さくら、とびら 日常

高校教師の千駄木は、ある日駅で5年前に自分が部活の顧問として面倒を見ていた富田と遭遇する。大学に通うため一人暮らしをしていた富田は家賃更新を忘れて帰る家がないと言い出すので、千駄木は泊めることに。一緒に過ごしていく中で二人は自分自身と向き合うきっかけを掴んでいく。
りこはち 9 0 0 05/02
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第一稿

登場人物
・千駄木誠人 せんだぎ まこと (31) 高校の先生。富田がいた剣道部の元顧問。
・富田遥斗 とみた はると(20) 大学2年生
・浅田 あさだ(40) 千駄木の同 ...続きを読む
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登場人物
・千駄木誠人 せんだぎ まこと (31) 高校の先生。富田がいた剣道部の元顧問。
・富田遥斗 とみた はると(20) 大学2年生
・浅田 あさだ(40) 千駄木の同僚
・清野 きよの(42) 千駄木の同僚
・工藤(20) 富田の同僚
・茜 あかね(28) 千駄木の妻
・宮内 みやうち(20) 富田の大学の友達
・お母さん(50) 富田の母親
・生徒A

○S高校・校庭(夕方)
校庭の咲き始めた桜を見ながら帰宅する千駄木(31)。
富田の姿を思い出す。

○一年前・最寄り駅・改札口(夜)
千駄木が疲れた様子で改札口を出る。
辺りには桜が少しずつ咲き始めている。
そこに電話を切られて困った様子で項垂れている富田(20)の姿。
富田の姿に気づいて富田のいる方向へと距離を縮めていく千駄木。
千駄木「こんなところで何してんだ富田」
千駄木の声でふと顔を見上げると富田が千駄木に気づく。
富田「千駄木先生?」
驚く富田。
富田「お久しぶりです」
千駄木は怪訝な顔つきで
千駄木「大丈夫か?」
すぐ視線をそらす富田。
富田「大丈夫です。元気です」
その様子を見て千駄木、
千駄木「いや全然大丈夫じゃないじゃん」
突然大きくため息をつきながらしゃがみこむ富田。
富田「何でもないですから」
千駄木「いってることとやってることが違うんだよ、さっきから」
千駄木、しゃがんで富田の肩を軽く叩く。
千駄木「とりあえず早く家帰れよ」
千駄木の手が肩から離れた瞬間に富田、はっきりとした口調で
富田「帰る家がないです」
ぎゅっとまた千駄木の肩をつかむ富田。
千駄木「は?」
呆然と立ち尽くす千駄木。

○同日・千駄木の自宅マンション(夜)
千駄木が家のドアを開けて後ろにいる富田に振り向く。
軽く会釈して先に部屋へと入る富田。
千駄木はお弁当をレンジで温めた後、ジャケットを脱いでハンガーにかけている。
富田はダイニングテーブルの椅子に腰かけ、千駄木の後ろ姿を見ながら
富田「本当にいいんですか、先生。泊まっても」
振り向いて千駄木、
千駄木「いいも何もしょうがないだろ。家の契約更新忘れてたっていうんだから」
富田「すいません」
冷蔵庫から飲み物を取り出し、コップと一緒にテーブルへと持ってくる千駄木。
富田がコップにお茶を注いでいると、レンジの音が鳴る。
その音で温めたお弁当を取り出しにいく千駄木。
千駄木「親にはこのこと言ってないの?」
お弁当をダイニングテーブルに並べる千駄木。
富田「はい。大学行くときに生活費は全部自分が出すっていった手前、迷惑かけられなくて」
千駄木が箸を2人分取り出して富田に一つ渡す。
箸を受け取る富田。
富田「とりあえず友達が泊まらせてくれるって言ってくれてたし」
食べ始める千駄木と富田。
千駄木「で、その友達は?」
苦い表情の富田。
富田「ドタキャンされました。待ってたのに。荷物も送ったのに」
駅前にいた時の富田の様子を頭に思い浮かべて千駄木、
千駄木「あぁ、なるほど」
千駄木、上を向いて少し考えて
千駄木「でも明日からどうすんだ」
食べ物を口に頬張ったまま固まる富田。
ぐっと食べ物を飲み込んでじっと千駄木を見る。
戸惑う千駄木。
構わず千駄木を見つめる富田。
千駄木、ため息をついて
千駄木「しばらく家泊まってく?」
嬉しそうな顔で富田、
富田「ありがとうございます。お世話になります」
悔し顔の千駄木。
千駄木「新居決まるまでだからな」
再び黙々と食べ始める富田を見て、千駄木もまた食べ始める。

○同日・食事から3時間後・同マンション(夜)
ベッドで寝る千駄木と布団で寝る富田。
富田、千駄木の背中を見ながら
富田「先生まだ起きてます?」
千駄木「起きてる」
仰向けに態勢を変える富田。
富田「そういえば前にも先生の家に1回来たことありましたよね?」
千駄木、けだるそうな口調で
千駄木「あー、あった。夜にコンビニで会った時?」
富田「そうです。高校の前のところの。確か俺が高1の時」
思い出し始めて小さく笑う千駄木。
千駄木「そっか。もう5年前か」
富田、恥ずかしそうに
富田「親が離婚して色々大変で落ち込んでたからすごい憶えてます」
千駄木が富田のほうへ体を向けて富田の頭を無造作になでる。
千駄木「成長してないな」
髪の毛がぐしゃぐしゃになる富田。
富田に背を向けて千駄木が目をつむる。

○同日・S高校・職員室
職員室には何人かの先生達。
自分のデスクに座って空になったコンビニ弁当を片付けている千駄木。
時計は13時を指している。
浅田(40)がお菓子の箱をもって千駄木の元へとやってくる。
浅田「千駄木先生」
浅田の声に振り向く千駄木。
千駄木「はい」
お菓子の箱を開ける浅田。
中にはお饅頭が入っている。
浅田「これ、この前うちで旅行した時のお土産」
お饅頭を渡す浅田。
千駄木「あぁ、ありがとうございます」
お饅頭を受けとる千駄木。
浅田「温泉行ってきてさ、気持ちよかったぁ」
嬉しそうな顔の浅田。
千駄木「いいですね。僕は休日も部活の面倒見なきゃなんで浅田先生のそういうの羨ましいですよ」
浅田「でも千駄木先生も奥さんとどこか行ってきたらいいのに」
千駄木、少し間をおいて
千駄木「そうですよねぇ」
手にした饅頭を見る千駄木。
コーヒーを持って浅田の近くに寄ってくる清野(42)。
浅田「清野先生もどうぞ」
浅田にお饅頭を渡され、受けとる清野。
清野「おお、ありがとう」
千駄木、清野の顔を見てはっとして
千駄木「あ、清野先生ってここの卒業生の富田遥斗覚えてますよね?」
顔をしかめる清野。
清野「あぁ、千駄木くんの剣道部にいたあの子?」
小さく頷く千駄木。
千駄木「昨日会ったんですよ、最寄り駅で」
驚く清野。
千駄木「清野先生、確か富田のクラスの数学ずっと担当してましたよね?」
自分のデスクに座る清野。
清野「うん。その子がどうかしたの?」
浅田は淡々とした口調で
浅田「遭遇したらしいよ、その子と」
驚きながらコーヒーをすする清野。
清野「へぇ。今大学生だっけ?」
お饅頭を食べ始める千駄木。
千駄木「はい。2年生だっていってました」
浅田は小さくため息をついて
浅田「いいなぁ。今まだ春休みでしょ、きっと。羨ましい」
職員室の扉が開き、何人かの生徒が職員室を除きこんでいる。
生徒A「浅田先生いますか?」
その場から離れ、慌ててお菓子の箱を自分のデスクに戻す浅田。
浅田「はいはい。ちょっと待ってて」
清野と千駄木も自分のデスクに向き直る。

○同日・ドラッグストア
時計の針は17時を指している。
富田「お疲れ様でした」
スタッフルームから出る富田。

○同日・ドラッグストア付近
富田が店内を出ると、駐輪場で自転車に乗ろうとする工藤と鉢合わせする。
富田「あ、工藤さん。お疲れ様」
工藤は富田に気づいて
工藤「お疲れ様」
歩き始める富田の横に並んで自転車をおす工藤。
工藤は急にはっとして
工藤「そういえば今朝、バイトのグループメール見たよ。家の契約更新忘れたとかって。大丈夫?」
富田は一瞬戸惑うも淡々とした口調で
富田「あ、うん。一時的に今知り合いの人の家に泊めさせてもらってる」
工藤は心配そうな顔をしつつもほっとした様子。
工藤「でも店長にいきなり交通費せびってたのは笑った」
くすっと笑う工藤。
富田は少し恥ずかしがりながら
富田「だって電車賃かかるし、連絡しないと」
富田の顔を見てまた笑う工藤。
そっぽを向く富田。
工藤は富田の顔を窺いながら
工藤「ここから家まで結構遠い?」
富田は上を見上げながら
富田「うーん、ちょっとね。電車で15分くらいはかかるし」
工藤は歩くスピードを落として
工藤「そっか。まぁ何か困ったことあったら連絡してよ」
富田は少し微笑んで
富田「うん、ありがとう」
道が曲がり角にさしかかる。
工藤「あ、ここ曲がるから。じゃあね」
工藤は富田に手を振る。
富田「うん」
富田も工藤に手を振り返す。

○同日・同マンション(夕方)
富田が家に帰ってくる。
鞄を降ろし、干しっぱなしになっている洗濯物を取り込んで寝室に持っていく。
寝室を出ると、隣のもう一つの寝室の扉が少し開いていることに気がつく。
気になって部屋を覗くと物置となって埃をかぶったベッド台が目立つ。

○数時間後・同マンション(夜)
玄関で靴を脱ぐ千駄木。
千駄木「ただいま」
洗面台で歯を磨いている富田が千駄木の足音に気づく。
歯を磨きながら富田、
富田「あ、おかえりなさい」
千駄木は玄関からリビングまで歩きながら
千駄木「ここからバイト先まで行けた?」
富田は口をゆすいでから
富田「はい」
洗面所からリビングへと歩く富田。
富田「何とか通えそうです」
富田は千駄木の前を通りすぎて鼻をつまむ。
それを見て千駄木、
千駄木「ごめん、飲み会だったから」
素早くジャケットを脱いでネクタイをほどく千駄木。
鼻をつまむのをやめて、富田
富田「そういえばこの家って誰か前に住んでたんですか」
驚きながら千駄木は物置になっている寝室のほうをちらっと見る。
千駄木「勝手に部屋入ったな?」
富田は首を横に振って
富田「ちょっとだけですよ」
千駄木は呆れてため息をつく。
千駄木「奥さんが住んでたんだよ」
唖然とする富田。
その時、千駄木の鞄の中からバイブ音が鳴る。
スマートフォンを手に取ると、茜(28)からのメッセージ。
メッセージには『明日のお葬式、来れそう?』とかいてある。
『うん、大丈夫だよ』と打つ千駄木。
千駄木は富田を見て
千駄木「じゃ、おやすみ」
逃げるようにお風呂場へと向かう千駄木。

○翌日・葬式会場
茜の母の遺影が飾られている。
千駄木が会場に着くと、茜が駆け寄ってくる。
茜「ありがとう、来てくれて」
千駄木、辺りをきょろきょろ見回しながら
千駄木「いや、全然平気」
茜は母の遺影を見ながら
茜「お母さん喜んでくれると思う」
千駄木も茜の母遺影を見つめる。
茜「というか久しぶりだよね。元気?」
茜が千駄木の顔を覗きこむ。
千駄木、ひきつりながら笑顔で
千駄木「うん。元気元気。」
茜、千駄木の様子を見かねて冷たく
茜「ねぇ、いつになったら私と向き合ってくれるの?」
千駄木、下を向いて
千駄木「ごめん」
茜は千駄木の手を両手で握りしめる。
茜「また一緒に暮らそうよ。離れて暮らすなんてやっぱり無理」
茜の親戚がぞろぞろと揃い始める。
千駄木は人目を気にしながら
千駄木「ほら、もう行こう」
茜の手を振りほどこうとする千駄木。
茜は握った手を離して千駄木に抱きつくと涙を流す。
茜「やり直そうよ」
困惑する千駄木。

○半年前・車内(回想)
千駄木が運転をしている。
助手席には茜が座っている。
茜「お昼ごはん何食べよっか?」
千駄木はぶっきらぼうに
千駄木「何でもいいよ」
茜は不満げな顔。
茜はむっとして
茜「いいよ、もう。勝手にこっちで決めるから」
鞄を出してスマートフォンでお店を探し始める茜。
千駄木、その鞄をちらちら横目に見る。
千駄木「また鞄買った?」
茜は鞄に視線を移して
茜「え、ダメだった?」
千駄木はハンドルをぎゅっと握る。
千駄木「この前節約しようっていったじゃん。将来のことも考えろよ」
茜はふてくされながら
茜「ごめん。でもせっかく久しぶりのデートだから」
千駄木はイライラしながら
千駄木「そういう積み重ねがダメなんだって」
茜は出したスマートフォンを鞄にしまい始める。
茜「私は誠人と一緒にいる時間を大切にしたいんだよ」
ひどく冷めた口調で千駄木、
千駄木「何だよそれ、くだらねぇ」
ショックを受ける茜。
茜「そんな風にいうと思わなかった」
車が信号待ちになると茜がシートベルトを外し始める。
茜「帰る。もう二度と顔も見たくない」
千駄木は突き放した口調で
千駄木「勝手にしろ」
車を降りる茜。

○同日・葬式会場内
茜の母親に拝んでいる茜の姿を見ている千駄木。
千駄木のポケットからバイブ音が鳴り、少しポケットから覗き見ると富田からメッセージが来ている。
体の力が抜けてふっと微笑む千駄木。

○同日・千駄木の自宅付近(夕方)
富田「先生」
富田の声に振り向く千駄木。
富田が千駄木の横へと並んで歩く。
富田「先生も今帰りだったんですね」
千駄木はぼーっとしながら
千駄木「あぁ、うん」
富田は持っているレジ袋を見せる。
富田「バイト代出たのでバイト帰りに駅で寿司買ってきました」
千駄木は袋を見て申し訳なさそうに
千駄木「ごめん。昼、寿司食べたわ。」
肩を落とす富田。
それを見て思わず笑う千駄木。
千駄木「嘘うそ。あ、それで帰り何時になるか聞いてきたんだな今日」
不機嫌になる富田。
富田「嫌いです、先生」
千駄木はすっきりとした表情になって
千駄木「なんか元気出た」
富田は千駄木の背中を叩く。
千駄木「いてっ」
千駄木の自宅マンションが近くに見え始める。

○同日・同マンション(夜)
富田が買ってきたお寿司のトレイが空になった状態でテーブルに並んでいる。
千駄木と富田は向かい合って座っている。
富田は真剣な眼差しで
富田「昨日から気になってたんですけど、奥さんと何で別居したんですか?」
千駄木は自信なさそうに下を向いて
千駄木「よくある価値観のズレだよ」
千駄木をじっと睨み付けるように見つめる富田。
席を立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す千駄木。
千駄木の背中を見ながら富田、
富田「ふぅん。離れて一人になったらやっぱり寂しかったりしないんですか?」
千駄木は席について考えながらコップにビールを注ぐ。
千駄木「どうだろ。一人だから寂しいとか二人だから寂しくないとかそういうのもう分かんない」
ビールを飲み干す千駄木を見る富田。
千駄木は自分を嘲るように笑って
千駄木「だからこんな宙ぶらりんなのかな」
富田は突然、千駄木の飲んだビールを下げる。
富田「やっぱりコーラにしましょう」
戸惑う千駄木をよそに冷蔵庫からコーラを出して持ってくる富田。
富田「先生はもっと甘味を味わったほうがいいです」
グラスにコーラを目一杯注ぐ富田。
千駄木「何だよそれ」
富田は千駄木にグラスを突き付けて真剣な口調で
富田「先生には幸せでいてほしいです」
思わず涙目になりながら千駄木は優しく微笑む。
千駄木「優しいな、お前は」
千駄木の笑顔に一瞬驚く富田。
コーラを飲み干す千駄木。
千駄木「富田に心配してもらってる場合じゃないよな、俺も」
テーブルの上を片付け始める千駄木。
富田も一緒に片付けを手伝う。

○翌日・駅のコンビニ
富田がコンビニの前を通っていると、立ち読みをする宮内(20)の姿。
富田が宮内の肩を叩く。
驚く宮内。
宮内「お前、なんでこんなとこいるの?」
宮内は慌てて立ち読みをやめる。
富田「今時間ある?」

○同日・最寄り駅のゲームセンター
エアホッケーをやっている富田と宮内。
宮内「だからあの日は急にサークルの先輩が押しかけてきてさ。富田を泊めたくなかったわけじゃないんだよ」
富田は宮内からきたパックを打ち返す。
富田「普通はそんなの断って先に約束した俺のほう優先するじゃん。しかも後で連絡しても出ないし」
宮内も負けじと激しく打ち返し始める。
宮内「スマホ水没してたんですー。どうもすいませんでした」
パックを受け止め、狙いを定める富田。
富田「俺の荷物だらけの狭い部屋で反省してろ」
富田がゴールを決めて得点が入る。
悔しがる宮内、一呼吸して
宮内「でもよかったじゃん、泊めてくれる人いて」
むくれてまだ不機嫌な様子の富田。
宮内は何か思い付いた顔をする。
宮内「そうだ、じゃあ俺の部屋富田に貸すよ」
富田は呆れながら
富田「はぁ?」
宮内はエアホッケー台に少し身を乗り出しながら
宮内「どうせ俺、友達の家行ったり来たりで家あんまりいないし。荷物は片付けておくから」
宮内を怪しみながら考え込む富田。
宮内「まぁ考えといてよ」
ゲームセンターを出ていく宮内。

○同日・富田の自宅
富田の郵便物を持ってインターフォンを押すお母さん(50)の姿。
反応がなく立ち尽くす。

○同日・30分後・ファストフード店
店内の時計は13時を指している。
ハンバーガーを食べスマートフォンで物件を探している富田。
金額を見てため息をつく。
すると、富田のスマートフォンにお母さんからメッセージが届いてはっとする。

○同日・同マンション(夜)
千駄木がソファに座っている富田の前にゲーム機を差し出す。
千駄木「やらない?」
きょとんとした顔の富田。
富田「いいですけど」
ゲーム機を受け取る富田。
ソファに座り、セッティングをする千駄木。
ゲームが起動して楽しそうに遊び始める二人。
・・・
千駄木「うわ、負けた」
肩を落とす千駄木。
富田は誇らしげに笑って
富田「じゃ、明日のごみ出しは先生お願いします」
千駄木「ええー、ごみだしはお前の担当じゃん」
困りながらも千駄木、微笑んで
千駄木「まぁいいよ」
それを聞いてガッツポーズをする富田。
千駄木は急にもどかしそうに
千駄木「あー、その、昨日はありがとう」
首を傾げる富田。
千駄木「色々考えたんだけどさ、奥さんとちゃんと話し合おうと思うんだ俺」
そっと持っていたゲーム機を床に置く富田。
富田「え?」
千駄木は気まずい顔で
千駄木「お前に励まされてる自分が急に情けなく感じた。そういやあんな姿、久しく人に見せたことなかったかも」
戸惑いながらも喜ぶ富田。
富田「そう、ですか。その方が絶対いいですよ。」
ぎこちなく笑いながら千駄木
千駄木「ああ、ありがとう」
ゲーム機を片付けてソファから立ち上がる千駄木。
ソファにもたれ掛かって天井を見つめる富田。

○数日後・カフェ店内
茜と千駄木が向かい合って座っている。
テーブルにはコーヒー。
離婚届をつき出す千駄木。
茜は離婚届と千駄木の顔とを交互に見比べる。
茜「どうして急に」
千駄木は茜の顔をしっかり見据える。
千駄木「この前の葬式で会った日から色々思ったんだ。このままじゃお互いつらいままだなって」
唇を噛み締めて気持ちを堪える茜。
千駄木は頭を下げる。
千駄木「ごめん」
涙を流す茜。
茜「なんでよ・・」
千駄木、茜の涙に動揺しながらも前を見据えて
千駄木「半年前、茜に俺と一緒にいる時間を大切にしたいって言われたとき、本当は怖かった。そこに何も感じてない自分がいて」
茜は鞄からハンカチを取り出して涙を拭く。
千駄木「茜に興味なんてもってなかったんだよ、俺」
茜はハンカチを握りしめ
茜「分かってたよ。付き合うのも結婚するのも言い出したの私からだったし」
悲しげに笑う茜。
茜「・・好きになってほしかった」
苦しい表情の千駄木。
千駄木「じゃあ離れたのも俺の気を惹くためだったってことか」
頷く茜。
千駄木は自分を嘲笑う。
茜は必死に千駄木の腕を掴む。
茜「でももうそんなのいい。一緒にいてくれれば、それだけで」
千駄木は茜の手を掴んで腕から離す。
千駄木「分かってるだろ。俺はお前を幸せにはできないよ」
目の前の離婚届へと目線を落とす茜。
千駄木「別れよう」
千駄木と茜の間に沈黙が流れる。
やがて離婚届に自分の名前を書き始める茜。

○同日・市役所
千駄木と茜が離婚届を出し終えて、別々の方向へと歩き出す。
いくらか歩いてから、千駄木のスマートフォンからバイブ音が鳴る。
画面を開いて富田からのメッセージだと気づく千駄木。
メッセージには『実は母親にアパート追い出されたことがバレて、出ていくことになりました。お礼といっては何ですが、冷蔵庫に駅前のおいしいお菓子入れておいたので食べて下さい。』とかいてある。
慌てて千駄木が電話をかけるも繋がらない。

○同日・最寄り駅
千駄木が電車を降りる。
反対側のホームを見回し、富田の姿を捜す千駄木。
隣のホームまで目を配ると、ボストンバッグを持った富田の姿。
慌てて駆け出す千駄木。
隣のホームに着くと、遅延が発生しているというアナウンスが聞こえる。
富田を見つけて肩を強く掴む。
千駄木は荒い口調で
千駄木「富田」
振り返って沈黙する富田。
走り疲れてしゃがむ千駄木。
千駄木「何なんだよ、お前急に」
富田は突き放した口調で
富田「メッセージにかいた通りです」
千駄木はため息をつく。
千駄木「大丈夫なのかよ。大学はどうすんだ?」
黙りこんで富田、千駄木の目を睨み
富田「多分辞めることになると思います」
千駄木は顔をあげて
千駄木「ちゃんと話し合って来いよ、お母さんと」
富田はうつむきながら
富田「母親は元々大学に行くのすら反対だったんです。うち、お金ないし。それを押しきってこの有り様じゃもう無理です。」
千駄木は立ち上がり
千駄木「じゃあ俺も一緒に説得する」
うろたえる富田。
富田「先生が何でそこまでする必要があるんですか」
千駄木は富田の肩をぽんと叩いて
千駄木「お前が俺に新しい居場所をくれたからだ」
戸惑う富田。
富田「居場所?」
頷く千駄木。
千駄木「いち生徒だった奴と帰って一緒に夕飯食べたり、ゲームしたり、よく考えたらすげぇ変だけどすげぇ楽しかった」
ホームでは遅延していた電車が来るアナウンスが聞こえる。
千駄木「それに妻とも向き合えた。恋人でも友達でもない、富田といたからこそ出来たことだと思ってる。だから力になりたい」
千駄木が富田を真剣に見る。
気恥ずかしくなる富田。
富田「ほら、もう電車来ますよ」
富田が千駄木にボストンバッグを渡す。
富田「荷物ちゃんと持っててください」
千駄木、にやっと笑って
千駄木「重いよ」
電車が来て乗り込む富田と千駄木。

○同日・2時間半後・富田の実家の最寄り駅
千駄木と富田が改札を出て、富田のお母さんが出迎える。
千駄木の姿を見てお母さんがじろじろと見る。
その視線を察して富田、
富田「お母さん、話があるんだ」

○同日・ファミリーレストラン店内
千駄木が富田の隣に座り、富田は富田のお母さんと向かい合うように座っている。
富田「お母さん、この人は千駄木先生。俺が剣道部だった時の顧問の」
お母さんは千駄木をじろじろと見る。
千駄木は富田の母親を見てかしこまって
千駄木「あ、どうも初めまして」
お母さんは千駄木の様子を伺いながら
お母さん「それはどうも。遥斗がお世話になってたみたいで」
千駄木は落ち着きなさそうに手を膝の上で動かしている。
千駄木「いえ、そんな」
その時、3人が頼んだ料理が店員から運ばれてくる。
店員が去って富田に向かってお母さん、
お母さん「それで何?状況が飲み込めないんだけど」
お母さんが料理を口に運んでいく。
富田はお母さんをしっかりと見据えて
富田「俺、家賃更新切れた後から今まで先生の家に世話になってたんだ」
お母さんの料理を運ぶ手元が止まる。
千駄木は頭を下げる。
千駄木「まず、何もご連絡せずにいたことは謝ります」
お母さんは千駄木へと視線を向け、唖然とする。
お母さん「それで今更挨拶しに来たわけ?」
富田はお母さんを制して
富田「それもあるけど、違うよ」
お母さんは怪訝な顔つき。
富田ははっきりした口調で
富田「俺やっぱり大学に通いやすいとこに住みたい」
千駄木は顔を上げて富田に視線を向ける。
お母さんがすぐに厳しい表情になる。
お母さん「こんな体たらくな真似しておいて何いってんの」
一瞬黙り込む富田。
富田「最初は俺もお母さんと同じように思ってた。でも、自分の居場所は自分で決めたい」
さらに厳しい顔になるお母さん。
お母さん「そういう話ならお断り。大体家からだって通おうと思えば通えなくないでしょ」
苛立つ富田を見て千駄木はお母さんに向かって
千駄木「失礼ですが、お母さんには別に何か引き留めたい理由があるように感じます」
お母さんが千駄木を睨む。
お母さん「私は遥斗がこれ以上一人暮らしするには危なっかしいと思って」
お母さんの言葉を遮るように千駄木がわって入る。
千駄木「私には息子さんを自分のものにしたいように見えます」
お母さんは平然としたままやけに早口で
お母さん「そんなことないです。一人息子だし確かに愛情はたくさん注いできましたが」
富田はお母さんの瞳をじっと見て
富田「でもさっきからやけに早口だよ。それって」
動揺するお母さん。
それを見て千駄木、
千駄木「息子さんを大事にする気持ちは悪くないです。でもだからって彼の将来を狭めてやらないで下さい」
下を向いてうつむくお母さん。
富田が料理にまだ手をつけてないのを見て、首で促す。
お母さん「早く食べなさい」
お母さんの態度に拍子抜けする富田。
富田「あ、うん」
千駄木も富田を見て料理を食べ始める。
お母さんは考え込んでいる
あっという間に皿の上にあった料理がすっからかんになる。
お母さん「私、自信がなかったのかもしれない」
富田が上目遣いにお母さんを見る。
お母さん「だって離婚する前からもずっと一人で育ててきたし、私にとっては遥斗が全てだったから」
富田はお母さんの手をとり、
富田「俺にとってのお母さんはいつまでもお母さんだよ。だからそこは誇ってよ」
涙が溢れるお母さん。
お母さん、富田の手を優しく握って
お母さん「そうだよね」
涙を拭うお母さん。
安堵して微笑む千駄木と富田。
お母さんは心配そうに
お母さん「でも一人暮らしまたするっていっても新学期もうすぐ始まるでしょ。どうするの?」
千駄木がさっぱりとした口調で
千駄木「それなら俺の家から通えば」
千駄木の言葉を遮って富田、
富田「いや、友達が家貸してくれるっていってたからひとまずそこに住もうと思ってる」
驚く千駄木。
富田は千駄木を見て笑いながら
富田「ま、最寄りは先生と同じなんだけどね。でも今より駅近になるから」
おののく千駄木。
それに対して呆けているお母さん。
千駄木「お前、ひょっとしてあのドタキャン友達の家じゃないだろうな」
富田はあっさりと頷きながら
富田「そうですよ」
頭を抱える千駄木。
千駄木を見てお母さんが慌てふためく。
お母さん「えっ?えっ?」
千駄木はため息をついて
千駄木「大丈夫なのかなぁ」

○同日・富田の実家の最寄り駅前
千駄木が改札前に立っている。
富田「先生も泊まっていけばいいのに」
千駄木は苦々しい表情で
千駄木「仕事あるから」
千駄木が手を振って改札を通っていく。
富田とお母さんが手を振って見送る。
遠くなっていく千駄木の姿。

○数日後・宮内の自宅アパート
富田の部屋には段ボールが積まれている。
買ってきた缶ビールの入ったレジ袋をぶらさげて部屋に入ってくる千駄木。
レジ袋から取り出し、床に胡座をかいて座る千駄木と富田。
千駄木「引っ越し祝いってことで、乾杯」
富田「乾杯」
乾杯をしてビールを飲む二人。
部屋を見回す千駄木。
千駄木「思ったより片付いてるな」
富田は微笑んで
富田「だって先生の家から持ってきたものほとんどないですもん。後は細々としたもの収納するだけです」
千駄木は天井を仰ぎ見て
千駄木「あ、そっか」
立ち上がって部屋をうろうろと歩きまわる千駄木。
千駄木「にしても一人暮らしするには勿体ないくらい広いな。でも友達の子たまに帰ってくるんだっけ」
富田は床に寝転ぶ。
富田「はい。でも二人になると案外狭いですよ」
笑って千駄木は窓を開けて外を眺める。
近くには桜の木がある。
桜を見る千駄木。
風が吹いて桜吹雪で散った花びらがベランダに入ってくる。

○現在・駅(夕方)
ホームで電車を待つ千駄木。
スマートフォンのバイブ音が鳴り、画面をタップすると富田から「これから剣道部のみんなと飲み会やるんですが、先生も来ませんか?」とメッセージ。
下にメッセージをスクロールすると店の場所が添付されている。
店の場所を確認して「行くよ」とメッセージを返す千駄木。
反対側のホームへと歩きだし、来た電車に乗る。

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