榊「刑法第39条。心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズは有名だ。悪用しようとするヤツも多い」
小日向「そういう事件は確かにある。だが」
榊「何が言いたいんだ?」
小日向「だから彼女がなぜ絵を」
榊「それは司法の仕事なのか?」
   小日向と榊、目を見合わせる。
榊「司法の仕事は犯罪者の心理を理解することじゃない。犯罪者に自分の罪の、失われた命の重さを、知ってもらうことだ」
   小日向と榊、目を見合わせる。
     ×  ×  ×
   法廷内は傍聴人で埋まっている。
   小日向、席についている。
   裁判官、裁判長席についている。
   飯島青(27)、証言台に立っている。
   榊、起立して起訴状を読み上げている。
榊「失血により殺害したものである。罪名。殺人。罪条。刑法第199条第1項」
   榊、席に着く。
裁判官「被告人。今検察官が読み上げた起訴状の内容に間違いはありませんか?」
   青、うつむいている。
   裁判官、小日向に目をやる。
小日向「間違いありません」
裁判官「被告人は席に戻ってください」
   青、小日向の席の前にある被告人席に戻る。
   小日向、青の方に身を乗り出す。
小日向「ずっと黙秘されるおつもりですか?」
   青、足元を見つめている。
小日向「何か言いたいことがあったらなんでも言ってくださいね。裁判長のメガネのセンスが気になる。とか」
   青、小日向を振り返る。
   小日向、微笑む。
     ×  ×  ×
   慎一の母・恵、証言台に立っている。
   榊、起立している。
榊「上田恵さん。息子さんと最後に連絡を取られたのはいつごろですか?」
恵「事件の一週間くらい前です。電話で」
榊「何か息子さんに変わった様子はありませんでしたか?」
恵「変わった様子。ああ。いらいらしているようでした。でもあの子は、絵を描いているときは大抵そうでした」
榊「そうですか。こちらをご覧ください」
法廷に布がかけられたキャンバスが運び込まれる。
   榊、キャンバスの隣に立ち、布を外す。
   夜の森をモチーフにした絵画。
榊「これは亡くなられた上田慎一さんが描いた『杜』という作品です」
小日向「裁判長。事前申請のない証拠品です」
榊「申し訳ありません。今朝。オランダから届いたもので」
裁判官「さきほど許可しました」
   小日向と榊、目を見合わせる。
榊「この作品は国際ヨハネス・フェルメール賞を受賞しました。事件が起きたのはその知らせを受けた翌日です」
恵「慎一。しんいち」
   恵、キャンバスに歩み寄る。
恵「電話で言ったんです。そろそろ戻って来てウチ継いだらって。あれが最後だったなんて。知っていたら。もっと何か」
   恵、崩れ落ちる。
恵「よかったのに。生きていてくれればそれで。それだけでよかったのに」
   小日向、青に目をやる。
   青、膝の上で拳を握っている。
   恵、青を睨む。
恵「返してよ。慎一を返して!」
   恵、青に掴みかかる。
恵「この人殺し!」
裁判官「証人は静粛に。30分間休廷します」
   裁判官、木槌を打つ。
小日向、恵を引きはがす。
小日向「大丈夫ですか?」
   青、拳を握っている。
     ×  ×  ×
   法廷には小日向と榊だけ。
小日向「やり過ぎだ」
榊「こっちも仕事だ」
小日向「遺作になるのか。あれが」
榊「ああ」
   小日向、資料をめくる。
榊「どうした?」
小日向「現場に描きかけの絵はあったか?」
榊「いや。描きかけは例の。遺体のだけだ」
小日向「だったら母親の証言はおかしい」
榊「どういうことだ?」
小日向「最後の電話は事件の一週間前。その頃『杜』は出品先のオランダにあった」
榊「ああ」
小日向「そして描きかけの作品はない。つまり絵を描いているときはいらいらしている。という母親の証言は成立しない」
榊「それが?」
小日向「いらいらは別の理由だった」
榊「小日向。それがどうした」
飯田の声「小日向さん」
   飯田孝(28)、写真を手に入ってくる。
小日向「ああ。飯田さん」
榊「こちらは?」
小日向「絵画修復家の飯田孝さん。あの遺体の絵がどうにも気になって。お願いして見てもらってたんだ」
飯田「これ。見てください」
   飯田、写真を差し出す。
   小日向、写真を見つめる。
     ×  ×  ×
   恵、傍聴席に座っている。
   小日向、裁判官に写真を見せている。
   榊、席についている。
   青、被告人席に座っている。
   飯田、証言台に立っている。
   小日向、飯田に向き直る。
小日向「飯田さん。この写真についてご説明いただいてもよろしいですか?」
飯田「はい。これは現場にあった遺体の絵を特殊な方法で撮影したものです」
小日向「特殊な方法というのは」
飯田「はい。蛍光X線分光法といって、つまりこの絵画の下に描かれていたもう一枚の絵を写したもの。ということです」
   青、顔を上げる。
飯田「本来は絵画作品の修復作業の時に使う手法で、従来のX線写真よりも解像度の高い写真が撮れます」
小日向「それがこの写真です」
   小日向、青に写真を見せる。
   「杜」とそっくりな絵画。
小日向「この絵には右下に日付があります。2009年3月17日。つまりこちらの方が先に描かれた。ということです」
飯田「そしてこの写真の絵と上田さんの『杜』は明らかにタッチが違うので、本人の習作ではなく、別人の作と思われます」
小日向「盗作。ということですか」
飯田「おそらくは」
   青、立ち上がる。
青「そう! 慎一は私の作品を盗んだ。だから私。彼を殺したんです!」
小日向「飯島さん。違いますよね」
   小日向と青、目を見合わせる。
小日向「盗作したことを責めたいのなら、証拠となる自分の絵を隠すのはおかしい」
   小日向、青に歩み寄る。
小日向「自殺。だったんでしょう?」
青「ちがう」
小日向「あなたは上田さんの名誉を守りたかった。彼の盗作が明るみにならないように絵を隠し、殺人犯になることにした」
青「ちがう。違う違う違う違う違う!」
恵「青ちゃん」
青「ちがう! あなたは。あなたたちは。なんにもわかってない!」
   小日向と青、目を見合わせる。
青「小日向さん。表現者にとって、盗作は何を意味すると思いますか?」
   小日向と青、目を見合わせる。
青「死です。自分の才能を信じられないということは表現者にとっての死なんです」
   青、恵に目をやる。
青「ただ生きていてくれればいいなんて、ありえないんですよ。私たちには」
   青、証言台に歩み寄る。
青「慎一は自分がしたことの大きさに苦しんでました。受賞の知らせを受けて心が決まったみたいで。翌朝にはもう」
   青、拳で証言台を叩く。
青「でも。でも私だって。生きててくれればそれだけで。それだけで。それだけで」
   青、証言台を叩き続ける。
   小日向、青の拳を掴む。
裁判官「閉廷します」
   木槌の音が法廷に響く。

〈おわり〉

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コメント

  • はじめまして
    私、岩崎雄貴と申します

    私は脚本を翻訳し、海外の映画祭に出展するサービスをしているのですが、この脚本を翻訳して海外の映画祭に出展することに興味はございませんか?
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