【登場人物】
竹井(23)
森木(53)
佐々木(36)
○ラブホ街(早朝)
絶賛営業中の多種多様なラブホテルが軒を連ねている。
その中で、ポツンと一軒だけ改装中の静まり返ったラブホテルがある。
その駐車場に『森木建装』の社名が側面にペイントしてあるハイエースが駐車している。
○同・ハイエース・車内(早朝)
運転席に座る森木(53)、仏頂面で煙草を吹かしている。
助手席に座る佐々木(36)、漫画を熱心に読んでいる。
二人ともアメカジ風の若作りした装いをしている。
森木、腕時計で時刻を確認して
森木「おせーな。いつになったら来んだよ、バイト君は?」
佐々木「(漫画に夢中)そっすね、おせーっすね」
と、運転席の窓をコンコンとノックするツナギ姿でパンパンのリュックサックを背負った汗だくの竹井(23)。
森木「!」
竹井、申し訳なさそうに
竹井「すんません! 駅のトイレが混んでて遅れました! マジすんません!」
森木「飛んだのかと思ったよ。あと1分遅かったら派遣会社にクレーム入れるとこだったぜ」
竹井「マジすんません! ちょっと下痢便だったもんで、ツナギの着脱にも時間かかっちまいました! マジすんません!」
森木「君、バイトだろ。そんな本格的な格好じゃなくて長袖で動きやすい格好ならなんでもいいんだよ」
竹井「そ、そーなんすか……」
森木「ま、いいや。早速始めようか」
ハイエースを降りる森木と佐々木。
○同・改装中のラブホテル・内(朝)
瓦礫の山が乱雑と放置してある室内。
建築資材を次々と室内へ運び入れる森木と佐々木。
その姿を傍観している竹井。
森木、隅に山々と積まれたガラ袋を指差して
森木「おい、バイト君! ボケっとしてねーでガラ袋外に出して!」
竹井「は、はい!」
× × ×
サッパリと片付いた室内。
森木建装お抱えの建築関連業者が行き交う中、汗と粉塵まみれの竹井は今にも倒れそうな足取りで床の掃き掃除をしている。
森木「そろそろ休憩すっか」
竹井「あ、はい」
森木、竹井に千円札を渡す。
森木「缶コーヒー微糖2つとなんか自分の好きなやつ買ってきて。お釣りは貰っていいよ」
竹井「わがりやした、どーもっす!」
竹井、掃除道具をほっぽりだしてスタコラさっさと室内を後にする。
× × ×
業者一同休憩中の風景。
缶コーヒーを飲みながら煙草を吹かしている森木と佐々木。
傍らでスポーツドリンクを美味しそうにガブ飲みしている竹井。
森木「いやー、バイト君。最初は使えねーやつだと思ったけど、意外とスタミナあって頑張ってくれるじゃねーか」
竹井「あ、どーも。あざっす!」
と、森木のスマホに着信が入り、電話に出る森木。
森木「はい、元気モリモリ森木です」
業務関連の対応に追われる森木。
腕っぷしの肉体労働だけじゃなく、込み入った事務系職務もスムーズにこなしてしまう森木を驚きと尊敬の眼差しで見つめる竹井。
佐々木「よかったな。森木の親方って滅多にバイト君褒めるよーなことしねーんだよ」
竹井「そーなんすか」
佐々木「まあ、バイト君が3年前に亡くなった一人息子に似てるからかなあ」
竹井「え……?」
佐々木「バイト君と同い年くらいだったかな。運転免許取り立てで交通事故で死んだんだよ」
竹井「そ、そーなんすね……ぼ、僕も親父が小さい頃に死んだんで、生きてたら親方みたいな感じになってたんだろうなって思います」
佐々木「はは。相性バツグン、お似合いじゃねーか」
竹井「へへ……」
佐々木「ま、あと2週間頑張ってくれよ。悪いようにはしねーから」
竹井「あ、はい!!」
○ラブホテル改装中の点描
業者一同の奮闘でみるみる妖艶なムード溢れる綺麗な内装に仕上がっていく室内。
○改装完了間近のラブホテル・内(夜)
T「二週間後」
ほぼほぼ完成した室内。
引渡し直前の清掃作業に追われる森木、佐々木、竹井。
何気なく森木を見つめる竹井、その眼差しは森木が威厳のある頼れる父親であるかのように、尊敬と愛情で満ちている。
× × ×
改装完了。
森木一同、達成感に満ちた眼差しで染々と室内を見渡している。
森木「自分で言うのもなんだか、今回もいい仕事したぜ……いいっていうか……最高だな、こりゃ」
佐々木「さすがっすよ親方。また今回も一つ、カップルの愛の営みに一役買っちまいましたね」
竹井「……」
竹井、どこか名残惜し気な表情で佇んでいる。
森木「竹井君、二週間頑張ってくれてありがとう。助かったよ」
竹井「どーも……」
森木「(照れ隠しながら)もうこれっきりだと惜しいからさ、これ……」
森木、竹井に自社の名刺を渡す。
竹井「!?」
森木「竹井君さえよかったら森木建装の一員になってくれよ」
竹井「え……」
森木「ま、いつでもいいから連絡してくれよ」
竹井「あ……ど、どーも!」
佐々木、竹井を小突いて
佐々木「よかったな!」
竹井「はい!」
○同・駐車場(夜)
資材をハイエースに運び入れる森木一同。
× × ×
竹井、ピカピカのネオン輝く看板の近くで貰った名刺をありがたく大事に眺めている。
森木「じゃ、竹井君。お疲れ!」
佐々木「またな!」
竹井、決心ついた表情で
竹井「はい、お疲れ様でした!」
駐車場を後にする竹井。
と、上履きを忘れたのに気付き、引き返す。
駐車場ではハイエースがまだ駐車していて、後片付けが一段落した様子で、森木と佐々木が車外の脇で一服をしている。
竹井、バツが悪い感じになるのが嫌で思わず看板の影に隠れる。
森木、下衆汚い悪巧みの表情で
森木「さてと、毎度恒例の引渡し祝いといきますかい」
佐々木「イヒヒ……いやぁ親方ぁ、もう我慢の限界ではち切れそうっすよぅ」
看板の影に隠れている竹井、スタイリッシュだった働きぶりとは裏腹に、人が変わったような二人の姿に驚きを隠せないでいる。
森木と佐々木、一服を終えると意気揚々と改装仕立てのラブホの園へ闊歩していく。
森木らの行方を目を凝らして追う竹井。
竹井「いったい全体……何事なんだコレは!?」
入り口の隅っこにゴミのように置かれている上履きに履き替えて、忍び足で尾行する竹井。
○新装ラブホ・内・通路(夜)
森木と佐々木、隣り合わせで部屋にチェックインしようとしている。
物陰で二人の動向を覗き見ている竹井。
森木と佐々木、互いにアイコンタクトを交わして
森木「元気モリモリでいっちゃうぞ!」
佐々木「元気モリモリでいっちゃいましょう!」
毎度お馴染みの合言葉のような掛け声を交わしてチェックインする森木と佐々木。
物陰で探偵気取りの竹井、苦悶の表情で
竹井「森木の親父に佐々木の兄貴……二人そろって仲良くデリヘルかよ……」
× × ×
モデル体型で20代前半の美女がコツコツとヒールの足音を鳴らしながら森木の部屋の前にやってくる。
竹井「!」
ドアをノックする美女。しばらくしてドアが開き、中へ入っていく。
竹井「森木の親父……すげえ年の差じゃねえかよ……」
と、今度はケバケバしい装いの熟女が佐々木の部屋の前にやってきてドアをノックする。
竹井「!」
ドアが開き、中へ入っていく熟女。
竹井「佐々木の兄貴……てめえのオフクロと同い年ぐれえのババアじゃねえかよ……」
× × ×
~走馬灯のように駆け巡る内装補助の日々~
それは過酷な現場において、確かな信頼関係を築いた内装トリオによる、やりがいに満ちた日々であった。
× × ×
呆然と森木と佐々木の部屋の前へと歩み寄る竹井。
竹井、森木の部屋のドアに耳をつけて聞き耳をたてる。
中から美女の喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。
軽蔑の形相で左の拳を握る竹井。
今度は佐々木の部屋のドアに聞き耳をたてる。
中から熟女の喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。
軽蔑の形相で右の拳を握る竹井。
○同・駐車場(夜)
無表情で出てくる竹井。
ハイエースの前で立ち止まると、
汚れきった上履きを脱ぎ、何とはなしに運転席と助手席のドアミラーにそれぞれ被せる。
おもむろに『森木建装』の名刺をポケットから取り出す。
長らく名刺を見つめ続けている竹井。
幻滅と絶望を胸に噛み締め、名刺をズタズタに破く。
細切れの名刺の紙片をフロントガラスに投げ捨てて駐車場を後にする竹井。
哀愁に満ちた背中がラブホ街のネオンに消えていく。
(完)
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